Coolier - 新生・東方創想話

竹林の神様

2010/12/20 18:05:12
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迷いの竹林の奥深く、木々の合間に少しだけ空いた、暖かい日の当たるその場所にその人はいた。
何故その場所を竹達が避けるように生まれていくのか、何故こんな場所にその人はたった一人でいるのか。
数年、ないしは数十年に一度だけ訪れる少女はその理由を知らない。
知っていたのだろうという感覚は胸の奥深くに残っている。
しかし、やはり分からない。

「あなた、一体誰なのかしらね?」

自身の背丈程もある大きな石を見上げ、妹紅は一人で呟いた。
長い歴史を感じさせる青々とした苔をその身にまとい、それでも尚威風堂々と立ちすくむその墓石。
竹林達に包み込まれるよう聳え立つそれは、大きな子供の様でもあり、暖かい母親の様でもあった。




【竹林の神様】




「あら、此処にいたの。どこに行ったかと探しちゃったじゃない」

気配も無くかけられた声に、妹紅は少しも驚いた様子を見せず振り返る。
そこに居たのは人形のように整った顔と艶やかな黒髪を持つ少女。
顰めた眉さえ絵物語から抜け出たような神秘さの宿る、しかし妹紅にとっては当に見飽きた人物だった。

「輝夜、あんた何やってんのよ。こんな所で」
「さっきの私の発言、聞いてなかったの?貴方を探しに来たっていうのに」
「あんたが?私を?珍しいね、明日は人里にUFOでも落ちてくるのかしら」

口元だけで皮肉気に笑う妹紅に輝夜は僅かに口を尖らせたが、特に何を言う訳でもなく肩を竦める。
そうしてゆっくり上品な足取りで妹紅へと近づき、彼女もまた先ほどまでの妹紅と同じように苔の生えた石を見つめた。
薄暗い竹林から一転爽やかな日の射す場所に出たことで、輝夜の風に揺れる黒髪がきらきらと光る。

「これ、誰のお墓?」

輝夜の問いに、妹紅は再び視線を石に戻した。
遥か昔、苔がこの石を覆い尽くすまではきっと名が刻んであっただろうその場所は、何層にも覆いかぶさる緑の所為で何も見えない。
きっとその苔をすべて落としたとしても、これ程の年月がたっている石なのだ。
おそらくその場所は風化し、もはやだれの名前も刻んでいないだろうことは予想に難くない。

「さぁ。ずっと昔から此処にあるから…」
「ずっと昔って、貴方が住むより前?」
「分かんないよ。結構前、散歩の途中で偶然見つけたものだし」
「それはいつなの?」
「五百年ぐらい前、かなぁ」

そう、と小さく答えたきり輝夜は何も言わず、何の感情も浮かべぬ表情で視線を落とした。
しかし落とした視線の先にもやはり地面と同化しつつある石の根本があり、更に表情が消える。
そんな輝夜の表情を目で追っていた妹紅は少し首を傾げ、何度か石を輝夜を見比べる。
――輝夜は知っているのだろうか。この墓が誰のものなのか。
一瞬そんな事を考えたが、それを聞いてどうするのだと思い直し口には出さなかった。
例えこの墓が誰にものであろうと――仮に自分の知り合いであったとしても――妹紅には興味が無い。
忘れてしまったことは取り返しのない事実だし、今輝夜の口から答えをもらったとしても結局また数千年もすれば忘れてしまうのだ。
五百年ほど前、この墓の前に立った時に感じた奇妙な胸の痛み。
もしかすると忘れてはいけない大事な人の墓だったのかもしれないと、考えた事が無い訳では無い。
だがそんな場所数千年、下手をすれば万単位で訪れていなかった自分にはもうどうする事も出来なかった。
不老不死になったと言え、記憶力や肉体は人間のままなのだ。
永い時間全てを記憶していくことなど到底不可能だという事は、誰よりも自分自身が知っていた。

「輝夜、帰ろう」
「……」

無表情のまま石の根本を見つめる輝夜に、苦笑交じりの声をかける。
しかし輝夜は妹紅の声など聞こえていないように、その視線も表情も変えない。

「輝夜ってば。私に何か用があるんじゃないの?」

もう一度声をかけても、やはり輝夜は視線を動かさない。
妹紅は小さく息を吐き、輝夜の見つめる先に視線を向けた。
石は竹林を作る大地と同化し、もはやその一部と化したように力強く佇んでいる。
暖かい日が差し込むという事は雨風も直撃だろう。
しかし何百年という月日を――少なくとも妹紅が知っている範囲では五百年近くを過ごしたその強さは間違いなく本物だった。
いや、石の強さというよりは、周りの竹林の優しさの賜物なのかもしれない。
風の強い日は大地にしっかりと根を張った土がその身を守り、雨の激しい夜は竹達が折り重なって包み込む。
まるで意志を持ってその石を守ろうとしている様にさえ見えるその様子に、妹紅はひっそりと石を「竹林の神様」と呼んでいた。
石の下に眠る人がどんな人なのかは知らない。知っているかもしれないけど、知らないものは知らない。
だが一つだけ確信はある。それは竹林が愛する程に優しい人だという事だ。
そんな竹林に、万単位でお世話になっている自分が少しだけ誇らしいような、申し訳ないような、不思議な感覚が胸に宿っていた。



「輝夜、もう、帰ろう?」

自分の声も聞こえていないとばかりに石だけを見つめる輝夜に、どうしようもない不安感が妹紅を襲う。
それはまるで満月を見つめるかぐやの姫に不安がる竹取の翁のような、漠然とした、しかし明確な不安だった。
竹林すらも魅了するカミサマが、月の姫を連れて行ってしまうのではないか。
馬鹿げたことではあるが、そんな考えが頭をよぎった瞬間、妹紅の手は輝夜の腕を掴んでいた。
僅かに輝夜の肩が揺れる。慌てた姿など滅多に見せぬ彼女の、珍しい動揺だった。

「ねぇ、何か用があるんでしょ?早くしないと夜になるよ」
「…妹紅」
「殺し合いするんでしょ?今日は満月だよ」

ようやく輝夜の目が石から逸れたことにほっと安堵の息を吐き、妹紅はすぐにその腕を解放し石に背を向けた。
そうして、次に来るのはいつだろうかと考える。
思い出せば数日後にでも来るし、忘れていれば一生来ない。また数十年後、ふと思い出して足を運ぶかもしれない。
はたまた数百年後、適当に散歩していて見つけるのだろうか。
どれでもいい、と妹紅は思った。
ただあの石は、自分だけが知っていればいいと。今日のように、輝夜の目を奪わせたくはない。
――と、そこまで考えて、妹紅は自分の考えに苦笑する。
石を輝夜にとられたくないのか、輝夜を石にとられたくないのか、もはや自分でも分からない。
もしかすると石に魅了されているのは輝夜ではなく自分自身なのではないだろうか。
くすりと肩を震わせたところで、ふと身体が後ろに揺れる。
掌にしっかりとしたぬくもりを感じ、あぁ人と手を繋ぐなんて久しぶりだな、なんてどうでもいい事を考えた。

「なに?」
「妹紅、貴方、この石が大事?こんな苔まみれの、ただの石が、そんなに大事?」

輝夜の声に抑揚は無く、淡々と歴史だけを語るような、そんな冷たさがあった。
妹紅は訳が分からないといった表情で、輝夜の黒い瞳を覗き込む。
万を超える永い付き合いで、瞳を見れば大抵の事が分かってきたつもりだった。
だが今の輝夜からは何も読み取れない。それが少しだけ悲しかった。

「こんなの、ただの石じゃない。温もりさえ無い石ころよ」
「輝夜?何言ってるの?別に私はあの石を大事だなんて…」
「じゃあなんで何万年も経って尚あんなちっぽけな石が此処にあるのよ。あんなに雨風にさらされて、朽ち果てないはずがないわ」
「そんなの私に言われても……別に私が手入れしてる訳じゃないんだけど」

ぎゅっと繋がれた手に力がこもる。輝夜の手は想像以上に熱いものだった。
てっきり氷のように冷たい手を想像していた妹紅は、それが不思議でたまらない。

「手入れごときであんな石が残る訳ないじゃない。アレは竹林が守ってるのよ、妹紅だって気づいているんでしょう?」
「まぁ、そりゃ……」

一体輝夜が何故これほど怒っているのか――そもそも怒っているのかどうかすら妹紅には判断つかないが――まるで分からなかった。
ただ繋がれた手の熱さと光のない輝夜の瞳が痛くて、無意識の内に空いた左手で胸を掴む。
心臓が異常に音を立てて鼓動を繰り返す。慣れ親しんだ自分の音。

「でも、あの石の下に眠る人が竹林の妖精とか神様とか、そういうのかなって私思ってるんだけど。違うの?」
「何よそれ。いるわけないじゃないそんなの」

呆れたように輝夜が眉を寄せ、妹紅の手を解放する。
ようやく離れた熱と見慣れた表情に無意識に止まっていた息が漏れ、同時に馬鹿にしたような物言いにむっとした。

「そうでもなきゃあの石、倒れるか朽ち果てるかしてるでしょ。私なりに考えた結果だったのよ馬鹿にすんな」
「馬鹿よほんとに馬鹿。貴方ってどうしようもない馬鹿ね」
「ぶっ殺されたいのっ?」
「此処には神様なんていない。この竹達が守ろうとしてるのは、貴方の大事なものだけなんだから」

「…は?」

きょとんと、目を丸くした妹紅に輝夜はぎりっと唇を噛んだ。
分かりやすい怒りの表情も輝夜にしては珍しいものではあったが、妹紅はそれを気にする事も出来ず輝夜の言葉を何度も繰り返す。
――竹林が守ろうとしてるのは?

「え、私?」

思わず誰にとは無しに振り返り、問いかけてしまう。
さらりとやわらかい風が吹き、竹達がさわさわと音を立てた。まるで肯定するように。

「何よ今更」
「え、いや、ちょっと待って」

怪訝に眉を顰める輝夜を手で制し、妹紅は薄暗い竹林をきょろきょろと見渡す。
満月の度に輝夜と殺し合い、破壊活動だけは活発に行った記憶があるが、優しくしたりした覚えはない。
ゴミ拾いくらいはしていたが、それも自分の庭にゴミを捨てられて不愉快な気分でしただけだ。そしてそれ以上の事は全く覚えがない。
(破壊活動されたくないが故に媚を売って、というのなら、まぁ、分からなくもないかもしれない)
もちろん輝夜の言葉を全て信じている訳では無いが。
ふと妹紅が輝夜に視線を戻すと、輝夜は表情を無くしてまた石を振り返っていた。

「あんな石、本当ならとっくに消えてなくなっているはずなのよ」
「…輝夜?」
「有限を生きる者のはずだったのに、貴方の所為で私たちの仲間入りよ」

哀れむような蔑むような、どちらとも言えない声で輝夜が言う。
完全に石へ振り向いてしまっては表情も見えない。
ただそこには、赤くなってきた日に照らされる古ぼけた石が一つ立っているだけだ。

「蓬莱の薬も使わずに永遠の命なんて、笑わせてくれるわ。たかが半獣の癖に、竹林が無くなっても貴方がいる限り、コレは生き続けるのよ」

無意識に握られたのであろう輝夜のこぶしが僅かに白くなる。
赤い夕陽に照らされ優しく二人を見守る石とは対照的な白に、妹紅はどう言葉をかけてよいのか分からなかった。
しばらく輝夜も妹紅も、そして優しい石も何も語らず、風すら吹かない時を経て。

気づけば赤い夕陽の端から満月が顔を出し始めていた。
ようやく振り向いた輝夜の表情は、殺し合いの最中に見せる興奮と狂気を浮かべており、妹紅の肌をぞわりと撫で上げた。

「楽しみが増えたわ妹紅。一つは貴方が死ぬこと、もう一つは貴方が生きている間にこの石が朽ち果てる事よ」

くすりと誰もが魅了される笑顔で微笑み、輝夜はそれっきり石を振り返る事なく歩き出した。
妹紅も同じように後を続き、しかし一度だけ石を振り返る。
石はやはり何も言わず、ただそこにいた。だが妹紅には、何故かそれが優しい微笑みを浮かべているような気がした。
次に妹紅がこの場所に訪れるのはいつになるだろうか。明日か、数週間後か、数百年後か。
石の下に眠る人が誰かは、不思議なほどに思い出せなかったが、それでもよかった。
ただそこにあるだけでいい。確かにそう思った。


「馬鹿言うな、あんたを殺すのは私だよ。覚悟しなお姫様」


今夜は久しぶりに楽しい殺し合いが出来そうだ。
それでもきっと、竹林は微笑んでくれるのだろう。







こんにちは。はじめましての方ははじめまして。
ここまでお読みくださり有難うございました。
今回はとても短編で、個人的にはてるもこを書いたつもりです。なってない気もします。

色々裏設定語りたい部分はありますが、あえて語りません。分かり辛い話なのは私の力不足。
ただ、てるもこの関係性に関しては、妹紅は分かりやすく輝夜に執着してるけど輝夜も意外とはっきり妹紅に執着してるといいなと思います。
基本は輝夜←妹紅なんだけど、妹紅の方が輝夜より優先させる大事な人が多いイメージ。父親とか慧音とか。
そして輝夜は「貴方は絶対私だけの物にはならないのね。妬けちゃうわ」ぐらいに思っていてほしいなと。

妹紅が輝夜を殺したいのは仇(色んな意味で)だからだけど、輝夜は妹紅を自分のモノにしたいから殺したい。

両片思いなてるもこが好きです。
しかしけねもこも好きです。
妹紅は俺の嫁。


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コメント



0.1110簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
これはよいてるもこけね。
年月にる忘却という残酷に晒されても無意識にある「大事」が永遠に3人の間に残るのですね。
5.100奇声を発する程度の能力削除
少しだけ切ない気持ちになりました
とても良かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
悲しいけどしょうがないね
16.80名前が無い程度の能力削除
忘れる系のネタは珍しいですね
切ないです
17.100名前が無い程度の能力削除
2回読んで理解した;
輝夜さんが好きな理由がもう一つできたよ
19.100名前が無い程度の能力削除
なるほど
23.100名前が無い程度の能力削除
妹紅が露骨に男口調じゃなくて安心した
25.100名前が無い程度の能力削除
輝夜が覚えるのが少しもの悲しい