Coolier - 新生・東方創想話

猫が飼いたい by蓮子

2010/12/17 20:12:51
最終更新
サイズ
37.15KB
ページ数
1
閲覧数
868
評価数
9/31
POINT
1860
Rate
11.78

分類タグ


暗い道を歩いていたの。何時まで続くか分からない一本道だった。
前がほとんど見えないから手探りで進むしかなかったわ、けど本当に進んでいるかさえ分からない。
壁は単なる岩肌でね、多分洞窟の様な所だったんじゃないかしら。
…怖かったわ、子供の頃夜中に一人でトイレへ行く時の様な…そんな怖さ。
あれって行かないという選択肢が取れないから、恐怖に対して受動的にならざるを得ないのよね。
肝試しやホラー映画とは違う、逃げられない恐怖。

…話が逸れちゃったわね。

怖かった一本道にも終わりはあったの。
最初は小さな光、近づくにつれそれは徐々に大きくなり、終には私の背丈よりも大きくなる。
その時になってようやく分かったわ、それは出口の先から入ってくる光だって。

ようやく外へ出れたと思った…まぁ、微妙に違ったんだけれど。
空が見えなかったの。
辺りを見渡したけど、建物の中では無さそうだし、周りが見える程には明るかったから夜でも無い。
まるで洞窟の規模をそのまま広げた様な………良い例えが思いつかないわね。
SF小説にでも出てきそうな所だったんだけれど。とにかく、話を続けるわ。

拭いきれない閉塞感の中、再び歩き始めた私の前に現れたのは―――


                                   【起】


「ねぇメリー、私…猫を飼ってみたいな」

私の部屋でソファーに寝転がる少女、宇佐見蓮子はクッションを抱きながら猫撫で声で私にそう言った。
既に日は沈み、窓を覗けば其処彼処の住宅の窓で作られていた夜景も、今ではほとんどが欠け落ちていた。
夕方頃に始めたレポートの課題処理は、掛けた時間に比例せずの進行具合である。
日付も変わり、本日が提出日だというのにお互い悠長なものだ。

「…良いんじゃない?何処にでも平気で入り込んでいく貴方にはお似合いだと思うわよ」
「またまた~。何処にでも入るって、そんな猫じゃないんだから」
「だからその猫を飼いたいんでしょ?」
「あー…うん、そうそう」
上手く噛み合わない会話。
仕上がりは別としても掛けた時間は長かった、お互い疲れているのだろう。
「あれ、でも蓮子のアパートって動物は飼えるの?」
初歩的な疑問を投げ掛けると、彼女はクッションに顔を埋める。
落胆を表しているつもりなのだろうか。
「うん、そこなのよ。あー…こんな風に悩むんだったら、初めからペット可の所へ住んでおけばなー」
あーあー唸りながら、彼女は足をバタバタさせ始めた。
後悔を表しているつもりなのだろうが、下の階に響くので止めてもらいたい。
「それにしても、何で突然猫を飼いたいなんて言い出したの?今までそんな事言ってたかしら」
「あぁ、それはねー」
足の動きをパタッと止め、彼女は思い出すように語り始めた。
動きを止める為に投げ掛けた質問だ。もし止めていなかったら、制裁の意を込めて私が抱えてるクッションを投げつけていた所である。
「今日…あ、日を跨いだからもう昨日か。昨日の講義が全て終わった後だから、15時過ぎかな…」

―昨日15時過ぎ。
蓮子は私の講義が終わるまでの間の暇つぶしにキャンパスをぶらついていた。
自分の学部棟から始まり、工学棟の地下、理学棟の研究室、大食堂の裏道、以下割愛。
何か面白そうなモノが無いか、行ける所をとにかく歩いた。
サークル棟に辿り着いた頃か、どこからか鳴き声が聞こえ始めたではないか。
蓮子は探した、泣き声の出所を。結果が出るのは案外と早く、階段の裏側で猫を三匹見つけたのだ。どうやら何処かのサークルが猫用の餌を入れた皿を置いているらしく、それを目当てで集まっていたらしい。サークル棟で餌付けされている猫達だ、人には懐っこいらしく、蓮子が近づいても逃げもせずに近づいてくる。蓮子は暫く時を忘れて猫と触れ合い、その果てに一つの想いが浮かんだ。

ああ、猫を飼いたいな―――と。

「…え、終わり?」
「うん。何か質問はある?」
「いや、無いけど…あの遅刻はそういう事だったのね」
「30分は過ぎるのが早いなって改めて実感したわ。特別興味が湧かない講義もこうであれば良いのに」
「まったくもう…」
勿体ぶった語り口に、かなり真剣な回想でも始まるのかと思っていた。
しかし結果は誰しもがありそうな理由、構えていただけに肩透かしを喰らった気分である。
「普段私の理解が追いつかない程の話を展開させる癖に、こういう所は本当単純なのね」
「ギャップってやつね、惚れても良いのよ?」
「…遠慮させてもらうわ」
この掛け合いも何度目になるだろうか。
私自身そっちの気は無いつもりでいるのだが、学部の友人達には勘違いされつつある。
原因は彼女からの会話であり、触れ合いである。
あまり思い出したくないが、もう少し場所というものを考えても良いのではないだろうか。
「飼うんじゃなくて、餌付けて部屋まで来るようにしたら良いじゃない。通い猫にでもしてみたら?」
これ以上の展開をさせたくなかったので、話を無理矢理戻してみる。
「あぁ素敵ね、名前の響きが通い妻みたい…となると、私は猫よりもメリーの方が良いな~」
「………」
とうの昔に夏は過ぎ去ったというのに、彼女の頭は湧いているのではないだろうか。
そんな彼女へ送った冷ややかな視線は軽く受け流されてしまう。
「ねぇメリー、これから毎日通い妻として、御飯を作りに私の部屋へ来てみない?」
「はぁ…何言ってんのよ」
「それじゃ通い猫としてでも良いわ、御飯をご馳走するわよ。メリー、にゃーって言ってみて」
「…聞いてる?」
「にゃー、ほら猫の鳴き真似、にゃー」
「嫌よ」
「良いから~ね、にゃー」
無限ループに嵌まり込んだ気分だ、断り続けても繰り返し求めてきそうだ。
にゃーにゃー言う度に少しずつこちらへと近づいてくる彼女、目が本気で恐怖を覚える。
流石にこれ以上近付けるわけにもいかないので、仕方なく折れた。あくまでも止める為である。
「…にゃぁ」
とは言え、素直に言うのは恥ずかしく躊躇いがちな言い方になってしまった。
とにかく、これでループからは脱出し彼女も定位置へと戻るだろう。
「ぁ~もう、メリー…可愛いっ!!」
「ちょっ、蓮子!?」
彼女は戻る所かこちらへ向かって飛んでくる、その勢いに押されて私は倒されてしまう。

結果、私は彼女に押し倒される形に相成ったわけだ。

「…退いてくれないかしら?」
流石にこれは不味い。
仮に彼女にそっちの気があったとしても、友人としては付き合っても良いと思っていた。
しかし一線を越えようとしているのであれば話は別である。私自身、道から外れた恋愛関係を作る気等更々無いのだ。もしこれ以上進むのであれば、彼女との縁を切る事も考えなければいけない。
「…蓮子?」
彼女からの反応は無い。
「蓮子ー?」
胸に押し付けられた頭を思い切り叩く、しかし何の反応も返って来ない。
「…あぁ、寝ちゃったのね」
時計を見る、短針は3を指していた。

進まないレポートからの苛立ち。疲労による睡眠欲。夜中が成せるテンション。
以上が組み合わさり、頭の湧いた蓮子は完成したと…正直どうでも良い考察だった。
私は彼女を抱え、ベッドへと運ぶ。
まだ作業が終わっていないのに、こんな所で寝ていられても迷惑なだけである。
布団を掛けると、彼女は小さく寝言を呟く。
「メリー…」と。

私は溜息を吐きつつ微笑する。
全くはた迷惑な友人だ。
私は机を前にし、再び作業を開始する。
良かった…関係が壊れなくて。
私はベッドで眠る彼女を見る。
良い顔で寝ちゃって、今夜はこのまま寝かせてあげよう。
私は机の上へ顔を戻す。
起きた時に絶望を味わって頂戴、今回はそれで許してあげる。

丁度レポートが完成した頃か、彼女は悲鳴と共にベッドから跳ね起きた。
時刻は9時を過ぎた所である―


                                   【承】


「20時34分…と、今日は月がよく見えるわね~」
「えぇ、雪と相まってとても綺麗」
私達秘封倶楽部、メンバー総勢二名は露天風呂に浸かっていた。
「メリー、メリー!」
「どうしたの?」
「…ふふっ」
私の隣で月を見上げつつ、日本酒を飲む彼女。何かを思いついた風にこちらを見てニヤニヤ笑っている。
「月が綺麗ですね~」
「…はぁ」
「ときめいちゃった?」
今のため息をどう解釈したらトキメキになるのだろうか、この酔っ払いめ。
「漱石の言葉も堕ちたものね、酔狂の戯言に使われるなんて」
「何言ってるの、まだ酔ってなんかいないわ」
「二つの意味でよ、どうせなら素面の時に言って欲しかったわ」
「ぇ…本当!?」
「冗談よ」
「またまた~」
ケラケラ笑って酒を一口飲む彼女、どうせ酔いが醒める頃には覚えてやしないだろう。
それにしても、湯の上に盆を浮かせて何をしているのかと思ってはいたが、まさか酒を持ってきていたとは。
「どこから調達したのか徳利と猪口まで用意しちゃって、未成年の癖に手際が良い事」
「細かい事気にしちゃ駄目よ、メリー」
間を置くように猪口を傾け、蓮子は話を続ける。
「今はこの雪月を楽しまなくちゃ。お酒は風情を味わう為の橋渡しよ、勿論このお酒も美味しいけどね」
再び猪口を傾ける。頬を紅潮させているのは酔いがまわっているからだろうか。
「…後はここに花があれば完璧ね」
「あら、花なら私の目の前に居るわよ?月明かりに浮かぶ金色の花…とても綺麗」
「それじゃあ、私の目の前に居るのはお酒の香りを放つ花かしら。まるでラフレシアね」
「全く酷い言い草だわ…それじゃあメリーにも私の香りを御裾分け、はい」
そう言うと、彼女は盆の上に置かれたままだった空の猪口を私へ寄越した。
不自然に置かれている猪口を見た時点で、こうなる事は何となく予想していたが。
「まぁ、いっか…頂くわ」
「あれ、今日のメリーはやけに素直ね」
「お酒は橋渡しの役割を担うんでしょ?雪月花も揃った事なんだし、折角だからこの情景を堪能したいじゃない」
「ふふっ…そうそう、飲んで一緒に楽しみましょう」
猪口に透明の液体が満たされる。
私達は互いに見つめ合い、静かに猪口同士を触れ合わせた。
「「乾杯」」

                                   ◆

私たちが温泉に浸かっているそもそもの根幹、それは彼女が持ってきた一枚の紙だった。
時刻は昼時。
大学の食堂で昼御飯を食べていた私の向かいの席に蓮子は座った。
「…もし良かったら、一緒に行かない?」
彼女はそう言うと、間も無く机の上に一枚の小さな紙を出す。
それには『温泉旅館一泊二日ペア招待券』と、目を引くような書体で書かれていた。
「学部の友達に貰ったの。彼女曰く、行く必要性を失ったとか何とか…で、偶々前を通りかかった私がそれを譲り受けたと言うわけなのよ」
幾等行く理由が無くなったにしても無料で貰えるなんて気前の良い話ね…と、私が疑問をぶつけると彼女は視線を逸らした。多分何かしらの条件は要されたのだろう。しかしそれを受けてまで誘ってくれた彼女の手前だ、詳しい事情は聞かない事にした。
「もうそろそろ冬期休業でしょ、羽伸ばしに丁度良いかな~なんて、思ってさ…どうかな?」
首を傾げてこちらを見る彼女、そんな目をされたら断るものも断れなくなってしまうではないか。
まぁ日取りは自由に選べる様であるし、元々断る気は無かった。何せ温泉なのだから。
二つ返事で承諾すると、浮かれた様に表情を緩める彼女。
そんな彼女を見ていると、普段私を無理矢理連れ回す彼女との相違に笑いが零れてしまう。
「それじゃ行く日はいつにしようかな。私が空いてる日はね―」
はしゃぐ様に日取りを決めていく彼女の言葉を聞きながら、私は食事を再開した。
以上が二週間程前の出来事である。

                                   ◆

「…御飯美味しかったわね」
「そうね」
「…温泉温まったわね」
「お酒美味しかったね~」
「…そこまでは良いのよ、とても満喫しちゃった」
「ありがとう、誘った身としては最上級の賛美だわ」
「…でね。温泉も上がったら、浴衣に身を包んで、部屋で煎茶でも飲みながら寛ぐというのが本来の流れだと、私は思うの」
「メリーってば見た目によらず良い趣味してるわね」
「まぁそんな事はどうでも良いのよ…問題はね、何で私達は、せっかく温まった身体を冷ましながら、こんな真夜中に雪道を歩いてるのかって事よ」
「それはね、これから入り口を見つけに行くからよ」
私は溜息をつき、懐中電灯で前方を照らしながらウキウキと歩いていく彼女を見る。
「蓮子…あなた、これが目当てだったでしょ」
私の言葉に、こちらへ顔を向ける彼女。今はその笑顔がとても腹立たしい。
「やだな、私はメリーと温泉旅行に来たのよ。こっちはオマケ、枕投げみたいなものよ」
「オマケ程度の事なら、貴方一人で行ってきたら良いじゃない」
「メリー、私達は何?」
彼女の言わんとしている事は分かる、そして分かってしまう自分も腹立たしい。
「…はぁ、分かったわよ。付き合ってあげる」
「うんうん、それでこそ我が秘封倶楽部の相棒よ」
例えこれ以上不平を述べたとしても既に歩き始めてしまっているのだ、焼け石に水だろう。
彼女を止める事が出来ないのは分かっていた。
そして、止める事の出来なかった私は、彼女に手を引かれて無理矢理連れて行かれるのである。
別に逃げやしないのに。

歩き始めて何十分経っただろうか、ようやく彼女は足を止めた。
辺りを視まわし地図で場所の確認を始めた為、やっと手が開放される。
こんな暗闇の中で自由になっても大して嬉しくは無いが。
「1時19分、目的地到着…っと」
空を見て時間を確認する彼女。
1時過ぎに寒空の下に居る私達、これが温泉旅行の途中だというのが余計に悲しさを増してくれる。
「それで、この開けた空地が結界の入り口なの?」
私は彼女の見ている方向を目視するが、誰も踏み入れた跡の無い雪で覆われた広場が見えるだけである。何も無い所に入り口なんて存在するものなのだろうか。
「まぁ来て御覧、情報が正しければ在る筈だから」
そう言うと、彼女は足跡の無い雪の上をサクサクと進んでいった。
慌てて後を追う私。まっさらな雪にもう一つ足跡を付けていく。
「本当に何かあるんでしょうね、もし何も無かったら雪に埋めるわよ」
「さらっと怖い事言わないでよ…確かに足跡のトリックにはお誂えの場所よね」
「既に私の足跡も付いちゃってるけどね。もう少し早く気付いとくべきだったわ…残念」
「まぁメリーに殺されるなら私も本望だけど…っと、あったわ」
光の先を見ると、それは確認できた。
「…石碑?」
申し訳程度に植わっている数本の木、その下にポツンと寂しげに存在する石碑。
どうやらここは空地ではなく、何かの跡だという事が分かった。
「うん、写真と同じモノね。文字は…磨り減っててほとんど読めないか」
「一文字読めそうなのがあるわ。雲…じゃなくて霊かしら、もしかして霊園跡とかじゃないわよね」
辺りを見渡すと、確かに小規模の霊園位収まってしまいそうなスペースはあった。
「はずれ、正解は霊殿よ」
彼女は二枚の写真にライトの光を当てた。
一枚にはこの広場全体が写された写真。
そして、もう一枚には目の前に在る石碑が写っていた。違う所は、写っている季節と石碑がまだ新しい点か。
「霊殿って言うと…霊を祀る為の建物よね?」
「その通り、有名な所だと皇霊殿ね。あれに比べればかなり庶民的だけれど、碑が建てられるだけの役割は担っていたみたい」
「まるで歴史から葬られた霊殿も数多く在る様な言い方ね…それで、この霊殿跡の石碑と結界の関係性は何なのかしら?」
「せっかちねー…まぁ良いわ」
彼女はポケットから手帳を取り出した。
「別に石碑自体はどうって事無いのよ。問題はこの土地…ここはね、神隠しの謂れがあるのよ」
「…また、ありきたりね。そういう都市伝説位、どこにでもありそうなものだけど」
「私も初めはそう思っていたんだけれどね…これを読んでみて」
手帳に挿まれた数枚の用紙を受け取る。
ライトの光に照らされ、それがかなり昔の新聞記事だという事が分かる。
「初めて見る紙名ね、地方紙かしら。昭和…って、また古い年号ね。えっと―」

【少女失踪、捜索続くも未だ発見されず】
×月×日に起こった少女失踪事件。発覚から三日後に公開捜査が行われるも、事件の情報は一切出て来ず。一週間が経過した現在、最後に少女の姿が確認された霊殿跡地を中心に、捜査の幅は全国まで広がった。家族が目を離した一瞬の隙に姿を消した事、一部では神隠しの噂も立ち始る。専門家である○○大学の―

「これに書かれている霊殿跡っていうのが、ここの事なの?」
「えぇ、他の記事も見れば分かるわ」
二枚目、三枚目と続けて読んでいく。
それらは日付や紙名が違うだけで、一枚目と書かれている内容はほとんど変わらなかった。
「…あぁ、確かにその通りね」
注目すべきは記事と共に載せられた写真。
遠距離から撮られた写真を載せた記事もあれば、石碑を中心に撮られた記事もあった。
先程見せてもらった二枚の写真と見比べるが、差異はほとんど無い。
念の為に辺りを見回し実際の風景とも見比べてみるが、こちらも差異は見受けられなかった。
「確かに神隠しと書かれてはいるけど…、結局は噂止まりでしょ?これだけで決め付けるのは些か乱暴に思えるわ」
「…この事件ね、顛末を追ってみたんだけれど結局未解決のままみたい。その後の記事も探したんだけれど見つからず終い、色々騒ぎ立てられた挙句が忘却だなんてね」
皮肉めいた事を言いながら、周りにある木を見比べていく彼女。
「それから約40年後、次いで約30年後」
続けるように彼女は呟き、更に二枚の記事をメモ帳から出した。
「失踪事件は合計三回起きたのよ。現場も同じ、ここでね」
「へぇ…まるでミステリーみたい。更に数十年後の今日、私達のどちらかが姿を消すのかしら?」
「どうせなら二人一緒に消えたいわね、駆け落ちみたいで素敵だわ…はい」
「ありがとう。もし消えるなら、貴方一人で来た時にしてちょうだい」
彼女から用紙を受け取り、二つの事件の概要を流し読んでいく。
二回目の事件は、肝試し目的でやってきた大学生グループの一人が。
三回目の事件は、温泉にやってきたカップルの片割れが。
起きた季節も、世代も、赴いた理由もバラバラな失踪者達。
時を越えて起こる事件、はたしてここで何があったのか。
―と、考え始めた所で根本を思い出す。
「別に事件を解明させに来たわけじゃ無いのよね?」
「何言ってるのよメリー、当たり前でしょ。そういうのは警察の仕事、私達はサークル活動をしにきただけよ」
「そうは言っても、結界なんてどこにも―」
もう一度辺りを見回した時だった。

…チリン。

鈴の音が、私達以外誰も居ない筈の場で鳴り響いた。
私達は動きを止め互いに視線を合わせ、音を聞いたという事実を確認しあう。

…チリン。

また音が鳴る、鈴の音以外は何も聞こえない。

…チリン。

音の鳴る間隔が狭まってくる、まるで何かが近づいてくるように。

…にゃー。

腑抜けた鳴き声により、緊張は一瞬にして崩れ去った。

「猫っ!?」
嬉々とした表情の蓮子が声のした方を瞬時に見やる、私も視線を追う。
木の根元から、一匹の黒猫が暗闇から抜け出すように歩いてきた。
「…猫なんて居たかしら」
私達がここに来たのはおよそ15分前、その間猫の鳴き声どころか気配さえ感じなかった。
「まぁ良いじゃない、猫は神出鬼没よ」
彼女はそう言うとポケットに手を入れ、小さな袋を一つ取り出し、それを空ける。
まじまじと袋を見ると、カルシウムたっぷりニボシ君、という名称がそれには書かれていた。
「…何でそんなもの持ってんのよ」
「そういう日もあるの、備えあれば憂いが無い所か喜びが在ったわね」
袋は開かれ皿のように置かれ、もそもそと猫は煮干を食べていく。
「それにしても警戒心が無いわね、見知らぬ人間が出したものをすぐに食べるなんて」
「首輪があるでしょ。飼い猫だから警戒心が薄いんだと思うわ」
「よく食べるわね…お腹が空いていたのかしら」
袋に入っていた煮干をあっという間に平らげた猫は、御馳走さまを告げる様に一鳴きした。
「もしかしたら家出でもしたのかもね、良かったらうちに来るか~?」
猫の頭を撫でながら、猫を招待し始めた彼女。流石にそれは無責任な気がする。
それをやんわりと断ったのか、猫は彼女の指を一舐めし、雪道を歩いていった。
「あらら…行っちゃった」
「無責任に誘うからよ、猫に気を使わせちゃって」
口を尖らせ空を見上げる彼女、本気では無かった筈である。
「2時7分。そろそろ帰りましょうか」
入り口は見つからなかったが、猫を見つけて満足したのだろう。
彼女は立ち上がり、元来た方向を見る。
「結局何も無かったわね、入り口所か神隠しさえも」
「あら、メリーは連れ去られたかった?」
「失踪した人達は、何を見たのかしら」
「さぁ…こればっかりは隠されてみないと」
苦笑し立ち上がると、チリン…と鈴の音がまた聞こえる。
「さっきの猫、まだ近くにいるみたい」
「…そうなの?よく分かるわね」
「何言ってんのよ、鈴の音が聞こえたじゃない」

猫が向かった方を見る。
しかしその先は暗闇であり、流石に黒猫は見えない…筈なのだが。
何故か猫の姿ははっきりと見えた、目の高さに浮かぶ火の玉の光源によって。

「っ蓮―」
突然現れた違和感に、彼女を呼ぶべく振り向こうとする。
しかし、それよりも前に、目の前の情景に暗幕が下ろされてしまい何も見えなくなってしまう。
最後に見たのは暗闇に浮かぶ黒猫の姿。
一本多く見えた尾は、果たして見間違いだったのか。


                                   【転】


―私の前に現れたのは…西洋風の御屋敷。

不思議よね、とても人が住んでいる所とは思えなかったのに、其処とは明らかに異質な建物があるのだから。
でも…私としては助かったわ。建物が在る以上誰かが居ると言う事だもの。
足早に扉の前まで行き、ノックをする。けれども反応が無い。
それを三度程繰り返したけれど結局反応が無くて、留守かと思ってドアノブを回してみたわ。
…予想できると思うけど、案の定開いちゃったの。
小説とかだと、ああいう時って、大抵中では何か良くない事が待ち受けているわ。
強盗現場に出くわしたり、死体を発見したり。
例え留守だったとしても、決して見てはいけない重要なモノを発見しちゃったり。
…まぁ、不法侵入自体良くない事だけれど、そこには目を瞑ってもらえるかしら。

ドアを潜ると広々としたエントランスホールに出るの。
外から入ってくる光が、ステンドグラスを通して床一面に不思議な紋様を作り出していた。
今まで見たことも無いような情景で、時間が止まったみたいに暫くの間見惚れてたわ。
漸く動き出せたのは、音が聞こえたから。
ここへ来る前に聴いたばかりの、あの鈴の音。
音の方向には、あの黒猫が…こっちを見ていたの。
まるで自分の縄張りに進入してきた不届き者を警戒するかの様に。

…なんて、そんな事を思っていたのは私だけだったみたい。
黒猫はすぐにそっぽを向いて、廊下の奥へと歩いていっちゃったわ。
そこで興味が出てくるのが人間よね、猫を追ってみる事にしたの。
既に不思議な世界に入り込んでいるんだから、これ以上どこかへ迷い込みはしないだろうしね。

悠然と歩く猫の10メートル程後ろを歩く私。
私の存在を気にしないように歩を進める猫。道案内をされているみたいで、歩きながら小さく笑っちゃったわ。

右へ曲がって。真っ直ぐ進んで。
左へ曲がって、しばらく進んで。また左へ曲がって、すぐの分かれ道を右へ曲がって。
幾度かの曲がり角を越えた所でようやく猫は歩を止め、か細く声を鳴らすの。
どうやら目的地に到着したみたい。
一度鳴いてから、猫はずっとこちらを見ていたわ。この扉を開けろと催促している様に。
今更戻るなんて事も出来ないしね、従うように私はドアを開けたの。

身の丈ほどの椅子に座って烏を抱く桃色髪の少女。
鳩や鶏はいるかもしれないけれど、烏は中々見ないわよね。
それでも…不思議と絵になっていたの、まるで深窓の令嬢の様だったわ。
あ、これは今思い付いたんじゃなくて、その場で瞬間的に思い浮かんだ言葉よ。
だって、すぐにその少女に言われちゃったんだもの。

『私は…それほど綺麗な存在ではありませんよ』

こちらを見て苦々しげに笑う少女。不味い事言ったと思って、私はすぐに謝ったわ。
言葉に出したつもりは無かった筈なのに、知らずのうちに出ていたみたい。それ程印象強かったのよ。
まぁ良いわ、少女は首を横に振ってから話を続けたわ。

『気にしないで下さい…所で、客人とは珍しいですね。此度はどの様な御用で?』

どう答えたものか、悩むわよね。
道に迷ったにしても、実際に不法侵入をしている最中だもの。
道を尋ねにきましただなんて話が通じるのは、御話の中だけよ。
とりあえず怪しくない者という事だけは知ってもらおうと、私は口を開いたわ。
ただ、それよりも早く少女の口から言葉が発せられる。

『大丈夫です。つい最近も勝手に入ってきた輩が居ましたので、不法侵入者には慣れています』

そう言って、少女はニコリと笑ったわ。
逆にこちらは苦笑いよね、完全に不法侵入者に思われてるんだから…間違ってないけど。
このままじゃ何をされたか分かったもんじゃないから、どうしたものかと悩んでいたら少女は続けるの。

『ふふっ…冗談ですよ、貴方の事は知っています。この子がお世話になったようで…ありがとうございます』

少女の膝上へと飛び乗った黒猫は、一度鳴くと気持ち良さそうに丸くなった。
烏の隣に黒猫とはまた異様な光景よね。それに比べて女の子の服装は水色にピンクだから、黒がよく映えていたわ。
ただ…少女の言っている事が黒猫についてなら、お世話って言うのは多分蓮子のあげた煮干の事なのよね。どう答えたものか、複雑だったわ…。

『どうやら…迷われた様ですね。いいえ、道では無く…空間を』

少女は私の返答を要さず話を続けていく。
空間っていうのは、夢と現の事かしらね。

『ここが何処なのか気にしているみたいですね…ですが、残念ながら御教えする事は出来ません。その代わりといっては何ですが、帰り道の案内をしますね…お燐』

少女の声を呼び水に、寝転がっていた猫は立ち上がり伸びをした。
そのまま床へ降りると、付いてこいと言わんばかりに堂々と歩いていくの。
あの世界では、猫が案内業を務めているのかしらね。まるでファンタジーの設定みたい。

『彼女の後を付いて行けば、自然と元の場所へと帰れます…この世界に居残りたくなければ、早く歩いていくことをお奨めしますよ』

一瞬何を言っているのか分からなかったけど、急を要されている事だけは何となく理解できたわ。
恐らく、のんびりしていたら元の世界へ帰れないと言う所かしら。
今までそんな事は無かったけれど…今まで無かった事が今後も起きないなんて言い切れないものね。ましてや、少女の真剣そうな顔を見てたら冗談にも思えなかったしね。
一つ礼をして、慌てて先を行く猫を追ったわ…結局少女とは一回も話さず終いだったわね。
もし…もう一度会うことが出来たら、今度はきちんと話してみたいわ。

部屋の外に出ると、既に猫は廊下を曲がろうとしているの。
見失わない為にも、私は懸命に走ったわ。もし見失ったら…少女の言う通り本当に戻れない気がしたから。

必死だったけれど…何故かしらね、不思議と笑みが零れるの。

帰り道はこっちだと言わんばかりに歩を進める猫。
馬鹿正直に後ろを付いていく私。

本当に猫に案内されている光景が、傍目からみたら微笑ましいんだろうな…って。

                                   ◆

「―それで、気付いたらここだったと。へぇ、それはまた大冒険だったわね」
机越しに座る彼女はお茶を啜り、冗談めいて言う。
夢の話を終えた私も、喋り続けた口を休める為にお茶を飲む。熱かったお茶は既に冷め切っていた。
「…そうでも無いわ、猫の後を歩いただけだもの」
「素敵じゃない。まるでアリスみたい」
別に時計を持った兎を追ったわけでも無いし、身体が大きくなる薬を飲んだわけでも無い、尚且つ裁判に掛けられたわけでも無く、それに―
「辿り着いた先は現実世界だけどね…それより、もう一回聞くわよ?」
「どうぞ」
お茶を飲み終えた彼女は、掌をこちらに向け質問を促した。
私は再び彼女に問い掛ける。
目覚めてから既に四度はしている問い掛け。

「本当に…本当に、私達は入り口を探しに行っていないの?」

彼女は一つ息を吐き、淡々と答えを吐き出す。
「何度も言ってあげるわ。私達は温泉宿に来て美味しい料理を食べて、露天風呂に入って二人でお酒を飲んで、酔ったメリーはのぼせて倒れて、慌てて宿の人に頼んでここまで一緒に運んで貰って、私はメリーの寝顔をずっと見ていた。それだけよ」
「…」
結局何度尋ねても答えは変わらない。
彼女に外へ連れ出された時点から、私が夢を見始める時点まで、丸々無かった事になっているのだ。最初は彼女の冗談かとも思っていたが、問い掛ける度に真顔になっていく彼女の顔を見ていると、とても冗談には思えなかった。
「うーん…今までの夢の話とはまた違った、不可解な内容ね」
「全くだわ。蓮子の話が本当なら、夢の中に居た私が更に夢の中へと落ちている事になるのよね。夢の先は更に夢、果たして今ここに居るのは現なのかしら。それとも…まだ夢の世界なのかしらね」
今までは彼女が居るところを現と捉えていた。
しかしその前提が崩れた今、私は夢現どちらに居るかの判断をつけかねている。
「あら、それについてなら答えを出すのは簡単よ、メリー」
あっけらかんとした表情で彼女は言う。
「…何?」
私が問い掛けると、彼女の表情は真顔へと移行する。
何を言うかと思えば何も発さず、そのまま私の眼前まで彼女は身体を伸ばした。


―これは完全に不意打ちである。
彼女は夢と現の判別方法を言葉で無く行動で示してきたのだ。

―この時の記憶について、門外不出にする事を自分自身に誓う。
気付けば彼女の唇は私の唇へと重なっていた。

―友人と恋人の境界を、 私は何度も踏み越えないようにしてきた。
彼女が次の行動へと移る前に、私は机の向こうへと彼女を押しやる。

―それはこれからも決して変わりはしない。
再び向かいに座る彼女の眼は、若干の寂しさを帯びているように見えた。


「…聞いてもいいかしら?」
「温泉宿に来た私達は、普段食べないような美味しい料理を―」
彼女は五回目の回答を始める、果たしてこれは故意なのか無意識なのか。
言葉を止めさせる為に直視すると、彼女はバツが悪そうな顔をして口を止めた。分かりやすい仕種である。
頬を掻きつつ、再び彼女の口から発せられた回答は、私が求めるモノへと改変されていた。
「…キスをしても、世界は変わっていないでしょ?かの物語曰く、姫の眠りはキスで目覚めると言われているわ。即ち、キスをされたメリーは今現在夢の世界では無く、現の世界に居るという事になるわけ。メリーはここが現と分かり、私は役得となる、正に一石二鳥…って言おうかと思ってたんだけど…ね」
次第に彼女の言葉は途切れていくが、表情を見る限り嘘を吐いている感じはしなかった。
察するに、拒絶されたと思い込んでいるのだろうか。決して間違ってはいないが。
「…ごめんね、メリー」
彼女の声が変化してきた、これ以上は不味いだろうか。私は息を一つ吐き、改めて彼女を見やる。
今回は、私を気遣った彼女なりの判別方法だったのだと考える事に決めた。

結局は許してしまっている私、もしかしたら一番の原因はこれなのかもしれない。
何だかんだ言って彼女の悲しむ姿を見たく無いのだ、矛盾しているのは分かっている。

「…かの物語って、茨姫の事かしら。そうすると、蓮子が王子様役になるのよね。…余計ここが現だとは信じ難くなったわ」
冗談めいた口調で言葉を発すると、曇っていた彼女の表情は次第に元へと戻っていく。
「メリーがお望みなら、白馬に乗って登場してみせようか?…って、私よりメリーの方が白馬が合いそうね。どうせならもっと面白い乗り物で登場しようかな」
考え事を始める彼女、それを聞いて内心安心する私。
私は一体、彼女をどうしたいのだろうか。分からなくなっていく。
私達は一体、境目のどの辺りにいるのだろうか。分からなくなっていく。
「ねぇメリー、もう一回しない?」
「…はぁ、三度目は無いわよ」
不貞腐れる彼女、反省しているのかいないのか。
悩んでも分からなくなる一方なので、一先ずはこの辺りで線引きをしておく事にする。
身長が伸びていく様に、線が少しずつ奥へと進んでいるのは…気のせいにしておこう。
「冷えてきたわ…お茶、入れ直すわね」
「ん、お願い…メリー」
身体と空気を暖め直す為、私は席を立つ。

給湯室でお湯を沸かしている間、先程の夢について考えを巡らせてみる。
彼女の言っている事が本当であれば、私達は宿から出ていない。
話している様子を見る限り特別嘘を吐いているようにも思えなかった。
ならば、あれは本当にただの夢という事になるが…そうなると、私は夢を見る程彼女と結界を探しに行きたかったと言う事になる。
いつもは嫌々付き添っている風を散々装いながら、その一方で夢にまで見ているとは。
私は彼女と一緒に結界を探す事を望んでいるのか。
それとも彼女と一緒に居る、ただそれだけの事を望んでいるのか。
彼女も私と一緒に居る夢を見ているのだろうか。

お湯が沸き立つポットの音で我に帰る。
考え過ぎても詮無き事かと息を吐き、私は急須にお湯を注いだ。

「所でメリー、これ何時の間に買ったの?」
お茶を淹れた湯呑を盆に乗せ部屋へ戻ると、彼女は何かの箱を持ちつつこちらを向いた。
一体何の事だろうかと記憶を巡らせる。
お土産を買った覚えは無い、それ以前に買いに行った記憶が無い。
そうなると夢の世界から持ってきたという事になるが、何時の間に持っていたのだろうか。
「意外ね~、こういう如何にもな物って決して買わないように思えたけど。でも、名前を見る限り中々良いセンスしているわ…はい」
「…お褒めの言葉をありがとう」
盆を机に置き、彼女から箱を受け取る。箱には旧地獄名物灼熱温泉饅頭と書かれていた。
確かに、大したセンスである。
「それじゃあ丁度良くお茶菓子もある事だし、深夜のお茶会でも始めましょうか」
「ちょっと…何で勝手に食べる話になっているのよ」
「箱の裏面を見てごらん」
「ぇ?………あっ」
箱の裏に印字された消費期限、そこには今日の日付が示されていた。
「上手い事土産物屋に掴まされたわね、ちゃんと確認しなきゃ駄目よ。ま、帰るのは明日の昼なんだし、土産物ならまた買い直せば良いわよ」
「はぁ…そうね、まぁ別に良いか」
箱を開けると、白い生地の饅頭が綺麗に3列並んでいた。
饅頭に刻まれた温泉マークが、土産物らしさの如何にもを醸し出している。
早速互いに一つずつ取り、一口食べお茶を啜る…暫しの沈黙。
「ん~…可もなく不可もなく、至って普通の味ね」
「そうね。まぁ、これでこそ土産物って感じなのかしら」

時間と共に、一つまた一つと箱から消えていく饅頭。
お茶の御供は先程の夢の話。夜も移り変わり、空の黒が薄くなるまで話は続いた。

私は思う。
いつまでこの関係で居られるのだろうか。
その判断が、私に委ねられている気がするのは何だか納得がいかないが。

彼女は思っているのだろうか。
私が一体どうしたいのか。
私自身にも分からない事を、あぁだこうだと悩んでいるのだろう。

箱に入っていた奇数のお饅頭、最後の一つは半分ずつ食べた。


                                   【結】


「ねぇメリー。私、猫を飼ってみたいな」

私の部屋でソファーに座り、クッションを抱えて寛ぐ彼女はそう言った。

「…既視感ね」
「あれ、以前にも言った事あったかな?」
あの夜の事は、彼女の記憶からほとんど抜け落ちていた。
疲労による暴走を起こしていたのだ。残っていないのも無理は無いだろう…何だか腑に落ちないが。
「気にしなくて良いわ。それよりも、猫が飼いたいなら先ずは引越しから始めてみたらどうかしら」
「う…、痛い所を突くわね。全くその通りよ、何でペット可のアパートを選ばなかったのかしらね。十数ヶ月前の私を恨むわ」
「ifの世界を羨んでも何も起きないわ」
「はぁ…確かに。こうなったら内緒で飼っちゃおうかな」
姿勢を正し考え事を始める彼女。どこを見つめているのか分からないその瞳からは、本気で実行してやろうかという算段が伺える。
止めるなら今のうちか。
「周りの住人にばれても知らないわよ」
「あら、心配してくれるの?」
「追い出された結果、私の部屋に居座られるのが嫌なだけよ」
「…残念、それじゃ別の方向で考え直そうかな」
今の流れは、もしかして私の部屋に住み着く事が最終目的だったのだろうか。
それにしては遠回りで、まだるっこしい方法ではあるが。
「飼うんじゃなくて、餌付けて部屋の前まで来るようにしたら、どうかしら」
念のために話を逸らしてみる。この前と口上は同じだが、多分彼女は覚えていないだろう。
「中々良い案ね。通い猫か…まるでメリーの家に行く私みたい」
「餌付けた覚えは無い筈だけど?」
「メリーと一緒に居られるだけで、私にとって十分魅力的な餌よ」
嬉々として言い放つ彼女を見て、私は一つ溜息を吐く。
冗談ならまだしも、本気で言ってるのだから質が悪い。
「そう云うのはもういいわ。とにかく…今の方法なら、苦情が出ない限り、猫を愛で続ける事ができると思うわ。蓮子ったら、いつも猫用の餌をポケットに忍ばせてるくせに、よく思いつかなかったわね」
「いつもじゃなくて時々、備えあれば喜び在りよ。そもそもこれを持っているのは、猫に会う確立を上げる為の一種のお守りっていうだけで、ある種の願掛けみたいなものよ」
彼女のポケットから出てきたのは、カルシウムたっぷりニボシ君、と書かれた小さな袋。
「役目を果たしたら無くなる、一回限りのお守りかしら」
「猫に会えたら開けちゃうからね」
お互い煮干しの袋を見て、くすくすと笑う。
「それにしても…メリーってば、よく持っているのを知ってたわね。これを始めたのって、つい最近なのに。やっぱり、私達は繋がりあっているという事かしら」
「何を言ってるのよ。ついこの間、私の目の前で出してたじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
「…え?」
予期せぬ食い違い、私は記憶を巡る。
きょとんとした彼女の表情。彼女からは、私の表情がどう見えているのだろうか。
「…ほら、この前温泉に行った時…広場で会った黒猫に、その煮干をあげたでしょ。今みたいに、備えあれば喜び在り、なんて言って」
記憶を引っ張りだし、途切れ途切れに彼女へ説明する。煮干の入った袋には確かに見覚えがあり、記憶違いでは無い筈である。
しかし、説明を受ける彼女の顔は、眉を寄せる難しい表情だった。
「確かにあの旅行中は、ずっとポケットに入れてたけど…でも猫には会っていない筈よ。そもそも広場っていうのが何処の事だか、私には分からないのだけど」
「………」
私はあの夜の不思議な出来事を思い出した。
私には在って彼女には無い記憶、あの時は結局私の夢という結論で終わっていた。
だが、今目の前に現れた拭いきれない違和感は一体何だろうか。
本来私には知りえない彼女の情報、私の夢に予知の力なんて無い筈だ。
「…蓮子。あの温泉街の近くに霊殿跡が在るのは知ってる?」
そう、予知の力なんて無い。
「どうしたの突然。そりゃ在るのは知ってるけど…よくメリーが知ってるわね。かなりマイナーな場所よ、あそこって」
「…そう」
まだ確信では無いが、もしかしたら。そう…もしかしたら、である。
「メリー?」
「ごめん蓮子、何でも無いわ」
まだ彼女に話す事では無いだろう。これはあくまでも可能性の話。
あの夜、私と彼女は実際にあの場所に行っていたのかもしれない。
温泉で温まった身体をわざわざ冷やしてあの場所に行って、当時の不可思議な事件を彼女から聞いて、夢の世界にも居た猫に会って、結界に飲み込まれて。私だけでなく…彼女も。
「…ねぇ、メリー」
「何?」
「私、良い事を思いついたわ」
考え事をしているうちに、何時の間にか彼女の表情は嬉々としたモノへと変化していた。
真っ直ぐに私を見つめる瞳。ひょっとしたら、彼女も気付いたのかもしれない。
「…聞かせて」
私は、期待を込めて彼女の考えを要求する。
彼女の言葉次第で、あの夜の出来事を夢から現へと変える事が出来るかもしれないのだ。
静まり返る部屋の中、緊張に包まれる空間。僅か数秒、私は息も止め彼女から発せられる言葉を待ち続けた。


「メリーが猫になったら良いのよ」


「………」
言葉を発する事も出来ず、首を傾ぐ事しか出来なかった。
私の時間は止まり続けたまま、しかし彼女は一人動き続ける。
「何で思いつかなかったのかしら。こんなにも身近に愛すべき存在が居たじゃない。そうよ、猫も可愛いけれど、それ以上に可愛いメリー。猫とメリーどちらを選ぶなんて言われたら私は間違いなくメリーを選ぶ。そう、だから私は猫では無くメリーを飼いたい…いや、飼うのでは無いわね。ねぇメリー、私の家に通って。通い猫為らぬ通いメリー、か弱いメリーみたいで素敵な言い回しだと思わないかしら?」

何度目のため息を吐いただろうか。
ここまで既視感を覚えると、あの夜の出来事を繰り返しているように思えてしまう。
彼女が私を押し倒して、彼女はそのまま気絶して、私は彼女に小さな復讐をして…。
「…思わないわよ。大体、私は蓮子に餌付けられた覚えなんて一切無いわ」
「それについてはこれからよ。メリーが私の家に通ってくれるように、毎日御持て成ししてあげる」
彼女は、私をどうしたいのだろうか。
単なる相棒だと言う時もあれば、友人以上の関係を求めようとしてくる。そして今は猫扱いである。
彼女にとって、私という存在は一体何であるのか。
「嫌よ、猫扱いなんて」
「…じゃあ、メリーは…さ、どういう扱いなら良いの?」
「…え」
それと相対するように、私にとって彼女という存在が一体何であるのか。
単なる友人なのか、信頼出来る親友なのか、愛し合う恋人なのか、ペットと主人の主従なのか、それとも…。

再び長い静寂が訪れる。
彼女は私の答えを待っている。その答えを私自身も知りたかった。
何だかんだと考えあぐねていた、二人の関係の境界線。何故私が決めないといけないのかと考えてはいたが、それは当然であったのだ。境界線をどこにしたいのか、彼女はとうに決めていたから。

彼女はじっと私を見つめる。
私も彼女をじっと見つめる。
はっきり決めてこなかったのは私自身。

「…何よ、じっと見つめて」
静寂の先に私の口から出てきたのは、沈黙に耐えかねた言葉。
「待ってるの、どういった扱いが良いのかなって」
彼女の口から出てきたのは、尚も求める言葉。

「…普通で良いわよ、普通で」

結局私が出したのは、はぐらかしの言葉だった。
普通だけでは答えになっていない事は私にも分かる。彼女の求める答えは、もう一つ先なのだから。
それでも彼女は、静寂を解くように柔らかく笑った。
私の答えに満足したのか、答えを得るのを諦めたのか、私には分からない。
「成る程…まあ良いか。メリーは普通の恋人同士がご所望なのね」
「何言ってるのよ、普通の友人同士よ、ゆ・う・じ・ん同士」
「メリーったら~、焦らし上手なんだから」
「知らないわよ」
彼女は私の言葉をどの様に捉えたのだろうか。
笑顔になる直前、一瞬ではあるが小さくため息を吐いた様に見えたのは気のせいだろうか。
「ねぇ…蓮子」
「何、恋人同士へ訂正する?」
「しないわよ。そうじゃ無くて…もし良かったら、来年もあの温泉に行かない?」
「…」
突然彼女から笑顔が消え去る。
惚けたようにこちらを見続けるその顔は、一体何を思っているのか。
「嫌?」
「そうじゃない…そうじゃなくて…」
ゆっくりと首を振り、次第にその瞳は涙で潤んでいく。時間が経つ毎に涙は出続け、ついには瞳から零れ落ちた。何故そうなるのか、何となくではあるが、私は分かった…つもりでいる。
彼女が私に抱きつく。今だけはそれを止める事も無い。
「うん…行こう。絶対行こうね、メリー」
「…えぇ」
私は一言だけそう告げて、彼女の頭を撫でた。

それから十数分が経っただろうか。
彼女の涙はすっかり止まり、私達は静かに微笑み合っている。
「それで、蓮子は何時まで私に抱きついているのかしら」
「普通の友人同士が良いんでしょ?」
「…確かにそう言ったわね」
「女の子の友人同士なら、これ位は許容範囲よ」

多分、私はこれからもため息を吐き続けるに違いない。
しかしそれが無くなった時、私は彼女との境界線を定めた事になるだろう。

「メリー。来年の今頃迄に、目指すわよ」
「一応聞いてあげるわ…何をかしら?」
「決まってるじゃない、恋人同士よ」

また一つ。
私は、ため息を吐いた。
何故私は彼女を誘ったのだろうか。
決して答えを出せなかった侘びから出てきた言葉などでは無い。彼女にされた事を許したわけでも無い。
そう、あの夜に起きた不思議な出来事を究明しに誘った…という事にしておこう。それで良いではないか、私達は秘封倶楽部なんだから。友人や恋人の前に、相棒同士なのだ。そこから先へどう転んでいくかは時間が解決してくれる…と、ただただ信じ続ける。

「…そうね」

私は一言そう告げて、彼女の頭を撫でた。
裏タイトル【メリーが飼いたい by蓮子】
メリーに「にゃー」と言わせる蓮子の図が全ての発端。
あと、通い猫=通い妻の台詞を蓮子に言わせたかった。
そこから文章は組み立てられたとさ。

何時の間にか、ちゅっちゅの方向へと向かってしまう二人が微笑ましいです。

御拝読有難う御座います。

再度誤字直しました、申し訳ありません。
Fovos
http://twitter.com/fovos_00
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1000簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
温泉は別次元同座標の博霊神社の温泉で霊殿跡は地霊殿?

面白かった
次回にも期待
5.90名前が無い程度の能力削除
>私は一体、彼女をどうしたいのだろうか・。分からなくなっていく。
誤字?
これは可愛い秘封ですね
ポケットにニボシ→そういう日もあるのネタ懐かしい……
次に期待してしまいます
6.100奇声を発する程度の能力削除
>Sf小説にでも出てきそうな所だったんだけれど
この小文字はあえて?
良い秘封でした!
8.90名前が無い程度の能力削除
とりあえず宇佐美→宇佐見、と

煮えきらない感じかなんとも
15.100名前が無い程度の能力削除
さり気なく蓮子に若干丸め込まれてるっぽい感じが原作っぽくて好きです
16.80名前が無い程度の能力削除
ポケットに煮干、そういう日もある…まさか螺旋…

こんな煮え切らない二人もいいです
17.100れふぃ軍曹削除
とっても良い秘封でした。
原作風味の会話のテンポと、つかず離れずな二人の距離感が心地良かったです。
25.100名前が無い程度の能力削除
煮え切らない態度をとっているうちにじわじわと受け入れてしまっているメリーさんが可愛い
27.100名前が無い程度の能力削除
蓮子という嵐に翻弄され流されるメリーさん可愛いですw

二人にはいつまでも一緒に居てほしいですね。