Coolier - 新生・東方創想話

妖怪記録

2010/12/16 18:41:10
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 仄かな桜の香りが漂う川の側にある巨大な岩の上に、一匹の天狗がごろんと横になって、空を見上げていた。ぽっかりと大きく開けた空には、にょきにょきと佇む綿雲がいくつも並んでいる。空を駆ける燕の鳴き声が、春めきだした空気の中を伝わって、その天狗の耳を微かに震わせる。
 天狗の名は、射命丸文と言った。
 暖かく、空気は微かに水分を含んでいる。もう冬の辛さから解放された喜びを全身で表すかのように咲き誇る桜並木が美しい。
 そんな場所で一人、文は気持ちよさそうにごろんと横になって、うたた寝をしている。首にはきらりと光る変わった形をしたカメラを携えていた。

「文さん。どこにいますか?」

 辺りに響き渡る甲高い声が、文の眠りを覚ました。

「……なに? 何かごよう?」
「や、用と言う程の物ではないですがねえ……」

 目をとろんとさせ、文は駆け寄ってきた天狗にそう答える。天狗は白いセーターのような服に、下は紅葉を彷彿とさせるスカートを履いていた。

「なんだ、椛か」

 椛と呼ばれた少女はむっと頬を膨らませ

「なんだ、とは失礼ですね。私は用事があって、きたのですよ」

 と憤った。

「ああ、ごめんよ。それでは、改めて。私に何か用事?」

 むっくりと身体を起こして、きらりと光る眼孔を椛に向ける。

「文さんに、相談があるそうですよ。鼻高天狗の、雷同さんが」



 文は妖怪の山、その中腹にある、とある町を闊歩していた。
 この町に名前はないが、天狗がよく住みつくことから、『天狗通り』と呼ばれていた。町の周りはすぐに森になっており、道らしい道もない。空を飛ぶ妖怪たちには山の中腹にある開けた町なのだが、人間がたどりつくには、やや労力を要する。
 そこの中心部に、大きな塔があり、その周りでは毎日、出店が並んでいて、活気があった。天狗が多い町というだけあり、それに関する道具が多い。
 文は中心部で少し道具を買ったあと、すぐ近くにある小料理屋に入った。名前を告げると店の者が、こちらですと、とある部屋を案内する。

「おお、久しぶりじゃのう。文」

 朗らかな笑顔で出迎えたのは、鼻高天狗の雷同という天狗であった。
 鼻高天狗は天狗社会の事務を務めている。そのなかでも雷同は会計、さらに経済方面での知識に光る者で、この辺りを納める大天狗、夢幻が頭領の、鞍馬会の会計部に所属している。この鞍馬会は天狗社会のトップである天魔集が一人、鞍馬の寵愛を受けた組織であり、出世街道を駆けあがるための登竜門でもある。
 雷同は会計部の副部長を務めている。
 鞍馬会の金の出入りを管理する会計部は鞍馬会の中でも最も地位の高い役職である。そのため、そこに所属する天狗たちのこの近辺での影響力は計り知れない。また、会計には、口が堅くまた様々な世の理に博識である天狗が多いという性格からか、他の天狗から様々な相談を受けることも多いと言う。

「雷同さん、その喋り方、やめませんか?」

 文は正座して、雷同の前に座った。

「しょうがないであろう。昔からの癖じゃ」
「確かに女である雷同さんが、この天狗社会で生きて行くには、そうした口調も必要かもしれません。けれど、私と話している時ぐらいは、固くならずとも、よろしいのではないでしょうか」

 にこりと笑いかける文に、雷同も表情を柔らかく崩す。

「そうか。そうかもしれぬ。次からは気をつけよう」
「それで、ご相談とは……?」
「ふむ、実はの……」

 雷同が声の調子を低くして、語った。



 妖怪の山は、種族による縦社会が強く根付いている。そのトップは鬼であり、数こそ少ないものの、その力は凄まじいものがある。そしてその次にくるのが天狗であり、特に天魔ともなると、鬼に匹敵するほどの権力と力を持っている。
 話はこうだ。
 雷同が会計の仕事をしていると、とある鳥の妖怪が金を借りに会計部へきたのだという。どうやら料理屋を建てるための資金にするらしいのだが、どうもその様子が

「おかしい」

 のである。
 天狗ほどの力のある妖怪のところへ金を借りに来ているのだから、並みの妖怪でそれの前では、縮こまってしまうものであるが、その妖怪は大層自信に満ち溢れ、態度も大きかったらしい。

「あれは、大きいと言うよりも、横柄というべきであろう」

 と雷同は思った。
 その妖怪は受け付けの事務をしていた天狗に

「私は雀の妖怪、名は雀送というものだ。金を借りたいのだが、責任者と話がしたい」

 そう言った。そこで、出張で居なかった部長の代わりに、副部長である雷同が話を纏めにいくことになった。
 広さ約六畳ほどの部屋に、雷同と雀送が向かい合わせに座る。するとさっそく雀送のほうから、借用書のたぐいであろう、契約の魔法が掛けられた書類を差し出した。その金額は確かに店を建てるのに妥当な金額だった。雷同がいくつかの質問をしても雀送はよどみなく答える事が出来たため、覚悟も知識も十分と判断しその場で金を用意させたと言う。
 後日、雷同が休みの日であった。
 妖怪の山の麓にあるとある町にウナギ屋が美味いと聞きつけた雷同は、この日、同僚の鼻高天狗を連れて、その店に足を運んだ。
 そこで香ばしく焼かれた鰻を箸でつまんでいると、隣の座敷に金を貸した雀送が入っていった。何となく気になって、少し耳を立てて話を聞いてみる。

「これが、例の……」

 雀送は低く、まるで人目をはばかる様に、ぼそぼそと呟いた。相手はそんな雀送を見下すように

「ふん、足りぬ」

 といけ好かぬ態度だったという。

「しかし、私はもうこれ以上、金を借りられません」
「そうか、ならば、しょうがない。お前の事を世間に隠せない」
「そ……それは、困ります……」

 相手はいかにも下品にくっくと喉を鳴らすと

「俺にも、お前の不始末を隠すのに金がいるのだ。分かるだろう? なにせ、死人が出た騒ぎになっているのだからな」
「は……」

 しばらく何事かを相談した後に、二人は店を出た。雷同は同僚に先に出る旨を伝え、金をおいて二人を追いかけた。しかし、店先は妖怪でごった返しており、二人をなかなか見つける事が出来なかった。
 それが昨日の事であったと言う。

「つまり、弱みを握られている、と……」
「ふむ、しかも妖怪の命が関わっている。そこで昨晩知り合いに頼んで、ここら一帯で起きた殺人や、行方不明者を探させているが、資料はあまり当てにはならぬ。それに……」
「それに?」
「そうして調べ物をしている時に、法務部を担当している連中に出くわしてな。何をするかと思うたら、資料を持ち出しおったのだ。私が調べ物をしている、と言って止めさせたのだが、どうも私よりも上の天狗に命令されたらしい。名を聞き出そうとしても、教えてはくれなかった」
「これはこれは……どうも匂いますねえ」
「えげつない、妖怪の腐った臭いがするのじゃ。しかもそれから、私は監視されているようだ。当たり前の話だが、あの雀送に金を貸したのは私だ。私の命が狙われても不思議ではないし、私もなに何かと敵が多い身分だ。射命丸、頼まれてくれぬかの?」

 雷同が懇願するように言った。文は少し複雑そうな顔をしたまま

「まあ、私が出来る範囲で何とかしましょうか。しかし……生きているといいですね、その雀送」

 と呟いた。


 
 次の日。文は資料室に行った。その手には雷同の印が押された入場許可証が握られている。天狗の資料室に入れるのは、法務部の天狗か、幹部クラスの天狗だけである。そのため、図書館のように広い資料室に、文の様な鴉天狗がいる事が珍しく、天狗たちはじろじろと文を見ていた。
 文はここ最近に起こった事件の資料を探していた。すると一週間前の事件を記した書物が確かにごっそりと無くなっていたのだ。

「……」

 何かを考えるかのように、じいっとそれを見つめる。
 ふと辺りを見回した。
 沈黙。
 しばらくしてひょいと身をひるがえし、資料部をあとにする。

 資料館から抜け出すと、もう夕方であった。文は森の中を通る。春と言えども、陽が落ちると肌寒い。空は薄い青で染められ、森の中は一層暗くなる。
 刹那のときだった。
 ざざざと物音がしたかと思うと、刀が文に向かって振り向けられた。
 文の目が、雷のように光る。
 文は軽い身のこなしで、さっさとしゃがみ、そのまま森の中へ向かって、一歩二歩と走り出した。背を低くし、疾風の如く駆ける。しかし、相手もそれについてくる。
 すると目の前からまた、刀が現れる。
 文は懐にある鉄の扇を手にし、かつんと受け止める。
 小さな体を目一杯ひねり、刀を受け流すと、その持ち主の手を一刀両断にする。
 ひいっと悲鳴が上がった。そして足音が遠ざかる。
 すぐに、振り返り、今度は追ってきた者を迎え撃つ。
 辺りは暗い。息を整え、冷たい空気を熱い身体を冷やすように取り入れた。
ふうっと息を吐いた瞬間、文は上にひょいと飛びあがる。
 その下を、一筋の鈍い光がさっと煌めいた。
 文はそのまま落下し、相手を蹴った。蹴られた相手はどさりと倒れる。
 体躯の大きい白狼天狗であった。
 たぶんあの資料を探している者を付ける様に仕向けられたのだろう。

「さあ、終わりですよ」

 文は扇を相手に向け、見下してそう言った。



 次の日。
 文は鴉天狗の新聞大会に参加した。今回は文は出場を見送ったため、講演を聞くだけだった。公園が終わると会場はざわついき、ぞろぞろと何人かの鴉天狗たちが集まり、様々な余興を繰り出している。

「おおい、文。今回はお得意のヨイショ新聞は出さないのかい?」

 鴉天狗の一人、常陸が虚ろな目で文に声をかけた。

「文々。新聞だといつも言っているのに。それにしてもひどい顔だね。どうせ寝てないんだろ」
「まあ、ね。今回は文の新聞が見られなくて残念だなあ」
「ふん、私の新聞なんて、さっぱり」
「どうだか。文は力を隠しているからね。本当はその頭の中で、色々と思考しているんだろう?」

 じつと常陸は文を見つめる。文はその視線に気が付かないふりをして

「さあね」

 と言った。
 文の作る新聞は、大半が鴉天狗にしか伝わらない記事だった。鴉天狗は情報収集のプロとして鼻高天狗や大天狗に仕える事が多いのだが、曲者も多く、何かと扱いづらい天狗であった。その中でも文の新聞は、新聞大会の審査員が喜びそうな記事を書くのが上手いともっぱらの評判であった。逆にそれ以外の記事はびた一文も書かない。
 そのため、文の名前は、他の鴉天狗に比べ低く、また権力者に媚びるその姿勢から

「ヨイショの文」

 と呼ばれる事が多々あった。

 だが、それは表の顔にすぎない。

「ねえ、常陸。最近、鼻高天狗の面白い動き、なかった?」

 世間話もそこそこに、文は常陸にいろいろと尋ね聞いた。その対価として、自分の集めたネタを話す。
鴉天狗はお上の情報は基本的には欲しがらない。なぜなら自分たちよりも権力のある者のスキャンダルを持っていても、記事には出来ないし、知ってしまった自分の身が危うくなるだけだからだ。
要するに、権力者の情報は天狗の新聞記者にとってうまみが少ないのである。
これは上下の支配が確立している妖怪社会独特の気質と言えよう。
 そんなだから、上の方の組織は腐っていくのだ、と文は考えている。
 ともあれ、貴重な情報を、そんな新聞に使えない情報に還元してくれる変わった鴉天狗としても文は名が通っている。そのため、文の所には自然と、そうしたお上の与太話や噂話が舞い込んでくる。
 しかも話を持ちかける鴉天狗の大半は、その情報を文がどう使っているかに全く興味を示さない連中ばかりだった。文としてはまことに都合がいい。
 しかしその代償も大きかった。
 お金の問題よりも、文にとっては新聞づくりが出来ないことが歯がゆくてしょうがなかった。
 ああ、次の新聞大会にも出られそうにないな、と文は苦笑する。
 そんな中、少し興味深い話を常陸は語ってくれた。
 常陸は、辺りを見回して誰も訊いていないことを確認し、文の耳元で囁いた。

「鞍馬会の会計部に所属する、下っ端の千という鼻高天狗が最近、借金で首が回らないそうだ。何でも博打のやりすぎとかで……しかし、あの千と言う天狗、舞石のお気に入りらしいから、そんな失態を踏んでも解雇されないらしい」

 舞石というのは、雷同の一つ下の部下である。以前雷同が漏らしているのを文は覚えている。雷同いわく

「有能なのだが、野心が強く自己中心的なやつだ。私とはまるでそりが合わない」

 と呟いていた。

「ほう、それで?」

 文は軽い雰囲気で常陸に訊き返す。

「つい最近の事だけどね。千が丁半で大負けした相手と言うのが、雀だったらしい。それでえらくプライドが傷ついたらしくて、千は血眼になってその雀を探している。鴉天狗を使って、粗捜しさせているから、すこぶる評判が悪い。だから文も、そんな千に捕まらないように、気をつけろよ」

 それだけ言って、常陸はその場を去った。文は新聞大会の会場を抜け出し、散歩をしながらじつと考える。
 なるほど、鞍馬会に所属する身でありながら、借金で身を滅ぼすなど、鼻高天狗としては生き恥だし、そんな天狗を放っておいた鞍馬会の印象も下がる。必然的に千の評判も下がると言う事だ。
 しかしそんな千をあの手この手で解雇されないように手を尽くす舞石は、鞍馬会でもかなりの影響力を持つのだろう。そうでなければ、千ほどの天狗はすぐに解雇されてしまっている。
 或いは、と文は考える。
 解雇されては色々と困ることになるのかもしれない。
 いずれにしても、今回の話は、千と舞石が一枚かんでいるのは間違いない、と文は考えた。
 それならば、雷同の動きを素早く手に入れることも可能だろう。
 もう陽は頭の上まで昇っており、どこかでウグイスが鳴いていた。



 文はさっそく舞石の屋敷へと行く。鞍馬会の会計部の三番手でありながら、その屋敷は地味で小さかった。しかし、周りの塀は頑丈で大きい。まるでこの中に入ってくるなと言わんばかりだ。
 自らの保身しか考えない天狗のやりそうなことだ、と文は吐き捨てる。
 正面の門は固く閉ざされている。警備らしい警備はいなかった。
 周りはだらんと垂れさがった柳が優雅に揺れている。
 文はその後、丁寧に屋敷の周りを調べた後、家に帰った。

 夜。月は無い。文は再び舞石の屋敷に行った。空には白狼天狗がうろうろしており、門番もいる。どうやら警備だけは人並み以上に金をかけているようであった。

 文は木陰に隠れている。

 頃合いを見計らう。

 そして自身に風を纏い、そして一気に地面を蹴り上げた。
 上空の白狼天狗には、文の姿を捉えきれていない。
 夜の闇にまぎれていて、文の姿は目をこらさないと分からない。しかも、それが超高速で移動するのだ。並みの天狗では見えもしないだろう。
 さらに文は、それによって生じる衝撃波や空気の流れも操る事が出来る。そのため、白狼天狗はすぐ側を文が通っても、気持ちの良いそよ風が吹いた程度にしか感じていない。
 庭に降り立つとすぐに屋敷へ忍び込んだ。
 舞石は警備は多いようだったが、文の予想通り、中に給仕の天狗などはいないようだった。だからこそ、文は今回、強硬な出方をしたのだった。
 普段ならば、手順を踏んで話を聞き出すところである。
 屋敷を音もなく歩いていると、ふと声がした。文はそっと障子に近づき、中の声を聞いた。
 そこには舞石と、たぶん千であろう鼻高天狗がいた。
 二人は酒を飲みつつ、何かを語らいあっていた。
 一時もしたころだろうか。ぽつりぽつりと舞石が話し始める。

「千よ。お前は博打のしすぎだ。そろそろ俺の手でも扱いきれなくなるぞ」
「すいません。しかし、親父。私がこの話をつけて来たような物で……」
「分かっておる」
「今回の計画、上手くいくでしょうか」
「莫迦、上手くいくように努力するのだ。これが成功すれば、あの憎き雷同に代わって、私があの地位を手に入れる事が出来る……ふ、ふふ」
「しかし、あの雀送のやつまんまと騙されましたね。饅頭を喉に詰まらせたと見せかけて、もう死んでいる天狗を使ってちょいと脅してやったら、すぐに金を借りて事なきを得ようとした。しかも、都合のいい事に、雷同の所に頼みこんで」
「あいつはもう用済みだ。さっさと遺書を書かせて、自殺に見せかける。遺書にはちゃんと、雷同に脅されて、と書くんだぞ。あいつは頑なに認めんかもしれんが、雷同がいるおかげで何かと動きづらい連中が上にはたくさんいる。ふふ、ふふ。そうなると、俺の副部長昇格も夢ではない……」
「へえ、私が、そういう手はずを整えておりますので。早くて四日か五日程度だと。ふふふ……」
「ほら、お前も飲め」

 文は静かに気配を殺して、そのまま一晩、部屋に張り付いた。
 太陽が昇る頃に、文は再び空に舞い上がる。その勢いは侵入した時よりも早い。
 どうやら感情が高ぶっているようだ、と文は冷静に考えた。


 
 さらに次の日。桜が舞い散る、川辺の側に椛の家はある。文はそれを訪ねた。

「椛、近々、あなたにとある人の護衛を頼むわ。その時は宜しくお願いね」

 にこりと笑いかけると、椛はまるで雨の日に遣いに行かされるような顔をした。

「嫌ですよ。私だって仕事があるんですから」
「どうせ一日将棋を打って終わりでしょう?」

 白狼天狗は山の警備を担当しているが、下っ端の椛などは、それ以外に副業を兼ねている事が多い。昨晩、舞石の警備をしていた白狼天狗も同じである。

「むう……」
「ほら、お金は弾みますから」

 そう言って文はいくばくかの金を見せる。

「私は文さんや雷同さんの伝達係だけで手いっぱいなのに……」

 しぶしぶと言った様子で、椛は文の手からいくつかのお金を受け取る。了承したと言う事だ。

「おお、椛! ありがとう。私はとてもうれしく思う」

 文は椛の手を取り、そう言った。椛は横を向いたまま

「……今回は特別ですよ」
 と呟いた。



 三日が過ぎた。文は家で新聞の記事を書いている。
 と、そこへこんこんと扉を叩く音が鳴る。

「どうぞ。あら、椛」
「文さん、雀送のやつは今夜、出かける様です」

 それを聞いて、文の表情が笑顔になった。しかし声だけは低く

「行きましょうか」

 と言った。椛はその冷静さにひやりと背中を震わせた。

「あなたはここで待っていてください。中が騒がしくなったら、手助けしてくださいね」
「はい」

 文は針のような鋭い視線を屋敷へと向ける。
 それは一瞬の出来事だった。
 飛び出た文は目のも止まらぬ速さで塀を乗り越え、屋敷へと侵入する。以前、あの二人が飲んだ部屋へと行く。そこには雀送であろう雀の妖怪が、舞石と千に囲まれて震えながら筆を走らせている。
 文は縁側から静かに天井へ昇り、瞬く間に瓦をはがし、天井の穴にすっぽりとその身を入れた。
 椛には、ここで夜間警備の白狼天狗として働き、ひそかに天井に穴を開けてもらうように仕込んでもらったのだ。
 文はそっと覗き穴から下を見る。ちょうど真上からは、手紙を必死に書く雀送の姿が見える。文はそっとカメラのシャッターを切った。
 カシャリ、と音が鳴る。

「!」

 舞石と千がそれに気付き、辺りを見回した。

「曲者!」
「ふふふ、悪人の台詞ですよ、それ」

 文が天井から姿を現す。鴉天狗と見るやいなや、二人は気が抜けたようにはあっと溜め息をついた。

「鴉、本来ならここで打ち捨てるところだが、今日の俺は機嫌がいい。だから、とりあえず見逃してやる。ただし、さっき撮った写真は置いていけ。あと服もな、懐などに隠していないかどうか……」

 千の方が、にやにやと笑いながら言った。その視線には、卑猥な感情も交じって見える。

「ふん、そうですか。プライドも鼻も高いお方たちですね。そのくせ、品性のかけらもない」

 文はばっさりと切り捨てる。

「貴様……! 俺たちが本気になれば、お前を天狗社会から追放する事も可能なのだぞ」
「まったく。言うこと欠いて、二言目にはそれですか。あなた達の単細胞ぶりには辟易します」

 千はかっと目を開き、腰に挿してあった短刀を抜いた。しかし、舞石の方がそれを制した。じいっと値踏みをするように文を見る。

「気に入った。鴉天狗よ。私の鴉にならんか? 褒美はたんまりとやるぞ」

 一目見て、文を優秀な鴉天狗だと見きったあたりはさすがである。しかし、文にはそれも通用しない。

「丁重に、お断りしますわ」
「そうか……ならば」

 そこまで言って、舞石は文に飛びかかった。その手には千から貰った短刀が握られていた。
 こう見えても、舞石は武術のたしなみがあった。その身のこなしは軽かった。
 それを見た文は、目をきつく細めた。
文は右に避けて、

「えい!」

 と手刀を繰り出した。首の辺りに強く衝撃を受けた舞石は、そのままぐったりと倒れた。
 一瞬の出来事に、千は狼狽した。

「だ、誰か! 警備の者よ、何をしておる!」

 残った千が叫ぶ。しかし、その声は闇に消えていくだけだった。

「なぜ、誰も来ない……くそ、くそ……誰かの下でしか働けない、無能め!」

 千の目はうつろになり、もう文を見ていない。ただひたすら逃げようと背を向けたその時に文はすばやく千の溝落ちに拳を入れた。

「が、あっ……」

 千は声をあげた後に気を失った。

「どうしようもない方たちですね……」

 文は雀送の方を見る。雀送は文を見て、震えあがっていた。

「ああ、どうか。命だけは……」
「落ち着きなさい。あなたは無実です。これからこいつらの罪を暴くためにも、あなたにはしっかりしてもらわなくちゃいけません。ですから、いつまでも鳴いていないで、さっさと立ち上がりなさい。なあに、あとは美人で偉い鼻高天狗様が何とかしてくれる」

 腰が抜けたままの雀送にそう言って声をかけた。
 と、闇のむこうから何かが近づく。

「終わりましたか? 文さん」

 椛がゆうゆうと現れた。服の袖が一部ボロボロになっていた。
 警備の白狼天狗が来なかったのも、椛が全てを叩き落したからだった。

「ありがとうございます。椛。いやもう、本当に相変わらず強いですねえ」
「そうでなければ、文さんの依頼なんて受けません」
「ふふ、ふ。いつか椛ともお手合わせ願いたいものです」



 それから一週間が経った。
 雷同が本来の目的に使用されていない金があり、雀送に尋問するという形で、舞石と千の名前を出させた。そして二人の罪を明るみに出したのである。特に文の撮った写真が決め手となった。その写真は、鼻高天狗の屋敷で、二人の地位のある鼻高天狗に囲まれて、偽りの遺書を書かされている哀れな雀送の写真だった。もうこれは言い逃れができず、恐喝と書類偽装の疑いで二人は鞍馬会を除名された。殺された天狗もたぶん見つかるだろうし、それについても二人が認めるだろうから、二人揃って刑務所行きになるだろう。
 しゃれた小料理屋で、雷同が酒を片手にそう語った。

「助かった。恩にきるぞ、文」
「それにしても、雷同さん。あなたは本当に敵をつくるのが上手で……」
「こういう仕事をしているとな、何かと敵を作りやすい。しかしまさか、上の方にも私を目の仇にしている者がおるとは。嫉妬かねえ。天狗の品位も堕ちたものだ」
「雷同さんは綺麗ですから。罪な女ですねえ」
「からかうのは、よせ」
 雷同は頬を赤くして、顔を隠した。
「とにかく、雷同さんもお気をつけて」
「これからもよろしくな。文」

 陽気な春が去ろうとしていた。もう桜吹雪も終わりかけて、緑の葉が少しずつ頭を出し始めた。
 そんな中、文と椛は行きつけのおでん屋に居た。
 文が珍しくおごるというので、椛はついてきたのだ。

「文さん、また天狗の中で噂になっていますよ。鼻高天狗を持ち上げる記事ばかりを書いて、媚びへつらっているって。それに白狼天狗のあいだでも、文さんはけちな天狗だと……」
「ふうん。まあ、実際にそうだし、仕方ない。それで椛、あなたどうしたの?」
「とりあえず、放っておきました」
「なぜ。そこは私の事をフォローする所じゃないの?」
「面倒くさい」

 椛は文におごってもらう事を忘れているかのように、毒を吐いた。

「うう、傷つくなあ。まあ、いいけどね」

 文は大根のお浸しを注文する。椛は複雑そうな表情で文に問いかけた。

「なぜです? この前の事件の事でも新聞にすれば、他の鴉天狗と違って文さんがそんな天狗でないと分かるのに……」

 無表情な椛だが、心の奥では文のことが心配なのであろう。

「心配してくれてるの? ありがとう!」

 文は真っ赤な顔で椛をぎゅっと飽き締めた。

「は、離れて下さい! 真面目な話をしているんです!」
「あ、もう、冷たいのね」

 けらけらと笑う文に対し、椛は取りつく島もない。

「いいのよ。出る杭は打たれるってよくいうでしょう? 雷同さんの手助けをするのには、私は普通の鴉天狗でないといけないのよ。それに……」
「それに?」

 ふと頭をよぎる。無能と言い捨てた千の言葉。
 確かにそうかもしれない。しかし、これが自分の生きる道なのだから。

「いや、いいや。それよりも、もっと飲もう椛」

 文はそう言って、椛のお猪口になみなみと酒を注いだ。
お読みいただいてありがとうございました。
ちょっと変わった、射名丸文の物語です。某作品に似ているのは、気のせいではないと思います。
suke
kabutomushi0715@yahoo.co.jp
http://aporocookie.blog119.fc2.com/
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コメント



0.480簡易評価
10.100名前が無い程度の能力削除
文かっけえええ!
天狗社会ってこういう組織的な事件の話が合いますよね。
面白かったです!