Coolier - 新生・東方創想話

夢落ち

2010/12/12 13:20:30
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 ぼんやりとした星空を窓の向こうに見据えて私は、思わず自身の右手の甲にフルーツナイフを突き立てた。



 とっさの事なので仕方が無い、と思う。
 幸いに傷は深くない。血こそたくさん吹き出しているが骨には弾かれたようだ。軽く握り、開く。掌は動かすことができる。これなら日常生活を送る上では問題は無いだろう。良かった、と溜息を一つ吐いて、そして甲に出来た赤い裂け目を人差し指でグジグジと穿つ。痛い。痛い。

 痛い。

 それで良い。

 消えてしまうくらいなら、痛いだけの方が何兆倍もマシだから。



 間抜けなチャイムの音が鳴った。
 続いて、鍵のかかったドアをドンドンと殴る様なノックの音が部屋に響く。



「メリー! いるんでしょう! 今日こそ話を聞かせてもらうからね! 出てきなさい、メリー!!」

 あぁ悪夢のトリガーを引いた張本人である癖になんて不遜な物言いなんだろうまったくイライラするわ脳に血が、血が、昇って、我慢なんかできないのよ叫ばずにいられる筈がないのよブツけることを我慢なんてできる筈がないじゃないのよ!!
 左手に持っていたフルーツナイフをドアに向かって投げた。けれどコントロールは滅茶苦茶で、キッチンの上を跳ね回っただけで。鼓膜を揺らす金属的な残響音が少しだけ精神をクリアにしてくれた気もしなくはないが、しかし私の衝動が収まることは当然なかった。

「帰りなさいよ! 蓮子! 私の近くに寄らないで! 消えて!!」

 力の限りに叫ぶ。どれだけの声量が出てるかなんてもう分からない。ただ、暴力的な光が胸中に渦巻き過ぎて、それを放出するしか私には正気を保つ道は無かった。右手の甲から絶え間なく血液が湧き出る。血が流れ過ぎるのもいけないかしら、と思わなくもない。焼いて塞ごうかな。コンロに向かおうとして立ち上がりそして転ぶ。声を上げることはできても動くことはもう無理なのだろうか。使い慣れたカーペットに血が染み出していくのが少しだけ見えた。意識が飛びそうになる。いけない。それだけはダメ。抗おうとして、でも視界はボヤけるばかりで、怖くて、怖くて、気付けば鼻の奥の方に鋭い熱が在って、身体は甚だしく震え続けていて。

「メリー、あなた本当にどうしちゃったのよ!」

 ドアの向こうから聞こえた声が私を現へと引き戻してくれた。
 でも、その力の名前はきっと、憎しみと呼ばれるものに違いないだろう。
 だから感謝なんてする訳がない。
 そもそも私がこうなってしまった原因は蓮子にあるのだから。







「メリーは気が付かない内に、実際に結界の向こうに飛んでいる。それを夢だと思い込んでいる。メリーの想いが色んな世界に揺らいでいる。別の世界に居るときに、メリーが夢ではないと気が付いてしまえば、もうこっちの世界に戻れなくなるかもしれない」



 あの日、おかしな夢の相談をした後日、蓮子が言ったことはおおよそ以上の内容だった。
 カウンセリングより考え出された案は二つ。
 一つは「結界の向こうでの体験を全て夢であると思いこませる方法」。そうすれば二度と現実には夢の世界に行けなくなるのだとか。
 もう一つは「夢ではなく、実際に別の世界にいる事を強く意識させて、夢から眼を覚まさせる方法」。そうすれば夢の世界で訳も判らないうちに死んだりしない。ただ、この世界に帰れなくなる可能性もある。

 面と向かってそういった情報を開示した蓮子が選択したのは、言うまでもなく後者であった。
 曰く、私だけが別の世界に赴くのはズルイから。
 曰く、二人一緒に結界の向こうへ行きたいから。





「この世界に帰れなくなる可能性もある」





 その言葉を聞いた時の私の気持ちなんて、蓮子には絶対分からないだろう。

 帰れなくなる。
 この世界に、帰れなくなるんだ。
 眠ることで迷い込んだ世界から帰れなくなる。

 そんな事実を受け入れられる筈がない。



 その日から私は一睡もしなくなった。

 できる筈がなかった。



 寝れば、もう戻って来れない。
 そんな可能性が存在することがただただ怖い。
 もし眠りに落ちて、そして夢を見てしまったら。
 それを“夢じゃない”と感じてしまったなら。
 私は、
 私はもう二度と

「う、あぁああ!」

 右手を床へと降り下ろす。
 二度、三度、四度。
 ジワリと赤に黒い色が帯びていって。
 痛い。
 痛い。

 これで良い。

 これだけ痛ければ眠らずに済む。

 眠って、そしてこの世から消えてしまうくらいなら、痛いだけの方が、何兆倍も、マシ。

「メリー、今警察に連絡した。ごめん。でも、なにかあったのなら、私はあなたに一人で抱え込んでほしくないから」

 あぁまったく本当になんて勝手でなんて余計なことをするんだ蓮子は、警察に連絡だなんて冗談じゃない、踏み込まれた暁には病院に担ぎ込まれて麻酔かなにかを打たれてしまうに違いない、そんなことをすれば私はこの世から消えてしまうじゃないか、まるで断頭台への道筋じゃないか、眠らなくなってから今日で四日、ようやく慣れてきたというのに、ようやく生きることに専心できるようになったというのに、ようやく、ようやく、
 思えば蓮子は本当にずっと自分勝手で傲慢で、
 母国では随分と気味悪がられた私はこの国に留学した時には大人しく、誰にも私の眼のことなんて知られないよう一人で生きていこうと思っていたんだ、
 それなのに何故だか蓮子は私の眼のことに勘を利かせて、
「私も、変な眼を持ってるのよね」だなんて楽しげに言ってきて、
 ズカズカと人の心に踏み込んできて、
 なぜだか私達は二人で動くようになって、
 その馬鹿っぽさにいつの間にか私は笑っていて、

 ようやく一人で生きることを決意できていたのに、

 もう、
 本当に、
 大嫌いだ、
 蓮子なんて、





 でも私はやっぱり、この星のまばらな冥い街で、蓮子と二人で走り回っていたい。

 電燈の光とスモッグでぼやけた星空を見ながら、蓮子と二人で笑い合っていたい。





 なけなしの力で、右手を持ち上げ、床に落とす。



 いたい。

 いたい。

 いたいんだ。

 私はここにいたいんだ。

 消えたくなんてないんだ。

 こんなの、絶対に、嫌だ。



 音も無く涙が床に落ちていた。
 とっくに枯れたとおもっていたのだけれど、どうやら感情というものはそうかんたんに枯渇しないらしい。
 顔が、むねが、あつくなって、しかいがぼやける。
 せかいがあいまいになる。
 ふたたびみぎてをいためつけようとおもったんだけれどもううでにはちからがはいらなくてもちあがることなんてできな

「メリー!!!」

 れんこ。

 そしてけいさつのひとがばたばたとどあをこじあけてはいってきた。

「なんで、なんでこんな事を! しっかりしてよ! メリー!!」

 れんこ。ねぇ、

「メリー! 今助けてあげるから、気を確かに持って!」

 ねぇれんこ、

「わたしさぁ」
「メリー!?」
「あなたと、いっしょに、いたい」
「――ッ!」

 そんなかおしなくていいよ、れんこ。
 いつもみたいにわらえばいいよ。
 わらって、わたしのうでをひっぱればいいよ。
 こんな、ねぇ、だきつかれてもこまるわ。
 もっとないてしまいそうになるじゃない。

「そんなの当たり前じゃない! 私達二人揃ってこその秘封倶楽部なんだから! 私は絶対にあなたを一人になんてさせない!」

 ありがとう。
 そんなこどもみたいなことばが、あなたにはほんとうによくにあうわ。
 そんなこどもみたいなことばが、わたしをあんしんさせてくれるのよ。
 しゃくだなぁ。
 れんこはほんと、わたしのこころにふみいってくるのがうまいや。

 わたしは、なきながら、わらって、
 そしてすこしだけめをとじた。








 目を開けると、そこには満天の星空が広がっていた。








 了
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コメント



0.1410簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ようこそ幻想郷へ
3.100奇声を発する程度の能力削除
ようこそ
5.100KASA削除
メリーーーーーーーーー!!!!! カムバァーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!!!

いやでもメリーにとっては寝たら死んじゃう、くらいの危機感なんでしょうね。確かに。
8.90名前が無い程度の能力削除
「 幻想郷へ ようこそ! 」

この言葉がこんなに鬱に聞こえる日が来るとはな……面白かったよ
夢落ちに出来るのならどんなにいいことか
12.90名前が無い程度の能力削除
短いのに最後の衝撃すげえや。
13.90ulea削除
メリーちゃんの努力は涙ぐましいけど、
人間寝なかったら寝なかったでまた違った幻覚をみるもので。
でも、どっちの夢がマシかだなんて、わからないよねー。。
15.100名前が無い程度の能力削除
とても怖い
20.100名前が無い程度の能力削除
ハロー! そして…グッドバイ!
21.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ゾッとするを通り越してもはや諦観の境地ですね。
夢現実と並行世界と幻想と幻覚の狭間で彷徨うメリーは、何を寄る辺として生きていくのでしょうか。

例えば「蓮子の傍が自分のいるべき現実」と決めても、ストレスによる幻覚で蓮子を見てしまったり、寝てたら夢に蓮子が出てしまったり、並行世界の蓮子と遭遇してしまったり、幻想の世界で蓮子に化けた何かに遭ってしまうかも。

誰かメリーを救って下さい。もしくはメリーが全てを受け入れるしか無いのかな。
関係ないけど、紫の「幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ。」というのを思い出しました。
短い故にいろいろ妄想してしまうssですね。
22.90コチドリ削除
うぬぅ、俺のポジティブ妄想読解力が通用しないとは。くやしいのう、くやしいのう。
何らかの手段で蓮子が世界を渡って来たとしても、単純なハッピーエンドにはならなそうだしなぁ。
なにより、メリーが見上げたのであろう満天の星空がむかつくほど綺麗だ。何人の介入をも拒むくらいに。

作品を貫く〝いたい〟想いを含めて、見事なインプロビゼーションと思わざるを得ないっす。
25.100名前が無い程度の能力削除
メリーの能力って冗談でも言い過ぎでもなく
1秒後には2度と同じ世界に戻れない危険性もある訳ですからねぇ。
26.90名前が無い程度の能力削除
見上げた空ははたして……
30.100名前が無い程度の能力削除
おお・・・ 夢落ちですか、色々想像できますね
31.100名前が無い程度の能力削除
す、すげぇ…
そう長く無いのに一気に引き込まれちまった
あと最後の星空が…なぁ…
ってか病院に担ぎ込まれたなら頭上は天井の筈だよな……!!!
メリィィィィ!
もしもう戻れないなら、幻想郷で本当に幸せになって貰いたいものですな
強く生きろよ、メリー…

あ、あと喰われないようにね
特に宵や「あなたは食べてもいい人間?」
33.30名前が無い程度の能力削除
…え?
だから、今まで視ていたのが夢なんじゃないの…?
35.90名前が無い程度の能力削除
うおお……本当に声に出して唸ってしまうところでした。
これは色んな解釈ができそうだ。
しかしどうあってもなかなかハッピーエンドには至らない…
39.80名前が無い程度の能力削除
蓮子(と警察)が来てくれたというのが今わの夢という事かな
と思っていたら、いたら!
44.100名無しな程度の能力削除
星空の方が夢なら、また帰ってこれる!
45.100名前が無い程度の能力削除
残酷な話ですわ
47.100名前が無い程度の能力削除
メリー、戻ってこ~い!!