Coolier - 新生・東方創想話

人形劇はどこで話が逸れたか

2010/12/10 10:33:49
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注意:このSSは拙作『マスカレード』のサイドストーリーに当たります。なので『マスカレード』をあらかじめ読んでおく事を強くお勧めします。











――――私にとって彼はただの一店主に過ぎなかった。私の住む場所は人里から遠くの場所にある。故にそうそう簡単にいくことが出来ない。なら引っ越したらどうだということになるがそれも却下だ。出来れば、ひっそりと暮らしていたいのが私の性分だ。……まぁ、それも最近は崩れつつあるが――――

――――そんなこんながあって当時の私は、便利な店を探していた。条件は出かけるのに便利で品揃えもある程度は確保できるである。そんな都合のいい店、あるはずがないかなと思いながら幾日が過ぎた頃――――

――――ある日、私の友人……と言っていいかよく分からない関係の者が私を連れて行きたいところがあると家に押し入ってきた。正直、面倒であったが、このままこいつに居座られるのはもっと面倒だったので付き合うことにした。何体かの人形と大事な本を持って出かける。ほんの10分足らずでたどり着いた先は魔法の森の中の開けたところにあるお店――香霖堂であった――――


「おーっす、香霖! 元気にしてたか?」
「おはよう、魔理沙。こっちは何ともないよ。しいて言えば、今日こそ買い物をしていってもらえればもっと元気になれるのだが」
「あっはっはっはっは……そういうと思ったぜ。そんな香霖に朗報だ」
――――そう言って私をその男の方に突き出した――――

「おや、魔理沙の友達かい?」
「ああ。アリスって言うんだ」
「……アリス=マーガトロイドです」
「森近 霖之助だ。ようこそ、道具屋香霖堂へ」
――――それが彼との初めての出会いであった――――







人形劇はどこで話が逸れたか








――――当時の私は、はっきり言って上っ面だけの人間だったといえる。今、思い出しても恥ずかしくて消してしまいたいくらいだ。………あの時、私は彼と初めて会ったのだがその時の行動が後の運命に影響を与えていたのかもしれない――――

「珍しい道具がいっぱいありますね」
「ああ、そうだろう。ここには普通の物に加えて外の世界からの道具もそろえてある。手にとって貰って結構だよ」
――――最悪の会話だった。私は彼のことよりもまわりに広がる道具の方ばかり見ていた。私は道具を集める癖がある。それは一応友人の霧雨 魔理沙も同じで、時々二人で収集に出かけたり取り合いになることもある。それは今でも変わらないしこれからも変わらないだろう――――




私は店主の勧められるがままに道具を手に取っていた。何に使うかわからないものが多かった。値札も貼ってない。
店主はカウンターで魔理沙の相手をしている。正直商売する気があるのだろうかと思った。
それにしても、仲が良いようだ。友達関係よりかは親密だが恋人というにはまだ早いような気がする。

「どうだアリス? なかなか良いだろう、ここ」
「そうね。また変な洞窟とかでも連れて行かれるのかと思ってたけど、こんなところは予想してなかったわ。しかも同じところに住む魔法の森にあったなんて」
「君もここの住人かい?」
「ええ、そうです」
店主が話しに入ってきたので私は目を見てしっかり応じた。第一印象を悪くさせたくないからだ。これからもここの道具を購入していくためにも……

「なるほど、それはいいことを聞いた。もし良ければ、これからもここを使ってくれないかい? 見ての通りあまり人も来なくてね」
そう言って店主は苦笑いをする。
それもそうだろう、誰が好き好んでこんな辺鄙な場所に来るだろうか。まあ、そのお陰で私はいいところを見つけたのだ。正直、感謝している。

「ええ、分かりました。見たところ、いい物が揃っているようですし、これからもよろしくお願いしますね、店主さん」
「ああ、よろしくアリスさん」
私は軽くお辞儀をした。
店主も同じようにしてくれた。
魔理沙だけがけたけた笑っていた。

「お前らって似てるよな、そういうところが」
――――それは違うと思った。霖之助さんは心から感謝しているかもしれない。けれど、私は違う。言葉にも出したくない。そう言えば、当時私たちはまだお互いのことを『店主さん』、『アリスさん』と言っていた。それが今では変わっている――――





私は人形制作に必要な布と針を購入し、ついでにガラス製の花瓶も買った。
私の家の前には花壇がある。部屋の中に華やかさが欲しいとき、その花を飾るために花瓶を買った。

お金はそれほど掛からなかった。値札がないのは交渉のためらしい。とはいえ私は初めての客だ。親切心のために安価で売ってくれたのだろう。どうやら、次回からが本番だ。

魔理沙が一緒についてくる。どうやら居座る気満々らしい。私はため息をつきながら家のドアを開けた。

「みんな、ただいま」
そういうとわらわらと私が作った子供――人形たちが出迎えてくれる。
私は襟にしているリボンと髪を止めているリボンを娘たちに渡した。

「お邪魔するぜ」
そう言って魔理沙も帽子を取って娘たちに渡す。
律儀よく、受け取ってクローゼットにかける。…まぁ、私が操っているんだから魔理沙の分までしてくれるのは当然なんだけど。

「そこに座ってなさい。今、お茶を用意してあげるから」
「お、サンキュー。気が利くじゃない」
当たり前じゃないと思いながら私は台所に行った。
その間、魔理沙は娘たちを傍にはべらせては満足していた。

「うむ、苦しゅうない」
あんたはどこの殿様だ!







「香霖、嬉しそうだったぜ?」
魔理沙が突然、私の顔見てそういった。
紅茶とクッキー、ついでにクッキー用の生クリームを用意してやっと座ってからの一言であった。
紅茶を一口飲む前に私はそっけなく彼女に答えを返した。

「そうなの? 全く気づかなかったわ」
「おいおい、ちゃんと見てたのかい、香霖の顔。結構喜んでたぞ」
「へぇ。でも、私道具に夢中になってたから、知らなかったわ」
「ひどいなぁ。そんなんだと嫌われるぞ」
「それは、困ったわね。でも大丈夫よ。彼、嬉しそうだったんでしょ? なら、あまり気にすることないわ」
そこまで言ってから、ようやく紅茶に口をつけた。
やっぱり美味しい。自画自賛するわけじゃないが、自分では入れ方が上手だと思う。

私は魔法遣い。寿命は人間に比べて遥かに長い。その生の間、私は魔法関連に没頭するつもりだ。しかし、時にはそれが苦痛になるときもある。それを和らげるために努力したのが、紅茶の入れ方だ。

魔理沙も喜んでくれるだろうと、彼女の方に目を向けると、ひそかに眉を潜めていた。

「魔理沙。紅茶苦かったかしら?」
「え、いやそんなことないけど……どうしてそんなこと聞くんだ?」
「だって、難しそうな顔してたから」
そう言うと、彼女は首を横に振った。

「ああ、ちょっとな……アリスは香霖のこと嫌いか?」
今度は私のほうが眉を潜めた。話が繋がらないし、どうしてここで好き嫌いが出てくるのか分からなかった。
どうやら、気まずい状態になっているのはよく分かったのでゆっくりと彼女の言葉を聞いていった。

「どうしてそんなことを聞くのかしら?」
「だって、アリスってば何かそっけないぜ。せっかく香霖のこと、紹介したのに」
「そっけない? もしかして店での対応のこと? それなら貴方の見方は違うわ。私は親切に対応したのよ。店主さんもそれを分かってるから嬉しそうだったんでしょう」
「違う、違う。本当に違うのはアリスだ。アリスは心の中と表面の顔がずれている。そんなんじゃ香霖が可哀想なんだ」
心と顔が違う?
その言葉に引っ掛かりを覚えた。確かにそんな面はあったかもしれない。じゃあ、何か。魔理沙は心の中の顔や意見を持って話せと言うのか。それこそ間違いだ。
内心のまま話すと関係性はこじれてしまう。場面によってはフィルターをかけたほうが円滑に進むときがある。それを魔理沙は分かっているのだろうか。
そんな風に考えている間も魔理沙は言葉を紡いでいく。

「私はアリスにもっと私の知り合いを知って欲しいんだ。霊夢や幽香のように……なのにアリスがそんなんじゃ紹介した意味がない! 香霖に失礼だ!」
少し声が大きくなった彼女の意見にまた考えさせられる。
どうやら、魔理沙は私の交友関係を増やしたかったらしい。確かに私には知り合いと呼べる存在は少ない。
なぜなら、私は幻想郷の生まれではない。魔界の出身だ。
そんな幻想郷で私は一人きりだが苦痛ではない。先にも言ったが私は一人の方が落ち着くからだ。
けれど彼女はそれが嫌なのだろう。だから、私を霊夢の友達にし、幽香も……友達かは微妙だが話し相手にもなった。そして、今回の店主もそうなんだろう。

『アリスは香霖のこと嫌いか?』
なるほど。私の交友関係を広げたいこのおせっかい焼きには私の今までの言いかたが気にくわなかったのだろう。なぜなら、魔理沙と店主は先の二人よりも親密だったからだ。
それは、悪いことをしたのかもしれない。その意味も込めて私は悔しそうに俯く彼女に優しく声をかけた。

「ごめんなさい。これからは気をつけるわ」
そういったら彼女は勢いよく顔を上げた。
まるで向日葵のような笑顔。全く、喜怒哀楽が激しいおせっかい焼きね。
だからこそ、自分で言うのもおかしいがクールな私には彼女が必要なのかもしれない。

そこで、当然にこういう疑問が生まれてくる。
これから私はどういう心と顔で彼と話したほうが良いのだろうか。














――――魔理沙の言うとおりだった。あの頃の私はひどかった。表面上はおしとやかに振舞ってるくせに心ではそう思ってない。あの人のことを『店主』としか見ず『森近 霖之助』としてはみてない。情緒にかけていたからそう振舞っていた。打算的な私だった。そんな私はどうやって――――



「ふう、退屈ね」
起きてから何をするわけでもなくただ、本を読んでいた。
しかし、それが退屈だった。人形作りも今回取り組みたいことは既に目処が立っている。慌てる必要はない。
だから、今日はお休みしようとぼーっとしていたのだがそれがつまらなかった。
こういうとき、あいつが来てくれたら丁度良かったのだが。

「……愚痴を言ってても始まらないか」
そう呟いて椅子から起き上がった。
長時間座っていたせいか、腰をひねると子気味良い骨の音が体から発せられる。
一通り鳴らした後、私は棚から人形たちを出した。
メンテナンスをするためだ。
時間が余っているならこうしていた方が効率よい。

「じゃあ、まずは貴方からね」
一列に整列させ、前から順番に様子を見ていく。
一体目から始めてから半刻。区切りの良い十体目の娘に異変を感じた。

「調子が悪いわね」
人形に軽く屈伸をさせているとギギギと言う木が軋むような音が聞こえた。
問題の人形をひょいと掴み足を解体させると膝の間接部分が乾いていた。

「油分がなくなっていたようね」
そう言ってメンテナンス用のボックスを開くと肝心の油さしがなかった。

「あちゃ~、不味ったわね」
油が切れていた。私は仕方なくその娘の足を元に戻してあげた。
……どうやら、意外と早くにあそこに行かなければならないらしい。
さて、どうしようか。
先日浮かんだ質問の答えがまだ出ていない。それで行くって言うのもまた、失礼なような気がする。

「…………」
取り合えず全部の人形を見よう。その間に答えが見つかるかもしれない。
そう言い聞かせて、私はメンテナンスを始めた。
目いっぱい時間を掛けて……







「こんにちは………」
私は恐る恐る足を踏み入れた。
まるで前回と違うと言うのは私でもよく分かっている。
結局答えが出ないまま、私は香霖堂に足を運ぶことになった。それ故の行動であった。
中は暗い。そして寒い。まさに閑古鳥も裸足で逃げるような状況であった。

(よくこんなんでお店が維持できるわね)
辺りを見渡す。やはりそっちの方が気になって仕方ない。
前回、自由に触っていいといわれたので、今回も勝手に触っていた。

何やら丸っこい小さなキーホルダーがある。それには小さな粒が何個かあり、四角い薄いグレーの窓がある。
私はこういう小物に少々弱い。キーホルダーにしては少々重いが悪くはない。

「名前は……」
裏側をみても書いてなかった。
後でから店主に聞いてみよう。

「そう言えば、店主は?」
店主がいないことに今頃気づき、私はカウンターの奥を覗いた。
一応すみませんと断ってから覗いてみると居間らしき狭い部屋があった。
そこにも店主はいなかった。
その時私は何を思ったか、勝手にその部屋に入った。

やはり狭い。霊夢のところに比べても遥かに狭い。
これでは二人、いや三人が寝るのがいっぱいか。

「ちゃぶ台……」
小さなそれ。なんだか店主がここに住んでいると考えると、少し可哀想に思えてきた。
そう失礼なことを考えていると別の扉が開かれて、目的の人物がお盆を両手に持って入ってきた。

「おや、アリスさん……で良かったんだよね」
「ひゃ!? え、あ、っとそうでひゅ!?」
最後に舌をかんだ。痛い。
びっくりした。いないと思い込んでいた私にとっては不意打ちだった。
けれど店主はそうではないようだ。さもあらんといわんばかりに飄々としている。
どうやら、店主はこういう場面に慣れているらしい。

「あ、あの私さっきから呼んでいたんですけど、何をしていたんですか?」
「そうなのか。いや、すまない。お昼に差し掛かっていたからね、昼食の用意をしていたんだ」
そう言って店主はお盆に載せてあった料理の皿を机に並べていく。
………正直美味しそうだった。

「そうだ。君も食べていったらどうだい」
「え、私ですか?」
お昼を抜いてここにやってきたのでお腹がすいているのは確かであった。しかし、この人と一緒に食べるのがすこし、気まずい。というか、会って二回目の人に食事を、しかも手料理に誘うって何を考えているのだろう。

「えっと……その」
そうやって迷っているうちに『こいつ』は私にイエスと言わせた!

ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ………

強烈な羞恥心に見舞われた。お腹の音は大きくしかも長い。加えて部屋が狭い。絶対店主の耳に届いた。何か嫌になった……

「食事をする前に手を洗ってきたほうが良い。そこの廊下を出て突き当たりを右だ。僕はその間に君の分も盛り分けておこう」
「………よろしくお願いします」
悔しいが、この時初めて心と顔の表情が一致した。










取り合えず、店主の料理は素晴らしかったの一言に尽きる。
ごはんに卵とねぎの味噌汁、昆布巻きに鶏肉の照り焼き。美味しそうではなく、美味しいに感想は変更された。
店主は意外にも健啖家でよく食べる。正面でこんな風に食べられると食べさせ甲斐があるだろうなと変な感想を持っていた。
人の手料理は初めてではない。が、男の人は初めてだった。

「口に合ってるかい?」
「はい、合ってます」
「そう。それは何よりだ」
にこりと笑ってからまた食べ始めた。
魔理沙も店主に食べさせているんだろうか……
また意味もないことを考えてしまった。

「アリスさんは綺麗に食べてくれるね」
「え、そうですか?」
「ああ。そうやって食べてくれると作り甲斐があるよ」
あまり食べる姿は見て欲しくない。
顔が真っ赤になるのを感じながら、俯いて食べた。

「君の上海人形や蓬莱人形は食事をしないのかい?」
「え?」
私は思わず顔を上げた。
まだ赤くなっているだろうが、それよりも気になる言葉が聞こえたからだ。
この人は人形の名前を言った。私はまだ教えたこともない。なのにしっかりと固有名詞をつけて呼んだ!

「何で知ってるんですか?」
「うん? だってそういう名前が書いてあるからだよ。……おっと、これは失敗だった」
「失敗?」
名前はあっているのに失敗。どういう意味だろうか考えていると、店主は頬をぽりぽりとかきながら応えた。

「いや、すまない。実は僕には道具の名前が分かるのでね。ついつい名前を言ってしまったんだよ」
「名前が分かる? じゃあ、この娘たち全部分かるの?」
私はそう言って人形を床に広げた。
護衛用のために私は常に最低でも2体、多い時は数十体持ち歩いている。
今日は5体持ち歩いており、先ほどの上海たちを含めて床に置いた。

「ああ、分かるよ。右から上海、オルレアン、露西亜、倫敦、蓬莱だね。全て個性的な人形で良いじゃないか。服だけじゃなく顔の表情も違うしね」
そう言って店主は蓬莱の頭を撫でた。

――――この時私はすごく嬉しかった。彼は全て言い分けてくれたし、何よりもちゃんと『娘』自体を見ているように思えたからだ。この人は表面だけを見ているんじゃなかった。魔理沙の言っていたことがこの時になって初めてわかったような気がした――――

「そ、そうなの! この娘たちにはちゃんと名前があるのよ。でね、表情や考え方も違うの」
「へぇ、考え方も違うのかい。それは驚いた。どういうことか聞かせてくれないか?」
「ええ、喜んで!」
私は嬉しかった。話の通じる人がいたからだ。
魔理沙は魔法には通じるところがある。だから、話は通じるがいかんせん、彼女は『弾幕はパワーだ!』をモットーにしているので、考え方が違う。
霊夢や幽香は論外だ。
だから、私は身振り手振りで話した。時々店主の話も混ざりながら時間は刻一刻と過ぎていった。
やがて、時間はここに来たときから二刻近くたっていた。

「あ、もうこんな時間ね。そろそろ帰らないといけないわ」
時間が過ぎるのが早いように感じた。朝はあれだけ退屈だと思っていたのに不思議なものね。
どうやら、私にとって今日ここにいることは最良の選択だったかもしれない。
店主との話も楽しかった。気分も良かった。だからだと思う。私が思わずこの言葉を口にしたのは。

「今日はお食事ありがとうございました。とても楽しかったです。また来ますね、霖之助さん」
言った後にはっとした。勝手になれなれしい言葉が出た。
そのことに少し恥ずかしくなったが、店主は気にすることなかった。むしろ、『彼』もそれに応えてくれた。

「ああ。いつでもお待ちしているよ、アリス」
笑顔で別れの挨拶を言う彼の顔は私の心に刻まれた。
彼の笑顔をまだ見ていたかったのだが、『アリス』と言われたことがすごく照れくさくて、軽くお辞儀をしてから空へと飛び上がった。
この時、肝心の油さしを買うのを忘れたことに気づいたのだが、またあそこにいけるので良しとした。

――――この日を境に私は彼の前では演技をすることはなくなった。なくなっていた…でも、それはそのつもりにすぎなかった………――――













遠い、遠い過去のお話だった。
私と彼との出会いの日。私と彼の呼び方が変わった日。
自然に思い出していた。




今、私は枕に顔を埋めている。悲しいからだ。悔しいからだ。
けれど涙は出ない。
泣いたら負けかなと思っている。そういった意味ではやっぱり私はまだ心と顔が一致してないのかもしれない。

「はぁ~~~~~~」
盛大にため息をついた。
どうしてこんなことになったのか。
それは、今日の朝の出来事だった。






朝食を食べ終え、ソファーに寝転がりながらゆっくりと朝の気だるさを享受していた時だった。けたましく玄関のドアが叩かれた。こんなことをするのは一人しかいない。

「あいてるわよ。勝手に入ってきて」
「じゃあ、そうするぜ!」
そう言ってドアをバンと開けた私の友人。出来ればそっと開けて欲しい。

「朝から元気ね。何の用かしら?」
「ああ、ちょっとな。アリス、クッキー作らないか?」
「クッキー? また突然ね」
そう言って私は体を起こしてソファーに寄りかかる。友人とは言え寝転がりながら話すのはいささか失礼だからだ。

「最近、顔出してなかったからな。久しぶりに行こうかなと思って」
その言葉でぴんと来た。魔理沙はどうやら霖之助さんに会いに行くつもりらしい。
そこで、私は考えた。私も最近行ってないから、会いに行くのも良いかもしれない。ついでに何か買いに行こう。

「分かったわ、早速取り掛かりましょうか」
「おう、ぱっぱと作っちゃおうぜ」
元気そうに台所に向かう魔理沙。彼のこととなるといつもこうだ。
……やっぱり好きなのかな。





時刻は午前の10時近く。
昼食には中途半端な時間だ。少しでもつまんでくれたらと思う。それは隣でほうきにまたがっている魔理沙もそう思っているだろう。
今日はどんな日になるのか、自然と笑顔になる。

暫くして、彼のお店が見えた。そして、目的の人物もいる。どうやら掃除をするところらしい。

「おーっす、香霖。元気してたか?」
「おはよう、霖之助さん。いい天気ね」
いつもどおりの私達の挨拶。彼もしっかりと返してくれる。

「おはよう、ふたりとも。今日は何用かな?」
「偶には顔を出してやらないとな。干からびてたら可哀想だしな」
「それを名目に今日はクッキーを持ってきてあげたのよ。もちろん魔理沙の手作りでね」
「ばっ!? それは言うなって言ってるだんだぜ。ったく」
「はいはい、ごめんなさい。ああ、もちろんついでに買い物にも来たわ。その点は安心してね」
「ははは、それは何よりだ」
魔理沙を茶化しながら私は彼の顔をちらりと見た。
メガネをかけた彼の顔はいつもと変わらない笑顔。私はこれを見ただけで気分が良くなる。
私も出来るだけ笑顔を彼に向ける。彼も気分が良くなって欲しいからだ。
とは言え、流石に今は秋なので、肌寒い。このまま話していると風邪を引きそうなので、三人でお店に入ろうとした。
すると霖之助さんの足が止まった。不思議に思ったが、掃除の続きをするんだろうと思って気にしなかった。
そしたら、突然お店の扉が開いた。

「霖之助? 話し声がするんだけど、お客なの?」
ひょっこりと顔だけ出したのは騒霊楽団の長女、ルナサ=プリズムリバーであった。
掃除をしていたのか三角巾を頭にかぶせている。





え………何、これ……





彼女がここにいるのは不思議ではない。偶にお互い客同士で鉢合わせすることがある。
でも、明らかにそうじゃないって言う雰囲気が彼女から発せられている。
どういうことか、状況についていけない私はただぼーっと突っ立っていた。

「あ、魔理沙にアリス。おはよう」
彼女がぺこりと挨拶をする。しかも平然と。

「あ、うん……おはよう」
私のほうはただそれしか言えなかった。一方の魔理沙は、

「なんで、騒霊娘がここにいるんだ! ええ、香霖!」
「く、苦しいよ」
霖之助さんの首を絞めていた。
彼女の反応力が羨ましく思える。しかし、放っておくと可哀想だし止めてあげようとした。
けれど、彼女を止めたのは『あいつ』だった。


「やめて。彼苦しがってるわ」
「むう!?」
魔理沙はルナサを睨みながらもゆっくりと彼を解放した。
何か、私の役が取られたような気がした。

(どうして、邪魔するのよ)
私の心の中に醜い怨嗟が募ってくる。
気分が悪い。だから、深呼吸をしてから、努めて冷静に魔理沙に話しかけた。

「はいはい、魔理沙。落ち着きなさい。どういうわけか話してもらうためにも一旦、お店の中に入りましょ」
「うううぅぅ………分かった」
私の言葉に渋々頷いてくれた。
どうしてこんなことになっているのか、聞かなきゃいけない。
今の私は、心の中がひどいから。










「さあ、話せ、今話せ、すぐ話せ!」
「分かってるよ。そんなに急かさないでくれ」
魔理沙が霖之助さんを急かす。
香霖堂の居間にあるちゃぶ台を囲むように私達は座った。
今すぐ噛み付かんとしている魔理沙は私の右に、それを厄介そうに軽くため息をつく霖之助さんが私の左に座る。
これから、彼の話が聞けるのだろうと私は静かに待っていると、またあいつがしゃしゃり出た。そして、その言葉は聞きたくない言葉だった。

「実は、私達一週間ほど前から『お付き合いしてる』の」
「なに~!?」
ルナサの言葉に魔理沙が驚きの声を上げる。
私は納得したように頷いた。もちろんそれは表面上では、だ。
台所からお茶を用意してきたルナサは私達に配っていく。もはやかって知ったるなんとやら、かしら……

「何で香霖なんかと付き合うことになったんだ?」
当然ながら私の方もその疑問に突き当たる。

「私のほうからお話してね、いつの間にか気があっていたの。そこから付き合いが始まったわ……暫くして、彼の知識の豊富さに驚いたわ。私の知らないことを何でも教えてくれる。そして気遣いがあるの。私の気持ちを汲み取るようにリードしてくれる。後は、何よりも」
「何よりも?」
「熱い人だった。情熱に溢れていると思ったわ」
しれっと話す彼女に怒りが溜まる。
普通そういうことは言わないもんでしょうが! 何で当たり前のように喋るのよ。
魔理沙なんかそれを聞いて体をぷるぷると震わせていた。
ああ、アレが来るんだろうな、と思うのは長年の付き合いからの経験によるものだった。

「香霖」
「何だい」
「弁明の猶予をやるぜ」
底冷えのするような彼女の声は私の気持ちを代弁しているようで少し心が楽になった。
取り合えず、霖之助さんは罰を受けた方が良いと思う。特に、何か間違ったことをしたわけじゃないと思うけど。

私は魔理沙のアレを喰らわないように居間から出て行った。
本当はもう一人吹っ飛ばされて欲しいのがいたが、可哀想なので……だから、悔しいけどあいつの手を引っ張った……

「お昼までには戻るよ。先にお昼を食べていて欲しい」
あいつに向けられたその言葉を最後に彼は恋色の閃光で空へ吹き飛ばされた。












霖之助さんが魔理沙に吹き飛ばされた後、目的もなくなったので店から出ることにした。
帰り際に、私は商品とそのメモを魔理沙はクッキーを置いていった。
ルナサはありがとうと言って私達を見送った。
何を思ってのありがとうか……



道中、交わした言葉は少なかった。むしろなかったと言っていい。
魔理沙は自分の家に帰った。私もそうした。
今、私は枕に顔を埋めてる。

ショックだった。
霖之助さんと付き合っている人がいるとは思わなかった。
相手はあの騒霊長女。お似合いか、そうでないかは人によって意見は違うだろう。
でも、知らなかった。これでも私達三人は比較的仲がいいほうだ。同じ場所に住んでいるゆえの仲間意識がそうしてるのかも。
だから、何かあったら教えあう仲間だと思っていた。
でも、それは私の思い過ごしだったのかもしれなかった……

おそらく天狗にも情報は行き渡ってないはず。もし、そうだとしたら今頃新聞で出ているだろう。と言うことはかなり極秘密裏での交際なのかもしれない。




悔しかった。やっぱり悔しかった。
あの人の隣にいたのがあいつだったのが、私じゃなかったのが悔しい。
短い間だった。その間に目でお互いが疎通している場面が何回もあった。それを見ているのが辛くて、私は遠くの方を見ていた。

「霖之助さん…」
心がきゅうとしたんだよ……






玄関のドアが開く音がした。いつもと違う静かな音。
起き上がってそこに向かうと魔理沙が立っていた。
目深に被ったトレードマークの魔女帽子がふるふると震えている。
ああ、泣いているんだな……

だから私は彼女に近づき、背中に手を回した。
お互い相手の肩にあごを乗せる。
震えているのが直に伝わる。
やっぱり、魔理沙も好きだったんだ……
そう、確信できた。






涙が止まらなかった。
魔理沙は嗚咽を洩らし、私は心の中で泣いた。














暫く時間を空けてから、私達は香霖堂に向かった。
魔理沙は吹っ切れたのかいつものような快活な挨拶とけたましく開けるドアの音で私を困らせる。
そんな、魔理沙が私の友人でよかった。
だって、私はまだ引きずっているから……

店の入り口を開ける。
今日もあの娘が顔を出すのだろうか、と思っていると彼からの挨拶しかなかった。

「おはよう、魔理沙、アリス」
「おーっす、香霖。邪魔しに来たぜ」
「おはよう、霖之助さん。最近、めっきり冷えたわね」
「そうだね。お茶を入れてくるから、勝手に座っててくれ」
そう言って彼は台所に入っていった。
魔理沙は言われるまでもなく商品に手を出している。私は近くにある椅子に腰掛けた。
ちらりと居間の方を覗いた。

(ルナサがいない?)
彼女の顔が見えなかった。まあ、付き合っているからっていつもいるわけじゃないか。
どうやら今日は当たり日なのかもしれないと思っていると、霖之助さんがお茶を持ってきてくれた。
魔理沙もそれに気づき三人でお茶を飲むことにした。
そこで私はやっと気づいた。

「あれ、霖之助さん……メガネはどうしたの?」
そう、彼はメガネをしていなかった。彼がメガネをはずしたなんて一度も見たことがなかったのですごく新鮮に見えた。

「あ、ホントだ。どうしたんだ、香霖? 割れたのか?」
「いや、ちょっと気分転換にでも、ね……ああ、そうだ。一応、メガネがなくても見えてるから大丈夫だよ」
「へぇ、そうなんですか。でも、してない時の霖之助さん、カッコいいですよ」
「ありがとう、アリス。………今頃はずしても遅かったのかもしれないけどね」
彼の最後の方の言葉が聞き取れなかった。独り言だと思うけど、遅かったって聞こえたような気がする。何が遅かったのだろう……
そんなことを考えていると魔理沙が、今頃気づいたのかルナサがいないことに触れた。

「あれ、ルナサがいないぜ。香霖、あいつはどうしたんだ?」
「……ああ。ちょっとね……」
「………。もしかして、別れたのか?」
魔理沙が食いついた。
素直にすごいと思った。わたしも、もしかしてとは思ったが、流石に聞きづらい。
……さっきの遅かったと言うのはもしかしてそのことかな。

「まあ、それに近いかな。隠し立てするつもりは無かったんだが、君たちには少し説明しておこうか。誤解されたままと言うのも気が引けるしね」
そう言って霖之助さんはお茶を口に含んだ。
彼とルナサとの奇妙な関係を私達はその時初めて知った。





「なんだ、そういうことか。やっぱりとおかしいと思ったんだぜ」
「嘘言わないの。あれから私の家に入ってきてはさめざめと泣いてたくせに」
「はっ! 誰が泣いてたって? それよりもどっかの誰かさんは店にいるときは澄ましていたくせに、家に戻ってくると部屋に引きこもってたよな。なあ、誰かさん」
「どうして私が関係するのよ! ケンカ売ってるの?」
「ああ、売ってるさ! ネクラ向けの専売でな」
霖之助さんとルナサは決して付き合っていなかった。ただの演技だった。
それを聞いて私はほっとした。
けれど、その後のくだりが良くなかった。つい調子に乗って魔理沙を弄ったものだから向こうも対抗してきた。
ああ……ちょっと失敗。


「その辺でよしてくれ。家が壊れる」
「止めるな、香霖。今日こそはこいつをぎゃふんといわせてやるぜ」
「止めないで霖之助さん。私にはかなわないってこと体に教えるんだから」
やっぱり止められそうに無い。仕方なく懐にしまってあるスペルカードを見た。
うまくいけそうかな。
けんかを売ってしまったんだ、しっかり相手をしようと玄関に向かうところで私達は霖之助さんに止められた。

「ふぅ。全く二人は子供だな」
そう言って私達の頭をゆっくり、ゆっくり撫でてくれる。
思いのほか気持ちよくて、魔理沙と同じようにして椅子に座った。

「落ち着いてくれたようで何よりだ」
霖之助さんはほっとしてカウンターに戻っていく。
頭を撫でられたのは魔界にいたとき以来かも……


















私の恋は叶わなかった。
例え、演技であったとしても、それを鵜呑みにした時点でそれは失恋が成立していた。
叶わないって悔しいと言うことが分かった。実体験が出来たからこそ余計に分かる。
部屋に篭って、枕に顔を埋めて、友人と泣きあって……
これが失恋なのだと理解できた。

魔理沙は霖之助さんのことが好きだ。一度も彼女の口から聞いたことは無いがそれでも分かる。これでも長い間、彼女と一緒にいたから。
ルナサは……分からない。油断できない。正直本当に演技だったのか疑わしい。
他にも色々いそうな気がする……疑い出したらきりが無い。
でも、これだけははっきりいえる。







私、アリス=マーガトロイドは森近 霖之助が大好きだ! 心から胸を張ってそういえる!






だから、『その便箋』を見ても私は動揺しない。
今日の昼ごろ、香霖堂の玄関前に置かれた天狗の新聞の中に挟まれていた一通の白い便箋。
誰からのかは直感できた。それは隣に座っている友人も気づいたに違いない。
彼にそれを手渡す。中身の手紙を見て彼は笑顔になった。
何度も見た彼の笑顔。それが別の誰かに向けられているのが癪であった。が、それでも私は彼に言ってあげる。

「どうやら、いい手紙だったみたいですね」
「何だよ、まだ続いていたんじゃないかよ」
魔理沙が文句を言いながら呆れ声で話す。
私は努めて優しい声で言った、つもりだ。
でも、その言葉には別の意味も込めて言ったのよ、霖之助さん。

(私は負けないよ! 魔理沙だろうとルナサだろうと絶対に負けないよ! だって失恋した女の子は強いんだから!!!)

「みたいだね」
微笑みながら答えた彼の言葉は、私の意味を汲み取ってくれたと信じている。
どうも、モノクロッカスです。
拙作『マスカレード』のサイドストーリー『人形劇はどこで話が逸れたか』を読んで頂きありがとうございます。

拙作のコメントからアリスが良かったなどというお言葉を頂きまして急遽創ることになりました。そう、そうです! 実は『マスカレード』はあれ単品で終わる予定だったんですよ。

でもたくさんのコメントを頂くことでこんな作品が出来ました。本当に嬉しかったです。
少しでもアリス視点の『マスカレード』を楽しんでもらえたのであれば幸いです。

では、この辺で失礼したいと思います。
感想、意見お待ちしています。ありがとうございました。
モノクロッカス
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コメント



0.2830簡易評価
11.100奇声を発する程度の能力削除
こうなったらもう魔理沙視点も書くしかありませんな!
18.100Rスキー削除
片思い作品大好きです!

時系列上でも続編を期待しております。
21.100名前が無い程度の能力削除
文句無し!応援しています!
28.100名前が無い程度の能力削除
さあはやく魔理沙視点の物語を書く作業に戻るんだ!!
29.100K-999削除
>>コメントからアリスが良かったなどというお言葉を頂きまして急遽創ることに~
 なん……だと……。おれナイス。作者氏超GJ。

作者氏は段階を踏んでキャラの魅力を出していく術に長けているようですね。
中盤からのアリスが取ってもかわいらしいじゃありませんか。
演技でもいいじゃない。恋する乙女が自分を良く見せようと振舞うのはごく当たり前のことですよ ウ フ フ 。
……私キモイ。
>>心がきゅうとしたんだよ……
 インデックスさん!?
39.100名前が無い程度の能力削除
続けていいもの見させてもらったよ……GJ
40.100名前が無い程度の能力削除
ぱrrrrrっるううううう
44.90名前が無い程度の能力削除
マスパ落ちは残念だったけど。それ以外は読んでいて面白かった。
45.80幻想削除
なんて読者思いなんだ・・・
そしてこの話はどうなるんでしょうか?
続編期待ですね!←圧力w
切なさの表現が良かったです!
48.無評価モノクロッカス削除
返信します。
>奇声を発する程度の能力氏
魔理沙か…正直ここまでくると書かなきゃいけないという気持ちはありますが、期待に応えなきゃいけないというプレッシャーも感じています。
なので、未定ということで勘弁を……

>Rスキー氏
片思いっていいですよね。この話を創るときはアリスにはかわいそうだけどその方向で行くと決めてました。
『リターンイナニメトネス』食らう覚悟で創りました。

>21氏
文句がないっていいよね。作った甲斐があるって感じますから。

>28氏
魔理沙視点はホント待ってください。
全然考えてないんですよ……

>K-999氏
このSSは貴方みたいなコメントで作れました。こちらこそ感謝です。
長々と私のいいところ言ってもらって恥ずかしいです(キャ~
>>インデックスさん!?
とりあえず無意識です。こんな台詞在るなんて知らんかった……

>39氏
拙作に続けて読んでもらってありがとうございます。

>40氏
パルパルしないで~

>44氏
もう少し詳しく書いたほうが良かったか……
これからもそういう指摘お願いします。気をつけていきますね。

>幻想氏
圧力やめて~、潰れちゃうさ~
とは言え、現時点で全く何も考えてないんですよ。
出来次第どんどん載せていきま~す。
53.100名前が無い程度の能力削除
またお願いします
63.100名前が無い程度の能力削除
同じストーリーでも視点を変えるとこうなるのか・・・
もう誰を応援したらいいのか分からなくなったw
64.100名前が無い程度の能力削除
続きを書いてもいいのよ?
66.100名前が無い程度の能力削除
アリスかわいいな
このssシリーズはとりあえずここで完結ってわけね
69.100名前が無い程度の能力削除
いいからはやく続きを書く作業に戻るんだ。

霊夢や紫を加えてもいいのよ。霖之助さんハーレムでも、いいのよ←←←