Coolier - 新生・東方創想話

繋ぐ手、繋ぐ心

2010/11/27 01:26:06
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 ――第6区画8番倉庫収容番号514号。それが私の名前だった。
 



『繋ぐ手、繋ぐ心』




 車内には酷い揺れが続いていて、膝を抱え頭を沈めていた私は若干気分が悪かった。蛍光灯の小さな明かりが、この狭苦しい鉄の箱の中を照らしている。
 私の他には小動物しかいなかった。猫や犬や鳥たち。皆大人しくて、鳴く事も身じろぐ事もしない。分かっていたから。ここで暴れたらどうなるのか、彼らはよく理解していたから。
 錆びた鉄の冷気を背中に感じる。私はここが嫌いだった。ぼろぼろと剥げ落ちていく錆が、血の匂いにしか感ぜられなかったから。そうして、その匂いばかり逃さない自分の鼻が憎らしく思えて。

 左を見遣る。出入り口だ。今は錠が下ろされ、固く閉ざされている。右を見遣る。壁の上方に格子が嵌めてあり、そこから黄色く濁った光が、運転手と助手の声と共に流れ込んでくる。
 
「今度の市場はどうだろうな」
「餓鬼の方は上玉だぜ。きっと成金の親父が買い取ってくれるさ。あの阿呆共ときたら、こんな事にしか金の使い道を知らんからな」
「ま、売れなけりゃ獣共々屠殺場行きだろうから頑張れや。俺らの為にも」
 
 そう言って、助手が格子を叩いて笑った。
 私は黙ってぱちぱちと点滅する蛍光灯を眺めていた。
 首と両手首に嵌められた鉄輪の冷たさも痛みも、最早感じない。じゃらじゃらと鎖が擦れ合い、重い音を鳴らしている。
 ふと向かいの猫が、頭を上げて小さく鳴き声を洩らした。
 
 瞬間、車体が軋んで。

「おいっ! 何やってる!」

 どおん、と大きな音がして、強い反動で私は壁に頭をぶつけてしまった。
 急ブレーキをかけた為、右に逸れたトラックが樹木に激突したらしい。
 
「何かいたんだ、黒い影が見えた!」
「は? ――まさか、鬼じゃねえだろうな」
「おい、どうするよ……」

 ひそひそと囁く男二人。私はそれを聞きながら、今の衝撃で車が故障していればいいのにと儚い期待を抱いていた。
 それから、ばたん、とドアの閉まる音。運転手が降りて様子を見に行ったようだ。
 動物たちも静かになり、格子の向こうからしきりに呟かれる助手の恨み言だけが残された。

「くそ、鬼の巡回ルートじゃねえだろ、この区画はよ! 捕まったら終わりだぞ」

 頭を掻き毟りながら彼はぶつぶつぼやいていたけれど、

「おい、死んでねえよな514号。大切な商品に死なれちゃ大変だからな。……そうだ、さっさと売り払っちまって報酬だけ貰えりゃいいんだ、何してんだあいつ早く帰って来いよ畜生……
 ……ん? なんだあれ、え。……あ、ああ、ああああああああああああっ!」

 突然、絶叫を始めた。私ははっとして格子に首を近付けようとしたけれども、鉄輪に縛られたこの身体ではそれも満足に出来ず、辛うじて漏れる光を注視した。

「ふざけんなっ! 畜生、動け、動けくそったれめっ、なっ何で! 何でお前がここにいるんだよ! 古明――」

 蛍光灯の明かりが途絶えたと同時に、助手の声もそこで途切れ、辺りはしんと不意の静寂に包まれて。
 私は事態が飲み込めずに暗い格子から目を離し、隣の犬を見つめた。彼はどうやら寝ているらしく、動く事をしない。私の動揺はその穏やかな寝息の為にちょっと治まり、黙然とした外から音を拾い出そうと耳を澄ました。

 すると、いきなり左の出入り口がべこん、と凹んで。錠前が歪み釘が数本、吹っ飛んだ。

「あっれ、お燐、ここ開かないよー」

 子供みたいな、女の子らしい声が響いた。私はいきなりの事に驚いて、尻で犬を踏み付けてしまった。犬はぎゃっと叫び、尻尾を丸めて呻り始めたから、外にいる誰かも気が付いたと見えて、

「やっぱりいるいる。多分、死んでないと思う」

 複数いるのだろうか、出入り口を凹ませたらしい誰かは、話しかけるように言う。それに二人目の足音が被さった。

「壊しちゃっていいかな?」
「んー、さとり様は絶対に怪我させるなって言ってたから。優しくね、おくう。やさあしく、ぽんって感じで鍵だけ壊すんだ」
「任せて」

 途端、壁が大爆発をした。金具が粉々になって、錠が真っ二つに割れるのが見えた。捩子が一本、私の額にすこんと当たって、痛みの為に思わず屈んだから、その後は分からない。
 物凄い埃が舞い上がり、私は酷く咳き込んだけれど、動物たちの鳴き声や羽ばたきに掻き消された。砂が目に痛い。薄目で見回してみると、皆平気なようで少し安心した。

「馬鹿ー! 優しく開けろって言ったばっかりじゃないかっ」
「開いたからいいじゃん」
「だから、怪我したら大変――あ、さとり様」
「さとり様、大丈夫でした?」

 三人目の、足音。先の二人より幾分静かで落ち着いた感じがした。

「ええ。彼らにはちょっと眠ってもらいましたけれど……さぞ楽しい夢を見ている事でしょう。全く、勇儀によく言っておかなければいけません。ここは警備が厳しすぎるくらいが丁度いい」

 煙が、晴れ。
 私はその人を見た。鎖に繋がれ鉄輪に縛られ這い蹲る私は、夜の冷たい空気の中に、確かにその温かさを見たのだ。暗闇に目が慣れていた私はその人の姿を隅々まで捉え、――胸にあるものを見つけた。

 第三の眼。私と同じ、覚の眼を。

「怪我はありませんか」

 手が、差し伸べられた。白くて私より少しばかり大きな掌が、私の首に触れて。鉄輪の錠を、かちん、と外した。
 鎖が落ちて、じゃらじゃらと鉄の床に広がった。次いで、手首の輪も、同じように私を縛る事を止めた。久し振りの外気に触れたそこの皮膚は、ひりひりして、それでいてくすぐったい。

「貴方の名前は?」

 初めてだった。笑顔を向けられた事は。優しい声で話しかけられた事は。私を貴方と呼んでくれた人は。
 薄紫のショートヘアが私の顔まで降りてきて、私を覗き込む、あの人の目には、薄汚れた顔が映っていた。泥と絶望に汚れたこの顔を、まじまじと見つめられるのが恥ずかしかったから。
 俯いて、私は言った。

「……514号」

 あの人は、そうですね、とちょっと考える仕草をして、立ち上がった。
 それからもう一度、手を私に差し向けて、

「じゃあ、貴方は今日から“こいし”です。“古明地こいし”になりなさい」
 
 可愛い名前でしょう、と言いながら、差し出されたその手は、朝に地底の天井から、少しだけ射す日の光に似ていた。
 伸ばして、掴み返した。あの人のより一回り小さい掌で。

 ――この日、私は514号から古明地こいしになった。奴隷から妹になった。鎖の代わりに手に繋がれて、地霊殿の一員になった。



◆ ◆ ◆



「……んあ」

 ふと気が付くと橋の手前に立っていた。今まで何をやっていたのだろう、と考えて、無意識でいたから分かる筈もないと思い直し、取り敢えず古びた欄干に掴まって下の景色を眺めてみる。
 黒い、ごつごつした岩肌がずっと続いている。先の先に、旧都の明かりがぼんやり見えるくらいで、実際寂しい風景だった。

「あれ? こいしじゃない。何やってんのこんな所で」
 
 橋の奥から聞こえてきたのは、耳に慣れた声。

「分かんない。思い出に浸ってたのかも」
「誰との思い出? いいわね、思い出作りを出来る相手がいて。妬ましい事この上なしだわ」

 私の隣にやって来て、同じように欄干に肘をかけ暗い地底世界を見下ろす、パルスィ。緑の目はいつものように動きがなく無愛想だった。
 パルスィと私は結構古い仲だ。私がお姉ちゃんに拾われて来たばかりの頃から、ちょくちょく地霊殿に遊びに来ていたから(遊びと言っても、お茶を飲んで愚痴を吐いて帰るだけなのだが)、実に百年以上の付き合いになるだろう。
 
「……どうしたのよ、小石みたいに固まっちゃって。いつものあんたはもう少しばたばたうるさいでしょうが」

 小石。私の名前とかけたつもりだろうか。
 

「514号。ごーいちよん。だから、こいし。ごいしだと、ちょっとごつくて似合わないかと思いまして。こいしなんて、小さくて可愛いじゃありませんか。恋しい小石、みたいな」

 お姉ちゃんはそんな適当な事を言って私に名前を付けた。嬉しいという気持ちを初めて知った。私に商品ではなく覚として、生きる道を教えてくれた。奴隷ではなく妹として、居場所を与えてくれた。
 私に綺麗な洋服を着せて。覚たる者教養がなければいけませんと言って、自ら教鞭を執り、私に色々な授業をした。お姉ちゃんは博識だった。私の知らない事は何でも知っていた。
 お姉ちゃんは沢山のペットを飼っていた。火車のお燐と、地獄鴉のおくう。私が特に仲良くなった二匹だ。お燐とおくうは私をこいし様と呼んだ。今まで物扱いをされていた私には、敬称を付けて名前を呼ばれる事が新鮮で。そんな改まった言い方しなくていいよと断ったけれど、二匹は頑なに今日までずっとそう呼んでくれている。
 
 
「今日くらいはもっと明るい顔をしていなさいよ。私じゃないんだから」

 ふと、パルスィは呟いて、私の顔を覗き込む。今日くらいは、という言い回しが少し気にかかって、聞き返そうとしたけれども、彼女はひょいとそっぽを向いてしまった。
 人から見つめられるのを嫌う人なのだと、私は知っている。それが、緑の嫉妬の目で相手を不快にさせたくないからだという事も。そういう優しさを持っているのに、妬ましい妬ましいと遠ざけてしまう不器用さ。お姉ちゃんはこの人を、可愛らしい人です、と言う。確かに可愛い所もあるな、と最近思うようになった。
 
 不思議なものだと、今更感じる。
 奴隷だった頃は、とても他人に目を向けていられる余裕などなかった。
 血を、思い出す時がある。同胞たちの血。第三の眼を閉じても、遂に私の脳裏から消える事がなかった色。
 私たちの価値は、路傍の小石にも劣るものだった。買取人の機嫌次第で明日が奪われる。毎日、私の隣から消えていく仲間。その内、何もかもどうでもよくなった。生きているのか分からなくなった。せめて静かになりたいと思って、覚の眼を閉じた。
 偶然、私だけが最後に残されて。偶然、お姉ちゃんに拾われた。
 
「じゃ、そろそろ準備とかもあるから、私は帰らせてもらうわね」
「え? 準備? 何の?」
「あんたも早く帰っておきなさいよー」
 
 パルスィはひらひらと片手を振って、踵を返して歩き始めた。帰っておけ? さっきからよく分からない事を言うな、と思いながら、一人でここにいてもつまらないので旧都に向けてゆらゆら遊泳でもする事にした。……
 



 私はたまに、どうしようもなく悲しくなる時がある。

「貴方は眼を閉じていたのですね」

 初めて飲む熱い緑茶の味に驚いていた時。お姉ちゃんはこう言った。私は何と答えていいのか分からなくて、ごめんなさい、と一言謝った。
 
「何も謝る事はありません。閉じるのも、開くのも、貴方の自由ですから」

 誰の心を読む事は、もう嫌だった筈なのに。恐ろしいだけだと、閉じた時は一切躊躇わなかった筈なのに。お燐がいた。おくうがいた。お姉ちゃんがいた。家族が出来た私は、その温かさを知ってしまった私は。
 心を知りたいと思えるくらい、恋しい人たちを持ってしまった私は、時々奴隷時代の影に怯えていた。手に入った今が、またいつか私の前から消えてなくなってしまうかも知れないと考えて。
 
 自分の居場所が本当に地霊殿にあるのか不安になる。
 
 私とお姉ちゃんに血の繋がりはない。そして、もしかしたら繋がれた筈の、分かり合えた筈の心も読めないし読まれない。それが悲しくなる時がある。それが怖くなる時がある。
 一度考えると、もう駄目だ。鉄の鎖が、感情を縛り始める。きつく、きつく。私を昔に連れ戻そうと、冷たい金属の摩擦に心を締め上げられ。
 お前のいるべき場所はそこじゃない、と声がして。心の声が、私に迫ってくるのだ。お前はそこにいていい妖怪じゃない、と。冷たい目をした奴隷商人が、私に大声で怒鳴りつける彼らの光景が、想起され。
 お姉ちゃんは、ずっと私のお姉ちゃんでいてくれるだろうか、お燐やおくうたちは、ずっと私をお姉ちゃんの妹として見ていてくれるだろうか、――いつか、今の生活が突然終わってしまう気がして、その想像が悲しくて怖くて堪らなくなる。
 
 
 

「おーい、こいしちゃーん」

 今度は往来の真ん中に佇んでいた。旧都の商店街はいつも賑やかだ。街灯の明かりが眩しくて、ビラや巻き煙草の散らかる地面に目を向けて歩いていたら、土蜘蛛と桶にばったり出くわして。
 買い物袋を手提げたヤマメと、その隣でふわふわ漂うキスメ。
 何やってたの、と。パルスィからも同じ事を言われていたから、私も逆に聞き返してみると、

「何にしようかなー、ってキスメと選んでたんだ」
「何を?」
「何ってそりゃあ」

 ねー、と彼女たちは頷き合う。
 何の話だか見当もつかない。自分だけ退け者にされた感じがして、問い詰めてやろうと思ったら、

「あれ、勇儀さんじゃない?」
「ほんとだー」

 ヤマメの指差した先には、酒屋があった。頭に生えた角を店先のショーケースにぶつけながら、何やら難しい顔をしている女性もいた。
 二人が寄っていくので、私も後に続く。長身の女性はすぐこちらに気が付いて、やあ、と顔を上げて挨拶をした。

「お前たち三人組とは珍しいんじゃないか」
「こいしちゃんとは今会ったばっかりなんだ」
「へえ……そういや、お前たちはもう準備済ませたのかい」
「うーん、もう少しかかりそうかな」
「私もな、どの酒がいいか迷ってた所だ。こんな日くらいは奮発しようと思ってるんだが」

 私を置き去りにして会話は流れていく。女性は金髪を揺らしながら、ショーケースの一本を指して、これ下さい、と店の奥に呼びかけた。はいよ、と初老のおじさんから受け取った瓶を大事そうに抱え、振り返って私の顔を覗く。
 
「よっ、こいし。四日振りくらいか?」
「こんばんは、勇儀さん」

 鷹揚な調子で私の頭にぽんと手を載せたのは、鬼の勇儀さん。私より背がずっと高いから、自然見上げる形になる。旧都の自警団の団長をしていて、基本的に個体として強い鬼の中でもずば抜けた力を持つ人だ。鬼は気性が荒いと言われるけれども、この人は比較的穏やかな性格をしている。喧嘩は好きらしいが。
 
「お酒?」 
 
 彼女の胸の酒瓶を見て言う。勇儀さんが大の酒飲みである事はここらでは周知の事実で、勿論私も知っていた。普段は酒場でばかり飲むから、わざわざ店で買ったりなんかしないという事も。
 
「ん、まあ、今日はな。特別だからね」

 何が特別なのだろうか。さっきから出会う人たちと話が噛み合わない。何か催しでもあるのだろうか。ふふ、と屈託ない笑みを作る勇儀さんが、意図的に私からそれを隠しているように見えてしまって。

「こいしちゃんも早く帰りなよ」
「そうだねー、こいしちゃん、もうこんな時間だし」
 
 続くヤマメとキスメの言葉が、邪魔だから帰れ、との催促みたいに思われて。そんなつもりではないのかも知れないけれど、私はちょっと不機嫌になった。
 
「何を選んでたのよー。教えてくれたっていいじゃない」
「教えちゃったら意味ないでしょ」

 駄目だと言われ。
 ますます遠ざけられている感じがして、今度は不安が心を染め出す。勇儀さんが、じゃあ私はこれで、と言って別れたから、私たちも解散する事にした。二人は最後に嬉しそうに笑いながら私に手を振った。どこから来る笑顔なのだろう。きっと私の知らない所だ、と感ぜられて、不安はより大きな悲しみの中に包まれる。
 
 また一人になってしまった。パルスィと別れた時より、ずっと孤独な気がした。飛ぶ事も無意識になる事もせず、歩いて地霊殿に向かう。そうしないと、不安でならない。せめて自分の足音がないと怖い。何も聞こえない事は、今の私にはとても寂しくて怖いのだ。ああ、まただ。また思い出してしまう。また、昔が私を縛り付ける。
 パルスィも、ヤマメも、キスメも、勇儀さんも、本当は私の事なんか嫌いなのかも知れない。遠ざけたいから、私に分からない事を話し、早く帰れと言うのだろう。
 
 手が冷たくていけない。出かける時、手袋を忘れてきた事に今更気付く。ずっと前に貰った手袋。お姉ちゃんが私にくれた手袋。随分昔の事だから、私の手は成長と共に大きくなって、今では少し小さくなってしまった手袋。
 顔に掌を当てて、せめて温度を回復させようとしてみるけれど、かじかんだそれに温かさは戻らない。

「……寒いな」
 
 白くけぶる息を吹きかけてみても、赤く凍えそうな手は冷たいままだ。握っても感覚はない。お姉ちゃんの手を、思い出した。
 最初に触れられたこの手。暗闇にいた私を日溜りまで連れ出してくれたあの手。初めて繋がった手。
 
 その手が今はかじかむのだ。冷たいのだ。触っても感触が掴めないのだ。
 
 今もあの時の繋がりが、私とあの人の間にあるだろうか。気持ちがぐらつく。
 あの人も、私を嫌っているのかも知れない。ペットを沢山飼っているあの人は、私なんかいなくても平気なのかも知れない。お燐もおくうも、あの人の命令で仕方なく私と付き合ってくれているのかも知れない。
 小さく現れた不安は、肥大化して私に迫り、後に残された道中ずっと私を苛み続けた。
 



 暗く沈んだ心のまま、地霊殿に着く。扉の前まで来て、取っ手に手を伸ばして、一瞬躊躇われた。掌より冷たい取っ手を握って、どうにか開く。
 ――それは、突然の事だった。

 ぱあん、と花吹雪が、散り咲いて。
 
「こいし様、お誕生日おめでとーございます!」
 
 歓声が上がった。色とりどりのリボンがクラッカーから飛び出して、エントランスホールを染め上げる。
 お燐とおくうが、私の元へ駆け寄ってきた。後ろからペットたちも。
 
(そうか)
 
 こいし様ー、と抱きついてくる彼女たちの向こう側に、大きな会食用テーブルがあった。沢山の料理が並べられ、既に席に着いて酒をあおる勇儀さんと、その隣で相変わらず仏頂面をしたパルスィの姿が見えた。
 
(今日は)
 
 向かいには、ヤマメとキスメが持った袋からごそごそ何かを取り出して話している。

(今日は、私の誕生日)

 古明地こいしの、誕生日じゃないか。どうして、――どうして忘れてしまっていたのだろう。
 その場に立ち惚けていると、
 
「こいし、来なさい」

 一番奥の席に座る、お姉ちゃんが私を呼ぶ。
 私は目の前まで行って、ただいま、と一つ言った。遅くなってごめんなさい、とも。
 お姉ちゃんは私の冷たくなった掌を握って、

「おかえり。それから、誕生日おめでとう」
 
 簡潔な言葉だった。それだけで十分だった。鉄の鎖は粉々に砕けて、私の心は、私の手を包んでいる温かさに同じように包まれた。不安も恐怖も皆消えてなくなった。
 ありがとう、と言おうとしたら。

「先ずは、乾杯といきましょう」
 
 もう飲み始めている勇儀さんの方をちらりと見遣りながら、お姉ちゃんは言った。
 それから私を見て、手元のグラスを差し出した。これでやりなさい、と目で言われ。
 その、なみなみと注がれた液体は酒に見えてお茶だと知っているけれど、取り敢えず。

「乾杯!」

 私の誕生会が始まった。私はお姉ちゃんの隣の席で、好き勝手に飲み食いし馬鹿騒ぎしている目の前の地底住民たちの動静を見守っていた。

「ほら、お燐! お前も飲めよ」
「ぎゃああ! 手元が震えてるよあんたっ。あたいの愛しい死体にそんなものをぶっかけないでくれるかい!?」
 
 鬼と猫。死体だのと物騒な事を言うお燐だが、実際詳細不明の紫っぽい色をした肉を載せた皿を持っている。
 パルスィは饅頭を頬張るおくう相手にぶつぶつ呟いていて、

「これ食べる? 美味しいよ」

 などと悲しい同情を寄せられていた。
 そんな光景を、温いお茶を啜りながらお姉ちゃんと二人で眺めていた私の元に、ヤマメとキスメがやって来て、

「あの、こいしちゃん。誕生日おめでとう! 私たちから、これ、プレゼント」
「えっ。あ、ありがとう」
 
 地味でごめんね、と言いながら、手渡されたそれは、茶色のマフラーだった。手編みらしく、ふわふわと柔らかい。

「これ作った後で、地味だしやっぱり何か買ったものをプレゼントしようと思ったんだけど。結局、これが一番温かそうだったから。似合わなかったらごめんね」
「そんな事ないよ、――ありがとう。ほんとに、ありがとう。ヤマメ。キスメ」

 少しでも疑ってしまった私がひどく恥ずかしい。二人はこんなに頑張って私の為にマフラーを編んでくれていたのに。
 こんなに温かいプレゼントを、こんなに冷たい私の為に。

「んーじゃ、次は私かな。私からは、これだ」

 勇儀さんは、どん、とテーブルに酒瓶を置いた。「冬染」という銘柄のラベルが貼ってある。

「温まるのは保証するよ。少々強いが」
「うん、ありがとう」
 
 お姉ちゃんもお燐もおくうも飲めないから、私が独り占めできるらしい。とは言え私も強い方ではないので、この瓶は今冬いっぱい地霊殿に住む事になりそうだ。
 
「私からは、これ」

 いつの間にか後ろにいたパルスィは、ぱさ、と私の頭に何かを載せた。いつも被っている黒い帽子は脱いでいたから、頭をくすぐる触感は感じられ、毛糸の帽子だな、と分かった。

「一応、私が編んだんだけどね。あんたの帽子、冬場は耳が冷たいでしょう」
「ありがとう、パルスィ」
 
 そのままぷいと元の席へ戻っていこうとするパルスィの背中に言う。素っ気ない態度の中に、やっぱり確かな優しさが垣間見えた。
 
「あたいからは、これです」
「うにゅ。私はこれを」

 お燐とおくうがくれたプレゼントは、どちらも食べ物だっ……たよね、あれ?

「お燐? ……ええと、これって」
「あたい一押しの極上死体ですよ! 見て下さい、この艶! この腐り具合! この芳醇な香り!」

 私の鼻の先で意味不明の存在感を放っている黄緑色の物体。これを、食べるの? と言うか、何の死体? お姉ちゃん、目を背けないでほしい。

「味は保証しますよ」

 そう言って、親指を立てられた。味がどうこうの問題ではない気がするけれども、せっかくお燐が捕まえてきてくれた(?)ものだし、ありがたく頂いておこう。

「あ、ありがと、お燐」
「いえいえー」
「お燐のその変なのなんかより、私のプレゼントの方が美味しいですよ、絶対!」
 
 おくうがくれたのは、地獄饅頭の詰め合わせ。旧都の老舗和菓子店が最近発売して物凄い売れ行きを見せているもので、予約は一ヶ月くらい先まで埋まっているらしい。

「三日三晩お店の行列に並んでどうにか店頭販売分を手に入れましたよ」
「おくう……! ありがとう」
 
 その健気さ。泥の中に蓮の花が咲いたような気持ちでおくうの饅頭を見つめる。

「こいし様あたいのプレゼントとおくうのやつで、反応違いません? それに何か酷い事を思われた気がします」

 遂にお燐も第三の眼を開いたか。取り敢えず皆で食べようと、饅頭と横のアレをテーブルの真ん中に置く。

「私が最後のようですね」
 
 そう言ってお姉ちゃんが脇にあった袋から取り出したのは、黒の手袋。毛糸で編まれた、私の今持っている手袋より一回り大きいものだ。
 はいどうぞ、と手渡され。

「実は私とお揃いです」

 同じペアを袋から取り出し、私に見せた。同じ色、同じ大きさ。

「ああっ、いいなー」

 お燐が言った。お姉ちゃんは微笑んで、

「そして実は、皆の分作っちゃってます」
「おおー!」
「流石さとり様!」

 袋から取り出された三ペアが二つずつ。

「先ず、燐と空。次にヤマメとキスメ。それから、勇儀とパルスィです」

 無邪気に喜ぶおくうの横で、思わず顔を赤くするお燐。ヤマメとキスメは嬉しそうに、ありがとう、とお姉ちゃんに言った。勇儀さんは、これはいいな! と楽しそうな様子だったけれど、パルスィを見ると、顔が尋常じゃなく赤く染まって、俯いている。
 各々の反応を尻目に、お姉ちゃんは、
 
「貴方も大きくなったから、私ともう変わらないサイズですね」
 
 手に握ったそれは温かい。お姉ちゃんの掌のように温かい。
 糸の束でしかない筈の手袋が、――どうにも温かくて仕様がない。

「マフラーもあるし、帽子もあるし、手袋もありますから、今年の冬は温かく過ごせそうで何よりです」

 つけてみた。マフラーも、帽子も、手袋も。どれも皆、温かいのだ。
 手が自然、伸びて。
 
「来年も私の妹でいてくれますか」
 
 お姉ちゃんの手が、毛糸の上から私の手を取った。
 繋がった気がする。繋がれた気がする。だって、

「……ずっとだよ」

 私の肌に重なるのは鎖ではなく、今はもう、

「ええ、もう一度。こいし、誕生日、おめでとう」
「ありがとう、お姉ちゃん」


 こんなに温かい、皆の、お姉ちゃんの、心だと知っているから。
 はじめまして、KSCです。
 もし二人の血が繋がっていなかったら、と想像して書いてみました。
 読んで下さり、ありがとうございました。
KSC
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コメント



0.1430簡易評価
1.90かすとろぷ公削除
いや普通に面白いと思いますよ
私はこういうやさしい作品とかは書けないので羨ましく感じます
これからもがんばってください
2.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー
若干重めでしたけど個人的にはこういう暖かい話は大好きですwこれからもがんばってくださいね
4.80名前が無い程度の能力削除
最初のシーンに違和感がかなりありましたが、それ以降は楽しく読ませていただきました。
6.100名前が無い程度の能力削除
王道だ
9.100名前が無い程度の能力削除
ああ、じんわりきますね。
良い作品でした。
11.80コチドリ削除
「はじめまして」と後書きで仰られているので、初投稿ということでよろしいんでしょうか?
ならばこちらからは「おめでとうございます」と言わせて下さい。

なんというか、作者様の「こんな地霊殿、さとこいが書きたい!」って気持ちが伝わってくるような作品ですね。
他の方がコメントされているように、優しくて暖かいお話で私も好きですよ。文章的にもあまり引っかかる所は無い。
勝手な思い込みと上から目線みたいな感想でごめんなさいね。

で、ここからは作者様にとって耳の痛い感想になる訳ですが、私の性分なものでネッチリといきます。
こいしが解放されたのは約百年前と書かれてますが、それならトラックや蛍光灯の描写は無理がありすぎる。
同胞達、という言葉が出てくるので村落単位で侵略されたのかな? 覚りの集団を生け捕ったにしては
燐や空にあっさりやられすぎって気がする。奴隷商人が直接手を下したって仮定すればね。
収容番号514号、だからこいし。彼女は生まれた時から名無しだったの? 捕まった時のショックで忘れちゃった?
でも自分の誕生日は覚えている、もしかして解放された日を誕生日にした?
ついでに言わせてもらうなら、優しいさとり様が奴隷の象徴たる番号をもじって名前をつけるかなぁ。

てな感じ。
端的にいえば「こんな展開、結末にしたい」っていう気持ちが強すぎて設定や細部がおろそかになっている印象。
別に原作や『俺の頭の中の○○』と乖離していてもいいんですよ。違っていて当然と思いますし。
ただやっぱりそこには「その解釈もアリか」って思わせる説得力が欲しいんですよね。

次作、期待しています。頑張って下さいね。
12.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
16.90名前が無い程度の能力削除
これは良作。
パルスィが可愛いです。
個人的には成金に買われたあとでさとりが来るという展開も見たかった。
17.100奇声を発する程度の能力削除
とても面白かったです!!
20.100朔盈削除
こういう葛藤のあとのハッピーエンド、好きですよ。
とてもおもしろかったです。
23.無評価KSC削除
皆さん読んで下さってありがとうございます。
以下、コメント返しです。

1、かすとろぷ公さんへ
面白かったですか。それなら私も書いて良かったです。
やさしい話は書いている作者もやさしくなれそうな気がして楽しいものです。

2さんへ
はい、重めでしたね。読み終わった後に、心にすとんと落ちていくような心地いい重みを感じさせる小説を書きたいです。

4さんへ
かなりの違和感を持たせてしまったなら、それは私のかなりの技量不足です。ごめんなさい。読む人が自然に納得できる書き方ができればいいなあと思います。

6さんへ
王道、ですか。誕生日話に、どれだけ地霊殿らしさ、古明地姉妹らしさを含めて書けたか分かりませんが、そうすっきり感じていただけたなら良かったです。

9さんへ
じんわりきましたか。暖かい小説にしようというコンセプトでしたから、じんわりなされたのなら思惑は成功したようです。

11、コチドリさんへ
はい、初投稿になります。ありがとうございます。
上から目線なんてとんでもないです。真摯なコメント、嬉しいです。こうしてみると本当に自分では気が付かない粗が見えて、勉強になります。……はい、百年前からトラック、蛍光灯があるはずないですね、私の完全なミスです。ごめんなさい。こいしは幼い頃に親から売りに出されたなんて設定を考えていたのですが、すっかり脳内完結していました。名前は売られた時に番号として付けられた514号だけ、さとりにこいしと名付けられた日を誕生日とした、など全部頭で補完されてしまっていました。説明不足が過ぎましたね。確かに、さとりが番号をもじるのを変だと思われるのも無理ない事です。強引だったようです。
説得力と整合性をつけるのは小説を書く上で大切な事ですね。これから精進していきたいです。

12さんへ
そう感じていただけたなら、書き手としてこれ以上嬉しい事はありません。

16さんへ
はい、パルスィは可愛いですよね。特にこの小説で思っていただけたなら良かったです。
買われた後ですか。それはまた違うドラマが生まれそうですね。

17、奇声を発する程度の能力さんへ
とても面白かったですか。私はとても感激していますよ。

20、朔盈さんへ
ハッピーエンドに至るまでの心の動き、うまく書けていたでしょうか。ハッピーエンドにしても、面白いと思ってもらえるエンドを書いていきたいですね。
24.90名前が無い程度の能力削除
温かいのは、布団で読んでいるからではないはず。作者様の『熱』が感じ取れました。話自体は少し既視感が少々ありましたがそれにも関わらず、気持ちを動かしながら読み進められたのはひとえに作者様の力だと思います。最後に、初投稿おめでとうございます。
29.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
30.無評価KSC削除
コメがついてる。嬉しいですよ。

24さんへ
熱、感じてもらえましたか。小説は文字を追うという視覚に頼っていますが、一文字一文字の中に温度、風景、感情を覗けるような、そんな熱い小説が目標です。

29さんへ
やったー。ひとりでも多くの人にそう思ってもらえるものを書きたいですね。
33.100名前が無い程度の能力削除
こいしちゃんが奴隷→さとり様に拾われるというのはよく見る
でもそれでいて鬱じゃなくこんなに温かい愛のあるお話とは思わなかったよ
34.無評価KSC削除
33さんへ
物語に緩急をつけたいな、と思っています。鬱っぽいかと思えば明るく、みたいに。メリハリのあるお話が書けるようになりたいですね。
45.100名前が無い程度の能力削除
期待して読み進めたら予想以上に温かくて悶えました
パルスィがさりげなく優しくて可愛らしいのも良いね