Coolier - 新生・東方創想話

魂魄妖夢について

2010/11/16 12:34:49
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馬鹿らしく思えた。
私は何をしているのだろう。何のために毎日汗水垂らして頑張ってるんだろう。
幽霊が汗を流すわけないだって?そんなことはない。私は半人半霊。疲れもすれば眠くもなるし、お腹も空いたりする。
ストレスだって人並みに感じたりするからそれを溜め込まぬように刀を振るう。毎日毎日、振るう。それでも溜まるストレスは街へ降り、買出しついでに藍さんに愚痴る。
藍さんは優しい方だ。私の愚痴を嫌な顔一つせず聞いてくれる。…別に愚痴を聞いてくれるから優しいとは言っていない。私だって藍さんの愚痴を聞いたりする。
話が盛り上がり始めたところで、鈴仙さんや慧音さんも話しに加わる。
普段、主の世話をしながら本業である庭師のほうもしなければならない私にとって、こうやって話をするのが数少ない楽しみだった。
やることは他にもたくさんある。剣の腕もまだまだ。剣術指南をするはずの私が逆に主に指南されたこともあった。そのときに言われた言葉を私はまだ覚えてる。

「まだまだ半人前ね」

主はそう言うと、私の頭を壊れものでも扱うかのような手つきで優しく撫でた。
私の実の祖父であり剣術の師であった妖忌はもういない。いざというときには私が身を挺してでも主を守らなければならない。いつまでも半人前というわけにはいかないのだ。

「でも正直疲れました」

そんな私の弱音を誰も咎めることはしなかった。周り心配する声に私は大丈夫です、と元気よく答える。
だが、私がそう答えたにも関わらず、周りから心配する声は止まなかった。

「あの…、別にそこまで気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」

そう、大丈夫。こんなとこで甘えていたらいつまでも一人前なんて無理だ。私がそう言うと、藍さんが言ってくる。

「大丈夫だと?お前、自分が今どんな顔色してるか知ってるか?」

顔色…?ああ、これは大丈夫ですよ。いつものことなんで。ほら、私って半分幽霊じゃないですか。

「そうか。幽々子様には私から…」

いえ、大丈夫ですってば。だって幽霊なんですよ、私。

「だが半分は人間だろう」

ああ、優しい。どこまでも優しい藍さん。こんな半人前の私をいつも気にかけてくれる。
…あれ、鈴仙さん、どうして今にも泣いちゃいそうな顔してるんですか?慧音さんもなんでそんな可哀想なものを見ているかのような視線を?
周りのそれにいたたまれなくなった私は「ずいぶん話し込んでしまいましたね。お先に失礼します」と早々に立ち去ろうとした。
背後から藍さんの声が聞こえてくる。私は聞こえないフリをしてその場を後にした。








■■■■




翌朝、私はあろうことか寝坊をしてしまった。従者にあるまじき失態だ。だが、主である幽々子様は何も言わなかった。
少し遅れた朝食時、幽々子様に申し訳ありません、と畳に額をこすり付けて謝る。だが、それにも主である幽々子様は何も言わなかった。
嫌われたのだろうか。呆れてしまったのだろうか。私は徐々に不安になった。
この白玉楼を追い出されたら行く当てなどない。祖父との再会も叶わず去ることになれば私は生きていける気がしない。
そう、気力を失う。

「幽々子様、私に至らぬ点がありましたら仰ってください。未熟であることは重々承知の上です。しかしそれでも私はあなた以外に仕えることはできません。お願いします、私を捨てないでください。お願いします。お願いします」

私は嫌だった。行く当てもなく彷徨うことになるなど。祖父に再会できないなど。何より我が主、幽々子様の元を離れるのが嫌だった。その一心でめり込んでもおかしくないのでは、と思うほど私は畳に額をこすり付けて必死に懇願した。

「妖夢」

「はい」

「あなた、ちょっと永遠亭までついてきなさい。診てもらいましょう」

診てもらう?私はどこも悪いところはない。至って健康のはずだ。

「命令よ。ついてきなさい」

命令…。ならば仕方ないとばかりに私は身を起こした。額には畳の痕がついていた。







■■■■




永遠亭に着き、一通り診てもらったあと、私はしばらく席を外してほしい、と言われその場を離れる。
特にやることもなかった私は、外へ行こうと玄関に向かう。まあ、外へ出ても竹林以外何もないのだが。
何か考え事でもしよう、と玄関に着いた私は、戸を引いて外へ出た。
やはり何もない。竹林を眺めることくらいしかできない。三人くらい座れそうな大きな石があったので、端のほうに座る。私は大きく伸びをして周囲を見渡した。
(ん?)
竹林の中に、てゐさんがいた。何か穴を掘っている。邪魔するのも悪い気がしたので、私はそれを黙って眺めていた。
掘り進めるうちにてゐさんが見えなくなる。なるほど。ある程度、というより結構な深さの穴であることは、ここからでもわかった。
掘りおえたのか、てゐさんが穴から出てくる。そして竹を縦横と交互に置き始め、それが終わると、その上に枯葉を被せて土をかける。
私はそこでようやく何を作っているのかがわかった。

「妖夢~。妖夢もする~?」

私に気づいたのか、てゐさんは無邪気に笑いながら手を振ってくる。

「とっても楽しいよ~」

落とし穴というものはいわゆる罠。人や獣をその中に落として拘束する。底に尖った枝でも敷き詰めておけば、落ちた者はたちまち命を落とす。
遊びや悪ふざけで作っていいものではないのだ。それを…楽しい、ねえ。

「遠慮しておきます」

「え~?」

なぜ私がそのような野蛮な遊びをしなければならないのか。

「も~、面白くないわ」

言いながらてゐさんが私の元に駆け寄ってくる。特徴的なうさぎの耳が揺れていた。

「そういえば、妖夢たちは何しにここへ来たの?」

「永琳さんに診て貰いにきたんです」

「誰を?」

「私を」

「妖夢を?」

「はい」

「ああ~…。言われてみれば、顔色悪いもんね」

うんうん、と頷き、てゐさんは私の横にぴょん、と飛んで座る。

「でもなんで患者の妖夢が外にいるの?もう診察終わったの?」

「終わったあとに外で待ってろ、と言われて」

「ふ~ん、そっかあ」

てゐさんはそう言うと、寝転がって大きな欠伸をする。
寝てないのですか、と聞こうとすると、ん~、と言って寝息を立て始めた。
私はそれに何も言わず、てゐさんから視線を外し、竹林を見やる。
静かになったところで、私は自分がここにいる訳を考えた。
本人には言えないほどの病気なのだろうか。もしそうだとして幽々子様のお側にお仕えすることができなくなったらどうしようか。
幽々子様の身の回りの世話は誰がする?掃除は?食事は?洗濯は?それに、誰があの方を守る?考え出したらキリがない。私は何がしたいのだ。主に迷惑をかけて、自分はのうのうとしてるのか。
私は楼観剣を抜いた。霊十匹分の殺傷能力を誇るこの刀なら今の不甲斐ない自分を無に帰すことができる。首に刃を立てた。
首筋から赤い血液が伝い、服に赤い染みを作る。半人半霊といっても流れるそれは赤いらしい。あともう少し刃を押し込めば私は血飛沫を上げ出血多量で絶命するだろう。
しかしこんな楽な死に方で良いのか?もっと苦しむやり方を選んだほうが良い気がする。胴を真っ二つにするのはどうだろう?それなら私は苦しみながら逝くことができる。
誰に頼もうか。自分ではできない。吸血鬼はどうだ?地下にいるという妹なら喜んで引き受けてくれそうだ。

「あはは」

私は笑った。今ならなんでもできそうだ、と思ったからだ。誰彼構わず果し合いでも申し込もうか。
笑いを止めると、隣に座っているのがてゐさんではないことに気づく。

「私は死ぬと思いますか?輝夜さん」

「そうね、間違いなく死ぬわ」

「てゐさんはどうしたんですか?先ほどはいたはずですが」

「あなたの様子が変だって、何かをずっとうわ言のように呟いてて怖いって、さっき私に泣きついてきたわ」

輝夜さんはそれだけ言うと、長く艶やかな黒髪を私に向け玄関のほうへ歩き始めた。

「ねえ、あなた」

「はい?」

「危ないわよ、いろいろと」

クスクス、と笑いながら玄関の戸を閉めた。







■■■■




永遠亭から帰ってきたあと、幽々子様の表情が暗かった。いつものようなお菓子の催促もなく、食事さえ食べようとはしない。具合でも悪いのですか?と聞くと、

「ええ、そうよ。ただそれは私ではなくてあなたなのよ、妖夢」

幽々子様は私を見る。
私?私の具合が悪いだって?

「はあ、少し無理させすぎたのかしらねえ…。永遠亭での診断結果を言うわ」

幽々子様は疲れ切ったという表情で私に言った。

「あなたの症状は精神疾患。つまり、うつ病よ」


わたしはうつ病らしい。







■■■■




朝。誰にでも等しく訪れるそれは例外なく私にも訪れた。薄暗い霊界であっても朝は清清しい。
いつもの私ならこのまま着替えて顔を洗い朝食の準備に取り掛かるところなのだが、いかんせん何もやる気がしない。起き上がるのも億劫だ。
目を開けたまま天井を見つめる。木の木目を見ているうちにふと思った。昔の私が書いた師匠の似顔絵にそっくりな木目があったのだ。一人でふふっ、と笑う。

『しばらくあなたに療養としての休暇を与えます』

昨夜、幽々子様はそう言われた。私ごときにために気を遣ってくださったのだろうか。
しかしですね、幽々子様。私に休暇など必要ないのです。私は至って健康そのものなのです。だって有り得ないでしょう?人間ならまだしも半霊の私がうつ病ですって?片腹痛いですわ。
藍さんにこの事を話したらどんな顔をされるかわかったものではない。

「うつ病?うつ病ですって?あはははは」

おかしかった。何かが吹っ切れたかのように私は大声で笑った。私はどこも変ではない。私はどこもおかしくない。

私はうつ病などではない。断じて違う。私は正常だ。健康体だ。


「ゲホッ…ゴホッ…」

笑いすぎて喉を痛めてしまった。私は居間のテーブルにのど飴があることを思い出し、重い腰を上げ布団から出る。障子を開け廊下へ出たとき、昨夜と同じ表情の幽々子様がおられた。

「いらしていたのですか、幽々子様。申し訳ありません。今すぐに朝食のご用意を致します」

「休暇を与えたはずよ。何もしなくていいから休んでなさい」

「何をおっしゃるのですか。私がしっかりしていないと他の幽霊には無理でしょう。食事はどうするのですか?掃除はどうするのですか?洗濯はどうするのですか?誰が庭を手入れするのですか?」

「妖夢…、あなた…」

これも私が無理をさせたせいなのね…。幽々子様はそう言うとうつむいて片手で顔を覆った。
主がこんな姿を私に見せるのは初めてだった。春を集めろから始まったあの一件でもこのような姿は見せなかったというのに…。どうしたというのだろうか。
私が原因なのだろう。私はまたこの方を苦しめているのだ。先の件で侵入者に破れ、幽々子様を守れなかったあの時の気持ちがまた競りあがってきた。どうすれば、どうすればいいというのだ。
わからない。師匠。藍さん。鈴仙さん。慧音さん。誰でもいいのです。私はどうすればいいのか教えてください。我が主を苦しみから救う手立てがあるのなら教えてください。

「……夢」

いつもの私ならどうしていたでしょう。いつもの私なら主に何をしていたでしょう。師匠、あなたならどうしていましたか?目の前で苦しむ主にどのような施しをしていましたか?
私にはわからないのです。何も思い浮かばないのです。紫様は?あの方なら何か教えてくださるかもしれない。そうだ、そうと決まったらマヨヒガまで往かねば。しかしどうやって往く?
橙に教えてもらうのが手取り早いか。

「妖夢!」

「幽々子様、待っていてください!すぐに紫様をお連れしてあなたを助けます!」



「しっかりしなさい!!!」



甲高い音が広い白玉楼に響いた。私は呆然とその場に固まった。右頬を触ると針で刺したような痛みがする。目を見開いたまま幽々子様を見やると、両目から涙が溢れていた。今にも崩れ落ちそうな表情で幽々子様は私に言う。

「あなたは!どうしてわかってくれないの!?どうして何もかも自分でやろうとするの!?
ねえ妖夢!あなたがいなくなったりしたら私はどうすればいいの!?一人で妖忌の帰りを待つなんて嫌よ!あなたがいてくれなかったら私はずっと独りだった!この広い霊界でずっと独りだった!
今までこうしてこれたのもあなたがいてくれたからなのよ…!それを…、それを…」

気づけば私は包まれていた。幽々子様に。幽々子様の腕の中に。

「お願い…、独りにしないで…」

幽々子様は泣いていた。


しかし、どうしたというのか。
私は、それに何も感じなかった――…。







■■■■




休暇をもらったのはいいが特にやることはなかった。それに今は何をするにもやる気が起きない。なるほど。これが私の異常だったか。
あの後、幽々子様はごめんね、と言い残して出掛けてしまった。今は一人。この広い屋敷に一人。
暇だな、と思い、無意識に庭へ下りる。別に掃除をするというわけでもないのに下りたのは、体に染み付いた庭師の使命感のようなものだろうか。
フラフラと歩くうちに、足の裏に痛みが走った。そういえば裸足のままで下りてしまった。主に怒られてしまう。
足の裏を見てみると小さな枝が肌に食い込んでいた。そんなに深くはなかったので、その場で引き抜き、枝を端のほうへ投げる。
(ん…)
投げた枝が落ちたすぐ傍に西行妖があった。私は何を考えているわけでもなく近くへ歩み寄る。
目の前に着くと、西行妖を見上げた。改めて見上げてみるとなんとなく物悲しい気持ちになる。半永久的に咲くことのない桜。何のために植物として生まれてきたのか。
もう咲くことはないと幽々子様は言った。幽々子様の亡骸で封印された時に役目を終わらせたのか、今の西行妖はただの枯れ木と化している。そういえば、紫様はこの西行妖を危険視していた。人間の精気を吸いすぎている、と。
何が危険なのかいまいちピンとこなかったのは、私が半人前だからだろうか。
(それにしても…)
この木の下には一体何人の亡骸が眠っているのだろう。かつての西行妖を知らない私には想像することしかできないが、幻想郷で最も見事に咲き誇っていたそうだ。その美しさに魅せられ多くの人間が死に場所とした。幽々子様から聞いた話だ。
私は西行妖の前に腰を下ろすと、口を開いた。

「…私はうつ病なんだって。ちょっと心が疲れてるんだって。ねえ、あなたはどう思う?私はおかしいかな?いつもとなにか違ったりするのかな?」

西行妖は何も答えなかった。当たり前だ。植物と意思を通わせるなど私にできるはずがない。それでも私はしゃべり続けた。
幽々子様との出会いから今まで。そう、あの異変のことも。しゃべり続けていくうちに、私はあることに気がついた。自分がこんなに饒舌だとは思わなかったからだ。今まで無意識に本音を押し隠して生きてきたのかもしれない。
だってそうだろう。私は従者であり、意見をする立場にないし、いかに嫌であろうと命令であれば実行する。幽々子様のことは嫌いではない。むしろ大好きだ。それでも私は何か納得できないものがあった。
人が好すぎたのだろうか。好い人であり続けたからだろうか。いつの間にかあいつは断らない、あいつは何でも言うことを聞いてくれると思われていたのではないのだろうか。
いや何を考えている。何を疑心暗鬼になってる。これは思い込みだ。そう、私は今心が弱っている。邪心に犯されてはならない。この木の妖力に中てられたのだ。そうに違いない。

「まったく、油断も隙もないわね。隙あらば、ってこと?そうはいかない」

私は一旦、部屋へ戻ると、楼観剣を取ってきた。

「二度と桜が咲けないようにしてあげるわ」

抜刀し幹に向かって構えた。

「御免!」




「そこまでにしときなさい」




「!」

刀は空を切った。聞き覚えのある声。私は声のしたほうへ体を向けた。

「藍に聞いて様子を見に来てみれば…。妖夢、自分のやろうとしたことがわかってるの?」

「…紫様」

「はあ、まったく…」

紫様は呆れたといわんばかりにため息を吐いた。

「とにかくその物騒なモノを仕舞いなさい。その刀は西行妖を傷つけるためのものではないわ」

私は言われたとおりに刀を鞘に納めた。

「西行妖は危険だと前にも教えたでしょう?その木は妖力を溜めすぎているから、不用意に傷つけて刺激を与えたりしたら何が起こっても事故じゃ済まないのよ?」

「しかしこの木はたった今、私に牙を剥きました。自分の身を守るためなら仕方のないことかと」

「あら。あなたいつの間に口答えができるほど偉くなったのかしら。それに、木が…なんですって?」

紫様は口を扇子で隠して言った。

「ですから、牙を剥いてきたのです」

私は大真面目に答えた。この木は先ほど私の心を犯そうとしたのだ。疑いようもない事実。理解してもらおうなど思っていない。どうせ紫様がいなくなったら斬り捨てるつもりだからだ。

「ふうん。まあ、そうね。刀は私が預かっておくわ」

預かるだと?私の刀を?祖父から受け継いだ刀を預けろというのか?

「いくら紫様でもそれはお断わりします。この刀は祖父の現し身。それを他人の手に渡すことなどできません」

そう、誰であっても他の者にこの刀を任せることなどできない。たとえ紫様であっても。従者として仕えだしたときからこの刀とはひと時も離れたことはない。
常に私がわかる場所に置き、常に私の手元にあった。もちろん白楼剣もだ。

「…今のあなたが持っていたら、またさっきのようなことが起こりかねないわ。だから私に預けなさい。後で幽々子に渡しておくから」

「嫌です。これは誰の手にも渡しません」

「…妖夢」

「しつこいですね。これ以上まだ言うのなら力ずくで黙らせますよ?」

「あなたが私に勝てるわけないでしょう。いいから渡しなさい」

「うるさい」

「我がままを言うのは結構だけど、あなたの我がままに妖忌の刀を付き合わせるわけにはいかないわ」

「うるさいうるさい」

「聞き分けなさい、魂魄妖夢。これ以上幽々子を苦しめないで」

「!」

目の前が真っ暗になった。
今この人はなんと言った?聞き分けなさい?幽々子を苦しめるな、だって?
ふざけるな。
古い友人だかなんだか知らないが、まるで幽々子様の全てを知ってるような口ぶりで。自分の従者でもない私に向かって。偉そうに。
なぜこんな人に敬称を付けなくてはならないのか。そもそもなぜ我が物顔で私に命令するのか。今までは主の大切な友人として丁寧に接してきた。だがそれももう限界だ。


殺してしまおう――…。


私は再度抜刀し、鞘を放り投げた。
目の前の妖怪に意識を集中する。前に一度稽古を申し込んだときはあっという間に負けてしまった。だがあんなもの本来の実力の半分も出していない。幽々子様の暇つぶしになればと思いやっただけだ。

「…どうしても、言葉ではわかってくれないのね」

「殺すつもりで来てください。あなたの戯言など聞くに堪えません」

私は笑っていた。自然と笑みがこぼれていた。柄を握り締める手に力が入る。心臓が激しく脈を打つ。この感覚。この感覚だ。私を更に強くするこの感覚。
相手は幻想郷で最強と謳われる大妖怪。望むところだ。一流の剣士は強いものを前に実力以上の力を発揮すると聞く。私にそれができるかどうかわからないが、試してみるのも面白い。
毎日毎日修行はしてきた。確実に力を溜めている自信はあった。殺し合いなど今の幻想郷でそうそう出来るものではない。

「殺すつもりで来い、ねえ…」

目の前の敵は私の言葉を復唱しながら、いつも持っている傘を畳んで地面に置いた。
私のほうに向き直ると、いつもの子どものような笑みは消え、氷のような冷たい目をした無表情で、私に言ってきた。

「あなた、死んでも構わないのね」

その問いに私は何を今更、と苦笑する。

「いいわ。来なさい」

「あなたのそういう偉そうなとこが気に喰わないんだ!」

私は地面を蹴り、飛行を応用して水平に飛んだ。相手は隙だらけだった。どこからでも入り込める。
一直線に突っ込み真正面から右脇腹目掛け、下段から楼観剣を振った。しかしその斬撃はスキマ空間に飲まれる。やはりそうきたか、ここまでは予想通り。
刀を離し、両手を地面について左足で足払いをかけようとした。その刹那、顔面目掛けて蹴りが跳んできた。私はそれをモロに受けながらも無理な姿勢から無理やり刀をスキマから抜き、地面を転がって西行妖に衝突した。
鼻血が出ているのもお構いなしに立ち上がる。しかし、素早く刀を構えなおしたとき、気づく。
(いない…!?)
敵がいない。先ほどの場所にもいない、どこにもいないのだ。
(…なるほど)
おそらく敵は私をスキマ空間に引きづり込もうとしている。私は目を閉じて全神経を集中させ、仕掛けてくる瞬間を待った。
下から来ることに備え、地面から僅かに自らの体を浮かせる。無心でそのときを待つ。相手が牙を剥くその瞬間を待つ。
(きた…!)
私は後ろへ振り向きざまに刀を振るった。
鈍い音がする。肌に刃物が入り込むあの音がする。スキマから鮮血がほとばしり、私の顔を、服を真っ赤に染めた。
スキマから血を噴出しながら敵が落ちてくる。
斬りつけたときの手応えはあった。長刀の間合いを生かして叩き斬ろうと思ったが浅く入ってしまった。しかしそれでも確実に重傷を負わせた自信はある。だがそれでもこの妖怪に油断はできない。
私は刀を構えなおし、

「さようなら、八雲紫」

うなじ目掛けて突き刺した。

「……なに!?」

刺した手応えが人体のそれとまるで違う。馬鹿な、と私は刀を引き抜き服を剥ぎ取った。
(しまった…!)
それは木だった。空蝉。人の抜け殻。完全に失念していた。なぜこの可能性を考えなかったのか。額から冷や汗が垂れた。
敵はどこにいった!敵はどこを狙ってくる!私がそれを思考したその刹那、

「死んでも構わないんでしょ?」

敵は後ろにいた。首筋に爪がめり込む。ツーっと血が流れた。

「うっ…!」

もう片方の手で首を絞め上げられる。息ができない。私は口をだらしなく開け、涎を垂れ流しながら嗚咽する。
しかしそれでもあきらめない。
震える手で刀を握り直し、首の横に刃を突き立てようとする。しかし首へ更に握力が加わる。たまらず刀を離して首にかかる手を解こうとした。
だが私の震える手では握られた首をどうすることもできない。意識が朦朧としてくる。頭に妙な痛みがする。目の焦点が合わなくなってくる。

「しばらく寝てなさい」

私が気を失う直前に敵――…、紫様はそう言った。







■■■■




目が覚めると私は西行妖に寄り掛かっていた。今は夜なのか、辺りは真っ暗。月を眺めながら、朦朧とする頭が次第に先ほどの出来事を思い出させる。
そうか、私は負けたのか。辺りを見回す。紫様はすでにどこにもいなかった。もちろん楼観剣もだ。この分だと白楼剣もなくなっているだろう。
なんと情けない。自分から殺すつもりで来いと言っておきながら、無様に負け、あまつさえまだ生きているのだ。
冷静になって考えてみれば紫様は本気などではなかった。
もしあの方が本気になったのなら、私の腕では一瞬で勝負がつくことは目に見えている。コンマ1秒後にはすでに首が飛んでいるだろう。
なのになぜ紫様は一瞬で終わらせずに、敢えて私と正面からやりあったのか。そんなもの決まっている。ただ単に私を傷つけることを躊躇ったのだ。
だから私を失神させることで終わらせた。
今の私には目立った外傷などなく、少し鼻が痛むくらいだ。最後の最後まであの方は私を傷つけなかった。

「……………」

結果的に刀を失ったのは辛い。だが私の本業は庭師だ。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせ、自分の部屋へ戻り、床につこうと敷いたままの布団の中へ潜った。







■■■■




ふと目が覚めた。寝起きのわりには妙に目が冴えている。疲労感はあった。しかしどうしたというのか。全く眠気を感じない。
障子を開けるとまだ月は高い位置にあった。あれからほとんど寝ていないのだろうか。
夕食の準備を、と思い台所に行こうとする。ああ、私は休暇中だったんだと足を止める。
(ん?)
すずめ板を軋ませながら、寝巻きのままで私は居間のほうへと歩いた。微かに声がしたからだ。
幽々子様だろうか、と思いながらだらしなくはだけた寝巻きを直すこともせず、居間の障子を開けようと手を掛けた。

「…そう。あの娘があなたにそんなことを…」

幽々子様の声だ。しかし、どうやら一人ではないらしい。障子から手を離し、しばらく聞き耳を立てた。

「ええ。それにしても驚いたわぁ。妖夢が初めて私に意見したと思ったら、斬りかかってきたんですもの。どうしようかと思ったわ」

「…ごめんなさいね。今の妖夢は疲れてるみたいなのよ。だから許してあげてとは言わないけど、せめてあの娘が元気になるまではそっとしてあげて」

「わかってるわよ。妖夢のことは気に入ってるし、それにもう気にしてないわ」

「ありがとう、紫。…藍、あなたにも迷惑を掛けたみたいね。ごめんなさい」

「そんな…!頭を上げてください幽々子様!私は別に迷惑を掛けられたなどと思っておりません!」

「…ありがとうね」

障子の向こう側から聞こえてくる声を私は黙って聞いていた。主の涙声。それを気遣う藍さん。優しく語りかけている紫様。
ひたすら謝っている主。それを慰める藍さん。子どもをあやす母親のような声で語りかけている紫様。
私はそれを聞きながら唇をきつく噛み、拳を握り、ただ肩を震わせて涙を流していた。
自分がいかに大事に想われていたか、大切にされていたか、それを実感した。
このままでは声をあげて泣いてしまう。そう感じた私は静かにその場を後にし、寝巻きのまま白玉楼から出た。







■■■■




行く宛てなどなかった。ただあの場にいることが出来なかった。がむしゃらに飛んでいるうちに、気づけば私は静まり返った街にいた。
いつも買出しに来る街。今は真夜中ということもあり、猫一匹さえいない。明かりのない暗い街を私は彷徨っていた。
ふらつく足取りで何度もこけながら私は歩く。特に行きたいところもない私にとって、それは初めての経験であり、一人旅とはこんな気分なのだろうかと感慨にふけった。
今の私には一人旅というものが、とても悲しい気持ちにしか思えなかった。

「お嬢ちゃん、こんな時間に一人で何をしているの?」

声がした。低い声。男の声だ。私は声のした方向――、後ろへ振り返った。
そこにはお世辞にも綺麗とはいえない服、というよりは布を羽織っている男がそこにいた。
なんということだろう。私は声を掛けられるまで男に気付かなかったのだ。

「真夜中の一人歩きは危ないよ?妖怪に喰われちゃうかもしれない」

言いながら男は近づいてくると、私の手を掴み、下卑た笑いを浮かべて、私を暗がりへと引っ張るように無理やり連れて行く。
私は特に抵抗せず、されるがままの状態でついて行った。
5分弱くらい歩くと、男は唐突に私の手を離し、私へと向き直った。月明かりに照らされた男の顔は小汚く、先ほどよりも更に下卑た笑みを浮かべて下品に笑い出す。
それを合図に2、3、4、5、と男がぞろぞろと沸いて出てきた。最終的に8人になった男たちは私に向かって醜悪な笑みを浮かべる。
私はようやく悟った。ああ、自分はここで大事なものを失ってしまう――…。
男たちは猛獣のような目をして、息遣いを荒くする。
一人が人間では有り得ないほどの長い腕を出すと、一斉に他の者たちも人間の皮を破った。男たちは全員人間ではなかった。変化に特化した妖怪だったのだ。
普段は人家を襲撃して男は殺し、女は連れて行き、その家のありとあらゆる物を奪い去る。連れ去られた女は無理やり子を孕まされ、やがて産まれた子の餌となる。
私も今からそうなるのだろう。
妖怪たちは私に飛び掛ってきた。寝巻きを引き裂かれ、四肢を押さえつけられ、地面に叩きつけられた。

「残念だったな、お嬢ちゃん」

最初に声を掛けてきた妖怪が私に覆いかぶさり、そう言うと、私は自然と涙を零していた。
唯一無二の主、西行寺幽々子様との思い出が頭の中を駆け巡る。いつも私を守ってくれたのはあの方だった。いつも私を笑わせてくれたのはあの方だった。
初めて会ったときは怖くて、臆病だった私は目を合わせることも出来なかった。それでもあの方は私を気にかけてくれた。
一緒に料理もしたし、一緒に掃除もした。洗濯の時だっていつの間にか水の掛け合いになったりした。
初めて街へ出て、幽々子様と買出しに行った時、綺麗なお母さんだね、と言われた。それがなんだか嬉しくて。嬉しくて。


「…ごめんなさい」

私は涙を流しながら目を閉じた。










………



……………



…………………






(…?)

どうしたのだろうか。いつまでたっても妖怪たちが襲ってくる気配はない。
私はおそるおそる目を開けた。
(……?)
私に覆いかぶさっていた妖怪は体を起こし、私が連れてこられた方向をただ呆然と見つめていた。
周りを見渡すと他の妖怪たちもそうだった。四肢を押さえつけることも忘れ、ただ一点を呆然と見ている。
何を見ているのだろうか、と私は緩んだ拘束から手足を抜いて、妖怪たちの視線を見やる。


「あんたら、随分と面白いことしてるのね?」


そこには博麗霊夢がいた。



博麗霊夢が――…彼女が言葉を発すると同時に我に返った妖怪たちは立ち向かおうともせず、その場から逃げ出そうと背を向ける。
走り出そうとした瞬間、妖怪たちに霊符が炸裂した。
瞬殺。妖怪たちは跡形もなく消え去り、粒子となって風に消えた。
私は突然の出来事に唖然としながら、目の前の巫女を見上げる。

「あら、妖夢だったのね…。何があったの?」

私はその問いに答えようと口を開ける。しかし声が出てこない。言いたいことが言えず、ただ口パクのようにパクパクとさせた。
彼女はそれを見て、そう、とだけ言うと、私を抱き起こし、おんぶをする格好になって空へ飛んだ。







■■■■




「はい、新茶。貴重だけど今日はあんたにもあげる」

私は博麗神社の居間にいた。あの後、彼女は黙って私を連れてくると、肩を貸しながら私をちゃぶ台の前に座らせた。
されるがままだった私は、目の前に置かれた湯飲みを黙って見つめる。

「毒なんて入ってないわよ…、失礼ね」

彼女は髪をかき上げながらそう言うと、私の正面に腰を下ろす。いつの間に寝巻きになったのか、いつもの巫女服ではなかった。

「ああ、そうそう。あんた、私とあまり背丈変わんないから、私と同じもの着せたわ」

彼女はお茶を啜る。
外からの虫の鳴き声がやたら大きく感じるくらいにここは静かだった。
ここには先ほどの妖怪たちのような野蛮な者はいない。静かに時間が流れていた。
私は思う。もし、もしも彼女があの場に現れなかったら、私は今頃どうなっていたのだろうか。
あの妖怪たちは野蛮で残忍ということで有名な妖怪だった。私はそれにも構わずノコノコとついて行ったのだ。なんと愚かな行為であろうか。
一歩間違えたら、私は二度と元の生活には戻れなくなっていたのかもしれない。そう考えるとぞっとする。
それに私の頭から離れない、あの妖怪たちの下卑た笑み、下品な笑い声、醜悪な表情。
本心から言えば、いつもの私ならあの程度の低級妖怪、軽くいなせたかもしれない。だが、それはやろうと思えばいつでも出来たのだ。
でも、怖かった。今から何をされるか、どんな目に遭うか、それを思うと声さえも出せないほど私は何も考えれなくなった。
やめて、触らないで。ただそれだけのことを言えずに、私はたまらず涙を流した。
私の小さな抵抗は涙を流す以外に何もなかったのだ。

「…ぅ……………」

吐き気がする。咄嗟に口を押さえた。しかし喉から競り上がってくるそれを抑えることは出来ず、私はそのまま畳に吐き出した。まともなものをしばらく口にしていなかった私が吐き出したものは、ほぼ水に等しい胃液ばかりだった。
怖い。まだあの光景が頭から離れてくれない。怖い。怖い。怖い。
今の自分はどんな表情をしているのだろう。今の自分はどんな目で見られているのだろう。
私は自分の肩を抱いた。体の震えが止まらない。何度もあの光景がフラッシュバックする。

「………!」

背中に温もりを感じた。私を包み込む、優しい抱擁。

「大丈夫よ。あんたはもう大丈夫。もう誰も、あんたに何もしないわ。私が言うんだから安心しなさい」

「…!」

私は泣いた。大声を上げて子どものように泣いた。
私がそうやって泣いている間、彼女はずっと私を抱き締めてくれていた。







■■■■




「どう?落ち着いた?」

私はその問いに黙ってうなずく。

「ほら、冷えちゃう前に飲みなさい」

促され、生温くなった新茶を口に含む。なぜだろう、自然とさっきまでの気分が溶けていくようだった。

「今日は泊まっていきなさい。一緒に寝てあげるからさ」

私は彼女の思いがけない言葉に驚き、彼女を見た。

「ま、布団一枚しかないから、どのみち一緒に寝なくちゃならないんだけどね」

彼女は照れくさそうに頭を掻きながら言う。
私はそれにクスッと笑い、ありがとう、と小さく呟いた。

「畳は私がやっておくから、あんたは風呂入ってきなさい」

「…うん」

そう言って立ち上がり、襖を開けて風呂場へと向かう。
脱衣所で服を脱いで、綺麗に畳むと、隅に置かれた籠の中へ入れた。
浴室の戸を開けて中へ入る。沸かしたばかりの湯の熱気が私を通り過ぎていった。
戸を閉め、湯を掬い頭からかぶる。暑い。結構高温のようだ。
先に髪を洗い、体、顔と洗って湯に浸かった。

「………痛ッ」

膝に痛みが走る。街でこけたときの傷だった。
ふらふらと歩いて、石などに引っ掛けて何度もこけた傷。
膝を湯に浸けないように、と足を上げる。
楽な姿勢を探しているうちに、足を壁につけた状態が一番楽だとわかった。
私はボーッと天井を眺める。
今日は色んなことがあった。
幽々子様に叩かれもしたし、紫様に斬りかかったりもした。
障子越しの声を聞いて泣いたし、街では怖い目に遭った。
それを霊夢が助けてくれて、今は博麗神社にいる。

「はあ…」

ため息が出た。結局、私は周りに助けてもらっている。
一人では生きていけないとは聞くが、つまりはこういうこと。
馬鹿らしく思えた。
私がこの数日でやったことは何かしら他人の干渉を受け、結果的にその他人に助けてもらっている。
今までは人の手などを借りようとせず、全てのことを自分一人で何とかしようとしていた。
自分が知らず知らず間に溜め込んでいた老廃物を大丈夫と嘘をつき、笑って誤魔化していた。
今にして思えば救ってくれる人はすぐ近くにいたのだ。霊夢も、藍さんも、鈴仙さんも、慧音さんも、紫様も、そして幽々子様も。

『まだまだ半人前ね』

この意味がようやくわかった。
それは剣の腕だけを指すわけではなく、それを含めた全てのことを指していた。

「タオルと着替え、ここに置いとくわよ~」

霊夢の声だ。私は彼女に聞いてみたいことがあった。

「ちょっといいですか?」

「ん?なに?」

「自分の大切な人が苦しんでいるとき、霊夢ならどうしますか?」

主が苦しんでいるとき、私は何も出来なかった。

「大切な人?そうね~…」

考えているのか、ん~、と唸る声がする。

「ただ黙って傍にいてあげる、かな」

「!」

簡単なことだった。それだけでよかったのだ。
私はそれをせずに傍を離れようとした。
湯の中に顔を突っ込む。
私はやはり馬鹿だった。私がやろうとした事は更に苦しませるだけの行為。
何もわかっていなかった。
主の全てをわかっているようなことを言うな?それは間違いだった。紫様に偉そうなことを言っているのは自分だった。
現にあの方は幽々子様の傍を離れようとせずに、ずっと傍にいた。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

足音が離れていく。
私は自分の両頬を叩いた。

「…よし!」

私は自分を奮い立たせて、湯から出た。







■■■■




霊夢にお礼と謝辞を述べて、博麗神社を出た。
あの巫女にしては珍しく、何か礼をさせてほしいと言うと、別にいいわよ、と一言だけ言われた。
後日、参拝ついでに賽銭を奮発しておこう。
そう思いながら飛んでいると、霊界へ続く進路の先に紫様がいた。
ちょうど今出てきたのか、藍さんも一緒だった。
紫様がスキマを使わず飛んでいるのは珍しい、と思いながらも私は二人を呼び止めた。

「…妖夢、何があったの?」

紫様は私を驚いたといった表情で言う。藍さんも同じ表情をしていた。

「私、わかったんです。もうあんな過ちは二度と犯しません」

「そ、そう…」

紫様の手から傘が落ちそうになると、藍さんがそれをすかさず掴む。

「昨日は申し訳ありませんでした。私の我がままで無礼を働いたことを今ここでお詫びします」

私は頭を下げ、昨日の件を謝る。

「え、ああ、うん。全く気にしてないわ。でも、あなた、本当に大丈夫なのね?」

一旦頭を上げて、はい、大丈夫です、と言い、藍さんにも申し訳ありませんでした、と頭を下げる。

「ああ、いやいや私は別に謝ってもらう必要はないだろ」

そんなことはない、と藍さんに言う。
藍さんは困ったな、と言って、笑顔で大丈夫だよ、と言ってくれた。

「妖夢」

「はい、紫様」

「私たちに謝るのはもうそこらへんにして、とりあえず早く行ってあげなさい」

「いえ、でも…」

「従者が主を待たせてどうするの。昨日からずっと白玉楼の正門であなたの帰りを待ってるのよ?」

「…はい!」

私は二人に一礼して白玉楼へ全速力で向かった。
途中、私のそれに驚いた表情の金髪魔女へすれ違いざまに一礼して、白玉楼へ向けて速度を上げる。
石階段に着くと、はやる気持ちを抑えきれず、上へ上へと急いだ。
もうしばらくすると正門が見えてくる。私は石階段へ降りて、階段を二段飛ばしで走った。
(はあ……はあ…)
数日修行をサボっていたツケだろうか、息が上がってくる。汗も出てきた。肺が痛い。
しかしそれでも私は走った。主に会うために走った。
膝が悲鳴を上げる。傷口が開いたのか、血が垂れていた。呼吸がしにくくなる。でも、それでも止まらない。
正門が見えてきた。
私は自分でも気付かないほど疲労しているはずだった。常人ならば当に過呼吸になっている。
でも不思議と走り続けることが出来た。
正門が姿を現す。
幽々子様がいた。泣きそうな表情で私を待ってくれていた。

私は幽々子様の元へ走る。


涙を流しながら走る。



幽々子様の腕の中へ飛び込む。




もう二度と傍を離れない。もう二度と苦しませたりしない。




「私の主があなたで良かった」




私はそう言って幽々子様の腕の中で涙を流した。





その涙はとても暖かかった。
はじめまして。初投稿です。
以前から投稿しよう投稿しようと思っていたのですが、「さあやるぞ!」というときに限って私の手は動かなくなり、そのままだらだらと月日は流れ、送信を押すまでにだいたい二年くらいかかってしまいました。
いつの間にか敷居が高くなった気がしまして…。
作品の方ですが、かなりバタバタした話になってしまいましたね…。
あの場面で霊夢を出したのは主人公補正です。彼女が苦手という方がいましたら謝ります。すいません。
お前そこは違うだろ、という方にも謝ります。すいません。
作品の中での改善点や誤字・脱字などがありましたら、指摘してもらえると助かります。
ここを開いてくれたあなた、最後まで読んでくれたあなたに感謝します。
モツ鍋*29
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コメント



0.3030簡易評価
9.80名前が無い程度の能力削除
初投稿おめでとうございます!
とても面白かったです。妖夢の煮詰まり描写が重々しいぜ…

中盤までの苦悩ぶりが重厚だっただけに、霊夢に言われてすぐ立ち直るのが些か唐突に感じました。
紫や幽々子の言葉すら届かなかった妖夢が霊夢の言葉で立ち直ってしまったので、ラストシーンにもうひとつのめり込みきれませんでした。

長々ナマ言って申し訳ありません。
次回作も待っています。頑張ってください!
10.60名前が無い程度の能力削除
妖夢は西行妖の下に眠る骸が生前の幽々子だと知らないはずなので、西行妖の話のくだりでかなり違和感を感じました。
後、終わりに幽々子側の反応があればもっと良かったかと思います。
14.80名前が無い程度の能力削除
現在鬱病と闘病中の自分にはぐっさり来てあばばばばば
いろいろと矛盾や物足りなさもありますががんばってください
19.90奇声を発する程度の能力削除
治って良かった良かった
30.90名前が無い程度の能力削除
一気に読んでしまいました。おもしろかったです。
欲を言ってしまえば、妖夢が立ち直る前と後で、地の文のテンションにも、もう一変化あると雰囲気に入り込めるかなと思いました。

次回作への期待を込め、あえてこの点数で。素敵な時間を有難うございます。
31.80名前が無い程度の能力削除
コメントが思いつかないが点数だけでも
41.無評価rerere7607削除
>>9
すみません、まだまだ実力不足でした。私も違和感を感じたまま「まあこれでいいだろ」と、どこか自分に甘えていたようです。
精進します。申し訳ありませんだなんてとんでもない。貴重なご意見をありがとうございます。
>>10
…知ってるものだと思っていました。完全にミスです。勉強してきます。
>>30
恐縮です。アドバイスありがとうございます。
こちらこそ、読んでもらえて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。

その他、コメントをくれた方々もありがとうございます。
43.80名前が無い程度の能力削除
そもそも幻想郷住民は全員「鬱に囚われない程度の能力」を持ってそうw
妖夢の鬱特有の思考の表し方は上手いと思ったけど治るキッカケに違和感が少々
治ったと思ってもすぐに再発する病だし……あえて書かずにハッピーエンドにしたのならそれはアリだけどw
45.70名前が無い程度の能力削除
初投稿おめでとうございます。
上手いアドバイスとか出来ないので点数だけ
52.80幻想削除
初投稿・・・・だ・・・と・・?
恐ろしい子っ!

欝状態独特の思考回路というものが上手く書けていてよかったです。
後、妖夢が野郎共のやろうとしたことに対しての反応も上手かったです。
ごちそうさまでした!
55.80名前が無い程度の能力削除
物語全体にただようなんと言えない陰鬱なトーンが、
妖夢の心情をよく表していてとても良かったです。
こういう陰のあるSSはとても好きです。
56.無評価rerere7607削除
>>43
妖夢が鬱になったらどうなるんだろうと思い、何気なく書きました。
鬱エンドにして続き物にしようかとも思ったのですが、そこまでするのはさすがに酷だと、この形になりました。
治るキッカケが甘かったのは今更ながら痛感しています。もっと完成度を高くしてから投稿すべきだったと反省しております。
それでも読んで下さったあなたに感謝します。
>>45
ありがとうございます。本当にありがとうございます。
>>52
鬱って誰にでもあるものだと思っています。私にもそんな時期がありました。
野郎共に対しての反応はなるべくリアルに、と思い頑張りました。
こちらこそ、読んで下さってありがとうございます。
57.無評価rerere7607削除
>>55
ありがとうございます。
ちなみに私も明るいのよりは暗いほうが好きです。
58.80名前がない程度の能力削除
弱って痛々しい妖夢かわいいと思った俺は死ねばいいと思うw
続き物でゆっくりと心を癒していく展開も読んでみたかったです。重いのも暗いのも大歓迎なんでドンドンやってもらえると私が喜びます。
65.80名前が無い程度の能力削除
鬱エンドじゃなくてよかった、文字通りの意味で
68.80名前が無い程度の能力削除
後半の展開が急すぎるように感じました
しかし面白いテーマですね ゆゆこ様も可愛らしくてよかったです
70.80名前が無い程度の能力削除
……メルランの出番かと思ったのに……
おもったのにぃ~~~w
71.100名前が無い程度の能力削除
欝エンドも……読んでみたいな……
72.70名前が無い程度の能力削除
初投稿おめでとうございます!
設定は面白かったです。ですが、状況描写の原因要素が抜けてしまっているため、設定が作者様の中で自己完結してしまっている印象を受けたのが気になりました…。もっと読者の目線からも視野に入れて頂ければ設定に追いつく面白さが生まれると思います!

長々と偉そうに素人意見を失礼しましたm(__)m
それでは今後も頑張ってください!
75.無評価rerere7607削除
>>68
精進します。妖夢を鬱にしてみたいと思って書きました。ありがとうございます。
>>70
彼女は元々躁病らしいので書いてもあまり魅せる事は出来ないだろうと思い、書きませんでした。
いずれ彼女メインの話を書きたいとは思っていますが…。
>>72
ありがとうございます。
ん~。この話は妖夢が見たものや感じたことを彼女視点で読んで貰おうと思い書いたものです。よって始めから終わりまで彼女視点です。
読者の目線…つまり第三者からの視点を入れると、確かに分かりやすく伝わるのかもしれませんが、それだと物語全体の雰囲気が変わってしまうような気がしまして。
妖夢が見た幽々子がどうだったのか、幽々子に抱きしめて貰っている時、妖夢は何を感じたのか。第三者からの目線だと思うように伝える事が出来ないと私は感じました。
それと、『読んで貰っている』立場の私が『読んでくれている』読者がくれた意見に対して「偉そうだ」と思うことは決してありません。
貴重なご意見をありがとうございます。
89.90ばかのひ削除
よい妖夢ちゃんをありがとう