Coolier - 新生・東方創想話

変身

2010/11/14 07:32:18
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ある日、パチュリー・ノーレッジは一本の大木になっていた。
いや、これはもうパチュリーではない。パツリーである。



第一発見者は私。
いつもは友人が座って本を読んでいるはずの定位置で、屋内にあるはずのない大木が悠然とそびえている光景は非常に衝撃的だった。
思わず「我が友よ、余りにも動かないせいでついに根が生えてしまったのかい?」なんて馬鹿らしいことを問うてしまったほどだ。

当然、どこに口があるかもわからない大木は答えない。
そよとも動かずひっそりと佇んでいるその様子はまるで屍のようだ。
私は混乱した頭のまま何となしにふらふらと進み出て、両手を広げて大木に抱きついた。

「B:200 W:200 H:200。私がパツリーよ」

手のひらに、頬に感じる木の表面はざらざらとして冷たくて。
軽い冗談で頭はやっと正常に働き始めたものの、あいつの突っ込みがないのを思うと何か物足りない気分だった。

「あら、お嬢様。何をいちゃついていらっしゃるので?」

そこへ、いつものように咲夜は唐突に現れた。その手には紅茶の匂い芳しいティーポット。
さすがは瀟洒な咲夜のこと、私の動揺を察して落ち着かせるために紅茶を入れてくれたのかと、

「ご苦労様。自分で入れるからそこに置いといて頂戴」
「申し訳ありません、お嬢様。先にパツリー様に頼まれていたもので」

期待する私を華麗にスルーする咲夜。鼻腔をくすぐり通り過ぎるダージリン。これはお預けということかしら?

私の恨みがましい視線を意に介さず、パーフェクトメイドはおもむろにポットの紅茶を注ぎ始めた。床に。
パツリー様、水やりのお時間です、だなんて、瀟洒が高じてついに狂ったか。
ちなみに床は大理石。だというのに、おお、紅い紅茶は染み込む染み込む。
妖精メイドが紅茶をこぼしてもしみにならない理由が今ようやく明かされた。

「ねえ、説明してよ。パチュリーが木になっちゃったのは、どゆこと?」
「気になるのはお嬢様の頭の方です。いつも通りのパツリー様じゃないですか」
「なッ!?」

事実無根の台詞でも、瀟洒に言い切りゃ真実に、とは咲夜の言だが、まあそんなことは無いわけで。

パチュリーが植物化して動かない今の状況はどう考えてもおかしいのである。
あいつもあれでほら、一応動くし。死んでるかどうかの区別がギリギリ出来る程度には動くはずだし。多分。

「咲夜。真面目に答えないとお仕置き……」
「あー、お姉様!おっはよー!」

だが抗議の声は無駄に元気な妹の挨拶に遮られる。
突然の横槍に驚き目を離した一瞬に咲夜は消えうせ、振り上げた鞭はやり場を失いその場に垂れた。

「ええおはようフラン。挨拶をするのは良いことだけど、スカートで大車輪はやめなさい。はしたないわ」
「え、なに?パツリーに本を返しに来たんだよ!」

姉の話をちっとも聞かない愛しい愛しい妹の登場で事態はさらに収集がつかなくなった。
やかましく思考を邪魔する妹は現在大木の枝の一本を鉄棒に見立て、白い何がしかを惜しげもなく見せ付けながら回転中。
そりゃあ横回りほどイケナイ感じはしないし、スカートも地球回りほど派手には捲れない、から、いいぞもっとやれ!

っといけない思わず本音が。

そうこうしている間に、パチュリーのごとくひ弱な枝はぱっちゅりと音を響かせ折れてしまった。
慣性の法則に従い飛んでいくフラン。パチュリーとフランどちらの身を案じるべきか決めかねて静観することにした私。フランの落下地点では瀟洒な咲夜が彼女を受け止めようと……。

だが、少し待って欲しい。果たして私は『あれ』を瀟洒と呼んでよいのだろうか。
スカートの中が一望できる位置にいるためかデレデレした表情をどうにかして、獲物パンツを追いかける猟師パンツハンターの目をやめさせればどうにか瀟洒と呼べそうな気がしてこないでもないような。
それ以前に、落ちるフランをマオリ族の民族舞踊のポーズで待ち受けている時点で全て形無しか。

無事受け止められたフランは咲夜と共に退室した。パチュリーの方の被害は精々髪の毛一本くらいのものだろう。
これでやっと静かに考え事が出来る。それは嬉しいのだけれど……。

考えてみると現状は最悪かもしれない。咲夜もフランも、パチュリーの変化をなんとも思っていない様子だった。それはもう、おかしいのは自分のほうではないかと本気で疑うほどに。
しかし、そうと断定するのもまだ早計だろう。何せ咲夜はあれで天然なところがあるし、妹にいたっては狂人だ。
まだまともなやつの意見は聞けていないのだから、それまで結論を急ぐ必要はない。まともなのは……確か図書館の司書がそれに近いはず。

そう思うと私はようやく平静を取り戻し、少しは周りが見えるようになった。具体的には、フランが返しに来た本が木の根元に置いてあるのが見えた。

カフカの『変身』か……。今の状況とよく似てるわね。

片や大木、片や巨大な虫。虫は動き回れるのがいいけれど、見た目では木に軍配が上がるか。まあどっちもどっちといったところ。
どちらにせよ、パチュリーがずっとこのままなんて絶対にいやだ。
どうにか打つ手がないものか。カフカの話は一体どういう終わり方をするんだったかしら……。

その時だった。突然額を大木に打ち付けるような大きな音が耳に響き、驚いて顔を上げると、『まともなの』が額を大木に打ち付け床に倒れていた。
声をかけてフォローを入れるべきか迷っている間に『まともなの』はぬらりと立ち上がり、憤死したボニファティウス8世もかくやという憤怒の形相で、

「邪魔です!」

パチュリーに渾身の蹴りを入れた。完全に逆切れである。というかこいつちっともまともじゃない。オラもうこんな紅魔館いやだ。

「ちょ、ちょっとストップ!それパチュリーだから!」
「なに?」

大木を痛めつけ続ける小悪魔に充血した目でギロリと睨みつけられる。
そこには積年の恨みやら何やらが込められているような気がして、私は思わず怯んでしまった。

「全く。いつもいつもいつもいつもパツリー様は私の邪魔ばっかり……。そのくせ自分は一ナノメートルも動かずに本の虫……。そんな、そんなパツリー様なんか私がこの手で!」
「やめて!!」
「他の場所に植え替えてやります!」

そして小悪魔は、どこからか取り出したシャベルで大木の周囲をざっくざっく掘り始めた。
ちなみに床は大理石。だというのに、おお、柔らかそうに掘ること掘ること。
私が呆気にとられている間に早くも根のむき出しになった大木を軽そうに担ぎ、植え替えられそうな場所を探し歩き回る小悪魔。
その姿は日頃から肉体の酷使を強いられている労働者の様子――例えば、図書館の通路に横になって本を読んだままむっきゅりとして動かない魔法使いを蔵書整理の合間に手ずから別の場所まで引っ張っていくことを主要な仕事としている図書館の司書のような――を彷彿させた。

私が古く奴隷貿易時代にまでさかのぼって肉体労働者の不遇を嘆いている間に、小悪魔は大木の植え替えを終えていた。
一仕事終えた後の満足げな顔で小悪魔は蔵書整理に戻り、後には変わらず素知らぬ顔でそそり立つ旧パチュリー現大木と私だけが寂しく残される。

ざわ、ざわ。
風もないのに誘うように揺れ始めた大木の枝葉を見るともなしに見つめていると、『変身』の終幕が唐突に思い出された。
主人公は背中に腐ったリンゴを背負った不恰好な状態のまま、結局人間に戻ることもできずに閉じ込められた部屋の中で死んでしまう。
遺された家族は人間としての『彼』の死を悼みつつも、どこか憑き物が落ちたような晴れ晴れとした気持ちで新たな将来を迎える気分になるのだ。

――そんなの、認めたくない。

自分の中で、自分に語りかけてくる声があった。
それは無意識から出た心の奥底の声で、それゆえに嘘偽りの無い本心。
自分のわがままな内面はパチュリーがこんな姿のまま一生を終えることを望んでいない。

だが、どうすればいいというのか。
妖精メイドを除き、紅魔館の住人の全員がパチュリーのあの姿を異常としてとらえていないのだ。
その原因も何も全くわからないが、ともかくこの状況ではいくら騒いでみたところで、私がおかしくなったと思われるのがオチである。

ふと、手に持った『変身』の表紙に描かれた芋虫みたいなおぞましい絵が自分を小馬鹿にしているように見え、思わず床にたたきつけてしまった。
しかし、いつもならば私を諌めに飛んでくる友人の声はどこからも聞こえない。
図書館の静寂が急に耐え難く感じられ、うつむいて耳を塞ぐと、いつの間にか顔を伝っていた一筋の雫が零れ落ち、本の表紙をぬらした。

人は年を取ると涙もろくなる。それは妖怪だろうが吸血鬼だろうが同じ事で、むしろ途方も無い時間を生きる人外の存在の方が顕著である。
この瞬間、私はそんなことを己の身で実感していた。

パチュリーと交わした会話、私に見せた様々な表情や声色、仕草。
優に百年を超えるその記憶が全て私の肩にのしかかってきて、あまりの重みに耐え切れなくなってしまう。
許容範囲をオーバーした分の重さは、涙として、嗚咽として、私の体から漏れ出していった。

「パチュリー……。ねえ、答えてよ……」

いつもなら、面倒くさそうな声が返ってくる。
しかし今日は、いつまで経っても答えがない。
もう返事の聞こえることはないのかと諦め、膝から崩れ落ちそうになったその時、

「ぶひー!」

私は鼻をかんだ。そりゃあもう盛大に。
涙と共に必然的に溢れる液体を拭い去ってしまった後は、幾分すっきりした気分になった。

「よっし、これからどうしようか……。いっそこの木を切り倒したらパチュリーの魂くらい帰ってくるんじゃないかしら?」

そうと決まれば即実行がモットーである。
常にスカートの中に隠しているグングニルを手に取り、度重なる理不尽への不満を叩き切るように、大木へ向かって大きく振り、

「そこまでよ!」

上げた所でようやく、本当にようやく返事が聞こえた。
隣を通り過ぎるかのように見えた妖精メイドが突如、自分の服に手をかけて破り去ったかと思うと、そこにはパチュリー・ノーレッジその人がいたのである。
しっかと握り振りかぶっていたはずの得物が手から零れ落ち、ぽすりと間抜けな音を立てて大理石の床に突き刺さる。
当然友人の類稀なる出現方法に驚いてのことであるが、ここは空気を読んで友人との再会を喜ぶ無垢な吸血鬼を演じることにしよう。

「パチュリー……!やっと、やっと戻ってきてくれってぶへ!」

だが、友人の攻撃。往復ビンタ。
訳もわからないまま7回ぺちんぺちんされた私は、痛む頬を抑えつつ素に戻って友人に抗議する他なかった。

「ちょっと、いきなり何すんのよ!」
「『B:200 W:200 H:200』『パツリー』『死んでるかどうかくらい多分わかる』『パツリー』『本の虫』『パツリー』『パツリー』あなたの重ねた失言の数よ」

数え方に難がありすぎる気がするし、第一心の中でしか呟いていないはずのこともあり、そもそもいくつかは私の発言ですらない。
色々言いたいことはあったが、良く見ると遠くのほうでメイドと司書が同じく倒れていたのでひとまずそれは良しとして。

「そうね、確かに失言については私が悪かったわ。だけど、これだけは説明して。あなたの身に、一体何が起こったの」
「心配させてしまったわね、ごめんなさい。今回の騒動は全て、あなたのことを疑ってしまった私のせいなのよ」

怒りから一転、突然の謝罪。不器用ながらいつになく素直に謝ろうとするパチュリーに、私は少なからず驚いた。
何せ、私が楽しみに取っておいたプリンを食べておいて、代わりにソースのかかった茶碗蒸しを残しておいた挙句、抗議に来た私に素知らぬ振りで犯人は小悪魔だと仄めかすような友人である。
これでは司書に憎まれても仕方がないと思うが、もちろん口には出さず。

「そんな、どうしてパチュリーが謝るのよ。私のことを疑った?一体どういうこと?」
「最近レミィが冷たいような気がしてたの。暇さえあれば博麗神社に入り浸りだし、家では妹様のスカートの中に入り浸ってるわよね」

なかなかに痛いところを……。
だが一つ、フランのスカートはそう甘いものではない。これみよがしに内部の魅力を見せ付けつつも、異物の進入は毛の先指の先ほども許さない、鉄壁のスカートなのである。身を持って体験済みなのである。

「まあ否定はできないわ。でも、だからってパチェに冷たくする気なんて……」
「冷たくする気がなくても、よ。大好きな友人が自分のことを放っておいて他の人と仲良くしているのを見るのは、とても辛いことなの。それだけは覚えていて」

そこまで言われて、自分が友人にどんなひどい仕打ちをして来たのか、そのことで友人をどれだけ深く傷つけたのか、私はようやく気が付いた。
申し訳なさでいっぱいになりながら恐る恐る目線を上げる。今はパチュリーと目を合わせることすら怖いけれど、目を逸らしていてはいけないと思うから。
しかし、どうにか視界に入れたパチュリーの目は思いがけないことに、優しく柔らかく微笑んでいた。

「パチュリー……?ごめんね、私……」
「いいのよレミィ。謝らなくたってあなたの気持ちはわかるわ。だって、さっき私のことを想ってあれほど涙を流してくれたじゃない。あれだけで私には十分よ」

ああ、そうか。私の唯一無二の友人にして優しい魔法使いのパチュリーは、私の最低の仕打ちもこうやって笑って許してくれるのか。
パチュリーの心の温かさに触れて、余計に申し訳ない気持ちも募って、一度止めた涙がまたあふれそうになって。

「ありがとう、パチュリー」

謝罪の代わりに、感謝の気持ちを口にした。これからはパチュリーのことをないがしろにしたりはしないと、固い決意を言葉に込めて。

「どういたしまして。言ったでしょう?今回悪いのは私だ、って。そんな必要なんてなかったのに、わざわざ大木になりすまして、咲夜や妹様に協力を仰いでまであなたの気持ちを確かめるような真似をして、本当にごめんなさ……」
「駄目よ。パチェだけに謝らせることなんて、絶対に私が許さないから。色々あったけど二人は最後に仲直り。そういうハッピーエンドでいいでしょ。ね?」
「……うん、ありがと」

パチュリーの瞳はまた一転、安堵や不安の入り混じった、心もとなさそうな弱気な目に。ころころ変わる友人の表情を見ていると、自分でも良くわからない衝動が心の奥から湧き上がってきた。
先ほど垣間見たパチュリーの温もりを、もっとずっと感じていたい。今度は私の温もりをパチュリーにも感じさせてあげたい。

そうと決まれば即実行がモットーである。
さながら恋人同士の感動の再開シーンのように歩み寄り、弱音のこぼれ出そうな唇をも塞いでやるくらいの勢いでパチュリーに抱きついて、

「ずっと友達だからね、パツュリー!」

あ、やばい。皆がパツリーパツリー言うせいで超噛んだ。
慌てて軌道修正したけど見え見えかも。早急に運命操作で訂正を……

「ロイヤルフレア!」

するには時既に遅く、全力の魔法はレミリアもろとも大木を根こそぎ吹き飛ばして図書館には静寂のみが残った。
めーりん@忘れられた肉体労働者「へっくし!……うぅ寒」



僕が文章を書くとどうしてもシリアスっぽくなってしまうようなので、色々とぶち壊してみました。
そうすることで何か新しい物が見えるかとも思ったけれど、見えたのはフランちゃんのぱんつだけ。
眼福。

ちなみに、文中咲夜さんがやってた『マオリ族の民族舞踊のポーズ』とはこちらです。
わかりづらいかも知れないので念のため。

ともあれ、ここまで読んで下さった皆さんに感謝!


コチドリさんにまたしても有難いお言葉を頂いたので追記します。
>第三者であるレミリアが、いかに彼女の指定席に生えているとはいえ、大木とパチェを直結させるかなぁ。
ご指摘の通り、パチュリーの動かなさを強調して『指定席』を作ることでこの矛盾を解消しようと思ったのですが、無理がありすぎでした。
ZUN帽等々のアイディアにはなるほどと納得です。勉強になります。

>妖精メイドを除き、紅魔館の住人の全員がパチュリーのあの姿を異常としてとらえていないのだ。
『妖精メイドを除く紅魔館の住人の全員に聞いたが、誰もパチュリーのあの姿を異常としてとらえていないのだ。』
ですかね。確かに誤解を招く表現でした。

>咲夜さんは何故制裁を受けてるのでしょう?
『パツリー』自体がパチュリーにとって嫌な呼ばれ方で、それを失言として制裁を加えた、としたつもりが読み返すと全くそんな感じは出ていないようで……
主観だけで話を進めてしまったため妙な感じになったのだと思います。

>あなたの身に、一体何が起こったの
パチュリーの出現で真相は明らかになったはずが、未だ混乱してよくわかっていないレミリア、と可笑しさを出そうとしたのですが、さすがに不自然な表現まで用いるのは失敗だったかなと思います。申し訳ない。

とまあ、今回もまた色々と考えさせていただきました。勉強になります。
あ、それと、『えもの』は頭悪い誤字でした。修正しておきます。

コチドリさん、感想、指摘共に本当にありがとうございました。


あ、それと、性癖については、もう手遅れ、かも。
半妖
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コメント



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9.80コチドリ削除
パチュリーさんが身代わりにしていた大木は、やっぱり椋の木なんだろうか。
見たい、咲夜さんのハカをぜひ映像で見たいぜ。
『パツュリー』って、どんな噛み方してんすかレミ様、どんな発音なんすかレミ様!

ぶつ切の感想ともいえない感想で申し訳ない。
自分が今まで手をつけてこなかった新しい表現方法にチャレンジするのは、とても勇気がいることだし
素晴らしいことだと思います。
ただ、フランちゃんのパンツを見て新しい性癖に目覚めることだけはしないでネ、作者様!