Coolier - 新生・東方創想話

チルノちゃんは弱い子

2010/11/07 19:09:31
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『あはは! こんな簡単な問題もわからないの、チルノちゃん?』

『チルノちゃんって本当におバカだよねぇ!』

「むー! あたいったら最強なんだから、そんなの解らなくても平気だもん!」

 ムキになって怒るチルノちゃんを、私は複雑な気持ちで見つめていた。
その間にも他の妖精たちは次々と彼女をバカにしていく。見ていて気持ちのいいものではない。
親友が他人に罵倒されているのだ、当然のことだろう。
しかし、私はチルノちゃんを囃し立てるみんなを止めることができなかった。
言ってしまえば、私も標的にされてしまうから。

『大ちゃんもそう思うよね?』

「えっ? う……うん」

『ほら! 大ちゃんだって言ってるじゃん!』

「うー! うるさーい! これ以上バカにすると、みんな氷漬けにしちゃうんだから!」

『あはは、チルノちゃんが怒った! じゃあね大ちゃん、チルノちゃん!』

「こらー! まーてー!」

 チルノちゃんは両腕をぐるぐる振り回しながら、みんなを追い立てた。
彼女自身本気をだしてはいないはず。みんなもそれはわかっているようだ。
私は控えめに、顔の横で手を振る程度にみんなを見送る。
罪悪感が、腕に圧し掛かった。
正直、私はチルノちゃんをバカにする連中が嫌いだ。
よってたかって銀蝿のように、一緒にいて煩わしさとともに苛立ちがこみ上げる。
あいつらにチルノちゃんをバカにする権利なんてない。
いや、そもそも馴れ馴れしく友達面する理由すら存在しない。
だって、だってチルノちゃんは。本当は。

「……ちゃん! 大ちゃん!」

「ふえっ!? あ……チルノちゃん」

「どうしたの? ぼぅーとして」

「う、うん。少し考え事……」

「そう、帰ろう大ちゃん」

 そういってチルノちゃんは私の前を歩く。
その背中は、さっきの子供じみたものではなくなっていた。
私よりも、もっと年上。湖の近くの屋敷。そこの門番のお姉さんや、ちょっと恐いメイドさんぐらい。
決して背伸びしているようではなく、素の状態で大人びている。
それが外見とのギャップがあって、私もまだ少し戸惑いを覚えるのだ。

「ほら、大ちゃん。あそこ見て」

 チルノちゃんが指差す方向を見ると、夕暮れの空に一際明るい星が見えた。

「宵の明星、人間たちは金星って呼んでる星だよ」

「星にも名前ってあるの!?」

「夏、一緒に星座見たとき言わなかったっけ?
人間は自分たちが理解できないものを嫌うから、自然のものに何でも名前をつけるのよ。
その程度で解ったような気になってるんだから、滑稽千万な話しよね。
ローマ帝国では、金星を愛と美の女神であるヴィーナスとしている。
その一方、堕天使ルシファーも明けの明星が神格化した姿とも言われているの。
宵の明星は夕星(ゆうづつ)とも呼ばれ、清少納言の随筆『枕草子』第254段にも
『星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。』なんて出てたり……」

「あぅ……ごめんチルノちゃん。難しすぎて、頭がクラクラする……」

「あっ、ごめんつい……要はあの星にお祈りすれば綺麗になれる……かもしれない。
ああ、ヴィーナス様。どうかもう少しだけプロポーションを良くして下さい」

 その金星という星に拍手(かしわで)を打って必死に祈るチルノちゃんは、親近感が持ててとても可愛い。
でも普通、西洋の神様なら胸の前で手を握り合わせるのがいいんじゃない、と野暮なことは言わないでおこう。
チルノちゃんのお話は、私にはレベルが高すぎてたまに付いていけなくなってしまう時がある。
それでも、凄く含蓄があって、普通の妖精たちとの会話よりずっと面白い。

 チルノちゃんはおバカな子じゃない。本当はもっと頭のいい妖精なんだ。
それでいて力も強いし、見た目もとても可愛い。そんな自分を自慢するようなこともやらない。
でも、さっきみたいに薀蓄が勝手にでてくるあたり、少なからずプライドみたいなものはあるのかな。
それでも、嫌な感じはしない。チルノちゃんはとてもいい子だ。
普段のチルノちゃんの言葉を借りれば、まさに最強。

 だから、そんなチルノちゃんの素顔を知っているからこそ、湧き上がる疑問。
でも、今の今までそうしなかったのは、これまでの関係でなくなってしまいそうだから。
私の不用意な好奇心で、チルノちゃんを傷つけたくも無い。
けど、私は知りたかった。彼女がなぜ素顔を隠す理由を。
少し間をおいて、私は口を開いた。

「ねぇチルノちゃん? 前々から思ってたことなんだけど、言っていい?」

「うん、なに?」

「……チルノちゃん、こんなに頭良いのに何でおバカなフリをしてるのかなって」

 
 チルノちゃんの表情が一瞬凍りついたのを見たとき、しまったと思った。
触れてはいけない、踏み入ってはいけない一線。
私は何も考えず、気軽にその境界を弄ってしまった。
感じる。もう後戻りはできない。今までの関係は、音を立てて崩壊していく。
いや、まだ間に合う。空想の私は、後ろを振り返った。
崩れゆく過去の対岸。思いっきり跳んだら、割といけそうな気がする。
先に行きたくない。いけば必ずチルノちゃんを苦しめる、傷つける、悲しませる。
私は一目散に走った。そして崖の手前で一気に加速をつけた。
跳ぶ。このまま。思いっきり。行ける。前の私たちに戻るんだ。
しかし私の試みは、チルノちゃん自身の手で妨害された。

「……おバカなほうが得っていうか安全っていうか。
素のままだと、私は生きていけないと思うんだ」

 対岸は完全に消え去った。チルノちゃんは、私の手を引きながら、未来へと引きずっていく。
その表情は、悲哀とも諦めともとれる。私は親友の顔を直視できなかった。

「どういうこと? おバカなほうが得って?」

「大ちゃん、私の話を聞いてて、正直つまらないって思うときあるでしょ?」

 鼓動が聞こえる。慌てて否定しようとしても、彼女の全てを見透かしたような視線が私を射抜く。
責め立てられているわけじゃない。それなのに、こんなにも胸が苦しい。
確かに、チルノちゃんの話は、そもそもチルノちゃん自身が高尚な存在で、私なんか全然不釣合いで。
彼女に対して、羨望と尊敬と、同じくらい嫉妬の念があった。

「それでいいんだよ、大ちゃん。自分に持ってないものを誰かが持っていれば、羨ましいし妬ましい。
私は妖精としてあまりにも特殊な存在。もう自分では、妖精じゃないって思ってるほど。
こういっちゃうと傲慢だとか思われるけど、現実がそうなんだからしょうがないんだ。

でもね、大ちゃん。私はみんなの羨望や嫉妬を全部受け止めきれるほど、強くない。
私は強者として立ち振る舞うことができない。恐くてね。
みんなからの嫌悪の視線が恐い。みんなからの罵倒の声が恐い。そして……孤独が恐い」

 チルノちゃんの顔から、余裕がなくなってきた。
滲み出る恐怖と絶望。それは私が思う以上に、暗く深い。
私が最初チルノちゃんと会ったとき、彼女はみんなから少し離れた場所にいた。
あの子と遊ばないの、私が聞くと、一人がすきなんだとみんなが答えた。
ちょっと勇気が欲しかったけど、私はチルノちゃんに話しかけた。
最初驚いた顔を見せていた彼女も、段々心を開いてくれて。

 たぶん、私に会うまでは、ずっと一人で生きてきたのだと思う。

「私は一人になることが、この上なく恐い。だから孤独になるなら、バカを演じてたほうがマシ。
結局、私は保身のために自分を偽り群れをなす弱者なんだ。
力なんて持ったってね……大ちゃん、強くなんかなれないんだよ……」

 ポタポタとチルノちゃんの目から零れ出る涙。
私の目の前には、本当の彼女が泣いていた。
おバカなチルノちゃん、かっこいいチルノちゃん。でも、それ以上に、チルノちゃんも女の子なんだ。
私と同じ、痛みも感じるし悩んだりする。等身大の女の子。
気がつけば、私も一緒に涙を流していた。同情なんてちっぽけな感情じゃない。
チルノちゃんが辛い思いをしていた。それを私に話してくれた。
ただ、それが嬉しくて。だから私は、チルノちゃんを抱きしめた。

 彼女の肌は、雪の様に白くって冷たくって。
大きいと思っていた背中は、私の腕が余るぐらい小さくって。

「チルノちゃんがおバカな子でも、頭がよくても。
チルノちゃんが強くても、弱くても。
私は、チルノちゃんの友達……だから。チルノちゃんの……傍にいるから!
だから、チルノちゃん……泣いていいんだよ……」

「うっ……大……ちゃ……!」

 この日チルノちゃんは私の前で、いや他人の前で初めて泣いた。
藍色の空、一番星がやけに綺麗に見える日だった。

 
初そそわ投稿。緊張しております。
チルノで何か書きたいと思ってましたが、かなりキャラ崩壊です。
金星の薀蓄はウィキ参照しました。


 ……やばいよやばいよやばいよ(出○風)
まず、ご読了いただき誠にありがとうございます。
そしてコメント&点数をつけてくださった皆々様に、深く感謝したします。

 まさか四桁超えるとは……作者の予想右斜め上の結果に。
喜ばしい気持ち半分、次回作に向けてのプレッシャー半分といったところです。
もう半端な作品は出せないんだなぁ……と改めて実感。
バターピーナッツ
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コメント



0.2850簡易評価
6.80ずわいがに削除
崩壊などとんでも無い。これも立派なチルノですよ!

本当にただ能天気でいられたら、チルノ……笑顔でいるのも大変だな!
9.100ふりー削除
このチルノ設定いいのぉ
19.80名前が無い程度の能力削除
これはなかなか
23.100名前が無い程度の能力削除
おバカなチルノじゃないだと…!?
とても素晴らしいお話でした
28.100名前が無い程度の能力削除
これは新しい
32.100奇声を発する程度の能力削除
これは良い!!
新鮮でした。
35.100名前が無い程度の能力削除
それでいて孤独になれるほど強くない自分を評価したうえで⑨を演じているのか...
かしこいチルノの話はいくつか読んだけど、ここまで達観したチルノは初めてで新鮮でした。
36.100名前が無い程度の能力削除
終わり方もあっさりしてるのに、重みがあるっていうか。
重量感MAXなのにふわふわ浮くっていうか。
私は満足ですよぉ……

未来が楽しみな作者さん。
40.100名前が無い程度の能力削除
この作者、光る・・・!
46.100名前が無い程度の能力削除
これはおもしろい 次作も楽しみにしてます
48.100過剰削除
え、何このチルノかっこいい。惚れました
この作品を書いた作者にも
54.100名前が無い程度の能力削除
凄くいい設定だと思います。
59.40名前が無い程度の能力削除
結構よく見る設定かな?
あと唐突に長文を語りだすチルノがウザかったw
少し疑問を返しただけであそこまで長々と話されたら
頭が良い悪いに関わらず敬遠されると思うよ。
自分の知識をひけらかしたい頭でっかちな人にありがちだけど。
75.70名前が無い程度の能力削除
うん
81.80ミスターX削除
チルノ「16×55=2⑨」
ザグゥッ
慧音「なんで30より減るんだこのド低能がァァーーーーーッ!!」

これも演技か