Coolier - 新生・東方創想話

禁呪「カゴメカゴメ」/2

2005/04/25 08:42:33
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 あの娘が死んでから、もう随分になる。
 遺品の整理もすっかり済んで、後は伽藍の部屋ばかり。
 まるで、誰もが彼女を全て忘れ去ってしまったかのような無頓着さ。
 もとより、長くは生きられないと言われていたその身。その部屋から伝わる、かつて彼
女と関わっていた人々の忘却の意思は、彼らがより大きな悲しみを抱かないための防衛策
だったのかも知れない。人は、大きすぎる悲しみには耐え切れないのだ。だから、忘却す
る。遺骸を荼毘に付して埋葬し、人を大地へ還すように、記憶を消すことで魂を還す。
 けれど、そんなことは彼女にとって――








 神隠し。
 その非現実的な言葉をかみ締めながら、霊夢はとりあえず慧音を落ち着かせると、お茶
を用意して話を聞くことにした。
 のんびりした霊夢の姿に今回ばかりは苛立つのか、慧音の持つ湯飲みがかすかに揺れて、
お茶の中に浮いた茶柱を震わせている。
「……茶か。随分と余裕があるな」
「あら。せっぱ詰まると良くないわよ。色々と」
 慧音の声に、霊夢はいつも通り答えた。妙な説得力が漂っている。それは、たぶん今ま
での実績が成せるものかも知れない。彼女がかかわった事件で解決しなかったことなどな
いのだ。それが直接にしろ、間接にしろ。
「……そうだな、苛立っても仕方がない。すまん」
 素直に、頭を下げる。上っていた血が静まっていくのを実感した。
「いいのよ。……でもまた攫われたら面倒よね。とりあえずざっと説明して」
 お茶を一口すすって卓袱台に置くと、霊夢はしっかりと慧音を見据えた。
 慧音も、霊夢が本腰を入れると見てか、今までのあらまし、そして進展、分かったこと
などを語ることにした。
「……一月前から、里の人間が一人ずつ消えていったんだ」
 最初は、農作業を手伝っていた子供が両親の目が離れた隙に消え去っていた。最初はさ
ぼって遊びに行ったのだと思われていたが、一日経っても帰ってこず、両親や親類は大騒
ぎになって村中探し回ったが、見つからなかった。
 そして二回目、今度は遊んでいた少女が突然、ほんの少し目を離した隙に消え去り、そ
こで神隠しが起きていることが発覚した。
 妖怪避けの結界をいくつも張り、山狩りをして主犯の妖怪を探しもしたが、いずれも効
果は上がらず、二週間が経ち、十四人目の人間――今度は大人が隠された時点で、困り果
てた里の長はそこで初めて慧音に相談した。
「……とりあえずなんで早く言わなかった、と怒りはしたものの、気づかなかった私にも
落ち度があったな。
 それで、村の歴史を読んでは見たが、それらしい痕跡が見当たらなかった。妖怪が来た
のならば分かるんだが……そんな歴史は残っていなかった」
「……てことは、内部の犯行かしらね」
 霊夢が首を傾げながら言うと、慧音は驚いたように立ち上がった。
「馬鹿な、あの里には私のほかに妖怪は住んでいないぞ」
「でも、そうじゃないと説明がつかないわ。
 ……それに、あんたの歴史を見たり操ったりする力って抜け道あるじゃない」
「む、確かに」
 霊夢にしては珍しい論理的な言葉に慧音は不承不承頷いて、座り直した。
 あまり広い範囲で歴史を見ようとすると、どうしても際立った出来事のみを拾い上げる
ことになるため、細かな状況などは読み切れない。さらに、感情や記憶といった歴史の一
歩先にあるものを読むためには、対象そのものに接触していなくてはならない。
 つまり、当たり前に有るもの、あるいは形の無いものは、普通に慧音が視る場合、歴史
に残されない。
 そう、最初から妖怪が住んでいた、つまり当たり前に存在していたとしたら、慧音の能
力ではそいつを探知できないのだ。
「でも、私の力の抜け道なんて何処で知った?」
「ああ、あんたのところの居候。あ、今は違うか。そいつが以前来たから、酒飲ませて聞
き出したわ」
 眉をひそめて問う慧音に、霊夢は当然とばかりに答えた。
 少し、時が止まる。
「……ちょっと待て!!」
 体から血の気が引いていくのを感じながら、慧音は思わず身を乗り出す。今、ものすご
く聞き捨てならないことを聞いた。
「大丈夫よ故意じゃないから。向こうの方がべらべら喋っただけだもの。ああ、どうでも
いいけどあんたって愛されてるわね。こっちの方が恥ずかしくなるくらい惚気られたんだ
けど。満月の時の尻尾はふかふかして気持ちいいとか、実は結構胸が……」
「それ以上言うな~~~~~~~~!!」
 一部の人間だけに損害を与える秘話に、顔を真っ赤にして悶え苦しむその一部の人間―
―正確には半獣だが、慧音。その姿を見て意地悪く笑いながら、霊夢は脱線した話をさっ
くり戻すことにした。
「ま、それはともかくとして。……それで?」
 その言葉に、慧音も呆れ顔ですぐに居住まいを正した。
「……切り替えが早いぞ。それで、しらみつぶしに探しても見たが進展がなくてな。ほと
んど手詰まりになった頃、妹紅が『自分が囮になってぶっ飛ばしてやる』なんて事を言い
出したんだ」
 いいながら、何事もなかったように正座して卓袱台の湯呑みへ手をつける。それは話を
変える際、心を落ち着かせようとの試みだったが、あまり効果はないようで、まだその表
情は赤い。
「……あいつらしい話ね。死なないみたいだし」
「死ななくとも、怖いものは怖いし痛いものは痛いぞ。化物みたいないい方をするな」
「本人は割り切ってるみたいだから気にしないでしょ。下手に気を使う方が逆効果よ」
「……む」
 納得したように頷く霊夢に慧音が強い口調で言ったが、あっさりと切り返され、水をか
けられた蝋燭のように言葉をしぼませた。その姿を見ながら、霊夢が溜息をついた。
「……あんたもあんたで随分肩入れしてるのね。言っとくけど惚気は勘弁よ」
「だ、誰がそんな!!」
 ――いや、確かに可愛げのある奴だが。
 一瞬、余計な思考が条件反射的に慧音の頭をよぎる。
「顔に出てるわよ」
「う、うわあぁ!?」
 まるで心を読んだような発言。落ち着かせた心が台無しになった。
 再び悶えている慧音を見て、ふと、霊夢は以前魔理沙に言われたことを思い出した。
 曰く、誰かをからかうことほど楽しいことはない。
 当然、魔理沙にしょっちゅういじられている霊夢としては忸怩たる想いだったので返礼
に針千本をお見舞いしたが、今なら彼女の気持ちがわかる気がした。
「……結構、いいかも」
 思わず、口元が緩む。ちょっと邪悪に。
 こういう真面目なタイプほど、からかうと楽しい。まさに打てば響く鐘。
 長く博麗の巫女をやってきたが、これは初めての経験だった。
「………何か言ったか?」
「いやぜんぜん」
 慧音の恨みがましい視線に、白々しく視線を逸らす。
「ま、それはそれとして……まあ結局失敗したのよね」
「ああ……妹紅も……あいつも、もっていかれた。私の目の前で」
 言いにくそうに呟いた霊夢に対して、慧音はうつむいて、表情を影で隠した。
 あの瞬間のことは今でも鮮明に思い出せる、と慧音は呟いた。




 里のそば、日の暮れた竹林。
 夕焼けと赤と黒の模様を描く景色の中、そこに慧音の庵はある。
「むう……」
 慧音は文机にも書斎にも向かわず、今でただ座って考え込んでいた。里で起きている神
隠しが、彼女を悩ませているのだ。
 犯人は姿すら見せず、どんな対抗策もすり抜け、それはまるで霧を相手に剣で戦ってい
るような気分だ。倒そうと振った一瞬だけは晴れても、全てを捉えることは叶わない。
 そもそも、幻想郷で神隠しが起こること自体おかしい。なぜなら幻想郷こそが神隠しに
あった人間の行きつく先だからだ。つまりここで神隠しをやっても意味はない。また幻想
郷に戻るだけだ。
 とすれば、一体なぜ――人々は戻ってこないのか。
「あれ、どうしたの慧音?」
 後ろから掛けられた声に、慧音は集中していた思考を一旦止めて、その方向へ体を向け
た。開いた障子の間からもう随分と日は傾いている。村から相談を受けてすでに三日、と
りあえず一人でいなければ攫われることはない、ということだけは判明しているが、それ
以外はまったく進展がない。今日もまた、慧音があちこちを回ってしらみつぶしに歴史を
見たが、尻尾もつかめないありさまだった。
「妹紅か」
 差し込む日の光に目を細めながら、慧音は声をかけてきた人間を見た。
 銀色、ある意味白の髪に御札を結っているのを始めとした、活動的な格好。
 藤原妹紅。蓬莱人で、慧音と対等に話せる貴重な友人である。
「なんだか難しい顔して唸ってたからさ、どうも気になって」
「ああ、それがだな……」
 慧音は一瞬だけ考えると、妹紅に里の事件のことを話した。
 ありえない神隠し。正体をつかめない犯人。そして、慧音自身の苛立ちも。
 里の人間を護りきれない自分が、酷く歯がゆいのだ。
「……そっか。よし、だったらここは大胆に行くべきね」
 話を全部聞いて、妹紅はしばらく頭をうつむかせて考える仕種をしたと思うと、顔を上
げて、そんなことを言い出した。
「大胆? 何か、いい方法でも浮かんだのか?」
 慧音が目を丸くする。そこには、ほんの少しの期待。
 頼られるのが少しだけ嬉しいのか、妹紅は淡く笑うと、
「ええ。……向こうが攫いに来るなら、私が出て行ってやっつける」
 自信満々に言った。
「……な?」
「あれ、わかんないかしら。要するに私が囮になってぶっ飛ばすってことよ。いくら正体
が分からないといっても、攫う瞬間には姿をあらわす必要があるでしょ。多分。だから、
そこを狙って囮の私が一気に灼き尽くすの。うん、焼き妖怪一丁上がり。里の名物になる
かしらね。あんまり食欲湧きそうにないけど―――」
「いや、そうじゃなくて!! お前まで攫われたらどうする気だ!?」
「大丈夫よ。私死なないから。攫われたくらいじゃどうにもならないわよ」
 思わず声を上げる慧音に、妹紅は何でも無さそうに笑って手をひらひらさせた。
「いやそういう問題じゃ………」
「大丈夫。絶対死にやしない。だから信じなさいよ」
 なおも食い下がるが、妹紅の視線の前に言い募ろうとしていた言葉が止まる。
 じっと、慧音から逸らさずに見つめ続けている瞳は、燃えるように強い意思が込められ
ている。それが、慧音にあることを呼び起こさせた。
――彼女と出会って、今に至るまで、自分が妹紅を支えてきたことを。
今こそその恩を返したいと、彼女は思っているのか。
「……分かった。だが、危ないと思ったらすぐ逃げろ。何にしろ本気で正体が分からない
んだ。どんな力を持っているのか、何をしでかしてくるのかすら分からない」
 慧音は、やや躊躇いながらも、ゆっくりと頷いた。その動きに、妹紅の表情がぱっと明
るくなった。ころりと、真剣な表情から満面の笑みへと変わった。
「ありがとう!! 任せて、絶対丸焼きにして食ってやるから」
「いや食わんでいい」
 冗談交じりの意気込みを苦笑で受け止めると、慧音は立ち上がった。


善は急げ。――逢魔ヶ時は近い。




 夕暮れ、昼と夜との境界。
 本来は、暮れなずむ鮮やかな紅と橙の踊る空の下、子供が歌を歌いながら親と連れ立っ
て帰るような、終わりの切なさをはらんだ穏やかな時刻。
 それが、今は不気味な沈黙を生んでいる。
 妹紅は、そのあまりの違和感に寒気を覚えた。里に下りる機会など数えるほどだったが、
それでもこの異常ははっきりと感じられる。一切の雑音が遮断されているような錯覚を起
こしてしまった。
「……里の人は?」
「みんな、外に出ないで、二人以上でいるように言い聞かせておいた。少なくとも、それ
が今のところ被害を押さえる唯一の手段だ」
 注意深く里に踏み入り、慧音が里の入り口で立ち止まる。今回は囮を使った策。だから、
慧音が出て行くわけには行かない。
「……まずいと思ったら、すぐに逃げるんだぞ。私も一応監視をしておくが、歴史に残さ
ず神隠しをやるような相手だ。役に立てるかは分からない」
「見てくれてるだけでも充分よ」
 表情を曇らせて告げる慧音に、妹紅は不敵な笑顔で返した。完璧な信頼が全身から滲み
出ている。
 それに裏打ちされているからか、その足取りもよどみなく、力強さを感じる。
 遠ざかっていくその姿を見ながら、慧音は意識を里の『歴史』へと潜らせた。
「―――――ん」
 目は閉じる。開ける必要はない。
 ――やがて、閉じた目蓋の中で無数の映像が花開いた。
 水車、広場、井戸、畑、川、家、人に至るまでが映し出され、やがて妹紅を捉える。
 それらの映像は止まることなく動き続け、現実を反映していることを暗に示していた。
 慧音は今、作られ続ける最新の歴史を、つまりは現在を連続して視ているのだ。
 正直こんな真似をするのは酷く負担がかかるのだが、今はそんなことをいっている場合
ではない。
妹紅の、里の人々の運命が懸かっているのだ。


 実を言えば、まだ不安は残っていた。
 自身の能力が通用するかどうかも不明で、しかも姿が見えない。威勢よく言ったはいい
ものの、そんな色々と不確定すぎる相手には、やはり多少は揺らぐ。
 それでも、妹紅は真剣な表情でまったく不安げな様子を見せずに里を歩き回っていく。
 慧音の視線を感じている。見守ってくれている。
 そのかすかな感覚が、不安をあっさりと鎮めていた。
(まるで恋人同士ね)
 照れくさげに頬を緩めると、すぐに引き締め、自分も感覚を研ぎ澄ませる。針のように
か細く、霧のように薄い相手を捉らえるために。
 村の外れから、円を描くように真ん中の広場へと向かう。普段、市を開いたり祭りをし
たりする場所で、そろそろ市の日も近いはずだが、誰かが準備しているような姿は見えず、
中途半端なままで置かれた布や茣蓙、木材などが転がっているだけだ。
 それが、さらに奇妙な不気味さを増幅させる。
 まるで、人だけがいなくなってしまった日常。
「…………」
 日がゆっくりと暮れて、夜が近づいていく。紅と橙は青と紫へと転じ、やがて一様な夜
の色彩へと塗り替えられていった。
「……今日は収穫なしかしら」
 さすがに、開始初日から上手くいくとは思っていない。
 とりあえず、一旦戻って慧音に伝えようとして、立ち止まる。
 ひとつ、回っていない場所を思い出した。
「……やっぱり、墓場にはそういう話、つきものよね」
 村の外れ、天に還った人を祭る塚。そこだけを、まだ見ていない。
 とりあえず、視線を感じる方向に目を向けて、適当に身振りで伝える。念話の類の心得
があればいいのだが、あいにくと身につける機会が無かった。
 すでに太陽は全て沈んでいた。後は、わずかばかり残った夕焼けが消え去るのみだ。
 そんなこともあって、塚はどこか、薄暗く、冷たい空気の漂う異界のように感じる。
 だが、それだけ。
 そのあとしばらくうろついては見たが、それらしいのには会わなかった。少しずつ冷え
ていく空気と、砂を噛む足音と、異常な静寂だけが、妹紅の五感へ伝えられていた。
「…………何よもう。私に魅力がないって言うのかしら……ん?」
 もはや大分緊張感が抜けてしまったのか、どこかむくれたように文句を言う妹紅。その
視線が、あるものを捉えた。
 それは、墓石だった。別にそれ一つだけしかなかったというわけでなく、他にも十から
二十ほど存在していたが、それだけが苔も汚れもなく、比較的真新しかったのが気を引く。
「……そういえば、女の子がこの前死んだっていってたっけ」
 そのときの慧音の顔は、見ている方も辛くなるくらいに沈痛だった。むしろ、何もでき
なかったと悔やんでしばらく泣いていたくらいだ。記憶に残らないはずがない。
優しすぎる、と妹紅も何度かたしなめたが、やはり慧音は慧音だ。他人がどうこうでき
るはずもない。言葉如きでは、人の性根など変えられない。
だから、可能な限り支えになろうと、妹紅は考えている。
今回、囮を買って出たのもその一環だ。せめて、彼女の悲しみを少しでも消せれば、と。
「……名前は……かすれて良く読めないわね。相当な下手が彫ったのかしら」
 何となく気にかかって、妹紅はその石を観察する。
 作られてからまだそんなに年月は経っていないが、不思議なことに刻まれている文字は
かすれ、辛うじて年齢と埋葬された日付が読み取れるだけになっている。
 日付は二月ほど前。年齢は――
「……十二歳? 病気、かしら」
 死ぬにはあまりにも若すぎる。妹紅はそのことに顔を曇らせた。
 たくさん友達を作り、精一杯遊びたい盛りに、病と闘って孤独に死んでいく、それが、
どれだけ苦しく、悲しいことか。
 そんなことを想像していると、自然と手を合わせていた。
と、そこで隣に誰かが並んだ。
「……慧音?」
 振り向くと、見慣れた蒼みがかった銀色の髪。彼女も、妹紅と同じようにして手を合わ
せていた。それを終えて立ち上がると、
「どうやら、今日は空振りのようだな」
 そんなことを言って、苦笑いを見せた。どうやら、迎えに来てくれたらしい。本当に心
配性なことだ。でも、その気遣いは純粋に嬉しい。
 妹紅は気楽そうに笑って、返事をよこした。
「そうね、でもまあ続けてればそのうち――――!?」
 そこで、周囲の空気が冷え込んだように感じた。未だに研ぎ澄まされていた意識が瞬時
に違和感を告げる。
「――後ろだ!!」
 慧音が叫ぶ。妹紅は独楽のように体を回転させて振り向き、
「よっしゃ、喰らえっ!!」
 先手必勝とばかりに腕を振り、宿していた炎を飛ばす。不死鳥を象った神代の紅い力は、
並みの妖怪や亡霊など焼き尽くして余りある。
 そしてそれは見事に着弾し、
 天を焦がすが如く、高く火柱を吹き上げた。
手加減なしの一撃だった。
 やがて、炎が消え去ると、巻き上げられた土ぼこりが視界を覆っているだけだった。
「おい、ちょっとやりすぎだ!!」
「いいじゃない。向こうもそう簡単に死にやしないわよ――これでやったわね」
 思わず声を上げる慧音に、気楽そうに答える。間違いなく直撃したとの確信があった。
あとは、伸びている何者かを捕まえて、里の人間を帰してもらうだけだ。
「ところで、どんな奴か見えた?」
「一瞬だけ。……小柄だった気がするな。ただものすごく薄い。亡霊の類か?」
 妹紅は振り向いた瞬間に攻撃を仕掛けていたので、よく見てはいなかった。
 慧音もすぐに炎に巻かれたせいか、あまり記憶に残っていない。
 つまり、まだ正体は不明のまま、ということだ。
「ま、もうすぐ出てくるからいいんだけどね」
 言いながら、妹紅は一歩を踏み出す。
 土ぼこりは大分沈んでいるが、やはりとっとと終わらせておきたい――
「――あれ?」
 ふと、いつの間にか周囲が真っ暗になっていた。
 日が沈みきってしまったのかとも思ったが、天気は晴れなのに、星や月の明かりが一つ
もないのは明らかにおかしい。
 そして、

 歌が、聞こえた。

(仕留め損ねた――!!)
「慧音っ!!」
「うわっ!?」
 咄嗟の判断で、状況を把握しきれていなかった慧音を突き飛ばす。
 その姿は闇に消えて、後は自分だけが残った。
「今度こそ!!」
 それを好機とばかりに、妹紅が不死の羽根を広げた。
 火山が噴火したような輝き、それは闇を切り払い、狙うべき相手を照らし出すはず――
 だったが、闇は消えなかった。
「な、」
 思わず周囲を見回す。力強い命の輝きを放つ翼は、しかしこの黒を消せない。


 ……かーごの なーかの とーりーは


 子供のような声。それが高く低く伸びやかに童歌を奏でている。
 その響きに、ぞっとする。本当に子供のものなのかと疑うほどに美しい声。しかし、そ
の音色から底知れない暗さを、妹紅は感じた。


 歌声は、突き飛ばされ、闇の外に出た慧音にも聞こえていた。
 周囲は月明かりに照らされ、しかし妹紅のいる一角だけが墨をぶちまけたように暗い。
石炭の袋を覗いているように、光など欠片も見えない。そんな中、妹紅だけが浮かび上が
っている。その表情は、焦りか、驚愕か。
「妹紅!!」
 声を上げて駆け寄ろうとする。しかし、いつまで走っても近づけない。まるで世界その
ものが切り離されているようだ。見ると、最初に立っていた場所から一歩も進んでいない。
「妹紅、逃げろ!!」
 ふらついて膝をつき、血を吐くように叫ぶ。しかし、届いていないのか、妹紅は闇を睨
みつけた表情のまま動かない。歌声が遮っているのだ、と理屈ではなく感じた。
じわり、と心の奥底で嫌なものが動いた。
 喪失への、恐怖だった。


「……」
 歌は続いている。そんな中、かすかに慧音の声を聞いた。
 けれど、表情は変えずに、妹紅はただ闇の中に視線を飛ばし続けていた。
今、下手に慧音へ反応すれば、向こうから飛び込んでくる可能性もある。だとすれば、
せっかく助けたのに意味がない。
 それに、慧音までいなくなっては解決の術が無くなる。
 だから、今の自分に出来ることは。
(こいつを、押さえ込む)
 無言で、再びフェニックスを呼び出す。同時に取り出すのはスペルカード。


 ……よーあーけーの ばーんーに


 歌が終わる。その瞬間を狙って、必殺の一撃を撃ち込む。せめて、慧音を逃がす時間だ
けでも稼ぐために。
 炎を宿した体が熱い。一秒が一時間に感じられる。カードを握る手が濡れて、震える。
まだか、まだか、まだか、まだか――


 ……うしろのしょうめん だあれ――


――今!!
「いけっ!!」
 裂帛の気合とともに、スペルが発動した。
 周囲に極大の弾丸がばら撒かれ、それが大爆発を起こす。
さらに、追い討ちを掛けるようにして楔弾を凪ぐようにばら撒き、黒を蹂躙した。
まだそこでは終わらない。
さらに赤の弾丸が全てを灼き尽くし、再び弾頭をぶちまける――
 凱風快晴。
不死の山の秘める破壊の力は、抗うことすらままならない。
 はずだった。
「うそ……」
 スペルを維持しながら、呆然と呟く。これほどの強力な術式、並みの技や妖怪など本当
に抗うことなど出来ない。全て、その噴火の前に吹き散らされる。
 しかし、まるでもとから何もないかのように、光も炎も弾丸も全て吸い込まれて消えて
いく。それは、海の底に沈んでいく感覚にも似ていた。
(まず――)
 そう、悪寒が意識をよぎった瞬間、すでに妹紅は飲まれていた。
最後、ぼんやりとだけ、座敷童のような姿をした影が見えた気がした。


 歌が終わる瞬間、一瞬だけ眩い光と大爆発が起きた。
「ぐ……っ!!」
 もろに余波を浴びて、吹き飛ばされてしたたかに体を打った。妹紅が何かしたのだ、と
思った時にはすでに意識が消えていた。
次に目を覚ました時には、何もなくなっていた。
 かすかに、空が白んでいる。それほどの時間、気絶していたのか。
「あ、ああ、あ……………」
 呆然と、妹紅がいたはずの場所を見つめて、座り込む。
信じられなかった。
信じたくなかった。
信じようがなかった。
……妹紅も、隠された。
心が、音を立てて折れていくような気がした。
「う、ぐ――――――!!」
 こぼれる涙を押さえきれず、嗚咽が漏れる。
 なんて無力。なんて無様。なんて、なんて――
不死の苦輪に囚われた彼女をその絶望から守ろうと想い、
そして共に在ろうと互いに望んだというのに。
――守れ、なかった。
「…………………!!」
 いてもたってもいられず、空を飛び立つ。
もはや、頼れる者はただ一人。
あの時、隠した里を見抜き、月を取り戻した神社の守り手。
ぼろぼろの体を抱えて、慧音は必死に空を駆け抜けていった。




 一通り話し終えた時には、慧音は卓袱台に伏せて、かすかに嗚咽を漏らしていた。時折
体を震わせるその姿は、酷く、痛々しいものだった。
「…………妖怪じゃないのかしらね。むしろ、うーん……呪いか何か、かしらね」
「呪い?」
「一定の条件で発動する……罠みたいなのかしらね。ほら、凄い妖狐が死んだ後も石にな
って毒を出し続けたとか、自殺の名所に行くと自殺したくなるとか、そんな感じの」
 慧音がゆっくり面を上げるのを見ながら、霊夢はさらりと解説した。
「……人や妖怪の念が作りだす結界のようなものか?」
「そうね。ただ、こういう奴の特徴は――死んでバカになってるから見境がないってこと
ね。誰彼構わず呪いをかけちゃうのよ」
「そう、なのか」
 ごしごしと目元を拭って、ようやく落ち着いたのか、溜息をつく。
 そんな姿を見ながら、霊夢は内心で別のことを考えていた。
(どうして、そこまで必死になれるのかしら)
 どんな形であれ、別れというものは来る。
 不慮の事故にしろ、必然にしろ、原因はともかく必ず出会いとセットになっている。
 だから、いずれ別れるのが当然と思っている霊夢には、慧音の想いがいまいち分からな
い。冷たいと思われるかも知れない。
(…………)
 そこで、自分に置き換えてみる。
 誰か、友人と別れざるを得なくなったとする。その原因は他の誰かで、そしてそれを何
とか止められる状況にある。
 自分は、一体どうするのだろうか。
 ただ、不干渉と決め込むのか。それはある意味では正しい。来るものは拒まず、去るも
のは追わないのであれば、その在り方は決して間違いではないだろう。
 しかし、相手が別れを望まず、強制されているとしたら。
(……間違いなく、止めるわね)
 そう、直感する。
みんなといるのは楽しい。だから誰が来ようと構わない。
必ず別れは訪れる。だから、去るものは追わない。
 けれど、誰かが無理矢理に引っ張っていくとしたら、それは楽しくない。自分も、引っ
張られていく相手も。
 だったらそれは、嫌だ。そんな別れは認めない。
「――よし」
 ざっ、と勢いよく立ち上がる。
「霊夢?」
 その様子に慧音は訝しげな視線を向けるが、構わずに御札とお払い棒、陰陽玉までも持
ち出していく。
「とりあえず、貴重な情報ありがとね。それじゃ、さっさと潰してくるわ」
「あ、ちょっと待て、私も――」
 そういって、慧音も立ち上がろうとしたところで、前のめりに倒れ、霊夢に抱きとめら
れる。
「う」
「あんたね。結構衰弱してるんだから無理しない。あんたが大変なことになったら、あい
つらが戻ってきた時に大変でしょうが」
 諭すような口調。まるで立場が逆になったような錯覚。
 思わず、慧音は苦笑した。
「……そうだな」
 頷いて、とりあえず身を離して座り込んだ。できれば横になっていたいが、さすがにそ
んなはしたない真似はあまりしたくない。
「あとは看護係がいればいいんだけど……」
 そんなことをいいながら空を見上げると、黒い点が一つ。遠目からでは良くは見えない
が、その流星めいた速度で、判別は十分についた。
「よー、冷やかしにきたぜ……ってありゃ、慧音?」
「あら、ちょうどいいところに来たわね」
 霊夢が発見して十秒足らず。勢いよく風を巻きながら降下してきた魔理沙は、珍しい客
人を見かけて目を丸くした。もちろん驚いた理由はそれだけではなく、
「どうしたその格好。霊夢にでも襲われたかいたたたたた」
「ふざけたことを言うのはこの口かしらね。ちょっとこれからお仕事だから、詳しい事情
は慧音に聞きなさいね。あと布団敷いて看病してあげてね? でないとひどいわよ」
 なにやら不穏当なことを言い出しそうになった口を鮮やかに捻り上げて、にっこりと霊
夢が告げる。脅迫にも取れる言動だが、本人に自覚はない。しても止めない。
やがてタップを始めた魔理沙を見て、ようやく霊夢は手を離した。
「うー、伸びたまま戻らなかったらどうする気だお前」
「冷水につければ縮むわよ。もしくは氷か雪の上ね。氷精にでもお願いすれば一発よ」
 涙目で頬をさすりながら抗議するが、さっくりと切り返される。
「誰が縮緬だ。……ってなんか仕事押し付けられてるしな。何しに行くんだ?」
「ああ、ちょっと呪い調伏に」
 聞きなれない言葉に、思わず首を傾げた。
「呪い? 妖怪じゃなくてか? 珍しいな。で、それと慧音が何の関係」
「いいから看病しながら聞け。それじゃ行ってくるわ。すぐに終わるから」
 なおも聞こうとするのを遮って、霊夢はさっさと飛び立っていった。
「……うーん、そこそこ仕事モードか。取り憑く島がないぜ」
 風のように去っていった霊夢の方から慧音へ視線を移すと、魔理沙は困ったように肩を
すくめた。だが大して気を悪くした様子はない。ああいう性格だということは、長い付き
合いでよく分かっているのだ。
「さてと。それじゃ」
 いいながら、言いつけ通りに座敷へ上がって布団を出す。その動作はよどみなく、探索
に時間を取ることすらなく終わらせている。勝手知ったる他人の家、である。
 敷き終わった布団に慧音を寝かせて、
「……ま、とりあえず何があったかくらいは教えてくれ。どうせあいつがすぐ解決しちゃ
うけどな」
 そう、気楽そうに笑いかけた。
自分の住んでいた場所で、こんな怪談がありました。
夕方、日が沈みきった頃にカゴメカゴメをして、後ろの正面に立った人が名前を間違えられると、
いつの間にか消えてしまっている、というものです。
結局これはたちの悪い友人の作り話だったとのことで、そいつを一発ハタいときました。
でも、案外ありえそうな話かも。
名前というのは、昔から強い力を秘めている、或いは自分を繋いでいる鎖のようなものだとよく言われています。
だったら、その名前を間違えられた場合、この世とほんの少しだけ離れてしまうのかもしれない。
そして、逢魔ヶ時に離れてしまったら、向こう側に攫われてしまうのかもしれない――

まあ、大部分は妄想なんで実際は攫われませんよ?
ついで言えば、モチーフに影響は受けてますけど、意味付けは別にしてます。

蛇足ながら、最近になってメッセンジャーを導入してみました。
理由はただ必要になっただけということなんですが、やっぱりあるからには活用しないと。
てことで、お暇な方は遠慮なくどうぞ。馬鹿な話しか出来ませんが(笑

※4/30、色々と見苦しい部分、妙な部分を修正。
世界爺
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コメント



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17.無評価藤村流削除
純粋に続きが気になります。
32.80不破龍馬削除
続きが見たい衝動に駆られっぱなしです!
しかし籠め籠めの怪談(?)ですが似た様な話は
聞いた事があります。確か学校の怪談とかに載っていた様な…?