Coolier - 新生・東方創想話

人形遣いのパラダイム [ 3 ]

2005/04/05 08:40:08
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[The past 5 - Bed -]


 少女が泣いていた。
 自分の限界を完全に見せ付けられ、絶望し、これで何もかもが終わったと叫んでいた。
 少女は、自分の持てる全ての魔法を出し尽くして、本気で魔法の戦いを挑み、敗れた。
 苦しいだろう。最高の切り札を以ってして敗れるということは。
 私は、今は何も声をかけたりはしない。ただ、この少女を、アリスという魔法使いを、見守っている。これは、避けられない結果だった。アリスは、純粋に魔法だけで戦っている限りでは、「彼女」には勝てない。
 悲しいだろう。だが、これは魔法使いアリスにとって必要なステップだったのだ。今なら、わかる。

 かつて私が、同じように最大の秘儀を持ち出してなお、彼女に勝てなかった、あの日と同様に。

 アリスが持ち帰った、焦げた黒いローブの切れ端を見て。
 私は確かに、彼女のことを、思い出していた。
 おそらく、<この世界の本当の「私」>がこれから出会うことになる彼女のことを――


 しかしアリスは、その日に眠りに入ってから、朝になっても、昼になっても、さらに次の日になっても、目が覚めることはなかった。
 アリスを見れば、原因はわかる。私もあの本を読んだのだから。これは、無理な魔法を使った反動。アリス自身も、覚悟を決めた上でだったのだろう。あのときの表情は、後遺症のことを含めて全て受け入れていた。
 うなされ、苦しそうな悲鳴を漏らし、時には体をベッドの上で跳ねさせるほどにもがき苦しむアリス。
 私はベッドを必死によじ登って、彼女に触れる。凄まじい熱だった。こんな熱が何日も続いたら器官が壊れてしまう。またベッドを慎重に降りる。シーツにしがみついて、足を置くようなひっかかりがない絶壁を、ほとんど手の力だけで体を支えながら。
 ダメだ。濡れタオルでもかけて熱を下げようと思ったが、この先はもうどうしようもない。タンスを開ける手段など、この人形の体にはない。タオルを取り出したとしても濡らすこともできない。できたところで、そんな重いものを持ちながらベッドの上まで運ぶことなんて不可能だ。
 歯軋りをする。――いや、歯なんてない。気分だけの問題。
 こんなに何もできないなんて。魔法使いなのに、普通の誰にでもできる看病ができないなんて。
 私が使える魔法はアリスが見せてくれたあの光の矢だけ。こんな状況では何の役にも立たない。
 思い出して。少しずつ、まだほとんど曖昧ではあるけれど記憶は戻ってきている。どうせなら、魔法のことだって思い出してほしい。
 考える。今まで記憶に刺激を与えるようなことがあったのはどういうときだったか。アリスの名前を聞いたとき。あの魔道書に触れたとき。黒いローブの切れ端を見たとき。
 ローブ! それだ、今の私にはそれしかしがみつけるものはない。
 あれは、アリスが握り締めたまま眠ってしまった。敗走したアリスが戦いの記憶として持ち帰った、相手に与えたダメージの証。握り締めたまま。
 あれに触れれば、魔法に繋がる記憶が戻ってくれるかもしれない。そんな期待に賭けるしかない、今は。ベッドをまたよじ登る。幸い、人形の体は軽く、この腕二本あれば体重を十分に支えきれるような強度設計になっている。筋肉痛になることもない。ただ、シーツをしっかり握るのは難しかった。油断すると、手が滑ってそのまま床に落ちかねない。急ぎながらも、慎重に、登りきる。
 ベッドの上。覚悟を決めて、布団の中に潜り込む。アリスはあれを右手に握り締めていたはずだった。今も手放していなければ。あれだけ暴れていたことを考えると、保証はできない。
 アリスの体温で長時間温められたそこは、灼熱の世界だった。でも大丈夫。熱いだけ。人形の体が溶けるようなことはない。むしろアリスの体が心配だ。私には布団を取り替えてあげることもできない。もし暴れて布団を落としてしまったら、かけてあげることもできないのだ。
 布団をかきわけて、中を進む。布団は重い。なかなか進まない。真っ暗で何も見えない。なんとか手探りでやっていけばどこが手でどこが指かはなんとかわかるだろう。すぐ隣にあるアリスの体は、信じられないくらい熱くなっている。このまま燃えてしまうのではないかと思えるほどに。急がなければ。
 熱い体を撫でながら進む。今触れている感触は、間違いなく素肌だ。場所的に腕を捕まえていると考えて間違いない。このまま下がっていけば指先にたどり着くはずだ。進む、進む。時折布の感触に変わる場所は、包帯を巻いているところだろう。強く触って傷を悪化させないように気をつけて進む。
 触れる肌は汗で濡れている。手首までたどり着いた。もう、そこにあるはずだ。それは。
 私が今すがりつくことの出来る、たった一つの手がかりが。
 指の先。確かにそこに、布団でもシーツでもない、もっとざらざらした触感の布地が触れた。あった。私は、思い切って、抱きつくようにそれを抱え込んだ。お願い、アリスを助けて――


  それは、懐かしい未来の記憶。
  まだ私が、狭い世界しか知らなかった頃。

 (魔法が得意のようだな。まだ隠し持ってんじゃないのか?)
  違う。出し惜しみしたわけじゃない。ただ、全力を出せなかっただけ。
  本当の私の魔法が出せたら、あなたなんて圧倒するんだから。
  ――そう、思っていた。そうだ。そう思っていた。私は。
  ――すぐ後に、間違いに気付くことになった。
  ――その日から私の時間は、とても早く進み始めた。

  私の魔法。ここで、見せてあげる。
  全ての元素を操るとっておきの魔法を。


 ばっと身を起こす。布団をかきわけて、外に出る。
 ありがとう、人間。これが私が貴方に作った、初めての借りということになる。この先の日々にたくさん作ることになる借りの、これが一番最初。
 布団から外に出ると、迷わず私は服を脱いだ。少し濡れていて脱ぎづらかったが、なんとか自分でもできた。一気に外気を受けて、先程までの温度差のせいでとても寒い。
 下着姿のまま、私は脱いだ服を目の前にかざした。
 一度、大きく息を吸った――

 例えば水。
 水の元素をここに集めて、魔力から変換したエネルギーを注ぎ込み、化学変化を誘発して水を生成する。
 エネルギーの質をコントロールして、うんと冷たい水にする。生み出した水を、脱いだ人形の服に染み込ませる。
 氷のように冷たくなった服を、アリスの額にぴと、と当てる。そして、ゆっくりと顔の汗を拭いていく。顔だけではない。さらに首から、見える限りその下のほうまで、もっと……
 汗を拭いたら、一度それを温めて乾燥させて、また新しい水を生み出して冷やす。今度はそれを額の上に置いておく。
 すぐに熱くなる。熱くなったら、また新しい水を。しっかり冷やして、乗せる。
 魔法が使えたとしても、できることはこれくらいのことでしかない。だけど、根気よく続けていけばきっと回復させることができる。
 暗くなっても、意識が落ちそうになっても、また熱くなったと思ったらすぐに水を。本当を言えば人形の服も都度洗濯して清潔にしていきたかったが、そこまではできない。ただ、ずっと、この作業を続けた。
 やがて熱が落ち着いてきて、アリスの表情が柔らかいものに変わる、3度の朝を迎える後まで。


 目が覚めると、何やら頭の上が重いことに気付いた。
 目を開けたとき、視界に入ったのは私の下半身――下着以外何も身につけていない、ほぼ裸の状態の人形の体と、白い布団だった。
 ――アリスの熱が下がってきて、よかったと安心した途端に、私は眠ってしまっていたらしい。そのまま、ベッドの上で。それにしてもどうして横になっているのではなくて、ベッドの上に座っているのだろう。何やら温かいものに背を預けているようで。
「おはよう、人形さん」
 不思議に思っていると、真上から声が聞こえた。懐かしい声。
 私はすぐに振り向いて見上げ……ようとしたが、動かなかった。頭に何やら力がかかっていて。頭の上の力が、少しずつ動いて髪を撫でているのに気付いたとき、やっとそれが手であることがわかった。
「……アリス、大丈夫なの?」
「あなたのおかげでね。ありがとう」
 声だけが聞こえてくる。そうか、私が背にしているのは、同じように半身を起こしたアリスの胸だ。後ろから軽く抱きかかえられている。
 とにかくまずは振り向いてアリスの無事な顔を確認したかったが、その動きはまた遮られた。
 くすくすと、小さな笑い声が届いた。
「ダメよ。たぶん、酷い顔になってるから」
「もしかして、起き上がれないの?」
「ううん」
 アリスの、嬉しそうな声が私の懸念を否定する。
「人形さん、寝てる間は普通に人形なんだもん。いなくなっちゃダメだよって、お願いしながら、温めておいてあげたの」
「……そう」
「あなたの魔法、使えるようになったのね。おめでとう。もう、全部思い出した? よかったら……名前、教えてくれる?」
 そっと髪を撫でる指の動きが、止まる。
 私は、ふるふると頭を横に振って答えた。
「ごめんなさい。それはまだ、思い出せないの」
「……残念。名前で呼び合えば、ほら、友達っぽいかなって思ったのに」
「名前がわからなくても、私達は大切な友達よ、もう」
「……」
 アリスの言葉が止まった。
 ――静かにしていると、アリスの鼓動の音がよく聞こえる。安静状態にしては、少し、速いような気もした。
 しばらくそんな沈黙の後、アリスは再び私の髪を撫で始めた。
 そしてまた、楽しそうな笑い声が戻ってくる。
「……ふふ。それじゃ、大切な友達のために、まずは新しい服を着せてあげないとね」
「ぇ!?」
 何やら。
 とてもとても、不穏な言葉を聞いてしまった。ああ。思い出すあの感触。
 ぞわり。
「い……いいわよ、別に。あ、適当に置いてくれれば、自分で着られるから――」
「だ・め♪」
「はぅっ」
 私は人形。主人の意思には逆らえません。物理的に。
 アリスは私をベッドの奥のほうに置くと、布団から足を出して、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。
 立ち上がった直後、くらり……と体が倒れそうになるが、すぐに持ち直した。何日間も眠ったままだったのだ、無理もない。
 ベッドから降りたアリスは、途中一度も私のほうを振り返ることなく、部屋を出て行った。顔を洗いにいったのだろう。よほど私に顔を見せたくなかったようだ。……それも、プライドなのだろうか。
 逃げてもどうしようもないことがわかっている以上は、私は大人しく待つしか選択肢がない。
 しばらく待っていると、アリスは手の中にまた小さな服を持って戻ってきた。
 ――これまた原色が多い、派手な。
 私が口を開こうとすると、アリスは先に照れ笑いを浮かべながら言った。
「わかってるわよ。こういうのしかないんだから……ごめんね」
 言われてしまった。
 ……まあ、確かに、何も着ないよりはずっといいだろう。うん。
「人形さんは、白いのが好きなんでしょ? 看病してくれたお礼に今度、あなた好みの服を作ってあげる。何かリクエストはある?」
 フォローするようなアリスの言葉。
 私はあわてて、ぶんぶんと首を横に振った。
「そこまで言うわけじゃないから……」
「いいのいいの、これも私の楽しみなんだから」
「……白くてふりふりでリボンがいっぱいついたの」
「ん。なんだ、意外に少女趣味なのね」
「……ぅ」
 くすくす。アリスは無邪気に笑う。
 ……恥ずかしい。
 聞かれたから素直に答えただけなのに!
「期待に沿えるように頑張るわ。ま、それはそれとして、今はこれを着る番ね。はい、大人しくしててねー」
「きゃーーーー」
 いつか機会があったら同じこと仕返ししてやりたいと思いました。
 まる。


[The past 6 - The shrinking world(beginning) -]


 再び、研究部屋の地下、魔法訓練所に降りてきた。
 ここに連れてこられるのは久しぶりだった。初めてアリスの魔法を見せてもらったあの日以来だった。
 アリスが意識を戻してから2日目、しっかり食事も取って、元気を取り戻した後。アリスは私をここに連れてきた。意識を取り戻して以降のアリスは、開き直ったように明るくなっていた。涙を見せることもない。
 暗い訓練所の中は、以前に見たときと変わってはいなかった。私が壊した壁もそのままだ。
「あなたには、見ていて欲しいの」
 アリスは私にそう言った。
 何を? と聞いた。
 決意を。と、アリスは答えた。

 部屋の中心部で、アリスは立ち止まる。持ってきた魔道書――「究極の魔法」を床に置く。
 私は少し離れた床に置いておかれた。そこで見ていて欲しいと言われた。
 そしてアリスは――服を、脱ぎだした。
 驚いている私の目の前で、可愛らしいエプロンドレスも、赤いワンピースも、カチューシャも、靴も、そして残っていた包帯、下着まで、全て。身につけているもの全てを外した。服は近くの床に放り投げ、全裸で、堂々と部屋の中央に立つ。
 本当にまだ幼い、痩せた小さな体だった。普段着ている服のボリュームがあるぶん、なおさら小さく見える。ところどころにまだ残る傷痕が痛々しい。
 しかし、何を始めるというのか。服を脱ぎ捨てなければできない魔法など、私の知る限り、ろくなものがない。それこそ悪魔を召喚しようだとか、異世界へのゲートを開こうだとか、眉唾物の魔法ばかりだ。
 アリスは両手を前方、下に向けて突き出す。掌の向いた先には魔道書。
 掌がぽぅ……っと青白く光る。地下室の空気が流れ始める。
 アリスは、口を開く。そして詠う。力を持った言葉――呪文を。
 詠唱を必要とする魔法、儀式魔法だ。一瞬の集中力を要する通常の魔法と異なり、儀式魔法は魔力を慎重に積み上げて、ゆっくりと目的の形にする。攻撃魔法が岩に楔を打つようなものだとすると、儀式魔法は長年かけて溶かしていくようなもの。戦いの場面ではとても使えないが、時間がかかってでも大きなことを成し遂げたいときに使用する。
 普段の話し声とは全く違う、張りのある声が部屋中に響き渡る。それに伴って、少しずつ掌の光が強くなり、風が舞い始める。魔道書を中心として、台風のように昇り循環する風。
 風は、私が座っているところには、ぱたぱたと服が揺れる程度にしか届かない。しかし、中心部に近い場所での風の強さは、荒々しく舞うアリスの髪を見ていれば容易に想像できた。
 相当大掛かりな魔法のようだ。何分も、詠唱は続く。
 そして――
「――今、魔道書の開放と発動を封じる。アリス・マーガトロイドの時を以って契約とする」
 強く、強く、光る。
 真っ白な光が視界を埋め尽くしていき、ここに、魔法はクライマックスを迎える。
「成れ」
 最後の言葉とともに、ばちり、と大きな音。
 何が起きたのかは光の中で、見えない。最後に光は極大になり、風も周囲に向かって流れ――私はなんとかその場に踏みとどまり――
 魔法は、終わった。

 消えていく光。
 静寂の戻った部屋。
 急激な明るさの変化に混乱する視界がやがて少しずつ元に戻っていったとき、私が見たものは、
 赤い封印を施された魔道書を手に抱える、裸の女性だった。

「え……?」
 我が目を疑う。
 最初は、それがどこかから召喚された人なのかと思った。違う。その女性には――成熟しつつある少女の身体を持つその姿には、確かに、アリス・マーガトロイドの面影が残っていた。
「……アリス……?」
 私の呼びかけに、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
 ふわりと、柔らかい微笑みを私に見せてくれた。
 ああ。やっぱりアリスなんだ。その顔を見て、やっと確信する。背は一気に伸びて、体つきも女性っぽくなり、顔も大人のそれになろうとしている彼女は、やはり、アリスだ。
「ちゃんと、見ててくれた?」
 声まで、変わっている。本当に――さっきの間に、大人になってしまったということらしい。
「最後はよく見えなかったわ……ごめんなさい」
「構わないわ。伝わったでしょう? 私の覚悟」
 アリスは、床に置きっぱなしの小さな服を持ち上げて、眺めて、少しだけ寂しそうに微笑んだ。とても、もう、サイズが合わない。
「魔道書に封印を施したわ。私が本当に成長して、大人になって、迷いが無くなるまで絶対に解けない封印。封印の糧は、私の時間。私の時間をほんの少し、捧げたの」
 ……私は、ただ、絶句する。
 どれほどの覚悟だというのだろう。長くとも有限であることに違いない生きる時間を、それももっとも貴重な時代と言える時間を、たった一つの封印に捧げたのだ。
 アリスの表情に、悔いも未練もなかった。相当な決意だったのだろう。
 手に持つ魔道書は、赤い帯で固く結ばれていた。封印の証。この、見た目にはどうということのない封印に、想像を絶するほどの強い意思が込められているのだ。
「そうまでして、貴方が守りたいものは、何?」
「アリス・マーガトロイドという魔法使いの未来を」
 もう二度と背伸びした力で戦うことの無いように。
 この先、進むべき道を誤らないように。
 アリスの言葉はそう語っていた。
 私は、そう、とだけ答えた。その決意はきっと、間違いではない。きっと「私」はそれを知っている。だから、もう、何も言わない。
「アリス……その本に、触ってもいい?」
 黒い魔道書。赤い封印。
 私は――
 アリスは、しゃがみこんで、私にその本を差し出してくれた。
 手を伸ばす。
 ああ。やっと会えた。私は。
 その本に、触れた。
 ぱし、と、何かが弾けるような音がした。


[Coming era - by my friend -]


「いつもその本を持ち歩いてるのね、アリス」
 私は気になっていたことを聞いてみた。
 私と一緒で本が大好きというタイプでもないようなのに。アリスはいつも人形遊びに夢中だ。それでもその黒い本だけは、いつ見ても必ず持っている。開いているのを見たことはないが。
「うん。気になる?」
「とても。何の本なのかしら――いえ、魔道書なのはわかるけど」
 魔法の本は、どんなものだって読みたい。私が知らない魔法の本があるというのは、プライドが傷つく。
 アリスは、はい、と本を手渡してくれた。
 絶対に他人には渡さないようにしているものなのかもしれないと想像していただけに、ちょっと拍子抜け。でも、ありがたく受け取っておく。
 黒い本には、赤い封印が施してある。それも知っていた。
 ただ、こうして手にしてみると、封印の重みが、ただごとではないことを知った。
「それは、究極の魔法なの。いえ、究極の魔法、だったのよ」
「――だった?」
「もう私には必要のないものだから。今でも持ち運んでいるのは、私自身への戒めみたいなものよ」
 とてもとても気になる言い方。
 知りたい。どんな魔法だったのか。知りたい。この封印が何なのか。
 もう必要ないと彼女は言った。つまり、一度は必要だった時期もあったのだ。
 究極の魔法。それに施された封印。封印から感じる強い想い。
 私はすぐにこの本に心を奪われてしまった。
「あなたにとっては喉から手が出るほど欲しいものかもしれないわね。あなたならもしかしたら使いこなせたのかもしれない」

 そうだ。
 私はもう、いてもたってもいられなくなって。
 封印に少し、干渉した。
 そして、ぱしんという音を聞いたのを最後に――


[The past 7 - The shrinking world(progress) -]


 やっと、繋がった。
 やっと、ここまでたどり着いた。
 私は、封印に込められたアリスの時間を少し、わけてもらったのだ。そして今、ここにいる。
 やっぱり、偶然なんかじゃなかった。私がこうして人形になっていることも、最初から決められていたのだろう。
「アリス! 私、思い出したわ。私の名前――」
 今度こそ全てを伝えてあげられる。
 私は嬉しさに声を弾ませる。
 ――見上げたところに、アリスはいなかった。いつの間にか魔道書もない。
「……アリス?」
 慌てて、周囲を見渡す。ここは魔法訓練所。私が変な場所に送られたわけではない――
 ――遠く。この部屋への入り口となる階段のところに、ほとんど闇に消えかけている後姿が見えた。裸のまま、歩き続けている。
 私は精一杯の大きな声で、叫んだ。
「アリス!」
 人形の体では、それでも、たいしたボリュームにはならない。それでも静かな室内を僅かに反響しながら、アリスにまでちゃんと届いたはずだ。
 その後姿は、ぴたりと足を止めて、ゆっくりした動作で、振り向いた。よかった。聞こえてくれた。
 私は、走る。アリスの元へ。ぺちぺちと、軽い音を立てながら。全然進んでくれないが、走った。
「置いていくなんて酷いじゃない! もうちょっとで私閉じ込められるところだったじゃないの!」
「……え……?」
 アリスの声。
 戸惑ったような声。何だろう。今見せたあの表情は、何だろう。
 まるで――
 ううん。きっと、気のせい。
 ――私が余計な懸念を振り払いながら走っているうちに、アリスの表情は少しずつ、苦笑いに変わっていった。
「あ、ああ。ごめんね。大きな魔法使ったあとだから、ぼーっとしちゃってたみたい」
 えへへ、と笑ってごまかすアリス。いつものアリスだ。
 ……私は、走り続けて、追いついた。
ごめんなさい!
予想以上に長くなってしまったので、[3]も予定だったものをさらに分割しました。
[4]はまた後ほどお送りさせていただきます。ごめんなさいm(__)m
村人。
[email protected]
http://murabito.sakura.ne.jp/scm/
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コメント



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1.80転石削除
あぁ! 勿体ぶり屋さんめ! 続き、とてもとても楽しみにしています。
13.80名も無き名無しさん削除
アリスの昔話ってあんまり無かったから凄く興味深い…
うーん、どんな結末になるんだろ