Coolier - 新生・東方創想話

あの夜の出来事。

2010/10/21 23:26:28
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迷いの竹林には、虫の声は届かない。
それは、とても静かな様な、深々と降り積もる雪の様な夜。
それでいて、パートナーを探す蟲達の合唱を聞いている様な、ざわつく夜。
すでに人間達は明日を待ち、夢に身を任せている。
妖怪達は我が物顔で世界を跋扈している。
そんな、深夜。
そんな世界。
そんな……時刻。
僕は、少女を背負って永遠亭へと到着した。
この空間に二人の生き物がいるというのに、足音は一つだけ。
まるで簡単ななぞなぞみたいだ。
そうは思うが、僕としては、何も言えない。
苦笑したと同時に、息が漏れる。
僕の吐いた息を吸いながら、彼女……蓬莱山輝夜もゆるやかに息を吐いた。

「大丈夫かい?」
「えぇ……そうね、殿方に密着したのは初めてなの。だから大丈夫じゃないわ」

どうやら、冗談が言える程度には大丈夫な様だ。
彼女は急に体調を崩した。
誰の目にも、彼女の顔色が青かったのは明白だ。
結局、深夜ともいえる時間だから僕がここまで負ぶってきたのである。
本当は不老不死である彼女。
そのへんに捨ててきても、問題はない。
そう、物理的な問題はないが、道徳的には問題ある。
僕にだって一応は、良心というやつがある。
残念な事に呵責だって感じる。
はぁ~、と大きくため息を吐いてから、永遠亭の重い入り口を開いた。
さすがに真夜中という時間でもあり、妖怪兎も普通の兎の姿も見えない。
深、と静まりかえる屋敷は、不気味でもあり、また清楚でもあった。
玄関口で彼女を下ろし、僕は靴を脱いだ。
彼女も履物を脱いで、少しだけ安堵の息を履いている。

「おじゃまします」
「いらっしゃいませ」

輝夜はその場で三つ指を付いて僕を迎えてくれる。
どうやら、まだ立てない様だ。

「空元気は相手を心配させるだけだ」
「気丈にふるまってるだけよ。殿方に弱みは見せたくないの」
「もう遅いけどね」

謀らずとも輝夜の弱みらしきものを知ってしまった。
あの時代、もしお姫様の弱みを知る者が現れたら、一体どうなってしまっていたのだろうか。
かぐや姫は誰かに嫁入りし、子供を授かったのだろうか。
彼女が頑なに、誰かとの結婚を拒んだ理由はそこかもしれない。
身ごもるという事は、観誤もる事。
つまり、みあやまる事となる。
世界は子供への愛で満たされ、子供中心へと変換される。
それは、蓬莱人にとって、望ましくないのだろう。
彼らは汚れを嫌う。
その罰を受けている最中に、罪を負う事はしたくないはずだ。
難題は、やはり難題なのだ。
かぐや姫に惹かれた者も、かぐや姫自身も。

「負ぶろうか?」
「私、お姫様なの」

彼女の意図を理解し、やれやれ、と僕は肩をすくめてから輝夜をお姫様抱っこした。

「うふ、ありがと。そっちよ」

彼女の視線に従って、僕は慣れない廊下を歩き出す。
板張りの廊下は歩くだけでギシリと音がなり、誰か起きてこないかとヒヤヒヤするが、よく考えれば、別にやましい事をしている訳ではない。
それでも、深と静まり返った廊下をドシドシと歩く度胸もない僕は、出来るだけ静かに廊下を歩いていった。
永遠亭の中は、外から見るよりも大きく感じる。
元より立派な屋敷だが、中から見ても十分に大きいし、なにより優雅だ。
時々、廊下から見える庭はよく手入れがされており、それだけでも絵になっている。

「ここが私の部屋よ」
「ふむ」

とりあえず彼女を部屋の前で降ろす。
永遠亭の一角である輝夜の部屋だが、どうやら特別に大きな部屋という訳でもなく、ただただ角部屋というだけだった。
入り口も頑丈な扉、ではなくただの障子。
まぁ、彼女ほど護衛の必要が無いお姫様はいないだろう。
何があっても死なないのだから。
それでも、貞操の危機はるのかな。
あぁ……まぁ、彼女の事だから、幾多の男を袖にしていても、不思議ではないけどね。
さて、お姫様を送迎する仕事は終わった。
僕の任は解かれた。
後は、その辺の廊下で庭を眺めながら、考え事するのも悪くはない。
静かな空間は、やはり落ち着いていて、色々な考えがまとまるしね。

「どうしたの、入りなさいよ」
「……いいのかい?」

僕はここまでのつもりだったが……
部屋を覗くと、中は簡素な空間だった。
箪笥があり、机があり、テーブルがあり、布団があり。
輝夜は布団の上にちょこんと座っている。
入り口付近で躊躇している僕をじ~っと見つめる瞳。
しょうがない。
部屋の主の許可がでたのだ。
本日二度目のお邪魔しますを口にして、僕は輝夜の部屋へと入った。

「お願い、そっちの障子をあけて」

入り口とは反対側の障子。
僕は素直にそれを開ける。
障子の向こうは縁側になっており、庭がよく見える造りになっていた。
ふ、と明かりが灯る。
振り返れば、輝夜がつけた様だ。
テーブルの上に灯りを置き、輝夜はまた布団の上へと座り直す。

「立派な庭だな。お姫様らしくない質素な部屋だと思ったが、そうでもないらしい」
「自慢していいわよ。私の部屋に入った殿方は、あなたが初めてなんだから」
「へぇ~。君にもまだ未体験があったのか」
「そうよ、意外とウブな女なの」

僕と輝夜は同時に笑みを漏らした。
自分の部屋で、自分の布団の上に座ったからだろう。
だいぶ回復したみたいだ。
元より、彼女の症状は精神的なもの。
一晩眠れば、永琳に診てもらう必要もあるまい。

「君がウブだというのなら、僕は臆病者だ」
「ふふ、意気地なしの間違いじゃない?」

意気地なし、か。
まぁ、冗談として受け取っておく。

「そこの襖あけて」

輝夜が指をさす。
僕は大人しく指示に従って、襖を開けた。
そこは物置に使っているらしく、何やら僕の食指が動く物ばかりなのだが……

「それそれ、その瓶よ」
「ふむ」

茶色い瓶を取り出すと、ちゃぷんと液体の音がする。
どうやら、お酒の様だ。
と、振り返ると、輝夜はすでにぐい飲みを用意していた。
相変わらずの早さ、だな。

「あなたも座りなさいな」
「いいのかい? 君が寝る布団だろ」

彼女がぽんぽんと叩いて指定したのは、彼女の隣。
ふわふわと温かそうな布団の上だ。
他人が寝具の上に乗るのは、それなりに不快なものだが。

「いいの、気にしないで。それより、窮屈じゃない?」

僕が彼女の隣にあぐらをかくと、輝夜が横目で僕を見てきた。

「何がだ?」
「その服よ」

彼女はポンポンと、僕の服の一部であるバッグを叩く。
まぁ、確かにこの装備は余所行きと客人用のそれであり、くつろぐ服装ではない。
と、気付けばシュルリと輝夜が僕の装備を解きつつある。

「おいおい、女性からとは、はしたないな」
「じゃ、私の着物も脱がせる?」
「遠慮つかまつる」

と会話をしているうちに上半身はインナーだけにされてしまった。
まぁ、さすがに下半身には手は出してこない。

「はい、次は私」
「いや、だから、遠慮すると……」

輝夜は僕の言葉など聞く耳もたず、リボンを解き、僕に袖を持てと促してくる。
しょうがない、とばかりに僕は袖を持つ。
彼女がもう一方の袖から腕を抜くと、持っている方からも腕を脱いだ。
そのまま袖を引っ張り、輝夜の着物を受け取る。
どうしたものか、と思ったが布団の上で適当にたたみ、彼女に手渡した。
あまり見ない様にしたが、彼女はキャミソールを着ていた様だ。
普段は露出が少ないので、肩まで見えている彼女が新鮮に見える。

「スカートも脱ぎましょうか?」
「はぁ~……君は露出狂か何かか?」
「楽な格好の方が、くつろげるじゃない」
「そうかい?」
「究極は温泉に浸かりながらのお酒よね。裸で生まれてくるんだもの」
「今度、知恵の林檎を探してくるよ。是非、君にプレゼントしたい」
「あら、嬉しいわ。大事にしまっておくわね」

食べてくれよ、と僕は盛大にため息。
コロコロと輝夜は笑った。

「はい」
「ん」

輝夜が瓶を傾ける。
僕は、ぐい飲みをさしだした。
トクトクと良い音を響かせ、透明な液体で満たされていく。
ぐい飲みがいっぱいになると、僕は輝夜から瓶を受け取り、輝夜のぐい飲みに注いでいく。

「何に乾杯するんだ?」
「そうね……じゃぁ、あなたの優しさに」
「僕としては、遠慮したいが……まぁ、今日はいいだろう」

カツンと僕と輝夜はぐい飲みをぶつける。
幾重にも浮かぶ波紋を見ながら、僕はぐい飲みの半分くらいを呑みほした。
今まで呑んだ事の無い様な、精錬された酒の旨み。
なるほど、これと比べればいつも呑んでいる酒の荒々しさが分かる。
恐らく、これは月のお酒だ。
輝夜はちびりと呑んだだけで、ほぅ、と幸せそうなため息を吐いた。
まだ、回復しきっていないのかもしれないな。
少しの風に灯りは揺らめき、部屋の中の陰影も揺らめく。
それに合わせて、輝夜が僕の肩に頭を預けてきた。

「ねぇ、何かロマンチックな事を言ってよ」
「……君と僕は、まるで月と地球みたいだと思っていたが、どうやら違ったらしい」
「あら、どうして?」
「月と地球は決して近づく事はない。でも、今夜、こうして僕達はくっ付いてしまった」
「あはは、とってもロマンチックだわ」
「これでいいかい?」
「えぇ」
「かぐや姫の難題にしては、簡単だったな」
「あら、あなたも私の事を狙ってたの?」
「さて、それはどうかな……」

僕はぐい飲みの残りも呑みほす。
輝夜も、両手で上品にぐい飲みを持ち上げ、コクンと喉を鳴らす。
それから、輝夜は僕を上目遣いで見上げた。
その視線に気付いて、僕も彼女を見つめた。
お互いに、苦笑して、微笑んで、それから――


~☆~


「ふむ」

目が覚めると、太陽は上がった後だった。
お昼という訳ではないが、それなりに高い位置にある。
少しばかり、見慣れない部屋に戸惑いつつも、身支度を整える。
部屋に輝夜の姿はない。

「片付けなくてもいいか。僕は客人だ、逆に失礼にあたる」

そう呟いてから、僕は輝夜の部屋を後にした。
さて、驚く永遠亭一家の顔でも拝むとしようか。



と~~~っても、精神に負荷がかかったので、安定剤の如く、こんな話を書いてしまいました。
おはようからおやすみまで、皆様を草葉の陰から応援する久我拓人です。

この作品は、あの夜の出来事です。
別に何があった訳でもないけど、あったかの様に書いてみる。
もしかしたら、あったかもしれない。
なきにしもあらずべからず。

でわでわ、好き放題書かせてもらい、しかも読んで頂き、ありがとうございました。
久我拓人
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コメント



0.4070簡易評価
3.100煉獄削除
二人の会話と雰囲気が良いですねぇ。
深夜の静かでゆったりとした流れとか面白いお話でした。
5.100名前が無い程度の能力削除
これはいい雰囲気
くっつくか、くっつかないかの距離感が堪りません
9.100高純 透削除
つまり、妄想は自由と言うことですね?
12.100爆撃削除
こういう夜をすごしてみたいなあ……。
微妙と言うか、絶妙な間柄で、こういう空気になって、こんな夜をすごしてみたいものです。
すでに言われていますが、いい雰囲気にひたれました。
13.100名前が無い程度の能力削除
いつもこのシリーズを楽しく読ませて頂いています
今作も雰囲気を堪能させていただきました

誤字でしょうか?
~の危機はるのかな
の部分、危機はあるのかな、でしょうか?
22.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気のお話でした
子のコンビは見ていて違和感がないなぁ
25.無評価名前が無い程度の能力削除
安心の台詞運びでした
28.80名前が無い程度の能力削除
なかなかに良かったと思います。
29.90名前が無い程度の能力削除
絶妙な距離感で軽やかなステップを踏むような2人の遣り取りが痛快でした。
霖之助は意外と恋愛上手?
31.90名前が無い程度の能力削除
アダルティーですね
33.100名前が無い程度の能力削除
そりゃ永遠亭一家も驚くわw
この二人の間合いが好きです。楽なカッコで飲み交わせるお酒は確かにうまい。
41.100名前が無い程度の能力削除
あ、あの日の夜にこんなことが……羨ましい………
しかし霖之助だから許す
47.90名前が無い程度の能力削除
ufufuっていれたら禁止ワードでした・・・
いい感じでした!
51.100名前が無い程度の能力削除
自分はこの霖之助なら殺れます。おもに羨ましくて。
でも、自分はこの霖之助にまた会いたいと思うのです。おもに面白いから。
作品ありがとうございました。
55.100名前が無い程度の能力削除
またお願いします
60.100名前が無い程度の能力削除
お前らもう結婚しちゃえよ
と思うんだがこの距離感が最高に好き
61.100愚迂多良童子削除
霖之助もずいぶんと図太くなったなあw
80.100名前が無い程度の能力削除
いや~読みながら何かドキドキしてしまったよ
羨ましいw