Coolier - 新生・東方創想話

魔法使いとせいようがし

2010/10/21 21:40:55
最終更新
サイズ
61.24KB
ページ数
1
閲覧数
1380
評価数
15/50
POINT
2860
Rate
11.31

分類タグ


過去作「ぬいぐるみ」の設定を一部引き継いでします。
魔理沙とアリスが以前にぬいぐるみ販売でひと儲けしたというものです。







長い間、一部を除き人妖問わずその心を鬱うつとさせていた梅雨が明けたのは、つい先日のことだ。
じめじめとしていた空気はその潤いを失い、陽日はその本領を発揮して地を熱している。
またそれまで青色の天井を隠していた分厚い灰色の幕も消え去り、その代わりに白い綿が浮いている。

里の幼子達は、かつての自分と同じように空に浮かぶ白を綿菓子だと信じているのだろうか。
その綿菓子もどきを頭上に仰ぎながら風を切り、空をゆく魔理沙はふとそんな疑問を抱いた。

それは魔理沙がまだ人間の里で普通の人間の子供をしていた頃の話だ。
幼い頃の魔理沙は空に浮かぶ白の正体を大好きな甘いお菓子だと信じて疑わなかった。
何度も両親にアレは綿菓子なの?と尋ねた。両親はその度にそうだよとあやすように応えてくれた。
両親だけでなく、周りの他の大人達も魔理沙が尋ねれば同じことを笑いながら口にした。
その頃の魔理沙はまだ、他人を疑うことを知らなかった。
その結果、幼い魔理沙は空を飛べれば大好きなお菓子がいくらでも食べられると信じ込んでしまった。

甘い夢の正体が水と埃であることを知ったのは、家業を継ぐための勉強を始めてすぐのことだった。

(水はともかく埃はないよなぁ、夢も希望もない)
当時は大泣きしてまで否定しようとした現実も、今では苦笑混じりですませてしまう。
普通の少女ならともかく、今の魔理沙からすればその現実を塗り替えることだって不可能ではない。
それでも魔理沙が幼い頃の夢を叶えないのは、精神的に成長したからなのだろうか。
(叶えないことで守ろうとしているのかもな。夢は夢であるうちが一番綺麗だ)
そこまで考えたところで、帽子を深く被りなおし魔理沙は箒の高度と速度を上げた。
体が感じる大気の抵抗が強くなり髪の揺れも激しくなる。
かつての夢にはまだ手は届かない高さだが、それでも十分なくらい青色に呑まれる。
目的地は七色の人形使いの家。目を閉じたって行けるかもしれない場所。
疑問形なのは、ここ一月の間に一度も訪れてないからだ。
喧嘩をしたわけではない、研究のために家に閉じこもっていたのだ。
その理由も梅雨で湿気が強くなり、菌類の活動が活発になり研究がはかどるといったもの。



「一月そこらじゃ何も変わらないか」
魔理沙は乗ってきた箒を肩に担いで一息つく。
久しぶりに見るその家は最後に見たものとなんら変わっていない。
屋根や壁といった大きなものから、窓に見えるカーテンの色まで何一つ変化がない。

この様子だと家主も前に会った時と変わりないんだろうなぁ、と思いつつ魔理沙は扉を叩く。
その顔には今日はどんなことをして困らせてやろうか、そんな悪戯子の笑みが自然と宿る。

もちろん魔理沙はアリスを本気で困らせるようなことはしない。
あくまで冗談ですむ程度におさめるつもりだ。そうやって今まで付き合ってきたのだ。
一月くらい会わなかったからといって遠慮する方が他人行儀で気持ち悪い。
きっとアリスだって同じ考えをしている。
そう思い叩く扉の音も以前と変わらず、不思議と魔理沙の心をざわめかせる音だ。



扉を叩くのをやめても家主からの返事は無い。
「お邪魔させてもらうぞ」
無言を受け取った魔理沙は当たり前のように扉を開け中に入る。
この一方通行な応答も一月前と何ら変わらない日常の一コマだ。
特に問題がない限りアリスは魔理沙のノックにいちいち反応しない。
無言・無反応こそが許可の証。
何か問題や理由のある時だけ、アリスは言葉を扉前の魔理沙に向け発するのだ。
部屋が散らかっているとか、着替え中だからとかいった見栄や外聞に関することが多いが、
時には里へのお遣いや図書館への使い走りの注文だったりもする。
理由が前者の場合、魔理沙も素直にそれに従うが後者のときは基本的に無視して扉をくぐる。
そして家主の手を引いて二人でその使い走りをこなすことにしている。
少しばかり引きこもり気のある友人への魔理沙なりの配慮だ。




家の中に入った魔理沙が、最初に得たものは違和感だった。
そして、その違和感の正体に気がつくのにそう時間は必要なかった。
外からはなにも感じなかったが、たしかにこの一月の間に色々と変化があった。
その変化は目に見えるものではなかった。

(なんかあったのか? 全く何もにおわないな)

いつもなら鼻孔をくすぐるお菓子類の甘い匂いがしない。
家主は種族的に意味がない摂食を嗜んでいたはずである。主にお菓子類で。
その残り香がしないということは、その嗜みをこの一月の間に捨てたのだろうか。
よく家主に食事をたかりお菓子をむさぼる身としてはあまり嬉しくない変化である。
特にお菓子に関していえば、甘党の魔理沙にとって致命的ともいえる損害といえる。
和菓子が主流の幻想郷において洋菓子はかつての香辛料……とまでは言わないがかなり貴重である。
紅い館でもありつけるかもしれないが、そのためには少しばかりではない骨が折れてしまうだろう。


このままでは人生の楽しみが二割くらい減ってしまう。
割合としては微妙な数値だが実数として見ればかなりの値になる。
そうなれば私の人生設計はかなり大規模な変更をよぎなくされる。
ただの気紛れか、体重調整(必要なのか?)であることを願いたい。
魔理沙はそう思いながら居間に通じる扉に手をかけた。



「アリス、なんかあったのか……っていないし」
いつもなら涼しげに笑って待ち構えている家主が、今日はそこにいなかった。
その代わり、部屋には見知らぬ箱が床に転がっている。
それも一つや二つではない、軽く十を超える数で足の踏み場に余裕を失くさせている。
そのほとんどは未開封だが中には口を開いている箱もあり、そこから綺麗な布地がのぞいている。
見るからに高級そうなそれに魔理沙は思わず唾を飲み、それを熱い期待に変換して発した。熱変換である。
「もしかして服でも新調するのか?」
アリスはいつも色鮮やかな綺麗な服を着ている。
ただ、一見すればいつも同じ服を着ていて、着たきり雀になっているように見える。
本人いわく同じデザインの物を服数着持っているとのことで、適度に着替えているらしい。
もちろん魔理沙も他人のことは言えないのだが、前に着たきり雀だと本人の前で口にしたことがある。

別に悪気があって口にしたわけではない。
たんに違った服装のアリスも見てみたいと遠まわしに言ってみたのだ。
結果としては残念な事にその意は伝わらなかった。
その時、アリスは気にした様子もなく皮肉で返してくれたが、内心では気にしたのかもしれない。
それでお菓子作りを止めてまで服を制作していたのだろう。
少し悪い気もしないこともないが、魔理沙の心は踊るための準備運動をはじめる。


「そろそろお披露目してくれもいいんじゃないか?」
まったく姿を見せない家主にも聞こえるよう少し大きめの声をあげた。
アリスとしては驚かせたいのかもしれないが、魔理沙は性格的に焦らされるのが苦手だ。
そのことはアリスもよく知っていて、ことある毎にもっと落ち着きを持ちなさいと
年上ぶって(実際そうなのだが)口やかましく魔理沙にお説教をする。
もしかせずとも魔理沙のせっかちな性格も計算にいれて焦らしているのだろう。
類は友を呼ぶと言うか、似た者同士というか、もしくは朱に混じれば赤くなると言うべきか。
アリスにも魔理沙に勝るとも劣らないくらい変に意地の悪いところがあるのだ。

(こうなったら、徹底抗戦だ。どっちが先に根を上げるか勝負だ)
魔理沙はソファーへと飛び乗って、そのままだらしがなく横になった。
お行儀正しいアリスの前では絶対にしない振舞いだが、抗戦の意思表示のためにあえて決行した。
もし、アリスがどこかから盗み見ているならお説教のために出てくるだろう。



ソファーに横になった魔理沙だが、早くも現状に飽きがきてしまった。
何かで気を紛らわさなければと魔理沙は寝転んだままで部屋を見渡す。
一月前まではほぼ毎日通い詰めていただけあり、どれも見慣れたもので変わったことは無いに等しい。
強いて言うならば人形や、ぬいぐるみが少し増えたくらいだろうか。
魔理沙は何気なしに正面の棚に飾られている人形の群れに目を向ける。
その群れの一部は、そのデザインまでアリスが無から創造したものだったが、
多くは明らかに誰かをモチーフ、もしくはモデルにしたものもある。
(あれは霊夢だよな、それにあっちは三月精達、あれは……寺の虎妖怪に、ネズミまである)
(私のはないかな……って紫達のものまであるのか、それに幽香に幽霊達のも、すごいな……)
果たして本人達から許可は出ているのか疑問だが、それらは今にも動き出しそうなくらい精巧に作られている。
しかし、その中に魔理沙のものは一つも無かった。霊夢にいたっては三つほどあるというのに。
些細なことなのに魔理沙の心に波紋が生まれた。そしてそれはどんどん大きくなっていった。

「あぁ、もう。そっちが出てこないなら、こっちから行かせてもらうからな」
アリスの焦らしではなく、胸中に広がる波紋に耐えられなくなった。
修繕中だとか他の場所には飾ってあるだとか自分を慰めていたが限界がきたのだ。
このままだと波紋は自分だけの問題ではなくなるだろう。
そう考えた魔理沙は白旗を上げるにも等しい宣言をして、ソファーから起き上がりアリスを探す事にした。



手始めに居間から扉を介して直接行けるキッチンを覗いてみることにした。
久しぶりに入る友人のキッチンは前に見た時と明らかに雰囲気が異なっていた。
前に見た時は頻繁に使用されるからか、整理されている中にも人肌的な乱雑さがあったが、
一カ月後の現在では、それがなくなり冷め切ってしまっているのだ。
目を凝らせば埃も積もり始めている。ここしばらく使用されていないのだろう。
玄関で得たものが確実のものになった。
本当にアリスはお菓子も食事も作らなくなったらしい。
それはアリスの手料理がもう食べられなくなることも意味する。
「どうしたんだよ……本当になにかあったのか……?」
気が付けば魔理沙は自分の胸を押さえていた。
その疑問に応えてくれる者はそこにはいなかった。



一人で暮らしているだけあり、アリスの家はそんなに大きくはない。
キッチンやお風呂、客用トイレ、物置き部屋を含めても十部屋はいかない。
その中でアリスが身を隠しそうな所と言えばキッチン、寝室くらいだ。
綺麗好きなアリスの性格上はそれ以外の部屋に隠れる確率は非常に低いといえる。
そのことを踏まえてキッチンを出た魔理沙は、玄関から最も遠くに位置する寝室へと向う。
入ってきた時は気が付かなかったが、キッチンと同様に廊下も僅かながら埃をかぶっていて、
さらに良く見れば、そこには奥の寝室へ向かう足跡が残されていた。
「それにしても、ふらふらした足跡だな。まるで酔っ払いみたいだ」
ただその足跡は左右に揺られていて、いわゆる千鳥足になっている。
魔理沙の記憶では、アリスはお酒を酔うまで飲まず直前でやめる方針だったはずだ。
お菓子だけでなくその方針すら止めてしまったのだろうかと、さらなる不安がつのる。
そしてその不安は魔理沙の友人像に霞をかける。
一ヶ月間会わなくても思い浮かべられたその顔が、ほんの一時間足らずで霧散していく。
魔理沙の胸の内にこれまでにない焦燥感が芽生えてきた。


足跡を追いかけていくと案の定というよりも、必然的に寝室の前にたどり着いた。
寝室への扉は他の部屋のそれとは明らかに作りも材質も異なり、ちょっとした装飾まである。
扉の飾りを見た魔理沙は、前にアリスがあまり他人を入れたくないとぼやいていたのを思い出した。
本人いわく、寝室は工房の心臓部であると同時に個人的な聖域とのこと。
(なんだかんだで、前までは入れてくれたけどな……)
(多分アリスはこの中にいる、だけど……開けてもいいのか? この扉を)
(今のアリスは、私を許してくれるかな……)
もしアリスに拒絶されたら。そしてどうして自分の人形はなかったのだろう。
そんな後ろ向きの考えが氾濫して魔理沙の思考と体を同時に縛る。
一ヶ月前までは無遠慮に開けられた扉が、今ではドアノブに手を伸ばすことすらできない。
開けると今まで築いてきた全てが、脆くも崩れさってしまうような感じがするのだ。
扉の前で逡巡しはじめて間もなく、その異変はおこった。

うっ……

「どうしたアリス!なにかあったのか?!」
逡巡していた魔理沙の耳に扉の向こうから呻き声みたいなものが入ってきた。
咄嗟にアリスの名を叫んだが返事はない。
「入るからな、アリス。文句があるなら後で聞く」
先まで触ることすらできなかったドアノブをひねり魔理沙は寝室へと駆けこんだ。
迷いも後ろ向きの考えもなくなっていた。


乱暴に開け放した扉の先には、力なく床に横たわるアリスの姿があった。
衰弱したその姿に、魔理沙の思考が白く浸食されていく。
あまりに現実味のない光景に駆け寄ることも、言葉をかけることもできない。
魔理沙はただただその場に立ち尽くすしかなかった。
立ち尽くしながらも魔理沙の耳はか細い声を聞いた。
「魔理沙……来ていたの? ごめんね、こんな無様なかっこう見せて……」
「いやそんなことより、どうしたんだよ」
魔理沙はアリスの元に駆け寄りその体を抱いた。
「そんな怖い顔しないで」
「だから、どうしたんだよ」
「相変わらず落ち着がないのね……」
「ふざけている場合じゃないだろう」
「失礼なこと言うのね、私は大まじめよ」
無理して軽口を叩く姿が痛々しい。
目を逸らしたいという欲求と、逸らしてはいけないという義務感がせめぎ合う。
「あのね、魔理沙。私のわがまま聞いてくれる……?」
「なんだよ、いきなり。いつも聞いてやっているだろ」
「そうだったかしら……うん、そうなのかもね」
弱り切った体でアリスは笑う。儚いガラス細工のような笑みだ。
「だから今回も聞いてやるよ、何をして欲しいんだ?」
「安請け合いしても大丈夫なのかしら」
「そんなことよりも、そのわがままとやらを早く言ってくれ」
魔理沙の目に涙が浮かんでくる。
アリスを抱いているため両手がふさがり、それを隠すことができない。
アリスもそれに気付いたらしく、どうしたのよとおかしそうに笑う。
その笑みは魔理沙の感情をさらに揺らして波立たせる。
「私のわがまま、笑ったりしない……?」
「いちいち笑わない、だってもう慣れているから」
魔理沙の言葉にアリスは安心したようで、柔らかな笑みをもらした。
魔理沙もそれまでのガラスみたいな笑みとはちがう、その温かな笑みに安堵する。
やっといつもの魔理沙に戻った。アリスは確かめるように呟く。
それに対し魔理沙は、元から何も変わってないと返し二人で小さく笑いあった。
そして小さな幸福感の余韻に浸るように、アリスはそのわがままを口にした。





「あのね……ここ数週間水しか口にしてないの。悪いけど何か食べ物くれない……?」





※※※※※




二・三日餌をやらなかった犬ってこんな感じなのかな。魔理沙は友人を見てそう思う。
お行儀だとかマナーにこだわる友人が、まるで野良犬のように食事をする姿はなかなか刺激的だ。
聞いた話だと数週間は強制断食をしていたらしいから、仕方がないようにも思う。
しかし、皿まで食べてしまいそうな勢いで食べる友人は種族的な意味で魔法使いだ。
食事や睡眠といったものは本当なら不必要なはず。
それなのに空腹で倒れるとはいったいどうしたのだろうか。

「なぁ、アリス」
「ちょっと、待って。今、凄く、忙しいから」
頬を膨らませ反論する姿は見ようによってはかわいいのかもしれない。
「あぁ、もういいぜ。邪魔して悪かった。ゆっくり食ってくれ」
しかし、今の魔理沙にその愛らしさを感じる余裕はない。

はぁ、と二度目のため息をつきながら、再び友人を観察する。
目の前で自分が作った料理を貪り食うのは本当にアリスなのだろうか。
本物は妖怪か何かに食われて、そいつが擬態している可能性も否定できない。
もしくは罰当たりなことでもやらかして、よくないものに取り憑かれたか。
とりあえず神社にでも連れて行けばいいかな。魔理沙は真面目半分に考える。
「失礼なこと、言わないで。私は普通よ。どこも、おかしくない」
「わかった、わかった。アリスはどこも変じゃない。あと人の心を読むなよ」
「心なんて読んでない。私が読んだのは魔理沙の顔色よ」
「食べるに夢中で見てなかっただろ、私の顔」
本日三度目になるため息をつく。
アリスは顔をお椀の中に突っ込むくらいの勢いでがっついている。
そのせいで髪先がお味噌汁にかすかながら浸かっている。
本物の野良犬だってもう少し落ち着きがあるだろう。
「そんなに美味しいか? 作った私が言うのもなんだが、けっこうアレだろ」
「安心して、他人に、出せる、ような、味、していない、から」
「率直な感想をありがとう」
魔理沙はもう二度と作ってやらないと胸に誓った。やはり自分は食べる専門なのだ。
「だけど美味しくないくせに、不思議とクセになる味なのよね。私は好きよ?」
「……それなら最初からそう言ってくれよ」
しゃっくりを百回すると死んでしまうというが、ため息にもその手の話はあるのだろうか。
四度目のため息をつきながら魔理沙は、これ以上にない脱力感と徒労感に襲われた。
そんな魔理沙を知ってか知らないか、アリスの食べ方はさらに野生動物じみてきた。
もはや咀嚼なんてまどろっこしいことを止めて、固形物だろが飲み込むようになっている。
まさに鯨飲馬食といった友人の振舞いに、魔理沙が五度目のため息をつきそうになった時である。
「魔理沙」
「ん、おかわりでも欲しいのか?」
「ちがうわよ」
「ならなんだ? デザートなんて洒落たものはないぜ」
「それでもないし、そもそも作れないでしょ」
「それもそうだ。本来私は食べる専門だからな」
はぁ、と六度目のため息をしたのは魔理沙ではなくアリスだった。
アリスは汚れた口元を上品にぬぐって、あらたまるようにして魔理沙を見る。
野良犬が寸暇のうちに淑女に変身した。
そんな御伽草子のような幻想を目の当たりにし、魔理沙の背筋も自然と伸びる。
そしてその姿に緊張とはまた別の理由で、胸の鼓動が速くなる。

「魔理沙」
「……なんだよ」
魔理沙はぶっきらぼうに応える。見惚れてしまったことを悟られないように。



「久しぶりに会えて嬉しいわ」



にこりと笑うアリスに、魔理沙はズルいとしか思えなかった。




※※※※※




「さっきは聞きそびれたが、何があったんだよ」
食器を洗いながら魔理沙はアリスに事の顛末を問う。
問われたアリスは優雅に食後の緑茶を楽しんでいる。
「普通に金銭欠乏症になって、普通に食事がとれなくなって、普通に栄養失調になっただけよ」
「説明自体はこの上なく分かりやすい。だけどまったく意味が不明だな」
「えっ、それって頭が……」
「ちがう! どうしてお前に食事が必要なんだ?! そもそも金欠ってなんだよ?!」
「あぁ、そういうこと。私はてっきり魔理沙の理解力が……」
「そうはもういい!!」
くすくす、と背後からアリスの笑い声が聞こえてくる。
からかわれたというのに魔理沙は不思議と悪い気はしなかった。
慣れてしまったというのもあるが、やはり相手が相手だからだろうか。
性質が悪いことこの上ない。
「ごめんね、久しぶりだから少し調子に乗ってしまったわ」
「別にいいよ、これくらい。もう慣れた」
食器を洗い終えた魔理沙が椅子に戻ると、アリスがすかさずお茶を淹れてくれた。
礼を言ってから一口飲んでみると緑茶は甘かった。
どうやらアリスが紅茶感覚で砂糖を入れたらしい。
「何から説明すればいいのかしら、やっぱし金欠からかな」
「そうだな。順を追って説明してくれ」
アリスが砂糖入りの緑茶をすすりながら、ここ数週間の出来事を話しはじめた。




アリスの話は数週間前にさかのぼる。
魔理沙が家に訪れなくなり、アリスは暇を持て余していた。
その暇を潰すためにアリスは、研究がてら人形販売でもうひと儲けしようかなと、
素人ながらあれこれと考え、ある販売方針を定めた。
高級感を持たせた人形を作り、人形一つ当たりの儲けを大幅に増やそうというものだ。
アリスには自分の腕とデザインセンスに並々ならぬ自信があった。
実際、多少の陰りは見えているが旧来のアリス作の人形やぬいぐるみは、いぜんとして幻想郷中で人気だ。
そのことからも、いける!と確信したアリスは大胆にもそれまでの儲けとタンス貯金の全てをはたいて、
普段では高過ぎて絶対に使わないような上質の材料を大量に購入した。
しかし結論を言えばアリスの商売は大失敗に終わった。
たしかに人形に高級感を持たせることには成功したが、その買い手がほとんどいなかった。
幻想郷の中でも一大勢力を誇ると言われる者達の多くは何体か買ってくれたのだが、
肝心の人里の人間達には、アリスの高級人形は見向きもされなかったのだ。
そのおかげでアリスは食いぶちにはぐれ、一人寂しく在庫の海で寝なければならなくなった。
もちろん、タンス貯金まで使ったので食料は買い足せなくなり飢えることになった。



「平たく言うと、欲深がたたって失敗したってことか」
「もう少しオブラートにつつみましょうよ」
「だって完全に自業自得だし」
魔理沙は急須を手にして、空になった湯飲みに新しい緑茶を淹れた。
今度は渋味を楽しむため無糖だ。
しかし淹れたのを飲んでみると、魔理沙の口の中には甘さが広がった。
どうやらアリスは急須の中に直接刺客をはなったらしい。
「……まぁ、金欠になった理由はよく分かったけど、倒れた理由が分からないな」
「私の勝手な推測だけど、日々の習慣が崩れたせいだと思う」
「なんだか竹林の薬師か、里の半獣みたいなことを言う」
「魔法使いにとっては肉体なんて器なだけで、本当に大切なのは精神の方なの」
「それは前に何度も聞いたな。私は両方とも大切だけどな」
「今回の場合だと、食事……主にお菓子が食べられなくなって精神の方に負荷がかかった。
 それが倒れた原因の一つだと思う」
「つまりお菓子がないとアリスは生きていけないのか」
「否定はしないけど、その言い草だと魔理沙はお菓子が無くても平気なのね」
「いや、私もお菓子抜きで生きていくのは辛い」
暗にもう作ってやらないとアリスから脅され魔理沙はうやうやしく応えた。
「ほらみなさい、お菓子は人生の主食なの」
「まったくだ。人は米によって生きるのではなく、お菓子によって生きると言えるな」
「私はお米よりもパン派だけどね」
「だろうな、米派は緑茶に砂糖をぶち込むなんてことしない」
それどころかパン派だって、普通はこんな過激なことはしないだろう。
アリスはただの甘党ではなくて、もはや糖分中毒者なのではと魔理沙は思う。
「にがいのは苦手なのよ」
「緑茶はにがくない、渋いだけだ」
「そんなの似たようなものじゃない」
そう言ってアリスは甘い緑茶を口まで運び、音を立てずに静かに飲む。
「うん、美味しくて甘い」
「………」
魔理沙は目の前で幸せそうな顔をする友人に、甘ければ何でもいいのかと訊きたくなった。
しかし、それと甘い緑茶を飲み込んで今後のことを尋ねる。もしも肯定されてしまうと嫌だから。
「で、これからどうするんだ?」
「どうするもこうするも、お金を稼がなきゃ」
「あてはあるのか? 人形作って売るにしても流行りは終わったんだろ」
「流行りでなくても、ある程度はまだ売れるはずよ」
「それでも作って売るとなると、けっこうな時間が必要だろ」
「まぁ、あともう一回くらい魔理沙のお世話になるかもね」
「それはそれで構わないけど、私にいい考えがあるんだが乗らないか?」
「先に言っておくけど泥棒関係は手伝わないから」
「そんなことはさせない。そもそも泥棒なんてしたことない」
「……あっ、そう。なら何なのかしら? 前のこともあるし一応聞いてあげる」
アリスが食い付いてきたのを確認した魔理沙は、わざとらしく二杯目の砂糖入り緑茶を飲み干した。
底に糖分がたまっていたらしく、最後はむせ返ってしまいそうなくらい濃い甘さだった。
口内に残った砂糖粒が砂を噛むようで気持ち悪いが、それにも耐えて儲けるための策を口にする。


「里でお菓子を売るんだよ」




※※※※※




「里でお菓子を売るんだよ」
露骨にむせるのを我慢してまで何を言うのか、と思って見ていたアリスは七度目のため息をつきそうになった。
商売に失敗して大損をこいた者に、何を言っているのだろうか。
「魔理沙、私の言ったこと聞いていたのかしら?」
「あぁ、一字一句漏らさず聞いたよ」
「それなら私の返事も分かるわよね?」
「当たり前だろ、もちろん『わかったわ』だ」
魔理沙の言葉を聞いてアリスは頭を抱えた。
それを魔理沙は不思議そうに見つめる。
「夏風邪でもひいたか? 知っているか、夏風邪は」
「その理屈だと魔理沙がひくはずでしょう」
「失礼な。私のどこがおバカなんだよ」
「さっき、私の話したことは覚えている?」
「金に目がくらんで失敗したんだろ」
「否定はしないわ。とにかく、もう商売ごとにはこりたの」
「大丈夫だって、今度は絶対に儲かる」
魔理沙のそれは子供じみたどころか、もはや詐欺師のような誘い方だ。
アリスはあきれてしまう。しかし、それを表に出さず落ち着きのある表情と声を作る。
大人の余裕、もしくは威厳というものを久しぶりに見せてやりたくなったのだ。
まず憂いを秘めた目で視線を外しテーブルに肘をつき、髪をすくい上げるようにこめかみ近くを押さえる。
そしてハスキーさと厭世観を意識した声でアリスは呟く。
「そんな言葉を信じるほど、私が夢見がちに見える?」

決まった。

(最高にスタイリシュでカッコいい仕草よね)

アリスは魔理沙の中で自分の株価が爆上げしたと確信する。
窓から差し込む夕日を背景にできれば完璧だったのだが、時間的にも位置的にも無理なのが悔やまれる。
完璧ではないにしろ、完全に魔理沙のド肝を抜いただろうとアリスは視線を戻す。
戻した先の魔理沙はだらしがなく口を開けて放心している。
お子様な魔理沙には少々刺激的過ぎたかとアリスは反省する。
反省はするとはいっても魔理沙を写す目は優越の輝きを宿す。
それが卑しいものだとは知っていても自制できなかった。
「えっと……なんて言えばいいのかな……」
一度は開き切った口をけんめいに動かして魔理沙は言葉を作る。
アリスはその口から発せられる賛美の言葉を期待し胸を膨らませていく。
頬が意に反してつり上がっていくのを我慢する苦しみを初めて知った。
「特に一発芸はさ……多分、アリスに向いてないと思うんだ」
「……はい?」
「もっと、こうシニカルな方向から攻めればいいんだよ」
いつもしているみたいに、そう魔理沙は続けた。
「攻めるって、なにを?」
「ジョークというか芸風というか」
「だからなんの話なの」
「いや、だから笑いを取る方針だろ」
「……参考にさせてもらうわ」
アリスは引きつりそうになる頬を我慢する苦しみも初めて知った。




「それで? 一応は内容を聞いてあげる」
心地よくない空気を取り換えるため、アリスが尋ねた。
もちろん、尋ねるものは魔理沙の言う儲け話だ。
聞くことで追求をかわす。攻撃こそは最大の防御とはよく言ったもの。
「どっちの話だよ、笑いの方か? それともお金の方か?」
「お金の方に決まっているでしょう。芸人になるつもりはないわ」
「うん、賢明な判断だと思う。アリスは魔法使いしているのが一番いい」
果たして褒められているのか、貶されているのか分からない。
にこやかな魔理沙の表情からみるに、その両方なのだろう。
「いいか? 里でお菓子を売って当面の生活費を稼ぐんだ」
「当分の間は商いに手を出したくない気分なんだけど」
「今回は上手くいくって」
「その自信はどこからくるのよ。それに商売をするには元手が必要でしょう。私は無一文よ、
 もしかして魔理沙が出してくれるのかしら?」
「私も似たようなものさ」
「……無心でもするの?」
「できれば借りは作りたくない。だから居間に転がる在庫品を売っちまおう。知り合いの店にでも」
「たしかに買値は高かったけど、売値となると二束三文以下よ、もったいないわ」
在庫になっているとはいっても、人形の素材であることには変わらない。
アリスはそれらを使い商品としてではなく、研究の一環としての人形を作るつもりだったのだ。
そして他にも密かな考えだってある。
「そこは安心してくれ、全部を売り払うわけじゃない」
「ただでさえ、大した金額にならないのに足りるの?」
「多少は追加で売ることになるかもしれないが、まぁこれくらいあれば事足りるはず」
そう言って魔理沙が指で作った金額は一家族がちょっとした贅沢を楽しめるくらいもので、
計画倒れに終わった高級人形一体分の値段の半分にも満たないものだ。
「そんなので本当にいいの?」
「あぁ、これだけあればいい。上手くことが運べばお釣りだってくる」
どう考えても商売なんて始められない金額なのに、魔理沙はその自信を崩そうとしない。
しかし魔理沙には前回という実績があり、それが説得力という後光をさす。
その誇らしげな表情をアリスは頼ってみることにした。
「……具体的には何をすればいいの?」
「とりあえずそうだな……いつものクッキーを作ってくれ」
「商売ができるほどの量は作れないと思うわよ?」
先に示されたお金では、商売ができるくらいの量は作れない。
全額を材料費についやしたところで大量に作れないだろう。
そんな不安を訴えるアリスに対して、あくまで魔理沙は余裕のまま応える。
「そこは大丈夫だ。あっ、でも九十、いや百枚くらいは欲しいな」
「それくらいなら作れるけど、本当に大丈夫なの?」
「だから大丈夫だって、本当にアリスは心配性だなぁ」
「……私が心配性なのは認める。だけど、あなたはあなたで能天気過ぎると思う」
「そうか? 私は私で心配性のつもりなんだけどな」
「どこがよ」
「まっ、私のことは放っておいて売り払ってもいい物を教えてくれ。ちょっと行ってくる」
「その行動力だけは素直にうらやましいわね」
「そうか? アリスもけっこう行動力あると思うけどな」




※※※※※



売っていい物とそうでない物を仕分けるのに、時間はほとんど必要なかった。
アリスが在庫を完璧に把握していたおかげである。
そのため魔理沙が顔なじみの店にその在庫を押し付けに飛びだった時には、
まだ太陽は沈みきっておらず、魔理沙は一人赤く染まった空を行くことになった。
箒にぶら下げた在庫も夕空に照らされて赤くなっている。

「久しぶりに二人で空を楽しみたかったんだけどなぁ」
アリスは掃除を理由に同伴してくれなかった。
その代わりに大き目のバスケットとお使いのメモを手渡してくれた。
メモにはクッキーの材料の他にも、様々な生活用品が名前を並べている。
一見すれば余分な素材を売りに行くついでの使い走りのように思える。
しかし、メモに書いてある日用品の量は一人分よりも明らかに多い。
そのことが魔理沙の心をくすぐり、お使いを引き受けさせたのだ。



魔理沙が見えなくなったところで、見送りに出ていたアリスは家の中に戻った。
本当を言えば魔理沙と一緒に里までお買い物に行きたかったのだが、残ってすることがあるのだ。
居間に入ったアリスは、手元に残すことにした素材を再び見定める。
質は折り紙つきだし、量だってまだまだ十分にある。
「これなら、一着どころかもう何着か作れるわね」
思惑通りに動けることを確認し、アリスは一人静かに笑う。





※※※※※




「久しぶりに作ったから、味は少し落ちているかも」
「謙遜するなよ、すごく美味しい。むしろ前よりも良くなってる」
お使いから帰ってきた魔理沙は、さっそくアリスにクッキーを作ってもらった。
アリス本人は数週間ぶりだから、自信がないと作る前から作った後までぼやいていたが、
その調理をいすに座って傍目から見る限りでは、その腕が錆びついたようには思えない。
アリスは流れるような動きで調理をすすめ、最短の時間で最高の仕事をこなした。
年季が違うという言葉を魔理沙は実感した。口にしたら頭を叩かれるだろうが。
「幻想郷でも五本の指には入ると思う」
「そんなに褒めても何も出さないわよ?」
「お世辞なんかじゃないよ、本心からの言葉だ」
魔理沙はだってさ、と続ける。
「他にクッキーなんて作るの、咲夜に小悪魔、あとは……八雲の藍くらいだろ」
「言われてみればそうね、霊夢なんかはお煎餅がすごく似合いそう」
「いつも縁側でお茶を飲んでいるからな」
二人はカップすら両手で包むようにして持つ友人を思い浮かべた。
あの若さで湯呑み入りの緑茶とお煎餅が似合う少女は古今東西探してもいないだろう。
これもまた本人の前で口にすると頭を叩かれるにちがいない。
「今の話でおおよその事は察しがついたわ」
「おお、さすがだな」
「私を除いてクッキー作れるのがほんの数人だもんね」
アリスの言葉を聞く魔理沙は満足そうに笑っている。
それを見たアリスも頬が弛緩して饒舌になる。
「幻想卿……もうこのさい人間の里でいいわ。おそらく里の多くの人間にとってクッキーは未知のお菓子。
 だってクッキーを作れる者の全員が、里から離れた所に縁遠く住んでいるから。
そんな状況のなか里でクッキーを売って前みたいに、流行してくれれば大儲けってことよね。
 しかも、私達が成功したとしても他の三人は立場からしてマネすることは絶対にない。
もし、マネしてくる者がいるとしたら、それは里の人間だからクッキーの作り方を学ぶ……
もしくは私達から作り方を盗んでモノにするには、それなりの時間がかかる。当分の間は独占的に売れるのよ」
「なかなか悪いことを考えるよな、なんだか怖くなってきたぜ」
ワザとらしい身震いをする魔理沙にアリスはどっちがよ、と思う。
それでも年上の威厳と賢さを見せつけられたことに満足する。
「その反応は百点満点ってとっていいのかしら?」
「まさか、だいたい六十点くらいだな。つまり及第点」
「むぅ、思ったよりも低いわね、悪くても八十点はあるかと思ったわ。どこか違った?」
「間違ったところはないよ。ただ足りないところが多いんだ」
「ご教授お願いするわ」
「素直でよろしい。前回、人形が流行った時と今回では大きな差がある。それがなにか分かるか?」
アリスは少し考えてみたものの、ろくな応えは出てこなかった。
それでも、なにも応えられないのも悔しいので、てきとうに返すことにした。
先に出題者から勧められたように、少しばかりのシニカルさを加えて。
「少なくとも前回は、私が飢えてなかったわね」
「正解」
「えっ」
「さすがアリスだな」
「……当然よ」
「そう、前回は飢えてなかった。でも今回は飢えているんだ」
「にこやかな顔のまま飢えているとか言わないで」
「いいか、前回は初期の客が金銭感覚の狂った連中だったから、手元にけっこうなお金が入ってきて、
 そのお金があったからこそ里の流行に応えられたんだ。材料費ってけっこうかかっただろ。
 だけど、今回は手元に小金しかない。これだけじゃ初期費用も賄えないから普通の商売はできない。
 仮にできてもかなり小規模なものになってしまう。それじゃせっかくの旨みが激減してしまう」
「質屋とかから借りるのはどう? あまり使いたくない手だけど」
「多分、誰も貸してくれない。あの手のところは実績、もしくは担保という信用がないとダメだ」
「少し前なら良い実績だけだったけど、今は悪いものまであるしね」
「どちらにしろ、借りた金を作りたくない」
「それには全面的に賛成ね。でも、それならお金はどう用意するの?」
「用意できないなら使わなかったらいいんだよ」
魔理沙のトンチみたいな言葉にアリスは困惑する。
それに構わず魔理沙は続ける。
「例えばさ、高い確率で『十』だけ儲かる方法を『五』だけ払えば教えると言われたらどうする?」
「私は絶対に聞かないけど、聞く人はいるでしょうね」
「要はそういうこと、クッキー自体じゃなくて、クッキーの情報を里のお菓子屋に売るんだよ」
クッキーの作り方は限られた者達が図らずして独占している。
希少性があれば実態のない『情報』でも経済活動に参加できる商品になりえるだろう。
アリスは瞬間的、直感的にその理屈を理解した。
そして理屈を理解すると同時に、その前提条件にも気がついた。
「仕組みはわかった。だけど、それこそ『売れる』っていう信用がいるんじゃない?」
「確かにクッキーが売れることは、狸の皮算用の域を出ていないし、信用されづらいだろうな。
 だから最初はアリスが作った何枚かを店に配って、店頭で試食と試し売りしてもらうんだよ」
「それで百枚もクッキーがいるのね」
それにしても百枚は多いのか少ないのかアリスには判断しかねた。
あくまで個人的な感覚で言えば百枚は少ないが、委託する店への撒き餌としても多いと思う。
撒き餌を奮発するほどお金に余裕はないはずなのだ。
そのことを一番知っているのは他でもない魔理沙のはずでは?と小さな疑問を抱いた。
「といっても店頭に置いてもらうのはそのうちの六、七割。残りは違うところで使う予定」
「どこよ?」
「クッキーが出来しだい配りに行くから、その時に分かるさ」
魔理沙は遠まわしに一緒に里まで行こうと誘う。
「はぁ……しかたがないわね」
それにアリスは承諾する。もちろんしぶる演技も忘れない。



アリスは席を立ちクッキーを焼く準備をはじめた。
主な材料はお遣いの時に魔理沙が揃えてくれていた。
台所の窓からのぞく夜空には星が輝いており、そこに浮かぶ月も高い位置にある。
(そういえば魔理沙は夕飯を食べたのかな、……多分まだでしょうね)
アリスはクッキーの下ごしらえとともに、魔理沙の夕食も準備することにした。
それに勘付いたのだろう背後から悪いなという声が聞こえてきた。
いちいち振り向かないでお互い様でしょ、とそっけなく応えた。
そして何を作ろうか迷った。夕方のお使いのおかげで食材は豊富にあるのだ。
また、背中に感じる期待のこもった視線にも応えてあげたいというのもある。
それがくすぐったくてしかたがない。

言葉を使わない意思疎通の気持ちよさを知ったのはいつのことだろう。
少なくとも魔理沙と会ってからだ。
そう思うとなんだか、お礼ではないけれど、魔理沙になにかしてあげたくなった。
だからアリスは自分が一番好きな物を作ることにした。
クッキーなんかとは比べ物にならないくらい手の込んだ物だ。





※※※※※




すでに太陽は高いところまで昇り、その存在感と情熱を遺憾なく発揮し大地を熱している。
白雲の多かった前日とは違い、快晴という言葉を体現するその空を魔理沙は行く。
眼下の木々の葉に投影される影はいつもより大きい。
アリスが箒に横座りをして魔理沙と二人乗りしているからだ。
「なんでそんなに不機嫌なの?」
アリスが朝から不貞腐れている箒の操者に尋ねる。
風にさらわれないよう、小さいながらも叫ぶような口調になった。
「ねぇってば。無視しないでよ」
聞こえないふりをしている魔理沙に二度目の声をかける。
抗議の意味をこめて軽く魔理沙の背に体重を預けた。
頬に感じる魔理沙の体温が強くなる。
「別に機嫌が悪いわけじゃない、ただ……」
「悪いじゃない、機嫌」
「なんていうか。うん、まぁ、私が和食派であることは認めるよ」
「今朝はたしかに洋食だったけど、それで不機嫌なの?」
魔理沙の言葉にアリスはからかいの声色で返した。それに魔理沙はため息をつく。
「そうじゃない。というか洋食と言えるのか? あれは」
「あれが和食に見えた?」
「見えたら永遠亭に行かざるをえないな」
「……それで結局のところ、何が不満だったわけ?」
アリスは魔理沙の背に当てた耳を澄ました。
魔理沙の体の奥から聞こえるモノが鮮明になる。
それはトクントクンと規則正しい旋律を奏でる。
その旋律に合わせて体温がかすかに上下しているよう感じる。
(だいたい同じくらいね)
アリスは無意識のうちに自分の胸に手を当て、魔理沙の音と比べていた。
多少のズレはあるものの、アリスのそれも同じように鼓動している。



「普通はさ、ケーキは朝食にならないと思うんだよ」
「どうして? 美味しくて甘いじゃない」
たしかに朝に甘い物を食べるのは理にかなっている。
しかし、それが前面に出てくるのは奇妙なことだと魔理沙は思うのだ。
それに加えて前夜の食事についても言及する。
「それにケーキを晩ごはんにするのも普通じゃない」
「私はよくするけど、里の方じゃそういうものなの?」
そう言ってアリスは里の家屋の屋根達を眺めた。早いもので気が付いた時には里に入っていた。
「いや、里だけじゃないと思う」
「紅魔館でも? あの吸血鬼姉妹は食べてそうだけど」
「あの二人については否定しきれないけど、多分あくまでデザートって認識だろ」
「詳しいのね」
「よくおこぼれをもらうからな」
「私と咲夜、どちらの方が美味しい? 小悪魔も入れれば三人ね」
墓穴を掘った。いや、この場合は掘らされたといった方が正しいか。
とにかく魔理沙は返答に困った。
アリスが一番だと返すのは、なんだか無性にくやしい。
咲夜もしくは小悪魔と言えば、にやにや顔で卑屈になるだろう。
どう応えても手段が変わるだけで、アリスにからかわれるのは目に見ている。
「ねぇ、どうしたの? 三人の中で誰が一番なのかしら」
背中越しに邪な気配が伝わってきた。
アリスの声の端には、早くも意地の悪い笑いが混ざっている。
「もう最初の目的地に着く。準備してくれ」
万事休す。魔理沙が覚悟を決めたその時、馴染みのある屋根が見えた。




里の中心に位置するやや大きめの家屋の裏手に二人は降り立った。
通りに面する方からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「ここって寺小屋よ、お店じゃないわよ」
「ここでいいんだよ」
そうとだけ言って、魔理沙は『上白沢』と書かれた表札付きの小奇麗な門を通った。
家の主人の性格を表すように門より内側も綺麗に整えられている。
その先にある戸を魔理沙は叩いた。
「知っていたのね、ノック」
「なかなか披露する機会に恵まれないけどな」
アリスと軽口を交わしながらも、魔理沙は戸を叩き続けた。
「忙しいんじゃない?」
「今は休み時間みたいだし、そろそろ開けてくれるだろ」
魔理沙は戸を叩く力を強めた。少し手が痛くなる。
指の背が赤くなりはじめた頃、家の中から人が動く気配がした。
それを見計らって魔理沙は声をあげる。
「たのもー」
どてどてと面倒臭そうな足音が戸を挟んだそこまでやってきた。
草履をはく音と解錠する音がして、鬱陶しそうな声とともに戸が開かれた。
「門のところに『押し売り不要』って字があったでしょ? 見直してそのまま帰りなさい」
「あれ? 慧音は?」
出てきたのは薄青色の髪ではなく、灰のような白さの髪だった。
「今は子供たちの面倒。それよりも魔理沙、強盗やめて押し売りをはじめたの?」
「人聞きの悪いこと言うなよ、私が強盗なんて物騒な真似するか」
横からアリスが何か言ったが聞こえないふりをする。
「……それで慧音になんの用?」
「あからさまに警戒するなよ。別に妙な用事じゃないさ」
「慧音に物の道理を教えてもらう気にでもなったの?」
「いい考えね。魔理沙、この際お願いしなさいよ」
「保護者もこう言っているし、多分だけど慧音も喜ぶと思う。どうする?」
「冗談、あの頑固者の授業なんてこりごりだぜ。それにアリスは保護者じゃない」
「それは残念」
依然として面倒臭さそうに妹紅はうなじの部分の髪を指でいじって遊んでいる。
指に絡め取られた髪は円を作るが、指が抜かれるとすぐにまっすぐに戻る。
魔理沙はその髪遊びが落ち着くのを待った。
指に巻き取られた髪が、離され流れて元に戻る様子に少しだけ見蕩れたのだ。
「押し売りでもなく、学問を志すわけでもないなら、どうしてここに来たの?」
髪遊びを終えた妹紅が問うてきた。
「あっ、そうだった、そうだった。えっと、それはだな……」
「しっかりして。なに腑抜けているのよ」
アリスから容赦ない言葉が浴びせられた。
その声音には、たじろいたこと以上の非難が混じっているよう感じた。
「本当は慧音に頼みたかったんだけど、お前でいいや」
にわかに機嫌が悪くなったアリスを気にしながら、魔理沙は妹紅に袋をつきつける。
「これ、子ども達にやってくれないか」
「甘いにおいがするけど……これはなにかしら?」
「クッキーって言うお菓子」
「これまた珍しいものを」
「ん、どうしてクッキーを知っているの?」
アリスが不思議そうに尋ねた。妹紅はそっけない態度で応える。
「こっちに来る前、外の世界で何回か食べたことあるのよ」
「それなら話が早い。慧音の生徒達に配ってやってくれないか」
「どうしたの、まるで慈善家みたい」
「みたいじゃなくて、私達は正真正銘の慈善家だよ」
「押し売りにしても慈善家にしても、胡散臭いことに違いは無いでしょうよ」
「それには少し同意する。あと、配るときは匿名で頼むぜ」
「さらに胡散臭さが増したわね」
「正義の味方は正体不明の方がカッコいいだろ」
「本当にそれだけ?」
その言葉には何かが籠められていた。その双眸にも何かが宿った。
視線を交わす相手から気だるさは消え失せ、その代わりに迫力を身にまとっている。
その迫力は禍々しさや暴力を連想させる激しさの伴うものではない。
静けさの中にも威圧感を与える研ぎ澄まされた刀剣の刃みたいなものだ。
魔理沙は閻魔の裁きを受ける亡者の気分になった。
真実以外を受け付けてくれない相手と対峙しているのだ。
「魔理沙……」
アリスから心配そうに名前を呼ばれた。
「……わかったよ、全部話す。協力してくれるかはそれから判断してくれ」
魔理沙がそう言い終わった頃には、妹紅の目も穏やかなものに戻っていた。



「だいたい分かったから、もういいよ」
魔理沙が説明をはじめてから数分も経たないうちのことである。
妹紅にまだ子ども達にお菓子を配る理由を教える前に話を中断させられた。
「いいのか? ここからがお前にとっての本題だぜ?」
「あぁ、大体の想像はついたよ。なんというか、あまり子どもを巻き込むのは良くないと思う」
「たしかに……そう言わると弱いな」
妹紅の的確な批判に魔理沙は二つの理由で動揺してしまう。
一つは妹紅が自分の企みを完全に見抜いたこと。
もう一つはその企みに関わる倫理的な問題についてだ。
特に後者は魔理沙からしても元より後ろめたいものがあり、指摘されたことでさらにそれが強くなる。
今回の企みは多かれ少なかれ子ども達を利用する。そのことが魔理沙を苦しめるのだ。
「と言っても当の子ども達からすれば、ただでお菓子が貰えるわけだし。いいよ、配ればいいのね」
「本当か?! すごく助かる」
妹紅の声音が和らぎ魔理沙の緊張もとける。
事情を説明する時の硬質な声がいつもの朗らかな声に変わった。
「ところでなんだけど、このクッキー美味しいでしょうね?」
「もちろんだぜ。あっ……でも、もしかしたら甘すぎるかもしれない」
「なんでよ、私の自信作よ?!」
「味見はしたんだけど私も味覚が鈍っている可能性あるし、お前もしてくれないか?」
「それはいいけど、私が食べても数は足りるの?」
「多めに作ったから平気だよ、慧音の分だってあるし」
「それはきっと慧音も喜ぶ。意外にも甘党なのよ」
それまでの気だるそうな態度とは、正反対の愉快そうな口ぶりで妹紅は語る。
「普段はそのこと隠しているみたいだけどね」
「そう言うあなたはどうなの? その口ぶりからだと甘党ではないみたいだけど」
妹紅の言葉が激甘党としてのアリスの矜持を刺激したのだろう。
いつになく攻撃的かつシニカルな口調で妹紅の好みを問うた。

「甘いものが嫌いな女の子なんていないわよ」

そこにはかわいらしい少女の笑顔があった。





※※※※※




協力をとりつけられた魔理沙達は慧音の家をあとにした。
家の門を出る時に確認したが、そこには妹紅の言うとおり『押し売り不要』の字があった。
里にこの家に誰が住んでいるのか知らない者はいない。
それでもお構いなく来訪する不埒な者は、それなりにいるのだろう。
周りを見てみれば他の家屋の入り口付近には似たような言葉が飾ってある。

「次こそはお店よね。あてはあるの?」
「うん、すぐ近くにある。……潰れてなかったら、だけどな」
あたりの家屋を眺めながら表道の方に歩いているとアリスがのぞきこんできた。
「知り合いのお店なの?」
「どっちかって言うと、むかしの友達かな」
「疑うつもりではないけど信用できるの?」
「類は友を呼ぶ。私に似て素直で誠実なやつさ」
「それは楽しみね。どんなクセ者が出てくるのやら」
「クセは少しあるかな。通りに出たら右。一分くらい歩いたところにある」
表の通りに近付けば近付くほどに、人の行き来する里の喧騒さが二人の耳に入ってくる。
里になじみの深い魔理沙は気にならないが、自称都会派のアリスは億劫そうになる。
表に出てみるとやはりと言うか、多くの人々が通りを闊歩している。
人ごみが苦手らしいアリスはしかめ面になってしまう。
都会派の方が喧騒には慣れていそうだが、アリスの場合はそうではないらしい。
魔理沙はしかめ面アリスの空いている手を取った。
「行こう。すぐそこだから」
「……しかたないわね」
アリスが顔を逸らした。
それを見た魔理沙はくすりと小さな笑みをもらした。



魔理沙の足が止まったのは、アリスの手を取ってから本当にすぐのことだった。
通りに面したそこに立つのは両隣を八百屋と乾物屋に挟まれた小綺麗な建物で、
元は他の店と同じように日本家屋だったのだろうが、改修して洋風のよそいとなっている。
両隣の店が店内と店外の境界を曖昧にした開いたところに品を置き商いしているのに対し、
目の前の店ではその境界を壁と扉ではっきりと区切っている。
その代わりに店の入り口と通りに面した壁には里では珍しい大きなガラスをはめており、
店外からも店内の様子や商品をのぞけるようになっている。
そしてそのガラスには幻想卿では馴染みない物が顔を見せていた。
「ねぇ、魔理沙。ここってパン屋なの?」
「珍しいだろ。里の中で唯一の店なんだ」
「腕の方は確かなの? ずいぶんと物静かな印象を受けるけど」
アリスは店の様子を忌憚なく表現した。
今現在、店の中にお客さんらしい人影はないし、頻繁に人が出入りしている雰囲気でもない
どう贔屓目に見たとしてもとても繁盛している店だとは考えにくい。
もっと言ってしまえば寂れているのだ。
「腕は保証する。信じてもらえないだろうけど」
知り合いの魔理沙からしても店の経済状況は庇い切れないらしい。
その反応にアリスは一抹の不安を抱えながらもある一つの考えが浮かんだ。
それを中心として魔理沙の敷いた仕掛けの全貌がかたち作られる。
どうして寂れた店を選んだのか、どうして寺小屋でクッキーを配ったのか。
それら全てがパズルのピースのように組合わさっていき一つの仮説に辿り着いた。
「乗りかかった船と言うし。いいわ、早く店の人と交渉して来なさい」
「へっ、アリスは来ないのか?」
「顔に出てしまいそうだもの。だから店に入ってすぐのところで待っているわ」
「悪いな。すぐにすませから」
「多少は長引いてもいいから、できるだけ私達に有利な条件をつけなさい。いいわね」
「えっ、う、うん。がんばってみる」
語尾が強くなってしまい魔理沙が怯んだがアリスは気にしない。
頭に浮かんだ考えが正しければ、相当に有利な利益配分が期待できるからだ。
本当なら自分も交渉の場に立ちたいところだがその加減が分からないのと、
うっかり不要な事を口にしないためにアリスは魔理沙に交渉を一任した。
魔理沙の交渉力がどの程度のものなのかは不明だが、少なくとも自分よりはあると踏んだのだ。

ふと奥のカウンターを見てみると、さっそく速魔理沙は店主と交渉を始めていた。
商売の交渉に立ち会ったことのないアリスにはその雲行きの良し悪しすら掴めない。
少しばかり二人のやり取りを遠巻きに見た後、アリスは至った答えの再確認にうつる。




仮に寂れていた店に自分達の商品を売り込み、それを境にして店が繁盛し始めたとする。
この場合、自分達の手柄と店側の手柄を比較してみれば、どちらに分があるかは一目瞭然だ。
もともと店自体は寂れていたわけでそこに魅力はないので、自分達の商品に魅力があることになる。
それ故に店側に対して利益配分の比率を有利に持っていけるのだ。

もちろんこれは自分達の紹介する商品が本当に人気商品になる必要がある。
そのためにはお客さんに自分達の商品を知ってもらい、実際に購入してもらわなければならない。
元から人気のある店なら何もしなくてもお客さんから来てくれ商品を知ってもらえるが、
人気のない店の場合はそうはいかない。自分からお客さんへ宣伝しなければいけない。

しかしここにも問題が存在する。
クッキーのような幻想郷では馴染みのない物を宣伝したとしてどれほどの効果があるだろうか。
多少は興味本位で買いに来てくれる者もいるだろうが、多く者は様子見にとどまるはず。
その場合でも徐々にクッキーの人気は伸びるだろうけど、同様に店側のパンも売れ始める可能性がる。
そうなると店側の魅力もクッキーの魅力と等しく増加してしまい、利益の割合が減ってしまうかもしれない。

それを解決するために魔理沙は寺小屋に撒き餌を放り、子ども達をクッキーの宣伝塔に仕立て上げた。
男女問わないで甘い物に目が無い年頃の子ども達だ。
寺小屋から帰宅すれば親にクッキーのことを話すだろうし、それを買って欲しいとねだるだろう。
親としても聞き慣れない食べ物の名前に興味を持ち大人の間でも話題になるはず。
そうなればクッキーの噂は勝手に凄まじい早さで広まってくれ、唯一販売しているここに殺到してくれる。
初めの方で爆発的に売れてくれれば、店側に自分達の優位性を植えつけられ利益配分も美味しくなるのだ。




アリスが考え込んでいると交渉を一通り終えた魔理沙が近くまで来ていた。
その手には一枚の用紙があり、そこには仮契約の内容が簡潔に書かれている。
それを受け取ったアリスは魔理沙の交渉の結果を確かめる。

・△日間の試用期間中のクッキーの売上の×割がアリスの取り分
・△日間の試用期間が過ぎた時点で正式な契約を結ぶか決定する。
・ここでいう正式な契約とはクッキーのレシピの独占的開示及び技術的指導である。
・店側は正式な契約後の▲カ月はクッキーの売り上げの一部をアリスに上納する。
・正式な契約後のアリスの取り分に関しては契約の際に決める。
・なお正式な契約後、アリスの他店へクッキーのレシピ開示は禁止。

内容を見たアリスは小さく微笑み魔理沙に了承の意を伝えた。
どの数字もアリスを満足させるものだったのだ。
了承を得た魔理沙は店主の方へ戻っていきそこで店主と握手を交わした。
後から魔理沙に訊いたがそれが契約成立の証だそうだ。
魔理沙がどこでそんな知識を得たのか謎だが、それよりもアリスは報酬の方が気になってしまい、
その疑問はいつの間にか頭の片隅へと追いやられてしまった。


「それにしても、よくあそこまで有利な条件を取りつけられたわね」
交渉を終え帰路の空でアリスは魔理沙に尋ねた。
日はまだ高く空も青色のままで、紅に染まり始めるにはもうしばらくかかるだろう。
元より自分達が有利になるよう計算しての行動だが、それを加味しても利が多過ぎる。
アリスはそれが不思議でならなかった。
「昔から縁のある店だからな。他の店だとこうはいかない」
「ふーん。ところで今晩のごはんはどうする?」
「糖分は控えめで頼む。これ以上は胃が反乱をおこす」
「はいはい。当分の間はあなたにケーキは出さないわ」
「……審議したくなるな。あとだけどケーキは近いうちに作ってもらうかも」
「やっぱり食べたいんじゃない」
「ケーキも販売できないかなって意味だ」
「パンが作れるなら大丈夫じゃない?」
「そんなものなのか?」
「そんなものなのよ」
アリスの頭は新たな儲け話でいっぱいになってしまう。
またもや魔理沙への疑問は晴れることなく霞と化してしまった。
安価なクッキーと異なりケーキならばいい値がつけられるため報酬も多くなるからだ。
そこから入ってくる収入を考えるとアリスは箒の上で小躍りしたくなった。




※※※※※




「それで今回はどんな手を打ったのかしら? 奇術師さん」
「私はただの魔法使いだぜ。魔法は仕えても手品は無理だ。咲夜にでも頼め」
「一昨日くらいからこそこそ出歩いて何をしていたのかって訊いているの」
二人はパン屋から少し離れた家屋の二階にいた。パン屋の店主の家だ。
何日か何週間か前に始めたクッキーの委託はある程度の成功を収めアリスの懐を温めた。
しかしその儲けだけではアリスも仕掛け人の魔理沙も物足りず、次の作戦に移行した。
第一弾のクッキーに続き今度はケーキ(店にはその情報)を販売することにした。
そして今日はケーキの正式な販売をはじめる日で二人はそれを遠くから見守っているのだ。
「今回は寺小屋に件の差し入れしてないわよね?」
「連続して子どもを利用するのは気が引けるから」
元から罪悪感があった上に妹紅の諌めが効いているだろう。
アリスは魔理沙の表情と声が曇ったのを感じた。
「次はただの差し入れでもしましょうか。お礼をかねて」
「……助かる。あ、あと味見は任せてくれ」
「そんなことより何か手は打っているのかと訊いているのだけど?」
「あー、そのうち分かる。……じゃダメだよな」
「当たり前よ。耳を揃えてきっちり教えてもらわないと」
「返す言葉もないな」
えっとどう説明したものかなと魔理沙が窓から店の方を見てみると見知った姿があった。
店から二人のいる家屋は少し離れている。
それでも魔理沙がその姿を捉えたのは、たんに目が良いだけではない。
彼女らがどこの誰だか分かるくらい目立つ格好をしているからだ。
二人のうち片方は紅白のありがたい衣装で、もう片方は背丈をこえる長刀を携えている。
「ほらあれだよ。店の方を見てみなよ」
「あれって霊夢に妖夢よね……?」
「今度はあいつらを利用させてもらうのさ」
きょとんとしたアリスとは逆に魔理沙は自慢げに続ける。
「あいつらにケーキの無料券を配ったんだ。条件つきでな」
「一昨日の行方不明はそのためなのね。それで条件ってなに?」
「それも見ていたら分かるよ。わりと大変だったんだぜ。あの長椅子借りてくるの」
そう言って魔理沙は店先を指さした。指の方には小豆色の布をかぶった長椅子がある。
通常は和菓子屋の前に置かれているものだ。隣には日除けの和傘も置いている。
そこに店から出てきた霊夢と妖夢が腰を掛けて、もらったばかりのケーキを食べはじめた。
「ケーキは店先で食べてもらうんだ。いい宣伝になる。見栄えもいいしな」
「博霊の巫女を宣伝塔にするなんて罰当たりね」
「霊夢はいつも同じお煎餅ばかりだからな。たまには違う物も食べて欲しいだけさ」
「ところで霊夢はともかく何で妖夢なの? そんなに里で有名だったかしら」
「あぁ、お年寄りの間ではすごく有名……というか人気だ。霊夢に匹敵するくらいに」
「そんなに交流があるとは知らなかった」
立場はもちろんのことその性格やら言動から霊夢の名と顔を知らない人間はいない。
その評判の良し悪しはまちまちだが、里の御老体達からは絶大な人気を誇っている。
それに匹敵すると知り妖夢を見るアリスの目も少し変わった。
「話や趣向がすごく合うんだってさ。従者しているだけあって気配りもできるし」
「理想の話し相手というわけかしら」
「理想の孫って呼ばれているらしいぜ」
「それなら年配の方への宣伝効果は抜群ね。売上アップに期待だわ」
そうこう話している間にケーキを食べ終わった霊夢と妖夢は店先から去って行った。
ケーキは食べたかったが長居をするほど暇ではないみたいだ。
それにしてもと魔理沙は店の方へ目を向けた。
二人が来てから去って行くまでの間、店の周りにはいつもより人が多くいた気がした。
魔理沙の感じたそれはきっと気のせいではないだろう。




霊夢と妖夢の宣伝効果は高齢者だけでなく他の年齢層の人間にも及んだらしい。
遠目からもはっきりとお客さんの数が増えたのが見てとれた。
店を出ていく彼らの手には紙箱があり、それがケーキを買ったことを知らせてくれる。
なかには両手をふさいで店から出てくる者もいる。まずまずの滑り出しだ。
手に箱を持った人数が二十をこえる頃に新たな宣伝塔員の姿が魔理沙の目に入った。
今度の特別来賓は八雲の式とその式だ。
それをアリスに伝えようとした時、アリスの方から声をかけられた。
「今回は藍と橙なのね」
「前回が理想の孫枠なら今回は理想の親子枠だぜ」
「たしかに本当の親子みたい」
「主人と従者枠で紫と藍の組み合わせでもよかったんだけど、今回は親子枠にまわってもらった」
「幻想郷は主従関係が多いものね。そう言えば先の妖夢も従者だったわね」
そう言えばとアリスは思う。その妖夢の主人は今何をしているのだろう。
妖夢は食に対する興味が深々な主人をどう誤魔化してここに来たのだろうと。
もしかしたら今頃その主人にお説教をもらっているのではと心配になってきた。
「より高い宣伝効果を狙いたいから今回の主従枠は少し変則的にしてみた」
「変則的なら紅魔館組でも永遠亭組ではないだろうし。どこの主従かしら」
「次の宣伝塔……もとい来賓がそれだから答えは言わないぜ」
「楽しみにしておくわ。他にはどんな枠が用意されているのかしら?」
「主従枠の他にはもう一枠しか残ってない。しかも枠って感じでもない」
「思ったよりも少ないわね。もう二、三枠くらいあるかと思った」
「あまり多過ぎても不自然だからな。下手をすれば逆効果になりかねないし」
「過ぎたるは及ばざるがごとしと」
「そう言うことだぜ」
などと二人で談笑しているうちに藍と橙の二人はケーキを食べ終えようとしている。
しかしよく見ると藍の手元は空いていて、その代わりに橙には手元の皿の他に傍らにもう一枚の皿がある。
どうやら藍は自分の分を橙に譲ったみたいで、生クリームで口の周りを白くしている橙を見守っている。
そしてときおり食べながら笑顔を向けてくる自分の式に笑顔を返している。
その様子に店の前だけがやけに和やかな雰囲気につつまれていた。
わざわざ足を止めて二人のやりとりに目をやる者もいて、そのうちの何人かは店へと入っていき
しばらくしてから片手に紙箱を持って店から出てきた。紙箱を持つ彼らの顔はどれも幸福そうだった。
橙がケーキを食べ終わると二人仲良く顔の前で手を合わせ、皿を店に戻してから立ち去った。
立ち去る式達を見送るように目で追ったのは、なにも魔理沙とアリスだけではない。
その見送りの間も店に入っては箱を持ち帰って行く者は何人もいた。




理想の孫、理想の親子ときて次は主従枠のつもりだった魔理沙の予定は変更させられた。
いつも一緒にいる部下と来ると予定・予測していたのにそれを大きく外した。
もともと相手に深く事情を話していないので、多少の計算違いやズレは覚悟していた。
部下ではなく同僚や寺の住職といった面々とやって来る場合も考えていたし、
さらに言えばそもそも来てくれないという可能性すらも認めていた。
幸いなことに来てはくれたのだが、いかんせんその同行者が魔理沙にとって意外過ぎた。
「なんであいつとなんだ……?」
「あら星と美鈴じゃない。たしかに変則的だわ。主人と従者だけどお互いは主従関係じゃないものね」
さらに隣にいるアリスが容易く納得したことも意外だった。
「本当はトラとネズミの組み合わせだったんだけどな」
「でもそれだと変則的とは言えないわよ」
変則的ならば何かしらの理由が必要だ。たとえば確執などだ。
アリスが知る限り星とナズーリンの間に確執があるとは思えない。
少し抜けたところのある主人に、しっかり者の従者。
理想ではないにしろ十分魅力的な組み合わせである。それを魔理沙に尋ねてみた。
「いつも二人で下剋上夫婦漫才しているから、少し変則的かなと思ったんだよ」
「あなたが芸にうるさいのは星達のせいなのね」
「トラ本人はいたって真面目なんだろうけどな」
里での星達の評判を思い出し魔理沙はてきとうにうなずく。
本人は真面目なつもりなのだろうけど、星は説法の途中でもよくうっかり癖を発動してしまい、
御供のナズーリンから皮肉混じりの突っ込みをもらっている。
その二人のやりとりは人気があり、説法ではなく二人のえせ漫才を目当てに集まる者も多く、
お布施用のお鉢に入れられる金銭の半分近くは御ひねりといっても過言ではない。
「別に美鈴に不満とかがあるわけじゃないけど……なんだか悔しいな」
「そうかしら。美鈴は美鈴できっといい宣伝になるはずよ」
「なんでなんだぜ?」
「だって事情を知らない人達からは、あの紅魔館の従者がわざわざ食べに来ていると見られるわけだから」
「まぁそういう見方もできるな。でもさ……」
「それに二人してあんなに美味しそうに食べてくれているのよ。文句なんて言ったら罰が当たるわ」
アリスが嬉しそうに笑った。
店先を見てみればアリスの言葉通りトラと門番はケーキを堪能していた。
その子供みたいに喜び食べる二人に魔理沙の不満もどこかに消えしまう。
二人とも人間なんかとは比べ物にならないほどの月日を生きてきたはずなのに、
ケーキを食べる二人の表情は無垢そのもので周りの空気を癒しで包んでしまっている。
それに誘われるように店へと入って行く者もちらほらと出てきている。
「なんだか気の抜ける光景だな……」
「そう? 私はわりと好きよ。隣でお昼寝とかしたら気持ち良さそうだし」
「紅い方はよくしているけどな。仕事をサボって」
「そのたびに咲夜に怒られているわね。ん、あら……?」
「どうしたんだ。新しい洒落でも思いついたのか?」
「さっきそこに……。いえ、なんでもないわ」
「変なこと言うなよ。恐怖系の草子ならこの後どっちかが死んでしまうぜ」
「なによそれ」
「外の世界で旗って呼ばれるものだよ。それで運命が決定するんだと」
魔理沙は少し前に香霖堂でしいれた知識を広げた。
香霖堂の店主から聞いた話によるとその旗は立てるか折るかできるらしい。
立てると言っても実際に旗を立てるわけではなく一定の言動を取ると勝手に立ってしまい、
それを放っておくと立った旗に見合った運命がその者に訪れるとのこと。
それを聞き外の世界の人間はなんともめんどくさい事を考えているなと感心した記憶がある。
「まだ外の世界にもそんな幻想が生きているのね」
「近いうちにこっちに来たりしてな」
「案外もう来ているかもよ。気が付いていないだけで」
「軽はずみな言動は控えておくか。変な運命を引きよせないためにも」
魔理沙とアリスが旗談義をしている間に星と美鈴はいなくなっていた。
探してみるとやや離れたところに二人の後ろ姿があった。
少し予定はくるったが残る来賓はあと一組を残すばかり。
魔理沙としては次の来賓は宣伝のためだけでなく、前回のお礼も含んだ招待なので、
是非とも計画通りの二人で来て欲しいところでもある。




日が赤くなる頃に魔理沙の願いは叶った。来賓は予定通りの二人だ。
その二人が一緒に歩いて来る姿を見た時、ちいさくガッツポーズをとった。
アリスにそれを見られて変な目で見られたが気にならなかった。
「なんだ、自分でもお礼しているじゃない」
「妹紅と慧音にはしたけど、寺小屋の子どもの分は頼むぜ」
わかったわとアリスの了承の意を聞きながら魔理沙は店先でケーキを食べる二人に目を向ける。
長椅子に腰かける片方は里の守護者。もう片方は竹林の不老不死。
どんなわけがあって二人が知り合ったのか魔理沙もアリスも知らない。
それでも二人が短くない付き合いをしていることは何となくわかった。
二人は人目もはばからない勢いでケーキを楽しんでいる。
魔理沙とアリスだけでなく道行く人達も皆そろって二人を見ている。
普段は落ち着いた印象のある二人が一緒になってはしゃいでいるのを見て気にするなというのも無理なことだ。
「私達の時はあんなに気だるそうにしていたのに」
「なんというか意外ね。誰が相手でも一歩引いた姿勢だと思っていたわ」
「慧音もなんだか雰囲気ちがうよな。なんというか……性格が若返った?」
「それ本人の前で言わない方がいいわよ。頭突き何発分くらいかしら」
「口が裂けても言わないぜ」
もし口が裂けることがあれば額も裂けてしまうだろう。魔理沙はそれを肝に銘じた。
「この様子だと宣伝効果は抜群……なのかしら」
「どういった印象を持たれるかは分からないけど注目は集められた」
「それだと成功なのか失敗なのかわからないわね」
「いや大成功だぜ。とにかく知ってもらうのが目的だからな」
「それならよかった」
「あっ、ああ……」
にっこりと笑うアリスの顔を見て魔理沙はただうなずくしかなかった。
夕日に照らされていつもより赤みのはいったアリスの頬のせいだ。


最後の来賓の二人が去って行ったのを見計らい、魔理沙とアリスは売り上げを問うために店へ赴いたところ、
一仕事終えた店主の顔は疲れの色が見えているというのに、その頬は緩み切っていて上機嫌だった。
売り上げを尋ねてみれば魔理沙の予想を大きく上回っており取り分もかなりのものになった。
よほどの贅沢をしなければ当分の間は食べるに困らないくらいの額で、そのためそれを受け取った
アリスが不気味な笑みを漏らすのを魔理沙は見て見ぬ振りをしなければならなくなった。
報酬を渡した後は店主もアリスと目を合わせようとしない。
結局アリスの表情が落ち着くのは家に帰るまで待たなければならなかった。




※※※※※




目の前で鈍く光る硬貨が積み立てられてゆく。硬貨の塔はすでに十本をこえている。
そしてその奥には不気味な笑みのまま硬貨を数える友人がいる。
魔理沙は昔読んだ恐怖系草子を思い出した。お皿を数え続ける幽霊の話だ。
硬貨とお皿のちがいをのぞけば、目の前の友人とその幽霊と似ている様に思う。
ただ幽霊はお皿の数が足りなくて苦しんでいたが、目の前の友人はその正反対だ。
硬貨の枚数が多過ぎて悦に入っている。友人は欲の塊そのものとなっているのだ。
その手助けを自分がしたと思うと、魔理沙は微妙な気持ちになった。
「八、九、十と。これで何本目かしらね。すごい、すごいわ」
「あぁ、たしかにすごいな」
「これだけあれば一生遊んで暮らせるわね」
「いやそれはさすがに無理……でもなかったな」
魔理沙はアリスが魔法使いであることを思い出した。
アリスがその気になれば机の上の硬貨だけでも、かなりの年月を苦も無く生きていけるだろう。
少なくとも普通の人間の一生分なんて余裕だ。
もしかしたらアリスのための金策はこれが最後になるのかもしれない。
そう考えると失敗した方が良かったのでは。そんな風にすら思えてくる。

暗い気分になったためか魔理沙は他の嫌な事も思い出してしまう。
居間に飾ってあった人形のことだ。
あの時は聞きそびれてしまったが、どうして自分のものはなかったのだろうか。
心当たりが無いわけではない。
魔理沙の頭の中には今までしてきた悪ふざけや悪戯ばかりが浮かんでくる。
そのどれもが実はアリスを深く傷つけていたのではと思えてしまい、
魔理沙はがらにもなく自分の迂闊さを呪いたくなった。
「どうしたの? 魔理沙。うかない顔して」
「いや、なんでもないよ。ただの考えごと」
「今日の夕飯のこと? 少し待ってね。数えたら作るから」
不気味といえどもやはり友人は一見すれば屈託なく笑いかけてくれる。
しかし魔理沙にはそれが演技や無理矢理な笑いのように見えてしまう。
人形のことを尋ねようか尋ねまいかで魔理沙の心は硬貨の塔よりも不安定になる。
「なぁ、アリス」
「どうしたの? 食べたい物でもあるのかしら?」
崩れてしまうくらいなら自分で崩してしまえ。
魔理沙は前向きなのか後ろ向きなのか曖昧な結論に至った。
「変な事を訊くけどさ……。居間に人形飾っているだろ?」
「ええ。置いているけどどうしたの」
「なんでさ……霊夢は三つもあるのに私の人形は一つも無いんだ」
口にしてしまった。
場の空気が張り詰めた。魔理沙はそう感じた。
「やっぱりアリスは、騒がしいのは嫌いなのか?」
自壊を望んだはずなのに、言ったそばから激しい後悔に襲われる。
アリスはどんな顔をしているだろうか。それを確かめたいが恐くて顔を合わせられない。
魔理沙はただアリスの首と胸との間を、焦点を合わせずにぼやかしたまま見つめるほかなかった。
「ちがうわ。ただ、あなたは毎日来るから無いだけよ」
少し間を開けてアリスが応えた。
しかし魔理沙にはその少しの間ですら永遠に感じられ、そして刺すように痛んだ。
「本当にそれだけか……?」
「ええ、本当よ」
張りつめた場には相応しくない柔らかな声でアリスは続ける。
「いつも私のところに来てくれるもの。人形なんて必要ないでしょ?」
アリスが柔らかな声のままにっこりと笑った。
演技や無理矢理に作った不自然さはない。本心のあるがままの笑顔だ。
「だからね、あなたがずっと来なくて凄く寂しかったのよ?」
魔理沙の額に温かいものが触れ、そして前髪を撫ではじめた。
ゆっくりと上から下へ何度もアリスの手は行き来する。
まるで凍りついたものを体温で溶かすよう丹念に魔理沙の髪を撫でる。
「どう? 少しは元気が出た?」
「……手が鉄臭くなければ完璧だったぜ」
「お金は汗と血の結晶だもの。それは仕方がないわ」
いつもの冗談めいたやりとりが心地よい。
おぼろげだった魔理沙の視界も徐々に鮮明になっていく。
視界の真ん中でアリスが笑っていて、端の方では積み上げられた硬貨がある。
魔理沙にはその両方が輝いて見えた。




※※※※※



金策をうってから数日後。
魔理沙はいつものようにアリスのもとを訪れていた。
纏まったお金が入ったこともあり、お菓子作りも再開され部屋は甘いにおいで満ちている。
魔理沙は居間で人形棚を見ながら席を外したアリスの帰りを待つことにした。
そこには数日前までなかった魔理沙の人形が一番目立つところに飾られている。

人形の出来栄えは大変すばらしく自分が作ったわけでもないのに自画自賛したくなった。
しかしながらそんな人形にも一つだけどうしても気になるところがある。
人形が来ている服と魔理沙本人が来ている服がちがうのだ。
大まかなデザインは同じだが所々が異なり、本物よりも人形の方が見栄えがよい。
アリスなりのサービスなのだろうかと魔理沙が思っていると、そのアリスが戻ってきた。
どこに行って来たのかは知らないがアリスは上機嫌だ。
魔理沙はアリスに待たされた文句を言おうとしたら先をこされてしまった。
満面の笑みをたたえてアリスが両手をさし伸ばしてきた。
「どうぞ魔理沙。多分だけど寸法は合っているはずよ」
その手には綺麗なものがあった。
小さい頃に和菓子類を食べなかったせいか、ほとんどの和菓子が食べられません。
特に餡子類がダメなのは致命的です。餡入りの鯛焼きもあんパンも食べられません。
あんパンが食べられないので刑事さんにはなれませんね。牛乳も苦手ですし。


アリスが倒れた本当の理由を直接的に書けなかったのが心残りかもしれません。


読者の皆様に感謝です。
砥石
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1460簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
前作が好きだったので続きが読めて嬉しいです!
アリスのために頑張る魔理沙いいなぁw
7.100名前が無い程度の能力削除
話も面白かったし二人の雰囲気もよかったです。

>本当の理由
かわいいなあもう!
勝手に想像させていただきましたw
8.100名前が無い程度の能力削除
甘く美味しい話でした
9.100名前が無い程度の能力削除
さり気無い美鈴と星が…
明日はどっちだ!
11.90爆撃削除
稼ぐ方法というのを考えるのも、中々面白いですね。
お菓子がテーマで、全体的にやさしい空気なのがよかったです。
14.80名前が無い程度の能力削除
雰囲気がよかったです。
18.80名前が無い程度の能力削除
お金を稼ぐ話というのもなかなかないですよね……幻想郷に則した稼ぎかたで違和感なく楽しめました。
あとマリアリの雰囲気が良い
19.80名前が無い程度の能力削除
自分は逆に洋菓子が食えません
特にクリームは…
21.100名前が無い程度の能力削除
お互い想い想われな関係はたまらんですな!
25.100名前が無い程度の能力削除
大洋菓子時代の幕開けである
31.100名前が無い程度の能力削除
そこそこの文量だったけど最初から最後まで楽しく読めました、お菓子食べたい
しかし星と美鈴のくだり、絶対あの方が見てたよね、怖いです……
35.90名前が無い程度の能力削除
少し抜けたアリスがかわゆい。
36.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです
37.100名前が無い程度の能力削除
うまいわ
38.100名前が無い程度の能力削除
25>そしてバトンはお嬢様へ...