Coolier - 新生・東方創想話

八月の冬

2010/10/16 09:53:35
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このSSは拙作『七月の雪』シリーズの続編となっています。
先にそちらを読んでいただければ、話の繋がりが分かります。











七月に起きた奇妙な珍事件。
それは真夏の季節に訪れた一日だけの冬。
180度変わったような季節に人間、妖怪問わず皆が驚いた。
この事件に影響されたものは一部ながらあった。しかし、そこまで目立った被害もなく『まあ、生きてりゃこんなこともあるだろう』と思ったのが大半であった。
それが幻想郷の世界だ。







しかし、この珍事件は今から始まる異変の序章に過ぎなかった。
















八月の冬












8月13日
あの日から約一月が過ぎた。
結局、その日限定の異変だったのか次の日には猛暑が各地を襲っていた。
うだるような暑さに木陰は大活躍。人里にある大きなブナの木には老若男女問わず集まっている。
そこで涼みながら、お茶を飲んだり、世間話をしたり、中には将棋盤をもってきて指しているものまでいた。
皆思い思いのままに今の季節を楽しんでいた。
少女は偶にここに降りてみるのも悪くないような気がした。





8月14日
今日もまた暑い。
中に篭っていると茹蛸になりそうだったので、少女は川に来ていた。
残念ながら一人だけであった。決して友達がいないわけではないが、珍しく誰も来なかったのだ。
川縁に座り、足だけをつける。
氷のような、だが適度に気持ちがよい冷たさが体に伝わっていた。
今日はここで寝ようかと真剣に悩む少女がいた。






8月15日
今日はお盆の日。
人里では先祖の帰りを楽しみにしている家族が家で待っていた。
少女もそれにならう。
普段はそういうことをあまり意識していないが仮にも神社暮らしの身分だ。
こういうのはきっちりやるのが少女のスタイルである。
たくさんのお供え物をして夜には枕に着いた。
その日、少女の周りにはたくさんのご先祖様が枕に総立ちしたのは未来永劫忘れることはなかった。





8月16日
気分が悪い一日である。
昨日のせいもあるが、一番の原因はこの暑さだ。
何でも知り合いの妖怪によると、今年は大気が云々のせいで今年は記録的な猛暑の年らしい。
難しい話はよく分からなかったが、とにかく暑いことが分かったので少女は余計にげんなりした。
少しでも涼しくなるように祈祷でもしてみたら、と勧められた。けれど、首を横に振る。面倒だからだ。
だから、代わりに心の中で念じた。

「また、あの異変が起きないかな」







8月17日
その日、奇跡は起きた。


しかし、それは幻想郷にとっては死を迎えるような奇跡であった。














あの異変から丁度一月がたった今日、幻想郷にまた冬が訪れた。
夏のうだるような暑さは完全に消え去り、辺りは氷のような冷たさが広がっている。吐く息は白い。
その冷たさに加え、空からは白い雪がしんしんと降り始める。目に見える冷たさに誰もが余計に寒さを実感していた。


時刻はまだ朝。しかし、辺りは真っ暗。雪を落とす黒い雲に覆われているからだ。
見た目にも、肌からにも伝わるこの寒さに体が警告を発している。
それくらい寒い中を一人の妖怪が原野をゆっくりと飛んでいく。
冬の象徴、レティ=ホワイトロックだ。
本来彼女は冬に目覚め、それ以外の季節は誰もが知らないところで眠っている彼女が暦上、夏の季節に現れた。
これには誰もが驚くことなのだが、残念ながらひどい寒さのお陰で人っ子一人もいない状態であった。


閑話休題。とりあえず彼女が目を覚ますほどの寒さ、即ち冬のような寒さが幻想郷を包んでいた。
けれど、レティには心地がよい寒さであった。

「本当なら、ゆっくりしていたいんだけどねぇ」
そう言いながらも飛ぶスピードは風に運ばれる綿帽子のような動き、非常にのんびりしていた。
彼女は今、太陽の畑がある方向に向かっている。友人、風見 幽香に会うためだ。
実は、今から一ヶ月前、氷精チルノに頼みこの日に会うと幽香と約束していたのであった。

「早く行かないと……あいつすぐキレるから」
明朝から降る雪が原野を緑から白へと塗り替えていく。レティもまた白く染められていく。けれど、肌に触れた雪は決して雫とはならない。
彼女が発する寒気は外の空気より寒いことを示していた。
















寒い中、彼女は律儀に待っていた。
ここには雪から逃れるような遮断物はない。せいぜい自分が持っている傘だけであった。
それが、彼女の心を悲しませていた。

「もっと大きければ貴方たちも守ってあげられるのにね」
残念そうに呟く。決して小さくないその傘は彼女をすっぽりと覆っているが彼らまでは不可能であった。
彼女はふいに空を見上げた。忌々しい白い悪魔が降る中、これまた黒い空に映えるような白い妖怪がやってきた。
やっときたか、とため息を一つ吐いて傘を閉じる。閉じられた傘の先端をそれに向ける彼女。すると驚異的な力が一瞬で集約された。

「喰らいなさい、黒幕!!!」
ズン、と大砲でも撃ったような地響きが辺りを震わした。
集約された力が寸分違わず妖怪の方へと向かう。そして爆発。
黒煙が黒い空と被りどれだけの範囲に広がったか分からない。しかし、かなりの威力だったのは音で分かる。

「もう、手洗い歓迎ね。お陰で服が炭になったじゃない」
「仕方ないわ。一発でもぶち込んでおかないと私の気が落ち着かないのよ」
攻撃された妖怪――レティは服に付いたすすを払いながらゆっくりと太陽の畑に下りてきた。
攻撃したここの主、幽香は憮然としていた。

「機嫌悪そうね?やっぱりこれのせい」
「当然よ。私の向日葵たちが元気をなくしていったのよ。攻撃されるのは当然の因果よ」
「因果ね。確かにいつもの冬の寒さは私のせいかもしれないけどこれは違うわよ」
レティは一拍置いて説明を続ける。

「むしろ、これを解決したいのよ。今日、ここに来たのはそのためよ」
「ああ、ああ。そう言えば、あのちびっ子がそう言っていたわね。確か手を貸して欲しいって」
「ええ、そうよ。貴女ほどの適任はいないしそれに……」
「それに?」
「私友人が少ないのよね」
「ふふっ、お互い苦労するわね」
幽香は笑いながらレティの肩に手を置く。
彼女たちはこれでも長い歴史を幻想郷と共に歩んできた妖怪である。寿命のせいで周りが少なくなったというのもあるが、大きな理由ではない。
問題は彼女たちの性格である。


風見 幽香はいわずと知れた自称最強の妖怪。普段は紳士的な対応をとるが力を揮うときは容赦がない。相手の出方を伺ってから、相手の性根が折れる寸前の力で攻撃するからいやらしい。
レティ=ホワイトロックは幽香以上に容赦がない。最初から全力で相手を潰すつもりで攻撃するのがモットーだ。しかし、最近は面倒くさがりになったのか様子見をしたり、わざと負けるなど手を抜くようになった。


このように癖のある性格のため、気が合うという関係の妖怪などはあまりいなかった。
彼女たちが友人なのはお互い似ているから共感したのだろう。
もっとも、友人などいてもいなくてもどちらでも良いというのもあるらしい。


「で、これからどうするの?力は貸してあげなくもないけど、あてはあるの?」
「ええ。犯人は知っている奴だわ。けど、流石に二人だけってのは心許ないわね」
「あら、私が力を貸すって言うのに。どれだけ強い奴なのかしら」
幽香は嬉しそうに静かに笑う。けれども目は笑っていなかった。見るものによっては恐怖を感じるような笑顔であった。

「残念だけど、大して強くはないわ。ただ、やり難いだけ」
「そうなの?」
「ええ。それに仲間を引き込むのはそのためだけじゃないわ。むしろこっちの理由の方が大きいかもね」
「で、何?こっちって言うのは…」
「私を犯人だと思って退治しに来る馬鹿を追い払うためよ」
レティは忌々しそうな表情をする。
冬に関係すると言うことで襲われたことは何度かあった。そのたびに力を揮い、潰してきたのだが、今回は出来るだけ力を温存し異変の犯人と接触したいのが彼女の狙いであった。

「あしらうのは容易だけど、あまり力は使いたくなくてね。それは貴女にもそうであって欲しいの」
「なるほどね。で、何かいい奴がいるの?」
「もちろん。力は私達にだいぶ劣るけど優秀な能力の持ち主よ」
「ふ~ん。貴女がそれだけ評価するなんてよっぽどな奴なのね。それは私が知っている奴なの?」
「ええ、そうよ。そうね……一言で言えば」
レティは微笑みながらそれを告げた。

「狗、ね」
止むことがない雪が太陽の畑を白く染め上げていった。

















太陽の畑を離れて暫くたった。
そこはどこよりも排他的で有名な妖怪の山。
ここには八百万の神様と河童や天狗などの古来からの妖怪と最近外の世界から引っ越してきた新参者が住んでいる。彼らはここに住むもの以外を寄せ付けないようにしている。また独特と世界観や組織も相まってか、排他的な関係になっていた。
レティと幽香はその入り口に来ていた。

「ここにいるの、その狗って?」
「そうよ」
レティは心なしか睨むようにその山を見つめている。幽香はそれについて特に聞く気もなかったので彼女の態度を流していた。
山はすっかり雪化粧が施されていた。山道はなくなり木も白い重石を被ってしなっている。
面白いことに昨日まで夏だったために木々には緑の葉があり、その上に今日の雪が乗っていた。あまり見ないこのコントラストに幽香は少し心を奪われた。

「それにしても綺麗ね。長く生きてきたけどこんなの滅多に見ない景色だわ」
「確かにね。でもこれはあってはいけない景色なのよ。分かるでしょ?」
「ええ、もちろん。だから、貴女はここに狗を迎えに来たそうでなくって?」
レティはこくりと頷く。
もう少し見ていてもよかったが、これ以上いると太陽の畑も死滅しかねないので幽香は一歩足を踏み入れた。
難しい顔をしていたレティもそれにならうように山に踏み入れる。
辺りはシャクッと言う足踏み音しか聞こえなかった。






白狼天狗達は騒いでいた。
上司は部下たちの報告を聞いて青ざめていた。
その場に部下だけを残し、自分は上役に報告に言ってくると後を去った。
部下たちは卑怯だと言葉には出さないものの顔に出していた。
騒ぐ理由、それは山に化け物が入ってきたことだ。
化け物とは即ち、

「さすが白狼天狗。物探しだけは一流ね」
「騒ぐことも抜けているわ、レティ」
この二人。
白狼天狗達にも微塵も動じないこの二人は見せ付けるように雪道を悠然と歩いていた。
七月に並ぶ二度目の冬の異変、そして化け物二人の侵入。白狼天狗達が騒ぐのも無理はなかった。
結局、彼らは二人を遠巻きに見ているだけで手は出してこなかった。
本当に排他的なのか疑わしいところだ。


二人が山に入って七合目といったところか。耳をつんざくような爆音が辺りを震わしていた。
足を踏み入れた場所は九天の滝と呼ばれるところであった。
豊富な水量は山を潤し、また川となって麓にも恩恵を与えていた。
滝つぼの方に近づくとそこは青と白の世界が広がっていた。
空には相変らず黒い雲が辺りを覆っているが、それさえ見なければ綺麗な景色が広がっていた。

「へえ、ここもなかなかいいわね」
「まあね、出来ればもう少し落ち着いて見ていたいけどね」
レティはぐるりと見回した。
辺りには数えるのが煩わしく思えるほどの天狗が様子見をしていた。
彼らの気が立っているのか、ちりちりと焼け付くような視線が二人に不快な思いをさせていた。

気にはなるが彼らは手を出そうとしないので仕方なく歩みを進めた。
茂みの中を掻き分けるように歩くと服がこすれ葉に乗っていた雪が服に掛かっていく。
滝の音も空気も変わらない。景色だけが移っていった。
やがて二人は茂みを抜け出した。
そこには門番らしき天狗が二人とひとつの洞穴があった。
彼らは無機質な目でじっと見つめている。

「ねぇ……そこ、通してくれない?」
「…………」
レティは彼らに聞こえるようにやんわりとした声で尋ねた。しかし、彼らは応えないままじっと様子を伺っていた。

「質問には答えが必要ではなくて?」
「…………」
またもだんまりで押し通す天狗達。どうやら無言で拒絶しているようだ。
レティも彼らの空気を読み、ゆっくりと掌を彼らに向ける。徐々に集まりだす妖気に危険を察知し彼らは持っていた団扇を構えた。すると、

「よい。通せ」
洞穴の奥から声が聞こえた。
凛としたその声はレティ達の耳にも届いた。
レティは妖気を霧散し天狗達も団扇を下げ、二人のために道を譲る。そしてレティ、続いて幽香が中に入っていった。









中に入って暫く、洞穴は一定の大きさが続いていた道が徐々に開けていった。高さだけだと人間の三人分ほどである。幅も十分に広い。
周りには明かりのための燭台らしきものがいくつも壁に掛けられていた。
やがて二人が歩く音とは別の足音が正面から聞こえてきた。
立ち止まり、待つ二人。

黒いシルエットから徐々に浮き上がるは大きな翼を持つ女性。
遠めに見ても二メートルほどもあろうかという身長は成人男性より大きい。加えて女性らしい体つきもしている。顔も若々しく人間で言うと二十代後半といったところであろうか。
彼女の名は天魔。
天狗達の統べる長である。

「お久しぶりです、お二方」
「ええ、久しぶりね」
「何年もあなたのこと見ていなかったから逝ったのかと思ったわ」
「それは失礼ですね、幽香さん。確かに表立って行動することはなくなりましたが、見ての通りあなた方よりかは若いつもりでいますよ」
お互い笑顔で話し合う。が、目だけは笑っていなかった。
底冷えする空気はどうやらこの気候だけのせいじゃないらしい。

「それにしても、貴女がここにいるのは珍しいですね?」
「それは暦で、という意味かしら?それとも………」
「両方の意味ですよ」
先ほどの笑顔とは違い、今度は無表情のまま話す天魔。
話しかけられたレティの表情にも笑顔が消えていた。

「そうね……まずは、ここにきた理由から話しましょうか」
ゆっくりとため息をついてから話を続けた。

「ここに来たのは貴方の手を借りに来たの。この異変を解決するためにね」
「…!やはり貴女の仕業ではなかったのですね。と言う事は七月に起きた異変もそうだと」
「ええ、話が通じて何よりだわ」
「うん?ちょっと待ちなさい。じゃあ、何であんた達は先月、私のところに来たのよ?レティが犯人じゃないと知っているなら私のところに来なくてもいいじゃない」
幽香は天魔の話に納得できず、問いかけてきた。


今から丁度一ヶ月前、この時も今みたいに冬の季節が訪れる異変が発生した。
今日とは違い、そこまで寒くはなかったがその時に幽香の太陽の畑に天狗達がレティの居場所を聞きに来たのであった。
幽香は彼らがこの異変を起こしたのがレティだと思い込んでいると考え、来るもの来るもの自慢の傘で撃墜していった。

「ああ、あれはレティさんに異変の犯人を教えてもらうために貴女の所へ向かっていってもらったのです。貴女なら彼女の居場所を知っているだろうと思いましてね。結果的には成果虚しく被害だけがかさみましたが」
抑揚のない声を発する天魔。無表情ながらも目だけはじっと幽香を見ていた。
そ知らぬ顔で幽香は黙していると、レティがくすりと笑った。

「まあ、それは置いておきなさい。今は、これを解決するのが先よ」
「………そうですね。睨んでいても何も始まりませんし、幽香さんから謝罪の言葉が出るとも思いませんからね」
「その減らず口、今すぐ矯正してあげましょうか?今なら格安でね」
「結構。無駄な出費はしたくないでしょう、幽香さん?」
「ふっ…言うわね、狗が!」
「はいはい、黙りなさい二人とも。話が進まないでしょう、貴方達。それとも私に潰されたいのかしら、生物が生きられない永久氷土に抱かれてね」
幽香と天魔が一歩下がり、ことを起こそうとしたが間にレティが入り気を静めた。
ここで遣り合っても何も得がないことは分かっているので、二人には珍しくおとなしくレティに従った。

「続けるわよ。私はこの異変を起こした人物に心当たりがある。そいつは少々厄介でね、確実にするためには仲間が必要なの。それもかなり強力な、ね」
「………」
「私はまず、幽香を誘った。次に貴女ね。どう、手を貸してくれるかしら?」
天魔は腕を組みながらレティの言葉に耳を傾けていた。
先ほどは幽香の挑発に乗ってしまったが基本的には慎重路線を走る思慮深い人物である。
レティはそんな彼女をじっと見ていた。

「一つ聞きたいことがある」
「どうぞ」
「何故私なのかです。私よりも有能な妖怪がいるでしょう」
「確かにいるわ。でもね基本的に仲がいいっていうのがいないし、そもそも大抵が馬が合わないのよね」
「………申し訳ない。失礼なことを聞きました」
天魔は軽く頭を下げたがレティは気にせず掌をひらひらと動かした。

「ホントはここにも来たくなかったんだけどね……けれど、後々のことを考えると来ずには得られないといったところかしらね」
「まだ、引きずっているのね、レティ」
「まあね。そう簡単には忘れられないわ。だから、私は天狗や河童が嫌いだし、この山も嫌い。そして何よりも『あいつ』が大嫌いだわ。名前を出すだけでも気分が悪くなるわね」
顔をしかめながる。レティは怒りの言葉を述べるが決して表情には出さず、ただただ冷たく寂しいままであった。
天狗が嫌い、そう言われた天魔は意外にも大人しかった。
なぜなら、レティがこんな事を言うのも当然だと思っていたからだ。



かつて、幻想郷ができたばかりの頃、『妖怪の山』はまだただの『山』であった。
レティはその山をたいそう気に入っていた。それをかつての友人と見ていた。
頂上から見下ろす景色は幻想郷なのにまるでもう一つの幻想郷のように輝いていた。

ある日、その山に河童と天狗が知らないうちに住み着くようになっていた。彼らはある人物にここを紹介されたらしかった。それを聞いたレティは怒りのままに天狗と戦った。
一騎当千の強さを見せるも、多勢に無勢。当時から天狗達を統べていた天魔に破れてしまった。

その日からレティは山に住むものや山自身を憎むようになった。
後に彼女は彼らを先導したのがかつての友人だと知り、その者も憎むようになった。


その経緯を知っている天魔はレティが天狗嫌いであることを知っていた。
だからこそ、彼女がここに来たのはこの異変を解決したいと心から思っていると案じた。

「レティさん。我々もこの寒さにはだいぶ参っています。急激な温度変化で頑丈さを誇る妖怪といえど、体がついていかず病気を引き起こしてしまう者もいます。私は天狗の長として貴方に協力しましょう」
「…………助かるわ」
先ほどの怒りにまだ心が奪われるも、天魔の言葉にしっかりと耳を傾け、感謝した。
心の中にあるよどみを拭うようにゆっくりと息を吐く。彼女なりの昔からの克服法であった。

「ごめんなさいね。もう大丈夫」
「大丈夫ならいいわ。とりあえず、天魔は誘えたけどこれからどこ行くの?確か心当たりがあるって言ってたわね」
「ええ、言ったわ。今からそこに案内するわ。早速だけどついて来て」
「わかりました」
三人は洞穴から抜け出した。
どれくらいその場に居たのか分からないが空は全く変化をしていない。黒い空に白い雪、そして凍てつくような空気。これらの異変を引き起こしている犯人を捜し、解決するのが彼女たちの目的だ。
天魔は入り口に居た天狗達に話しかけている。自分が出かけることと後の引継ぎの確認のためだ。


レティは空をじっと見ている。
暗い暗い空に何かを探すような目をしていた。























時刻は昼過ぎ。
代わり映えのない天気のお陰で日の感覚が判らなくなりそうだ。
未明から降り続く雪は決して途切れることなく、降り積もる。積雪はおよそ30センチメートルぐらいだろうか。膝上まで埋まってしまうほどの量に、この季節では過去最高の積雪となった。
もっとも夏に雪が降るなんて今までなかったので当たり前なのだが。


ともかくこの異変を放っておくと取り返しがつかなくなることに気づいたレティたちは犯人のもとへと目指していた。

「で、本当にこっちに居るの?」
「そうよ。私の見立てだとおよそ一刻ほどで着く予定だわ」
「しかし、まさかこっちの方に居るとは意外でしたね」
「全くだわ」
レティを先頭に向かう三人。彼女たちは上へと上昇していたのだ。
山を出てから彼女たちはすぐに上に向かうようにレティに言われた。彼女の話し振りからどうやら上空で陣取っているらしい。
幽香や天魔はてっきりどこか地上に拠点があるものだと思っていたので素直に驚いていた。
そして、今に至る。


昇り始めてまだ半刻も経っていないが空気が薄くなるのを感じていた。
妖怪は人間に比べて体が丈夫である。ある程度の高度なら問題はなかったのだが、あと一刻ほど昇るのだとしたら相当体に制限が掛かるだろうと気にしていた。

「昇れど、昇れど景色は変らずね。正直趣に欠けて嫌になるわね」
「確かに、貴女にはそう感じるでしょうね。でもこういうのもなかなか出来ない体験よ」
「それはあなたの言うとおりだけど、昇るのなら太陽を目指したいわね。そのほうが気持ちいいからね」
「花を能力とする貴女ならそうでしょうね。でも私は太陽より曇天の方が好きね。貴女はどうかしら、天魔?」
「私は風を感じられればどちらでもいいです。天狗は風があってこその生き物ですから」
「貴女らしい返答だこと。それなら穴倉に篭ってないで外に出てきたら?」
「これは手厳しい。以後気をつけるようにしますよ」
表情は硬いままだがくすりと笑う天魔。どうやら彼女はこれで表情が和らいでいるほうなのかもしれない。
幽香のほうも洞穴に居た頃に比べれば幾分か和やかである。


先ほどのような一触即発のようなムードはなくなっていた。
彼女たちも千を越えるような年月を生きた妖怪なのだ。それなりに気心が知れているのかもしれない。
だが、そんな中レティだけは別であった。
元々誰ともつるまない性格なうえ、天狗嫌いということもあり表情は穏やかなもののどこか冷めていた。まるで彼女だけが違う世界に居るような雰囲気をかもし出していた。
それを二人はとやかく言うつもりはなかった。なぜなら、それがレティという冬の妖怪だからだ。




山よりも高く白玉楼よりも高く天界よりも高く昇ったころ、三人は暗い雲を抜けだしていた。
そこは地上とは違った別世界が広がっていた。
足元にある雲を地面に見立てるなら空には白い世界が覆っていた。まるで幻想郷の天地がひっくり返ったような光景が眼前に広がっていた。

「へえ、上はこうなっていたのね」
「みたいですね。てっきり太陽と青空が広がっているものだと思ったら…」
「驚いたでしょう。これが『白の世界』よ」
「見たままの名前ね。ひねりも何もない」
幽香は呆れていたが、それでも不思議なこの世界に嘆息していた。
上空は一面真っ白。凹凸もなく綺麗な面である。
前方のはるか先の方を見やると白い空と黒い雲が邂逅している。まるで地平線のようだ。
今彼女たちが居るこの場所の吹き抜ける風は地上よりも冷たく、体には薄い氷の膜が出来ている。どうやら汗が凍ったものらしい。


雲を突き抜けても誰も先を進もうとしない。この世界に魅了された幽香、どうして太陽と青空が見えないのか疑問に思う天魔。そして、

「気分が悪いわ」
目を瞑り、あえて前方を見ないようにするレティ。
彼女だけが二人とは違う、感想を持っていた。

「それでこの『白の世界』とは何かしら?」
「この結界は大型の冷却装置なの。これが空気を冷やしその下にある黒い雲に作用を働きかけてるわ。雲は水蒸気の塊。それが冷やされて雨の代わりに雪が地上に落ちているのよ」
「では、雪が降る原因は私達の足元にある雲ではなくこの『白の世界』という結界が原因ですか?」
「そういうことになるわね。どうやら今日は雨だった予定が雪にされたようね」
かなり大掛かりな仕掛けに天魔は驚いていた。
自身の部下たちに独自に調査をさせたが分かったことは黒い雲から降っている事しか分からなかった。なるほどもっと上に行かなければならなかったのか、と納得していた。

「ついでに言えばこれは一種の結界の類よ」
「結界?この一面に広がっている全部が?」
「そうよ。もっと言えばこの結界は目に見えるだけじゃなく博麗大結界も突き破っているわ」
「嘘…では、もしや外の世界まで………」
「…………」
天魔の質問に無言の肯定をするレティ。
彼女が言うことが本当であれば、今頃外の世界も幻想郷と同じ目に合っているかもしれない。

「でも、それって本当に出来ることなの?博麗大結界はかなり強固なものだと聞いたことあるわ。そんな人為的な白い結界が越えること出来るの?」
「…博麗大結界といえど所詮、人間と妖怪が創ったもの。決して万能とはいえないわ」
レティはくるりと振り返り二人の顔を見つめる。

「そして、この世界を創った者は人間でも妖怪でもない」
「じゃあ、何?まさか、神だとでも言うの?」
「そうね……そう思ってもらっていいわ」
三人の間に風が吹き抜ける。ヒヤリとするというよりか痛みを伴ったような風である。それがまるで彼女たちを拒絶しているように風は徐々に強くなる。
その時何か冷たいものが天魔の顔に触れた。

「これは……雪?」
頬に触れた雪を掌に乗せる。通常なら体温で解けるのだが、これは手に触れても体温で解けないまま形を残す雪であった。
一つ、二つとそれは次第に多くなり、顔だけでなく服や髪に纏わりつくようになった。

「その雪は結界から落ちてきた雪よ」
「解けない雪ね……ますます神秘的だわ」
「しかし、こう多くなっては邪魔ですね。風で消し飛ばしましょうか?」
「結構よ。どうやら、あの娘が来たみたいだし……」
レティはくすりと笑う。
幽香と天魔は空を見上げると、白い結界に何かが見えた。
遠目からはよく見えないが人型だということに気づく。二人はゆっくりと迫るそれに警戒し、凛とした気を張った。
そして振り返ったレティも仰ぎ見る。するとまた一つ笑った。

「やっと会えた……」
それは女性のようで白い外蓑のような装飾を纏っているが、手や足は素肌を出している。見ているこちらが寒くなりそうな格好だ。
黒髪は腰まで届くぐらい長いが少しハネている部分が多い。失礼な表現だがまるで浮浪者のような様相をしていた。
ボサついている髪で少々顔は見難いが柔らかそうな頬が見え隠れしていた。

「貴方達は……?」
風でかき消されそうなくらいか細い声を発する女性。

「こんにちは。貴女がこの世界の持ち主でよろしくて?」
レティは笑顔を崩さずそれに問いかける。
すると向こうはこくりと小さく頷いた。
見るからに怪しいという印象を持った幽香、天魔の二人はレティにだけ聞こえるように話す。

「これが、この異変の犯人なの?」
「そうなるわね」
「とてもじゃないけど信じられませんね。この異変や世界をみるとかなりの力を持った存在だというのは分かりますが……」
天魔は話を区切りちらりとそれに目を向ける。
怪しいがとてもそんな力を持っているようには思えない、というのが天魔の感想であった。
それは幽香も同じらしく天魔に同意する。

「気持ちは分からないでもないけど、彼女がやったのは十中八九そうよ」
「信じがたいわね。これなら私の力を借りなくても貴女で十分じゃないの?」
「そうもいかないわよ。私はね確実にこの異変を解決したいの。そのためには油断も容赦もしない。だからこそ私とタメが張れる貴方達に力を借りたんじゃない」
レティは真摯なまなざしを二人に向けながら説明する。彼女の言いたいことは分かるがなかなか納得できない二人に、わざとらしく大きなため息をついてそれのほうに向いた。

「…………何?」
「そうね………悪いけどあなたの名前を教えてくれない?」
「…宇津田」
「やっぱり……」
レティはその名前を聞いて息を呑み、まゆをつりあげた。その名前に心当たりがあるらしい彼女は続けざまに質問をする。

「どうしてこんな異変を起こしたのかしら?」
「…暑いから」
「わがままね。どこかの子供吸血鬼と一緒だわ。それで、冬にしたの?」
「うん。それが私の望み。今年は私にとって暑すぎる……だから私が冷たくしてあげるの」
「七月もあなたが起こしたのよね。何で七月ではなく今頃なの?」
「最初は警告。あの時、人間たちも冷やすのに協力してくれたらするつもりはなかった。でも、皆私のことを聞いてくれない。だから起こしたの」
ぽつりぽつりと話す宇津田という女性。
最後の方は徐々に気分を良くしたのか悠然と理由を語るようになっていた。
レティはこの発端は彼女のわがままだ考えたが、同時にそれだけなのかという疑問持ち始める。とはいえ、このまま理由を聞いているだけでは解決に導けないので、結界を取り除くように話した。

「貴女の理由は分かったわ。でもね、このままじゃ幻想郷が危ないのよ。自然のサイクルを捻じ曲げることがどれだけ負荷を与えるかあなたがよく知っているんじゃないの」
「うん。知ってる……でも、嫌」
「……この娘、ホントに我侭ね。親の顔が見てみたいわ」
「そうですね。正直、話を聞いてて気分が悪いです」
幽香や天魔は宇津田の話に不快感を表していた。
レティもこのままだと平行線にいきそうだと思い、最後の通告をした。

「宇津田、これが最後よ。私は幻想郷を守りたいの。外の世界がどうなろうと知ったことではない。だから、ここの上空だけでも結界を解いてはくれないかしら」
あくまで丁寧に要求するレティ。少しでも要求に応えてくれたらと彼女の目を見てじっと待っていた。

「嫌。暑いから嫌。貴方達が何者なのかは知らないけど邪魔するなら消すよ」
しかし、宇津田は頑なにレティの要求を拒んだ。それどころか、敵対心をもちはじめる。吹き抜ける風よりも冷たい空気が場を凍らした。
彼女の言葉を聞いてレティはわざとらしく聞こえるようにため息をつき、首を横に振った。

「………そう。なら、あなたを排除するわ」
そう言って、レティは宇津田の前に手をかざし寒気の塊を放った。
しかし、当たるよりも前に彼女は後方へと下がり、自身の前に結界を張った。
レティは塞がれたことを気にせず続けざまに二発、三発と放つ。
けれどそれも届くことはなかった。

「……今の攻撃、貴女も冬に関する生き物なの?」
「そうよ。レティ=ホワイトロック、聞いたことあるんじゃない?」
「そう、貴女がレティ……誰も寄せ付けない冬の女帝」
「今は冬の忘れ物……の方が通り名となっているわ。だって……」
レティの傍を二人が駆け抜ける。
幽香が宇津田の前に張られた強固な結界を自慢の傘で串刺す。その一撃でひびが入り彼女は驚いた。そこへ続けざまに天魔が回し蹴りを放ち、壊れかけた結界ごと彼女を吹き飛ばした。

「私には勇敢なパートナーが居るからね。女帝なんて相応しくないわ」
腕を組み悠然と話すレティ。空中で器用に体勢を整えながら、憎憎しげに睨み付ける宇津田。その間には幽香と天魔という強力なパートナーが構えている。
宇津田は分が悪いと思いながらも、相手に付けいれられる隙を与えないように冷静を装った。

「確かに、そういう感じではないようね。聞けば、貴女博麗の巫女や人間の魔法使いやメイドたちにやられたと聞くよ。どうやら、昔に比べて力が劣ってきたみたいね」
「………それで?」
「なるほど、それなら他人に力を借りるのも頷けるわ。ならば、こいつらを消してからゆっくりと貴女を消してあげる」
そう言って、宇津田は両手を合わせた。
その一瞬で数十枚の結界が発生した。
天魔は幽香の方に目を向け合図する。お互いこくりと頷き、結界に近づこうとしたが、レティが待ったをかけた。

「待ちなさい、そのまま突っ込んでもあれは壊せないわ」
「壊せない?そんなに硬いの、あれ?」
「見たところかなり特殊なものだと思うの。勢いだけでは彼女に到達することが出来ないわ。だから、役割分担を決めましょう」
「役割分担ですか?」
レティは頷き、一拍おいて説明する。

「大雑把に説明すると私がこの結界を解除していく。幽香には攻撃の担当ね、私が結界を開けたら即撃ちこんで欲しいの。それまで妖力を充填かつ維持できるわね?」
「ふふふ、私に出来ないと思って?」
「上等。次に天魔は防御に徹しなさい。何が何でも私達を守るのよ。一発でも見逃したらただじゃすまないわよ」
「承知。全て撃ち落とします」
楽しそうに笑う幽香と相変らず愛想がなく凛とした表情を見せる天魔。この二人に頼もしさを感じ、思わず体を震わせた。
目の前には先ほど宇津田が創った空と同じくらい白い結界。どれだけあるか分からないが、決して負けることはないだろうとレティは思っていた。油断や驕りは一切持たない。ただ、目の前のものを排除するのみ。

「さて、それじゃあお願いね」
彼女たちのタイミングを見計らったかのように宇津田の攻撃が始まった。
結界越しに氷の矢のようなものが数十本向かってくる。それを難なく風で削り壊す天魔。砕かれた氷はまるでダイヤモンドダストのようにきらきらと輝いていた。

「じゃあ、とっととあの結界を壊しなさい」
「ふふっ、任せなさい」
幽香は傘の先端を結界の向こうにいる宇津田の方に向ける。幾重にも重ねられた結界のせいで向こう側はよく見えなかったが、それでも標準はあっていると幽香は確信していた。
それを手助けするようにレティは両手をかざし結界を解いていく。

レティの能力は『寒気を操る程度の能力』である。
それを使うことで冬の間は寒気を操り気温を下げ、謳歌していた。
この能力を使うには寒気があることが前提となってくる。故に暑いときは発揮できない。
本来、暦上は八月と夏の季節なのだが今回の異変と、場にある空気のお陰で寒気の使用に制限はなかった。それどころか、

「やっぱりこの結界は寒気でできているようね」
レティはくすりと笑う。
結界が寒気で出来ていることは即ち、これ自体にも直接干渉できることを意味していた。
気温を下げるだけが伊達ではなかった。レティは寒気を操り、結界の寒気の温度を上げることで結界の意味をなくすように干渉していったのである。


両手はかざしては結界を壊すレティに、どれだけ矢を撃とうと一つも侵入を許さない天魔。
そしてなおも充填をやめない幽香に宇津田は驚き焦り始めた。
どれだけ結界を張ろうと意味をなさなくなっていた。
いくら張りなおしても次から次へと壊されていく。これでは焼け石に水であった。
宇津田はこの戦いでわかったことが二つある。一つは向こうの戦力は自分より格上であること。

この女性、宇津田という者は実は冬の神であった。古くから存在し、冬になると雪山に現れてはそこを登ろうとする人間たちに引き返すように警告するのが役目であった。
しかし、今ではすっかり忘れ去られ幻想郷入りしたのであった。
話を戻すが、とにかく宇津田は自分の強さに奢れてはおらず、神としての自信があったからこそ追い返すために闘っているのだ。
それが、彼女にとってまるで的外れであった。三対一というハンデを抜きにしてでも規格外の彼女たちの強さに恐怖した。

そして二つ目はここから逃げられないこと。これが一番の失敗であった。
今、結界を張るのをやめ、逃げに転じても絶対に逃げ切れないことを宇津田はひしひしと感じていた。だって目の前には弱いと思っていた冬の妖怪が笑って宇津田を結界越しに覗いていたのだから。
創った結界の数はおよそ100枚。そのうち99枚が壊された。もう張りなおすだけの力は尽きていた。
彼女は思わず恐怖で涙を流した。締め付けられ胸は呼吸でさえ苦しく感じる。
神である自分が涙を流すとは情けないと思いながらも止められなかった。意思とは無関係に流れる涙にレティはくすりと笑い、最後の結界に触れた。

「ふふふ、これでお終いよ」
「あ……ぁ…………た…………たす」
結界の中心にひびが入る。
まるで泡のように脆く崩れていく自分の結界に目を見開きながら見ていると、遥か前方に凶暴な妖気の塊を見つける。
結界越しに伝わっていた幽香の妖気だ。
宇津田はレティに助けを求めようと手を伸ばしたが、払い除けられた。

「ばいばい、冬の神」
太陽のような光が宇津田を飲み込んだ。















「やれやれ、やっとお終いね」
幽香は腰に手を当てながら言った。天魔も振るっていた団扇を下げレティが戻るのを待った。

「あの……」
「何?」
「幽香さんは本気で撃ったんですか?」
「もちろんよ。レティに言われたとおり本気で撃ち込んだわ。お陰ですっからかんよ」
幽香は両手を広げて言った。
もし、それが本当なら宇津田は消滅したことになる。
天魔は彼女の攻撃を防ぎなら幽香の放った閃光が彼女に直撃したのを見ていた。
あれに耐えられものなどそうそういないからだ。

「幻想郷入りした彼女の行きつく先は彼岸ね」
何故か幽香は楽しそうに言う。その様子に薄ら寒いものを感じた天魔は顔をしかめた。
暫くお互いが無言で居ると、向こうからレティが戻ってきた。
負傷したところがないところを見ると、宇津田は最後の足掻きも出来ずに亡くなったんだろうと天魔は思った。

「お疲れ様。ようやく元凶をしとめることが出来たわ。これも貴方達のお陰よ、感謝するわ」
「どういたしまして。それより手応えない相手だったわね。本当に私達の力が必要だったの?」
あっさりと元凶を葬れたことに二人の力が必要だったのかという疑問をまた持った幽香はレティに問いかける。すると、彼女は笑いながら上を指差した。
上空にはまだ『白の世界』が残っていた。

「これがまだ残っているわ。死んでも尚、これだけの結界を維持させるんだから、流石は神といったところね」
「あら、本当にあいつは神だったの。八百万となってくるとピンからキリまでいるって本当ね」
「それで、私達はどうするのですか?」
天魔は白い息を吐きながら問いかける。
時刻は夕刻になっていてもおかしくはなかった。これから気温が下がることを考えれば早めに解決しなくてはならなかった。

「まずはあれに近づいてみましょ。話はそれからよ」










地上からどれだけの高度に来ているのか分からない。普段から地と共に生活している幽香はもとより、大空を飛び回ることを生業とする天魔でさえここまで上ったことがなかった。
あまりの高さに呆れる二人と、それをものともしないレティ。
何故この高さにきて平然としているのか疑問に思った。

「ねえ、ちょっと聞いていいかしら」
「何?結界ならあともう少しよ」
「違うわ。そのことじゃなくて、どうして貴女がこの高さに来ても平然としているのか聞いてるの」
その言葉を聞いてレティはぴたりと止まった。
先頭にいた彼女が突然止まったので、自然と二人も止まった。

「……………」
「天魔もそう思っているわよ」
話を振られた天魔もこくりと頷く。
暫く、彼女は後悔しながらも深いため息を吐きながら話し始めた。

「このぐらいの高さに私の住処があるのよ」
この発言に大きく驚いた。
今まで長い付き合いだったが聞いたことがなかった。
彼女は自信の性質上、冬以外は能力に制限が掛かる。そのため、彼女をよく思わない、存在にとって住処が知られることは死活問題であった(とは言え、能力を抜きにしても大抵のものなら葬れる力はある)。
そのことを話すとは恐らく幽香たちに信頼があったからだと思う。
今回の件でレティは協力者を得られたことに感謝している。だからこそ彼女たちなら話してもいいのだろうと感じたのだ。

「上空は涼しいから住みやすいのよ。さ、おしゃべりはここまでにして、行きましょ」
何食わぬ顔でまた進み始めた。





結界の手前まで近づき、改めて強力なものだと感じた。
そもそも結界とは対象を封じる或いは拒絶するために使うものである。
強力なものであればあるほど、効果は大きい。しかし、その分作るための術式が複雑になり高度な術式と能力そして時間が必要となってくる。
現在最強の結界術士といえば、人間なら博麗 霊夢、妖怪なら八雲 紫。
そしてこの結界はと言うと、

「さすが『白の世界』。博麗大結界を貫いているだけあるわ」
やれやれといいながら、レティは首を横に振った。
『白の世界』は彼女の手に余るもので、なかなか手をこまねいていた。

「やはり難しいのですか?」
「そうね………解けないことはないけど、正直厳しいわ。私、そこまで結界に関して精通しているわけではないからね」
幽香の使いどころを間違えたかなと、すこし後悔する。

「流石は神…といった所かしらね。厄介なものを残してくれる」
怨嗟するものの、ただ眺めているのも時間がもったいないのでレティはそれに触れてみた。
最悪、『あいつ』に頼むしかないかなと苦虫を噛み潰したような顔をしながら、結界の様子を伺う。
すると眺めていただけでは分からないことが彼女の手を通して分かった。

「これって、寒気で出来ているのかしら」
「そうなの?」
「ええ。この結界、ほとんど神力でできているようだけど、微力ながら寒気の成分も含まれている。これなら何とかなるかもしれない」
レティは薄い期待を持ちながら、自分のやることを考えた。
結界に干渉して直接壊すことはほぼ不可能。先ほどの戦いのような宇津田が作った結界なら壊せる。なぜなら、あの結界は100%寒気で構成されているものだったからだ。
それに対して『白の世界』は神力95%に残りが寒気といった所だ。これは彼女の予想なので本当はもっと寒気の割合が低いのかもしれない。


そこでレティは壊すのではなく圧縮することに決めた。
方法はまず寒気を『白の世界』の表面に出させる。次に表面出た寒気を操りながら山折にし、裏側――即ち、レティたちがいる側とは反対側にある神力を包むようにしていく。
そうすることで、裏側にある神力が中身になるようなボール状にすることが可能になる。
あとは表面の寒気を使って、圧縮していけばいい。中の神力は押しつぶされ消滅することが出来、あとは残った寒気の温度を上げて壊せば、『白の世界』は無に消える。


考えることは簡単だが実際、困難を極めるものだ。
深呼吸を一つ挟んで幽香たちに自分の案を話し始めた。

「取り合えず、方法は見つけたわ。但し、上手くいくかどうかは絶望に等しいけど」
「話してみなさいな。判断はそれからよ」
「……まず、この方法はほとんど私しか出来ないわ。それを念頭において頂戴。それで方法なんだけど、結界の構成を組み替えてみる。一度、寒気を表面に抽出したあと、それを中心にボール状に折りたたんで内側に神力を集める」
「神力?それには干渉できないのですか?」
「ええ。同じ冬の属性といえど神と妖怪では属性が違うの。だから、これには触れずに壊していきたい。これさえ消滅できたら、あとは残った寒気を消すだけ」
「神力の消す方法は?」
「内側に集めた神力を外側から圧縮するわ。ある程度形になったら、私の妖気を加えて中の神力を削っていく」
「難しそうね。ホントに可能なの?」
「私を誰だと思っているの?」
レティは笑った。
自分で言っててどれだけ難しいかよく分かっているが、自分しかいないとも同時に思っていた。
何より『あいつ』の手を借りるのが嫌だった。
だから、笑った。
不遜に笑った。

「………ま、任せるしかないか。私、もうほとんど残っていないからね」
「私は貴女を信頼していますよ。お願いします」
「ふふっ、信頼なんて軽く使わない方がいいわよ、天魔。後々が怖くなるからね」
「それでも、ですよ」
天魔は真剣な目をしながら応えた。
一件投げやりな言葉を投げた、幽香もレティに期待していた。
そして、レティはゆっくりと振り返り『白の世界』に手を触れた。

「さて、やりますか」
まずは表面に寒気を持ってくるように結界の術式を変更していった。
これ自体は簡単だ。構成や形成の変更ではないので結界自体の性質変更をしていない。少し結界の仕組みを知っていれば誰にでも出来るものだ。


変更の終了。5分が経過、まずまずであった。
見た目には変らないが手を通して分かる。
一度深呼吸をした。ここからが本番だ。
次に行ったのは形成の変更。
今、結界は何平米あるか分からないシート状になっているがこれをボール状に包んでいくのだ。
レティは寒気の部分に触れながら形成変更できる術式を探す。膨大な結界を構成する演算の量に頭を悩ませながらも10分ほどかけて見つける。
すぐにアクセスし形成の変更を行った。
するとシート状にあった『白の世界』が徐々に丸みを帯びていく。
幽香はへぇ、と言いながら感心し、天魔は言葉を発さないままその様をみていた。
やがてレティの狙い通りそれは直径数キロメートルとなる白い球になっていた。そして同時に上空には橙色の世界と赤みを帯びた太陽が見えるようになっていた。
やっと本当の空色が見えたことにレティは汗を拭いながら笑った。


ここまでは順調。
時間も開始から半刻程度であった。
さて、最後の難関で三番目の工程の圧縮の作業に移る。これが出来れば終わりが見えたも同然である。
レティは一度結界から手を離す。手のひらにはじっとりと汗が浮かんでいた。
上を見上げると、改めて自分が取り組んでいる結界の大きさに驚かせられる。
今は白いボール状となっているがその大きさは直径数キロメートル。元々シート状のものがどれだけの大きさだったのか容易に想像できる。しかも『白の世界』を創った本人は既にここからいなくなっているのに維持されているのだ。
そして、周りは橙の世界。言いようのない不安を抱えながら、息を飲み込んだ。これからは『時間との勝負』であった。
彼女の創った結界に改めて驚嘆しながら、深呼吸をして圧縮の作業に移った。


手に触れ、術式のサイズ変更を行う。するとみるみるうちに数キロメートルあった大きさがわずか直径5メートルほどの大きさになった。

「あら、意外と圧縮が早いじゃない。やっぱり簡単だったの」
「違うわ。ボール状に形成したときに一緒にくるまれた空気を抜いたのよ。それにこれだけ大きな結界になってくるといくら神といえど有能な結界を作ることは難しい。私は空気と同時に『白の世界』に含まれていた不純物も抜いたの。今の大きさが純粋な『白の世界』の大きさよ」
どうやらこれがもとの大きさらしい。宇津田はこれを元にさらに大きくなるように展開したのだろう。だからこそ、博麗大結界を突き破るほどの大きさに出来たのだ。


閑話休題、これからが本当の圧縮作業に移行する。
純粋になった分、これからはじっくりと時間を掛かるのが容易に想像できた。
しかし、自分には時間を掛けている余裕はなかった。
すぐにアクセスし始めた。
要領はシンプルである。組み込まれている術式の演算を一つ一つ解除していくのである。
但し、順番通りに解除しなくてはならなかった。
具体的には宇津田が構成していった術式の最後の方から解除していくのがレティの作業であった。
まずは、最後になっている術式の演算を探して解除、次にその二番目の演算を探して解除。その繰り返しだ。そうすることで一つの術式全体が解除できる。これを終えると最後から二番目の術式の最後の演算から解除をしていく。即ち、最初の繰り返しであった。


因みに結界を構成しているのは術式である。そして術式を構成しているのが演算である。
もし、解除の順番を間違えると結界は暴走し、思いもよらない反応を起こす。
もう一度最初からの取り組みになってしまうなら、時間は掛かるが救いようがある。
最悪なのは結界が自爆することだ。そうすると結界の作用が周りに飛び火する。
今回の場合、寒気が幻想郷を覆ってしまうことだ(『白の世界』は幻想郷に集められたので外の世界に漏れる可能性は少ない)。
それを避けるためにも慎重に術式と演算を見極め慎重に取り組むべきである。しかし、なぜかレティはそれを傍から見ても高速で行っているのが二人にもわかった。幽香はいぶかりながら、作業中のレティに聞いてみた。

「ねえ、もっと慎重にやったらどうなの。宇津田は消えたのだから焦る必要がないじゃない」
「………」
「ちょっと、聞いてるの?」
「ええ、聞いてるわ。でも時間がないのよ。お願いだから、話しかけないで」
レティはいらついた声で返した。そのことに気分が悪くなった幽香は掴みかかろうと近づくと彼女の異変に感じた。
彼女の顔には大量の汗が浮かんでいた。
それは、服にも現れており、汗を多分に吸収したのがよく分かる。
これは異常であった。幽香自信は結界に精通してないが、それでもこんなに汗をかきすぎるほどきついものとは感じていない。
幽香は自分のこめかみ辺りに汗がつつっと流れた。そこで彼女は気づいた。
何故レティがこんなに汗をかいているのか、そしてこんなに焦っているのか。
そうだ、これは『冬になった夏の異変』だ。そして、今日は8月17日。
今は『夏』だ!


本来この季節は休養に移っているはずのレティ。それが、彼女が起きているわ、異変を解決しているわ、で力を消費している。今、彼女は大量の汗を流すような変調を起こしている。
このままではレティに冬の妖怪としての障害が発生するかもしれない。最悪なのは…
幽香は強引に彼女の手を結界からはずした。

「何のつもり?邪魔しないでよ」
「貴女本気で言っているの?このままじゃ貴女は大変な目に合うわよ」
「……あともう少しで終わるわ。時間にして一刻。ね、早いでしょ」
「馬鹿言わないで頂戴!一刻もかけてたら貴女死んじゃうわよ!こんなの『あいつ』にでも頼めばいいじゃない」
そう言って幽香は体ごと結界からレティを離した。
その尋常じゃないやり取りに天魔も近づき訳を聴こうとした。

「どうしたんですか、幽香さん!いま、レティさんが結界から離れたら……」
「天魔!!!今すぐ『あいつ』のところに行きなさい!強引でもいいから連れ……」
「邪魔しないでって言ってるでしょ!!!!!!」
息を荒げながらレティは腕を払って幽香を天魔のほうに吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……幽香。お願いだから邪魔しないで。私がやりたいのよ」
「ふざけないで!これ以上してたらどうかなるわよ。それでも良いの?」
「結構よ。私は意地でもこれを解除する。例え、消滅しかけても指一本残っているならそれで解除する。それが私からあなたたちに協力をしてもらった恩返しだから」
本来、一人で生きることを自分の性だとしている幽香に友達だからといって少し強引に力を借りたこと。
かつて自分の我侭で何人もの天狗を葬ったせいで敵対している間柄なのに天魔は異変解決のために力を貸してくれたこと。
二人の域を無理矢理侵入したレティは協力してくれた感謝と少なからずの罪悪感を持っていた。
それを償おうとレティは必死で『白の世界』の解除に当たっていた。

「………続けさせてもらうわよ」
「好きにしたら。もう止める気分もなくなったわ」
そう言って幽香は少しだけ、彼女から離れた。
レティは結界に手を触れ、再度試みた。
離されていた間、時間は空いてしまったがどうやら何も変化がおきてなかったことにほっとした。

「ありがとう」




とめどない汗がレティの顔や体から流れる。
顔は紅潮し、息も荒くなっていた。
けれども、苦しい顔しながらも黙々と続けるうちに、『白の世界』はいつの間にか直径30センチメートル程になっていた。
このまま上手くいけるだろう。最後の術式、数にしておよそ千番目のものに取り掛かろうとしたとき、レティはしきりに目をこすり始めた。

「……っ!後もう少しだって言うのに」
見たところ、約50ほどの演算が組み込まれていた。
時間は10分で終わりそうなのだが、よく見えなくて出来ない。
彼女は結界にへばりつく様にしながらゆっくりと取り組み始めた。

「えっと……10、いや13番目を持ってきて5をリバース。配列が複雑ね。もっと奥の方にあるのかしら」
ぶつぶつと呟きながら目をこすった。それでも片方の手は止めずに配列をいじくる。

「29と40が結ばれているから、これを切断。32番目の解除成功。あと18個」
気の遠くなりそうなほど頭が重く感じる。
気を失わないようにレティは唇をかみしめる。
一つの赤い筋が唇から流れ首を伝い、彼女の襟を赤く染めた。
痛みで意識ははっきりしているがそれでも頭が回らない。悔しさをにじませながら目を手で何度もこする。


すると、重かった頭がふっと軽くなっていった。というか、頭が冷えていくのが感じた。
レティは周りを見渡すと知らない結界が彼女の周りを囲んでいた。
彼女はぞっとした。順番を間違え、『白の世界』が暴走し始めたのかと見てみると、何も変化はなかった。それどころか、自分の目がよく見えるようになっていた。
ではこの結界は一体………
そこではっと気づいたレティは辺りの気を伺った。
すると遠くの方から自分の嫌いな『あいつ』の気配を感じた。その気配に憎らしさと懐かしさが混ざった感情が彼女の心を満たしていった。
幽香たちのほうをみると彼女たちも驚いていた。どうやら勝手に向こうから私達の方に来たのだと彼女は悟った。

「余計なお世話だけど今だけは感謝するわ」
そう言ってレティは33番目の演算に取り組んだ。
頭がスムーズに回転し、これならすぐに終われそうだと笑うレティ。
釈然としない感情はあった。けれど笑わずにはいられなかった。
そして最後の演算を解除し、同時に最後の術式も解除した。これで寒気の内側にあった神力は全て消滅した。
残るは最後の工程、寒気の消滅である。
レティはゆっくりと結界内の気温を上昇させる。
白いボール状の結界にぴしっとガラスにひびが入るような音が鳴り、瞬時にそれは砕けた。
『白の世界』は消滅した!






「お疲れのようね。だいぶ妖力を消費したんじゃない」
「そうね。お陰で体が上手く動かないように感じるわ」
「お疲れ様です。ようやく異変を解決できましたね」
「ええ。『あいつ』の力を借りてね」
その言葉に張り詰めた空気が充満した。

「全然気づかなかったわ。いつのまに現れたのかしら」
「さあ、今だっていなくっているからね。ホント勝手な奴よ!」
「結果がよければ宜しいのじゃないでしょうか?」
「まあね。力を貸したのは『あいつ』の勝手だし……いっか」
そう言ってレティは手を横に広げた。
空は橙から藍へ、そして黒へと変ろうとしていた。
辺りは夏らしい蒸し暑さが充満していた。上空にはいるのでいくらか地上よりかはマシだったがそれでもレティにとっては参るような暑さだった。

「ごめんなさい。悪いけどもう自分のところに戻らせてもらうわ」
「そうね、そうした方が良いわ。だいぶ顔色も悪そうだしね。取り合えず、今日は楽しかったわ。偶には誰かといるのも悪くなかったわよ」
「分かりました。あまり無理をなさらないように。では失礼」
「ありがとう、幽香、天魔」
二人は地上へ戻ろうと黒い雲中を潜って行った。
それを見送り、レティも住処へ帰ろうと踵を返すと、いつの間にか『あいつ』が現れていた。気配なく現れたことにまた驚き、すぐに睨みつけた。

「何故、貴女がここにいるのかしら」
「私もこの異変を解決するためよ。結局、貴方達には追いつけなかったけどね」
「ふん、それは本音かしら。それとも私の前に出るのが怖かったことへの嘘かしら」
レティは既に先の件で力は疲弊していたが、そんな弱気を見せないように傲慢に構える。
すると、

「そうね……半分半分といったところね」
「……へぇ、認めるんだ」
彼女にとっては意外であった。
まさか認めるとは思わなかったので肩すかしを食らったような気分であった。

「でも、このままじゃいけないと思ったから乗り出したのよ。むしろ、この異変は貴女が起こしたものだと途中まで思っていましたわ。それが、まるで違うなんて……私の勘も鈍ったのかしらね」
「普段からぐうたれてるからよ。どうせ、日常のことはほとんど藍に任せているのでしょ」
「ええ、その通りよ。あの娘は優秀だからね」
扇子を口元に当てながら優雅に笑う『彼女』。
レティはこのまま話しているのも疲れるので、本題を聞いた。

「……世間話するために現れたわけじゃないでしょ。二人がいなくなったのだからさっさと思っていること話なさい」
「それもそうですね」
『彼女』は口元を隠していた扇子を閉じ、静かに頭を下げた。

「レティ。幻想郷を救ってもらってありがとう。幻想郷の創始者として貴方に深くを感謝します」
「……頭を下げるなんて貴女には似合わないわ。紫」
レティはそっぽを向きながら、紫に頭をあげるように言った。
そして、レティのほうも感謝の言葉を言った。

「私の方も感謝するわ。私の周りにだけ『暖と寒の境界』を弄ったのでしょう。お陰で『白の世界』の解除に集中することが出来たわ」
「ふふふ、どういたしまして」
紫のほうもむず痒そうに笑いながらレティの感謝を受け止めていた。
二人はお互い、感謝しだしてからなかなか目を合わせられないまま時間だけが過ぎていった。

「そろそろ戻るわ」
「そうね、こっちも藍が心配しているだろうし」
レティは紫のほうに向かい、すれ違っていく。
少し離れてから紫は振り返り声をかけた。

「私達の雪解けはいつかしら?」
「さあ……そのうちじゃないかしら」
背中越しに応えるレティに紫は嬉しそうに笑みを浮かべながらスキマへと潜って行った。


雪に覆われた幻想郷は今回の異変で多大な冷害を被った。
しかし、季節は夏だ。すぐに雪解けする。
調整さえ間違えなければ幻想郷の自然も回復できるだろう。難しいことかもしれないがやって出来ないことはない。
それはレティと紫の関係にも同じことが言えるかもしれない。



Fin……
どうもお久しぶりです。アクアリウムです。
今回やっと『七月の雪』の続編が完成しました。季節外れの話が続いてホントすいません。
実はこの話、アクアリウムが夢に見た話を元に東方のキャラクターで何とかできないかなというのがきっかけでした。それがこんなに時間が掛かるとは………

今回作中に出てきた宇津田というのは『宇津田姫』という冬の神様から取りました。設定は独自のものですが。神様といえどレティ、幽香、天魔を相手には分が悪すぎましたね。

アクアリウムの大好きなレティの活躍話、読んだ貴方がすごい妖怪なんだなと思っていただければ幸いです。

ではでは…
アクアリウム
簡易評価

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コメント



0.450簡易評価
6.80爆撃削除
レティつえぇ。むしろレティへの愛情をびんびんに感じました。
さながら映画のようなスペクタクル。
幽香さんに天魔さんにレティに紫って。もう何でもできそう。
9.90名前が無い程度の能力削除
こんな強くておっかなくて、カッコイイレティさん見たことない!