Coolier - 新生・東方創想話

東方千一夜~The Endless Night 第三章「悪霊の魔術師・前編」

2010/10/11 23:11:09
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 草木も眠る丑三つ時、いつもなら夜空の月と星々のみが輝き、静寂が全てを包み込む時刻
 激しい震動と轟音が響き渡り、強烈な閃光が周囲を包んだ

 長い石段に、赤の明神鳥居、石畳の敷き詰められた参道、この静寂にして静謐な神域において、それにそぐわぬ轟音と震動
 どうみても、これはただ事ではなかった

 さらに、激しい閃光が再び周囲を覆った

「うわぁぁ!!」

 轟音と共に、一人の男が爆風に吹き飛ばされた
 紺の烏帽子に、白地の狩衣に浅葱色の差袴。どうやら、この神社の禰宜と思われるが、衣服はあちこちが破け、全身が傷だらけである

「くぅ…、はぁ…、はぁ…」

 男は自分が吹き飛ばされた方向から、必死で逃げるように這い回る
 その方向には、神社の本殿がある。この神社は聖域である。邪悪な物は侵入できないように結界が張ってある
 本殿まで逃げ込めば、男を追っているそれからも逃げられる

 男は必死で痛めた体を引きずった。男が這った後には、夥しい血が痕となって残っている
 いったい、男は何に襲われ、そして追われているというのか…?

「う、うぅぅ…」

 男は唸りながら、正殿への階段を這い上がる
 御神体を祭った本殿の扉を閉め、男は一息つく
 ここまでくれば、もうヤツは追ってくる事はできない…



「ククク…。こんなことに隠れて、どうする気だい?」




「―――!?」

 その声を聞いた瞬間、男は飛び上がらんばかりに驚天した
 明りのない本殿の暗がりに、何者かがいる

 本殿の格子窓から、月の光がその物の正体を照らす

 緑の長い髪、切れ長の鋭い眼、異国の呪い師のようないでたち、三角の被り物
 しかし、最も異様なのはその下半身…。その者には、下半身がなかった…
 正確には、その下半身に足が無く、まるで人魂のような物が尾のようについていた

 恐ろしく冷酷な目で、その者は男を見下した
 その者こそ、先刻から男を襲い、痛めつけた者の正体なのだ

「ば、馬鹿な…」

 男は狼狽する。なぜ、この本殿の中にヤツが入ってきているのか
 この本殿は、この神社だけでなく、この神社がある世界そのものの存続に関わる施設なのだ
 だから、最も強力な結界で封印されている

 邪悪なものは、決してこの中に侵入することができないはずなのだ…

「愚かだねえ、あの程度の結界で私が防げるとでも思ったのかい?
 どうやら、私の力が分かっていないようだねえ…」

 そういって、その者は男に近づく

「くそ…。貴様は何者だ!、どうして私を襲う…!」

 男は傷を抑えながら、その者との距離を取ろうとする
 しかし、本殿の扉は硬く閉ざされ開ける事ができない
 あの者が、ここに閉じ込めるために結界を張ったのか…

「フフフ、私の名は魅魔。億を超える魔法と、数兆の知識を司る魔術師さ
 ただし、悪霊だがね」

 その者が名乗ったが、男には聞き覚えのない名前だった
 確かに、かなり強力な魔法を操る魔術師だということは、十分すぎるほど分かる…

 しかし、悪霊とは…

「あんたを襲ったのは、あんたが持ってる『博麗の力』を手に入れる為さ…
 さあ、出しな。私に『博麗の力』を渡すんだ」

 そういうと、魅魔と名乗った悪霊は、その手で男の胸倉を掴んだ
 確かに、近づくとひんやりとした冷気を感じる。生きている人間の気ではない

「ば、馬鹿な…。『博麗の力』…だと…」

 魅魔に締め上げられながら、男が呟いた

 この神社の名前は、『博麗神社』と言った
 この幻想郷で唯一の神社であり、博麗大結界の要となっている最も重要な神社である
 そして、『博麗の力』とは、その結界を守るため、幻想郷の創造神たる龍神が与えたと伝えられる力である
 その力は、龍神の力を凝縮させたものであり、一撃で山を砕き、天を切り裂くと伝えられる

「き、貴様、そんな力を手に入れて、どうするつもりだ…!」

 男が魅魔に尋ねる。『博麗の力』は、代々博麗神社の禰宜と巫女によって守られている
 その力は、龍神が正しいと認めた時だけしか使ってはならない、禁忌の力なのである

「ふふ、私は全人類に復讐を誓った身でね。とにかく強力な力を集めているのさ
 さあ、分かったらさっさと渡しな…」

 魅魔の締め上げる力が強くなる。すでに重傷を負っている男には、拷問以上の苦痛である

「馬鹿な…、貴様などに渡すものか…」

 男が言った瞬間、魅魔の力がさらに強くなる
 このまま首が引き千切られそうな力で、魅魔は男を締め上げる

「聞いた風な口を叩くじゃないか。だが、勘違いしちゃいけないね、私は『博麗の力』に未練も執着もありはしない
 私はすでに最強の力を手に入れているし、他にもいくらでも強力な力を得るアテはあるんだ
 あんたがそんな態度を取るんなら、いますぐこの場で殺してやってもいいんだよ」

 男の顔を自身の顔に近づける。魅魔の切れ長の目が、男の顔面を射抜く
 これは、冗談でもなんでもない。本気で男を殺す気なのだ

 男が死んでしまったら…

「なあに、心配する必要はない。私の『爆裂魔光砲』なら一瞬だ
 傷みを感じる間も無く、あっと言う間にあの世行きさ
 しかし、あんたが死んだらどうなるかな…?」

 そういって、魅魔が嗤った
 魅魔は知っているのだ。博麗神社の禰宜である男が死んでしまったら、この幻想郷は消えてなくなってしまうことを

 どうやら、億を超える魔法と、数兆の知識を司る魔術師…というのも、出鱈目ではないようだ

 魅魔の右手に、凄まじい魔力が集まっていく
 このまま男が死んでしまっては、幻想郷を包む博麗大結界は護る者がいなくなり消滅してしまう
 博麗大結界が消滅してしまえば、幻想郷は…消えてしまう

「私は本気だよ、私は幻想郷なんざ屁とも思っちゃいないんだ
 さあ、これが最後だ。『博麗の力』を渡しな」

 魅魔の凶悪な目が、男を貫く…
 このままでは、本当にこの悪霊に幻想郷を滅ぼされかねない

 男は、懐から陰陽玉を取り出した

「ほう、それが博麗神社に代々伝わる陰陽玉か…。それでいい…」

 魅魔が男を解放した

「それには、龍神の力が凝縮されているんだろう
 それこそが『博麗の力』の源。さあ、渡しな」

 そういって、魅魔が陰陽玉に手を伸ばした

「先に断っておくがな、貴様には『博麗の力』を使いこなすことはできん
 消滅したくなかったら、こんなものには手を出さず、さっさと出て行くことだ」

 陰陽玉に手を伸ばす魅魔に対し、男が言い放った

「ククク…。ここまで来て負け惜しみかい?。みっともないったらありゃしないね
 億を超える魔法と、数兆の知識を司る私に、扱えない力があるとでも思ってるのかい?」

 そういうと、魅魔は陰陽玉を掴み上げた
 その途端、陰陽玉が光を放ち、魅魔の力に呼応するかのように輝き始めた
 同時に、魅魔の幽体に凄まじい力が満ちていく

「ふぁーっはっは!。これは凄い、素晴らしい力だ!」

 猛烈な勢いで、魅魔の幽体に力が溢れていく
 いまだかつて無いほどの、凄まじい力が沸き起こっていく

 しかし…

「な、なんだ…」

 突如、自身の幽体に起きた異変に、魅魔はすぐに気付いた
 自分の幽体に溢れてくる力が、自分の幽体に留まらず、外に開放されようとしている
 その力の動きを止めようとするが、魅魔の力を持ってしても、それを止めることができない

「う、うわぁぁ…!。な、なんだ、この力は…!」

 その力は、魅魔の制御を全く受け付けなかった
 陰陽玉から流れる力が、魅魔の全身を暴れまわり、外へ向かい暴走している
 魅魔が力を押し込めようとするごとに、その力は強くなり、魅魔の幽体を突き破ろうとしている

「お、おのれぇ…!。貴様、謀ったな!。ゆ、許さん…」

 魅魔は、全身に苦痛が広がる中、男を見据える



 男に騙された―――!!



 その思いが、復讐の業火となり、その怒りが男に向けられる
 強烈な力が、男に向けられる



 しかし、その瞬間―――!!



「う、うおぉぉぉ!!」

 ついに、『博麗の力』の暴走がピークに達した
 その瞬間、魅魔の全身から、途轍もない力が放出され、魅魔の幽体を突き破った
 魅魔の体内で、凄まじい爆発が繰り返され、そのたびに強烈な力が魅魔の幽体を食い破っていく
 その苦痛は、肉体が感じる痛みの比ではなかった

「お、おのれぇ…。許さんぞ、この傷が癒えれば、必ず貴様を地獄に送ってやる!
 覚えていろ!。私の名は魅魔!。博麗神社に関わるものは、全て抹殺してやる―――!」



 そうして、魅魔は姿を消し、長い夜が終わった…









~永遠亭跡・時の最果て~



 優曇華を連れ、輝夜と妹紅は永遠亭に戻ってきた

「鈴仙!」

「てゐ!」

 幽々子と別れ、涙に暮れていた優曇華は、てゐと抱き合い再び涙を零した
 二人は固く抱き合い、再開を心から喜んだ

 これで、あとは永琳さえ揃えば、元の永遠亭のメンバーが元に戻ることになる

「慧音!」

 妹紅が、真っ先に慧音に駆け寄った
 慧音は辛そうな顔で目を閉じている。この『時の最果て』では、穢れた地上の民は力を使うのに異様な労力が掛かってしまう
 てゐはともかくとして、二人の冒険を影で支える慧音は、とても多くの力を使っているのだ

「う…、妹紅…か…」

 まるで意識が中空を彷徨って居るかのごとく、おぼろげな返事で慧音が答えた

「無事だったのか、よかった…」

 そういった瞬間、力が抜けたのか、慧音がよろけて倒れそうになる
 妹紅が慌てて慧音を支える

「大丈夫か、しっかりしろ慧音」

 妹紅が慧音に呼びかけるが、慧音は妹紅に寄りかかったまま、とても満足に立ってられない状況だった

「ああ、大丈夫だ…。少し休めばなんとかなる…。それより、あっちの世界でなにがあったのか教えてくれ…」

 慧音は妹紅に肩を抱かれ、近くの岩に腰を下ろした
 輝夜と優曇華が、これまでにあった話しを慧音に言って聞かせる

「そうか…。『西行妖』の下に眠っているのが、西行寺幽々子本人だったとはな…」

 朧気な意識の中で、慧音が答える
 身体は相当にきつそうである

「なんにしても、あとは永琳と霊夢と魔理沙だけだ
 私の事は気にするな、早くみんなを助けに行くんだ」

 慧音が言った。輝夜達にも、今は立ち止まっている暇はなかった

「あれ…?。でも…」

 ふと、輝夜がその異常に気付いた
 いまだ救出できていないのは、永琳、霊夢、魔理沙の三人…
 しかし、いまこの『時の最果て』に出来ている『時の光』のうち、二人が通っていない光は、二つしかないのである…

「うむ…。それぞれは、別の時代に飛ばされているようだからな。考えられるのは、まだその歴史の流れに異変が起きていないか…
 或いは、すでにその時代で死んでしまっているか…」

「―――!?」

 慧音の言葉に、輝夜は一瞬息を呑んだ
『時の光』が出来るには、その者が飛ばされた時間の流れに異変が出来ていなければならない
 まだ、その者が時間流れに干渉せず、時間の流れに異変ができていなければ、『時の光』は生まれない

 しかし、てゐが紅魔館で雇われていたように、優曇華が白玉楼で保護されたように、知り合いもいない時代で生きていくには、誰かに助けを求める必要がある
 その時点で、時間の流れに影響を与えているはずなのである

 そう考えれば、いまだ『時の光』が出来ていない理由として考えられるのは、『死亡による歴史への不干渉』という理由が真っ先に思いつくのは、当然といえば当然である

「まあ、永琳は不老不死だから、その心配はないだろうがな」

 慧音が言ったのを聞いて、輝夜はホッとした
 別に、霊夢や魔理沙なら死んでもいいとは思わないが、永琳にはその理由による歴史への不干渉ということはありえないのだ

 しかし、永琳は死ぬ事はなく、霊夢が死んでしまっては博麗大結界が消滅してしまう
 だとすれば…、魔理沙が…?

「ッチ、考えてもしょうがねえよ。どっちにしろ、この二つの内のどちらかに、永琳はいるはずだ!」

 輝夜の表情が暗くなるのを見て、妹紅が言った
 永琳もまた、不老不死の蓬莱人なら、この光の内、どちらかが永琳の元に続いているはずなのだ

「分かってるわよ。行きましょう…」

 輝夜もまた、妹紅の言葉に顔を上げた
 いま、ここで悩んでいても仕方がない

 二人は手を取り、新たなる『時の光』へと飛び込んだ…









~????????????~







 ひんやりとした夜の冷気が、その森を包んでいた
 夜空の月も、天に輝く星々さえも見えぬほどに生い茂った森

 歪な形に曲がった木や、風に吹かれザワザワと音を立てる木の葉…
 全く視界の開けない、獣道のような細い道を、一人の少女が歩いている

「う~ん、おかしいなぁ…。迷っちまったぜ」

 黒のとんがり帽子に、黒白の魔女服。クセのある金髪に、大きな箒を背負っている
 誰あろう、霧雨魔理沙その人であった

「う~ん、どうみても、ここは魔法の森なんだがなぁ…。なんだか、いつもと様子が違うぜ」

 月の光も届かぬ暗い森の中、魔理沙はキョロキョロと周囲を見渡す
 森の木の曲がり具合や、鬱蒼としてジメジメしている辺りは、魔理沙の住んでいる魔法の森にそっくりである
 しかし、その森は、魔理沙が知っている魔法の森とは、若干違った
 そうでなければ、森の主とも言える魔理沙が、いくら夜とは言え道に迷うとは思えない

「さぁて、困ったなぁ…」

 …といって、魔理沙は大きな岩に腰掛けた
 その泰然とした様子からは、とても困ったようには見えない

 てゐや優曇華と違って、自分の知っている魔法の森に飛ばされているからかもしれない

 無論、今の魔理沙は、自分が別の時代に飛ばされていることなど知りもしないが…

「しかし…、どうしてかな…。なんだかこの森…、いつもより懐かしい気がするな…」

 そういって、魔理沙は周囲の森をもう一度見渡した
 木の曲がり具合といい、生えている茸といい、どうしたことか、いつもより懐かしい気がする
 魔理沙は、その辺に生えていた茸を、適当に毟って食べた
 森に生えている茸に関しては、魔理沙はほぼ全てを知っているといっても過言ではない

「さあて、寒くもなってきたし、とりあえず我が家を探さないとな…
 このままじゃあ、凍えて死んでしまうぜ」

 そういうと、魔理沙は再び立ち上がり、森の道を進みだした






「ククク…」

「フフフ…」

「アーッハハハ」

 魔法の森の上空では、三つの影が魔理沙をこっそりと眺めていた
 …といっても、その姿は当人同士しか見ることはできない

 一人は、長い黒髪に紫のリボン、首にチョークタイを巻き薄い蝶のような羽が生えている
 一人は、金髪の巻き毛に赤いリボンのついた被り物、蜉蝣のような羽を生やしている
 そして、最後の一人は、金髪のツインテールにリボンのついたカチューシャ、蜻蛉のような羽が生えている

 それぞれ、スターサファイア、ルナチャイルド、サニーミルクという名前のついた光の三妖精である

 生き物の位置を把握したり、音を消したり、姿を消したりする能力を持った妖精で、森に入った人間を見つけては、森の中で迷わせてはイタズラをする困った妖精である

「あ~あ、まったく、あの人間は同じ所を行ったり来たりグルグル廻って…」

 サニーが可笑しそうに腹を抱えて笑っている。どんなに笑ってもルナが音を消してしまうので、笑い放題である
 魔理沙は三人の力にかかり、魔法の森で迷ってしまっているのである

 三人はケタケタ笑いながら、魔理沙が道に迷う姿を見ては悦に浸り、その様子を肴にして愉しんでいた
 魔理沙はそれに気付かないまま、森の中の道なき道を進んでは、どんどん道に迷っていった

 その姿を見て、三妖精は大いに笑った。人を困らせる事が妖精の生きる楽しみである
 この森は、滅多に人もやってこないので、この所はイタズラも出来ない所だった
 そこに魔理沙が現れたために、ここぞとばかりに魔理沙を迷わせているのだ



「ちょっと、あんたたち!」



「―――!?」

 不意に、三妖精は背後から声を掛けられた
 そんなはずはない。こんな真夜中の魔法の森の上空に人がいるわけがない
 ましてや、いまはサニーの力で姿を消しているのだ…

 三人は、恐る恐る後ろを振り返った
 そこには、長い黒髪でお姫様のような格好をした少女と、長い白髪で近年稀に見る貧乳の少女がいった
 二人とも、こちらを睨むように見つめている

 どうやら、三人の姿がはっきりと見えているようだ



(ど、どうして姿が見えてんのよ)

(どうなってるのよ、サニーの力は)

(し、知らないわよ!)


 二人に背を向けたまま、三妖精がごしょごしょと話しだす
 この二人が何者なのか…よりも、なぜ、この二人にサニーの力が効かないのかの方が問題である

「おい、おめえら聞こえてんのか!」

 そういうと、白髪の少女がサニーとルナの襟首を掴んだ
 少女の力は強く、二人はジタバタと暴れるもののビクともしなかった

 そして、もう一人の黒髪の少女がスターの肩を両肩を掴んだ
 紅い月の下、少女の顔がスターの間近に迫る

「あんたたち、この辺で人を見かけなかった?
 背が高くて、白い髪で巨乳で美人の女医さんよ」

「そんな聞き方で分かるか!。おめえら、見てねのか
 白い髪で、帽子を被ってて、青と赤の服を着たオバサンだ」

 どうも二人の掛け合いは漫才のようだが、それでも真剣に聞いているようだった
 三人は顔を見合わせる…。そんな人間は見た覚えがないし、もちろん知らない

 しかし、これ以上この二人に関わっていたら大変な目に遭うような気がした
 三人は目でコンタクトを取り、そして頷いた



「退散―――!!」



 そういうや、三人は脱兎の如く逃げ出した
 暗闇の中、森の中へ三人は逃げ込んだ

「ああ、待ちやがれ!」

 二人の少女…輝夜と妹紅も、三人を追い駆けた













「…お!」

 ふと、道の先を眺めた魔理沙が、感嘆の声を挙げる
 ようやっと、見覚えのある道に辿り着いたのだった

 それは、魔法の森の入り口を入ってからすぐの分岐路である
 サニーとルナとスターの三人が、輝夜と妹紅に見つかり逃げ出したため、魔理沙に掛かっていた術が解けたのだった

「ようやく、知ってる道に着いたぜ」

 魔法の森の入り口から、左右に分岐する分かれ道
 ここを左に行けばアリスの家、右に行けば魔理沙の家に辿り着く

「まったく、今日は妙な日だったなぁ…」

 魔理沙は思い返す。確か、今日は永遠亭の例月祭に飛び入りで参加していたはずだった
 以前、永遠亭で開かれた月都万象展で見た、月の都のお宝を拝借せんとしていたはずだった

 それが、謎の白い光に吹き飛ばされ、気付いたら魔理沙はこの森に居た
 いったい、何が起こったのかはさっぱり分からなかったが、とりあえずそこが魔法の森だと気付いた
 兎にも角にも、自分の家に戻ろうとしていたが、どういうわけだか今までかかってしまった

「なんにしても、また明日行ってみるかね」

 そう思いながら、分かれ道の木を見る
 不思議だった。この辺の木は、ほとんど毎日見ているはずの木である
 それなのに、何故だかいつもと違うように感じる…

 どういうわけだか分からないが、酷く懐かしさを感じる
 まだ自分が小さく、幼かった時の思い出…



(なんでだ、どうしてあの時の事を思い出すんだ…)



 ふと、魔理沙の心に昔の記憶が蘇る
 あれは、今から何年前になるだろう…

 魔理沙が人間の里と決別し、魔法使いとして生きる事を決意した日…

「………!?。なんだ!」

 ふと、我に返った魔理沙の耳に、遠くから人の声のようなものが聞こえた
 子供の声だった。怯えているような、悲しんでいるような、酷い泣き声が魔法の森の入り口の方から聞こえてきた
 魔理沙は咄嗟に、自分の身を魔法の森の茂みに隠した

(…は、なんで私は隠れる必要があるんだ…!)

 コソ泥の習性なのか、怪しい気配を感じると身を隠すのが身に染み付いてしまった魔理沙
 やがて、その声が大きくなっていく。声の主が、やがてこの分岐路に姿を現す…



「あ、あれは―――!?」



 その姿を見て、魔理沙は驚愕した
 目を真っ赤に腫らし、涙を流しながら駆けてくる少女
 クセのある金髪に、黒白のエプロンドレス、あの姿は間違いようが無い…

 あれは、魔理沙の過去の姿だった



「キャア!」



 魔理沙が驚いている内に、走ってきた少女・魔理沙は盛大にズッ転げた
 スカートの下から覗いた膝小僧が擦り剥け、真っ赤な鮮血が流れている…
 その血を見た瞬間、少女・魔理沙はさらに大きな声で泣き出した



「あ、あれは私だ…。ど、どうなってんだ!?」



 魔理沙は混乱した。ようやく家に帰れると思ったというのに、これはどういうことなのか
 目の前にいるのは、どう見ても過去の自分自身だ

 しかし、自分自身はいまここにいる。なら、目の前にいるのは…?

 魔理沙の頭が真っ白になる。いま起こっている事態を飲み込めない
 ああ、今日はなんて変梃子な日なのか…

 これというのも、永遠亭の連中が例月祭なんぞをやっているからだ
 興味本位で飛び入りで参加しただけだというのに、変な白い光に吹き飛ばされるわ、森の中を彷徨い歩くわ、ロクな事がない
 その上、目の前ではもっとあり得ないことが起きているのだ

 夢であるなら醒めて欲しかった。魔理沙は自分のほっぺを思いっきり抓った

「イテテテ…!」

 やっぱり夢じゃなかった。これは、まごうことなき現実なのである
 現実だと分かって、魔理沙の気も少しは落ち着いた

 そして、ゆっくりと冷静に記憶を反芻する
 あれが過去の自分だとすると、この魔法の森自体も過去の森の姿ということか…
 そういえば、さっきからえらく懐かしく感じていた気がする

 いま目の前にいる魔理沙は、年の頃にすれば十歳くらいか…
 だとすれば、ちょうど魔理沙が人間の里と決別して、魔法使いになろうと決心した頃…

 いや、違う…

 段々と、魔理沙の記憶が鮮明になってくる
 魔法の森の入り口、こけて怪我をした魔理沙…

 魔理沙の記憶の糸が繋がっていく。これはそう、魔理沙が人間の里の実家を飛び出した夜だ

 あの夜、父親と大喧嘩をした魔理沙は、もう二度と戻らない決意をして実家を飛び出した
 あてもなく飛び出した魔理沙は、魔法の森に迷い込み、怪我をした…



「―――!?。まさか、だとすれば…」



 魔理沙の記憶が、魔理沙の脳内に充満していく
 モチロン、魔理沙は覚えている。この後の展開を…

 いま、目の前で繰り広げられる光景が、魔理沙の過去を映し出したものだとしたら…
 だとしたら、次に現れるのは、『あの人』しかいない…

「ウソだろう…」

 魔理沙は、意味も無く否定したい気分になった
 魔理沙にとっては、霊夢以上に因縁の深い人物。唯一、自分が敬称をつけて呼ぶ人物…



「―――!?」



 不意に、唐突に、何の前触れもなく、その人物は現れた…



「あ、ああ…」



 その人物の姿を見て、魔理沙は腰を抜かさんばかりに驚いた
 緑の長い髪に、三角の被り物、異国の呪い師のようないでたち…
 下半身には脚がなく、幽体のような朧気なものが尾のようにくっついている

 衣服はボロボロになり、幽体であるはずの肉体にもかなりの損傷を受けている
 すでに生きていない人物でありながら、瀕死の重傷を負った悪霊…

 そこに現れたのは、魔理沙の師匠にして、幻想郷最強の魔法使い、魅魔であった



「み、魅魔様…」



 予想していた、自分の過去通りなら、魅魔が現れることも分かっていた
 それだというのに、魔理沙は驚愕し地べたにしゃがみ込んだ

 なにしろ、弟子である魔理沙でさえ、魅魔と会うのは数年ぶりなのである



「なんだい、あんたは…」



 傷ついた魅魔の視界に、少女・魔理沙の姿が映った



「あ、ああ…」



 少女・魔理沙も驚愕していた
 目の前にいる人物は、ただごとではない様子を見せている
 ボロボロに傷ついた身体に、足は無く宙に浮かんでいる
 なにより、少女を見据える冷酷な目…

 それは、少女が今まで過ごしてきた中で、どんな常識も通じないような存在だった



「私を見たね…。見られたからにはしょうがない…」



 そういうと、魅魔はその手を魔理沙に向けた
 その手に、恐ろしいほどの魔力が集まっていく。それは、十分に人間を殺傷し得るほどの力である



「私怨があるわけじゃないが、この姿を見られた以上、生かしておくわけにはいかない
 恨むんじゃないよ。恨むんなら、自分の運命を恨みな」



 月明かりの下、魅魔の冷酷で鋭い眼が魔理沙を見据える
 その言葉は冗談ではなかった。本当に、魅魔は魔理沙を殺そうとしている



「や、やめて…」



 魔理沙が必死で後ずさりしながら逃げようとするが、それは無駄なことだった
 怪我をした魔理沙が、どんなことをしたって、魅魔からは逃げようがない…

 その時…



「む…」



 魔理沙のスカートから、何かが転がりだした
 掌に乗るサイズで、八角形をした黒い金属で出来ている

 八卦の刻まれたそれは、魔理沙が香霖堂の店主、森近霖之助から貰った魔法の火炉である

 魅魔はその八卦炉を掴み上げる



「魔法の火炉…。あんた、魔法の力を使うのか…」



 そういって、魅魔が魔理沙を見据える
 どうやら、あの娘にしかこの八卦炉は使えないようにされているらしい
 この火炉には、あの娘の魔力が染み付いている



「ああ、か、返せ!」



 そういうと、魔理沙は魅魔に飛びかかろうとするが、膝の怪我の傷みが強く、上手く立ち上がれなかった

「馬鹿だね。私がそんな手作りの火炉なんか欲しがるとでも思ってるのかい」

 必死に立ち上がろうとする魔理沙に、魅魔は八卦炉を投げて返した
 そして、改めて魔理沙の全身を舐めるように見る

「怪我をしているのか…」

 そういうと、魅魔は指先に魔力を溜め、魔理沙の怪我をした膝頭に向かって放った
 すると、血は一瞬で止まり、それと同時に傷口が塞がれ、痛みが消えていった

「あ、ああ…」

 いま、自分の目の前で起きたことが信じられないように、魔理沙は目をパチクリさせている
 なんにしても、目の前にいる怪しげな霊の力で、魔理沙の怪我は治ってしまったらしい

「その魔法の火炉に免じて、命だけは助けてやる。私に会った事を他言するんじゃないよ」

 魅魔の全身から、すさまじい魔力が発せられる。まるで威圧するように、その気が膨らんでいく
 そういうと、魅魔は魔理沙を横目に通り過ぎていく



「ま、待ってくれ…!」



 魔理沙が魅魔を呼び止めた
 魅魔のない足が止まる

「なんだい、私になにか用かい?」

 魔理沙を振り返らず、魅魔が言った
 恐ろしく冷酷な目だった。下手なことを言えば、

「あんたは、あんたは魔法使いなのか?」

 魔理沙が訊いた。しばらくの沈黙の後、魅魔が口を開いた…

「私は悪霊さ…。生きてた頃は魔法使いだった…
 今日は、この幻想郷に隠された『博麗の力』を手に入れる為に博麗神社に侵入した…
 だが、訳の分からん姦計に嵌ってこの様さ…
 これで満足かい?」

 差すような魅魔の視線が、魔理沙に突き刺さる
 これ以上、下手なことを聞けば、折角助かった命さえ無駄になるかもしれない

「分かったかい?。なら行かせてもらうよ」

 そういうと、再び魅魔は何処かへ去ろうとする

「ま、待ってくれ!」

 魔理沙は、立ち去ろうとしていた魅魔のローブに縋り付いた

「離しな!。これ以上、私に近寄るんじゃない!」

 自分にしがみ付く魔理沙を、魅魔は一喝する。しかし、魔理沙はどうしても離れない
 魔理沙の涙に濡れた目が、魅魔を見据えた

「私を、私を弟子にしてくれ!」

「―――馬鹿な!。私が人間の子などを弟子にするとでも思ったのかい!
 離しな!」

 自分に縋り付いていた魔理沙を、魅魔は思いっきり振り払った
 魔理沙は地面を転がり、引き剥がされる

「勘違いするんじゃないよ。あんたを助けたのは、あんたがわずかなりとも魔法の力を使えるからだ
 あんたに心許した訳じゃない。さっさと家に帰るんだ!」

 魅魔が厳しい目で、魔理沙を叱り付けた
 もしも、魔理沙が魔法の力を使えない、ただの人間だったなら、すでに魅魔に殺されていただろう
 ただ、魔法の火炉を持ち、わずかなりとはいえ魔法の力を使えることが、魅魔の心証を変えた

 しかし、だからといって、人間を弟子にする謂われはなかった

 魅魔が『博麗の力』を欲したのは、全人類への復讐の為だった
 魅魔は人間という存在その者へ恨みを持っている。故に、その死後も悪霊として存在しているのだ
 本来なら、人間の子供など見たくも無いのである

「イヤだ、あんな家、二度と帰るもんか!」

 魔理沙は泣きじゃくりながら訴えるが、魅魔は聞く耳持たず、踵を返して去っていく

「待ってくれ!。一緒に連れて行ってくれ」

 そういうと、今度は魔理沙は魅魔の幽体に抱きついた

「ええい!、私に触れるんじゃない!。私の周りでピーピー喚くんじゃないよ!。殺されたいのかい!」

 魅魔は怒りを露に魔理沙を引き剥がし、魔理沙の胸倉を掴んだ

「いいかい、多少、魔法の力を使えると言っても、あんたは人間の子だ
 どんなに修行したって、魔法を極めることなんてできはしないんだ
 妙な考えは棄てて、里に戻るんだ。それがあんたのタメだよ」

 そういって、魅魔は魔理沙を地面に落とした
 魔理沙は魅魔を睨みつける

「なんだよ…。親父といい、あんたといい、勝手なことを言って、私のタメってなんだ…」

 魔理沙の身体の奥から、小さな炎のような物が燃え上がり、それが全身に広がっていく

「コイツ…」

 魅魔は、一瞬、信じられないような気分になった
 まだ人間の子供でしかない魔理沙の中に、これほどの魔力が眠っているなど…
 魔族の子供でも、これほどの魔力を持っては生まれてこないというのに…

「私の進む道は、私自身が決めるんだ!。私の幸せなんて、勝手に決め付けるんじゃねえ!」

 魔理沙は八卦炉を取り出した。魔理沙の全身に沸き起こる魔力が、八卦炉に乗り移り激しい炎を燃やす
 八卦炉の炎が魔理沙を包む。魔理沙は炎の塊となり、魅魔に向かって突進した!

「うおぉぉぉ!!」

 暗い魔法の森の中、その入り口だけがまるで昼間の様に輝いた
 炎の塊となった魔理沙が、魅魔に突っ込む!

「やれやれ…!」

 自分に向かって突進する魔理沙に、魅魔は自分の右手を突き出した
 猛スピードで突っ込んでくる魔理沙の額目掛け、折りたたまれた指から中指が飛び出す



「―――!?」



 炎の塊と化した魔理沙だったが、魅魔の前では無意味だった
 ただのデコピン一発で、魔理沙は吹っ飛ばされてしまった

「私に向かってくるとは、いい度胸をしてるじゃないか…」

 ただのデコピン一発で、魔理沙はフラフラになった
 あれほどの力を発したのも初めての上、初めて他人に自分の魔法を使って一気に魔力を使い果たしていた

「だが、魔法の力は魔族の叡智の結晶だ。貴様のように考えもなしに全力を使ってくるような単細胞に使いこなせる物じゃない」

 そういうと、魅魔は魔理沙の頬に手をやった
 恐ろしく冷たい、死人のような手だった

 魔理沙は、その冷たさに死を感じた

「ちくしょう…。私はなるんだ、魔法使いに…。ちくしょう…」

 魔理沙の目から、再び涙が零れていく…

「死んじまったら、魔法使いになるもクソもないだろ…」

 そういって、魅魔は魔理沙の額に手を合わせた

 殺される…っと、反射的に魔理沙は身構えるが、魅魔は攻撃はしなかった
 額に手を乗せたまま、魔理沙の記憶を探っていた







 魔理沙は人間の里の大手道具屋、霧雨店の一人娘である
 母は早くに死別している。家を飛び出るような喧嘩をするくらいなので、当然、父親との仲は悪い
 父は魔理沙に無関心だった。とても、箱入り娘とはいえない魔理沙であるが、それでも生まれて一度も抱き上げたことも、微笑みかけたこともないほどだった
 人間の寺子屋に通わせても、授業はそっちのけで遊んだり男の子相手でも喧嘩したり手を付けられぬほどのじゃじゃ馬娘だった魔理沙だが、一度も手を上げた事もなかった

 魔法の森に店を構える森近霖之助が、魔理沙に八卦炉を与えてからは、魔理沙は魔法の研究に没頭するようになった

 人間の里で、古くから店を構える霧雨店は、由緒ある老舗で、格式も高い
 そこの一人娘が、嫁入り修行もせず、怪しげな魔法の研究ばかりしていたのでは、世間様に顔向けできない

 そう思ったのかはともかく、その日、魔理沙の父は唐突に話を切り出した

「里の呉服屋の息子との縁談がある。お前の奇行が知れ渡れば、嫁ぎ先もままならん
 今の内に身を固めてしまえ」

 父は、突然、魔理沙に縁談を持ち出したのだった
 顔も見たこともない、名前も知らないような相手と結婚しろと言ったのだ

「ふざけるんじゃねえよ、私は結婚なんかしないぜ。私は魔法使いになるんだ!」

 魔理沙は父親に喰って掛かった
 生まれて一度も、自分に愛情を見せたことのない父が、突然、自分の縁談を持ってきたのだ
 当然のように、口論となった

「馬鹿げたことをいうな、戯けたことをいうんじゃない。お前が魔法使いになどなれるわけがなかろう」

「ふん、勝手に決め付けるんじゃねえよ!。私の進む道は、私が決めるんだ!」

「私の言うことが聞けないなら、この家から出て行け!
 二度とウチの敷居を跨ぐな!」

「け!、望む所だぜ!。こんな家、二度と帰ってくるもんか!
 見てろよ、私は絶対に魔法使いになってみせる!
 泣いて謝ったって許さないからな!」








 …そうして、魔理沙は実家を飛び出した
 そして、いつの間にかこの魔法の森に辿り着いたのだ

「ふう…。相変わらず、人間と云うものは下らないことで争ったり、変わらないねえ」

 魔理沙の額から、魅魔は手を離した
 魔理沙の事情を了解して、人間の愚かしさに感嘆の溜息をつく

「頼むよ…。私は、親父を見返したいんだ…
 立派な魔法使いになって、私はやれるんだと、見せてやりたいんだ…」

 魔理沙の声は、魅魔を素通りしていく
 すでに、魅魔は魔理沙の心を覗いてしまっているのだ

「そんなに、魔法使いになりたいかい…」

 魅魔が、ひっそりと呟いた

「人間の里も、父親も、実家も、全て捨てて、それでも魔法使いになりたいかい?」

 魅魔が振り返り、魔理沙の目を見つめた

「なりてぇよ。私は…」

 涙に腫れた目で、魔理沙が答える
 魅魔は懐に手をやった。ゴソゴソと弄り、銀色に輝く硬貨を取り出した
 見慣れない硬貨だ。外の世界の硬貨だろうか…?

「よく見な、これは幻想郷では流通していないコインだ
 よく絵柄を覚えな…」

 魅魔は、指の間に挟んだ硬貨を魔理沙に見せる
 その鈍い輝き、表面には見慣れぬ文字と、女性の横顔が刻まれている

「いいかい、チャンスは一回きりだよ」

 そういうと、魅魔はその硬貨を指で弾き、見えなくなるほど遠くまで投げ捨てた

「あ、ああ…!」

 一瞬の出来事に、魔理沙は慌てたが、たった一枚の銀貨はあっと言う間に見えなくなった
 もはや、どこに消えたのか、さっぱり分からなくなった

「あの銀貨を探してきな、期限は明日の夜明けまで…
 見つけられなかったら、大人しく家に帰るんだよ」

 そういうと、狼狽する魔理沙を尻目に、魅魔は魔法の森の奥深くへと消えていった…

「そ、そんな…。見つけられるわけ無いよ…」

 魔理沙はその場に蹲った
 この広大な魔法の森、たった一枚の硬貨を探すなど、土台無理な話である
 しかも、期限は明日の夜明けまで…

 もう何時間もないのである

 この魔法の森を一周するだけで、それだけの時間はあっという間に過ぎてしまう
 ましてや、その銀貨はどこに消えたのかすら分からないのだ…






「………」

 その様子を見ていた、もう一人の魔理沙は複雑な気分になっていた
 昔の自分を、自分自身の目で見るというのは、なんともイヤなものだった

 自分自身の未熟さに、イヤでも気付いてしまう
 まったく、今となって思えばどうしてあんなことをしたのだろうか

 自分と出会ったばかりの頃の魅魔は、まだ全人類への復讐の為により強力な力を求めていた
 今は邪気が抜けて見る影もなくなったが、今改めて見て、あの頃の魅魔の恐ろしさが分かった

 よくもまあ、殺されずに済んだものだ…

 魔理沙は、帽子を目深に被りなおした。昔の自分自身を、直視するには耐えられなかった
 その昔の魔理沙は、いつの間にかどこかへ消えてしまっている
 しかし、問題はない。この後、自分がどこへ行ったか、魔理沙は覚えている








 魔法の森の奥深く、森が拓けた丘のような場所に少女・魔理沙はいた
 両脚の間に顔を埋め、絶望に暮れていた…

 無論、この後、奇跡的に銀貨を探し当てることにはなっているのだが…

 大きな魔理沙は、その様子を大木の陰から見守っている
 無論、魔理沙はこの後の展開を知ってはいる

 しかし、なにやらわけの分からぬ気持ちが、魔理沙の心を締め付けている
 もしも、あの時、銀貨を探すのを止めて帰っていたら…

 ふと、そんな思いが魔理沙の胸に過った

 今思えば、魅魔も最初からそうするつもりだったのだろう
 ああやって無理難題を押し付け、魔理沙を人間の里へ帰すつもりだったのだ
 そうすれば、魔理沙も納得するだろうと…

(馬鹿な、私は何を考えてるんだ…)

 魔理沙は、胸に過った思いを、無理やりに仕舞い込む
 いまさら、人間の里には戻れない…。だが、あの頃をやり直せるなら…

 そんな思いを、自分の心の中で断ち切った
 もしも、あの時をやり直せたとしても、それでは霊夢達との思い出まで変わってしまう

 そういえば、いつか魅魔が言っていた気がする

『人間は弱いもの』だと…

 だから、間違えたり、自分にとって最悪の選択をしてしまうものだと…

 ただの話半分に聞いていたつもりが、今の自分が驚くほどに弱気になっているのを見て、それは当たっているかもしれないと思った











「ふぅ~。ようやく巻いたわね」

 空中で姿を消しながら、サニーが言った
 あのあと、輝夜と妹紅の二人は執拗に三人を追っていた
 必死の鬼ごっこの末、なんとか二人を巻く事に成功した

「まったく、どうしてあの二人にはサニーの力が効かなかったのかしら?」

 スターも息を切らしながら言った
 輝夜と妹紅には、サニーの光の屈折を操る能力が通じなかった

 過去にも、何人かにはサニーの力は通じなかったこともあるが…

「しょうがないでしょう。夜では光の屈折にも限度があるんだし」

 サニーが口を尖らせる。昼間と違って、夜は光その物の力が弱い
 故に、操れる光も弱くなってしまう

「それより、ルナはどうしたのかしら?。いつの間にか、いなくなってるけど」

 そういって、二人は辺りを見渡す
 しかし、その場にはサニーとスターの二人しか姿が見えない

「まさか、あの二人に捕まったんじゃないでしょうね…」

 サニーが想像する…。あの白髪の方は、力が強くて乱暴だった
 黒髪の方は、訳の分からないことばかり言っていた

 あのドン臭いルナのこと、よもや二人に捕まって、厳しい折檻を受けていたりしないか…

「ねえねえ、二人とも、見てみて~」

 サニーの脳裏で、全身の皮を引ん剥かれそうになっていたルナが、呑気な声で二人に近づいて来ていた
 手には、幻想郷ではあまり見かけない銀貨を握り締めている

「なんなのよ、こっちが心配しているのに」

 心配して損をした…というように、サニーがまた口を尖らせる

「なによ、せっかく綺麗なコインを拾ったから見せてあげようと思ったのに…」

 ルナはルナで頬を膨らませる。ルナが持ってきたコインは、確かに珍しい物だった
 幻想郷では、銀貨自体が珍しい物ではあるが、見たこともないような文字と、見知らぬ女性の横顔が描かれている

「あ!、見つけたぞ!」

 コインに見入っていた三人に、突如、妹紅の声が響いた
 姿を消しているはずなのに、やはり三人の姿は輝夜と妹紅には見えているらしい

「ヤバイ、逃げよう!」

「ずらかれー!」

 そういって、サニーとスターは一目散に逃げ出した

「ま、待ってよ~」

 ルナもそれを追おうとしたが、羽根がバタついて進まない
 空中でバランスを崩して、倒れてしまった

「なにしてるのよ、急いで!」

「待ってよ~」

 ルナも急いで逃げ出した

「こらぁ~、待ちやがれ!」

 輝夜と妹紅も、急いでその後を追った
















「うぅ…。ヒック…」

 魔理沙は、魔法の森の丘の上で泣いていた
 とても、この魔法の森の全てを探し出すことはできない
 あの小さなコイン一個探すには、とても時間が足りない

 このままでは、魔法使いになることを諦めなければならないかもしれない
 これ以上、魅魔に食い下がっては、本当に殺されてしまうかもしれない

 しかし、それでも、実家に帰るのはイヤだった

 もはや、絶望的と云うほか無い気持ちが、魔理沙を包んでいる
 せめて、コインの落ちた場所さえ分かれば…



 コツン―――!!



 何かが、魔理沙の頭に当たった
 月明かりの下、魔理沙は自分に当たった物体を探す

 自分の足元に、それは転がっていた

 鈍く光る銀色の硬貨。見たこともない文字と、女性の横顔が刻まれている
 それは、まさに魅魔が放り投げたコインだった

 魔理沙は、一瞬信じられないような気持ちになった
 とても見つけきれないと思っていたコインが、こうして目の前に現れたのだ

 こんな出来すぎた話がある訳が無い

 しかし、現実にそのコインは自分の目の前に現れたのだ

「うおぉぉぉ―――!!」

 魔理沙は、興奮のあまりに声を挙げた
 それは、月と星空だけが知っている、小さな奇跡であった
そんな訳で、第三章が始まりました。サブタイからも分かるように、今回は魔理沙と魅魔様の話です。自分の過去に行き、自分の過去の姿を見た魔理沙、そこに現れるのは…
今回は話が長くなる予定ですが、もうすぐ仕事が忙しくなるからなぁ…。気長にお待ちください

作者独自の解釈、設定が存在します
文章は作者独自のものです
東方以外のパロディ、オマージュが存在します

このリンクから第三章前編2へ飛べます
連載物なので、序章から読んでね
ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1292729961&log=133
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