Coolier - 新生・東方創想話

サイダー色した夏の雲 二

2010/10/10 00:47:07
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 第二章 




 幻想郷年史 第63季 文月 第三週 地上 人間の里 




 夏の強い日差しの下、南里の街道を、袖無しのシャツに短パンという格好で、少年が走っている。
 手には長い虫取り網。だが、十字路に入る度に、左右の道を探る様には、虫を探している雰囲気はない。
 こぢんまりとした茶店の前で、少年は急停止した。
 外に面した席に、よく知る人物が腰掛けていたのだ。

「あ、慧音先生、こんにちは」
「こんにちは弥彦」
「先生、草太見なかった?」
「いや、今日は見ていないな。隠れん坊か?」
「ううん。見なかったならいいや。さいならー!」

 また少年は、慌ただしく駆けだしていく。
 上白沢慧音は微笑しつつ、その姿を見送った。

「里の子供達は変わりませんね」
「ああ。あの子達こそ、里を未来へと繋ぐ宝だ。私の役目は、それを守ることにある」

 対面の席、日陰の店内にいる人物に、慧音は顔を戻した。

「ご苦労だった。先月に下りてきた竜宮の使いとの会合、並びに先日の辻切り、いずれも立派な振る舞いだった。これで里も安泰。今年も五穀豊穣、無病息災が期待できるというもの」
「………………」
「そう睨まないでくれ。皮肉ではないんだ。地震や辻風、火事や饑饉という災、この世には逆らえぬ天命が存在するのは確かだ。だが、人々の願いを束ねる優れた巫女ならば、奇跡を起こすことも可能であることを、歴史が証明している。特に、この幻想郷ではな。混迷する今の時代に、お前のような巫女がいることが、私は本当に嬉しいんだ」
「いえ、最後のお団子が喉に詰まりそうになっただけです」
「………………」

 本当にすっきりした顔になる同席者、博麗の巫女に対し、今度は慧音が憮然とした表情になった。

「……相変わらずの性格だな、お前は」
「はい。慧音様もお変わりないようで」
「おかげさまで、毎日奔走しているよ。寺子屋に、地震の後片付けの手伝い。まぁ、好きでやっていることなので、文句はない」
「地震で亡くなった人がいなかったのは幸いでした。ですが、辻切りの効果は無かったようですね」

 博麗の巫女は、お団子の串を置き、湯飲みを手に持つ。
 慧音は腕を組み、それまでとは違う深刻な面持ちで、じっと一点を見た。

「それは私の努力次第だ」
「なるほど」

 しばし沈黙が続く。店には他に客がいない。往来を歩く人の音に混じって、鳶の遠い声がしていた。
 やがて、湯気の消えたお茶を飲んだ巫女が、先に口を開く。

「……六人というのは、果たして多い数字でしょうか」
「……用心に越したことはない。自覚症状がないだけで、実際はもっと多くの患者がいるかもしれない」
「………………」
「それに私も不思議に思っているんだ。何しろ、風邪と言い切るには症状がおかしく、文献や知識でも分からぬ。それで念のため、お前の意見を聞きたくなった」
「診た印象では……妖術とは言い切れません。どちらかといえば、普通の病気の類ではないかと思います」
「ならば、そういうことかもしれん」
「ですが、病気を操る妖怪は、すでに地上にいないはずでは」
「その通りだ。そうした妖怪は、人間の数を減らし続けることになるため、大結界が張られてから、地底に封じられた」

 巫女の意見に一旦は頷いてから、彼女はおもむろに首を振った。

「……しかし私はやはり、妖怪が絡んでいる可能性を捨てきれない。直接的な原因なのか、あるいは何か別の関係があるのか、そこまでは分からぬ。今のところ、証拠もないので推測に過ぎないということになる」

 慧音は湯飲みに残った渋いお茶を、口に含んで、飲み込んだ。

「だから、今の段階では、私とお前だけの話にしてくれ。里の者に知られたくはない」
「私も同じ考えです。自警団の方々を、いたずらに心配させることはないでしょう」
「うん……」

 里の守護者は浮かぬ顔でうなずき、それからはっとして、

「や、すまぬ。甘いものを食べながらする話ではなかったな」
「いえ」
「そろそろ出るか。おうい、勘定を頼む」

 二人は席を立つ。
 帰り際、博麗の巫女は、店の者に向かって一礼した。

「美味しいお団子でした。ごちそうさまです」
「へ、へい」
「またいらしてください」
 
 畏れ多い気持ちを、主人と女将は愛想笑いで隠しつつ、頭を下げていた。




 少し腹ごなしに散歩をしようということで、二人は、中央街道よりも里の外れに近い、民家の建ち並ぶ通りの一筋を歩いていた。
 里長ですら頭が上がらず、人里で最も敬われている半獣、上白沢慧音。同じく人里を守り、妖怪を退治するという役目を負う、人間の希望である博麗の巫女。
 ただでさえ知名度が高いうえに、揃って目のさめるような器量の良さなので、表通りを歩けば嫌でも注目の的になる。
 なので二人は、人目を避けるため、裏通りを選んでいた。

「すまなかったな。私の取り越し苦労かもしれないのに、付き合わせてしまって」
「いえ。異変を未然に防ぐのも、博麗の巫女の仕事ですから」

 苦労を感じさせない、どこか宙に浮いた声で、巫女は答えた。
 歩き続けながら、彼女は半分独り言のように、

「それにお団子も食べられました。あのお店、昔から好きなんです」
「ふふ。神に仕える存在として、人ならぬ領域へ足を踏み入れはしても、その嗜好に変わりはない、か」
「誤解なさっている方もいますが、博麗の巫女は代々人間ですよ。妖怪と触れあう機会が多ければ、それだけ眠っている力が引き出されるのです。後はちょっと能力があるだけで、私も普通の里人と変わりません」
「これは失敬」
「……ですから、できることには限りがあります」

 それまでと違って、妙に含みのある言い方だった。
 慧音は足を止めず、前を見ながら聞く。

「……何かあったのか?」
「はい。実は先月、約束をしてしまったのです。次の夏祭りでは、一人も死なせぬように、と。真っ直ぐな目をした少年でした」
「ひょっとして、それは体格のよい、赤い癖毛で短髪の男子か」
「そうです。他にも二人、お友達を連れていました。里の南端を、下校中だったようです」
「鉄平と……草太と三吉だな。あそこは通ってはならん、と言ってるのに」

 寺子屋の教師は嘆息し、巫女に謝った。

「すまんな。あいつに悪気はないんだ。あれでも霧雨家のご子息でね」
「まぁ。あの大きな道具屋さんの」
「うむ。里にある家柄の中では、上の下といったところだが、魔法を扱う貴重な人種ということで、なかなか気位が高くて困った家だ。だがあいつ自身はどう育ったのか、威張ったりせず、仲間意識の強い真っ直ぐな子供だ。だからこそ、一昨年の事件に、責任を感じているんだろう」
「そうでしたか……」

 博麗の巫女は思い出すように、顔を少し持ち上げて、

「確かあの事件で、両親を亡くした女の子が一人いましたね」
「ああ……。一時期は口も聞けぬほどの状態だったが、最近はやっと少し、表情を見せるようになってきた。今は北里の親戚の家にいる」
「自警団の方々も、あの時は大変でしたね」
「大人から子供まで、誰もが楽しみにしていた夏祭りが、一夜にして凄惨な事件となってしまったのだ。里の中で起きただけに、衝撃は強かった。私にとっても、痛ましい歴史だ。時間が戻せたら、とまで思う」

 四つ辻にさしかかると、はしゃいで走る小さい子供の集団が通った。
 鬼ごっこの最中なのか、あるいはどこかに遊びに行くのに夢中なようで、慧音達には気がつかなかった。
 立ち止まり、その平和な後ろ姿を、里の守護者は遠い目で見つつ、

「今はもうこの里には、妖怪に襲われることを受け入れようとしないものばかりだ。それもこれも全ては……」
「四十年前に張られた、結界のことですね」
「そうだ。博麗大結界が出来てから四十年間、妖怪同士の諍いのおかげで、人間が襲われることが少なくなった結果、それまでの襲われることが当たり前だった時代に、疑問を持つものが増えてきたということだ」

 てんてん、と小さな手鞠が転がってくる。角を曲がると、転んでしまったのか、地面に膝をついて泣いている女の子に出会った。

「確かに、この管理された世界は不自然だ。里の人間はこの大地の上で生きることを義務づけられ、自由に空を舞う妖怪を恐れて、固く身を寄せ合うばかり。果たしてここで生きる者達のために、何ができ、どこまでが許され、いかなる歴史へと導いてやればいいのか。悩んでも悩んでも、答えは出ない。……ほら、お鶴。もう泣くな」

 慧音は転んだその女の子に、拾った鞠を持って行って、頭を撫でてあげた。
 彼女は礼を言って、涙を拭き、先程の集団を追い駆けていく。博麗の巫女は、その元気な姿を見送って、

「……大事なのは、子供達かもしれませんね。あの子達が変わることで、次の幻想郷もまた変わっていくのではないでしょうか」
「となると、私の責任は重大だな」
「きっと、よくなるはずです。そう信じましょう。私も博麗の巫女として、できるだけのことをいたします」
「うん、そうだな。確かにそれが一番だ」

 慧音は立ち直り、力強い笑みを浮かべた。

「そうだ、例の子に会ってくれるか? 手の空いた時でいい」
「ご心配なく。夏祭りまで予定が無いので構いません。ですが、果たして私の力で、癒すことができるかどうか」
「何も、妖怪という存在について諭すことはない。傷口を広げることに繋がるやもしれないしな。その役目は、時の流れに任せよう」
「……………………」
「ただ、話をして、少し遊んであげるだけでいい。私はどうも不得手なもので」
「はい。お引き受けしました。『慧音先生』」
「ぷっ、ははは」

 すました顔で巫女がいうと、慧音は珍しく笑い声をあげた。
 言った本人、かつての寺子屋の教え子も、口の端が緩んでいた。




○○○




 二股の樹を二つ過ぎたら、棘だらけの藪を避けるために、ちょっと横にそれなくてはいけない。
 小川を飛び越してからはまっすぐの道ではなく、川の流れに逆らうように上ってから、曲がった木の作る門の下をくぐる。
 雑木林の先にある妖怪の森には、自分だけが知っている、迷わないための目印がいくつかあった。
 草太はそれをたどりつつ、何か飛び出してこないか、注意しながら進んだ。
 ここは妖怪の領域というだけではなく、人の手が全く入っていない森である。うっかりマムシを踏みつけたり、茂みから猪が飛び出してきたりする可能性もある。
 それだけじゃなく、突然木の上から土蜘蛛が逆さに降ってきたり、いきなり背中を土蜘蛛が脅かしてきたり、出し抜けに地面の下から土蜘蛛が足首をつかんできたりするのだ。油断はならない。

 やがて、いつもの野原に出て、頭上に空が広がった。
 今日の天気は快晴。蒼天をクスノキの巨大な緑帽が、下から押し上げている。
 草太はその根元まで駆けていき、上に呼びかけた。

「おーい妖怪ー、来たぞー」

 いつもはそのタイミングで糸が下りてくるのだが、今日は全く別の方向から返事が返ってきた。

「こっちこっちー」

 その声を探して、草太はクスノキの裏側に回ってみた。
 森を少し入ったところに、小さな沢がある。そこで、だぶだぶの茶色いスカートをはいた少女が、水の流れを観察していた。
 草太にとって、唯一の妖怪の知り合い、黒谷ヤマメの後頭部を、後ろから覗く。

「今日は雲じゃなくて、魚の観察?」
「魚だけじゃなくて、小さな生き物とか、時々変化する水の流れとかね。あとはいい石とか……お、これなんていいかも」

 ヤマメは水に手を入れて、ぱしゃりと何かを取り出した。
 握った拳が、日の光を浴びて一瞬きらめく。

「さて、木の上でちょっと乾かして、様子を見ますか。こんにちは、草太。サイダーはある?」
「ほら」

 草太は持ってきた瓶を一つ、ヤマメに差し出した。
 彼女はそれを受け取らず、こちらの頭を物珍しそうに見ている。

「その、頭に被ってるの何?」
「ああ、これ? 麦わら帽子。見たこと無いの?」
「ないない。地底にはそんなのない。へー、麦を編んで作ってるわけ? ちょっと貸して」
「いいけど……」

 ヤマメはサイダーと一緒にそれを受け取り、頭に被った。

「どう、似合ってる?」
「……………………」
「変な顔してないで、感想を言ってよ」
「……ぶふっ!」

 草太は笑いをこらえきれなかった。
 ヤマメにその麦わら帽子は、似合ってるような似合ってないような……。
 でも、里では珍しい薄黄色の髪の毛が隠れ、手に持ったサイダーがよいアクセントになっている。
 これならどこからどう見ても、草太と同年代の人間の少女だ。あるいは里を歩いていても、誰にも気づかれないかもしれない。

 だがヤマメは、笑ったのが気に入らなかったらしく、手から糸を出して、クスノキの枝に巻き付けながら、

「じゃあこれ預かっておくから」
「えっ、あっ、おい!」

 あっという間に飛んでいく彼女は、ついでに草太のサイダーまで一緒に、樹の上まで持って行ってしまった。




 太枝の上で、麦わら帽子を被った土蜘蛛が、美味しそうにサイダーを飲んでいる。
 右手にはぴんと張られた太い綱があり、それは下へと続いていた。
 やがて、それまで聞こえていた罵声が近づいてきて、ついに枝に子供の手がかかり、

「よいしょ……登ってやったぞ、こらぁ!」
「あれ、意外と早かったね」
「何が意外とだよ! 途中で妨害しなくたっていいだろ!」
「ほんのサービスだって」
「いが栗のどこがサービスだ!」

 ヤマメの巣までたどり着いた草太は、汗をぬぐって、サイダーを引ったくるように受け取った。
 蓋を開け、すかさず一気飲み。砂糖味の炭酸が、喉を気持ちよく通り抜ける。

「ぷはぁ……あー、生き返ったー」
「もごーごごーごー」
「やっぱりここで飲むサイダーは美味いなー」
「もごごごー。もごごごごごごっもごごー」
「夏休みなんだから、もう一本くらい飲みたいんだけど……」
「もご? もごごごご? ごごご?」
「……人間でも分かる言葉で言ってよ」

 草太がツッコミを入れた先には、空になったサイダー瓶を咥えた妖怪がいた。
 ヤマメは、それを口から外し、かぶった麦わら帽子を傾けて、

「飲みたければ飲めばいいじゃん。なんで?」
「父ちゃんと母ちゃんが、一日一本までにしろって。里を守る強い男になりたければ、牛乳をもっと飲め。サイダーは骨が溶けるからっていうんだ。本当かどうか知らないけど」
「じゃあ今度から三本持ってきてよ。私は妖怪だから、気にしないからさ」
「言っとくけど、これだって僕の小遣いで買ってるんだぞ。そんなに飲みたけりゃ、ヤマメが自分で買いに来いよ」
「慧音先生がおっかなくて、里に入れないんよ」
「……会ったこともないくせに」

 悠々とうそぶく土蜘蛛に、草太は閉口した。

 人間、神田草太と、妖怪、黒谷ヤマメが出会って、二週間近く経っている。
 三日に一度彼女の元にサイダーを届けに行き、そして適当に遊んでから日が暮れる前に人里に帰るのが、最近の草太の習慣になり始めていた。
 里の仲間には親の手伝いだと言い、親には友達と遊んでいると偽って内緒にしているので、かなり綱渡りな行動ではある。
 もちろん、バレたら里中が大騒ぎになるだろう。特に、父ちゃんに知られれば『かんどう』されるかもしれない。
 しかし今のところ、草太にこの秘密の交流を止めるつもりはなかった。
 大木に登れるし、スリルはあるし、何よりこの妖怪は得体が知れないけど、話も行動も、同世代の友人とはまるで世界が違うので。

「そうだ。お鶴ちゃんの風邪は治った?」
「うん、もう遊び回ってるよ。ヤマメの言うとおり、夜はあったかくして、水と果物を十分に取らせたら」
「よかった。私のせいで風邪を引かれたんじゃ、寝覚めも悪いしね」

 そう。
 妹のお鶴の勘は鋭く、草太が最近なんだか、面白い遊び――つまり、ヤマメに会いに行くということ――にはまっていることを感づいていたのだ。
 そして、後をつけて、雑木林で迷子になり、夕方になって「わーん」と泣いている姿を、草太が発見したのである。
 もし親にばれたら、大目玉だったので、見つけたのが自分で助かったが、結局お鶴はそれが原因で、風邪を引いてしまった。
 幸い、北里で流行の兆しが見えている病気とは違い、普通の風邪だったようだ。

 それをヤマメに話すと、彼女は興味津々、むしろ症状について嬉々とした様子で聞き、意外にも、色々な民間療法について教えてくれたのである。
 草太はその中から、お鶴に一番向いているやり方を選んで、親に進言した。
 食べたくない時には無理に食べさせない方が治るのは早い、と慧音先生が言ってた。そんな嘘でくるんで。
 もっとも、じいちゃんが『婆さんが同じことをよく言ってたわい』と後押ししてくれなかったら、信じてもらえなかったかもしれない。

 ヤマメは経過を聞いて、愉快そうに言った。

「でも、お鶴ちゃんは私に妬きもちやいてたってことよね。お兄ちゃんが大好きなんじゃないの?」
「全然。生意気だし、すぐ泣くし、鉄平に会いたいってわがまま言うし……今年の夏祭りもたぶん、手を引いて歩くことになるんだろうな。せっかく二年ぶりの夏祭りなのに」
「二年ぶりってことは、去年はできなかったのね」
「うん……いろいろあって」

 それは、あまり思い出したくない話だったので、草太は適当に言葉を濁す。
 特に、妖怪であるヤマメに対して話す気にはならなかった。
 と、彼女は麦わら帽子を脱いで、草太に差し出してくる。

「じゃあこれ、あんたから、お鶴ちゃんに渡してくれない? 私のことはもちろん内緒で」

 帽子のくぼみの中に、緑色の小さな石が入っていた。
 森の葉っぱを川の水に映して固めたような、滑らかな光沢のある石だ。

「さっき、そこの沢で手に入れたやつよ。長い間清水に磨かれていたんだろうね。綺麗でしょ」
「……うん」
「私のせいで風邪を引かせちゃったみたいなもんだし。ま、快気祝いってことで。喜んでくれるかな」
「たぶん、喜ぶと思うけど……」

 草太はそれをつまんで、家を出たときの、お鶴のふてくされた顔を思い浮かべた。

「……これはあいつにはもったいないよ。なんか、あげたくないな」
「こらこら、あんたじゃなくて、お鶴ちゃんにあげたんだからね。それに、相手が誰だろうと、女に優しくしない男はだめよ」
「妹でも?」
「そう。まずは、身近な存在をいたわること。覚えておきなさい」
「へーい」

 妖怪のありがたいご高説に、草太は締まりのない返事をして、それをポケットにしまう。
 だが、心の内では、お鶴に渡すつもりはなかった。
 意地悪どころか、その逆の理由である。ヤマメからもらった腕飾りは、まだ草太の左手首に縛りつけられている。
 ひょっとしたら、お鶴も同じような目に遭わされるかもしれないので、内緒にしておいた方がいいと思ったのだ。

 草太にとって、ヤマメとの付き合いは、面白さ半分、怖さ半分だった。
 何せ、相手は妖怪。いつ心変わりがあって、食われるかわかったものではない。
 だから、草太は絶対に、夕方になるまでには、この場所から里に帰ることにしていた。
 ヤマメの方は本心で、人間である自分をどう思っているのか。それが気になってはいるのだが。

「ねぇねぇ草太。今度はサイダーだけじゃなくてさ。食べ物とかも持ってきてくれない? 人間用のでいいから」
「へいへい、考えておくよ」

 図々しく頼んでくる妖怪に、草太は胸中を隠して答えた。

 ――食べ物……まさか僕は、こいつの非常食だったりするんだろうか……。

 横目で見てみると、彼女はサイダーにありつけてご満悦らしく、また雲を眺めながら歌を歌っている。
 その姿と手首の腕飾りを見比べながら、草太は深く悩んだ。




○○○




 夕暮れ時、南里の街道を、少年達が歩いている。
 虫取り網を担いだ短パンの少年に、坊主頭の後ろで手を組んでいる少年。時々思い出したように首を左右に振る少年に、その前で石を蹴る背の低い少年。
 いずれも南里のいたずら坊主共であるが、今の四人はくたびれた雰囲気を醸し出していた。 

「あーあ。結局、見つからなかったし」
「でも草太が嘘つく理由がわかんねぇけどなぁ。弥彦、やっぱり見間違いじゃないのか?」
「あの背格好は、南里じゃ草太しかいないと思う。ひょっとして、北里の子かもしれないけど」
「なら、どっちにしろ問題だ。百鬼団のスパイかもしれねぇだろ」

 発端は朝に「午後は手伝いだから」と言って遊びを断った草太を、昼過ぎに弥彦が発見したことにあった。
 手にサイダーを持っていたというから、自分達とは別に遊んでいた可能性がある。
 というわけで彼らは、獲物を追いつめる猟犬になった気分で、南里を駆け巡ったのである。
 もっとも七割は遊びの種であり、本気で怒っている者などいなかったのだが、やはり草太が何をしていたかが気になる。

「あ……」
「どうした三吉」
「今そこを曲がったの、草太かも」
「行こうぜ!」

 四人は元気になって駆けだした。
 角を曲がり、袋小路に入ると、先頭の一人が急に立ち止まる。

「あっ……」
「えっ……」
「うっ……」
「いっ……」

 子供達全員が前から順番に、草太どころか、妖怪に出くわしたかのような表情になった。

「こんにちは。本日はお日柄もよく」

 博麗の巫女様が、挨拶を返してきた。
 赤と白の巫女服に包んだ身はおろか、黒髪すらそよとも動かさず、少年達を正面から、無表情で見下ろしている。
 そしてなおかつ、その後は無言。なんとなく超然とした態度に、少年達も呑まれて何も言えず、見合ったままの時間が過ぎた。
 やがて、気まずい空気を縫って、三吉が代表して聞く。

「こ、こんにちは巫女様……。あの……ここに、俺とこいつの間くらいの背で……えーと麦わら帽子かぶって左手に包帯を巻いた……なんか間抜けな顔したやつ、見なかった?」
「いえ、見ておりませんが」
「わかりました。さようならー」

 少年達は、悪戯現場から逃げるように、足早に去っていった。
 博麗の巫女は、路上に現れたひな人形のごとく、屹立してそれを見送った。
 その巫女服の後ろから、子供がおそるおそる顔を出す。
 草太である。

「あ……ありがとうございました」
「事情は聞きません。ですが、よかったのですか?」
「はい……じゃあ、さようなら」

 頭を軽く下げてから、走り出すよりも一瞬早く、巫女様の声がかかった。

「お待ちなさい。それは?」

 草太はいつの間にか、彼女に左腕を取られていた。
 痛くはないが、冷たいその指には抗えない力がこめられている。

「強い妖気……何かしら」
「わ、えっと……」
「これはどこで手に入れたのですか?」
「いや、その……」

 うっかり、腕飾りを包帯で隠しておくのを忘れていた。
 正直に言えば、この糸に殺されてしまう。でも博麗の巫女様なら、あるいは助けてくれるかもしれないが……。
 草太が話そうかどうか迷っていると、

「ひょっとして、貴方のお父様は自警団の方?」
「え……は、はい」
「ああ、道理で。納得しました。お父様からもらったものなのですね」
「……うん、そうです」

 結局、草太はそんな風にごまかしていた。
 巫女様は左手を解放してくれる。

「乱暴をしてすみませんでした」
「あの、これって……その……」
「はい?」
「……危なくないですか?」

 それとなく聞いてみると、巫女様は瞬きを一つして、

「危なくはないですよ」
「本当に? 急に締まったりしたりしませんか?」
「そういう術がかけられているようには見えませんが……妖力を放つ以外は、普通の糸だと思います。綺麗な腕飾りですね」
「変だな……あ」

 そこで草太は、二週間越しに、やっと気づいた。

 騙されたのだ。これには最初から、そんな効果なんて無かったのだ。
 ただ、糸が締まると脅しておけば、きっと子供のことだから、恐れて喋らないだろうとヤマメは考えていたに違いない。
 いかにもあの妖怪が企みそうな、ずるい口封じだった。
 草太は銀の腕飾りを睨みながらうめく。

「あんの野郎~」
「まぁ、いけません。お父様をそんな風に言っては罰が当たります」
「……………………」

 いっそここで全部バラして、あの妖怪をこの巫女様に退治してもらおうかとも考える。
 でもヤマメと遊べなくなるのも、今では少々もったいない気がしたので、ひとまず黙っていた。
 代わりに草太は、別のことを聞く。

「巫女様は、妖怪を退治したことあるんですよね」
「ええ、ありますよ。それが私の役目ですから」
「じゃあ、やっぱり妖怪が嫌い?」

 彼女は質問に対し、ほんのわずかに首を動かした。

「好きでもなければ、嫌いでもありません。ただ、不思議ですね」
「不思議?」
「ええ、不思議です。妖怪は不思議です」
「そっか。僕と同じだ」

 そう言うと、はじめて博麗の巫女の無表情に、ささやかな笑みが浮かんだ。

「貴方は妖怪に興味があるの?」
「うん、でもちょっと聞いてみたかっただけ」
「そう。怖くはない?」
「怖いけど……怖いだけじゃないから」
「そうですか。私と同じですね」
「うん」

 えへへ、と笑うと、巫女様は釘を刺してくる。

「でも、里を出てはいけませんよ。そのお守りとて、万能ではないのですからね」
「え? お守り?」

 何のことかわからず、草太は照れ笑いを止めて聞き返した。

 そして、この腕飾りの本当の秘密を知って、唖然とした。

「いいお父様ですね。孝行してあげなければいけませんよ」
「は、はい」
「それでは私は、ここで失礼いたします。お友達にもよろしくね」

 博麗の巫女様は丁寧にお辞儀してから、一番星の見える暮れ方の空を、飛び去っていった。

 草太はしばらく自分の腕飾りを見ていた。
 やがて、こみ上げる笑いを隠せず、急いで家に向かう。
 早く全快したお鶴に、ポケットの石を持ってかえってやろうと。

 草太の警戒が解け、ヤマメを里の友人のように、本当に信頼するようになったのは、この時からである。









 幻想郷年史 第63季 文月 第四週 地上 人間の里 




 空は炎天といっていい暑さであるが、地獄の釜も熱いという。
 間に挟まれた人間は、どこに涼しさを求めるべきかといえば、それはやはり、川などの水場である。

 その日の草太はタモを持って、南川へと歩いていた。今日は三吉達、それに寺子屋の女子も混ざって、川遊びをする予定なのである。
 しかし普段なら喧嘩ばかりで遊び場を分けている男女が、なぜよりによって同じ場所で遊ぶのかといえば、それなりの理由があった。
 実は、それが慧音先生の宿題なのだ。男子は川にいる魚や生き物などを女子に説明し、女子の場合は南里の東側にあるお花畑で、花について説明すること。互いの遊び場でそれぞれ学んだことを紙に書いて提出する。夏休みでもっとも面倒な宿題であり、なるべく早めにすませてしまおうということで、意見が一致したのであった。
 男子のまとめ役は、当然のことながら鉄平であり、女子のまとめ役は、例の真面目な女班長である。
 だが鉄平は今日来られないかもしれないということを、草太はあらかじめ聞いていた。そうだとしたら、やりにくいことになる。

「あーあ……お美世がいれば楽なのになぁ」

 草太は一昨年、北里に去ってしまった友人の名を呟いて、空を見上げた。
 快晴とまではいかないものの、大きな雲が二つ浮かんでいるだけの、よく晴れた青空だ。
 片側はくねくねとうねった蛇か、あるいは龍の形に見える面白い雲であり、逆側には、飛びかかる猫か虎のような雲があった。
 見上げていると、いつしか草太は、別の存在について考えていた。
 今頃、あの妖怪も、これと同じ雲を見ているんだろうか、と。

 ――これ、いつまでごまかせるかな。

 草太は左手につけている、腕飾りをつまんで引っ張った。
 今のところ、包帯で仲間に隠し通しているものの、両親や妹も含めて、そろそろ感づいてもおかしく無い頃だ。
 次に会ったとき、ヤマメに頼んで、少し緩めてもらおうか、とも思う。手首が落ちるなんて、大嘘だと分かったことだし。
 そんなことを考えながら歩いていると……通りを誰かが走ってくる足音がして、

 どん!

 曲がり角で草太はぶつかった。

「いって!」
「あ、ごめんな……」
「誰だよ全くー、あれ?」

 草太が片目を開けると、尻餅をついて茫然としている少女が視界に入った。
 水色の長着に黒紅の帯。巻き髪のおさげを一つ肩から垂らし、紫色の薬玉かんざしを挿している。
 見覚えがあった。最後に見た姿と、髪型も服装も違うが、忘れるはずがない。
 黒く艶のある前髪の下にある、整った目鼻は……。

「お美世……」

 さっきまで自分が思い浮かべていた友人と出会ったことで、草太はたまげていた。
 同じ里に住んでいるとはいえ、北里と南里の境界、そして里自体の広さを考えても、寺子屋に来なくなった幼なじみに会う機会は、今の今までなかったから。
 何かの事情で急いでいたらしい彼女は、口を押さえて立ち上がり、俯いて言う。

「……草太君」
「は?」

 一瞬、やっぱり人違いかと思った。

「お美世! お前、お美世だろ!? 草太君なんて、一度も呼んだことないじゃないか! いつも呼び捨てだったくせに、どうしちゃったんだ?」
「あ、あれ、そうだったね、ごめん」

 しおらしい口調が、ますます似合わない。
 まさか、一年と少しで自分の呼び方まで忘れてしまっていたとは思わず、草太は十歳にして、時の流れというものを意識した。
 だが気を取り直して、草太は彼女を愛想良く誘う。

「あ、お美世。いいところで会った。これから遊ばない?」
「え……?」
「今から南川でさ。川遊びすることになってるんだ。鉄平は用事ができていないけど、三吉とか、飛鳥や菊も来てるから。その服汚しちゃいけないから、もっと動きやすいやつに着替えてさ。久しぶりにみんなで……どうしたの?」

 なぜか、こちらが気さくに話しかければ話しかけるほど、お美世の顔色は変わっていった。
 ついには、「さよなら!」とだけ言って、また駆けだしていく。

「ちょ、ちょっと待って! お美世!」

 草太が後を追って、曲がり角を過ぎると、さらに予想外の光景にぶつかった。
 ひょろ長い体つきの少年が、そこに立っていたのだ。

「よう。また会ったな。お前の顔は覚えているぜ」

 糸のような吊り目に卑屈な笑み。破れたシャツからのびた腕は、棍棒の様な角材を持っている。
 忘れるはずがない。百鬼団の副首領、カカシがそこにいた。
 そして、お美世は、その後ろに、庇われるようにして、こちらから姿を隠している。
 現実に目の当たりにしなければ、想像もしない取り合わせである。
 北里の闖入者に、草太は一瞬怯んだが、すぐに強く睨みつけ、

「なんでお前がここにいるんだ。また鉄平にぶっ飛ばされるぞ」
「鉄平は家の用事でいないんだろ? 今お前がばらしていたじゃねぇか」
「あ」
「なら事は容易いってわけだ。南里の川は俺たちがいただいた。百鬼団のお美世が、案内してくれたおかげでな」

 ぐわん、と頭を殴られたような衝撃があった。
 百鬼団のお美世……。思わず幼なじみの方を見るが、彼女は顔をそむけて、何も言わない。

「お美世……まさか……」

 草太が問いつめようとする前に、お美世は走って逃げていく。
 それを追おうとしたが、カカシが通せんぼしてきた。

「おっと、どうするつもりだ」
「どけよ! お前には関係ない!」
「関係ないだと? お美世は北里に帰った。あそこは俺たちの縄張りだ」
「お前らだって南里に入ってるじゃないか! それに、お美世は南里の仲間だ!」
「『仲間だった』だ。お美世はもうお前らと遊ぶ気なんてない。俺たち百鬼団の優秀な一員なんだからな、くくく」
「このぉ……」
「それよりお前は南川に行ったらどうだ? 面白い光景が見られるぜ」

 草太は、はっとして、カカシの余裕ぶりに気がついた。そして、身を翻して南川へと急いだ。
 嫌な予感がする。北里に帰ったお美世が心配だが、こっちはもっと心配だ。

 行く途中で、今日一緒に遊ぶはずの、寺子屋の女子の集団に出会った。
 南川から戻ってきたらしい。誰もが暗い顔をして、中には泣いている子もいる。それを、他の子が慰めていた。
 草太は彼女たちの一人に聞いた。

「みんな、何があったんだ。南川の宿題はどうしたんだよ」
「ちょっと神田君!」

 女班長をはじめとして、何人かが凄い顔で睨んできた。
 思わず身を引いたが、一人が草太の腕を掴んで引っ張り、耳打ちしてくる。こちらは子供のころからの知り合い、飛鳥だ。

「草太。泣いて怖がってる子もいるんだから」
「ご、ごめん。でもどうして? 栗雄達と喧嘩でもしたの?」
「ううん。でもあいつらは、まだ喧嘩してるわ」

 飛鳥は赤く腫れた目をこすって、恐ろしい事を告げてきた。

「慧音先生の宿題は、今年は出せないかもしれない」




○○○




 里に住む人間にとって、川といえば二つある。
 一つは里の北側にあり、妖怪の山から下りてくる川である。その支流から引いている運河は、飲み水以外の生活用水に使われており、魚も獲れる。本流は太くて深く、危ないので、大人以外は入っちゃいけないことになっている。その支流は、北里の子供たちの遊び場だった。
 もう一つは里の南側にある川であり、主に水田に水を蓄える役目を負っている。
 南の川は幅も小さく、緩やかで遊び場として適当なはずなのだが、こちらは田んぼに繋がる大事な支流ということで、入っていい場所がきちんと決められている。荒らしたりしたら大目玉だ。
 いるのは雑魚ばかりだが、素手取りはそれなりに楽しめる。秋に毛玉が大発生することもあり、南里の男子達の格好の遊び場であった。

 草太はその南川に着いた。
 河原には草が茂っていて、その横に土手が広がっている。
 すでに現場は、大変なことになっていた。

「百鬼団に敵うと思ってんのかてめぇらぁ!」
「天狗組が負けるか、この野郎!」

 南里の少年達が、北里の少年達と喧嘩していた。
 とっくみあいをしている者、泥や石、季節外れの毛玉を投げつけている者、下敷きになっていたり、川の中で乱闘している者もいる。
 ルールもへったくれもない、年に一度あるかないかの、子供の戦争が起きていた。

「痛ぇ! 離せこんちくしょう!」
 
 腕をひねられて悪態をついている友人に気がつき、草太はタモを放り出して、体当たりでそれを救出する。

「草太か!」
「三吉! 鉄平に知らせてこようか! 鉄平の魔法なら!」
「もう他の奴が報せに行った! まだ来ねぇから、今日は期待できそうにねぇよ!」

 草太は見回した。間違いなく、これは百鬼団の襲撃だ。
 前々から攻めてくるのではないかと、噂だけはあったものの、よりによって合同の宿題をするはずの今日仕掛けてくるとは。
 棒で殴りかかってきた一人に、草太はしゃがんで腰に組み付く。
 三吉がその隙に、その少年の棒を奪い取り、蹴り飛ばした。

「いいぞ草太! 遅れは取り戻したな!」
「あーもう、女子どころか、百鬼団の奴らを相手にしなきゃなんないなんて! 今年の夏休みも台無しだ!」
「全くだ! でもここは南里なんだから、時間を稼げば応援が……」

 そこで、三吉が血相を変えて叫んだ。

「草太! 後ろ!」

 突然、首根っこをつかまれ、草太は物凄い力で引きずり倒された。
 抵抗する気も失せるほどの、とんでもない馬鹿力だった。
 北里の連中の歓声が聞こえる。南里の少年達は、闘いを中断して、こちらを見ていた。
 自分の間近に立っていた存在を、草太は見上げた。

 巨漢だった。
 二つの大きなぎょろ目にこれまた大きな団子鼻。一つにつながった眉に、黒い火山のような棘頭。体の節々が太く、鉄平の一回りか二回りはでかい。
 弁慶の生まれ変わりとか、あるいは山姥に育てられっぱなしの金太郎だとか、子供の間で畏怖を混ぜて語られる。

 北里不良少年の代表、マムシの文太だ。

 倒れている草太には一瞥もくれず、文太はのっしのっしとがに股で、戦いを中断していた少年達の中に入っていく。
 そして、南里の少年の一人の服をつかんで、引っ張り上げた。
 
「おい、鉄平の野郎はどこにいる」
「し、しらねぇ」

 息も絶え絶えに、その少年が言い返すと、文太はまたふん、と力を入れて、その体を投げ捨ててしまった。
 そして、恐ろしい眼光で集団を見回し、鉄平がいないことを確かめると、忌々しそうに舌打ちした。

「あの野郎……逃げたか」
「鉄平が逃げるか! お前なんか一ひねり……だ……」

 言い返した南里の少年の一人の声が、尻すぼみになる。
 文太はそちらを一睨みすると、がに股のまま走り出した。
 叫んだ少年と、他に近くにいた南里の少年二人は、泡を食って逃げ出す。
 だが、体格に似合わぬ素早さで追いついた文太は、その三人を残らず叩きのめしてしまった。

 草太は地面に伏せたまま、その圧倒的な強さに仲間がやられる姿を、見ているしかなかった。
 肌で感じた迫力と怪力に、驚嘆と恐ろしさで立ち上がれずにいる。

「やい、お前らぁ!」

 雷鳴のようなどら声で、文太は南里の少年達を一喝した。

「この夏、この川の遊び場は俺らのもんだ! わかったか!」
「ああ!? ふざけんな!」

 と言った少年は、すかさず川に投げ込まれた。

「見たか! 逆らうやつはみんなこうしてやる。もしくはもっと痛い目に遭わせてやる。悔しかったら、鉄平に泣きつくんだな。おら! さっさと出て行け!」

 一人がまた、乱暴に突き飛ばされた。一人がまた、宙を舞った。
 文太が歩く度、南里の少年は、紙人形のように吹っ飛ばされていく。
 百鬼団の連中は、勝ち鬨をあげていた。天狗組は揃って絶望的な顔をしていた。そして草太も気分は同様だった。
 夏休みに唯一遊べる川がここだというのに、奪われてしまっては涼みに来ることもできない。飛鳥の言ったとおり、慧音先生の宿題もできない。
 鉄平の親も恨めしいが、鉄平無しで文太に対抗できない自分達も情けなかった。

「お、いたわい、いたわい」

 薄気味悪い声とともに、北里の少年が近づいてきて、草太の背中に足を乗せた。

「おい文太。こいつだよ。鉄平の腰ぎんちゃく」
「……誰が腰ぎんちゃくだ!」

 草太はそいつの軸足に組み付き、思いっきり歯を立てた。
 罵声とともに、鼻の上を蹴られ、あっさり手が離れる。耳の奥がキーンと鳴り、目の前もぼやけた。
 それでも草太は、発火した感情が暴れるまま、文太の巨体に向かっていった。

 猛牛に跳ねられたような威力に弾かれ、大きく体がはね飛んだ。
 世界が逆さまになり、川の水が鼻から入った。




○○○




 久しぶりに会った友人から逃げ去り、北里まで戻ってきた美世は、早歩きでそのまま北へと向かった。
 後ろから、まっすぐこちらに駆けてくる足音がする。

「おい、待てよお美世」

 美世は追ってくるその手を振り払った。
 一度引っ込んだ腕は、もう一度伸びてきて、無遠慮に肩を掴んでくる。
 苛立ちを隠さず、美世は勢いよく振り向き、精一杯憎しみをこめて、その狐目の少年を睨んだ。

「嘘つき」
「嘘つき? それは誰のことだ? 俺は嘘なんかついてないぜ」
「遊ぶだけだって言ったじゃない! だから私は案内したのよ!」
「へっ、あんまり狭すぎたんで、南里の奴らには退場してもらったんだよ。それが俺達、百鬼団のやり方だ」

 平然とうそぶくカカシが、憎たらしかった。
 そして彼を信用した自分も、腹立たしかった。
 美世は再び歩き去ろうとするが、今度は腕ではなく、台詞で引き留められる。

「帰んのか? どうせなら最後まで見ていきゃあいいじゃねぇか。南里の大将の、泣きっ面が拝めるかもしれねぇんだ。滅多にない機会だぜ」

 不穏な内容に、美世は振り向いて聞いた。

「……どういうこと?」
「お前は北里百鬼団の一員として、申し分ない働きをしてくれたってことよ」

 こちらを見る少年の、二つの細い目が光り、愉悦に怒りを混ぜたような声音が、耳へと入ってくる。

「俺たちは全員、霧雨鉄平に恨みがある。だけどあいつはただじゃやられない。タイマンなら文太だって危ねぇ。ただし、あいつの唯一の弱点がお前だってことを、俺はすでに知っている」

 顔から引いた血の気が、手の先へと移った気がした。

「お前があの場所を案内してくれたって言えば、鉄平はきっと動揺する。そして文太は間違いなく、あいつに勝つ。俺たちの勝利ってことさ」

 ぱん、と乾いた音が鳴った。
 カカシは打たれた頬を押さえている。反射的に手を振り抜いた美世は、目尻に涙を浮かべて、

「私は、そんなつもりで、あんた達に協力したわけじゃないわ! もう仲間だなんて言わないで!」

 カカシはしばらく、卑屈な表情でお美世を見据えていた。
 だがやがて、可笑しさをこらえられないように、喉を鳴らして、

「いいや、お前は俺達の仲間だよ。もう鉄平達とは、住む世界が違うんだ。なんたって……」

 美世はその台詞から、逃げるように走った。
 走って走って、一人になれる場所で、全部忘れてしまおうと思った。
 何もかも嫌でたまらなかった。カカシ達百鬼団だけではない。
 今日起こった出来事も、それまで自分の身に起こった出来事も、こうして逃げてばかりの自分も。

 無我夢中で、北里の裏街道をさらに北へと走っていると、道の途中で、また誰かに、どんとぶつかった。
 いや、正確には、巧みに受け止められていた。
 顔を上げると、変わった帽子をかぶった、女性の顔が目に入った。

「お美世、どうしたんだ一体」

 心配そうに見下ろしているのは、自分が一番信頼できる相談相手だった。

「先生……」
「うん? 泣いているのか」
「……慧音先生!」

 我慢できずに、その懐に飛び込む。嗚咽が漏れ、涙がさらに溢れてくる。
 美世が理由も語らず、大泣きしても、慧音はあくまで柔らかに、抱きしめてくれた。

「……辛いことがあったのだな」
「私、ひどいことをしちゃった。こんなことになるなんて、思ってなくて……私、裏切り者になっちゃった……!」
「馬鹿なことを言うな。お前が誰かを裏切ったりするような子じゃないことは、私が一番わかっている」
「でも……!」
「それにお美世」

 暗い視界の中で、温かい手が、頭をそっと支えてくれる。
 
「例え何があったとしても、私はお前を見限ったりするようなことはしない。今でもお前は、私の大切な生徒の一人だ。きっと助けてやる」
「………………」
「だから、いつでも相談に来なさい。泣くだけでもいい。ほら」

 促す慧音に、取り乱していた美世は、ようやく胸の痛みがおさまった。
 彼女が貸してくれたハンカチで、涙を拭き、

「ありがとう先生……私、もう大丈夫です」
「うむ、そうか。ならば……いや少し待ってくれ。ちょうどよかった。お前に会わせたい人物がいるんだ」
「…………?」
「逃げないでくれよ」

 慧音は奇妙なことを言って、振り向いた。
 その先の茶店から出てきた女性を見て、美世は、はっきりと、顔を強ばらせた。

「はじめまして、お美世さん。当代の博麗の巫女を務めさせていただいております、博麗霊穂と申します」









 幻想郷年史 第63季 文月 第四週 地上 妖怪の森




 チチチチ、と鳥の声を聞き、草太は足を止めた。

 雑木林からトンネルを抜けて、いつもの秘密の場所へと向かう道中である。
 すでに通い慣れた道だったが、何かが引っかかった。普段と森の気配が違う、そんな気がした。
 目に映る光景には、特に変わった様子はない。相変わらず鬱蒼とした原生林である。
 前に来た時に折れかけていた枝が一つ、無くなっているが、怪しいといえば、それくらいだ。
 
 左手首に巻いている、腕飾りを見てみた。今日も出迎えが無いため、自分であの樹の所まで来いということだろう。
 草太はまた歩き出しながら、その名を呼んでみる。

「ヤ…………」

 突如、背後から伸びた手に口をふさがれ、草太の呼び声は、途中から呻き声になった。
 一瞬の驚きの後、手足をばたつかせて暴れようとするが、

「しーっ」

 耳元で囁かれる。
 目だけをそちらに動かすと、人差し指を唇に当てている、ヤマメの顔が映った。

「……大きな声出すんじゃないよ。気づかれるじゃないか。この距離だって、安心できないんだからね」

 彼女の指が、森の奥をさす。
 その先は、あの大木の生えた野原に続いている。が、木の障害物が多い上に遠いため、ここからでは全く見通すことができない。
 草太は眉を動かし、表情で何が起こっているのか聞いた。

「今、地上の妖怪が、あそこに来ているんだ」

 地上の妖怪。
 反射的に、全身がぴたりと硬直する。
 ヤマメはその態度が気に入ったらしく、押さえる手を緩めてくれた。

「天狗の巡察だよ。白狼天狗っていってね。目がいいんだ。いつもは結界を引いてるけど、ここまで近づかれちゃどうしようもない」

 草太はもう一度、林の奥に目をこらしてみる。
 やはり見えないが、虫の音とも、鳥とも違う、話し声のようなものが聞こえてくる気がしないでもない。
 巡察、ということは、怪しい妖怪とか、怪しい人間とかを探っているのだろう。まさに自分達のことだ。
 跳ね上がる心拍数が、天狗に見つかる恐怖のせいなのか、背中にいるヤマメの体温のせいなのか、よくわからなかった。

 五分ほど経った。
 突風が森の中に吹き、前髪がなびく。
 木々の上を、いくつかの白い影が通り過ぎていった。

「……行ったか」

 地べたに座り込んでいた草太の肩を叩き、ヤマメは立ち上がった。

「危なかったね。一人ならともかく、三人もいたら、さすがに手こずる」
「ああいうのが、たまにあるの?」
「昼間に来たのは初めてだね。あんたがこっちに向かってくることに気がついて焦ったけど、どうにか切り抜けられた。もし見つかったら……」
「……僕は殺されてたりとか」
「まず間違いない。そうなると、私はその差し入れが飲めなくなっちゃうわけだ」

 彼女は、草太が抱えていた二本の瓶を見下ろして、おどけるように言ってから、歩き出す。

「さ、行こ。サイダーがぬるくなっちゃう前に」

 草太は立ち上がって、半ズボンについた土を払い、ため息をついた。

「……ここでも縄張り争いか」




○○○




「よかったー。荷物は荒らされてないよ。急いでいたから心配だったんだ」

 クスノキの上から二番目の太枝に、網の巣を引きなおしてから、ヤマメはさらに上にある梢の陰を探っていた。
 草太は高所に引かれた真新しい巣の上に腰を下ろしながら、

「荷物って何?」
「まぁ、大したものじゃないんだけど。着替えとか、地上の調達品とか……まぁ女の秘密ってこと。子供は見ちゃだめよん」
「どうせ『見たらあんたは死ぬことになる』とか言うんだろ」
「あはは、わかってきたね」

 軽やかに笑うヤマメに、草太は背を向けながら、空を見上げた。
 今日の雲は、ちぢれ雲。あまり面白い形ではない。
 しかし空模様というのは、二分も経たないうちに姿を変えるので、そのうち何か面白い風景になるかもしれなかった。
 上から戻ってきた土蜘蛛に、サイダーを渡しながら聞く。

「この前のあの雲、見た? へんてこな龍みたいな形をしたやつに、虎が襲いかかってるみたいなの」
「ああ見た見た! 確かに龍神様みたいだった。そっか、草太も見たんだ」
「なんだ、やっぱりヤマメも見たのか。見てなかったら自慢してやろうと思ったのに」
「甘い甘い」

 ガラス瓶の蓋を絞りながら、ヤマメは隣りに腰を下ろした。

「こちとら昼の雲だけじゃなくて、お月さんを食べた蒼い雲まで逃さないんだから。草太は知らないだろうけど、昼間だけじゃなく、夜も不思議な形の雲がいっぱいあるんよ」
「え、夜に雲があると、星が見えなかったりして、がっかりしない?」

 今年の天の川は、まさにがっかり続きだった。

「まぁそうだけど、月を隠した雲も綺麗なもんよ。青く透き通って、ふちが光って見えて……あればっかりは地底じゃ見られないからねぇ。ここだと絶好の見晴らしだし」
「ふ~ん」
「でも、その後の雲の形も面白かったよね。蟹とお猿が喧嘩してるみたいなの」
「………………」
「あれ、見てないの?」
「うん、その後はね」

 その後は、北里との縄張り争いで、それどころじゃなかったのである。
 樹上の爽やかな空気に浸っていたのに、あの時鼻から飲んだ川の味を思い出して、草太は気分が悪くなった。

「……さて、それじゃあ早速試してみよう。草太、口をお開け」
「え?」

 と聞いた口に、ぽいっ、と何かが放り込まれた。
 丸いつぶつぶした形状で、草の匂いが少し香る。
 ヤマメが自分の舌を見せ、そこに乗っているものを見て、それが何か気がついた。
 木苺だ。

「あの沢の近くで獲ってきたやつ。……うん! やっぱり思った通りね。サイダーと一緒に飲むと美味しい美味しい」

 ヤマメはサイダーを一口飲んでから、木苺をもう一つ、ぽーんと口に投げ入れている。
 草太も真似して、口の中で転がしていたのを噛みつぶし、サイダーで流し込んだ。

「あ、美味しい」

 サイダーの透明感のある刺激に、木苺が甘く色づけしたみたいで、さっぱりした味だった。
 この飲み方を他のみんなに教えてあげれば、流行るかもしれない。
 川の水の味や、里の現状で曇りがちな気分を払うため、もう一つもらった木苺まで、草太はむしゃむしゃと食べた。
 ヤマメがこちらを見て、

「ほう、何か悩んでるなお主」
「……うん、ちょっとね」
「男がうじうじしてたって、誰も同情しちゃくれないよ。ため込んでることがあるなら、さっさと吐きな」
「ぐ……僕だけじゃなくて、南里のみんなだよ。いいよな、妖怪は脳天気で」

 南里の子供は今、かつてない悲惨な境遇にさらされている。
 何せ、北里の連中が暴れまくっているので、気軽に遊ぶこともできないのだ。
 特に文太、あの百鬼団の頭は人間じゃない。本当に悪の金太郎だ。どんなに諦めの悪い奴でも、二、三度吹っ飛ばされれば、その強さにひれ伏してしまう。
 連敗を重ねる南里の男子の士気は下がる一方で、ついには寺子屋の女子達にまで、だらしないと見下げられてしまう始末だった。
 折悪く、鉄平が親に軟禁状態に合い、南里を見回ることができないというのも問題だった。
 そこら辺の事情を、草太は大まかにヤマメに話した。

「だから、最近はこっちの方が楽しいんだ。他のみんなには悪いけど……」
「ふふ、人間が妖怪の縄張りを隠れ家にしてるってことよね」
「やっぱり……変かな」
「そうそう。あんたは変な人間だよ」
「この!」

 腹が立って、ヤマメの尻尾髪を引っ張ってやろうとしたが、手は空を切った。
 網の反対側に移動し、彼女はのんびりとした口調で言う。

「それにしても、百鬼団と天狗組か。面白い名前だけど、何でそこまで仲が悪いのかね」
「ヤマメだって、地上の妖怪と地底の妖怪のことがあるだろ」
「あ、一本取られた。でもそれは、地上と地底に別れる前から、兆候はあったのよ。いくら何でも、あんた達が百年前から喧嘩してるわけじゃないでしょ」
「僕らの上級生の世代から競っていたけど、喧嘩しだしたのは……一昨年からかな」
「短っ!」
「いいだろ、なんだって。事情があるんだよ」

 草太はわざと乱暴に言って、ごまかそうとした。
 そこら辺は、話すのには複雑な事情で、思い出したくない思い出だ。
 特に、ヤマメが気を悪くするんじゃないかと思うと、話せなかった。

 ……だって全ては、

「あれれ? ひょっとして、妖怪が関係してるの?」
「……ゴホッ!? ゲホ!」

 サイダーが気管に入り、草太はむせた。

「そう言えば草太、この前夏祭りのこと話した時もそんな顔してたね。それもやっぱり妖怪が関係しているとか?」
「ゴホッ! く、苦しい……」
「おやおや、面白くなってきたね。もしかして事件は底でつながっているのかも……」
「わかったわかった! 話せばいいんだろ!」

 草太はやけくそになって降参した。
 勝手に的はずれな推理をされては、たまったものではない。

「……こんなに仲が悪くなったのは、大将の鉄平と文太の仲が悪いせいもあるし、向こうの奴らが意地悪なせいもあるけど……一昨年の夏祭りの後、お美世が北里に行っちゃったのが始まりなんだよ」
「お美世ちゃんって、女の子? その子は南里の子だったんだ」
「うん。一昨年まではね」

 草太はもう一度、サイダーを飲んでから、ちゃんと話すために座り直した。

「一昨年まで、お美世は南里の子供達の憧れだったんだ。鉄平よりも人気だったかもしれない。男子にだって喧嘩は負けないし、いつも明るくて、正義感が強くて……」
「そして、べっぴんさん。当たってるでしょ?」
「……うん。まぁ、そうだね」
「じゃあ私と似てる感じかしら」
「自分で言うか普通。大体、ヤマメは性格が明るくても、悪のヒーローだろ」
「おや、ありがとう。べっぴんさんの所は否定しなかったね」
「………………」

 とりあえず、草太はそこは無視して話を続けることにした。 

「でも確かに、今のヤマメに似ていて、元気な奴だった。鉄平や三吉ともそうだけど、僕の父ちゃんが、お美世の父ちゃんと同じく自警団に入っていたから、僕ともずっと仲がよかったんだ」

 そう。ずっと、鉄平や三吉と混ざって、物心がついた頃から、いつも一緒に遊んでいた。
 いつまでも遊び友達で、いられると思った。

「でも、全部変わっちゃった。一昨年の、あの夏祭りの日から……」

 草太は語り始めた。
 一昨年の夏に起きた、今年の大地震よりも、遙かに里を揺り動かした、あの忘れられない事件を。

















 幻想郷年史 第61季 葉月 第四週 地上 人間の里 




 水槽に満たされた水の上で、手にしたポイが影を作っていた。
 草太は息を潜め、一つの場所から視線を動かさずにいる。
 獲物がその影に入った瞬間、手が反射的に動いた。ちびちび濡らさず、斜めから一気にひとすくい。手応えあり。
 お椀の中では、確かに赤い小魚が一匹、ひれを動かしていた。

「やった! 取れた!」
「おお、やったな坊主」

 屋台のおじさんの声を先頭に、祭りの喧噪が耳に戻ってきた。

「でも、紙は溶けちゃった」
「どうだ、もういっちょやらんか」
「ううん、まだ行ってないところがあるから。でもまた来る!」
「おう、待ってるぜ。ほらよ」
 
 草太は透明な袋に入った、金魚を受け取った。
 中で泳いでいる姿に見とれていると、肩を叩かれる。

「どうだ。俺が教えた通りだったろう」
「うん! ありがとう、二郎兄さん!」

 草太は側に立っていた、背の高い坊主頭の少年に礼を言った。
 彼は草太の兄ではなく、友人である三吉の兄である。寺子屋の年長組に属する、天狗組の大将であり、南里の少年達のヒーローであった。
 先ほど、彼から金魚すくいのコツ、追わず、ちびらず、欲張らず、という「おちよ」の法則を伝授されたのである。効果は抜群であった。

「でも二郎兄さん、おちよって何?」
「それは知らん。適当に考えろ。そうだ。お前の友人の名前じゃないか」
「違うって。おちよじゃなくて、おみ……」
「む、そう言えば鉄平はどうした。奴には天狗組の大将の座と、お祭り帝王の名を継いでもらわなくてはならんのだ。どこに行った」
「お、お祭り帝王? 鉄平なら、今日はおみ……」
「『おみ』ばかりだな草太。なんならお前がお祭り帝王の名を継ぐか。ノルマは全屋台制覇だ。今から来るか」
「い、いや、それはちょっと……」
「そうか。では俺は行かなくてはならん。これは餞別だ。また会おう!」

 お菓子やら人形やらメンコやらビー玉やら、景品が山ほど詰まった袋を渡し、二郎は同じ年長組の仲間と共に、さっさと行ってしまった。
 草太はぽかんとしていた。基本的にいい兄貴分であるが、彼はそれ以上に忙しい変人なのである。 

「わぁ、草太。そのお人形くれない?」
「人形はいいけど、この金魚はだめだよ。これは僕が自分で取ったんだから」

 手に入れた景品を仲間に分け与えつつ、草太は透明の袋だけは必死に確保した。




 夜の人里の街道を、草太は友人達と歩く。いつもは静かな里の夜も、今日は大賑わいである。
 提灯がたくさんつるされた龍神大路は、三歩進むごとに匂いが移り変わり、色とりどりの屋台が姿を現す。
 店で働く大人や、遊ぶ子供で混雑していて、活気と笑い声が絶えない。 
 風は微風、空は天の川。まさに祭り日和だった。

「今日晴れてよかったねー」
「昨日までずっと雨だったからね」

 共に歩くのは、みんな同じ寺子屋の、年少組の同級生である。
 男子と違って女子達は、夜に浴衣姿になるだけで雰囲気が変わって、年も一つくらい上がったように見えた。
 彼女たちが手を繋いで、髪細工を見つけて立ち止まれば、男子もその反対側で、ピンボールや射的の店に走り込む。
 そんな感じで、集団はなかなか進まなかったものの、輪投げやくじ引き等、互いに熱中できる出し物がすぐに見つかるので、いつものように喧嘩別れすることはなかった。
 草太は上の明かりを指さして、教えてあげる。

「この白いお提灯、魔法で光ってるんだって。鉄平の家の道具なんだよ」
「そうなんだー」
「草太。お前が今持ってる金魚の袋もそうなんだぜ」
「えっ、そうなの? 知らなかった!」
「霧雨君のおみこし、まだかな」

 男子のまとめ役である、霧雨鉄平がここにいないのには理由があった。
 彼は同じ寺子屋の組で唯一、御神輿の担ぎ手に選ばれたのである。小さめの御神輿とはいえ、九歳の子供が年長組に混じるというのは凄い話だった。
 御神輿は中央街道を、里の西から東へと運ばれる。見物場所は、里の中央の龍神広場が、一番であるが、混み合うので早くに行かなくてはならない。
 半時ほど出店を回って、みんなで焼きそばやお好み焼き、八目鰻の串焼きを食べた後、子供達は御神輿を見に行くことにした。
 
「よーし、じゃあ、今からみんなで行くぞ! 一番前で、鉄平を応援するんだ!」
「賛成ー!」

 全員が手を上げる。
 だが、草太は、まだ一人来ていないことが、ずっと気がかりになっていた。

「あの、そういえば……」

 ぽふん、と頭に何かが当たり、草太は振り向く。
 目の前に、藍染めの布地に桜の花をあしらった、浴衣着の子供が立っていた。
 顔は兎のお面で隠されており、右手に水風船をぶら下げている。
 その行動と、お面からはみ出た艶のある黒髪には覚えがあった。

「だーれだ」
「お美世?」
「当たり!」

 お面をずらすと、見慣れた友人の顔が現れる。
 女の子達が、黄色い声を上げた。

「わー! お美世ちゃん綺麗!」
「それ新しく買ってもらったの?」

 浴衣姿の友人に対し、草太は女子達のように、咄嗟に感想がでなかった。
 実はこれまで、里の大人達が彼女を、「お人形さんみたいだねぇ」と度々褒めることがあったが、草太はそれが好きじゃなかった。
 共に遊んでいる時のお美世は、かけっこは速いし、泳ぎは誰よりも上手いし、綱引きだって鉄平の次に強い。
 要するに、お人形よりも活発で明るく、ずっと生き生きした仲間だからだ。
 しかし、黒髪を結い、浴衣を身にまとったその少女は、確かにお人形さんのようだった。

「す、すげぇな、お美世! まるで女みたいだぜ! よく化けたな……ぐはっ!」

 三吉が、にっこり笑ったお美世の裏拳で、横に吹っ飛んだ。
 固めた拳を下ろし、彼女は男子達の方を向いて、

「……同じこと考えてる人……いる?」

 誰もが青ざめて、首を振った。
 やっぱり彼女は、お人形というには、あまりに武闘派である、と草太は再認識した。

「私のことはいいから。それよりみんな、知ってるかな?」
「知ってるよ。鉄平が御神輿の担ぎ手なんだろ。それを見終わったら、みんなでお店で遊ぼう」
「違うのよ。それもそうだけど、今年の太鼓、慧音先生が叩くんだって!」
「えええええええーっ!?」

 通りの大人達が皆こちらを向くほど、子供達は大きな驚きの合唱をした。
 地面に倒れていた三吉まで慌てふためいて、なかなか立てずにいる。

「ちょ、ちょっと待った。慧音先生が? それ本当かよ、お美世!」
「うん。お父さんから聞いたから。御神輿の終点で叩いてるそうよ」
「えーっ! じゃあ、龍神像で鉄を見てたら、慧音先生の太鼓がちょっとしか見れねぇじゃねえか! どうしよう、草太!」
「ど、どうしようったって……」

 草太にしても、予想していなかった事態である。
 鉄平の晴れ姿を見届けたい気持ちはあるが、御神輿担ぎは去年も見ている。
 だが、慧音先生の太鼓なんて、この先、一生見る機会が無いかもしれない。
 ではどうするか。

「じゃ、じゃあさ、最初に慧音先生の太鼓を見に行って、途中で龍神像まで引き返してから、御神輿についていくことにしたら……」
「それだ! 行くぞ、みんな!」
「おー!」

 掛け声が揃い、すぐに何人かは走り出す。
 先頭の三吉に至っては、里の運動会で一等賞間違いなしの急ぎっぷりだった。
 草太はそれを追う前に、隣りのお美世を誘った。

「お美世も早く行こうよ」
「ううん、私はいいよ。鉄平を見てなきゃ可哀想だし、お父さんも担いでるから」
「……そっか。お父さん、今日は非番だったね」
「慧音先生の話は、あとで聞かせて。じゃあ、また後でね草太」
「うん、また後で」

 後ろ髪が引かれる思いで、草太はお美世と別れ、里の東側へと向かった。




 中央街道の端っこに、寂れた建物がある。そこが御神輿の終点地、博麗神社の分社だった。
 寂れてはいるものの、今日はやはりお祭りということで、いつも人の少ない通りも賑やかである。
 ここでは提灯ではなく、大きな篝火が二つ焚かれていた。燃えさかる炎が、時々風に揺れ、火の粉を吹く。
 その橙色の明かりに照らされて、大小八つの太鼓が並んでおり、周りにはっぴ姿の大人達が集まっていた。

「慧音先生ー!」

 子供達はそのうちの一人、青みがかった長髪を後ろで縛り、はちまきをしている女性に駆け寄った。
 彼女は振り向いて、困ったように片眉を動かす。

「む、お、こら、お前達、出店には行かないのか」

 寺子屋の教師である上白沢慧音は、半歩身を引きながら言った。
 いつもの威厳が無く、動揺しているのが丸わかりである。
 草太は持っていた袋を、上げて見せた。

「行ってきたよー! これ金魚ー!」
「綿飴ー!」
「お面ー!」
「射的の玉ー!」

 集まる子供達は、次々に手柄を自慢する。
 さりげなく、最後に三吉が見せたのは盗品だった。
 女子の一人が、今度は先生を褒める。

「先生! 先生って太鼓叩けるの!? すごーい!」
「い、いや、たしなむ程度だが、打ち手の一人が急に出られなくなって、仕方なく、だな」
「何を仰るんですか。慧音様が叩いてくだされば、大いに盛り上がりますよ」
「そうそう。うちの女共ときたら、迫力だけは男に迫るが、色気はとんと……痛ぇ! 冗談だ!」

 太鼓のおじちゃんが、後ろから別のおばちゃんに叩かれ、子供達はどっと笑う。

「先生頑張ってね。でも、その帽子脱いだ方がかっこいいと思うよ」
「いや、これをかぶってないと、どうも落ち着かないのだ。まぁ今夜くらいは外してもよいか……」
「慧音先生なら、頭で太鼓をもう一つ叩けると思うな」
「三吉。今日は祭りだから勘弁してやるが、次に寺子屋で会ったときは覚悟するんだな」
「いでー! これのどこが勘弁だ!?」

 四角い帽子をぐりぐりと頭に押しつけられて、三吉が悲鳴を上げる。
 子供達はそれを見て、きゃーきゃーと、ふざけて逃げ出した。
 三吉を解放した後、大きな咳を一つして、慧音先生は厳しい口調で言う。

「とにかく、遊びたい盛りなのはわかるが、祭りでははしゃぎすぎないこと。太鼓も離れた場所で見学していなさい」
「はーい!」
「何かあった時は、どうするかわかるな。夏休み前に教えたはずだが」
「はーい、押さない!」
「駆けない!」
「叱らない!」
「『喋らない』、だ!」

 また帽子ぐりぐりの刑に処せられ、三吉は悶絶して、確かに喋らなくなった。

「先生、何かあった時って、火事とか?」
「うむ。火事もそうだが……」

 聞かれた先生は空を見上げていた。
 満天の星空の中に、満ちかけた月が浮いている。

「お月様がどうしたのー?」
「……いや。大丈夫だとは思うが、念のためだ。じゃあ、大人しく見ていなさい」

 慧音先生はそう言い残して、離れた場所に立っている、自警団の人の所に行った。

 あれ、と草太は思った。一瞬、篝火に照らされた先生の影が、帽子の形じゃない気がして。




 やがて、演奏の始まる時間がやってきた。
 腕まくりをした大人達が、それぞれの太鼓の位置につく。
 子供達は一番前の特等席、右から二番目にいる慧音先生の前に並んで座った。

「わくわくするね」
「うん、太鼓って、ちゃんと聞いたことがなかったしな」

 三吉と相談しながら、草太は面々を見渡した。なんだかこちらも緊張してきた。
 さっき頭を叩かれていたおじちゃんも、叩いていたおばちゃんも、すでに真剣な顔つきになっている。
 観衆のざわめきが、ぽつぽつと消えていき、視線が太鼓の奏者達に集中する。
 そして、ついに始まった。

「…………サァッ!!」

 どん

 はじめに威勢良く叩きだしたのは、何と自分達の教師だった。
 導入の音が空間を圧し、周囲のざわめきを呑み込む。
 音色は力強いが手つきは硬くなく、バチを巧みに操って太鼓を打ち鳴らしている。それは、同時に、柔らかい舞踊を披露しているようであった。
 ちゃんと叩けるかどうか心配だと話していた草太と三吉は、安心するどころか、いきなり見入ってしまった。
 慧音先生の斜め後ろに立っていた人が、バチを太鼓の前にゆっくりと持っていき、先生がどん、と一つ叩き終わるや否や、同じ拍子で叩きだした。
 一つ、二つ、と音の数は増えていき、やがて群れから一つの生き物に変わったように、太鼓が鳴り響く。
 観客である自分達も、体の芯が揺さぶられる気がした。

 盛り上がるにつれて、太鼓の音色は八色になっていた。
 皮を叩く音しか無いはずなのに、強弱と拍子だけで、ちゃんと演奏になっている。
 と油断をすると、固いケヤキの胴が高く打ち鳴らされて目が覚め、また腹に響く音が連なって、気分が高揚してくる。
 声をかけたり、手拍子する隙も与えない。それなのに夢中になる、静かな興奮があった。そういう興奮があるということを、草太ははじめて知った。

 奏者の発声と太鼓の響きが混ざり、音楽は最高潮に達していく。
 締めの音がぴしゃりと決まり、第一の演目が終了した。
 そこでようやく空気がゆるみ、観客から拍手がわき起こる。

「先生すげー! かっこいいー!」

 子供達も、師のあっぱれな姿を、口々に褒め称えた。
 彼女は頬を赤らめていたが、もう動揺してる様子はなく、まんざらでもないように微笑んですらいる。
 大人達は、すぐに次の演目の準備に移っていた。今度は横になった大きな太鼓の前で、男の人が構えていて、横笛まで用意されていた。
 これはもう一つか二つ、聴いて行かなくては気が済まない。
 草太は次が始まるのを待った。



 その時だった。



 ドン。

 という音は、太鼓の一音ではない。
 里の西側に上がった、花火の音だった。
 中心から炎の玉粒が広がり、黒い夜空に赤い円を描く。
 あの距離だと、ちょうど、御神輿が出発した地点だ。夏祭りにふさわしい、華麗な演出である。

「わぁ、きれい」
「花火があるんなら、あっちでもよかったかなー」
「ねー」

 だが、喜んでいたのは、子供達だけだった。
 大人達は不思議そうに見上げており、あるいは顔色を変えていた。
 なんだか様子がおかしい。太鼓を見に集まった人だかりの向こうで、自警団の人が、慌ただしく走っているのが見えた。
 慧音先生も厳しい眼差しで、西の方角を睨んでいる。

 また二つ、花火が咲いた。
 赤ではなく、色とりどりの花火が、空中で、二度、三度と破裂する。
 
 けれども、その花火は、『打ち上がらなかった』。
 草太が違和感に気づいたとき、花火の破片がいくつも、こちらへと向かっていた。
 近づくにつれて、その正体がわかった。緑色をした、大きな火の玉だった。
 
「おい、こっちに来るぞ!」

 皆が騒然とする中、すかさず慧音先生が飛び上がった。
 片腕を二回振るう。迫ってくる火の玉が全て消え去る。
 さらに空中で、両手を細かく動かすと、その体が一瞬、強く発光した。 
 目がくらんだ草太が、我に返ると、里の全体をすっぽりと覆う、青色をした、巨大な蚊帳のようなものが出現していた。

 場にいる観客はまだ、何が起こったのかわからなかった。
 里の西側が、やけに騒がしい。それが御神輿のかけ声ではなく、悲鳴の集まりだとわかってから、男の人が一人、すごい形相で街道を走ってきた。

「妖怪だ! 妖怪が来た!」

 知らせと同時に、今度は巨大な火柱が西に上がった。
 恐怖は一瞬で感染し、悲鳴が吹き荒れた。
 分社前の広場は、いきなり大混乱となった。

「うろたえるな! 自警団の指示に従え!」

 慧音先生の指示が、群衆のわめき声にかき消されそうになる。 
 押さない駆けないどころではない。姿の見えない妖怪の恐怖と、騒ぐ大人達の濁流に、子供達は翻弄されていた。
 草太も恐怖していた。押しのけられ、足を踏みつけられ、転倒しそうになりながら、流れに巻き込まれてしまった。
 前進しているのか後退しているのかも、判断できない。繋いでいた手もとっくに離れ、慧音先生の声も遠くになる。

「先生ー! さんきちっ……! や、やひこ!」

 助けを求めるものの、誰も聞いている様子はなかった。
 また爆発するような音が聞こえ、火柱が空を横切ったような気がした。
 篝火が倒れるのが一瞬見え、人垣がどっとこちらに押し寄せる。もう視界はめちゃくちゃで、押し潰されないように、移動し続けるしかない。
 荒れ狂う怒号の中、誰かが叫んだ。

「おい! 空を見ろ!」
 
 妖怪が来たのか、と思って、草太はハッと顔を上げた。
 
 瞬間、一筋の流れ星が、慧音先生が出した不思議な幕を通り抜けたように見えた。
 
 その輝きと勢いが弱まり、闇夜を過ぎる白と赤の衣装に変化する。
 地上からだと、ひらひらと舞う、頼りない蝶のようにしか見えない。
 突如、西側から巨大な火炎が、その姿に向かって伸びていく。

 だが、より巨大な見えない円に遮られるように、炎は防がれ、かき消えた。

 空を飛んでいる人物は無事らしい。
 大人達はそれを見て、歓声を上げた。

「……巫女様だ!」
「博麗の巫女様が来たぞ!」

 右往左往していた人間が、一斉に空に注目する。

 何か黒い影のような物が、その紅白の姿に向かっていくのが見える。音の小さな花火が、その周囲で弾けた。
 だが、巫女様はそれをあっさり突っ切り、影に向かって、鋭く光る何かを飛ばした。
 影はここまで聞こえる細い声で叫び、落ちていく。
 もう一つの影が、星を隠しながら背後に迫っているのに気がつき、草太は危ない、と目を覆いかけた。

 銅鑼を鳴らしたような、腹に響き渡る音が夜空に轟いた。

 空中に『円陣』ができている。
 それに沿うように、蜜蜂のようなものすごいスピードで移動し、巫女様は色とりどりの弾幕を、全て『封印』してしまった。
 続いて黒い影に、また何かを飛ばし、敵は夜の闇と一つになって消えてしまった。
 布状の姿が、だんだん大きくなって、こちらに近づいている。
 やがて、巫女服がはっきりわかる距離になり、慧音先生の横に着地すると、大地に冷たい霧が広がった。

「申し訳ありません。遅れました」

 凛とした声に、歓声が止み、水を打ったように静まりかえった。
 里の人間はいずれも、神仏が人の姿を借りて降り立ったかのように、見つめている。
 草太も茫然としていた。華奢でか弱い女性だと勝手に思いこんでいたが、実際に目の前にいる巫女は、細身だがすごく堂々とした人物だった。
 唯一、落ち着いていた慧音先生が、彼女に近づいて言う。

「歴史は隠した。かなり入り込んでいる。西だ」
「わかりました。慧音様は祭りの人の誘導を。自警団の方々は」
「八方に配置している。北と南は私が回ろう。行ってくれ!」

 早口で受け答えを済ますと、すぐに巫女様は西側へ、矢のように飛んでいった。

 ――あれが……博麗の巫女様。

 草太は二人のやりとりを眺めていただけで、その顔を確認する暇すらなかった。

「寺子屋のみんな、ここに集合!」
「……草太、行くぞ!」
「あっ、うん!」

 草太は転びかけた弥彦に手を貸してやりながら、先生の元へ向かう。
 号令に従って、子供達は彼女の近くに集まった。
 慧音先生は、全員の顔を見渡しながら、

「みんな、一度しか言わないからよく聞け。ここからまっすぐ行けば、寺子屋に着く。慌てず騒がず、自警団の指示に従って、速やかに避難しろ」
「先生は!?」
「私は今から、自警団を率いて里の者を安全な場所に誘導した後、入り込んだ妖怪の討伐に向かう。巫女一人では里の全ては守りきれぬ。時間が無い」
「先生! お美世と鉄平が、向こうにいるんです!」
「大丈夫だ。私の生徒は、一人も死なせたりしない。さぁ行け!」

 慧音先生はそれだけ言って、今度は自警団の人達と大急ぎでやり取りを始めた。

「じゃあみんな、適当に二列になって! 私についてきなさい!」

 はっぴ姿の女性に従い、草太達は速やかに寺子屋へと向かった。




 夜に寺子屋に来るのは初めてだった。
 はじめ、それは巨大な黒い延べ棒か、あるいは里にやってきた大妖怪が寝そべっている姿にも見えていた。
 自警団の人達の先導で近づくにつれて、それがいつも自分達が使っている、一階建ての木造学舎だということが分かる。

「……不気味だな」
「うん。怖いね」

 この前上級生達が、ここを肝試しに使おうと話していたが、確かに、いざ目の前にしてみると、ふさわしい雰囲気があった。
 窓ガラス越しに、中の明かりがぼんやりと見え、人魂に見えなくもない。
 しかし今は、幽霊どころか、本物の妖怪が里を襲うという、非常事態なのである。自警団の人達が周囲を固めているのも異様な光景だった。
 里の南東に位置するここは静かだったが、西の方ではまだ戦闘が続いているらしい。時々見える光も、爆発するような音も、祭りの出囃子ではあり得ない。

 自警団の後につき、草太達は寺子屋に入った。
 寺子屋には大部屋が二つあり、片方は床部屋、片方は畳部屋になっている。
 どちらも自分達にはなじみ深い部屋だが、案内された畳部屋はランプが二つ用意されているだけで、だいぶ薄暗かった。
 すでに避難していたらしい人影がちらほら、話し声もしている。

「北里の子供達も来ているけど、喧嘩しちゃだめよ」
「はい、わかりました」

 草太達を残して、自警団の人は外に出て行った。

「すげー、こっから見える。みんな来いよ」
 
 早速、三吉が窓の近くに行き、西の様子をうかがっている。その周りに、別の少年達も集まった。

「巫女様って初めて見た。なんであんなに強いんだ?」
「修行しているからだよ。それに、妖怪と会う機会が多いほど、人間も妖怪みたいに強くなるんだってよ」
「じゃあ、巫女様も妖怪みたいなもんなのかな」

 はしゃいでいるのは、彼を始めとした数人の少年だけで、他はみんな不安げに語り合い、嗚咽を漏らしている者もいた。
 草太自身、まだ動悸が落ち着かない。先ほどの恐怖と興奮が、体に染みこんでいた。
 巫女様と闘っていた、黒い影。よく見えなかったが、あれが妖怪だったのだろう。まさか、本当に里を妖怪が襲うとは、それも祭りの最中に襲ってくるとは。
 大人達だって、きっと考えていなかった。慧音先生は、さっき何か心配していたような気もするけど……。

 時間が経つにつれ、南里の子供達が、次々と教室に入ってきた。
 女の子達は、抱きあって再会を喜んでいる。
 そしてついに、待ち望んでいた姿が現れ、草太は喜んだ。

「鉄平! お美世! 無事だったんだ!」
「……………………」

 だが半日ぶりに会う鉄平は、何も言わず、おぼつかない足取りで近づいてきて、草太達の側に座り込んだ。
 いや、座り込むというより、畳に倒れ込むようだった。

「……鉄平、もしかして、妖怪を見たの?」

 うなずいた彼の腕は、かすかに震えていた。

「……目の前を……いきなり何かが通りすぎたと思ったら、地面が爆発して……」
「…………」
「御神輿を放り出して……その後、何が何だかわからなくなって……」

 祭りの服装、鉢巻きにはっぴ姿のまま、彼は恐怖している。
 一緒にいたお美世は、鉄平よりも落ち着いていた。

「しばらく私達、見せ物小屋に隠れていたの。途中で自警団の人たちが来てくれたから、助かった」
「巫女様には、会わなかった?」
「見てない。来ていたの?」
「すごかった。遠くてよく見えなかったけど、妖怪をあっという間にやっつけて……」
「うわー、見たかったー」

 お美世が座りながら、こちらの手元を見て言った。

「草太のそれ、金魚?」
「お祭りでとったやつ。凄い騒ぎで、途中で落っことしそうだったけど、ここまで持って来れた。家で飼おうと思ったんだけど……大丈夫かな」
「その金魚、飼えなかったらあれだ。ここの裏に、火事の時に使う緑色の水があるだろ」

 いつの間にか、三吉が後ろに来ていた。

「あそこで飼えばいいんじゃないか?」
「だめよ。あんなとこに入れたら死んじゃうもの」
「ボウフラがいっぱいいるから、食い物には困らねぇと思うんだけどなぁ」
「寺子屋にも使ってない水槽があるから、そこでみんなで飼えばいいじゃない」
「うん、そうする」
「そっか……すげぇな草太は。自分だけじゃなくて、金魚の命まで守ったんだ」

 鉄平に褒められて、草太はちょっと照れた。いつもの仲良し四人がここに揃ったことで、安心感も生まれる。
 だがその直後、畳を振動させる地響きが伝わってきて、教室の四隅から息を呑む気配がした。
 里の西ではどのような戦いが行われているのだろうか。三吉がまた窓を見に行った。

「父さんと母さん、大丈夫かな……」

 誰かの呟きに、草太は急に、胃袋に石を詰め込まれたような気分になった。
 母ちゃんはお鶴とじいちゃんを連れて、無事避難しているだろうか。自警団の父ちゃんは、今頃妖怪と対決しているかもしれない。
 草太は金魚一つを守るのが精一杯だったが、巫女様も慧音先生も自警団の人達も、里の人間の命を守るために闘っているのである。
 子供の自分達はここで、無事を祈ることしかできなかった。

 突然、窓から光が差した。

 西で爆発が起こり、建物が大きく吹き飛んでいるのが見えた。
 ガラスがびりびりと鳴り、子供達は慌てて、入り口側へと移動する。
 しばらく台風が通過しているような騒がしさで、寺子屋の建物は震えていた。

 それから、里全体が、急に静かになった。音が消えた代わりに、不気味な雰囲気がさらに増した。
 不安に耐えきれず、子供達がこそこそと話をしていると、不意に天井から音がして、女の子が小さく悲鳴を上げる。

「……向こうの建物の破片が、飛んできたんじゃない?」

 誰かの推理を否定するかのように、屋根を何かが這い回る音がした。
 北里の子供が、震え声を出す。

「上だ……上にいるんだ……!」
「馬鹿。声を出すな」

 子供達は部屋の中央に、身を寄せて、縮こまった。
 天井はまだ、がたがた揺れており、大人の騒ぎ声も混じっている。
 誰かがこらえきれない様子で、泣き出した。
 出し抜けに、お美世が立ち上がる。

「みんな、慧音先生がいつも言ってたでしょ。この寺子屋は里で一番頑丈で、妖怪の攻撃にもびくともしないから、こうして子供が隠れているのよ。きっと大丈夫」

 子供達の視線を全て受けても、彼女の強い表情に揺らぎはなかった。
 さすがに、自警団の娘というか、それ以上にいつも女の子をいじめから庇う役目だけあって、掛け声も堂に入っている。
 男子も女子も、北里南里関係なく、その姿に勇気づけられていた。
 
 屋根の音が止んだ。かわりに、廊下をコツコツと歩く音がして、子供達は窓側の方へと固まる。
 鉄平がすかさず皆の先頭に立った。草太もその後ろにつく。背後にはお美世や三吉、他全員の子供達がいた。
 足音は教室の前で止まり、扉が開いた。

 ぬっ、と顔を出したのは、妖怪だった。

「待たせたな、みんな」

 彼らのよく知る、寺子屋教師、上白沢慧音だった。

「もう大丈夫だ。妖怪は全て退治し終えた。ひとまず、里は安全だ」

 安堵の笑い声が、喜びの喝采へと拡大した。
 沈んでいた空気が一掃され、教室中が活気づく。草太も両手を突き上げて、万歳した。
 慧音先生は、子供達がはしゃぎ終えるのを待って、宣言した。

「さて、早速だがみんな。南里の生徒は皆、この寺子屋に泊まってもらうことになる」
「えー!?」

 再び騒ぎ出す子供達。といっても、不満というよりは、驚きの方が強い。
 先生は事情を説明し始めた。

「妖怪達は全て退治したものの、まだ里の中は満足に動けない状態だ。だから子供達は、とりあえず目の届く範囲にいてくれなければ困る。南里の子供には、この寺子屋があてがわれることになった」
「慧音先生は、どこに行っちゃうの?」
「私はまだ、里の見回りが残っている。大人達も色々と大変だ。とりあえず、無事を確かめようと、私が代表して顔を見に来た。家族が心配だろうが、今日一日だけ、我慢してほしい。ここにいる限り、後に会えることだろう。……それじゃあ、後を頼む」
「はい、お疲れ様でした」

 慧音先生は、自警団の人と言葉を交わして、忙しそうに去っていった。

「さぁみんな。よく聞いてちょうだい。まずはみんなのお名前と、住んでいる場所を、一人ずつ教えてください。その後、北里の子供は、里の集会場へと移動してもらいます。南里の子供は、自分の寝るお布団や枕を運んで、大人達の手伝いをすること。いいわね?」
「はーい!」

 元気に返事してから、子供達はいつもの寺子屋の休み時間、いや、それ以上に楽しい空気になった。

「急にお泊まり会になっちゃったね」
「後で枕投げやるぞー!」
「鉄平。ほらこれ、二郎兄さんからもらった景品。鉄平好きなの選んでいいよ」
「本当か! やったぜ!」

 草太が空けた袋の中身を見て、鉄平は妖怪のショックから、ようやく気分が晴れたようである。
 だが、その会話に、水を差す者がいた。
 
「……馬鹿ばっかりだな。南里のやつらは」

 これから帰ろうとしている、北里の子供の一人だった。
 ただ、明かりの下で見る彼らは、どことなく雰囲気が尖っていて、寺子屋の雰囲気にそぐわなかった。

「おい、馬鹿って何だよ。取り消せよ」
「何でお前等そんなにへらへらしてられんだ。里が無事だったって本気で思ってんのか?」

 南里の子供が問いつめても、彼らはそれを下から睨み上げるようにして、反抗する。

「死んだやつがいるに決まってんだろ。妖怪が攻めてきたんだぞ。……もしかしたら、お前の親かもしれねぇな」

 その台詞に、教室の一角の笑い声が止んだ。
 雰囲気の悪い数名は、ふん、と鼻を鳴らして、乱暴な足取りで部屋を出て行った。

「……なんだ、あいつら」
「北里の不良だろ。放っとけ、放っとけ」

 再び、南里の仲間は元の安穏とした空気に戻って、大人達の手伝いを始めた。
 けど草太は、彼らが言い捨てていった台詞を、聞き流すことができなかった。
 草太の父ちゃんは、自警団の一員なのである。妖怪から逃げるどころか、最前線で戦わなくてはならない人間なのだ。
 父ちゃんが死んでいなくなった後の家族なんて、草太にはとても考えられない。
 でもそれは、あり得ることなのだった。

「草太、気にすんなって」
「……うん」

 肩を乱暴に叩いて励ます三吉に、草太はうなずいて、自分も布団運びへと向かった。
 けど、枕投げで遊んでいる間も、布団に入って就寝するまでも、ずっと悪い予感が、頭から離れなかった。




○○○




 次の日の朝、草太はいつもよりも大分早く目が覚めた。
 見慣れぬ天井に焦点が結ばれ、まぶたをこすりながら体を起こすと、そこは寺子屋だった。
 畳の教室に布団が敷き詰められていて、子供達がみんな眠っている。
 ようやく記憶がしっかりしてきた。

「……そっか。昨日泊まったんだっけ」

 口の中でそう言って、窓を見ると、西の空は青紫の雲が多く、夕方のような暗さだ。
 そして相変わらず、静かなままだった。もっともこれは、今がまだ朝早いからなのかもしれないが。 

「草太、起きたか」

 急に話しかけられて、驚いた。
 横を見ると、隣の布団だった鉄平が、充血した目を開いている。

「鉄平……寝てないの?」
「いや、さっきちょっと寝た。しばらく眠れなかったけど……」

 彼も体を起こして、長い息を吐く。日頃からへこたれぬ姿に、まるで似合わぬ疲れた調子で、

「……昨日のあれ、夢じゃないんだよな。信じたくないけどさ」
「……うん」

 うなずく自分も、あれが現実にあったこととは、思えない。
 現に里は、とても静かで穏やかであり、窓から見える光景も、夏休み前の授業の時と変わったところはないのだから。
 けれども、確かに昨日は大事件があったのだ。里が、妖怪に襲われた。
 あの時の状況は、今だって瞼を閉じれば、嫌でも浮かんでくる。
 飛んでくる緑の火の玉。素早く空を動く黒い影と、向き合って闘う赤と白の服の女性。
 そして、暗い教室の中で、子供達だけで身を寄せ合って震えた、あの時間。

「父さんと母さん……生きてっかな」

 鉄平も自分と、同じ事を考えていたらしい。
 結局、昨晩は二人とも、自分の家族が寺子屋に見舞いに来ることはなかったのである。
 里の南東にあるここからでは、祭りの跡はわからない。今西側がどうなっているかを思うと、再び元の布団に潜るよりも、もっと別の欲求が浮かんできた。
 草太は提案してみた。

「鉄平、今から行ってみない? 内緒でさ」
「…………」

 鉄平はしばらく、窓の外に目をやって黙っていたが、

「……そうだな、見てくるか。どうせ寝られないし」
「じゃあ、私も行く」

 二人はぎょっとして、教室の反対側を見た。
 いつの間にか、幼なじみの少女が体を起こし、こちらを見ている。

「私だけ、仲間はずれは嫌よ」
「う、うん。わかってるよ」

 明るく、どこか挑むような笑みに、草太は仕方なく頷いた。
 そんなわけで、お美世も仲間入りすることになった。
 草太はついでに、隣でいびきをかいていた四人目に声をかけてみる。

「三吉、起きない? 外の様子を見に行くんだ」
「……ううん、まだ眠い。見せたいなら、ここまで持ってきてくれ……」
「………………」

 結局、三人で行くことになり、草太達は他の子達を踏んづけないように、教室から出た。




 寺子屋を内緒で抜け出すのは、比較的楽な作業だった。
 入り口から出ようとすれば、見張っている自警団の大人に捕まる可能性が高かったし、窓からでも同じことがいえる。
 しかし、子供の体格であれば、寺子屋の物置部屋の地下蔵から、明かり取りの窓を使って外に出ることができるのだった。
 見つからずに寺子屋を抜けだすことのできた三人は、西へと向かう。

「なんか、不思議な気分だね」
「うん。朝に散歩するのって、初めて」

 草太の感想に、お美世も同意する。
 曇り空の下、空気は涼しく、不思議と香ばしい。人の気配が無いせいか、夢の世界に迷い込んだ気になる。九つを数えたばかりの自分達にとって、初めて味わう世界だった。
 少し歩調を変えると、鉄平の癖のある赤毛とお美世の真っ直ぐな黒髪が目に入るのも面白い。
 もちろん幼なじみが気を悪くするといけないので、そういうことは言わないのだが……。

「三人で歩くのも、初めてじゃないかな」
「違うって。一番初めは、この三人で遊んでいたんだもの」
「あれ、そうだっけ」
「……草太は覚えてないのか」

 鉄平が少し、残念そうな顔になった。
 言われてみれば、一番最初は草太と鉄平とお美世、この三人で遊んでいた気がする。
 鉄平とお美世は、その前から仲がよかったようだが、草太がどういうきっかけで、彼らと仲良くなったのか、思い出せなかった。
 まあ、今では二人とも、南里の同級生の間で人気者だし、草太とも変わらず遊んでいるので、あまり気にはしていなかったが。

「……あれ、なんだろうこの臭い」

 昨晩、大人達が太鼓を叩いていた広場から、中通りを西に歩いている途中だった。
 空気の香ばしさが、さらに強くなり、しまいには焦げ臭くなってきた。

 途中で、ひしゃげて中身が剥き出しになった御神輿が目に映った。人がいなくなり、のれんの破けた屋台が目に映った。
 割れたガラス瓶。顔の解けたお人形。羽虫がたかった食べ物。その数は進むにつれて、さらに増えていく。

 歩いていた三人の足は、しだいに速度を落とし、やがて忍び進むような鈍い歩調となった。

 里は大変なことになっていた。
 西側の一区画が、焼け野原と化していて、記憶に残っていた寄合所の建物も、半分に欠けていた。
 その先にあったはずの商店街には、崩れたり柱が突き出た廃屋が、まるで家の死骸のようにして並んでいる。
 道に散乱する瓦礫は、ずっと先まで続いており、壊れた出店の賞品が、その中で無造作に転がっていた。
 まるで、昨日から一気に百年が経過して、人が住まなくなった里を、眺め歩いているようだった。

 気分がどんどん悪くなっていくのを、草太は感じた。
 昨晩子供達は、妖怪がみんなやっつけられたら、またお祭りができるだろうなどと話していたが、今ではとてもそんな風に思えなかった。
 静かで平和な様子だなんてとんでもない。どんよりした空も今では、里の暗い雰囲気に付き合っているように映る。
 怪物達に襲われ、里に残った爪痕は、昨日の恐怖を再び呼び覚ました。
 曲がり角から、何かとんでもない物が現れるのではないかと、三人はびくつきながら歩く。
 そんな状態だったから、片付けをしている父の姿を見たとき、草太は喜びで胸が高鳴った。

「父ちゃん!」

 思わず叫んで駆け出すと、父も手を休め、こちらを見た。

「草、無事だったか」
「うん!」

 元気よく返事したものの、父ちゃんは見たこと無いほど、疲れた顔をしていた。
 まるで、草太と今会ってから、ようやく生き返ったような、そんな様相だ。
 そしてその表情が、急に怒ったような怯えたような、そんな険しい顔に変わる。

「こっちに来るんじゃない!!」

 父ちゃんは叫んで、草太ではなく、鉄平とお美世、いや、お美世一人の前に立ちふさがった。
 二人が仰天しているのにも構わず、後ろの自警団の人達に向かって、

「おい! 急げ!」

 彼らは慌てて、何かを運んでいる。
 むしろのかけられた担架だ。一瞬、血まみれの人の手が見えた気がした。

「父ちゃん……どうしたの?」
「……すまん、草太……すまん……」
「……父ちゃん?」
「父ちゃんは間に合わなかった……間に合わなかったんだ」

 絞り出すような声で、父は自分達に告げる。
 お美世は魂の抜け落ちたような顔で、口を動かした。

「おじさん……うちの、お父さんはどうしたんですか?」

 しばらく、答えはなかった。

















 幻想郷年史 第63季 文月 第四週 地上 妖怪の森 




「あのお祭りで死んじゃったのは、お美世の父さんだけじゃなくて、母さんもだった。……里の全体で十人くらいいて、そのうちの二人が子供だった。怪我した人は、もっとたくさんいた。巫女様が来てくれなければ、もっと死人が出ていたって。自警団の人達が山狩りをやって、それで妖怪をいっぱい退治したけど、またその時に一人死んで……」

 それまでも、大結界が出来るまでの幻想郷の長い歴史の中で、妖怪に襲われ、食われて人が死ぬことは珍しくなかったという。
 だが、今の里の大人達、子供達、全ての存在に妖怪の印象を強烈に植え付けたのが、あの夏祭りであった。
 それは同時に、自分達が途方もなく危険な存在に囲まれていて、いつでも彼らに狙われているということを思い知らされたということであり、草太の日常も、その日を境に激変した。

「お美世が変わっちゃったのも、鉄平が妖怪嫌いになったのも、父ちゃんのお酒が増えたのも、全部あの事件からなんだよ。去年なんか、それが原因でお祭りができなくてさ」

 草太にとって、事件があった一昨年が最悪の夏だったとしたら、去年は最低の夏だった。
 お祭りはない、お美世はいない、打ち上げ花火もやるわけない。
 おまけに、里の大人達の子供を見張る目が厳しくなり、それまで利用していた遊び場が、かなり制限されることになった。
 あの夏にあの事件が起きなければ、今の自分はどんな夏を過ごしていたのだろう。どんな思いで毎日を生きていたのだろう。
 身の回りには、どんな顔をした友人がいたのだろう。
 ふと、冷めた呟きが聞こえてきた。

「……お祭りをぶち壊しか……今の地上の妖怪は無粋だねぇ」

 サイダーを飲みながら、面白く無さそうな顔つきをしている、ヤマメのものだった。
 彼女の感想に、草太は嬉しくなって聞く。

「でも、じいちゃんはさ。いい妖怪と悪い妖怪がいるって言ってた。お祭りをめちゃくちゃにしたのは悪い妖怪で、ヤマメはきっと、いい妖怪なんだろ?」
「んな馬鹿な」
「あ?」
「ふざけたこと言ってるんじゃないよ。いいも悪いも全部人間側の都合じゃないの。甘い顔すればつけあがり、ちょいと厳しくすればすぐ憎み出す。そうでしょ?」
「んが……」
「妖怪だけじゃない。蜘蛛だってそうさ。見た目が気味悪いってだけで悪者扱いされるんじゃたまんないよ。それでいて、悪い虫を食べるから便利だとか言われたり。何考えてんだか」
「ぐぐ……」
「いつの時代も人間は、自分が中心だと思ってるんだから、ど阿呆だねぇ。あんたも同類だよ、人間君」

 言い返す間すらない。
 期待とはだいぶ違い、じいちゃんも自分も人間も、一緒くたに馬鹿にされている。
 やれやれ、とため息をついて首を振る妖怪の姿が、草太にはかなりむかついた。
 不満な気持ちを、口をとがらせて表し、

「じゃあ、妖怪って何なんだよ。いくら偉そうなこと言ったって、妖怪が人を襲って殺すのは本当の話なんだ。ヤマメも含めて、やっぱりみんな、人間にとって嫌なやつってことじゃないか」
「妖怪は……そうだね」

 ヤマメの指は、まだはるか遠くにある、今年三度目の入道雲をさした。

「あの雲みたいなものさ」

 思いがけない答えだった。草太は言い返す。

「雲? あれのどこが?」
「そうね。草太は土砂降りの雨に降られたことあるかい? ああ、そう言えば、はじめて私を見たあの日が、ちょうどそうだっけ」
「うん、覚えてるよ。ひどい雨だった」
「草太は雨が嫌い?」
「えーと、小雨ならいいけど、大雨だと遊べなくなるから嫌だな」

 当然、雷が怖いとかは、絶対に言わない。
 だが草太の答えを聞き、ヤマメはしてやったりといわんばかりに口の端を持ち上げ、

「じゃあ、あの雨を降らす雲は悪者かい?」
「…………どっちかというと、悪い……のかな」
「へー、それじゃあ、あの雲が無くなって、雨が降らなければいいんだ」
「ちぇっ。分かってたよ。雨を降らしてくれるから、雲だって大事だってことだろ」

 日照りというのは、農家にとって相当辛いものらしく、雨が降らないとき、大人連中はことさら口やかましくなる。
 実際草太にとっても、過去に一度見た日照りの田んぼは、なんだか不気味で好きではなかった。

「雨を適度に降らす時はありがたく、時に大雨となって人間を襲い、それでいて無くちゃ困る。でもそれは全部、人間側の都合。本当は雲だって、そんなこと考えずに、普段はゆったりのんびり動いているんよ。自然の道理に従ってね」
「それが……妖怪と同じだってこと?」
「そういうこと。でも、あくまでそれは理想だからね。ちゃんとそれが分かってて生きてる妖怪は、今はほとんどいない。地上だけじゃなく、地底もそう」
「……………………」
「私も、ああなってみたいけど、まだまだだね……」

 ヤマメはすがすがしい口調でそう言って、雲を眺めている。
 彼女の話は、草太には、すぐには受け入れられそうにない理屈だった。
 それなら夏祭りは、台風で出来なくなったと言っているようなものだが、現実は妖怪はすぐ側に住んでいて、時には会話すら可能なのだ。
 けれども、隣の妖怪、自分が未熟だと言うその横顔が、空と木陰の中に溶けこんでいて、とてもかっこいいのは確かだった。

「……へん、違うと思うな」
 
 でもなんだか、それを認めるのが癪だったので、草太は鼻で笑って言ってやる。
 ヤマメが不思議そうに、こちらを向いて、

「おや、何か考えがあるのかい?」
「あるさ。たぶん、妖怪は雲じゃなくて、このサイダーだ」
「サイダー?」
「うん」

 適当に言ってみてから、草太の頭にすらすらと理由が浮かんできた。

「これは、人間にとっていい妖怪に限るかもしれないけど……ほら。サイダーは、最初は水みたいに見えるけど、飲んでみると変な味だと思うし、一気飲みすると喉が痛くなるから、嫌なものに思えるだろ?」
「ふむふむ」
「だけど、慣れてくると刺激があって、甘くて美味しくて、飲むにつれて、だんだんそれがす……」

 きになり……。
 と、言う前に、草太は慌てて口を閉じた。
 涼しい木陰の高所なのに、顔が赤くなるのが分かる。
 ヤマメがその顔を覗き込んできて、熱さが増した。

「……何? だんだんそれが、す?」
「……なんでもない」
「続きがあるんでしょ。教えなよ」
「無いよ。やっぱり飲んで喉が痛くなって、それだけだ」
「……分かったぁ」

 ヤマメが意味深なにやけ顔で、ふと体を引いた。

「ふふん、なるほどね」
「なんだよ。何が分かったんだよ」
「そうかそうか。いやぁ、なんか照れちゃうねぇ。草太がそんな風に思ってたなんてねぇ」
「違ぇよ! 誰もヤマメのことなんか……!」

 そこで、危うく引っ掛けられるところだと気づき、また草太は口を引き結ぶ。
 ヤマメは、にしし、と歯を見せて、いやらしく笑っている。
 のっそりとそれに背を向けて、草太は持ってきた包みを仏頂面で開いた。

「………………もぐ」
「あれ、それ木苺じゃないね。何食べてんのさ」
「……持ってきた弁当だよ。母ちゃんの握り飯」
「握り飯! わぁ、人間が握ったの、それ? しばらく口にしてないよ。一つちょうだいな」
「やだ。ヤマメにはやらない」
「ケチくさいこと言ってんじゃないわよ。ほら、さっさとおよこし」
「ふん…………痛てっ! なんで殴るんだよ!」
「あんたがこっち見ないからでしょ。小突いただけで、男が喚くんじゃないよ。ありがたい恵みの雨だと思って我慢我慢」
「拳骨の雨が降るわけないだろ! ばーか!」
「じゃあ……こんな雨はどうかしらん?」
「わぁやめろっ! くっつくな!」
 
 耳に息を吹きかけられ、草太は真っ赤になって、握り飯を振り回して怒鳴った。
 しなだれかかっていたヤマメは、あっさりと身を翻して、けたけたと笑う。

「ほんと、子供っていうのは、からかい甲斐のあるもんねぇ。うりうり」
「……もういい! 絶対このおにぎりはやらない! 帰る!」
「まぁまぁお客さん、そんなに急ぎなさんな。いい話があるんだから」
「知らん! どうせいい話だとかいって、またろくでもないこと考えてるに決まってるんだ!」
「あんたが文太ってやつに勝てるように、鍛えてあげるよ」

 ヤマメの提案に、木を下りようとしていた草太は止まった。
 米粒を頬につけたまま、ぽかんとする。

「……僕が、文太に勝てるように?」
「そうよ。これぞ恵みの雨って感じだろう? おにぎり一つとサイダーだけで、妖怪に修行をつけてもらえるんだから、感謝しなきゃ」

 軽薄な台詞ではあるが、ヤマメは本気なようであった。自信たっぷりの笑みをこちらに見せている。
 草太はしばらく考えた後、結局、笹でくるまれた握り飯を差し出すことにした。

「……これ。梅干し入ってるけど、食べられる?」
「もちろん。この際、どんな味だって構わないさ」

 ヤマメは受け取った握り飯をすぐに口に運ばず、笹を膝の上に乗せて、拝みだした。

「ありがたや、ありがたや……。草太のおっかさん、いつも草太がお世話になってます」
「ヤマメ。それ、母ちゃんの台詞だと思う」

 手を合わせて感謝するその姿が可笑しくて、草太はげらげら笑った。




○○○




 思いついたら妖怪の行動は早い。
 草太とヤマメは、木から下りて、地上の原っぱに来ていた。

「それじゃ、早速はじめようか。まず最初に、一番大事なことは?」
「え?」

 突然聞かれても、何のことだかわからない。
 なので、草太は適当に考えて言ってみた。

「えーと、文太に勝つためには、ってこと? 腕を鍛えるとか、素早さを磨くとか……」
「だー!! 全っ然違う!」

 大股で歩いてきたヤマメは、こちらの頭に手をやって、ぐいと力任せに押し下げた。

「一番大事なことは! 教えてくれる人に! お願いします、っていうこと! わかった?」
「……お……お願いします」

 ぐぐぐ、と頭を押さえつけられた草太は、すごく言い返したい気分だったが、ひとまず、素直に従った。
 前から思ってたけど、この妖怪、意外と礼儀にうるさい。
 村の大人連中め。妖怪が野蛮で汚らしいなんて言ったのは、誰だっけ。大嘘じゃないか。
 草太の頭から手を離したヤマメは、再び腕を組み、

「よし。次に、その文太ってやつは、どんなやつなのさ?」
「太ってて……でっかくて……強い」
「太ってて、でっかくて、強いいぃ?」

 一体何が不満なのか、またヤマメは胡散臭そうな顔をして、口の端をねじ曲げている。
 草太はたじろいで、

「と、とにかく、デブで、でかくて、強いんだよ。なんか文句あんのかヤ……な、何か文句があるんですか、ヤマメ先生」
「じゃあその文太っていうのは、この樹ぐらい太くてでっかくて強いのかい?」

 ヤマメは親指で、背後のクスノキをさして言う。
 んなわけない。

「ヤマメ。文太は木じゃなくて、人間だ……人間ですよ」
「木だろうが人間だろうが妖怪だろうが、倒す相手を知らなきゃ鍛え甲斐がないよ。この木をぶっ倒すくらいにあんたをしごくんなら、あと三百年はかかる」
「そんなわけ……ええ!? 三百年で倒せるようになるの!? この樹を!?」
「やりようによってはね。ある程度術を覚えた仙人ならできるだろうし」

 何でも無いように言う妖怪が、急に底知れなくなってきた。
 そういえば、土蜘蛛は鬼や天狗と並ぶ大妖怪だと、三吉が言っていたことを思い出す。
 だが人間である自分は、三百年も修行するつもりはなかった。

「とにかく、文太は普通の人間の子供だよ。でも子供だけど、僕よりでっかくて重くて、大人ぐらい力が強くて、そこそこ速くて、無茶苦茶乱暴で……」

 草太はやせっぽっちで、背もそんなに高くない。文太はずんぐりしていて、大人ほどもある大きさで、足まで速いときている。
 同じ「太」という漢字がつくのに、草と文だけで、どうしてあそこまで違う人間なのか。世の中不公平にできていると思うが、ヤマメはそう考えてないらしい。

「その程度なら、すぐに何とかできそうだけどねぇ」
「本当? どうやって?」
「……聞いてばかりいないで、少しは、頭を、つ、か、え」

 ととん、とヤマメが、額を指先で叩いて押してくる。

 瞬間、草太は地面に引っ張られるようにバランスを崩し、よろよろと尻餅をついた。
 急に立ち方を忘れてしまったような感じだった。
 呆然とするしかない。

「な、なに今の。忍術?」

 ヤマメはやっぱり、妖怪忍者だったのだろうか。
 だが、彼女は薄く笑いつつ、どうってことないように語る。

「草太が隙だらけなだけよ。こんなの、力が無くたって簡単」

 またヤマメの指が、ぴとっ、と額に当てられた。
 立ち上がろうとしても立ち上がれず、草太はころん、と地面に転がされた。

「力には方向があり、方向には理がある。そして力は意志と癖から生まれ、元を辿れば人が分かる」
「………………」
「ま、人間は大抵、動物よりも隙だらけだから、普通ってことかもね」
「…………す、すげー」
「ガキンチョの喧嘩なんて、たかが知れてるよ」

 ヤマメは、地面に座る草太の前を歩きながら、重々しい口調で語り始める。

「今から私があんたに教えるのは、人の身には過ぎた力……」
「いや、僕は人間なんだけど」
「本当は妖怪にだけ許された力ってこと。その奥義を、あんたに伝授してやろう」

 ばっ、とこちらを向くと、妖怪の片目がきらーんと光った。

「土蜘蛛式戦闘術、『フィルドミアズマ』!」
「ふぃ……ふぃる……何?」
「かつて土蜘蛛が、迫害の歴史を過ごした際、その身を守るために生み出した、究極の戦闘術。鬼の四天王ですら、その戦いには一目置くという、地底で知らぬ者は無い伝説の武術だ」
「伝説の武術! ヤマメはそれが使えるの!? 凄い!」
「そう? 今思いついたにしては、大したもんでしょ」
「き、期待して損した!」
「気分を出すためだって。じゃ、次は交代」

 ひょうきんなヤマメは、手を後ろにやって、両足を揃えて立った。

「今度は草太が私を倒してごらん。上手く隙を見つけてさ」
「え?」
「お相撲だよ、お相撲。その文太だと思って、私を倒してみなって」

 草太は言われるまま、よーし、と両手を構えて、ヤマメに向かって走った。

「うっ、おおおおおおお!」
「…………………………」
「おおおぉぉぉ…………」

 ヤマメに近づくにつれて、草太の気合いは小さくなった。
 結局、触れることもせず、立ち止まる。
 二つの目が呆れたように、半眼で睨んでくる。

「……何してんのさ?」
「だって、何でヤマメ動かないんだよ。てっきり避けると思ったのに」
「あのねぇ草太。あんた本気で人間のガキが、妖怪に力で適うと思ってんの?」
「そりゃあ……知ってるけど……でも……」
「いいからとっととかかってきな。かわしたりしないから」
「ヤマメは……女だし……」
「あれ? 草太も女だったの?」
「ち、違うに決まってんだろ!」
「ほー、じゃあ男の癖に向かってこれないんだ。じぇんとるめんだねぇ草太ちゃんは~。外見が女の子だったら手を出せないんだ。それとも負けるのが怖いのかな? ほっほう」
「ぐぐぐ……!」

 わざとらしい挑発だったが、一気に頭にきた草太は、合図もなしにヤマメに飛び掛り、その腰にどしんと体当たりした。
 が、ヤマメはびくともしなかった。
 さらにいうなら、想像していたよりずっと柔らかくて、匂いも……ゴン!

「痛ってええええええええええ!!?」

 草太は頭を押さえて、ごろごろ草むらを転がった。
 無造作に頭に振り下ろされたヤマメの拳は、目玉が飛び出るかと思うほど痛かった。
 空から降ってきた慧音先生を、脳天に食らったかのようである。
 十年生きてきて初めて体験する、あり得ない痛みだ。これが伝説の武術だと言われても、素直に信じた。

「な、何すんだ! 相撲じゃなかったのかよ!?」
「助平なこと考えてるからいけない」
「か、考えてないよ!」
「あらそ。じゃあ、もう一回来なよ。まさか、今のが全力じゃないでしょ?」
「このぉ!!」

 草太は今度こそ本気で、すまし顔のヤマメにぶつかっていった。
 が、なぜか彼女はあっさり倒れて、その上に草太が覆い被さる形になった。
 白い喉が悲鳴を上げる。

「きゃー! やめてー! 草太に襲われるー!」
「は……?」
「隙あり」

 ズモッ。

 草太の股下に、ヤマメの蹴りが入った。

「~~!! ーー!! ……!?」

 痛い。というか、息ができぬくらい苦しい。痛苦しい。

「あははは、草太のそんな顔、初めて見た」
「やっ、ヤマメ……! 反則……だろこれ!」
「万が一、その連中にやられた時には遅いでしょ? どんな卑怯な手だろうと、予想しておかなくちゃ」

 ぴょんぴょん跳ねる草太に向かって、ヤマメは言った。

「ま、相手を痛めつけるんなら、自分も痛めつけられる覚悟をしなくちゃね。それが嫌なら、絶対にやっちゃいけない。あんまり酷いことすると、大きくなってから後悔するよ。これぞフィルドミアズマ第一の教えなり」
「師匠のお前はどうなんだよー! これは酷いだろー!」
「びーびー言わないの。軽く脛で叩いたみたいなもんよ。草太が私に仕返ししたいなら、好きにすれば?」
「…………よーし!」

 草太にもはや遠慮はなかった。
 すかさず、女子に共通の弱点、ヤマメの胸へと手を伸ばす。
 だが、草太の伸ばした手は、あっさり払われ、さらにひねられ、担がれた。
 不気味なオーラが、彼女の体越しに伝わってきて、ぎくりとする。

「……もう一つ教えてあげよう、弟子よ」
「な、なんでしょうか、師匠」
「ルールを曲解して、下劣なことを企む男は、例え子供だろうと、何をされても文句は言えない。フィルドミアズマ第二の教えだ」
「ちょ、ちょっと待った! ヤマメ、ごめん! 冗談だって!」
「いっぺん木の上で、頭を冷やして来な、アホタレぇ!」
「ぎゃあああああ!」

 悲鳴を上げる草太の体は、打ち上げ花火のごとく、思いっきり高く投げ飛ばされていた。

 途中で木の枝に腕を引っかけなければ、間違いなく下で潰れて死んでいた。












 幻想郷年史 第63季 葉月 第一週 地上 人間の里 北


 

 美世は北里の一角にある、立派なお屋敷に来ていた。
 案内したのは当代の博麗の巫女であり、すなわちこの前茶店で会った博麗霊穂であった。
 引き合わせた当人の、上白沢慧音の姿は無い。自分と一対一で話すということが、巫女の希望だったのだ。

 屋敷についた美世は、まずその門構えに圧倒されてしまった。
 太い柱にかけられた立派な表札からも、北里有数の名家であることがわかる。
 出迎えてくれた屋敷の使用人さん達は、巫女様と顔見知りらしく、二人の来訪を大いに喜んでいた。
 そこで初めて、この屋敷が、博麗の巫女になる前の彼女の実家であることに、美世は気づいた。

 長い廊下を通って案内されたのは、庭に面した、畳敷きの一室だった。
 しみ一つ見あたらない縁側の上で、風鈴が鳴っている。
 部屋の床の間には掛け軸が、そして竹細工に花が一輪ささっており、他には何もない。
 美世と、もう一人。向かい合って座る人物だけであった。

「この家を出たのは、八つになる前でした。それまで、先代の博麗の巫女による修行ばかりの毎日でしたが、遊んだ思い出も多く残っているんです」

 霊穂は柱に目をやりつつ、そう説明する。
 正座する美世は、気がつけば膝に置いた手が拳を作りそうになるほど、緊張していた。

 正直、来たくはなかった。
 当代の博麗の巫女に、美世は屈折した感情を抱いている。
 彼女はある意味、半妖である慧音先生以上に、妖怪に近い存在であり、同時に、あの夏祭りの日に、自分の両親を助けてくれなかった存在である。
 理屈ではそれが間違いだとわかっていても、感情は上手くいかない。お茶が運ばれてきても、警戒心は解けないままだった。

「お美世さん、どうか楽にしてくださいね」
「……はい」
「お美世さん……本当に楽でいらっしゃる?」
「え……」
 
 博麗の巫女は、ほんのわずかに笑みをみせて、

「そんなにかしこまらなくても、ここでは気を使う相手などいませんよ。庭もあの通りですし、この部屋には私しかいません」

 彼女の指した方には、池のある広い庭。時折ししおどしの音が聞こえてくるだけで、人がいる気配はなかった。
 美世は迷っていたが、やがて少し足を崩して、揃えて寝かせた。
 博麗の巫女はそれを見届けてから、茶碗をそっと口に運ぶ。
 見様見真似で、自分もお茶を飲んだ。熱すぎず、冷めてもなく、さっぱりした味だった。

「お口にあいますか?」
「はい」
「ではこれもどうぞ。金団は私の好物なんです」
「…………」
「美味しいですか?」
「はい、美味しいです」
「それはよかった。美味しいものを美味しいと言えるのは幸せなことです」

 そう言って、楊枝で口に一切れ運び、博麗の巫女は、幸せそうな笑みを浮かべる。

「美味しいです。何か難しい文句で固めてしまわなくても、美味しいときは美味しいと言う。それが許されていることこそ、私は自由だと思います。何も、空が飛べることではありませんよ」
「…………」
「あら、それともお美世さんは、空を飛んでみたいですか?」
「え?」
「ならば人を驚かさぬよう、晴れた朝方か、月夜の晩に出かけましょう。おうちの人に話しておいてくださいね」

 さっきから美世は、狐か何かに化かされている気がしていた。
 博麗の巫女というのは、もっと冷たい孤高の存在という噂で、事実これまでそういう目で美世も見ていたのだが、今日招かれてからずっと、こちらがどう対処していいかわからないくらい明け透けな感じである。
 多少、意地の悪い気持ちになり、聞いてみる。

「巫女様は、聞かないんですか?」
「何をでしょうか」
「私の両親と、妖怪のことをです」
「それはお美世さんが話したくなった時で構いません。外に出さずに、心に秘めていただいても結構です。そのまま、いつか私が死んで、お美世さんがお亡くなりになるまで」

 博麗の巫女は、天気の話題のように、死という言葉を扱った。

「私も慧音様と同じく、お美世さんの力になりたいと思っています。しかし、無理に引き上げようなどとは全く思っていません。悲しいのは罪ではありませんよ。いずれは、前を向いて歩ける時が来る、その時まで休むことが大事です」
「………………」
「一言、助言を差し上げるなら、妖怪を憎んではいけないということ。恨んでもいけないということでしょうか」
「どうしてですか?」

 絞り出た美世の感情は、鋭く尖っていた。

「妖怪が人を襲うのは、仕方がないからですか。お父さんとお母さんが、たまたまそうなったのは、運が悪かったからですか」
「お美世さん。貴方は誰かにそう言われたのですね」
「……………………」

 じわ、と涙が目に浮かぶのを覚えた。

「そんな浅はかな考えは、さっさと忘れた方が身のためです」
「え?」

 美世は涙がこぼれる前に、顔を上げる。
 博麗の巫女は、すました顔でお茶を飲んでから言った。

「妖怪は人を襲う存在だとか、あるいはその逆で、妖怪は人と仲の良い存在だとか、そういう風に、どちらかに決めてかかっては、必ず失敗する時が来ます。巫女である私にすら、妖怪は分かりませんし、日々勉強です。さらに言うなら、人の運など人が計れるものではありません。ましてや子供に言うべきことではありません」
「……………………」
「それよりも、お美世さん。妖怪を憎んではいけない、というのは、貴方自身のためです。それは私の願いでもあります。どういうことか、おわかりですか?」
「……わかりません。でも、そうしなければいけないんですか?」
「いいえ、誤解しないでください。貴方の心は、貴方自身の物です。喜ぶことも、悲しむことも、怒ることも、笑うことも。そして、愛することも、憎むことも、私がどうこうしていいものではないのです」
「じゃあなんで……」
「その想いは、貴女のご両親を殺した妖怪には届かないからですよ」

 初めて、はっきりと断言され、美世は絶句した。
 巫女の瞳は、自分を責めても哀れんでもいない。厳然たる事実として、無情のままに告げている。

「現実に貴方のご両親を襲った妖怪は、私に退治され、自然へと消えてしまいました。人間の死とは違いますが、もうこの世にいないと考えて構いません。ですが、『幻想の妖怪』は生きています、貴方の心の中に。貴方はその幻想を、本物だと信じて憎んでしまっている。しかしそれは、貴方自身の心。ですから、自ら生み出した刃で、自らを傷つけることと同意。いずれは、血も流れなくなり、冷たくなってしまうことでしょう」
「じゃあ……じゃあ、どうすればいいんですか!」

 死の恐怖に反抗する気持ちと、あの日から続くやりきれない思いを、美世は訴えた。

「巫女様。私は苦しいんです。妖怪を忘れたいと思っても、心の底で憎んでいます。夢にお父さんとお母さんが出てきたとき、私は悲しいです。妖怪に殺されちゃう姿が、見えるんです。でもその後、私……とても怖いことをして……そんな自分がいるのが嫌で……本当は全部消えてほしいって思ってるんです」

 むき出しの感情を、美世は吐露していた。
 妖怪に近い存在として敬遠し、恨んですらいたはずの巫女に、救いを求めているのが、情けなかった。
 白い手が伸びてくる。彼女はお美世の頬を、そっと撫でて、

「では、許してあげてはどうでしょう」
「え……」
「貴方が産み出した妖怪を、許してあげなさい。ご両親のために、貴方自身のために。そうすることで、恨みや憎しみから解放されます。試してごらんなさい」
「でも……」
「私は残酷でしょうか。貴方のご両親を助けられず、間に合わなかった私が言うのは卑怯かもしれません。でも、幻想ごときに、お美世さんがとらわれてはいけませんよ」
「…………」
「焦ることはありません。急いで咲けば、花はすぐに枯れてしまいます。じっくりと変わって、やがて幸せになってください」

 巫女は手を戻し、人差し指を自らの唇の前に立てる。

「女の子は幸せになる義務があるんですよ? ……もちろん、男の子もですけどね」

 最後は茶目っ気たっぷりに言って、巫女様は素敵な笑顔を見せてくれた。
 茫然としていた美世は、彼女の言葉と、その裏にある想いと、その背後にある世界を、一息に味わう。
 簡単なようで、あまりに大きな世界である。だが心に残っていたしこりは、気づけば憑き物のように落とされていた。
 彼女はふと横を向いて、

「お美世さん、妖怪にも色々いるっていうこと、知ってましたか?」
「え?」

 博麗霊穂は庭に向かって、おいで、と声をかけた。
 縁側に上がってきたのは、耳に飾りをつけた、不思議な黒猫だった。
 その猫の尾が二つに分かれていることに、美世は気がつき、息を呑んだ。

「妖怪……なんですか?」
「私のお友達です。自警団の人達には、内緒ですよ?」

 滑らかな毛並みをした背中を、巫女は撫でている。
 なぜかその猫は、鼻をふんふんと動かし、その手を警戒していた。
 巫女は気にせず、呟くように言う。

「この子は、親がいないんです。両親は人間に殺されました」
「え……」
「過去に自警団の人達が、山の麓にあった妖怪の住み処を、根絶やしにしてしまったことがあったんです。この子はその時の生き残り。それ以来ずっと、人間を憎んで、それ以上に怯えていました。その後、とある知り合いの妖怪に預けたのですが、私に懐いてくれるようになったのは、つい最近なんです。名前は……だいだい? オレンジ? ええっと……変わった名前だったんだけど……」

 巫女が思い出そうとしているうちに、猫が、ぷぃ、と顔をそむけ、今度はお美世の膝に近づいてきた。
 そのまま、喉を鳴らして、体を転がす。

「まぁ……お美世さんには、すぐに懐いてしまいました。少し悔しいですね」

 霊穂が揺れる黒猫の尻尾を一つ、軽くつねった。
 ふぎゃー、と黒い影が動き、爪が一閃。
 美世がその素早さにびっくりしていると、またすぐに子妖怪は手元でごろごろと転がり出す。
 そういった仕草は普通の猫と変わらない。けれども美世は、その温もりに、心が溶けていくのを感じた。特別な相手に思えた。

「私と同じなんだ……」
「いいえ、まだ同じではありませんよ」
「まだ?」
「その子はもう、幻想の人を憎むのをやめました。そうでなければ、お美世さんに懐くはずがありません。巫女である私にも、まっすぐぶつかってきます」

 手にできたひっかき傷を見せながら、霊穂は言った。
 今度は猫じゃらしを取り出して、またちょっかいをしだす。
 黒猫の方はといえば、遊び道具というよりは、火箸と対峙するかのように、その動きを目で追っていた。
 本気で嫌われているらしい。心なしか悄然としている巫女の姿が、なんだか可笑しかった。

「みんな……もっと仲良くできればいいのにね……」

 自分に懐く猫の首を撫でながら、美世は呟いた。
 そんな台詞が、自然に出てきたことに、少し驚き、やがて元気が湧いてくる。
 美世は霊穂に、自らの新たな決意を伝えた。

「博麗の巫女様。ありがとうございます。私、やってみます。この子にならって、もう妖怪を憎んだりせず、許すことを考えます」
「それは素晴らしい勇気です。よく言ってくださいましたね、お美世さん」
「でも、里のみんなも、自警団の人達も、私の親戚も、まだいっぱい妖怪を憎んでる人がいます。その人達もみんな、私と同じことになっているのではないですか?」
「その通りです。里のほとんどの人間が気づいていないことに、今貴女は気づいたのですよ」
「妖怪だけじゃなくて、子供同士だって憎み合ってるんです。私、それがとっても辛いです」
「あら、それはお美世さんのお友達ですか?」
「はい。みんな、私の友達です。昔からの友達と、最近できた友達です」
「まあ素敵です。貴方も、お美世さんを見習わなくてはいけませんよ」

 黒猫はきょとん、と瞬きしてから、考えるように首をかしげている。
 その仕草が普通の猫に見えず、妙に人間っぽかったので、美世は声を立てて笑った。

「この妖怪の猫ちゃんにも、お友達がたくさんできるといいですね」
「ええ。妖怪だけじゃなく、その子には将来、人間のお友達も増やしてほしいです」
「そうですね……」
「…………」
「……えぇっ!?」

 和やかに頷きかけてから、美世は驚き叫び、手の内の尻尾を思いっきり握った。
 「にゃあ゛ー!?」と子供っぽい声で悲鳴を上げた猫は、じたばたともがく。
 それにまた驚いたお美世は立ち上がりかけてよろめいて転がり、それがまた猫を踏んづけそうになって、二人で見えない敵と戦うように不思議な踊りを舞うはめになった。
 霊穂だけが楽しそうだ。

「ふふふ、お美世さん。今日一番生き生きした表情ですよ」
「み、巫女様! 笑わないでください! それに今のは、どういう意味ですか!?」
「妖怪に人間の友達ができることが珍しくない時代が来てほしい、ということです」
「そんな時代が、ほ、本当に来るんですか!?」
「無理ですね」
「………………」
「私の力では、まだ無理です。でも、お美世さんとその子が仲良くしているのを見ると、そんな未来を夢見たくなりました」

 のほほんとお茶を飲んで、博麗の巫女は戯れる二人から、外に目を向けた。

「あるいは今の幻想郷でも、私の知らないところで、そんな関係ができているのかもしれません。何しろ、子供は侮れませんから」

 彼女がそう呟くと、風鈴がちりんと鳴った。




○○○




 風が耳の側を吹いている。
 目をつぶってその音を聞いていた草太は、片足で大枝の先に立っていた。
 二階建ての家の屋根ほどの高さである。命綱もつけていない。
 しかし、バランスを崩さぬまま、姿勢を維持している。
 その構えで六十秒がたち、合図が聞こえた。
 草太は目を開き、後ろを向く。
 足が二つほど乗る太さの枝を、一息で駆け抜ける。
 途中で、大人の腕ほどの丸太が二つ襲いかかってきて、泡を食ったが、それぞれ身をひねって、何とかかわす。
 崩れたバランスに逆らわず、足場だった枝に手を引っかけて下へと移り、遠心力に乗って、幹へと飛び移った。
 そのまま、洞や瘤を手がかりに地面へと向かう。
 木登りに加えて、草太は下りる技術も上達していた。

 地面にたどり着くと、猛烈なプレッシャーが近づいてきた。
 ヤツデの葉のお面をつけた怪人が、襲いかかってきたのだ。

「わわっ!?」

 勢いのまま、とんでもない速度で飛んできた蹴りを、草太は慌てて伏せてかわす。
 綱にぶら下がっていた怪人は、ひょいと地面に下りて、こちらに向かって走ってきた。
 草太は緊張に逆らって、それに立ち向かう。激突する寸前に、右の掌を突き出す。
 残像付きでかわされた、と思ったときには、伸びた腕を担がれ、地面に背中から投げ落とされていた。
 息が止まりそうになる。だが、受け身には成功していた。
 休む間もなく、掴まれたままの腕をひねられる気配がして、草太は横転する。
 草仮面は、くるんと回転し、草太の手をあっさり外して、踏みつけようとしてくる。

「っととぉ!」

 蛙のような体勢から、両手両足で地面を押し、草太はその攻撃から逃れた。

「あ、あっぶね~」

 冷や汗を流しつつ、距離を取る。

「…………」

 仮面の存在は無言で、冷静に間合いを詰めてきた。
 力の抜けた両指を向け、こちらの顔面を狙ってくる。
 だがその攻撃はすでに何度も経験していたので、落ち着くことができた。
 草太は左に回ることで、迫る指の直線上にいることを避け、さらに、再び腕をとられぬよう、素早く掌を打ち込む。
 相手が払い受ける。攻守が入れ替わり、草太は勢いづいて、攻撃を続けた。
 軸を取らせず、軸を取れ。
 教わった通りに、無駄なフェイントを使わずに、相手の死角に移動しながら、追い込んでいく。

 そこで、何か妙なものが足に引っかかった。
 細い糸だと気がついた途端、嫌な予感が体を走り抜けた。
 案の定、四方八方から、木屑やら木の実やら石やらが飛んでくる。
 草太は頭を抱えてしゃがんだ。

「痛い! 痛い!」

 びしばしと体中に当たって、痛いことこの上ない。

「……何やってんのよ。それじゃ袋叩きでしょうが。囲まれる前に逃げなきゃ」

 葉っぱ仮面が呆れたように言って、攻撃を止め、近づいてくる。

「こんな罠、いつの間に仕掛けたんだよ」
「時間だけはたっぷりあるからね。で、もう降参?」
「……食らえ!」

 草太は飛んできた石の一つ、手に隠し持っていたそれを放った。
 仮面が少し顔を上げる。
 その隙に草太は、相手の胴めがけて突進した。
 だが、『彼女』は落ち着いて石を受け止め、草太の腕をひねり、足を払い、担ぎ上げて、先ほどと同じようにひっくり返した。
 得意の一本背負いだ。これで食らうのは大体百回目である。
 葉っぱ仮面は、大の字になって動けなくなった草太を見下ろし、手をぱんぱんと払い、

「少しは速くなってるけど、まだまだお子様レベルだね」
「ぐぐぐちぐしょう。仮面サイダーめ、今に見てろよ」
「仮面サイダーか。覚えておこう。はっはっは」

 仮面の女は腰に手を当てて、高らかに哄笑した。
 その頭に、ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきた。

「……あちゃー、これはしばらく降るかな」
「じゃあ、今日の特訓はおしまい?」
「あの樹の下なら、雨宿りしながらできるけど、どうする?」
「も、もちろんやるさ」
「いい根性ね。さすが私の弟子だ」

 葉っぱの仮面を取ると、白ひげを伸ばした師匠の顔。
 ……ではなく、あどけなく笑う妖怪、土蜘蛛黒谷ヤマメの顔が現れた。




 草太が、真面目にヤマメに特訓してもらうようになってから、五日間が経った。
 昼ご飯のおにぎりと、おやつのサイダーを持参して、ここにやってくる。
 そして、日が沈む前までに一風変わった鍛錬を積み、家に帰って風呂で体をほぐしてから、布団の中で死んだように眠る。
 最初は北里の連中を倒す、という野望だけだったが、今では純粋に遊びとしても、草太は修行を楽しんでいた。
 相手はヤマメだけではない。乗っていた枝がいきなり折れることもあるし、危険な昆虫や動物に出くわしたこともある。
 それが、次の瞬間には死んでいるかもしれないという、ぞくぞくとしたスリルがあって、その時は本当に怖いのだけれど、夕方に終わってみると不思議な充実感があった。

 小雨が木の葉を演奏している。
 それを聴きながら、枝の上で五分止まり、五分動き続けるというのを繰り返す。
 これは、どんな危険な目に遭っても、身も心も崩さないという訓練である。
 初めは低くて太い枝で、徐々に高くて細い枝で。今ではもう、一番上の枝でもこなす自信があった。
 ただし今日は雨が降っているので、下の方で練習している。

「そうそう。怖いのが消えたら、後は拍子と応用力。わかるでしょ?」
「うん、わかってきた」

 草太は木の枝を歩きながら、追ってくる声に返事する。ヤマメは力よりも速さよりも、バランスを大事にしていた。
 牛若丸が、鞍馬天狗に鍛えてもらって強くなったという話がある。
 相手が弁慶の生まれ変わりなだけに、頼もしいエピソードである。
 だが、

「木登りは合格を上げてもいいけど、喧嘩はまだ全然ダメだねぇ」
「ぜ、全然ダメだなんて……わっ、と」

 振り向いた眉間に、小さなどんぐりが飛んできた。
 草太はそれをしゃがんで避け、枝に両足を乗せたまま、落ちずにいた。
 ヤマメは嘆息し、

「……その動きがなんで地上でできないんだか。草太、私と組み手してるとき、何考えてるわけ?」
「え、ヤマメがどう動いてくるかとか、次こうしたらこうしようとか」
「だめだめ。木登りと同じよ。余計なことを一切考えるんじゃないって。特に心の独り言は禁止。常に反射で動くんだ。その時人間は、妖怪に近づける。そうすりゃあんただって、もう子供どころかそこら辺の大人だったら、軽くあしらえるよきっと」
「いや先生、それは買いかぶりじゃないですかい?」
「大まじめよ。だってあんた、この樹に一人で登れるし、今私が物をぶつけても落ちないし、無茶な特訓にもついてきてるし。人間にしては、なかなかのもんよ」
「そうだけど……って、無茶だっていう自覚があったんだ」
「死なない程度には手加減してあげてるけど、今のところ骨も折ってないしね、たいしたもんさ。初めて会った時なんて、木に登ることすらできなかったじゃない」

 そういえば、この夏でいつの間にか草太は、できることが増えていた。
 修行を始める前も、三日に一度ヤマメの所に遊びに行って、命を削られる思いをした後、家に帰って壮絶な筋肉痛に襲われたりして、鍛えられた結果なのかもしれない。
 でも、ヤマメを相手した時は、一本背負いで投げられたり、頬が腫れるほど強烈なビンタを食らったり、足払いから叩きのめされたりと、毎回ぼこぼこにやられているので、強くなっている実感など全くなかった。

「だから、あんたはたぶん、文太とやらについても、必要以上に怖がってるだけだと思うんだけどねぇ」
「別に怖がってなんか……」

 と強がりを言いかけてから、草太はやめた。

「いや、やっぱり怖い。めちゃくちゃ怖い」
「あら認めるんだ。てっきり強がると思ったのに」
「でも僕だけじゃなくて、みんな怖がってるよ。鉄平以外はね」
「ねぇ、私と文太とどっちが怖い?」
「そりゃあ……」

 文太、と言いかけたが、ヤマメの底知れぬ感じは、確かに恐ろしい。
 だが、文太はもっとわかりやすい怖さがあった。姿を見るだけで、拒否反応が起こる。
 昨年から、そして今年の南川の件以来、何度叩きのめされたか、数えるのも面倒だった。

「ヤマメとは遊んでいて楽しいけど、文太とは絶対に遊びたくないな」
「あはは、よっぽど嫌いなんだねぇ」
「うん。でも、みんな嫌ってると思うよ。カカシの次にね」

 というわけで、二人の悪知恵と暴力が合わさると最悪なのだ、南里の少年達にとっては。
 草太は木の幹にしがみついて、向こう側に回り、枝に乗り移った。

「でも草太、一つ可能性を忘れてるんじゃない?」
「なんのこと」
「妖怪のせいで親無しになった気の毒なお美世ちゃんが、文太に惚れてるって可能性だよ」
「なぁ!?」

 草太は危うく枝から落っこちかけ、しゃがんでそこを掴んだ。

「そんなわけないだろ! 文太が惚れるならともかく、逆はありえない!」
「どうしてさ」
「だって文太は不細工だしデブだし……」
「好きになる理由は見た目だけじゃないよ」
「中身だって酷いんだってーの! 性格は悪いし乱暴者だし!」
「見た目でも中身でもないよ。波長が合ったのかもしれない」

 耳慣れない言葉が出てきた。
 草太は眉根を寄せて聞き返す。

「はちょう?」
「そう。本人じゃどうしようもない力さ。水と油が混ざらないように、理由も無いけど嫌いになってしまうこともあれば、その逆もあり得る。仕草や雰囲気で好きになる場合もあれば、なんとなく目と目が合った瞬間、突然好きになって、もうその人のことで頭がいっぱいになっちゃう場合も……」
「じゃ、じゃあ文太とお美世は、波長が合ったってこと? 鉄平じゃなくて? ありえねぇ……」

 うかつにも、文太とお美世が仲良く戯れているのを想像し、草太は顔をしかめた。
 なんだかそれは、世界が間違っている気がする。
 ヤマメは頭上の枝を歩きながら、

「例えばの話だからね。恋の病っていうのは、人間も妖怪も等しくかかる病気だし、その形態も場合によってそれぞれ。側から見れば馬鹿馬鹿しくても、当人にとっては真剣なもんよ。草太は恋をしたことがある?」
「恋……」
「あんたもお美世ちゃんに惚れてたとか?」
「……まぁ」

 当たりである。
 というか草太と同じ南里の少年にとって、お美世と慧音先生は避けて通れない道なのである。
 もっとも、後者は頭突きを食らううちに、片思いの相手からおっかない先生に変わっていく。
 お美世の方は、一応性格も申し分ないが、鉄平のような凄い男なら仕方が無い、と皆は半分諦めてしまう。それが北里の文太に奪われたものだから、南里の少年達は皆、お美世を取り返そうと鼻息を荒くしているのである。
 これが、南里の少年が北里側を憎む裏の理由であり、自分も含めて、皆にとって真剣な争いの種だったが、確かに、第三者のヤマメから見れば、馬鹿馬鹿しくて格好悪いのかもしれない。
 追求されたくなかった草太は、さりげなく話題を変えることにした。

「妖怪も恋をするんだ」
「するする。地底でも地上でも、それは変わんないみたい。よく相談に乗らされたよ」
「じゃあヤマメも……」
「あ、聞きたい? 聞きたいんでしょ?」
「……話したいんだろ、どうせ」

 上から逆さまに降りてきたにやけ顔に、草太はぼそりと言い返した。
 ヤマメはいつものようにくるんと回って、同じ木の枝に立つ。

「いやー、何でか知らないけど、私地底にいる時はモテちゃってさー。それも男にも女にも言い寄られちゃって。羨ましがられるわ、妬まれるわで困って」
「………………」
「あ、信じてないな、その目は。ホントよホント。これでも私、地底じゃ人気があるの。でも、ほとんどは、付き合っても自分のことで頭がいっぱいで、面白く無いやつばっかりでねー。だけどときどき、ポイントを外さないやつもいるんだよねぇ。友達にするのも恋人にするのも、やっぱりああいうのじゃなきゃね。ま、洒落の分かる子に越したことはないけど、餓鬼臭いのは嫌」
「………………」
「聞いてる、草太? 大事な話だよ。あんたも死ぬまでにいっぱい恋をして、かっちょいい大人になれ!」
「………………」

 ばんばん背中を叩かれても、すでに耳をふさいでいるので、何も聞こえません。

「……でもね、妖怪にとって一番恋しい相手は、人間かもしれない」
「え?」

 ふさいでいるようで、実はしっかり聞いていた草太は、どきりとした。
 ヤマメは少し、寂しげな目になって続ける。

「妖怪同士の恋愛はね、大抵百年も続けば飽きてしまうものなのさ。確固たる個と誇りを持っている私達には、別の存在と心や時間を共有するというのは、不自然というか、無理がたたって、結局喧嘩別れになったり、消滅してしまう恐れがある。でも、人間は違う。妖怪にとって人間は、近いようで遠い存在だから、惚れると手に負えない。人間側が死んじゃえば、一生追いつけない背中を追うようなものだからね。実際、妖怪が人間に惚れるというのは、そんなに珍しいものじゃないよ」
「でも、妖怪は人間を食うんだろ?」
「それも求める一つの形」
「……全然わかんないなぁ」
「わかったら妖怪博士だよあんたは」

 土蜘蛛は屈託なく笑って、肩をすくめた。

「まぁ恋をするのも食べるのも、人間と関係を保つための、一つの手段だからね。妖怪にとって一番自然な人間との付き合いは、まず襲い、そしてちゃんと退治される。人に退治されるというのは、妖怪が妖怪であるための大事な儀礼で、一番の名誉なのよ。その後は互いに遺恨を残さず、もう会うことはない。泥沼な恋愛なんかよりも、実にさっぱりした関係だと思わない?」
「うーん」
「でもまぁ、退治してくれる相手は選びたいもんよねぇ。嫌いな奴には絶対退治されたくないなぁ」

 ヤマメの口ぶりは、確かに寺子屋の女子達が、将来の理想の相手を語るそれに似ていた。
 草太は巫女様の言ったことを思い出した。やっぱり、妖怪は不思議だ。
 周囲の雨音が薄くなり、空も晴れてきた。

「休憩しようか。いい空だし」
「うん」

 予想していた草太はうなずく。
 ヤマメが雨上がりの空が好きなことを、すでに知っていたので。
 草太も気に入っていた。こんなに澄んだ青は他には思い当たらない。神様が雨の度に、その都度汚れを落としているのかもしれない。
 たまには虹も拝めることだし。

「ヤマメ、話は戻るけど、お美世が文太に惚れてるっていうのは、どうしても信じられないんだけど」
「そりゃあ、単なる可能性の一つだもん。でも文太達はお美世ちゃんに惚れてるんだろう?」
「それは絶対そうだと思う」
「だったら、あんた達と同じじゃないか。話してみたら、案外気が合うかもよ?」
「ないない、それはない」
「わかんないって。最初は苦手だった相手と、何かのきっかけで、大の仲良しになることだってあるんだから。例えば、私の地底の親友に、パルスィっていう橋姫がいてね。あ、聞きたい?」
「うん。それは聞きたい。橋姫ってどんなの?」

 特訓は休憩して、草太はヤマメの隣に座り、地底の妖怪話を聞いた。




○○○




 妖怪の森を歩く間、緑の隙間から差す夕日が、獣道を照らして、導いてくれていた。
 夕焼けを恐れる大人は多い。妖怪が出やすい時間帯だからだ。
 でも草太は嫌いじゃなかった。雲が日によって、橙色だったり、赤かったり、桃色や紫色に変わったりして、時々凄いを通り越して怖い色になるのが魅力的だった。
 ただ、夕焼けは友人との別れの時間を告げる、寂しい色でもある。
 最近では、ヤマメと別れる時に、いつも見る空だった。

 ――明日は天気かな

 森の出口にある、急な坂を駆け上る。
 最初にここから帰った時は、四つんばいにならなくてはいけなかったけど、今では二足飛びで越えることができるようになった。
 ヤマメの言うとおり、自分は成長しているのかもしれない。
 ならば、この五日間、鍛えてもらった成果は現れるだろうか。
 今なら北里の連中と戦ったって、簡単に負けるようなことはないかも。そんな自信が胸に湧いていた。

 雑木林から南里に出た草太は、道を行く五、六人の少年達の後ろ姿を見つけた。
 一人と目が合い、それが弥彦だと分かり、隣にいる坊主頭が、三吉であると知る。
 鉄平の姿は無かった。

「おーい!」

 草太は手を振った。
 六人の一人、平治がこちらに気づき、すかさず走ってきた。

 その足取りを見て、草太は急に不吉な予感がした。
 怒りの形相がはっきり分かる距離になって、前置きもなしに拳が飛んできた。
 頬に鈍い痛みが走った。口の中に、鉄臭い味が広がった。
 草太は衝撃よりも、驚きで転倒していた。
 また上から平治が殴りかかってくる。
 三吉が、「やめい! やめろ平治!」とその体を羽交い締めにした。
 だがその脇をすり抜けた忠士が、思いっきり蹴ってきたので、草太は腕で顔を庇った。
 また別の方からの攻撃。誰だかわからない。凶暴な戦意に囲まれて、わけがわからず、反撃する意思も働かない。
 やがて、三吉と弥彦が彼らを必死になって止めて、ようやく攻撃が止む。
 栗雄が怒鳴った。

「どけや三吉! こいつ遊んでたんだぞ! 親の手伝いだなんて、嘘だったんだ!」

 草太は自らの失態に気がついた。
 五日間、いやこれまでもずっとヤマメに会う日には、仲間に親の手伝いだと嘘をついていた。
 だがその嘘が明るみに出たとしても、これほどまでに怒りをぶつけられることは、完全に想定外だった。
 おずおずと立ち上がり、皆を見渡すと、

「みんな……その顔……」

 平治は瞼を切っていた。弥彦の頬には涙の跡が残っていて、いつもの虫取り網は折られていた。
 三吉は目の下を腫らしている。擦り傷だらけの栗雄に、青あざを作った忠士。
 六名はいずれも泥で汚れていて、今殴られた草太以上の怪我を負っていた。
 喧嘩だ。草太は状況を理解した。

「北里と……百鬼団と、やりあったのか……」

 また激昂しかけた栗雄を押さえて、三吉が言った。

「草太。鉄平が……負けた」
「鉄平が!?」

 驚くと同時に、何か一つ、大事なものが奪われた気がして、自然と声が大きくなる。

「嘘だろ。相手は文太か!」
「乱闘だったから……鉄平が足を捕まれた隙に、文太の体当たりをもろに食らって、立てなくなった」

 感情を抑えてはいるが、いつもの軽さを失った口調に、逆に責められているような気がした。
 しかし三吉は、首を振って、

「でも草太……お前が来ても、たぶん俺達は負けてたさ」
「違うだろ三吉! こいつは嘘ついて、一人で遊んでたんだぞ! 鉄平はこいつを待っていたのに!」

 鉄平が待っていた。
 親友である草太にとって、それは何よりも辛い報せだった。
 さらに言うなら、鉄平は南里の子供の代表者であり、天狗組の旗頭だ。
 彼に嘘をついて、共に危機に立ち向かわなかったこと。自分達の日常において、その罪の重さは計り知れない。
 今更どんな言い訳をしても、無駄だと悟った。

「鉄平に知らせようぜ」
「いや、鉄平はまた親に監禁……あれ軟禁……どっちだっけ。つまりそういうわけだから、知らせてもしょうがな……」
「三吉。おめぇもこんなやつかばうのか。伊勢夫なんか手首折ったんだぜ。それなのにこいつは無傷なんだ。南里が大変な時に、いなかったやつなんて仲間じゃねぇよ」
 
 草太はその言いぐさに、反射的にぐっと拳を握った。
 確かに、いなかったのは本当で、北里の連中から逃げるようにヤマメと会っていた事情はある。
 でも、知ってたら絶対に向かったはずだ。臆病なんかが理由じゃない。
 そう言い返したかったが、できるはずもなかった。

「……こいつ、妖怪じゃねぇのか」
「そうだそうだ。妖怪だ」
「妖ー怪! 妖ー怪!」

 一人の発言に同調して、少年達は囃したてる。
 草太は顔を上げ、脅し口調で一人に言った。

「……妖怪で悪かったな。その通りだよ。お前が退治できるようなやつじゃなくて、僕は本物だけどね」

 忠士の黒ずんだ顔が、さらに暗くなった。
 また殴ってくるかと思ったが、彼はそのまま何も言わず、草太に背を向けた。
 それに続くように、かつて仲間だった、南里の少年達は去っていく。
 三吉は彼らと草太を見比べていたが、やがて、何も言わずに、その集団について行った。


 夕焼け雲は、赤から紫へと移り変わっていた。




○○○




 家に帰った草太は、まず井戸まで水を汲みに行った。日が落ちる前の最後の水くみは、辛い仕事だが、今日は重い釣瓶を引っ張るのも、苦ではなかった。
 次に、にんじんと芋の皮むきをし、茶碗を並べる所まで手伝った。
 何かしている間は、考え事をしなくてすむ。じっとしているのが嫌だった。

 飯の時間になっても、草太はしばらく黙っていた。
 食卓には珍しく、父ちゃんの姿が無い。まだ仕事が残っているらしい。

「お鶴。食べてるときは、その石いじるのやめなさい」
「はーい」

 お鶴は母ちゃんに返事して、薄緑色の石を、お守り袋に大事そうにしまった。
 草太の隣にいた、じいちゃんが、こちらに話しかけてくる。

「草太、何かあったんか」
「ううん……」

 首を振って、箸を動かす。

「さっきからずっとこうなんですよ。手伝ってくれるのはありがたいけど、なんだか変ね。まるで機嫌が悪いときのあの人みたい」

 母ちゃんも多少心配しているようだった。
 草太は飯茶碗から顔をあげ、初めて口を開いた。

「父ちゃん、なんか僕のこと言ってた?」
「草太が手伝ってくれないから大変だ……」
「えっ」
「……とは言ってないわ。遊べるうちに遊んでおいた方がいいだって」
「そう……」

 小さく返事して、草太の頭はまた、今日の出来事について考えはじめた。

「ねぇ、お兄ちゃん。三吉ちゃんか、鉄ちゃんと喧嘩したの?」
「えっ」

 お鶴の指摘に、うかつにも、声がひっくり返りそうになる。

「あら、そうなの草太」
「ううん、違うよ。お鶴、変なこと言うなよな」
「でも言われてみれば、あんた最近、霧雨さんところのお坊ちゃんの話しないわね。会ってないの?」
「……うん」
「ねぇ、お兄ちゃん。私が鉄ちゃんに聞いてきてあげる」
「いいってーの。余計なことすんなよ」

 妹にしっかり釘をさしてから、草太は食べる速さを上げた。
 
 今、絶対に鉄平に会いたくなかった。会う勇気が出ない。
 南里の友人に妖怪呼ばわりされた時は、心に穴を開けられた気分だったけど、もし鉄平に直接言われたとなれば、痛みは比較にならないだろう。
 誰よりも尊敬している、幼なじみの親友だったから。
 このままじゃいけない。そうわかっていても、鉄平を裏切ったことによる、恐怖に近い罪悪感が、気を抜けば押しつぶそうとしてくる。
 だから、とても会えそうになかった。

「草太、それなら明日、薪割りを手伝ってくれんか。最近は、腰が痛くてなぁ」

 草太は意外な思いで、隣を見た。
 じいちゃんの口調が、ちょっと芝居がかっていたから。
 意味ありげに笑うその表情から、気を遣ってくれているのがわかり、草太はありがたくうなずいた。

「うん、わかったじいちゃん」

 確かに薪割りなら大変な仕事だし、いい気分転換になると思う。

「あ、でも朝早くにしてくれない? 午前中に、行って来るところがあるから」









 幻想郷年史 第63季 葉月 第一週 地上 迷いの竹林  
 



 迷いの竹林。
 それは里の東側に広がる危険地帯であり、人が奥まで足を踏み入れることはない。
 ただし、妖怪の血を宿す、歴史食いの獣人ならば話は別である。
 上白沢慧音は、早朝の竹林の中を歩いていた。
 週に一度、慧音はここに友人を訪ねて入る機会があるが、今日の目的は異なっていた。

 人の身では決してたどり着けない奥に、一軒の屋敷が建っている。
 檜皮葺の屋根でこしらえた寝殿造は、西国の古い建築を思わせるが、建物自体は新しいものだった。
 いや、時の流れに忘れ去られたかのように、姿変わらず建っているのである。
 慧音はその正門の前に立った。

「ごめん!」

 声が静寂を破り、竹の中に吸い込まれた。

「人里より参った、上白沢慧音です! 火急の件により、お知恵を拝借願ひ候! 八意永琳殿! どうか、話を聞いてくださらぬか!」

 しばし待つと、門が重い音を立てて左右に開いていく。
 その奥から、頭に黒髪の生えた、背の低い一匹の兎が現れた。
 慧音の頭からつま先までを、面妖な顔つきで見定めてから、

「何の用?」
「突然の来訪、失礼する。ここの薬師と話がしたい」
「よほどのことが無い限り会わないよ」
「過去に一度面識がある。私にとっては一大事だ」

 兎は振り返りながら、耳を二、三度動かした。
 そして、面倒くさげに肩をすくめる。

「入っていいってさ」
「では。おじゃまする」

 不老不死の館、竹に囲まれ眠る永遠亭に、慧音は乗り込んだ。




 同じ襖の続く廊下をいくつも曲がって、ようやく案内されたのは、普通の和室だった。
 兎が去ってから、慧音は畳の上で正座し、黙想にふけっている。
 この部屋に来るまでは、歓迎とは程遠い印象だったが、門前払いにはならなかったので、多少脈があるかもしれない。
 そんな事を考えつつ、しばらく慧音が待っていると、襖がすっと開いた。

「久しぶりね、ワーハクタク」
「ご無沙汰しています。八意永琳殿」

 現れた人物に、慧音は座礼する。
 永遠亭の実質的なまとめ役、八意永琳はそれを見届けてから、その場に座った。

「妹紅の一件では無さそうだから、ここまで案内させたわ」
「ご明察です。此度は里のことで参りました」
「私に何か用が?」
「診てもらいたい者がいます」
「…………」

 永琳は少し考えるそぶりを見せてから、聞いてくる。

「疫病?」
「その判断が、私にも里医者にもつかないのです」
「本気で私が引き受けると思ってここに来たのかしら」
「出来る限りの礼はさせていただく。お願い申す」
「断るわ。こちらには不利益しかない。今まで通り、世俗から離れた状態でいさせてもらう。それが何よりの礼よ」
「そこを何とか曲げていただきたい」
「解せないわね。里を守護するのは貴方だけではないはず。妖怪の賢者達とやらはどうしたの?」
「今だ何の連絡もありません」
「ふぅん。ということは、私が手を出すべきことではないんじゃないかしら。『間引き』されているのではなくて?」
「……………………」

 ぱち、と一瞬、囲炉裏の炭が爆ぜるような感覚があった。
 胸中のそれを、つとめて表に出さず、固い姿勢を保つ。
 月の薬師は、気づかないのか、見透かしていて気づかぬふりをしているのか、無感情な声で尋ねてくる。

「今の所、数は?」
「十五名。だが、日毎に増していく可能性が」
「とりあえず、症状だけ教えてちょうだい」

 慧音は自分の記憶から、できるだけ詳しく述べた。
 永琳はメモも取らずに、何度か小さくうなずきながら聞いていた。
 説明が終わると、彼女はふむ、と顎に手をやり、

「…………いくつか心当たりがあるけど」
「まことですか!」
「断定はできない。こちらとしても姫と相談しなくてはならない。日を改めて、また来てちょうだい」
「いつでしょう。できる限り早く、お願い申し上げます」
「この屋敷の時間から計算して、二週間後ね。ただし、三十名を越えるようなら、すぐに来なさい。これが最低限の譲歩」
「……わかりました。恩に着ます」
「お客様がお帰りよ」

 すぐに先ほどの兎が現れた。




 再び――といっても記憶と違う道順だったが――長い廊下を通って、慧音は永遠亭を退出するところだった。
 庭に面した縁側を歩き進む。周囲を竹藪に遮られているため、砂で作られた枯山水は、光すらも枯れていた。
 ある意味、時が止まったようなこの屋敷にふさわしい庭に見える。

「大変そうだねぇ」

 前を案内する兎は、さも他人事のように言った。
 まぁ真実、ここに住む者達にとっては、人里のことなど他人事でしかないのだろうが。
 だからこそ、慧音は不思議に思っていた。

「……意外と、すんなり引き受けてくださった。なぜだろう」
「暇だからでしょ?」
「暇……そんなものか」
「流れが無ければ水は澱む。当たり前じゃないの。たまには外の空気も吸わなくちゃね」

 立てた指を左右に振って、兎は年長者らしいことを言った。
 ふと、慧音は興味が湧いて、聞いてみる。

「お主も長く生きていると聞くが、その無聊をどのように」
「私はもっぱら悪戯よ。たまに迷い込む人間もいるし。後は健康に気を遣うこととか」
「健康か」

 慧音はその答えに、不覚にも笑い出しそうになった。
 一里歩けばたどりつけるこの館は、まるで別世界の物語である。
 適度に飲み、適度に遊び、適度に楽しみ、永久に生きる。
 月から逃げてきた彼女らとて、厄介事の種が無いわけではあるまい。だがやはり、平和でぬるい毎日に浸っているように思える。
 それに対し、今の里の人間達は、大抵の者が生きることに精一杯で、どう生きるかについて考える余裕などない。
 妖怪、病、天災、飢饉。人里の不安の種は尽きない。幻想郷という大河の中で、激流に翻弄される小舟のごとしだった。

 しかし、そういった世界も存在する。そういった世界が存在するからこそ、この幻想郷は成り立っているのである。
 その中でいつか、生かされているという段階から、生きるという段階へと、進むことができれば、それこそが慧音の本懐なのだが。
 
「……遠いな」
「まぁ、これだけ広い屋敷だし。廊下も多いから」
「いや、そうでなくて」
「この前の地震も凄かったからね。しばらく片付けで大変、大変。姫様なんかは喜んでたけどね」
「…………」
「その後は雷だし、お次は火事かな。月からオヤジがやってきたりしてね。くわばらくわばら」
「地震……」

 すでに兎の話は、慧音の耳に入っていなかった。
 頭に引っかかった一語があったのだ。
 そうか。なぜ気がつかなかったのだろうか。
 不思議な病が流行りだしたのは、先々月の地震があってからだ。

「……気のせいか。それとも何か関係があるのだろうか」

 永遠亭を出て、竹林から帰る道中も、慧音はそのことについて考えていた。





○○○





 早起きして祖父の薪割りを手伝った草太は、おにぎりを持参して、いつもの秘密の場所へと向かった。
 朝蝉が鳴く森を抜けると、日の光を正面から浴びた樹が姿を見せる。晴れた午前中にここに来るのは初めてなので、少し新鮮な光景だった。
 草太は原っぱを横切り、クスノキの幹に近づいた。

「ヤマメー?」

 上方に向かって呼んでみる。
 しかし、いつもはすぐに下りてくるはずの土蜘蛛が、今日に限ってはまるで反応が無かった。

「ヤマメー! いるんだろー!?」

 やはり、返事が無い。
 木の実とか蜘蛛の糸とか、何か合図が降ってくる気配もなかった。

 草太は急に心細くなった。
 もしや、彼女は地底に帰ってしまったのだろうか。
 いくらなんでも、自分に一言も別れを告げずに去ってしまうのは薄情な気がするが、あのヤマメだけにあり得ない話ではない。
 だが、遙か上空で、蜘蛛の巣が光るのが見え、心配は杞憂であることがわかった。

「……なんだよ。いるんじゃないか」

 草太は木の幹に手をつけて、登りはじめた。

 一ヶ月前に教わってから、今日までの間に、草太の木登りは、格段に上手くなっていた。
 苔の少ない木のうろや瘤を使って、手先に頼らず、全身で体を押し上げていく。
 今では途中まで、ヤマメの糸を借りずに登ることができるほどだった。
 もちろん、高いところでは命綱をつけてはいるのだが、特訓の成果があってか、もうほとんど高所の恐怖は無い。

 十五分ほどかけて、草太はクスノキの真ん中より、少し上の大枝に到達した。
 体をよいしょと、その枝に持ち上げ、細かく網状に張られた太い糸に足を乗せて……、

「おい、ヤ……」

 急に草太は、喉から声が出なくなった。
 口だけが金魚のようにぱくぱく動き、目が開きっぱなしになった。 
 
 木漏れ日の下、ゆりかごの中で白い毛布に身を包んだ、眠り姫がいた。
 黄色く透き通った柔らかい髪が、毛先を丸めて、雪色の頬をくすぐっている。
 眉目は安らぎに満ちており、桜色の唇がすやすやと寝息を立てていた。
 小さく丸めた手が、毛布の端から見えており、呼吸をする度に、絹繭のようなかけ布団がわずかに動く。
 草太は声をかけることもできず、木の上にいることも忘れて、しばらくその少女に見とれていた。

 やがて、彼女がううん、と目を覚ました。
 半分下がった瞼を指でこすりながら、顔を起こす。

「………………あれ、来てたの……」

 睡魔に蕩けた甘い声に、草太はどぎまぎしながら、何とか言葉を紡いだ。

「……あ……の……」
「……んー?」
「や……ヤマメさんの、妹さんですか?」
「…………草太も寝ぼけてんの……?」

 彼女がリボンを取り出し、緩慢な動作で髪を後ろでまとめてから、ようやく草太はその美少女が、ヤマメであると確信できた。
 寝ぼけ眼のまま、彼女はよろよろと立ち上がって、

「……今日来るっていうのは予想していなかったよ。ちょっと下の川で、顔を洗ってくるから待ってて……」
「あ……はい」
「……あと、妖怪は夜型なんだから、約束してない日は、なるべくお昼過ぎに来てね……」

 木の下へと消えていく姿を、草太は呆けた顔で見送り、頬をつねってみもした。




 上に戻ってきたヤマメは、すっかりいつものヤマメだった。
 そのヤマメに、草太は説教を食らっていた。

「全く……呼んで返事が無ければ、潔く帰るっていうのがマナーでしょうが!」
「…………はい」
「私の寝顔は高いよ。これが知らん人間だったり妖怪だったりしたら、逆さにぶら下げて滝壺に沈めてるところだよ」
「…………はい」

 腕を組んで憤慨している彼女に、草太は「はい」としか言い返せず、蜘蛛の巣の上で正座していた。
 反論しようとすると、つい先ほどの少女の寝顔が浮かんできて、ヤマメの顔がまともに見れない。

「聞いてんの、草太。これでも私、怒ってるんだけど」
「……ごめんなさい」

 それだけ言って、草太は持参したおにぎりを差し出し、そろそろと背を向けた。
 ヤマメは「おお、でかしたぞお主。此度は大目に見てやろう」と調子よく態度を軟化させている。
 ちらりと見ると、やはり笹の皮を丁寧に取って、手を合わせて拝んでいる姿があった。
 おにぎりを両手に持ち、いただきます、と頬張る姿は、何とも幸せそうである。
 少々不思議に思ったので、聞いてみた。

「そう言えばさ。ヤマメって、いつおにぎりが好きになったの?」
「さてね。たぶん、人間だった頃じゃないかな」

 そうか、人間だった頃か。

 と草太は納得し……


 ……何?

「ヤマメ。今、なんて?」
「人間だった頃じゃないかなって」
「……………………」
「…………もぐもぐ」
「………………え?」
「…………あ、これ新しい味」
「ええーーーっ!?」

 驚愕のあまり、草太は巣の上に勢いよく立ち上がり、うわわ、とよろめいた。
 ヤマメは全く気にせず、おにぎりを口に運んでいる。

「や、ヤマメって人間だったの!?」
「私は妖怪だよ」
「それは知ってるよ! そうじゃなくて、昔は人間だったのか、ってことだよ!」
「そうだけど、言わなかったっけ?」
「言ってない!」

 驚きと興奮で、草太の頭は、再びまともに動くまでに時間がかかった。

「じゃ、じゃあ、えーとつまり、どういうことなんだ。ヤマメは昔は人間で、今は妖怪ってことは……人間は妖怪になれるってことだ!」
「まぁ、そういうこと」
「ひょっとして、その逆も!?」
「さぁ……そっちは聞いたことはないけど、なれるかもね」
「うっそー!!」

 草太は絶叫する。
 ヤマメが食べる手を止め、煩わしそうに眉をひそめて、

「うるさいねぇ。そんなに驚いて、どうしたのさ」
「驚かないほうがおかしいよ! 人間が妖怪になれるなんて!」

 口に出しても、まだ違和感がある。
 別の喩えでいうなら、犬が猫になれると聞いたようなものだ。
 天敵で、まるで違う存在同士だったと思ってたものが、実は互いに入れ替わることのできる可能性がある。そういうことなのだから。
 衝撃の事実なはずなのに、ヤマメがちっともおかしなことに思ってない様子なのが、むしろ苛立たしかった。

「じゃあ妖怪は、みんな元は人間だったってこと!?」
「そんなことはない。妖怪として生まれてきた者だってちゃんといるし、そっちの方が格が高い。それに、動物や植物だったものが、妖怪になった例だってあるしね」
「そっか……そっか。そっか」

 急に、これまであやふやだった妖怪という種族が、草太の中で形を作ろうとしていた。
 同時に、越えられそうになかった深い谷に、橋が架けられるような気がした。

「すごい。すごいや。大発見だ。絶対に、」

 みんなに教えて……と言いかけ、草太の興奮の火が消えた。
 誰に教えるというのか。こんなことを言っても、また「妖怪」と罵倒されるのは明らかだった。
 昨日の一幕に牽制された気分になり、発見した喜びも徐々にしぼんでいく。

 ヤマメは「おっかさん、ご馳走様でした」と手を合わせてから、また横になり出した。
 草太は彼女に、沈んだ声で話しかける。

「……ねぇ、ヤマメ。じゃあ僕も、妖怪になれるかな」

 去年までなら絶対に思いつかなかった願いを、草太は口に出していた。

「ヤマメみたいになりたいんだ。自由だし強いし、妖怪になって暮らすっていうのも、よさそうだなーなんて」

 期待しつつ聞いてみるものの、ヤマメは目を閉じたまま、知らん顔をしている。
 草太はもう一度聞いた。

「ねぇ、僕も妖怪になれると思う?」
「やめておき。向いてないよ」
「なんでだよ、わかんないだろ」
「……あのねぇ草太」

 体を起こしたヤマメは、急に怖い目つきになって、草太を睨み据えた。

「確かに! 元は人間だったやつらが、妖怪になった例は私だけじゃない。でもそいつらは、平和ボケしたあんたみたいに、なりたいと思ってなったんじゃない。積み重なる不幸のあげく、想像を絶する苦しみの果てに、魂の輪廻から、無理矢理引きはがされたのさ。まだ言葉も話せぬうちから、古井戸に放り込まれた者もいれば、嫉妬の炎に狂ったあげく、生きたまま焼かれて川に投げ捨てられた奴もいる」
「い……生きたまま?」
「そうだよ。火あぶりされる人間が、どんな声を出すか知ってるかい? まるで、調子外れの歌声のようなんだ。大の大人が、そんな声を出して泣き叫ぶ。自分の体が焦げる臭いをかぎながら、早く死なせてくれと、もがき苦しむ」
「……………………」
「さて、人間の草太、そんな目にあっても妖怪になりたいかい?」

 半分閉じた目で、うっすらと笑う土蜘蛛に、草太の背筋が凍えそうになった。

「じゃ、じゃあ……ヤマメも……?」
「……………………」
「生きたまま焼かれて妖怪に?」
「うんにゃ、私は覚えてないんよ」

 あっけらかんと言って、ヤマメは横になった。

「やっぱりまだ眠いなぁ……おやすみ……」
「……だあああ!! なんだよ脅かすだけ脅かして! それじゃちっともわかんないじゃないか! 覚えてないんなら、ヤマメの言ってることが本当かどうかも怪しいだろ! 実はヤマメだって、妖怪になりたくてなったかもしれないじゃないか!」
「それはない。たぶんない」
「適当だろそれも! 起きろ! どうやったら妖怪になれるか、教えてよ!」
「あー、うるさいうるさい。それ以上つまらないこと言ってると、こっから蹴落とすよ、綱無しで」

 彼女のことだから、本当に実行すると思ったので、草太は不承不承口をつぐんだ。
 ヤマメは寝返りをうって、ぶつぶつ文句を言う。

「大体、おかしいのは草太の方だよ。朝に来るのは変だし、妖怪にそんなに興味を持つのも変だし、なりたいっていうのはもっと変だし」
「……………………」
「例の修行なら今日はお休み。どうしてもっていうんなら、一回お家に帰って出直すか、しばらくそこで静かにして」
「……あの修行なら、もうよくなったんだ」
「ほう?」
「南里のみんなと、喧嘩したから」

 草太は初めてそのことを、他の誰かに打ち明けていた。
 目の前で眠る土蜘蛛からは、まるで反応がない。彼女にとってはどうでもいい、ガキンチョの話なのだろう。
 そして草太も、今思い返して、自分のやったことが格好悪く思えてきた。
 ここでやっていた修行も、半分は自分がいい所を見せつけてやりたかっただけで、南里のために立ち上がろう、なんていう気はそこまで無かったのだ。
 ただ、他にももう一つ、大事な理由があった。

「ヤマメはさ……」
「む~」
「……ごめん。寝る前にちょっとだけいい? 僕じゃなくて、ヤマメの話が聞きたいんだけど」
「……なるべく短くね」
「ヤマメは僕に色々教えてくれるけど、最初から何でもできたの? それとも誰かから、教わったりした?」
「……そうね。人間だった頃の技能は」

 こちらに向けた手には、色つきのクモ糸が絡まり、呼吸一つする間に、あやとりの星が出来ていた。

「最初から覚えていたみたい。後は長く生きるうちに色々失敗しながら、身につけていったのかな」
「やっぱり、全部自分で出来たんだ」
「いいや。色々、友達からも教わったよ。お裁縫を教えたお礼に、お料理について教わったり。あんたとやった相撲なんかは、鬼から教わったんだ」
「あ、あの投げ技が!? じゃあ今まで、鬼の相撲を学んでいたの!?」
「それもただの鬼じゃない。地底でも最強に近い大妖怪だって知ったら、びっくりするでしょ。でも、気さくで明るい人でね。破れない服を作ってあげたら、すごく喜んでた。ああいう素直な性格が、やっぱり慕われる理由なのかもね……ああ思い出したら眠くなってきた」
「できれば、もっと話してほしいんだけど……」
「この前もいっぱい話してあげたじゃないの。それともまた妖怪になりたいとかごねだすのかい? そういうつもりなら、喋る気はないからね。今度こそ、おやすみ」

 彼女はあやとりの手を引っ込めて、億劫そうに身じろぎしてから、何も言わなくなる。
 その隣に、草太は腰掛けながら、

「僕もそのつもりだったんだ。教えてもらったり助けてもらうかわりに、何か力になれないかって思ったんだ。ヤマメみたいに、特技があったわけじゃないけど……」

 生まれ育った人里に目をやる。いつもよりも、なんだかその光景が、遠く感じた。

「……鉄平はいいやつなんだ。皆に慕われているだけじゃなくて、小さい頃から、僕を何度も助けてくれたんだ」

 両膝を抱え、背中を丸めて、当時の出来事を思い出しながら語る。

「三吉もそう。ふざけているようで、いつも僕に話しかけてくれて。だから昔は、いつも苦労せずに、仲間入りすることができた」

 隣から文句が無かったので、独り言を続けることにした。

「サイダーが飲めるようになったのも、木登りができるようになったのも、僕だけいつも遅れていた。だけど、あいつらはいつでも待ってくれて。そりゃあ、からかわれることもあったけど、仲間はずれだけはせずに、僕と遊んでくれた。嬉しかったけど、後ろめたかった」

 ぼんやりしていた気持ちが、人に話すことで明瞭になっていく。
 人間じゃないけど、隣で寝ている存在は、今唯一正直に気持ちを語れる、友達だった。

「だから、今度こそ、ヤマメに戦い方を教わって、あいつらの力になれると思ったんだ。でも、間違ってたのかもしれない。いや、間違ってたんだよ、きっと。本当は、強いとか、文太に勝てるようになるとかじゃなかったんだ。弱くたって、いつでも助けに行かなきゃいけなかったんだ。でも、間に合わなかった。南里の仲間は……もう許してくれないかもしれない」

 追い越したつもりで、間に合わなかった。
 そのことを責めているのは、南里の仲間だけでなく、草太自身でもあった。
 そしてはじめて、仲間はずれにされる気分を味わっていた。
 
「いつかきっと、鉄平も三吉も、里を守る立派な大人になると思う。僕も、そんな凄い存在になりたいけど……なれない子供は、妖怪になるしかないんじゃないかと思って……」
「……なれるさ」

 返事があったこと、それも肯定されたことを、草太は意外に思って、振り向いた。
 寝転ぶ彼女の目は、いつになく、優しい眼差しだった。

「……なれるよ、草太も立派な存在に。人間である限り、チャンスはあるよ。だから、妖怪になんてならなくていい。ならないでいいのよ」
「…………」

 突き放した感じはなく、子供を暖かく諭す親のような、そんな声。
 草太はふと、彼女が妖怪であるということを、忘れてしまいそうになった。

「妖怪じゃだめなの?」
「だめ。草太は人間に認められたいんでしょ? 親とかお友達に、凄いんだって思わせたいんでしょ? それが理由で修行していたのに、その機会を見せる間もなく仲違いしてしまって、悔しくていじけてるんでしょうが」
「ぐむ……」

 いきなりキツい台詞が返ってきた。しかも結構図星だった。

「ガキンチョの考えることなんて、お見通しだよ。妖怪になったら、もう仲直りしたくてもできないよ。妖怪は人間に嫌われる運命なんだから」
「……違うよ!」

 最後の一言を、草太は強く否定した。

「僕は妖怪を嫌ったりなんてしない! そりゃあ、人を襲う妖怪だっているけど、これからはちゃんと向き合ってから確かめる。そう決めたんだ!」
「なんで?」
「……ヤマメみたいな妖怪もいるって分かったから」

 それは早口だったが、今度は前のように、隠したりしなかった。
 今の草太にとっては、精一杯の勇気だった。

 返答を待つ少年に、妖怪はべー、と舌を出す。

「あっそう。でも私は、いじけ虫も人間も好きじゃないの。今度の今度こそおやすみ。次起こしたら承知しないから」

 冷たくあしらって、ヤマメはまた横になってしまった。
 
 しばらく草太は、その姿を見ていたが、やがて肩を落として、里へと帰るために、巣から太枝に戻った。
 と、背中に声がかけられる。

「……さっさと仲直りしてきなよ。次はサイダーも忘れないでね」




 樹を降りた草太は、急ぎ足で里に向かった。




○○○




 里に帰った草太は、まず昼飯を食べてから、鉄平の家を訪ねることにした。
 彼の家は南里の真ん中にある大手道具屋、『霧雨店』であり、レンガの敷石のある、二階建ての立派な木造の家である。
 だが会うことは適わなかった。店の人曰く、すでに彼は遊びに出たと言う。
 今度は三吉の家に行ってみたが、やはり留守であった。三吉の母から、やはり彼が遊びにでかけたという話を聞いた。

「草ちゃん、三吉と一緒じゃなかったの?」
「はい」
「あらぁ、珍しいねぇ。霧雨のお坊ちゃんかな? 今朝はなんだか偉く張り切ってたから、たぶん川かどっかで遊んでるんじゃないかね。あの馬鹿に遊んでばかりいないで、勉強するように言って。草ちゃんもしっかりね」
「は、はい」
 
 草太は礼を行ってから、三吉の家を後にする。
 二人とも遊びに行ってしまった、ということは、昨日の面子と遊んでいるということだろう。
 できれば一対一で話をしたかったし、あの集団に入っていくのは、多少抵抗がある。
 けど、いずれは全員に謝らなくてはいけないし、ついでに、耳元でヤマメの呆れ声が聞こえた気がして、草太は渋々、彼らを探しに行くことにした。
 しかし心当たりのある場所をしらみつぶしに探してみても、南里に鉄平の姿は見つからなかった。

 ――もしかして、また北里に?

 考えてみれば、あの鉄平が百鬼団に負けっぱなしで引き下がるだろうか。
 嫌な予感がして、草太は探す足を速めた。
 だが、途中で出会ったのは、思いがけない存在だった。
 とぼとぼと俯いて歩く、妹の姿。

「お鶴……どうした?」

 彼女はこちらに気がつくと、顔をくしゃくしゃにして、わー、と泣きながら駆け寄ってきた。

「ど、どうしたんだよ」

 草太は抱きついてくる背中を抱え、なだめつつ、動揺する。
 近頃どんどん生意気になっていくはずの妹にしては、珍しい行動だった。

「誰かと喧嘩したのか? それとも、いじめられたのか?」
「ちがう! やっつけてやったの!」

 よくわからないことを言って、お鶴はまた泣きわめく。
 様子が落ち着くのを待ってから、草太はもう一度聞いた。

「友達に言われたの。お兄ちゃんが、鉄ちゃんを裏切ったって……。鉄ちゃんが負けたのは、お兄ちゃんが助けなかったからだって……。あたし……そんなわけないって……」
「な…………」
「お兄ちゃん、私、言い返したよ。ちゃんと、信じたよ」

 お鶴は草太の腰に、ひ弱な子供の力で、精一杯すがりついてくる。
 草太は妹を、ぎゅっと抱きしめた。

「お鶴、ありがとう」
「……うん。お兄ちゃん、鉄ちゃんは平気?」
「大丈夫。鉄平は誰にも負けないよ。僕だってついてる」
「うん。鉄ちゃん、いつも言ってた。お兄ちゃんが鉄ちゃんのヒーローなんだって」
「え?」
「鉄ちゃんと三吉ちゃんがいると、絶対喧嘩に勝てるって。お兄ちゃん達が見ている限り、絶対鉄ちゃんは負けないって」
「……………………」

 お鶴を家に帰した後、草太の足取りは一変していた。
 中央街道を渡って、真っ直ぐ北里へと入る。
 そこですぐに、昨日喧嘩した、南里の仲間に会った。
 栗雄に弥彦、忠士、草太に真っ先に殴りかかってきた平治もいる。
 だが今日は、皆こちらを見つけても、後ろめたそうに顔をそむけるだけだった。
 草太は気後れしたりせず、彼らに近づいた。

「みんな昨日はごめん。鉄平はどこ行ったんだ。三吉は?」
「……三吉は知らん。鉄平は……百鬼団の根城に行ったよ」

 やはり。悪い予感は当たった。
 鉄平が百鬼団の元へ行く目的など、一つしかない。
 まだ喧嘩は終わってなかったのだ。
 しかし、

「じゃあ、何でお前らここにいるんだ」
「うるせぇや草太! お前こそいなかったんじゃねぇか! 昨日だって、鉄のこと放っておいて、遊んでたんだろ!」

 草太はそちらを無視して、俯いている弥彦に聞いた。

「……さっき、鉄平はまた家を抜け出して、文太ともう一度決着をつけるために行ったんだ。お美世を取り戻すために……お前らは来るなって」
「もう一度? 来るなって……それ、鉄平が言ったのか?」
「……カカシが……それが条件だって……」

 カカシの名前が出て、草太は頭をかきむしりたくなった。

「お前ら、何考えてんだ! そんなの罠に決まってるじゃないか!」

 弥彦が、折れた虫取り網を握りしめて、泣き出し始めた。

「草太こそ知らないんだ! 昨日、百鬼団のやつらと喧嘩してないから、そんなことがいえるんだ! あいつらは、みんな武器を手にしてて、何もかもめちゃくちゃにして帰った……もう一度あんな目にあったら、もう……」
「………………」
「でも鉄平なら、一対一なら、きっと負けないって、俺たちは……」

 草太は唇を噛みしめた。自分に彼らを責める権利は無い。
 嘘をつき、戦いに間に合わなかったのは事実だ。

 でも、たとえ一対一でも、鉄平はまた負ける気がした。
 彼はいつも、個人的な理由で戦うのではない。
 かっこつけや、お美世への私心よりも、何よりも仲間のために戦うのだ。
 その隣で、共に戦ってくれる存在が、本当は必要なのだ。
 弥彦達はもう、心を折られてしまっていた。だが、出遅れた草太は、まだ折れずに、残っている。

「どこだ。どこに行ったんだ」
「わかんねぇよ……」
「くそ!」

 一刻も早く、カカシ達を見つけ出さなくてはいけない。だが、草太は北里の地理には詳しくない。
 ましてや、子供の遊び場とくれば、大人に聞いたって分かりはしない。
 焦る草太を導いたのは、予想外の人物だった。

「……草太!」

 少年達の誰もが、驚いていた。
 そこに現れた少女は、まさに今回の争乱の種である、お美世その人だったのだ。
 両膝に手を当てて、息を切らしていた彼女は、草太に助けを求めていた。

「早く、北里に来て! 鉄平と三吉が……カカシに!」
 



○○○




 迷いの竹林と隣接した雑木林。そこが、北里の百鬼団の根城だった。
 けたたましい笑いが、何度も上がる。死肉に群がるカラスのように、少年達は浮かれ騒いでいた。
 その中心に、柳の木が二つあり、それぞれに縛られている少年が二人いた。

 片方は坊主頭の少年。瞼を腫らし、泥に汚れた顔をふてくされたようにして、空をぼんやりと見ている。
 もう片方は、赤毛の少年。血のにじんだ口を真一文字に引き締め、何度か体を動かしていたが、縄がほどける様子はない。
 北里の少年達が、またそれを嘲った。

「見ろよ! 南里の大将が、芋虫みたいだぜ!」
「小便でもしたくなったか! そこでしろや! 」

 少年達はよほど愉快らしく、下品な言葉を吐きながら、サイダーやラムネをこれ見よがしにラッパ飲みしている。
 その頭の上に雨でも降らないかと、縛られた少年は上を見ていたが、あいにく空は馬鹿みたいに快晴だった。

「なぁ……来るかな」
「来る」

 三吉の問いに、隣にいる鉄平は即答した。

「……来なかったら?」
「来るに決まってんだろ。殴るぞ」
「それができねぇように縛られてんじゃねーか」

 友人の強情を張った台詞が、面白くもない冗談に聞こえてしまったことに、三吉はぼやきつつ、もう一度問う。

「どうしてもどうしても来なかったら?」
「その時は、親の手伝いでたんまり小遣いをもらったあいつに、アイスをおごってもらえばいい」
「なーる。一本じゃなくて、五本……いや十本かな?」
「ついでに、腹を壊した時のために、薬も頼むか。あいつのおごりで」

 だははは、とようやく二人で笑う。
 間髪入れず、そこに石が飛んできた。

「何笑ってんだてめぇら! ぶっ殺すぞ!」
「竹林に埋めてやろうか!」
「妖怪に食わすぞ!」

 さっきまで笑っていたはずの百鬼団が、途端に怒りをぶつけてくる。
 一々覚えようとも思ってないが、どいつもこいつも、鉄平が過去に殴ったことのある顔だった。
 その中で唯一、鉄平の拳を逃れ続けた、傷のない綺麗な顔をしている少年が、近づいてきた。

「余裕だな霧雨。この状況がわかってんのか?」
「カカシ、お前こそ余裕じゃねぇか。北里に毎日乗り込んで、顔を見る度ぶん殴ってやろうかお前ら。あー? 」

 鉄平が三倍にして脅すと、北里の少年のうち、何人かは笑いを引っ込めた。
 カカシだけはつり目を細めたまま、小石をぽーん、ぽーん、と弄んでいる。

「そうだな。土下座でもしてくれれば、許してやってもいいが」
「するぞ。これを解けばな」
「なわけねぇだろ。俺らはもうお前らを一晩ここに縛り付けておくことに決めてんだから」

 げぇ、と三吉は踏まれた蛙のように呻いた。
 カカシが意気揚々と背後の集団を向き、

「それだけじゃ面白くねぇから、どんな刑にしてやろうか、多数決を取ることにしている。さしあたっては、泥団子か投げ石の的か……」
「水責めだ!」
「鼻ワサビ!」
「ムカデ地獄!」
「人間爆竹!」

 等はまだいい方で、女子が聞けば泣き出し、大人が聞けば顔をしかめるほどの凶悪な刑が、次々と出てくる。
 鉄平は眉一つ動かさないが、もう一人の捕虜は案が出る度に、「うぎゃー、うひょう、ひぇえ、やめてー」と叫んでいた。
 だが、

「三吉だけは逃がしてやってくれ」
「……おい、鉄!」

 それを聞いた途端、三吉は目をむいて怒りだす。

「てめぇ! それだけは断るぞ! もう一度言ってみろ! ぶん殴るからな!」
「それができねーように縛られてんじゃねーか」
「おい、お前ら! 俺の縄を解け! 俺も百鬼団に仲間入りする! こいつをぶん殴ってやるんだ!」
「阿呆かこいつ」

 北里の少年の一人が、石を投げる。
 三吉は頭をねじってそれをかわし、悔しそうにうめいた。

「……くっそー。作戦失敗か。どうせ百人もいねーんだから、歓迎してくれると思ったんだが」
「三吉。俺よりお前の方が余裕に見えるぞ」

 自分一人で乗り込むつもりだったのに、勝手に先回りして勝手に捕まっていたのが、隣の友人である。
 長い付き合いだが、鉄平にも三吉の思考はわからなかった。

「ひょっとして、お前の兄さん、このこと知ってんの?」
「知るわけねぇだろ。この前も、ガキの喧嘩は卒業したとかぬかしやがった。昔は俺を何度も囮にしたくせに、あのクソ兄貴共。でも草太が知らせてくれれば……」
「それしかないか」

 鉄平はそう言って、お茶でも待つように、のんびりと苦笑した。
 カカシがそれに気がつき、ニヤニヤ笑いを収めた。

「おい、鉄平。何でお前は怖がらねぇんだ」

 ドスのきいた声が、集団を代表して、仇敵である南里天狗組の頭に突きつけられる。

「俺らはやるといったら本当にやるぞ。お前が死んだって構いやしねぇ。妖怪のいる所に連れて行って、そいつに食わせたっていいんだ」
「……嘘だな。お前らにそんな勇気は無い。何せ里で一番妖怪を恐れているのは、お前達百鬼団だからだ」

 鉄平は断言すると、百鬼団がざわめいた。三吉だけが怪訝な顔をしている。

「ちょうどいい。俺が何で怖くないのか教えてやるよ。知りたいんだろうお前ら」
「……………………」
「それはな、ガキの喧嘩よりも、もっと怖いもんを知ってるからだ。お前らと同じだよ。『妖怪』だ」

 南里の大将の語調は、子供に似合わぬ落ち着きがあり、カカシもひるむほど冷えていた。

「俺らにとって、一番怖いのは、人間の皮をかぶって人を食うやつらだ。笑いながら人の言葉を操って、子の前で親を殺すやつらだ。それが一番わかってるのは、お前だよな、カカシ」
「…………」
「知ってるぜ。百鬼団のほとんどの連中は孤児だ。ここにいねぇ文太も含めて、みんな親を妖怪に殺された奴なんだろ。それなのにお前らは、妖怪に怯えてばかりで、身近な俺で憂さを晴らそうとしているんだ」
「……黙れ」
「本当に悔しいなら、何でそれを妖怪にぶつけないんだ。俺だったらやるぞ。親を殺した妖怪を、同じ目に遭わせてやるまで戦い続ける。お前等と違ってな。それなのに、ここで同じガキ相手に燻ってるんだから。同情するけど情けねぇよ」
「黙れっつってんだ!」

 カカシの投げた石には、殺気がこもっていた。それは百鬼団にも伝染していた。
 額から血を流しても、鉄平はまだ皮肉っぽい笑みのまま、肩をすくめるそぶりを見せる。

「ま、俺はどうしようもなくお前らが嫌いだし、お前らもそうみてぇだけど、結局は俺と同じだって事だよ。この里から出られない、ちっぽけなガキだってことだ」
「……いいや違うな」

 カカシは最後の切り札を出した。

「お美世はこっち側だ。もう、お前のもんじゃない」

 日焼けした鉄平の顔が、白くなった。
 縛られた両腕に血管が浮き出る。

「てめぇ……」
「お前はお美世に惚れてんだろ。けど、北里の家に引っ込んで、お前に顔を合わせずにいる。お前はそう思っている。でも、あいつはお前のことなんて覚えてねぇんだよ。百鬼団の居心地がいいらしいし、頼めば裸だって見せてくれるぜ。あれは南里で一番下品な女だな。泣き虫の甘ったれなところは、お前にぴったりかもしれねぇが……もう文太のもんだ」
「おい鉄平! 落ち着け! はったりだよ!」

 三吉が怒りを静めようとするが、鉄平は凶暴なうなりを発している。

「てめぇ、それ以上お美世のことをけなしたら! お美世を泣かしたら、本気で殺すぞ!」
「泣くわけないだろ。文太と仲良くやってんだから。二人で逢い引きしているのは、嘘じゃないぜ」

 形勢が逆転していた。
 歯ぎしりする赤毛の少年を尻目に、カカシは余裕を取り戻している。

「鉄平。てめぇは妖怪が恐いとかぬかしているが、一緒にすんな。俺たちはもう違う。その証拠を見せてやる。……おい、あれ持ってこい」

 百鬼団の副首領が、顎で示すと、奥の団員が三人がかりで、鉄製の檻を抱えて持ってきた。猟師が使う狩猟用の罠である。
 その中に、一匹の黒猫が入っていた。にゃあにゃあ、と喚き立てて、鉄格子を揺さぶっている。
 はみ出た尻尾は、なんと二つに分かれていた。

「どうだ。正真正銘の妖怪だぜ。人里をうろついていた所を、俺たちが捕まえたんだ」
「馬鹿野郎……」

 怒り狂っていた鉄平の顔は、その檻の中の正体に気付いたときから、蒼白に変わっていた。

「何やってんだカカシ!! そいつはまだ子供だろう!! 親妖怪にばれたら、里がどんな危険な目に遭うか、わかってんのか!!」
「いいや、こいつは親無しだ。話に聞いた限りじゃな。つまり、仇討ちの心配をする必要はねぇ……けど、俺たちの復讐相手には、持ってこいだ」

 カカシが乱暴に檻を蹴飛ばすと、鳴き声は止んだ。

「……さて、今のところ、お前等の方の刑が出そろった。全部終えたら、俺たちはさっさと帰って、こっちの妖怪のガキを相手にする。ただし、お前らの縄はそのまんまだ。妖怪に食われて骨になる前に、南里の立派な親が助けに来てくれることを祈るんだな。……よしお前ら、まずは石投げから始めようぜ」

 その時だった。

「やめろー!」




○○○




 お美世から百鬼団の根城の場所を聞き、草太はすぐにそこへ向かうことを決断した。
 彼女の手を引っ張りながら、龍神大路をまっすぐ駆け、途中で東側の『迷いの竹林』へと方向を変える。
 それまでは、仲間と共に走っていたが、やがて集団の遅さにじれったくなり、一人で走った。
 北里の外れにある、雑木林へとたどりつく。
 草太は近くにあった高い木に登り、百鬼団の姿を探すことを繰り返した。
 一本の木に二十秒。下りる時間も含めてである。
 ついに、遠くにそれを見つけた後は、下りるのももったいなく、急いで木から木へと渡った。
 おかしいと感じている暇もない。いつもと違う体の感覚に、常識的な理性が追いつかない。ただただ必死に、前に進み続ける。
 そして、最後の一飛びの際、カカシが石を鉄平に投げつける寸前に間に合い、

「やめろー!」

 と草太は叫んで、松の木から、ぱっ、と飛び降りた。
 地面によろめくことなく着地し、全速力で走ってきて荒くなった息を整える。
 あまりの軽業に、悪童どもだけではなく、縛られていた三吉と鉄平も呆気に取られていた。

「なんだお前……」
「南里のやつか」
「おい、今、木から落ちなかったか?」

 百鬼団の少年達がざわめく。
 しかし草太は木から地面にまっすぐ飛び降りたのではない。
 途中で枝を何度か蹴って、うまく速度を殺しながら、着地の際に両足で体重を逃がしたのである。
 だが、離れた場所で見ていた者達には、落ちたように見えたのだろう。
 茫然として動かずにいる北里の連中に向かって、草太は歩きながら、

「多勢でいたぶるなんて卑怯だぞお前ら! 鉄平と三吉と……その妖怪の子供を、今すぐ放せ!」

 指をさして、そう怒鳴りつけてやった。
 しばらく、気詰まりな静寂が続く。
 やがて、場の硬直を解いたのは、カカシの高笑いだった。それにこたえて、北里の少年達も大笑いした。

「なんだこいつ。一人でやってきたらしいぜ。頭おかしいんじゃねぇか」

 ニヤニヤ笑っていたカカシを、草太はどん、と突き飛ばした。
 彼は人形のように倒れた。

 笑い声が消えた。空気も変わった。
 悪童達が叫んで、怒りを自分にぶつけていた。
 現実が一気に遠ざかった気がした。

 一人が棒を持って殴りかかってくる。腕で防ごうとする前に、体が避けていた。
 目の前を通り過ぎていく脛を、足で払う。
 そいつが地面に倒れる前に、もう一人が飛びかかってきた。体は大きいが、武器も持たず、隙だらけだ。
 しゃがんで一歩前に出て、拳を逃れ、接近する鳩尾を肘で迎え撃つ。それで十分だった。

 今度は後ろから、それも二人同時だった。
 振り向くと同時に、まず右に向かい、左右に分かれていた敵を重ね合わせる。
 前の少年がたたらを踏み、後ろの少年が衝突する。両者を突き飛ばしてから、草太は距離を取った。
 次も背後、だが武器を持ったまま迷い止まっている。
 近づいて腕をひねり、地面に投げ飛ばすのは楽だった。
 鉄格子の近くまで来て、その扉の封を解く。中の黒猫の仔妖怪は、すぐに逃げ去っていった。

 大乱闘になった。
 相手は二十人。いずれも北里の新鋭で、息つく間もなく襲いかかってくる。
 ただ、冷静になることのできる段階までやってくると、そいつらは細い木の枝を歩くよりも怖くなく、襲ってくるスズメバチよりも鈍く、妖怪よりもはるかに雑魚だった。
 さらに、地形も草太に味方した。登るのに手頃な木が多く、囲まれそうになればそこに飛んで逃げ、有利な位置に移動することができる。昨日までの特訓が、これ以上生きる場所はなかった。
 不思議な力が湧いてくる。無我夢中で怒り狂っていたはずなのに、なぜか頭の芯が冷たい。

 ――ひょっとしたら、僕は本当に妖怪になっちゃったのかもしれない。

 一人、また一人と叩きのめすうちに、そんなことを思い……。
 気がつけば、うずくまっている者や、地面に尻餅をついて恐怖の目でこちらを見ている者ばかりだった。
 そして鉄平と三吉は、奇跡を目の当たりにしたというような表情でいる。
 草太は二人が無事なことに、まずは安堵した。

「鉄平、三吉。今縄を解くから……」
「……草太! まだ終わってない!」

 鉄平が警告する。
 背後から気配が襲ってくる。
 うかつにも気を抜いていた草太の首に、太い腕が巻かれ、ものすごい力で押さえつけられた。
 カカシの声がした。

「文太、気をつけろ! そいつ、えらい素早しっこいぞ! まるで天狗だ!」

 後ろにいるのが文太だと思った途端、不思議な力が抜けた。
 かわりに、苦しさの混じった怯えが、心の端からにじみでる。

「ぐっ! 離せこの!」
「……ふん」

 文太は草太の抵抗を、鼻であしらう。
 何とか振りほどこうとしても、がっちりと首は絞められ、体重にまかせて、動きを封じられてしまう。
 もがけばもがくほど、草太はヤマメに教わったことを忘れ、動きが雑になっていた。

「ざまぁみろ! 北里が南里に負けるか!」
「文太やっちまえ! そいつを絞め落とせ!」
「草太、頑張れ! 負けるな!」
「何とかふりほどけ! くそぉ!」

 声援が飛び交う中、草太の意識は朦朧としてきた。
 勢いが無くなり、手足から力が抜け、視界が霞んできた。
 苦しみが安らぎへと変わり、耐え難い眠気となって頭を包む。
 意識が落ちるその前に、文太の勝ち誇った声が聞こえた。

「……調子に乗んな、妖怪野郎が」

 不意に、草太は、強い怒りを覚えた。
 子供にとっては、日常茶飯事の罵倒語のはずなのに、何かを傷つけられた気がして、新たな義憤に燃え上がった。

 声を出す。声を出す限り、息は止まらない。
 足を踏む、腹に肘鉄を食らわせる、逆の指で太ももをつねる。
 全て同時に行うことで、相手がひるむのが分かった。
 わずかに自由になった体を、低くし、草太は全身の力をひねり出して、その腕を担いだ。

「おりゃぁーっ!」

 妖怪、黒谷ヤマメ直伝の一本背負い。
 出したことのない気合の言葉を吐き、草太はその巨体を投げ飛ばした。
 咳き込む。どっと疲れが出て、その場に膝をついた。
 だが、その隙に向かってくるものはいなかった。
 
 驚き呆れたぎょろ目で、文太は半身になったまま、こちらを見ている。
 北里の少年達のも、途中から現れた南里の少年達のも、全員の視線を、草太は受けていた。
 しばらく、誰も何も言わない。
 始めに低く唸ったのは、百鬼団の大将だった。

「……おめぇら。手ぇ出すな」

 文太は腰をかがめて、こちらに向き合い、相撲の構えを取った。
 草太は唾を飲み込んだ。
 普段より高さがなくなったのに、威圧感が倍加している。

 だけど、負けるわけにはいかない。
 どうしたって、このガキ大将が、妖怪より強いはずがないのだ。
 こいつに勝って、鉄平達を助けたい。そしてそれを、ヤマメに知らせてやりたい。
 草太は最後まで闘う決心をして、再び身構えた。


 だが、二人がぶつかり合うことはなかった。


「お兄ちゃーん!」

 聞き覚えのある声がして、草太は文太から目をそらした。
 こちらへと近づいてくる幼い姿は、紛れもなく自分の妹であるお鶴だ。
 けど、どうやってここを知ったのだ。

「助けに来たよー!」

 馬鹿、危ないから来るな。そう叫ぼうとしたが、その妹を抱えて、鬼の形相でいる女性を見て、草太は血の気が引いた。
 文太も含めて、その場にいる少年達が、皆青くなった。
 なぜか、草太は妹のしたことについて、北里の少年達に、申し訳なさまで感じた。
 お鶴はあろうことか、反則を犯し、最終兵器を連れてきてしまったのだ。
 里の子供も大人も皆が、そろって敬い、恐れる存在。


「くぉらあああ!! そこで何をしているかぁー!!」


 猛牛のごとく突進してくるワーハクタク、慧音先生だった。


「う、うわあああー!! 逃げろー!!」

 誰かの号令で、少年達はいっせいに逃げ出した。
 草太も文太も、南里も北里も関係無しに。

「待てぃ! そこに直れぃ!」

 化け物じみたスピードで、慧音先生は少年達を次々と捕まえ、頭突きや拳骨で意識を刈り取っていく。
 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。宙を舞う無残な屍が、次々に増えていった。

「お、おい! おめぇ何とかしろ!」
「無理だよ! お前が何とかしろよ!」

 草太は鉄平を助けるのも忘れて、文太と言い争いながら、先を争うように走り逃げる。
 その前に、砂煙を上げながら、両目を光らせた慧音先生が回りこんだ。
 二人は悲鳴を上げて、思わず互いの体をつかんだ。

「お前達が首謀者か……」
「ち、ちげぇ! おらは違うぞ!」
「先生! 僕はただ、鉄平達を助けようとして!」

 弁解しようとすると、ぐわし、と髪の毛をつかまれた。

「やかましい! 問答無用! 喧嘩両成敗だ!」
 
 寺子屋名物の頭突きで、草太は文太と仲良く、真昼に星を見る羽目になった。




○○○




 慧音先生は、用事から里に帰ってきて、偶然お鶴と南里の子供達に会い、事情を聞いてやってきたらしかった。
 結局、ほとんどの非が北里側にあることを知って、彼女は長い説教の後、草太達を帰してくれた。
 しかし、今度喧嘩の現場を見かけたら、親に報告し、宿題の数を十倍にするという契約を、しっかり結ばされた。
 そのかわり、今後は寺子屋だけではなく、百鬼団と関係の深い孤児院にも、二度とこんなことを起こさないために、積極的に介入し、教育していくことを誓ってくれたのである。
 草太はカカシ達の今後を思って、ほんのちょっぴり同情した。

 北里からの帰り道、草太はなかなか話が切り出せずにいた。隣の二人も、無言で歩いている。
 何とか、きっかけを掴みたかったのだが、うまく言葉にならず、あまり馴染みのない建物を、ただ眺め歩く時間が続いていた。
 そんな風に迷っていたところ、

「あーあ。アイス十本の夢が破れた」

 出し抜けに、三吉が妙なことを言い出す。
 草太が面食らって聞くと、

「捕まっている間、草太におごってもらおうって話になったんだよ。間に合わなかったらだけどな」
「間に合った……のかな」
「いや遅い。アイス八本くらい遅い。やっぱおごれ。友達だから助けに来た、なんてダセーからな」
「なんだよそれ」

 そう言い返しつつ、はじめて笑いが出た。
 鉄平はさっきから、何も言わない。ただその口元には、いつもの爽やかな笑みがあった。
 このまま帰って明日になれば、またいつも通りの関係に戻って、遊べるかもしれない。
 でも言わなきゃ卑怯者のままだし、後悔するのが分かっていたので、中央街道を越えてから、草太は謝った。

「鉄平……ごめん。親の手伝いなんて……嘘ついて」
「草太」

 鉄平はこつん、と草太の頭をつつく。
 そして、白い歯を見せて、

「俺は最後まで信じてたぜ。ちゃんと来るってな」
 
 魔法のようなその一言で、草太の心が、一気に軽くなった。
 やっぱり敵わない、そう思わせる、草太にとってのヒーローの笑顔だった。
 いつもの調子に戻ったガキ大将は、また歩き出し、あーあ、と手を頭の後ろに組んで、

「でもこれで、俺はしばらく遊べねぇや。親にみっちり怒られて、缶詰状態だ。さらば夏休み」
「また抜け出してこれねぇのか?」
「できねぇよ。たぶん次は泣かれるか、本気で勘当される。おとなしく宿題でもやるかぁ」

 宿題と聞いて、草太はうげぇっ、と思い出した。
 夏休みに入ってから、友人やヤマメと遊ぶことでいっぱいで、まるで課題に手をつけていない。
 三吉も同じはずだったが、彼はけろりとした顔をしていた。相変わらず羨ましい性格だ。
 草太はもう一人に提案した。

「あ、あのさ。みんなで鉄平の家で、宿題一緒にやろうよ」
「俺ん家で!?」
「おお! 面白いぞ草太! それ気に入った!」
「待て三吉! 本気かよ!」

 鉄平が珍しく、冗談じゃないという顔で慌てている。

「だって、宿題をまじめに終わらせればさ、鉄平の親も多少許してくれるかもしれないよ。そうしたら夏祭りに間に合うかもしれない」
「そうそう。おまけに隙を見て一緒に遊べるし、いい考えだと思うぜ」
「どうかなぁ……」

 真剣に悩みだす鉄平に、三吉がさらに続ける。

「それに俺気づいちゃったんだ。今年もやっぱり頭突きを受けようと思ったけど、きっと宿題をまじめにやったほうが、慧音先生びびるよな。ひょっとして、おいおい泣いて俺を抱きしめたりして」

 二人の足が止まった。

「……待て待て。ちょっと待った。どういうことだ」
「俺もおかしいと思った。三吉、お前ひょっとして、慧音先生をからかって、わざと頭突きを受けるために、それやってたのか?」
「当たり前だろ。頭突きは痛いけど、先生いい匂いがするし、後でちゃんと謝って話し相手になってくれるからな。兄貴も『畜生、俺も宿題サボればよかった』って羨ましがってるんだぜ」

 底抜けの馬鹿がいる。
 草太と鉄平は、思わず顔を見合わせて、吹き出し、笑い転げた。

「な、なんだよお前ら! 絶対に言うんじゃねぇぞ! これは俺の心に一生しまっておくはずだったんだからな!」
「ははは、喋ってるじゃねーか! でも、三吉がまじめに宿題やった時の慧音先生の顔、見てみたいな!」
「だろだろ!? やっぱり、いい意味で期待を裏切らんとな」
「よーし分かった! お前ら、明日からうちに遊びに来いよ。三日で宿題を終わらせるぞ! その代わり、お前らからも親に頼んでくれよ」
「任せとけって。草太は大丈夫か、家の手伝い」
「うん。きっと分かってくれるよ」

 草太は両親と、ちょっと変わった友人の顔を思い浮かべつつ、笑ってそう答えた。
 早く今日のことを報告したい。そんなことを考えながら。

 黄金色した鰯雲。その空を目に焼き付けながら、三人は家に帰った。








(続く)
 おそらくツッコミがあるかと思われるので、先に解説しておきます。
 二又の尻尾を持つ黒猫の仔。そのピンチに、なぜ『彼女』は駆けつけなかったのか。
 答えは、まだ『式』を打つ前の話という設定だからでございます。

 それでは、第三章に続きます。

旧名:PNS
このはずく
http://yabu9.blog67.fc2.com/
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コメント



0.5400簡易評価
6.100コチドリ削除
オリ主×不人気キャラ(ヤマメちゃんゴメン!)×100kb超え=貧弱な破壊力

そんな公式は幻想だったんや!
9.100名前が無い程度の能力削除
傑作の気配がどんどん強くなってくる~
ってヤマメが言ってた
14.100名前が無い程度の能力削除
なんだか、オリキャラがみんな生き生きとしていてエネルギーに満ち溢れてるように感じました。
どのキャラも魅力的で第二章を読み終わるころにはいつの間にか悪役の少年たちにも愛着がわいてしまいました。
20.100名前が無い程度の能力削除
 
26.100過剰削除
感想を書く時間が惜しい
28.無評価名前が無い程度の能力削除
時間を取られていくギギギ
29.100名前が無い程度の能力削除
失礼
32.100名前が無い程度の能力削除
これだけ心躍る作品がまだあと180Kbも残っていると思うと、胸の高まりが収まりません。休日の残りは全部貴方の作品に捧げます。
33.100名前が無い程度の能力削除
すげー、まじすげー。
なんでこんなにキャラが生き生きしてるの?!
オリキャラももちろんそうだけどヤマメちゃんもいいキャラだ。
この時点でたくさん感想言いたいけどそれは最後にとっておこう。
37.100名前が無い程度の能力削除
続き気になる。
38.100名前が無い程度の能力削除
色々面白かったんだが最後の三吉にもっていかれたわw
41.100桜田ぴよこ削除
次に行ってきます。
青春万歳
43.100愚迂多良童子削除
もうね、オリメイン+ヤマメメインってだけで俺得。
48.90名前が無い程度の能力削除
いい匂いがするとかw三吉おまえがナンバーワンだw
54.100未来削除
面白いです!
55.100名前が無い程度の能力削除
草太格好良いなぁ。そして草太を信じてる二人の親友も。
素晴らしい物語です。ヤマメちゃんが鬼直伝の武術の使い手か…胸が熱くなるな
56.100名前が無い程度の能力削除
まだ読めるってのが幸福に感じます。
57.100名前が無い程度の能力削除
俺の中にある何かが爆発して消滅した!
一体何が始まろうとしているのだ・・・
59.100名前が無い程度の能力削除
何がすばらしいって、この分量と内容でまだ起承までしかたどり着いていないことだ。
先人たちの傑作と合わせて、里の描写が脳の中で再生されていく幸福感に浸っている。
60.100名前が無い程度の能力削除
原作キャラ達はチラリとしか出てこないのに、その短時間でしっかりと
アクセントを付けている所が素晴らしい。
さて、貫徹する前に続きに行くか・・・。
61.100幻想削除
こっからどうなるん?
どうなっちゃうのよさ!?
62.100名前が無い程度の能力削除
これは凄い!
いつの間にか草太に物凄く感情移入してしまいました。
物語の草太と同じように感情が揺さぶられましたよ。
大傑作です。
64.100名前が無い程度の能力削除
いい
とてもいい
70.100名前が無い程度の能力削除
やばい、なんだこれ。
草太も三吉も鉄平も、ヤマメもみんな良い。
夏休みのキラキラした思い出を刺激される。
71.100名前が無い程度の能力削除
熱くて厚くて暑い!冬に読んでいるのに不思議な温かさ暖かさ。感服しました。そしてパート3へ。
73.100葉月ヴァンホーテン削除
ただただ、熱い……!
74.100名前が無い程度の能力削除
おもしろすぎるぜ・・・何も言えねぇ・・
81.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になってしょうがないです。
そして、彼女の昔の飼い主が博麗の巫女さんだったとは…w
82.100名前が無い程度の能力削除
面白い! これだけでも満足な文量なのに続きが読めるなんて贅沢に過ぎる!
83.100名前が無い程度の能力削除
スゲェ!
84.100名前が無い程度の能力削除
カタルシスあるなぁ。超面白い
90.100名前が無い程度の能力削除
ものすごいおもしろかった。草太が悔しいながらもめきめきと強くなり、仲間から誤解を受けながらも鉄平のピンチに颯爽と現れ、向かってくる敵をちぎっては投げちぎっては投げ....。体の中から熱いものがこみあげてきて、ROCKYのテーマが脳内再生されました。んで、この後何年後とか何十年後とかのことは書かれてないけど、結局カカシとも仲良くなったのだと思うと、その間の経緯を想像せずにはいられません。
91.100euclid削除
寝ているヤマメ嬢にどぎまぎしたのは草太少年だけではなく……。
99.100uruc削除
東方の設定を抜きにしても素晴らしい作品だと思います!!

ヤマメ大好き。
105.100n削除
素晴らしい!
112.無評価洗濯機削除
めっちゃ面白い
119.100ばかのひ削除
わくわくするぜ
124.無評価名前が無い程度の能力削除
オリキャラというか、設定上は存在する公式名無しキャラクターを生き生きとさせているんだよね
そして俺はそういう作品が大好きだ、世界観が広がるようでね
125.100↑1削除
ああ、ミスった
146.100名前が無い程度の能力削除
ささ
ささ…
続きへ…