Coolier - 新生・東方創想話

ほら、ここって本人の意思とは関係なく勝手に濡れちゃうもんなんだよ

2010/10/04 20:31:14
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「ぬっふっふ、こいしの小さくて可愛いお口、もうとってもグチョグチョだよ。小娘のくせに何を考えているのかな?」
「だ、駄目だよぬえ……、そんな所触ったら、汚いよぅ」
「そんなこと無いって、ピンク色でとっても綺麗。それにほら見て、糸もこんなに引いてるよ? もう準備は万全なくせに。だから、もっと奥を触ってもいい?」
「う、うん。ぬえなら、いいよ……ぁ、ぃっ!」
「ご、ごめん、痛かった?」
「えへへ、大丈夫。すこーしビックリしただけ。だから、もっと触って♪」
「任せて、こいしの正体不明、私が全部調べてあげる」



「……あんた達、うちに来てなに馬鹿やってるのよ」

 フランは二人に向かってため息をつき、まだ湯気が立っている紅茶に口をつけた。
 うん、おいしい。



※※※


 湖畔にそびえる吸血鬼の館は、気品のただよう静寂に包まれていた。
 全体的に窓が少なく、あまり光が差し込まないフランの部屋も、読書をするにはピッタリの環境である。
 しかし今日はそんな静けさも台無しだ。 
 いつも陽気な無意識少女こいしと、いつもぬえぬえな正体不明少女ぬえが遊びに来ていたからである。

「それで? なんでぬえはこいしちゃんの口に指を突っ込んでいるのかしら?」
「歯の検査に決まってるじゃん。ほら、もう見終わったから抜くよ」

 こいしの口から出てきたぬえの指は、ヨダレでドロドロであった。 

「あひゅんっ! もー、ぬえったら乱暴なんだから。もうちょっと優しく抜いてよね」

 こいしは口から糸を垂らしながらも、文句をもらす。
 それでも気持ちよかったのか、顔は紅潮し目はうな垂れたまま、鼻息は荒い。
 まったくもって意味不明だとフランは思ったが、思えば二人の行動はいつも突拍子がなかった。
 ゆっくり休んでいたら、「子供は風邪の子!」と押しかけられて、なぜか守矢神社で数の子を食べる強制イベントにかりだされたこともある。
 今日だっていきなり窓を破壊してやって来たから、弾幕戦争かと思ってワクワクしていたのに、ネチョネチョシーンを見せられただけだ。
 自慢のレーヴァテインを握りしめていたのに、ガッカリ。

「まさかお昼からしょうもないものを見させられるとは思わなかったわよ!」

 近所では温厚で通っているフランの声も、思わず荒ぶる。
 自分の怒りを表すかのようにテーブルはゆれ、乗っかっている紅茶はこぼれそうなくらい波打った。
 だけどぬえとこいしはまったく動じていない、それどころかぶーぶー文句まで漏らし出す。 
 口にタコを作って、なんて奴らだ。 

「もー、フランちゃんはノリが悪いよー。れーてん!」

 こいしはフランを咎めるように、自分の両手でバッテンを作り出した。
「『れー』でまずグリコのポーズで心を開放、次に『てん!』で両手をクロスしあなたの心を悩殺! テストに出るよー♪」と自慢げに言われる。白紙で出そうと心に決めるフランであった。
 
「こいしの言うとおりだぞ。フランも協調性をもっと大切にしないと」
「ふん、あなたにだけは言われたくないわよ」

 フランはぬえの言葉を遮った。
 「やっぱり協調性ないじゃん」とまた文句を言われたがそれも華麗にスルー。 
 肝心なときには協力するが、ふざけるときは突っ走るのが自分達だということは、長い付き合いで良く知っている。
 これ以上続けても、こいしの新作ポーズのお披露目会かぬえのストリップスネークショーが始まるだけだ。
 それはそれで面白いけど、そんなことよりも聞きたいことがフランにはあった。
 
「で、ぬえはなんでこいしちゃんの口を検査したのかしら?」
「んー、実は『これ』なんだよ。ほら見てー」

 こいしはフランに向かってくぱぁっと口を開いた。
 喉ちんこまで見えたから、思わず突っつきたい衝動にフランは駆られたが、ここは我慢。
 甘いバラの香りがする口内を、じっくりと見てみることにした。
 
「あら、これはもしかして?」

 こいしの右奥歯が、黒ずんでいたことに気がつく。
 それはさながら白銀の大地にそびえたつ不夜城ブラック。
 ようは虫歯だ。

「うふふ、おめでただよ♪」
「ぬえ、ちゃんと責任持ちなさいよ」
「持たぬぇよ。こいしも顔を赤らめるな」

 さいきん幻想郷に蔓延しているらしく、医者である永琳も「帰ったらうがいと歯磨きを忘れないように!」と注意を促していたことを、フランは思い出した。
 そんな風邪が流行っているみたいに言われても困るけど、とにかく感染力が高く危険な病気らしい。

「しかし立派な虫歯ねぇ。まるでぬえみたい」
「ぬ、失礼な。大妖怪の私をバイキンなんかと一緒にしないでよね」
「あら、ピッタリじゃない」
「黒いところが?」
「違うわよ。こそこそと隠れて地味な嫌がらせをするところ」 
「よし表に出ろフラン」

 ぬえの持っている矛が勢いよくフランへと向けられた。
 風を切る音がヒョーヒョーと鵺の鳴き声のように聞こえたのは、たぶん気のせいだ。

「フラン、今日こそはあなたの顔面ボコボコの正体不明にしてやる!」
「ふふっ、望むところよ。こっちこそ、あんたのエロ服をさらにエロくしてあげるわ!」

 両者に火花が散ると同時に、ぬえの羽とフランの羽が、お互いを制するかのように絡み合う。
 まるで指相撲ならぬ羽相撲だ。
 フランの細い羽がぬえのワキをくすぐったと思えば、今度はぬえの鎌のような羽がフランの横腹を突っつく。
 お互いの闘争心はどんどんヒートアップしていった。 
 くすぐったくて笑い声も大きくなる。
 いい加減フランもレーヴァテインを構え、弾幕を展開しようと身構えた。

「ぬえ、行くわ……」
「むー! そんなことより私の虫歯をなんとかしてよー!」

 痛みに我慢ができなくなったのか、こいしは助けを求めるように叫ぶ。
 その声がだだっ広いフランの部屋にどんどん反響していった。

「ズキズキして痛いんだよぅ、お願い……」

 叫び終わると、こいしは崩れるようにその場へしゃがみこんだ。
 ぐったりとして立ち上がる気力も無いようだ。
 大声を出した衝撃で虫歯も痛んだのか、涙を流し頬をさすっている。
 
「えっと、ごめんなさい……」

 そんなこいしの姿にフランは申し訳なくなり、レーヴァテインを後ろに隠した。

「おっと、ごめんこいし……」

 ぬえも構えていた矛を後ろへしまう。
 さっきまでフランを攻撃していた羽も、だらんと地面に垂れている。
 まるで息絶えた鶏のようだ。

「仕方ない、フランを懲らしめるのは後にするよ」
「それはこっちのセリフよ。まぁ、喧嘩するのは後にしましょう」 

 ぬえに停戦を告げ、こいしのふわふわな髪を撫でながら、どうやって虫歯を破壊しようかとフランは考えた。
 シャンプーの甘いピンクの香りが、脳を活性化させていく。
 けれども自分は医者ではないので最善の方法が思いつかない。
 ぬえもどうやってこの問題を解決しようか考えているようだ。
 ぬー、と腕を組みながら唸っている、羽を見るとハテナの形になっていた、便利な機能だ。 

「そうねぇ、とりあえず永琳さんの所にはいかないのかしら?」
「むぅ……」 

 フランが提案してみると、こいしは怯えるようにうつむいてしまった。
 ぬえも「それはちょっとこいしには……」と賛同はしないようである。
 やはり歯医者はタブーだったか。
 「歯医者にくらい怖がらずに行け!」なんてこいしを責めることは誰にも出来ない。
 あの「ギュイーン!」という口を破壊しつくようなドリルの音色を、聞きたい奴なんているわけがない。
 いたら変態かただのマゾだ。そんなダメな生物は悪魔の右手で破壊してやる。
 しかも駄目押しに永琳は「歯医者の特権は、患者の泣き顔を見ることよ」と言わんばかりに脅してくるから厄介だ。
 
「と、いうわけなんだよフラン。歯医者を怖がるなんて、こいしもまだまだ子供だよね。あ、もちろん私は怖くぬぇよ。大人だもん」

 聞いてもいないのに、ぬえは誇らしげに自分を語り出す。
『私は』の所を妙に強調していたのがしゃくだったけど、面倒なのであえて突っ込まないフランであった。

「そうねぇ、じゃあどうしようかしら」

 チワワのようにぷるぷると震えるこいしを見て、フランは長考する。
 歯医者以外にこの黒い悪魔を『破壊』する方法は何か。
 いや、方法はもうすでに知っている、自分にとってもっとも身近な言葉なのだから。

「やっぱり。これしかないのかしら」

 フランは震える自分の右手をまじまじと見つめる。
 下手をすれば全てを傷つけてしまう手だ。
 だけど二人に出会ってからはこの能力も自分の一部として受け入れて、だんだんと使いこなせてきた、という自負もある。
 でも失敗したときの事を考えると、やっぱり決心が揺らいで、呼吸もだんだん苦しくなって、もうどうしても逃げたくなるくらい、怖い。

「大丈夫だよフラン。落ち着きなって」

 そんなときぬえに背中を叩かれた。
 なんとなく、呼吸の乱れが治まった気がする。

「ぬえ、あなたは私が何を考えているかわかるのかしら?」
「あはは、当然だよ。フランが右手を不安そうに眺めていたら、考えることは一つじゃん。ま、安心しなって、フランならきっと上手く破壊出来るよ」
「……ふっ、簡単に言ってくれるわね」

 不安が無くなったわけではない、それでもぬえに励まされ勇気はわいた。
 ここで使わなきゃいつこの能力を使うんだ、フランは涙に濡れたこいしを見て決心する。
 いつのまにか、右手の震えも止まっていた。 

「こいしちゃん、私を信じてくれる?」
「えへへ。私がフランちゃんを疑ったことなんて、一度も無いよっ!」
「ふふっ、嬉しいわ。それじゃあ」
「うん♪」
「……行くわよ。『きゅっとして、どかーん!』」
「それいちいち言わなきゃいけないの?」
 
 ぬえからの突っ込みを無視して、フランはこいしの口内を凝視する。
 緊張で汗が流れ落ちる、目の前が真っ白になりそうだ。

「やったわこいしちゃん! オペ成功よ!」

 心配も杞憂に終わったようで歯にこびり付いていた黒い部分は、いっせいに消えて無くなっていた。
 歯にも別段『破壊』による異常はない。
 よかったよかった、とフランは胸を撫で下ろす。
 ぬえも冷静を装っているけど、やっぱり嬉しそうだ。
 
「わー、ありがとうフランちゃん♪」
「これくらいお安い御用よ。こいしちゃんも、これからはちゃんと歯は磨かないと駄目よ」
「むぅ、寝る前にはちゃーんと磨いてるんだよ。お菓子だって、夜に食べちゃ駄目ってお姉ちゃんの教えをしっかり守っているもん」
「朝起きたとき、口の周りに食べカスとか無かったかしら?」
「えー、なんでわかるの? そうなんだよね、いっつも誰かが私の口にイタズラしてるんだよ、もう」
「ふふっ、ただの夢遊病よそれは」

 寝ながらムシャムシャとお菓子を食べるこいしの姿は、想像すると少しシュールであった。
 見つけたのがさとりならまだしも、おくうやお燐が見たらどんな対応をするのだろうか。
 それを考えると、思わず笑みがこぼれた。

「まぁそれじゃあ行くわよ」

 フランはぬえを睨んだ。
 さっきの決着をつけるときがきたのだ。 

「ぬ? どこへ?」

 しかし当の本人は、さっきの出来事をすっかり忘れているようだ。 
 そこまで鳥頭ではない筈なのに、安心したせいでボケちゃったのだろうか。
 やれやれと微笑みながら、フランは攻撃を開始することに決める。

「ふふっ、弾幕ごっこに決まっているでしょ。ボヤボヤしていると鵺の丸焼きにするわよ!」
「ぬわ、急に攻撃してこないでよね! こっちこそ吸血鬼の干物、UFO和えにしてやる。正体不明に怯えてSI・NE!」
「虫歯も治ったし私もやるよー♪」

 こいしも意気揚々と弾幕ゴッコに参加する。 
 三人のテンションがどんどんハイになっていく。
 レミリア、咲夜は神社へ遊びにいっているから、止める奴もいなくてちょうどいい。
 図書館にさえ手を出さなきゃ、パチュリーも知らんぷり。
 オマケに門番はシエスタ厨。
 幻想郷のためにナマズと死闘を繰り広げる美鈴を、邪魔してはならない。
 そんなこんなで、今日も三人の怒涛のバトルは繰り広げられたのであった。





※次の日

「うふふ、フランちゃんのここ、もうすっかりビチョビチョだね♪」
「……こいしちゃんがじっくりネットリ触るのがいけないのよ」
「まったまたー。本当は気持ちいい癖に、強がっちゃ駄目だよー」
「あ、んっ。強がってなんか……」
「えいっ♪」
「ふりゃんっ!」
「ほらほらー、声を我慢したら駄目だよー?」
「ちょ、こいしちゃんタイム。まじめに痛いわこれ」
「あ、ごめんね……。フランちゃんのお口、とっても甘くてつい調子に乗っちゃったよ」





「それで、フランも虫歯になったわけ?」

 ぬえが尋ねてみると、こいしは珍しく暗い面持ちで頷いた。 

「完全にクロだよっ。真っ黒!」 
「上手くぬぇぞこいし」
 
 二人の冗談かと思いたかったけど、フランの顔はこの世の終わりかのように青ざめていた。
 あれが演技だったらたいしたものだ、女優になれる。
 もちろん、フランにそんな演技力が無いことを、長い付き合いからぬえはよく知っていた。 
 フランはこいしと違って嘘はよくつく、けれどたいていはすぐにバレ、痛い目にあっているのだ。

「ぬへぇ……、また面倒なことになった」

 言葉とは裏腹に、涙目になっている吸血鬼にどんなイタズラをしようかと、ぬえは頬を緩ませた。
 
 

※※※


 けっきょく昨日の戦いで、紅魔館は焼け野原と化してしまった。
 三人でほのぼの弾幕合戦をしていただけなら安全だったのに、図書館に流れ玉が当たってしまったのが運の尽き。
 喘息設定を投げ捨てた1.03verパチュリー――C射が強い――と弾幕をしたいがため、フランこいしぬえは「図書館を攻撃したのは私!」と責任の奪い合い。
 あとに残ったのは、服がちょっと焦げた三人と喘息が再発したパチュリー、シエスタする美鈴にいつの間にかいたチルノと紅魔館の亡骸だけである。
 帰って来たレミリアが「ふっ、運命通り」とカッコつけながら失神したのは見ものであった。
 
「いやぁ、あれはよかった。驚いてくれたおかげで、私もお腹がぬえぬえ出来たしね」
 
 と満足げに語るぬえである。
 
 そんなこんなで紅魔館がおしゃかになったから、本日はここ地霊殿にお邪魔している。
 地底と言えば薄暗いイメージだが、この旧地獄はフランの部屋なんか比べ物にならないくらい眩しく彩られていた。
 太陽のない生活から、せめて雰囲気だけでも明るくしようという住民の知恵なのだろうか。
 こいしの家も、サファイヤやルビーなどの宝石類を思わせるステンドグラスや、どっかの推理物では良く使われる巨大なシャンデリアなどで華やかだ。
 エントランスにもこいしがどっからか持ってきた、自慢のコレクションなどが立ち並んでいる。
 つい最近まではタコの像があったのだが、どこかへ行ってしまったようだ。
 こいしに聞くと「にとりさんから貰った機械を使ったら消えちゃったんだよー。可愛かったのになぁーあのタコさん」とのことだ。
 その代わりなんとも怪しい黄金の像が、威風堂々と置かれていた。
 とりあえず近くで見ようと思ったら、こいしに「ぬぬぬぬぬえええええ、ちちちちれいでででんにによよよよようこそ?」って話しかけられた。挨拶らしい。正体不明だ。
 まぁそんなこんなで現在はこいしの部屋にいる。
 犬や猫などの可愛らしいぬいぐるみが置いてある、なんとも女の子らしい造りだ。
 獣臭いのが唯一の難点だけど、これはもうしょうがない。
 動物達と遊ぶのは楽しかったし、それ以上に使い魔をのびのびとさせるにもちょうどいい場所なのである。
 そんな中ぬえにとって一番の楽しみが、さとりの出してくれるケーキだ。
 ホワイトスノーよりも純白なクリームの上に、太陽のような真っ赤なイチゴがちょこんと乗っかっている。
 バラを思わせる甘く柔らかい香りが鼻の中を通り抜け、一口食べただけで細胞が拍手喝采を送る濃厚な味は、さすが産地直送地霊殿産のミルクで作られただけはある。
 まぁようは美味しいんだよ、うまいうまい。 

「んー、やっぱりお姉ちゃんの作る料理はおいしいねー♪」 
 
 こいしも口の周りに白いお髭を蓄えながら、満面の笑みでモグモグと口を動かしている。
 まさに至福の一時。 
 ところが次の瞬間、なにかの金属音がした。
 どうしたのかと探して見たらそれはフォークで、持ち主であるフランは苦痛の表情を浮かべていた。
 スタンド攻撃でも受けたのかと思ったけど、どうやら関係ないようだ。

「フランちゃん大丈夫?!」 

 こいしはすぐにケーキを食べるのをやめ、フランの口を検査しだした。
 帰ってきた答えは黒だった……。
 そして、現在へと至る。


※※※


「まさかこいしちゃんのが、私に移ったんじゃないでしょうねえ。あいたたた」

 フランは辛らそうに右の頬を押さえる。
 いつも強気な彼女も、虫歯のせいでイマイチ調子が出ないようだ。
 こいしはそんなフランの姿を見て、悲しそうにうな垂れてしまう。

「フランちゃんごめんね、そんなつもりは無かったんだよぅ……」
「謝らなくっても大丈夫よ」慌ててフランはこいしに訂正を入れる。「悪いのはこいしちゃんじゃなくて、この虫歯だわ!」

 落ち込んでいるこいしの頭を、フランは残った左手でそっと撫でた。
 これじゃどっちが病人かわかりゃしない。
 しかも虫歯が痛いのかやっぱり辛そうだ。
 こいしもそれがわかっているからか、手に付いた涎クリームを拭くのも忘れ、申し訳なさそうに俯いたままだ。

「でももう虫歯くらいなんでもないでしょ?」

 ぬえはさらりと呟いた。
 フランが歯医者で涙目になる姿を見られないのは残念だけど、昨日みたいにすぐに破壊してしまえばいい。
 まばたきをしている間にも解決できる問題だ。
 しかしフランは驚いたように目を見開いて、こちらを見てきた。 

「それならぬえ、あなたはこの虫歯なんとか出来るのかしら?」
「ぬ? なんで私に頼むの、自分でやればいいのに」
「自分の体の『目』って案外見られないものなのよね。しかも今回は口の中、さすがに無理だわ」
「鏡使えばいいじゃん」
「無理よ、私吸血鬼だし。ほら」

 フランは自分をアピールするかのように、パタパタと羽を動かしだした。
 だけど振動で歯が痛むのかすぐにやめ、また涙目になりながら頬を押さえる。

「うー……」

 ドジなのだろうか。
 あれじゃあフランが、恐怖を司る吸血鬼だなんてことは、すぐに忘れちゃうよ。
 そういえば魔法少女という肩書きもあった気がするけど、たぶん気の迷い。

「でもなんで私が、フランの虫歯を治さなきゃいけぬぇんだよ」
「あら、ぬえには出来ないのかしら?」
「あはは、そんな挑発には乗らないよ。ここで治すより、フランが歯医者に怯える姿を見ていた方が、面白いしね」

 ぬえが喧嘩を吹っかければ、フランはすぐにムキになって攻撃してくる。
 自分から仕掛けるとまたこいしに怒られるけど、向こうから来るなら話は別だ。
 虫歯で力の出ないフランなんて敵じゃない、いまこそ年長者の恐ろしさを想い知らせてやる、そうぬえは思っていた。

「ぬえっ! ただじゃおかないわよ!」
 
 ぬえの予想通りフランが突進をして来た。
 しかし虫歯で力が出ないのか、超々巨大隕石のようだったフランの体当たりも、いまじゃ小さな子犬がじゃれているみたいに軽かった。
 ちょっと尻餅をついて、お尻にダメージを負ったくらいだ。
 まったくフランは単純なんだから、とマウントを取られながらもぬえはほくそ笑んだ。

「あはは、覚悟しなよフラン!」
「……い」
「ぬ?」

 だけど異変に気がつく。
 まったくフランからの攻撃が来ない、それどころか罵声も飛んでこない。
 代わりに、ぬえの額にぽたりと生暖かい液体が落ちてきた。
 それはフランが瞳いっぱいに溜めた涙であった。
 その光景がぬえにとってはあまりにも衝撃的で、思わず目が丸くなる。

「お願いぬえ。本当に痛いの。なんとかしてちょうだい」
「およよ? 攻撃はしてこぬぇの?」
「そんな余裕、無いわよ……」

 そう言ってフランはぬえの体を抱きしめてきた。

「ちょ、ちょっとフラン何を。まさかこのまま絞め殺す気じゃ」
「もう無理、痛いのよ……」

 さらにぬえは、頼りない力でフランにぎゅっと抱きしめられた。
 その様子はまるで母を頼る小さな子供みたいで、さっきまで勇ましかった姿とギャップがありすぎる。
 フランの体温はおろか吐息までも聞こえるくらいに密着されて、さすがにぬえも緊張して、顔が赤くなってきて、心臓の鼓動も高まってしまう。
 ええい、うろたえるな、フランが自分を騙そうとしているに違いない、うろたえちゃ駄目だ、気を許したら一気に首を絞められて――あ、でも自分は知っているんだ、フランにそんな演技力は無いって。

「ね、お願い……」
「ぬぅ」

 目を潤ませながら見てくるフランの攻撃は、ぬえにとっては源三位頼政の弓にも勝る、痛恨の一撃だった。
 罪悪感でキリキリと胸が締めつけられる。
 これだったら、フランの右ストレートを顔面で受け止めた方がまだましだ。
 流水が苦手なのは吸血鬼だけではないらしい。
 
「ねーねー、意地悪言わないでなんとかしてあげようよー。フランちゃん可愛そうだよぅ」

こいしも我慢が出来なくなったのか、ぬえの体を揺さぶって来た。

「ぬぅ。そういわれてもなぁ」

 
 さすがにぬえも鬼畜では無い。
 弱気なフラン見てなんとかしようと決心したけど、どうしようか思いつかないだけなのだ。
 というよりも、あるならこいしのときとっくにやっている。  

「こいし……? あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「もちろんいいよー♪」

 ぬえはこいしにボソボソ耳打ち。
 終わりの無い虫歯地獄に光明が射してきた。
 フランは不安を隠しきれないようだが、それと対照的にこいしの顔はどんどん笑顔になっていく。

「わかったー、じゃあちょっと行ってくるねー♪」

 話し終わると、こいしは窓をブチ破り外へ飛び出して行った。
 嬉しいのはわかるけどドアくらい開ければいいのに、とグリコ型に割れた窓ガラス見ながらぬえは微笑んだ。

「それじゃあ、お姫様の虫歯を治すとしますか」
「なによお姫様って」
「なんでもぬぇよ」

 フランが元気いっぱいに反論してきたから、ぬえも一安心。
 不安な顔をしつつも、なんだかんだで自分のことを信頼してくれているようだ。
 こっちもこいしのことを信頼しつつ、フランにこれから行う手順を告げることにした。
 
「え、そんなことやらなきゃいけないの?」
「うん」

 嫌そうな顔をするフランにぬえはすぐさま頷く。
 どっちにしろ彼女に選択権なんて無いから、やらざるをえないのだ。
 フランの瞳に写るぬえの姿は、とても悪そうな顔をしていた。



※※※

 
 あれから一時間。
 こいしは額に汗を溜めながら、意気揚々と帰宅してきた。
 ぬえの目算だとあと二時間はかかりそうな仕事だったのに、きっとフランのために幻想郷を駆け巡ってくれたに違いない。
 こいしはいつものように満点の笑顔だったけど、息も乱れてとってもつらそう。
 だけどフランの姿を見た瞬間、そんな疲労もどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。

「フランちゃんの格好かわいいよー♪」

 こいしのテンションは急上昇し、無意識にハート弾幕もあちらこちらに飛び交って、ちょっと危ない。
 だけどそれも仕方の無いこと。
 ぬえもお腹を抱えながら、地面を転げまわっている。

「フラン、最高に面白いよ」
「うー、笑うなぬえ! なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ!」

 フランは、カリスマ溢れる偉大なポーズで鎮座していた。
 簡単に言えばレミリアの素敵なしゃがみガード。
 どっかのメイドなら親指を立て出血死するロリ奥義である。
 あれを見たいがためだけに、下攻撃しかやらない変態もいるくらいだ。

「二人ともあっち行ってよ! それ以上見たら怒るわよ!」

 牙を剥き出しに威嚇をするが、いまのフランではただ乳臭さが増すだけである。
 しかし普通なら、恥ずかしいポーズとはいえ、泣くほど嫌なことでは無い。
 だがフランは事情が違った。
 日ごろからあのポーズを身内の恥と馬鹿にしてきた身としては、絶対にやりたくないことであっただろう。
 「なんでお姉さまは登場する度にヘタレ度が上がるのよ!」と、フランは常々不満を漏らしていた。

「フラン、仕方ないよ。そのポーズをしたら虫歯が治るって『都市伝説』が、みんなの深層心理に入り込んじゃったんだから。こいし、ご苦労様」
「えへへ、お安い御用だよー♪」

 成功の証にこいしとぬえでハイタッチ。
 その音がクラッカーのように部屋を反響しとても賑やかだ。
 自分達を、部屋中の人形達が祝福してくれるようだ。
 ぬえは誇らしげに胸を張りながら、フランに自分の能力を語り始める。

「『都市伝説』も噂が広まれば現実として現れる。それはこの幻想郷という存在がなによりも証明している。噂は絶対に消えない永遠の存在。疫病のように蔓延していき、人々に未来永劫植え付けられていく。だからフラン、私は、鵺は大妖怪であり、伝説の妖怪の一人なんだよ」
「知らないわよ! なんでこんな面倒な噂にしたのよ!」
「そんなのフランが嫌がるからに決まってるじゃん」
「私もフランちゃんの可愛いポーズが見れて嬉しいよー♪」
「うー! うー!」

 ぷるぷると震え抗議するフランの姿は、なんだかんだでいつも彼女が馬鹿にしている姉によく似ていた。
 プライドが高くて、それでいて素直で可愛い吸血鬼。
 ここにレミリアを連れてくれば「運命どおり!」って言いながら失神する気がする。
 鼻血を盛大に噴出しながら。

「うー! うー!」

 ちなみに、十分後フランの虫歯は完治した。
 ぬえ達にとってはあっという間の10分でも、彼女にとっては数十倍、数百倍も長い時間に感じたかもしれない。

「こいしちゃん、ぬえありがとう。虫歯を治してくれた、お礼をさせて貰うわね!」
「いらない♪」
「いらぬぇ」

 フランが強制的に弾幕ごっこをはじめたことは言うまでも無い。
 ぬえとこいしも負けじと弾幕を撒き散らす。 
 地霊殿の命はあと何分だろうか。
 人形達や古明地姉妹の下着はお燐が運んでくれました。



※またまた次の日

「命蓮寺の昆布茶は美味しいわね。飲んでいて落ち着くわ」
「そうだねフランちゃん♪」
「紅茶もいいけど、たまにはこういうのもいいわね」
「そうだねフランちゃん♪」
「あらしまった、ぬえにお茶をこぼしてしまったわ。服がビッチョビチョね」
「あー、私もこぼしちゃった。大丈夫ぬえ? 濡れ濡れぬえ?」




「わざとだろ」


※※※


 

 やっぱり地霊殿は崩壊してしまった。
 三人でほのぼのと遊んでいるだけなら平和だったのに、おくうやどっからか来た鬼が混ざったせいで、こんなことになってしまのだ。
 こいし達はけっして悪くないのである。
 だけど大勢で弾幕ごっこをするのは、真夏の夜に打ち上げ花火を眺めるみたいに心地いい。
 地上もいいけど地底の民も賑やかな人が多くて面白い、と改めてこいしは想った。
 「ふっ、これは読めなかったわ」とさとりが白目剥きながら失神したときは、さすがにこいしも罪悪感を感じたが。 

「でも鬼の復興工事で夕方には直るのよね?」

 不意にフランが尋ねてきた。
 こいしが姉を心配したのを、察したのだろうか。
 お茶に写る自分の顔は、確かになんだか憂鬱そうだった。

「そうだよー。勇儀さん達は凄いよ、一日であの建物を直せるんだもん。お姉ちゃんも復活出来るし良かった良かった♪」

 そんなこんなで地霊殿は復興工事に忙しいので、本日は命蓮寺にお邪魔している。
 木の香りがそこらに広がる、和風のお寺だ、
 自分の家と正反対なこの場所は、こいしにとって常に新鮮な存在であった。
 畳の匂いも独特で病み付きになるし、よくわからない壷とかにも興味が沸いちゃう。
 とくに障子の紙は、こいしにとって一番のオモチャだ。
 指でプスプスと穴を空けるときの快感は、プチプチを潰しているときの気持ち良さにも勝る。
 だけど聖に怒られてからは我慢するように頑張った、たまに無意識で破いちゃう程度だ。
 無意識なら仕方ないよね、うんうん。
 それにぬえなんか張り替えた障子を全部破いて、雲山から拳骨貰ったって言うし、フランも隠れて何回かきゅっとしてぷすーんしたという。
 あの紙には妖怪すらも寄せ付ける、恐ろしい魔力があるのだ。
 いまは、目の前の昆布茶のパワーに取り付かれているのだが。 

「お姉ちゃんが無事でお茶も美味しいよ♪」
「そうね、安心してティータイムを楽しめるわ」

 こいしとフランは自分の湯飲みにお茶を注いだ。
 昆布茶は後味に苦味が無く、とってもスッキリとしていて癖になる。
 後でお姉ちゃんにもお土産として持って帰ろうと思うこいしであった。

「これで一軒落着だね、良かった良かった♪」
「良くぬぇよこいし、私の歯はどうするんだ」

 ぬえが歯を剥きだしにして抗議してきた 
 フランと違って八重歯はないけど、きちんと整列している真っ白い前歯は見ていてなんともキュートである。

「うふふ、冗談だよ。ぬえの歯も、ちゃーんと治してあげないとね♪」

 そんなぬえの歯にも、二人とまったく同じ位置に虫歯が出来てしまった。
 こいしの能力で痛みの意識を緩和しているけど、どうにかしなければいけない問題である。
 「痛みを和らげることが出来るなら、最初からやりなよ」とぬえに言われたけど、あのときはこいしも痛みで上手く能力が使えなかったのだ。
 けっしてうっかりしていたわけじゃない。
 けっしてうっかりしていたわけではない。
 大事なことだから二回言ったよ。

「もういいよ、私が歯医者に行けばそれで済む話だしね」

 こいし達が暢気にお茶を飲んでいると、ぬえはそっぽを向いてしまった。
 放置をされたからいじけちゃったのだろうか。
 それを見たフランはにやにやと悪い顔を浮かべ出す。
 またなにか良からぬことでも考えているのだろうか。

「あら、そんな強がっちゃっていいのかしら。本当は怖いくせに。昨日私にさせた恥ずかしいポーズのことを謝るなら、破壊してあげてもいいわよ?」

 昨日の復讐を果たせるチャンスだと思ったのか、フランはぬえに意地悪をしだした。
 うな垂れるぬえのわき腹を突つくフランの姿は、とても楽しそうである。

「もー、そんなことをしないで素直に治してあげればいいのに」

 こいしは蛇のように身悶えるぬえを見ながら、フランに文句を放つ。
 しかし攻撃をやめる様子は無い。

「甘いわよこいしちゃん。攻めるときはとことん攻めるのが、スカーレットの掟なのよ!」
「むぅ、そんな掟無いくせにー」

 また二人が喧嘩になるまえに、なんとかフランを説得しようとこいしは頑張る。
 フランも意地っ張りにかけては、この性格破綻者ばかりの幻想郷でも二位になれる猛者だ。
 しかしぬえも、負けじとフランに笑い返す。
 さすがは幻想郷意地っ張りランキング余裕の一位。

「残念ながら他の世界のぬえならまだしも、私はお姉さんなぬえなので歯医者くらいでは怖がりません」
「んー、どういうことー?」

 ぬえが何を言っているのかわからず、こいしは首を傾げた。
 彼女はたまにわけのわからないことを言うから困る。
 このまえだって「私は弾幕が弱いのじゃ無い! 魔理沙Bのときが私の真の力なんだ」と意味不明なことを叫び出した。
 

「まぁそんなわけだし、私がこの虫歯に決着をつけて来てあげるよ」
「ぬえ、もう少し冷静になりなさい」真剣な顔つきでフランはいった。さっきの笑みは完全に消えている。「歯医者と言っても、あの永琳さんのところなのよ」
「それで?」
「いらない所までネチョネチョヌチョヌチョ調べられ、あなたの正体不明にキズがつくわよ。ただでさえボロボロなのに」
「ぬぅ、それもそうだけど……」

 ぬえは言葉を詰まらせた。
 いつもだったら『ただでさえボロボロ』なんてフランに言われたら、反撃のひとつは見せるのにそれすらもない。
 ぬえは眉間に皺を寄せながら、羽を右往左往と動かしている。
 考えるとき、くるくるとその場を回るようなものだろうか。
 と思うと急に羽が止まり、ぬえはまた笑みを浮かべた。

「うん、やっぱり歯医者に行くよ」
「意地っ張りねぇあなたも。ほら、こっち来なさい。治してあげるから」

 フランはおいでおいでと手招きをしだす。
 イジでも歯医者に向かおうとするぬえを止める気になったようだ。
 しかしぬえはくすくすと微笑みながら、その場に留まり首を振る。

「フランこそ冷静になりなよ。私の虫歯を破壊しても、またフランにうつるかもしれないだろ」
「あっ……」
 
 今度はフラン、ではなくこいしが言葉を喉に詰まらした。
 治すことばかり考えていたけど、またここでフランが破壊してもループするだけかもしれないんだ。
 ただの杞憂かもしれないけど、可能性はゼロではない。
 フランは沈黙し、ただぬえをじっと見つめるだけだった。
 彼女はループの可能性に気が付いていたのかもしれない。

「じゃあ行ってくるよ」
「駄目だよぬえ! 行っちゃダメ!」

 背中を向ける部屋から出て行こうとするぬえに、こいしは思い切り叫ぶ。
 ぬえ一人に責任を負わせる事なんて絶対に嫌。
 このまま彼女を永琳の所に行かせたら、絶対に弄ばれてしまう。
 それだけは阻止しなければいけない。
 自分は無意識になっても無責任になるつもりはなかった。

「むぅ?」

 しかしこいしは重要なことに気がつく。
 ぬえに指摘しなければいけない大事な内容だ。
 同時に、言えばこの場の空気は確実に壊れる核爆弾である。
 だからなんとか我慢しようと、こいしはぐっと握りこぶしを作る。
 が、どうしても辛抱出来ない、その間なんと二秒、けっこう耐えた方だ。 

「ねーぬえ」
「ぬ、どうしたのこいし?」
「ぬえのお胸、とってもいやらしいよー?」
「ぬひゃっ!」

 こいしはぬえの胸に浮き出ている、小さなお豆を無造作に摘んだ。
 もともと彼女の服はピッチリしているせいで、体のラインが丸見えだったけど、こいし達に濡らされたせいでさらに色んな場所が浮き彫りになって現れてしまったようだ。
 喘ぐぬえをみてこいしもテンションが上がり、さらに十三連射でプッシュプッシュ。
 ぬえの胸は肉厚のステーキみたいな蕩ける触り心地で、押すたびにぷにゅぷにゅと音が聞こえてくる。
 そのままこいしの指を食べてしまったくらいだ。

「ぬえのお胸やわらかーい♪」
「はぁ、なんともこいしちゃんらしい指摘ね」
  
 飽きれたようにフランは笑う。
 その顔にはさっきみたいな暗い表情はどこにも無かった。
 ぬえも胸をつんつんされて気持ちいいのか、羽をだらんと垂らし目をトロンとさせている。
 もうちょっと触り続ければ涎も出そうだが、さすがに怒られてしまった。 

「もう! 変なところ触るな!」
「あー、ぬえ赤くなってるー♪」
「うるさい! 着替えてくるよ!」

 ぬえは叫びながら乱暴に障子を開いた。
 こいしはけっして計算していたわけではないけど、これで時間を稼ぐことに成功する。
 ぬえは意地っ張りだ、このままじゃ自分達が止めても絶対に行っちゃう。
 せめて着替えてる間だけでも、なんとか方法を探さないといけない。
 外の景色でも見ながら、これからのことを考えてみようとこいしは思った。
 この部屋からは美しい日本庭園が一望出来る。
 一輪と雲山のコンビが丹精こめて作り上げたらしい。
 それをこいしは見るのが好きだった。
 作り上げられた作品からは、製作者の熱意や思いが伝わってくるのだ。 
 しかし障子を開けて見えたのは、セーラー姿のキャプテン村紗であった。
 
「話は聞かせて貰いましたわ!」
「ぬわっ、なんだムラサか。いつからいたのよ?」

 突然現れた村紗に、ぬえも思わず驚いたようだ。
 こいしとフランも予想外のことに、開いた口がふさがらない
 が、村紗はさらに話を続けた。

「虫歯のことからぬえの胸までバッチリ、聞かせて貰ったわ」
「そんなところ聞かぬぇでいいよ」
「エロかったですよ」
「うるさいっ。とにかく私は着替えるのだからそこをどいて」

 しかし村紗はその場に留まり、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
 ぬえはそれが気に入らなかったのか、表情はどんどん険悪なものになっていった。
 怒りを表すかのように鎌状の羽も唸りを上げ、村紗の横腹をどすどすつついている。
 やめてやめてと村紗もお返しに、柄杓でぬえの頭を叩いてる。
 いっぽうフランはお茶を啜りながら、ゆったりとその光景を眺めていた。
 もし激しい喧嘩になったらお茶をぶっ掛けて止めてあげよう、とこいしは身構える。

「虫歯を消す方法なら、私に任せなさい!」
「ぬ?」

 村紗は自分の胸を強く叩いた。 
 思いもしない言葉にこいしは驚き思わず昆布茶を飲み込む。
 ぬえも怒るのをやめ、目をパチパチとさせている。
 羽の矢印もあっちにきたりこっちにきたりと忙しい。
 村紗に任せようか迷っているみたいだ。

「けど、治したらムラサに虫歯が移るかもしれないよ?」
「そうれくらいかまいませんよ。正体がバレたってどうってことないものね」
「でもさ……」
「くどいですよ。それにここでぬえに恩を売っておけば、妙なイタズラが減るかもしれませんしね」

 そういって村紗はパチリとウインクをする。
 ここは私に任せろということなのだろうか。
 フランはペコリと一礼をし、安心したようにまた昆布茶を飲み出した。
 こいしはどうしようか迷っている。
 そもそもこの虫歯は自分が発端なのに、そんな無責任なことでいいのかと。
 だけどぬえは、もう全部が終わったかのように笑っている。
 ムラサのことを、信頼しているからこそ出る笑みなのだろうか。
 
「大丈夫こいし、もう問題ないよ」

 自分の考えを見透かしたかのようにぬえに言われて、心臓が大きく揺れ動いた。
 また無意識に表情が動いて、それを簡単に読み取られたのだろうか。 

「で、でもぬえ。私……」
「安心して、こいしは悪くないんだから。出来ること出来ないことがあるのは、駄目なことなんかじゃないよ。だよね、ムラサ」
「ですね。あの聖にだって出来ないことはあります。一人でなんでも背負いこむのは無謀ですよ。船だって一人じゃ動かすことは出来ません。乗組員全員の力が必要ですわ。ま、聖輦船は自動操縦ですが」

 ぬえ達の表情はとても穏やかであった。 
 こいしを恨む気持ちなんて、無意識にすらなさそうだ。
 自分のことを他人に任せる、それは無責任なんかじゃなく、お互いを心の底から信頼しているからこそ出来るコミュニケーションなのだろうか、とこいしは感じた。
 ふとさとりのことを頭に浮かべる。
 この世でもっとも信頼している肉親の顔は、どうしようもないくらい笑っていた。 
 ほらお姉ちゃん、無意識の世界にはこんなにも情報が詰まっている! こんなにも分かり合うことが出来る! 

「ムラサさん、今度地霊殿に来てくださいね。情熱的なお礼をさせて貰います!」
「ええ、ぜひ期待していますわ、こいしちゃん」
「うん♪」

 ムラサが遠慮なく誘いを受けてくれたので、もう悩むのをやめようとこいしは決めた。
 誠意を断られるというのは、けっこうつらいことなんだ。
 だからこいしも、ムラサの優しさを無碍にはしない。
 それにこれ以上とやかく言うと、ぬえと村紗の絆にドロを塗ってしまう気がした。
 上辺の心を読むだけではわからない想いが、まるで蜘蛛の網目みたいに複雑な構造で絡み合っている。
 それは、言葉だけでは説明出来ない感情で彩られている。
 
「ムラサ、ありがと」
「どうってことないですよ。じゃあ、ぬえ。とりあえず寝ろ」
「ぬ? どうして?」





※※またまた次の日

「村紗さん凄いわね。まさかぬえの虫歯を水難事故で沈めるなんて。それにしても、くっくっく、ビショビショねぬえ」

 フランは命蓮寺の庭に干してある布団を見つけて大笑い。
 顔を真っ赤にしたぬえがなにやら弁解しているが、もう手遅れだ。

「いろんな所から液体が出ちゃったんだねー。ぬえが濡れ濡れぬえでも仕方ないよ♪」

 こいしも立派な地図が描かれている布団を眺め、心の底から感嘆の声を漏らす。


 ぬえの虫歯が治ったのかどうか心配になったフランとこいしは、早朝眠い目を擦りながら命蓮寺へと駆けつけた。
 そしてすぐに村紗を見つけて話を聞いてみると、どうやら虫歯は完全に治ったようだ。
 しかしぬえはご機嫌斜めであった。
 なぜだろう? なんて悩む必要は何もない。
 ぬえの後ろにあるズブ濡れの布団を見れば一目瞭然だ。

「ああんもう見ないでよ! ムラサもこんなことになるならちゃんと説明してよね!」

 びしょびしょに濡れた布団の前で、ぬえは力の限り叫んだ。
 バタバタと手足羽を動かして、なんとか自分の粗相の後を隠そうと必死だ。
 しかしその行動も虚しく、ただぬえの可愛さを倍増させるだけであった。
 ムラサ達は我慢するのもやめて一斉にお腹を抱え笑い出す。

「いえ、そんなつもりは無かったんですよ。ぬえのあそこが緩かったんじゃないですか?」

 ムラサの失礼な発言にぬえはさらに地団駄を踏んだ。
 ダンダンダンと地面を力いっぱい踏み続ける。
 その姿がなんとも子供っぽくて、やっぱり愛らしい。
 それを見てフランとこいしはさらに弄りたくなったようだ。

「ふふっ、ぬえは千歳越えの『お と な の女性』なのよね? だったら、おねしょなんてするわけないわね? お布団びしょびしょにしないわよね? だからきっと頻尿なのよ。あら、ごめんなさい。けっきょくはおねしょね」
 
 フランはぬえの肩に手を回し、スターボウブレイクのごとく嫌味を放ちまくる。
 怒りのあまりぬえの震えはさらに大きくなっていく。 
 
 「凄い凄い! さっすがぁぬえだよ、ただもんじゃないよ! こんなすごーいおもらし、普通の妖怪じゃ出来ないよ! 平和だった布団をこんなにもおもらしでびしょびしょに! 恋焦がれるようなデザインだよ♪」

 こいしもぬえの肩に手を回す。
 そのついでに胸をもみもみ、手にぴったりフィットしてお餅のようにぷにぷにだ。
 
「私の胸を触るな! 人のこと馬鹿にして!」
「そんなこと無いよ……、私はぬえのことを、おもらしの妖怪、ううん、おもらしの神さまだと思ってるんだよ!」
「ああん!」

 こいしは真面目に褒めているつもりなのだろうが、ぬえにとっては止めを刺されただけである。
 彼女の眉間がピクピクとうねりを上げ血管がぶち切れた。
 限界である。
 
「もううるさい死ね! みんな死ね死ね! お前は正体不明に溺れて死ね! お前は正体不明に喉を掻き毟って自ら死ね! お前は正体不明に破壊されて死ね! ぬええぇえええん!」

 ぬえはフランとこいしに向かって自前の武器をぶんぶん振り回し、使い魔たちを撒き散らした。
 三叉槍が愚か者達をズタズタにしようとうなりをあげる。
 が一歩遅く、フランとこいしは当たらないようさっと後ろに回避していた。 
 
「上等よ、かかって来なさいぬえ!」

 したり顔でフランもレーヴァテインを構える。
 巨大な紅剣がすべてを壊せと真っ赤に燃える。

「私もやるよー♪」

 こいしはぬえの布団を破壊しないよう、安全な位置にブン投げた。
 こんな貴重なお宝は絶対に保存しなければいけないのだ。

「あとでエントランスに飾らないとねっ!」
「絶対許さぬぇ!」

 そしてそのまま弾幕ゴッコが始まる。
 縦横無尽に飛び回り、自分達の個性をアピールするように様々な模様を空へと描いてゆく。
 それは荒々しい喧嘩というよりも華やかなダンスパーティーのようだ。
 信頼できるパートナーがいて、はじめて出来る優雅な遊び。
 そんな彼女達の姿は、誰が見ても楽しそうであった。




 その後、命蓮寺を守るべくスーパー聖が参戦したせいで、さらに事態は悪化する。
 一輪も掃除を放棄、ふだんは笑わない雲山の顔が妙に印象的だった。
 星は宝塔を無くしたので不参加、ナズーリンは激怒した。
 争いは過激になるというのに、みんなどこか楽しそうに見える。
 こんな人前で暴れられることなんて、昔ならとうていありえなかった。 

「さーて、それでは歯医者に行きますか」

 空を見上げるムラサの顔は、滴り落ちた涙のあとで濡れていた。
 虫歯が痛かったのか早起きして眠かったのか、原因は彼女にもわからなかったけど、みんなが嬉しそうだったから、もうそれで満足だった。
永琳 「痛いところあったら言ってください」
こいし「大丈夫、痛いところは私が消したから♪」
永琳 「それじゃあ服を脱いでください」
ぬえ 「大丈夫、私が正体不明にしておいたから。裸でも安心だよ」
永琳 「ではこの宇宙も貫く巨大ドリルで」
フラン「大丈夫、私が破壊しておいたから」
ムラサ「これが私達のコンビーネーションですわ!」
永琳 「……つまんない」
ムラサキ
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コメント



0.1510簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
あちこちエロいな!
虫歯の話なのに
4.100奇声を発する程度の能力削除
色々興奮したぜ!!
5.100名前が無い程度の能力削除
おぉエロいエロい
誤字報告
吐息設定→喘息設定
6.100名前が無い程度の能力削除
なんかエロいけどイハナシダー
エロいけど
7.90ぺ・四潤削除
くっ!最後の最後で船長がカッコイイぞ。
しかし水難自己で虫歯をやっつけるって虫歯を溺れさせたのかと思ったらおねしょでどうやって虫歯をやっつけるんだ……それってダメージはぬえだけじゃないのかww
フランちゃんにしゃがみガードって、あなたは天才か。
8.80名前が無い程度の能力削除
ムムムーンサイドwww
14.90名前が無い程度の能力削除
こんなすごーいおもらし
      ↑
口内を触る描写よりこの一文がやけにエロイと感じてしまう俺はきっともうダメだ……
16.60名前が無い程度の能力削除
なんかエロネタが空回りしてる印象
18.100名前が無い程度の能力削除
なんかエロいぬぇ!
20.80名前が無い程度の能力削除
ち、ちょっと待て、これは本当に虫歯なのか。某かえる様に祟られてるんじゃああるまいか。
エロいことしてるのに、微笑ましいだけという不思議空間でした……。
チョイ役なのに、不敵な台詞とともにブッ倒れるお嬢様が妙に印象に残りました。

>シエスタ厨
誤字かと思ったけど、少し考えたら間違いでもなかった。
22.100名前が無い程度の能力削除
えろいな。そして物凄いくらいネタも混じって居るんだが。
EX三人娘の先駆者(ぱいおにあ)にして、第一人者。
流石、としか言えない。
23.100名前が無い程度の能力削除
最後のぬえの死ね死ねは梨花ちゃんかw
29.無評価ムラサキ削除
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
>3さん
むしろ虫歯の話だからこそ。
>奇声を発する程度の能力
ありがとうございます!
>5さん
誤字報告ありがとうございます。修正させていただきます。
パッチェさんは吐息じゃまったく病気じゃないですよね。
>6さん
健全ですよー
>ぺ・四潤さん
誤字報告ありがとうございます。
我ながら多すぎる……。
風邪の子と涎クリームは意図して残しました。
あとフランちゃんにしゃがみガードは正義です。
>ダメージはぬえだけじゃないのか
むしろそっちの方が目的(ry
>8さん
あれは幼少時代のトラウマです。
>14さん
大丈夫だ、問題ない
>18さん
暴走しちゃったりした箇所もあったようですね。
参考にさせて貰います
>20さん
ぬえちゃんの服装は間違いなく誘ってます
>20さん
>某かえる様に祟られてる
なるほど……そういうのもありですね。
>22さん
ありがとうございます。
これからも、もっと活発な三人娘を描けるよう腕を磨いて行きたいです。
>23さん
ぬえちゃんの死ねはなんか可愛いです。