Coolier - 新生・東方創想話

突撃!八雲さん家の晩ご飯!

2010/10/02 15:24:06
最終更新
サイズ
4KB
ページ数
1
閲覧数
1299
評価数
7/29
POINT
1480
Rate
10.03

分類タグ


「ねえ藍、私、トチメンボーが食べたいわ」
いきなりの紫様の注文に私は不躾にも「は……」と呆けてしまった。
紫様は稚気をふんだんに含ませて仰る。
「私トチメンボーが食べたいの。随分とご無沙汰だもの、食べたいわ」
少女そのままの笑みを浮かべられる紫様。
はてな。……トチメンボーって何だろう?

 私、八雲藍は大妖八雲紫の式神である。
普段は布団に引篭もりがちな紫様に代わって博麗結界の見回りをしている。
他にも紫様のお世話をさせて頂いているから食事の準備など慣れたものだ。
紫様は大層美食家であらせられる。
私が少しでも献立に手を抜くとそれをピシャリと言い当ててしまうのだから、
些細な一品でも決して油断はならない。
ましてトチメンボーなる聞いたことのない料理となれば頭を抱えるしかないのであった。
何度も紫様にトチメンボーなる料理を伺っても、固く口を閉ざされてしまわれる。
その深い深い琥珀色の瞳には胡乱がたゆたっている。
こういった事態は別段驚くことではない。
後にしてみれば実に的を得た、しかし当時にしてみればなんとも不可解な事を仰ることは
紫様の得意とされることであるから、必ずこのトチメンボーが合点するのだろう。
しかしうんうん頭を捻っても出てくるのは頭痛のみ。
なにせ平素より私の気の利かなさをなじるお方だ。
トチメンボーが出来ませんでしたなどと申した日には延々とお説教が続くだろう。
何としてもそれだけはならぬと息巻いて人里でトチメンボーを探してみたものの、
あるのは矢張り落胆だけであった。
とぼとぼと悄然と歩いていると、突如ひらめく。
トチメンボーという言葉はいかにも舶来の趣きが香る。
であるなら洋食に疎い私が聞き覚えがなくても無理からぬことではないか。
ならば餅は餅屋。その道に詳しい者に師事を乞うのが妥当だろう。
聞くところによると紅魔館のメイド長は洋食にさぞ堪能らしい。
善は急げ。私は地獄に垂らされた糸を見つけた罪人のように紅魔館へと急いだ。

「メンチボーでございませんこと?」
「いいや、トチメンボーだ」
幾度の問答。得られることのない事に辟易を隠せない。
紅魔館へと赴いた私をメイド長は気楽に迎えてくれた。
そんな彼女を有難く思いながらトチメンボーの事を聞いてみた。
しかし私の期待とは裏腹に彼女も又トチメンボーなる料理を知らないという。
メンチボーではないかと彼女は問うが、それはない、の私の一点張り。
ほとほと困り果ててしまう。
しかしメイド長は紫様の気質を熟知しているようで、
トチメンボーが一種の謎解きである事を察すると、直ぐ様地下へと駆け込んでいく。
しばし待てば、戻ってくるのは瀟洒なメイド長。
「申し訳ございません八雲様。
 現在、トチメンボーの材料が払底しております。
 何卒今回は諦めては頂けないでしょうか」
「そんな……材料はもうないのか?」
「はい、先日お嬢様と妹様が頂いてしまいました。
 当館には一切ございません」
「レシピはないのか? 私が取りに行くから」
「大変危険ですのでお答えかねます。
 命あっての物種ですのでどうかご理解の程を」
メイド長はそう言い放ち、私は紅魔館を後にした。

 血が滴るように西日はゆっくりと地平線の彼方へと沈んでいった。
遂にはトチメンボーを見つけることが出来なかった。
幻想郷を東奔西走したが、あるのは濃い疲労だけである。
紫様のお仕置きを考えると墨で塗りたくったような夜空より心が暗くなる。
とはいえお仕置きが怖いから帰らないという子供じみた真似も出来ずに、
せめて私の頑張りを汲んではくれないかと薄い願望を胸に帰った。

「申し訳ございません紫様。トチメンボーが見つかりませんでした」
開口一番、帰宅するなり謝罪をする。しかしそこには叱責の声は無い。
普段なら手始めに小言の仰るのだが……。
恐る恐る顔を上げるとそこには紫様、そしてトチメンボー。
まさかこれがトチメンボーだったとは!
食卓に所狭しと並べられるトチメンボーは何とも美味そうに湯気を上げる。
紫様は悪戯めいた笑みを浮かべられる。
「藍、遅いじゃない。私待ちきれないから自分で作ってしまったわ。
 なんてね、お料理の腕を鈍らしてはいけないから、たまには自分で作ってみたわ。
 それに少しは式にもご褒美をあげないと。
 なかなかの目利きでしょ。ほら、この腿肉なんて美味しそう。
 貴方も好物だったわよね」
やられた。私は紫様に一杯食わせられたのだ。
私に難題を出し、厨房を空けている間にトチメンボーをお作りになられたとは。
しかしなんと幸福なことか。
主人自らの手料理を頂けるとは式冥利に尽きるものだ。
知らず目頭に熱いものが溜まる。
「あら、藍ったら泣き虫ね。
 これじゃあ橙に笑われてしまうわよ。
 さあ召し上がりましょう。冷めてしまうわ」
威勢よく返事をして私は席に着く。
暖かな夕餉。
「いただきます」
居間に優しく声が響いた。
 
トチメンボー
「吾輩は猫である」の登場人物、迷亭がボーイをからかう為に
俳人名栃面坊を西洋料理風に呼んだもの。
転じて人。
neriwasabi
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.890簡易評価
3.70愚迂多良童子削除
俳人の名前だったのか、あれ。
岩波の文庫版だと注釈にそういう説明がないから訳が分からなかったのが今わかった。
ともすればグロ注意かも?
4.90奇声を発する程度の能力削除
うわぁ…最後でやられたw
7.70名前が無い程度の能力削除
いや、知っているよ。あーうん、あれかートチメンボー。あれだなぁ、よく子供の頃遊んだよね。いやぁ懐かしいなぁ。
9.60名前が無い程度の能力削除
トチノキの実を麺にする棒をとちめん棒というです
10.無評価neriwasabi削除
トチメンボーが一体何なのかというのはハッキリとは分かってないそうです。
他にも漫談を由来とする説を聞いたことがあります。
今回は俳人説を引用しました。
ちなみにトチメンボーとメンチボーを間違えますが、
メンチボーとはハンバーグのこと。
ハンバーグ食べたいなあ……。
18.100名前が無い程度の能力削除
ここを見てくれ。天然物はこうなったりはしない
このトチメンボーは養殖だ。本物の味じゃない…
20.100名前が無い程度の能力削除
まさかのオチ。
28.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい