Coolier - 新生・東方創想話

秋を取り戻せ!

2010/09/14 13:29:18
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 暦が11月を迎えたばかりの幻想郷は、今日もからりとした快晴だ。

 少し前までは濃緑色だった妖怪の山や他の木々は、今ではすっかり紅、橙、黄と色鮮やかに姿を変えている。人里の稲田も、今頃は一面金色に染まった実りに溢れていることだろう。
 そんな天高く馬肥ゆる秋の空の頃、私と静葉姉さんは、秋の果物が一杯に詰まったバケットを片手に妖怪の山の中を飛んでいた。向かう先は鴉天狗・射命丸文の家だ。

「あの鴉天狗、絶対謝らせてやるんだから……」

 怒りに燃える呟きを発すると、辺りの木々がざわめいた。まるで怒れる神に慄いているかのようだ。……なーんて、本当はただ風に吹かれて揺れているだけなんだけどね。
 風に飛ばされて舞ってきた紅葉をバケットから果物を落とさないよう器用な動きで掴み取り、「今年の紅葉も絶好調ね」と無邪気に喜んでいる姉さんは、呆れたように私を見た。

「もう穣子ちゃんってば、まだそんなに怒ってるの?」
「当たり前でしょ! あんな不名誉な記事書かれたら誰だって怒るわよ!」
「穣子ちゃんって意外と恨み深いのねー。私のように気にしなきゃいいのにさ」

 そう言って紅葉を掴んでいた手を広げて「ふぅ」と吹かせる。

「姉さんが気にしなくても私が気にするの! 何が何でもあの天狗には謝罪させないと気が済まないわ!」

 はぁ。姉さんのお人好しというか、無恥っぷりには溜息が出るくらいに呆れるよ。まぁそれが可愛らしいというか、妹の私から見れば愛らしいところなんだけどさ、今回ばかりはその性格を恨むわ。あーあ、あの時姉さんがあんなことしなければなぁ……。

 空はこの上ない秋晴れだというのに、心はまるで曇天模様。
 その落差に余計に後悔を増長させられながらしばらく奥へ進んでいくと、陽射しで明るい風景から一転して、じめじめとした空気に満ちた鬱蒼とした樹海へと変わる。そこからさらに奥へと進み抜け、川の清流の音が心地良い渓谷に出た。陽射しが反射してきらきらと輝く川では、数匹の河童が心地良さそうに水遊びをしている。

 なんも悩みもないようなその姿に羨望の眼差しを送りながらその場を通り過ぎようしたその時、一匹の河童がふと見上げ私と目が合った。そして次の瞬間、その河童がこちらに指さして大声を出した。







「あっ、”冬姉妹”だ! お前ら、冬姉妹がやってきたぞー!!」


 私は川に落ちた。頭から見事にダイブした。

「やばいよやばいよー!(出川風に) 冬姉妹が来ちゃったぞー!」
「うわちゃー、したらもう冬が来るってことじゃん! お前ら、そろそろ冬眠の準備をしようぜ!」

 他の河童たちも面白がるように騒ぎ立てる。

「うがああああああああ!! 冬姉妹っていうなああああああああああ!!」

 川から起き上がり、人を射んばかりの眼光で河童どもを睨みつけながら怒号を響かせる。それでも河童どもは怯える様子もなく、けらけら笑いながらそそくさと逃げ失せてしまった。誰もいなくなった川には、清流の音しか聞こえなくなった。冷たく、空しくなる音だった。
 あーあ、私が持ってた分のバケットの中身全部流れちゃったよ……。

「穣子、大丈夫っ!? 怪我とかしてない!?」

 寒さと怒りに体を震わせる私の元に姉さんが大慌てで駆け寄る。

「うん、なんとか……」
「良かったぁ。急に落下して川に沈んじゃうんだもの、お姉ちゃん心臓止まるかと思ったわよ~」
「心配掛けてごめん姉さん。怪我とかはしてないから心配しないで」
「それにしても”冬姉妹”の名がここまで広がってるだなんて、昨今のマス・メディアの影響力は凄まじいわね」
「またそんな能天気なこと言って。そもそもこうなったのは姉さんの所為じゃない!」

 そう、全ては姉さんの所為だ。
 今こうして私たちが新聞記者、もとい鴉天狗の射命丸文の家に向かって山中を飛んでいるのも、先の河童どもに冬姉妹という不名誉なあだ名で呼ばれたのも、全ては姉さんがあの時馬鹿なことをしでかした結果なのだ。

 話は3日前、守矢神社で開かれた宴会に遡る。







「うぃ~ひっく! お前らぁ、のぉんでるかぁー! いまからぁ~……一発芸大会開催すんぞぉー!!」

 それは突然のことだった。
 宴会に参加していたみんなが良い具合に酔いが回った頃、既にべろんべろんに酔っぱらっていたちっこい鬼が、いきなりそんなことを言い出したのだ。

「はぁ、また始まったよ……」

 会場が大盛り上がりする一方で、私は心底ゲンナリしていた。
 どうも私は宴会のこういう流れが好きではない。指名されたら否応なしに何かやらなきゃいけなくなる、断ったら断ったで一同に『空気読めよ』と白い目で見られてしまう。そんな風潮がどうしても自分には合わなかったからだ。

「おらおら、トップバッター早く出てこぃや! ……っしゃー、よく出てきた! いよっ、幻想郷一のスケコマシ!」

 鬼の煽りに名乗り出てきたのは黒白の魔法使い、霧雨魔理沙だった。小さい八角形の箱のようなものを片手に、ふらふらとかがり火が燃え盛る会場の中央に出てくる。

 おーおー、大勢の前でよくやるよあの白黒も。恥ずかしくないのかな。いや、酔ってるから羞恥心がないだけか。
 私も妖怪の山に二柱神が幻想郷にやってきた頃の宴会に一度だけやったけど、あんな場に立つのは二度とごめんだね。なんで頑張った挙句にブーイングされなきゃならないんだか。お前らは会社の上司かっつーのよ。

「あっはっはっはっ! いやぁー魔理沙の『ケツからマスパ』はもはや鉄板だね! もう最高! さぁお次はぁー……おっと早苗か! 奇跡の一発芸みせたれーっ!」


 次に守矢の巫女は前に出てくるなり服を脱いでサラシ姿になると、ひょっとこのお面つけて宙で雨乞いを舞いまくる。その姿は男が見たら百年の恋もパーフェクトフリーズするであろう奇々怪々さだ。

 まったく魔理沙といいあの巫女といい、デリカシーの無い女たちだ。酔ってる者にとっては面白いかもしれないけど、私のようなまだ素面に近い者にはただの下品極まりない芸にしか見えないから困る。お酒がもつアルコールパワーにはつくづく恐れ入るよ。エンタの神様見て笑ってた人たちはもしかして全員酒飲んでたわけじゃないだろうね。

「ヒィヒィ。笑いすぎて腹痛い……。さぁ、次は誰だ?! サードバッター出てこぃや!」

 鬼の声がこだまする。
 今度は積極的に前に出てくるものは現れない。無駄に牽制し合ってるのか、周りのやつらは目をきょろきょろさせてにやけている。

 私、こういう妙な間が嫌いなのよねぇ。不意に「じゃあ次穣子!」なーんて声が掛かりそうでさ。怖いったらありゃしないわ。でもそういうこと考えてる時に限って現実になっちゃうのよね。くわばらくわばら。

「じゃあ次穣子! こないだのリベンジみせたれー!」

 鬼が私に対してビシッと指さした。
 ほら言わんこっちゃない。

「ほらほら、さっさと前に出てくる!」
「あ、いやっ、私はちょっと……」
「ぬぁにぃ~? まさかあんた、私直々に指名されて断るってのかい? いくら神でも許されない所業だねぇ」

 「ぐっへっへっへ」と危なげな笑い声をあげ、両手指をいやらしくうねうねさせながらこちらへと近づいてく鬼に私は顔をしかめて後ずさる。

 酒くっさ! なんつーアルコール臭してんのよこいつ! 目の前で息を吐かれでもしたらそのまま昇天してしまいそうだ。今に捕まったら前の宴会の二の舞どころか神殺しされかねない。
 己の生命危機にちょっぴり泣きかけた、その時。

「ちょっと待ちなさい!」

 突然隣にいた姉さんが声を張り上げた。

「なんだい? もしかしてこいつの代わりにあんたがやろうってのかい?」
「そうよ。私の大切な妹に、前みたいな惨めな思いはさせないわ!」
「ね、姉さん……!」

 地獄から救われたかのような気持ちに、私の目には涙が浮かんだ。
 静葉姉さん、あなたが神か。いや元からだけど。

「ふふ、ここはお姉ちゃんに任せなさい」

 軽くウインクをして歩みだす姉さんの後姿は、ちょうどかがり火に照らされて、まるで後光が差しているかのように輝いてる。こんな頼もしい姉さんを見るのは生まれてこの方初めてな気がする。

「えー僭越ながら、この秋静葉が妹の代わりに一発芸を務めさせていただきます」

 姉さんが前に出て一礼し、周囲から「いいぞー」「やったれー」と期待の声が飛ぶ中で、私も声援を送る。
 頑張って姉さん! 応援してるからね!


「えーそれでは! 八百万の神々一、世紀の神ギャグ、とくとごらんあれ!」


 姉さんのあまりに自信満々なセリフに、私は途端に重い不安に煽られた。

 ……なにか嫌な予感がする。姉さん、あんた実はものすごく酔ってやいないか?
 姉さんが色々とネタをもってるのは知ってるけど、こんなにハードル上げてしまって果たして大丈夫なのか。なんかもう会場の熱はピークに達しちゃってるし、下手して止めれば暴動が起きかねない雰囲気だ。


 って、なにもう姉さんが滑ること前提で考えてるのよ私は! 身内が信じてあげなきゃ誰が信じるっていうのよ!
 うん大丈夫、きっと大丈夫! 周りのやつらはあんなに泥酔してるんだから、多少つまらないネタでも爆笑してくれるはずよ……。 そうよ、姉さんなら……姉さんならなんとかしてくれる……!!
 そう信じて姉さんが発した言葉は―――





「コマネチっ!」



 終わった――――。
 卒倒する寸前、私が覚えていたのはそんな絶望と、ひとりだけ腹抱えていた鬼のげらげらとした笑い声だけだった。



 冬姉妹と周囲から呼ばれ始めたのは宴会が終わって翌日の事だ。
 会う者会う者みんなそう呼ぶもんだから途中でむかついて友人の神をとっつかまえて事情を問いただすと、原因はすぐに文々。新聞にあることが分かった。
 実際にその問題の記事を読んでみて、あまりにひどい内容に私はまた卒倒しかけた。一面の見出しには【秋姉妹の一発芸だだすべりで会場は一足早い冬に! これからは名前を冬姉妹に改名か!?】とでかでかと載っていて、宴会の事のことが延々と書かれていたのだ。プライバシーへの配慮もへったくれない記事だった。
 理不尽に思ったのは、私が滑ったわけでもないのに『姉妹』と一括りにされたことだ。恐らく一括りにした方が分かりやすくて面白いと判断したのだろう。
 許すまじ射命丸文! 例え事が事実であったとしても、書いていい事と悪いことはあるのだ。ここはひとつ、きっちりクレームを叩きつけてやらねばなるまいて。
かくして私たちは(消極的だった姉さんは引きずりだす形で)文のもとにクレームをつけに向かっているというわけだ。







「ふ、ふふ……なんか改めて回想してみると泣きたくなってくるわね、ふふ……」
「な、何不気味に笑いながらぶつぶついってるの? なんか怖いよ穣子ちゃん」
「ふふふ、なんでもないよ姉さん。ただちょっと思い出し泣きしたくなっただけ。ふふ、ふ」
「もしかしてこの前の宴会でやった一発ギャグ? いやーあの時は惜しかったわねー。もうちょっとで笑ってくれそうだった気がするんだけど」
「惜しくもなんともねーよ! あの鬼以外みんなドン引きしてたじゃん!」
「あーやっぱりかー。だったらギャグ100連発の方が良かったかな。数を重ねればその内笑ってくれたでしょうし」
「なにその塵も積もれば山となる的な発想。つーか自分のギャグがつまらないって自覚あったのね……」

 嗚呼、稲田姫様、どうして私にはこんな馬鹿な姉がいるのでしょう? え? そんなの知るかって? ですよねー。
 なんか余計に泣きなくなってきた。

「そんなことより、ほら! 文の家ってあれじゃない?」

 姉さんの指さした方向に、木の幹から枝分かれした間にすっぽりと収まった一軒の小さな家があった。表札には射命丸と書かれている。間違いない、あそこがあの天狗のハウスだ。

「おのれ天狗め、あいつんち見たらなんかまたムカッ腹が立ってきたわ」
「穣子ちゃん、いくらむかついてても相手の迷惑をかけるような物言いは駄目だからね?」
「姉さん。迷惑かけるなって、今の姉さんが言うととんでもなくイラッとするから言わない方が良いよ」







「……なるほど、それで私のところへ来たというわけですか。この前の記事に対する謝罪記事を書け、と?」

 机を背にして椅子に座る少女、射命丸文は足を組み、ペンを下唇に押し当てながら呆れたような顔で言った。

「あんたの書いた記事は立派な名誉棄損! それくらいのことするのは当然の義務でしょ!」
「名誉棄損だなんてそんな心外な! 私はただ真実を書いただけなんですがねぇ」
「確かにあれは事実よ。それは認める。だけどね、この世の中事実だからって書いていいことと悪いことがあるのよ! あんたが今回書いたのは明らかに後者なの! 冬姉妹だなんて不名誉なあだ名を広めて、私たちの神格を暴落させたあんたの罪は重いよ!」
「ふむ……。ならいくらでも謝りましょう。日本国伝家の宝刀『遺憾の意』でもジャンピング土下座でもなんでもお好きな方法で。あ、焼き土下座だけは勘弁してくださいね」
「いーえ、それじゃ駄目よ。新聞記者なら新聞記者らしく、記事でもって謝罪しなさい!」
「しかしですねぇ、私にも天狗として、もとい記者としての沽券があるもんですから、そうおいそれとそんな記事を書くわけにはいきません。分かります? 私にも生活ってものがあるのですよ。その点をどうかご理解いただけないですかねぇ」

 そう言って文は両手をもみながら憎たらしいほどの笑顔を見せた。

 こいつ……なんてふてぶてしく傍若無人な天狗なのかしら。八百万の神々に名を連ねる私たちが、こうしてわざわざこんなボロ家まで足を運んできてまで頼み込んでいるというのに、あろうことか保身に走るとは。
 確かに今のご時世、手に職を抱えて必死に働かなければ普通に生活していくことすら困難な時代ではあるが、それでも人の、いや神の不幸をネタにするのは決して許される所業ではない。いくら生活が苦しいからと言って、神のプライドに傷をつけるなんて全く以て傍若無人甚だしい行為だわ!

 しかし落ち着け自分。ここで怒りに任せてお灸を吸わせてやることなど、神の力をもってすれば容易いことだが、それでは余計に反感を買って、より一層私たちのイメージを崩壊させるような報復記事を書かれるに違いない。それだけは絶対にやってはいけないことだわ。だからここは一つ、私が家を出る前に裏庭でわざわざ良質なものを厳選して採ってきたこの秋の果物を説得の口切にして上手く丸めこんでやるのよ。ふふ、あまり豊穣の神を舐めないことね。 やる時はやる女、それが私、秋穣子です。あ、今度の東方シリーズ人気投票では姉さんなんかより私の応援よろしく。



「そうそうこれ、穣子ちゃんが『馬鹿な鴉にはこれを渡せば機嫌よく騙されてお礼に記事を書きなおしてくれるだろう』といって用意した差し入れ。質の良い物を厳選して取って来たみたいだから美味しいはずよ」

「あんた何さらっとネタバレしてんだァァーーー!!」
「いやぁこう言った方が展開的にオイシイと思って」
「そんなお笑い芸人みたいなことしなくていいから! もう~これ全部私が頑張って摘んだんだよ!? なのにこれじゃ意味ないじゃない! この馬鹿姉っ!」
「失敗したなら、これからもっと頑張ればいいじゃない」
「ネタバレした張本人がどや顔で言うセリフか! いい加減にしろ!」
「どうも、ありがとうございましたー」
「コントだったの!?」

 いやマジでこの馬鹿姉どうしてくれようか。これじゃ豊穣の神の面目丸つぶれじゃない……。
 あ、元々潰れてただろって突っ込みは受け付けないよ?

「いやぁ面白いお二人ですねぇ。そのネタをあの時やればあんなことにはならずに済んだでしょうに。残念でなりませんよ」

 文はブドウをかい摘みながらせせら笑っていた。
 ちくしょう、馬鹿にしやがって。こうなったらお前のこのボロ家目茶苦茶にしてやろうか。神の力をもってすれば簡単にできるんだからな。…………タブン。

 唯一の作戦が潰れて打つ手なしとなった今、そんな物騒な考えを実行してやろうと思ったその時、文が思いがけないことを言い出した。

「しかしそうですね、せっかくこのような美味しい果物を神様から直々に頂いたのですから、ここは一つ、記事を書いて差し上げてもいいかもしれないですねぇ」
「え、えぇっ!? ほほほほほ、本当にっ!?」
「えぇ、本当です。私は清く正しい新聞記者、射命丸文。全ての発言に重大な責任を負う者として、一度言った約束は必ずお守りしましょう!」

 ものすごく説得力のない言葉であるが、それでも私は目や心臓やその他もろもろの臓器が外に飛び出さんばかりに驚き、喜んだ。無理もない。謝罪記事は書かないって一点張りだった頑固者が、一転して態度を180度変えてきたのだから。辿った過程は違えど、至った結果は見事実を結んだというわけかな? “果物”だけに、 なーんてね。ウフフフ。


「ただし! 私が出す、ある『条件』を満たすことができたらの話ですけどねぇ」


 オイコラ何だそれ。こちとら紅白の巫女が見たら殺してでも奪いたくなるほどの超一級品の果物を、豊穣の神自らが差し入れしてやったってのに、まだすっとぼけたこというかこの鴉は。
 とりあえず腹いせとして懐にしまい込んでいたジャガイモを投げつけた。

「いたっ! なんでそんなところにジャガイモなんて仕込んでるんですかっ!」
「ふん、これが神の力ってやつよ。ちなみにそれはただのジャガイモじゃなくて男爵イモだから」
「どっちでもいいです! そんなろくでもないことに神の力を使わないでくださいっ!」
「次また変な言い訳したら今度はメイクイーンを投げつけるからね」
「もうメイクイーンでもなんでもいいです……。で、謝罪記事を書けって話。あれは私としては割と本気で考えてるんですよ? 各方面であなたたちが冬姉妹だなんてお笑いものにされてるのを見てたら、さすがの私も同情を禁じ得ませんでしたからねぇ」
「へぇ、私たちって今”お笑いもの”なんだ。ねぇ穣子ちゃん、ひょっとして私たちこのまま芸人目指せるんじゃないかしら? 『暇を持て余した神々の遊び』、なんて言ってさ! あはは」

 ……姉さん、この場合はね、馬鹿にされてるって意味なのよ?
 ていうかそれパクリだっつーの。今度はパクリ姉妹って、そりゃさすがに洒落にならないよ。

「しかしですね、先に言ったようにおいそれと謝罪の記事を書いてしまっては新聞記者としての沽券が大きく下がってしまうのですよ。あなたたちに神としてのプライドがあるのと同じように、私にも天狗として、新聞記者としてのプライドがありますからね」

 ふん、もとはといえば自分で書いたものだろうによく言うよ。
 しかし、そういうことね。文が言わんとすることは大体分かったぞ。
 条件がなんなのかは知りかねるけど、とにかくその条件を満たせば私たちに対する謝罪記事を書かせることができる、満たせなければ諦めるしかない上にまた屈辱的な記事を書かれてしまうってわけか。
 つまるところこれは――――

「私たちとあんたの勝負ってわけね。 お互いのプライドを賭けた、真剣勝負」
「お察しがよくて助かります。まぁそういうことですよ」

 不敵に笑う文。
 妙に自信満々なのが気に食わないけれど、上等だわ。やってやろうじゃない。神に喧嘩を売ったらどんな痛い目見るかってのをきっちりみっちり教えてやる。え? そのセリフは死亡フラグだって? よろしい、ならばその幻想をぶち殺す。

「……で? その条件って何なのよ?」
「ふっふっふ。それはですね……」

 文は不敵な笑みをさらに濃くさせると、その『条件』を口にした。



「霧雨魔理沙の山の侵入を阻止すること」







 雲一つない澄み切った空のてっぺんに、太陽が眩しく輝いている。
 私と姉さんが文の家に行ってから四半刻ほど経った現在、今回の勝負の見届け人及び公正な(とは言い難い)審判役を務める為についてきた文を加えた私たち三人は妖怪の山を背にして、秋風が冷たく吹くなか、やってくるであろう霧雨魔理沙を待っていた。

「ねぇ、文」
「はい、なんでしょう穣子さん?」
「魔理沙は、本当にやってくるのかしら」

 魔理沙との戦いにさしあたって私が当然の疑問に思っていたことだ。張り切ってこうして待ち構えてるのはいいが、肝心の魔理沙がやってこなければ意味がない。このままカカシのようにいつまでも待機というのはさすがに勘弁してほしい。
 文は少しムっとして、紙を紐で閉じただけの簡易的な一冊の本を手で叩いて応える。

「家出る前にも言ったじゃないですか、絶対に来るって。同期の天狗仲間との独自調査でまとめたこの報告書を信用してください」
「うん、まぁそれは胡散臭いと思いながら聞いたけどさ、そもそもその報告書って何なの?」
「魔理沙さんの妖怪の山不法侵入に関してあらゆる事柄をまとめたレポートです! いつ魔理沙さんが山に入ったのか、山に何しに来たのかエトセトラと、これを見れば一発で分かるのですよ。で、これに記述されている情報を元に予想を算出していくと、次に魔理沙さんが今日という結果が出てくるのです」

 ふーん。どうやって算出してるのかは知りかねるけど、本の分厚さを見るにまぁまぁ信用していいのかな。
 それにしても魔理沙のやつ、初めて会った時からろくでもないやつとは思っていたけどまさかこれほどとはねぇ。完全にブラックリスト入りしてんじゃないのよ。本当に何やってんだか。それに天狗たちもこんなレポート作る暇があるならもっと警備自体を強化すればいいのに。うーん、それでも通用しないからレポートなんてのを作ってるのかしら? 魔理沙とは一回しか戦ったことないけど、確かに強かったもんなぁ。
 でもだからといって負けるわけにいかないわ。なんてったって今回は神の威厳がかかってるんですもの。絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのだ。……なんか某国のサッカーチームが試合のたびに掲げるフレーズみたいねこれ。まさか敗北フラグのセリフじゃないだろうな。

「静葉姉さん、絶対に勝とうね!」
「無理じゃない? あの人間滅茶苦茶強いし」

 さらりと応える静葉姉さん。
 元はといえば誰の所為でこんなことになってんのかホント責任感じてないのなこのひと。

「ねえさん~、そこは『ええ穣子ちゃん、頑張りましょうね!』とか言って、妹の意気込みを後押ししてよぉ」
「ごめんね、お姉ちゃんは現実主義者だから」
「あんたよくそれでさっき『芸人目指せるんじゃない?』とか抜かせたもんだなおい」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
「言ったよ! 絶対言ったよ! 自分の発言くらい少しは責任持てよ!」
「漫才してるところ申し訳ないのですが、魔理沙さんがこちらに向かって来てますよ?」
「うそっ?! ど、どこどこ? どこからっ?!」
「ほら、あそこです」

 文が指さした方向は魔法の森だった。その方向を凝視すると、青空に一点に映る黒い人影が目に映った。箒に跨り、ものすごいスピードでぐんぐんこちらへ近づいてくる。間違いない、魔理沙だ。

「いよいよ、か……」

 私は高ぶる感情を抑えるように胸をぎゅっとさせた。
 魔理沙は徐々にスピードを落とすと、箒の軌道を横に曲げて私たちの目の前で止まった。

「なんだ、誰かと思って近づいてみりゃ冬姉妹と文じゃないか」
「冬姉妹いうな!」

 堪らず声を荒げる。
 なんとなく言われるだろうなぁとは思ったけれど、会って早々に言うことないだろ。性格の悪い人間だなぁもう。

「こんにちは魔理沙さん。こんなところで会うだなんて奇遇ですねぇ。なにか妖怪の山に用事でもおありで?」
「ああ、ちょっくら秋の幸を採りにきたんだ。この時期の妖怪の山に実る食物は、そこらの八百屋で売ってるのより何倍も美味いからな」
「あやや。そんな理由で山に入られては困ると何度も申しあげてるんですけどねぇ。あなた、妖怪の山のブラックリストに載ってるのご存知で?」
「そんなもん知ったことか。私が入りたいから入るんだ。なんでお前らがカカシのようにこんなとこで突っ立ってるかは知らんが、先を急がせてもらうぜ」
「ちょっと待ちなさい魔理沙!」

 再び山に向かおうとする魔理沙を叫ぶように呼び止める。
 魔理沙は心底面倒くさそうに振り返った。

「なんだ、また幻想郷にくそ早い冬を持ちこむ気か? やめてくれ、今日の私はそこまで防寒対策してないんだ」
「ぐぬぬぬ、好きに言わせておけば~。ともかく、あんたをこれ以上先に行かせるわけにはいかないのよ! 私はあんたの事を想ってずっとここで待ってたんだから!」

 私の言葉に魔理沙は一瞬ぎょっとすると、溜息を吐きながら顔を左右に振った。

「おいおい勘弁してくれよ。ただでさえマリアリだとかマリパチェだとかで忙しないカップリング闘争が一部界隈で巻き起こってるっていうのに、これ以上カップリング迫られたんじゃ堪ったもんじゃないぜ」
「そういう意味じゃねーよ! 色々と危ないネタだからやめろー!」
「冗談だぜ。そんで? 実際のところ、なんで私のことなんか待ってたんだ?」
「ふん、それはね……私たちの神としての威厳を取り戻すため、そして秋の名を取り戻すためよッ!!」

 力強く指さして言った私に対し、魔理沙は困惑した様子で文の方を見た。

「あー、すまん、まったく意味が分からん。状況を説明してくれ」
「いやですねぇ、これにはかくかくしかじか――――まぁそんなことがありましてね」
「……なるほどな。大体の事情は把握したよ」
「ならいますぐ私たちと―――!」
「嫌だぜ」

 あっさりと断られた。いやーこうもきっぱり言われると妙に傷つくわー。神様にも感情ってものがあるんだから、断るにしてもこうちょっと配慮を持ってほしいなぁ。

「神の威厳だかなんだか知らんが、私はお前らの私情に付き合ってやるほど暇じゃないんだ。それにこの季節は『食欲の秋』というじゃないか。その言葉に免じて許してくれよ。別に根こそぎ採るわけでもないんだし」

 むぅ、魔理沙も意外と頑固者なのかしら? もういやになるなぁ。隣の天狗もそうだけど、こういう変に一貫性を持った者って説得に手間かかって困るわ。でも私とてこのまま引き下がるわけにはいかないのよねぇ。何としても魔理沙のやる気を引き出さねば。

「浅はかね魔理沙、秋には『運動の秋』というのがあるのも知らないのかしら。ここを通りたければ、弾幕ごっこで私と姉さんを倒してから行きなさい!」

 運動の秋という言葉に弾幕ごっこを含めていいものか少々疑問に思うところではあるが、この際気にするまい。要は魔理沙に弾幕ごっこへのやる気を出してもらえればそれでいいのだ。

「ったく、これじゃまるでいつぞやの異変の時のようだな。まぁいいぜ。どうしてもそこをどかないってんなら、精一杯抵抗させてもらおうじゃないか。言っとくが一切の手加減はナシだ。異論はないな?」

 魔理沙は私たちの方へ向きなおすと、帽子のつばを少し持ち上げて言った。
 よしよし、上手いこと話に乗ってくれたぞ。あとは実際に戦って、雌雄を決するのみだ。
 意気込む私の傍ら、静葉姉さんは少し前に歩みだすと力強く叫んだ。

「それはコッチのセリフよ! あの時コテンパンにした恨み、今ここで晴らしてやるわ! さぁ行きなさい穣子ちゃんっ!」
「もうやだなぁ姉さんってば~、それは私のセリフ……って、私かよっ!!?」

 いきなり前に出て何言い出すかと思えば、ほんとに何言ってんだあんたは。
 ああんもう、背中をおすなー!

「さぁさぁ、私に遠慮なんかする必要はないわよ穣子ちゃん! 思いっきりのしかえしてやりなさい!」
「全力で他力本願って、むなしくならないの姉さん……」
「ボスは部下の敵を討つものよ」
「私が負ける前提の話かよ! ていうかあんたの方が1面の中ボスで格下だろうがっ!」

「おいおい、漫才してんなら私はおいとまさせてもらうぜ?」

 私と姉さんの掛け合いにうんざりしてその場から立ち去ろうとする魔理沙。
 おっと、これはまずい。せっかくやる気出してくれたのにここで逃げられては私たち、いや私が非常に困る。
 私は慌てて魔理沙の前に回り込む。

「ま、まってちょうだい! 戦うから、ちゃんと戦うから!」
「まったく、先が思いやられる。で、ルールはどうすんだ? 宣戦布告してきたのはお前なんだから、お前らが決めろよ」

 魔理沙にそう言われてはっとした。
 そうだ、残機とボムを決めなきゃいけなかったんだっけ。失念していたわ。どうしようかしら。そもそも本当にどちらが代表して戦おうか。本音を言うとどちらか一人で戦っても勝ち目薄いから、二人で挑みたいところなのだけれど、それは果たしてありなのか。

「穣子ちゃんは2枚しかスペカ持ってないんだからそんなに悩んだってしようがないじゃない、あはは」

 呑気そうに笑う静葉姉さん。
 何もう自分だけ安全圏に逃げきった顔してんだ。言っとくけど私は正確にいえば4枚もあるんだからね。ハードとルナティックでしか出さない姉さんのカード数はその四分の一じゃないか。
姉さんの言葉を無視して魔理沙に訊ねた。

「やる前に一つ聞きたいのだけれど、二対一もありと考えていいのかしら」
「別に構わないぜ。むしろ、いちいち二試合に分けて相手するよりは二人いっぺんに来てもらった方が私としちゃ時間短縮になって好都合だ」

 クククと笑う魔理沙。
 なーんか腹立つなぁ。それって要するに私たち二人を同時に相手してもなお問題なく快勝できるって言ってるのと同じじゃない。やはりこの人間は少々、いやあまりに神を舐めすぎてる。良い機会だわ。この前は負けちゃったけど、今度は二対一をもってフルボッコにしてやる。そう意を決して口にする。


「なら遠慮なく二対一でやらせてもらうわ。残機数とボム数は二人合わせて1機1ボム。カードは私が持つ」
「なら私も1機1ボムだな。でも穣子、本当にそれでいいのか? お前は持っているカード数的には、静葉より多く戦えるはずだろ」

 確かに、スペカを多く持てばそれだけ多くの危機を逃れることができる。しかしそれには一つ問題がある。魔理沙もその分多くカードも持てることだ。正直言って私たちの実力では魔理沙のスペカを何度も打破できるほどの力はない。とにかく長期戦では勝ち目はないのだ。だから残機数もボム数も必要最低限にして、短期戦に持ち込んだ方がまだこちらにも勝ち目はあるはず……よね? うーん、こちらから啖呵切った割には自信を持てないのが我ながら情けない。でもここまで来たからには、やるしかないわ。

「まぁそれもそうなんだけど、私も長期戦にはしたくないからねぇ。早めにケリつけさせてもらうよ。いっとくけど、勝算を捨てたわけじゃないからね」
「ふぅん、一面ボス風情が言うじゃないか。そんじゃま、さっそく始めるか。文、公正な審判を頼むぜ」
「えぇ、ぜひお任せを」
「穣子ちゃんファイトー!、 お姉ちゃん応援してるからねー!」
「てめぇもやんだよっ!!」

 どっから取り出したか分からないポンポンを持って応援サイドにいた姉さんを引きずりながら魔理沙と共に上空へと移動する。そして文の姿が指の爪ほどの大きさになるまで飛翔したところで止まり、お互いに向き合った。

「ま、場所はこんなところでいいだろ。それと最後に、試合開始合図はどうするよ?」

 ここはさっきいた場所より少々風が強いみたいだ。帽子が飛ばされぬよう頭を押さえながら魔理沙が言った。
 私は懐からジャガイモ(メイクイーン)を取り出して応える。

「今からこれを上に向かって投げるわ。お互い正面に向き合った状態で、落下するこれが視界から消えた瞬間を合図にしましょ」

 ちなみにこの手法、使ったジャガイモはあとでスタッフという名のそこらの動物たちか妖怪が美味しくいただいてくれる予定である為、『食べ物を粗末にするんじゃありません!』と騒ぐ一部連中に対して心配する必要のない安心仕様である。今度特許取ろうかな。

「随分と奇天烈な合図だな。まぁいいぜ、投げなっ!」
「言われなくたってすぐ投げるわ……よっと!!」

 私は手に握ったジャガイモをあらん限りの力を込めて真上にぶん投げ、改めて魔理沙と正面を向き合った。
 これで落ちてきたジャガイモが視界から入って消えれば、その瞬間から戦いは始まる。
 私は高鳴る胸の鼓動を抑え、その瞬間を逃さぬよう目を見開きながら今か今かと待ち構える。
 そして数秒後……ついに――――!!



 びゅうんっ



 落下してきたジャガイモが鋭い風切り音をたてながら視界に映り、そして一瞬にして消え去った。
 その瞬間、全員が一斉に動き出す。
 ついに始まった。弾幕戦の幕開けである。

 まず私と姉さんは、初手となる弾幕を安全に展開させる為に、後退して魔理沙から距離をとった。
 魔理沙はその場で詠唱を唱え、空間にいくつもの六芒星の魔法陣を展開させる。その魔法陣は魔理沙の周囲を飛び交いながら七色の小粒星型弾を無数に四方八方へとまき散らすように放射する。
 なるほど、魔理沙の初手は全方位のばらまき弾か。弾が小粒な分事故が怖いけど、スピードは緩やかみたいだ。これなら……。

「姉さん! 私は左に避けるから、姉さんは右に避けて! 挟み打ちにするのよ!」
「了解~」

 一言返事をして姉さんはするすると弾幕を避けながら魔理沙の右方へと飛んでいった。
 良かった、あれだけ戦いが始まる前までは文句垂れまくってたから心配だったけど、なんだかんだいって協力して動いてくれそうだ。一安心したところで私も移動を開始する。

「魔理沙のやつ、こんな緩い弾速で私を被弾させられると思ったら大間違いよ」

 落ち着いて避けていけばなんてことない。イージー以下の弾幕だ。
 悠々と襲い来る弾を避けていき、魔理沙の左方に着く。魔理沙を見据えた延長線上には既に姉さんもいる。よし、完璧な位置だ。

「姉さん、今よ!!」

 姉さんに号令かけ、左右から同時に一斉に魔理沙に向かって弾幕を放った。
 さぁ動くなら動いてみなさい魔理沙。動いたその先を狙い撃ちにしてやるわ!

 そう、私は初めから挟撃で倒そうとは考えていなかった。そもそも上下前後と逃げられる空間がある以上、左右からの挟撃など成功するはずもないのだ。むしろ狙うべきは相手が逃げたその先。そこを狙い打てば被弾させられる確率はぐんと高くなる。だから私は、魔理沙が上下前後いずれかの方向に逃げだすその瞬間を狙っていたのだ。ふふ、私ったら天才ね。

「はっ! こんなスッカスカな弾幕、怖くもなんともないぜ!」

 魔理沙は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべると、私を背にして姉さんの方へと一直線に飛び出していった。

「しまった、弾幕密度の薄い姉さんを先に倒すつもり!? 姉さんっ、逃げてぇぇーー!!」

 叫び声をあげながら風を切るかのような勢いで慌てて姉さんの元へ駆けだす。
なんてこと。まさか弾の飛んでこないところに逃げるのではなく、逆に向かっていくだなんて。まったく予期してなかった。何が「私ったら天才ね」よ。 数秒前の自分をぶん殴りたい気分だ。
 さらにむかつくのが私が後方から追撃してるというのに、魔理沙はそれを苦もなく避けまくっていることだ。背中に目でもついてんのかこんちくしょー! 

「姉さん何してんのよ! さっさと逃げろっていってんでしょうがー!」
「もうちょっと! もうちょっとで撃ち落とせそうなのよぉ~!」

 姉さんは何が何でも迎撃しようと考えてるらしく、その場から逃げようとしない。その姿と言動は、まるで母親からさっさとゲームやめろって叱られているのにも関わらず「こいつ倒したら終わりにするから!」といってずるずるとプレイし続ける子供のようだった。
 そんな弾幕密度じゃどう転んでも無理だって気づいて姉さんー!

「射程良し、方向良し。 後方は……まぁ気にするまでもないな。さぁて、まずは一人撃ち落とさせてもらうぜ」

 射程距離を完全に捉えた魔理沙は、両手を前にかざして詠唱を唱え始めた。
 まずい、恐らく魔理沙は必中の弾幕を放つつもりだ。それこそ姉さんの枯葉弾じゃ相殺しきれないほどの強力な弾だろう。

 うう、やっぱり姉さんを戦いに参加させなきゃよかったかなぁ。姉さん私より弱いからなぁ。
 いいや、そんな後悔してる暇なんてない。今はとにかく姉さんを助けなければ!
 スカートのポケットから唯一のカードを取り出し、宣言する。

「本来なら乙女心を時間たっぷりに込めなきゃいけない技だけど今回はパス! 届け! 秋符「秋の空と乙女の心」 !!」

 両掌に集めた神力を弾幕に形状化させて放ったそれは、交差的変則軌道を描きながら魔理沙をターゲットとした前方へと勢いよく飛んでいく。

「ちっ、さっそく使ってきたか。予定変更だ、お前から片付けてやる」

 詠唱を取り消し、方向を私の方へと向きなおした魔理沙は弾を避けながらものすごいスピードでこちらへ飛んでくる。
 私は今度は逃げる態勢に入りながら、姉さんに伝言を伝える。

「姉さん! この場は私一人でなんとかするから、姉さんはそこにいて!」
「で、でも穣子ちゃん一人じゃ……!!」
「いいからっ! 無理に二人で戦っても自滅するのがオチよ。だからここは私に任せて! 私がやられるまでそこから動いちゃ駄目よ! いい、絶対駄目だからね!?」

 そう言ってから姉さんの返事も聞かないまま後方へと全力で駆けだす。
 さっそく二人で協力して倒すという作戦は破たんしてしまったが、とりあえずこれでよし。もう姉さんに危害が加わることはないだろう。しばらくこの状況は、私だけでなんとかして見せる。

 しかし問題はここからだ。追いつかれてからあいつがどんな攻撃で襲ってくるか、私はどう動くべきか、追いつかれる前に急いで考えをめぐらせなければ。 ……ってもう並走してるぅぅー?! どんなスピードしてんのよこいつは! ああもう、こうなったらヤケクソの気合避けをするしか……!

「そう鬼の形相で逃げるなよ、怯えてファンが逃げるぞ? それよりスペルカードだ。私も宣言するぜ」
「ス、スペルカード!? ふ、ふーん、 でもどうせマスタースパークとかでしょ! んなことわかってんのよ!」
「いーや、そのスペカは使わない。今回は試してみたい別のスペカがあってな、代わりに使うのはこいつだ」

 魔理沙は私を追い抜いて回り込むと、口元を妖しく曲げて懐から一枚のカードを取りだした。

 マスタースパークではない? ではいったいどんなスペカだというの?
 どことなく漂う危険な雰囲気に、私は少し後ずさる。

「初めて使うんだ。クク、見せてやるよ。私が尊敬する偉大な魔法使いの先輩から授かった(ていうかぱくった)とっておきのスペルカードをな!」

 魔理沙の覇気ある声に圧倒され、さらに後ずさりする。
 ヤバイ。うまく説明できないけど、とにかくヤバイ。私の中のゴッドサイレンが最大音量で鳴っている。だから、その予感は間違いない。
 脂汗がドバドバと流れ、恐怖におののく私を見下すように笑う魔理沙は、ついにカードを宣言した。



「眼光に焼きつけろッ! 光魔「スターメイルシュトロム」!!」



 宣言された瞬間、私の左右を幅広くカバーするようにうっすらとした魔法陣がいくつも並ぶ。魔力が集約されているのか、徐々に魔法陣の輪郭がはっきりと浮かびあがり、白く輝き始める。その光が最高潮にまで達すると、流線型のレーザーが空気を焼くような音を立てながら射出された。いやらしいゆるやかなカーブを弾道に、私の周囲を掠めていく。

「ちょ、うわっ! タ、タイムタイム! なんなのよこれー!」
「本当ならもっとパワーのある『魔神復誦』ってスペカを習得したかったんだけどな。今の私の力じゃまだ扱えないらしいから、仕方なくこっちにしたんだ。ははっ、威力はないが中々に避けにくくて厄介だろ?」

 中々どころのレベルじゃないっつーの。おのれ魔理沙、数多の東方シューターが忌み嫌うへにょりレーザーで攻めてくるとは何たる狼藉。某騒霊のよりはマシだけどさぁ!

「まだまだ、このスペカはレーザーだけじゃないぜ?」

 そう言って魔理沙は私に向かって星弾を真っすぐ飛ばしてきた。
 弾数は少ないが、それでも私は眼前に迫るそれに絶望を覚える。周囲を行き来するレーザーを今こうして避けているだけでも悪戦苦闘しているというのに、まだ弾を追加してくるか。このスペカ作った魔法使いちょっと出てこい。

「はぁはぁっ……!」

 文句をたれながらも、それでも私はなんとか弾を避け続ける。
 左右から襲いかかってくるレーザーは間一髪のところでグレイズし、避けきれない前方からの星弾はこちらの弾幕で相殺させてギリギリのところで凌いでく。もはや力業の気合避けだった。予想以上の集中力の消耗に、もはや私の体力と精神力は限界だ。

「はぁはぁ。ちょっとこれは、はぁはぁ、本気でヤバイ、かも……」

 避けてばかりで一向に反撃に転じることのできないこの状況に、私の口からは諦念の言葉が漏れる。
 今更ながら魔理沙に勝負を挑んだことを後悔した。
 そもそも魔理沙を倒そうだなんて、最初からどだい無理な話だったのだ。そんなこと、秋の異変の時にフルボッコにされて嫌というほど思い知らされたはずじゃないか。所詮私は1面ボス、東方Projectの主人公であるあいつに勝つことは夢のまた夢だったのだ。あぁ、それでも某テニスプレイヤーさんなら諦めないんだろうな。しじみ採る為だけにマイナス10度のところで頑張ってる人はさすがだよなぁ。




「穣子ちゃん、諦めるのはまだ早いわよ!!」



 背後からの突然の声に、すっかり戦う気力を失って満身創痍の画面を幻視していた私は驚いて、体をビクッと大きく震わせる。振り返ってみるとそこには来るなと言ったはずの静葉姉さんがいた。その姿はまるで「安心するんじゃポルナレフ」と颯爽と現れた某波紋使いのようだった。

「し、静葉姉さん?! なんで来てんのよ……来るなって言ったはずでしょ!?」
「ふふふ、穣子ちゃんったら馬鹿ね。『来るなよ、絶対来るなよ!!』みたいなこと言っちゃって。そんなこと言われたら、どんな危険な状況だって行かざるを得なくなるじゃない!」

 ダチョウ倶楽部スか。

「とにかく、お姉ちゃんが来たからにはもう安心していいわ。協力して魔理沙を倒すのよ!」
「姉さん、来てくれたのは有り難いけど、やっぱり離れてて! タイムアウトでスペルブレイクするまで、どこか安全圏に避難していた方が賢明よ!」
「ちょっと~、それじゃせっかく私がカッコよく駆けつけて来た意味ないじゃない~」
「知るかっ! 元より来るなっつっただろうが!」
「おい穣子、背中がガラ空きだぜ?」

 不意に背後から勝利を確信したような魔理沙の声が上げる。

「し、しまっ……?!」

 最悪な隙を突かれてしまった。
 振り返ると眼前には星型弾が迫っていた。弾と私の距離はまだ絶対に避けきれない距離ではなかったが、あまりに不意な事態に体がすくんで動いてくれない。

 あーあ、ついにチェックメイトか。あれだけ張りきった割にはなんかあっけなかったなぁ。姉さんってば、こんなことを予期して言ったわけではないけど、だから来るなっていったのよ。ちくしょう、今晩の夕食のシチューは姉さんの器にはグリンピースだけをてんこもりに入れてやるから覚悟しておけよ。
 姉さんに対する恨み事を心の中で呟きながらこの後被弾する未来に全てを諦めて目を瞑った、その時。



「穣子ちゃん、危ないっ!!」
「えっ……?」



 突然姉さんの声が耳に入った直後、グイっと体を後方へ引き下げられる。
 驚いて目を開けると、目の前に私を守るように両腕を水平に伸ばす姉さんの後ろ姿が映った。
 そして次の瞬間、姉さんは迫りくる弾幕をその身に受けた。


 姉さんは、私を庇った。



「きゃああああああああ!!」

 姉さんの叫び声と共に、小さな爆発が上がった。
 飛ぶ意思をなくし、ぷすぷすと煙をたてて落下しようとする姉さんの身体を、私は慌てふためきながらも駆け寄ってしっかりと抱きとめる。

「姉さん、静葉姉さん! しっかり、しっかりして静葉姉さん!」

 必死に呼びかけながらがくがくと身体を揺さ振る。

「うう、ん……」

 良かった。意識はあるみたいだ。
 薄く目を開いた姉さんに、私は心から安堵する。

「穣、子ちゃん……? 何を、やってるの、戦いはまだ、終わってない、でしょ……」
「姉さん、なんてことを……! 例え私がやられても、残った姉さんが戦えたじゃない。なのにどうして、どうしてわざわざ私を庇ったりなんかっ……!」
「かっこ、つけたかったのよ……」

 私が言いきる前に、姉さんが唇を震わせながら応える。

「私、これまで穣子ちゃんに、たくさん迷惑かけちゃったわ。宴会の時だって、この戦いだってそう。だからね、せめてこういう時くらい、かっこつけたかったのよ。姉として、あなたの前で、良いところを見せたかったの……」

 姉さんの言葉に、私の頬に大粒の涙が流れ、嗚咽が漏れる。

「うっ、ううっ……姉さん……ねえさんっ……」
「ほら、泣かないの。穣子ちゃん、あなたは強い子。だから、きっと魔理沙にだって勝てるわ。お姉ちゃんは、穣子ちゃんのこと、応援、して、るから……」

 力なく言い切ると、姉さんは再び目を閉じ、意識を落とした。脱力した腕が、抱いている私の腕からだらりとこぼれた。

「静葉姉さんっ……!」

 身体を強く抱きしめ、姉さんの名を絞るような声で呟く。

 姉さんは卑怯だ。こんなことになったのは元はといえば姉さんの所為なのに、姉さんが片付けるべき問題なのに、結局最後は私に全部面倒押し付けて。かっこいいことだけ言い残してリタイアなんて、全然かっこよくもなんともないよ!

 ……でも、ありがとう。姉さんが来てくれなかったら、ほとんど諦めきっていた私はきっとやられてたわ。むざむざと被弾して、魔理沙に蔑みの目で見られていたわ。でもそうなる前に、姉さんは私を助けてくれたのね。本当にありがとう、姉さん。姉さんが身を呈して残してくれたこの残機、決して無駄にはしないわ!

 涙をぬぐい、大人しくこちらの様子を眺めていた魔理沙を睨みつけた。

「どうするよ、まだ続けるか? 続けるなら即刻始めるぜ。例え静葉を抱えた状態であってもだ」
「姉さんをどこかに安置してから再開というわけにはさせてくれないのね」
「当たり前だ。こうなることも想定した上でお前は『二人で戦う』ってルールを設定したんだろ? なら片割れがどうなろうと、どちらが被弾して決着がつくまで戦いは終わりにするわけにはいかないぜ」
「ふん、それもそうね。……魔理沙、私は今日という日ほど弾幕ごっこに勝ちたいと思ったことはないよ。もう謝罪記事だとか汚名を晴らすだとか、そんなことはもうどうでもいい。今はただ! 姉さんの想いを果たす為だけに! 全身全霊をもってあんたを倒すッ!」

 帽子のつばを下げ、魔理沙が口を開く。

「ったく、弾幕ごっこは所詮『ごっこ』の域を出るもんじゃないんだがな。まぁいいさ、お前がその気なら、私も相応の弾幕で応えてやるよ。もっとも、体力からっぽで、加えて静葉を抱えたままの状態なお前が、私に勝てるとは思わんがな」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!」

 姉さんの身体を左腕に託し、残った右腕を前に伸ばした掌に神力を集中させる。
 1機、つまり実質的に二回被弾させなければいけない魔理沙に勝つには、もはやこれで一気に再起不能にさせるほかない。逃げることも器用に動き回ることもままならない私にとっては、これが正真正銘、最後の一撃だ。

 私が構えるのを確認すると、魔理沙も詠唱を唱えて目の前に大量の魔法陣を一か所に重ね合わせるように発現させる。その魔法陣は最初に見せた小粒星型弾だろうが、重ね合わせたことで恐らくその形状は太いレーザーのように放出されるだろう。果たして私のなけなしの神力を結集した弾幕で、それに対抗することができるだろうか。いや、できる、できるのだ。ここまで来たからには、そう信じるしかないんだ。



「こいつで永遠の星になって夜空に輝きなッ! 秋穣子!」

「神の底力ってやつを、一面ボスを代表して見せてやるわッ! 霧雨魔理沙!」


 魔理沙の魔法陣から無数の星弾が密集してできたレーザーが放たれ、それと同時に私の片手からも秋色めく紅葉の弾幕を放つ。
 弾幕同士が疾風迅雷の如くにぶつかり合った瞬間、世界の大気を揺るがすかのような凄まじい爆音と共に、視界が一気に眩しい白光に包まれた。

 私の意識は、激しい轟音と眩しい輝きの中で徐々に薄れていき……
 そしてついに、暗闇の黒に落ちた。









 私が再び目を覚ました時、最初に映ったのは今にも雨が降ってきそうな曇天だった。周りから風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。ここはどこだろう?
 上半身を起こして薄暗い辺りを見回すと、木を背に寄りかかって正座している静葉姉さんがいた。
 姉さんは目を覚ました私を見ると優しく微笑んだ。

「やっと起きたのね、おはよう穣子ちゃん。いえ、今の時間帯だったらおそようかしら」
「姉さん、ここは……?」
「山の麓近くの林よ。試合が終わった後魔理沙がここまで運んでくれたの。もう魔理沙ったら酷いのよ? 気絶してた私を無理やり起こして『穣子も気を失ったみたいだから起きるまでここで面倒見てろ』って言ってさー」

 『試合』と『魔理沙』。その二つの単語が耳に入った瞬間、昼の出来事が想起された。
 そうだ、起きたばかりで頭がぼうっとしていて忘れていたけど、試合の結果はどうなったのだろう。
 頭から冷水をぶっかけられたかのようにハッとして、姉さんの両肩を掴んで寄り詰める。

「姉さん、そんなことより試合はっ! 試合はどうなったの!?」
「……」

 私の問いに無言で表情を曇らせる静葉姉さん。
 まさか……。最悪な答えが頭をよぎる。

「……穣子ちゃん、落ち着いて聞いてね? まず結果から言うと、私たちは負けたわ」
「そんな……!」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。にわかに信じられないという気持ちが溢れる。
 姉さんはショックを受けた私を気遣うように、遠慮がちに続けて話す。

「お姉ちゃんも決着がついた直後までは意識がなかったから実際には目撃してはいないのだけれど……文から聞いた話の限りだと、相打ちだったみたい。だからそれで……」

 姉さんが力なく言い終えた瞬間、私は全身の力が抜けた。姉さんの肩を掴んだ手はだらりと落ちる。

 そうか、私は負けたんだ。
 ……ま、当然か。あれだけ弾幕に質量差があったんだから、負けて当然よね。
 はぁ、根性でどうにかなるもんでもなかった……か。

「……姉さん、ごめん」
「? どうして謝るの?」
「だって、負けちゃったから。庇ってくれた姉さんの為に絶対勝つって、心の中でそう誓ったのに」
「ううん、気にしないで穣子ちゃん。元はといえば私の所為なんだから、謝るべきは私よ。ごめんなさい。……それと、ありがとね、私なんかの為に頑張ってくれて。お姉ちゃん嬉しいわ」
「ね、姉さん?!」

 姉さんは自分の胸にそっと私の頭を抱き寄せて、優しく撫でた。
 顔が急激に熱くなるのを感じた。頭は風呂上がりみたいにくらくらして、耳からは今にも壊れたロボットのように煙が出てきそうだ。私はあまりの恥ずかしさに慌てて無理やり話題を変える。

「そそそんなことよりさ、もうそろそろ家に戻らない? ほら、雨が本格的に降ってくる前にさ」
「そうね、確かにこの空模様だと、少し急がないとまずいかも……。あ、穣子ちゃん立てる? 最後の弾幕に相当神力使ったんでしょ? 体力的に辛そうに見えるけど……」
「だいぶ休んだから大丈夫。それより姉さんの方こそ大丈夫なの? 無理ならおぶってくけど」
「もう、膝が笑ってる子がそんなセリフ言うんじゃないわよ。ほら、お姉ちゃんの肩貸してあげる」
「……うん。ありがとう、姉さん」

 そういう姉さんだって思いっきり膝笑ってるくせに、かっこつけんな。
 そんなことを言おうかと思ったけれど、やっぱり止めた。せっかくだし、ここは素直に姉さんに甘えよう。どことなしに本人もそれを望んでいるみたいだしね。えぇえぇ、存分にかっこつけさせてあげようじゃない。
 それに、姉さんにはこれまで散々迷惑かけられたんだから、こういう時くらい私がたっぷり迷惑かけてあげないと不公平だもんね。ふふ。生憎、姉さんはそんなことつゆほどにも気にしないみたいだけど。

「あー穣子ちゃん? やっぱお互い肩貸し合っていかない? ちょっと飛ぶのもきついわこれ」
「……せっかく姉さんの株上げてあげようとしたのに、一気に暴落させようとすんのね」
「いやいや本当にきついんだって。あー落ちる、こりゃ落ちるわ。あーれー、助けて穣子ちゃん~」
「ぎゃー! スカートがずり落ちるー!今持ち上げるからスカートの裾を掴むなー! 」
「穣子ちゃん、ここはあえて脱がされた方が人気アップに繋がるんじゃないかしらっ!?」
「うるせー! 頑張って引っ張り上げてんだからとっとと浮かんで来いっ!」
「せっかくのビッグチャンスだったのにもったいなーい」
「もったいないもなにも、そんな露骨な手段使ってまで人気なんて欲しくないってば……。あーもー、雨降ってきちゃったじゃんかー。ほら、さっさと帰るよ」
「ああっまって穣子ちゃん、お姉ちゃんをおいてかないでぇ~」

 はぁ、結局はこうなるのか。
 でもま、このほうが姉さんらしいわね。それが良いとも悪いとも言えないけど、色んな事に無責任でこまったちゃんだけど、そんな姉さんが私は一番好きだもの。ふふ、あれだけ迷惑かけられてもなおこんなこと思うだなんて、私もつくづく甘いというか、さすがは姉妹って感じよね。

 秋の雨は震えるくらいに冷たかったけれど、この時の私の心は、何故かほんわかとした温かさに包まれていた。







 翌日。私が目を覚ましたのはお昼を少し過ぎた頃だった。その証拠に枕元の時計は12時過ぎを示している。
 窓から外をのぞくと、昨日から降り始めた雨はすっかり上がり、灰色の雲に覆われていた空は晴れ晴れとしていた。差し込む陽射しが眩しい。

「姉さんは……いないのか」

 静まり返った家に、姉さんの気配は感じられない。大方散歩にでも出かけたのだろう。昨日弾幕食らったってのに、よく体動かす気になれるもんだと感心するよ。

 不意に「ぐぅ」と腹の虫が鳴く。
 朝食はおろか、昼食も食べてないのだから鳴って当たり前か。でも今は何も食べる気がしないなぁ。体は重いしけだるいしでどうにも食欲が湧かない。よしんば食欲があったとしても、体に力が入らないからベッドから起きだす事が出来ない。どうやら昨日の弾幕戦で使った神力は余程だったみたいだ。こんなになるまで神力使ったのは、レティと秋冬戦争と題して大喧嘩して以来だっけ。

「……ホント、馬鹿なことしちゃったよね」

 そういえば、私が負けた後文と魔理沙はどうしたんだろう。魔理沙はあのまま山に行ったんだろうか。文は……きっと意気揚々と昨日の事を記事にしてるんだろうなぁ。
 人の噂も七十五日というわけではないけれど、月日が経てば自然に冬姉妹と呼ばれることはなくなっただろうに、わざわざ再びイメージダウンさせるようなネタを自分たちから提供しちゃうだなんて、ホント、馬鹿としかいいようがない。自己嫌悪が凄まじいったらないよまったく。

「ごはん、食べよう」

 過ぎた事を考えても仕方がない。確か一昨日の晩に作りおきしておいたシチューが台所に残っていたはずだ。それでも食べて、少しは気を紛らわそう。
 そう思って重い体をベッドから起こしたその時、突然玄関のドアが大きな音を立てた。姉さんが帰って来たのだ。何をそんなに急いでいるのか、肩を上下に揺らしてぜぇぜぇと息をついている。苦しそうに胸を抑える手には、新聞紙が握られている。はて、何があったのか。

「み、穣子ちゃん‘&%“#%#Z$#$(U*<”#N=~$#!!」
「うん、まずは落ち着こうか」

 とりあえずチョップを食らわせた。

「げほげほっ、いきなりチョップなんて、何するのよ……」
「気つけよ。で? そんなに慌てて一体全体どうしたのさ」
「こ、これ……!」

 息が落ち着かずにまともに喋れない姉さんは、代わりに握っていた新聞紙を私に渡してきた。
 くしゃくしゃにされたなかでちらりと見えた新聞名に眉がつり上がる。

「これって、文々。新聞じゃない。なに、天狗にでももらってきたってわけ?」
「それは、後で話すから。い、今はとにかく、それ読んでみて! 世紀の大ニュースよ!」
「世紀の大ニュースって、いちいち姉さんは大袈裟なのよ。ていうかあいつの新聞はもう読みたくないんだけどなぁ」

 そうぼやきながらも姉さんに催促されて仕方なく新聞を広げ、目を落として読んでみる。
 書かれた文字が目に入った瞬間、私に電撃が走った。

「……こ、これは!!」
「ねっ、驚いたでしょ?」
「姉さん! これ、い、一体どうなってんの?!」

 一面の見出しには【前回の”冬姉妹”の記事に関してのお詫び】と書かれていた。本文にも私たちに対しての謝罪の言葉が長々と綴られている。それはまさしく、当初私が求めていた記事であった。
 姉さんの言葉に偽りなしだ。こりゃ確かに世紀の一大ニュースだわ。

「一体全体どういうことなの? 私はてっきり昨日の敗北でそれをまた記事にされたかと思ったのに」
「多分、魔理沙がやってくれたんだと思う」
「は? なんで魔理沙が……」

 訝しげに呟く私に、姉さんは「実はね……」と話し始めた。

「戦いが終わって私たちと別れる前、魔理沙は文の家がどこにあるか訊ねられたの」
「なにそれ、ますます意味不明なんだけど。詳しい話聞かなかったの? どうしてあいつんちにいくんだ、とか」

 姉さんは肩をすくめた。

「残念ながら。聞こうにも文んちまでの道を教えたら軽い礼だけ言ってそそくさと飛んで行っちゃったんだもん」
「ますます意味分から―ん。それとこの新聞の記事がどうつながるってのよー」
「穣子、こうは考えられない? 『魔理沙は私たちの代わりに文に謝罪記事を書かせた』……って」

 突拍子もない予想に私は鼻で笑った。

「ないない。傍若無人で知られるあの人間がそんなことするわけないって。第一、昨日の戦いで負けたのは私たちなのよ? どうして私たちの為になるような事をするのさ」
「私にも分からないけど、そうとしか考えられないよ。だって私たちが勝つことが謝罪記事を書かせるという条件を知ってるのは、私たちと文を除けば魔理沙だけなのよ? 文自身が自発的に書いたものとは到底思えないし……」

 むむむ。言われてみれば確かに。もしかして姉さんの予想は当たってるのかもしれない。
 しかしそんな馬鹿な。あの人間が?にわかに信じられない。うーん……。

「穣子ちゃん、いまは小難しいこと考えるのはやめましょ。結果的に私たちの望みは叶ったんだからさ。ひとまずはそれを喜びましょうよ」
「ん……それもそうだね」

 姉さんの言う通りだ。確かに私たちの目的は達せたんだ。
 ならそれでいいじゃないか。今は細かいことなど気にしないようにしよう。

「ねぇ穣子ちゃん、そんなことよりせっかく晴れたことだしさ、これから散歩がてら果物収穫に出掛けない? 半分は魔理沙へお裾分けもするつもりでさ」
「それってお礼にってこと? まだ確証もないのにそんなことしたらこれからますます調子乗るんじゃないかしら」
「疑わしきは罰せず。『かもしれない』でお礼するのもありじゃない? 神様なんだから懐広くいかなくっちゃ」
「やれやれ、それもそうね。神様は懐広くいかなきゃね」

 まったく、姉さんは相変わらずお人好しなひとだ。
 私は苦笑した。それが姉さんのいいところ、と思えてしまうのは姉妹としての繋がりある故か。参っちゃうわねぇ。

「それじゃあさっそく出掛けましょうか。昼食は現地で食べようっと」
「あっ! ねぇねぇ穣子ちゃん、たった今良いギャグ思いついたんだけど、今度の宴会でやってもいいかな? イッツリベンジよ!」
「……姉さんは反省って言葉を知るといいわ」

 しばらく宴会は控えたほうがいいかな……。
 私は一抹の不安な気持ちを募らせながら玄関のドアを開けた。

 暦が11月を迎えたばかりの幻想郷は、今日もからりとした快晴だ。
 少し前までは濃緑色だった妖怪の山や他の木々は、今ではすっかり紅、橙、黄と色鮮やかに姿を変えている。人里の稲田も、今頃は一面金色に染まった実りに溢れていることだろう。

「気持ち良い空気ね」
「秋だからね」

 顔を見合わせ笑ってから、私たちは秋の空へ飛び立った。



<了>(もうちょっとだけ続くんじゃ)

秋姉妹に対する謝罪記事が発刊された同日。博霊神社は夕日の紅に美しく染まっていた。
縁側には霊夢と魔理沙がいて、地面に二人の長い影が映っている。
二人の間に置かれたバケットの中には、魔理沙が持ってきた大量の秋の果物が入ったバケットが置かれている。
霊夢は片手に読んでいた文々。新聞を読み終えると、適当に後ろに放ってバケットから取り出した梨にかぶりついた。


霊夢 「しっかしあんたも奇特なことしたわねー、あの二人を助けるだなんて」
魔理沙「まぁ気まぐれみたいなもんだ。でもそのおかげでこうして秋の果物たちを
    堪能できてるんだから、ありがたい話だろ?」
霊夢 「そうだけどさ。なーんか腑に落ちないのよねー。
    話を聞くに、戦いには一応あんたが勝ったんでしょ?
    なのにわざわざあの二人に代わって文に記事書かせるだなんて、ホントにどういう気まぐれよ」
魔理沙「別に大層な理由はないぜ? ただ穣子と最後に撃ち合った時、あいつの弾幕にほんのちょっぴりだが
    あいつの本気を垣間見てな。それに不覚にも感動しちまっただけさ」
霊夢 「ふーん。よく分からないけど、弾幕で相手の心が見えたりするわけ?」
魔理沙「弾幕ごっこってのは一種のコミュニケーションツールだからな。
    そいつの弾幕見りゃ自然と心も見えたりするもんさ」
霊夢 「まるで昔の少年漫画のような発想ね。よくそんな考えができるもんだと感心するわ。
    これからあんたのこと、弾幕バカって呼ぼうかしら」
魔理沙「失礼な。呼ぶなら弾幕マニアと呼べ」
霊夢 「どっちも同じよ」
  

境内に紅葉が舞っている。
縁側から聞こえる喋り声は、しばらく絶えることはなかった。



<今度こそ了>

――――――――――――――
こっからあとがき。どうもDNDNです。
PCのデータ整理をしていたら随分前に書いて没にしたSSが見つかった。
第七作目となる今作は、それを加筆修正して完成させたものです。
近年エコだとかリサイクルだとかうるさく言われてますが、こういうエコ・リサイクルも良いですね。
文章は資源。
DNDN
http://dndnknock.blog134.fc2.com/
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コメント



0.420簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
なんか魔理沙がおいしいところ持ってちゃったようにも感じましたが、
秋姉妹の掛け合いや所々の小ネタはとても面白かったです。

というか静葉様はなんでそんなに芸人魂全開なんだw
7.70名前が無い程度の能力削除
秋姉妹のやりとりや小ネタが面白かったです。
読み終わるとマリサのイケメン具合の方がインパクト強かったのがあれですが・・・w
10.無評価DNDN削除
>2さん
掛け合いと小ネタの方に集中しすぎてやっちまった感がありましたが、そう言ってもらえると嬉しいです。
ありがとうございます。

>3さん
魔理沙の件は正直投げやりすぎましたw
今作はちょっと反省点が多いですねぇ……。
12.80名前が無い程度の能力削除
冬姉妹に笑ったです。
15.無評価DNDN削除
>12さん
ありがとうございます。
「冬姉妹」は当物語を思いつくきっかけになったものなので、妙に感慨深いですねw