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東方千一夜~The Endless Night 第二章「西行妖と亡霊の姫君・中編2」

2010/09/13 23:41:16
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『身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ』





 虚空に映る月は、わずかに欠けていた。もう幾晩の内には真円を描き出すだろう
 墨染めの夜空を一人、八雲紫は飛んでいる

 口元からは、西行の歌を繰言のように呟いている
 俗世に籠もり、修行もせずに暮らしている者こそ、真に世を捨てた者であるという歌だ

 夜の宵に紛れ、大妖怪はその夜空を背景にいつまでも飛んでいた

 夜空に映る月を度々見上げ、穢れのない月の都の楽園に思いを馳せる
 あのウサギは、あの浄土より降りてきたのだ…

「幽々子…、貴方はやはり優しすぎた…。誰よりも哀れで、寂しく、愚かな人…」

 紫の心に、今からどれほど前になるか…。二人で話した時の事が蘇る
 あの時、幽々子は紫に自分の決意を話し、そうして一つのお願いをした

 自分自身があの『西行妖』を封印した後、『西行妖』を白玉楼ごと人の手の届かぬ所に移転させて欲しいという事だった
 紫の『境界を操る力』をもってすれば、それは容易いことだった

 友が自分で決意したことだと、紫は約束をした…
 あれから歳月が過ぎ、まさにその時を迎えんとしていた

 紫は覚悟を決めていた…

 幽々子の心が変わらぬ事を知っていたし、彼女の事を誰よりも理解できるからだ
 


 これ以上、『西行妖』の犠牲者を出すことはできない…



 彼女の父が愛した桜が、これ以上命を奪うことに耐え切れないのだ…
 あの『西行妖』だけは、たとえ八雲紫の力をもってしてさえ消し去ることができない
 この世に絶望し、生きる望みを失った者を死に誘い込む妖怪桜は、奪い取った命の数ほど力を増す
 その力は、もはや神々の力を持ってしても止められぬほどである

 幽々子がその決意を自分にだけ打ち明けた時、紫は嬉しさと怒りと悲しみの交じり合った不思議な感情に襲われた
 千年以上生きている紫にとっても、初めて感じたものだった

 紫はその気持ちを整理しきらずに居たが、その後で幽々子が見せた笑顔に彼女の心を悟った
 そして、それ以上、何を言っても幽々子の決断は変わらない事を知った

 だから、紫はその考えを理解し心を静めることができた
 紫もまた、幽々子に救われたのだった

 幽々子の心を理解し、彼女の考えを尊重し、紫は自分自身を納得させていた
 だが、その心が揺らいでいる

 あのウサギ…。鈴仙・優曇華院・イナバと名乗った月の兎のせいである…

 満月を背景に、紫は闇夜に静止した。下方に目をやると、琵琶湖に月が映っている
 紫は琵琶湖に向かって手を向けた。琵琶湖に映った月が割れ、暗黒の空間が広がっていく

 紫は琵琶湖に映っていた月と、本物の月との境界を操っていた
 このまま二つの境界が繋がれば、琵琶湖に月の都への道ができる

「く…!」

 しかし、紫の力は目に見えぬ力で弾かれた
 地上の穢れを持ち込まれることを嫌う月の都は、幾重にも罠が張り巡らされ、侵入できぬようになっている
 さしもの紫も、何の準備もなしにいきなり月の都への道を開くことはできない

「はぁ…、はぁ…」

 琵琶湖には、元の通り微かに欠けた月が映っている
 紫は自分の拳を見つめる。情け無い気持ちになる

 幻想郷の母、妖怪の賢者といわれながら、自分が最も大事な物を失おうとしている
 自分自身の姿が滑稽に思えた。これほど強大な力を持つ妖怪でありながら、何と思い通りにならないことが多いことか…

「ふふ…。ふふふふふ…」

 突如、紫が気が触れたかのように笑い出した
 人間が取るに足らぬことで一喜一憂する様が滑稽なように、空に映る月からすれば、自分の苦悩など猫の耳垢程度の物だろう
 妖怪の賢者と讃えられながら、その辺の有象無象の娘っ子が抱くような幼稚な恋心に思い悩む姿と変わらない



 何が妖怪の賢者か…、何が幻想郷の母か…


 厚い雲が、夜空に浮かぶ月を隠した。同時に、琵琶湖に映っていた月も姿を消す
 それと同時に、紫の笑い声も止まった

「幽々子、私の心の箍も外れてしまった。やはり、私は貴方を失いたくは無い…」

 紫はそう呟いた
 紫の足元に裂け目ができ、そこから空間が開いていく

「貴方は私を許さないかもしれない…、でも、私は私のやり方でやらせてもらうわ…」

 そういうと、紫は自分の作り出したスキマの中に消えて行った






~白玉楼~






 ナウマク・サマンダ・ボダナン・キリカ・ソワカ

 ナウマク・サマンダ・ボダナン・キリカ・ソワカ




 夢か現か見分けもつかないような世界…。優曇華は一人で歩いて行く…
 とても暗い、重い気分である。踏みしめる土の感触にも、頬に当たる風にも、何の反応もない
 覚束ない足取り、虚ろな目…。まるで自分は死人のようだと感じた…

 何も考えられぬ…、考えようとすれば、まるでさらに心は沈み身体が泥になってしまったかのように重くなる
 耳に聞こえるのは、どこかで聞いたような密教の種字だ…
 それに吸い寄せられるように、優曇華の脚は自然にその声の聞こえる方向へ進んでいた

 ふと周りを見渡してみると、自分と同様に虚ろな目をした者たちが、自分と同様に歩いていた
 まるで、亡者の行進のようだった

(ああ…、これは…)

 ふと、優曇華は自分がどこに向かって歩いているのかを理解した
 自分を呼んでいる者…、それは、あの『西行妖』だった

 雲一つ無い透き通った夜空に、満月が輝いている
 その夜空の元、『西行妖』はまさに満開の時を迎えていた
 墨染めの桜が、まるで天を覆いつくさんばかりに花開き、天に向かって伸びていく
 その根元では、次々に亡者が倒れ、命を吸い取られていく
 その度に桜は美しさを増し、まるで暗夜の篝火のように輝いている

 優曇華も、その桜に吸い寄せられるように足が向かっていく
 命を吸い取られる亡者は、生きている内はこの世の全ての苦しみを背負っているかのような顔をしているが、それが『西行妖』に命を吸い取られると、それは至上の安らぎ

を得たような穏やかな顔になっていく…
 あの桜は、命を吸い取ると同時に全ての苦悩も吸い取る…
 いや、亡者達の命そのものが苦悩の塊であると考えるべきか…

(ああ、私も…)

 優曇華の足は、勝手に動いていく…
 永遠亭も、永琳も、輝夜も、てゐも、何もかもがどうでもよくなった
 月の都の兵士たち、綿月姉妹などはすでに顔も思い浮かばない…

 このまま歩を進めれば、自分も彼等と同じように安らかに満ち足りた死を迎えることができる…
 甘美な死に酔うように、ふらついた足が『西行妖』を目指す




 もう何もかもどうでもいい…

    お師匠様も、姫様も…

       このまま、安らかに死ねるなら…



 優曇華の心から、永琳の顔が消え、輝夜の顔が消える…
 もはや、何も自分には何も残らない…

 このまま、優しい死に抱かれて眠りに就くのだ…
 最後にてゐの顔が消えると、まるで自分自身の心が無くなってしまったように何も考える事ができなくなった
 もう何も聞こえない、もう何も感じる事ができない…

 目の前から景色も消えていく…
 口も開かない…、皮膚にも感触がない…

 これが死というものだろうか…



「…さん、…さん」



 …消えてゆく優曇華の意識の中で、誰かの声が聞こえた
 その瞬間、優曇華を優しい温もりが包んだ…



「こんな所で死んではいけませんよ…。貴方には、帰る場所があるのですから…」



 聞き覚えのある声だった…。誰の声だろう…?
 眩い光の中で、それは影だけが浮かんでいるようだった
 あの髪、あの声、あの姿…

 優曇華は必死で思い出そうとするが、どうしても分からない
 まるで母親の胎内にいるような優しさが優曇華を包む…



「戻りなさい…、自分…の…せ…かいに…」



 その声が、途切れ途切れになっていく…
 光に浮かぶ影に亀裂が入り、まるで剥がれ落ちるように壊れていく
 ふと、自分を包むその腕を見た…



 そこで優曇華が見た物は、カラカラに干乾びた女の手が、自分を包んでいる姿だった



「イヤァァァ―――!!」



 その腕を見た瞬間、優曇華は目を覚ました
 幽々子の看病をする内、優曇華は知らぬ内に眠っていたらしい

 幽々子の寝室の隣で、疲れ果てて泥のように眠っていた

 そ…っと、襖を開け隣室を伺ってみる
 妖忌が傍らで付き添ったまま、幽々子はまだ眠っている
 どうにか、容態は安定してきているようだった

「…っほ」

 優曇華は一つ息を吐いて落ち着いた
 不気味な夢だった。何もかもがどうでもよくなり、『西行妖』に導かれるまま、命を吸い取られそうになった
『西行妖』は、この世に生きる望みをなくした者を引き寄せる力がある
 亡者にとっては、『西行妖』の見せる苦痛の無い死は、最後の救いなのだろうか…?

「ううん、そんなはずはない」

 優曇華が頭を振った
 不老不死の輝夜と永琳に仕える優曇華は、死を救いだとは考えたくなかった
 死が救いだとすれば、自分が見捨てた月の兵士達も、みな救われたことになる
 そう考えられれば楽なのだろうが、それは単に自分が救われたいだけなのだ

 優曇華は白玉楼の南庭に出た。月に輝く月を見上げる
 明日には満月を迎えるだろうか…。もしも、本当に優曇華が考えた通りの事を幽々子がやろうとしているなら…
 優曇華はどうしても止めなければならない



 そんな事をして欲しくない…



 確かに、このまま『西行妖』を放っておくことはできないが、だからといって、そんなやり方でいいはずがない
 もう、あの時のように、誰かを犠牲にして生きるのはイヤだった



「―――!?。なに?」



 突如、優曇華は顔を上げた
 草木も眠る丑三つ時、京都の山中、その夜空に見慣れぬものが飛んでいた

 ずんぐりとした体型に、不恰好な翼、白い羽根を巻き散らしながら一羽の鳥が飛んでいる

「あれは…、信天翁(アホウドリ)…?。なんで京都の空に…?。しかもこんな時間に…」

 暗い夜空の中、月明かりだけを頼りに見るその鳥は、確かに信天翁にしか見えない
 現代では尖閣諸島と鳥島でしか繁殖していないはずだが、平安時代には京都にも住んでいたのだろうか?

 優曇華には、その鳥は真実、信天翁にしか見えなかった

 その鳥は、優曇華の姿を確認すると、優曇華を目掛けて降りてきた
 大きな翼を羽ばたかせて、その鳥は優曇華の前で止まると、ボン…という音と共に白い煙に包まれた
 呆気に取られる優曇華をよそに、その鳥は手紙に姿を変えた

「こ、これは…」






~白玉楼・近辺の山中~






 蓬莱山輝夜は待っていた
 あの夜見た夢に出てきた桜…『西行妖』。輝夜は京都守護に忍び込み、西行法師に縁のある屋敷を調べて廻った
 あのような巨大な桜は、滅多にあるものではない。目的の屋敷はすぐに見つかった
 その名も白玉楼であった。そして、輝夜は優曇華の姿を確認した

 輝夜は夜を待ったが、急に屋敷が騒がしくなってきた
 どうやら屋敷内で騒動が起きていたらしい。連絡を取るタイミングを計りながら、輝夜は手紙を白鷺に変えて飛ばした

 てゐが紅魔館にいた時に使ったのと同じ、月の魔法である

 そして、輝夜は待った。白玉楼からほどなく近い近辺の山へ
 輝夜の心は不思議と落ち着いていた。てゐの時に比べて、すんなりと見つかったせいもあるだろう…

「姫様…」

 ほどなくして、月明かりの下に優曇華が現れた
 よほど急いできたのか、息を切らしながら走ってきたらしい

「イナバ!」

 優曇華の姿を発見した輝夜が、優曇華に駆け寄る
 優曇華は、輝夜の姿を見た瞬間に、胸が熱くなり涙が込み上げた

 輝夜は、優曇華に向かって思いっきり飛び込んだ!

「このお馬鹿!」

「へぶぅ!!」

 その瞬間、輝夜の見事なドロップキックが優曇華に炸裂した
 完全に無防備な状態だった優曇華は、ものの見事に吹き飛ばされた

「な、なにを!」

「あんたねぇ!、従者のクセに私を待たすんじゃないわよ!」

 吹き飛ばされた優曇華が、蹴られた顔面を抑えながら聞いた
 輝夜は腰に手を当て、ぶりぶり怒りをわめき散らした
 輝夜は、この花冷えのする夜空に待たされた事に大変ご立腹だった

「なんと仕え甲斐のないヤツ…」

 二人の遣り取りを見ながら、妹紅が呟いた
 折角、感動の再開シーンだというのに、台無しである
 そもそも、蓬莱人なんだからどんなに寒かろうが死ぬ事はないのだ
 優曇華の苦労人気質に心から同情した

「落ち着け、このバカグヤ」

 まだ過去に遡って優曇華に文句を垂れる輝夜を、妹紅は強引に引き剥がした
 怯える優曇華を励ましながら、妹紅はこれまでの事を優曇華に話した

「…ええ、それじゃあ、お師匠様も魔理沙さんも…」

 妹紅の話を聞き、優曇華も驚きを隠せなかった
 違う時代に飛ばされたのが、自分だけじゃなく、永琳や霊夢、魔理沙も一緒だということ
 永遠亭が壊滅していること、優曇華にとっては、まさに驚天動地の真実である

「ど、どうしてこんなことに…」

 優曇華の心が沈む。せっかく輝夜と再会できたというのに、状況はますます絶望的ともいえた
 ドロップキックを受けた傷跡を押さえながら、優曇華は違う時代に飛ばされた永琳たちを思う

 どういうわけか、もう永琳たちと二度と出会えないのではないかという言い知れぬ不安が優曇華の心に芽生える

「そんなことを考えても分からないでしょう」

 輝夜はうんざりしながら答えた
 そんなことは、輝夜だってもう何万回だって考えたのだ
 だが、はっきりとしたことは何も分からなかった

「そんなことより、とっとと戻るわよ。すぐに永琳たちを見つけないといけないわ」

 輝夜は優曇華に背を向けた。その背中が、とても寂しそうに見える
 不安なのは、輝夜も一緒なのだろう…。輝夜は優曇華の手を掴んだ

 その時、ふ…っと、優曇華の心に幽々子の顔が浮かんだ
 幽々子はまだ目が覚めていない。ある程度は落ち着いてきていたようだが、ヒ素の半減期はおよそ六〇時間である
 あと四日間は予断を許さない状況である

「待って下さい…」

 優曇華の手を引っ張り、連れて帰ろうとしていた輝夜を、優曇華は止めた

「もう少し…、もう少しだけ待って下さい…」

 優曇華が言った。優曇華は幽々子の容態が心配だったし、それ以上に心配な事がある
 なんとしても、それを食い止めなければならないと優曇華は思った
 だから、今はまだ帰るわけにはいかない

「どういうこと」

 ずい…っと、輝夜が優曇華に顔を近づける
 月の都においては、ウサギは月の民の手足にすぎないと思われている
 ましてや、輝夜は確かに月の都では高貴な身分のお姫様だったのである

 ウサギが主人に逆らうなど、あり得ないことだった

「いま、白玉楼では幽々子さんは酷い病気に掛かっているんです
 せめて、その病気が治るまで…」

 優曇華は、理由を上手く誤魔化しながら伝えようとした
 自分の考えが当たっているのが確信が持てなかったし、もしも、本当に幽々子が優曇華の考えている通りの事をやろうとしているとしたら、それを輝夜や妹紅に知られたく

なかった

「ダメよ。どうせあの食いしん坊亡霊の事だから、食あたりでも起こしたんでしょ」

 輝夜は取り付く島も無かった。輝夜にとっては、幽々子の病気よりも早く永琳たちを見つけ出すことの方が先決だった

「それともなに?。貴方は永琳たちを探すのを遅らせてまで、私に逆らおうというの」

 輝夜が厳しい口調で言った

「そ、そうじゃありません。でも…」

 優曇華が言葉に詰まった
 確かに、優曇華だって永琳たちを見つけることを優先しなければ成らないという事は分かる
 だが、このまま幽々子を放って置く事もできない
 だからといって、自分の考えを輝夜たちに話す事もできない
 もどかしい気持ちで、優曇華が口ごもる



(落ち着け、優曇華院―――)



 その時、三人の脳内に人の声が響いた

「慧音か…!」

 妹紅が素早く反応する。三人の脳に直接語りかけてきたのは、慧音だった



(そうだ、私だ…。優曇華院、良く聞いて欲しい
 君は心ならずもこの時代に飛ばされて、西行寺幽々子の世話になっていた。そうだな?)



「はい…」

 慧音の問いに、優曇華が答える



(君は輝夜よりも遥かに義理堅い性格をしている。世話になった幽々子が病気だというのなら、それは気掛かりだろう…
 だが、本当にそれだけなのか…?。君は、何かを隠していないか…?)



「―――!?」

 慧音に指摘され、優曇華は心臓が飛び出そうなくらいに驚いた
 まるで心を見透かされたかのように感じる。流石に教職についているだけあって、慧音は鋭い
 これ以上は、どうしても誤魔化し切れないだろう…

 優曇華は覚悟を決め、話し始めた

『西行妖』のこと。八雲紫のこと。魂魄妖忌とその娘のこと。幽々子の事。

『西行妖』は、西行が死んで後、妖怪桜となり人々の命を次々に奪っていった。その中には、自分と姉妹同様に育った魂魄妖忌の娘も含まれている
 これ以上、『西行妖』を放ってはおけない。しかし、どんな高名な陰陽師にも、『西行妖』を封じることはできなかった
 そして、幽々子は『西行妖』を封じるため、最後の手段を取る事にした…

「幽々子さんの症状は、私の所見ではヒ素中毒です…。それも、慢性的な…。幽々子さんは、何年も食事をされていないとも言います…
 それに、幽々子さんの父の西行法師は弘法大師に傾倒してましたし、奥州藤原氏とも繋がりがあった…」

 優曇華が息を呑んだ。ここからが核心だった

「奥州藤原氏の本拠地であった平泉の中尊寺金色堂には、奥州藤原氏四代の木乃伊が遺されています
 中尊寺は密教のお寺ですし、東北には出羽三山なんかもあって山岳信仰、修験道も盛んな土地です…
 空海に傾倒していた西行法師が、奥州に赴いた際、密教や修験道の秘法を示した経典なんかを持ち帰ったとしても不思議ではない…」

 そういって、優曇華は息を吐いた。喋っている自分でも、まだ信じられないような気持ちだ…
 何年も食事をしない幽々子、慢性的なヒ素中毒に冒される幽々子…。そして、密教…




「幽々子さんは…、おそらく『即身成仏』する気です。自分自身を即身仏として、あの『西行妖』を封印するつもりなんです」




 優曇華は一息に言った。それが、優曇華が考えた答えだった

『即身成仏』は、人間が生きたまま究極の悟りを開き、生きたまま仏になることである
 即身仏とは、『入定』という真言密教の究極の教えであり、生死の境界を越え、死を肉体の永遠性の獲得と捉え弥勒出世の時まで衆生救済を目的とする
 両者は別の物であるが、優曇華の知識としては混同されている

 日本のような多湿な気候では、死ねばすぐに肉体は腐敗してしまう
 故に、生きている内から肉体が腐敗しないための修行を行わなければならない

 幽々子が何年も食事をしていないのは、木食と呼ばれる修行で五穀十穀を絶ち、肉体から脂肪と水分を抜くためだ
 だから、幽々子の身体は異常に痩せ細っていたのだ

 それでも、人間の肉体には少なからずバクテリアが存在するため、漆茶などを飲んで嘔吐しバクテリアの活動を抑える
 幽々子はバクテリアの働きを抑えるため、砒霜を使った。そのために、慢性的なヒ素中毒に冒されているのだ

 勿論、それらは優曇華の勝手な推測に過ぎない
 だが、ここまで状況証拠が揃ってしまうと、イヤでも想像してしまう…

『西行妖』に苦悩した幽々子は、ある日、西行法師が奥州から持ち帰った即身仏の秘法を示した経典を見つける
 自らの肉体を即身仏と化し、『西行妖』を封印することを思いつく…

『入定』は、真言密教の究極の教えであり、最も過酷な修行であり自らの命を衆生救済に奉げるものである
 幽々子は自らの身を犠牲にして、『西行妖』を封印しようとしているのだ…

「私は、幽々子さんに助けられました。確かに『西行妖』を放って置く事はできない…
 だけど、幽々子さんをそんな目に合わせたくはないんです…」

 優曇華の言葉に、輝夜も妹紅も言葉を失った…
 あの永夜異変で戦った時も、その後の冥界での宴会でも、幽々子は呑気で気ままな亡霊だった
 この世を恨み、死してこの世に姿留めし亡霊でありながら、何事もあっけらかんとした亡霊らしくない亡霊だった

 その彼女が、これほど悲壮な決意をしているなど、どうして想像できようか…



(そうか…。優曇華院、君の考えは分かった…)



 慧音が言った。輝夜も妹紅も、何も言えないでいるが、彼女だけは冷静に答えた



(君の考えは理解した…。理解した上で言わせてもらうが、私は君の考えには賛同できない)



「えっ!?」

 慧音の言葉に、優曇華は驚きの声を挙げる
 とても信じられないという気持ちだった。少なからず、聖職者であるはずの慧音がそんなことを言うなんて



(さっき妹紅が話したと思うが、歴史の流れが変わってしまうと、それを修正しないと元の時代には戻れなくなるのだ…
 君は、『春雪異変』というものを知っているか?)



 慧音が尋ねた。それは、輝夜が永夜異変を起こすより前、幽々子が起こした異変である
 幻想郷中から春を集め、五月になっても幻想郷に春が来ず、雪が降っていたという異変だった…



(幽々子は亡霊だが、生前の記憶は失っている。彼女は古い書物から『西行妖』に何者かが封印されているの事を知る…
 好奇心の旺盛な彼女は、幻想郷中から春を集め、『西行妖』を復活させれば、その何者かも復活すると考えた…)



「―――!?、ま、まさか…」

 慧音の話しに、優曇華は思わず息を呑んだ…
『西行妖』に封印されているもの…。それは…



(そうだ、『西行妖』に封印されているのは、西行寺幽々子自身だ…
 君が言った通り、彼女は自らを犠牲にして『西行妖』を封印したのだ…)



 慧音の言葉に、一同が驚愕する
『春雪異変』が起きた時、まだ永遠亭は輝夜の力で永遠の魔法を掛けられており、外界からの情報はほとんど入ってこなかった
 異変解決に関わった、霊夢や魔理沙、咲夜だって、そんなことを話していたことはない

 その事実を知っているから、慧音は優曇華が隠し事をしていることを見抜けたのであろう
 優曇華の義理堅く、優しい性格を考えれば、必ず幽々子を止めようとするはずだと…



(分かるな、優曇華院…。もしも君がここに残り、なんらかの手段で幽々子を止める事ができたとしても、歴史の流れが変わってしまい、君は元の時代に戻れなくなる
 気持ちは分かるが、それはどうしようもないことなのだ…)



 慧音の言葉も、すでに優曇華の耳には入っていなかった

 慧音は初めから知っていたのだ。幽々子が『西行妖』を封印するために、その身を犠牲にすることを…
 優曇華の脳裏に、幽々子の姿が浮かぶ…

 温泉で一緒に入浴した幽々子…、優曇華を歓待するために、ご馳走を用意してくれた幽々子…
 あの白玉楼の南庭で、現世で結ばれなかった者の魂を桜の花に生まれ変わらせた幽々子…

 幽々子の微笑みが、優曇華の胸を締め付ける…
 悲壮な決意を胸に秘めたまま、彼女はそれを誰に言うでもなくいつも微笑んでいた…

 何年も食事を断ち、砒霜の毒に冒され、どれほど苦しい思いをしてきたのだろうか…
 それを彼女は人には見せず、常に微笑みを絶やさなかった。その影で、どれほど彼女は苦しい思いをしてきたのか




『自分だけ逃げ出して、平穏無事な日々を送るなんて許せない…』

『あなたが逃げ出さなければ、私も同じように暮らせたかもしれないのに…』

『痛い…痛いよぅ…、助けて…、死にたくない…』




 優曇華の脳裏に、再び自分が見殺しにした月の兵士たちの顔が浮かんでくる…




『どうして逃げるの…?、貴方はどこに行くの…?』


(わ、私はまた…)


『どうして私達を見殺しにしたの…、私達を見捨てて、どうして生きているの…?』


(私はまた、見殺しにすることしかできない…)


『あなたはどこにも逃げられない…、私達はずっとあなたと一緒にいるの…』


(あの時と同じように、私は誰も救えない)




 あの時と同じだった…。月の兵士たちを見殺しにしたように、優曇華はまた、幽々子を見殺しにすることしかできない
 月の兵士たちの怨嗟の声が、優曇華の脳内で木魂する

 やがて、その月の兵士たちの顔は、幽々子の顔に変わっていった…




「うわぁぁぁぁ!!」




 優曇華は、輝夜と妹紅に背を向け、喚きながら走り出した

「イナバ!」

「馬鹿野郎!、逃げでどうするんだ!」

 二人がすぐに優曇華を追い駆ける。優曇華は猛烈な勢いで、山道を下っていく
 何かから怯えながら、逃げ出すように駆けて行く



(妹紅!、輝夜!、追うんだ。絶対に捕まえろ!)



 慧音の声が届くよりも早く、二人は山道を駆け出した









~?????????~







「紫様…。紫様の仰るとおり、例のウサギが逃げてきました。もう間もなく、ここに来るはずです」

 八雲紫の式、八雲藍は具に報告した
 紫の生み出したスキマ空間、右も左も分からぬ空間の中で、紫は黙ってその報告を聞いていた

「重畳ね、準備はできているかしら?」

 紫が静かに尋ねる。藍は黙ってうなずいた

「無論です。ウサギ如きには、私の罠を破ることはできないでしょう…」

 藍が行った。紫の式である藍は、紫が式を憑けている状態なら、紫と同等の能力を使える
 ぬかりのあろうはずもなかった…

「そう、では任せるわ…。手足の一本や二本は折っても構わないけど、決して殺さないようにね」

 紫が藍に指示したのは、優曇華の捕獲であった

「了解いたしました…」

 そういうと、藍は自らスキマを作り出し、その中へ消えていった
 それを見送ると、紫は自分の指先を縦に滑り込ませる
 紫の指の動きに合わせて空間が裂け、そこにまるでテレビモニターのように外の様子が映し出される

 そこには、何かに追われるように山道を駆ける優曇華の姿があった





「はぁ…はぁ…」

 息が切れるのも、足がもつれるのも気にならなかった
 どれほど逃げようと、優曇華の心に木魂する声は消えはしなかった

 幽々子がこれまで耐えてきた苦しみが、自分を苛める
 幽々子を助け出すこともできず、また自分には逃げ出すことしかできない
 優曇華は止まることができなかった。走ることをやめれば、心の声に押し潰されそうだった

 自分自身の心の幻影から逃げ出そうとする優曇華。それを、八雲藍は気配を隠し、様子を伺っていた
 このまま進めば、藍が仕掛けている罠に嵌る…

 優曇華は完全に自分を見失っている…。あれでは罠を見破ることはできまい…

「う、うわぁぁぁ!」

 悲痛な叫びを挙げる優曇華。その脚が、藍の仕掛けた罠に届いた

「いまだ!」

 それを見届けるや、藍はその罠を発動した
 優曇華の足元の空間が裂け、そこに、見たこともないような空間が広がっている

「キャアアアア!!」

 優曇華の叫びも虚しく、優曇華はその空間に吸い込まれていった
 優曇華の身体が、完全にその空間に飲み込まれると、スキマが閉じ、元の山道に戻った

「イナバ~!」

「優曇華!、どこだ!」

 少し遅れて、輝夜と妹紅が現れた。二人とも優曇華の姿を探すが、どこにも見当たらない

「くそ!、どこへ行きやがった!」

「あんな状態で、そう遠くまで行けるとは思えないけど…」

 輝夜も妹紅も、影も形もなくなった優曇華を探すが、まるで煙のように消えてしまった
 その頃優曇華は、八雲藍の作り出したスキマ空間へ飲み込まれていた…







~??????????~







「うう…、ここは…」

 見知らぬ空間の中、身体が何回転もし方向を見失った
 身体の回転が止まった時、優曇華は全く見知らぬ空間にいた

 不思議な空間である。まっくらで何の光もないのに周囲の状況は良く見える
 上下左右、どこを見ても自分がどこにいるのかが分からない
 自分の立っている足元にも何もない。まるで雲の上にでも立っているようなあやふやな感触である

「ククク…」

 不意に聞こえた不気味な笑い声に、優曇華はすぐに振り向く

「こうもあっさりと捕まるとは…、つまらないな…」

 黄金に輝く九尾、二つの突起のついた被り物、見慣れぬ式服…
 そこにいたのは、八雲紫の式、八雲藍であった…

「あ、あなたは…」

 その姿を認め、優曇華が唸るような声を挙げる
 幻想郷最強妖怪である八雲紫の式神…。最強の妖獣であり、日本三大悪妖怪の一人である白面金毛九尾狐
 その恐ろしいまでの妖力に加え、八雲紫の式を憑けられることでさらにパワーアップしている

「なんのつもりですか、私をこんな所に連れ込んで…」

 優曇華は藍を睨みつける
 幻想郷では、穏やかな性格で人間の里にも頻繁に買い物に訪れるほどだったが、この時代はまだ凶悪妖怪としての性質が残っている
 藍は全身から凶悪な妖気を迸らせている

「ククク、貴様がそんなことを知る必要は無い。紫様の命令だ…、大人しく従ってもらおうか」

 怪しげな笑みを浮かべ、藍が言った
 その凶悪な笑みは、何かを楽しみにしているかのようでもあった

「誰が、貴方なんかに!。私をここから出して!」

 急にスキマ空間に落とされたことで、優曇華の心は一時的に平静を取り戻した
 藍が発する妖気が、ますます強くなる…

 優曇華の背中を、冷たい汗が流れる…

「フフフ、そうだな、こんな所で大人しくされてはつまらんなぁ…」

 そういうと、藍は全身の妖気を一気に放出した
 九つの尾を激しくすり合わせ、強烈な熱を作り出していく…

「少々手荒になるが、致し方ないな…。フフフ…、ハァーハッハッハ!」

 恐ろしい妖気が、藍の全身から放たれる
 中国では妲己、天竺では華陽夫人と呼ばれた最強の妖獣がその力を見せ付ける
 優曇華の妖気など問題にならないほど、強烈で凶悪な妖気が漲っていく

「ふふふ、見せてやるぞ。最強の妖獣の力に加え、紫様の力を得た究極の力を!」

 九つの尾に、それぞれ九つの狐火が生まれ、それが円を描くように藍の周囲を廻る
 藍は自分自身でも試して見たかったのだ。自分がこの世で唯一畏怖した八雲紫、その力を得た自分の真の力を…

「く…」

 優曇華も妖気を放つが、それはまるで話しにならぬ
 月と鼈、提灯に釣鐘、とても勝負にならぬ

 藍が少しずつ近づいていく…、藍の周囲を廻っていた火が、藍の右手に集まる



「受けてみよ!。最強の狐火…


『妖狐・火輪尾の術』―――!」



 藍は右手に集めた炎を、一気に優曇華に向かって放った!

「くぅ…!」

 優曇華は自分の掌に妖気を集中させ、炎を受け止めた
 とてつもない炎が、優曇華の妖気の壁を突き抜けていく…

 両手が燃え尽きそうなくらいの熱に耐えながら、必死で優曇華は炎を受け止める

「ククク…、どうした、貴様の力はこんなものか…
 この技は、私が込める妖気を増やせばさらに威力を増すのだぞ…

 芦屋道満レベル…!」

 藍の妖気が一層強くなり、その炎も激しさを増す

「ううぅぅ…!」

 優曇華の掌が焼け爛れていく、優曇華も必死になって妖気の壁を増やすが、とても追いつかない

「まだだ…、こんなものでくたばるんじゃないぞ…

 吉備真備レベル…!」

 藍の炎が、黒色に変化し瘴気を帯びていく…
 もはや、それは現世の炎を超え、地獄の獄炎の如く異様に燃え上がった

「うぐぁぁぁ!!」

 優曇華の妖気が、次第に藍の獄炎に焼かれ蒸発していく…
 優曇華の妖気の壁が見る見る溶け出していく。それは掌を超え、腕を超え、肩の辺りにまで熱が侵食していく
 優曇華は全身の妖気を放出してガードするが、とてもそんなものでは間に合わない

 これが、最強の妖獣と謳われる八雲藍の力…、八雲紫の式神の力なのか…

 ただの月のウサギでしかない優曇華には、とても抵抗のしようがない

「ふふふ…、素晴らしいぞ、これほどの力を得られるとは…」

 藍は自らの力を見て、激しい興奮を覚えていた。八雲紫の力に恐怖し、その式を受け入れた…
 そして、自らがその強大な力を得るにあたり、これ以上にないエクスタシーを感じた

 もはや、自分には敵はいない。自分に敵うのは八雲紫を以ってしてしかあり得ないのだ



「眼福に思うがいい!。貴様はまさに最強の妖獣の誕生の瞬間に立ち会ったのだ
 見せてくれよう、これが最強レベル…



 安倍清明レベル―――!!」



 煉獄火炎と化した炎が、それまでの炎を蹴散らすように優曇華に向かって突進した
 炎が地獄の瘴炎の中に棲む黒龍の形に変化した


「ぐわぁぁぁ!!」

 優曇華の妖気は、その黒龍に完全に吹き飛ばされた
 まるで太陽の炎を直接浴びたかの如く、優曇華の身体が焼き爛れていく

 強烈な炎が周囲の空気を巻き込み、渦を作り出す
 優曇華は煉獄火炎に焼かれながら、身を守ることもできずに黒龍に食われた

「ククク…、はぁーはっはっは!。素晴らしい力だ、今まさに、私は最強の力を得た!」

 自らに漲る妖気を抑え切れず、藍は高らかに笑った
 八雲紫の式とは、これほどまでに強力なものなのか…

 藍の放った炎は、まさにあらゆる物を焼き尽くし食らう地獄の炎そのものだった
 その炎に燃やされたものは、全てを焼き尽くされ、無に還る

 その藍の前に、優曇華の身体が落ちてきた
 全身が炎に焼かれ、衣服も焼損している。全身を焼かれながら、必死で妖気のバリアを張っていたのであろう

「ククク、幸運に思えよ。本来なら貴様は影も残さず焼き尽くされる所だったのだ…
 殺すなと命令されているからな、命だけは助けてやったぞ」

 優曇華の身体を、爪先で引っ繰り返す
 相当なダメージを受けているが、まだ死んではいない

「このまま、紫様に引き渡すとしよう…。ククククク…」

 怪しげな笑い声を挙げ、藍は踵を返した




 狂視「狂視調律(イリュージョンシーカー)」





「―――!?」

 突如、藍の後方から弾丸型の妖気の塊が発射される
 藍は咄嗟にかわすが、それはまさに弾幕の如く、空間を埋め尽くさんばかりに発射される



「ぬぅぅ…、はぁ!!」



 藍は一気に全身から妖気を開放し、その弾幕を打ち消した
 藍が振り返った先には、息も絶え絶えながら立ち上がった優曇華の姿があった…

「馬鹿な、あれほどの重傷を受けながら、なぜ…!?」

 藍が激しく狼狽する。優曇華が受けていたダメージは、常人なら死んでいてもおかしくないレベルである
 衣服の焼損は戻っていないものの、焼き爛れていた皮膚や掌も元に戻っている

 まさか、不死身だとでもいうのだろうか…?

「はぁ…、はぁ…。お師匠様…」

 優曇華は八意印の印籠を握り締めていた…
 いつも携帯している八意永琳の傷の特効薬であった
 優曇華は藍が自分に後ろを向けた瞬間、この永琳特製の傷薬を全て使い傷を癒した

 そして、藍の隙をついて弾幕を放ったのだ…

「愚かなウサギめが、さっきの不意打ちで倒せなかったのは残念だな…」

 歪な笑みを藍が浮かべる。優曇華が立ち上がったということは、もう一度、あの強大な力を使えるということだった
 優曇華はその異様な笑みを受け、拳を構えた…

「ククク…、肉弾戦か…。いいだろう、こちらの力も見てやる…」

 藍は片手を吊り上げ、右半身に構える
 優曇華の構えは、月の都の軍隊格闘術の構えだ

「はぁ!」

 優曇華が先に仕掛けた!。優曇華の拳が、藍の頬を掠った。しかし、藍は平然とその拳をかわす
 優曇華の突きの伸びを完全に見切って、刺突の勢いが死ぬギリギリの距離で見切った

「く…!」

 さらに、優曇華はそこから踏み込み、今度は逆の肘で回し打ちを放つ
 しかし、これも同様に完全に勢いの死んだ所で見切られる

「ふふふ、それで攻撃しているつもりか!。止まって見えるぞ!」

 余裕たっぷりに、藍が優曇華を挑発する

「けぁ!」

 優曇華の動きは止まらず、そこから上段右回し蹴りを放つ

「―――!?」

 優曇華は驚愕する。藍は優曇華の蹴りを、かわすのでもなくブロックもしない
 あの位置から踏み込んで、交差法で肘を優曇華の水月に叩き込んだ

「ぐぅ…」

 優曇華が胸を押えて膝を突く。鳩尾は人体急所の一つであり呼吸を司る中枢でもある
 常人なら、確実に死に絶えたであろう

「はぁ!」

 胸を押さえ蹲る優曇華に、藍は蹴りを放つ
 優曇華は必死に転がり、蹴りから逃れる

「うぅ…」

 胸を押えながら、優曇華が立ち上がる
 急所打ちのダメージはそう簡単に抜けるものではない
 もう永琳の薬も無い、だが、立ち上がらなければやられる

「くくく…、そうこなくてはいかん」

 じりじりと藍は優曇華に近づいた

「はぁ!!」

 藍が優曇華の間合いに入った瞬間、優曇華は仕掛ける
 優曇華が身体を左右に振る。月のウサギ独特の動きで、優曇華が二重にブレて見える
 いくら藍の動体視力が優れていても、これならかわせない

 その体勢から、渾身の右回し蹴り―――!!

「………!?」

 優曇華の蹴りが、藍の左脇腹に決まる
 藍の身体がくの字に折れ曲がる

 だが、藍はダメージを受けていない

「はぁ!」

 藍は、優曇華の渾身の蹴りを左腕でブロックしていた
 そして、優曇華の蹴り脚に肘を落とした。優曇華の膝横に、藍の肘鉄が叩きつけられる

「ぐぅ…」

 優曇華の顔が苦痛に歪む。藍は膝が折れないように肘を落とした
 何故なら、その方が痛みが倍増するからだ

「ひゃあ!!」

 まるでムエタイのような動きで、藍は身体を素早く反転させ、今度は左の肘で優曇華の顔面を抉る
 優曇華は反射的にかわしたものの、頬がざっくりと裂け、血が流れ出す

「うぅ…、強い…」

 今度は右の膝を押える。鋭い痛みと鈍い痛みが交互に膝に襲い掛かる
 肘は人体で最も硬い部位の一つである。その硬さを利用しての鋭い攻撃
 そして、優曇華の攻撃をギリギリで見極める動体視力…

 月の兵士の中でも、最も優秀だった優曇華が、全く敵わないでいる
 これが、八雲紫の力を得た藍の力だというのか…

「ふふふ、いけないなぁ…。もっと愉しませてくれないと…」

「―――!?」

 藍は一気に優曇華との距離を詰めた。まるで雷神の如く、瞬時に優曇華の間合いに入り込む

「ぬぅん!」

「かは…!」

 藍の下突きが、優曇華の下腹部に入る。そこからさらに反対の手刀を優曇華の鎖骨に叩き込む
 急所を連打され、優曇華の意識が落ちかけるが、それでも藍は猛攻を仕掛ける

「ぐぁ…!」

 藍のローキックが、先ほど肘鉄を叩き込んだ右の膝に入る
 傷めた場所をさらに痛打され、優曇華の全身を雷に撃たれたかのような激痛が走る

「どうした!、月のウサギの力はこんなものか!」

 えげつない攻撃を仕掛けながら、藍は優曇華を追い詰める
 肘で急所を打ち、傷めている箇所を何度も攻撃した

 この戦いに審判がいたなら、とっくに止めているだろう
 だが、この戦いに審判はいない

「ふはは、紫様の力を得た私は無敵だ!。貴様などが私に敵うと思うな!」

 藍が優曇華の衣服を掴み、優曇華の腹部に膝蹴りを入れていく
 二人の身体が、ぴったりと密着した状態になる

(ここしかない!)

 優曇華が拳を握った

 妖忌との戦いで使った『虎砲』。完全に密着した状態から、全身のパワーを拳に乗せ一気に相手に叩き込む必勝の拳
 藍を倒すためには、もうこれしかない

 優曇華の拳が、藍の腹部に添えられる



「うおおおお!!!」



 優曇華の咆哮と共に、優曇華の拳から一気にパワーが放出される
 異様なスピードとパワーを誇る拳が、藍の身体を襲う



「ふん!」

「―――!?」


 ………!?

 なんと、優曇華が『虎砲』を放った瞬間、藍は透かすようにその拳をかわした
 優曇華の拳が、虚しく空を切る

 拳を添えられた状態から、『虎砲』の威力が伝わるまで、それは刹那もない
 言うなれば、銃口を身体に密着させた状態から、発射された弾丸をかわすようなものである

「はぁ!」

「―――!?」

 切り札の『虎砲』をかわされ、同様する優曇華の延髄に、藍は肘を落とした
 優曇華が、藍の足元に崩れ去る

「ククク、それがお前の切り札か、笑止な。この私にそのような技が通用するか」

 藍は優曇華を見下しながら言った
 かろうじて生きているものの、すでに優曇華は全身に力が入らない

「ふふふ…、素晴らしい強さだ。この力があれば、もう一度人間に復讐することもできる
 そうだ、再びこの国を恐怖で染めてやるぞ…。はーっはっはっは」

 藍の高笑いが、藍の作り出したスキマ空間に響く



(こんな所で…、私はどうなるの…)



 薄れ行く意識の中、優曇華が呟く
 それは、蚊の羽音ほどの弱い呟きである

 この藍は八雲紫に命令されているらしい。何故、紫は自分を捕まえようとするのか…

 まさか、このまま月の都に攻め入ろうというのだろうか…



(月の仲間たちも助けられず、幽々子さんを助けることもできず…
 こんな所で終わってしまうの…)



 優曇華の心に、月の兵士たちの顔が浮かぶ…
 このまま死ねば、皆の所に行くのだろうか…

 皆はなんと言うだろう…。仲間を見捨てた自分を恨んでいるだろう、罵るであろう…
 それは、どうしようもないことだ…。優曇華は、人を傷つける業から逃げられないのだ

 月の兵士たちも、そして、幽々子も…
 優曇華の脳裏に、幽々子の顔が浮かんだ…



(負けてはダメよ…。優曇華ちゃん…)



(―――!?)



 その瞬間、優曇華は幽々子の声が聞こえた気がした
 自分を励ます、幽々子の声が…



(私は…、私は…)



 優曇華の心に、強い葛藤が生まれる
 こんな所で倒れては居られない…。幽々子は、今でも苦しい思いをしているのだ
 幽々子は、『西行妖』の犠牲者がこれ以上増えないように、自らを苦しめている
 幽々子は戦っているのだ、自分自身と…



(私は…、こんな所では終われない…。幽々子さんが自分と戦っているのに、私だけ逃げ出すことはできない…!)




「何―――!?」



 その瞬間、藍は目を疑った
 もはや立ち上がれまいと思っていた優曇華が、自分の足で立ち上がったのだ

「馬鹿な…、こいつはもう、瀕死の重傷を負ったはず」

 信じられないような目で、藍は優曇華を見つめる

「く、くそ…!」

 藍はいきり立って優曇華に襲い掛かった
 立ち上がったとはいえ、優曇華が瀕死の重傷を負っているのには違いない
 藍の拳が、肘が、膝が、蹴りが優曇華の死に掛けた身体に容赦なく降り注ぐ

「ぐぅ…」

 しかし、それでも優曇華は倒れない
 両手でブロックを固く閉じ、亀のように守りを固め必死で踏ん張る
 藍がどれほど撃ち込もうと、優曇華は倒れない

 一体、なにが優曇華を支えているというのか…!

「えぇい!、もはや面倒だ!。このまま一気にトドメを刺してくれる!」

 そういうや、藍は右拳を一層強く握り締めた
 全身の力を一気に集中させ、この世の万物を破壊せんばかりの力で優曇華の顔面目掛けて拳を放った



「―――!?。うおおおお!!」



 しかし、それこそ優曇華が待っていた瞬間だった!
 一気にフィニッシュを決めようとした時こそ、最も攻撃した時のスキが大きくなる瞬間なのだ

 優曇華は両腕のブロックを解き、左拳に全身全霊の力を込めた!



「―――!?」

「―――!?。何ィ!」



 両者の拳が、空中で交錯する
 完全なるクロスカウンターが、藍の顔面に入った。同時に、藍の拳も優曇華の顔面を捉える
 しかし、初めて優曇華の攻撃が、藍を捉えた!

「ちぃ!」

 我に返った藍が、その拳で優曇華の奥襟を掴む
 そのまま、優曇華の身体を引き寄せながら、膝蹴りを優曇華の腹部に入れる
 両者の身体が、再び密着する

 そして、優曇華の右拳が、藍の腹部に添えられる



「うおおおお!!!」



「―――!?」



 その瞬間、優曇華の『虎砲』が決まった!
 今度は、藍もかわすことができない。一トン近い衝撃が、藍の身体を襲う

「ば、馬鹿な…。なぜ…」

 藍は激しく狼狽する
 八雲紫の力を得、最強の妖力を得たはずの自分が、なぜこれほどのダメージを受けるのか…



(愚かね…、藍…)



 藍の作ったスキマ空間に、何者かの声が響いた
 藍が『虎砲』のダメージに苦しむ中、優曇華も今までに受けたダメージの為に動けないでいる

 その声は聞き間違えるはずもない、八雲紫の声だった



(あなたは私の式神…。私の命令を聞いている限り、私の力を使うことができる…
 でもそれは、私の命令に従わなければ、私の力を使えないということでもある…)



 その声は、その者の意思が脳に直接語りかけてくるかのようであった



(あなたは、さっきの攻防で、このウサギを殺す気で攻撃を仕掛けた…
 私の命令は、生きたまま彼女を私の前に連れてくることだったはず…
 その瞬間、貴方は私の力を使えなくなったのよ)



「―――!?」

 自分の主人の言葉に、藍は驚愕する
 確かに、藍はさっきの攻防で優曇華を殺すつもりだった
 ゆえに、紫の力を使えなくなり、優曇華とクロスカウンターの打ち合いとなり、そして『虎砲』を受けた



(無様ね…。藍…)



 紫の言葉を聞いた瞬間、藍は崩れ去った…



(やれやれ、私の手を煩わすとは、使えない娘ね…)



 紫の言葉が、優曇華の脳裏にも響いた



「う、うわぁぁぁぁ!!!」



 その瞬間、優曇華は脳を締め付けられるような、強烈な圧迫感を感じた
 まるで脳に熱湯をかけられたかのような、異常な感覚が優曇華を襲う

 優曇華の脳裏に、次々と自分の記憶が蘇ってくる…

 月の都に生まれたこと。綿月姉妹に飼われたこと。月面戦争から逃げ出したこと…



「う、ううう…。やめて…、私の心を見ないで!!」



 優曇華の絶叫が、スキマ空間に響く
 だが、それでもおかまいなしに、優曇華の記憶が反芻される

 地上で永琳たちに拾われたこと。永夜事件のこと。吸血鬼のロケットのこと…

 優曇華の記憶が蘇るたび、優曇華の心がどんどん暴かれていく…
 優曇華がこれまで感じた悲しみ、憎しみ、苦しみが次々に優曇華の記憶から飛び出し、蘇っていく
 そのたびに、まるで優曇華の心は得体の知れない化け物に侵食されるように、心が崩れ去っていく

 精神とは、誰しも無防備なものだ。肉体のように鍛えることはできない
 優曇華の心の壁は、次々と崩れ去り、その化け物に侵食されていった



「やめて…、これ以上私の心を見ないで!。私の心を踏みにじらないで!」



 優曇華の絶叫は虚しく響くだけだった
 全身を震わせながら、優曇華の心は訳の分からぬ化け物に侵食されていく…


 そして、優曇華は意識を失った…
さあさあ、いよいよ物語も佳境に入りました

八雲紫に捕まった優曇華、西行妖を封印しようとする幽々子、優曇華を探す輝夜と妹紅
これから一気に後編に入りますよ~

作者独自の解釈があります
東方以外のパロディ・オマージュがあります
文章の書き方は気にしない

下のリンクから後編へ飛べます
シリーズ物なので序章から読んでね

砂時計さん、ありがとうございます
末永くお付き合いくださいね
ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1284973928&log=126
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コメント



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こういうの、好きだよ俺は
感情描写が凄いと思う