妖怪の噺をしませう。
ある日、子どもたちが山にいまして、春の溶けかけの堅雪を踏んだり、一直線にふまれている動物のあしあとを追ったりしてあそんでいますと、まだ真っ白な山のむこうからどこからともなく楽しさうに歌ふこえがきこえてきまして、五人ばかりいた子供達は寒くもない小春日和ですのにがたがたとふるえました。
藪のむこうから出てきましたのは、子供達とほとんどかわらない
「鬼が来たよ。」
「あぁ来たよ。」子供達の言葉に、鬼はのんびりとまるで道端の石ころをながめるやうに云いました。
「きっと冬眠から覚めたのだらう。」
「鬼は冬眠などしないよ。」
「では鉄道がとおったから出てきたのだらう。」
「鬼には鉄道なんかちっとも必要でないよ。」
子供達はまだがたがたふるえておりましたけれども、そのうち怖がるのもいい加減になってきて、だんだん怖くなくなってきて、ついには一人の子供がおそるおそる尋ねました。
「お前ほんとに鬼か。」
「あヽ鬼だよ。見てわからなかったのかい。」
「人を攫うのか。」
「そりゃあ攫うとも。」
「人を食うのか。」
「そりゃあ食うとも。」
「酒を飲むのか。」
「そりゃあ飲むとも。」
「やっぱり鬼だ。」子供達はがたがたとふるえました。
鬼はそれを見て少し楽しそうにしていましたけれども、急に足もとの雪を手ですくいますと、すばやく子供たちに向かって放りました。きらきらと光る雪が子供達にかかって子供達はきゃあきゃあ騒ぎました。鬼が楽しそうに笑いましたので子供達もすっかり笑ってしまっていました。
それから子供達はお日さまが遠いやまの方へしずむまであちこちをかけまわってあそびました。
お日さまが沈みますと、鬼はあくびをしながらふらふらと山へ帰ってゆきました。子供達も急にさびしくなって、そうしておなかがへったのをおもいだしてもういっさんに家へとかけてゆきました。
こんなのが鬼と云ふものです。
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妖怪の噺をしませう。
ある日子供達が川でやまめをぴかぴかのやすで突いたり胡桃をひろって遊んでおりますと、どこかからがちゃがちゃと云ふ音が聴こえまして、つぎになにかカンカンという音が聴こえてきました。子供達はまだお盆をすぎておらず川の水もそんなにつめたかったと云ふわけでもないのにがたがたとふるえました。
川原の葦の中からでてきましたのはまるきり春の空の色の服を来た河童でした。河童は手になにかすべすべとした箱のやうなものを持っていて、頻りにそれをねじ回しで突いたり、ひっかいたりするやうにしておりました。
「河童が出たよ。」
「河童ぐらいどこにでもいるだらう。」河童がめんどうくさそうに云ひました。
「きっと夏だから出てきたのだらう。」
「河童は夏でも冬でもいつでも水の中にいるんだい。」
「きっとアメリカやイギリスと戦をしているから出てきたのだらう。」
「アメリカやイギリスなんて承知していないよ。」
子供達はまだがたがたふるえておりましたけれども、そのうち怖がるのもいい加減になってきて、だんだん怖くなくなってきて、ついには一人の子供がおそるおそる尋ねました。
「お前、本当に河童か。」
「あヽ河童だとも。」
「人を溺れさせるのか。」
「そんな乱暴はしないよ。」
「尻子玉を抜くのか。」
「そんな物騒はしないよ。」
「きゅうりを食べるのか。」
「そいつは腹いっぱい食べるよ。」
「やっぱり河童だ。」子供達はがたがたとふるえました。
河童はまだ手元の箱をいじっておりましたけれど、急にぱんと手を叩いてラジオを地面におきました。するとどうでせう。小さなラジオが突然歌ひだし、東京や大阪のはやりの歌を楽しく歌い始めましたので、子供達はわあわあ騒ぎました。河童がにやにやと笑ひましたので子供達もすっかり笑ってしまっていました。
それから子供達はお日さまが空たかく上るまでラジオが歌うとおりにたのしくうたっておりました。
お日さまがたかく上りますと、河童は子供達にラジオを手渡して、ざぶざぶと川をわたって川向こうへすっかり消えてゆきました。子供達も急にさむくなって、それから馬をつれて山へいって草をはらいっぱいたべさせろとおっ母さんにきつく云われていたことをおもいだしてもういっさんに家へとかけてゆきました。
こんなのが河童と云ふものです。
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妖怪の噺をしませう。
ある日子供達が公園でベーゴマを戦わせたりメンコをしたりして遊んでおりますと、どこかからがびゅうと生暖かいきびのわるい風が吹いてきまして、空をばさばさと何かがすごい速さで飛んできました。子供達はまだ夏から秋のさしかかりで気温もそんなにつめたくなっていると云ふわけでもないのにがたがたとふるえました。
空からおりてきたのは高下駄に黒くびかびかとあやしくひかる羽を広げた天狗でした。天狗は首から黒いカメラをぶら下げてそれを頻りにのぞきこみながらまるで穴から出る前の子ねずみのやうにきょろきょろとあたりをみわたしておりました。
「天狗が出たよ。」
「ここらじゃ天狗は珍しいでせうか。」天狗がすこし笑いながら云いました。
「きっと秋だから出てきたのだらう。」
「天狗には雪も夏のあつさもぜんぜん関係がないですよ。」
「きっとオリンピックをやるから出てきたのだらう。」
「オリンピックは私とは関係がないですよ。」
子供達はまだがたがたふるえておりましたけれども、そのうち怖がるのもいい加減になってきて、だんだん怖くなくなってきて、ついには一人の子供がおそるおそる尋ねました。
「お前、本当に天狗か。」
「そのとおり、天狗です。」
「人を攫うのか。」
「むかしはしていました。」
「風を吹かせるのか。」
「もっとむかしは吹かせられましたとも。」
「下駄をはいて山の峰を飛んでゆくのか。」
「おおむかしは飛んでゆきましたよ。」
「やっぱり天狗だ。」子供達はがたがたとふるえました。
天狗はしばらく困ったようにしていましたけれども、とつぜんカメラを取り上げると、黒く光る羽をぴゅうとならして空へまいあがってしまいました。子供達がびっくりして上を見ていますと、天狗はすぐに地面におりてきて写真を子供達に見せました。自分達の家や学校やお父さんや母さんがはたらいている工場がちいさく写っていて、まるでおとぎ話の人形の街のやうになっていましたので、子供達はわぁと声を上げました。天狗が自慢するやうに胸をそらすので子供達もすっかり笑ってしまひました。
それから子供達は、天狗がとってくる写真をかわるがわる見ながらきゃあきゃあと楽しくさわいでおりました。
五時のサイレンがなりますと、天狗は子供達にとった写真をみんなあげてしまいました。それから、ちょっとさびしそうにわらいながら空に飛び上がって東の空にすっかり飛んでいってしまいました。子供達も急に心細くなって、それから先生に言いつけられた宿題をすっかりやっていないのをおもいだして、わき目もふらずにいっさんに家へとかけてゆきました。
こんなのが天狗と云ふものでした。
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妖怪の噺をしませう。
ある日子供達が公園でゲームをしたりひとりでお母さんのかえりをまちながらブランコにのって遊んでおりますと、どこかからじゃらじゃらと云ふ音が聴こえまして、それから楽しさうに歌う声がしまして、子供達はいっせいに顔を上げました。子供達はもう冬だと云ひますのにちっともふるえませんでした。
ひとりでブランコにのっていた女の子がなにか思いきったやうに云ひました。
「鬼が来たよ。」
「鬼なんているわけないだらう。」一人の子供がめんどうくさそうに云いました。
「きっともうすぐ冬だから出てきたんじゃない。」
「冬でも秋でも鬼はいないよ。」
「きっといまはいないけれど昔はいたんじゃない。」
「いまもむかしも鬼なんていないよ。」
「わたし、たしかに聞いたんだよ。」
ブランコにのっていた女の子はなきそうになりながら云ひました。ゲームをしていた子供は一寸顔を上げましたけれども、すぐにゲームをまたはじめてもう二度と顔など上げることはしないという具合にじっと俯いてしまひました。
こんなのが人間と云ふものです。
こんなのが人間と云ふものです。
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妖怪の噺をしませう。
ある日、(二人の)子供達ががたがた電車を乗り継いで山の奥にあると云ふちいさな神社を目指していました。子供達は真っ黒な手帳を見たりむつかしい物理の話をしながらわあわあ騒いでいました。
すると座席に座っていた黒い帽子をかぶってまるで西洋の紳士のようにネクタイをしめた子供がとつぜんに云ひました。
「妖怪が出るといいねぇ。」
隣の座席に座った金色の髪をした女の子が答えました。
「出るといいわねぇ。」
「鬼が出るといいねぇ。」
「出るといいねぇ。」
「河童が出るといいねぇ。」
「出るといいねぇ。」
「天狗が出るといいねぇ。」
「出るといいねぇ。」
子供達(それはきっとまだ女の子なのだ)は、なにか楽しさうに云ひます。
「妖怪はどうして出てくるのかしら。」
「きっと世の中にたのしいお祭があると出てくるのよ。」
「鉄道が通ると出てくるのかしら。」
「鉄道はあまり関係ないんじゃないかしら」
「戦があると出てくるのかしら。」
「戦はお祭ではないと思ふわ。」
「オリンピックかしら。」
「オリンピックと妖怪はなにも関係がないでせう。」
「月に旅行にいけるやうになると出てくるのかしら。」
「さあね、わからないわ。」
電車はがたがたとふるえながらまるで歌にあわせて歌うやうにどこかへと走ってゆきます。
こんなのが人間と云ふものでせう。
了
会えるといいね
……そう、本当に言いたくなりました。
とりあえず雰囲気は味わえた。
オグバーンの著書『社会変動論』に思いをいたしました。
SFでは有り勝ちかも知れませんけれども、
逆に量子コンピュータが実用化された未来、或は秘封の時代に於いては、
喪われた幻想をサーバの中に復活させる
と言うことも不可能ではないのやも――などと夢想しましたり。
誰といわずに(タグで言ってるけど)話の中で人物像を語ることで想像を膨らませてくれる。
秘封の二人は会えるのでしょうか。
完全に蛇足ですが、時代的に「ラヂオ」じゃないかなとか考えてました(作者の設定が正しいのでしょうが)。
昔話を聞いているような、絵本を読んでいるような。
面白かったです。
雰囲気は良いので、この点で
戦前小説調の文体で描かれる妖怪と人間が、
自分の好みをピンポイントに突いてきました。
ただ、時系列を追った話なら、
文体も新仮名遣い→ラノベ調→秘封と変化していけばもっと良くなったかなと感じました。
オリンピック以降の文で旧仮名遣いが引っかかったので-20点しました。
いづこかに彼女等は必ず居る。
たとえ心が曇り、私たちのまなこが彼女らを映せなくなつていたとしても、
たとえ刻が経ち、私たちの記憶から消えさつてしまつたとしても、
彼女らは、鬼は、河童は、天狗は、今も変わらずにどこかで宴を繰り広げているのでさう。
そして、もし私が私の目の前の人が妖怪だつたと気付いても、私はこの人の隣にいることを望むのでさう。
…蛇足ですね
自分たちが輝いていた、あの時を思い出しながら。
今日も今日とて、酒を飲む。