Coolier - 新生・東方創想話

けんかばなし

2010/09/08 22:18:08
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1.

 完全な暗闇。自然とそんな言葉が出てくるような部屋だった。窓も明かりも一切なく、彼女の手と息遣いだけが空気を揺らす。音ですら彼女が立てるもの以外にはなく、そこは完全に彼女だけのための空間だった。
 部屋に置かれた数少ない家具の一つである椅子に腰掛け、机に置いて無造作に開いた本をじっと見つめている。
「ここにいたのね」
 小さいが抑揚も遠慮もない声と共に、彼女だけの空間と外を隔てる扉が開かれる。外の光が部屋の中に入り込むと、彼女はそちらを方を向いて顔をしかめた。
「いつもの所にいないからどこに行ったのかと思えば。いるなら灯りくらいつけなさい」
 眩しいのか不快なのか、どちらともとれない表情をした彼女を前に、悪びれもせず言葉を続ける人影。彼女からは逆光で顔は見えないが、それが誰なのかはすぐにわかった。
「暗闇でも、私には見えますから」
「こっちが気味悪いのよ」
「そんなの、私には関係ありません」
 遠慮なく浴びせかけられる声に、遠慮なく言葉を返す。目の前に立つ影は軽くため息をつき、部屋に足を踏み入れた。彼女は微動だにせず、椅子に腰掛けたまま人影を見上げると、銀色の髪に光が透けて見える。彼女は純粋に綺麗だと思った。
 銀髪の人影が、腰掛けている彼女の傍に立つ。逆光で顔は見えないが、きっと無表情なのだろうと彼女は思った。
「何を読んでいたの?」
「下らない、お伽話です」
「…下らない、ねぇ」
 呆れたように銀髪の人影が呟く。彼女の顔は本に向き直っていたが、視線は文字を見てはいなかった。きっと外の光が眩しいのだろう。
「でも、好きなんでしょう?」
「…………」
 再び浴びせかけられた遠慮のない声。しかし、それに対する彼女の返事はなく、ただ両手で黒いスカートを握り締めている。すると、突然机の上にティーセットが現れた。それは正しく「現れた」としか表せないほど唐突なことだったが、彼女は大して驚くこともなく、銀髪の人影に向き直った。
「どうして、ここへ?」
「…………」
 彼女が尋ねたが、答えは返ってこない。もともと返事など期待していなかったのだろうか、続けて尋ねようともしなかった。
「私は仕事に戻るけど…、あなたも早めに戻ることね」
 それだけ言うと、銀髪の人影は身を翻し、部屋の外へと足を向ける。膝より少し上ほどの丈のスカートがふわりと少しだけ舞い上がった。

2.

―――――
 紅魔館。かの有名な紅霧異変を引き起こした「永遠に幼く紅い月」ことレミリア・スカーレットが率いる、幻想郷におけるパワーバランスを担っている勢力の一角であるが、現在、少々困った問題が発生している。
 「動かない大図書館」ことパチュリー・ノーレッジと、その下僕である名もない小悪魔が、現在進行形で戦争――もとい、冷戦の真っ最中なのである。その累は紅魔館に住まう者全てに及んでおり、気分の悪い冷たさを孕んだ空気の中で生活することを余儀なくされている。無論、館主たるレミリア・スカーレットにおいても例外ではない。
 現在の紅魔館においてこのような事態が発生することは非常に稀である。慣れない事態に館主も戸惑っており、対策を練っている模様。
―――――
 半分に欠けた月と備え付けられた灯りが控えめにテラスを照らしている。そこに置かれた椅子に腰掛けて一通り記事を読み終わると、レミリアは明らかに不機嫌そうな表情で顔を上げてため息をついた。
「何でこの話が天狗に漏れているのさ」
「美鈴が漏らしたものかと思われます」
「何でわかるの?」
「私が天狗に言ったので」
 その現場を想像し、再びため息をつく。今度は先ほどよりも深く、更に手のひらで顔を覆っている。どうせ、「忙しいから美鈴に聞け」とでも言ったのだろう。指の間から薄く開けた目を咲夜に向けて言った。
「全く、どうして追い返さなかったのさ」
「仕事が忙しかったので」
「侵入者を追い返すのは仕事じゃないのかねえ」
「それは美鈴の仕事ですわ」
 ああ言えばこう言う、という言葉がぴったり当てはまるような返答に、レミリアは心底呆れている。そんな主人に咲夜は怪訝そうに小首を傾げて言った。
「しかし、知られて特に困ることでもないのでは?」
「私の知らない所で話が進んでいるのが我慢ならないの」
 はあ、とよくわからないといった風に返す咲夜。その白々しい態度が呆れている原因なのだが、この従者はそれをわかっていてやっているため始末に負えない。
 それをよく理解しているからか、レミリアはそれ以上追及することもなくあきらめたようにティーカップを口に運び、更に顔をしかめる。
「…今度は何を入れたわけ?」
「冬虫夏草です。健康にいいと思いまして」
「……そうね」
 何も言うまい、と心に決めたように相槌を打つ。もう一度口をつけ、更に顔をしかめると月を見上げて言った。
「どうしたもんかしらねぇ」
「冬虫夏草はお気に召しませんでしたか?」
「それじゃなくて。いやそれもそうなんだけどさ」
「では何を?」
「これよ、これ」
 曖昧な訂正をして先ほど読んでいた新聞を掴むと、咲夜の目の前に差し出した。
「天狗に何を話したかは美鈴に聞いて頂かないと…」
「違う」
「では、文章でしょうか?確かに新聞としては曖昧な表現が多すぎますね、事実だけを簡潔かつ正確に書き表さなくては。これでは一行で終わってしまう内容を尺稼ぎのために無理矢理伸ばしたのが見え見えですわ。結局何が起こっているのかはさっぱりですし」
「あんた、わざとやってるでしょう」
「はい」
 この従者、これで仕事はきちんとこなしているからどうしようもない。この館で行われる家事のほぼ全ては彼女が一手に担っており、もはやなくてはならない存在となっている。この遊びを控えてくれれば言うことなしなのだが、それは贅沢というものだろうか。
「ああもう!私が言ってるのはこの記事になってる二人のことよ!」
「ええ、存じておりますわ」
 本気になってしまうところを危ないところで留める。そんなことをしても何の意味もないどころか、むしろ更に咲夜を楽しませてしまう。そう考えたレミリアがぐっと堪えていると、空気を察したのか咲夜から口を開いた。
「先ほど、様子を見てきましたわ」
 それを聞き、込み上げていたものがすっと下がっていく。故意か天然かはわからないが、解放されようとしていた鬱憤は寸でのところで霧散した。
「へぇ、そう。どっちを?」
「小さいほうを」
 何が、とは聞かない。また先ほどのやり取りに逆戻りしそうな気配を感じ取ったからだろう。……どこか悔しそうにしているのはきっと錯覚なのだ。
「それで、どうだったの?」
「暗かったですわね、いろいろと」
「そう、まぁ予想通りね」
 さてどうしたものかと考える。正直この手の問題は苦手なのだが、他でもない家族同士のことである以上、主が何らかのアクションを起こさなければならないだろう、と。
というかもうこれ以上この空気に耐えられないというのもあるのだろう。何故に自分の家でこんな息の詰まる思いをしなければならないのだろうか。
 そこまで考えたところで、自分に向けられている視線に気付き、その視線の主である咲夜に向き直って言った。
「どうかしたのかしら?」
 少し驚いたように身を強張らせる咲夜。だがそれも一瞬のことだった。
「いえ、何でもありません」
「そう?何か言いたいことがあるのなら言った方がいいわ。我慢は体に毒よ」
「そう、ですか…」
 それでも少し遠慮がちに俯いている。何かを躊躇っているのだろうか。少し待ってやると意を決したように顔を上げてこちらに向き直った。
「実は、私は今回のことについてよく把握していないので…。何があったのか教えては頂けませんか?」
「あら、意外ね」
「何がでしょうか?」
「てっきり甘いのでも欲しがっているのかと」
「私はそんないやしんぼではありませんわ」
 そう言うと、少しだけ頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。普段自分が人をからかう癖に自分がされるとなるとすぐにこれなのだ。
「というか、知らなかったのね。そっちの方が意外だわ」
「私はメイドであって管理人ではありませんので」
 頬を膨らませたままぶっきらぼうに言う。皮肉だととったのだろうか、自分が蚊帳の外にいると感じたのだろうか。前者だろうと思われるが、後者なら可愛いものだ。
 そんな咲夜の仕草を見て微笑ましく思いながら、言葉を続ける。
「まぁいいわ、教えてあげる」
 そう言うと、レミリアは語り始めた。

3.

 ことの始まりは数日ほど遡る。その日は雨が降っていた。館の周りには降らないよう細工して貰っているが、どこにも行けない事は変わりなく、退屈な時間を過ごしていた。雨は嫌いだ。吸血鬼だから雨の中出歩けないというのもあるが、どこか憂鬱な気分になってしまう。
「暇…」
 もう何杯目になるかわからない紅茶を前に、もう数えるのも億劫なくらい吐いた呪詛をまた吐き出す。しかしそれで雨が止んでくれるはずもなく、恨めしく窓の外を眺めている。
「仕方ない…、パチェのとこにでも行くか」
 独り言にしては少し大きかったと自分でも思う。あまりに気分が憂鬱で、言葉に出さなければ行動一つできなくなっているのだろう。それを自覚してしまい、ため息をひとつ吐いてドアを開けた。
「「……あ」」
 つい声をあげてしまった。それは相手も同じだったようで、声が二重に響く。手を上げて甲をこちらへ向けているのは、今まさにドアをノックしようとしていたということだろう。そんなタイミングで相手が出てきたのだから驚くのも無理はない。勿論、それは私にも言えることだった。
「ちょうどいいタイミングだったみたいね」
「あ……、うん」
 先に声をかけたのは私で、相手はまだ呆けていたのか、私の声で我に返るとおずおずと手を下げた。虹色の翼が恥ずかしそうに垂れ下がり、しゃらしゃらと綺麗な音を立てる。
「それで、どうかしたのかしら?フラン」
「あ、えと…、今どこに行こうとしてたの?」
「パチェのところだけど…」
 先ほどの驚きがまだ残っているのか、言葉につかえながら喋っていた。それに私が返答すると、また少し驚いたようにこちらを見て、納得したように頷く。
「うん、それならいいんだ。…私の用事もそれだったから」
「………?」
 私が図書館に行くのが用事?私を図書館に誘おうとしていたのだろうか。それにしても不思議な用件ではあるが。確かにフランはよく図書館に行っているようだが、いつも一人で行っている。少なくともこれまで私を図書館に行こうと誘ったことはなかった。
「どういうことかしら?」
「…行けばわかるよ」
 それだけ言うと、踵を返して歩き出す。
「そっちは図書館と逆よ?」
「いいの、私の用事はもう済んだから」
 言われてよく見ると、片手に厚手の本を抱えていた。とすると、既に図書館へ行った帰りなのだろう。あまりに不可解で戸惑っていると、フランはさっさと歩いていってしまい、一人部屋の前に取り残されてしまった。
「何なのよ、一体…」
 また少し不機嫌そうにぼやく。が、正直言うと内心ではこれで退屈が紛れるのではないかと少し喜んでいたりもした。

 紅魔館の地下に備え付けられた図書館。そこの住人である私の親友パチュリー・ノーレッジは今日も変わらずそこにいるだろう。こんな埃っぽいところにいるから喘息なんて患うんだと思うのだが、当の本人は全く気にしていないようで、実際何度か言ってみたが取り付く島もなくあしらわれてしまった。
「おーっす」
 私にとっては少し大きい図書館の扉を開き、姿は見えないが中にいるであろうパチェに聞こえるよう声を上げる。返事がないのもいつものことで、気にせず本棚を分け入るように奥へ進んでいく。すると、少しだけ開けた場所にテーブルと椅子が見えた。そこがパチェの定位置で、何かの用事がない限りはいつもそこにいる。しかし、その日は違った。
「パーチェっ……って、あれ?」
 本棚から顔をひょいと覗かせて声をかけるが、呼びかけた本人はそこにおらず、あるのは物言わぬテーブルと椅子、そしてこれでもかというほど雑多に散らばった本、本、紅…。
「あ、お嬢様」
「なんであんたがここにいるのよ」
 この館の門番である紅美鈴。彼女が本棚の反対側から私と同じように顔を覗かせていた。その体勢のまま話を続ける。
「私だって本くらい読みますよう」
「そうじゃなくて、門番はどうしたのよ」
「別にいなくたって問題ないでしょう。昔じゃないんですし」
 その言い方に少しむっとしたが、それは確かに正しいので反論することはしなかった。
「ところでお嬢様、パチュリー様を見かけませんでしたか?」
「私も今来たところだから知らないね」
 憮然としている私に構わず話を続ける。気付いているのかいないのか、おそらく前者だろう。腹立たしいことだが。しかし、こんなことでいちいち怒っていても疲れるだけだし、何よりも想像してみるととても情けない画になるので話を合わせる。
「そうですか…、どこにいったんでしょうね」
「パチェに用事でもあるの?」
「別にそういうわけじゃないですけど、いないと落ち着かないじゃないですか」
「…ま、確かにね」
 つい先ほど彼女がいないことで肩透かしを食らった気分になったのを思い出して同意する。多分、この場に美鈴がいなければ私もパチェを探していただろう。暇潰しにもなるし。と、そう思ったところでまた一人現れた。
「何やってんのよ」
「あ、パチェ」「あ、パチュリー様」
 二人で同時に言う。暇潰しの種があっけなく潰れてしまって少し残念なところだが、目的は達成されたのだからよしとしよう。
「どこ行ってたの?」
「別にいいじゃない。私だってここから動くことくらいあるわ」
 不機嫌そうに言う。しかし、いつも不機嫌そうな顔をしているので今本当に不機嫌なのかが未だによくわからない。しかし、それでも奇異なものを見るような目をしているというのはわかった。まぁそれはそうだろう。本棚に半身を隠して見つめ合っている二人など、滑稽以外の何者でもない。
「それで、何の用?」
「いやー、暇だからさあ」
 更に顔をしかめるパチェ。これは本当に不機嫌になっているのだろう。
「ここはカジノじゃないのだけれど」
「ええ、存じておりますわ」
「……」
 咲夜の真似をしてみたら黙りこんでしまった。これは本当に不機嫌になっているのだろう。全く、この魔女は頭でっかちで少しユーモアが足りない。
「とにかく、部屋に戻ってくれる?悪いけど、今は貴女の相手をしている暇はないから」
 何の変化もない平坦な表情でそう言い放つ。心なしか居心地の悪そうにしている美鈴が目につくが、構わず話を続ける。
「そういえば、さっきフランが来てたみたいだけど、なんかあった?」
「……何もないわ」
 途端に顔を強張らせて目をそらした。心なしか汗もかいている気がする。どこまで嘘が下手なんだこの魔女。
「慣れないことはするもんじゃないわよ、パチェ」
「何のことかしら」
 往生際が悪いとはこのことか。明らかにバレていると本人もわかっているはずなのだが、それでも隠そうとしている。
「そう、ならフランに聞いてみようかしらね」
「好きにすればいいじゃない」
 ううむ、なかなか強情だ。自分で言ってなんだが、できればそれはしたくない。フランはどういうわけか直接私には言わなかった。ということは、理由は知らないがフランはできれば口にしたくない、もしくは私に直接確認して欲しいのだろう。まぁ口下手だから上手く説明ができないだろうという可能性もあるが。
 そう考えていると、不意に美鈴が口を開く。
「そういえば、小悪魔はいないんですか?姿が見えませんが」
「あら、そういえばいないわね。すっかり忘れてたわ」
 言われて見回してみると、確かにいないようだ。いつもなら腰巾着のようにパチェと一緒にいるのだが。司書の仕事をしている気配もないし、おそらくはこの図書館にいないのだろう。
「あの子なら自分の部屋にいるわ」
「部屋に?珍しいな」
 一応小悪魔にもこの館の住人として部屋があてがわれている。しかし、使役している主がほとんど図書館から出なかったり、受け持つ仕事が全て図書館のことだったりでほとんど使われることはない。
「どうしたのさ、いつもは全然使わないのに」
「別に何もないわ。ここに縛り付けているわけじゃないし」
 それはそうなのだが、どうも釈然としない。心なしかパチェの表情もさっきより硬くなっているような気もする。
「あぁ、ひょっとして小悪魔と喧嘩でもしました?」
 どうやら図星だったようだ。全身が電気ショックでも受けたみたいに震えた。なるほど、フランが言っていたのはこのことか。パチュリー以外で図書館を使う者はフランくらいしかいない。とすれば、これはまだ館の住人には知られていないということで、まず主である私の所へ来たフランの判断は正しかったと言えるだろう。流石私の妹。
しかし、全く。こいつほど隠し事が下手な奴もそうそういまい。というか美鈴、なぜ今のやりとりでわかった。
「何で今のやりとりでわかるのよ」
 と思っていたらパチェが代弁してくれた。どうやら観念したらしく、パチェが諦めたようにこちらへと向き直る。ただ、それでも不機嫌そうな顔は崩さない。
「何だ、そうなのか。何でまた?」
「あなたには関係ないわ」
「…そりゃどーも」
 取り付く島もないとはこのことか、先ほどより一層頑なになっているようだ。もうこれ以上話すことはないという意思の表れだろう。
パチェはもう何も話してくれないだろう。嘘を吐くのは下手だが、さすがに魔法使いだからか口は信じられないほど固い。完全に黙っている状態になるため、誘導尋問も一切通用しない。しかし私もここで諦めるわけにはいかない。私はこの館の主であり、館の中での事は私が管理していなければならないのだ。少なくとも私自身はそう自負している。
「じゃあ仕方ない、小悪魔の所に行くか」
「そうですね」
 そう言って美鈴と共に図書館を後にした。もう門番がどうとか言うのは止そう。どうせ咲夜が何か言うだろうし。

4.

「それで、小悪魔はなんと?」
「それがドアを開けてくれなくてね。話を聞くどころじゃなかったの」
 そう言ってティーカップに手を伸ばす。少々長い話だったので既に冷めてしまっているが、レミリアが手に取る直前に湯気と高貴な香りを放つ淹れたての紅茶に変化した。
「あら、お嬢様なら無理矢理にでも話を聞くのかと思いましたが」
「さすがにこじ開けるわけにもいかないでしょう?それに、無理矢理なんてよくないよ。ちゃんとお互いの合意の上じゃないと」
 そう言って一口紅茶に口をつける。今度は普通のものらしく、少しだけ顔が綻んだ。
「でも、困ったわね。喧嘩したということはわかるのだけど、何が原因なのかわからないとどうしようもない」
「そうですわね。放置するわけにもいかないし」
「とはいえ、どうするかなぁ」
 ティーカップを置き、深くため息をついて椅子の背もたれに体を預ける。今日は雲一つない快晴。昼間は彼女にとって憎むべき敵である太陽が席巻しているが、夜になってしまえば恐れるものは何もなく、こうして悠々と美しい夜空を見上げていられる。
 そのまましばらく満天の星空を見上げていたが、ふと思い立ったように身を起こし、座っていた椅子から立ち上がった。
「どちらへ?」
 突然の行動に咲夜が問う。主が突然なのはいつものことだが、未だにそれらが予測できたことはあまりない。
「ちょっと小悪魔のとこにね。あんたもついてきて」
「ですが、入れてくれなかったのでは?」
「あんたは入ったんでしょ?それに、今なら少し落ち着いてるかもしれない」
 それだけ言うと、用件は言ったとばかりに歩いていってしまった。咲夜はしばらく呆然としていたが、レミリアの姿が少しばかり小さくなってから一つため息をつき、次の瞬間テーブルに置かれたティーセットと咲夜の姿が掻き消えた。

5.

 全てが紅く染められていると有名な紅魔館。それは外見だけではなく内装も同様で、壁や床は勿論のこと、装飾や調度品まで完全に紅くデザインされている。一体誰が設計したのかは謎だが、見る人が見れば麻薬中毒者の屋敷だと勘違いするだろう。
 そんなお世辞にも目に良いとは言えない廊下を歩く人影。腰まで伸ばした髪と同じ色をした寝巻きにも見える紫色の服を纏い、月の飾りがついた帽子を被っている。彼女こそ、この館の主と従者が話題にしていたうちの一人、パチュリー・ノーレッジである。
 普段こそ紅魔館の地下にある図書館から出歩くことはないが、しかし現在こうして図書館を離れている。元々無愛想な顔に磨きをかけるように暗い表情を浮かべ、心なしかその足取りもどこかふらふらしている。これを見た者は誰しも危なっかしいという印象を抱くだろう。
「あ……」
 ふと、唐突に足を止めた。全くの上の空で歩いてきていたからか、たった今初めて自分がどこにいるのかを自覚したようだ。反射的に足を止めて固まったその視線の先には、ある部屋へと繋がるドア。
「………」
 少しの間迷っているように視線を泳がせていたが、すぐに踵を返してまた歩き出した。先ほどのようなふらふらした足取りではなく、しっかりと目的を定めているように床を蹴る。
誰もいない廊下に、軽く柔らかな足音が静かに響いていた。
「…パチュリー?」
 その一部始終を見ていた人影があった。短い金髪と真っ白な肌、そして虹色の翼を持つ少女。この館の主であるレミリアの妹、フランことフランドール・スカーレットだった。かつては紅魔館の地下室に引き篭もっていたが、ある日を境にして変化が現れ、最近は地下室を出て館内を歩き回っている。
 特に本を読むことに興味を示し、現在は図書館に通いつめている。あまり親交がなかったパチュリーともよく話すようになり、今では家族として気の置けない間柄になっているようだ。
「あっ…」
 やはり冷静ではないのか、パチュリーはフランに全く気付くことなく、そのまま歩いて行ってしまう。思わずそれを追おうとしたフランだったが、手をパチュリーの方に向けて少しだけ声を出すだけで、足はそちらへ向かうことはなかった。
 曲がり角を曲がってしまいパチュリーの姿が見えなくなると、手を下ろして俯く。虹色の綺麗な翼も垂れ下がってしまい、どこか輝きもぼやけて見える。そんなフランにかけられる声。
「妹様?」
「くゅっ!?」
 突然のことで驚き、奇声を上げながら飛び上がって振り返る。相手もそんなフランの様子に驚いたのか、身を仰け反らせて半歩下がっていた。
「めい、りん?」
 そこにいたのは、いつも門の前に立ち侵入者から館を守っているはずの美鈴だった。
「す、すみません。驚かせてしまいましたか?」
「あ、ううん。大丈夫」
 互いに体勢と気持ちを整えて言う。
「それで、何をしていたんですか?」
「あ、うん。ちょっとパチュリーをね…」
「パチュリー様?…あぁ、そういうことですか」
 気を使う程度の能力のためか性格によるものか。異常に察しのいい美鈴は今の一言だけで状況を把握したようだ。とはいえ、やはり完全に把握することはできないようで、フランに疑問を投げかける。
「パチュリー様はどんな様子でしたか?」
「なんか、うわの空でふらふらしてる感じだったよ」
 ふうむ、と顎に手をやる。しばらくの間その体勢のまま何事かを考えていたようで、その間フランはじっと美鈴を見つめていたのだがそれを全く気にする様子もなかった。そして次に顔を上げると言った。
「本当は小悪魔の様子を見に来るつもりだったんですが…、先にパチュリー様の所に行きましょうかね」
「そうだったの?どうして?」
「……なんとなく、ですよ」
「………?」
 わけがわからない、といった風に首を傾げるフラン。それを見た美鈴は微笑を浮かべ、フランに問いかけた。
「妹様も一緒に行きませんか?」
「え、いいの?」
「勿論です」
「…じゃあ、行く」
 突然の提案に驚いたのか、フランは目を丸くして美鈴を見返した。だが、すぐに我に返って肯定する。きっと自分も行きたいと思っていたのだろう。それを言い出そうとしていたところへの提案だったので、面食らってしまったのだ。
 それを確認すると美鈴はそのままフランの脇を通り過ぎて行く。フランはそんな美鈴を見て、急ぎ足で美鈴の背中を追っていった。

6.

 大図書館に足を踏み入れると、独特の黴臭さとまとわりつくような湿気に歓迎される。正直なところ、フランはこの匂いが好きではなかった。大図書館に入るたびにこの匂いに迎えられ、たまらず軽く咳き込んでしまう。気温は魔法で調節されているが、その他の空調には手をつけられていないためパチュリーに進言したこともあったが、「死にはしない」と一蹴されてしまった。
 そんな空間へ足を踏み入れるフランと美鈴。まず迎えてくれたのはやはり黴臭さと湿気だったが、今はそれほど気にならなかった。その足取りはどこあ不安そうなものだったが、確実に二人をパチュリーのいるであろう場所に運んでいく。
「美鈴、パチュリーいるかな…」
「うーん、どうでしょうねえ」
 返事に窮する美鈴。普段ならいつでも図書館にいるのだが、さっきの様子を見る限りだと不在の可能性もある。しかし、その心配は無用だったようだ。二人が本棚から顔を覗かせて見ると、確かにパチュリーはそこにた。しかし普段と違い、椅子に座らず突っ立っている。まるで心ここにあらず、と言った様子で、フランと美鈴がいるのにも気付いていないようだ。
「パチュリー様?」
 美鈴が歩み寄って声をかけた。パチュリーは我に返ったように肩をびくりと震わせて振り返る。しかし、やはり表情から何を考えているのかは読み取れない。
「…なんだ、役立たずの門番か」
「私には役不足なもので」
「不足しているのは役だけかしら?」
「役が足りなければ点もまた然り、ですね」
 笑顔で言う美鈴に呆れた顔で返すパチュリー。フランには会話の内容がよく理解できていなかったが、いつもの言葉遊びだろうとあまり気にせず、今度はフランが声をかけた。
「パチュリー?」
「あら、妹様もいたの。さっきの本はもう読んでしまったのかしら?」
「あ……その…」
 何かを言いたそうに口を開くフランだが、ためらっているのか中々言葉を発することができない。それを見た美鈴が小さなため息一つ、パチュリーに話し始めた。
「私達がここに来たのは読書のためでも暇潰しのためでもありません」
 突然に空気が変わったのを察知したのだろう、パチュリーの佇まいも先ほどより少し緊張したものになった。それを確認して話を続ける。
「何、ちょっとした相談ですよ」
「相談?」
 予想外の言葉だったのか、首を傾げて美鈴を見ている。それはフランも同じで、思ってもみなかった展開に驚いたのか、こちらもまた目を丸くしていた。しかし、当の本人はそんな視線にさらされつつも何の心配もないといった表情で微笑をたたえている。
 一体どうするのかとフランは考えたが、やはり美鈴の考えていることを読み取るには彼女の言動は不可解に過ぎている。そうこうしているうちに美鈴がとった行動は、フランの肩をつかみ自分とパチュリーの丁度間に入るように位置を動かすということだった。
 一連の不可解な言動と行動に二人が意思を汲み取れずにいると、ようやく美鈴がその微笑を浮かべた口を開く。
「実は、フラン様からパチュリー様にお願いがあるそうなんです!」
「へ?」
 突然の展開についていけていないフランは思わず間抜けな声を上げてしまった。
「……って、ちょっと美鈴!?」
 少しの間ぽかんとしていたが、すぐに我に返り抗議する。当然だろう、何から何まで突然だったのだから。美鈴の方へ向き直ろうとするが、肩を掴まれているためそれもできない。それでも振り返ろうとしたため、頭に乗せた帽子が落ちてしまった。綺麗に手入れされた絹のような金髪があらわになる。
 フランのそんな様子を見ても美鈴は微笑を崩さないばかりか、フランの耳に顔を近づけ、囁いた。
「ほらフラン様、言いたいことははっきり言わないと」
「でも、こんないきなり…!」
「いきなりではありませんよ」
「えっ?」
 美鈴の言葉に、わけがわからないと言わんばかりに聞き返す。
「ずっと思っていたことでしょう?」
「あっ……」
 そう、一番最初に気付いていたのはフランであり、一番どうにかしたいと思っていたのもフランであった。そうなると、この展開はいきなりではなくむしろ今更ということになるだろう。
 美鈴の言わんとすることに気付いたフランだったが、それでもやはり躊躇いを感じてしまう。
「でも………」
「大丈夫です、誰も怒ったりませんよ。ただあなたの気持ちをぶつければいいんです」
 美鈴はそう言い、微笑を浮かべる。それは先ほどまでの不敵で何を考えているのかわからないものではなく、見るもの全てを安心させるような、そんな微笑みであった。
「…うん」
 その微笑みを見て決意したようにフランが頷く。そしてパチュリーに向き直り言った。
「パチュリー」
「何かしら、妹様?」
 一連の経過をただぼんやりと眺めていたパチュリーが返す。その表情からはやはり感情は読み取れない。
 美鈴から励まされてもやはり不安なのか、フランの体は震えている。それは背中の翼にも伝わってパチュリーにも見えているだろう。しかし、肩に乗っている美鈴の手がフランには何よりも頼もしかった。ただ乗せられているだけなのに、震えを押さえて力を貰っている気さえしてくる。
 両手でぎゅっとスカートを握りしめ、上目遣いでパチュリーを半ば睨みつけながらフランは言った。
「小悪魔と、仲直りして」

7.

 紅魔館のとある一室。そのすぐ外に当主レミリア・スカーレットとその従者である十六夜咲夜がいた。二人は同じドアを見つめながら並んで佇んでいる。
「勇んで来たはいいものの…」
 レミリアがため息混じりに呟く。
「一体どう声をかければいいものか」
 紅魔館で起こっている問題は主である自分が片をつける、と豪語したが、実際にどんな対処をするかまでは全く考えていなかった。それでも本人を前にしてしまえばなんとかなる、と思っていたのだが。
「勝手に入っていってしまえばいいのでは?」
「私が部屋に入る時は、部屋の主に許しを得なければいけないのよ」
「…それは流水を渡れないようなものですか?」
「少し違う。夜の王たる吸血鬼としての掟ね」
 先ほどレミリアが来たときに入れなかった理由がこれだ。今の小悪魔はノックをしても返事をしない。これでは許しを得られず入ることができないというわけだ。
「ま、中にいることは確かだしね。咲夜、お願い」
「よろしいのですか?」
「従者にやらせる分には問題ないのよ」
 はあ、とよくわからないと言いたそうに返事をする咲夜だが、まあいいか、と思考を放棄してドアをノックする。やはり返事はないが、構わずにドアを開けると、図書館の主パチュリー・ノーレッジの使い魔、名無しの小悪魔がいた。またあの本を読んでいたようで、机の上に広げられている。
「また来たわよ」
「…咲夜さん」
 こちらを向き、名前を呟く小悪魔。ドアを開けた姿勢のまま声をかける咲夜。眩しそうにしかめる目も光を透かす髪も、まるで時間を戻したように見える程、先ほどと同じ。
「今度は何の用ですか?」
「生憎、用があるのは私じゃないのよ」
 そう言って咲夜が体をどかすと、小悪魔からもレミリアの姿を見ることができた。
「…レミリア様?」
「御機嫌よう、小悪魔。入ってもいいかしら?」
「は…はい」
 驚く小悪魔に遠慮なく言うレミリア。戸惑いながらも控えめに承諾を口にすると、それを聞くが早いかレミリアはずかずかと部屋の中へと入ってきた。
「咲夜、外しなさい」
「かしこまりました」
 レミリアの言葉に咲夜が返答し、お辞儀をひとつしてから部屋を出てドアを閉めた。部屋の中は再び暗闇に包まれたが、この二人は暗闇など関係なく相手を見ることができる。
「さて、小悪魔。私がどうしてここにいるか、わかるでしょう?」
「………」
 確認するまでもない、といった風にレミリアが言う。それに対して小悪魔は沈黙を返したが、構わず続ける。
「単刀直入に聞く。何があったの?」
「………」
 レミリアが質問しても俯いて黙っている小悪魔。先ほど広げられていた本はその胸に両手で抱えている。彼女の表情はまるで石膏像のように固まってしまい、そこから何かを見出すことは不可能だろう。そんな彼女にレミリアも何も言えないまま時間だけが過ぎていく。
(全く……こういうことは苦手なんだけどなぁ)
 小悪魔の顔を覗き込むように屈んでいたレミリアだったが、諦めたようにため息を一つついて体を起こし、居心地悪そうに頭を掻く。その顔には今までになかった事態に対する困惑と自分がどうにもできないやるせなさが浮かんでいる。しかし、すぐに何かを決めたように佇まいを直して言った。
「咲夜」
「ここに」
 ドアのすぐ前で待機していたのだろう咲夜がレミリアの隣に出現した。いつもの時間停止による移動だろうが、この近距離で意味があるかと言えば微妙なところである。しかしそれはいつものことなのだろう、何の動揺もなくレミリアが言った。
「紅茶と椅子を持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
 咲夜がそう言うが早いか、テーブルの上に紅茶が置かれ、小悪魔の対面に位置するように椅子が用意された。レミリアが言わずともティーカップが二つ用意されている所に咲夜の有能さが見て取れる。そしてレミリアが椅子に座り、二つのカップに紅茶を注いだ。
「全く、館主に紅茶を注がせるなんてね」
「…すみません」
 レミリアが冗談めかした皮肉を言うと、ひどく切羽詰った声色で小悪魔が謝罪した。
「気にすることはないよ、たまにはこういうのもいいものだし」
 そう言ってカップを口に運ぶレミリア。それに対し、小悪魔は手を伸ばそうとしない。
「どうしたのかしら?私がわざわざ注いであげたのに…。それとも、ヌルイから飲むのはいや?」
「いいえ…、いただきます」
 レミリアに促されて小悪魔がカップを口に運ぶ。そして紅茶を一口飲むと、小悪魔の表情がわずかに動いた。
「いつも私が咲夜に淹れさせているものとは違うわね。血も入ってないし」
 レミリアがそう呟くと、小悪魔が言った。
「これ…私が好きな茶葉です」
「ああ、そう。ふーん、貴女はこれが好きなの」
 そう言うと、レミリアは味を確かめるようにもう一度カップを口に運ぶ。
「すみません…、私のために気を遣わせてしまって」
「ま、気を使うことは美鈴の専売特許じゃないってことね」
 茶化すように言うと、カップをソーサーに置いた。そしてテーブルに肘を置き、組んだ手の上に顔を乗せて小悪魔の顔を覗き込む。
「気にしなくてもいい、とは言わない。でも、私や咲夜より気にするべき者が他にいるんじゃないかしら?」
「………」
「やっぱり家族同士がいがみ合ってるのは見てて面白くないしね。あなたにその気があるのなら、私に手助けをさせて貰いたいものなのだけど」
 そう言って小悪魔に笑いかけるレミリア。その笑顔は見る者を魅了し、破滅させる吸血鬼特有の恐ろしいものなのだが、小悪魔にとってはまるで母に抱かれているように安らぐ微笑みだった。
「…本を、貶されたんです」
「本?」
 ようやく語り始めた小悪魔。それを止めないようにレミリアが聞き返す。
「ええ。少し前に図書館の片隅で見つけたものなんですが、とても好きなものなんです」
「…ふうん?」
「どうして好きなのかはわからないんですが、何か魅かれるものがあるんです」
「その内容は?」
「よくある御伽噺のようなものです。女の子が素敵な男性と結ばれる話…」
 ふむ、とレミリアは息をついた。確かに小悪魔の本好きはパチュリーのそれにも匹敵する。生来の性格かパチュリーの影響かはわからないが、それは紅魔館の誰もが知っている事実だ。そんな彼女が好きな本を貶されたら確かに不快にはなるだろう。しかしここまで激しく怒りを顕わにする程のことなのだろうか?そこまでその本が小悪魔を魅了したのか、もともとここまで本が好きなのか。いや、そもそもあのパチュリーが本を貶すことはあるのだろうか?確かにグリモワールや学術書のようなものならば大いにケチをつけるだろうが、聞くところによるとこれはただの物語。そんなものをあのパチュリーが貶すことがあるのだろうか…?
 そこまで黙考してレミリアが目を小悪魔の方へ向けると、丁度彼女の抱えている本が目に留まった。
「………その本…」
「えっ?」
 思わず上げてしまった声に小悪魔が反応する。それを意に介せずにじっと本を見つめるレミリア。彼女は小悪魔が抱える本に、奇妙な既視感を感じていた。+
「ちょっとその本、貸してもらえる?」
「あっ…はい、どうぞ」
 小悪魔から差し出された本を受け取り、まじまじと見つめる。やはりどこかで見たことがある、とレミリアは思った。
「中を見てみても?」
「はい、勿論です」
 断ってから本を適当に開く。この本はやはり日記帳のようなものだったらしく、白紙に手書きで文字が羅列されている。適当に開いた場所だったので内容を正確に把握することはできないが、確かに物語を綴ったもののようだ。
 そのまましばらく読み進めてみたが、やはりレミリアには不思議な既視感が感じられた。それは運命を視る時のものではなく、確かにこれを過去に見たことがあるというものだった。しかし、どうしてもそれを思い出すことができない。そんな気持ち悪さに、徐々に苛立ちを感じ始めた時。
「あの……」
「んぁ?」
 突然話しかけられて妙な声を上げてしまった。本から顔を上げて小悪魔を見ると、明らかにそれとわかる不安な顔でこちらを見つめている。たった今感じた苛立ちを思い出し、もしやそれが顔に出ていたかと不安を覚える。
「あ、あぁ。どうかした?」
 誤魔化すように言うと、少しだけ躊躇するように間を置いてから、小悪魔がぽつりと言った。
「パチュリー様は、どうしてその本を下らないと言ったのでしょう」
「…私も今それを考えていたところよ」
 そう、パチュリーは基本的に物語には興味がなく、従って面白いかそうでないかの評価など彼女には存在しない。もちろん物語の類は図書館に保管されているが、それらを読むことは殆どないのだ。
「言っちゃ難だけど、パチュリーが興味を示すとは思えないのよねえ」
「そうですね、精精鼻で笑われる程度のことかと思っていたんですが…」
「…それはそれで結構キツいと思うけど…」
 打たれ強いのか弱いのかよくわからない小悪魔に呆れつつ、思案する。問題は、何故パチュリーがこの物語にそこまでの反応を示したのか、なのだが。
「さっぱり…見当もつかないな」
「……」
 背もたれに体を預け、中空へ向かってため息をつくレミリア。それを境にしてあまり広いとは言えない部屋に気まずい沈黙が流れてしまった。
 二人の間に置かれている紅茶はもう冷めている。それはまるで、今の二人とそれを取り巻く空気を現しているようだった。
「私は少しこれを読んでみるわ」
「…わかりました」
 そう一言言って、レミリアは再び本に目を向けた。それを小悪魔が緊張した顔つきでじっと見つめている。
(落ち着かない…)
 他の何をするでもなく、ただただ見つめている小悪魔に居心地の悪い思いをさせられつつ本を読み進める。やめるように言うこともできなくはないが、今の小悪魔には他に何もすることがないのだと考えると、レミリアにそう言うことは出来なかった。
 本の内容は先ほどに述べたものと同じ、ありきたりでよくある話だった。まるでベッドに寝ている子供に読み聞かせるおとぎ話のような、そんな話である。しかしその表現や描写は稚拙で、寝物語にするには少しばかり不相応なものだった。
 正直言って、あまり面白いものではない。レミリアはそう結論づけたが、何かがこの物語の中に隠れている気がして、それを解明すべく更に読み進める。
 ふと小悪魔を見ると、相変わらずこちらを見つめていた。レミリアのわずかな変化を見逃すまいとしているのだろう。その目は真剣な時のそれであり、小悪魔なりにこの問題をどうにかしようと考えていることがひしひしと伝わってくる。
 それでもこの視線に長時間晒されているのは居心地の悪いものだ。そんなことを思いながら少しの間小悪魔と目を合わせていると、はっと気付いたようにたじろいだ後に慌てて目を伏せた。それを見てから改めて物語の世界に入ろうとするレミリア。しかし、そこである感覚に襲われた。
 先ほど何度も感じていた既視感である。しかも、先ほどまでのそれよりもずっと強く彼女の感覚に訴えてくる。驚いて小悪魔を見ると、やはりこちらを見つめていたが慌てて目を伏せた。それにさえ既視感を感じ、やがてその感覚はより確実な記憶へと変わっていく。
 自分はそこにいた。この本もこの手の中にあった。相手も自分もこうしてテーブルに着いていた。テーブルに置かれた紅茶は既に冷めていた。相手は自分をじっと見つめていた。自分は居心地の悪さを感じつつも、それを相手に言わず、立ち去りもしなかった。違うのは、場所と相手。この時、自分はどこにいたのか。相手は誰だったのか。
 ぱたん、と音がした。レミリアが本を閉じた音だ。同時にその口は笑みを象り、その目は少しの達成感と懐かしさ、そして呆れた、という感情が浮かぶ。
「あの…お嬢様?」
 何かを決定的に理解した、という風なレミリアを目に、小悪魔が問う。きっと彼女には何が起こっているのか全く理解できていないだろう。そんな小悪魔を見やり、本をテーブルに置いてから大義そうに言う。
「わかったわ」
「…え?」
 小悪魔は何がなんだかわからない、という表情だ。それもそうだろう、ただ本を読んでいただけの人物が突然全てを理解した顔になって、「わかった」と言ったのだから。
「小悪魔、耳を貸しなさい」
「え、あ、はい」
 訝しがりつつ、小悪魔はテーブルに身を乗り出して耳を寄せる。その耳にレミリアが唇を寄せ何かを言うと、小悪魔の表情が目に見えて一変した。
「お、じょうさま…」
 驚きに小悪魔が何も言えないでいると、レミリアが顎で部屋の外を指した。その顔には館の当主たる尊大さが滲み出ている。それを見た小悪魔は、次の瞬間椅子から立ち上がり、部屋の外へと駆け出す。その足音も徐々に遠くなり、やがて聞こえなくなった。
「やれやれ…」
 そう一人ごち、すっかり冷めてしまった紅茶を啜る。ふと部屋の外に目をやると、咲夜がポットを持ったまま驚いた様子で立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
「あ、お嬢様」
 レミリアが声をかけると、我に返ったように返答する。我を失っていた自分を少し恥じているような様子が見て取れて、可愛らしいものだとレミリアは思った。
「いえ、そろそろ紅茶も切れているかと思って来たのですが…」
「そう、少し遅かったね」
「そのようですわね」
 ほんの少しだけ残念そうに見えたのは多分、気のせいではないのだろう。それは本当にほんの少しで、おそらく咲夜のことをよく知らない誰かがそれを見てもきっといつもと変わらない態度だと言うであろうという程だったからだ。
 そんな様子を観察しつつ、レミリアは咲夜の持っているポットに目をやる。先ほどから漂っているこの香りからするに、これはいつもレミリアが飲んでいるお気に入りのものなのだろう。ひょっとしたらまた何か入れているのかもしれないが。
 それを見て、咲夜の残念そうな顔を見ながらレミリアは言った。
「咲夜」
「何でしょうか、お嬢様」
「慣れないことをして少し疲れた。お茶にするからそれを運んで頂戴」
「かしこまりました、お部屋の方でよろしいでしょうか?」
 そうね、と言ってから窓の外を見る。夜は先ほどと変わらずそこにあり、月は不完全ながらもその世界を支配し、見守っていた。
「テラスにする。もう少しこの月を見ていたくなったから」
 かしこまりました、という言葉の余韻と数枚のトランプを残し、咲夜はその空間から消え去った。

8.
 パチュリーが放つ無言のプレッシャーにたじろぎながらも自分の思いを吐露したフラン。だが、自分の発言を後悔すらしてしまいそうになる程に、パチュリーから発せられるそれは重かった。パチュリー自身が何かを発言したわけでもなく、表情から何かが察せられるわけでもない。だからこそ、だろうか。この場に重く沈殿した空気を掻き混ぜて薄めてくれるものは一切なかった。
 先ほどのフランの言葉を聞いてから、パチュリーの様子が変わった。完全な無表情のままで固定し、何も言葉を発さない。その目はどこか中空をぼんやりと見ているようで焦点合っておらず、まるで人形と相対しているような気味の悪さを覚えた。
「あの……パチュリー?」
 たまらずフランが声をかけるが、パチュリーの様子は変わらない。まるで時間が止まってしまったかのようにも見えるが、生憎とこの場に咲夜はいない。美鈴の方に助けを乞うような視線を送るが、彼女も困ったような顔で首を傾げている。
「パチュリー様?」
 美鈴も声をかけてみるが、それにも何ら反応はない。本当に時間が止まってしまったのではないかという考えすらよぎるような時間が経ってから、不意にパチュリーの焦点が定まった。
「……ああ、ごめんなさい」
 それもまた突然のことで二人は驚いてしまったが、気を取り直してフランが言った。
「ど、どうしたの?」
「……いや、貴女がそういうことを言うとは夢にも思っていなかったから……驚いて思考が停止してしまったわ」
 一気に肩の力が抜ける。正直な所、フランはパチュリーの琴線に触れてしまったのではないかと、少々……かなり、怯えていたのだ。
「もう、脅かさないでよ……」
「ええ、悪かったわ。私も動揺してしまって」
「いや、私もびっくりしましたよー、普段大人しい人が怒ると怖いって言いますしね」
 フランの脱力した言葉にばつが悪そうに再度謝るパチュリー。そこに美鈴の追い討ちが入り、さらに居心地が悪そうにそわそわとする。
「ええと、それで、何の話だったかしら?」
 居心地が悪いのを誤魔化すようにパチュリーが言った。
「そう、そうだ。小悪魔と仲直りして欲しいんだよ」
 両手を合わせてフランが言う。先ほどのやりとりのおかげで緊張もほぐれたようだ。彼女が普段見せる快活さと無邪気さが戻ってきている。
「ああ、そうだったわね……」
 フランの言葉にそう呟くパチュリー。その表情には憂いが見え隠れしている。何かを言いたいようだが、何も言わない。上手く言葉にできないということだろうか。
「……パチュリーと小悪魔が喧嘩し始めちゃってからさ、みんながおかしいんだよ。なんていうか……うまく言えないんだけど、どっか遠慮してるっていうかさ」
 パチュリーが何かを言い淀んでいると、フランがそう訴え始めた。その目は伏せられているが、意思を伝えたいという気持ちがひしひしと感じられる。
「みんな普段通りに過ごしてはいる……ううん、普段通りに過ごそうとはしてるんだけど、どこかでパチュリーたちのことを気にしてるんだよ。楽しい話をしてても、お食事してるときでもさ。みんなパチュリーたちのことを気にしてる……どう思ってるのかはわかんないけど」
 そこでフランが顔を上げ、パチュリーの方を見た。当のパチュリーはというと、先ほどのフランのように顔を伏せ、どこか虚空を見ている。その表情からはいつものように何を考えているかは読めないが、少なくともフランの話を聞いているようだった。
「少なくとも、私は仲直りして欲しいと思ってるよ。仲直りして……また、喧嘩する前みたいな二人に戻って欲しいと思ってる」
 パチュリーの様子は変わらない。ただ虚空を見て、読めない表情を浮かべている。
「……ねえ、パチュリー。もしも、本当にもしもの話。パチュリーと小悪魔がお互いに嫌いになってさ、もう仲直りできないっていうなら……、私はもう何も言わないよ。だけど、もしそうだったとしても……理由くらいは教えてくれないかな?でないと、後味が悪すぎるよ。私達も……パチュリー達もさ」
 パチュリー達も、というところに反応したのか、パチュリーがちらりとフランの方を見た。そして目を閉じ、深くため息をつく。フランはため息をつくと幸せが逃げる、という言葉を思い出したが、この魔女に言っても無駄なことだろう、とも同時に思った。
「別に、そんな深刻な話ではないわよ。ただの喧嘩。理由だって、他人から見ればきっとくだらないことと笑うでしょうね」
「じゃあ、どうして…んむっ」
 何か言おうとしたフランの口を、後ろに控えていた美鈴の手が塞ぐ。フランは少しだけ不満そうな顔をしたが、すぐに大人しくなった。
「……本をね、読んでいたのよ。小悪魔がね」
 フランも美鈴も何も言わない。フランに限っては口を塞がれているので正確には何も言えないのだが、ここで口を挟むつもりもないようだ。
「どこから掘り出してきたのか…。その本はね、随分昔に私が図書館の奥深くに隠しておいたものなのだけど、何故かあの子が持っていてね。こっそり読んでいたのを偶然見つけたのよ」
 まるで思いの丈を吐露するかのように、静かに、だが淀みなく話す。
「くだらなくて面白くないと思って隠してたものだからね、つい言ってしまったのよ、『そんなくだらないものを』ってね。そうしたら、あの子すごく怒ってしまって。使い魔の癖に私の言うことも聞かず、図書館を飛び出して……ご覧の有様というわけよ」
「それはパチュリー様が悪いですねぇ」
 今まで沈黙を守っていた美鈴が口を出した。その言葉にパチュリーは少し眉を吊り上げたが、それだけで何も言わなかった。
「いくら相手が召使いのようなものであっても、他人は他人ですからね。嗜好の違いの一つや二つ、あるものでしょう。それを馬鹿にされたのでは、怒っても仕方ないと言わざるを得ませんね」
 些か過剰反応ではないかとも思いますがね、と区切ってフランの口を塞いでいた手を離した。フランは不思議そうに美鈴を見上げるが、美鈴はそれを意に介せず続ける。
「それとも、その本に何かあるのでしょうか?」
 パチュリーがぴくりと反応した。普通ならごく僅かな反応だったが、感情表現が乏しいパチュリーにしてはとても大きな反応である。当然、美鈴もフランもそれを見逃さなかった。しかし、
「…………」
 パチュリーは何も言わない。おそらく、これに関しては何も言わないという意思表示だろう。二人も彼女の周りの空気が一気に硬くなったのを感じ取った。これ以上何かを言ったところで、何も引き出すことはできないだろう。魔女は秘密を武器とする存在であり、口の堅さもそれ相応のものを持っている。ましてやパチュリーとなれば、口を割らせることはほぼ不可能と言っていいだろう。
「それで、パチュリー様はどうしたいんですか?」
 これ以上は無理と考えたのか、必要ないと判断したのか。おそらくはその両方だろう、美鈴は問いただすのをやめ、別の事を聞いた。
「……私は…」
 彼女の中では既に答えは決まっているのだろう。何かを言い淀んではいるが、迷いらしい迷いはない。だが、言うことに何か抵抗があるらしく、言えないでいる。
 しばらくの間、沈黙が続いた。図書館を照らす蝋燭の光は魔法でできているため、揺らめくことも消えることもない。だが、パチュリーの迷いを体現するかのように、少しだけ揺らめいたように見えた。
「パチュリー」
 唐突にフランが口を開いた。その声と表情は決然としており、まるで裁きを下す閻魔のようにも見えた。はっとしたパチュリーがフランを見る。
「言いたいことがあるなら言葉にしなきゃいけないし、伝えたいことがあるなら声に出さなきゃいけない。現したいことがあるなら……示さなきゃいけないんだよ。黙ってたって、じっとしてたって、何も変わりはしないんだ」
 パチュリーは、少しの間ぽかんとしていた。先ほどの思考停止とは違う、それは紛れもなく呆気にとられたという表情だった。
「……ぷはっ!ひっ……、くくっ…」
 美鈴がたまらず吹き出した。パチュリーの表情がよほど面白かったのか、堪え切れなかったようだ。
「ちょ、ちょっと美鈴!?」
 驚く声はパチュリー。自分が笑われているのだとわかったのだろう、若干顔を赤くしながら抗議の声を上げる。フランはというと、急に笑い出した美鈴を見て呆気にとられていた。
「す、すみません…くくっ…」
 謝りながらも笑い続ける美鈴。相当面白かったらしい。笑いの波はしばらくとどまらず、その間パチュリーは抗議し続け、フランは所在なさげに美鈴とパチュリーを見ていた。
 ようやく一区切りついたのか、腹を押さえて大笑いしていた美鈴が姿勢を正してパチュリーと向き直る。二人の目は涙目になっていた。
「はぁ、いやーすみません。あんまり顔が面白かったもので…」
「か、顔って……失礼ね全く」
「そうは言いますけどね、パチュリー様。私も貴女とそこそこ長いと自覚していますが、さっきみたいな顔を見たのは初めてですよ?ああ、思い出すとまた……くくっ」
 再び笑い始めた美鈴に憤慨して、恨みのこもった視線を向けるパチュリー。それを見て美鈴は笑いを中断し、薄い笑みを浮かべながら言った。
「でもね、パチュリー様。フラン様の言う通りですよ」
「えっ……」
 突然真面目になった美鈴に面食らうパチュリー。それを見て、美鈴が言葉を続ける。
「いくら相手が使い魔とはいえ、やはり他人は他人です。お二人のことですから大抵のことは言わずとも通じるのでしょうが、大事なことはやはり口に出さないと伝わりませんよ?」
「え……」
 困惑するパチュリー。まるで聖母のような笑みを浮かべながら、さらに美鈴は続ける。
「正直、パチュリー様はいつも何を考えているのかわかりません。でも、とても優しい人だということはわかりますよ。だって、小悪魔を完全に支配することだってできるのに、それをしない。それは、小悪魔の人格を認めている、ということでしょう?……たまには、素直になるのもいいことですよ」
「………」
 何も言わないパチュリー。だが、美鈴には何を考えているのか筒抜けなのだろう。沈黙するパチュリーに最後の言葉をかけた。
「小悪魔に、謝りたいんでしょう?」
「っ!」
 ひょっとすると、実はパチュリーは隠し事が下手なのかもしれない。それも、絶望的に。ついフランはそんなことを思ってしまった。先ほどからパチュリーの心の動きが傍目から見ていても丸わかりだからである。図星を突かれたパチュリーは取り繕うように何かを言おうとしていたが、まるで言葉にならない。だが、それも時間が経つにつれて徐々に なくなり、最後には観念したかのようにため息をつき、微笑を浮かべた。
「……敵わないわね、貴女には」
「いやいや、私などパチュリー様には足元にも及びませんよ」
 飄々と謙遜に見えない謙遜をする美鈴にまたため息をつき、パチュリーが椅子を立った。
「フラン」
「なあに、パチュリー?」
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
 フランとパチュリーが顔を見合わせて微笑む。そしてパチュリーが図書館の扉に向き直ったその時―――大きな音を立てて扉が開いた。
「……小悪魔」
「パチュリー様……」
 扉の先に立っていたのは、小悪魔だった。よほど急いでここまで来たのか、息が上がってしまっている。
「フラン様」
「うん!」
 美鈴がフランに声をかけ、フランがそれに応える。二人は同時に歩き出し、小悪魔の傍を抜けて図書館から外へ出た。そして、扉を閉めて再び歩き出す。
「…ねえ、美鈴」
「何ですか、フラン様」
「大丈夫かな、二人とも」
「大丈夫ですよ……きっとね」
「……そうだね」

9.
 半分に欠けた月と備え付けられた灯りが控えめにテラスを照らしている。レミリアは従者の淹れた紅茶を含み、嚥下する。今度は妙なものは入っていないようだ。安心してお気に入りの紅茶を楽しむことができる。
「それで、今回のことはこれで解決したんでしょうか?」
「ああ、多分ね」
「多分、ですか……」
 可愛い従者の問いかけに答える。曖昧な答えだと受け取ったのか、少しばかり不服そうだ。しかし、レミリアにはこれ以上は知らないし、知る必要もないと考えていた。
「多分、だよ。何せ私が最後まで手を出したわけじゃないしね」
「それはそうですが…」
 やはり不服そうな咲夜をちろりと見やるレミリア。こういう時にどっしり構えることができないのが人間の使えないところの一つだ。そこが可愛いところでもあるが。
「咲夜」
「っ……はい」
「これはあの二人の問題だ。私がやったのは絡んだ糸をほぐすのを少し手伝っただけ。あとは、こう考えるしかないんだよ」
「……というと?」
「なるようになるさ」
 それを聞いて、咲夜は少しの間唖然としていたが、諦めたのか腹をくくったのか。「はい」と返事をし、不服そうな表情も消えた。
「それではお嬢様、最後に一つだけ聞かせて頂きたいのですが」
「うん?何?」
「小悪魔はどうして突然飛び出してきたのですか?」
「ああ……あれか」
 そういえば、あの時すぐ傍に咲夜がいたのだ。少しタイミングが違えば突き飛ばされていたような状況、彼女も気になるのだろう。
「ちょっとね、喧嘩の原因を教えてあげたのさ」
「原因……というと?」
 一口紅茶に口をつけ、カップを置くと咲夜に向き直る。きちんと説明をしてやろうと思ったからだ。
「小悪魔が持ってたあの本、覚えてる?」
「ああ……あれですか。あれがどうかしたのですか?」
「あの本、大分前に私も読んだことがあるんだ」
「?……はぁ…」
 首を傾げる咲夜。まぁ、流石にこれだけではわからないだろう。もう少し教えてやることにするレミリア。
「まだ咲夜がここに来る前だったかな、それくらい前だったからすっかり忘れてたけど」
 一旦言葉を区切る。咲夜は黙ってこちらを見て、話の続きを待っているようだ。天然なところもあるが頭のいい彼女のことだ、彼女ならこれで理解できるだろう。
「あの物語、パチェが書いたんだよ」
そして仲直りした二人は互いの心が以前より近くなっていることに気付く。自然と体は熱くなり、鼓動は早くなっていった。やがて二人は熱い吐息を交わらせつつ、互いの手が胸元にわっふるわっふる

どうも、書くのも投稿するのも初めてです。
パチュリーさんと小悪魔さんがけんかして、仲直りするだけの話。
最初だし、ささっとかいてジェネリックにでも投稿するかーと思っていたら、予想外に長くなり仕方なくこちらへ投稿…、どういうことなの。
そういうわけでかなり長くなりました本作品ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
プリン
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コメント



0.990簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
これは可愛い二人だ。よかったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
そりゃあ、くだらないものって言うよねwww
パチェにとっちゃ、自らの中2病全開の小説=黒歴史なのだろうか
9.100名前が無い程度の能力削除
通じあってる二人が大好きです。
10.100名前が無い程度の能力削除
要は似た感性同士ってことなのでしょうか…

直接話してないのになんだかにやにやする
図書館組素晴らしすぎる…
14.90名前が無い程度の能力削除
パチェさんがくだらないと言うぐらいだから日記とか本人の伝説が書かれたものかと思いきや本人の書いた物語とはw
15.80名前が無い程度の能力削除
これは良い家族。

長いとは感じなかったけど、冗長な表現が多くてテンポが悪くなっていると思いました。
17.80コチドリ削除
今回の冷戦に雪解けをもたらしたMVPはレミリアお嬢様、MIPはフランちゃんかな?
うむ、やはりファミリーものは良い。
それにしても初投稿&処女作でこのレベルとは。先が楽しみですねぇ。

ただ後書きには疑問符。
これではジェネリックに好んで投稿されている作家さん達や読者の方達にちょっと失礼かな、と。
文章ってのは難しいですよね。本人にその気はなくても書き方によっては誤解される事もある。
まあ、ヒネた見方をする張本人が言っても説得力はないのでしょうが。
言わいでもの老婆心、失礼しました。
23.100名前が無い程度の能力削除
ハートフルとはこういう話のことを言うんでしょうね
家族想いのいい紅魔館でした
26.無評価紅魔館の執事長削除
パチュリー様が書いた本だと…?