Coolier - 新生・東方創想話

その名前を

2010/09/08 00:03:03
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からん、ころん。


下駄を鳴らし、歩く。

珍しく和服でだ。



霧雨に唐傘。風流かと思ったのだが、どうも私には似合う気がしない。

そもそも、見てくれる人などいないのだけれど。



ああ、帰ったらすぐにいつもの洋服に着替えよう。どうせこのまま着ていれば、ペット達の毛だらけになってしまうし。


期待するだけ無駄だったのだ。

誰かが声をかけてくれるのでは、など。





「あっちいけよ!」





その時突然、怒号が聞こえた。




「こっち見るな!」

「ここからいなくなれよ!」




まだ幼い声だ。いくつも聞こえてくる。



この旧街道では怒号なんてものは珍しくもない。

酔った鬼達がそこら中にいるのだ。それすら粋として受け入れられているのである。


しかし、聞こえてきた声は明らかな敵意を含んでいた。






私は、この敵意を良く知っている。それも、ごく近しい所で。


まぁ、なんのことはない。

その感情は、普段私に注がれているそれそのものだ。




心が読める私は、いつも煙たがられていた。

心の読めない遠い所から、心を抉るような言葉を投げかけられた。





しかし、今日は違う。

普段私に浴びせられるそれは、私以外の誰かに投げかけられていた。





誰だろう?





同族意識でも、嫌悪でもなく。

助けるつもりもなく。

ただ純粋な好奇心で、その声を向けられている主の正体を確かめたくなった。





「揉め事ですか?」


私は、そっと近付き、いつもの様に静かに訊ねる。




「え…うわ!さと…うわぁぁぁあああああああああ!」


「にげ…」


(「ぁぁあ…ああぁぁぁああぁあ!」)




訊ねられた子供達は私を見て、いつもの様に「叫び」、走り去って行く。




全部いつもの通り。吐き気がする。


取られる態度に?いいや、それに慣れ、浸かっている自分にだ。




走り去った子供達が居なくなったのを確認し、私はそこにうずくまっている人物に目をやった。



あたりには石が散らばっている。恐らく投げつけられたのだろう。

それが証拠に黄と緑を基調とした、フリルの多いかわいらしい洋服はところどころ破れていて。

少し癖がありそうだけれど、長く綺麗な緑色の髪も煤けている。




だが、何よりも目を引いたのが。




うずくまった彼女の代わりに、私と目を合わせる、



第三の目。





驚いた。

自分以外のサトリを見たのは本当に久しぶりだ。

成程、石も投げつけられる訳である。



「貴女は…」



言葉を投げかけて気付く。そんな必要はないのだ、と。

本当に久しぶりだったのである。そんなことすら失念する程に。





本当に小さく。


(「たすけて」)、と聞こえた。





だから、私は手を伸ばした。


これだけで、全て伝わる筈だから。





だって、これは私だ。


私の時は、誰も助けてくれなかった。

それが今、目の前で助けを求めているのだ。




同族意識でも、嫌悪でもなく。

彼女を助けるつもりもなく。



きっと寂しかったのは私で。

同じように寂しい者を見つけて嬉しかったのは私で。



それでも手を伸ばした手を、この子は掴むだろうか。



いや、掴みたいと思っている事すら分かっている私の手でも、掴んでくれるのだろうか。






ふるふる、と小さく指が動いた。



私の人差し指を、小さな手が包む感触。







私は、傘を放り出して、彼女を抱きしめる。



言葉なんて必要なく。

過ごしてきた時間なんて関係なく。



私達は出逢ったのだ。

欠けている心を、埋め合う事のできる人に。







これが、私が姉になった日だった。















私の名前は、誰かに与えてもらった訳ではない。

だから、種族の名前がそのまま、今の私の呼び名になった。

もちろん、それが少なからず軽蔑の意を含んでいる事も知っている。


だから、私は彼女に名前を付けた。

蔑ろにされたりなんかしない様、誰からも愛される様。


だって、こんなに可愛い子が、愛されなくてはおかしいのだから。



(「こいし。」)



そう呼ぶと、少し小首を傾げて、



(「なぁに?お姉ちゃん。」)



私に用が無い事なんて知っていても、可愛く応えるのだ。





もう私はこいしを手離せなくなっていた。

ずっと、「仲の良い姉妹」でいたかった。

離れて欲しくなかったから。





だから、私は気付かない振りをしていた。


「お姉ちゃん」。


そう呼ぶ度に、こいしの心に靄がかかっていくのを。















私のお姉ちゃんは寂しがり屋さんだ。

手持無沙汰になると、私の名前を呼ぶ。


寂しいから呼んでいる事も気付かれているのに、それでも呼ぶのは、やっぱり寂しがり屋さんなんだと思う。



でもそれは、きっと今まで誰も甘えさせてくれなかったから。

私と会うまで、誰も助けてくれなかったから。




その事を思うと、何も言えなくなる。

だって、「あれ」は本当に辛かったから。



全ての言葉が心を抉って、

全ての行為が身体を傷つけて、

全ての存在が敵に見えて、

全ての想いが否定される。



「あれ」を独りで耐え抜いて来た、お姉ちゃんなんだから。




だから、私はいい子の妹を作り続ける。




お姉ちゃんが寂しくて私を呼んだのなら、


(「こいし。」)


それは、妹の私に傍に居てほしいのだから。


(「なぁに?お姉ちゃん。」)


小首を傾げて、応える。






私は、可愛い妹でいれているだろうか?









ねぇ、お姉ちゃん。



ううん、さとり。




私はもう、妹としてしか、貴女の傍に居られないの?



だって貴女は、この想いに気付いているでしょう?


気付かない振りをして、私の名前を呼ぶのでしょう?



「お姉ちゃん」と呼ぶ度に、

その裏にある想いを知っても尚、

妹としての私を望んでいるのでしょう?




貴女は、それがどれほど心を抉る事かも気付いている。



ただ気付いていないのは一つだけ。



私は、貴女ほど強くはないという事。



敵意でも、好意でも、

身を裂くように投げられた言葉に、

私は自分を守る術も、耐え抜く力も持ってはいない。



それでも、大好きな、

それがどんな意味を孕んでいたとしても、大好きな「お姉ちゃん」から、


離れられないのは、私だって同じなのだから。





だから、気が滅入る。壊れそうになる。



離れられないのに、


近づけば身を削られるこの時間が、



貴女が望む限り、永久に続くのだから。














歌が聞こえる。


ドア越しで心の声が聞こえなくても、誰が歌っているかなんて言うまでもない。

これは、お姉ちゃんがいつも歌ってくれた子守唄だ。



地霊殿に来た頃、お姉ちゃんは私によく膝枕をしてくれた。



多分、半分は私を安心させるためで。

多分、半分は自分が寂しくない様に。



もちろん、私とお姉ちゃんに「多分」なんてないのだけど。




私を膝に乗せたお姉ちゃんは、小さく歌を歌いながら、いつも編み物をしていた。


私も少しだけ教えてもらったことがあるが、どうにも上手くいかなかった。


(「ふふ、こいしは編み棒の扱いが苦手みたいね。」)


それでも、お姉ちゃんは笑っていた。それが嬉しくて、私も笑った。



それからは、いつも膝の上からお姉ちゃんの手が動くのを見ていたと思う。




あたたかいお姉ちゃんの膝の上と、

ふんふん、というお姉ちゃんの上機嫌そうな歌声と、

淀みなく動く編み棒を眺めていると、

すぐに私はまどろんでしまう。



(「ふふ、こいしったら。」)


そんな「声」が聞こえる頃には、私の意識は途切れてしまうのだった。







間違いなく、その時間は幸せだったと思う。

私達が、いや、私が仲の良い姉妹で満足していた時間。




でも、この気持ちに気付いてしまってからは。

いや、気付かれてしまってからは。


私は膝枕をしてもらうのをやめた。



それがどれほど幸せで、

それがどれほど残酷な時間かを、

既に知られてしまっていても、これ以上知られたくはなかったから。




だから、この子守唄を聞くのは久しぶりだ。

きっとお姉ちゃんはソファーに腰掛けて、編み物をしている。


最近少し肌寒くなってきたから、私に何か作っているのかもしれない。









私は、お姉ちゃんの妹でいられて、本当に幸せだと思う。








だから、ごめんね?




この気持ちが膨れ上がって、私が壊れてしまう前に。



















さとり、貴女の「眼」を潰します。










私の気持ちが分からなくなれば、


「妹」でいてくれるか分からなくなれば、



私がいなければ壊れてしまう貴女は、きっと私を求めるでしょう?


縋りついて、当たり前に居る「妹の名前」ではなく、


もっとたくさん「私の名前」を呼んでくれるでしょう?










大丈夫だよ、「お姉ちゃん」。



ずっと、一緒だもの。



















ドアが開いた。

私は編み物の手を止め、そちらに目をやる。


きちんとドアを開けて入って来るのは、この館に私とこいししかいない。



「こいし?どうしたの?」



訊ねても返事はなく、ドアの陰に隠れたままだ。


この距離では「声」も、隠す気があれば聞こえない。




「こいし、こっちにいらっしゃい。」


私は自分の膝をぽむ、と叩き言う。膝枕をしてあげる、と。



しかし返事はない。







おかしい。




私はようやく気付いた。






『この距離では「声」も、隠す気があれば聞こえない。』のだ。



それは、こいしが意図的に「声」を隠しているという事。



その意図は分からないが、決定的にいつもとは違うのだ。何かが。








私にとって「いつもと違う」という状況は、有り体に言って本当に怖い。




「いつもと同じ」であるから、辛い状況にも耐えられる。


「いつもと同じ」であるから、幸せな状況が恒久的に続いていくのだと錯覚していられる。




だから、急激な不安に襲われた。


それも、明確な形をもたないままで。





「ねぇ、こいし?どうしたの?」



私は編み棒を傍らに置く事も忘れ、ふらふらとドアの影に近づく。



どうか、次の瞬間には(「なんでもないよ、お姉ちゃん」)とあの子が笑ってくれる事を願いながら。
















突然、影が動いた。





「きゃっ…!」



手にしていた編み棒が奪い取られる。

床に強く尻もちをつく。

見上げた私の眼に映ったのは。







もちろん、編み棒を奪い取ったのはこいしで。



こいしの目は私の「眼」を向いていて。



こいしの「眼」からは透明な雫が零れていて。







こいしの「声」が流れてくる。





(「お姉ちゃん」)

(「ごめんね」)

(「さとり」)

(「すき」)

(「だいすき」)

(「だから」)

(「ごめんね」)

(「さよなら」)



(「ずっと一緒」)












時間も、言葉もいらなかった。






私はサトリだから。


その「声」で全てを悟った。




私は「お姉ちゃん」だから。


そんな「声」なんてなくても全てが分かった。









だから、優しい声で、名前を呼ぶ。








「こいし。」



(「ごめんね」)



「ごめんね。お姉ちゃんが悪かったね。」



(「すき」)



「ね、だから、それを渡して?」





幸せな時間が積み上げてきた笑顔で。


私は彼女の名前を呼ぶ。





誰からも愛されるようにと付けた名前。




私は、彼女を愛していただろうか?





それはわからないけれど。


依存していただけかもしれないけれど。






このまま、「私達」を終わらせたりはしない。







「こいし。」







どうか、届いて。

















お姉ちゃんの声が聞こえる。




たくさん謝っている。


たくさん好きって言ってくれている。





嬉しい。


嬉しいな。














でも、「私達」の好きはきっと重ならないから。



それでも、貴女の傍に居たいから。















お姉ちゃんの「声」が聞こえた。



(「こいしは編み棒の扱いが苦手なんだから」)



最後まで、お姉ちゃんは笑っていた。それが嬉しくて、私も笑った。





大丈夫、ちゃんと出来るよ。















第三の眼に向かって。


私は手を振りおろす。









ごめんね。



















いつもの様に、子守唄を歌う。


膝にはこいしが気持ちよさそうに頭を乗せている。その目は、私の編み棒を追っているようだ。





「こいし。」


名前を呼ぶ。きちんと、唇を動かして。




「…なぁに、おねえちゃん。」


こいしが応える。幸せそうに笑いながら。

少し遅れたのは、眠たいのかもしれない。









あの時、私はこいしを止める事が出来なかった。



彼女は、自分が望んだとおりに、







「自らの」第三の眼を潰した。








全部分かっている。





壊れそうになった貴女は、私の「眼」を潰そうとして。


優しい貴女は、そんなことが出来なくて。


壊れそうになった貴女は、貴女の「眼」を潰して。


優しい貴女は、最後まで謝っていた。







貴女は、ただ一緒に居たかっただけだった。


私も、ただ一緒に居たかっただけだった。





たった、それだけのことだったのに。











だから、私は貴女の名前を呼び続ける。




誰からも愛される様に。蔑ろにされないように。


私が愛している事を伝える為に。蔑ろになんてしないように。









大丈夫よ、「こいし」。


ずっと、一緒だもの。






















「こいし。」


「なぁに、お姉ちゃん。」
(・д)2回目まして。ななせです。

今回は前回と同じくさとこいですが、前回のようにあまあまではなく、こっちはシリアスめです。
決して明るい話ではないですが、二人の想いが伝われば嬉しいです。

お楽しみ頂けたら幸いです。
ななせ
hide_hide_1238047@live.jp
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コメント



0.1460簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
いつか二人の「好き」が重なると信じて。
ずっと一緒に、幸せであってもらいたいです。
9.70かすとろぷ公削除
ちょっとよくわからなかったけど面白かった。さとこいはいずれやるから参考にさせていただきます。
ああパクる訳じゃないよ
19.90名前が無い程度の能力削除
こういう過去の解釈も有りだと思いました。
二人で幸せな未来を迎えてほしいです。
23.90名前が無い程度の能力削除
甘甘なさとこいも良いけれど、この二人はシリアスが似合うと思います
35.90名前が無い程度の能力削除
こんなさとこいもいいものですね