Coolier - 新生・東方創想話

瞳の奥の彼女を殺して(3)

2010/09/03 20:21:05
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瞳の奥の彼女を殺して(1)
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 ~no title~


 何故貴女は私に声を掛けたのかと、そう聞いた事がある。けれども、彼女ははぐらかすように笑うだけだった。私の能力を見て、彼女は魔法のようだと言ってくれた。一緒に世界の裏側を覗いて見ようと、手を差し伸べてくれた。私はきっと、彼女といる間は少女らしい笑顔をしていただろう。

 だから十分だったのかもしれない。彼女がどんな理由で私と一緒にいようと、そんなものに意味はなくて、面白おかしく、時に恐ろしく、今を体験し、生きていればそれで良かった。

 統一物理学期待の星は、夢見る乙女で、不思議が好きな女の子。

 なら、きっと私は彼女に打って付けな相方だ。

「ねえ蓮子。この宝くじが当たったら、月へ行きましょう」
「ま、でもその宝くじ、確率的に全人類を合わせても二人しか一等当選しないけどね」





 ――16日 幻想郷 妖怪山 18時30分




 それは今から一時間程前の話だ。私と蓮子と魔理沙さんの三人は、箒に乗ってそのまま守矢神社へと赴く筈だった。おびえる蓮子に笑う魔理沙さん、噂の人物への遭遇を期待して胸膨らませる私は、まるで危機感など抱いていない。

 大きなお社が見えた所で、私達は何者かによって撃墜され、そのまま山の中へと放りだされたのだ。蓮子は最後まで箒にしがみついていたようだから、たぶん魔理沙さんと一緒だろうけれど、私はかなり外れて飛ばされてしまったらしく、なんとか木に引っ掛かって難を逃れたものの、ここが何処だかまるで解らない。

 最初に降り立った森とは違い、ここは山なので傾斜が激しく、火山だけに隆起も多い。切り立った岩に落下していたら、などと思うと、身震いする。私は人間だ。魔理沙さんとは違って、高い所から落ちたら、ファンタジークッション(フィクション的にやわらかい地面、何故か怪我をしない身体)の発生条件なんて満たしていない。

 幸い、手元には手提げがあるし、中身も無事だ。ジッとしていれば、数日ぐらい生きながらえるだろう。が、悪い事にここは単なる自然の山ではなく、妖怪が住処としている場所だ。単純な自然だけでも猛威だと言うのに、熊を一撃で叩き潰してしまうような妖怪がうじゃうじゃといるような場所でジッとしていたら、直ぐ嗅ぎつけられてしまう。

 阿求さんの話では、妖怪は人を食わなくなったという。けれど阿求さんは付け加えた。それは里という規範の中に生きる人間であって、里から外れたり、もしくはそもそも里の者ではない人間は、食べられても文句はいえない、と。

 サバイバルの基本は、水、食料、寝床、前向きな気持ち、あとは根性だ。食料は良いとしても、正直それ以外がまるで揃っていない。時間的にも、そろそろ日が暮れる。そうなれば、もはや行動は不能だ。

 狼煙を上げるという手段も考えたけれど……それで魔理沙さんが見つけてくれるとも限らない。見つけるのは妖怪かもしれないのだ。私は人型の妖怪しか知らないけれど、こんな山の中だ、古典に出て来るような容姿の妖怪だっているだろう。

 非常識世界でも、人間の死ばかりは当たり前に訪れる。ノンフィクションの境界線を破らない限りは。

「……怪我がないのが救いね。あちこち破れたけど……」

 服の裾がザックリさけているし、袖も一部破けている。木の上に落ちたからといっても、どんなうまい具合に落ちたら助かるのやら、自分でも驚きだ。枝で腹を裂いた人の話、串刺しになった人の話を上げれば枚挙に暇が無い。もしかすれば、幻想郷にいる間に、所謂幻想度が上がったのだろうか。魔理沙さんにも忠告されたし、霊夢さんもそんな話をしていたと思う。

 幻想郷を享受する者は取り込まれてしまう。

「今ばかりは、そうあった欲しいものね……」

 木を降りる際にだいぶ腕と脚の力を使ったので、既にくたくただ。私は丁度良さそうな岩影を見つけると、そこに腰掛ける。もう日が落ちる。せめて寝床ぐらいはどうにかしなければ。

 岩影の隙間を良く見て、中に蛇や虫がいないか確認する。寝ている間に咬まれたり刺されたりしたら、それこそ命取りだ。続いて近場から手頃な石を拾ってきて叩き割る。鋭角になったものを選び、それをナイフ代わりにして、この程度でも切れ目を入れられそうな枝で、かつ葉が大きいものを探しては折って集める。

 うまい具合の蔓植物が見当たらなかったので、熊笹の茎をなんとか紐に仕立てて、枝同士を結び付けて、大きな衝立を、なんとか形だけでも作り上げた。妖怪の五感がどれほど優れているかは知らないけれど、生身のまま岩影に潜むよりは、カモフラージュぐらいした方が良いという判断だ。雨避けにもなる。本当は物凄くやりたくない。手は切れるし匂うし疲れる。

「義務教育でやるサバイバル訓練って、大体都市部のものだけだし……」

 大災害に見舞われた過去のある私達の世界では、必ず義務教育で都市部での生存方法を学ぶ。普通の地震などならば、避難していれば国軍が炊き出しに来るし、県外から物資が届くけれど、感染病で街が壊滅した場合、その救済方法はあり得ない。過去、革命勢力に占拠され、感染病予防も物資もなかった東北地方では一千万人が死んでいる。街が三つ四つと壊滅した状態で一人でも生き残ろうとしたら、それ相応のサバイバル手段が必要だった。最終的に生き残ったのは、辺境地の人と、都市部でも屈強な人だけだったのだから。

「足りないものは、水かなあ……水を蓄える植物なんて解らないし……」

 早速岩影に、簡易の衝立をかけて引きこもる。流石都会娘の私は、やはり狭い場所が落ち着いた。これで火を焚ければもっと精神的にも安定するだろうけれど、それは怖いのでやめる。

 ふと、日の沈み行く空を衝立の後ろから静かに眺めていると、遠くない場所から人の話し声が聞こえた。全身が強張る。現実なら声を上げる所だろうけれど、ここは幻想郷だ。相手が何者か確認出来ないのに声はあげられない。

 私は身を低くして、隙間からジッと外を伺う。

「この辺りだと思うんだがねえ……ほら!! なんか人間くせぇだろぉ?」
「見つけてどうするんだ?」
「そりゃおまえ、人間だぞ? 好きにするだろ」
「いやいや……んなこと知れたら天狗に毟られるぞ、なけなしの毛」
「天狗がなんぼのもんじゃい。河童なのによぉ……俺達河童なのによぉ……ああ、遠野が懐かしいなあ。やりたい放題だったし」
「……え、あの柳田のおっちゃんが書いてた話、お前?」
「あ、うん。あ、いや、そのな? あれは別に強姦した訳じゃなくてな? 合意の下なんだぞ?」
「あれだろ、良い男に変化(へんげ)してだろ?」
「まあ……そうだけど。でもよー、河童の子だって解ったからって、切り刻んで樽に詰めるこたねえだろ? 人間こええなあ」

 ――川には川童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。松崎村の川端の家にて、二代まで続けて川童の子孕みたる者あり。生れし子は斬り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めたり。

 遠野物語の一説だ。良く考えれば、ここはそういう場所なのだから、伝承や口伝の登場人物や当人が居ても、何の不思議でもない。となると、今近くでうろついているのは、河童で強姦魔だ。正直本当に勘弁願いたい。

「でもよ、ほら、人間は無暗に食うなって、お触れが回ってるだろ、昔から。天狗はなんとかごまかせたとしてもよ、八雲が見逃してくれるとは思えないぜ?」
「風の噂だが、今八雲は不在らしいぞ。博麗が探してるって話だ。式の奴等もみあたらねーってよ」
「なんでだよ」
「知るかんなもの。でも今ならほら、ちょっとはっちゃけても大丈夫じゃない? 的な?」
「人間かあ……五、六十年食ってないなあ……肝がまた、うまいんだ」
「そうなんだよなあ。雌なら尚更なあ……肉も柔らかくて……雌なら……いいなあ……なあ?」

 心臓が、確実に一瞬止まった。

 衝立が払いのけられ、私の前に二人の男が姿を現す。人間のような容貌だけれど、どこか湿っていて、てらてらと光っている。丸太のように太い腕は、明らかに人間程度では敵う筈もない腕力。私はそれに掴まれ、宙づりにされる。

 まずい。本当に。こればかりは。冗談にもならない。

 イボ蛙顔の河童男は、私を上から下まで舐めるようにして観ると、その汚い顔を破顔させた。

「まさかなー……本当に雌だったなんてなー……それに……やたらと美味そうだなあおい……」
「若い。まだ人間でいうところの十五、六だろ。あんまり見慣れないな」
「おかしいと思ったんぜ。里の人間がこんな所まで来る訳がねぇ。なんか落っこちて来たって話だったから、たぶん境界線飛び越えて迷っちまったんだろうよ。不幸だなあ……なあお嬢ちゃん?」
「は――放して。放しなさいよっ」
「おー……案外と気が強ええ。幻想郷の女はみーんな気が強くて、挙句力まで強いから、そう簡単に手出しなんてできねー訳だがぁ……なあ?」
「……ホント、なんであんなに強いんだろアイツ等……河城の奴なんてまだ大人しいけど、あれで強いからなあ……」
「でもなあ、人間で気が強いってだけじゃあ……さて」

 突然手を放され、私は地面に脚を打ちつける。私の想像が正しいとなれば、絶望的だ。慰み者にされた後、そのままの意味で骨までしゃぶられてしまう。ただ、怯えていてもしょうがない。対抗手段とすれば、力で敵わないのなら、口先しかないだろう。

「どうする気?」
「言わせるのか? 主に俺達が楽しい事するんだよ。人間に種付けなんてひっさぶりだからなあ……」
「下種め。そんなんだから、縛り上げられたり撃たれたり捨てられたりするのよ、この禿げ!!」
「だー!! そういう事いうなよ!! あれ、回復するまで一年かかったんだぞ!? 畜生、人間めぇ……」
「性欲強いと禿げるって人間も言ってるしな?」
「やかましいわ!! このアマ、ケツの穴から半分に裂いてやろうか!?」
「本当にそんな事する気? 私に手出ししたら、魔理沙さん達が黙って無いわ」
「魔理沙ー……って……あの魔法使いかよ。なんだ、知り合いなのか?」
「え、ええそうよ」
「なら都合いい。あいつの攻撃で何回山が削られたか。あの馬鹿女め……」

 ……言葉は選ばなきゃ駄目なのだと良く解った。逆上した河童が私の腕を抑えつけて、服に手を掛ける。

 楽しかった筈の幻想郷旅行も、これからあった未来にもたぶんこれでさようならだ。案外と冷めている自分は、さて、こいつらをせめて楽しませない為に何をすべきだろうか、なんて事に頭が回る。舌を噛み切るか、何の反応も示さないか、ヘタクソと罵るか……どれもその道の人には需要がありそうなので、なんとも言えない。

 どうやら幻想度は大して上がっていなかったらしい。

 ……蓮子は悲しむだろうか。

「何してるの?」
「何ってお前、ナニをナニする所だよ観てわからねえのか」
「そんなことしていいの?」
「いいだろそりゃ。里から出た人間を保護するほどお妖怪好しじゃねえんだ俺は」
「へえ」
「もげっ!!」

 下着を毟られた所で、私は終わったと思ったけれど、いつまでたっても何もない。強く閉じた眼を見開くと、眼の前に有る筈の汚い顔がない。

「人間に悪い事しちゃ駄目」
「あ、にとりさん。ちゃーす。なんかこいつ、女の子食うだの犯すだのとのたまってましたッス」
「そんな事したらまた河童の悪評が広まるでしょうが!!」
「ひっ!!」

 それはなんと表すべきだろうか。筋骨隆々のむきむき男が……少女に片手でぐるぐると、横ではなく縦回転で振り回されている。地面につく度に叩き付けられては、もけ、だの、へぴ、だのと漏らしている。物理的におかしい、その回転はおかしい。

「すたんっ」
「せぇのっ!!」
「かびらっ!!」

 十回転程してからだろうか。遠心力に従い、巨漢はそのまま遠くに放り投げられ、岩に叩き付けられて埋まった。岩にだ。私は身体を起こすと、助けてくれたらしい少女を良く見る。蒼い髪に緑の帽子、大きなリュックも背負っている。

「お前は?」
「あ、はい。自分、あいつが人間見つけたってんで、一応ついてきたんスよ。保護してあげなきゃって」
「ほんと?」
「ホントッス、ウソジャナイッス」
「じゃあ許してあげる。おい、エロ河童の代名詞!!」
「う、うっす……」

 岩に埋まっていた河童が、這いながらのそのそとやってくる。その光景こそ、正しく伝承で語られるような妖怪っぽさがあった。川から這い出てくる河童は、もしかしたら投げられて岩に埋まった後の描写だったのかもしれない。

「ごめんなさいしなさい。しないと去勢する、最新機械で、スライスする」
「そ、それだけは。にとりさん……あ、あの、人間さん……」
「はあ……」
「本当にすみませんでした……だって、幻想郷の女ってみんな気強くて……ほらこの通り、力も強くて……」
「それは褒めてるのか貶してるのか」
「いや!! にとりさんの素晴らしさも含めて説明して、謝罪をばいたしたい次第で……ごめんなさい許してくらさい、でないと去勢スライスされてしまいます……」
「わ、解ったから。そこの女の子に免じて、許します」
「本当ですか!! そりゃよかった。にとりさん、許して貰いましたから去勢は」
「お嬢ちゃん」
「はい?」
「このグローブつけてみて」
「はあ」

 蒼髪の少女に、何やらグローブを渡される。そこにはスイッチがあり、イージー、ノーマル、ハード、ルナティックとあった。

「好きなボタン押して」

 指示されるまま、私はルナティックを押す。どういう原理か、そのグローブは機械的な唸りを上げ、私の腕を勝手に持ち上げ……汚い顔の河童の顔面へと叩きこまれた。叩きこまれただけなら良い。

「ぺもっ」

 叩きこまれた勢いで、汚顔河童が地面に埋まった。

「……――」

「おー。試作品だけど、なかなか良く出来た。人間の力でも、エロ河童ぐらい吹っ飛ばせるね!!」
「サスガダナー、ニトリサンはサスガダナー」
「あの、明らかに顔面骨折ぐらいしてると思うのだけれど、お嬢さん?」
「大丈夫だよ、切り刻まれたって河童はそんな簡単に死なないから!!」
「サスガダナー、ニトリサンサスガダナー、帰っていいっすか?」
「この廃棄物持って行って」
「ウィッス。じゃ、にとりさん、またー」

 そういって、相方の河童はほぼ産業廃棄物となり果てた河童を背負い、遠くへと飛んで行ってしまった。私は大きな溜息を吐いて、その場にへたれ込んでしまう。安心した御蔭でドッと疲れが来たのか、アドレナリンが切れて全身が痛む。脳内麻薬は偉大だ。

 ふと顔を上げると、何か嬉しそうな顔をした少女が此方を覗いていた。私よりも小さい。明らかに十歳前半だけれど、あの調子を見るに、たぶん彼等よりも年上で、しかも強いのだろう。妖怪は見た目が当てにできない。

「いやあ、危なかったねえ、人間。はい、パンツ」
「……河童?」
「そう。河童。あんなのもいるけれど、あんまり嫌わないでね? 本当は気のいい奴等なんだ」
「いやあ……流石に、レイプされかけたし……」
「ですよねー。トラウマ級だわねー。でも、案外冷めてそう?」
「……不思議なもので。危ないとは解っていても、本当に死ぬなんて心の奥底では思っていなかった、が正しいかしら」
「こんな所で何してるの?」
「実は……」

 かくかくしかじか、河童少女に説明する。妖怪と一口に言っても、人間のように様々いるようだ。人間が好きな妖怪、嫌いな妖怪、どうとも思っていない妖怪。この大まかな三タイプの中で、実質一番性質が悪いのが、どうとも思っていない妖怪だろう。好きなら優しいだろうし、嫌いなら刺激しないように配慮出来る。でもどうとも思っていない奴は、勝手に相手のテリトリーに入ってきては様々とぶち壊すなり壊すなりして、物事の流れを破壊する。

「へえ。迷い込んだ人間なら沢山観たけど、自分から来た人間は初めてみたよ。そっか、魔理沙が撃墜ねえ」
「心当たりはない?」
「うーん。基本的にね、妖怪の山は人間の侵入を拒むようなシステムが出来てるんだよ。どうしても通りたかったら、門番の天狗を殴り倒さなきゃならないね。ちなみに言えば、魔理沙は指名手配級」
「だと思った。じゃあ、誰がやった、と特定するのは難しいかしら?」
「魔理沙とはそれなりに、人間換算で言えば長い付き合いになるから解るけど、あの子は強いよ? 妖怪としては未熟かもしれないけど、人間の時には既に弾幕ごっこにおいては、博麗に並ぶか並ばないかぐらいだったんだ。あ、ちなみに私達は博麗をまともな人間だとは思ってないから、あいつが最上位だと考えて間違いないの」
「つまり?」
「魔理沙に攻撃を当てられる奴が限られてるんだよ。山を仕切っているのは天狗なんだけど、その中でも本当に一握りの上位の奴、大天狗とか、そういう奴等。でも、そんなのが御山をうろついている訳がない。だから、それを考慮すると射命丸文とか、姫海棠はたてとか」
「じゃあ、そいつら?」
「まだ続く。そもそもあいつ等はブン屋、つまり新聞屋だから、問答無用には襲ってこないよ。必ず声を掛ける。引き返せって。魔理沙も文も知り合いだし。問答無用に攻撃するなんて、マナー違反だしね」

 河城にとりと名乗る河童少女は、眉を顰めて顎を擦る。彼女のように魔理沙と親しく、山の事情に詳しい人物ですら頭を捻る状況なのだから、私が推理して解る訳がない。今回の出来事は、本当にただの事故、と考えた方が自然だ。魔理沙さんを制止しようと、取りあえず弾幕を放ち、声を掛けようとするも、不意をつかれた為に撃沈した。これでどうだろうか。

「そうだ。人間も魔理沙と一緒に乗ってたんでしょう? 箒に」
「ええ。あと、私はメリーね」
「め、メリー? うん。どんな弾幕か解らない?」

 なるほど、と頷く。心像心理の具現のような弾幕は、各個人多種多様で、もはやそれが指紋的役割を担っているのだろう。私が口で形容出来れば、知識のあるにとりさんも判断出来ると言う訳だ。

 あの時、一体どんな弾だっただろうか。不意に大きな風が吹いて、今まで微動だにしなかった箒が乱気流に巻き込まれた飛行機のように上下した。その後、幾何学的な模様が私達の真下に浮かび、それは広がって、矢のようにして飛んで来た筈だ。

「五芒星。それと強い風かしら?」
「……メリー達は、確か守矢神社へ向かう途中だったね?」
「え、ええ」
「セーマンに山風、間違いなく犯人は東風谷早苗だ。彼女なら魔理沙にだって弾幕を当てられるよ」

 その名前を聞き、私は眼を瞬かせる。魔理沙さんは東風谷早苗と犬猿の仲にあったのだろうか。

「魔理沙さんと、仲が悪い?」
「いいや。良好だと思う。同じ人間を捨てたもの同士、近頃余計仲好くなったと思ったけど。でも、弾幕を模倣するにはかなりの力量が必要なのよ。それこそ、地底に住んでいる奴等の親玉ぐらいの。だから間違いなく、弾幕を放ったのは東風谷早苗」
「仲が良い程……?」
「しょっちゅう弾幕ごっこもしていたみたいだけど、親しき仲にも礼儀ありっていうし。彼女が幻想郷に来た頃は、だいぶはっちゃけてたけど、今はだいぶ大人しいよ。神様の風格も出て来た」
「幻想郷に来て、神様に?」
「うん。元から人と神様の間の子みたいな子だったけれど、幻想度が増したのか、あれ以来歳はとってないね」

 たぶんそうなのではないかと、幻想郷に来てから考えてはいたけれど、どうやら本当に神様と成り果てたらしい。現世で氏子等から現人神と讃えられ、消失後はネットで神と讃えられ、そして幻想郷ではとうとう名実ともに神となった訳だ。あれ以来変わっていない、というのならば、容姿も高校生の時と変わらないのだろう。

 私は携帯を取り出し、蓮子から貰った画像を提示する。

「この子ね?」
「そう……うわ……何この……何?」
「あ、携帯?」
「ちょ、ちょっと貸して? 壊さないから……」

 突然、にとりさんの眼付が変わる。そういえば、先ほど渡された凶悪パンチグローブも、魔法というよりは科学的だったのを思い出す。先ほどから背中に背負っているリュックからもガチャガチャと鉄のぶつかる音が聞こえる事から、もしかすると機械好きなのかもしれない。

「機械が好きなのね?」
「う、うん。うわあ……薄い……ブラウン管じゃないの?」
「強化有機EL画面。どんなに曲げても壊れないの。だからこんなカード型に出来るのよ」

 私の持っている携帯は少し旧式だけれど、それでも特殊強化加工プラスチックタイプの有機ELフルモデルだ。厚さ3㎜程度の中に全部機能が収まっている。モノリスなども挿入可能で互換性も高いので、長い間重宝している。かなり頑丈で、それこそ象に踏まれてもたぶん壊れないだろう。

「外の科学すげー……すげー……。あわわ……人間すげー……」
「私が作ってる訳じゃないからだけど」
「ううん。いやあ、へえ。これ、壊れないの?」
「無理やりすれば壊れるだろうけど、ぶつけたりしても傷はつかないわね」
「これを作る技術が手に入れば……私のステルス迷彩ももっと剛性が付くのになあ……」
「ステルス迷彩? オーバーテクノロジーじゃない? 確か西暦2030年頃に実用化された筈だけど……」
「あ、うん。ある程度形はあって、そこに妖力を応用しているから、妖怪が使う限りはステルス迷彩」
「なるほど……」

 魔法、所謂魔力とか霊力とか呪力というモノがあれば、科学の跳躍すら可能だという。ステルス迷彩は自衛軍が過去の教訓、つまり身を隠すに難しい市街戦において多大な被害を被った経験から東部米国と共同開発したものだ。科学者達が血の涙を流して実用化にまで漕ぎ付けたものだというのに、所謂物理学外要素はそういった価値観を全部吹っ飛ばす。

「ああ、東風谷関連だけど、実は幻想郷、核融合もあるんだよ」
「――?」
「いやだから、核融合施設」
「御冗談を。核融合が可能になったのは皇紀2693年、一体何年後だと……」
「……ねえ、メリー、もしかして、未来から来たの?」
「……え、ああ。まあ。隠す必要もないけど、ここだと未来人だと思うわ」
「ええ……人間はタイムスリップまで完成させていたの!?」
「ち、違うの。色々理由があってぇ……」

 にとりさんの眼が、凄まじいまでに輝いている。この子供のような眼を、私はかわす手立てを持っていない。こういう眼をされると、私はどうにも、なんでも言う事を聞いてしまいたくなる。特に蓮子にやられたらもう駄目だ。屈服するしかない。

「さ、メリー、もう日が暮れるよ。野宿の支度をしなきゃ」
「いやあの、にとりさんが魔理沙さんと合流させてくれれば良いのでは? 魔理沙さん、二人分も乗せて飛べてたし……」
「私非力だから無理。そう無理。だから野宿が一番良いと思うのさ。あのエロ河童に吹っ飛ばされた衝立を組みなおして、寝床を作りなおして、二人で火を囲む。あ、食料と水は私が調達するよ。だから気兼ねなく朝まで話せる!!」
「いやだからその……」
「合流したって、守矢に行くには注意が必要でしょう? 何せ魔理沙は狙われたんだから。明るくなってから探して、明るい間に作戦を立てるのが最善では!?」
「ええと……」
「はあ……未来科学……未来人……しかも人間……メリーって素敵ね?」
「あの、にとりさん……」
「にとりでいいわ!! 沢山呼んでね?」
「――はい」

 駄目だ。やっぱり勝てない。結局私達は、この山の中で朝を迎える準備をしだした。にとりのウキウキ加減といったら無い。浮足立ちすぎて、むしろ足が地面についていない、のに、しかも転んだ。

「あ……」
「うん?」
「も、もしかして……迷惑だった……?」

 だから、そんな縋る様な眼で見ないでほしい。その瞳に否定権を、私は持ち合わせていないのだから。




 ――16日 妖怪山山中 五合目付近  20時59分




 思うに、幻想郷のコミュニケーションは基本、唐突な出会いでのいがみ合い、そこからお酒へのシフトによってなりたっている様子だ。お酒を入れてしまうと人間も異形も糸瓜もなく、みんな単なる酔っ払いにジョブチェンジするからだろう。並べたてられた各種ツマミを突きながら、明らかに蒸留段階で加水していないような焼酎を向けられている私の思考能力など蚊程も無いような気がしなくもないけれど、取り敢えず付き合える限り付き合っている、というのが今だ。

 にとりは『食料持ってくるよ』なんてニコやかに笑い、十分も経たずしてありったけのお酒とつまみを用意して来たので、恐らくより間違いなく、彼女の棲家はご近所なのだろう。あえて家の中に上げない、というのは信用されていないのか、はたまた外で呑むのが好きなのか。

「人間と火を囲みながらお酒を飲むなんて、いやあ百年くらいぶりかな?」

 ただ、想起される記憶をツマミにしたいだけだったらしい。酒呑みはあらゆるものをツマミに変える。喜怒哀楽の出来事全部、他人の失敗も自分の成功も他人の成功も自分の失敗も、男の話女の話、綺麗な話汚い話全部だ。業深く、そして間違いなく地獄行きだけれど、現世で生きる分には丁度良いのだと思う。

「若いのに哲学者だねえ。お酒飲む方?」
「……九つの頃からちょっとずつ。輸入に頼っていた石油だけれど、シーレーン崩壊で輸入が滞ってしまって、大貧困時代は冬にお酒を飲まないと、北部は厳しいって事で、その名残。ああ、シーレーンっていうのは皇国の要である輸入、防衛の海上ルートなのだけれど、これを分断されちゃうともう大変で大変で……うう……」
「こ、皇国? 日本って……ああそうか、未来だものね?」
「統一を破壊され、秩序を完全に乱された日本国を立て直すのに、圧倒的カリスマが必要だった。秩序回復を担った自衛軍や超党派議員等に不信感を抱いている人達も多かったの……そこで日本の意志結束を計る運動が起こって、鶴の一声があがったわ。錦の御旗は過去無敗なのよね。抵抗も凄かったけれど、彼の方は現人神として再び日本国の国体となった……」
「てか、今の今まで違ったの? あれ? 私、なんか歴史認識おかしい?」
「幻想郷だもの……きっと外の歴史は昭和初期で止まってるんだわ。すごい世界……ほんと……」
「へえ……未来の日本は大変だったんだねえ……ちが、大変になるんだねえ……あ、大変なのか、今」
「みたいね。とても、私には今の外を覗く勇気はないわ」
「――人間、みんな死んじゃうんだね……」
「うん。どうにもならないの。病気に紛争に貧困……阿鼻叫喚の地獄よ」

 ツマミは味が濃いものだけど、これは少し濃すぎたかもしれない。私は焼酎をあおり、ピクルスを噛みしめた。

 もし、もしだ。イフ、私にこの災厄を打破可能な力があったのなら、私は外へと降り立ち、国難を救う為立ち上がれるだろうか。未来に起こる出来事を網羅し、どのように手を加えれば日本が再び立ち上がれるのか知る私が、外に出でて、拳を振り上げ壇上に叩き付け、再起を促す事は可能だろうか?

「――無理、じゃないかなあ。例えどれだけ力があったとしても、メリーの行動によって未来が全て変わったとしたら、メリーの存在自体が危うくなる。もしくは、タイムパラドックスを避ける為に、世界が分岐する。その世界で世界を救っても、結局は違う世界の未来なのだから。それにさ、メリーにメリットがない」
「そう。だから静観しか出来ない。私は私が可愛いもの。親殺しのパラドックスを味わうには弱すぎる」
「それに、結局立ち上がるんでしょ? 乱れた秩序を回復させようとする世界は科学を飛躍させる。善悪で語れない進化がある。私は、メリーの棲む科学世紀を、是非この目で見てみたいよ」
「変な話よね。科学最先端国は、立憲君主制で頂点が神様だなんて」
「現人神ねえ。国造(くにのみやつこ)は?」
「ほぼ廃絶。それ以前に、現人神扱いから除外されてたけど。有力だった諏訪国造は、幻想郷に行ってしまったもの。こちらで、本物の神様になったって?」
「……パンデミックってのが起こったのは、いつ?」
「西暦で2011年」
「守矢流入は?」
「西暦で2007年……いやまさか、にとり、ないない」
「どうだろうねえ。何せ本物の神様を背負った風祝さ。自身も神だ。予知だって有りえたんじゃないかな。東風谷早苗の能力は奇跡を起こす程度の能力。物凄く大雑把な名称だけれど、その能力は多岐に及ぶと聞くよ」
「にとりから見ても、東風谷早苗は……」
「最初こそそうだね、中の上くらいの力だったと思う。命蓮寺連中とやりあった頃に上の中。以降、凄い上昇率だよ。妖怪山連中にも、守矢というよりは東風谷早苗に対して信仰心を抱く奴も多い」
「うさんくさくなって来たわね……」

 本当に軽い気持ちだった。蓮子と一緒に歪を通って、東風谷早苗に逢えたら逢って、あとはスパッと帰るつもりだったけれど、どうも物事は思い描いた正しい線に沿って流れてくれたりはしないらしいのだ。もし、東風谷早苗が魔理沙さんではなく、私達を狙って撃ったとしたなら、相当に話が拗れて来る。聞けば、東風谷早苗の神格上昇率は抜きんでたものがあるらしいし、私達のような特殊に流入した人間を知っていたとしてもおかしくないのでは。一体何を企んで来た、まさか連れ戻しに来たか、なんて思われて、撃墜された可能性だってある。

 ……そして最も有り得るのは、私を八雲紫と誤認した可能性だ。今、八雲紫は幻想郷に不在だという。守矢と何らかの確執があった八雲紫を撃墜しようとした……とか。そうなると、そもそも守矢神社に近寄るのも危ういのでは?

 全部推測なので何とも言えないけれど、無理をして逢う必要もないだろう。蓮子辺りが探求心を発揮して無理を言うならついて行くけれど。

「そういえば、守矢の話だけれど」
「何かな?」
「核融合がうんたらって。核融合なんて最先端技術が、何故この世界に?」
「私も開発に咬んだよ。根幹部分は違うけど、外壁やら細かい調節部分は私達河童が弄った」
「そう……でも、核融合よ? 幻想郷の文明度をみれば、そんなもの明らかに行きすぎてる」
「その通りなんだよね。実際あまり還元されていない。恩恵を受けているのは妖怪山ぐらいで」
「根幹部分って? つまり、炉心よね?」
「うん。炎獄を管理していた化け鴉に、八咫烏を降ろしたんだ。タケミナカタが、こっちでいう八坂神奈子が」
「――神様が、神様を、鴉に?」
「土着太陽神である八咫烏を用いて、エネルギーを作ってるの。無茶でしょー? でも出来ちゃうのが幻想郷」
「……有害物は? 放射線はどうしたの?」
「出てないよ?」

 私はお酒を一口にして、眉間をつまむ。有害物質が出ていない。そんな事はないだろう。DTより出ない、という事だろうか。つまり、二重水素同士を融合させたDD反応だ。現在、私の世界で建造が進んでいる核融合炉は、二重水素とトリチウム(三重水素)を融合させたDT反応で、これは放射線が出る。核分裂よりも安全ではあるけれど、無害ではない。

 技術的にDT核融合が妥当と判断された私達の世界の、上を行っている。むちゃくちゃだ。そもそも、科学に頼っていない。太陽神を用いた核融合、意味がわからない。本当にサッパリ解らない。いや、わかったら駄目なのかもしれない。でも、是非知りたい。蓮子に話せば、たぶん絶対に知りたがるだろう。一応科学者の卵なのだから。

「良くも悪くも幻想郷ね」
「良くも悪くも幻想郷さね。外の科学部分を幻想で超越している辺りがなんとも。私達河童の技術もそう。魔法的要素で、科学部分を補っている。結果、科学を超えてしまっているけれど、それが普及される事はないの。何せ、人間には魔法が使えないし、妖怪はそんな便利なもの必要ないんだ。今さえたのしければ、科学も魔法も御遊びなんだよ」
「還元されない技術、ね。幻想郷の文明度って」
「うん。結界で隔離された頃から、殆ど変化がないよ。妖怪山のごく一部だけ飛躍的にあがってるけど」

 端的にいえば、興味が無いんだ。明日食べるご飯はあるし、今の生活に何の不自由も抱いていない。妖怪は怖いけど、彼等彼女等の要素が幻想郷を担っていると考えれば無碍には出来ず、人間の存在が妖怪を保っていると考えれば妖怪は人間を無碍に出来ない。新しい技術はとんと必要なく、今ある世界を享受している。つまり、幻想を現実と認識し、幻想と共にある。

 牧歌的な面、猟奇的な面がうまく融合している。核融合よりも、こちらの方が驚きに値する。

「平和ね」
「メリー、犯されかけたばっかじゃ……」
「過ぎた事よ」
「……少し普通じゃないね。もしかして、幻想度、あがってる?」
「そう、かも。あんな高い場所から落ちて、タイミング良く貴女に助けられて……そもそも、夜の森を抜けて外に出て、タイミング良く魔理沙さんに出会ったのだって、そう。これが、幻想郷を享受するって事かしら?」
「帰れなくなるよ」
「まあ……蓮子が居れば……たぶん、蓮子も無事だし」
「確証もないのに? 相方さん、怪我とかしてるかもよ?」
「それが、不安もないのよ。蓮子はたぶん無事。今の今まで心配した覚えもないのよね」
「蓮子って事は女の子だよね? 好きなの?」
「好きよ? 私も蓮子も、お金のある家には生まれたけど、あまり両親から大切にされた覚えもないの。現世に大して未練もないし、このまま幻想郷に暮らせるなら、別に良いぐらいに考えてると思う」
「妖怪は、どう?」
「怖いのもいるけど、そんなに否定感もないわね」
「私は、だいぶ昔だけれど、人間を食べた事があるよ?」
「妖怪だものね?」
「もし、今も虎視眈々と、貴女を食べようと思っているとしたら、どう?」
「優しくしてくれると嬉しいわ、処女だから」
「……うーん。異様なまでの余裕さ……元からの性格なのか、はたまた取り込まれてるのか……」
「ふぁ……だいぶお酒も回ったし、お腹いっぱいで眠くなってきたわ」
「え、寝ちゃうの!?」
「寝ないの?」
「じゃ、じゃあ、寝るまで聞いてよ。守矢の話だ」
「ん」

 私はにとりに預けられた毛布(たぶん家から持ってきたんだろう)を被って横になる。今頃、蓮子は何をしているだろうか。何の保証もないけれど、本当に、私は何一つ心配なんてしていなかった。本当に心配なら、助かった時点で二人を案じた筈だ。人の命が軽い事、現実では起こり得ない事が当たり前で有る事、そういった要素を踏まえたとしても、蓮子は無事だと感じる。

 むしろ、頭に浮かぶのは明日どうしよう、なんて予定だった。

「守矢神社が幻想郷に来て一番最初にした事は、挨拶回りでも、信仰集めでもない。博麗神社の掌握だった。八坂神奈子は御山の大将とかけあい、東風谷早苗は営業に走っていたね。信仰集めというよりは、博麗の外堀を埋めるって感じだった。確かに、不甲斐ない博麗神社と便り甲斐のある守矢なら、皆守矢を信仰するよ。でも、みな言葉には出さないけど、博麗神社がどれだけ重要なのか、少なくとも御山の者達は知っていた。結界を形作るのは八雲紫で、それを守るのが博麗なのだから。何故、一番最初に着手したのが博麗神社だったのか。守矢の神が、博麗神社の重要性を理解していた事になる。でも、外から来た新参が、何故。神社繋がり? 版図拡大? 御祭神も解らないような、まるで誰にも信仰されている節のない神社を? 私は違うと思う。核融合の件だってそうだ。産業革命を起こすなんて八坂神奈子は言っていたけれど、この惰性と停滞の幻想郷にそんなものが起こる訳がない。賢い八坂神奈子が、それを知らない訳がない。もしかすれば……」

 瞼が重い。ただ、隣のにとりは淡々と、自分の見解を述べている。

「……もしかすれば、守矢は、幻想郷のコントロールを奪おうとしているのかもしれない。そして、八雲紫の居ない今、実行するなら最高の機会だ。メリー、貴女は彼女に似てる。たぶん、撃墜の原因はそれさ」

 そんな事だろうと思っていた。
 私は眼をつむり、私の姿を瞼に映す。私と同じ顔をした怪物。神出鬼没にして道理を吹っ飛ばした存在力。誰にも恐れられ、慕われる事のない怪異。阿求さんは、彼女は誰にも本心を見せないし、本当は寂しがっているのだと言っていた。八雲を知らない私がどうこう思える事じゃないのかもしれないけれど、もし、寂しくて幻想郷を作ったのなら、大成功だろう。妖怪は人の思念を糧にしている。それだけ恐れられ、畏怖される存在となったのならば、妖怪として誉れに他ならない。

 ……。

 それにしても。その八雲はどこへ消えたのだろうか。

「ゆっくり休みな。私が見張っているから、何も心配ないよ」
「ええ、おやすみ、にとり」
「おやすみ、メリー」

 私の意識はゆっくりと沈んで行く。明日には少しでも疑問が解決すればいいな、なんて思いながら。
 



 ――17日 幻想郷 妖怪山六合目付近 6時49分




 翌朝、私はにとりに背負われて、山中を移動していた。高く飛ぶと天狗が五月蠅いし、しかもまた東風谷早苗に襲撃された場合、にとりでは逃げ切れないという話だ。靄が木々の中を影のように流れ、私の肺を湿らせる。

 八ヶ岳といえば切り立った山々が印象的だけれど、ここはまだ森林限界に達していないし、高度もさほど高くないのだろう。

 にとりに背負われたまま上空へと昇る。落ちた場所を特定しながら、その都度また降りて低空飛行を繰り返す、というやり方である。撃墜された時、魔理沙さんが下手を打たなければ、二人とも無事な筈だ。

 三十分程だろうか、三回目の偵察でようやく位置を把握出来た。

「たぶんこの辺り」
「土地勘のない人間に細かい場所を教えて貰おうとは思わなかったけど、案外正確っぽい。うん、人間の匂いがするね」
「犬並の嗅覚ね、妖怪って」
「人間の匂いは独特なんだよ。おーい、魔理沙ー?」

 地面に降り立ち、にとりが魔理沙を呼ぶ。暫く歩いていると、焚き火の後を見つけた。にとりは鼻をスンスンとやり、茂みを指差す。すると、驚くようにして茂みがざわりと動いた。かき分けてみると、そこには涙目になった蓮子がいた。

「まあ、蓮子が落ちてる」
「め、メリー……」
「どうしたの? 河童に犯されたとか?」
「いや、それはないんだけど。良かった、無事なのね……で、その方は?」
「河城にとりさん。河童だけど、強くて女の子なの」
「やあどうも。人間。魔理沙は?」
「魔理沙さん、朝食採りに行くって言って私置いてくし……そのタイミングで誰か来たから、もう戦々恐々で」
「ああ、だからおびえていたのね、可哀想な蓮子」
「メリー、めちゃくちゃ余裕ね?」
「でしょう? ほらメリー、貴女余裕すぎるって。私もおかしーと思ってたんだ」
「んー……」

 そんな事を言われても、と私は小首をかしげる。私の精神性を疑問視され指摘された所で、完全客観のない私には答えを出す事は不可能だ。私は私だし。取り敢えず何があろうと、蓮子が無事ならそれで良いではないだろうか。私の余裕さなんて、大した問題じゃあないと思う。

「やい妖怪、そこを動くな。動いたら撃つ。お前の体と山を削られたくなったら大人しく……」
「おー、環境破壊魔、環境破壊魔じゃないかー」
「おー、にとりじゃないか。それにメリーに似た何かもいる。こりゃ都合が良すぎて笑っちまうぜ」

 二人は互いを認めると、一緒に手を合わせて笑っている。長い付き合いだと言うから、仲が良いのだろう。……なんか、えへへ、って恥ずかしそうに笑い合っている辺りが凄く、なんだろ、仲良いというか。

「蓮子、私達も、私達も」
「え? あ、こう? ……えへへ」
「そうそう、あはは」

 という訳で真似をする。蓮子を見るに、私よりも被害が少ないようだ。服は少し汚れているけれど、血がついている訳でも、服が破れている訳でもない。やっぱり心配する必要なんてなかった。私はカメラを取り出し、再会記念に四人で写真をとってみたりする。

「軽いなあ。蓮子なんて、そりゃあもうメリーがメリーがって、一晩泣いてたぞ?」
「そうなの? 心配されるって気持ちが良いのね?」
「あが、魔理沙さん、そういう事言わないでくれる?」
「まあまあお三方、無事を喜ぶのは良いけれど、魔理沙?」
「おう。取り敢えず、蛙でも焼きながらだな」

 魔理沙さんは手元に握りしめた蛙を三匹、私達に晒す。蓮子は遠慮した顔で、私は味が気になり、にとりはギョッとしていた。

「御山で蛙捕まえるって、魔理沙」
「何せあんな仕打ちを受けたんだ、復讐ぐらいしておかないとな」
「どういう事です?」
「ああ。私に突然弾幕をぶっぱなしたのは、東風谷早苗だ。あいつの神様は蛙だからな、蛙をとって食って復讐だ」
「まあ、えげつない。流石魔理沙さんですわ。で、私とにとりも、そういう結論に達したんですの。でも、東風谷早苗と魔理沙さんは、それなりの仲だったんですのよね?」
「ああ、結構付き合いもある。だから意味が解らなかった。あいつ、あんな汚い奴だったかな、と」
「原因はたぶん、私ですわ」
「メリー? ああ、やっぱり。本当に、嫌われ者に似ると災難だわね」

 蓮子が両手を上げて溜息を吐く。それを本当にやりたいのは私だ。身に覚えのない話で殺されかけていたら、命がいくつあっても足りないではないか。

「紫と見間違えて……ねえ。キナ臭いな」
「八雲紫と守矢、何か確執があったかどうか、魔理沙さんは御存じない?」
「……守矢は大規模な勢力だ。手勢こそ三人だが、神が二柱、現人神が一柱。挙句生態系を変えちまう程の諏訪湖と一緒に流入したんだぜ? なのに、守矢が流入した時、八雲紫は動きを見せなかった。幻想郷に大きくかかわる出来事で、アイツが出てこないのは……逆に不自然だと、そりゃあ昔から思っていた訳だ。最初こそ手を組んでいたんじゃないかと思ったが……決裂したか?」
「守矢流入時、博麗はどうしたんですの?」
「ああ、乗っ取られるって騒いでな。守矢に突っ込んでいった。神様は強いからな、弾幕もだいぶ手加減されてたと思う。だが、それを切欠に守矢の大げさな動きは止まった。以来守矢は、地下で色々としてたぜ。核融合とか、ひそうてんそくとかな」

 守矢が何かしら考えている事は解った。けれど、そこに八雲紫に繋がる線は見えないという。にとりの言う『乗っ取り』が正しいとした場合、魔理沙さんはどう思うだろうか。

「乗っ取りね。戦神の考えは解らんが、それで得る物があるならするだろう。ただ、そうなれば押さえつけなきゃいけない勢力が多い。紅魔館、白玉楼、永遠亭、命蓮寺、地霊殿はどうかしらんが、反発する奴もいるだろ……いや、だからこそ、最初に博麗だったのかもしれんな。だが、そのつもりなら、加減する必要もないんだが……それに、八雲との矛盾も出る。一筋縄じゃないな。こりゃ」

 魔理沙さんは地面にドッカリと腰を降ろし、蛙の皮を慣れた手つきでべろべろ剥いて行く。皮ごと内臓をはぎ取って、脚だけにしてしまった。魔理沙さんは懐から八角形のものを取り出すと、そこから炎が出る。謎アイテムだけど、ガスコンロ的なものだろう。

 焙りながら、塩が足らない、なんてぼやいている。頭の中では他事を考えているのだろう。

「どうあれ、守矢に行くのは危険かな、魔理沙さん」
「私は大丈夫だが、お前らの身を守ってやるには厳しいな。蓮子はビビリだし、メリーはなんか幻想郷人みたいな雰囲気になったが、人間にゃ変わらんし……ふむ」

 焼けた蛙の脚を蓮子に差し出す。蓮子はそれをにとりに差し出す。にとりはそれを私に差し出したので、齧ってみた。味のついてない鶏肉みたいな味だ。ちょっと生臭い。

「とはいえ、お前らは東風谷早苗に逢いたい。守矢に行くのは危ない。じゃあ、出てきて貰うってのはどうだ?」
「何か策があるのかしら?」
「にとり」
「あいよ?」
「博麗神社で宴会があるって伝えてくれるか。あいつらに。あと、私とそいつが、蛙の肉食ってたって、諏訪子にもな」
「ちょ、食べさせておいてそれはありませんわ」
「まあまあ。少し刺激するネタがあった方が、来るだろうよ」

 なるほど。いや、私をネタに使われるのは心外だけれど、呼び出す作戦ならリスクが少ない。アウェイに飛び込むよりも、此方に誘った方が危険がない。でも、突然博麗神社で宴会なんて話、不自然に思わないだろうか?

「幻想郷の宴会は突然なんだよ。いつだかの夏なんて、連日続いたもんさ。で、唐突に解散する。最近やってなかったし、タイミング的にも良いだろ。外の未来人歓迎会とでも銘打てばいいんだ」
「ふむ。じゃあ魔理沙は博麗に根回しお願い。私は守矢で神様煽ってくるよ」
「魔理沙さんは頭が働くのね、感心しますわ」
「だろう。幻想郷の超幹事といえば、この霧雨魔理沙さんのこった。よし、そうと決まればこんな薄暗い山はおさらばだ。二人とも、取り敢えず博麗神社に引き返すぞ」

 ひとまず、箒に乗って博麗神社へと引き返す事になる。魔理沙さんは良く幹事をしているらしく、宴会を催す連絡ぐらいは変に思われないだろうけれど、昨日の今日でそんなにうまく来てくれるものだろうか。東風谷早苗とて、不意打ちで撃墜した人に顔は逢わせ辛いだろうし、何より私がいる。

「心配するな。早苗が顔を出さなくても、三人の内誰か一人くりゃいいんだ。お前の誤解を解く為と、私への不正攻撃の謝罪に来いって伝えろと言えば、嫌でも顔を出さなきゃならんだろう。守矢神社にもメンツがある。それに、敵は多く持ちたくないだろう。この私を敵に回すんだぜ?」

 魔理沙さんは自信家だ。相応の努力と戦歴を重ねて今の立場にいる。それこそ、末端の河童が名前を知っている程に。その人物に睨まれたとすれば、風評被害は免れないし、魔理沙さんと繋がる立場にある人達にも、悪印象を与える事になる。組織は暴力に強く、情報と体裁を気にする。組織が大きくなればなるほど、その被害は大きくなる。

「お前達に逢わせるってのもあるが……まあ、一番は私の気持ちの問題だな。どんな理由があったか知らんが、昨日一昨日まで一緒に居た奴に、理不尽な仕打ちをされたら気持ちが悪いだろう」

 なるべくなら、仲を裂いたりしたくはないのだろう。同じ、人間から人外になった同胞としてか、単なる友情からか。少なくとも、魔理沙さんが東風谷早苗の豹変を心配している事は確かだ。

「案外と優しいんですのね、魔理沙さん」
「酒はみんなと笑って呑むのが好きなんだ。飲み仲間が減ったら、寂しいだろ?」

 ごもっとも。





 博麗神社に到着すると、魔理沙さんは早速霊夢さんへ掛け合いに行った。許可は直ぐ出たらしく、私達の所に来て、有り金を出せと言われる。お酒を買うらしい。確かに、頼んだ立場では有るけれど、これはカツアゲではないだろうか。とはいえいたしかたなく、私は十円玉を二枚渡す。魔理沙さんは随分貰ってたな、なんてニコヤカに笑い、箒で里まで飛んで行ってしまった。

 彼女達が根回ししている間、私達は大してする事もないので、博麗神社の境内をぐるぐると回る仕事をするばかりだった。

「幻想郷っていうのは」
「うん?」

 境内の裏手。幻想郷を一望出来る斜面に作られた木製の柵にもたれかかった蓮子が、帽子を押さえて遠くを見ながら口を開く。

「幻想郷っていうのは、もっと単純に出来ているもんだと思ってたわ。貴女の話を聞く限り、牧歌的で、何も考えなくても暮らして行けるような、変な場所なんだとずっと思ってた」
「そんな説明したかしら」
「いや、私のバイアスがかかってるから、そういうイメージをしただけ。実際は色々な人がいて、妖怪がいて、複雑な事情が絡んでいる場合もあって……そして歴史もある」
「意識を持つ者がいれば、歴史は出来るわ。正しいか、正しくないかは別として」
「メリー、服、だいぶ汚れてるけど、本当に何もなかったの?」
「河童に襲われたり、河童に助けられたりはしたわ」
「……痛い所ない?」
「ないわ」
「そう。後で霊夢さんに、裁縫セットでも借りましょうか。ついでにお風呂と服も」
「うん」
「幻想郷は、楽しい? メリーは事も無げに言うけれど、実際、凄まじい世界だわ」
「そこそこ楽しいわよ。エキサイティングだし。まあ、もしここで暮らそうと思ったら、多少なりとも魔法は身につけなくちゃ、本当に楽しめたりはしないだろうけど」
「なら」

 ここに住まないか、なんて、蓮子は口にした。

「はて」

 私は眼を瞬かせ、蓮子を見やる。何故か蓮子の眼付はいつになく真剣で、けれどどこか、乞うような雰囲気がある。蓮子が真剣に移住を考えているだなんて、私はとても思えなかった。確かに、彼女は現世で良い思いをしてこなかったと思う。常に勉強を詰め込まれ、大人の監視下に置かれ、不自由な暮らしをしてきた筈だ。けれど、彼女は現世を怨むほど嫌がっていた訳ではないし、大学生になってから、だいぶ不自由も緩和されて、あまつさえ私と一緒にモラトリアムを楽しんでいた。

 科学を追求し、夢を現と知った蓮子に、ここでの出来事は相当なインパクトを与えたのかもしれない。しれない、けど、私にはどこか引っかかる。

「理由をきかせて?」
「ん……最初こそ大変だろうけど、二人でやっていけばそれなりの生活は営めると思うの」
「すり替えちゃ駄目よ。根本的な理由を聞いているの。何故、ここなの?」
「浮世に疲れて……」
「脱サラして農家営む人みたいな話、私が信じると? てか農家大変よ」
「……大変でも二人なら……」

 蓮子の視線が下がる。そして、少しだけこちらを上目遣いで見始めた。私は頭を振り、蓮子の帽子を掴んで、グッと下げる。

「んぐっ」
「そういうのは無し。ずるいわ」
「でも、メリーだって幻想郷で暮らしても良いって」
「いざとなったらね。でも、私も貴女も、例え両親が嫌いだとしても、受けた恩ぐらいあるでしょう。返さないまま失踪したら、とんでもない親不孝だと思うわ」
「それは詭弁ね。なんとも、思ってないくせに」
「……まあそうだけれど。けど、突然ね。私が言いだすならまだしも、貴女の口から聞くとは思わなかった」
「自覚あるんだ。うーん。なんだろ。確かに、私の探求心は四方八方に張り巡らされているかもしれないけれど、いざ、そのもっともたる魔法ってのもを眼の前で実現された時、これを理解出来るとは思えなかったのよ。人間はあらゆる物理の下にあるけれど、ここに暮らす人達が、そんなものに囚われている節は全くない。あるものを、あるままに感じて、生きてる。憧れるのよ、そういう、私に出来ない事が当たり前の世界って」
「じゃあ、止めた方がいいわね」
「何故?」
「憧れは、ちょっとした切欠が元で全てぶち壊される。とあるアーティストの大ファンだった子が、ちょっと嫌な思いをした所為で超の付くアンチになるってのは、良く解るでしょう?」
「極端な例よ」
「その地で、足をつけて、腹を据えて暮らすっていうのは、大変な事。まして憧れを生きがいにして暮したら、それをぶち壊された時、どれだけの憎悪を抱く事になるやら。毎日怨み事をいう蓮子なんて、隣に置きたくないわね」
「……」
「……東風谷早苗に逢えたら、帰りましょ。私は、貴女がいれば、あんな空虚な現世でだって、幸せであれるから。私の発する言葉を受け止めてくれる貴女が居れば。貴女は?」
「……うん」
「だから、今まで苦労して積み上げたものを、無碍にする事もない。ね、蓮子?」
「それ、プロポーズ的だけど、精神障害の告白っぽくない?」
「蓮子が居てくれれば発症しないわよ」
「……ん……刺されないようにだけしよう」

 いや、刺したら依存するものがなくなってしまうのでそれは怖い。そもそも刺さない。蓮子は私を何だと思っているんだろうか。今の今まで、一緒に暮らすだの暮らさないだのと話していたくせに、まるで私だけが変な人だ。

 蓮子は少し落ち着いたらしく、興奮したようだった態度を正す。ちいさくごめんね、なんて言うからずるい。ずるいので、私は彼女の後ろから手を廻し、ぎゅっと抱きつく。

「あ、こら。自分で恥ずかしいって言ってたくせに……」
「蓮子……」
「あ、ちょ……そんな、首筋……あひっ」
「…………汗くさい……しょっぱい」
「口なんてつけるから……お風呂借りましょ……」

 ガックリとうなだれる。ただ汗臭いならまだしも、山の中で遭難していた為に、草臭いし獣臭い土臭い。まるで小動物か外で遊び呆けた子供のようだ。

「それはそれでありかも?」
「ないわよ!!」
「ああ、ちょっと」
「何さ?」
「写真写真。ほら、背景も綺麗だし。私達は汚いけど。遭難脱出記念?」
「はいはい。んもー」

 撮ってくれる人がいないし、手頃に三脚になるようなものもないし、しかも私のカメラはデータが一杯なので、蓮子のカメラを使って交互に撮る。蓮子は少し疲れた顔で、私は微妙な笑顔で。もはや、何のために撮っているのかさっぱりだけれど、これをひっぱりだして、今後くだらない思い出として語れるなら、まあ良いだろう。

 撮り終えると、私達は霊夢さんにお風呂を借りれるよう申請。自分達で焚きなさいよ、なんて言われて、首をかしげてしまった。そうだ、電気もガスもないのだから、そりゃあ当然薪だろう。せめて、核融合の電気エネルギーを博麗神社に廻しても罰は当たらないだろうに。

「魔理沙さんの火の出る奴なら直ぐなのに。ライターぐらい持ってくればよかったわ……蓮子ー、どうー?」
「ぬるいー」
「むう……」

 まさかこんな、超々前時代的なお風呂を自ら沸かす羽目になるとは。釜の調子を見ても、どのくらいが適切なのか解らない。あんまり強すぎると、蓮子がゆでれんこになる。というか私も一緒に入りたいんですけど。

「どうー?」
「あ、丁度良いー」
「ふう……これどうやって安定させるのかしら……」
「ねえ」
「なに? あ、霊夢さん」
「私が番してるわ。一緒に入っちゃいなさいな」
「まあ、霊夢さんったら美人でしかも気がきくのね」
「薪を際限なしにバンバンぶち込まれたら、また集めるの面倒でしょうが。ほら、さっさと行く」

 霊夢さんのご厚意にあずかり、私はそそくさと風呂小屋に避難する。この熱い時期に熱い釜の前にいたものだから、余計汗をかいてしまった。まったく、現代人に優しくない環境この上ない。この世界で暮らすとすると、きっと死ぬほど苦労するだろうな、などと考える。何せ、どんな貧乏でもお風呂はワンタッチで湧くような世界で暮らしているのだから。

 服を脱ぎ去り、改めて観ると本当に酷いものだ。腕の裏側には木の屑がついているし、背中は泥だし、裾は避けてるし、もうなんともいえない物悲しさがある。これが人気のない道に放置されていたら、確実に事件を疑うレベルだ。実際そうだ。籠の中に収められている蓮子の服も、私ほどではないけどだいぶ汚れている。霊夢さんが都合の良いサイズの服を持っていると良いのだけれど、霊夢さんは私達よりも明らかに、ワンサイズ大きい。

 ふと白い絹を手に取る。絹だ。凄い、今の時代絹なんて、どこの金持ちやら。下着に絹なんて、金持ちの考える事は良く分からない。取り敢えず、その下着を手に抱え、私は風呂場へと突撃をかける。

 中には蓮子が今正しく身体を洗おうと手ぬぐいで石鹸を扱いている所だった。石鹸なんて久しぶりに観た。いや、注目すべきはそこではなく、とても起伏が少なくて、私これから育つんですっていう危うさを湛えた蓮子だ。

「蓮子、下着絹なの?」
「あのね、全裸で人のパンツ持ってきて、これ絹なのって、どうかしてるんじゃないの?」
「どうかしてないわよ。むしろどうかしているのは蓮子よ!」
「な、なんで怒るかな……はい、すみません」
「解ればいいのよ。で、蓮子、背中流して?」
「自ら強要するのね……」
「絹が……」
「解らないけど、なんで私が弱い立場にあるんだろ……」

 蓮子に背中を流すよう強要し、私は気分良く笑う。蓮子と一緒にお風呂に入るのは、ええと、確か以前、遠野に行って宿でお風呂に入った時以来だ。元から田舎だけれど、田舎が逆に功を奏して、パンデミックは最小限に抑えられたらしい。その代わり破壊も無秩序もなかった御蔭で建設ラッシュは起きず、超旧世代的な世界がそのままあり、かなり現代人の私達は不便を強いられたのを覚えている。

「そうそう」
「ん?」
「遠野物語に、河童が出て来るでしょう」
「ええ」
「張本人に出会ったわ」
「へえ……って、それメリーに乱暴しようとした?」
「そうそう」
「……う、背中、擦り剥けてるわよ」

 少しばかり石鹸が沁みる。けれども、それが蓮子に与えられているものだと思えば、悪い気なんて一つも起きなかった。私は背中を蓮子に預け、眼を閉じる。

「優しく擦ってね?」
「む……大丈夫、だったのよね?」
「危なかったわ。にとりさんが居なかったら、散華していたところね」

 これは幻想郷に限らず、互いの身にいつ、何が降りかかるか解らない。だからたぶん、いつでも差し出せるモノを後生大事に抱えて、守る不安に苛まれるくらいなら、早々に差し出すべきだし、私も欲しい。

 まだまだ子供の私達は、自分を子供と自覚した時点でもうひとつ上の階層に足を踏み入れる。たった二年間、彼女と一緒にいただけなのに、私の心の平静と安寧は彼女と共にあった。子供の私の二年間は、あまりにも大きすぎる。精神的な成長が早まった昨今の子供達において、私と蓮子というのは心身不釣り合いのまま中間層を抜けだそうと必死だった。

 夢は夢、現は現だと気が付き、体感し、経験したものは、踏み超える事をとどまった私達を押し上げる。

「……無事で良かった」
「あんまり心配すると、毛が抜けるわよ、河童みたいに」
「毛が抜けても、メリーが無事なら良い」
「毛の無い蓮子はちょっと……」
「……酷い……」

 背中を擦る蓮子に振り返り、笑って見せる。

「ええ、無事」
「う、うん?」
「何も心配ないわ。どうあっても、私は貴女のものよ?」
「……メリー、本当に貴女……変な子」

 少しだけ鼓動が早まる。私はその手で、蓮子の濡れた髪の毛を、優しく撫でつけた。




 ――博麗神社境内 12時44分




「――うち、一応神社なのだけれど」
「ふふ、まあそんなに怒らないでくださいまし」
「……――うぅ」

 蓮子が顔を真っ赤にして項垂れた。霊夢さんは眉間の皺を解いて、飽きれ顔で溜息を吐く。もう少し怒るものかと思っていたけれど、強く言わない辺りは自分も人の事を言えない、という現れだろうから、深く突っ込まない。26年も生きていれば色々あるに違いない。

「ああいう類の穢れって、落ちるまで時間がかかるのよ、全く」
「忌ですものね。痛み入りますわ、霊夢さん。ああそれと、服を貸してくださってありがとうございます」
「……幸せそうな顔して。ほら、宴会の準備、手伝って頂戴」

 話を打ち切り、早速準備に取り掛かる。蓮子は厨房に連れて行かれてしまったので、私は外の設営だ。夏の日差しの中黙々と御座を敷く作業の苦痛といったらない。お風呂は後で入れば良かったんじゃないかと思う。

 蓮子の服は少し繕って洗えばなんとかなったけど、私のは痛みが酷かったので霊夢さんのお古を借りていた。特殊な巫女装束だったらどうしようかと思いもしたけど、どうやら私服らしい。特筆すべき点もない、紫のワンピース。幻想郷の一般的なものだという。というか、汚れた服を着て作業すればよかった。

「……あっつ」

 それにしても、この御座の量は何だろうか。霊夢さんに蔵の中から全部出して敷け、と言われたから敷いているけれど、あんまりに量が多い気がする。博麗神社の宴会というのはそれほど大規模なのだろうか。四十人、五十人ぐらいは座れるだろう。

 二十円ぐらいでお酒が足りるだろうか……と考えて、魔理沙さんの事だから、と呆れる。たぶん間違いなく、稗田家に出資させる気だ。

「精が出るわね」
「……? ああ、参拝客の方? 拝殿はあちらですわ」
「いいえ、宴会の参加者よ」

 随分と気が早い人がいたものだ。それほどに幻想郷人は暇つぶしに飢えているのだろうか。確か話では、涼しくなってからだというから、夕方頃に集まるものだとばかり思っていたけれども、そうでもないらしい。麦わらを被った、緑の映える髪色の女性はニッコリ笑って私に会釈する。チェックのスカートが風に翻り、まさしく『夏の少女』といった様相ではあるのだけれど……気の所為か、表情の奥に凄味がある。たぶん、妖怪だろう。

「まだ早いですわ。母屋に行けば、麦茶ぐらい霊夢さんが出してくれると思いますけれど」
「いいの。私は木陰にいるから」
「はあ」

 そういって、女性は近くの木陰に避難し、私をジッと観察し始める。人に見られていると、妙に作業し辛い。箒とチリトリで落ち葉を拾いながら作業している訳だけれど、その一足、一挙動の隅々まで見られているようで、何とも言えない。相変らず幻想郷の女性は美人だけど、相変わらず変人ばかりだ。

「たぶん」
「はあ」
「貴女は今日、皆のおつまみになるわ」

 話題の話か。八雲紫を見た事が有る人なら、たぶん、私の容姿を面白がるだろう。その辺りは弁えている。

「魔理沙が触れまわってたわ」

 あの女、デリカシーとかないんだろうか?

「夏の宴会。この暑い中、人を集めようと思ったら、ネタぐらい必要ね。それに、私は正解だと思うわ」
「はあ……」
「――くく。あの大妖怪を子供にしたみたいに弱そうね。今日は、私の隣ね?」

 絶対お断りだ。前髪の奥に隠れた瞳に、旺盛な嗜虐が隠れている。何をされるか解ったものじゃない。

「じゃあ、また後で。今日は楽しみましょうね」
「はい、お断りしますわ」
「まあ……小鳥の悲鳴みたい。煽ってるの? ずるいわ、興奮するじゃない」

 そういって、彼女は暗い笑みを湛え、母屋に引きさがっていった。背筋に怖気が走る。あれは触っちゃ駄目な類だ。私は境内での作業を早々に終えて、神社の裏手に回る。趣を重視する幻想郷人にとって、酒器というのは殊更重視されるものらしく(ぐだぐだに酔っぱらってしまったら情緒も何もないらしいけど)、それらを運び出す作業だ。

 蔵の中に改めて入ると、外気が遮断されたこの建物が、カビ臭くとも天国に思える。木箱に納められた酒器は多種多様で、正直どれが一般的に使用されるものなのか、良く分からない。

「……これは、儀式用?」
「それは大酒呑み用の盃。出しておくと天狗と吸血鬼が喜ぶよ」
「そう……これは何かしら……」
「それは大酒呑み用の升。出しておくとこれにみんなお酒を注いで、下戸に呑ませ始めるから、楽しいよ」
「そう……これはグイ呑」
「おお、備前の良物じゃないか! 霊夢ったらニクいもの隠してるじゃあないかあ」
「……やだ、何も無い所から声が聞こえる。幻想郷って変な所……」
「いるじゃないか」
「どこに?」
「ここに」

 声の聞こえる方向に視線を向ける。そこには、良く出来た自律稼働フィギュアがあった。ちっさく手を振って、重そうな角のついた頭をぐらぐら揺らしている。

「かわいい……霊夢さんの? へえ、一つ欲しいかも……」
「ちょいちょい、私は人形じゃないよ」
「妖怪?」
「鬼だよ」
「……鬼? 西洋人の事ね」
「西洋人顔で何言ってるんだよ。まあ確かにそういう説もあるけど。よっと」

 棚の上からポンと降り立った鬼を名乗る何かは、酒器の箱の中から選りすぐって幾つか運び出している。選ぶ手間が省けるならそれでいいかと思い、私は可愛らしい動作をするこの子の観察に徹する。欲しい。

「これが片口。お酒とか醤油とか油とかを注ぐ奴。器にしても趣がある。お盆も幾つかあるけど、この漆塗りが好きだね。で、これが三方。酔っぱらった後だと、みんな腰掛けにしだすけど。器乗っける奴。徳利と猪口は適当に出しちゃって。銚子は要らないよ」
「助かるわ。他に何が必要?」
「焼酎入れと、ワイングラスと、ビールジョッキ」
「ワインって、幻想郷、ブドウ採れるの?」
「さあ。勝手に流入してくるんだよたぶん。これがまた、まずいのと美味いのと、両極端なんだ。流行りだけで取り上げられて忘れられた奴は不味いし、古すぎて忘れ去られた奴は、格別だね」
「ビールは?」
「幻想郷印のがあるよ。ホップが苦すぎて微妙だから、改良の余地があると思うけど。パンから無理やり作ったのは嫌いじゃない。アルコール薄いけどねえ……アルコール度数といえば、そうだね、紅魔館連中がブランデー持ってくるのに期待しよう」
「鬼はやっぱり大酒呑みなのね」
「そりゃあもう。お酒がなきゃ生きて行けないよ。死んだ方がマシさ。じゃ、こっちの木箱に納めておいたから、これを持って行くと良い」
「ありがとう。貴女を後で貰えるよう霊夢さんに交渉してみるわ」
「だから、私人形じゃないってー」

 木箱を抱えて表に出る。ちょっと私には重労働だ。指を攣りそうになりながらやっとの思いで母屋の縁側に運び出し、ガックリとうなだれる。数十人規模の宴会の準備をするのに、どれだけの労働力が必要になるのか身を持って知る。飲み屋さんは大変だなと、腰を叩きながら顔を顰める。

「年寄り臭いわね、アンタ」
「……可哀想に……」
「な、何がよ!?」

 母屋から出て来たのは、青い髪の変人もとい天人だ。あろうことかその名前は最も尊き血族の長の呼び名である。威張ったように胸を張っているけれど、張るほどの胸が無さ過ぎる。

「随分早いんですわね。そんなに暇なのかしら?」
「な、何よ……天人は暇かもしれないけれど、この比那名居天子様は忙しいの。あらゆる万難を排してわざわざ赴いてあげたのよ。感謝こそされど、批難される謂れはないわ!!」
「天人は謳ったり踊ったりお酒飲んだり桃食べたりしかしてないって聞きましたわ」
「ふ、不良と罵られようと、外せない付き合いぐらい、あるのよ……が! それを断って来たのよ。天人様の桃を引っ手繰るような不届き者をダシにした宴会があるってきいたからっ」
「えーと、そこのチェック柄の」
「幽香よ。なに?」
「この人のお相手をお願いしますわ。私、忙しくって」
「……天人?」
「……その眼。挑発的ね」
「……少し遊ぶ? そのけたたましい口、文字通り噤んで差し上げますわ」
「……え、ちょ。ねえ、金髪」
「何かしら?」
「(この人怖いんだけど……強い弱いじゃなくて、なんかこう、痛い事されそうな)」
「(何処となくお似合いに見えますわ。じゃ、忙しいので)」
「あ、ちょ」
「下界を見下ろし見下す天人を地に這わせるというのは、どんな快感かしら?」
「は。地上を這いつくばる妖怪が大きな口叩くんじゃないわっ!!(眼が怖い怖い怖い」

 何か相性の良さそうな二人を引き合わせ、私はそそくさと退散する。

 他に準備するものは無いだろうかと思い、厨房に足を踏み入れる。中では蓮子が気まずそうな顔でキャベツを剥いていた。何かあったのだろうか。

「……人間はお肉を食べるのよ、メリー」
「そうね? 私達の世界は専ら合成だけど」
「外の人間ってのはいつからそんなにヤワになったの? 兎解体したくらいでぐったりしちゃって」

 成程。釜の脇にはウサギの皮がまるまる干してあり、その隣でツルンと剥かれた兎肉が血抜きされていた。昭和の頃まで庭で飼っている鶏を良くお年寄りが掻っ捌いていたと聞くから、幻想郷じゃあ当たり前の光景なんだろうけど、現代人の私達にはなかなか異様な光景だ。食肉加工業も今や特殊職扱いだし。

「アンタの時代の人は屠殺もしないの?」
「たぶんですけど、2019年の日本人も、だいぶしなくなっていると思いますわ。供給体制整ってますし(今現在の地獄でそのシステムが動いているかどうかは微妙だけど)。食に対する教育と倫理観の不一致で、鶏さんが可哀想とか、牛さんが可哀想とかなんとか、阿呆くさい。私は偽善っぽくて大嫌いですけれどね」
「はあ。大変ね。自分で食べるモノを自分で殺して調理出来ないなんて」
「ごもっとも」

 口ではなんとでも言えるけれど、正直私も解体しろと言われたら腰が引ける。なので蓮子に預けよう。

「霊夢さん、他にお手伝いすることはありませんの?」
「そうね、そこの袋があるでしょ」
「ええ」
「中から取り出して、包丁で刻んでまとめて置いて。外でね。終わったら大鍋と桶と手拭いを蔵から持ってきて」
「外で……?」

 炊事場の奥の方に麻袋がある。中を開けると、強烈なにおいのする、ショウガ的なものがあった。

「ウコン」
「くさい……」
「二日酔いに効くわ」
「鍋は?」
「味噌汁を作るの」
「はて?」
「二日酔いに効くわ」
「桶と手拭いは?」
「吐くの」
「はて?」
「二日酔いに効くわ」

 批難の声を上げる暇もなく、さっさと行って来いと背中を押される。霊夢さんという人は、態度の割りに優しい。それは元来からか、こんな環境にいる故に自然と湧いて来た気遣いか。たぶん後者だろうけど、出来ない人はいつまでも出来ないのが世の常だ。

 私達が持ち込んだ話なのに、文句の一つも言わず手伝ってくれるのだからありがたい。

「霊夢さん」
「何よ、早く行きなさい」
「ありがとうございます」
「――はいはい」

 ほんの少しだけ笑って、霊夢さんはまた包丁を握った。



 ――博麗神社境内 19時



 それから数時間。あらかたの準備を終えた所で炊事場を出ると、だいぶ外が賑わっていた。かれこれ昼から集まり出して、もう二十数人は境内の中に居る。魔理沙さんの話では、最近宴会も少なかったというし、気持ちが逸った人達もいたのだろう。それにしてもこの中に、守矢の関係者が居ればもう殆ど目的を完遂したに近い。

 グループが幾つかに分かれている様子で、それぞれが共同生活者や主従にあるヒトとの話だ。

「おう、メリー。ごくろうさん」
「ああ、魔理沙さん。良く集まりましたね、こんなに」

 拝殿の影から皆の様子を伺っていた所に、仕事を終えた魔理沙さんがやってくる。手元には酒瓶があり、なんかちょっと頬が赤い。フライングするなんて、全く無作法な人だ。

「そうだなあ。私の宣伝のおかげか?」
「……デリカシーとか無いんですの?」
「生憎、デリカシーなんて食えないもの、他人に発揮出来ないんでな。それにしてもー」
「守矢の人は見当たりませんか」
「見当たらんな。お前達が知ってる容姿の三人しかいないが。さて、後から来るのか、来る気もないのか」
「ふむ」

 結局来ないのならば、私としては仕方ないと諦めるしかない。魔理沙さん自身の気持ちは、また別の機会に清算して頂こう。守矢が来ない件について考える所はあるけれど、むしろこの人達と宴会なんぞして、私や蓮子が無事であれるのか、というのが一番の問題のような気がする。

「親切な魔理沙さん、一緒に飲むとヤバい人を教えてくださいまし」

「そうだな。親切に教えてやろう。鬼と天狗は止めろ。急性アルコールで死ぬ。紅魔館組は咲夜が酒を勧めるのがうますぎる、ありゃ呪術の類だ。気をつけろ。あとはあの、妙に煌びやかで色素が薄いのがいるだろ。あれは亡霊姫だ。人間なんて殺そうと思ったら願うだけで殺せるような奴だから、酔っぱらってつい、なんてのも有り得る。それとあの緑髪のチェック柄、絡むぞー、絡むし、影に連れ込まれたら諦めろ。あとはそうだな、永遠亭の連中はまだ良い方だが、優曇華、つまりあの制服ウサミミがいなくなると、虐める対象が弱い立場の奴に移るから、優曇華が居ない時は近づくな。命蓮寺連中は、仏教徒で般若湯が呑めない奴等だから、まあ麦茶でも啜らせておけばいいが、白蓮は呑むと脱ぐ。寅丸は名の通りオオトラだ、仏様のくせに。で、あっちの天人だが、まあ性格破綻ってだけでさしたる危険もないな。となりの竜宮の使いは、酔うとエロい」

「最後の方の注釈はなんだか解りませんけど、取り敢えず解りましたわ」
「まあ、宴会初心者はあれだな、阿求、慧音、妹紅辺りに混じっていれば間違いないぜ」
「あそこにいる、大道芸人の方は?」
「アリスか? 普通だ」
「そ、そう。で、逆に隣にいると何か良い事が有りそうな人は?」

「ふむ。鬼は気風が良いから楽しいぞ。天狗はウザイっちゃそうだが呑ませ上手で気持ちが良い。咲夜は隣に居ると王様になった気分になれるぞ。幽々子は雰囲気が良いから酒が美味くなる。幽香はおっかないが、実は聞き上手だからな。永遠亭の奴等は差し入れが豪勢だ。命蓮寺連中だと土産が貰える。天人は小五月蠅いが弄って面白いし、そうだな、竜宮の使いはエロい」

「最後が良く分からないけど、取り敢えず解りましたわ。大人しく、阿求さんの所に居れば良いんですわね」
「そう上手くいかないのが幻想郷の宴会だ。特にお前は、あっちこっちぐるぐる回されるだろう。まわされんよう気をつけろ」
「またまた……」
「……」
「何か、嫌な思い出が?」
「朝起きたら、隣に三人全裸で寝てたんだ」
「気をつけましょう、気をつけましょう」

 人間の宴会においても、不測の事態はあり得る。ましてこんな有象無象が集まった宴会では、何が起こるかなど予測不可能だ。目立たないようにしたい所だけれど、魔理沙さんの阿呆の所為でそれも出来ず、なんとか防衛策はないかと考える。いや、一人身なら良い。だがこちとらもう一人抱えている。そっちは素直に霊夢さん辺りに預けるのが妥当だろう。

「蓮子ですけれど、霊夢さんに預けた方が良いかしら?」
「霊夢にぃ? やめておけ、幻想郷の宴会において一番の地雷だ。核地雷だ。あいつは酒を呑むと本当に愉快になる。愉快になりすぎる。酒を呑んだアイツの前に、人間も妖怪も強いも弱いも通用しないぜ。周り見ていない」
「じゃあ、慧音さん辺りに預けますわ」
「妥当だ。とにかく、宴会で無事でいようと思うな。宴会は戦場だ、如何に美味く、如何に気楽に、如何に楽しく呑めたかが勝敗の分かれ目だ。くたばると口の中にウコンとか味噌汁とか詰められるぜ。最悪大量の迎え酒。じゃ、私は各従者どもに御膳運ぶよう指示して来る。お前はーあー、隠れるか?」
「今更ですわ。この際」
「なんだ、男らしいじゃないか」
「女ですわ」
「ああそうだ」
「はい?」
「その服にあってるぜ。まんま紫だ」
「……」

 あの女。

「それで、魔理沙さんはどうしますか」
「どうもしないぜ。来ないなら、まあ、その内こっちから、顔出せばいいんだ」

 どうやら守矢はいない。来るか来ないか、その場合どうするかの決断は魔理沙さんにまかせよう。私は一端母屋の縁側に引きさがる。蓮子に、宴会時の心得を叩きこもうと思ったからだ。阿求さん、慧音さんから離れなければ、まず大丈夫だろうけど、むしろ本人がアルコールを入れるとはっちゃけるので、危険だ。

「蓮子」
「め、メリー。おどかさないでよ」
「脅かしてないわ。どうしたの、えっちらおっちあら歩いて」

 客間から縁側に出て来た蓮子に声をかけると、妙に脅えられる。それにちょっと歩き方がおかしい。どこか怪我でもしたのだろうか。

「ん?」

 手元を見ると、なにやら隠すように握っていた。良く見れば膏薬とある。私は小さく頷いた。

「なんか、一日そこらで、立場が逆転してしまったみたい」
「幻想郷だと私が先輩だからではない?」
「そう、かな。メリー、その、少し大胆というか、積極的というか、いえ、あのね? うれしかったけど。あ、これ、霊夢さんに貰ったのよ。メリーはいる?」
「ううん。少し痛いだけ。きっと元から強い方なのよ」
「そっか。それで、準備は?」
「出来てるわ。魔理沙さんが仕切りに行ったから、次第に始まるでしょう。私達は頃合いを見計らって行けば良い。どうやら、守矢は現れないみたいだし」
「残念ね。聞きたい事は山ほどあったのに。魔理沙さんは何と?」
「うん。ちょっと残念そうな顔をしていたわ。付き合いのある友人に裏切られたような気持ちだろうから、あまり強く突っ込まないで置きましょう」
「東風谷早苗、ねえ」

 蓮子が座り難そうに縁側へと腰を下ろしたので、私も隣に掛ける。

 思えば、幻想郷の目的らしい目的といえば東風谷早苗に逢う事だったのだから、それなりの落胆はある。逢えないのならば逢えるまで粘ろう、なんて時間もないし、きっとこれが最後の夜になるのだと、私も、そして蓮子も考えているのだろう。

 本当に短い間だったけれど、現実世界に居ては絶対手に出来ない不思議を間近で見られ、体験出来た。楽しくもあったし、痛くもあったし、凄く嬉しくもあった。それに、なかなか踏み越えられなかった一線も越えられた。これが吊り橋効果でない事を祈るばかりだ。私にも蓮子にも、現実の生活があるのだから。私達の足は常に前を向いている。たまたま私の力がおかしくて、後ろに向かって進んだだけの状況なのだから。

「私と一緒に幻想郷へ行きませんか。永遠の幻想世界へ。人類が夢想した桃源郷へ」
「東風谷早苗が消える前に言ったって言葉ね。眉つばだけれど、言ったとしたら誰に言うかしら」
「そんなの、メリー、決まってるじゃない。想い人よ」
「それはロマンチックだけれど、実際はきっと、家族とかよ」
「何故?」
「東風谷家自体は、外の世界に残っていたもの。もう、一人も残ってはいないでしょうけれど」
「……そっか。諏訪湖消失で消えた人間は、東風谷早苗一人だものね」

 そう。あの出来事で消えたのはただ一人と、本社と摂社末社、そして諏訪湖。何故家族は一人も消えなかったのか。娘を一人行かせる事を良しとしたのだろうか。いや、そもそも、どうやって幻想郷に、あれだけの質量を流入させたのだろうか。疑問は尽きない。これだけの疑問、今後聞ける機会もないだろう。それだけに惜しい。

「何故、守矢は幻想郷を目指したのか。にとりや魔理沙さんも言っていたけれど、やっぱり八雲何某の手引きがあったと考えないと、難しいわね。誰もが恐れる、境界の魔」
「東風谷早苗も、家族よりも神様をとった。もし、大災害を予見していたのなら、無理やりでも家族ごと連れて行った?」
「……私や蓮子と同じような考えだったら。その限りでもないわね」

 東風谷早苗の過去は、虚飾もあるだろうけれど悲愴に彩られている。稀代の霊能力者であり、物心つく頃には氏子親類に神様扱い。友人達には気味悪がられ……そうなると、まともな子供時代は送っていないだろう。子供の私が言うのも何だけれど、子供なんて容易に親を捨てる。どれだけ恩が有ろうとも、自分の未来を信じた子供は、親を捨ててでも前を見る。それが、家族愛も何もないような環境で育てられたのなら、尚更だ。

 蓮子が携帯を弄りながら、何かを眼で追っている。やがて差し出されたものは、過去の新聞、ネットの事件記事だ。

「……あの時期は、あやしい事件が沢山ある。パンデミック前後に掛けて、霊的な動きが多い、とでもいうのかな。諏訪湖事件を切欠に伊勢神宮からの鏡の消失、絶対性精神学の精神人権宣言、幻想郷の存在を裏付けるような法律の制定……パンデミック後は、その絶対性精神学の見直しから、また新しい怪談……結界の噂が飛び交うようになっている」
「もしこれを統合して結論を出そうとしたら、人知を超える論理が必要そうね。私には解らないわ」
「だからこそ……幻想郷を作った張本人が、一番怪しい。でもこれには、私達は逢えないようだし。一番話を聞けそうだった東風谷早苗も現れない」
「残念ね」
「残念。でもまあ、思い出は出来たわ。申し出は断られたけれど」
「まだ考えてたの?」
「う……ああ、私、魔理沙さんの手伝いしてくる」
「あ、ちょっと……もう」

 慌てたようにして、蓮子は庭を突っ切って境内に走っていってしまった。そういえば、まだ注意事項を伝えていなかった。私に出来る事といえば、あとは彼女が無事でいる事ぐらいだろう。まあ、何かと面倒見の良い魔理沙さんが付いているだろうから、そこまで心配はしていない。

 私はゆっくりと背を倒し、縁側から望める空をあおいだ。夕焼けは向こう側に消えて、月が世を支配し始める。相変らず、幻想郷の月は大きい。とても、天文的に有り得ないくらいに、大きい。その吸い込まれてしまいそうな程の月を見ていると、私はあの月が、物体ではなく、空に空いた大きな穴ではないだろうかなんて、想ってしまう。

 私達はあの月から落ちてきて、こんな非現実の世界を体感しているのではないか、と。私達の世界は……もう、本当に近くに月があるというのに。人類が如何にして到達しようかと想い、悩み、苦労を重ねた結果だけを、私達は享受している。

 蓮子は言った。人類はやがて滅びるのではないかと。行きすぎた科学は、人を堕落させ、進化を止め、その弱まった精神を抱えて、一人寂しく死んで行くのだと。

 ふと思い立った私は携帯を手にとり、カフェテリアで蓮子から貰ったアプリケーションを立ち上げる。数種類の人類滅亡方法をランダム選択する、とても悪趣味なアプリケーションだ。

「……」

 東風谷早苗は、幻想の申し子だ。私達秘封倶楽部があるのだって、彼女の噂があったからこそ、幻想郷なんてものを求めて存在しているといっても、言いすぎではないだろう。

 東風谷早苗は現世に絶望したからこそ、幻想郷という選択肢を選んだのだろうか。その絶望する気持ちは、きっと私が今操作しているアプリケーションのようなものだ。どんな形であれ、彼女の中の『現実』は、滅んだに違いない。

「太陽風が直撃、機械文明が消滅。超新星爆発を起こした星から中性子が降り注ぎ生物消滅。宇宙人が攻めてきて人類消滅……あら?」

 核戦争が、隕石が、病原体が、と続き、次に現れた滅亡方法に眼が止まる。一つの棒人間が車に跳ねられ、それを苦にしたであろうもう一つの棒人間が自殺した。滅亡人数はたった二人だ。けれども、この滅亡方法が一番印象深い作りになっている。作ったのは蓮子なのだから、他人の考えが入る余地もない。

 たぶんこれは、相対性精神学に対する批判だろう。そして、私に対する警告でもある。相互助力によって支えられる事を推薦する相対性精神学に置いて、パートナーの死去はその人物にとっての世界観崩壊に他ならない。当然、それを抑える研究もあるけれども、上手く言っていないのが現状だ。

「……っう……」

 少しだけ、気分悪くなる。

 ……。

 余計な考えが、私の中に混入する。そうだ――

 ――まるで聖白蓮の説法を聞かされた時のように。

「あら、紫じゃない。何よ、今まで何処ほっつきあるいて――」

「……――」

「……まだメリーね。でも、そうね。でも違う」

 霞む視界に、霊夢さんが写り込む。何やら険しい顔で見られている。私の顔に何かついているだろうか。……いや、違う。もっと私の深い所を見る眼だ。浄眼は私の根本を射抜くもの。

「……幻想度が上がった。不用意に妖怪に接しすぎた所為か、幻想郷に慣れ過ぎた所為か。アンタの境界が薄い。それとも、処女性を失ったからかしら。あ、服のせいかな。面白半分にしちゃちょっとやりすぎたかしら。何にせよ、タイミング悪かったわね」
「何を……」
「私の眼には、アンタが八雲紫にしか映らないっていってんの。まさかここまで類似するなんて。本当に、アンタはあの女の血族ではないのね?」
「そんなこと……」

 解りません、と言おうとしたところで、意識が朦朧とし、視界が完全に歪んで消えた。

 ……どのようにして私自身の幻想度という数値が変化するかは知らないけれど、少なくとも霊夢さんにはそうとしか思えないらしい。私は自覚もないし、そして心外だ。私は私であるのに。

 とにかく、幻想郷に来てから彼女の名前が付きまとった。むしろ、逢う人逢う人、その名前を聞かなかった試しがない。

 『八雲紫』

 私はそれが何なのか解らない。まるで手に取れない、それこそ幻想的な存在だ。実体のない怪異、見えない恐怖そのもの。これを鬼というのだろう。では、私の中には鬼が住んでいる事になる。

 霊夢さんの視線が、殊更きつくなる。多少の驚きと、それを超える訝り。けれどその中に混じって、何か、好意的なものまで感じる。私を見る目が、信じられない程複雑だ。それほどまでにそれほどまでに、私は八雲紫に見えるのだろうか。

「気分が……」
「悪趣味」

 あ……。

 ……あ。

 あれ……。

 ……。

「――あんまりなお言葉ね、霊夢。私、そんなあちこち子供を作るほど、淫売じゃありませんわ」

「……ほらみなさい」

「でも好都合だったわ。凄まじい親和性がある事は確か。幻想度の薄さで意識乗っ取り難かったけど」
「紫、アンタ、どこで何してる訳?」
「外でお仕事よ。大変なの。ちょっと離れられないから、こちらのこの身体をお借りしているわ。霊夢、守矢を引っ張ってきて」
「遠慮するわ。自分でなさい。私はこれからお酒を呑むので忙しいの」
「ま、そういうだろうと思った。霊夢ですもの。じゃあ、この身体で乗り込むとしましょうか」
「……単なる人間の体よ? 守矢が反抗に出たら、殺されるわ」
「死にはしないわよ。かなり弱いけれど、この子の境界性能力は人知を超える寸前まで高まってる。幻想郷での二日間が、本当に有意義だったのでしょ。守矢ぐらい、これでも十分嚇せるわ」
「……あ、そ。で、跡継ぎは」
「幻想の死滅しかけた日本国において、霊夢に並ぶ程の霊能力を持ちえる血族っていうのは限られてしまっているのよ。もう、時間が経ちすぎたわ。血も薄まってる。長い間外から探すよう心がけていたけれど、限界ね。臨時政府総理も非協力的だったし。旧ESP研究所にもめぼしいのはいなかった。残るのは元公家の家系か、旧宮家か……なんなら、皇室から引っ張ってくるのもあるけど、交渉に時間が掛るわね。ねえ霊夢、子供を作る気はない?」
「生憎。男は超美形しか受け付けないの、女顔の。女性同士で作れるならそうしてくれる?」
「無茶言わないで。まったく、せめて後数代はなんとかしなきゃ……じゃ、私は守矢に行くわ」
「何しによ」
「返してもらわなきゃいけないものがあるんですの。だいぶ前から交渉していたのだけれど、決裂しました。で、この子が私と勘違いされて、撃墜された。まったく、哀れ哀れ」
「相方がいるのよ」
「ああ、いるみたいね。ちょっと気になるわ。星と月を見て時間と位置を割り出す能力ですっけ。次世代は暦を売りにした巫女もいいわね」
「冗談。あれは普通の人間よ。それに、悲しませるような真似はしないで」
「……大丈夫よ。この子、人間というよりは、魔人に近いから」


 ――――――


 私はそのように霊夢を宥めると、早速スキマを開いて守矢に乗り込む。身体が弱すぎる所為か、スキマを超えるリスクで多少軋んでしまった。けれど、筋肉痛程度で済むだろう。親和性は高いのだから。

「あ、あ、あいつッ」

 守矢神社の境内は篝火が焚かれており、槍で武装した妖怪の氏子が数メートル間隔で配置されていた。そんなもの、私にかかれば何でもないのに、解っているだろうに。とはいえ、戦神の社だから、そういうものを配備していないと落ち着かないのだろう。

「こんばんは、皆さま。八雲紫ですわ」
「――、で、で、出会え!!! 出会えぇぇーーーーー!!!」
「はい、御苦労」

 木端の天狗や河童を幾ら並べようと者の数ではない。私を止めたければ射命丸文級を十は用意すべきだろう。片手間で作る結界一つで、奴等の放つ弓も槍もボロ屑のように落ちては消えて行く。小生意気にも弾幕を放つものには、それ相応の反撃で片付ける。

 二分と掛らない。

「他愛ない他愛ない。妖怪は妖怪らしく、人間を襲っていれば良いんですわ。多々良小傘あたりを見習いなさい、あれこそまさしく妖怪の生きる姿そのもの。妖怪は上位の妖怪を襲うものじゃあないのよ」

 雑魚を蹴散らし、私は本殿へと足を進める。次に出て来るのはどれだろうか。守矢のヒエラルキーは、時と場合によって異なる。今回の場合は恐らく、ボスは八坂神奈子だろう。けれど、いや。警戒していただけに、どうやら三人まとまっているようだ。

 本殿の前に立ち、構える。

 取り立て屋よろしく、私は門をぶち割る。

 結界で守られた防御壁なんて用意するから悪い。私に対してなら、むしろ鉄壁の方が有効だ。

 左方に風。右方に蛙。正面には蛇が睨みを利かせている。どれだけ睨もうと、私は足を止めたりはしない。

「こんばんは、皆さま。八雲紫ですわ。前の節はどうも」
「荒っぽい妖怪だ……む。お前、八雲紫か?」

 神奈子が疑問の声をあげる。ああ確かに、容姿が多少異なる。

「外での仕事が忙しいんですの。藍は大陸に傾国へ。式の式は本土の屍を動かしてテロリスト防衛戦。日本国が他国になってしまうと、地続きの幻想郷は都合が悪いので。なので、私が意識だけ参りましたわ。さあ、八咫鏡を返してくださいな」

「……お断りだね。こちとら苦労して伊勢神宮からぶんどって来たんだ。今更渡せるか」
「それは困りますわ。どうしても必要ですの」
「……外で工作しているようすだが……何をする気だ?」
「現世を捨てた守矢には何の関係もない事ですわ」
「鏡だけあってもしょうがないだろう」
「草薙でしたら、香霖堂にありましたもの。珠は皇居にありましたし」
「……いやな所だね、幻想郷ってのは。まさか壇ノ浦に沈んだ本物まで流入するなんて」
「ですから、鏡を返してくださいな。そうすると、私が喜びますわ」
「……断ったら?」
「そうですわね。この中で一番弱いのをぶち殺して、捌いてしまいましょう。鍋などは如何?」

 東風谷早苗の肩が、ビクリと上がる。多少強くなっただろうけど、その精神性では私の境界弄りを防げない。隣で大人しくしている諏訪子は、神奈子に目配せする。渡せ、という意味だろう。如何に二柱が強かろうと、この距離では私の攻撃を防ぐ手立てはない。まったく、渡すなら最初から渡していればいいものを。

 神奈子は、胸元に飾る鏡を引きちぎり、力を込める。直径数センチだったものが、やがて数十センチの大きさまで膨らんだ。なるほど、核融合炉を探しても見つからない筈だ。

「……今後も守矢には、妖怪達の信仰対象として頑張っていただきたいものですわ。核融合炉でしたら、維持はまかせてくださいまし。結界に閉じ込めてしまえば、八咫鴉も行き場を失うでしょうから。だから、貴女達守矢が失うモノは何一つない。御理解いただけるかしら? これで私も幸せ、貴女方も幸せですわ」
「……後から来て、権利をぶん盗る気? これまで維持してきたのは、私達だぞ?」
「いいえ。許していたのが私なのです。神様方。ちょこまかと裏で動いている様子ですけれど……あまりお勧めしませんわ。幻想郷に居たかったら、大人しくしていることですわね。新しい神様も育ってきている。二柱とも、今が正念場では?」

 東風谷早苗の手が、少し震えていた。これが現世からの贄。実に惜しい。もし、先に此方が手を出していれば、次世代の博麗となりえたものを……実に惜しい。現人神なんて超上物、そう簡単に手に入らないのに。本当に口惜しい。

「ほら」
「どうも」
「……で、八雲。外はどうなってるの」
「修羅界、畜生界ですわね。幻想を捨てた人類、最後の戦い。これが終わった頃には、信仰は死滅するでしょう。何せ、科学が全てを救う時代になる。余計な新興宗教も、古来からの神道も、長い間続いた仏教も、外来宗教も、彼等の腹の足しにはなりえませんの。今、禊の最中。日本国の国難。踏ん張りどころ。大したものですわ。国難を予知したんですってね? 本当に、現人神なんですのね、東風谷早苗さん」

 私の問いかけに、東風谷早苗が視線を上げる。上物。惜しい。本当に。

「昨日」
「ええ」
「昨日、貴女を撃墜したと思ったわ」
「そう。この身体の方ね。私は外にいる。魔理沙も一緒に落としたでしょう?」
「……」
「魔理沙が気にしていたわ。仲良しに突然攻撃されて、心外だって。素直に宴会にいらっしゃい。『この子』も、貴女の話を聞きたがっている」
「……はい」
「一つ、八束水臣」
「何かしら、御石神」
「長野は、諏訪はどうなったの」
「……パンデミック以前に、諏訪湖という観光地が蒸発した時点で、もう過疎地ですわ。今更気にして、どうしますの?」
「……いい、悪かったわ」

 解る。痛いほどに。私は彼女達を責める気なんて一つもない。彼女達は数千年にわたり、大和の一角を担ってきた古代神。忘れられ、尊く思いながらも、断腸の想いで古来の地を捨てた可哀想な人達。彼女達には末長く、幻想郷で幸せに暮らして貰いたい。

「では、ごきげんよう皆さん。神様方も、是非宴会に来てくださいまし。『この子』がお相手しますわ。私より弱くて、けど私に似た、ストレス発散にはとても便利な子ですの」
「そうさせてもらうよ、この化け物め」
「心地よい響き。その言葉こそが、妖怪の生きる糧」

 私は八咫鏡を胸に抱いてから、境界の中へと放り投げる。もうひとつスキマを開いて、三柱の宴会参加を促す。

「八雲紫さん」
「ええ」
「魔理沙は……怒ってましたか」
「いいえ。むしろ寂しそうにしていたわ。だから」
「――はい」

「目出度し、目出度し」

 私自身もまた、スキマの中に放り込む。

 これで完了。抑止も成功、奪還も成功。良い事尽くめだ。けれどまだまだ、外でする事がある。収束してきた反乱分子共の鎮圧は良しとしても、今度は絶対性精神学のともがら共の排除と、博麗の跡継ぎ問題がある。

 管理は本当に大変だ。そろそろ眠りたい。

「メリー、御苦労さま。霊夢に悪事を働いてもよい権利を授けますわ」

「残念ながら、私の力でも未来へ跳躍は出来ないから、今後貴女がどうなるかは知らないけれど」

「絶望しちゃ駄目よ。人間で居たいなら、その強烈な他者依存は克服なさい」

「この力、人間が持つには、強烈すぎる。精神の崩壊はすなわち妖怪化と心得なさい」

「……私が二人になるわ。こんなふざけた力の持ち主、二人も要らないから」

 スキマを抜け、私はそこで意識を遮断した。まったく、ケッタイケッタイ。



 ――――――




つづく
次で第一章終わりのような気がします。
なんか長い事付き合わせてすみません。後編が出来たら一気に投稿したいです。
俄雨
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
一気にテンションが上がってきました。続きが楽しみです。

呑むと脱ぐひじりんにエロい依玖さん。幻想郷の宴会は素敵!
5.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になるッッ!!!
7.100名前が無い程度の能力削除
キャラ描写も、ストーリーの拡がりも、文体も、細かいギャグも。あらゆる面で最高に好みのSS。続きを待ってます。
10.100クリア削除
こんなストーリーが大好き!
会話の廻し方がとても素敵です。
続きを待ってます。
11.100名前が無い程度の能力削除
続きキタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!
魔理沙さん朝起きたら隣に三人全裸で寝てたときの話をkwsk

背景設定がまた少し明らかに。wktkが止まらない
一気にうp、お待ちしております。期待を込めて100点いれちゃうぜ
15.100名前が無い程度の能力削除
あと2週間も待たなきゃいけないなんて!この焦らし上手!
守矢の動向が相当うさんくさすぎてまだ何も起きてないけど有罪判定下したくなるw
それと離別フラグが怖い、怖すぎる・・・・・・
16.100名前が無い程度の能力削除
衣玖さんのエロスについて詳しく頼む
18.100名前が無い程度の能力削除
神奈子様の軍神的黒幕っぷりはここでも健在。よって俺歓喜。
いいぞもっと暴れてくれ!
19.100名前が無い程度の能力削除
ほほう…さて、守矢の面々は何を思っていたのやら…?
やっぱり霊夢もそっち方面だったか。個人的にはおーるおっけー!

しかし蓮子とメリーはどうなる…?
22.100名前が無い程度の能力削除
こんな不可思議な状況でさえ蓮メリはちゅっちゅ出来るだなんてどうみても俺得

それにしても一番行動が不審なのは蓮子な気がしないでもない
紫と守矢家はなんとなく見えてる感じがするし
24.90名前が無い程度の能力削除
正直秘封倶楽部は敬遠してましたがこれは面白い
28.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず面白かったです。
続きが楽しみです。
29.100名前が無い程度の能力削除
なんというちゅっちゅにして俄雨ジャンルというかなんと言うか、とにかくこれはいいものだと思います
後、河童は月夜の晩は気をつけたほうがいいと思う。
30.100名前が無い程度の能力削除
読み終えてしまった……。
第三金曜を心待ちにしています。
32.90名前が無い程度の能力削除
タイトルを見つけてテンションが上がり、読んでいてテンションが上がり
続きに思いを馳せてテンションが上がります。
34.100名前が無い程度の能力削除
続ききたー! 今一番楽しみな連載です。

秘封は愛すべきアホなちゅっちゅか、シリアスな破滅か極端なイメージがあるからドキドキ。
43.100ナナシン削除
最高だった。

ああ、河童ちゃんは月の無い夜はケツに気を付けたほうがいいよ。