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東方千一夜~The Endless Night 第二章「西行妖と亡霊の姫君・前編2」

2010/08/29 23:58:04
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 陽も落ち始め、春先の陽気はまだ花冷えのするひんやりとした空気に変わっていく
 山の桜は、膨らみ始めた蕾がその花化粧を開花させる日を心待ちにしているかのように芽吹き、春の訪れを告げようとしている

 山々に緑が萌え、まさに春の息吹が山の獣や人間達を心躍らせる季節となっていた

 その美しい山々に夕日が照らんとしているころ、この山の中では艶かしい嬌声が響いていた

「ハァ…ハァ…、ダメよもこたん、そんなにあせらないで…」

 その声の主、蓬莱山輝夜は山の叢に寝転がり、着物の裾をたくし上げ白い脚を露にする
 透明に近い素肌の白さ、肉付きが薄くほっそりとした脚は、まさに天女を思わせる美しさだった

 輝夜は顔を赤らめ、小さな息遣いは荒く、時折、身体をビクんと振るわせる

 その白い脚に、藤原妹紅は手を這わせ、上下にさすっていく

「ああ!、そ、そうよ…、上手だわもこたん、そうやってゆっくり…、少しずつよ…」

 妹紅の手が触れるたびに、輝夜は身体を小刻みに震わせる
 やがて妹紅の手の動きが止まり、輝夜の脚から小さな布地を少しずつ剥がして行く…
 妹紅の動きが活発になるや、輝夜の興奮が最高潮に達する

「ああ、いいわ!、もっと、もっとよ!」

 妹紅の一つ一つの動きに合わせ、輝夜の嬌声も多きくなる
 輝夜の目に、小さな涙が浮かび始めた

「ハァハァ…、うう…、もっとぉ…」

「だぁー!、うっとうしい!」

 輝夜の興奮が最高潮に達した瞬間、妹紅は輝夜の脚についていた布地を一気に引き剥がした
 その急激な痛みの余り、輝夜が悶絶する

「なんで私がお前の無駄毛処理なんか手伝わなきゃならないんだ…」

 剥がした布地をポイと棄てながら、妹紅が言った
 輝夜の艶かしい脚の上には、無駄毛処理用の粘着テープが貼られていた

「しょうがないじゃない、永琳がいなくなって『無駄毛が生えなくなる薬』がなくなっちゃったんだもん」

 急激に無駄毛処理テープを剥がされ、涙目になった輝夜が呟いた

「なんで蓬莱人なのに無駄毛が生えるんだ」

 妹紅が言った
 二人とも、『蓬莱の薬』を飲んで不老不死になった蓬莱人である
 変化を拒絶する肉体になった彼女達は、髪の毛も伸びないし、爪を切る必要もない

「しょうがないでしょう。『蓬莱の薬』を飲む時、うっかり無駄毛の処理をしないまんま飲んだのよ」

 輝夜が答える
 輝夜はうっかり無駄毛の処理をしないまま『蓬莱の薬』を飲んだため、ずっと無駄毛が生える身体になってしまったのだ



*『蓬莱の薬』を飲む前には、みだしなみを整えましょう



 輝夜の無駄毛処理を終わらせ、二人は山を降り始める
 二人にとっては、見覚えのある風景が連なっていく
 ここは十二世紀末、日本の京都盆地の一角である




「六甲颪ニィ 颯爽トゥオ~ 蒼天翔ケルゥ~ 日輪ノォ…」





「『六甲颪』のオマリーバージョンを声真似しながら歌うのやめれ」

 やや調子っぱずれ気味に歌う輝夜を、妹紅が嗜める
 十二世紀末には、まだ六甲颪はおろか、阪神甲子園球場も野球と云う競技自体も生まれてない時代である

「なによ~、人がせっかく空気を和まそうと歌っているのに、大体いつも私ばっかり歌ってるじゃない
 あなたも歌いなさい!、歌うのよ!」

「お前は幼稚園バスをジャックした怪獣か…。それより、ここはどう見ても京都盆地だな…」

 キィーキィーわめく輝夜を無視して、妹紅は周囲を見渡した
 二人にとっては、元々住んでいた場所でもある

 宇治川、桂川、木津川が合流し、淀川と名前を変える
 東に比叡山、大文字山を初めとする東山三十六峰。北西に愛宕山、西に嵐山、北に鞍馬山などが見える
 見紛う筈も無い、京都盆地の山々である

「うん…?、この蝶を見てみろ…」

 妹紅が指を差すと、そこには一頭の蝶が飛んでいた

「あれは、帝揚羽だ…」

 妹紅が言った
 帝揚羽は日本固有亜種で、チョウ目アゲハチョウ科に分類される蝶だ
 翅に縦に貫く青帯が不連続でまばらになっているのが特徴で見分けられる

「あれは、確か外の世界では九州と四国の太平洋側、本州では紀伊半島の南端でしか見れない蝶だったはずだ
 あれが京都盆地で棲息していた…となると、ざっと八〇〇年は前の世界ってことだな」

 妹紅は蝶の分布の様子を逆算して、年代を算出した
 以前、慧音の寺子屋で日本列島の気候の移り変わりと生物の分布の関係を教えてもらったことがある

「ふぅん、八〇〇年前。平安末期から鎌倉時代ってとこね…。ちょうどあんたが人間不信に陥って、引き籠り生活をしてたころね」

「誰のせいだと思ってやがる」

 この頃の二人は、輝夜は永琳と隠遁生活を送り、妹紅は人の目を逃れ妖怪退治で世の憂さを晴らしていた頃である

「ふん、典型的な逆恨みね」

 妹紅の恨み節もどこ吹く風で輝夜は惚けてみせた

「あ?、やんのかコラ!」

 妹紅が美しい顔を歪ませ、輝夜にガンを飛ばす
 二人の間に剣呑な空気が張り詰める

「ああ、あなたの父上が私の美貌に狂ったばかりに…。美しさって罪よね…」

「よし、殺す」

 血の気の多い妹紅が、輝夜に殴りかかった





~白玉楼~




 幅二〇〇由旬という広大な庭園を有する白玉楼。当然のように、その風呂も大きい
 この時代の風呂は薬草を入れた湯を沸かし蒸気を浴堂に取り込む蒸し風呂が主流であるが、白玉楼の風呂は、なんと天然の温泉を屋敷の敷地に組み込んでいる
 …というよりも、温泉のある所にこの屋敷を建てたというほうが正しい

 透明度の低い、白く濁った湯面から蒸気が湧き上がる
 優曇華は両手でそのお湯をすくってみる。ちょっとだけヌメリのある湯が優曇華の肌をツルツルに磨く
 優曇華は自分の右手を見つめる。永琳印の傷薬を携行していたお陰で、怪我の痛みは退いていた

 長い髪を手拭で巻き上げ、耳もだらしなく垂れ下がっている
 温泉でリラックスしているせいなのか、それとも顔見知りの幽々子に出会った安心感なのだろうか

 この時代に飛ばされた当初の不安と緊張はほとんどなくなっていた

「妖忌さん、大丈夫かな…」

 ふと、優曇華は妖忌のことを思い出す
 妖忌も、先ごろの戦闘で重傷を負ったが…

『物の怪の施しなど受けぬ』

 …と言って、優曇華の薬を断ってしまった
 怪我だけを見れば、妖忌の方が重傷だった
 指の骨は砕け、肋骨も数本は折れ、内臓も痛めただろう

 それでも妖忌は、優曇華から治療を受けるのを拒んだ
 楼観剣を杖に、屋敷の奥に引っ込んでしまった

「本当に、困ったものね…」

 不意に声を掛けられ、優曇華は驚きながら振り返った
 そこには、裸身に絹の手拭を一枚巻きつけただけの西行寺幽々子の姿があった

 その透明感のある白い肌と手拭に納まり切らない豊満な胸、それと反比例するウエストの細さ、ツンと上を向いた形の良いヒップ…
 優曇華も、密かに幻想郷の住人の中ではプロポーションでは負けない自信があるが、それでも幽々子と比べると霞んでしまう

「怪我の具合はどうかしら…?」

 お湯を数杯身体にかけ、幽々子は岩で囲まれた風呂に浸かる

「は、はい、大丈夫です」

 慌てて優曇華は幽々子から目線を逸らす
 同性でも、幽々子の半裸は羞恥してしまう

(バ、バカね、私ったら、女の人にドギマギしちゃって…)

 温泉に入っているせいなのか、優曇華の頬は紅潮し、心拍数も上がっていく

「そう…?。ならいいのだけど…」

 にっこりと微笑む幽々子に、優曇華の顔が茹ダコの如く紅味を強める
 同性と一緒に風呂に入っているだけだというのに、優曇華の気持ちはとても落ち着ける物ではなかった

「妖忌のことはゴメンなさいね、私がこんな山奥に一人で暮らしているものだから、怪しい者を見かけるとすぐに斬り掛かってしまうの」

 幽々子が言った
 確かに、この家には使用人である魂魄妖忌の姿しか見えない
 父親の西行法師はすでに物故しているようだが、本当にこの屋敷に一人で暮らしているということか

「私は、元から父と親子として暮らしていた訳ではありません
 元は貧しい芸人の娘でした。生まれた時から母と二人で、父親の事は知りませんでした
 旅の途中で母と死に別れ、今わの際に父の事を話してくれました
 世を捨て儚んだ父は、漂泊の旅の途中、母と知り合い一夜限りの契りを結びました
 そうして生まれたのが私。母を亡くし、一人になった私は、父を頼って尋ねました」

 優曇華はドキリとした
 まるで優曇華の心を察したかのように、幽々子が自分の過去を話し始めたからだ

「初めは、父は私を受け入れてくれはしないだろうと思いました
 父は家を捨てて出家した身、妻帯できるはずもなく、子のできるはずも無い
 それでもいいと思っていました。母から習った芸があれば生きていける
 ただ、私はどうしても父に伝えたかった。母は、最期まであなたの事を一つも悪くは言わなかったと
 最期の最後まで、あなたの事を愛していたと…。それだけは、どうしても伝えたかった…」

 幽々子はそういうと、短い手拭で顔を拭いた
 その表情は湯気で曇って、優曇華からは測り知れない

「私がそれだけを伝えると、父は私を呼び止めました…
 そして、私を自分の娘と認めてくださり、この屋敷で一緒に暮らすようになった」

 その時の西行にどのような心境があったか、それは今では測り知れないことである
 ただ欲を持たず、母の一途な想いを伝えるために自分を訪ねてきた幽々子に、その母の面差しを見たのかもしれない

「父は人生の大半を旅をして過ごしましたから、一緒に暮らしたのはほんの微か、父の死を看取ったのは私だけでした…」

 西行法師は建久元年(一一九〇年)に摂津の国河内弘川寺で没している
 そこで荼毘に付され、葬られたが、その寺に植えてあった桜はこの白玉楼へ移植したという

 そして、幽々子はこの白玉楼で一人で暮らし始めた
 一緒に住んでいるのは、家人の魂魄妖忌だけである

 すでに西行の家は、武家としての家格は失っていたものの、元は裕福な家系であるため生活に困窮することはなかった
 しかし、こんな山奥にこのような大きな屋敷を持ちながら、たった一人で暮らしているなんて…
 
 優曇華は自分に置き換えて考えてみた。永遠亭も、白玉楼ほどではないが大きな屋敷であった
 あの屋敷に、主人の輝夜、師匠の永琳、地上の兎のてゐと一緒に住んでいた

 もしも、あの屋敷に一人で住んでいたら…

 そう考えると、優曇華の胸が詰まった
 そんなのはイヤだった。考えたくもなかった

「ふふふ、ごめんなさいね。こんな話はつまらないわよね」

 優曇華がボーっと考え込んでいる表情を察してか、幽々子が言った

「い、いえ、そうじゃなくて…、その…」

 優曇華が慌てて否定する
 そんな様子がおかしいのか、幽々子はクスクスと笑い出した

「幽々子様…、夕餉の支度ができました…」

 湯殿の外から、妖忌の声がした

「はぁい、すぐに行くわ」

 幽々子が立ち上がると、今まで湯で隠れていた裸体がイヤでも目に入る
 優曇華は、なるべく幽々子を見ないようにしながら風呂から上がった

「私の寝間着じゃあキツイかもしれないけど…」

 そういって、用意された湯帷子を優曇華に渡す
 幽々子のサイズに合わせられた湯帷子は、胸は余るがウエストが若干きつかった

 幽々子はというと、自分のサイズに合わせた物でも大胆に胸の谷間が露出している
 胸が大きく、ウエストが細いと日本式の着物は着付けが難しいのである






「お待たせ」

 目のやり場に困っている優曇華を引っ張りながら、幽々子は部屋に入った
 用意されていた料理は、それは豪勢なものだった

 妖忌が山で獲った雉の味噌焼き、若狭湾で取れた鰯の丸干し、自然薯の甘煮
 玄米を蒸した強飯、紀州産の梅干、赤穂の焼き塩、水菓子に木苺

 一日二食が主流で、一汁一菜の質素な食事がほとんどだった時代としては、時の帝でさえこんな豪勢な食事はとっていないかもしれない

「すごい、見たこともないものばかり…」

 優曇華が言った
 永遠亭の炊事は優曇華が担当していたが、永琳の倹約方針もあってそこまで手の込んだ料理を作ってはいない
 せいぜい、例月祭の時に搗く餅くらいのものだった

「さあ、遠慮しないで食べてね」

 そういって幽々子は箸を勧めた

(でも、そういえば…)

 箸を持った瞬間、優曇華は幽々子の大食いのことを思い出した
 いつぞや、冥界の観桜会に誘われた時のこと…、美しい冥界の桜に招かれた一同が見惚れていた
 いつものように宴が始まるや、庭の中央には五右衛門風呂と見紛う様な巨大な羽釜が置かれた
 中身は、なんと一石相当の米。つまり、人間が一年間に食べる量に相当する米の量である

 それをものの数分で平らげてしまった

 亡霊とはいえ、よくあれで消化不良を起さないものだと思ったものだ

(死んでからもあんなに食べるんだから、生きてる内はもっと食べるんだろうな…)

 そう思って箸をためらっていると、幽々子は自分ではまったく箸をつけず、しきりに優曇華に箸を勧めた
 なんだか悪い気持ちになりながらも、優曇華は先に箸をつけた

 料理はとても美味しいものだった。味噌も妖忌の手作りらしい
 雉の野性味と味噌の風味がマッチしている。天然塩で作られた鰯の丸干しも、海のミネラルを豊富に含んだまま旨味が凝縮されている
 自然薯の甘煮も、この時代には精糖技術が伝わっておらず輸入でしか手に入らなかった貴重な砂糖が使ってある
 妖忌の特製の山葡萄で作った酒も出てきた

「うふふ、どんどん食べてね…」

 そういいながら、幽々子は優曇華の杯になみなみと酒を注ぐ
 しかし、その肝心の幽々子はほとんどその食事に手を付けてはいなかった

「あの…、幽々子さんは食べないんですか?」

 優曇華が言った
 せっかく妖忌が作ったご馳走だというのに、幽々子は優曇華に勧めるばかりでほとんど食べていない
 幽々子の食欲から考えれば、この十倍以上食べたとしても足りないだろう

「ううん、いいのよ。私は、もうおなか一杯だわ」

「そんな、ほとんど何も食べていないじゃないですか!」

 幽々子の言葉に、優曇華は天地が逆様になったかのような衝撃を受けた
 幽々子と言えば大食い、幻想郷随一の美貌とプロポーションを誇る大食いの女王

 それが、ほとんど箸もつけていない状況でお腹一杯など驚天動地である

「私に遠慮しないでください、そんなんじゃあ倒れちゃいますよ」

 優曇華が杯を置いた
 幽々子は箸を持って食事をしている風を装っているが、ほとんどの食べ物に手を付けていない
 一粒の米も、一滴の水も口にしていないのだ

「いいの、食欲がないのよ…。そんなことより、さあ食べて…」

 優曇華の勧めも、やんわりと断る
 いつだったか、妖夢が幽々子の食費のせいで白玉楼の財政が傾いていると嘆いていたことがあった

 今の言葉を妖夢が聞いたら、卒倒して倒れてしまうかもしれない
 或いは歓喜の余り、泣きじゃくってしまうかもしれない

 幽々子は優曇華に、食べきれないほどのご馳走と、飲みきれないほどの酒を勧めた

 優曇華は、知らない間に眠りについてしまった…






~???????~





『いつの間に長き眠りの夢さめて 驚くことのあらんとすらむ』


 昼とも夜ともつかぬ空間、上下左右、あらゆるものが混交として区別がつかぬ
 あらゆるものの境界が あ い ま い となった空間

 その『物』は誰に言うでもなく呟いた

 その『物』が呟いたのも、西行の歌である
 今まだ晴れぬ心の迷いが、いつ晴れ万事不動の心を持つことができるのか…
 そういう想いを詰めた歌である

「どれほどの時間をかけ、どれほどの考えを巡らせてもその迷いは晴れることはない…」

 そういうや、その『物』は持っていた扇子で足元に蹲る獣を打った
 その獣は呻き声を挙げながら、その『物』を睨みつける
 黄金色の体毛に覆われ、その尾は九つに割れている

 この獣は、千年を生きた妖狐で、かつては玉藻前という絶世の美女に化け鳥羽上皇を狂わせた妖獣である

 もう何十年前になるであろう、その『物』は人間に殺されかけていたこの九尾を毒石に化けたと人間に思い込ませて救い出した
 しかし、この九尾は命の恩人にあたるその『物』に対し、服従を誓わなかった
 あわよくば、この『物』を食い殺し、その妖力を得て人間に復讐をせんとしていた

 その『物』は、この九尾をこの空間に閉じ込め、痛めつけては自分への服従を誓わせようとしていた

 もう三十六年間もこの空間に閉じ込め、食事も与えられていない
 もはや満足に動くこともできないが、それでもその『物』への服従は見せなかった

「殺すなら早く殺せ、冥府から舞い戻り貴様の魂を食らってやる!」

 玉藻と呼ばれていた頃の人間の姿で、その妖獣が喚く
 命を助けたその『物』が妖狐に要求したことは、自身の式神となり絶対の服従を誓うことだった
 妖の精の頂点に立つ妖狐の沽券にかけて、それは受け入れられなかった
 爾来、この空間に閉じ込められている
 この三十六年間、一滴の水も一欠片の食料も口にしていない
 妖狐の肉体は、目に見えて衰えている

「ふふふ、そうね。じゃあ、これが最後にしましょう。貴方に最後の機会をあげる
 あなたが私に一撃でも入れられたら、あなたを解放してあげるわ
 ただし…、もしも私の肉体を傷つけられなかったら、あなたには死んでもらうわ」

 扇子を妖狐に向け、その『物』が言い放った
 その『物』の全身から、凄まじい妖気が放たれる

「く…、おのれ!。嬲るか!」

 妖狐は玉藻の姿から、黄金の体毛と九つの尾を持つ『白面金毛九尾狐』に姿を変え、その『物』に襲い掛かった
 妖狐は鋭い牙を剥く、妖狐は素早くその『物』に飛び掛かった
 その『物』はたじろぎもせず、その妖狐の攻撃を受けた

「―――!?」

 妖狐の牙が、その『物』に届いた…
 しかし、その牙は、その『物』の皮膚で止まっている
 強力な妖気が込められた牙でも、その『物』の皮膚を食い破ることができないのか?

 違った…

 その『物』に飛びついた瞬間、なんともいえぬ奇妙な感覚に襲われたのだ

 妖狐の全身から、冷や汗が吹き出る
 妖狐の全身が震えている

(なんなんだ!、こいつは―――!?)

 それは、恐怖とさえ言えぬ得体の知れない感覚であった
 妖狐の力があれば、その牙が皮膚を食い破ることなど容易であろう
 だが、それができない。妖狐の本能が最大の警戒警報を鳴らす

 もしも、このまま皮膚を食い破ったなら…

「ふ…」

 次の瞬間、その『物』は扇子を激しく振り、妖狐を弾き飛ばした
 妖狐は、その『物』が持っている、一種異様な力に飲まれ、あらゆる攻撃を諦めてしまった
 そして、その瞬間に分かった。この『物』の力が
 自分が絶対に逆らえぬであろう、絶対的な力の差を…

 空に輝く太陽がそうであるように、自分の力がどれほど強大でも勝つことのできない相手…

 いま、目の前にいるその『物』こそ、そうであったのだ

「約束よ…、死んでもらう…」

 その『物』は、扇子を妖狐に向け、その先端に妖気を集中させる
 その妖気は、あっと言う間に膨れ上がり、この空間ごろ押し潰してしまいそうなほどに大きくなった

「あ、ああ…」

 妖狐の身体が震える。恐怖を感じている
 それは、死への恐怖ではない
 その『物』へ対する恐怖なのだ

「ふふふ、怖いかしら?。でも一瞬よ…」

 妖気の塊が、妖狐に向けられる
 もう終わりだ、もはや妖狐には逃げ出す事も、かわす事もできない

 圧倒的な恐怖だけが、妖狐を支配した

「ふふふ、冗談よ…」

 そういうと、その『物』は扇子を下ろした
 妖気の塊も、それと同時に消える

 だが、妖狐は震えたままだった
 当然だ、死の危険が去ったとはいえ、妖狐が恐れているのはその『物』なのだから

「どうかしら、私の力が分かったかしら…?」

 その『物』が、妖狐へ詰め寄る
 妖狐は震えながら後ずさる

「あなたは欲しているのでしょう、強力な力を。人間に復讐するための、さらに強力な力を
 いいわ、あなたに私の持っている全ての力と、全ての知識を与えましょう…」

 そういうと、その『物』は妖狐に向かって手を広げた
 次の瞬間には、妖狐は人間の姿に戻り、見慣れぬ式服を着ていた
 妖狐は不思議そうに、自分の身体を見回す

「あなたと…、同等の力…?」

「そうよ…、どうかしら…?」

 その言葉を聴いた瞬間、妖狐の心臓が早鐘を打つように鳴り響いた
 自分を驚愕させ、恐怖へ陥れたあの力と同等の力を使えるようになる…

 それは、彼女に限らず、どんな妖怪にとっても魅惑的な事だった
 その瞬間、彼女の心は、その『物』への力の虜になってしまった

「これからあなたは私の影、私に絶対の服従を誓う限り、私と同等の力を使うことができる…
 あなたに新しい名前をあげましょう。あなたの名前は『藍』…
 これからあなたの名前は『八雲藍』よ…」

 そういうと、その『物』…『八雲紫』は藍に手を差し伸ばした
 藍は、自分と紫との力の差を知った
 …と、同時に、『彼女と同等の力を使える』ようになる…ということの麻薬のような甘美な誘惑に心を奪われてしまった

 こうして、かつては鳥羽上皇を篭絡し、傾国の美女と謳われた最強の妖獣、白面金毛九尾狐は八雲紫の式神となった…






~翌日・白玉楼~





「鈴仙、あなたが学ぶべきことは大いにあります。私から医薬を習うことも、武術を磨くことも重要なことです…
 しかし、それよりももっと…、あなたには重要なことがあります…」

 それは、優曇華の師匠である永琳の言葉であった
 月面戦争を逃れ、地上に逃げてきた優曇華に永琳はこう言ったものだった

「お師匠様、それは何なのですか!?」

 優曇華は必死になって聞き出そうとした

「それは、私が答えても意味のないことです…。まずは私の言う通りにしなさい
 そして、あなたがどうすべきなのか、自分自身で答えを出すのです…」

 しかし、永琳はその答えをついに教えてはくれなかった
 そして、永琳はあの『白い光』に飲み込まれてしまった

 あれからどれほどの月日が経ったであろう、優曇華は、まだその答えを出せずにいた

「イナバ、お茶を入れてきて、お茶菓子は杏月堂のきんつばね」

「鈴仙、お師匠様が、庭の掃除と薬草採りと薬売りと姫様の我儘に付き合えって言ってたウサ」

 永琳の顔が消え、輝夜とてゐの顔に変わって行った

「イナバ、今日の餅つきはアクロバティックな要素を取り入れましょう」

「火の輪をくぐりながら餅つきをするウサ」

 いつも無理難題を押し付ける輝夜と、いつもイタズラを仕掛けるてゐの顔
 二人の顔が交互に優曇華に襲い掛かってくる

「イナバ」

「鈴仙」

「イナバ」

「鈴仙」

 いつ醒めるとも知れない悪夢に、優曇華が魘される

「う、う~ん、やめて下さい。尻尾を引っ張らないで…、ちゃんと地肌についてますから…」

 白玉楼の一室で、布団を掴みながら優曇華が身悶えている
 日の光が差すころ、優曇華は悪夢に魘されていた

「はっ!」

 ようやく目の覚めた優曇華が、布団を跳ね飛ばす
 周囲の状況を見渡し、そこが白玉楼だと気付く…

「ふぅ…、夢か…」

 夢としては、あまりにリアリティのある夢だった
 …というか、優曇華にとっては永遠亭での日常のシーンであった

 日々の日常の仕事の中で、輝夜の我儘に振り回され、てゐのイタズラにつき合わされ、そして、永琳からお小言をもらうのはいつも自分だった

 あれほど会いたいと想っていたはずなのに、思い出したら汗をびっしょりとかいていた

 気付いたら、優曇華の着ていた服が枕元に畳まれていた
 妖忌が洗ってくれたのだろうか?

 優曇華は着替え、顔を洗う

 うっすらとだが、昨日の記憶が蘇る
 幽々子に勧められるままに酒を飲み、酔いつぶれてしまったのだ
 そのまま妖忌に寝室にまで運ばれたのであろう

 優曇華は自分の右手を見つめる
 昨日、妖忌から受けた傷口は、ほとんど塞がってしまっていた
 流石、永琳印の傷薬である

 優曇華は広い白玉楼を一人で彷徨う
 この広い屋敷に、幽々子と妖忌と二人だけしか住んでいないのである

 二人を探すのは、まるで宝探しのようなものである

 優曇華は、一つ一つの部屋の襖を開けていく
 襖のいくつかには、乱れた書体でいくつかの和歌が殴り書きのように書かれている
 酒に酔った西行が、思いのままに書き殴ったものだろう

 現存していれば、価格をつけられないようなお宝でもある

「っあ!?」

 次々と襖を開けていった優曇華は、その部屋の襖を開けた途端に固まってしまった
 寝間着を脱ぎ、襦袢を羽織ろうとしていた幽々子は、まだ帯も締めていない
 その豊満な胸はとても隠し切れず、はちきれんばかりに溢れている
 幽々子はまだ着替えの途中だったのだ

「あらあら、困るわ、着替えの途中で襖を開けられては…」

 クスクスと笑いながら、幽々子は胸元を隠す…
 しかし、優曇華は一瞬、その姿に違和感を覚える
 だが、そんなことを言っている場合ではなかった

「ご、ごめんさない!」

 その違和感の正体を確かめる間もなく、慌てて優曇華は襖を閉めた
 襖に背を向け、自分の鼓動を確かめる
 明らかに、常時よりも早く心臓が鳴っている

「ああ、昨日から私は変だ…」

 確かに幽々子の身体は同性でも見惚れるほどに美しい
 輝夜や永琳となら、何度か一緒に温泉に入ったが、こんな風にはならなかった

 それなのに、幽々子の前ではそうはいかなかった
 とても直視することができず、心臓はバクバクと音をたてる
 優曇華は走り出した、この襖一枚を隔てた向こうでは、幽々子が着替えている
 そう考えただけで、心の中に邪な思いが生まれてしまう

 闇雲に走った優曇華は、白玉楼の南庭に出た
 通常、寝殿造りの南庭には白砂が敷かれ、池が作られるものだが、この山奥で池を作るのはできなかったのか、代わりに枯山水が敷かれている
 大小の花崗岩、玄武岩が無造作に置かれ、白砂と小石が波を描いている
 白い花崗岩と黒い玄武岩は、それぞれ陰と陽を表わしているのであろう
 二種類の岩から波は、それぞれ交互に流れを作っているが、決して交わってはいない
 陰と陽は決して交わることは無い…という意味なのだろうか?

 そして、庭園にはそれを埋め尽くすかのように、幾本もの桜が植えられていた
 それは吉野山の千本桜にも勝るとも劣らない景観だった

 まだ幾つか蕾をつけたばかりの桜だというのに、不思議と心を躍らせる
 
 西行法師といえば、月と桜を愛したことでも有名である

 桜の種類も様々で、大島桜、霞桜、山桜、初雪桜、江戸彼岸、望月桜、丁子桜、秩父桜、花石桜、大峰桜、朝霧桜、吉備桜、
 片丘桜、飴玉桜、富士霞桜、雪洞桜、潮風桜、大山桜、筑紫山桜、勝道桜、武甲豆桜、山彼岸、千島桜、高嶺桜、石鎚桜…
 日本中の桜がここに集まっているかのようにさえ感じられる

 春の陽を浴び、それぞれの桜が満開に咲く日を心待ちにしている中、その庭園では魂魄妖忌が掃除をしていた
 右手には、包帯が痛々しく巻かれている。左の肋骨にも晒しを巻いているであろう
 あれほどの重傷を負っていながら、主よりも早く起き、朝の支度をしていたのか

「あ、あの…」

 優曇華が妖忌に声を掛ける
 妖忌は振り向くことさえせず、黙々と掃除を続ける

「その…、昨日はすいませんでした…」

 妖忌の返事も無く、沈黙が続く中で優曇華が言った

「なぜ謝る…」

 小さな声で、妖忌が聞き返した

「私のせいで、怪我をさせてしまいましたから…」

 今さらになって、優曇華は後悔していた
 あの時感じたあの感覚、自分自身の持てる全てを懸けて戦う喜びが、自分の全身を支配していた
 もしも、幽々子が止めていなかったら、自分が死んでいたか妖忌を殺していたかのどちらかだった

 その事が、今さらになって恐ろしくなったのだ
 自分自身の中に、まるで血に飢えたケダモノのような物を飼っているような気がして寒気を覚えるほどだった

「斬りかかったのはわしだ…。気に病む必要はない…」

 妖忌は答えるが、優曇華に背を向けたままで、その真意は測り知れない
 もしかしたら、もう顔を見るのもイヤなくらいに怒っているのかもしれない
 そう思うと、優曇華は二の句を継げなくなった

 二人の間に、冷たい緊迫した空気が張り詰め、沈黙がそれをさらに助長する
 しかし、その沈黙を破ったのは、意外にも妖忌の方だった

「昨夜…、幽々子様は食事をなされたか…?」

 妖忌が訊いたのは、昨晩の夕餉のことだった
 優曇華を歓迎するため、妖忌は腕によりをかけて食事を用意したものだった
 それはとても美味しいものだった。しかし、幽々子はその食事にはほとんど手を付けていない
 優曇華はどう答えたものか、困窮して口が動かない

「そうか…」

 優曇華の沈黙を答えと悟ったのか、妖忌は一つ息を吐いた
 どうやら、その答えが分かっていたかのようなリアクションだった…

 そうして、妖忌は掃除の手を止めて縁側に腰掛けた

 そして、優曇華も同時に気付いた
 さきほど、幽々子の着替えを覗いてしまった時に感じた違和感の正体…



『幽々子の痩せ方は異常だ』…ということに、である



 あの時、襦袢の着合わせから覗いた幽々子のウエスト…
 とてもくびれているというレベルではなかった、肋骨が浮き出て痩せこけていた
 手足も細くなり、贅肉が欠片もなかった
 今思えば、顔つきも亡霊でいたころよりもほっそりとしている
 亡霊よりも死人に近い顔つきになっていた

 それが、あの時、優曇華が感じた違和感の正体だったのだ

「幽々子様は、お父上がお隠れになってから、二年も食事を取られていない…」

 妖忌が呟くように言った…
 幽々子は父が死んでから二年間、一粒の米も、一滴の水も口にしていないのだ

 あんな身体になってしまうのも無理からぬことであった

「どうして、そんなことを…」

「………」

 優曇華が尋ねたが、妖忌は答えなかった
 答えたくなかったのか、それとも答えを知らないのか…

 妖忌の態度からは容易に知ることはできない

 どう考えても、幽々子の行動は腑に落ちない
 父の死のショックが原因で拒食症に陥ったとか、自殺願望があるとか、そんな理由は昨日の幽々子の態度を見る限り考えにくい
 だとすれば、彼女は何かの目的があって食を断っていることになる

 まさか、ダイエットということもないだろう…

「この館を訪ねるものも絶えて久しい…、久々に客人が来たのなら…とも思ったがな」

 妖忌が言った。父の死の以前から、この屋敷はほとんど人々から忘れられた存在となっていた
 久々に来客が来たとなれば、幽々子も食事をとるかもしれない…
 そう思い、昨日はありったけの食材を奮発したのだった

 その表情を見ていて、優曇華は一つ分かった
 妖忌は優曇華の事など怒ってはいなかった。ただただ、只管に幽々子の事を心配しているのだと

「む…」

 ふと、妖忌が視線を上げる
 妖忌の視線の先には、さきほど掃除したばかりのはずの庭に一枚の木の葉が落ちていた

 妖忌は折れている右手で白楼剣の柄を握った

「はっ!」

 数メートルは離れた木の葉に向かって、妖忌は一気に刀を抜いた
 次の瞬間には、木の葉が吹き飛ばされ宙を舞う…

 抜刀の風圧だけで、あんなに離れた木の葉を吹き飛ばすとは…

 しかし、その吹き飛ばされた木の葉はフワフワと空中に浮かんでいたかと思うと、次の瞬間には空中で静止した
 そして、周囲に怪しげな風が吹き始める。一陣の風と共に、多くの木の葉が白玉楼の庭に集まる
 空中で静止した木の葉を中心に、渦を巻くように木の葉が集まっていく

「ぬう!、さては妖怪変化か!」

 妖忌は一喝するや、小柄を投げ付けた

 しかし、その小柄は音も無く木の葉の渦に吸い込まれるように消えた
 やがて、その木の葉の渦から人型をした物体が現れる

「ここが、西行寺幽々子の屋敷か…?」

 木の葉の渦から現れた人影が訊いた

 形こそ人の形をしているが、九本に別れた金色の尾に頭には二つの突起のついた被り物
 見たこともない式服を着て、金色の髪の毛に金色の瞳…、身体からはほのかに獣の匂いがする…

「あの人は…」

 優曇華が言いかけたが、それよりも早く妖忌が動いた

「曲者めが、ここを白玉楼と知っての狼藉か」

 すでに抜刀していた白楼剣を、その妖怪に向ける
 しかし、その妖怪はたじろぎもしない

「ふ…、だとしたら何だというのだ、人間…」

 その妖怪は不遜にも、妖忌の態度を見て嗤った
 まるで虫けらでも見下すかのような目、多くの妖怪は人間よりも自分達が優れていると思っている
 そういう妖怪は、大抵は妖忌に一刀両断されてしまう

「去ぬるがよい、ここは貴様のような物の怪の来る所ではない」

 妖忌が刃を向ける。妖忌の言葉は嘘ではない
 優曇華の時もそうだったように、妖怪変化には問答無用で斬り掛かるのが魂魄妖忌のやり方である

「ふ…、人間如きに私の相手など務まると思っているのか…、やってみるがいい」

 妖忌相手に構えも取らず、その妖怪は言った
 次の瞬間には、妖忌は白楼剣をその妖怪に撃ち込んでいた

「―――!?」

「ふ…、この程度か…。しかも怪我までしているじゃないか…、そんな身体で私の相手が務まると思っているのか」

 その妖怪は、妖忌が振り下ろした白楼剣を、刀を握っていた右手を掴み受け止めた
 妖忌の折れた指を掴み、ぶんぶんと上下に揺さぶる

「ぐ…!」

 折れた指を無理やり揺さぶられ、妖忌は激痛に顔を歪める
 昨日の優曇華との死闘の怪我が癒えていない、妖忌は明らかに不利である

「愚かな人間め、貴様等は地面に這いつくばっているのがお似合いだ!」

 そういうや、その妖怪は妖忌の折れた肋骨に膝蹴りを入れた
 妖忌はたまらず膝をついた

「止めて下さい!」

 優曇華が庭に飛び出し、妖忌をかばうように立ちはだかる

「なんだ、貴様も妖怪ではないか。なぜ人間などをかばう?」

 その妖怪は、金色の瞳で優曇華を見据える

「人間も妖怪も関係ありません、この人は怪我をしています。これ以上は戦えません」

 優曇華は両手を広げて妖忌をかばった
 昨日、命を懸けての激闘を繰り広げたばかりだというのに
 だが、優曇華にはそんなことは関係なかった

 人間であろうと妖怪であろうと、一方的に陵辱されるのを見過ごすことはできなかった

「愚かな、たかが兎如きが妖の精の長たる狐族に勝てると思ったか
 我が妖術の妙味を見せてくれよう、後悔するがいい!」

 そういうと、その狐の妖怪は九つに分かれた尾を激しく擦り合わせていく
 九つの尾が擦り合わされる度、尾から激しい熱が生まれ、やがて炎が生まれる

 その炎が激しさを増す。俗に言う『狐火』というヤツである

「最強の霊獣たる妖狐の『火輪尾の術』!、見るがいい!」

 妖狐は宙に浮かんだ。九つの尾、それぞれに激しい炎が宿っている
 それはさながら、太陽の如き輝きを放っている

 農耕民族である大和民族にとって、食害の元であるネズミを捕食する狐は農耕の神・豊穣の神の使いとされた
 古くから狐の巣に豊作祈願の為に狐の巣穴にお供え物を供える風習があり、それが後の稲荷信仰にも結びついている

 それに比べれば、兎の霊性は低いもので現代社会で狐を祀った稲荷神社が全国にあるのに対し、兎を祀った神社は因幡の白兎を祀った白兎神社くらいのものである

 しかし、それでも優曇華は退かなかった
 両手を広げたまま、妖狐の『火輪尾の術』を受け止めようとしている

 しかし、両者の妖力の差は歴然としている
 このままでは、優曇華は焼き兎にされてしまう

 月面戦争が怖くて逃げ出したはずの優曇華が、他人の為に命の危険を省みずに立ち上がっていた
 優曇華は、あの戦いで自分自身の弱さを克服したのだ

 両者の間に妖気が渦巻き、場が緊迫している
 妖狐が炎を放とうとする。優曇華は歯を食いしばり、全妖力を掌に集中させた

「そこまでよ!」

「そこまでです!」

 突如、二つの声色が白玉楼の庭に鳴り響いた
 みれば、西行寺幽々子がいつの間にやら着替えを済ませてやってきていた

 そして、もう一つの声がした方向から、空間に裂け目ができ、妙な雰囲気を纏った女が出てきた

 頭に∞の形に結ばれた組紐を括った被り物、六十四卦の沢地萃が描かれた式服、丸い形の日傘
 緩いウェーブの掛かった長い金髪をリボンでとめ、その全身から胡散臭い雰囲気を纏っている

 若いのか歳をとっているのか、そもそも日本人であるのかも分からない怪しげな女である

「久しぶりね、紫…」

 その怪しげな女に、幽々子は微笑み話しかけた

「あら、きっかり前回から一ヶ月振りですわ」

 紫と呼ばれた女も、同様に微笑みながら答えた

「あ、ああ…」

 優曇華が、彼女の姿を確認して驚愕する
 月の兎である優曇華にとって、彼女の名は恐怖の代名詞でもある

 彼女の名は、八雲紫…

 幻想郷の妖怪の賢者であり、博麗大結界の守護者の一人
『境界を操る能力』の持ち主であり、幻想郷で最も強大な力を有する最強の妖怪
 神隠しの主犯にして、第一次月面戦争の首謀者

 月の都を恐怖のどん底に陥れた、あの極悪妖怪

 あの、八雲紫なのである

「新しい式神を手に入れたのね、この間話していた齢千年の妖狐かしら?」

 幽々子が訊いた。そういえば、八雲紫は生前の西行寺幽々子と知り合いだったと聞いた事がある

「まあね、力は強いのだけど、まだまだ言うことを聞かなくてねえ」

 紫は新しい式神、藍の頭を掴み引き寄せる
 あれほどの妖気を放っていた妖狐が、まるで赤子のように扱われている

 ただ、その場にいるだけだというのに、異様な威圧感を感じる
 本人はすっ呆けた物言いをするが、その真意はまるで測り知れない

「あなたの差し金だったのか、この悪戯は」

 妖忌が怒ったように紫に詰め寄ろうとする

「あらあら、私は幽々子を呼んでくるように言っただけよ
 どうもこの娘は血の気が多くていけないわねぇ」

 そういいながら、紫は藍の頭をグリグリと弄る
 最初から彼女にはこうなることが分かっていたのだろう
 藍を屋敷に入れれば、妖忌と衝突するだろうということを

 結局の所、妖忌も優曇華もからかわれたのだ。このスキマ妖怪に

「そっちの兎さんにも悪かったわね、この娘は冗談が通じなくてねえ」

 紫は優曇華に対してもニッコリと笑いかけた
 邪気も一切感じられない笑顔だというのに、背筋がゾッとするような不気味さを感じる

「初めて見る顔ね。新しいペットかしら?」

 紫が幽々子に訊いた

「客人よ。訳あって、我が家に逗留していただいているの」

 幽々子はこの怪しげな友人に対しても、他のものと接する時と変わらずに答える
 幻想郷においてもそうだったように、この時代においても二人とも親友同士であるようだった

「妖忌、お茶を入れて頂戴。今日は大事な約束の日だからね」

 幽々子が妖忌に申し付ける
 そのまま二人を引き連れ、屋敷に誘って行く

「妖忌さん、安静にしてください。それくらいの事は私がやりますから」

 優曇華が妖忌を止める。先ほどの戦闘で、妖忌は折れていた骨を再び攻撃され、さらに酷い重傷になっている
 永琳の元で修行していた優曇華は、けが人を放っては置けなかった

「だめよ、あなたは私のお客様なんだからね。そんな雑用はさせられないわ」

 厨へ向かおうとする優曇華を、幽々子が止めた
 幻想郷にいた頃は、適当でいい加減な人だと思っていたが、存外、主客の序を大切にする人だった

「いいわ、藍、あなたがお茶を入れなさい」

「わかりました、紫様」

 そういうと、藍の姿がすっと消えた
 紫の力で、この屋敷の厨へ飛ばしたのであろう

「あなたはゆっくりと怪我の治療をしていなさい、あなたは幽々子を守る使命があるのだからね。身体は大切にしなさい」

 紫はにっこりと微笑みかけ、幽々子ともに屋敷の中へ入っていった
 相変わらず、何を考えているのか分からない妖怪である

「く…。すまぬ…」

 妖忌は優曇華の肩を借りながら、自分の部屋へ戻る
 妖忌の怪我は思ったよりも重傷だった

 折れていた骨が、藍の攻撃によってズレている
 このままでは、永琳印の傷薬を使っても歪なまま骨が繋がってしまう

 レントゲンもないこの時代、優曇華は触診で骨折の状況を調べる
 素早く折れた指を引っ張り、骨を元通りくっつけ添木を当てる
 妖怪と違い、回復力の弱い人間では元通りになるのに一ヶ月はかかるだろうか

 同様に、肋骨もずれていた部分を合わせ、息を吐ききった所でサラシを巻いて固定した

 しばらくは安静にしていなければならないだろう

 昨日は『物の怪の施しは受けぬ』…と言っていたが、微かなりとも優曇華に心を許したのだろうか

「紫さんは…、幽々子さんの知り合いなんですか…?」

 治療を終えた優曇華が、妖忌に訊いた
 亡霊と妖怪が知り合いなら分かるが、幽々子はまだ生きた人間なのである
 それに、確か紫は人間を食料にするタイプの妖怪だと聞いた事がある

 普通なら、幽々子が紫に食われたとしても不思議ではないのである

「ああ…、幽々子様がこの屋敷に来てからほどなく、あの妖怪はやってきた…」

 その妖怪の来訪は突然だった

 ある時、白玉楼の門を叩く音があり、妖忌が出てみると、そこには薄汚いボロを纏った老婆がいた
 老婆は旅の途中で追剥に遭い、金品を奪われ身ぐるみを剥がされたといい、『せめて水の一杯だけでも』と言った

 妖忌は、こんな山奥を老婆が旅するはずは無い、さては妖しの類と追い返そうとした
 しかし、幽々子は老婆を呼びとめ屋敷に招き入れて桜湯を振舞った

 満開の桜の花弁を塩漬けにして、湯の中に遊ばせたのが桜湯である

 老婆は礼をいうと、『必ずお礼はいたします。この櫛の歯を預けますから大事にしてください』…と言ってみすぼらしい櫛の歯を幽々子に渡した
 櫛の歯などもらっても何の役にも立たないが、幽々子はそれを丁寧に受け取った

 数ヶ月の年月が経ち、妖忌はそんな老婆の来訪などすっかり忘れていたが、白玉楼に突如怪しげな妖怪が現れた
 その強さには、妖忌ですら全く歯が立たず、『約束の物は何処』…といい屋敷内を暴れて廻った

 やがて妖怪は幽々子を見つけた。誰もが幽々子が食われる…そう思った
 しかし、幽々子はにっこりと笑うと、あの老婆から預かった櫛の歯を差し出した

 その妖怪もにっこり笑い、二人は屋敷で談笑を始めた
 あの老婆こそ、八雲紫が姿を変えたものであり、幽々子はそれをすぐに理解してあの櫛の歯を差し出したのだ

 爾来、八雲紫は西行寺幽々子の親友となり、たまに唐突に白玉楼を訪ねては茶を飲んで帰って行った

「ふぅん…、変な話ですねえ」

 優曇華が言った。そもそも、何の為に八雲紫は老婆に変装して白玉楼を訪れたのか
 わざわざ数ヶ月もおいて、櫛の歯を捜しに白玉楼にやってきたのも意味が分からない
 まあ、あの妖怪に分かるような理屈を求めるほうが難解ではあるのだが

 食べるつもりもないのなら、なぜ彼女は幽々子に近づいたのであろうか?

「それは、恐らく幽々子様の力のせいだろう…」

 優曇華の疑問を察したのか、妖忌が言った
 幽々子の力といえば…

「うあぁぁぁん!」

 突如、部屋の中に幼子の泣声が響いた
 驚いた優曇華が振り返ると、まだ歩くこともできないような小さな赤ん坊が妖忌にすがり付こうとしていた

 その赤ん坊の姿をみて、優曇華はハッとする
 生え始めた淡い色の髪、青い瞳に腰の辺りから白く薄っすらとした人魂のようなものがまとわりついている

「ああ、妖夢、怖がらせてしまったか」

 そういって、妖忌はその赤ん坊を抱き上げる

「あ、あの…、その娘は…」

 優曇華の皮膚がピクピクと蠢いている

「わしの孫だ…」

 その決定的な言葉を聴いた瞬間、優曇華は腰も抜かさんばかりに衝撃を受けた
 この妖忌に抱かれた赤子こそ、後の魂魄妖夢なのである…

「どうした、わしに孫がいたらおかしいか?」

 大袈裟に驚く優曇華に、訝しむ視線を投げる妖忌
 妖忌には分からないだろうが、自分の知り合いの赤ん坊時代を生で見るのはまた格別である

「アイタタタ」

 赤ん坊の妖夢が優曇華の耳を掴む
 優曇華の耳は、地肌についてる本物であるので赤ん坊とはいえ結構痛い

(妖夢さん、私より年上だったんだ…)

 この時代、まだ月の都でも優曇華は生まれていない
 わがままな主人に苦労させられる従者同士、時には語り合ったりもしたものだった
 そういえば、今まで年齢の話はした事がなかった

 普段の言動から、てっきり年下だと思っていた

「あれ、でもお孫さんがいるのなら、お子さんは…?」

 ふ…と、優曇華の脳裏を一つの疑問が過ぎった
 昨日はてっきり妖夢の存在に気付かなかったが、この屋敷には主人の幽々子と妖忌、その孫の妖夢しかいないのだ
 なら、その妖夢の両親…。妖忌の息子か娘がいるはずではないだろうか?

 赤ん坊の一人に気付かなくても、その親に気付かないことはないだろう

「死んだよ…、わしの身内は、妖夢だけだ」

 妖忌が言った。それは、予想していたことでもあった

「わしの娘でな、幽々子様と歳も近く…、真の姉妹のようでもあった
 ある時、娘はある男と恋に落ちた…、名は知らぬが道ならぬ恋であった…」

 妖忌は淡々と語る。現代よりも身分による差別の激しかった時代である
 身分の離れた物同士の恋愛は、須らく悲恋となる時代であった

 相手は、どこぞのやんごとなきお家柄のご令息であったのだろう
 貴族でも武家でもない西行寺家の使用人の娘でしかない彼女と、結ばれる道理はなかった

「わしの血を引いておるせいか、娘は激しい恋の道を選んだ
 二人は手に手を取り合い出奔した…」

 今で言う駆け落ちというものだろう
 二人は家も財産も全てを捨てて、二人だけで逃げ出した
 しかし、当たり前のようにすぐに追っ手が掛かった

「二人は追い詰められ、逃げられぬと悟ると沢に身を投げた…
 男の骸は追っ手が回収したが、娘の遺骸は打ち捨てられた
 わしは娘の骸を拾い、墓地に葬った…」

 結局、二人の愛は悲劇に終わった
 二人は現世で結ばれること無く、不帰の人となった

「娘はわしの知らぬ所で身籠っておった
 娘を葬って数ヵ月後、夜な夜な娘の墓から赤ん坊の泣声がすると聞き、娘の墓を開いた…」

「そこにいたのが、妖夢さん…」

 日本に限らず、死後出産の話は世界中に伝わっている
 医学的には、母体が死んでしまえば胎児も死んでしまうものである

 だが、どんなことにも例外がある

 魂魄妖夢は、『死者の子』としてこの世に生を受けた
 それは、生命の神秘としかいえないことであった
 彼女は、半分は死者として、半分は生者として生きているのである
 その証拠に、彼女の身体には半透明に透き通った人魂がついているのだ

「あらあら、妖夢はまたお爺ちゃんに甘えてるのね~」

 妖忌が話し終わった頃、タイミングを見計らったかのように幽々子が部屋に入ってきた
 もちろん、その後ろには八雲紫と藍が控えている

 幽々子は妖夢のほっぺを触ったりしながら遊んでいる
 藍と妖忌、優曇華の間には言い知れぬ緊迫した空気が張り詰める

「ちゃんとご飯はやったのかしら?。ちゃんと身体を洗ってる?」

 そんな緊迫した空気を一切気にせず、幽々子は妖夢の心配をしている
 そういえば、妖夢の母である娘と幽々子は、まるで姉妹のように仲が良かったと言っていた
 幽々子にとっては、わが子にも近い感覚なのであろうか?

「幽々子、もう行くわよ、時間がないわ」

 紫がそういうと、幽々子も妖夢から離れた

「そうね、優曇華さん、今日は申し訳ないのだけれど私の帰りは遅くなるわ。食事は妖忌と先に済ませて、先に寝てて頂戴
 妖忌もいいわね…」

 幽々子は二人にそういうと、足早に部屋を出ようとする

「待ってください、どこに行かれるんですか?」

 優曇華が慌てて聞いた
 まだ陽は高いというのに、何をそんなに慌しく出発する必要があるのだろう?

 だが、幽々子はニッコリと微笑むと、こう答えた

「ナイショ」

 そうして、紫、藍、幽々子の三人は白玉楼を後にした…






~???????~






「う…む…、朝か…」

 小さな陽光が妹紅の顔に反射する
 すでに昼に近い時間であるが、妹紅は目を覚ます

 山を降りた所にあった朽ち果てた小屋の中、おいてあった筵を被って妹紅は寝ていた

「む…、コイツ…」

 ふと気付くと、いつの間にか輝夜が妹紅の筵に入ってきていた
 昨日、さんざん殴り合って戦ったばかりだというのに、輝夜は妹紅の横で小さな寝息を立てている
 よっぽど永琳達と一緒でないのが寂しいのだろう、昔では考えられないことである

「まったく、これじゃあ起きれないじゃないか」

 そういいながら、妹紅は輝夜の寝顔を見る
 小造りな顔に長い睫が陽の光に照らされている。キラキラと光が反射しているが泣いていたのだろうか?

「う~ん、永琳…、イナバ…、お茶とお菓子が怖いわ…」

 どうやら、夢で永琳達の夢を見ていたようだ
 普段は憎たらしい輝夜であるが、こうしてみると、やはり家族を失った事が辛く寂しいのだろうと思う

「う~ん、イナバ…」

 優曇華の名を呼びながら、また輝夜が寝言を呟いている

「馬鹿ねえ、鼻から人参を入れたりするから、耳から胡瓜が生えてくるのよ~」

「どんな夢を見てるんだ…」

 輝夜のおぞましい夢を、妹紅は筵を剥ぎ取ることで終わらせた
 …と思ったが、一旦寝付いた輝夜は筵を剥ぎ取ったくらいでは起きない
 昨日、久々に妹紅とやり合って体力を使ったせいだろう

「起きろ、ルナティックバカグヤ」

 輝夜の頬を引っ張ったり、アッチョンブリケしたりするものの、輝夜は起きない
 寝顔に落書きしてやろうかとも思ったが、生憎、筆も墨も持ち合わせていなかった

「起きろぉ!!」

 妹紅は輝夜の足を掴み、ジャイアントスイングで振り回す
 しかし、それでも輝夜は鼻提灯を垂らしたまま寝ている

「うりゃあ!」

 輝夜の回転が最高潮に達した所で、妹紅は輝夜の足を放し、積んであった薪の束に向かって投げ付けた
 どうせ死にやしないと分かっているにしても、酷い起し方ではある

「ぐー、ぐー…。Zzz…」

 しかし、それでも輝夜は目覚めなかった
 紅魔館の門番、三途の川の死神にも劣らぬ眠りっぷりである

「コイツ、地震が起きた時とか大丈夫なんだろうな」

 ここまでして起きないとは…
 地震が起きて家具の下敷きになっても、きっと眠り続けることだろう

「まったく、しょうがないな」

 そういうと、妹紅は輝夜の顔に濡れた布を貼り付けた

「む…、むぐぐ…」

 濡れた布地を顔に貼られると、呼吸ができなくなる
 いくら蓬莱人で寝坊助の輝夜でも、呼吸ができなければ目が覚めるだろう

「むぅ………、ぷっはぁ!」

 呼吸が止まりかけた輝夜が、ようやく目を覚ました

「ようやく目覚めたか、アルティメット・ウルトラ・スーパースペシャル・バカグヤめ」

 目覚めるなり、酷い罵声を浴びせる妹紅
 輝夜は寝惚けた目で周囲を見渡す

「なによ、永琳やイナバ達と会える夢を見てたのに、もう少し寝させなさいよ」

 受けた仕打ちは何倍にしても返す輝夜だが、今回は違ったようだ
 折角のいい夢を見ていた所を起された事を抗議する

「もうほとんど昼だぞ、とっとと起きろ」

 輝夜の言い分を一切聞かず、妹紅は釜に火を入れる
 しかし、小屋の中には食料になりそうなものは無かった

「うう…、ひもじいわぁ…。妹紅、何か持ってないの?」

 輝夜が聞いた。蓬莱人であるから餓死することはないが、それでも食い意地は張っている

「ねえよ、その辺のキノコでも喰ってろ」

 妹紅はそっけなく答える
 二人は湯を沸かし、微かばかりに採れたキノコを食した
 ちっとも空腹は満たされなかったが、二人は街を目指し歩いた

 てゐを救出できたので、残るは永琳、優曇華、霊夢、魔理沙の四人である
 その四人の内のいずれかがこの時代にいるはずである

 京都盆地は、二人ともに勝手知ったる土地である
 特に四方に道が開けて、物流も情報も中央に集まるようになっている

 とりあえず、二人は平安京を目指した
 日本人の噂好きは、昔から変わっていない
 四人ともこの時代には目立つ格好をしていたから、そんな物を見かけたという情報ならすぐに平安京に集まるはずだと思ったのだ

 この時代が平安京末期から鎌倉時代にかけてだとするなら、京都守護に源氏の者がいるはずだ
 怪しげなものの情報は、そこに集まっているはずである

 この時代から八〇〇年経っていても、二人とも目指す方向はすぐに分かった
 足が自然と平安京へと向かっていた

「妹紅、あなたはまだ、この時代は京都にいたんでしょう…?」

 旅の道すがら、輝夜が聞いた

「まあな」

 妹紅が素っ気なく答える。昨日も言ったが、妹紅はこの頃人の目を避けるように暮らし、妖怪退治で身の憂さを晴らしていてた頃だ

「だとしたら、会えるんじゃないの。昔の自分自身に」

 輝夜が言った。各地を転々としていた輝夜と違い、妹紅はあまり棲み家を変えてはいない
 この時代には、醍醐山辺りに隠れて修験者や山伏から、密教の秘術や妖術を学んでいた

 鬼や幼獣を見かけたら、見境なしに喧嘩を吹っかけては懲らしめたものだった

「ふん、そんなもんに興味はねえよ」

 妹紅はあっさりと答えた

 人の世を儚み、恨み、憎んで生きてきたあの頃
 蓬莱の薬を飲んで、そのほとんどを無為に、無駄に過ごしてきていた

 あの頃の自分にもう一度会えるとしたら、自分はなんというだろう
 だが、それは妹紅にとってはどうでもいいことでもあった

 蓬莱の薬を飲み、一三〇〇年の時が流れ、今は幻想郷で暮らしている
 ここで、ようやく妹紅は安楽の暮らしと、宿敵を倒すという目的を得たのだった

 自分が抱えていた一〇〇〇年を超える孤独も、もはやどうでも良くなって来た
 今、自分が一人出ないと思えること…。自分の傍にいるのが宿敵の輝夜であったとしても、妹紅にとってはそれが大事なことだった

 そんな事を考えている間に時間は過ぎていく、ようやく民家らしきものもチラホラ見え始めた
 二人は道々にタラの芽やウド、フキなどの山菜をとってきた

 その辺の農家から鍋を借りて天麩羅にした。この時代の天麩羅は小麦粉ではなく米の粉を使った精進料理である

 腹ごしらえを済ませた二人は、そこから一気に南下した
 日が沈む頃には、二人は平安京の北門へ到着した






~???????~






『なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな』




「その歌は…」

 ふと、自分の友人が呟いた歌に幽々子は反応する
 幽々子は平安京の上空を、紫に腕を組まれる格好で飛んでいた
 人間である幽々子は、単独では空を飛べない

「そう、あなたのお父様の歌…。私が一番好きな歌よ」

 そう答えたのは、八雲紫だった
 小倉百人一首にも選ばれている、西行法師の歌である

「あなたは泣いてなどいないじゃない…。あなたが泣いている所など見たことがないわ…」

 幽々子が不思議そうに尋ねる
 紫は幻想郷においては妖怪の賢者とも呼ばれる存在だと知っている

 そうでなくとも、この飄々としてつかみ所のない妖怪が涙を歌ったこの歌を好むとは思えなかった

「ふふふ、そうね…」

 幽々子の質問には答えず、紫は笑っただけだった
 たとえ、親友の幽々子であったとしても、その真意はわからない

「紫様…」

 二人の後方に控えていた藍が、紫を呼び止めた

「あちらから、死の匂いが…」

 藍がその方向を示すと、二人はそちらに向かって方向を変えた
 


「もう終わりだ、もはや現世に我等の思いを遂げられる場所などないのだ…」

「私はどこへともついて行きます…、あなたとならば…」



 そこでは、二人の男女が暗い山道を手を取り合って登っていた
 男は衣冠を纏った高貴な姿をしているが、女はボロを纏ったみすぼらしい格好をしている

 年のころは、二人とも十代の終り頃であろうか…

 いかにも似つかわしくない取り合わせではあるが、その取り合った手は硬く結ばれ、決して離そうとしなかった

 二人は追っ手に追われていた。貴族の御曹司と、一介の農民の娘…

 またここにも、道ならぬ恋に落ちた男女の姿があった

「居たぞ!、こっちだ!」

「女は殺してもよいが、若君に傷つけるなよ!」

 男女はついに追っ手に見つかってしまった。手に手に武器を持った武士が二人を追う
 騎馬を駆るものもいる。このままでは、追いつかれるのも時間の問題だ

「もはやこれまでか…」

 男が観念したかのように崩れさる
 男は既に足に重傷を負っていたのだ

 このまま捕まれば、二人は二度と会うことすらできぬであろう
 そのような未来など、二人は望んでは居なかった

 自分が持っていた地位も名誉もいらぬ、全てを捨ててこの愛に懸けたのだから…

「君だけでも逃げてくれ…、このままでは君は殺される…」

 男はそういったが、女は聞かなかった

「イヤです。もはや私には帰る場所などないのです。このまま二人引き離されていくのなら、今ここで死んだほうがマシです」

 女はそう言って泣き崩れた
 しかし、このままでは二人とも追っ手に捕まってしまう…

「お困りかしら…?」

 その時、不意に二人の前に一人の女が舞い降りた
 西行寺幽々子、その人であるが、もちろん二人は幽々子の事など知らない

 突然、目の前に空から女が振ってきて、二人は腰も抜かさんばかりに驚いた

「ふふふ、驚かないで…。事情は全て分かっているわ」

 そういって、幽々子は二人の前に降り立った

「貴方達は道ならぬ恋に落ちて、ここまで逃げてきた…
 けれど、ここで追っ手に見つかり追い詰められた…。そうでしょう?」

「ど、どうしてそれを…!」

 そんなことは、状況を見ればすぐに分かりそうなものだが、二人はまるで全てを見透かされたかのように驚いた

「一つ、教えて貰いたいわ…
 そう、貴方達は、たとえ現世で結ばれなかったとしても、次に生まれ変わってもまた結ばれたいと思うかしら…?」

 幽々子が聞いた。二人は現世で結ばれるには身分が違いすぎた。しかし、幾星霜の後に万民平等の世界が来るかもしれない…
 その時、また二人は一つになりたいと…そう思うかと聞いた

「私は…、地位も名誉も、家名も家臣も何も要らぬのです…。父のように権力闘争に明け暮れ、人の心を失い、人を欺いて生きることに耐え切れないのです」

「たとえ、現世で一緒になれなくても、この世に二人の居場所がないのなら、黄泉の国に旅たち、そこで一緒になろうと決めたのです…」

 二人は澱みなく答えた。二人の答えは決まっていたのだ
 たとえ、この世に二人の居場所がなくなっても、どこまでも二人一緒に暮らすことを

「そう…、ならば一つ約束して…。貴方達が死んだ後、貴方達の骸は私が貰い受ける…
 その代わり、貴方達がこれからもずっと二人で一緒にいられるようにしてあげる…」

 幽々子がニッコリと微笑んで言った
 その顔は、まるで観自在菩薩の如く、この世で祝福されぬ二人に慈愛の笑みを与えてくれた

「さあ、約束するのなら私の手を握って…」

 幽々子の身体が、淡い光を放ち始める
 まるで、この世の光とは思えぬ…紫色の光であった

「あ、ああ…」

 二人は、固く手を握り合い、もう一方の手を幽々子に伸ばした
 このまま追っ手に捕まり、離れ離れになって別々に暮らすよりも、ここで死んでもずっと一緒に暮らせるほうがいい
 二人はそう思ったのだった

 二人の手が、幽々子の手を握る…



「仏説摩訶般若波羅蜜多心経…

 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是…
(智恵深き般若波羅蜜多を行じられ この世はすべて空なりと照見せられて一切の苦厄を度されし観世音菩薩はここに説き給う
 舎利子よ、色は空にして、空また色に異ならず、色は即ち空にして、空また即ち色ならむ 受想行識また同じ)」


 二人の手を取った幽々子は、般若心経を唱え始めた
 同時に、二人の心音が高くなっていく、二人は幽々子の手を離し、互いにきつく抱き合った

「舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼 耳 鼻 舌 身 意、無色 声 香 味 触 法
(舎利子よ 諸法は空にして 生じなければ滅ぶなく 垢つかざれば浄くなく 増えるなければ減るもなし 空の中にはこの故に、色もなければ受も想も 行もなければ識もなし 眼もなく耳も鼻もなし舌なし身なし心なし 色 声 香り味もなく 手触りもなく思いなし そこに働く識もなし)」

 幽々子の般若心経に合わせるかのように、二人の身体は抱き合ったまま幽々子と同じように光を放つ
 それは、冥土を現す紫の光であった。二人の魂はまさに、幽々子によって彼岸へ引き寄せられようとしていた

 幽々子の読経は続く。それを聞くたびに、二人の表情は穏やかになっていく
 心音の鼓動は、やがて小さくなっていく…、だが、二人が固く握り合ったその手は決して離れることは無い…

「故知 般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説 般若波羅蜜多呪
 即説呪曰 羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 般若心経
(この故 般若波羅蜜多は これ大いなる神呪なり これ大いなる明呪なり これぞ無上の呪にありて これぞ無比なる呪とぞ知る よく一切の苦をのぞき 真実にして偽らず 故に般若波羅蜜多の呪をここにこそ説き給う 即ち呪をば説きて曰う
 彼の岸へ 彼の岸へ行かむ 御仏の智恵の悟りの岸に幸あれ)」

 やがて、幽々子の読経が終わった頃には、二人の命はすでに消えていた
 まるで全てが満ち足りたような穏やかな顔で、二人は死んでいた

 これこそが、幽々子が持っている力『死を操る能力』である
 幽々子は、それが例えどんな物であっても、生きている限りその命をなんの抵抗も無く

 幽々子は一切の苦痛もなく、二人の命を奪ってしまったのだ

「ご苦労様…」

 空間に裂け目が生まれ、そこから八雲紫が出てきた

「さあ、藍。ボサッとしてないで、二人の遺骸を持ち帰るのよ」

「はい、紫様…」

 そういうと、スキマから現れた八雲紫の式、八雲藍は巨大な麻袋を開いた
 その中に、二人の固く抱き合った遺体を詰め込もうとする

 二人の遺骸は、引き離そうとしても外れなかった
 すでに死後硬直が始まっているのか…

「無理よ…、二人の思いが強ければ強いほど、遺骸に残る思いも大きい
 そのままの姿で運ぶのよ」

 紫が藍に指示を出す
 来世で結ばれることを信じ合って死んだ二人は、藍の力を持ってしても引き離すことはできない
 この姿のまま運ぶのは、かなりの重労働である…

「平家が倒れ…、奥州藤原氏も滅んだというのに、この世はなんと不条理なことが多いのでしょう」

 幽々子が言った。大和朝廷が生まれた頃から、日の本の国には身分が生まれ、自由な恋愛もできなくなった
 あれから何度も為政者は変わり、都も変遷したというのに、何ゆえにこのような不条理なことがなくならないのだろうか

「それは、人の持つ業と云うものだわ。幽々子」

 紫は淡々と答える。封建社会にとって、身分とは重要なものである
 それは、支配者側と被支配者側にとってお互いの安全を保証しあう為のものだからである

 相手に仕えることで、被支配者側は生活を保護され、有事の際には支配者側は被支配者に守ってもらう
 その関係を作るために、身分と云うものが必要になるのである

 その身分を超えることは、自らの身を危うくする行為なのである

「そう、あなたはいつも全てを見透かしたかのように答えるのね…」

 幽々子が少し悲しそうに言った
 幽々子とて、その程度の理屈が理解できない訳ではない
 だが、同時になぜ人はそうまでして苦しまなければならないのかとも思う

「ふ…、それはあなたが思いなやんでも仕方の無いことだわ
 あなたにできることは、ただその力で少しでも悩めるもののを苦しみから解き放つことだけ」

 紫の言葉に、幽々子は励まされたのかは分からないが、少し表情も明るくなった

「さあ、急ぎましょう。まだ夜が明けるまで時間がある」

 こうして、一向は再び死の匂いを探して飛び立った









~某時刻・白玉楼~







 夜も白ばみ、丑三つ時も過ぎたころ、優曇華は白玉楼の一室で眠れぬ夜を過ごしていた
 幽々子がいなくなってから、食事をし、特にすることもなく日を過ごし、温泉に入って食事をした

 永遠亭に居たころに比べれば、ほとんど夢のような時間でもある
 だが、それは決して安穏としたものではなかった

 色々と頭の中に疑問が湧いてくる

 一つは、幽々子の事
 彼女はもう二年近く一切の食事をしていないという
 彼女の身体は、枯れ木の如く痩せ細っていた。彼女は何の為に食事を断っているのか…

 二つは、八雲紫の事
 彼女はなぜ、幽々子に近づいたのか。そして、幽々子と共に何をしにいったのか…

 その二つが気になって、優曇華は眠れなかった
 襖を開け、厠へ向かう。用を足した優曇華は、妖忌の部屋の明りがついていることに気付いた
 優曇華の足は、自然と妖忌の部屋へと向かった

「まだ、起きてるんですか」

 妖忌の部屋に入ると、やはり妖忌は起きていた
 妖夢は寝ているが、姿勢を正したまま書を読んでいる

「主人が帰ってきておらぬのに、家人が寝てよい訳があるまい」

 幽々子が帰ってくるまで、妖忌は起きて待っているらしい
 それが忠節というものなのだろうか…

「一つ、聞いてもいいですか…?」

 優曇華が言った。どうせ自分も眠れぬのだと思い、自分の疑問を聞いてみる気になったのだ
 妖忌はなにも答えなかったが、優曇華はそれを了解と取った

「幽々子さんは、一体何をしにいかれたんですか?」

 まず一つ目の疑問だった
 昼前から出かけて、こんな時間までなにをしているのか?

「あの妖怪は、この世界とは違う世界の妖怪らしい
 幻想郷とかいうな…」

「幻想郷…」

 思わず、優曇華は声に出してしまった
 幻想郷のことなら、妖忌よりも自分の方が詳しいはずである

「そこには博麗大結界というものがあるらしい。そのお陰で、幻想郷の妖怪は人間を襲ってはならない…」

 それも優曇華は知っている。博麗の巫女を殺してしまうと結界は消滅してしまう
 そうなれば、幻想郷は終末を迎えてしまう
 ゆえに、幻想郷の妖怪は幻想郷の人間を襲えないのだ

「あの者は、こちらの世界に食料を求めてくるのだ
 こちらの人間を攫い、それこそ神隠しのように見せかけてな」

 それも聞いた事がある。優曇華は人間を食料にするタイプの妖怪ではなないが、幻想郷の妖怪には人間を食料にしている妖怪が多い
 そのために、紫は外の世界で生きている価値のない人間を連れ去り、食料を妖怪に提供しているのだと

 連れ去られるのは、主に自殺者など、この世で生きることに絶望したものだという

「それでも、なぜ幽々子さんを…」

 もうすでに答えは分かっていたが、優曇華は聞いた

「…幽々子様は、『死を操る力』を持っておる。そのためだろう」

 妖忌は淡々と答えた

 幽々子の『死を操る力』は、どんな生物にも効果がある力だ
 幽々子がいれば、その作業の効率は上がるだろう

 これで、疑問の一つは氷解した
 だが、疑問はもう一つある。だが、それは聞いてもよいことなのか、聞いても妖忌は答えてくれるのか

 優曇華は迷った。妖忌の性格からして、答えられないことは何があっても答えないだろう
 そもそも、妖忌が答えを知っているのかも分からないのだ

「あら、二人ともまだ起きてたの?」

 その時、部屋の外で声がしたかと思うと、そこには幽々子と紫、藍が帰ってきていた
 存外に明るい顔をしているが、相当に疲労が溜まっている様子が伺える

 血色がさらに悪くなり、まるで幽霊のような顔色になっている

 力を使い過ぎたのだろう、人の命を何の抵抗もなく奪う力
 それだけに消費する霊力も大きいのだ

「起きてたのなら丁度いいわ。すぐに支度して頂戴
 貴方達も見ていくでしょう…?」

 相当に疲労が溜まっているだろうに、幽々子は微笑んで見せた
 一体、何が始まるというのか…?

 半刻ほどすると、支度を整えた幽々子が入ってきた
 白い直垂に水干、立烏帽子に白鞘巻の刀を差している
 これは、この時代に流行った白拍子の姿である

 脇には、鼓を抱えた妖忌が控えている

 紫も藍も南庭に向かって腰掛けた。優曇華は二人と離れた場所に座る
 こんな時間に、こんな山奥の屋敷で白拍子の舞を舞おうと言うのか…

 まだ朝日の差す前、真っ暗な白玉楼の南庭に、静かに幽々子は進んでいく
 やがて庭の中央に幽々子がつくや、一斉に白玉楼の南庭に篝火が焚かれた


 鼓の甲高い音が、白玉楼の静寂を突き破る
 古風な音色にあわせて、幽々子の身体が動き出す





 しづやしづ しづのをだまき くり返し 


        昔を今に なすよしもがな




 鼓の音色がに操られるように、幽々子の身体は白玉楼を舞う
 南庭を取り囲む篝火の炎が、幽々子の舞いに合わせるかのように揺らめき、幽々子の舞いは一層に幻想的にその煌きを増す





 吉野山 峰の白雪 ふみわけて

          入りにし人の 跡ぞ恋しき





 この曲は聴いたことがある曲だった。確か、源九郎義経の愛妾であった静御前が、鶴岡八幡宮で舞った唄だ
 その動きは、華麗で優美だった。もはや、その程度の言葉では、幽々子の舞の素晴らしさを語ることもできぬ

 優曇華も、紫も、藍も、幽々子の舞に酔いしれ、言葉を失っていた

 幽々子の舞の美しさは、すでにこの世のものではなかった

 ひとしきり舞い終わると、幽々子は南庭を廻りながら袖を振った
 幽々子が袖を振るたびに、輝く小さな玉のようなものが飛び散り、桜の樹に吸い込まれていく
 白玉楼を埋め尽くすように植えられた桜の前で、幽々子はその肢体を踊らせ、その度に光が飛び散っていく

 優曇華の目に、知らず知らずのうちに涙がうかんでいた

 そうしているうちに、いつの間にか夜が明けようとしていた
 そして、その夜明けに呼応するように、白玉楼の桜の蕾が一斉に開花を始めた

「ああ!」

 優曇華が思わず声を挙げる
 東の山から上った太陽の光が、白玉楼の桜を照らす
 その光を受けて、一斉に開花した桜はまさに満艦飾の花化粧を輝かせる

 太陽の光を浴びながら、満艦飾の桜の海を舞う幽々子の姿は、さながら天女の如く
 そのまま昇天して天に上ったとしても、なんら不自然を感じなかった

「幽々子様がその力を使われるのは、この世を儚みこの世に居場所を亡くしたものだ
 決して現世で結ばれることがなかった者達の魂を、幽々子様は自らに取り込む
 そして、この白玉楼で舞を納め、その魂をこの桜達に解き放つのだ」

 いつの間にか、妖忌は演奏を終えていた
 まだ幽々子は舞い続けているが、それは音楽がなくとも途切れることはなかった

「幽々子様が集めた魂を取り込んで、白玉楼の桜は満開に咲く…
 現世で結ばれなかった者達の魂も、この白玉楼で桜の花に生まれ変わる
 そして、ここで永遠に二人一緒に過ごすのだ…」

 妖忌の説明を受けて、ようやく優曇華は自分が泣いていることに気付いた
 幽々子は自らの力で『死』を与えた者達の魂を白玉楼の桜として蘇らせ、二人に永遠の愛を与えるのだ

 幽々子の舞いは、現世で結ばれることのなかったもの達へ奉げられているのだ





「見事ね、いつもながら…」

 乾いた拍手が、夜明けの白玉楼に響いた
 八雲紫も、その幽々子の舞いを堪能していた

「ありがとう。紫」

 そういうと同時に、幽々子の身体がグラついた
 あれほど疲労した上で、あれほど激しく舞いを踊れば当然である

「幽々子様!」

 すぐに妖忌が駆け寄り、幽々子に肩を貸す

「大丈夫よ…、ありがとう妖忌…」

 そういうと、妖忌の肩を借りながら、幽々子は振り向いた
 その時、初めて優曇華は気付いた

 幽々子が振り返った先に、巨大な桜の樹が生えていた
 その幹の太さたるや、さながら巨人の足でも生えているかのように感じる

 黒々とした幹は、その桜の樹齢の高さを示すかのように黒く、そして逞しく根を張っている

 樹齢一〇〇〇年を超えるであろう、その巨木は、ただ見るだけではそれが樹であると分からぬほどに巨大であった

「あれほどの魂を奉げても、この樹はあの日が来るまで咲く事はないのね…」

 悲しそうに、恨めしげに、幽々子はその樹に向かって呟いた
 そうして、優曇華は思い出した

 かつて、白玉楼を訪れた際、その屋敷の庭にこの巨木があったことを
 そして、その巨木は決して咲く事がないのだと言われたことを…




 その桜の樹の名前は、『西行妖』…といった
ついに待望の紫様登場です。幻想郷最強妖怪と幽々子様はどうしてであったのか、そして、幽々子様は何故食事を断ってしまったのか。いろいろな謎を盛り込んで中編に入ります

作者独自の解釈が存在します
東方以外のパロディ・オマージュが存在します
書き方は気にしない

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ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1283702307&log=125
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