Coolier - 新生・東方創想話

もうすぐ秋ですね

2010/08/29 19:28:00
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夏も終わりに近づいた頃、ヤマメに昼食に誘われた。
特に断る理由も無かったのでついて行く事にした。

「で、何処行くのよ」
「ああ、釣瓶食堂だよ」
「ふーん、まぁ妥当かしらね」
釣瓶食堂は、値段は安く・量は多め・味は上の下と言ったところで、利用するには申し分無い。

「いやー、今日『通のお品書き』が追加されるって言うから楽しみでさ」
何か聞こえてはいけないものが聞こえた気がする。聞き間違いだ、そう、聞き間違いに違いない。



地底に住む者なら、ここで口にしてはいけない言葉と言うものを心得ている。
地霊殿の『古明地さとり』なんてその代表だ。
まぁあいつの場合、口にしたら後ろに立っていそうなんて理由が大きいが。

だが、そんなものは序の口に過ぎないと誰もが口を揃えて言うものがある。それが釣瓶食堂『通のお品書き』だ。
普通の料理は普通に美味いが、この『通のお品書き』だけは違う。
狂った真夏の太陽とでも言わんばかりに、独特の味が容赦なく食べる者に襲い掛かる。
抗えぬ暴威を以って、すべての味覚を破壊する程度の能力。
一度でもそれを口にしたものは、その名前を言われただけで他の食事すらも喉を通らなくなる。
通ではなく痛だろうと言っても、誰もが納得するだろう。



それほど忌避すべき名前。
いくら怖いもの知らずのヤマメでもそのくらいは心得ているだろう。いや、いて欲しい。
「今、何て?」
「だから、『通のお品書き』だよ、知ってるだろ」

あ、こいつそう言えば極度の味音痴だった。

「ごめん用事を思い出したわ、じゃ」
くるりと踵を返し、全力で逃げようとする。
「はっはっは、全くパルスィちゃんってば」
逃げようとした私はヤマメの糸で絡められてしまう。そのままヤマメは私を引きずり始めた。

「毎回毎回、何で私ってこう巻かれるのに縁が有るのかしら」
「その帯がいけないんじゃないかい?あーれーお助けーってさせたい気分になるしさ」
「そんな出来るほど長くないわよ、この帯」

「まぁ、気になるならさとりにでも相談してみたら?頑張って下さいねって見捨てそうだけど」
うわー、腹立たしいくらいにすんなり想像出来たわ。
見送りよろしく、笑顔でハンカチを振っているさとりが思い浮かぶ。
今度会ったら殴ってやろうか。何もしてないけど。



・・・



食堂に入ると中は狭いながらも割と賑わっており、鬼だの地霊殿のペットだのが昼食を取っていた。

席に着くとキスメが水を出してから注文を聞く。
「ご注文は?」
「この『通のお品書き』の新メニューってのを頂こうかな」

ヤマメがそう言った瞬間、周りがザワザワと騒がしくなる。
ある者は念仏を唱え始め、ある者はテーブルの下に潜ってガタガタと震えている。
中には「母ちゃん、ごめん、俺帰れそうに無いよ」なんて泣き出す奴まで居る。
多分こいつらは一度『通のお品書き』を味わってしまったクチだろう。

「お連れのお客様は」
なんて言いながら同じものを頼むよねって目でチラチラ見るのはやめてキスメ。私は違うから。
「あ、連れにも同じ、モゴ」
ヤマメが何か恐ろしい事を言おうとしていたので口を塞いで止めた。
「月見うどんで」

「はい、承りました」
キスメをがっかりさせてしまったが、ここで妥協するわけには行かない。
妥協したが最後、味覚の螺旋迷宮に囚われ、私の味覚は永遠にそこから抜け出せなくなる。何を言ってるんだ私は。

だが、たとえ私が食べなくても、目の前にいる奴が食べている間は近くに居なきゃいけない。
果たして私の味覚と嗅覚と、か細い精神は耐えられるだろうか。
まぁ、そのために早く来そうなのを頼んだし、なるべく先に食べてしまおう。



「お待ちどうさま、新メニューの『ザラメ入り生クリーム炒飯・川魚とヨモギ和え』です」
あれ、普通こんな手の込んだものより月見うどんの方が早くない?嫌がらせ?
「おお、来た来た」
ヤマメの前に置かれた炒飯と言う名前の付いた物体には、台状の炒飯の上に生クリームと味噌のホイップがたっぷりと掛けられて、さながらケーキのような形になっている。
炒飯と川魚を焼いた匂いと一緒に、ザラメと生クリームの甘い匂いが漂って来る。
「生クリームには川魚の内臓で取った出汁を混ぜて、炒めるのにもこの生クリームを使っています」
良いから、そんな誰も聞きたくない事言わなくて良いから。

「うーん、このヨモギと生クリームが味を引き立ててるね、川魚も生クリームに合うよ」
ひょい、ぱく。とヤマメは炒飯を美味しそうに食べている。
他の奴らもひょっとしたら、今度のは外れじゃないんじゃないかと言う気になったのか、俺も頼んでみようかななんて奴も居る。
ヤマメの味覚を信用するのだけはやめときなさい。

キスメがようやく私の月見うどんを持って来た。
「お待たせしました、月見うどんです。こちらの生クリームはサービスで」
「要らないからそんなサービス」
「美味しいと思いますよ?」
「要・ら・な・い・か・ら」
キスメは残念そうに生クリームをうどんに入れるのを諦めて厨房に戻って行った。

「いただきます」
月見うどんを食べている最中も、炒飯と川魚を焼いた匂いと、ザラメと生クリームの甘い匂いが嗅覚を襲う。
正直食べる前からお腹いっぱい。余りの匂いに少し涙が出ているような気がするが、気のせいだろう。



「ふー、食った食った」
ヤマメはあれを食べ終わり、爪楊枝をくわえてご満悦と言った様子だ。
「ご馳走様、うっぷ」
私もようやく月見うどんを食べ終わった。
「パルスィちゃんってば、食が細いね」
目の前であんなものを食べられたら細くもなるでしょうよ。

食べ終わった頃を見計らってキスメが尋ねて来た。
「どうでした?今回の料理」
「うーん、そうだね。良く素材同士が引き立てられてて美味しかったよ」
「そうですか、良かったです」
キスメの桶がくるくると回っていて嬉しそうだ。
「あー、でも一つ言うとそれぞれの味を調整するのに意識が行き過ぎて、いつもに比べて全体として味が大人しいかな」
「なるほど、もう少し素材の味を強くした方が良いかも知れませんね」
あれが大人しいと言うのなら私の食べた月見うどんはどうなるんだ。



・・・



「ありがとうございましたー」
支払いを済ませて食堂を出ると、一足速い秋を感じさせる風が吹いて来た。

「良い風」
その風はまるで全てを洗い流して、今まで立ち込めていたものを祓ってくれているようだった。
「おお、こりゃもうすぐ秋かね」
ヤマメもこの風に秋を感じているらしい。

「秋と言えば、食べ過ぎなきゃ良いんだけどね」
「あんたそう言えばよく食べるのに細いわね」
「妬ましいかい?その分運動してるからね」
腕を振って運動する仕草を見せた。

「パルスィちゃんもたまには運動とかしたらどうだい」
「面倒臭いわ」
「やれやれ。私に言わせりゃ、何も運動してないでその体型ってのが妬ましいんだけどね」
「嫉妬するって言うのはエネルギーを使うのよ」
「ふむ、そう言うもんかね」
ヤマメは人差し指を頬に当てながら目を上に向けて考え込んでいたが、まぁそう言うもんなんだろうと勝手に納得していた。
実際私の場合は妬むぞ、と意気込まないといけないのですごく疲れる。

「それじゃあよく食べた事だし、よく働くとしようかね」
「そうね、働くと良いわ。私は橋の上でのんびりするから」
暫くはあの匂いが尾を引きそうだし、今日はもうゆっくりしよう。

「それじゃあね」
ヤマメはついと糸を繰り、器用に空中を糸で移動しながらどこかへと消えて行った。
確かにあれだけ派手な移動の仕方なら痩せるかも知れない。



何日かして、あの日釣瓶食堂で食事をした奴らが何人か寝込んだと言う話を聞いた。
ヤマメが食堂に行く日と犠牲者が出る日って被っていないだろうかと考えたが、面倒なのですぐに考えるのをやめた。
予想が正しかったとして、ヤマメの食べている時の笑顔につられる奴は後を立たないだろうから。



-完-
もうすぐ秋ですね。食欲の秋です。

他人が食べている物は自分も食べたくなります。
しかもヤマメが笑顔で美味しそうに食べていると来たもんです。

それでは、ご注文をどうぞ。
猫額
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コメント



0.650簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
パルスィと同じ月見うどんで。
7.80名前が無い程度の能力削除
いくらヤマメちゃんの笑顔を見れたとしても、そんな食べ物と言うのが他の食べ物に失礼になりそうなものは食べられません
パルスィと同じ月見うどんで
8.90名前が無い程度の能力削除
確かにこれはひどいと言わざるを得ませんが、期待するような視線を避けられない
私はあえて人柱になりましょう、通のお品書きの新メニューをひとつ。
10.80名前が無い程度の能力削除
いやあやっぱここは、新メニューの……(絶句)パルスィと同じ月見うどんで。
12.80とーなす削除
ヤマメちゃんの笑顔はプライスレス!


>こちらの生クリームはサービスで

不意打ちで噴いたwwやめて!
16.無評価猫額削除
そんなわけでお待ちどうさまでした。

6. 7. >しかし点数からして80(ヤマ)メと言うのは出来すぎた偶然か。
月見うどん、お待たせしました。

8. >無茶しやがって・・・。
『ザラメ入り生クリーム炒飯・川魚とヨモギ和え』お待たせしました。

10. >ところで、ご一緒に生クリームはいかがですか?
月見叢雲うどん、なんて。

12. >プライスレス!
あの胡散臭い食べ物を食べさせるからには、きっとすごく良い笑顔で食べているんです。