Coolier - 新生・東方創想話

人間のような妖怪と妖怪のような人間

2010/08/23 13:55:52
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注意
このお話は拙作「大と並の境 4」の設定が含まれています。
読まなくても大丈夫なようにつくられてはいますが、もし気になるようでしたら、先にそちらを読まれることをお奨めします。















紅 美鈴

幻想郷の霧の湖の近くにそびえる悪魔の巣窟――紅魔館の門番をしている妖怪である。
中華風のスタイルで武術の達人として知られている彼女は西洋風の館にしては異色な存在である。
強さは接近戦なら並の妖怪をひきつけない腕前を持っている。加えて自信の能力――『気を使う程度の能力』を組み合わせれば鬼とも互角に戦えると言う噂だ。

そんな彼女は幻想郷の中でも屈指の長寿と強さをもち、『大妖怪』と位置づけられているが、意外にも彼女の素性は謎に包まれていた。
そこへメスを入れたのが稗田 阿求、射名丸 文、上白沢 慧音、藤原 妹紅の調査団である。
彼女たちは『幻想郷縁起』を改変するために美鈴の調査を行った。
そこで分かったことは彼女たちにとって驚きの連続であった。

先ず、美鈴は『空気の妖怪』であることだ。空気とはご存知、空中に浮いている見えないもののことだ。彼女はその空気を介して周りに様々な雰囲気や気配をつくる事が可能らしい。
例えば、『陽気』を出して相手に楽しい『雰囲気』を味わってもらうなどだ。

次に、彼女の主は紅魔館の主の友人、パチュリー=ノーレッジであることだ。外の世界にいた頃、パチュリーは当時、本に封印されていた美鈴を解放した。そして、自分の従者として契約した。
その際、彼女は美鈴の解放にあたって媒介にしたものが八色のベルであった。ちなみに八色とは無、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫である。

こうした歴史を持つ美鈴。現在彼女は門番として勤しんでいる。しかし、彼女は幻想郷ではあまりぱっとしない存在だと見られている。なぜなら、決闘の方法は弾幕ごっこが主流だからだ。彼女は決して弱いわけではないが、さほど強くはない。そのため、自分の手に負えない相手には負ける事がしばしある。
けれども、彼女はそれを悔しがることはないが反省もあまりしない。「まぁ、次頑張ってみますよ」というのが彼女の口癖だ。

また、サボり癖があるのも彼女の個性?だ。よく門から離れては湖で釣りをしたり、昼寝をしたりする。本人曰く「私は気配で監視してますから離れていても問題ありませんよ」とのこと。因みに彼女が常時把握できる範囲は二十メートルとのことだ。それが常習と化しているためか、主からのお咎めはあまりない。
しかし、これを良しとしない者がいる。






十六夜 咲夜
紅魔館のメイド長で内部のメイドを統率する人間である。生来、根が真面目なのか妥協というのを嫌っており、何事も完璧にこなす女性である。そのために、普段から気が抜けてて暇を見ては門から離れる美鈴が目に付いて仕方ないらしい。しかも、美鈴の気配に対する認識の範囲が広いというのも彼女には胡散臭くて仕方ないらしく、サボっている彼女に咲夜はよくお仕置きをする。

普段から気が緩んでいる美鈴と気が引き締まっている咲夜。正反対な性格の二人にスポットを当てたストーリーが今始まる。















人間のような妖怪と妖怪のような人間












季節は夏。
燦燦と降り注ぐ太陽の光が地面を照らし、暑さとまぶしさが天下を極める季節。
空気が重く、連日の暑さでまいるものは人間妖怪を問わない。
紅魔館の門番もその一人であった。

「………zzz………zzz……」
美鈴は日が当たらない木陰で気持ちよく昼寝をしている。本来、急な敵襲に備えるために、立って監視をするのが門番の務めなのだが、彼女にはそんな仕草が一つも見受けられない。
心構えがない。世の門番が見たら呆れて声も出ないだろう。

「………zzz………幸せです~………」
嬉しい夢でも見ているのだろう、顔にはにやけ面がありありと表れていた。今時刻はお昼を回った頃だが午前からこんな調子であった。

そこへ青空の一点になにやら汚れのような黒いものが突如現れた。それはみるみると大きくなってくる。
黒い塊は徐々に人の形になっていく。どうやらそれは紅魔館の招かれざるお客、霧雨 魔理沙の登場であった。
この暑い季節の中、魔女の代名詞とも言える服装で来た彼女は傍から見ていると暑苦しくて迷惑である。その少女は紅魔館に近づくとゆっくりと下降し、門のところへ歩く。すると、木陰で眠っている美鈴に気づき、そちらの方に歩みを変えた。

「おいおい。門番が寝てていいのかい」
流石に傍若無人を我で通す彼女もこれには呆れて、苦笑する。すると美鈴の足元の地面に何か書かれているのが見えた。

「ん?何々~……」

『シエスタ中。起こさないように』



魔理沙は開いた口がふさがらず、肩をすくめていた。
そこへ一人の門番隊の妖精が魔理沙に近づいていく。彼女は門番隊の副隊長でよく美鈴のサポートを買って出る。その彼女が魔理沙に近づき、軽く挨拶をした。

「こんにちは、魔理沙さん。隊長から手紙を預かっています」
「あ~ん、手紙?」
紅魔館で普段こういうやり取りがない為か、怪訝な顔つきをする魔理沙。そして、不思議そうに手紙を受け取る。四つ折にされたそれを開いてみると、

「魔理沙さんへ

 私はただいまシエスタ中です。何も邪魔をしないのでそのままお入り下さい。もしいつものように暴れるのであれば、それなりの処置をとらせてもらいます。

                                                           紅 美鈴

追伸:私事ですが自分の目標であった立ったまま二時間の監視ができました。しかも三日連続でですよ。でもその反動で今眠いので、起こさないで下さい。」




「………っ、な、なんだこりゃ~!?」
魔理沙にはこの手紙の言っている事が分からなかった。本来、彼女は排除すべき存在なのにそれをせず、ましてや通すといっているのだ。頭がついていかないのも仕方ない。おまけに、

「それになんだ!?このちっさい目標、マジなのかこいつ!?」
魔理沙は叫びながら件の人物に目を向けると、そこには幸せそうに眠っている門番がいる。

「まぁ、そういうことですので。どうぞ魔理沙さん、こちらへ」
「おい、お前もそれで良いのかよ……なんかおかしいぜ」
「貴方の言いたいことは分かりますが、隊長の命令ですからね」
「……はぁ~~~……調子狂うぜ…」
がっくりと肩を落としながら案内する妖精の後についていく魔理沙。腑に落ちないようでいる彼女の表情は憮然としている。
その顔を見られたくないのか自然と帽子を目深にかぶる。そのために彼女の視界には入らなかったが、木陰で眠っていた美鈴の肩がピクリと動いた。
そして彼女から耳を澄まさないと聞こえないくらい静かな鈴の音が一度鳴った。

「………むにゃ……橙色…陽気を………」













紅魔館に難なく入る事が出来た魔理沙と案内する妖精の目の前によく知る人物、十六夜 咲夜がふっと現れる。彼女を一瞥した咲夜は、深く大きなため息をつく。その理由が分かる魔理沙と妖精は思わず苦笑した。

「よう、メイド長。今日も侵入することが出来たぜ」
「侵入、ね……まあ、あながち間違ってないか。招かれざる招待客ですもんね」
「お前んとこの門番は許可してくれたぞ」
「ただ寝てただけでしょうが」
「い~や、手紙付だ」
そう言って魔理沙は咲夜に手紙を渡した。
中を開いてみてみると、プルプルと肩が震えだすのがよく分かる。そして目にも映らないような速さでそれをご自慢のナイフで切り刻んだ。

「ふざけてるわね、あの娘!一度お灸を据えなくてはいけないようね」
「ははは、それが良い。ぜひとも再教育ってやつをしてやってくれ」
底ぬけなく笑う魔理沙は入ってきたときとは違う表情をしている。陽気な表情をするそれは年齢通りの少女そのものだ。
それとは正反対に咲夜は顔を赤くしている。お冠状態の彼女は今から本当にお仕置きに行くのだろうと二人は思った。

「今日のところは見逃してあげるわ。パチュリー様には迷惑を掛けないようにね」
「おお、了解、了解。問題無しだぜ」
「……どうだか」
その言葉を最後に咲夜は二人の前から消え去る。時を止めて門のところに行ったのだろう。
魔理沙は図書館へ、案内役の妖精も元の仕事場へと戻ろうとする。挨拶をそこそこに二人は別れた。

















咲夜は門を抜け、左の方に目を向けると件の美鈴が欠伸をしながら背を伸ばしていた。
いかにも今寝起きです、と言わんばかりの緊張感の抜けた彼女の表情は咲夜の怒りに点いた火を炎に代える。つかつかと足早で彼女に近づく咲夜。それに気づいた美鈴は軽く挨拶をした。

「ああ、咲夜さん。たった今魔理沙さんが来ましたよ……おっと」
美鈴は魔理沙のことを告げ、起き上がろうとしたら突然ナイフを投げられた。
いつものことなので避ける事にはなれているが、やはり突然だと驚いてしまう彼女は、

「何するんですか、突然…もう少しで頭に当たるところでしたよ」
「黙りなさい!何が魔理沙が来ましたよ、なのよ。貴方、寝てたそうじゃない」
「ええ、寝てましたがそれが何か?」
「はあ!?ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
寝ていたことを認め、かついけしゃあしゃあと言う美鈴に咲夜は余計に声を荒げた。
咲夜がここまで怒ることは珍しいのか近くにいた門番隊が顔を二人の方に向ける。けれどとばっちりを喰らいたくないのか遠巻きで二人の様子を伺っていた。

「貴方、最近サボりすぎよ!いえ、最近じゃないわ……もっと前からそんな感じよ。なんでそんな風にいられるのかしら?」
「何でって言われましても……これが本来の私のやり方だからですよ。前までは特別。今は今です」
「なら、とっとと前の状態に戻りなさい!貴方がそんなんだと他の娘にも悪影響が及ぶわ」
「それはないですよ。みなさん優秀ですから、ね~♪」
美鈴は遠くで二人を見ていた門番隊に手を振る。どう対応すればよいのか分からない彼女たちは苦笑したり、手を振り返したりしていた。
しかし、咲夜が後ろを振り向きギロリと睨みをきかせると門番隊は直ぐに顔を引っ込める。

「………咲夜さん」
「何よ…」
さっきまで明るかった美鈴の声が急に静かになるものだから咲夜は驚く。顔を美鈴の方に戻すと真面目な表情がそこにいた。

「怖い顔はやめましょう」
「……私の勝手でしょ、そんなの」
「それはそうですが……でも、そんな風にしていると心が歪みますよ」
「…………」
「もっと気持ちを軽やかに……自然体にいきましょ、ね」
「だ、だ、誰のせいでこんな風になってるのよ!!!」
咲夜は言うと同時に美鈴の周りにナイフをオールレンジに展開する。逃げる隙間もない。

「……は?キャァアアアアア!!!」
無残に突き刺さる音と美鈴の声が周りに響く。門番隊の妖精たちは彼女の悲鳴が聞こえるも誰も助けない。助けに行けば自分がミイラになるのが目に見えているからだ。

「ふぅ~」
「あう~……酷いです……」
無数のナイフが突き刺さるも無事なところをみると、こいつもやっぱり妖怪なんだなと咲夜は思った。と同時に自然に出たため息も出る。分かっていることなのに、何で出たのか咲夜は分からないでいた。
美鈴の態度に対してか、妖怪と言う存在への嫉妬か、考え出してもきりがない。
答えが出ない問題は考えていても気持ちが悪くなるだけである。

「とにかく、この事はお嬢様に報告しておくからね。少しは反省しなさい」
そう言って咲夜はその場を後にする。
不自然に足早に去っていくその様は咲夜らしからぬと、美鈴は自分に刺さったナイフを抜きながら思った。

「まぁ、次頑張ってみますよ」
そこに反省の色はなかった。























人間が寝静まる頃にこの妖怪は目を覚ます。紅魔館の主、レミリア=スカーレットだ。
ベッドから起き上がり、眠そうな目をこすりながら着ていた寝巻きを脱ぐ。
寝巻きはネグリジェである。それを着る彼女は幼いながらも、大人の妖艶さを醸し出していた。

「失礼します。おはようございますお嬢様」
「う~ん、おはよう、咲夜。入っていいよ」
まだ完全に覚醒してないレミリアは欠伸をかみ殺しながら咲夜を招きいれた。
咲夜は一礼をしてからレミリアの着替えを手伝う。
いつもの格好に戻っても当分この状態が続くことを知っている咲夜は、部屋に持ってきたティーセットから紅茶の準備に取り掛かる。
部屋の中にほのかに紅茶とレモンの香が広がる。今日の最初の一杯はレモンティーから始まるようだ。

「どうぞ。熱いのでお気をつけ下さい」
「…ん」
手渡されたレモンティーを受け取り、熱いのに気をつけながら恐る恐る口につける。
レミリアはそれをゆっくりと嚥下していく。その様はまるで人間の少女そのものであったが、背中には人間とは違い吸血鬼の羽がある。それを見た咲夜は思わずため息をついた。

「うん?どうしたの咲夜?」
「あ、申し訳ありません」
「まぁ、別にいいけど珍しいわね。咲夜が私の目の前でため息をつくなんて」
レモンティーを飲んでいるうちに目が覚めてきたのか、レミリアの声に張りが出てきた。
珍しいものを見た彼女は咲夜に何があったのか訳を尋ねた。

「少々長くなっても宜しいでしょうか」
「ええ、構わないわ」
レミリアはこれから聞かされる話に興味が湧き、羽をパタパタと揺らす。

「美鈴のことですが、正直、彼女の対応には苛まれます。今日も魔理沙をあっさりと通すどころか眠っていました。門番としてあるまじき行為です」
「ふんふん。それで」
「注意をしに行くと、いつものようににやついているというか、屈託がないというかそんな顔をしているとどうも居心地が悪くなります」
「いつも通りね。で、何でため息ついたの?」
「……彼女は妖怪です。それでお嬢様の羽を見ていたら、ついあの娘のことを思い出してため息が出てしまいました」
咲夜は今日あった美鈴とのいざこざとため息をついた理由を話した。
レミリアの羽は吸血鬼―妖怪の象徴である。それが起因となり美鈴を思い出してしまったのだ。

レミリアはふと思った。
咲夜は普段、沈着冷静で瀟洒と完璧が相応しい人物である。しかし、今はそれとはかけ離れている。そこらにいる町娘のように怒っているし、何か憂いもある様な表情もする。良い意味で咲夜らしくない。瀟洒が欠けているように思えた。
そこで一つこんな質問を咲夜に投げかけた。

「ねぇ、咲夜。貴方はどうして美鈴のことになるとそんなに怒るのかしら?」
「えっ?」
二人の間に静寂な空間が形成された。

咲夜は他のメイド妖精が失敗をするとそれを注意する。何度も注意しても言うことを聞かないメイドたちにはお仕置きはするが、呆れるだけで怒ることはない。
最後にはお互い苦笑したりして終わるだけでそこにはわだかまりがなかった。

しかし、美鈴になると途端に機嫌が悪くなってしまう。あからさまに顔に表れており、隠そうとしない。
何故こうも違うのかレミリアや他の者にも不思議でならなかった。

「それは……」
どうやら咲夜本人にも分かっていないようだ。これを解決しないと先に進めない。『なあなあの関係』で終わってしまうとまた、ぶり返すと厄介だからだ。今のうちに根本を問いただしてしまおうと、レミリアはやけに張り切っていた。












「少し考えたのですが……」
「うん?」
暫くの間、咲夜は一人で考える時間を与えられた。レミリアは彼女が答えを出すのを珍しく辛抱強く待っていた。

「美鈴が妖怪で、私が人間だから不満なのだと思います」
「へぇ~。貴方は種族に不満があるのね。で、その意味は?」
「彼女は一言で言えば『人間くさい』妖怪です。愛嬌があって愛想が良く誰とでも親しくなれる。他の人にも気を配り、人間を襲うこともない。まるで人間です」
咲夜はまたため息をつく。してはいけないと先ほど彼女の中にあったにもかかわらず、またしてしまった。
自覚をしていないそのため息は彼女にとって深い悩みなのだろうとレミリアは思った。

「それに対し私は彼女とは『真逆』だと思います。自分で言うのもなんですが、容赦のなさや悪魔が蔓延る紅魔館を第一に考える性格。なにより霊夢たちに出会うまではここが私の世界でした。だから誰にも心から許せる存在はお嬢様を除いていませんでした」






「まるで私は『妖怪くさい』人間です」






この一言が言うのが辛かったのだろう。咲夜の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
人間なのに妖怪と言わざるを得ない自分が苦しい。人間らしい美鈴を見ているのが苦しい。
咲夜は『分かってしまった』。レミリアも『分かった』。




「私は美鈴に嫉妬しています」
咲夜はゆっくりと、心の中に溜まっていたもやもやな空気を言葉に乗せて発した。
あたりは静かである。外も無風なのか何も聞こえない。
レミリアはすっかり温くなってしまったレモンティーを一口含んで腕を組んだ。

確かに咲夜と美鈴は傍から見れば正反対の性格である。咲夜は『瀟洒と完璧』を振舞う『人間』で、美鈴は『愛嬌と緩い態度』を振舞う『妖怪』。
妖怪らしい人間の『白銀』と人間らしい妖怪の『真紅』。
場違いだとは思うがこのシンメトリーは美しいとレミリアは呟いた。

けれど彼女達は芯のところでは同じだとレミリアは考えていた。
それは『やるときにはやる』というところだ。
咲夜は言わなくても分かる。侵入者に対する容赦のなさは素晴らしいとレミリアは思っている。そして美鈴もその部分は負けていない。本当に紅魔館に対して害ある者が侵入すれば美鈴は全力でそれを阻止する。先の湖での妖怪鯨の異変のときもそうだった。

もし、咲夜が美鈴の芯の部分での性格を知らないで悩んでいたらどうだろうか。
そして本当の意味での紅 美鈴という存在を知ったとき咲夜はどんな顔をするだろうか。
色々と邪な考えが浮かび上がったレミリアは自然と笑みがこぼれる。

「フフッ………」
「お嬢様?」
訝しげな表情をする咲夜に目をくれることなく、レミリアは邪な考えを構成していく。

「咲夜」
「はい、お嬢様」
「もし、そんなに美鈴の態度が気に入らないのなら勝負をしてみたらどう?」
「勝負ですか?」
咲夜は少し驚きながらも主の言葉を待っていた。

「そうよ。美鈴と勝負して勝った者が負けたものに命令が出来る特典をつけるのよ。そして貴方が勝って美鈴の態度を改めさせればいいわ」
「しかし、美鈴はその勝負にのるでしょうか?」
「さぁ…でも、特典は魅力的でしょ。だから当たりはあると思うけど」
「確かに」
咲夜はしばし考え込む。その勝負をするにメリットはあるが、果たして上手くいくかどうかが疑問だからだ。

「咲夜。私に任せなさい。貴方はただ勝つことだけを考えておきなさい」
「…!分かりました!」
咲夜はレミリアの言葉を聞いて疑問を頭の中から消した。
そして咲夜は美鈴に勝つことだけを集中し、一礼をしてからその場を去った。


「さて、どうやって説得しようかしら?」
レミリアは誰もいない自分の部屋で独り言を呟く。長い付き合いとは言え、美鈴は扱いにくいと言うのは彼女の本音であった。

「ま、美鈴のところに行く道中で考えれば良いか」
ギシッと鳴るベッドからレミリアは立ち上がる。レモンティーを最後まで飲みほし、カップを傍のテーブルにおいてから部屋を後にした。

















「入るわよ、美鈴」
「どうぞ~」
レミリアはノックをして美鈴の部屋に入った。
すると部屋の中には頭と足の位置が逆の彼女がいた。

「相変らず、人間離れなことをしてるわね」
「ええ、これでも妖怪なもんですから」
下から聞こえてくる美鈴の声はレミリアには奇妙に感じる。
なぜなら、今美鈴はトレーニング中なのか倒立の状態で話しているからだ。それならある程度の人間にも出来るが、問題はその支えている手である。腕一本な上に人差し指だけで支えていた。
流石にこれにはレミリアも驚いていた。

「ちょっと話があるんだけど、良いかしら?」
「このままでよければ伺いますよ」
「結構よ」
レミリアは近くにあった椅子に腰掛ける。美鈴は倒立の状態から一歩も動かない。

「突然だけど、明日咲夜と勝負しなさい」
「勝負ですか…理由は?」
「咲夜が貴方と闘いたがっているからよ」
これはレミリアの嘘である。

「咲夜さんが?……折角ですけどお断りします」
「あら、どうして?」
「明日はシフトが入っていますからね。他の娘に迷惑は掛けたくないんですよ」
「シフトね……どうせ、寝てそれで終わりと言うのが目に浮かぶのだけど気のせいかしら」
「ははっ、確かに」
そう言って美鈴は倒立をやめた。ベッドにおいてあったタオルを取り、顔や腕に浮かび上がった汗をふき取る。よく見ると彼女の周りには湯気が立っていた。

「長い間訓練してたのね」
「そうですね…夕食を終えた後、直ぐに取り掛かったからかれこれ5時間近くでしょうか」
「まさに化け物ね」
「お褒めに預かり光栄です」
屈託のない笑顔が美鈴の顔に浮かぶ。美しさと可愛らしさの二つが包まれた笑顔であった。
何度これを見ても飽きないと感じるレミリアであった。

「その笑顔を見ていると、貴方ってまるで人間みたいね」
「私もそう思います……」
ぎしっと音を立ててベッドに座る美鈴。けれど何か気に障ったのだろうか。先ほどとは違い、なにか沈んでいるような笑顔に変わっていた。

「何か悩みがあるのかしら?」
「ええ。実は、咲夜さんのことについてです」
「へぇ~」
まさか美鈴も咲夜のことで悩んでいるとは思わなかったレミリアは思わず前のめりになる。

「ときどき咲夜さんが疎ましく感じるんですよ。失礼で言わしてもらうんですが、咲夜さんはまるで『妖怪』のような空気を纏っているんですよ。自分を律しようとする姿勢を見ていると余計に感じますね。けど私はそうする事が出来ない。だから下手に出る。まるで妖怪の私が『人間』っぽいですよ」
自虐的に笑っている美鈴。彼女もまた咲夜と同様の悩みを持っていた。
けれど沈む美鈴とは対照的に、レミリアはこの話に驚きと面白さを感じ、笑いを必死で堪えていた。
口元に手を当て顔を紅潮しながらいるその様は愉快さを雄弁している。

(ま、まさか当人たちが知らないところでこんな面白い事があるなんて!!!ああ、私って本当に運命の申し子なのね)
まったく関係のない自分がこんな過程を見れるとは思わなかったレミリアは思わず自画自賛をしてしまう。



滑稽
その一言で集約されそうな今回の運命に気分が乗るレミリア。

「だったら、余計に今回の勝負に乗るべきだわ」
「どうしてですか?」
「実は今回の勝負は特典があってね。勝った者が一つだけ、敗者に命令が出来るのよ」
「ほほう」
特典という言葉にくいつく美鈴は続きを促していた。

「貴方はそこで咲夜にこう言えばいいのよ。『もっと人間らしくしろ』と」
「なるほど、それは妙案ですね」
「でしょ?そうすれば貴方は咲夜を見て苛まれることもなくなるわ」
「いいですね、それ。分かりました、その勝負受けて立ちます」
意気軒昂と気分が高まる美鈴を見て、レミリアは約束を反故にすることはないだろうと満足していた。
また、もっと説得に時間が掛かるであろうと思っていたレミリアは、とんとん拍子に話が進むことにも満足していた。
レミリアは美鈴に挨拶をしてその場を後にした。

自分の部屋に帰る道中、咲夜と美鈴のやり取りを思い出し、笑いながら飛んでいくレミリアを見て、夜勤の門番隊や館内のメイドたちは気味の悪そうに主に向かって指を刺しながら呟いていたのは余談である。

















翌朝
レミリアの提案により、美鈴と咲夜が勝負をする日がやってきた。
本来、日光に弱いレミリアは朝になると眠ってしまうのだが、久しぶりの二人の勝負ということもあり、興奮して目が冴えている。それはレミリアの隣に座っている、彼女の妹――フランドール=スカーレットも同様であった。
前もってイベントがあると聞かされていた門番隊は朝の早くから主たちが座って楽しめるように、紅魔館前の広場に特設会場を作らされていた。

「で、私はこんな事があるなんて聞いてなかったんだけど」
「だから悪かったって言ってるじゃない。いい加減機嫌直してよ、パチェ」
フランと挟むようにレミリアの隣に座る主の友人――パチュリー=ノーレッジは朝から不機嫌顔のまま本に目を向けていた。

パチュリーは美鈴の主と言うこともあり、普段こういうイベントがある時はいかにレミリアといえど一度パチュリーに話しをしてから美鈴を借りると言うのが慣例になっている。
しかし、今回はレミリアの楽しさが先行してしまい、パチュリーに話すのをすっかり忘れていたのだ。お陰で今日のパチュリーは普段以上に機嫌が悪い。彼女の後ろに控える小悪魔もレミリアと一緒に主を宥めるのに必死だ。

さて、ところ代わって今回の当人たちである美鈴と咲夜の方はお互い一言も口を交わさず、ただじっと相手の目を見据えていた。
沈黙を通している二人に観客の妖精たちも言葉が出ないでいる。特にいつもなら砕けた調子で話しかけてくる美鈴が、沈黙の状態でいる。そのことに違和感と威圧感を読んだ妖精たちは驚きを隠せないでいた。

「…………」
「…………」
いつでも掛かって来いとお互い目で言っていた。




「ああ、もういい!とりあえず始めるわよ」
説得が難航し、ついに痺れを切らしたレミリアは打ち切った。
そのことに別段腹を立てることもなくパチュリーはまだ本に目を向けている。

「二人とも準備はいいわね」
「「はい」」
「宜しい。では宣言するわね」
レミリアはその場に立ち上がる。そして勝負の流れを予想する。
お互い手の内を知っている同士である。先ずは様子見から入り、暫くこう着状態が続く。そして、流れを変えるために戦法を状況に合わせて変えていくだろう。
レミリアはお互いの『切り札』が勝負の鍵となると予想していた。


「………始め!!!」
火蓋が切って落とされた。レミリアは椅子に座ろうと腰をかがめたとき自分の目を疑った。
美鈴と咲夜の手に握られているのは一枚のカード――スペルカードだ。

「傷魂『ソウルスカルプチュア』」
「『飛花落葉』」
一瞬のうちにお互いの体が触れ合うところまで接近し、業を繰り広げる。二人が使ったスペルカードは間違いなく『切り札中の切り札』である。それを惜しみもなく初っ端から使ったのだ。

咲夜は目を緋色に染め、自分の身体能力を極限にまで振り切り、両手に持っていたナイフで無数に切り刻む。目にも止まらない速さで繰り広げられる斬撃は美鈴の体を容赦なく切り刻んだ。
美鈴のほうも体を切り刻まれながらも、足に集約された気を練りに練り上げる。そしてこちらも目に止まらない速さで繰り出された一撃は防御が甘くなっていた咲夜の腹を的確に打ち抜いた。

「あぐあっ!?」
「げふっ!?」
大量に体のいたるところから血を吹き上げ、その場に膝を落とす美鈴と向こう二十メートルほど吹き飛ばされ、仰向けに倒れる咲夜。お互いピクリとも体を動かさないでいた。
この展開を予想していなかったレミリアは開いた口がふさがらないでいる。よく見ると隣にいたパチュリーやフラン、周りの妖精たちも同じであった。

「………えっと……もしかして、これで終わり……かしら?」
「当たり前じゃない!こあ、直ぐに美鈴と咲夜の治療に当たるわよ」
「は、はい!」
呆然とするレミリアにパチュリーは声を荒げる。自分の大事な部下が殺されかけたのだ、気が動転しても仕方ない。
小悪魔は咲夜のほうへ、パチュリーは美鈴のほうへ向かおうとした。




夕立と言うものを知っているだろうか。
夏の暑い日に夕方になって突然、さっと降る雨のことである。それは不定期で天気予報士にも場所や時間はつかみにくいという。
つまり突然発生するものである。

美鈴と咲夜はそれを体で表していた。
動かない状態でいたはずの二人が突然立ち上がり、また接近して闘いを再開した。
咲夜はナイフで的確に急所を狙うように突きを連射する。対する美鈴はそれを上手く手で捌きながら拳を打っていた。

咲夜は接近戦に分を悪く感じ、距離を開け何本もナイフを投げる。
美鈴はジャンプでかわしながら、尚襲ってくるナイフを足で捌く。器用にも空中で体勢を整えると、咲夜めがけて踏みつける。
危険を察知した咲夜は一瞬の判断で回避に移す。美鈴は誰もいない地面に足を突っ込んだ。
ズドンという大砲でも撃ったような衝撃音とそれを避けた咲夜はぞっとした。美鈴の周りには地面が隆起していた。踏み付けの威力を物語っていた。

美鈴は隆起した地面を蹴りつけて、まるで銃弾のように咲夜の方へ岩を放つ。
咲夜はそれを難なくナイフで切り落としては、礫さえも当たらないように避けていた。
そして、また二人の手にはスペルカードが握られる。

「メイド秘技『殺人ドール』」
「華符『彩光蓮華掌』」
今度は弾幕での応酬であった。
先ほどまではどちらかと言えば体術を駆使した展開であったが、今度はやっと幻想郷らしい闘いである。けれどその弾幕でさえも異質なように感じた。

ナイフと気の塊が丁度彼女たちの中間でぶつかり合う。
互角、接戦
お互いの実力が拮抗していることを如実に表していた。
そんなガチで衝撃音しか聞こえないこの空間に一つの、比較的鈍い鈴音が響いた。
紅魔館に住むものなら誰もが知っている。美鈴が鳴らしているのだ。
しかし、何故こんな音を鳴らすのかあまり知られていない。知っているのは主のパチュリーと美鈴の友人であるスキマ妖怪、八雲 紫ぐらいだ。
今この場にいるのは主のパチュリーだけである。そして、その音を知っている彼女の顔は青ざめていた。

「この音!?まさか、紫の音色!?冗談じゃないわ!!!」
「ちょっ、ちょっと待ってパチュリー!?一体どうしたのよ?」
「レミィ、お願い!今すぐ美鈴を止めて!」
突然慌てだす友人にレミリアはえ、え、と困惑している。フランもこんなパチュリーをみたのが珍しいのか、驚いている。

「危険よ!このままだったら美鈴が咲夜を殺しかねない」
「…!どういう意味かしら」
「……一応、美鈴のことだから深くは喋れないんだけど、彼女の体を構成しているのは、私の家にあった八つのベルだっていうのは覚えているかしら?」
「ええ、確か無、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫だったかしら」
「その通りよ。それでね、それぞれの色には役割があるのよ。橙は『陽気』を、赤は『怒気』をね。今回鳴らしているのは一番鈍い音である、紫のベル。それが司るのは『狂気』よ」
「…!」
レミリアはまた新しく美鈴の秘密を知った。
今まで聞かされていなかったことを思うとよほどトップシークレットなのだろう。そして、今それを聞かされたのは、だいぶ切羽詰っているのだと確信するレミリア。

レミリアは闘っている二人の方に振り向く。尚応酬が続いているが、二つ三つと鈴が鳴るにつれて、徐々に咲夜が押されているのがありありと見えた。

鳴り響く鈴の音。
パチュリーの言う事が本当なら、拙いと感じるレミリア。会場から離れ、美鈴を止めようと立ち上がろうとすると、

「待ってください!!!」
「!?」
美鈴が静止をかける。
彼女は視線を咲夜に向け、手を動かしながら言葉を続ける。

「私はまだ大丈夫です。まだ完全に狂気に包まれていません。咲夜さんを殺すつもりもありません。だから、続けさせてください!」
「…っ!?だったらその鈴の音を止めなさい」
「それは出来ません!」
レミリアの言葉を拒絶する美鈴。
部下に断られたことに、憤慨しそうになるも理性がブレーキを掛けてくれる。

「咲夜さんは強いです。この鈴を鳴らさないといけないほど強いです。私は今、この瞬間を謳歌しています。楽しんでいます。だから止めないで下さい」






「我が紅魔の主、そして真の主よ」








レミリアは立ちすくんだまま何も喋れないままでいた。目の前では大切の従者と門番がまだ闘っている。
最初は咲夜のために場を設けただけであった。それが途中から自分の楽しさに代わっていた。そして、今は二人が命を削りあって闘っている。

失敗
こんなことになるとは思わなかった。ガチでやりあうとは思わなかった。咲夜の芸術を極めたような弾幕と美鈴の絢爛さが冴えるいつもの弾幕ごっこで終わると思った。
そこに期待とは違った展開に打ちのめされているレミリアのスカートを引っ張る者がいた。

「レミィ…」
「……何?」
「ごめんなさい。やっぱりこのまま続けさせて」
「………」
「咲夜が危なくなったとき、私が全力で守るわ。だから、ね」
静かに、はっきりと助けることを約束するパチュリー。スカートを握っている彼女の掌からもその意思が伝わってくる。

「しかし…」
「大丈夫だよ、お姉さま」
「フラン…?」
今まで何も言葉を発さなかったフランがレミリアに声を掛ける。

「めーりんはまだ大丈夫だよ。完全に狂気に侵されていないから。私、こういうことには敏感だから、ね」
たまに狂気に支配されるフランには美鈴はまだ余裕があることを肌で感じていた。
それを伝えようとフランもまた姉のスカートを掴む。

「…………」
二人に説得されるもまだ自信をもてないでいるレミリアは咲夜のほうに目を向ける。するとタイミングを見計らったかのように彼女の方も目を向けていた。

コクリ
力強く頷く咲夜。
まるで心配ないと言わんばかりに目で主に訴える。
このやり取りは一瞬であったが、二人には何時間にも感じた。

「ったく。何が大丈夫なのよ。美鈴相手に押されている余裕があるのなら、頷く前に手を打ちなさいよ」
そう言って呆れながら、レミリアはその場に座る。これは即ち続行の証であった。

「ありがとう。レミィ」
「勘違いしないで頂戴。この勝負は最初から咲夜が勝つことが決まっていたの。今立ち止まっていたのはそんな咲夜を相手に美鈴のことを心配してただけなんだから」
「ふふふ、それもそうね」
「全く。本当にあいつって扱いにくいんだから。誰かさんと同じで」
「ええ。それがあの娘の良い所なんだから」
美鈴に対し悪態をつく紅魔の主と賞賛する真の主。
二人は腰を下ろし、覚悟を決めながら観客に戻った。


















咲夜は恐怖を感じていた。
一度目の鈴が鳴ったときにはすでに美鈴に対する異変を感じていた。
咲夜はその音が鳴るにつれて、彼女の力強さを感じ、同時に自分の心臓がきゅっと締め付けられるように感じた。

(ああ、これが本来の美鈴なのだろう)
人間くささがあった彼女は今微塵にも感じられない。
怖い、怖い、怖くて怖くて足が震える。
気を少しでも緩めると涙も出そうなくらい恐怖を感じる咲夜。
初めて妖怪の美鈴と対峙して口の中がからからに乾く。つばを飲み込むのが億劫に感じた。

けれどどんなに恐怖を感じても引くことは許されない。
レミリアに誓ったのだから

「私は…絶対に負けない!!!」
その言葉と同時に二人のスペルが解除された。

「三つ目!空虚『インフレーションスクウェア』」
咲夜は時間を止めながら美鈴の周りに無数のナイフ配置するために失踪する。
絶対に避けれないようにあらゆる角度に対処して配置されたナイフはもはや『ごっこ』遊びを通り越していた。
いや、最初から彼女たちにはそんな気持ちなんてなかった。
朝、二人が広場に対峙したとき美鈴の目を見て気づいた。

(本気で来るって事が)
その本気がまさかこれほどとは思っていなかった。
咲夜の中にあった美鈴はどこまで言っても『人間くさい』妖怪の美鈴である。そんな美鈴がどこまで気持ちを延長し、本気にたどり着いたとしても、負けるはずがないと感じていたし、自信もあった。
それが今やその気持ちは180度変わっていた。

『妖怪』紅 美鈴
彼女を見ていると、逆に自分はどこまで言っても『人間』十六夜 咲夜なのだと思い知らされた。

(うぬぼれていたってわけね)
だからこそこの恐怖を凌駕し、自分を高めたい。それがレミリアに対する頷きだった。

「時は動き出す。避けれるものなら避けてみなさい!妖怪、紅 美鈴!!!」












(五、四…)
美鈴は狂気に侵されながらも意思を繋ぎとめながら、二つ目のスペルが解除される時間を計っていた。

狂気に侵されることでメリットとデメリットがある。
メリットとしては気分が昂揚し恐怖を感じなくなる。
妖怪、人間問わずどんな攻撃にも危ないと思ったら、恐怖を感じ、足がすくむ事がある。そういうときにこれは役に立つ。いわゆる狂気は一種の麻薬であった。
二つ目には、自信の潜在能力を高めてくれることだ。お陰で今、美鈴は咲夜のスペルを押し返せている。

しかし、それ以上にデメリットが大きい。
これを使うことで心が磨り減り、自身の考えた行動とは違う行動をとってしまう事がある。
いわゆる暴走状態に走ってしまうことだ。
それは美鈴としては避けたいことなので今回は狂気を出来るだけ少なくしている。

(とは言え、かなり厄介ですね)
美鈴は咲夜に対して呆れていた。
向こうには自分が変化していることを気づいていると確信していた。その証拠に咲夜の足が小刻みに震えているのがよく見える。
だからそのうち攻撃を緩めるだろうと思っていた。
そうすれば、美鈴側としてもすぐに狂気を捨てるつもりであった。
けれどそうはいかなかった。

咲夜は寧ろそれ以上にナイフの数を増やしてきた。
これには美鈴も驚き、結果として狂気を強めるしかなかった。

(そんなに泣きそうなくらい怖がってるのに、なんで攻撃を緩めないのよ!)
半ば苛つきながら攻撃する美鈴。
狂気に支配されたくない、けれど使わずにいられない。
その気持ちに板ばさみになっている美鈴の精神はだいぶ疲弊していた。

(あと少し、あと少しだけ)
弱っている自分を叱咤しながら、タイミングよく二枚目から三枚目のスペルカードに移す。
接近して一気にしとめてしまおう。

(三、二、一、零!)
その気持ちを拳に秘め、駆け出そうとしたとき空間に違和感を感じた。

「時間……止めましたね」
そこには恐怖を押し殺しながらニヤリと笑う咲夜と、数えるのが面倒になるくらいのナイフが美鈴の命を狙っていた。

「宣言!虹符『彩虹の風鈴』。人間、十六夜 咲夜!貴様の全てを喰らってやる!!!」




















銀のナイフと七色の気弾。
それらがぶつかり合い、相殺しまた相殺する。そんな単調な繰り返しが最高に美しく思えた。
ああ、自分は止めなくてよかったんだなと心の中でほっとする吸血鬼の姫。
自分の従者が我を通してまで戦う姿に誇りを感じる魔女。
同じ主を持ちながらも、自分には出来ない演舞をする美鈴に羨望するもう一人の従者。
ただただ見とれるばかりで呆然としている妹姫。
皆が違った感想を持ちながら、まだ終わって欲しくないでと思っているのは同じだった。




十、百あるいは千
大げさかもしれないが美鈴が自分の周りに展開されたナイフの弾幕を相殺した数である。とてつもない膨大な数を自分に当たりそうなものから瞬時に判断し、気弾で落とす。
相殺するのは簡単だが、判断するのが厳しかった。

一度でも喰らってしまうと立て続けに喰らうのは承知している。だからこそ長期戦覚悟で最小限の行動で闘っている。力を使いすぎると次の行動にタイムラグが生じるからだ。

(先ずは耐えるんだ)

咲夜のほうも時間を止めては叩き落されたナイフを拾い、設置する。
それの繰り返しが咲夜の精神をすり減らしていた。

(つ、次はここに!つぅ~頭が痛い)
がんがんと頭が響く。二日酔いにも似た気分を味わう咲夜の顔には苦渋が表れている。
頭を攻撃されたわけではない。能力の使いすぎによる痛みであった。
 
(しょ、勝負を掛けないと)
このままジリ貧で攻めればいずれ負けが見えてくる。
ならばここは危険を承知で挑もうと、咲夜は両手にナイフを構え時間を止めながら美鈴に接近した。

そして時は動き出す。

急に時が止まったことを感じた美鈴はまた迫り来るナイフを叩き落すために周りを一瞬で把握する。すると背後には咲夜が自分の首をかききろうと迫ってきたのが見えた。

「ちぃっ!」
「その首貰った!」
ガード?いや回避?その一瞬の間に悩みが割り込んだためにどちらの動作も間に合わなくなっていた。

ナイフが的確に美鈴の首を狙っていた。
思わず美鈴は右の目を瞑ってしまう。そして左も閉じようとしたそのとき、チャンスが舞い降りた。

「う、うわぁぁああああああ!!!!」
咲夜の頭に稲妻が走った。その痛みに悲鳴を上げナイフを落としてしまう。
実際、それほど痛みはなかったのだが急の痛みで驚いたために悲鳴を上げたのであった。
美鈴の足元には蹲る咲夜と握られていたナイフ。
苦しむ咲夜に、

「…ごめんなさい、咲夜さん」
美鈴は下に蹲った咲夜に手とうを振り下ろす。
咲夜はあっ、と言葉を洩らしながら意識を手放した。

美鈴は周りを見渡す。
どうやら咲夜の意識がなくなったと同時に無数にあったナイフも意識を手放したようにその場に転がっていた。
息を吸い込み大きく吐き出す。
美鈴は狂気に支配されていないことを確認してから咲夜を抱え上げ、主たちのもとへ駆け寄っていった。





















「う、う~ん……っつう………」
咲夜は頭の中に走る痛みで目が覚めた。
首をゆっくりと左右に動かす。どうやら自分の部屋に運び込まれたようだと気づいた。

「目が覚めて何よりです」
「美鈴……」
起き上がってみると部屋の入り口に美鈴が立っていた。
彼女は咲夜の方に近づき、ベッドに腰掛ける。

「無事でよかったですね」
「む~~…や、やめなさい」
咲夜のほっぺをむにむにと片手で引っ張る美鈴。彼女の手をどけようとするも自分の体が言うこと聞かないことに気がつく。

「体が、動かない!?」
「ああ、今は安静にしていてください。どうやら咲夜さんの体は思った以上にダメージが溜まっていて、そこらじゅうが悲鳴を上げているんですよ」
「だから体が動かないっていうの?不便よね」
「ふふっ、だって咲夜さんは人間ですから」
「人間…か………」
咲夜はその言葉でレミリアとの悩みや美鈴との戦いでの自分を思い出していた。
咲夜はあのときほど自分が人間だと感じたことはなかった。
美鈴は私を人間だと言った。本当に人間だろうか……

「本当に……………人間だと……思う?」
「ええ、人間ですよ。だって咲夜さん、戦闘中にもかかわらず泣いていたじゃないですか?」
「だ、誰が泣いていたって言うのよ!私泣いてなんかいないわ」
あわてながら必死に取り繕う咲夜。
その姿が普段、瀟洒に振舞う彼女とは違う姿に美鈴は可笑しくなって笑い出す。
確かに咲夜は泣いてはいなかったが美鈴には泣いていたように感じた。
なぜなら彼女は気を読み取るのを得意とする妖怪だからだ。

「あ~…笑わせてもらいました。良いですね、こんな咲夜さんが見れただけでも勝負した甲斐がありました」
「く~~……」
咲夜は恥ずかしくなり、布団の中にもぐる。自分の顔を触ってみるとまだ熱を帯びていた。
美鈴は布団の中にいる人型をじっと見ていたが、それも飽きたのか彼女は布団に包まる咲夜に抱きついた。

「あ~、もう咲夜さんてなんて可愛いんでしょうか!このまま食べちゃいたいくらいです」
「ぎゃあああ!?離せ、離しなさ~い!!!」
「んふふふふふ」
じたばたともがく咲夜とそれを笑いながら離すまいと抑え付ける美鈴。
お互い人間、或いは妖怪だったらいつまでも続いたかもしれないが、二人はそうではない。
次第に人間である咲夜の抵抗が弱まってきた。

「め、美鈴……く、く、苦しい…わ……」
「おっと、失礼」
美鈴は慌てて布団を取り払う。やっと息をまともに吸うことが出来た咲夜はぜ~ぜ~と呼吸をしている。

「ふぅ~………美鈴、私怪我人なのよ。分かってやってるんでしょうね」
「ええ、もちろん分かってますよ。だって、咲夜さんはどこまで言っても人間ですから」
「……ねえ、さっきも聞いたけど…本当にそう思う?」
「そうですね………正直、最初はそう思いませんでしたけど、今はそれがしっくりきていますね」
美鈴は穏やかな顔つきで咲夜の頭に手をのせる。子供を宥めるようにゆっくりと動かすその手つきはまるで母親のようだ。
咲夜は恥ずかしがりながらも気持ちよさそうにその手に温かみを覚える。

「そして、私はどこまで言っても妖怪なんだと思いました」
「そうね。貴方と闘ってみて命がいくつあって足りないという事が実感できたわ。これからはそんな気概で仕事に取り組んで欲しいわ」
「ははっ……努力してみる方向で考えて見ます」
痛いところを突かれた美鈴の口元には苦笑いがにじみ出ていた。
まだ疲れが取れていない咲夜は自分の頭の上に置かれた美鈴の手をやさしく取り払い、顔を美鈴の胸に埋める。
そして驚きながらも愛しそうにそっと彼女を抱く美鈴。

「ああ、咲夜さん。今回の特典、今使っても良いですか?」
その言葉に咲夜は何も言わず、首を縦に振る。

「私とこれからも仲良くしてくださいね」






END………
どうも、アクアリウムです。
今回のテーマは妖怪のような強さを持つ咲夜と、人間のような感情を持つ美鈴の互いへの嫉妬でした。
自分にはないものを相手が持っていると、妬ましくなりますよね。
そんな二人が闘いを通して自分は何者なのかというのを知る…
そういうのを表現してみました。
嫉妬って努力に繋がるための糧だと思います。

ではこの辺で…ありがとうございました。
アクアリウム
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コメント



0.1940簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さんかわいい