Coolier - 新生・東方創想話

昔、兎は鳥だった

2010/08/19 21:12:06
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「それは嘘でしょ。兎が鳥の仲間だなんて、そんな話は聞いた事が無いわ」
 ミスティア・ローレライは、胡散臭そうに因幡てゐを見た。
「まあ、古い話だから、ミスティが知らないのも無理はないかもね」
「古い話ねぇ」
 したり顔で冷酒を飲む兎を眺めながら、夜雀は胡散臭そうに八目鰻を焼く。
 ここは、人通りの少ない夜道に咲いた赤提灯、八目鰻と酒と何かを給するミスティア・ローレライの屋台である。
 いつもは、鴉天狗をはじめとしてた常連連中に加え、目が見えなくなった人間や酒を求めた妖怪が賑わい、盛況を極めるミスティアの屋台であるが、今日は日が悪いのか、客は永遠亭の詐欺兎、因幡てゐが一人だけ。
 そんな兎の注文を受けて、夜雀が鰻を焼いていると、唐突に兎が奇妙な話を始めたのだった。

「私達兎はね、昔は鳥の仲間だったんだよ」

 じうじうとタレの焼ける音を聞き、鰻の焼け具合を確かめながら、夜雀は呆れたようにてゐを見る。
「兎は、ケモノでしょ」
「それなら、コウモリもケモノだけど空を飛ぶよ」
「まーね。でも、コウモリは羽あるけど、あんたには羽は無いでしょうが」
 そう言いながら、ミスティア・ローレライは焼き上がった八目鰻のかば焼きをカウンターに置く。
「んー、あるよ」
 すると、美味しそうに鰻のかば焼きに齧りつきながら、てゐは自分の耳を指差した。
「はぁ?」
「だぁからー、これが兎の翼なのさ」
 そう言って、てゐは耳をピョコピョコ動かす。
 そんな様を見て、ミスティアは、とてもとても疑わしげな目で因幡の素兎を見た。
「弾幕ごっこの時とかさ、てゐも空飛ぶじゃん」
「うん」
「その時に、耳を動かしてたっけ?」
「いんや」
 首を振りながら、かば焼きを食べる兎を見て、夜雀は『ふかぁい』ため息を吐く。
「やっぱ、嘘じゃん」
「いやいや、既に私の耳は退化したヤツだからねぇ。昔の兎は、これを動かして空飛んでいたんだよ」
「……そもそも、昔っていつさ」
「そうさね。私のひいばあちゃんの時代かな」
 因幡てゐは、見てくれこそ若いが、その実は神代より生きる兎、因幡の素兎である。
 その、曾祖母となれば、どれほど古い時代を生きた兎なのだろうか。
 しかし、そんな事は欠片も知らぬミスティア・ローレライは「ひいばあちゃんねぇ……」と、疑わしげな視線を送るだけだ。
 だが、そこは因幡てゐ。
 慌てず騒がず、かば焼きを平らげると口直しにと冷酒を飲み干し、年季の入ったコップを突きだして、平然とお代わりを要求した。
 夜雀は、黙って冷酒を注ぐ。
「やっぱ、暑い日はコレに限るね」
「そうだね」
 冷たい清酒をキュッと一杯、てゐは美味そうに飲み干した。
「それに、さ」
「ん?」
「私の話以外にも、兎が鳥だって証拠はあるんだよ」
「へぇ」
 ミスティは頬杖を突きながら、相槌を打つ。
 客がてゐしかいないので、暇なのだ。

「ミスティア・ローレライは鳥を、どう数える?」

 唐突に、因幡てゐの声色が変わった。
 姿形はいつものてゐなのに、どこか奇妙な緊張感のようなものが生まれている。
「え、ええっと、それは、その『一羽、二羽』って、数え、ます」
 それに戸惑い、ミスティアは思わず、敬語を使ってしまう。
「なら、兎は?」
「え、それは……いっぴ」
 そこまで言った時に、ミスティア・ローレライはある事を思い出す。
 それは寒い冬の日の事だった。



「いやっほー!」
 寒い中でも元気よく、いや、寒い中だからこそ元気いっぱいに氷の妖精チルノは雪を蹴って、走っていく。
「チルノは元気だねぇ」
 そんなチルノの様子を、厚着の所為で着膨れをしたミスティア・ローレライが、フクロウのように首をすくめながら眺めていた。
 辺りは一面の銀世界。
 幻想郷は割と豪雪地帯なので、一度雪が積もると全てが白になってしまう。
 そんな雪原の向こうで、何かが動くのが見えた。
「あ、兎だ!」
 氷精が叫ぶ。
 真白な毛並みと赤い目をした白兎が、雪の中で動いていたのだ。
「ああ、居るね」
 そんな事をミスティが言う頃には、チルノの大声に驚いた兎は逃げ出していた。
 それはまさに『脱兎の如く』といった勢いだ。
「結構いたね」
「うん、四匹ぐらいかな。家族かもね」
 そんな事を二人で話していると、
「四羽よ」
 と、訂正する声が後ろから聞こえてくる。
「あ、レティ!」
 振り組むと、そこには朗らかな雰囲気の女性が一人。
 それは、冬の妖怪レティ・ホワイトロックだった。
 レティを見つけたチルノは、彼女に向かって身体からぶつかっていく。
「おっと」
 チルノの全身全霊のタックルを受けとめると、レティは「兎はね。一匹二匹じゃなくて、一羽二羽って数えるの」と、教え諭すようにチルノに言った。
「どうして、そう数えるのかな?」
 兎が逃げていった方向を眺めながら、ミスティアが好奇心から尋ねた。
 すると、
「さあ、どうしてかしらねぇ。でも、昔からそう数える事に決まっているのよ」
 とだけ、答えたのだった。




「兎は、一羽、二羽と数える」
 ミスティア・ローレライは、寒い冬の記憶から暑い夏の現実に帰る。
 目の前には、神代から生きる兎が、一羽いた。
「そう、なぜ兎をそう数えるのか? それは、兎が鳥だったからさ」
 静かに因幡てゐは、呟くと底に残った冷酒を舐めるように呑む。
「……兎は鳥なの?」
「むかしは、ね」
「むかしは、ってことは今は違うのよね」
 夜雀が尋ねると、兎は自分の耳を抓んで見せて、
「この耳じゃ、とてもとても、どうしたって羽ばたけない」
 と言って、肩をすくめた。
 少し興味が出てきたのか、夜雀は尋ねる。
「……だったらさ。どうして、兎は鳥じゃなくなったのよ」
 その問いに対して、因幡てゐは滔々と語り始めた。

 兎が鳥では無くなった話を。










 むかし、兎は鳥だった。
 大きな耳を羽ばたいて、兎は空を飛んでいたのだ。
 大して速くは飛べないけれど、兎はどんな鳥よりも高く高く飛べたのだ。
「それはそれは、高く高く飛べたんだよ。あまりに高く空を飛んだんで、一部の御先祖は月にまで辿りついてしまった。それが、月の住人である月人以外で、兎だけが月にいる理由さね」
 そんな事を言いながら、因幡てゐは胸を張る。
 どんな生き物よりも空高く飛んだ事を誇っているのだろう。
 そんな兎の中で、最初に飛ばなくなったのは月の兎だった。
「なんでなの?」
「さあ、月の兎のことはよくわからないけど、たぶん餌付けをされたんだろう」
 あるいは、月人に『飼われた』のが理由かもしれない。
 万能にして穢れ無き存在である月人ならば、兎から飛ぶ力を奪う事など朝飯前だろう。
 ともかく、月に行った兎は地上に帰って来なくなったのだ。
「そうなってから、兎は月に行かなくなった。そして、それからしばらくして、地上の兎も空を飛ばなくなったんだ」
「地上の兎が飛ばなくなった理由は?」
 ミスティアが尋ねると、因幡てゐは自分の首にかかったペンダントを取って見せる。
 それは、人参をかたどったペンダントだ。
「にんじん?」
「そう、人参が地上の兎が空を飛ばなくなった理由なんだな」
 現在の兎は、大方は丸々とした体型をしている。
 しかし、鳥であった頃の兎は、かなり痩せていた。
 食べるものも、雀と同じ穀物やら草程度に過ぎなかった。それに小食だった。
 だが、人参に出会って兎は変わったのである。
 カロチンたっぷりの橙色の根野菜に兎は夢中になった。
 地面に埋まった人参を求め、兎達は木の上に巣を作る事を止め、穴蔵に居を求めた。
 人参を見つけると、お腹がぽっこり膨らむ程、食べた。
 そうして、人参を食べれば食べるほど、兎の身体はプクプク膨らみ、気が付けば空を飛ぶには、身体があまりに重くなってしまったのだ。
「そうして、空が飛べなくなってからしばらくして、ひいばあちゃんは動物の神様に呼び出されたんだそうだ」
「神様に?」
「うん。それで、こう言われたんだと」
 空を飛べなくなった鳥は、少なくない。
 だが、それらの鳥は、環境に適応する為、生存の為の努力の結果だ。
 しかし、兎が飛べなくなった理由は、人参の食べ過ぎであり、生物として情けない事この上ない。
「……それで?」
「人参を絶って、鳥に留まるか。それとも、地上で草食動物として暮らすかの二択を迫られたんだと。最も、ひいばあちゃんは、人参から離れられないって、迷わずに獣になる道を選んだそうな」
 そして、兎は獣となった。
 大空を舞う翼は耳となり、狼などの捕食者から逃げ回るか弱い存在になってしまったのだ。



「なるほど、人参でねぇ」
 てゐの語りが終わり、ミスティア・ローレライは感慨深げに何度も頷く。
 確かに、兎の人参好きは度を越している程で、月と地上に兎が居る理由も説明をしている。
 もしかしたら、説得力はあるかもしれない。
「つまり、私とミスティは元同族なんだよ」
「まー、確かに兎が鳥だったなら、そういう事になるよね」
 嘘か本当か分からないけれど、ミスティアはてゐに同意を示した。
 最も、それはてゐの話を信じたから、ではない。
 兎がかつて空を飛び、一部は月に移り住んで、残りは地上で人参を食べ過ぎて飛べなくなる。
 そんな話があっても面白い。
 そう思ったのだ。
「だからさ」
 そんな時、話の余韻に浸っていたミスティアに、因幡てゐが話しかける。
「うん?」
 まだ続きがあるのかと、夜雀がカウンターから身を乗り出して聞いてみると、
「元同族のよしみで、ツケの支払いを待ってもらえないかな……ダメかな?」
 などと、言ってきた。
 そう言えば、今日は兎のツケの期限だったのだ。
 つまり、今までの話はすべて、ツケの支払いを伸ばす為の方便だったのだろう。
 ミスティア・ローレライは、余韻をぶち壊しにした兎に対し、笑顔を向けると、
「ダメだよ」
 と、爽やかに言ったのだった。



 昔の人は面白い屁理屈を考えたもんです。
maruta
http://taiyoukeinotomato.web.fc2.com/
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コメント



0.2330簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
ダメカナ?
ダメダヨ
のAAを思い出しましたw
てゐらしい洒落た言い訳ですね。
7.90コチドリ削除
軽妙洒脱という表現がぴったりくるお話ですね。
どこそこのシーンが良かったというよりは、物語全体でイイ味を出しているというか。
最後の締めもとってもお上手。なんというか、二人の会話を背中越しに聞きながらお酒を飲めば、
良い感じに酔えそうな気がします。下戸ですけどね。
11.80名前が無い程度の能力削除
最後がいかにもてゐって感じですねー。
12.100名前が無い程度の能力削除
素敵なてゐです。嘘が得意な彼女は
ストーリーテラーでもあるんですね。
頭に浮かんだ映像がなんだか懐かしいです。
19.80名前が無い程度の能力削除
兎を羽で数える回想シーンの挟み方が絶妙ですごく良かったです。

それにしても、嘘は納得させられたけど、一番もっていきたかった所には届かなかったか。
黙ってれば気が付かなかったかもしれないのにw
20.100名前が無い程度の能力削除
かわいい!
21.100名前が無い程度の能力削除
落語っぽい。舞台が屋台という所が特に
32.100名前が無い程度の能力削除
嘘は大きければ大きいほどバレにくいとはよく言ったもので、納得させられかけましたw
41.80名前が無い程度の能力削除
短編ながらバランスも良く、
日本昔話を
読み終わった後のような余韻に浸れて、
とても面白かったです。