Coolier - 新生・東方創想話

瞑目

2010/08/19 12:46:17
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 あの子は何を思うのだろう。
 
 私のすぐ脇を駆けていったこいしを眺めながら、私は思った。
 落っことしてしまわないように、帽子を押さえたあの子の手を眺めながら、思った。
 それは覚妖怪には歯噛みしたくなるほどに縁遠い疑問で、だけれど私には一時期、毎日のように何時だろうと何処だろうと心の奥深くに突き刺さっていた疑問であった。
 それは苛烈な欲求であった。己の精神を蝕む病にも似た激情であった。……だが、遠い過去にこそげ落ちたはずの、子供じみた思いでもあったはずだ。
 もうとうに納得ずくだったはずだというに、どうしてだろう。
 まだ諦めていなかったとでも言うのだろうか。
 そんな、残酷なことを。
 





真夜中の地霊殿、自室。ベッドの上で、明りも灯したまま、私はただじいっと真白い天井を眺めていた。目を瞑る気にはならなかった。だからといって、物思いに耽る気にもならなかった。刻々と過ぎゆく時を、私はただただ無為に生きていた。やや浅い自身の呼吸音が耳を打つのを、じいっと黙って過ごしていた。
このところ、いつもこうだ。ろくに眠れないし、そもそも眠ろうとする気にならない。一晩二晩寝ていないのも、今ではざらだった。

『さとり様、なにか悩みごとでも?』

 何時の日だったか、お燐がおずおずと口に出して問うてきたことがあった。最近、いつも悲しそうな顔をしているからだそうだ。実際に声に出したのはそれぐらいだったものの、当然、その心中では、さらに踏み込んだ問いかけが、より具体的な観察のもとに、ぐるぐると渦巻いていた。
 最近、顔色が悪いと考える『声』。表情が物憂げだと気にかける『声』。ため息が多くなったと気付いた『声』。ふと見れば、あの子の姿を目で追っていると知る『声』。
問われた最初こそ、無用な心配をさせるべきではないかと考えて、適当にはぐらかそうと考えていた私だが、その心の内を眺めるに、生半可な言い逃れは通じそうになかった。私は下手なことは言わず、黙って一度、頷いた。それでも、私の姿を正確に捉え、進言したお燐は、しかし決して得意な顔などしていなかった。むしろいたたまれないといった風な、ひどく苦痛に歪んだ顔をしていた。――――あの子は申し訳なく思っていたのだ。あの子の責任ではないというに、律義に主を想って後悔していたのだ。
お燐は考えているのだ。自身が想像する、『私の答え』は、きっと私を苦しめてしまうだろう、と。その真偽に関わらず、自分はこうして目の前に立っているだけで、主を傷つけてしまっているに違いない、と。
 だから、自らの抱いた思いを隠そうとするかのように、あの時のお燐は必死に胸を押さえていたのだろう。

『私はこいしのことで悩んでいるのかしら』

 私がそう零した時の、あのお燐のはっとした表情。何度となく見た、ヒトが『私たち』との違いを確かに感じた時の表情。私は頬が強張るのを自覚したものだ。

 お燐に限らず、ペットたちの中でも比較的知能のあるモノたちはみな、私の変化の原因をこいしに挙げていた。なんでも、見ればわかるのだそうだ。
 不思議なことだ、と私は思った。私にはわからなかったのだ。
お燐の、きっと大層な決意でもって放たれた質問をぶつけられても、私にはぴんとこなかった。あの子の震える心で唱えられた『こいし』の言葉にも、私は何ら動揺しなかった。私の心が異常をきたしているのは、自覚していた。でも、それだけだったのだ。
私はお燐の心を読むまで、本当に己の異常の原因に見当がついていなかった。いや、それどころではなかったか。己の異常そのものに対しても、私はどこか薄ぼんやりとした自覚しかなく、正直、問題とすらしていなかった現実がある。
不思議なことだ。納得のいかないことだ。
見知らぬヒトだろうと、反りの合わない、きっと永遠に相容れないであろうヒトだろうと、一瞬のうちに心が読めるというのに、己の心となると私はてんで掴めないというのだ。しかもそんな私の心を、周りのモノはみな、察しているというのだから、なおさらにおかしな話だった。
 
私はこいしに対して何を悩んでいるのだろう。
 そんな疑問が、ぽとりと私の心に落とされた。
 
お燐に言われてから、私は意識的にこいしを気にかけるようにしてみた。何も思い当たる節がないのだから、とにかく、信頼できるあの子の言葉に従ってみようと思ったのだ。そうすれば、求める答えの断片でも得られるかもしれない、と。
といっても、ペットたちからしてみれば、それは前からなのだそうだ。
視界にこいしが入れば、ふらふらと漂うあの子を、私は目で追った。可能であれば、声をかけた。私の持ちかける話題は、どれもとりとめのない、つまらないもので、対するこいしの受け答えはというと、いつも奇天烈で意味不明なものなので、会話の多くは成立しなかった。

この子は何を思うのだろう。

言葉を交わす度に、そんな無意義な疑問が胸のうちに生まれた。

私は何を思うのだろう。

さらに言葉を交わす内に、何時しか抱く問いかけは増えていた。

ふと思い立って、こいしに黒い帽子をプレゼントしたことがあった。お燐に頼んでこしらえたそれは、お世辞にも上等なものではなかったけれど、あの子の満足のいくものかどうか、心配するお燐の顔を見た私は、知らずこくこくと頷いて良いものだと感想づけていた。
お燐と一緒に屋敷内を捜し回って、なんとかこいしを見つけると、一言二言、意味があるのかないのかわからない言葉を添えて、帽子を被せてあげた。するとあの子は何時も通りよくわからないことを言って、またひらひらと去っていった。その様子にお燐は落胆していたけれど、私の心は変わらず静かだった。

こいしは何を思うのかしら。

ぽつんと口をついて出てきた言葉は、傍らの優しいぺットを涙ぐませるだけだった。
私は何を思えば良いのか。焦りにも似た胸のうずきを、その時感じた。























『さとり様は、こいし様が心を閉ざしたことで、悩んでいるのではないですか』

 それから後の事。いつまでも事態が進展しないことを憂いてか、お燐がそう問うたことがあった。
 これはあの子の兼ねてからの推測であった。私の姿を見かけるたびに言おう言おうとしつつも、今まで踏ん切りがつかなかったようである。
 それは確かに、こいし様が第三の瞳を閉じたのはずうっと前の話かもしれないけれど、そこは何かきっかけがあったに違いない。これは十分にあり得る推測なのではないか、とお燐は苦々しく表情を曇らせつつも、決して物怖じせず、むしろ強い語調で言った。
 だが私も、その時ばかりは強い調子で反論したものだ。
 そればかりはあり得ない、と。絶対にあり得てなるものか、と。
 私はこいしが『古明地こいし』を止めたことを、赦したのである。
 私はあの子の選択を赦し、認めたのだ。それは、無意識ゆえに、聞くだけで気分の悪くなるような残虐の行いを、どれほどあの子がしようとも揺るぎない決意であった。あの子が面倒な連中と問題を起こして、自身がその後処理をする羽目になっても、まるで濁らない意志であった。だって、当然だ。
 
あの子はそれで幸せなのだから。

あの子が自分を形作る何もかもを失くして、やっと得た幸せだ。
覚妖怪の不幸を呪ったあの子が、私よりほんの少しばかり心の弱かったあの子が、長い長い辛苦に耐えかねて、だというのに、もう心を通じ合わせることはないであろう姉やペットたちを想って、身を焼くような心地でやっと手に入れたものなのである。
それが死人のごとき無心の安穏であっても、良いのだ。
――――良いんでしょう?
私はあの子が幸せならばそれでいい。『あの子の幸せ』の存在を認めてあげたいのだ。
あるいはそれはただの意地かもしれなかった。
みっともない、自己満足かもしれなかった。
でも、それしか、私にはない。
それが、妹を救えなかった愚かな姉の、せめてもの罪滅ぼしなのである。
だから、お燐、貴女は間違っている。
私はこいしが心を閉ざしたことを、幸せなことと思っているのだから。

私の告白に、お燐は何も言わなかった。
言葉にしようとは、しなかったようだ。

『あたいには、貴女が間違ってるようにしか思えない』

それきり、お燐は事の解決を考えようとしなくなったようだった。とはいえ、私に愛想を尽かしたわけでもない。変わらず私の様子は気にかけてくれているし、頼んだ覚えもないのに、気付けばこいしの世話に奔走してくれている。そう。思えば、あの子は本当に昔から私たちのために尽くしてくれた。にこにこ笑顔で、お気楽なことを言って、でも内心でまわりをいつも心配していた。
良く気の回る、お節介焼きで、心優しい私のペット。……だからだろう。お燐は気づいたのだ。これ以上立ち入れば、双方が傷つくということに。それほどまでに、私とこいしの関係とは脆く、危うい均衡のもとに成り立つ関係であるということに。
それに気付いてしまったお燐は、私たちを護るために、私たちの間にこれ以上踏み込むことを止めたのだ。

『でも、あたいが正しいようにも思えないんです』

 そう言った時の、お燐の悲しそうな顔。貴女のようなヒトこそ、みなに気にかけられるべきだというに。












今に至っても、原因はわからない。
――――少なくとも、私はそう思いたい。
私はようやく、瞳を閉じた。薄っぺらな暗闇に身を任せて、一つ息を吐いた。深く長い、なるほど確かに、心労の窺える重苦しさを伴った、ため息であった。
静寂。時折、遠くに物音の聞こえるような、完全でない、それでも十分な静寂。
魔が差したか、道楽とばかりに、自らの心をまさぐった私は、ひどく心の動きがぎこちなくなっているのがわかった。そして、それはそうだろうと納得もした。
ヒトよりも、この世の醜美を捉えられる、あるいは判別できる瞳を持った私は、時に、精神をかき乱す感情は押し潰すことも必要だった。でないと、生きていかれないのだ。本来ならば、言葉に表情に、もっと不確かな柔らかなものとなって、心を打つはずのそれらを、私は、私たちはむき出しのまま受け入れてきた。その際の負荷は、当たり前のように大きなものだ。例えば、素直に全て引き受けてしまえば、心を壊してしまうぐらいに。
だから、抱えきれない思いは、自身から削ぎ落とすしかない。
覚妖怪としての矜持を持って、でも、心を壊さないように。
今思えば、それが私にはできて、こいしには出来なかったのだろう。
そうして、心を加工するのに慣れた私は、いつしか保身に過剰になるあまり、とある思いを抑え込んでは、また別の思いを押し潰して、いやな気持は全部吐き出すか奥底に沈めてしまって。己の精神の安定のために、すっかり心を鈍くしていたのではないか。
……ああ、そうか。
事の原因がそうして押し隠された思いにあるとしたら、それはわからないだろう。
もしそれが真相なのだとしたら、もうわからなくても良い気がした。
と、その時だ。ぎい、と戸が開いた。
私は覚妖怪である。目を閉じていようとも、心を読めば、誰が訪れたのか、簡単に把握できた。私に心が読めないのは、あの子ぐらいのものだ。
目を開けると、私の顔を上から覗いていたらしいこいしは、すぐに顔を引っ込めた。身体を起こすと、私とお燐があげた帽子を被った、こいしがにんまり笑って佇んでいた。気に入った、というよりは、やはり無意識に、何となしに頭に乗せている、といった感じだった。
私はこいしが、大事そうに腕に抱えているものを見つめていた。
どこから拾ってきたか、それは黒猫だった。お燐ではない。あの子よりもずっと妖の力が弱くて、もっと小生意気そうな顔をしていた。きつく抱きしめるようなこいしに、黒猫はたまに、ちらと疎ましそうな視線を送っては、しかし逃げようとはしなかった。
これもまた、無意識のことだ。私はそう判断した。
ね、お姉ちゃん見て。こいしは嬉しそうだった。

『お姉ちゃん、この子も独りぼっちよ』

 こいしはそう言うと、愛おしそうに黒猫を撫でた。黒猫は気持ちよさそうに目を閉じて、くすぐったそうに少し、身体をよじらせた。私もまた、こいしのもとに近寄って、黒猫に手を伸ばしかけたけれど、少しの間だけ迷って、やはり止めた。

『でもこれからは独りぼっちじゃないのよ』

 こいしは虚ろな目をして、そんなことを言う。まるで黒猫の身を案じているかのように、優しげな声音を使って、形ばかりの『こいし』の振りをする。何に驚いたか、突然に、黒猫が騒ぎだして、暴れる内に、手をこいしの顔に伸ばすと、こいしは身体をのけぞらせた。同時に、帽子を落とさないように、手で押さえていた。よく見れば、与えてからそれほど日も経っていないのに、もう汚れや傷が目立ってきた帽子。きっと荒く扱われてきたのだろう。それだというに、本人の様子を観察すると、まるで大切に使おうとしているかのように思えるから、どうもちぐはぐだ。
 そう、こいしは何時だってちぐはぐだ。どこかに弱った、もう独りで生きる術を持たないであろう動物や、怪我や病気に苦しむヒトを見つけては、地霊殿に連れ込もうとするも、その言動が不可思議で恐ろしげで、大抵は逃げてしまう。
 ペットたちにも私にも、本当に楽しそうに声をかけてくるが、その内容がまともな意味を伴っておらず、相手を困らせるだけになってしまう。
 私たちがあげた帽子を、大事そうに抱えていたかと思ったら、ふとその存在を忘れてしまったように、ぽとりとその場に残したままにしたりする。
 それはあの子が捨てた『こいしらしさ』のようで、あの子はまるで、あの頃の『こいし』に戻りたがっているようで。
 そこまで考えて、私は思考を停止した。いつものように、自らの心を護るために、私はその思いを頭から締め出した。
 いつものように、愚かな姉は、瞑目する妹が抱える空虚な幸せを、認め続けることにした。幸せの存在を、頑なに諦めようとしなかった。
 こいしが、首を傾げる。どこまでも澄んでいて、感情の欠片も映らない、綺麗なだけの瞳が、私に一心に向けられていた。どうしたのかな、と私は思う。そしてすぐに、気付いた。私がこいしの名を呼んだのだ。どうして呼んだのかな、と私は思う。言いたいことがあったんだろう、と私は気付いた。何を言いたかったのかな、と私は自分のことなのに、まるで他人事のようだ。
 と、考えるまでもなく、言葉は口を突いてでてきた。
 それはまるで無意義な、子供じみた、自己満足の言葉であった。

『こいし、貴女は何を思うの?』
 







 
お目汚し失礼しました。毎回、書きたいように書かせて頂いています。
ご指摘ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
のしのし
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コメント



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6.80v削除
水の中で、その場から動いかないものをくるくると回して眺めているような。
目に見えて進行はしないけれども、単なる確認でもないような。開けたら変わる猫箱をつつくような。そんな話だと思いました。
具体的な感想が思い付きませんが……個人的に好きな話でした。
こいしの返答で先は変わるのか。……堂々巡りな気がしてならない。でも変わるような以下ループ。
9.80名前が無い程度の能力削除
ふむ
11.100名前が無い程度の能力削除
こいしに「本当にそれでよかったのか」「もう一度眼を開けてほしい」という思いがあったが、
当の昔に捨ててしまった。でも、一度思ったことだから今またこいしに聞きたい気持ちが
でてきた。けどそれが分からない。っていう話かなぁと思いました