Coolier - 新生・東方創想話

愉快な藍ちゃんとおっかない紫様の陰謀に立ち向かう我らが橙の話(上)

2010/08/10 22:39:05
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注意:当作品には作者の独自解釈が多分に含まれます。


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「橙ッ! こら、橙! 何処へ行く!!」
 既に汗ばむ程の朝の庭を、何十と知らん蝉が鳴く。やかましいくらいの蝉の合唱を、しかしそれより大きな声が、狭い室内から響いた。声はドタドタと移動しながら邸内の至る所で響いていく。
「へへーんだ。捕まえられるもんなら捕まえて見ろ」
「このっ、待て! 待ちなさい橙!」
「やーだよっ」
 平屋の日本家屋。新築と見まがうばかりに整備された小さな家があった。森深くに建てられたその家は、常ならば小鳥のさえずりが似合うような静かな家だった。蝉は鳴けども狐は鳴かぬ。逃げ回る猫を追う九尾の狐は、大いに戸惑っていた。
「ほーら。こっちだよー」
 そうして二又の尻尾が、相手を挑発するように揺れる。人型を取って人語を話す化猫だ。猫は身軽を活かし、あちらこちらと逃げ回る。だがそれを追う九尾の狐は、室内では図体が大き過ぎたのか中々捕まえられない。猫に思う存分弄ばれていた。
「じゃーね、藍さま。もう会うことも無いかもねー」
 猫は縁側に立つと、そんな台詞を狐に投げて見せる。顔には余裕の色がある。そうして、狐の手が届くか届かないかまで焦らした後、さっと身を交わして庭の向こうの森へと走り去った。そうして狐があっと言う間もなく、猫は、青々と茂る森の中へ見る見る飲み込まれていった。
「……ったく、あの悪ガキは」
 獲物を逃がした狐は、苦々しげ呟いた。最早ああなったら手遅れだ。追いかけてもいいようにあしらわれるだけだろう。既に狐の思考は、我が主にこの失態をどう言い訳したものかという方向にシフトしていた。眉間の皺が深くなるだけで、ろくな弁解を思いつかない。そうこうしている間に、考えこむ狐の背後からそっと忍びよる影があった。
「あらあら、藍ちゃん。今日も随分と楽しそうね?」
 藍と呼ばれた九つの尻尾を持つ彼女――八雲藍(やくもらん)は、意外な声に驚き、疲弊しきっていた顔を、ものすごい早さで声の方に向けた。廊下の先には、まるで女神と見間違わんばかりの金髪の女性が立っている。そうして彼女――八雲 紫(ゆかり)は、本当の女神のような微笑を持って、藍の失態を祝福してくれた。
「……おはようございます、紫様。恥ずかしいところをお見せしました。もう、起きてしまわれたのですね」
「ええ。起きてしまわれましたわ。朝ごはん、あるのかしら」
 どうやら長い話になりそうだ。藍は覚悟を決めて、食事の準備に取りかかることにした。台所の暖簾の隙間から覗く居間には、紫が新聞を手に取っているのが見える。そうして紫は、こちらには一切目もくれず、そのまま詰問に入った。
「あの子。今日は一体何をしたのかしら」
「いつも通りです。術の修行をサボって町の方へ向かいました。私はそれを止められませんでした」
「そう。最近多いわねー。町にはそんなに面白いものでもあるのかしら」
「私の指示に反抗したいだけだですよ。何分あれは我が強い。ただの妖怪猫であった時の気分が抜けていないのです」
 藍はその手を忙しなく動かしながらも、紫の質問に恐る恐る応える。紫はあれでしつこい。しかも、大好きな睡眠の邪魔をされたとあっては、尚の事機嫌が悪い。今、尻尾の毛が無傷なのは奇跡に等しいのだ。
 藍は、何とか気を静めて貰おうと、紫の好物を乗せた盆を持って居間に向かった。味噌汁の良い匂いが香る。居間で座る紫は、可愛らしい眼鏡をかけて、新聞の方に目を落としていた。
「橙はまだ幼いのです。どうかご容赦下さいませんか」
「だから私言ったでしょー。欲しいのは即戦力として使える人材だって。若手の育成は管轄外なのにー」
「申し訳ございません。しかし、橙も少しずつはものになってきているんです。もう少し時間をくだ――」
「私、目玉焼きが食べたい」
 紫がそう言うと、藍が温めた味噌汁は、――否。手に持っていた盆ごと、綺麗さっぱり無くなっていた。仕方が無いので、藍は再び台所に入る。紫は相変わらず新聞の方を眺めている。結局紫は、その流れの中も、藍に一瞥も与える事は無かった。
「……」
 やはり怒っておられる。しかも相当、怒っておられる。何とか見逃して貰う事を夢想したが、しかし、どうやら夢で終わりそうだ。
 藍はもう諦めて目玉焼きの準備にかかった。紫は目玉焼きが大嫌いと言っていたから、これも可哀想な運命を辿る事になるだろう。よしよしお前の尊い犠牲は忘れないよ。
 ふと、違和感を感じて居間を見ると、先程までは顔を見ようともしなかった紫が、藍の方を見てニコニコと笑っていた。実に不自然な笑みである。ああ、嫌な予感がする。
「……私、いいこと思い付いちゃった」
 ぽん。藍は声も無く額を抑えた。藍は紫のその顔をよく知っている。あれは何かロクでもない事を思いついた時の顔だ。
「お手柔らかに頼みますよ? 紫様」
「まっかせなさい」
 そう言っている限りは安心できない。どうやら今日は忙しい日になりそうである。藍はそう思い、思わず諦めの溜息を吐かずにいられなかったのだ。





 吾輩は橙(チェン)である。名前(八雲)はまだ無い。親譲りの無鉄砲で子供のころから損ばかりしている。
 どこで生れたかはとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いて居た事だけは記憶している。吾輩はここで始めて狐というものを見た。しかもあとで聞くとそれは、九尾という狐の中でも一番獰悪な種族であったそうだ。この九尾というものは、時々我々を捕まえて煮て食うという話である。しかし、その当時は何という考えも無かったから、別段怖いとは思わなかった。ただ彼女の掌に載せられてスーッと持ち上げられた時、何だかフサフサしたものを感じた。モフモフもしていた。それが吾輩の主、藍さまであった。
 それから吾輩は、八雲の式神として藍さまに仕え始めたのだが、幾らか思う所があった。猫の時代は感じなかった。人、或いは妖(あやかし)であるが故の感情かも知らん。何か押し迫る圧迫を感じた。人の世は、兎にも角にも住みにくい。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。この住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくもなる。故に藍さまの言いつけに真っ向から反抗し、愛と青春の浪漫飛行に洒落こんでしまうのも致し方ない事であろう。
 そういう吾輩は猫である。凶兆の黒猫、猫又様である。妖獣となり人の姿を得てからは、人の成りで暮らしている。好物は生魚。猫じゃらしに溺れる愉快な日々はとうに卒業した。だが無論、年がら年中、生の魚が手に入る筈もなし。干物で舌を誤魔化す日々も続いたが、それももう限界だ。吾輩こう見えてもグルメ。それ相応の物が手に入らぬなら、修行などしている場合ではない。だというのにあの狐ときたら、一に修行、二に修行、頭の先から尻尾の先までその“修行”の二文字のみ。いくら義に厚い吾輩であれど、見切りの付け方は知っているつもりだ。家を飛び出すのに躊躇う筈もなかった。
 そして、現在に至るのだが、やはり良い。木を分け草を分け風を切って走る。こうして森の中を駆けていると、猫のままであった時分が思い起こされる。あの時分は良かった。平穏と安息は無いが自由があった。人にも物にも縛られぬのが猫の定め。まこと、あの時の方がよほど猫をしていた。自由こそ吾輩の人生。自由こそ吾輩の真理。橙を橙たらしめる自由とは、生の魚と同等に尊い。
 そうして吾輩は、二本の尾を水平に、小さな体を鞭のように唸らせ、また走る。荒い息を吐き吐きに、風を纏って神風の如く走る。この匂い。この感触。その全てが生を感じさる。
 木の上に登る。そのまま跳躍し薄暗い森の中を跳ねる。眼下の岩を目がけスッと音もなく着地。そしてそのまま足を滑らせ池に落ちる。
「……ニャー」
 成程。自由は自由で生きにくい。世は不自然なまでに不出来に創られているらしい。





 そうして吾輩が向かったのは人間の住む町だった。湖に面する港町で、鮮魚市などがあり、魚を盗ることには事欠かさない土地である。民家のほとんどは、防波防風対策により石垣で覆われ、中の様子を見る事は出来ない。そのくせ所々にあるトタン屋根の小屋は、来る者拒まずといった実に開放的な造りで、子供の悪戯被害に遭い続けている。先も釣り竿を持った麦わら帽の子供が駆けて行った。その道具の大半が現地調達なのを吾輩は知っている。しかし、それでも本日の波は寄せては返し、穏やかで長閑な港町の体を十二分に表現していた。
 そして、そんな港町の道を、吾輩は勝手知ったる我が家が如く歩く。そもそもこの町は、猫である吾輩にとっても馴染みの深い場所である。それというのも、猫とは元々人里に住む者である。野山に交じりて竹をとりつつよろずの事に使っていた猫は今や昔。日々人間様の機嫌を窺いつつ、何とかお零れを頂く哀れな種族が今の猫である。そうした猫にとって魚の集まるこの町は実に過ごしやすい地であった。そして、それはもちろん、悲しき宿命を背負った吾輩も同じ。思い起こすは遥か昔。ニャーニャー鳴いてはお魚頂戴と必死にか弱き猫を演じる時代もあった。だが今や吾輩猫又様。神様仏様人間様では最早無い。己の力を以てしてお魚ゲットだぜ! が今の吾輩のスタイルである。
 そうして吾輩は一軒の小売店に目を付けた。この店、品揃えは吾輩が保証するが外見は惨い。青い屋根に苔の様な訳の分らんものがこびり付いているのを見て分かる通り、何ともだらしない店である。吾輩、この店主とは顔馴染でもあった。だが先にも言った通り、わざわざ醜態を晒してお零れを頂こうなどという気は一切ない。全て自力で調達してこそ、吾輩は八雲の面目を保つ事が出来るというもの。即ち、狩場たらんこの店の主の隙を見て、お魚咥えてさっさっさ。サザエさんも諦めるほどの俊敏さで事を成す華麗なる芸術家。今や何時かとあのクソ爺に隙が出来るのを待っている次第であった。そもそもこのクソ爺。吾輩の狩りを悉く阻止する云わば鬼門の様な存在。しかして、ここまで来て去るは猫又の名が泣く。辛抱強く機会が来るのを待っておった。店主が間抜け面して船を漕ぐのをずっと待ったおった。すると、ほうら見よ。嘘みたいだろ。寝てるんだぜ、この爺。そうして吾輩はひとつの天啓を得る。即ち、今がチャンス。吾輩は身を低くして戦闘態勢に入った。目を細め照準を絞る。ではでは、これよりお集まりの皆様方に、不肖猫又橙による華麗なる遊技ご覧に入れよう。そら、失敬 仕(つかまつ)りやす。
「……」
 と思ったのだが、吾輩、ついに行動に移すことはなかった。店主の顔がこちらを向く。焦る吾輩の内心を知ってか店主はニヤリと笑う。嘘みたいだろ。起きてたんだぜ、この爺。そして店主のクソ爺は嫌みったらしくこう言ったのである。
「ヘイ、嬢ちゃん。来てるんだろう? 姿を見せなよベイビー」
 吾輩は答えない。ただのハッタリやもしれぬ。辛抱強く待つ。
「無駄さ嬢ちゃん。もう全部バレてる。勝負は着いたのさ。YOUは負けたんだ」
 どうやら本当にバレているらしい。観念した吾輩は爺の前に姿を見せる。二又に別れた尻尾がだらしなく下がっていった。
「……何時から?」
「最初からだよ。長い付き合いだからな。気配で分かるってもんさ」
「まだ何もしてないよ」
「そりゃそうだ。終わってからじゃあもう遅い。勝負は嬢ちゃんが顎が魚を咥えるまでの間だ」
「……むぅ」
 迂闊。迂闊であった。まさかこんな所で躓いてしまうとは。吾輩は歯軋りしながら店主を睨む。
「しかし嬢ちゃん。狩りが下手になったんじゃないかい? 今までこんな容易く見破られはしなかっただろう」
「偶には失敗する事もあるよ」
「そうかい。ならまた今度来な。もっとも“買い物”なら付き合ってやるけどな」
 ――ふん。戯言を。八雲の橙を馬鹿にするな。そうして吾輩は、仕方無くその場を退散するのであった。





「青い青い静かな夜には~、おいら一人で哲学するのニャ~♪」
 暢気に歌でも歌いながら吾輩は往来を行く。周りに人は居らず、犬も猫も姿を見せない。静かな住宅街の中でその歌は、驚くほど遠くまで響いていった。
 クソ爺から生魚の強奪にも失敗した吾輩は、鮮魚市のある港から、水路に沿ってつくられたこの寂れた道を一人で歩いていた。水路の両側には安っぽい木造の民家が建ち並び、恐らく半分は漁師の家なのだろう、庭先には漁で使う網や銛、そのほか大漁旗などが控えめに立て掛けてある。さらに路地の裏などには、役目を終え舟が陸に転がっており、中には魚の仕分けの後と思われる残骸が散らばっていた。美味しそうな生魚の匂い鼻が孔を刺激する。随分腹も減って来た。吾輩は官能なる生魚の誘惑に理性の揺さぶられながらも、しかし、頭脳の中では激しい論戦が繰り広げられていた。
 吾輩は一人である。着の身着のままに家を出たのでロクな財産も無い。即ち、居場所がないのである。勢い勇んで家を出たは良いが、困ったことに行く当てがない。何とも情けない話だが、事の原因を遡れば自ずと狐の教育方針に行き着くだろう。奴が吾輩に自由を与えないのが悪いのである。もちろん、八雲の式となる事は己で選んだし、少々の苦難は覚悟していた。だが狐のやり方は想像を更に上回っていた。質素な食事に窮屈なしきたり。激しい上下関係に毎日の修行。果ては未だに八雲の名すら与えてくれない。吾輩がいかに尊厳を傷つけられ、自由を奪われたか、人間の頭如きでは想像も出来んであろう。
 話を戻そう。とにかく吾輩には行く当てが無い。親しい知り合いも少なく頼れる者もいない。だが、狐の元には帰りたくない。ならばこそ、吾輩は吾輩の新しい住処を、己が手で確保せねばならなかったのであった。
 小腹が鳴る。雀は鳴く。どこから流れてきたか、笹の葉が水路の中をゆっくりと流れていく。微かな水のせせらぎも聞こえてきた。しかしそれを眺める吾輩は、そこはかとない脱力を感じている。ニャンともかんともし難い状況であった。
 何とも無しに対岸を見る。すると、意外にも知った顔を発見した。結局、この現状に一石を投じたのは、川向かいの松の木の下で本を読んでいた、妖怪ルーミアの存在であった。
「何やってんの、ルーミア」
 対岸まで移った吾輩は、挨拶もそこそこにルーミアに話しかける。別に礼儀を通す様な仲でもない。ルーミアの方も軽く返す。
「寺子屋帰りなのだー。ここで本を読んでいるのだー」
「ふーん。何だってこんなところで」
「ええと、この川について調べているのだー」
 ルーミアは何やら楽しそうに語る。ところで、この地区を流れる水路の幅は狭い。ついでに付け加えるなら、あまり綺麗でもない。この水路、元々は紅魔湖へ流れる大河の支流の一つであったが、人が集まり家ができ、そうして町が発展していくに連れ、次第に川は小さくなっていった。今では川は両側の家から迫られて、ただ生活排水を流すだけの下水道の役となっている。のんびり川辺の読書と洒落込むには、あまり良い条件の川ではない。
 ふむ。どうにも話が見えない。そもそもこのルーミアという者、頭の方はあまりよろしく無いようで、言葉足らずでよく周りを困惑させている。仕方が無いので、吾輩は忍耐の心を持ってルーミアの話に専念した。その心、菩薩の如くである。要約すると、つまりはこういう話らしい。
 一週間か二週間か、ルーミアの言葉ではそれすら定かではないが、とにかく少し前のこと。寺子屋に通っているルーミアは、そこで教師を務めている人間に、ボランティア活動を提案された。何でも、町を流れるこの濁った川を浄化しようというプロジェクトだそうだ。既に何本かの水路で同じ様なことが行われており、数年前に比べれば相当浄化されたらしい。そして、とくに汚染が酷いこの水路を、まずは水の状態から調べようかという話になった。何人かボランティアの人間が既に事を始めていたが、いかんせん人手が足りない。そこで白羽の矢が立ったのが、暇そうにぼうっとしていた、このルーミアだった。夏休みの自由研究を名目に利用されたのである。
「でも、やり方を忘れて、図書館で借りてきた本を読み返していた所なのだー」
「ふうん。で、思い出したの?」
「うん。まずは水の温度を測るのだ。それが終わったら、水の汚れ・透明度・匂い・pH値も計測していって……」
 そうしてルーミアはよく分からん語句を並べてて語りだす。身振り手振りも交えている。なんとルーミアは吾輩に講義を始めたのだ。まさかルーミア如きに指導を受ける事になるとは思わなんだ。吾輩はいささか気分を害してた。
「それは別にいいんだけどさ。ちょっと私の話も聞いてくれない?」
「何なのだ?」
「今ね、ここら辺で私を匿ってくれそうな場所を探してるんだ。取りあえずで良いから。なるべくならデッカイ家ね」
「どうしたのだ? 家なら自分の所が……」
「喧嘩したの。まったく、あの狐ときたら嫌になっちゃう。全然自由をくれないんだから」
 本当に、思い出しただけでも腹が立つ。大体あの狐は価値観が古いのだ。脳味噌の中身は錆固まって化石と化しているに違いない。吾輩、これでも主の事はある程度尊敬している。その主の主の事も程々には慕っておる。だが、もう限界なのだった。
「ふーん。何だか解らないけど。でも割とシビアなのだ。この辺りは見たまんまの家しか無いし。もう少し町中の方に行けば、一つだけ心当たりがあるのだ」
「それでいいよ。どんなの?」
「稗田阿求(ひえだあきゅう)って子の家なのだ。その子の家は使用人も何人もいて、相当昔からある由緒正しい家系だって聞いたのだ。でも、一度だけ会った事があるけど、何だか気難しそうな子で……」
「家、大きいの?」
「すっごく大きいのだー」
 稗田家。そう言われてみれば、吾輩は稗田の名前を耳にした事があったのを思い出した。確か、この町の中では一番の大家だったはずだ。成程、これは丁度いい。吾輩にはぴったりな物件である。貴族の者とは、得てして相手を自分の下に見る。普通の者であれば物怖じて遠慮するだろうが、しかし八雲の家だって負けてやしない。吾輩は早速決心した。
「よし、じゃあその家にしよう。ありがとうルーミア。これから行ってみるよ」
「でも、入れるかどうか分からないのだ。警備の人も立っているし」
「大丈夫だって。天下の八雲橙さまだよ。相手の方が招いてくれるさ」
 吾輩はルーミアにそう言うと、心ここに在らずで歩き出す。金持ちの家だ。豪華な魚料理が出るに違いない。吾輩の足は宙に浮くように軽かった。
「……そう言えば、その阿求って子も、橙みたいに、自由がないとか外に出たいとか、そんなことを言っていたのだ。案外、気が合うかもしれないのだー……」
 最後に、ルーミアはそんな事を言っていた。まるで吾輩を気遣うような言い草だった。しかし、既に視線は自分の作業の方に集中していたのを吾輩は知っている。何だか面白くない。
 吾輩はルーミアへの礼もそこそこに、稗田の家を目指して移動を始めるのだった。


ご読了有り難うございます。
これ以上長くなると集中力を切らすだろうという判断により一度切らせて頂きました。
(下)の方はもう半分くらい出来上がっていますので(何いやらしい事を想像しているんですか)、
完了次第投稿させて頂きます。では次回。
はるかぜ
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コメント



0.370簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
いやらしい事を想像させたからには責任とって続きを