Coolier - 新生・東方創想話

雨の境

2010/08/08 09:40:10
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 雨の境を見たことがありますか?
 寝台の上に寝そべり、小説を読んでいた美鈴が、ふいに思いついたように言った。
 雨の境? と私は、寝台の端に腰掛け足の爪を切りながら答えた。

「前に一度、経験したことがあるんですけど、良く晴れた日に突然ぱらぱらと雨が降って来て、木の下に逃げ込もうとしたらまた突然止んだんです。あれっ? と思って後ろを振り返ってみたら、後ろではまだ雨が降っていて、雨の境を通り抜けたんです、私」

 へぇ……と相槌を打ちながら、私はその時の情景を思い浮かべる。
 雨から逃れようと小走りになる美鈴と、濡れる草木や花や、立ち上る土や緑のにおい。
 青空を流れる雲と、日の光。ぱらぱらと光を弾く雨粒。空を仰ぐ貴女の姿。

「……それは、綺麗だったでしょうね。私は見たことないわ」

 今、ありありと見えたけど。

「そうですか。見せたかったなぁ、咲夜さんにも」

 そう言いながら、美鈴はページを捲る。

「天気雨のことを“涙雨”なんて言いますけど、あれは涙なんて感じじゃなくて、きらきらして綺麗で」

 合間に、私の爪を切るパチンという音が響く。

「雨から晴れへ出たんですけど、せっかくだからまた雨のほうへ戻ったら、すぐに止んじゃいました」

 小さく本が閉じる音が聞こえて振り向くと、美鈴は本を片手に横向きに寝転んでいた。

「何、もう寝るの?」

 何か言いたげに見上げてくる視線を、首を傾げることでかわしながら尋ねると、美鈴は少し眉根を寄せた。

「……咲夜さん、私の話、聞いてます?」
「聞いてるわよ」
「でも、何か上の空みたいで」
「まさか」

 パチンと爪を切りながら答えた。

「貴女の話は、いつもちゃんと聞いてるわよ。他の誰よりも聞いてるつもりだけど?」
「どうせ私の話は、誰もちゃんと聞いてくれませんよ」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」

 私だったら、心が動かされないことも、何とも感じないことも、何となく良いなくらいで終わってしまうことも、貴女から聞くと、何だって色付いて特別なものに感じるのに。
 夕焼けに染まる雲、西日が差す庭園、満開の向日葵、風がざわめく草原、澄んだ小川のせせらぎ、時計台から見上げた青空、月のない満天の星空。どんなに些細なことだって、何だって……。
 貴女の話してくれたことは、はっとする感覚とともに、何だって覚えている。

「……西日が差す庭園で貴女言ったでしょう。世界が光に包まれるこの時間帯が好きだって。空も太陽の光も“ハチミツ色”で綺麗だって。庭園の緑がハチミツ色に輝いて、より綺麗に見えるって」

 そんなこと、私は深く考えたことなんてなかったのに。太陽をハチミツって貴女……とも思ったっけ。
 日々、ただの現象として切り捨ててしまうこと。美鈴はそれを一つずつ掬い上げる。

「咲夜さん……」

 美鈴の目がきらきら光る。その瞳は、私より多くのものを見ている。
 その瞳を通して、私は、世界の美しさを知る。

「言ったでしょう。他の誰よりも聞いてるって」

 爪を磨いて整えながら言った。

「咲夜さんは、どうしていつも、私の欲しい言葉をくれるんでしょうね」
「さあねぇ」

 それは、私だって同じ。貴女が何だって話してくれるから、私はいつも新鮮な気持ちになれる。
 この世界に愛着が持てる。貴女の瞳を通した世界は、とても色付いて見えるから。

「……ねぇ、爪の手入れ終わったら、星でも見にいかない?」
「え? 珍しいですね。咲夜さんが誘って下さるなんて」
「まぁ、たまにはね。今日は良く晴れてたし」
「そうですね。新月に近いから、きっとたくさん星が見えると思いますよ」

 美鈴は上体を起こすと、寝台から下りて軽い足取りで窓へ向かった。
 カーテンを開け放ち、あ、天の川も見える、とのたまっている。

「流れ星が見えたりしてね」
「良いですねー、何お願いしようかな」

 爪を磨き終わり、切りかすをゴミ箱に捨てた。
 私が立ち上がる音に反応した美鈴が、終わりましたか? と振り返る。
 えぇ、行きましょうと言って、鏡台に爪切りを置いた。
 ――繋ぐ? と手を差し出すと、嬉しそうに重ねてくる。
 前に、二人で見た満天の星空を思い浮かべた。あの時感じた不思議な、新鮮な思い。
 ふいにまたそれを感じたくなった。
 
実家にいた頃は夜に月とか星を眺めてました。
夏は家の前の田んぼに蛍狩りに行ったりとか。

関係ないですが、実家が田舎なので、夜は外に出てみると天の川とかが見えるんですけど、理系の弟と一緒に見ると、熱量がどうの~とかいう話になるので情緒がないです(笑)
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
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コメント



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6.100名前が無い程度の能力削除
綺麗なお話ですね
2人はもう結婚しちゃいなYO!
9.100名前が無い程度の能力削除
理系の友人がそんな感じで情緒を台無しにしてくれますw
まぁ、分かりやすく説明してくれるので面白いですけどね。
11.90名前が無い程度の能力削除
まったり特別でない毎日が良いですね
15.90コチドリ削除
物語に当て嵌めるならば、作者様は美鈴、私は咲夜さん。
あなたのお話はいつも新鮮で色付いて見えます。