Coolier - 新生・東方創想話

殺麗事件

2010/08/07 23:46:25
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 霧雨 魔理沙は幼少の時分を振り返らない。
 思い起こしても印象に残っている事がない。
 当時の彼女は全く"どうでもいいこと"に囲まれていた。逃げ場のない、飽くことなく続く生活という名の責め苦に、しかし苦痛を感じるより先に適応していた。あたかも四角く育てられたメロンの様に。
 そんな彼女が過去を想うとき、先ず思い浮かべるのが博麗神社から見た空の景色だ。

 果てなく続く、青く澄んだ空――

 膨大な大気が自分の上に広がっていることを感じた。
 以来、彼女は空飛ぶことを夢見るようになった。
 抑圧された心のひずみエネルギーは容易に魔力に化け、持ち前の知性と努力により宙に足を乗せるまで時間はかからなかった。
 最初に魔理沙は高さを求めた。
 山よりも高く。
 雲よりも高く。
 酸欠で墜落するまで、その試みは続けられた。

 次に求めたのは速度だった。
 地を駆けるどんな獣よりも速く。
 空を切るどんな妖よりも速く。
 この頃になると魔法使いとして名が通るようになり、速度の限界を悟り身を引いた。

 そしてたどり着いたのが火力だった。
 火薬を精製し爆薬を調合し薬物を服用し、地を穿ち天を薙ぐ破壊力を追求する。
 かくて、彼女はようやく誇るに足るアイデンティティを見つけた。

「弾幕はパワーだぜ」

 そう嘯く彼女は、今――


 ……眼下に……幻想郷の……自然が広がっている。
 濃い緑は人の入らぬ原生林。
 赤茶く煤けるは妖怪の山。
 紅い館、光る湖。
 さらに近付くと、自然がその詳細を顕して、風見の花畑、青々とした竹林が確認できた。
 魔理沙はその景色を視覚でなくイメージとして捉える。
 VL型シンパサイザーが脳に直接投射する空間情報。モノクロでしか把握できない一個一個のオブジェクトが持つ色情報を、魔理沙は補完しながら地に向かい落ちていた。
 その先に、つい七三〇ナノ秒前まで見たことも聞いたこともなかった、しかし今は厳然として立ちはだかる"敵"が見える。数は合わせて六。
 だが魔理沙が見ているのはさらにその先だ。そこには――

「アリス、アリスだ、よし、よぉし――」

 俄然やる気を出したような声。魔理沙が武装腕を展開する。
 否、魔理沙が、ではない。
 魔理沙が駆るナイトウォッチ二号機こと、恒星間空域用超光速機動戦闘機"ニーズレーゲン"が、である。

「六対一ね、ははっ。負ける気がしねえや」


 そう嘯く彼女は、今――


 光よりも速く、星よりも高く、恒星系を破壊する火力を持って、幻想郷の空を飛んでいた。








     *      *
  *     +  
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *
********************




 殺麗事件-A case of HAKUREI slayer-

<>

霧雨 魔理沙      …… 魔法使い。本作の6ボス
アリス・マーガトロイド  …… 魔理沙の一味。人形遣い
河城 にとり       ……    〃     谷河童
八雲 紫         …… 妖怪。里山の管理人
博麗 霊夢        …… 巫女。   〃

ペイパーカット      …… 外来種。殺し屋
デビルレイクバーマ   …… 外来種。井上カブレラ潜入編に登場した半漁人。バーマ湖に生息する硬い外皮を持った水棲獣であり、高い知性と凶暴な性格で人間を襲うということは解っていますが、その他一切のことはわかりません。




********************

[第百二十八季 師走の二十六
 12月26日
 霊夢と年末]


 博麗 霊夢の朝は早い。
 未だ陽の昇りきらぬ時刻に目を覚ます。
 あわただしく支度を整え冷たい風を切り空を舞う。頼まれた地鎮祭は本日早朝。神具一式は霊夢に重く、両肩に圧し掛かる。
 到着すると人手を借りて、ひな壇を組み立て神器を祀り、神酒を注いで神棚を設営。二礼二拍一礼から始まる儀式は恙なく進行し、寒い早朝だったため霊夢は儀式をちょこっと端折った。
 集まったは土木作業員。今日が本格的な仕事始め。じき雪の降る時分に土地開発の開始とはこれいかに、と霊夢はそう思ったが、人里には人里の都合があるのだろう。左様、税金対策かなにかなのだ。
「ま、私は貰えるもの貰えればいいんだけどね」
 しゃらんと大幣を振る。霊夢より二周り大柄な男達が、ずらりと頭を垂れていた。
 餅代を確保した霊夢はその足でお祓いや願掛けの仕事をハシゴして、南中に至る太陽のように懐を暖めた。最後に訪ねた農家の次男坊に、さして意味のない祝福とどうせご利益のないお守りを授けると、土産にといってがっこを二本と味噌一升、そして米を一斗ばかり渡された。
 この時点で、実に空飛ぶ霊夢の総重量は二百十四キログラム。細腕に力を込め、昼までには着きたいと早めの家路を急ぐ様は、まるでデンドロビウムのようであった。
 やっとの思いで家に帰りつく。
「ただいまー」
 応えるものなどいないのに、霊夢は社の裏手、自宅の引き戸を開け。
「おかえりぃ」
 すると甘たるい幼女の声、萃香。見ると玄関には彼女の下駄が。どうやって入ったのだろう? 一応、鍵はかけておいたのに。
「萃香?」
「戴いてるよん」
 コタツに肩まで浸かった萃香はヒノキの枡を霊夢に掲げた。みるとどうだろう、居間には蓋を割った酒樽があるではないか。
「なにこれ? あんた持って来たの?」
「いんや。いや、半分正しいかな?」
「どういうことなの……」
「んやね、さっき――さっきってほどじゃないな、結構前かな? 近くで人里の人間に会ったんだ。重そうな酒樽を運んでて、博麗神社まで届けたいっていうじゃない。だから私が残りの仕事を肩代わりしてあげたってわけ」
 足元に落ちていた半紙を拾い上げる。樽の封だろう。祝、と書かれていた。そうか、地鎮祭の報酬をわざわざ届けてくれたのか。しかし、これでは貰いすぎだ……霊夢に恩を売ろうとする輩は多い。かといって返すわけにもいかないし。というか既に飲んでるし。
「仕方ないね」
 霊夢はとりあえず思い煩うことを後回しにして駆けつけ三杯をやっつけた。憂えずとも届けようとした側は、途中で鬼に奪われてしまったと思っているなどとは想像の埒外だった。
「じゃじゃーん。がっこ貰ってきたのよ」
「おぉー、いいおつまみになりそうだね」
 その他にも紅白まんじゅう、塩ジャケ、小麦。これで十分冬を越せそうだ。
「えへへ」
「気分よさそうだね」
 酒には弱くないはずの霊夢が既に頬を赤く染めている。ほんのりと頭から喜びがこぼれている。萃香は浮かれている様子の霊夢に聞いた。
「米びつが一杯になるとね。へひひっ。幸せじゃない?」
「あーそれはいいね」
 気色の悪い笑い方をする霊夢にちょっと引きながら、萃香はそう応えた。一週間前から博麗神社の米びつは空っぽだった。それがいまでは予備も含めて満杯で、まだ余っている。これで幸せにならないはずがない。
 炊いた米で酒を飲み、ガッコを頬張り年末の冷たい空気を楽しむ。干し柿がまだあったかな、と霊夢がコタツから抜けると、入れ替わり立ち代りで訪れるものがあった。
「ちーっす。あれ、昼間っから宴会? 忘年会?」
「こんにちわ。飢えてるっていうからリンゴを持って来たのだけれど……その心配はもうないようね」
 魔理沙とアリス。
 アリスが籠からリンゴを一個。その姿はなぜか、毒リンゴを白雪姫に食わせんとする魔法使いのように見えた。
 決して手狭ではない社務所の中で、各々が角を突合せ酒をあおる。なし崩しに宴会が始まった。
 コタツが手狭になったので、萃香は上海と同じサイズになって霊夢に管を巻いた。それでも酒量は変わらない。
 その場で魔理沙は新たな弾幕を開発中であることをそれとなく匂わせ、年初めからは不敗伝説を築くと豪語してみせたりした。
 アリスは静かに手酌で飲んでいたが、そっと霊夢が差し出す酌も受け入れ、静かに注しつ注されつのまま楽しいときが過ぎた。
 
 それは一見ただの普通のありふれた、どこにでもある宴会風景ではあった。

 だがそれが博麗神社で行われる最後の酒宴になろうとは、例によって誰にも――いや、その場に居た一人を除いて、気づける者は居なかった。


********************

[12月27日
 魔理沙とトリメチレントリニトロアミン]


 霧雨 魔理沙の朝も早い。
 寒さを堪えて起き出すと、ガウンの上から白衣を羽織り、つっかけぱたぱた台所へ向かう。
 わずかに頭痛。二日酔いもあったが、よっか家中に充満する有機溶剤の臭気が原因である。
 素焼きの容器やガラス瓶に大量に保管されたメタノール。これを開始剤として作られるホルムアルデヒド。失敗して出来上がった蟻酸。さらに、後に使うことであろうアセトン。
「そろそろ、要らない物を中和して捨てなくちゃなあ」
 そうは言うのだが物を捨てられない性分の魔理沙には無理な話だった。
 床には焼け落ちた酸化銅やこぼれた黒色火薬、揮発した諸々の溶剤の水跡。天井には焦げ跡と脂ぎったぬめり。掃除しなければいずれ事故に繋がるような、そんな荒れ果てた空間だった。
「ま、年末にでも……」
 そう言って魔理沙は面倒ごとを後回しにした。
 それに、いま片付けたら、どこから手をつけて実験を進めればいいか解らなくなりそうだった。
 実験手順が複雑すぎるのだ。頭で覚えようにも、自分のやっている手順がどんな意味を持つのか、という目的意識が欠けているため記憶に残り難い。それゆえに、実験空間にノウハウを刻みつけることで補完していた。それは自分の実験室を手足の延長のように使いこなしているということでもあり、また、闇雲に試行錯誤を繰り返しているということでもあった。
 充満した溶剤の臭いを箒で台所から追い払う。そこだけ見れば家庭的な少女に見えないこともなかったが――彼女のやっていることは、実のところ爆弾の作製なのだった。
「でも少しくらいはスペースを確保しないとな……明日、にとりが来るし」
 共同開発者の河城 にとりは主に溶剤と原料の提供をしていた。アセトンは既存の火薬を作製するために魔理沙が自家生産していたが、それ以外はほとんどをにとりに頼っている。資金もにとり持ちだ。
 新たな爆薬が完成し、その製法が確立されればあとはエンジニアリングの問題になる、と、にとりは常々魔理沙に言っていた。にとりはあくまでも技術屋であり、決して創造的な作業に向いているわけではない。実験を通じて得られるひらめきや、観察の方向性などは圧倒的に魔理沙の方が的を射る事が多かった。だが大量生産の手法や設備の設計は魔理沙には思いも寄らない領域になる。二人は互いを補い合いながら新たな地平に挑もうとしていた。
「こんなもんでいいかな?」
 ひとしきり床のみを掃き、にとりが搬入する資材を置く場所を確保したら、魔理沙は朝食の準備に取り掛かった。
 キノコを味噌汁に放り込む。パリパリした海苔と納豆が食卓に上る。昨晩の残りの冷や飯を食らいながら魔理沙は今日はどこで暇を潰そうかと考えた。
 とりあえずアリスのところでお茶でも飲んで、そこで何か暇つぶしになることを探そう。にとりが来るまでは、作業を進められない状態なのだった。
 それはなんということのない一日の始まり。
 しかし事態は既に進行し始めていた。


********************

[射命丸と激写ボーイ]


 午前十時、お茶の時刻丁度にアリスの家を魔理沙は訪ねた。狙い済ませたかのようなノックにアリスは一瞬だけ表情をほころばせたが……そんな顔を見せるわけにはいかない。すぐに表情を引き締める。
「よっ」
「あらこんにちわ」
「今日も来たぜ」
「何にも面白いことなんかないわよ」
「お茶くらいはあるんだろう?」
「飲みたければ自分で注ぎなさい」
 話しつつ、しかし帰着する先はいつも同じなので魔理沙は勝手知ったる他人の家の食器棚を開ける。半ば魔理沙専用となっているそのカップは人形の手を借りずアリスがキチンと洗い収納していることを、魔理沙はまだ知らなかった。
「いただくぜ」
「…………」
 上海が砂糖とミルクを持って来る。
「お、サンキュー」
「お礼なら上海に言いなさいよ」
 ぼやくような声を上げつつも、アリスはこの時間に満足していた。だから、ほんの少し、魔理沙が上海の方を向いている時に、僅かにだが表情が緩んでしまった。
 そしてその瞬間を覗き屋は見逃さない。
 フラッシュ。およびシャッター音。
 アリスがめくらましを受けた形になる。窓のほうだ。そこにはべったりと頬を窓に摩りつけたカラス天狗が一羽いた。ニヤニヤと笑っていやがる。
 冷たいガンをくれて、顎でドアを指す。テメー用があるなら入ってこいや、と無言でアリスが言っていた。冷徹な女というよりはまんまヤンキーの仕草だった。
「どうも! 文々。新聞です」
「感光性のある試薬を扱ってたら今頃台無しになってたかもしれないじゃない。気をつけてよ。あとネガ寄越せ」
「文じゃん。なに? 新刊?」
「ええ、最新版をお届けですよ」
 言いながら射命丸も無遠慮に紅茶に手を伸ばす。アリスのカップをごく自然に横取りしていた。
「頼んでないのにそんなもの持って来られても困るんだけど。あとネガ寄越せ」
 束になって丸められた新聞を一部抜き出し魔理沙に寄越す。会話はかみ合っていなかった。
「ちょうどいい、暇してたんだ」
「今日の特集は紅魔館ですよ! 特にパチュリーさんの! 魔法使いのあなた方には是非読んで欲しい」
「紅魔館特集ってあなたまだ紅霧異変を追ってるの? あとネガ寄越せ」
 魔理沙が早速新聞を開く。一面からパチュリーの記事だった。
「なになに。『七曜の魔女、金に続き白銀の精錬に成功』とな。……白銀?」
 魔理沙が疑問の視線をアリスに投げかける。
「精錬ってことは鉱石から還元して純粋なバルク材を得たってことでしょう」
「ええ。なんでも新しい精製法を見つけたとかで、得られた高純度部材で刀剣を作ったらしいですよ。二面に写真があります」
 魔理沙はばつが悪そうにアリスに尋ねる。
「えーっと……ゴメン、白銀って?」
 弱っている魔理沙を見て満足したアリスは腕を組んで応えた。
「軽金属の一種よ。文字通りの白銀色をした金属で耐食性、強度ともに優れている。加工性も良くて外の世界ではあらゆるところに用いられているそうよ。資源量も豊富で、極端にいえば土をすくえば手に入る」
「それなら別に貴重ってことはないんじゃ?」
「精錬が非常に難しいのよ。莫大なエネルギーが必要になるし、強腐食性の物質を使うから。それに資源として有効なギブス石はこの国じゃ産しない。ちょっと見せてみて……ああ、ほら。やっぱり」
 アリスは魔理沙のすぐ横に顔を並べて新聞を覗き込む。
「白銀……アルミナンはこのへんの造山帯――足尾帯と上越帯――で採れる岩石、例えば紅柱石やミョウバン石にも含まれてるけど、これらはケイ素と強く結合してて精錬には適さない。七曜の魔女はケイ酸分の少ない地層で採れた酸化物……コランダム構造のルビーやサファイアなどのクズ宝石を使って純金属を得たようね」
 アリスはすらすらと記事を読み解き、そう言った。
 魔理沙は正直さっぱりだったが、見栄を張って解ったふりをした。
 アルミナン酸化物……アルミナは極度に安定した物質であり、これを無理やり還元するには最初に言ったように大電流が必要になる。選鉱と湿式、乾式の精錬で不純物を取り除く工業的ノウハウがないパチュリーは苦肉の策としてこの原料を選び、熱力学的にいえばほぼ完全に『詰んだ』物質であるアルミナ粉末から持ち前の術式で精錬を成し遂げたのだろう――
 ――と、そこまで解説したところでアリスが魔理沙を省みた。
 ちっとも解っていなさそうな表情で新聞を覗き込む横顔がすぐそばにある。
 ふっ、と魔理沙の髪から石鹸の香りが漂う。粗野な色香にアリスが酔った、その一瞬の隙を射命丸は見逃さなかった。
 フラッシュが焚かれ、再びアリスの目が眩む。
「うおっまぶしっ」
「ちょっと! だから撮らないでよ!」
「ちなみに、純度の高いアルミナンっていうのはこれですな」
 そう言って射命丸はアリスの宝石箱から小さな円盤を取り出す。昭和五十四年と書かれた一円玉が出てきた。
「これが白銀? ずいぶんくすんで見えるな」
「確かに。私がパチュリーさんのところで見たやつはもっと白く輝いていましたよ」
「酸か何かで表面を洗ってやると綺麗になるんだけれどね……いや勝手に開けないでよ」
「じゃあ一丁これからパチュリーのところ行って実物を見せてもらおっかな」
「え」
 アリスがパチュリーの名に動揺を示す。再びフラッシュが瞬いた。
「このっ」
 アリスが問答無用で伸ばす手を射命丸はひらりとかわす。
「ネガを寄越しなさいってばー! 野郎このファッキンビッチめ!」
「いやハハハ。命と同じくらい大事なカメラは、人様には触らせられませんな」
 ではこれで、といってそそくさと射命丸は逃げ去った。
「まったく……覚えてやがれくそが」
「それで、アリスはどうするんだ?」
「あァ?」
「私はこれから紅魔館に行こうと思うんだけど、一緒にどうだ?」
 あなたほど暇じゃないのよ、といつもならば言うところだったが――
「行く」
「珍しいな?」
「興味あるのよ」
 上海が家の中からコートを持って来る。魔理沙が箒に跨る。僅かに、後ろにスペースが空けられていた。やや迷ったあと意を決してタンデム。流石に腕を回すことは出来なかった。
「しゅぱーつ!」
「しんこーう!」
 密着した魔理沙の背中が温かい。それだけでアリスは幸せな気分になった。
 だもんだから……一瞬といわず、バッチリ油断しきって笑顔をとろけさせてしまった。
 ぱしゃっ、というシャッター音で初めて気づく。
「だから撮るなっつーのこのくそカラスがア! 魔理沙、追って! 今日の夕飯は手羽先よ」
「はいはい、あとでなー」
「写真は現像したらあげますからねー! ではー!」
「いらねーよファッキンビッチ!」
 そう言って二人と一人は別れる。
 
 二人が射命丸を見たのは、これが最後となった。


********************

[パチュリーとアシッドマン]


「アポイントメントはお取りですか?」
 アリスと魔理沙の二人は紅魔館周辺で箒から降りた。飛んだ状態で周辺を通過すると、場合によっては門番から先制攻撃を受けることになるからだ。
「約束は取り付けてないぜ。遊びに来ただけだ」
「そういうことでしたら結構ですよ」
 そう言って、横に構えた長いゲバ棒を縦にし、警ら体制に戻った門番は客人を二人迎え入れた。
「簡単に通れたわね、てっきりひと勝負あるかと思ったけど」
「盗みに入る時は正々堂々ぶつかるさ。だまくらかして入るようなことを一度でもすれば、きっと二度とここには入れなくなるだろうからな」
「変なの」
 門番と盗人の間には、奇妙な信頼関係があるようだった。
 花壇の道を通り抜け、エントランスに姿をみせる。妖精メイドがあわただしく空を舞い、コートを預かった。図書館に用がある、案内はいらないと魔理沙が告げると妖精メイドは引き下がった。
「メイド長に当たればよかったんだけどな……」
「どうして?」
「その方が、おいしいお茶が出てくる」
「なんかその口ぶり。よくごちそうになってるみたいじゃない」
「そりゃあ、な。あの二枚羽の妖精メイドはよくお茶をぶちまける。青い三枚羽は落ち着いてるけど、よく砂糖を忘れてくる。赤っぽいのはやたら渋いお茶を出してきて……いやまあ人ン家で出されるものに文句をつける気はないけどな」
 吸血鬼の館の中だ。主は寝ている時刻だろうが、どこでどんな聞き耳が立てられているか解ったものではない。
 館の左側に伸びる長い廊下を渡る。突き当りの階段を下ると、図書館の大きな扉が待ち受けていた。ノックは二回。返事はなし。魔理沙は迷わず開ける。広大で暗い空間が広がった。
「パチュリー? パーチュリー! あーそーぼー」
「こんにちわー」
 大声で主を呼ぶ。机には書きかけの本が広げられておりライトもつけっぱなし。歩み寄るとなにやら化学式が並べられていた。これは魔理沙にも理解できた。金属の表面処理を行うための酸を調合する式だろう。大きく書かれた化学式の下に、びっしりと数式が並んでいる。濃度や反応熱が計算されていた。
「ここよ。いらっしゃい魔理沙――それに、アリス」
 階上のキャットウォーク。光りの届かない場所からするするとパチュリーが降下してきた。
 パチュリーはその手に分厚い化学便覧の写本を抱えていた。魔理沙に盗られないよう隠していたのだ。
 それは一冊でウィッチとパセンジャーの間を分けるといってもいいような貴重な本で、魔理沙は再三写本を頼み込んでいるが順番待ちの状態をここ数年続けている。今抱えているのは第一世代……原本から直接コピーしたもので、最もパチュリーが使い込んでいる、書き込みが多く知識の詰まった、そういう本だった。
「あなたもあれかしら?」
「おう、こいつを見せてもらいたくて」
 そう言って新聞記事を指し示す。ついてらっしゃい、とパチュリーは目で言って奥の部屋へ向かう。
 そこはバスルーム。
 洗濯機と洗面所のある脱衣室を抜けると、パチュリーは靴下を脱いでゴム長靴に履きかえる。
 そのただならぬ様子に二人は息を飲んだ。
 浴室のドアを開けるとバスタブがあり、そこには緑色の濃い液体が満たされていた。
「そろそろ取り出して様子を見ようと思ってたの」
 言いながらゴム手袋をはめたパチュリーがヘドロのような酸の中に手を突っ込む。
 取り上げられた短剣は柔らかい浴室の照明を鋭く反射し、光のコントラストが強烈な剣呑さを漂わせた。
「これがアルミナン……外の世界でアルミニウムといわれる金属で作った剣よ」
 と言ってパチュリーは剣をかざし、その光沢を確かめる。
 どうやら不働体膜は安定し、細かい傷までカバーするように形成されたらしい。
 二人にもよく見えるようにと剣を持って振り返った。
「お、緑発見。これで全部か?」
「青がないけど、今日は水曜日だしね」
 脱衣籠の一番下から、ほぼ一週間前のショーツが発掘され、床にずらりと六色が並べられていた。
 他にも洗濯待ちの服が散らばっている。脱衣籠が漁られていた。
「切れ味はまだ試してなかったのよねこれ」
「おk、時に落ち着け」
「アリスもアリスよ……一緒になってなに馬鹿なことやってるの」
「いやゴメン、つい気になって」
 おまえは気になっただけで女子の脱衣籠をひっくり返すのか?
「それで、こいつがアルミナンの剣か」
 パチュリーは口の中でもごもごと呟くと、シャワーヘッドを掴んで刀身に水を噴き掛けた。物凄い水圧で酸と余分な酸化物を飛ばす。
「思ったより、くすんでるんだな」
「保管性をよくしようと思ってね。鏡面を保つのはいろいろ面倒なのよ。持ってみる?」
「いいのか? じゃあ貸して」
「刃には触らないでね。指紋の皮脂がずっと残るわよ」
「軽いんだな!」
 興奮した様子で魔理沙はその剣を振るってみた。これはすごい、と実感していた。女の細腕でも軽々と振り回す事が出来る剣がこの世にあるなんて、と思った。
 剣をアリスに渡しながら魔理沙はパチュリーに興味津々と言った様子で聞く。
「な、な、どうやって作ったんだ? 私も作れるかな? もっとたくさん作るのか? 余ったらくれたりしない?」
「製法は企業秘密よ。もう数年して、あなたが賢者の石を創れるようになったら教えてあげてもいいわよ。最低限それくらいはできるようになってもらわないとね」
「すごいわね、これ。武器の革命になるかしら?」
 アリスも感心した様子で問う。その目は刀身にそそがれたまま動かなかった。
「とてもじゃないけど、それは無理ね。生産量まだまだ少ないし、それに……気づいたと思うけど、まだらに灰色の斑点が出ちゃうでしょ。上手く酸化しないとそうなるの。改良の余地がたくさんあるのよ。ちなみにウチのメイド長なんかは、軽すぎて投げるのには向かない、とか言ってくれたわ。武器としては、使えないでしょうね。柔らかいし」
 ガラスケースの中にその剣をしまい、ヴェールをその上から掛ける。
 そこでようやく紅茶が届いた。

「そういやア、今年も紅魔館では年越しパーティーやるのか」
 紅茶にどぱどぱとミルクを注ぎながら魔理沙が思いついたように尋ねた。
「あなたたちにしてみれば、呪いの儀式みたいなものよ? ルシファーの再臨を祈願してるのだし」
「けど、どうみてもパーティだったわよあれは」
 かくして、なんだかんだと昼間で居座った二人は紅魔館で昼食をごちそうになった。
 二日連続で昼飯を奢られしまった。この調子で昼飯を毎日あちこちでごちそうになることはできないものか、と魔理沙は計算し始めていた。
「それじゃ、他にも客が居るようだし。私達はこれで帰るぜ」
「今日はごちそうさま。咲夜にもよろしくね」
「ええ。それじゃあ、また――」
 そう言って二人と一人は別れた。出るときは空を飛んでいても構わない。守衛小屋で木炭ストーブに当たる門番に軽く手を振ると、門番も目で挨拶を返してきた。

 ――次に訪れた時にも、同じように彼女達に会える。この時、二人は疑うこともなくそう思っていた。


********************

[紫とサイレント・グリーフワーク]


 紅魔館を出ると空気が変わっていた。
 先ほどまでの冬の痺れるような冷たさは薄れ、生ぬるい大気が上空にたち込める。この変化に気づける者は多くなかったが、人間である魔理沙にはよく解った。
「なにか変だぞ?」
「なにかって、なにが」
「よく解らないけど、そわそわするっていうか」
 そう言って魔理沙は空を見上げる。灰色がどこまでも高く広がり、吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「ちょっと、霊夢のところに行ってみよう」
 言うが速いか魔理沙はぐいっと機首を東へ向ける。風圧が増して二人の髪がたなびいた。慣れたもので、アリスも魔理沙に合わせてバランスをとる。二人は博麗神社への直線を辿り始めた。
 この不明瞭な予感も霊夢にならば既に明確なものとして捉えられていることだろう。もし霊夢がなんでもないと言うならば、それはそれで安心できるというものだった。

 そして異変はすぐに確認できた。

「なんだあ……あれは……」
「どうしたの、魔理沙」
 視力がいい魔理沙には既にそれが見えていた。博麗神社の向こう。この距離からでもはっきり見えるほどに、巨大なオブジェクトがいくつも聳えていた。
 東風谷 早苗にならば正確にその正体が見極められただろう。しかし魔理沙にはそれが人工物なのかどうかすら解らなかった。ただ、空を映したかのように灰色の塔が無数に林立している、圧倒的な存在感が魔理沙を気圧していた。
 近付くにつれアリスにも全容が見えてきた。
「……なんなの、あれ」
 黒かびが繁殖するように大地に巣食った灰色の街並みを俯瞰して、アリスは言葉を失った。
 大量の熱、大量の人、大量のコンクリート。数千万トンもの質量が集中している。
 理解できる範疇を超えた光景に二人はしばし呆気に取られた。
「ど、どうしようか」
「とー……とりあえず霊夢のところに急ぎましょう」
「あ、ああ。そうだな、そうしよう」
 これが何の異変なのかは解らなかったが、ともかく霊夢のところへ急行した。
 いつもならば勇んで突っ込んで行くところだったが、今度ばかりは恐怖が勝った。
 あまりにも、『どうかしている』事態に二人の思考は停止していた。
 すがるように霊夢のところへ向かうと、博麗神社にはいつものように人気がなかった。
 境内に直接乗りつけ縁側に直行する。
「れーむ! 霊夢霊夢霊夢! 大変だぞ!」
「いるなら返事して!」
 切羽詰った二人の声は虚しく、応える声はなかった。
 だが障子の向こうに動く影を見つけた魔理沙は迷うことなく靴を脱ぎ飛ばし、障子を開け――
「紫!?」
「……霧雨 魔理沙。それに、アリス・マーガトロイド」
 消沈した様子で……そう、八雲 紫は眼に見えるほど、色が薄くなるほどにその勢いをなくした様子で魔理沙たちを見つめ返した。
「あなたも来てたの。外のあれ、一体なんなの?」
 アリスが紫を確認して尋ねる。だが紫は応えなかった。
 もう、どうでもいい――そんな無気力感だけが伝わってくる。暗い室内はいっそう暗く感じられた。
 そういえば、ずいぶんと肌寒い。室内だというのに外と同じくらいの気温しかなかった。
 霊夢はどこに行ったんだ、と魔理沙が応えない紫を素通りして勝手知ったる神社に上がりこむ。
「霊夢、いないのか? れい……っ」

 霧雨 魔理沙の理解は早かった。

「霊夢……」

 寝室に霊夢はいた。

 薄暗い部屋。

 冷たい空気。

 人の気配がない神社。

 畳に四肢を投げ出し、うつ伏せに倒れたままの博麗 霊夢。

 外の異変。

 八雲 紫の迅速な行動。

「おいおいおいおい……どうしたんだよおまえ……っ!」
 霊夢の元に駆け寄り、膝で畳の上を滑りながら側に付く。その細い両肩を掴むと、驚くほど冷たく……そして固かった。
 アリスもそのことを確認すると、息を詰まらせた魔理沙に代わりに静かに紫に尋ねた。
「死んだの?」
「ええ」
 あっけない返事が背後から返ってくる。
 死後硬直。全身の筋肉が強張っているかのよう。
 その顔を伺おうとした。できなかった。
「………………」
「………………」
 言葉をなくしてしまったかのように口が動かない二人は、霊夢の惚けた表情を直視することのできないままに、乾燥したその目を閉じさせた。そっと白いハンカチが差し出される。紫。それを、まるで見たくないものを隠すかのように霊夢の顔にかけると魔理沙は立ち上がった。
「アリス、手伝って。霊夢を寝かせたい」
「ええ」
 二人は霊夢の亡骸を敷いた布団に横たえた。着衣はまだ巫女装束のままだったが、とり急いでしなくてはならない感情的な面はこれで済ませることができた。
 紫はその間じゅう、神社をあちこち歩き回っては祭具を集めてきた。遺体を安置する環境が整うと、三人はその場を離れ居間へと移る。
「一体、なにが起きたんだ」
「私も解らない」
 冷え冷えとした部屋に魔理沙の冷たい声が響いた。
「解らないって……なんだよ。外の景色はなんなんだ? なにが起こって……いいや。なにが起きたのか、見当も付かないのか」
「私にも……解らないことくらい、ある」
「……あれは結界がなくなったということ、なのかしら」
 落ち着いたポーズは保ってはいるものの、論理的思考が出来なくなっている魔理沙の代わりにアリスがそう尋ねた。
「ローカルアドミニストレータが不能になった。けど、博麗大結界はいまだ健在よ。ただしそれは、『落ちている金魚鉢も、落ちている間はまだ割れていない』というような、不安定な状態で……だけどね。霊夢の役割は、例えるならば鉢に注がれた水をこぼさないように保持することだったの。ビルトインスタビライザー。変化し続ける状況に対応できなくなった影響が外の景色よ」
「……外からも、私達は見えるのか?」
「ええ。結界の基本的な機能……外と内を隔てること。侵入と脱出を阻むこと。この二つは維持される。けれど、他の付属的な機能、例えば空間連結とか粒子と波の遮断といった機能は一時的な不全に陥った。だから外からもこちらが見えるし、こちらからも向こうが見える。もし今強力な妖怪が結界を破ろうとすれば、ひとたまりもないでしょうね」
「…………」
「…………」
 二人は黙ってしまった。他にもっと聞かなくてはならない事があるのだけれど……後回しにしていた。
「だから――出来る限り結界には近付かないでちょうだい。今までは目に見えない常識によって直接結界に触れることはできなかったけれど、今は『違い』が見えてしまう。不用意に近付くだけでも結界の耐久力を下げることになってしまうの。いま金魚が暴れたら、金魚鉢ごと倒れて割れかねない」
「すると、このことは……」
「ええ。出来る限り秘密にしてちょうだい。結界に致命傷を与えるような、強力な妖怪にはこちらから連絡して渡航自粛を依頼するつもりよ」
 幻想郷には支配や強制力の及ばない雑多な妖怪が多く、これらが異変を知り結界に殺到すれば結界を壊すほどのダメージを与えることになってしまうことは目に見えていた。その結果は彼ら自身の死なのだが……情報を隠す必要があった。
「私はこれから式総出で結界の修復維持に努める。霊夢のことは……頼んでもいいかしら?」
 言いながら既に紫は立ち上がり、スキマを開いていた。その腕には陰陽玉が抱えられていた。
「待ってくれ!」
 ようやく意を決した魔理沙が声を上げた。
「霊夢はなぜ死んだんだ。紫も……気づけない、その死因は……霊夢になにがあったんだ」
 霊夢の死は、気質が力を持つ幻想郷では基本的にありえない。
 なにがあればこのような事が起こるのか……魔理沙はそれを訊いていた。
 紫は片足をスキマに突っ込んだままゆっくりと言葉を探した。
 二分後、ようやく紫は口を開いた。
 その様子に、アリスも魔理沙も心を強く打ちすえられた。
 彼女はもしかしたら……誰よりも霊夢のことを悲しんでいたのかもしれない……そう思った。
「死因という意味では、脳卒中とか、急性心不全としか言い様がないわ。外傷はないし、血管が詰まった形跡もない。ただ、命だけが消えてなくなった。そんな具合で……私も……困っている。本当に。とても」
 ちぐはぐな、顔を、紫は、していた。
 右目は最初潤んでいたが、次に仇敵を睨む目に変わり、今は細められ、目じりが下がっている。
 左目は真ん丸に見開かれ、次にぎゅっと瞑られたかと思うと、恥らうように泳ぎ、今は呆れたように見下ろしている。
 頬は痙攣し、笑い、泣き、怒り、震え、とにかく顔中がその心の揺さぶられっぷりを現しているようだった。
 そして搾り出すようなか細い声。感情と意志が迸る。
 彼女は決して、無気力に佇んでいたのではない。
 総じて、ついに顔面には壮絶な無表情が浮かんだ。それは決して、なにも思っていないからではなく、様々な感情が押し合い圧し合いして、様々な筋肉と神経の動きがぶつかりあった結果なのだった。全身全霊をかけて、彼女は霊夢の死を受け止めていた。
 悲しみと義務をめいっぱいに詰め込み、すべてを飲み込んで八雲 紫はそこに立っていたのだ。
 彼女にはその必要があった。
 なぜならば、彼女は八雲 紫なのだから。
「霊夢のことは任せて。結界を……お願い」
 未だかつて見たことのない紫の姿勢に愕然としてしまった魔理沙に代わりに、そう言ってアリスが紫を送り出した。
 これからどうしようか? 
 誰もその答えを持ち合わせてはいない――紫でさえ。これはそういう事態なのだった。


********************

[アリスと死火山]


 博麗神社に集まった人妖の数は決して多くはなかった。
 そのほとんどは人間で、妖怪はレミリア・スカーレットと伊吹 萃香、そしてたまたま山を降りていた河城 にとりの三名だけだった。
 予想外の事態であったが、誰もが最初に気にすることは結界のことであり、その心配がないと知れると多くは関心を失い挨拶だけを済ませて帰って行った。比較的付き合いのあったレミリアなどはその場に残りたいと渋ったが、結界に与える影響が大きいことから咲夜に引かれる形で去って行った。
 神社は本来神のおわす場所であり、穢れである死を扱う場所ではない。しかしここより他に斎場も見つからず、またどの参列者も意気を保っているようなので神も見逃すだろう……魔理沙は静かにそんなことを思っていた。
「静かだな」
「ええ」
 魔理沙の呟きにアリスが応える。境内に人はまばらで、すっかり陽も暮れ雪が降りそうな曇り空が広がっていた。
「私、お腹空いちゃったな」
 そう言い出したのはにとりだった。妖怪の山は冬季戒厳体勢を発令し、訓練という名目で天狗、河童に渡り外出の自粛を要請した。にとりは帰ろうにも帰れない状態で、しばらくは魔理沙の元に身を寄せるつもりだった。
「今度、何か持って来ますね」
 最後の参列者である東風谷 早苗はそう言って帰って行った。最も結界に与えるダメージが少ない人間が彼女で、それゆえにその実力の高さに反して外出特権を得ていた。
「今日は私、ここに泊まるつもりなんだけど……二人はどうする?」
 魔理沙がそう言って二人を仰ぐ。このままでは霊夢は独りになってしまうと思うと、流石に魔理沙も気が気でなかった。一段落するまでは神社で寝泊りする方針で魔理沙は予定を立てていた。
「私達は帰るわ。ここに居たら結界に与える影響があるし」
 アリスはそう言ってそっと魔理沙の頭を撫でた。その行為自体に意味はない。ただ自然と手が出ていた。
「一人でも大丈夫よね?」
「あったりまえだぜ。にとりはどうするんだ? 私の家なら開いてるけど」
「アリスの世話になるよ。いいよね?」
 黙ってアリスは頷き、その日はそれで解散となった。
「じゃあまた明日な」

 二人を見送ったあと魔理沙は冷え冷えとした神社に戻った。
 普通だったら気後れするほど不気味なのかもしれなかったが、霊夢は例え死んでも霊夢のままなような気がして、魔理沙は深く考えることもなく普通に、横たわる霊夢の脇を通って押入れを開け、布団を取り出し、そして……
「なにをやってるんだ、私は」
 顔に白い布をかけた霊夢の横に、自分の布団を敷いていた。いつものクセでそうしてしまったのだった。
「霊夢は……死んだじゃないか」
 おかしいな。と魔理沙は思う。まるで実感がない。そこに遺体があるというのに。恐怖も悔恨も悲哀も感じない。これが喪失感というやつなのだろう、と魔理沙は持ち前の知性で自分自身を診断し、律した。
 あまりにも静かだった。
 静か過ぎるのだ。ごうごうと風とも獣の唸りとも付かない騒音が響くばかりで、この神社本来の騒がしさは微塵もない。早苗のいうところによると、大型車やトラックが高速道路を通過する音がここまで聞こえているのだという。音波が山を越える進み方をする、夜の気温が原因だった。
 結局布団は敷かずにコタツに入った。すぐに寝ようかとも思ったが、なぜか寝付けない。
 ふと、自分は今日紅魔館で昼飯をごちそうになってからなにも食べていないことを思い出した。
 既に時刻は深夜になろうとしている。
 思い出すと急に空腹が襲ってきた。確か、先だって十分な食料は仕入れられていたはずだ。
「ごめんな霊夢、ちょっとご飯をもらうぜ」
 もう霊夢は食べる事がないのだから、気にすることもないだろうに。そう思いながらも魔理沙は霊夢の亡骸に報告しないではいられなかった。声をかけても、当然霊夢はぴくりとも動かない。
 台所へ向かう。魔理沙の家よりもずいぶん片付いていた。
 土鍋に湯を沸かす。八卦炉の火力ならば数分で沸き立つ。おかゆにするつもりだった。夜食なので、なるべく消化によい物を作ろうと思った――だが。
「あれ? 霊夢ー、米がないぜ?」
 声を上げて、寝ている霊夢に呼びかける。だが応えはない。当たり前だ。
 あちこち探す。米びつは空。米袋も空。地下の収納スペースにも見当たらない。
「おい霊夢、おまえ米どこに仕舞ったんだよ?」
 キョロキョロと台所を見渡す。
 居間に戻ってそこも探す。
 霊夢の亡骸が安置されている部屋も探したが、当然あるわけはない。
「霊夢、米知らないか? ……霊夢? 返事をしろよ……。……霊夢」
 きょとん、と魔理沙が一人。
 まるで取り残された子供のように霊夢の亡骸を見下ろした。
「………………」
 魔理沙の呼吸が浅くなる。
「霊夢?」
「……魔理沙」
 がたたっ、と大きな音を立てて魔理沙が畳の上を転がった。
 アリスだった。アリスがいつの間にか家に上がっていたのだ。
「魔理沙、大丈夫?」
「え、あ……ああ。大丈夫だぜ。なにいってるんだ」
 よろよろと起き上がりながら魔理沙がしどろもどろに応える。
 魔理沙は――霊夢を死んだ者として扱えていない。
 アリスはこの時既に、それを見抜いていた。
 危険な兆候だった。亡霊などに足元をすくわれ、破滅する典型的な例だ。
「魔理沙。やっぱり私の家へ行きましょう。神社のことなら、阿求にでも頼めばいいわ。私の人形もつけるから」
 アリスはあえて、霊夢のことなら、ではなく、神社のことなら、と言った。このままでは魔理沙が厄に飲み込まれてしまう。阿求ならば結界に与えるダメージも少なくて済むし、秘密も守られる。信用も出来る。
 だが魔理沙はそれを拒んだ。
「なに言ってるんだ? もしもの時、私が居なくちゃどうするんだよ。紫と約束したろう? 私は大丈夫だぜ。ちょっと、そう、私は腹が減ってるだけなんだ」
 もしもの時、とは能力の高い術者であった霊夢の亡骸を食らわんとする妖怪のことを指していた。霊夢のほんの爪の先だけでも妖怪にはごちそうになる。まだその死は知れ渡っていないが、時間の問題であることに変わりはない。
「米……米を探してたんだ。どこにもないんだよ。昨日、たくさん仕入れてきたはずなのに」
 視線が泳いでいる魔理沙を見て、アリスは危機感を強めたが、霊夢の亡骸の側で悶着を起こすわけにも行かない。仕方なく台所へ向かった。
「米びつにはなかったの?」
「そんなところ、最初に見たぜ」
 そういって流しの下、トウガラシの袋が落ちている木箱を開ける。
「な? ないだろ」
「……なんかあるわよ?」
「え?」
 アリスはそういって米びつの中に手を突っ込んだ。トウガラシの入った袋をどけると、一枚の紙切れがあった。
「紙?」
「なに、これ」
「霊夢の書置きか何かか?」
 その、白い紙きれには、ボールペンの手書きで、こう書かれていた。


『―― 一週間後、この神社に住む者の、生命と同等の価値のあるものを盗む ――』


 霊夢の米びつが底を見せたのがちょうど一週間前であることに、即座に気づけたのは魔理沙だけであった。


********************

[藍とコルト・ガバメント]


 魔理沙の行動はひどく強引であった。
 それは傍から見れば正気を失ったとしか思えないようなもので、ゆえにアリスは強力に制止した。
 だが魔理沙は一歩も譲らなかった。
 博麗 霊夢の死。
 それがこの『犯行予告』を送りつけたものの仕業だという確信のもと、魔理沙は独自の行動にでたのである。
「やめなさい! ボムを捨てるの、魔理沙ッ!!!」
「いるんだろうッ! 八雲 紫ッ! でてこい!」
 神社には魔法の光が満ちていた。
 魔理沙の周囲には幾重もの魔法陣が展開され、構えられた八卦炉からは光が溢れていた。光はあたかも線香花火のように揺れ、青いプラズマ球として空中に静止している。攻性の術式。
 その矛先は――結界。
「全身全霊のマスタースパークだ……ただじゃ済まないぞ! すぐここに来い! 話がある!」
「とにかく馬鹿な真似はやめなさいってば! 話し合いをする態度じゃないでしょうそれ!?」
 アリスは魔理沙と結界の間に割り込み防御呪文を展開する。しかし一点突破のマスタースパークに抗える術式は、今は持ち合わせていない。もし本当に魔理沙が正気を失っているのならば、危険極まりない事態だった。

 修羅場である。

 そこに、まるで幽霊のような存在感で、ふらりと姿を見せるものがいた。
「藍ん……!」
 魔理沙の背後。アリスが鳥居の下に捉えた影は、幻想郷最強の妖獣・八雲 藍。しかし彼女には平時の存在感がまるでない。だが魔理沙は構わず、振り向きもしないままに声を張り上げた。
「紫はどうした、藍っ……!」
「紫様は今、手が離せない……本当に切羽詰ってるんだ。申し訳ないね。なあ、魔理沙。一体なにをしているんだ? 話ならば私が聞こう。落ち着いて、ボムを仕舞ってくれないか」
 魔理沙はマスタースパークの構えを解かないまま、藍に無言を返した。藍は一つ嘆息。仕方がないと呟いて、リモートアシスタント機能を繋ぐ。やがて藍のインタフェースを通じて、八雲 紫本人がログインしてきた。
 藍のまぶたが痙攣し、再び目を開いたとき藍の表情はすっかり紫のそれになっていた。
「……魔理沙、なにをしているの?」
 藍の身体を借りた紫が、藍の声でそう尋ねた。呆れている、心底呆れているといった風に。
「霊夢の死についてだ、聞きたい事がある」
 額から汗を流し、両腕に力を込めて、幻想郷をそれぞれ維持するほうと壊すほうに抱え込む両者は、たった一人の、少女の死を巡って対峙した。
「なに、聞きたいことって」
「この結界の内側じゃ、霊夢が、博麗の巫女が予期せず死ぬことは基本的にありえない。そうだよな? だからきっと、霊夢の死はたぶん、博麗大結界の脆弱性というか……幻想郷全体の構造的欠陥に問題があると、考えるのが普通だ。私自身、さっきまではそう思っていた。霊夢はたまたま、深刻なエラーに遭遇したんだと……」
「いまは、そうじゃないと思っている?」
「ああ。例えばだぞ? 霊夢が、何者かの手で殺されたとしたら、どうだろう? 他殺ならば、それも、外圧による他殺ならば博麗の巫女の死因になり得るんじゃないか。どうなんだ?」
「……なるほど。そこまでいうからには、何か心当たりがあるのね」
 アリスに操られた上海が、そっと件の紙切れを藍に差し出す。それを見た紫は顔色こそ変えなかったものの、調べてみると言ってログオフしていった。
 藍の肉体だけが残された。
「どうなったんだ……?」
「たぶん、ファイアウォールのログを調べて不審者の割り出しをしているんだと思う」
「そうじゃなくて、藍だよ」
「ライフオペレータはホメオスタシスを維持しているわ。生きてるわよ」
「なら……いいんだ」
「ねえ魔理沙。もうボムの構えを解いてもいいんじゃない? 向こうは話に応じてきたのよ」
「まだダメだ――アリス。現時点で一番怪しいのは、他でもない八雲なんだぜ? 結界について、巫女について一番よく知ってるんだからな」
「……本気で言ってるのあなた。そうだとして結界を壊しては元も子もないじゃないの」
 その時。
 ポーン、という不自然な音が響いた。
 それは他でもない藍の口腔から漏れ出した音で……誰かがログインしたことを知らせるpingであった。
「……」
 無言で、目を覚ました藍が周囲を見渡す。
 そして魔理沙たちを見つけて、なぜか不敵に笑って見せた。
「誰だ? 紫?」
 魔理沙の問いかけに藍は静かに応えて言った。

「――このハードの持ち主はそういう名前なのか」

 男の声だった。
「あ? いや、まあそうじゃね? なあ」
「うん。藍は紫の所有物だしね。持ち主って意味じゃ、そうなんじゃない?」
 と、言葉を額面どおりに受け取って応えてから……二人は再び顔を見合わせる。二度見である。
「誰おまえ?」
「聞くのが遅いよ……それと、私はそういう意味での所有者を聞いたわけじゃない。この端末のOSを訊いているんだ。教えてくれないかい」
「……五郎。井之頭 五郎」
「なに嘘教えているのよ……ちょっと、その身体は木吉 カズヤのものよ。あなた一体誰?」
「なるほど、木吉くんというのか。彼女には悪いが少し借りよう」
 男――たぶんそうだ――はそういって魔理沙とアリスを見据えた。今までに見たことがないほどその瞳は奥深く渦巻き、魔理沙には黒々と、アリスには白銀色に見えた。
 魔理沙は急に腰が引けた。その瞳はまるで、そう。彼女を鍛え導いた師の瞳にそっくりだったからだ。
「私が誰か、なんて、回りくどい聞き方をしなくてもいい。知りたいのはいっこだけだろう? ――きみ。 私 だ よ 」
「そうか」
 男は先ずアリスに応え、そして魔理沙に呼びかけた。
 それに対し魔理沙は鷹揚に答え砲を回転。左様、知りたいことはひとつっきりだ。

「そこの神社に住んでいた、博麗 霊夢を殺したのはおまえか」
「いかにも。私が彼女の、生命と等価の価値のある物を盗んだ」
「名は」

 男、臆するところも含みもないかのようにあっさりと、
「アメヤとでも呼んでくれ」
 名乗る。この時魔理沙が抱えるマスタースパークから零れ落ちるキラ星は、甘ったるいキャンディーに見えていたが――その名とこの現象の相似に気づくものはいない。
「なぜ殺した。目的は? 盗んだとはどういう意味だ」
「矢継ぎ早だね。あまり時間はないのだが。だから最も簡潔に答えられることにだけ答えよう――私は、人間が知りたい」
「……。?」
「……。……」
 変な人だ。電波さんともいう。
 つくづく対応に困る二人に構わず、アメヤと名乗る男は一方的にまくし立てた。
「そして私がここに現れたのは他でもない。きみが危険に見えたからさ。きみが今放てる最大の一撃は、この結界を破壊するには十分だろう。きみは、一体なにをしようとしてるんだい?」
「おまえを、ぶっ殺そうとしてるんだよッ」

 瞬間。魔理沙の最大魔力値が跳ね上がった。
 抱えた魔力の奔流は色を白くし、優に五〇〇〇度を超えるプラズマ球が強い光を放つ。
 この暴力を前に藍の身体が僅かに震え、
「これはちょっと……すgおイんえ」
 不意にコントロールが戻る。ノイズが聞こえた。
 それは、藍の声……?
「魔理沙……」
 藍の声!
 藍の絞り出すような声が、藍の口から漏れていた。舌でなく喉で話す声。肉体のイニシアチブ争いの中、ようやく外界に発したメッセージだ。

「魔理沙……撃て」

「………………ッ」
 魔理沙は表情を動かさないまま、静かに歯を食いしばる。
 藍の身体は足がすくんだかのように立ち尽くしていたが、その表情は苦々しく魔理沙に訴えていた。
「こいつはマジで……ヤバイぞ。押さえているうちに、私もろとも、……撃ち殺せッまりさッ!」
「ちょっと、ちょっとちょっと! なに煽ってるの!? 結界はどうすんのよ!?」
 めまぐるしく転変する状況下、アリスだけが慌てた。魔理沙は、
「ウォオオオオオオ!」
 とやる気満々だった。
「マジで撃とうとしてないでよ! ……なんなのこれ!?」
 藍が常にもない叫び声をあげた。
「もう持たないからッ! 速く、逃げられる前に! 撃つんだ、あ、ああああああああああ」
「知らないわよ、もうっ!」
 アリスはカチューシャをかなぐり捨て、持てる人形すべてにDefcon-1を発動した。
 同時に魔術の強烈な光に焦がされ、その場にあったありとあらゆる物体が攻勢の面をさらけ出す。
 突き合わされる幾百の矛と幾百の盾。イオン化する大気。周囲の落ち葉が燃える。風が木々をざわめかせる。神社が白い光に彩られる。熱は蜃気楼となり夜空を揺らす。人形は大蛇のようにうねり殺到。
 暴力の正面衝突。
 こと切れる寸前となった藍が口角を飛ばし叫ぶ。
「殺せぇッ!」
 魔理沙、全力投球。
 質量を持つほどのエネルギーの塊が加速。
 人形が爆縮レンズとして藍を取り囲み、陣を結んだ。
「くたばれぇえッ!」
 マシュマロのような火球が藍を包み込んだ。
 腕、胴、頭。エネルギーが藍に食らいつく。
 肉体を原子に戻す超高熱対流。
 電磁波と放射線、熱線に可視光が塗りつぶされる。マスタースパークは魔理沙の加えた運動方向に従い遠ざかって――

 ――行くかに思えた。

 光はまだそこにあった。
 光速が静止していた。
 光はどんどん収束してゆく。
 影がついに現れた。
「やれやれ……スッパになってしまったな」
 藍が――アメヤがぼやく声が聞こえた。
 冷たい風が吹き、爆煙と、破れた藍の服を吹き飛ばす。
 全身全霊の魔理沙の一撃。
 携行ミサイル並みの威力を持っていたマスタースパークは、アメヤが持つらしい不可視の力で完全に握りつぶされていた。
 藍が――アメヤが、腕を腰に回す。
 藍はどうなった? どうやって攻撃を凌いだ? 予想外の事態に思考が停止する。
 僅かに燃え残った腰巻き。そこに挟んであったのだろう。藍の――今やアメヤのものとなった身体の手には、四五口径の自動拳銃が握られていた。
「マジかよ」
 魔理沙。逃げんとするも一撃の反動で筋肉に力入らず。
 拳銃。メモリのほとんどを結界の維持修復に回し、スペルカードを使う力すら残らなかった藍の自衛の手段。弾数は七プラス一。時代遅れもいいところの自動拳銃。しかし二人を殺傷するには十分。魔理沙叫ぶ。
「アリス、アリス! 逃げろおまえ、逃げろ!」
「……ごめんなさい、魔理沙。私のチカラが足りないばかりに」
「上海! いないのか!? アリスを助けろッ!」
「あー……地面超気持ちいい……もう、動きたくない……」
「ここで諦めてどうするんだよ!? まだやれるやれるって頑張れ頑張れできる絶対できる諦めんなよ!」
 アメヤが銃を構えた。安全装置を外す。初弾は既に装填されていた。
 正眼に構えられた銃口が魔理沙の方を向き、

「撃つと動く」

 再び、状況が転変した。
「紫のネットワーク・プロトコルを改竄して藍を乗っ取るとは見上げたもんだ。だけど今すぐ切断して自分の身体に戻らないと……ゴーストごと、あなたを破壊するよ」
 アメヤのすぐ前方の空間が歪む。虹色に輝き、見知った姿が像を結んだ。
「……にとり!」
 光学迷彩でずっと隠れていた伏兵がその姿を現したのだ。
 にとりから伸びるマシンアーム。アメヤが指の一本でも動かそうものならば、即座にその身体を八つ裂きに出来た。
「……参ったね。これは」
「私も、友人の身体を傷つけたくはないんだ。すぐにユーザー権限を明け渡して、その身体から出て行け。……今すぐにだッ! 四十秒で支度しな!」
 ナイフの切っ先が藍の腕に入り込んだ。血が滴り、ピンクの脂肪と赤い肉が見える。……本気だった。
「わかった、降参だ、勘弁してくれ」
 アメヤはそういって銃を手放した。
「待てこの野郎!」
 魔理沙は叫んでいた。
 だが、なにを待てというのか。
 これ以上すべきことなどあっただろうか。
 それでも魔理沙は、まだ遣り残した事がある、と思った。
「……霊夢から盗んだ物を返しやがれッ!」
 その声は、戦闘の轟音から急に静かになった神社に、強く響いた。
 アメヤは魔理沙に向けて、微笑んだ。
「己の命よりも大切なものがあると、君は思うかい」
「いや、話してないで出てけよおまえ」
 にとりは腕時計でしっかり四十秒までの残り時間を数えていた。これを過ぎれば、正確に、無慈悲に、藍の身体を滅ぼすつもりでいた。
「人間が知りたいといったな。だから霊夢を殺しッ……殺したのか」
「ああ」
「……あと三十一秒」
「まだこんなことを続けるつもりなのか」
「場合によっては。それで、きみはどうしたいんだい?」
「……あと二十三秒」
「霊夢と並ぶ人間は私くらいだ。私が教えてやる、人間を!」
「生命と等価の価値があるものが、君には解っているのかな」
「……あと十四秒」
「だから、解ったら、返せ。霊夢を返せッ!」
「――――――。悪くない。乗った」
「四秒ッ!」
「だけど君に、私を見つけられるかな――?」
 そこの言葉を最後に、がくんと藍の体が崩れ落ちる。
 アメヤは既に、そこから消えていた。

 魔理沙、アリス、にとり。
 人間、あるいは生命と等価の価値を持つもの。
 事件が起き、これを解決する術が提示され、挑むチームが作られた。
 ゆえに、ここで事件は異変となり、後に紙切異変と呼ばれるようになる。 


********************






 無敵のはずの巫女は、誰に、なぜ、如何にして殺害されたのか。






********************

[12月28日
 美鈴とペルソナ・ノングラータ]


「――耐熱レンガ自体は私の技術でも作れるのよ。製鉄用とかね。マグネシア、シリカ、アルミナが大体のところの原料だから入手も容易だし。組成と焼成温度、焼成時間もいろいろ試行錯誤して、果てには炉中放置で浸炭したり手は尽くしたんだけど、結局使い捨てになっちゃうのよ。僅かながら入手できた外の文献では特別な原料は使っていないように見えるし、もうわけ解んない」
「思うに君の手法は潔癖すぎるんじゃないかな。自分で泥をこねたことはあるのかい?」
 紅魔館。地下。
 薄暗い図書館でパチュリーは客人を迎えていた。
 おかしな客だった。
「あるわよ……数十年前に一時期だけ」
「今一度それをやってみてはどうだろうか? 既に一定の方向性は見えているんだろう? ならば、より外の世界でやっている方法に近づけて実験してみればいいのではないかな。君の実験は外の世界では『理想』といえるほどモデル化されている。それが逆にいけないんじゃないかな」
 他の来客と同様に軽金属刀剣を拝見しに訪ねたかと思ったら、いつの間にやらこんな時刻。
 窓がないのでそれとは知れないが、既に夕食の時間を大きく回っていた。
 今日はまだ咲夜が来ない。妖精メイドも食事に呼んでこない。なにかあったのだろうか? 度々トラブルやイベントに見舞われるこの悪魔の館では食事の時間がずれ込むことは珍しくないのだが。
「よく意味が解らないのだけど。外の世界の環境に近づけろってこと?」
「そうだ。例えば実在の三角形と、形而上の三角形は別物だろう? とてつもなく複雑な現実から一つの事柄、あるいは系のみを抜き出して、これを計算・演繹・シミュレートすることは、現実に必ずしも即しない。補正によって、理想と現実の間を埋めるべきだ」
 そしてまた、パチュリーも自分から階上に上がって行くつもりはなかった。
 なぜならこの来客と話しこむ間――かれこれ三時間になる――ずっとお茶とお茶菓子をつついているので、血糖値が上がり、空腹を感じなかったからだ。
 この銀色の髪をした長身の男は、来たときと同様コートに身を包んだまま変化らしい変化を見せない。まるで今来たばかりのようにも見えたし、もうずっと一緒に居るような気もする。
 だがパチュリーの質問に外の世界の含蓄を交えて答えてくれる紳士はそう多くない。
 パチュリーと銀色の髪をした男は話を続けた。
「理屈は解るけどね。考えられる影響は既に考慮してあるわよ? まさかコンタミネーションや微小介在物が性質を決定付けているとでも? ……いいえ、そうね……。……なくはないわ。なくはない、でしょうね。化学史上にもそういう例はごまんと存在しているし、固体物理や構造力学の分野じゃそれによって理論値と実測値に数千倍ものギャップが生じることも珍しくはない。けれど、だけど、しかし……環境は、普通はモデルにより近づけようとするものなんじゃないの? 性質が劣化することはあれ向上するなんて事があるのかしら」
 妖精メイドが来ないので、パチュリーは自分で紅茶を淹れなおした。この図書館で働く助手はなぜかぱったり姿を見せない。
 二人とも話し通しなので口が渇いていた。
 パチュリーは机の引き出しを開ける。文房具やノート、自作の試料、契約書類などが大半を占めているが、隠してある引き出しにはスナック菓子が詰まっていた。レミリアやフランに見つかったら食べられてしまうし、咲夜に見つかったらまたニキビが出来ますよ、とか小言を言われるので隠していたのだ。
 バリっと包装を破いて中身を広げる。
 それを口に放り込みながらパチュリーたちはまた当人同士にしか解らない会話に戻った。
「まあ、言わんとすることは理解できるわ。微小添加物や微小欠陥がマクロな性質を分けることは、確かに基礎中の基礎だわ。どんなものでも、ね……あなたはそれを研究してると言ったわね?」
「ああ。私の場合は人間観察のメソッドとしてだけどね……人間は水を湛えた器のようなものだ、と思う事がしばしばある。どれもこれも同じ物で出来ている有機化合物なのに、なぜこうも人は千差万別なのだろうと。かと思えば歴史は繰り返しているし……人類は一つなのか複数なのか、総体があるのかないのか。それすら私にはまだよく解らない。ただ、彼ら個人々々を分けるものがあるのだとすれば、それはきっと器に垂らしたほんの一滴の雫のようなもので、その一滴の中のさらに僅かな不純物やノイズこそが――」
 と、そこまで話したところで男は急に口を閉じ、無表情になってしまった。
 パチュリーは不審に思ったが続きを急かすのも悪いので放っておいた。どうせなにか、ひらめきでも得たのだろう。
 しかし、その予想は当たるはずもなく、外れていた。
 目の前にいる男がまさか現在進行形で八雲 紫のイントラネットに不正侵入をしようとノードを制圧し始めているなどとは、思うはずもなかった。
「……木吉カズヤ?」
「え、なに?」
「いや、なんでもないんだ……考え事をね……」
「あ、みてみて。最強トンガリコーン!」
 深刻な様子の男とは裏腹に、パチュリーは指にトンガリコーンをはめて遊んでいた。
「……いかん、あぶないあぶないあぶない……」
 魔理沙の一撃により危うく結界が吹き飛びかねた。
 男は眉間に皺を寄せる。やや辛そうな表情。レベル一のピンチを示す、汗をかき始めていた。
「……ふー。びっくりした」
 時間にして二分ほどだろうか。男はやっと落ち着きを取戻した。
「考え事は終わり?」
「ああ。危機は去ったよ」
「なにそれ?」
「この幻想郷が崩壊する危機を、私は今救ってきたのさ」
「歪みねえな」
 例によってパチュリーはその発言を冗談としてスルーし、アメヤが纏うコートの袖から僅かに赤い液体が滴り落ちたことには気づかなかった。
「そういえば……」
 パチュリーは大事なことを聞き忘れていたことに気づいた。
「まだ、自己紹介をしていなかったわよね。私のことは新聞で知っているかもしれないけど、アレには嘘も多いのよ」 
「そうなのかい?」
「ええ。私はパチュリー・ノーレッジ。火水木金土日月を操る七曜の魔女。新聞に書いてたけど、決して曜日ごとに決まった色の下着を着けてたりはしないので注意するように」
「私の名前は――アメヤとでも呼んでくれ」
「よろしくね、アメヤさん。なんて、いまさらかしら」
「いいや、そうでもないさ。またここに来るとき、名前を知らないと困るだろう?」
 アメヤが一瞬視線を落とし、机の上に広げられた菓子類を見たことに、パチュリーは意識を留めなかった。
 だから、ミルク味の飴玉が丁度アメヤの手元にあったということにも、当然気づかなかった。
「あなたの銀髪は嫌でも目立つし、門番や使用人の印象にも残るわ。私の友人としてね」
「君はこの姿が銀色に見えるのか――」
「ギンギラギンにね」
 アメヤはほんの少し頭を振る。
「そろそろ、お暇させてもらってもいいかな?」
「あら、せっかく気心が知れてきたのに」
 パチュリーにしては珍しく、人を引き止めるようなことを言った。曇り空だし、外は寒いし、泊まっていかない理由の方がなさそうなものだった。
「泊まって行ってもいいのよ? ――あ、変な意味じゃなくてね。部屋なら余っているから」
「ありがたいけれど、少し急いで移動しなければならなくなってね」
「そうなの? 誰かに追われているとか?」
 パチュリーは冗談のつもりでそう言った。
 それが初めて正鵠を射たことなど、彼女にはやはり知る由もない。
「それじゃあ、いろいろとごちそうさま」
 そういってアメヤがコートの前を占める。
 ご馳走様とは言ったが、ほとんど――ことによると全く――アメヤが菓子も茶もつまんでいないことに、パチュリーはここでようやく気づいた。全く違和感がなかったから気づかなかったのだ。
「またいつでもいらしてね」
「ああ……そうだ。最後に一つ、教えておこう――」
 アメヤがそういって机の上に手を伸ばした。
 その先には、一枚の紙切れが――

 美鈴は銀色の髪をした男を見送った。
 去り際に軽く会釈をしてきたのでこちらも頷いて返した。
「うー……寒」
 お嬢様に言って、新しいコートを用意してもらおうかと思っているうちに今年も冬になってしまった……。
 美鈴はそう思いながら合わせた手に息を吐きかけて擦る。ヨガにも通じている彼女は、その気になれば体内脂肪を任意に燃焼し暖を取ることもできるのだが、それをやるとやたらと腹が減るのが考え物だ。ふと地面を見る。白いものが落ちていた。雪が降ってきたのかと思ったが、それはただの米粒だった。
 最近は一日五食摂っている。今日もそろそろ、妖精メイドが夕食を守衛小屋に持って来る時間で――それはすぐに来た。
「おつかれさまです」
「ええ、ありがとう」
 割り箸を割って三玉入ったゲソ天蕎麦をかき混ぜる。七味は机に自前のものが常備されていた。
「聞きましたか? 今来てらした方のこと」
「あん? 私ずっと外にいるのよ。なにも聞いてるはずないじゃん」
 ずるずると蕎麦をすすりながら美鈴は答えた。噂話となると、メイドという人種は見境がないな、などと思いながら。
「ずーっと、パチュリー様と二人っきりで図書館に篭っていたんですって! これは、なにかあった可能性大ですよね!」
「そーかねー、どーかねー」
「間違いないですよ。わざわざ変装までして来たんですから」
「へ? 変装?」
 美鈴はゲソをかじる手を止めて妖精メイドを振り返った。
「ええ。私たちが見た時は、どこからどう見ても井上カブレラ潜入編の半漁人の着ぐるみでしたけど――」
「おいおいおいおい」
「図書館で脱いだらしいです。中身はなんと!」
「なんと?」
「霧雨 魔理沙だったんですよ! こぁちゃんが言ってました。なんかいい雰囲気だから、二人っきりにしてあげたらしいです」
「魔理沙、魔理沙だあ?」
「ええ。いやーあの二人は前から怪しいと思ってたんですよー」
「どういうことなの……」
 美鈴は頭を抱えた。
 変装をした人物など、居なかった。居るはずない。そんなやつ見たことない。
 何かの勘違いだろうか? 魔理沙が不正な手段で入ってくるとは信じ難い。
 いったい、あの銀色の人物は――
 めんつゆを飲み干しながら美鈴は考え続けた。
 横では妖精メイドがああでもないこうでもないと噂話を広げている。
 その美鈴の目の端に、映るものがあった。
「……! 噂をすれば、ってか」
「え?」
「おまえにはあれが、デビルレイクバーマに見えるのか?」
「え? ええっと……私にはただの妖精に見えますけど。寒がってるんでしょうか? 入れてあげます?」
 ごとり、と空になったどんぶりが机に置かれる。ぴしゃり、と割り箸がその上に揃えて乗せられる。すらり、と美鈴の足が開かれる。みしり、と背筋がしなった。

 美鈴は戦闘態勢を固めた。

「私にはな、銀色の髪をした、長身の男に見える」
「そんなバカな」
 と、妖精メイドが言った。
「たぶん、就職希望ですよ。私ちょっと行ってきますね」
「よせ、不用意に近付くな」
 妖精メイドが制止を聞かずに銀色に近付き――
 ――羽根が冷たい北風に飛ばされた。
 妖精メイドはなにが起きたかも解らなかっただろう。
 彼女は美鈴ですら視認できない早業で解体されていた。
「――――――――!!!!!」
 美鈴が警笛を思い切り吹き鳴らす。
 風は強かったが館にも聞こえたはずだ。すぐに応援が来るだろう。
 守衛小屋を中心として守りを固め、侵入者の出方を待ち迎撃することが最も効果的な戦い方だった。
 しかし。
「よくも哀れな妖精メイドを殺したな」
 くっ、と拳を握る。

「許せん!」

 怒号とともに飛び出した美鈴と、銀色の男。
 勝負が着くまで、そう時間はかからなかった。


********************

[橙とこころ]


 魔理沙の挑戦、その完遂には多くのサポートを必要としていた。公益性を八雲 紫に訴えることは困難だったものの、八雲 藍の救出と異変の本質を照らした功績を認められ、僅かながら協力を受け取ることに成功していた。
 アリスとにとりは異変へのアタックを公式に表明。
 異変に立ち向かう人間と妖怪たち。それはなんてことない、いつもどおりの幻想郷の姿だった。
 ただ一つ。博麗 霊夢がいないことを除いては。

「報告書をお持ちしました」
 橙が博麗神社を訪ねてやってきた。
 その手には束になったA4の用紙が握られている。
「ご苦労様……藍はどうだ?」
 先ほどの小競り合いの収拾は既に付いていた。八雲 紫がスキマを通じて自ら姿を現し、藍の身体と霊夢の遺体を回収していったのだ。魔理沙には紫の行動の目的が見えなかったが、口を挟む気も起きなかった。
「藍は既に仕事に復帰しています」
「そうか……」
 藍の心配をしている場合ではなかったが、魔理沙はそれを捨て置くことも出来なかった。
 魔理沙は最初、確かに八雲 紫を疑っていた。博麗 霊夢が幻想郷内部のシステムに謀殺された可能性を本気で数えていた。だからこそ、いざという時にはゲームを完全に破壊するだけの準備をしていたのだ。
 しかし、そのために藍をいたずらに危険にさらしてしまった。その結果、藍はテーブルに着くもの達が抱く恐怖の総和、そのツケをたった一人で払わされて、人格を失うダメージを受けた。
 橙が言った『仕事に復帰している』とはつまり……自我を持たぬ演算装置として、マシンパワーのみ発揮しているということなのだろう。
 それを直接橙に聞くのは残酷すぎた。だが、去り際に紫は言っていた。OSの状態を復元したり、バックアップデータを適用することはセキュリティ上できない、と。復元を行えば藍は戻ってくるだろうが、また同じ方法でハッキングを受け、今度は敵に回るかもしれない。そんな危険は冒せない――
 藍の人格。藍の記憶。藍の神経網。すべて破棄せざるを得なかった。
「なあ。その……」
「魔理沙さん」
 何事か声をかけようとした魔理沙を橙が遮った。
 らしくもない敬語。へりくだった表現。野性味や生意気さは消えていた。
 紫は早急に新たな手足を必要とした。藍を失ったため代わりに橙を自らの式として徴用し、相応の成長を遂げさせていた。パッチを当てメジャーバージョンアップを果たした橙は、既にかつての橙ではなくなっていたのだった。
「あなたは通報の義務を果たしました。藍も、己の職務を果たしました。私はあなたに――人間に、勇敢さまでをも求めていません。私達妖怪はいつだって人間の恐怖のツケを払ってきた。だから」
「……だから?」
「藍のことはお気になさらないでください。これが式神の理というものなのでしょう」
 あの幼い、子猫のような少女はどこに行ってしまったんだ。
 魔理沙は一瞬立ちくらみを覚えた。
 自分が悪いのだろうか。恐怖を持つ人間の弱さが悪いのだろうか。それとも、妖怪の強さが悪かったのだろうか。私が藍を傷つけた。その責任は誰にある?
 少し逡巡したあと、魔理沙は口を開いた。
「私は悪くない、なんて言うつもりはない……私が抱いた恐怖は私自身のもので、私の責任だ。たとえ妖怪が強かろうと得体が知れなかろうと、決して、いいか、決して人のせいに、この幻想郷のせいにするつもりはない。悪いのは、私だ……すまなかった」
 橙はぼうっとしたまま、うつろな眼で魔理沙を見つめ返した。
 戸の向こうではにとりやアリスが聞き耳を立てていた。そして橙は魔理沙を睨んでこう言った。
「……なるほど。無垢な弱者であるよりは、悪しき強者になろうというわけですか」
「人間の浅はかさを感じるか? 式。」
「どうでもいいです。あなたの考えを私が受け入れる義務もありませんし」
「上等だ」
 橙はそれっきり魔理沙とは眼を合わせようとしなかった。嫌われてしまったらしい、と魔理沙は思った。当たり前である。
「それでは、私はこれにて帰ります」
「そうか。……藍のことは悲しいし、惜しいと思ってるよ。私に出来る事があったら言ってくれよな。あと報告書ありがとう」
 今まで散々なことを言ってきたが、藍に罪悪感を持っているのも魔理沙の本心だった。
「その言葉。アテにしてもいいんですか?」
「私が出来る範囲でなら」
「ならば――」
 橙がほんの一瞬だけ、昔の顔に戻った。
「――藍さまを殺した男を、捕まえてください。私たちは式、ただのプログラムだけど……それでも、私は藍さまが大好きだったから」
「そのつもりだよ」
 魔理沙はそう言って請け負った。
 橙は幸運だったといっていい。
 橙のような存在に、彼女の言葉に心の存在を感じ取れる人間はそう多くなく――
 そして、魔理沙は橙の言葉に確かに心を感じ取っていたのだから。


********************

[魔理沙と初動捜査]


 魔理沙たちが最初に取り掛かったのは現場検証であった。
 第一発見者である紫は現場の保全と速やかな機密保持、結界管理の措置を取った。これが魔理沙たちにはプラスに働いた。
 ローマ法王が死去した時、その側近は権力の指輪を捻り潰し機密書類に鍵をかける。それと同じことを紫がやっていた。祭具・神器の類はマヨヒガに移され、本殿には封がされている。人間の魔理沙には感じないことだったが、にとりなどは拝殿にも近づけない有様だった。
「というワケで、そっちの方はお願いします」
 にとりはそういって居住区画の調査に向かった。
 魔理沙とアリスは橙がもたらした報告書に目を通しながら祭具を一つ一つ確認する。霊夢の私物がところどころにあったが、欠けている物・なくなっている物は見つからなかった。
「でも……物取りの犯行にしては、不自然よね」
「ああ。もともと金目のものには乏しい神社とはいえ賽銭箱にも手が付けられていないんだからな」
 アメヤ、犯人の言葉を、犯行声明を信じるのならば何かが――霊夢の命に相当するなにか、がなくなっているはずだった。
 だが神社に泊まることも多かった魔理沙にさえ、これといってなくなっている物はないように思える。もとより、自分自身も盗人である魔理沙は常日頃から貴重品や利用価値のある道具には目をつけていた。その経験から言って、価値の高い物は何一つとしてなくなってはいないのだ。
「紫の報告書でも、特に犯罪性は見られなかったと言っているものね、やはり、霊夢の私物じゃないかしら」
 アリスがそういって魔理沙の手元のレポートを覗き込む。
「霊夢の私物ったって……そんなもの、流石に私でもチェックしてないぜ」
 遺品の整理をしているときも、家のなかを見回ってみたときも、荒らされた形跡などはなかった。壊された鍵やこじ開けられた金庫といった物もない。その辺は今、にとりが再確認している。
「もしかして、本当に……」
 アリスが不安げな声で呟く。魔理沙はその目を正面から見て言った。
「アリス。仮にあのアメヤという男が命そのものを盗む"怪盗"だったとして……それならむしろ、楽なもんだ。相手の正体や性質が解るなら、対処のしようもある。そうだろう? 西行寺のお嬢様のようにな」
「……ええ。そうね」
 アリスは励まされるような気持ちで頷いた。
 
 正体不明の、命、そのものを盗む怪盗――

 そのような相手に立ち向かってゆけるのは、自身の生命を他に託す事が出来る人間か、あるいは魔法使いだけだ、とアリスは思った。
 妖怪は極端な話、自分自身だけが生き残ればそれでいい、という存在だ。そんな連中は決して自分から脅威に立ち向かい、これを克服するようなことはしない。挑戦し、克己してゆくのは人間の属性だ。
 その点、魔法使いは己をよく知っている。ゆえに敵を知り、十全の備えをすればたとえ相手が天人だろうと龍神だろうと打ち勝つ事が出来ると知っている。正体不明の敵であっても、勝機があるから挑む事が出来る。

 この異変。勝つ事が前提となっている巫女がいない以上、魔理沙に託するよりほかはないのだった。

「といっても、私だけじゃどうにもならないと思うんだ」
 アリスが魔理沙に期待を寄せていると、今度は魔理沙が不安げな声を上げた。
「あのマスパ。たぶん今までの最大出力を七割は上回ってたと思う。自分でも信じられないほどのパワーだった。なのに、あいつは……」
「魔理沙」
「あんなヤツ、どうやったらやっつける事が出来るのか、まだ私には見当も付かないんだぜ」
「私達が付いてるわ、きっとやれる。それに、一度は退けたじゃない。私達は一度勝ってる」
 精一杯、アリスは言葉を捜して魔理沙を励ました。霊夢の死。その犯人との対決。全身全霊を退けられた事実。啖呵を切り、強がってはいるが魔理沙もまた自信を失いかけていたのだった。そんな場合じゃねえだろうによ、とアリスは思う。だが、そんな弱い面をも共有し、補ってゆける仲間が魔理沙には居たのだった。それはそれで強さだった。
 魔理沙の手を取る。しばらくそうやって二人は見つめあった。繋いだ手から熱が移るように、あるいは弱気が吸い取られるように、魔理沙は力を取戻していった。
「ありがとう、アリス」
「いいのよ」
 実のところ魔理沙が最も気にしていたのはアリスのことだった。
 アメヤが銃を取ったとき、アリスは魔理沙の行動に巻き込まれる形でその命を失いかけた。同様に、藍もその人格を失うダメージを負ったのだが、魔理沙はそれよりもアリスに申し訳なく思い、彼女が自分から離れてゆくのではないかという考えに強い不安を覚えていたのだ。
「アリス。これからも――」
「待った。その先は言わなくてもいいわ」
 開けかけた唇をアリスが塞ぐ。
「一緒に居てくれるか、なんて。聞きたいのはこっちのほうよ。魔理沙」
「世話かけるだろうけど、今後ともよろしくだぜ」
 二人の魔法使いはそういって笑いあった。寒々とした本殿に小さな笑い声が二人分。染みこむ様に消えていった。
 
 二人が無駄話をしている間にもにとりは調べを進めていた。
 遺留品の類は見つからず、足跡や争った形跡もない。霊夢の死因は心臓麻痺だと紫の報告書には書かれている。体内から薬物は検出されなかったし、代謝され区別がつかなくなる薬を使ったのだとしても、外傷すら見当たらない。ただ、命だけがなくなっている――そうとしか言いようがない犯行。
「まるで、まるでそう……暗殺者の本当の職業は医者だ、という小編みたいだ」
 一人ごち、改めて霊夢が横たわっていた畳を踏む。腰を下ろし、畳を目に沿って撫ぜる。つるつるした感触、優しいにおい。にとりは畳に伏せ、霊夢が倒れた時の姿勢になってみた。
「……一体、霊夢は死の瞬間になにを見ていたのか」
 報告書に書かれている通りに、にとりは手の位置、足の位置、首の向きを揃えた。
 開いた襖の向こうにちゃぶ台の足が見える。その先の壁にはカレンダー。粗末な化粧台も見えた。
「………………」
 その姿勢のままにとりは動こうとしてみた。畳の手触りを確かめ、僅かな違和感を感じた。
「こっち……? 霊夢、こっちに行こうとしていたの?」
 それは肉眼では確かめられない、畳の表面に残された霊夢の最後の悪あがきが残した痕跡。向かおうとしていた方向に、僅かだが霊夢の手の脂汗が残り、手触りとして感じられた。
 いいや、そんなバカな――
 そんな感触が正確に解るはずがない。気のせい、錯覚。そうに違いない――普通に考えれば。だが、にとりは確信していた。
「教えて霊夢。どこに行きたかったの。なにが、なくなってしまったの」

 気質界からの圧力だ。

 にとりは自分が感じている確信の正体を悟った。霊夢が最後になにをしようとしていたのか。こうして、この場所に、霊夢と同じように寝そべってみたことで、霊夢の最後の思考が気質界を通じてにとりの頭の中に閃きとして流れ込む。
「こっち? こっちね」
 ずりずりとにとりは畳の上を這いずる。襖の仕切りを越え、居間に達し、そのまま土間に下りていった。土がつくのも構わず、にとりは取り憑かれた様に進む。
 やがて達したにとりの手が触れたのは……米びつだった。
 霊夢の命と等価なもの。
 霊夢の命を他と分けていた決定的な存在。
「まさか?」
 米びつの中は空っぽであることを確認し、にとりは深い絶望に見舞われた。


********************

[魔理沙とキャビネッセンス]


 にとりの所見を聞いた魔理沙は当然のように怒り狂った。
「そんな馬鹿な話があるか、人間の命が米粒と同じなわけがあるものか!」
 しかし様々な状況がにとりの所見を支持していた。
 米びつの中で見つかった犯行予告。
 予備の米袋ごと消えている米。
 他になくなっているものがない事実。
「じゃあなにか? 米がなくなったショックで霊夢が突然死したっていうのか――馬鹿馬鹿しい!」
「落ち着いてよ魔理沙。冷静に分析していかなければ真実は得られないわ」
「もし本当にそうだとしたらヤツの目的はなんだっていうンだ、クソッ……クソッ!」
 荒れ気味に魔理沙が足を踏み鳴らす。安普請の神社が軋みを上げる。アリスはその甲高い音に、なぜだかとても悲しい気持ちになった。
「魔理沙、ねえ魔理沙。聞いてよ」
「修造じゃねえンだぞ、霊夢だ、博麗ッ、霊夢……! なんだってお米盗まれなきゃならないんだよ!? クソ、クソ――ッ!」
「聞けって!」
 にとり一喝。魔理沙は頭を掻き毟る。指に絡まる髪の毛数本、腕を振り飛ばし、その場で胡坐をかき、ブツクサと文句をたれる。その声は小さくなった。
「ゴホン……ね、魔理沙。犯人の目的が解らない以上、感情でどう思おうが事実は事実として認めていかなきゃ。先入観を持つのは良くないよ。今はただ、犯人は霊夢の米を盗んで持って行った、って……それだけ覚えておけばいいんじゃないかな」
 にとりの至極まっとうな意見に、魔理沙は煮えたぎる腹を抱え込まざるを得なかった。すかさず、アリスが茶を用意しにその場を離れる。良妻の動き。
 なおも魔理沙はブツクサと、怨嗟を紡ぎ続けていたが、やがてふっと顔を上げてにとりを見やった。呪いに満ちた瞳は一瞬にして澄み渡り、にとりはそれにぎくりと身を硬くした。
「ひょうっとして、にとりには、解るのか?」
「な、なにが」
「にとり、いやに落ち着いてる。だから、なんで米が盗まれたのか、その理由。にとりには解ってるんじゃないか?」
「それは……うん。なんとなく解るよ。少なくとも私にとっては納得のいく理由が思いつく」
「どんな理由? 知りたい」
 先ほどまでの激情が隅に押しやられ、まるで幼子のように無感情のまま魔理沙が尋ねる――にとりは逡巡を挟み、告げた。
「犯行声明文にあった通り、だと思うのさ」
「……単純だな」

 そのおり、アリスが緑茶を淹れて戻ってきた。湯飲みを配る。三人は車座に座った。湯飲みの水面を眺めながら魔理沙が訊いた。
「にとりは、そう思ってるのか。霊夢の命はお米くらいの価値しかないって?」
「うん――」
 言い終わるか終わらないかのうちに、魔理沙は湯飲みの中身を松浪健四郎よろしくにとりに投げつけた。にとりグレイズ。すかさず切り返し弾。にとりの湯飲みの中身も飛ぶ。魔理沙食らいボム。湯飲みがにとりの頭に当って割れた。
「あっ……ちいぃぃいいいっ!」
「いっ……てえぇえええぇぇっ!」
 もんどりうちながら魔理沙が跳ね起きてにとりに掴みかかり、対しにとりは組みかかった。服を引っつかみ顔をぎゅうぎゅうと押しのけ髪を引っ張り唾を吐きかけ足を踏みつけ腕を捻る。そこまでやって、二人は同時に外に蹴り飛ばされた。アリスの足によってである。
「………………」
 屠場の牛、それも口蹄疫に罹った牛を見るような目でアリスは二人を睨むと、ぴしゃりと雨戸を閉めてしまった。
 魔理沙とにとりは顔を見合わせた。そこに、もはや激しい感情はなかった。
 どちらからともなく神社の庭に正座。
 五分後、アリスが雨戸を開けた。
「仲直りした?」
 霜の張り付いたような声でアリス。
「私は、魔理沙を信じてるよ」
 先に応えたのはにとり。
「……私もだ。にとりのことを信頼してる」
 遅れて魔理沙。
「結構。玄関から入りなさい」
 神社の庭を裸足で歩く。砂と砂利が柔かな足に食い込んだ。
 玄関には足ふきの雑巾が用意されていた。
「明日から……だけど」
 魔理沙は足裏にくっついてた砂粒や米粒を指先でいじりながら呟く。
「霊夢が米を貰った、土建屋行ってみるよ」
 ポケットに仕舞う。にとりは小さく頷いた。
 その日は、そうして深けた。


********************

[にとりとパワー・ブレックファスト]


 その晩、魔理沙たちは小麦粉でお好み焼きを作りそれを夕食とした。ご飯がないことは不満点だったが、いかんともしがたかった。
 腹が膨れたことで急な睡魔に襲われた魔法使い二人は雪崩込むように二人で一つの布団を奪い合った。霊夢を寝かしていた布団だ。別に敷けばいいものを、面倒くさいがゆえにどちらも譲らず結局二人は同衾した。にとりはコタツで寝た。

 そして翌朝。
 最初に目覚めたのはにとりだった。
 変温動物の血を引く彼女は、もともと寒さに極端に弱い。この冬の最中に谷から出るなど、本来なら自殺行為だ。そのバンジージャンプの命綱となっているのが彼女が着ている合羽だった。
 この合羽、一見ただの外套だが保温、保湿、酸素循環補助、さらにはパワーアシスト機能まで盛り込まれている外域活動ユニットなのだ。バッテリーは架橋フッ素系高分子電解質膜を採用した固体高分子型燃料電池。燃料はアルコール類なので補給も容易。フルチャージの状態から、生命維持のみで一ヶ月間、フル稼働で七時間程度の活動が保証されている。これに加え、にとりは独自に電子機器やサブアームを組み込んでいた。今やにとりは、鬼でさえ容易には手を出せない移動要塞と化していたのだった。
 さてその移動要塞は冷たい水で顔を洗うと、昨晩の残りの小麦粉でどうにか主食を作り出した。
 小麦粉を2として1程度のぬるま湯を入れ、執拗にかき混ぜる。均一に練り、濡れ布巾をかけて一時間寝かせる。
 その間に雪平鍋半分にほど水を入れ、切った昆布を沈める。煮立つ寸前に昆布を取り出し削り節を投入し、今度はしばらく沸騰させた後布巾で漉してだし汁をとる。
 醤油、みりん、酒で味を調えただし汁に長ネギ、にんじん、ごぼう、かぼちゃ、そして台所を探していた時に見つけたカエルの干物(霊夢の苦肉の策)を千切って投入。
 具材の外側に火が通り、色が悪くなる前に一口サイズに丸めた先ほどの小麦粉の団子をどぼどぼと入れ、団子に火が通れば出来上がり。
 すいとん汁の完成である。だし汁は透き通り、具もたくさん入っている。贅沢な一品だった。
「おらー、飯が出来たぞー!」
 鍋をコタツに持って行き食事の用意ができた。他にはその辺で採ってきた草のおひたし、余った小麦粉で作った餡まんが並んでいた。糖分と炭水化物がふんだんな食卓であった。
「なにやってるの、冷めるよ?」
「あー……あと五十分……」
「すー………………すー」
 抱き合って眠る二人は熟睡し起きる気がないようだった。だがにとりには秘策があった。
 無言でヘッドフォンを装着するにとり。
「レディオガン、レディ、チャージ……オーケー。ファイア!」
 びびびびびー、と神社に破壊的な音響が響き渡った。効果はたちまち表れ、アリスと魔理沙はもんどりうつように布団から飛び出して転げまわった。
「なにすんだテメー!」
「ちょっと……なんなの!?」
「おはよう、二人とも」
 強烈な目覚まし音波攻撃を受けた二人は脳を揺さぶられダイレクトに目を覚ました。
「ったく信じらんねー」
「頭の中の目覚めちゃいけない部分まで目覚めそうな音ね……」
 口々に言いながらもコタツに着き、ようやく朝食とあいなった。
 料理は評判は概ねよかった。普段小食なアリスもしっかりと栄養を付けることができた。まさか自分がカエルを食ってるとは夢にも思わないまま。しかし滋養の効果はあった。

 食器を冷たい水に浸しながら、台所の窓から差し込む朝日を全身に浴び、にとりはふと、このままここで暮らせないものか、なんてことを考えた。
 私達は霊夢を失った。
 この部屋を見回しても、ところどころに霊夢のいた名残がある。赤いリボン、チラシの裏を束ねたメモ帳、きれいに洗って乾かしてある酒瓶……。それら一つ一つに霊夢が宿っている。にとりは不思議と寂しさを感じなかった。
 霊夢の喪失が、互いの繋がりを却って強くしていた。これ以上、誰も欠けるのは嫌だった。そう思う。そう思い合える。今ここにある平穏は、その関係の上に打ち立てられた、揺ぎないものに思えた。
 互いに強く繋がる仲間がいる。
 それでいいのではないか?
 にとりのその思考は、しかし三分後の来客にあっさり打ち砕かれた。

 朝早く。小悪魔が訪ねてきた。
 彼女が三人に告げたのは、パチュリー・ノーレッジの死であった。


********************

[咲夜とカレイドスコープ]


 魔理沙とアリスは箒に跨り紅魔館へ急行した。
 にとりはスタック・セルの重みでその速度に追いつけず、やや遅れて現場へ向かった。
 門番がいないことに魔理沙は気づいたが、代わりに歩哨に立っている妖精メイドに話を通すとすんなり中へ入れてもらえた。いつもの様に渡り廊下を通って図書館へ向かう。いつもと違うのは、駆け足でどたばたと急いでいたことだった。ドアを開け放つ。
「魔理沙だ」
「アリスです。お邪魔してます」
 図書館はいつもと変わらない、薄暗さと重厚さを入るものにのしかけてきた。そのなかを大股で進む。パチュリーの勉強机。そのライトはつけっぱなしで、大きな本が広げられていた。
 その脇にはメイド服姿の女性……十六夜 咲夜が立っていた。
「咲夜。私だ、魔理沙だ。アリスも一緒だ」
「押しかけてごめんなさい、こんな時に。だけど、大事なことなの」
 二人の呼びかけに、しかし咲夜は振り返ろうとしなかった。
 見るとその手は真っ赤に染まっていた。握り締めた手のひらに爪が食い込み、肉の破けた傷がある。
「お二人ですか。この度はわざわざ、ありがとうございます」
 その手のひらに、引っかかるようにぶら下がっているのが銀色の懐中時計だった。パチュリーの遺体は見当たらない。今の咲夜は、どこからどう見ても強いストレスにさらされ、余裕のない状態だったが――それでも二人は尋ねなければならなかった。
「パチュリーは、どこだ? できればその……挨拶したい」
「それと、本当に不躾だとは思うけれど、彼女が亡くなった時の状況も詳しく教えて欲しいの」
「昨晩のことですか」
 咲夜は気だるげにそういって髪をかきあげた。色の薄い髪に赤い血液が付着する。座ったらどうか、と魔理沙は言おうとした。だが、咲夜にはできる限り接触しない方がいい、例え気遣いでも――そう思った。
「パチュリー様のご遺体は安全な場所に安置されております。然るべき準備が整い次第、葬儀を執り行う予定です。残念ですが、その時まで何人たりともお会いすることは出来ません。これは絶対です。ご理解ください」
「そうか、解った」
「昨晩、そうですね、パチュリー様がお亡くなりになったのは……午前一時頃だと思われます。断言は出来ません。午後九時から午前一時の間でしょう。パチュリー様は、殺されたのです。犯人が居た時刻というのが、今申し上げた時間帯なのです」
「殺された?」
 咲夜の声は小さかったが、しかし歌うようにすらすらと状況を説明した。それが、アリスにはやたらと不気味に見えた。魔理沙は情報収集に集中しているようで気に留めていないが、今の咲夜はまるで吸血鬼に血を吸われた後の、青白く血の気のない死体のようだった。
「ええ、ええ。殺されたのです。パチュリー様は殺されたのです。犯行声明文が残されていました。この机の上にありました。それは紙切れでした。それにはこう書かれていました。いいですか?」

『―― この紙を見たものの、生命と同等の価値ある物を盗む ――』

 期せずして、魔理沙はその文面を言い当てた。初めて咲夜の顔に人間らしい表情が戻った。しかしそれはすぐに消えた。次の瞬間、図書館の重苦しさの代わりに魔理沙たちを取り囲んだのは……銀色のナイフだった。
「霧雨 魔理沙。正直に答えていただきたい。パチュリー様を殺したのはあなたなのかしら」
「違う。断じて違う。しかし犯人に心当たりはある。だからその犯行予告の中身も想像がついた」
「昨晩はなにをしていましたか」
「博麗神社で霊夢の面倒を見てた。紫に聞いてくれ。アリスやにとりでも、証人になるかどうかはともかくこれを補強してくれる」
 魔理沙は数十本の刃に、しかし恐怖を見せず堂々と咲夜の目を見て言い放った。これは効果的だった。
「……失礼しました。あなたが犯人だという証言もあったものですから。ですが、それ以上に犯人らしき人物の目撃証言もあるのです。ことさらにあなたを疑う理由は今のところありません」
「目撃証言だって?」
 魔理沙がオウム返しに問う。ナイフを懐に収め、咲夜は一つ頷いて話を続けた。
 まだ敵意を向けてくれた方がマシだ、とアリスは思った。今の咲夜の様子は……人間ではないように見えて、恐ろしかったのだ。まるで死体がペラペラとしゃべるようで、しかもそれが知り合いなのだからたまらない。傷つき、憔悴している咲夜にこれ以上捜査協力を強いるのは、アリスには気が引けた。しかし当人同士……魔理沙と咲夜、には、一定の合意があるようだった。
「とりあえず、座りましょう? 咲夜。お茶なら、今日くらい私が淹れるから」
「お、おう。そうだぜ。どうか楽にして、話を聞かせて欲しい。私たちは、もう気づいているだろうけど……犯人を追ってるんだ。手がかりが欲しい」
 着席させ、茶を飲ませ、手の傷を手当てして。ようやくアリスは咲夜を人並みに戻す事が出来てほっとした。そしてまた魔理沙による聴取が再開された。
「目撃証言っていうのは、なんなんだ?」
「門番、美鈴の証言ですわ。あの子は昨晩も歩哨に立っていました。パチュリー様を殺害し逃走しようとした男を発見し、これを拘束しようとして重症を負いました。妖精メイドも一人、殺されています」
「美鈴は、大丈夫なのか」
「ええ。いざとなればお嬢様がひと噛みすると言っています。傷は深いですが、助かるでしょう。この幻想郷であの子ほど『上手に負ける』ことが出来る使い手は居ません。それは強さの裏返しでもあるのですが、犯人はその美鈴をも一蹴するほどの力を持っていたらしいです」
「美鈴はなんと言っていたんだ。話は聞けたんだろう?」
「ええ。なんでも、銀色の髪をした男だとか」
「男。銀色の髪の毛……」
 魔理沙が復唱し、メモ帳に写す。グリモワールは使わなかった。
「ですが、また別の者の証言では痴豚に見えたともいいますし、半漁人デビルレイクバーマにみえたという者も居て、判然としません。同時に目撃したものでさえ、アレは魔理沙だったと言ったり、いいや、スペランカーだ人生ゲームの子供のピンだと言ったりして……まるで一致をみないのです」
「どういうことなの……」
「解りません。複数犯ではないようですが。そして、犯行に及ぶ際はとにかく目立ちませんでした。美鈴の警告があるまで、私たちは不審人物が入り込んだことすら気づかなかったのです。情報の共有ができていなかったということもありますが、誰一人として、その人物の存在を奇異に感じない……そういう侵入の仕方をされたのです。この紙がなければ、侵入自体を疑ったでしょう」
 魔理沙はその紙を手に取った。既に手袋を着用しており、指紋の心配はない。
 それは確かに、霊夢のところにあった犯行声明分と同じだった。ただし、以前はボールペンだったのに対し、判で押したように明朝体で活写されていたが。
「パチュリーに外傷などはなかったか?」
「ありません、心臓麻痺としか言いようがない状態でした」
「なにか、なくなっているものはないか」
「それを確認できるのは、あなたくらいでしょう。魔理沙」
 魔理沙は頷いた。
 かねてより図書館内部に関しては小悪魔の次くらいに詳しい。パチュリーの私物まで含めたら、パチュリー亡き今魔理沙がいちばんよく図書館内部の貴重品のありかを知っているといえた。
 だが……。
「やっぱりな、貴重品は何にもなくなってはいないぜ」
 貴重な本、道具、試料、生成物……いずれもシールが施されたままで、破られた形跡はない。
 だが、一つ見逃しているものがあった。
「ねえ、魔理沙。あの剣は?」
「え? ああ、アルミナンの剣か」
 そういって三人は、ベールに包まれたガラスの箱に歩み寄る。
 ばさり、と魔理沙がベールを取ると……。
「……ない……?」
「……パチュリー様が、どこかに移したってことは?」
「いいえ、ありえないわ。この封印は昨日の夕方以降、誰にも触れられた形跡がない」
「ってことは」
 空のガラスケースを前に、三人が顔を見合わせる。
 パチュリーの命と等価なもの。
 それが忽然と、姿を消していた。


********************

[レミリアとスカーレット・ファイターズ]


 レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして史上最古の吸血鬼の一人。
 しかしその人格ははっきり言って子供のそれである。
 霊夢に続き、パチュリーまでも突然亡くしてしまった彼女は地割れのように崩れてゆく周囲の環境に強い拒否反応を示した。
 自分の能力をフルに使ってパチュリーの運命を変えようとしたが、既に死んでいるものにどんな効果を及ぼすことも出来はしなかった。
 悲しみに、そして不安と恐怖に心を支配された主に、しかし咲夜は逃げることなく寄り添い続けた。どんな仕打ちを受けようとも常に主をサポートし続ける、メイドの一つのあり方を忠実に示していた。
 そんな咲夜に対し、レミリアは辛辣な言葉で応じた。
 ともかく、何か形のあるもののせいにしなければ気がすまなかったのだ。
 その矛先が咲夜に向くのは自然な流れだとも言えた。
「時間を操れるのでしょう、咲夜」
 その口調は牢獄の石壁のように冷たかった。全く責めるような口調であった。
「ならば、時間を戻しなさい。パチュリーが死ななくても済むように。あなたの力はそのためにあるのよ」
 そう言い切って、咲夜に無理を押し付けた。
「できないなら、姿を見せないで。あなたのせいよ、メイド長」
 理不尽な言葉であった。道理の全くない、暴言であった。
 しかし、咲夜にはそれが、必死に助けを求めて縋り付く子供の声に聞こえた。
 悲しみに満たされ、出口のない苦しみの中、レミリアは咲夜に当たり散らすことで僅かながら救われていたのだ。怒鳴り散らしている間は、物を考えなくて済む。それ以外に、幼い彼女には逃避の方法がなかった。だから、咲夜はそれを受け入れた。
 覚悟と使命感を持って主の抱える苦しみを等しく請け負う。
 咲夜はそれに成功していた。
 だが、彼女は肝心なことを忘れていた。
 彼女自身もまた、パチュリー・ノーレッジの喪失を深く深く悲しんでいたのだ。
 レミリアの苦痛を半分受け持つ。それならばできる。しかしそこに加え、自分自身の悲しみまで加わるとなると、そのストレスたるや当初の想像を絶するものとなった。
 結果、咲夜は立ち尽くした。
 時間を刻む銀時計を見つめる。
 その針を止めることはできた。
 だが、いくら念じようと、いくら力を込めようと……その針は、一秒たりとも逆に回りはしなかった。
 咲夜はそれでも、能力を使い続けた。
 遮二無二時間を止め続け、時間に対する制動力を加え続ければいつかは逆にも回るのではないか――。ありえない夢想。それに支配されて咲夜はじっと力を振り絞り続けた。
 息が切れ、汗が噴出し、目が充血し、腕が痺れ、足が震えるまで。
 それが、彼女にとっての逃避だった。
 そうやってマラソンをするように力を使い続けている間は、物を考えなくて済むのだった。
 それが打ち切られたのは、不意な来客によってだった。

 握った銀時計は、手のひらが破け流れた血でべったりと汚れていた。

 魔理沙たちへの証言を終え、咲夜は再び一人になった。
 パチュリー・ノーレッジはいまや居ない。
 レミリアは咲夜を遠ざけコミュニケーションを拒否している。
 美鈴は永遠亭に運ばれ治療中。
 妖精メイドたちはメイド長が抜けた穴を塞ぎ、館を維持するため余裕がない。
 咲夜は一人になってしまった。
 行き詰った時に咲夜を受け入れてくれたパチュリー。傷ついた時に抱きしめてくれた美鈴。どちらも今の咲夜には手が届かない。
 咲夜の手の内に残ったのは、銀時計と、そしてナイフだけであった。
 その刃が怪しく光る。
「………………」
 そして咲夜は、思い切った行動に出た。

 レミリアは寒気を覚えた。
 今の今まで感情に任せ暴れ散らしていたのが嘘のように、レミリアはぴたりと止まって知性を取戻した。
「咲夜……?」
 その表情が見る見る歪んでゆく。
「……咲夜ッ!」
 バン、と勢いよく扉を開け放つ。
 しかし扉は次の瞬間には逆方向に――部屋の内側、レミリアの顔面にぶっ飛んだ。
「さ……さぁああああああああくぅううううううううやぁあああああああああああああ!!!」
「叫ぶのでしたらもう少し品良く叫ばなければ。まるで獣のようですわよお嬢様」
「だぁらっしゃおんどりゃぼけが! なんのつもりじゃわれえ!」
「私は悪くない」
「あー?」
「私だって悲しんですよお嬢様。ですが私、悲しみを表現する方法といったらこれくらいしか思いつきませんで……とりあえず、身体が丈夫なお嬢様に受けてもらうことにしました」
「そいだらで弾幕撃つやつがあるかアこンクソボケがぁ!」
「ほらほら、次のスペルカードが発動しますよ。お気をつけくださいませお嬢様」
「やんのかゴラてめえ、上等じゃあボケが! こなみじんぃしたらあ!」

 それはスペルカード戦というにはあまりにも無秩序な争いだった。
 逃げる、避ける、かわす、かする。そのどれもしない。ただただ正面からぶつかり合って、ただただ殴りあうだけの力技だった。
 当初こそ、奇襲の利を持って咲夜が優勢に立っていたが、時間とともに疲労が溜まりついにレミリアが圧倒的な腕力で咲夜を苦しめ始めた。
 それでも咲夜は攻め続けた。
 身体を動かし続けた。
 吸い込む酸素のすべてを筋肉で使い切って、脳に回さないほどに。
 やがて勝負は決した。
 階段のてっぺんでレミリアが咲夜に体当たりをかまして、そのまま二人はいちばん下まで転げ落ちた。
 咲夜もレミリアも鼻血、汗、そしていつの間に流れ始めたのか……涙にまみれていた。
 レミリアがマウントポジションを取る。
 小さな拳が咲夜の顎を狙って振り下ろされる。
 巧みに僅かな動作でかわし、逆に拳が床に叩きつけられてレミリアの指が折れた。
「こっ……のっ!」
 今度は首を絞めに掛かった。
 細腕とはいえ、レミリアの腕力は咲夜のそれを上回る。引き剥がそうとするがムダだった。
 咲夜の顔が酸素不足で赤くなり、ついには青くなって、唇はチアノーゼを示す。
 それでもレミリアは力を緩めなかった。
「ふっ……ぐっ……う、うううっ」
 ボロボロと大粒の涙が、レミリアの両目からこぼれた。
 それでも、なお、どうしても。
 吸血鬼であるレミリアは力を緩めることができなかった。
 そんなレミリアに、咲夜はそっと手を伸ばした。
 力尽きた腕を放し、最後の力でレミリアの目元を拭ったのだ。
 目潰しが来るか! と警戒していたレミリアは、それで拍子抜けした。
 ようやく咲夜の首から手が離れた。
 咲夜はこの時既に心停止を起こしていた。オイそれやばくね? と周囲で様子をうかがっていた妖精メイドは思ったが、手を出せる者は居なかった。
 数分後、なんとか自力で死の淵から生還した咲夜は(脳への後遺症がないのは奇跡的だった)床に仰向けになった自分の上で泣きじゃくる主を見つけた。
 歳相応の子供のように、レミリアはわんわんと泣いていた。
 咲夜が再び手を伸ばして、レミリアを胸に抱いた。レミリアは素直にそれに応じた。
 プライド。虚勢。使命。立場。奔放に見えて、実はレミリアはありとあらゆるものに縛られていた。それらすべてがどうでも良くなるほど破壊の限りを尽くして、ついに彼女は思う存分泣く事ができるようになったのだ。
 一晩中、二人は泣きはらした。
 
 吸血鬼とその従者。
 難儀な生き物たちは、こうして喪失の悲しみを乗り越える術を、ようやく身につけたのだった。
 

********************

[てゐと中村屋]


 紅魔館から湖を越え、人里を飛び越した先に広がる巨大な竹やぶ。
 迷いの竹林。
 そのどこかに存在する永遠亭。
 そこから外へと向かって走る、兎の一団があった。

「永琳師匠のネジネジはー」
『えーりんしっしょおーの ねーじねじはー』
「中尾彰のモロパクリー」
『なかーおあーきらの もーろぱーくりー』
「付け耳!」 ―― 『つけみみ!』
「付け耳!」 ―― 『つけみみ!』
「うどんげー!」 ―― 『うどんげ!』
「うどんげー!」 ―― 『うどんげ!』
「座薬!」 ―― 『ざやく!』
「はいてない!」 ―― 『はいてない!』
「逮捕ぉー!」 ―― 『たいほォー!』
 
 先頭を走る因幡 てゐの掛け声にあわせ、あとに続く兎達も声を合わせて歌った。
 それでも一向にスピードは落ちることなく、一定のリズムを維持して彼女たちは走り続けた。
 歌は続く。

「姫様夜なべでレベル上げー」
『ひーめさーまよーなべーで れっべるあげー』
「垢BAN食らって key board crush !」
『あっかばんくーらあって きーぼぅくらっしゅ!』
「大国様の縁結びー」
『だーいこくさまのー えーんむすびー』
「かぐもこ結んで仲直りー!」
『かーぐもこむーすんで なっかなーおりー』

 いつしか竹林を抜け、一向は街道に出た。迷路のように人を迷わせる、迷いの竹林。しかしその管理人たる因幡 てゐならば、容易に抜け出すことができた。
 兎たちは基本的に素足である。冬の土は冷たく、いつもよりも足に響いた。毛細血管が収縮し、血の巡りが悪い。あまり無理をさせると脱落者が出るな、とてゐは判断し、小休止をはさむこととした。
「よーし、あの地蔵さんのところまで行ったら休憩するぞ!」
『あい!』
 てゐはラストスパートをかけ、先んじて地蔵の元へ着くと周囲に人影がないことを確認した。人と同じ姿を取っている部下の妖怪兎は著しくその妖力を制限される。既にここは人間の領域なのだ。油断なく警戒し、指揮先導することがてゐの仕事だった。
 めいめいが地べたに腰を下ろし汗を拭う。竹の水筒に入れて来たお茶はまだ冷め切っておらず、身体を温める役に立った。
 てゐは、自身も大の字になって休みたかったが、体面上それは我慢して足の裏についたゴミを取った。
 てゐの足の裏は人の身で兎と同じ運動を続けているためか非常に皮膚が厚く、定期的に角質や皮脂を摩り落とさなければ歩くこともままならない。無骨な足だった。
「さて! そろそろ出発するよ! 点呼!」
 てゐの宣言に妖怪兎たちは飛び起きて整列した。端から番号を数え、全員いることを確認すると一向は再び走り出した。三〇分ほどで人里に到着。
 必要な物資は動物や魚類、両生類が原料となっている漢方だった。植物由来のものならば、竹林と魔法の森でほぼ自給できるのだが、アルコールや脱脂綿などの人の手が入った製品や動物由来の漢方は人里で買うほかない。
 霧雨道具店に予め金は払ってあるので、話を通せば品物は出てきた。そのほか、ピンセットやメスなどの金属加工品、プラスチックパックやゴムチューブなど外の世界から流れ着いた石油製品もここで仕入れることができた。
 外の世界から流れ着く石油製品は、いまやなくてはならない道具だった。基本的に消耗品なのだが、これがなくては永遠亭の高度な医療は成り立たない。しかし、基本的に流れ着いた物を回収するしかないので石油製品は時価扱いになる。よって、八意 永琳はてゐに多めに金を持たせていた。幸い、十分金を残して買い物を終えることができた。
「さて、だいぶお金も残ったことだし……なんか甘いものでも食べて帰ろうか!」
「おー!」
「師匠には内緒だぞー。なにがいい?」
「アンドーナツが食べたいです」
「私は焼き芋がいいな」
「フランスロール」
「イエローケーキ」
「まとまらないなあ。ハイ、決定権委譲! 即決よろしく!」 
「寒いんだし、アンマンでいいかと」
 急に決定権を委譲された妖怪兎の一人はさらりと答えた。
 アンマンか、まあ確かに寒い時期でなければ食べられないものだし、いいか。そんな積極的、消極的賛成のムードでアンマンに決定した。一行はぞろぞろと中村屋へ向かう。
 てゐが先導する一行の最後尾。
 先ほど、アンマンを提案した妖怪兎がたまたま通りかかった大工風の男に呼び止められた。
「お? なんだ、久しぶりじゃねえか。帰ってきてたのか?」
「どうかな、悪いけど、急いでるんで」
 そういって妖怪兎は駆け足で合流した。大工風の男もそのまま歩いて行ってしまった。
「なに? 知ってる人?」
 妖怪ウサギたちは、ほとんどは前を見ていたので気づかなかったが、一人だけそのやり取りに気づいた兎が居た。
「ぜんぜん。知らない人。ウサギ違いじゃない?」
「私達みたいな妖怪ウサギと誰を見違えるっていうのよ」
 大工風の男は、同性に話しかける気軽さで接してきていたのだ。異性の、増して妖怪ウサギに話しかける感じではなかった。
「そんなの私に聞かれても困るよ。私の事が、山に住む木こりにでも見えたんじゃない?」
「なにそれ。変なの」
「おーい、どうした? 置いてくよ!」
「はーい、今行きます!」

 結局、唯一気づけた妖怪ウサギもその違和感をすぐに忘れてしまった。
 一行はアンマンを食べてから、荷物を分散しあまり揺らさないように、しかし迅速に家路を急いだ。
 途中、同じ地蔵のところで休憩し、点呼を取ってまた走った。休憩中足の裏についたゴミを取っていると、なぜか米粒がいくつか付着していた。
 永遠亭に到着してから、てゐは再び点呼を取った。
 出発時の人数と、途中休憩した時に数えた人数。そして今数えた人数は一致していた。
 誰も置いてきていないはずだった。

 だけど、おかしいな……。

 今数えた人数よりも、アンマンを買った数が一個多かったのだ。
 預かった金を着服したように見せて、てゐはキチンと自分のポケットマネーで払っていた。使った金のことは忘れないてゐのこと、数を間違えるはずはない。
 誰かが途中で一人増えて、永遠亭に潜り込んだのだろうか? 
「まさか、ね」
 馬鹿げた想像だった。おおかた、誰かがずるして一個多く食べたのだろう。

 てゐはその、当然な思考を疑わなかった。なぜ自分があの時、数を間違えたのか。違和感を感じることがなかったのか――
 それを把握していれば、八意 永琳は死なずに済んだかもしれなかったのに。


********************

[優曇華と冬虫夏草]


 てゐ達が買い物に出ている間、優曇華は薬草の採取に出ていた。
 竹林から魔法の森を通り、昼ごろには背負った籠は一杯になった。
 深い傷を負った患者が運ばれてきたのは昨夜未明。これから薬草が採れない季節になるということもあって、かなりの量をストックしていたのだが早速その配分が狂ってしまった。
 冬を乗り切るには、少しでも多くの薬草を、枯れる前に回収する必要がある。ゆえにこうして優曇華は寒い中毛糸のパンツを穿いて肉体労働に励んでいるのだった。
「しかし、ここは冬でもあったかいわねえ」
 魔法の森を抜け、優曇華は川沿いに太陽の畑に達していた。
 日当たりのいい、南向けの窪地。さんさんと輝く太陽があれば、冬でも暖房なしで過ごせそうなほど光に満ちていた。
「少し、休憩していきましょうかね」
 籠を置き乾いた草の上に寝転がる。
 太陽光線は、ちょっとしたハロゲンヒーターなみの暖房効果がある。
 朝方など日が差している時にその光を浴びれば感じることだが、太陽光線は蛍光灯や白熱球、とにかく室内灯が放つ光など及びもつかないほどのエネルギーを持っている。超強力な懐中電灯ですら太陽光線の持つエネルギーには敵わない。しかも太陽は地球を常に半分照らしているのだ。圧倒的な力だった。
 冬だというのにぽかぽかして、なんだか優曇華は眠くなってしまった。
 永遠亭に帰れば患者の面倒を見るのは彼女の仕事になる。それが嫌というわけではなかったが、神経を使う仕事であることは確かだ。少しくらい休憩したって構わないわよね、と目を閉じた。
 まぶたを閉じても感じる、太陽の暖かさ――しかし不幸体質の優曇華は、その幸せを百二十秒以上享受することは出来なかった。
「こんなところでお昼寝かしら?」
 不意に影が差して、熱の供給が止まる。一気に肌寒さが増したのは光を奪われたから、だけではなかった。
「――かっ……風見さんですか」
 思わず敬語で話してしまった。急にすぐそばに現れたので動揺していた。
 優曇華の傍らに、いつの間にか現れた女性は風見 幽香。
 太陽の畑に居を構える幻想郷最強の妖怪の一人である。その実力を正確に知るものはいないが、太陽の圧倒的な熱を反転させたような寒気を優曇華は感じていた。
「休憩中かしら?」
「え、ええ。まあ」
「ご苦労さまね。まだ続けるの?」
「いえ、そろそろ帰ろうかと」
「あら、そうなの。まあ、確かにこの辺にもう薬草はないけどね」
 なぜか残念そうに風見 幽香は顎に指を当てた。せっかく太陽が暖かいのに日傘を差している。優曇華が薬草採取をしに来たことは、籠を見て察したようだった。
「そうなんですか、じゃあ私はこれで――」
「うちに来るなら、分けてあげられるけど?」
「え」
 それは魅力的な提案だった。今は少しでも多くの薬草がいるのだ。くれるというのなら欲しい。
 しかし、あまりにも不気味だった。ホイホイついて行ってしまったが最後、来年ごろに自分が薬草――冬虫夏草になりかねない。
「警戒しなくってもいいわよ。ただ、冬になって話し相手が居なくなってしまったものだから……」
 風見 幽香は季節ごとに花を追いかけるように移動しながら暮らしている。
 この時期は友人に等しい草花が無口になる季節で、彼女は退屈していたのだ。
「わ、私、今日スペルカード持ってきてないんで!」
「なにいってるの。お茶に誘っているだけよ?」
 優曇華は退屈しのぎに勝負を挑まれる前に逃げの手を打った。しかし、早すぎた。その手は潰され、なし崩しに茶に誘われるはめになってしまった。
 しかし、粗相さえしなければ大丈夫だろう。実際おいしい話ではあるわけだし。優曇華は不幸体質ゆえのポジティブシンキングで立ち直った。
 こうして優曇華のサボりタイムは茶と菓子つきの豪華なものとなった。

「紅魔館が? 大胆な輩が居るものねえ」
 優曇華はハーブティを飲みながら、幾分砕けた様子で風見に最近の出来事を話して聞かせた。
 守秘義務に抵触しない程度にぼかしてはいたが、風見もバカではない。紅魔で何かが起きたことは知っているだろう。最強最悪の名は彼女の腕力に担保されていたが、それに加え風見 幽香には情報網もあるのだった。
「死人も出たそうですよ。といっても妖精メイドですけど」
「妖精メイド? 妖精は死ぬっていうのかしら」
「他にいいようもありませんし、一応そういうことにしているんです、私たちは。といっても、仰るとおり妖精メイドはすでに復活しています。メイドという職業柄か、周囲とのつながりが深いため再生されるのも早かったんですね」
 妖精に死の概念があるのか不明だが、妖精の復活は死者のことをよく知る存在が多いほど早い、と言われている。主体なき妖精は、肉体により自己を同定する人間、精神により存在を確立させる妖怪と異なり、より強く関係性に依存してアイデンティティを保っていることが原因だろう。
「紅魔館はこれからどうするのかしらね?」
「それは私には計り知れませんね。新たな魔法使いを迎えるのか、どうか……」
「いえ、そうじゃなくってね」
 そういって風見は皿の上のビスケットをつまんだ。
「やられて、やられっぱなしでいるのかなあ、と思ってね」
「ははは、こわいこわい」
「うふふ。あなた達の仕事は増やさないわよ」
 紅魔館を中心にして起こる混乱。それが武力衝突に発展すれば、退屈した風見が見逃すはずはない。そうなれば紅魔館も、その敵対者も粉みじんだ。なるほど、傷病者は出なさそうだ。
 どうにか優曇華は失敗なく茶の時間を終えた。
「じゃこれ、持って行くといいわ」
 風見の出した薬草はどれも高価なモノで、量もたくさんあった。
 ……持って帰るのが大変なほどに。
「ありがとうございました。今度、お礼も兼ねてまたお茶しに来ますね」
 腰砕けになりそうな優曇華をニヤニヤと眺め、風見は見送った。
「ええ、さようなら」

 優曇華が去り、陽も落ち始めて風が出てきた。
 寒くなる前に家に入り、暖房を固めよう。風見はそそくさと帰っていった。
 また来る、か。
 どこの誰でもいいから、退屈な風見は話し相手が欲しかった。だが優曇華ですらここ一週間で唯一の訪問者なのだ。早々、話し相手など現れようはずもない。

 風見はそう思っていたが、すぐにまた客人が訪れることになる。
 奇妙なその客が来るのは、まだもう少し先……。 


********************

[輝夜とエンド・オブ・モラトリアム]


 蓬莱山 輝夜の入浴頻度は多くても一週間に一度くらいである。
 蓬莱の薬の影響によってもともと老廃物が出にくいし、彼女の動きには"無駄がない"。千年以上生きているため、日常のささやかな動作でも、最も効率・力率のよい洗練された運び方をする。制御ソフトの側で出来ることの限界に挑戦しているといってもいい。既に、彼女はアクシデントでもない限りは皿を取り落とすことも字を書き損じることもないというような、そういう人間になっていた。
 そんなわけで汗をかくことも滅多にない。もともと半年に一度しか入浴しないような時代の人間でもある。冬場の今となっては、既に最後に風呂に入ってから二週間が経とうとしていた。
 だがそろそろ月のものも始まるし、その前に身体をきれいにしておく必要があった。よって彼女はこの日、実に二週間ぶりに入浴した。妖怪兎を湯女に引き連れ髪の毛を下ろす。彼女の白い肌、黒い髪はどの兎にも憧れの的だった。
 正味一時間あまりの入浴を終えると彼女は湿った髪を乾かし、素足のままぺたぺたと廊下を歩いて台所へ向かった。永遠亭の中での彼女の扱いはそんな風だった。姫として振舞うこともあればただの小娘の時もある。本人はあくまでも周囲に合わせることでバランスをとっていた。
「カルピス発見!」
 冷蔵庫にあったカルピスを風呂上りに飲み干す。そこに優曇華が帰ってきた。
「ただいまですーあーつかれたー」
「あらおかえり」
 どさりと籠を下ろす。薬草が詰まっていた。それらは倉のほうへ運び、防腐処理を施すのだが先ずは台所の作業台で選別を行う必要があった。
「あ、姫様。ただいま帰りました。これお土産です」
「サツマイモじゃない。どうしたの?」
「太陽の畑で入手しました」
「度胸あるわねー」
「ところでそれ私のカルピスですよね」
「そうだっけ? ごめんね」
「いえ、まあ構いませんが」
 言いながらぐいーっとカルピスを飲み干す。その肌がつやめいていることに気づいて、優曇華は少しどきりとした。なるほど、風呂上りか。
「師匠はどこです? 当面必要な物を選んでいただかないといけないのですが」
 そう言いながら夕食に使う食材と薬草やキノコを作業台の上に広げる。結構な種類があった。
「えーりんなら今お客さんと会ってるわよ」
「客ですか。紅魔館の方で?」
「いえ、別口らしいわよ。患者のほうは容態が安定してるし」
「あの人すごいですよね。放っておいても自分で血圧や体温調節しちゃうんですから」
 傷つき運ばれてきた紅 美鈴は、最初こそ出血多量で瀕死の状態だったが、石油製品の登場により可能になった輸血と、外科医の手による傷口の縫合を行ったら即座に自らの力で回復を始めた。
 殺菌消毒すら却って細胞を傷つけるのでよくないというタフさも見せていた。化膿菌や感染症には強力な免疫を持っているのだという。幻想郷でも随一の実戦経験を持つ彼女だからこそ身につけていた体質であった。
「にしても、師匠がいないと話が進まないんですよね」
 優曇華がそういって時計を見た。夕飯前に済ませたかった。
「私が呼んでこようか? たぶん、駄弁ってるだけでしょうし」
「お願いできますか」
 優曇華は素直に輝夜を頼った。上司の都合に割って入ることは、たとえ道理が通っていて、全体のために必要であっても角の立つことである。そういう時に矢面に立ち、円滑に仕事ができるようにする輝夜は永遠亭で働くもの達にとって実に頼りになる存在であった。そして輝夜には確かに調整能力があった。
「あ、そこのあんまん食べていいわよ」
「いいんですか?」
「ええ。さっき妖怪ウサギがお土産に持って来たの」
「ウサギが? 珍しい。妖怪ウサギに食べ物を渡したらすぐに消えてなくなるものですが」
「じゃ、ちょっといってくるわ」
 裸足のままぺたぺたと廊下を歩き、永琳の仕事部屋に向かう。
 ドアの前で聞き耳を立ててみたが、特に話し声は聞こえなかった。風呂に入っている間に客は帰ったのだろうか? 二度ノックする。返事がない。ドアを開けた。
「永琳?」
 呼びかけにも返事がない。ドアを全開にして部屋を見回す。
 人体模型。薬草標本。健康第一のポスター。
 診療器具。カルテの束。分厚い医学書。
 永琳の死体。二つのカップ。紙切れ。
「……永琳」
 側により脈をとる。ぐったりと机に身体を投げ出し、髪の毛を垂れ下げている。
 見開かれた相貌。空虚な――落ち着いた雰囲気の彼女だったが、千年付き合ってきて一度も見せたことのない、空虚な表情。かさついた肌。冷たい。冷たい……。
 他の誰にも、それだけでは、死んでいる風には見えなかったが、長年連れ添ってきた輝夜には、一目で命がなくなっている事が解った。
 死体のすぐそば、机の上には紙切れが置いてあり、そこには――

『―― この部屋の主の、生命と同等の価値ある物を盗む ――』

 そう書かれていた。
 瞬間輝夜は走り出した。裸足のまま、しかしトップスピードは妖怪兎ですら到達できない域。
 廊下を疾駆し突き当たりの壁につく。
 そこにあった火災警報のスイッチを入れると耳障りな音が響いた。
 あんまんくわえた優曇華が駆けつける。
「姫様! どうされました!」
「第一種警戒態勢発動!」
「了解です!」
 優曇華は即座に、なにも考えず輝夜の指示に従った。疑問など挟まない訓練された動作だった。
「全妖怪兎に警告、不審者を捜索、拘束せよ!」
「特徴や危険度は!」
「一切不明、最大警戒!」
「了解です」
「終わったらあなたはすぐに患者のところに向かって。二番目に危ないのは彼女だから」
「…………終わりました。全周防御完了です」
 優曇華が独自の連絡網によりすべての兎たちに声を伝える。波長を操る彼女にとっては造作もないことだった。
「敵は外から来るんじゃない、内から出て行こうとしてる」
 歩きながら輝夜は話した。
「永琳が殺された。まだ近くに犯人がいる。私は行くところがあるから」
「お気をつけて」
 優曇華は右手を拳銃の形に握った。座薬によく似た弾丸が人差し指の周囲に集まる。錯覚に実用の威力を持たせた"見えない拳銃"である。一呼吸で発射できる弾数は二十一発。初速は三八〇メートル毎秒。弾頭はフルメタルジャケット相当。熟練に十五年の歳月をかけ、死線を潜り抜けながら実戦の中で身につけた、優曇華の秘密兵器だった。
 一方輝夜はグロックを使った。
「まさか、まさかとは思うんだけど……」
 そう呟きながら輝夜は早足で廊下を進む。せっかく風呂に入ったのに汗がだらだらと流れていた。
「蓬莱山 ××」
 薬品庫の電子錠を声紋とパスワードで解除する。下の名前は地球の言語ではない。発音が非常に難しく、それがパスワードに利用されていた。
 薬品庫はかなり広く、いくつもの棚と無数の瓶、標本が保管されていた。東の壁に面した棚をどかす。重かったがどうにか動いた。壁に僅かに残ったシームにマイナスドライバを突っ込み、壁の一部を剥がすとダイヤル錠の金庫があった。アナクロな手段だったが戦車砲の直撃にすら耐える拘束セラミクス装甲を持っている。鍵を開けない限り、この金庫を開けることはできない。
 数字をあわせて金庫を開けると、幾重にも封印された小箱が出てくる。この封印には強力な呪詛が込められており、人間以外には触れるどころか近付くことすらできない代物だった。その封も解除すると、やっと本命が姿を現す。
 蓬莱の薬。
 不老不死を約束する仙薬である。
「よかった……無事だったわね」
 生命と等価のもの。それを聞いて輝夜は最初にこれを思い浮かべたのだ。
 しかしここまで厳重に保管されている物を盗み出すなどどう考えても、
「不可能、よね」
 ほっとして笑みがこぼれる。
 輝夜の視界の端で、僅かに影が動いた。
「――!」
 振り向きざまにグロックを構え、目標を見る前に先ず撃った。
 火薬の炸裂音が響き九ミリ弾が空を切る。影の主はまるで幻であるかのように、拳銃弾を避けていた。それどころか――
「でっ」
 輝夜の後頭部に衝撃。
 痛みの中で彼女の意識は、否応なしに落ちた。

 次に目を覚ました時はベットに寝かされていた。
 顔を横に向けると、あの紅魔館の患者がいる。
 視線をめぐらせる。時計が目に入った。
「目が覚めましたか?」
「ええ。どれくらい私は寝てた?」
 紅 美鈴が話しかけてきた。
 既に包帯が取れているところを見ると、ずいぶん時間が経っているようだ。
「二日間くらいですかね」
「そう……兎たちは良くやってる?」
「よくしていただいています」
「私がどうしたのか、聞いた? 全然覚えてなくて……」
「聞いたもなにも、すぐ横で手術していましたよ」
「あらら」
「頭を切開して金属片を取り出していましたね。二日前、聞こえた銃声は一発だけです。弾は潰れていましたが、あれはパラベラム弾でしょう。銃はグロックの軍用モデルですね」
「その通り。でも、撃ったのは私で、しかもアレは相手に撃ったものだった」
 その折、優曇華が病室に入ってきた。カルテを抱え、八意ブレザーを着こなしていた。
「あ、姫様。お目覚めになりましたか」
「ええ。迷惑をかけたようね……永琳は?」
「それが……まだ復活されません」
 予想通りだな、と輝夜は肩をすくめた。
「蓬莱の薬は?」
「消えていました」
 これも予想通り。
「永琳は出張に出た、ということにしなさい」
 輝夜はそういって窓の外を見た。雪が降りそうな天気だった。
「そう仰るだろうと思って、そうしておきました」
「さすが優曇華ね。しばらくは、私達だけで頑張るしかなさそうよ」
「はい」
 二人とも少し寂しそうに頷いた。
 永琳は死んだ。
 肉体は灰燼に帰した。蓬莱の薬は消えた。予告状の通りになるかは不明だが、事態は楽観できないだろう。だが――
 必ず永琳は帰ってくる。そのことを、二人とも知っていたので状況に適応する事ができた。
「さて、二日も責任者がいないんじゃ、仕事が山済みでしょ」
「病み上がりのところ、申し訳ありません」
 輝夜はベットから起き上がり、スリッパを履いてカーディガンを羽織った。
 しばらくは彼女が永琳の代わりをするしかない。
「あ、輝夜姫様」
 紅 美鈴がその後姿を呼び止めた。
「侵入者を、あなたは見ましたか?」
「ええ、少しだけ……」
「どんなでした?」
「そうね、暗かったけど、あれは……光ってた。そう、まさに――」

『銀色に』

 二人の声が重なる。
 美鈴の見たもの。輝夜の見たもの。
 それは特徴が、そして犯行声明が一致していた。
 これが第三の殺人として魔理沙たちに伝わるまで、時間はかからなかった。


********************

[12月30日
 銀色とランチミーティング]


「八意 永琳が殺された」
 博麗神社。正午。大皿に山盛りにされたサンドイッチを囲み、魔理沙は状況の説明を始めた。
「殺されたのは二日前の夕方頃。目撃者の話だと銀色の髪をした人物が出没していたとのこと。例の予告状も見つかっている。これを第三の殺人と認定することに異論はないか?」
「ないわ」
「ないよ」
 アリスとにとりがそれぞれ答える。
「霊夢が殺されたのが四日前。パチュリーが殺されたのが三日前。永琳が殺されたのが二日前……」
 言いながら魔理沙は紙に大まかな幻想郷の地図を書き、事件が発生した地点に印をつけてゆく。
「初日に博麗神社で犯行を行った後、紅魔館へ向かったところまではいいが、そこでなぜか進路を南に変え人里を横切るように移動し、永遠亭に向かっているように見える。目的の見えない動きだ、そう思わないか?」
「データが少なすぎてなんとも言えないと思うわよ?」
「っていうかこれ食べていい?」
 めいめいに反対意見を述べる二人に対し、魔理沙は現状揃っている証拠から犯人像を固めだした。
「紅魔館で犯行を行った際だが、ヤツは正面から堂々と進入し、パチュリーと茶を食らってさえいる。また永遠亭では妖怪兎にまぎれて侵入し犯行を行っている。これらの事実から、犯人は極めて擬装率の高い外見をしていると考えられる。それが技術によるものか、能力によるものかは不明だけど」
「その点は同意ね。加えて、物理的に侵入しなければ犯行が行えない、ということも伺えるわ。神出鬼没だけど、幽霊のように壁抜けが出来るわけじゃあない」
「そう思わせたいブラフかもしれないけどね。ねえ、もうこれ食べてもいい?」
「にとり、オプティカル・カモフラージュで外見を誤魔化すとか、できないのか? あるいは、アリス。外見を偽装する魔法に心当たりはないか?」

「そうだなあ。出来なくはないけど、非常にかさばるよ。重量も激増するし。けれど、フレキシブル有機ELディスプレイは外の世界じゃ既に実用の域に達しているし、リアルタイムで映像を映すこともできる。工学で再現可能だと思うね。だけど、とてもじゃないが幻想入りする類の技術じゃない」
 にとりはやや外の世界を過大評価したことを言った。実際はそんなこと、外の世界でもできないことはご承知のとおりである。
「魔法なら相手の姿を真似ることはできるわよ。光の操作じゃなく、もっと物理的な方法になるけど……つまりは整形手術ね。一時的な。けれど、報告にあったように『人によって違う姿に見える』なんて芸当はちょっと無理よ。印象操作の魔法なら可能かもしれないけれど……パチュリーには通じないわ。そんな相手とお茶を一緒にするほど、彼女能天気じゃないし」
 沈黙が降りる。魔理沙は二人の意見を聞き、考えている様子だった。
 こういう時に正しいひらめきとその裏づけを考え出すことができる。それが魔理沙の強みで、後ろ盾もない人間の小娘が魔法使いをやれている理由だった。
「ちょっと、ここで新たな資料、八雲レポートver2.0を参照する」
 魔理沙がそういってちゃぶ台の上に橙の持って来た二通目のレポートを広げる。にとりが涎を垂らした。
「これは八雲 藍……犯人の精神と直に接触した式の証言録だ」
 八雲 藍はパチュリーが死ぬ直前の深夜、アメヤと名乗る殺人犯にハッキングされその肉体をジャックされた。その際に彼女はアメヤの精神に触れ、危険性と性質をいくつか知ったのだという。
 だがその情報を引き出すには大変な労力と時間がかかった。
 まず、破損した藍のHDDを復元し、磁気を読み取り機械語をアセンブリ言語にまで変換する。ついでこれを意味を成す文章に翻訳し、複数の質問を組み合わせて整合性の確認をとる。人格……OSを失った藍をコンセントに繋いで、無理やり情報を引き出す作業を考えると魔理沙は胸が痛んだ。だが、それだけだった。
「藍は……正確には藍の記憶は、既に情報のプールでしかないわけだから筋道立てて話をするってことは出来ないけど、質問に答えることはできたらしい。それによると、あのアメヤという男は外の世界でも一部で名の知れた――
 "怪盗" もしくは
 "殺し屋" なんだそうだ」
 魔理沙はレポートから顔を上げずに話し続けた。
 その間に自分の分のサンドイッチがなくなっていっていることには気づかなかった。
「にとり、きゅうり食べる?」
「あ、いるいる。私チーズいらないや。食べて」
 アリスはサンドイッチに挟んであったきゅうりをにとりの口に差し込んだ。にとりはチーズをアリスのサンドイッチに入れてやる。四日目ともなると共同生活が染み付き、唾液交換や相手が触った物を食べるくらいはなんとも思わなくなっていた。
「アメヤという、あの男。外の世界では
 "ペイパーカット" と呼ばれているらしい。手口としては、犯行前に
 "違和感なく周囲の誰かと入れ替わって接近" し、
 "犯行声明文を残しなにかしらを盗む" らしい。そしてその姿は
 "見るものによって全く変わる" その上で
 "盗まれた被害者は原因不明の死を遂げる" のだという。……まさに正体不明の妖怪だ」
「食後のお茶はなんにする? 私、最近ずっと緑茶だったから今日は紅茶がいいな」
「いいんじゃない? 紅茶で」
 皿に盛られたサンドイッチを食べつくした二人は膨れたお腹をさすって食後のティータイムに入ろうとしていた。魔理沙は知らず続ける。
「確かに、霊夢は死んだ。予告状もあった。盗まれたものもあった。そして、パチュリーが殺された夜の証言から、アメヤというあの男がみるものによって姿が変わるということも確からしい。ならば、もう一つ。今ひとつ特有の現象が起きているはずだ」
「あ、いいわよ、ティーバック一つで二杯くらい出るでしょ」
「サンキュー。これ砂糖ね」
 もう一パックあけようとしていたにとりをアリスが止める。アリスが自分のカップに沈めていたティーバックをにとりの空のカップに入れた。お湯を注いで紅茶が二杯。急須はこの間、誤って割ってしまって今ないのだった。
「にとりは砂糖入れないの? ミルクもあるわよ」
「うーん、緑茶に慣れてる舌じゃ、甘いお茶ってのは受け付けないんだよねえ」
 興奮気味に語る魔理沙。そこでやっと彼女は紙面から顔を上げた。
「アメヤの足取りを予想する上で重要なのはこの点だ。つまり――……って、あれ。私のサンドイッチは?」
「それより、続き話してよ。大事なところでしょ」
「そうそう。次の出没先が解れば、これ以上犠牲者を出さずに済むってもんだし」
「え、いや、でも私のサンドイッチ……作ったの私なのに……」
 軽く涙目入った魔理沙の皿に、二人はパンの耳を積み上げた。
「……ええと。その。だからつまり、……伊吹 萃香を探して話を聞くと何か解るんじゃないかなあって思うんだ。今はどこに居るのか知らないけど、あいつはこの神社に住んでた。霊夢は殺される前に、"違和感なく接近してきた"何者かとコンタクトを取っているはずだ。同居してた萃香なら、何か知ってるかも」
 そういって魔理沙は二人を見た。
「まあ、順当なところかしらね」
「そうなると、情報網が必要になるね」
 両者の同意を得られたらしい。
「しかし、姿がはっきり見えなくて、しかも移動する異変の根源っていうのは厄介ねえ」
「全くだ。空飛ぶ船なんかも、これに比べれば探す手間がなかったってもんだ」
「それで、萃香の場所なんだけど。手分けして探すしかないかな?」
 パンの耳をもそもそと齧り、魔理沙は『なんだかやけにしょっぱいなあ』と思いながら尋ねた。
「いんや。探しものならすぐに見つけてくれる人を知ってるよ。ことさら、鬼を探し慣れている適任者が」
 にとりが不敵に笑う。
「妖怪の山に行こう。犬走 椛。天狗は常に、鬼の居所を把握しているものなんだ。千里眼を持つ彼女なら、きっと居場所も知ってるよ」
 アリスとにとりの二人は、次の行動が決定したため即座に動き出した。
 先ずは昼食の片付けである。皿をまとめ、カップを流し台に持って行く。
「あっ……」
 当然、食べている途中の魔理沙のパンの耳も片付けられた。
「……うう」
 いよいよ泣きそうになってしまった魔理沙を見かねて、二人は嘆息した。
「情けない顔しないの、魔理沙」
「油で揚げたほうがおいしいでしょ、待ってなって」
 花が咲くように魔理沙の顔が明るくなった。
 食い物ひとつで、ここまで解りやすい反応を示す。そういうところが、二人は好きなのであった。

 ちなみに、塩と砂糖を間違えてまた魔理沙が涙目になるのは十二分後の話である。


********************

[椛とリスキー・ディシジョン]


 妖怪の山に入るルートは無数にある。国境警備隊が監視していない抜け道などそこいらじゅうにあるのだが、現在は年末特別警戒態勢が発令されているので白狼天狗の姿がそこかしこに見えた。
「けど、私には無意味」
 そういってにとりがオプティカル・カモフラージュを起動。たちまちにとりの姿は風景に雑じり掻き消えた。にとり製の外域活動ユニット"アカントステガ"は、姿だけではなく足音と体臭、ひいては妖気までかき消す効果があった。
「じゃあちょっと待っててね。話つけてくるから」
 アリスと魔理沙はにとりを見送った。山から湖に注ぐ川をにとりは飛ぶようなスピードで遡って行った。まるで魚雷だ。水の中で、彼女に勝てる者はいないと改めて二人は思った。
 河城 にとりの任務は二つ。一つは白狼天狗の一人、犬走 椛に接触し伊吹 萃香の所在を聞き出すこと。もう一つは妖怪の山を統べる神にこの事態を知らせ、警戒を促すこと。
 にとりは猛然と水をかき分けた。深さはせいぜい五十センチメートルといったところだが、にとりはその狭い空間をほとんど自由落下でもするかのような速度と自在さを持って進んだ。鮭のように滝を登り、渓流を飛び越え、谷に達した。
 自分の住居に戻ったにとりは、スタック・セルを取り外し、外部電源に繋いで再活性化を行った。平行してサブアームのメンテナンスを行う。その後、観測機器・センサー類を増強する作業に取り掛かる。三時間ほどでアカントステガを最高の状態に仕上げると、いよいよ犬走 椛のところへ向かった。
「……にとりさんですか?」
「ははっ、ばれた?」
 にとりはわざと足音を消さずに少しだけ残し、椛に背後から近付いた。椛は当然その不審人物に気づき、しかし足運びや音の特徴から容易に所持している武器や連度を見抜き、これをにとりと断定した。ゆえに、背後の空間が揺らぎ(実際に揺らいでいるのは空間ではなく大気)にとりが現れても、取り乱したり驚いたりすることはなかった。
「どうしたんです? 姿が見えないから心配してたんですよ」
「実は、外に出ててね。今帰ってきたところなんだ」
「今ですか? 外出自粛の発令が出てからどんだけ経ってると思ってるんですか」
「だから、"家から出ない"ようにしてたんだよ」
「どんな詭弁ですかそれは」
「それより、たなびたいことがあるんだ、ちょっと」
 生真面目な顔でにとりの放蕩を責める椛であったが、しかしにとりの探究心を言葉で制御できるものでないことはよく解っていたので、深くは突っ込まなかった。
「なんですか?」
「伊吹 萃香さんを探して欲しいんだよ」
 椛は予想外に渋い顔をした。
「あー……あの人はですねえ。探して見つからないことはないんですが、観てるのがばれると怒るんですよねえ。一体、なにをするんです?」
「話を聞きたいのさ」
「それだけですか? なにが目的なのかをお聞きしてるんですがね」
「妖怪の山に迷惑かけるようなことは、しないよ。一回きり探してくれればそれで私は満足するんだ。ネネ、いいだろう?」
「一回きりだからね」
 椛はしぶしぶ了解した。
 断る方が、自身の職務に忠実で、何かあった時に自分に累が及ばない賢明な選択であったことは確かだ。しかし椛は、現在とられている厳戒態勢がなんらかの異変に端を発していることを察していた。
 今は平時ではなく、有事なのだ。
 であれば独自の行動をとることも必要になってくる。椛にはそれをするだけの気概と度胸、そして先見の明があった。
 伊吹 萃香はすぐに見つかった。
「居ましたよ。人間の里ですね……おお、これはひどい」
「どうした? なにが見えたんだ?」
「これは……私の口からはなんとも」
 場所は人里外れの酒蔵。投機資産として古酒が貯蔵されているところだった。金融機関並の警備体制が敷かれているはずのその倉庫で、伊吹 萃香は血と肉と骨、そして酒の宴を主催していた。
 哀れにも骨をしゃぶられているのは出納係か、それとも警備の人間か。いずれにせよ散らばっている衣服の数から、十人前後の人間が萃香に犯され、殺され、食われていた。
「どうやら、荒れているようですねェ」
 話している間にも、萃香は繋いでいた人間を新たに解放し服を剥いで犯し、また自分を犯させた。淫蕩、虐殺、そして酒乱。血肉と骨が散らばる酒蔵でまた一人、運の悪い人間が萃香に千切られ食された。人間のことはどうでもよかったが、飲み散らかされている高価な古酒は惜しいな、と椛は憤った。
「まあ、霊夢が、同居人が死んだんだしねえ。そりゃ荒れるよね、涙もろい性格だっていうし」
「霊夢? 博麗 霊夢ですか?」
「ヤベ、言っちゃった」
「なるほど、それでですか」
 鬼の怒り、悲しみが周囲の環境に与える影響には莫大なものがある。強風、豪雪、長雨、そして地震。それに比べれば、あの人間たちは運が悪かったが、これで済めば被害も少ないというものだ。
「人間想いの鬼ですね」
「それで結局、萃香はどこに居るのさ」
「今訪ねるんですか? 危ないですよ?」
「女は度胸。なんでも試してみるものさ」
 椛はやや逡巡したが、まあにとりならば大丈夫だろうと場所を詳しく教えた。
 それを聞いたにとりはすぐさま礼を言って去っていった。本来ならば、外に出ようとする彼女を止めなければならないのだが、椛はこれを看過した。そうする方が山のためになると思ったからだ。
 だが、保険はかけておく必要がある。

 交代の時間を待って、椛は家路を急いだ。アパートの一室でその日の汗を流すと、尻尾と耳を良く洗って毛の手入れをした。一見なんということのない独身女の日常だったが、体臭を消すのが目的だった。
 目深に帽子を被り、靴をスニーカーに履きかえる。黒い外套を羽織ると椛は夜の闇のなかを汗をかかない程度の俊足で駆け抜けた。
 向かう先はカラス天狗の集合住宅地だった。
 椛が住むダウンタウンとは比べ物にならないほど、整然と民家が連なり、街灯も煌々と照っている。公共清掃も行き届き、落書きの一つもない。治安の良さが伺えた。
「……冷たっ……」
 人気のない道端に設置された自動販売機で、椛はドクターペッパーを購入した。
 寒さでかじかんだ手にも冷たい缶のプルトップを開けると、椛は中身を側溝に速攻で捨てた。その缶をゴミ箱に捨てる。それが、この場所を通る者への合図なのだった。
「今、八時丁度か……文さん、帰りが遅くなきゃいいけど」
 缶のゴミ箱は外から中が見えるような網状のものだった。そこに、不人気で買う者の少ないドクターペッパーの缶が捨てられていれば、気づくものは気づく。ささやかな合図だったが、だからこそ有効だった。諜報業界では、これでもまだ目立つ部類だった。
 闇に潜み、身じろぎすることもなく椛は二時間待った。環境に強い狼の血を引く白狼天狗でなければとっくに凍死していただろうが、椛は耐えきった。やがて一人のカラス天狗が千鳥足で家路を辿ってきた。
 椛の年収でも買えるか解らない高価なコートに身を包み、椛の給料三か月分はしそうなハンドバックを持ったカラス天狗は、椛の小遣いが一瞬で吹っ飛ぶほど上等な酒の匂いを漂わせつつその道を通って家に帰って行った。
「……気づいた、ンだろうな、オイ……」
 明らかに酔い潰れた者の動きだった。合図に気づいてくれなかったら骨折り損である。しかし幸いにも、そのカラス天狗――射命丸 文はちゃんと見ていたらしい。彼女の家の、東に面した窓のブラインドが半分ほど上げられた。それが椛への返事だった。
 椛は素早く家の裏側に周り、泥棒のように裏口から忍び込んだ。
「いらっしゃい、椛」
「おじゃまします、文さん」
 射命丸 文は素面の顔で椛を迎えた。その手にはいくつかの小さな端子と呪符が握られている。盗聴器だった。既に無効化されている。
「ここ最近、他所で進行している異変があるようなのよ。そのおかげで私の情報網に割り込もうってやつが多くてね」
「お察しします」
 射命丸の情報的価値は天狗の中でも際立って高い。
 それゆえに様々なカウンター・インテリジェンスと諜報対策をとる必要があった。彼女の発行する新聞はこれまでも一度ならず特ダネをすっぱ抜いており、ナンバーワンではなかったが注目に値する記者として認知されている。周囲を嗅ぎ回りネタを横取りしようとする輩が絶えない。
「その異変に関して、重大な秘密を入手しました」
「それは興味深い」
 射命丸はグラスを二つ取り、高級な酒と、さらに高級な酒との間で手を行き来させた。
「博麗 霊夢が死んだそうです」
「どうやら、飛び切りの上ダネらしいわね」
 いちばん高価な酒を取って二人は座った。
「知っているのは幻想郷の中でもごく少数でしょう。妖怪の山では、私達と最上部構造の神社のみかと」
「ソースは?」
「河城 にとりさんです。私の目でも確認しました。博麗神社から様々な祭具が消えています。以前見せていただいた、巫女死亡時の対応マニュアルと一致します。おそらく間違いないかと」
「なるほどね……確かにそう考えると納得できる事が多々ある」
 文花帖を開き、文はペン先を舐めて椛の証言を書きとめていった。
 二人は二時間ほどそうやって話し込んだ。
「明日、正式に白狼事務局に話を通してあなたを徴用させる。外出権を買い取って、私達でこのスクープをモノにしましょう」
 文はこの状況で、積極的かつ大胆に動くことを決めた。他の天狗にも動きを察知されるが、外に出ておおっぴらに報道官として行動した方が、里に最も近い天狗の強みを最大限に生かせると判断したのだ。
「明日の朝にでも達しがあると思うわ、その時まで、あなたはなにも知らないものとして行動しなさい」
「了解しました」
 帰りに文は、土産として上等な酒と、生活費の足しにするように言って配給切符の束を椛に渡した。
 この日、山の気温はマイナス十五度を記録。
 そのなかを椛はひっそりと、闇に隠れて家路についた。

 ――白狼天狗、犬走 椛。
 彼女は妖怪の山の最下層で育った。
 山に住む部族間には強力なヒエラルキーが存在し、彼女は生まれたときから貧しかった。両親の記憶はなく、彼女は物心付くまで公共施設で過ごした。二次性徴を迎える頃、逃げるように施設を卒業。貞操を守るため外に出た。
 吹き溜まりで眠る日々が続いた。
 生まれの定かでない白狼天狗を継続的に雇用しようとする国営企業はない。社会主義の山において、彼女のような存在は娼婦になるか、盗みを働き強制労働に動員されるか、犯罪組織に属していつ殺されるか解らない人生を送るか、それくらいしか選択肢はなかった。
 そんな食うや食わずの生活だったが、幸い彼女には千里眼の才能があったので、日々を費やす労働を見つける事ができた。それはいずれも、誰もが忌諱するような3K仕事ばかりであったが、彼女は文句一つ垂れずに働き続けた。
 施設を出た時点で市民登録を受けた彼女は三年後、法的な徴兵年齢に達した。
 その法的な誕生日、彼女が向かったのはケーキ屋でも花屋でもなく徴兵事務所だった。
 軍隊は生まれで天狗を差別することのない、唯一の組織だった。四年間を兵役に費やし、能力と成績を買われた彼女はさらに三年間軍隊に勤め、ついには将校の地位に上り詰めた。軍隊は彼女に誇りと自信を与え、彼女もようやく人格を認められたことを嬉しく思った。
 軍隊に入って十年目、彼女は辞令を申し渡され、軍を退官した。そしてその翌月、一着しか持っていない着古した私服で越境監視部隊に出頭、国境警備隊隊長に就任する。史上最年少記録であった。
 それからの数十年は彼女にとって最も平和な日々であった。
 自分の仕事に誇りを持って働き、周囲もそれに応える。誰からも尊敬され、認められる。だからますます仕事に励む事ができた。
 だが、数年前状況が一変した。
 スペルカードルール……決闘法の制定。
 これにより椛の役割は形骸化してしまった。
 世の中が平和になったことを喜ぶよりも、戸惑いと不信のほうが大きかった。そしてそのような旧態然とした妖怪は、容赦なく妖怪の賢者と博麗の巫女により淘汰され、粛清された。椛の同期や先輩達も何人となくその存在を抹消された。それは然るべき犠牲だったともいえる。
 スペルカードとは、弾幕とは、個性そのものの発露である。
 しかし椛が住んでいる最底辺のダウンタウンには、そんな体系的な文化を身につけるどころか、義務教育すら受けられないものがたくさんいた。
 個性とは元来、他の個性や文化の蓄積から生まれるもので、それを身につける余裕と機会のなかった貧しき者たちはスペルカードルールにより堂々と迫害されるようになった。結果、富める者はより富み、貧しき者はより貧しくなった。
 椛はそんな中、自分と同じ境遇に生まれた者達を守るべく勤めた。彼女はスラム街の希望の星として尊敬されていた。だからこそ、やらねばならなかった。しかしほとんどの軍組織は解体・縮小されており、椛自身、薄給を細々と受ける身に零落していた。

"どうにもならないことをどうにかするためには手段を選んでいる暇はない。選んでいれば築地の下か、道端の土の上で、飢え死にをするばかりである。"

 椛は職務上知りえた秘密や、自分の能力で察知した事実を利用して、金儲けを始めた。
 これには射命丸 文の存在が大きな助けとなった。椛が情報を流し、文がスクープを飛ばす。文は大儲けし、椛はそのうちいくらかを受け取って、周囲に住む貧しい家庭に配る。歪な正義がそこにあった。
 いつしか文&椛はコンビと見なされ、数々の賞を受けるに至った。
 椛が渡るのは危険な橋だ。
 事件の種を知らずに、文に指摘され調べるというのなら問題はない。暴かれるのは椛とは関係ない場所の不正だから。彼女は職務上そこまで求められてはいないし、千里眼を持つ椛にはできることだったが、一般には不可能なことだからだ。しかし――知りえた犯罪の種を見過ごして、期が熟してから動くのであれば、明らかな違法行為となる。
 けれども、やめるわけにはいかないのである。
 彼女の周りには飢えている者がいるのだから。
 彼女には救う力があるのだから。
「まあ、私腹も肥やしてはいるんだけどね……」
 そう言う彼女の頬は酒により赤く上気している。
 抱えた高級な酒を、どうすればいちばん美味く飲めるかで頭は一杯だった。 

 ――白狼天狗、犬走 椛。
 彼女の副業が粉砕されるのは、翌日のことである。


********************

[12月31日
 文とトップ・オブ・ストーム]


 翌日椛は早番で出勤し持ち場についた。
 もともと彼女は国境警備隊の長であったが、弾幕勝負で序列が決められるようになるとあっさりと中ボス程度の地位にまで落とされた。今は中央政府のコネで就任した隊長の元で働いている。
 それに不満がないわけではなかったが、上下関係は軍隊で叩き込まれた美徳として彼女に根付いている。仕事自体にはストレスを感じないので、概ね上手くやっていた。
 昼頃、彼女のもとに使いが来た。
「そら、来たぞ」
 椛は指示に従い、上位のヒエラルキーに属するカラス天狗のオフィスへと向かった。
「射命丸 文さんに取次ぎを願います」
 椛はビルの総合秘書にそう言って身分証を見せた。秘書のカラス天狗は国境警備隊の制服のままやって来た椛を値踏みするような目でねめつける。明らかに場違いを責める目だったが、椛は無視した。
「射命丸さんから、伝言が届いてますね」
「私にですか?」
「来客する方すべてにです。ええと……昼十二時まで誰とも会えないので、取次ぎは断ってくれと」
「私が先約のはずなんですがね。きょうの朝一番で辞令を受けたんですから」
 椛はさらりと嘘をついた。辞令を受けたのは昼である。
 受付の、この秘書が差別感情から椛の妨害をしている可能性が高かった。そういうことは珍しくない。
「思い出した。三時間ほど前に来客があって、そのすぐあとにこの伝言が届いたんですよ。たぶん、まだ応接中なんじゃないですか?」
「しかし……」
 椛は食いついた。
「もう、十二時過ぎてますよね」
「ええ」
「ちょっと、確認していただけませんか?」
「解りました」
 受付の秘書は、確かに十二時を大きく回っている時刻でもあるというわけで、射命丸の部屋に電話して確認してみた。
「……出ませんね」
 そう言って困った表情を浮かべる。椛は、
「じゃ、ちょっと通していただけませんか? 私、行ってきますよ」
 そういった。秘書はやや困った顔を浮かべたが、椛の身元はハッキリしているので通すことにした。
 椛は荷物を抱えなおすと、一歩で踊り場をまたぐスピードで階段を登り始めた。あっという間に百階を越え、射命丸のオフィスに達する。呼吸を整えてドアをノックするが……反応がない。
「文さん? 射命丸、文さん! 犬走です」
 返事がない。
 ドアノブを捻る。
 鍵は開いていた。
「失礼します」
 オフィスに入る。強い風が吹き込んできた。
「…………ッ!?」
 カーテンがはためく。書類が舞う。陽光が差し込み、真っ白に輝くその部屋に、射命丸 文はいた。
「文さん!」
 ぐったりと身体をソファに預け、身体を投げ出し天井を見る。その瞳に光がない。
 すぐさま脈拍と呼吸を確認するが――
「――死んでる」
 椛の足元に、大きく開け放たれた窓から吹き込む強風に飛ばされて、一枚の紙が落ちた。

『―― 本日十二時、この部屋の主の、生命と等価の価値ある物を盗む ――』

 椛はこの後、にとりに連絡を取り文が死んだ旨を伝えた。
 直感的に、これが異変の一端であることを悟ったからだ。

「そういえば、初めてだな……自分で、スクープを打つのって」


********************

[早苗とキャピタル・イン・オーバーヘッド]


 射命丸 文の死の一報はすぐさま山を駆け巡った。
 閉鎖的な山の中ではすぐに反響する情報も、山の外にはほとんど漏れない。魔理沙たちが第四の殺人を察知できたのは、一重に椛とにとりの関係からであった。
 魔理沙たち一行は霊夢が米を受け取った土建屋の調査を打ち切り、直接早苗に連絡を取った。萃香へのコンタクトは、やむなく後回しにされた。異変が起きたとなれば、現場に出向かないことには話にならないからだ。
 神奈子たちは反発した。厳戒態勢を強いている手前、簡単によそ者を入れては示しが付かない。だが早苗はメンツに拘泥している間に時間が出血することを嫌い、山の神を強烈に説得し魔理沙たちを山に迎え入れた。
 射命丸 文の死が確認されてから六時間後。
 守矢神社。
「おーい、早苗。私だー」
「魔理沙! 来ましたね。他の二人はどこですか」
「ん? 私だけだぜ」
「先に現場にでも行かせたんですか? あなたならやりかねないと思いましたが……」
「そうかもな」
 魔理沙を山に入れるようなことをすれば、勝手を起こすに決まっている。山の神二人が反対するのも道理だった。実際、魔理沙は相方の二人を挨拶に寄越さず、そのまま現場に向かわせてしまったらしい。著しく礼儀に反するが――今は異変の最中なのだ。致し方ない。早苗はそう理解した。
「目撃証言とか、調書はこっちに用意してますよ」
「ああ、そういうのは別にいいぜ。私がここに来たのはおまえに用があるからだしな」
「え?」
 早苗が反応するよりも速く、魔理沙は早苗に密着していた。
「こっ」
「まっ」
 反射的に早苗は投げの手を取る。
 足、足。直感、体重差。重心位置、加速度。合計、経験。早苗は的確に魔理沙の姿勢を崩し、相手の水平ベクトルを回転モーメントに転換した。
 魔理沙の身体が宙を舞う。反転、足が空を向き、そのまま地面に叩きつけられた。
「つぇ!」
「なっ、なんですか!」
「――くそっ」
 魔理沙の手にはクナイが握られていた。鍛鉄製のつや消しの刃が光る。
 ぞっ、と早苗の背筋に悪寒が走った。
「あの、今……私を殺そうとしたんですか?」
 応える代わりに、魔理沙はクナイを投げつけた。手首を使った投擲で、隙のできた早苗の顔面に刃が肉薄した。
「ッ!」
 海老反りになってどうにかクナイをかわす。魔理沙はその隙に体勢を立て直し、次々と弾幕を放ってきた。
「なにこのっ!」
 早苗は気合一閃、弾幕を容易に見切って、今度は自ら魔理沙に接近した。懐に一瞬で入り込み肘鉄を的確に打ち込む。流れるような体さばき。
 まるで毛玉を殴ったような、柔らかい手応え。
「!? ――待て!」
 魔理沙は形勢不利と判断するや否や逃げ出した。奇襲に失敗した時点で、勝ち目はなかった。
 早苗は当然追いかけたが、逃げ足は圧倒的に向こうの方が早かった。
 巨大な神社の角を曲がる。その時には既に、二十メートル以上離されていた。足では追いつけない。神社の周りをぐるりと回るように魔理沙が再び角を曲がった。早苗は待ち伏せに注意しつつ急ぎ角を曲がるが、そこには――
「――逃げられた、か」
 誰の姿もなかった。闇に紛れ、森に姿を隠したのだろう。
 神通力を発揮して、空から見下ろすが特に人影はない。それでも早苗は目を凝らしてしばらくそうやって漂った。
「なんだったのよ、もう」
 結局見つからず、諦めて早苗は地に足を下ろした。
「早苗ー、どうしたの」
 神奈子だった。早苗の声を聞いて今更ながらにやってきたようだ。
 まさか、魔理沙に殺されかけまして、などといえるはずもない。
「いやその、なんでもないのです」
「そう? それより、表に魔理沙たちが来てるわよ。あんたが呼んだんだから、あんたが応対しなよ」
「え?」
 早苗は一瞬惚けてしまったが、すぐに気を取戻して走った。
 確かに、鳥居の元に、魔理沙をはじめとする三人が立っていた。
 大股で歩み寄る。
 迷いのない足取りだったが、実のところ早苗は混乱の極みにあった。
「よお、早苗! 今回は助かった――ぜ?」
 早苗は挨拶を返さず、魔理沙のみぞおちをふにふにと触った。
「なんなんだぜ? 腹なんか触って」
「いえ。どうやら、別物らしいですね」
 怪訝な顔をする魔理沙一行に、早苗は今しがた起きたことを話した。
 見る間に一行の顔に焦りが浮かぶ。
「――というわけでして。ニセ魔理沙はあっち側に消えました。探してもムダですよ。私が見つけられなかったんですから」
「早苗、そいつは」
「射命丸さんが殺された事件の調書と捜査資料は読みました。万華鏡のように見る者によって姿を変える人物が犯人らしいとか。これと、今私が遭遇した人物、そしてあなた方が追っている人物には関係があるんですかね?」
「そっ……」
 すらすらと的確な推論を述べる早苗に、魔理沙は気圧された。アリスとにとりは、なるほど、守矢とはいえ巫女は巫女だ、と得心した。彼女がこの異変解決に動いてくれれば、どれだけ助かることか……。
「確かに。今おまえが撃退した人物が第一容疑者だ」
 どうにか返答を搾り出した魔理沙はそのまま押し黙った。
 早苗はしばらく考えるそぶりを見せたが、すぐに元の顔に戻って、
「良く解りました。それでは、調書をお渡しします」
 そう言って神社に向かい、紙の束を持って戻ってきた。協力する気はないようだった。
「あまり遅くなるようでしたら、また神社にいらしてください。泊まる場所がありますから」
「ああ、ありがとう」
 既に日はとっぷりと暮れている。まだ活動時間だが、冬なので日が短い。
 一行は神社をあとにし、射命丸が死んだオフィスへと向かった。

 あとには早苗が残る。
 先ほど相手にぶち当てた、肘に残る感触を思い出していた。
「なあんか、覚えがあるのよね……」
 だが、思い出せない。早苗はそのまま、この異変もろとも関心を失った。

 東風谷 早苗。
 結局、一連の異変の犯人に命を狙われ、撃退し遂せたのは彼女だけであった。


********************

[幽香と水掛け論]


 やや時間は遡る。
 射命丸 文が死んだその日。昼下がり。
 妖怪の山では訃報が伝わり始めた時間。
 風見 幽香は訪問者を迎えていた。
 おかしな男であった。
「私の大切なモノね。そう、今の時期なら花の種かしら」
 そう言って風見は雪化粧した畑を見渡した。
 優曇華が来たときにはまだ昼寝が出来るほど暖かかったのだが、僅か二日にしてこの有様だった。これからより厳しい冬が到来する。レティ・ホワイトロックが現れすべてを分厚い雪の下に仕舞いこむまで長い時間はかからないだろう。
「花の種?」
「そう。天界の果樹の種が手に入ってね。上手く花をつければさぞかし美味しい実が採れるでしょう」
 そう言って風見は視線を白銀色の世界へ。
 まなざし。
 彼女が見ているのは大地だった。酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄。窒素、炭素、水素、硫黄、リン。植物を支える大地。彼女はまた、太陽を見ていた。水素、ヘリウム、陽電子、ニュートリノ、ガンマ線、つまり電磁波。植物を育むエネルギー。
 風見の眼差しは、人間には冷淡に見え、妖怪には残酷に見えた。風見がなにを考えているのか……全く理解できない、そんな視線だった。
 超強力なハリケーン。それが風見を形容するに相応しい言葉だ――理解不能の、圧倒的破壊力を持った現象である。
「珍しい人だね」
「私のこと?」
 そんな風見の本質を、客人は一見して理解したようだった。
「花が好きなのかい」
「ええ、そうね。私は花の妖怪だから」
 そう言って風見はビスケットをつまみ、紅茶を飲んだ。土いじりを生業とする風見の指先は優雅な物腰とは対照的に、ひどく無骨で爪は欠け、土が入り込み濁っている。厚い手のひらの皮には細かい傷がそこかしこにあり、角質が浮き出てカサカサした質感を放っていた。
「花が好きなのは、その能力のためかな。花を、植物を操るっていう。それとも、花が好きだからその能力を得たのかい」
 かじかんだ手を温めるように、両手でカップを抱え持った客人はそう尋ねた。風見はやや考えるように天井を向き、応えた。
「覚えてないわね。もうずっと、私は花と一緒にあったから。あるいは、生まれた時からそうだったのかもしれない――夫婦が長年連れ添っても、どちらがプロポーズしたのかは忘れないけど、その夫婦から生まれた子供には、両親のどちらが自分の名前を付けたかを覚えているわけがないように」
「不可分なわけだ。君と、草花は」
「そうね」
 二人は室内に置いてある鈴蘭の鉢植えを見た。彼女の力で年中咲き誇る、小さな白い花。
 風見は花が好きだった。その美しさが好きだった。いつまでも花を見続けていたかった。芽吹き、成長し、開花し、散る。枯れ果て、土に戻り、そしてまた芽吹く。そのすべてが美しく、儚いと同時に強靭だった。
「花を見て笑う女性ってのは美しいね」
「え? ……あら、ごめんなさい」
 娘を見る母のように、思わず頬を緩めていた風見は指摘されて初めてそれに気づいた。この客人にはなぜか、自然な姿を曝してしまうような、そんな不思議な雰囲気があった。客人は続けて言った。
「花に微笑みかける者は多いけれど、花が微笑み返すことはあるのかな?」
 奇妙な質問であった。
「私は長いこと草花と連れ添ってきたけれど、花に笑い返してもらったことは一度もないわ。でも、どうして? おかしなことを聞くわね」
「花に愛情を傾け、心血を注ぎ、笑いかける。そのコウイを一方通行だと思ったことはないかい」
「ますます、おかしなことを訊くのね。なにが言いたいのか、ちょっと解らないわ」
 普通の人妖ならば風見にこう問い返されて、遺書を用意しない者は居ない。それがカザミユウカという存在の、幻想郷の中でのルールだった。この問いかけにそれ以外を持って応えるものは、ある意味で幻想郷から逸脱しており――果たして、この客人がそうだった。
「花にどれほど愛情を注いでも、花が君のために咲くことはない。自然の花は君など関係なく咲くし枯れる。花に――DNAに意志はないからだ。物言わぬ相手を愛するってことは、最終的に相手にしているのは自分ということになるのではないかな。花はそのための道具に過ぎないのでは?」
「ああ……そういうこと」
 風見はそう言って紅茶のカップを置いた。自分で新たに注いでから、ゆっくりとその疑問に答えた。
「私が花を好きなのは、花が、そうね。美しく、か弱く、強く、乱雑で、秩序だっていて、伸びやかで、矮小で、壮大で、強く、貪欲で、たくましく、健気で、わがままで、不可解で、可愛くて、凶暴で、優しく、繊細で、大雑把で、強く、なによりも強靭だからよ。理由を説明するのは難しいけど私は花が好き。自己愛もそこに含まれることは否定しない。けれど、どこまでが自己愛でそうでないかなんて、あなたにも私にも解りはしないわ。この答えでいいかしら?」
 風見は珍しく多弁だった。目の前の男の出方を楽しんでいる節もあった。そしてまた、自分の心を振り返る稀有な機会であることも確かだった。
 客人はさらに風見を追及する。
「君が何年こうして暮らしてきたのかは知らない。きっととてつもなく長いだろう。その間、ずっと花を好きでい続けることは、果たしてできるのかな? 誰のものでも、心は必ず変化する。君も花とともにありながら、幾度となく心を変えてきただろう。生き物は生きてゆく以上、絶えず負のエントロピーを摂取し増大するエントロピーを排出しなければならない。心も同様だ。変わらない心なんてない。生きているならば。
 大事なものや、大好きだったものが、いつの間にかどうでもいいものになっていた、なんてことはよくあることだろう。たとえば、夫婦が長続きするためには互いを好きで居続ける努力をしなければならない。だけど、君は一人だ……花は意志を持って君に好かれようとはしない。意志なき、変化しないものを愛し続ける。そんなことはできない。絶対にできない。もし、それでも愛しているというならば、それは安易な自己愛に走っている可能性が高い。自己愛や逃避は努力を必要としない分、精神のポピュラーな陥穽だからね」
 風見は客人が話し終わるのを待ってから、かすかに微笑んで言った。
「概ね同意だわ。けれど、幾つかあなたに教えなければならない事があるわね。一つは、草花の魅力に関してよ。私がどうして花が好きかはさっき話したわよね。矛盾する要素がいくつも、花にはある。私の感受性や心がそう思わせているってあなたならいうかもしれないけれど、それはこの際"関係ない"。花には意志ある系と同等の複雑さが備わっている。これは断言できる。生き物だからね。例え幾度心を変えようとも、その都度好きになる、私を惚れさせる奥深さや多面性が、花には十分備わっているわ。
 もう一つ。妖怪っていうのはね、精神によって自己を確定しているのよ。変化しなくなった心は、変化しない対象を愛し続ける硬直した心は、新陳代謝が停止し機能不全に陥る。そうなれば自然、妖怪は死に至る。妖怪特有の病ね。そう。あなたが指摘したことは、実のところ妖怪にとってはごく普通に存在する、ただの普通の疾病として認知されていることなのよ。振り返って、私はまだ生きている。ずっと生きてきている。私が花そのものを好いていることの証明は、このことから逆説的に為されると思わない?
 自己完結する精神、自己愛的な構造っていうのは、実際厄介なのよ。人間ならばそれでも生きてゆけるけれど、妖怪はそれじゃ生きられない……影響されすぎれば弱くなるし、影響されなくなれば死ぬ。なぜならば妖怪は、人間のように強固な物理的存在とは異なり精神によって形を保っているから。固有の精神を持たなければならない反面、コミュニケーションが成り立たなければ、それはもう妖怪じゃなくてただの現象だわ――」
 風見はそこで言を切り、二杯目の紅茶を飲み干した。話し過ぎて口が渇いていた。
 そこで僅かな沈黙が落ちる。両者ともに深く考え込んでいるようであった。
 がたがたと、窓ガラスが揺れる。いつの間にか、冷たい風が外で吹き荒れていた。
 雪の粒子が舞い、霧のように吹き荒れた。風見は席を立ち、暖炉に薪を追加して新たに湯を沸かす。そして再びイスに腰掛けて、
「――ねえ、あなた」
 思い出したように客人に言った。
 ふいっと客人は考え込む頭を上げて風見に目を合わせる。

「私を人間のように考えていない? 私は、花の妖怪なのよ」

 その一言は染み入るように客人のこんがらがった思考を溶かした。
「すると、本当に、……」
 客人が呟いた。
 口をパクパクする。言葉が見つからないらしい。どうにか見つけた言葉は、とてもシンプルだった。
「本当に、花が、好きなんだなあ、君は――」
「だから、そう言ってるじゃないの」
 風見はその様子にからからと笑った。客人が本当に意外そうに、あたかも二ボスに過ぎなかった多々良がEX中ボスだったと知ったかのような、ゆるやかに度肝を抜かれた顔で驚いてみせたことが、なんだかとても滑稽に見えたのだ。
「ははは、いや。すまなかったね、君は実に、貴重だよ」
「そうかしら。おだててもなにも出ないわよ」
「本当さ。君には私の姿が、銀色に見えているんだろう?」
「え? ……ええ。そうね」
「いいことを教えてもらったお返しだよ。……この姿が銀色に見えるってことは、君のキャビネッセンスは決して奪う事ができないということなんだ。私にも。誰にも」
 内緒話でもするように、客人はこっそりと風見にそう教えた。
「キャビ……なに? 良く解らないのだけど」
「キャビネッセンス。生命と等価の価値あるもののことを、私はそう呼んでいる」
「つまり、どういうことなの?」
「君が生きてゆく動機は決して誰にも奪えない。その価値は常に君とともにあるってことさ――心が変わらない限りね」
「褒められてるんだか脅されてるんだか……変な人ね」
 そう言って、また風見は笑った。
 客人もつられるようにして、しばらく二人は笑いあった。

 ――風見 幽香。
 実のところ、彼女には果てしない慈しみと憐憫、気遣いの心が備わっていた。
 彼女の情動はもっぱら草花に向けられていた。
 草花でない者には、ただ風見の圧倒的な破壊力だけが解った。彼女のチカラは理解できる。しかし彼女のココロは、誰にも理解されていなかった。
 それが今、僅かではあるが認識を共有するものが現れた。
 風見は素直に、それを喜んだ。なんかちょっと電波さんだけど、これで二人目だ……と。

「風がまた強くなる前に、行くよ」
「そう? 泊まっていってもいいのよ。狭いけれどソファはあるし」
 襲われる心配のない風見はそういってあっけらかんと客人を引き止めた。
 だが、客人は黒いタートルネックの上から厚手のコートを羽織って、暇を告げた。
「ありがとう。けれど、行くよ。どうやら行かなければならないところがあるようだしね」
「また、来るといいわ。春の盛りに来れば、きっとまた驚かせてみせるわよ」

「それは楽しみだ」
 玄関ドアを開けると風が入り込む。冷たい風だった。
「あ、待って。まだ名前を聞いてなかったわね」
「アメヤです。それじゃあ、またいずれ」
「ええ。さようなら、アメヤさん」
 ばたん。ドアが閉まる。冷たい風が途切れ、室内の空気の対流が止んだ。
 その対流によって揺れたスズランの白く丸い花。それが去り際のアメヤの目に飴玉のように見えたなどとは、風見には想像もつかないことだった。

 数分してから、また玄関扉が開かれた。
 入ってきたのはスズランの毒人形、メディスン・メランコリーだった。
「うー、寒い。寒い寒い」
「こら。帰ってきたときはただいま、でしょ」
「あ。ただいまー」
「次は?」
「うがいしてきます」
 台所でうがいと手洗いを済ませたメディスンは、テーブルの上に手付かずの菓子類を見つけた。紅茶は冷えているが、構わずメディスンは手を伸ばす。
「こーら。食べる前にいうことがあるでしょう」
「いただきます」
「手を見せて?」
 風見はこの時、初めてアメヤがお茶にも菓子にもまったく手を着けていなかったことに気づいた。ずっと一緒に話していたのに、そのことに違和感を感じなかったのだ。
 椅子に座った風見の膝に手を乗せる。小さなメディスンの手を取って、ちゃんと洗ったかどうかを確かめ風見はよし、といってビスケットを与えた。
「なにか、いいことあったの?」
「ん? ……そうね。ちょっとね」
 いつもとやや異なる風見の様子に、メディスンは気づいたらしい。
「あの、銀色の人間?」
「人間、なのかしらね、あれは……」
 風見の疑問はしかし、すぐに風化した。いずれだろうと構いはしなかった。
「それよりも、メディ。あの人が銀色に見えたの?」
「うん。違うの?」
「違わないわ……そう、いいことを教えてあげる。あの人が銀色に見えたってことはね――」


********************

[魔理沙とにとりの別行動]


 射命丸 文の死体検案書および調書は、雑多な書類とあわせ十七ページに及んでいた。こうして変死を記録された妖怪は、実のところ彼女が始めてであった。八意 永琳はその死が軽視されていたし、パチュリー・ノーレッジの死は紅魔館の中でもみ消された。博麗 霊夢の死は八雲 紫が隠蔽し、結局魔理沙たちが異変の犠牲者達の解剖記録を見るのはこれが初めてということになる。
 それを差し引いても、射命丸の死体は他と違っていた。
「頚椎に損傷?」
「死因はね。それ以外にも、争った形跡が残されている……ほら。典型的な防御創だよ。両腕に最も多く観られ、鋭利な刃物で襲われた事が伺える」
 にとりが詳しく読み解いて、魔理沙にそう伝えた。
「揉み合った末に格闘になり、床で首を閉められ、殺された、って所かな。以上私の見立て」
「でも、おかしいじゃないか。これが一連の異変に連なる死ならば、無傷で心不全としかいいようのないものになるはずだぜ?」
「心不全でも、普通はもがき苦しんで傷が付くものだけどね……しかし、予告状は見つかっているんでしょ? あの予告状とも、犯行声明ともつかないテキストを知ってるのは私達を含めごく一部だよ。妖怪の山に知っている者がいるとは思えないね……私は、異変の一部だと思うな」
 にとりはそういったが、魔理沙には疑念が拭い去れなかった。
「この殺人が異変に準えられただけの、隠蔽工作である可能性は?」
「ないと思う。確かに今までとは手口が違うけれど、そんなに重要なことかな?」
「うー……む」
「私も、にとりと同意見ね。総合的に判断して、これが異変の一部であることは間違いないと思うわ。犯行が特異すぎるもの。フロントにいた妖怪の話では、ペイパーカット現象が確認できたんでしょう? ここにもあの犯人が現れたことは、確かなのではないかしら」
「犯行手段や死体の様子が違うことに関してはどう思う?」
「蓬莱山 輝夜だって心不全ではなく頭部に銃弾を撃ち込まれているわ。他にも、東風谷 早苗、彼女もクナイで襲われている。犯人に余裕がなくなっている傾向と見るべきじゃない?」
「けど、うーん……」
 魔理沙は自分の中に生まれた違和感をどうしても解消できずにいるようであった。
「ともかく、ここにも犯人は現れた。次にどこに行くのか、それを考えましょう」
 アリスがそう言って総括した。これには魔理沙も従った。
「次、ね。次、次……文を襲ったあとに姿を見せたのは、守矢神社だったよな」
「ええ。時間にして六時間程度かかってるわね」
「地図を見せてくれ」
 魔理沙はにとりに指示を出し、地図を広げさせた。妖怪の山を指し、
「だいたい、このオフィスは山脈のどの辺に位置するんだ?」
 と訊いた。にとりはやや考える風にしてから、概ねの位置を伝えた。にとりにも正確な位置は解らないのだ。山の妖怪が自ら作製した詳細な地図も存在するのだが、これは外部には機密とされている。一般の妖怪……にとりのような非政府職員では目にすることもできない。地形や高低差、植生、重要施設の位置が知られては戦略的に著しく不利になるからだ。
 だが、魔理沙には大まかな位置でも十分だった。
「やっぱりね。永遠亭、太陽の畑、紅魔館、そしてこのオフィス。すべて同一直線上にある」
「え、マジで?」
 にとりが驚いて覗き込む。やや強引な感じはしたが、確かに帯状の線で繋ぐことはできた。
「この直線上に他にあるものといえば……なんだろう?」
「人里は? 市街には遠いけれど、人間の牧草地、農耕地には被るわ」
「そうだな、いずれ調査に向かう必要がありそうだ――待てよ。確か、霊夢は殺される前日、人里に行ってたんだよな?」
「人里に行っていたから、霊夢が狙われたっていうのは断定できないけれど……この"直線上仮説"を適用するならば、そういうことになるでしょうね」
「他に、この直線上にあるものは――なにかないか?」
「あるとすれば、一つ」
 にとりが自信なさげに発言した。
「この地図には描かれてないけれど……天界も、この直線上に当たると思う」
「天界? 空の上のか?」
「うん。もしかしたらだけどね。それにほら、守矢神社のほうに犯人は向かって行ったんでしょ? そのまま山を登っていけば、いずれ天界に着くはず」
「天界か……行ってみる価値、あるかもな」
「でも、伊吹 萃香の方はどうするの?」
 アリスの疑問に、しかし魔理沙は既に腹を決めていた。
「二手に分かれよう」
 結果、魔理沙とにとりは伊吹 萃香探索へ、にとりは単独で天界へ向かうことになった。
「まあ、鬼を相手にしなくていいんなら願ったり叶ったりだよ」
「頼むぜ、にとり。何もなければ、とりあえず警告だけしてきてくれ」
 かくして、異変討伐チームは二手に分かれ各々手がかりを求めて動き出す。
 三人は射命丸のオフィスを出ると、天高く飛び立ち、空中で別れを交わした。
 互いの幸運を祈り手を叩き合わせる。にとりはそのまま守矢神社のほうへ行こうとして、ふと立ち止まった。
「あ、魔理沙!」
「うん?」
「文なんだけど」
「ああ」
「彼女は一体、なにを盗まれていたの?」
「カメラだよ」
「……カメラ。私が作った?」
「ああ。いいカメラだって、いつも自慢していた。なあ?」
 そう言ってアリスに同意を求める。
「ええ。私達が最後に会った時も言ってたわ。『命の次に大事なカメラだ』って」
 それを聞いてにとりは悔しいような、嬉しいような、悲しいような……曰く言いづらい表情になった。
「魔理沙、本当に気をつけてね。カメラみたいにさ、私がいくらでも、作れるようなモノのために……死ぬようなことは、しないでよね」
「へへっ。にとりに心配されるようじゃ仕方ねーぜ」
「それもそうか。じゃ、アリス。魔理沙が無茶しないように、キチンと監督してね!」
「任せて」
「安心した! 行くよ、じゃーねー!」
 魔理沙がようやく言い返す言葉を見つけたときには、既ににとりは遠く彼方に消えていた。


********************

[第百二十九季 睦月の一
 1月1日
 天子と楽園]


 にとりは勘違いをしていた。
 犯人は、命と同じくらい大事な"物質"を欲しがっていると思っていた。それを盗むために、相手の命を奪っているのだと思っていた。
 だが違った。
 犯人、あのアメヤと名乗った男が盗んでいたのは生命そのものだ。
 盗まれたもの。その物質的側面はあくまでもにとりの目に見える範囲でしかない。盗むために殺したのではない。盗んだから、死んでしまったのである。
 そのことに、にとりはついに気づかなかった。
 前後数万年の間に人類が生み出した兵器の部類で最強と目される超光速機動戦闘機をもってしても、退ける事すら困難だった虚空に潜むものたち。これをあわや殺す寸前にまで追い込んだにとりでさえ、その本質にはついぞ無頓着なままだったのである。
 アメヤという存在に対しもっと知性を持って立ち向かっていれば、にとりはエンジニアとして、あるいは妖怪として新たなステージに進むこともできたかもしれない。

 その機会は、この単独行動で永遠に失われることになる。

 ……スタック・セルが重い。
 にとりは何度目かの愚痴を吐いた。
 アカントステガの欠点はその重量にある。にとりが欲張ってオプションをつけすぎたために、重量がかさばりひどく燃費が悪いのだ。戦闘や弾幕勝負を想定したものではなく、あくまでも外域探索用なのである。それも地上での活動を見越したもので、こうして我慢比べをするように空を高く高く登りつづけることは想定外だ。
『安全帰還高度に接近しています』
 視界の端にバルーンが現れた。OSに使っている旧式のウィンドウズが発する警告メッセージを無視し、にとりはさらに高度を上げる。こうなれば、行くまで行くしかない。
「パラシュートもつければよかったかなあ……また重くなっちゃうね」
 もし途中で動力が切れたら高度六千メートルまでは自由落下し、その後アカントステガを捨て自力で飛行し脱出するつもりだった。その際に重要なのはパニックに陥らないことと、姿勢制御に勤めることである。きりもみ状態にさえならなければ何とかなるはずだった。
「……見えてきた!」
 帰りのエネルギーギリギリというところで、苔むした岩々がにとりの視界に現れた。雲の中に浮かぶそれらの岩は、島として天界に住む人々の生活の場になっている。
 ここが天界か、にとりは身が震えるのを感じた。寒さからくるものではない。断熱膨張した気体が冷え込む境は過ぎ、既に過ごしやすいほどの熱を辺りの大気は帯びていた。さらに高度を上げれば今度は暑すぎて住むには適さなくなる。寒さと暑さの境界、そこに天界はあった。
 ふと、アカントステガのドップラーレーダーが接近する物体を告げた。その方角を向くが、雲に隠れてよく見えない。しかしただならぬ気配はにとりにも感じられた。
「天人との第一種接近遭遇、かな?」
 そう身構えるにとりの目の前で雲が膨らむ。綿雲を引きずるようにしてせり出してきたのは一人の妖怪だった。
「こんにちわ、あなたは地上の妖怪ですね」
 外部スピーカーでにとりは応じた。酸素が薄すぎるため、にとりにはマスクの補助が必要だったからだ。
「はじめまして、妖怪の山からきました。谷河童の河城 にとりです。あなたが永江 衣玖さんですね」
 にとりは自己紹介を済ませると、八雲 紫の判が押された異変討伐手形を見せた。衣玖はそれを見て得心したらしく、スペルカードを取り出す。にとりは焦った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あら、どうしましたか」
「私はここに、異変の警告に来ただけでして。あなたとやりあうつもりはありません」
「そうなんですか? そういうの無視しても、とりあえず弾幕撃っとけってのがスペルカードルールの趣旨だったと思いますが」
「いや、その通りなんですけど……私はあくまでも、霧雨 魔理沙の使いに過ぎません。ですから、ご勘弁願えませんか」
 衣玖はしばらく悩む素振りを見せたが、にとりに戦う準備がないことを確認すると仕方がないとこれを解放した。
「責任者の方に、お伝えしたい事があるのです」
「責任者ですか?」
 にとりの申し出に衣玖は渋面を浮かべる。
「申し訳ないのですが、この天界には妖怪の山に居るような解りやすい統治者はいないのです」
「では、連絡網のようなものはありませんか? 私は異変の危険を訴えたいのです」
「それも、残念ながらありません。大声で伝えて回るのが一番いい方法でしょう。それにしたって、おそらく警告の効果はありません。天界の危機管理意識の低さは、伝え聞こえていると思いますが」
 そう言って衣玖はため息をついた。
 確かにその通りだった。
 天界というのは基本的に寝て暮らす場所である。住民一人一人が死ぬことのない身体を持っているため、おまえ死ぬぞって言っても聞く耳は持たれないだろう。
「お恥ずかしい限りです」
「いえ、そんな……」
 衣玖はその現状を憂えていたが、下っ端の妖怪に過ぎない彼女には打つ手はない。そして、天界はそれでも安泰だと信じられていた。
 にとりがここに来た目的、『天界に警告を発する』。それ自体がナンセンスだったのである。
 実際に自分の足で歩いて周り、一人一人に警告して回るうち、にとりはそのことを実感した。
 衣玖と別れて天界の雲霞のような地面をウキウキしながら歩き始めたのは既に三時間前。
 先々で酒を注がれ、地上の話をせがまれはしたが、誰もにとりの危惧には本気で取り合ってはくれなかった。まあ、ここまでやってダメなら仕方がない。にとりはいつしかそんな気分になっていた。天界の住民たちはみなニコニコして幸せそうだったが、にとりの心の内に彼らへの親愛の情はついに生まれなかった。
「なんなのかしらね、これは」
 天界は物珍しい。
 地面も、岩も、木々も、食料も。高地ゆえに放射線の影響を受けた岩石の組成や経時変化、高地ならではの植生には興味があった。しかしそこに住む住民の文化や生活への興味は、この三時間ですっかり満たされ失せていた。
「いかんいかん、私は遊びに来てるんじゃないんだぞ」
 そう自分に言い聞かせる。早く帰りたい。そう思っていた。天界の主だった名家には挨拶を済ませた。あとは比那名居家を含む数軒だけだ。それを済ませるまで気は抜くまい。にとりは余った桃の酒を煽る。気付けのつもりだったが、甘ったるくてちっとも刺激を感じなかった。
 比那名居家はにとりが考えていたよりも、ずっとずっと普通の家だった。あの比那名居 天子を捻り出した名家である、きっと異様な風体をしていることだろうと思ったが、天界のほかの家と同じく、全くの無個性な造りをしていた。
「こんな家に住んでなにが楽しいのかしらね」
 そう思いながらも呼び鈴を鳴らす。つっかけ履いた天子がジャージで出てくることをにとりは割と本気で望んだが、出てきたのはやっぱり無個性でつまらないニコニコした柔和なご婦人だった。案の定、ご婦人は相手にしなかった。
「ところで、天子さんはいらっしゃいますか?」
「天子でしたら、ここから西に行った岩場じゃないかしら。いつも、そこで……弾幕っていうの? 奇芸の練習をしていますから」
「ありがとうございます。それでは、失礼します。くれぐれもお気をつけて」
「ええ。……ふふっ」
 最後の笑いは、気をつけろというにとりの言葉に対してだった。この地上の妖怪は、天界のことをまるで解っていない――地上の儚い妖怪と自分達は違うのだ。そう言われている気がした。
 そそくさと辞退し、にとりは天子がいるという西の岩床帯に向かった。そのご婦人は比那名居家の奥方なのか、なんなのか。それが少し気になったが、あれがもし天子の母親だったりした日には、にとりはかつて天子が起こした異変を全く支持せざるを得なくなる。
 どうしても天子に会いたかった。
 地上の穢れた妖怪であるにとりには、天界はあまりにも清潔すぎて息が詰まった。だから、天子に会いたかった。きっと彼女も同じように窒息している。それも、自分などよりずっとずっと長く。彼女に顔を見せたかった。にとりはいつの間にか走っていた。
 が、迷った。道に迷った。
「……西ってどっちだよ!」
 コンパスはあまりに高高度のためほとんど針を振れさせず、他に方角を特定できそうなモノはなかった。太陽も天界ではアテにならない。
 その時。
 にとりの耳に、ひときわ響く音が届いた。
「――――!?」
 連続した炸裂音。轟々と大気が震える。響く音の中心へ向かってにとりは走った。雲に当たって反響していたが、アカントステガの探索支援プログラムが反響を考慮に入れて計算し、方向を弾き出したのだ。

 にとりの直感が正しければ、今のは誰かが誰かを襲った音だ。

「くそ、くそ、くそ! 魔理沙ぁ! こっちが正解だぞぉ!」
 やけくそに叫びながら、にとりは駆け出した。
 飛ぶよりもパワーアシストを駆使して駆けた方が速いため、にとりは岩の多い地形をバッタのように跳ねながら踏破した。ゴツゴツした岩が長靴に食い込む。バネ式の衝撃緩衝機構が軋みをあげる。それでもにとりは構わず走り、跳躍した。
「居たっ!」
 遠目に天子の姿を確認し、にとりは大きく跳躍した。一足でいくつもの大岩を飛び越え、十八メートルもの高さから着地した。全身が軋む。五点着地をやるには足場が悪すぎた。どうにか直立の姿勢のまま地面を靴がとらえてくれた。
「天子ッ!」
 駆け寄るが、既にそこに命がないことは……にとりにはハッキリと解った。
 全身から血を流し倒れる天子。
 その帽子にあるはずの桃が、なくなっていたからである――

「くそっ……ざけんな!」
 にとりは自分のマスクを外すと、天子の側にしゃがみ込んで、そして天子の平坦な胸に渾身の力で拳で叩きつけた。ついで鼻を塞ぎ、気道を確保し、天子の口にかぶりつくように自分の口をつけた。息を吹き込む。一定のリズムで心臓マッサージを施す。夥しい量の血が、噴出した。
「う、う……ううううううっ」
 どうする? どうすればいい? にとりはガタガタと震えだしそうになる体と心を抑えて、考え続けた。
 傷口が多すぎる。止血を優先しなければならない。輸血の必要もある。AEDはどこだ、そんなものは――いや、ある。
 にとりは自分自身の生命線であるアカントステガを脱ぎ去ると、それを天子に着せた。着せるというよりも包み込むと言ったほうが正しかったが、着用者の心肺停止を感知したこの雨合羽は、すぐさまオペレータ保護システム"リブーター"を起動させた。
 胴回りが二周りほど収縮して、また膨らむ。マスクに高圧の吸気が供給される。無理やり肺を動かすと同時に、全身に蘇生措置を施しているのだ。心臓にも圧迫が加わった。にとりはメディカルキットを開き、エピネフリンを注射する。
 ぴぴっ、と音がして、にとりは一歩下がる。コンデンサに電荷がチャージされた合図だ。天子に電気ショックが加えられた。ありとあらゆる処置が、逆に死ぬくらい過剰なレベルで天子に施される。妖怪向けのハードで大雑把な治療。
「天子、がんばって……死なないで……!」
 再チャージが終わるまでの数秒間。にとりは天子の手を握ることしか出来なかった。
 再び、チャージ完了を告げる音がする。手を離した。びくん、と天子の全身が引きつり、沈む。手を握り直す。だがその手は、どうしようもないほどに冷たかった。

 三度目のチャージ音は……鳴らなかった。
 アカントステガが膨らみ、中に空気を送り込む。力が抜けたような音がして、リブーターは停止した。
「……くっ」
 天子は死んだ。手遅れだった。どうしようもない。先ほどまでの活発な動きを一切やめ、ただの合羽のように垂れ下がるアカントステガがそう告げていた。
 唇を噛む。手を握り締める。にとりはそのまま、酸欠で頭痛が起こるまで天子の側に居続けた。
 再び合羽をまとった時には、中はぐっしょりと濡れていた。
 辺りを見回す。数人の天人が、こちらを見ていた。
「――死んだよ!」
 そう告げると、そいつらは逃げるようにどこかへ走り去って行った。
「見てねーで、助けを呼ぶなりすればよかったものをよ……クソッ」
 薄ぼんやりとしていた、にとりの天人への忌諱は、今や嫌悪感として顕在化していた。
 再び周りを見渡す。あるはずのものを探した。
 桃がなくなっていたのなら、それがあるはずだ。すぐに見つかった。岩と岩の間にちょうど挟まっていた。明朝体で、印刷されている。

『―― この場所に来たものの、生命と等価の価値あるものを盗む ――』

 第五の犠牲者。
 それは比那名居 天子である事が、確定した瞬間であった。


********************

[衣玖と仇討]


 にとりの心中は怒りに渦巻いていたが、それでも現場の保存と検証は行わなくてはならないと承知していた。天子の死体を検分する。穿たれた傷跡は、いずれも線状に身体を貫通していた。
 奇妙なのは、体の前面の傷口は小さいのに、背面の抜けた傷口は肉を弾けさせ大きく開いていたことだった。傷口は数えて十三。
「勘弁な、天子」
 にとりはそう言ってナイフを取り出し、傷口の一つを開いた。ひどく固い。死後硬直はまだ始まってもいないのに、エポキシ樹脂を切るかのようにナイフが進まなかった。天人の体の丈夫さに呆れながらも力を込めぐりぐりとナイフをねじ込む。先端にカチリとソリッドな感触。穿り出す。
「決まりだね。ライフル弾だ」
 ひとりごちる。にとりの小さな小さな手のひらに乗った、小さな小さな弾丸は、骨に当たって体の中に止まっていた。先端は砕けているが五.五六ミリNATO弾に違いなかった。
「至近距離から一斉射、たぶん、天子がここに立ってて、犯人はこう――」
 腰だめにアサルトライフルを構える犯人を想像し、にとりは同じポーズをとってみた。直感的にこれだ、と思った。天子の色鮮やかな服にはいくつもの焦げ痕が残っていた。いくら天人の肉体が頑強だとしても、貫通力の高い弾丸を至近距離で発射されてはひとたまりもなかっただろう。
 地面を探る。
 にとりが構えたポーズと同じ姿勢で犯人が撃ったのだとしたら、空薬莢が落ちて残っているはずだった。草むらを隈なく捜索する。しかし見つからなかった。
 おかしいな、と思いながらも探し続けると、それまで探していた方向とは全く反対側で空薬莢は見つかった。薬莢の尻に刻まれた刻印を読む。やはりNATO弾だった。
 空薬莢と弾丸を見比べる。
 岩に座り込んで、にとりはこの殺人を考え始めた。
 どうにも、違和感を感じたからだ。
 天子の死体、血の海、空を流れる雲、さわやかな風。のどかな天界の気候は場違いにも幸いに、にとりの心を落ち着かせた。先ほどまで荒れ狂っていたにとりに平静が戻る。
「犯人は……必ずしも万能ではない」
 蓬莱の薬を盗むために輝夜を利用したり、射命丸を殺すために揉み合いになったり、早苗を殺し損ねたり、そして天人を殺すためにはライフルを使わなければならなかったり。
 なにが目的でこんなことを続けているのだろう? 人間の事が知りたいといっておきながら、殺しているのはほとんど人間以外ではないか。これではまるで、まるで――
「――私達を振り回して、遊んでいるかのようだ――」
 あるいはそうなのかもしれない。
 魔理沙の挑戦に乗ったあのアメヤという男は、こうやって私達が動き回るのを影で観察し、それ自体を目的に殺人を重ねているのではないか。ありえる話だった。今現在確認されている限り、唯一アメヤが興味を示した相手は私達なのだから。
「そうだとしたら……今までの殺人事件の真犯人って」
 そこまで口にして、にとりはハッと我に返る。
「やめとこう、時間の無駄だ」
 推理で犯人など、暴けるはずがない。推測で真相など、明らかになるはずがない。いたずらな妄想で自分を追い詰めるのはバカらしい。にとりはそう考え、見るべきものはすべて見たと確認して、天子の死体を担いで現場を離れた。

 比那名居家につくと、人が集まっていた。
「道を開けてくれ」
 にとりが毅然とした声を上げる。人だかりが二つに裂け、門までの道が開けた。
 門の前には、比那名居家の人間らしい男性が立っていた。おそらくあれが比那名居の当主なのだろう、とにとりは思った。天子と髪の毛の色が一致していたからだ。
「初めまして。私は河城 にとりといいます。地上から来ました――お嬢さんとは、友人でした」
 当主らしきおっさんは沈黙を保ったまま、にとりの側に寄り天子の死体を受け負った。
 家族のみが門のうちに残り、にとりは黙って退散した。門が閉まる。他の多くの天人たちと同様に、にとりもそこに取り残された。周囲から好奇の視線が向けられる。にとりはうんざりした。
 こいつらと来たら……この期に及んでも、死者を気遣うとか、怯えるとか、危機に備えるとか、そういう様子が全くないのだ。天子の、友人の死を興味本位で捉える人々は著しくにとりの感情を逆なでした。
「通してくれますか。私は地上に帰らなければならない」
 ややきつい言葉遣いでそう告げる。重心を低く立ち勇む血まみれのにとりに、またぞろと人並みが二つに分かれる。ゆっくりとした足取りでにとりは人波を潜り抜けた。
 その時、ふと、小さな声で、
「――死神」
 と呟く声が聞こえた。
「あ、そうだ」
 にとりが不意に発した言葉に、人波がうごめいた。
「出口って、どっちですかね? どうにも方向が解らないもんで」
 答える者は居なかった。

 結局にとりを案内したのは、永江 衣玖だった。
 空気を呼んで駆けつけた彼女は、天子の死を聞いてもほとんど表情を変えることはなかった。浅からぬ仲のはずなのに、と少し思ったが、すぐにそれが外向きの仮面であることに気づいた。思えばこの異変で近しい人を失った人たちは、みんなそうだ。
 みんなそれぞれ、悲しみを堪えているのだ、とにとりはこの時悟った。
 だから、衣玖が異変が解決するまでここには来ないでくれと言い出したときも、反対する気は起こらなかった。
「天人の皆様は、あなたが犯人だと半ば以上信じています」
「そうなの? ……納得いかないね。どうでもいいけど」
「タイミングが悪かったのです。目撃した天人も悪かった。そして、目撃された場面も。あなたの蘇生措置は彼らには殺害現場に見えたのでしょう」
「なんてこったい」
 にとりは頭を振る。天界にはバカしかいないのだろう。にとりもまた、そう信じて疑わなくなっていた。埋めがたい溝が出来ていた。
 だが、事態はにとりが考えるよりもずっと深刻な方向に転がっていた。
「実は、あなたを、地上に戻すなと言われています」
「なんだって?」
 耳を疑った。衣玖の表情は、やはり微塵も動いていなかった。
「静かに。歩調はそのままに。私と一緒に歩いてください。大丈夫、時間はあります」
「どういうことなの……」
「比那名居の令嬢は――総領娘様はアレで優秀な方だったんですよ。破天荒ではありますが、それは天界では稀有なほどバイタリティがあるということでもあったんです。不良天人なんてレッテルは、結局のところその才能を妬んだものの勝手な言い分に過ぎません。解りますか?」
「才気煥発な人間っていうのは、やる気のない組織の中では叩き潰されるか、のし上るかだしね。察するに、天界では既に重要人物だったんでしょ、彼女」
「ええ……そんな総領娘様の仇討ちを完遂したら、天界での地位は飛躍的に高まるでしょう。例え職能がなくてもです。あなたは狙われています、にとりさん」
 じっとりとした汗が流れた。
「……どうすればいい?」
 流石のにとりも天人に囲まれて生き残る自信はなかった。二、三人ならば撃退できるだろうが、ここは向こうの土地なのである。あまりにも分が悪い。
「私を信じますか?」
 黙ってにとりは頷いた。
 気づけば、天界の入り口……岩のむき出しになった場所はもうすぐそこだった。
「それならば、私に、殺されてください」
「――――!?」
 言うが速いか、衣玖は距離を取った。
「な、……なんだよ!?」

「大総領娘様の仇だ! おうじょうせえやぁあっ!」

 衣玖が叫ぶと同時に頭上に雷雲が渦巻いた。
 大鉈で頭から――真っ二つにされるような衝撃。アカントステガのアース機能でも処理しきれない大電流がにとりの神経をずたずたにし、電磁パルスが電子機器を掻き毟り、身体を貫いた。
「           。」
 言葉もなくにとりが倒れる。
 衣玖は最初から、これを狙っていたのだ。上空の雲の中で溜めた莫大な電荷と、大気中の静電電界、高低差を利用した圧倒的な電圧。地上で起こすほどではないが、殺傷能力は十分にある雷がにとりを襲ったものの正体だった。
 雷鳴が遅れて響く。焦げついたスタック・セルが火花を散らした。
「とったどー!」
 高らかに指を天に指し宣言すると、周囲に隠れていた天人たちが姿を見せた。
 黒コゲになったにとりを見て、あるものは感嘆の声を上げ、あるものは唾棄してみせた。
「おっと、触らないでください」
 面白半分で手を伸ばす天人の一人を、衣玖は諌めた。
「なんだよ、いいじゃねえか」
「こいつは私のエモノですよ。総領娘様の仇を友人として、また従者として討ち取りました。皆さんが証人です! この妖怪を殺したのはこの私、永江 衣玖だ」
 周囲からまばらな拍手が起きた。手癖の悪いもの達が引いてゆく。
「死体はこのまま、下界に放り捨ててしまいましょう」
 ひょいとにとりの死体を担ぐ。
 一歩、また一歩と衣玖は進む。
 ここまでは上手く行った。
 平静を装っていたが、実のところ衣玖はきわどい賭けに神経をすり減らしていた。
 にとりの鼓動を確かめる。心停止したままだった。リブーターのひとつは落雷により焼ききれていたが、セカンダリ系統のリブーターは生きているはずだ。フェイルセイフ重視の設計思想を衣玖は見抜いていた。うまいこと、地上に落ちる前に蘇生してくれればいいのだが。もしダメな時は……。
「待て、永江」
 びくん。衣玖が一瞬、強張った。
「大総領様……」
 服属の上司。天子の父親が、背後に立っていた。
 迂闊だった。あまりにも思考が無防備だった。もう、四、五歩も進めばにとりを放り投げるに丁度いいポジションにつくというのに。最後の最後で気を抜いてしまった。そのせいで、衣玖はポーカーフェイスを崩してしまう。
「その妖怪。既に死んでいるとはいえ、娘の仇なれば……首の一つも落とさず、地上に還すわけにはいかん」
 背後に控えた従者が大総領に緋想の剣を差し出した。
「……っ!」
「そのものの首を、前へ」

 ――やっべぇ。

「………………」
「……どうした?」
 はっ、と衣玖が集中していた思考から立ち返る。窮地を脱する策を考えるあまり、不審な行動を取っていた。しかし、にとりの身体を預けるわけには……。
「永江よ。これはけじめなのだ。解ってくれるな」
「え、ええ……もちろんでございます」
 ゆっくりとした、緩慢な動作で、衣玖はにとりの死体を降ろす。
 十分に時間をかけ、スローモーションのように。
 ここでにとりを差し出さなければ自分自身の立場が危うい。かといって、異変の討伐に来ているにとりをむざむざ見殺しにしたとなれば、今度は八雲 紫に睨まれる。衣玖は自分がどうするべきかを決められないでいた。彼女にはその決断力が欠けていた。
 じりじりと時間を稼ぐ。
 衣玖は最後まで考えることをやめなかった。
 総領娘様……。
 衣玖は心の中で、既に死んだ少女にすがった。
 いつも衣玖を引っ張ってくれた、一回り年下の気の強い少女。年下のくせに態度が大きく、物怖じすることのない天子は衣玖に欠けている資質を備えた人物だった。
 頭ばかり大きく、世辞に長けているくせに自分のことすらなかなか決められない、周囲に合わせがちな衣玖を導いてくれた存在。天子にならば自分を任せられるとさえ思っていたが――その思考が誤りだった。彼女は、天子はもういない。
 じりじりと、緋想の剣が大上段に持ち上げられる。
 にとりの身体が無防備に横たわる。
 天子という存在が欠落した精神の中で、必死に衣玖は答えを探していた。こんな時、天子ならどうするだろうか? 天子だったら――
 ああ。そうだ。
 天子はもういないのだ。
 ならば……これ以上天界に残ってなんになろう?
 衣玖がギリギリになって光明を見出す。自棄にも似た決断だったが、衣玖は決めた。天子だったらこんな時、決して友人を見捨てるようなことはしない。ならば、私もそうしよう。
 今しも振り下ろされそうな緋想の剣を見据え、衣玖は蜂起すべく雷雲を呼んだ。
 その時である。衣玖の目に、それまで映らなかったものが映った。

「――銀色……?」

 従者。
 先ほど緋想の剣を手渡した従者が、いつの間にか消えていて……いや違う。
 最初から従者なんか、居なかった。
「なんで私、こいつを天人だなんて思ったんだ……?」
 そこには、観たこともない風体をした、例えるならば銀色に輝く――男が居た。
 男は衣玖を見て、ふっと笑った。そして、いつの間にか、あるいは最初からか、にとりのポケットから、紙切れが落ちて、そして――

 ぶちっ。

 っと、大総領の帽子についていた桃をむしりとった。
 蜂起を決意した衣玖。
 処刑を待ち望む天人の輪。
 渦巻く雷雲。
 心停止したままのにとり。
 それらすべてを差し置いて、変化は劇的に現れた。
 仁王立ちで、剣を大上段に構えていた大総領の瞳から色が消える。瞳孔が開く。剣が落ちる。
 膝が折れ、身体が力なくにとりの上に投げ出され……
「……大総領様?」
 天人が死んだ時に発する、曰く汗臭いような、すえた臭いが漂った。
「――死んでる」

 なんのためににとりがここに来たのかを、衣玖もまた十分に理解していなかった。
 そう。
 犯人がいるから殺人が起こった。
 犯人がいる以上、また同じ事が起こらない保障など、どこにもない。
 総領が倒れ、紙切れが舞った。それはボールペンの手書きでこう書かれていた。

 『―― この場所に来たものの、生命と等価の価値あるものを盗む ――』

 そんな当たり前の事が今、目の前で証明されていた。


********************

[衣玖と虐殺]


 衣玖は叫んだ。逃げろと叫んだ。周囲の天人はなんのこっちゃ状態で聞く耳を持たなかった。天人達は逃げようとしなかった。日本人なみに平和ボケしていたからだ。
 そのせいでたくさん死んだ。
 アメヤが触れた先から天人たちはばたばたと倒れて行った。
 大きな渦に生命が巻き込まれ、吸い寄せられる。逃げようともしない天人達は、相対的に自らの意志で渦に向かって行っているようにさえ見えた。
 逃げろー。逃げろー。逃げてー。逃げろっつってんだよこのダラズ。
 衣玖は叫び続けた。雷を落とそうとする。できない。危ない。他の天人に当たる。複数人が密集しているところに、ピンポイントで雷を落とせるほど衣玖の技能は高くなかった。しかしこのままではさらに死人が増える。アメヤが数十歩歩いただけで、既に両手で足りないほどの天人の死体が転がっていた。
 救いの手は横から差し伸べられた。
「――――つうっ!?」
 鼓膜が揺れた。
 衝撃を感じるほどの音波が衣玖のわきを通り過ぎた。

「言っても聞かねえバカは、殴りつけるしかねえっしょ。衣玖さんよ!」

 振り返る。にとりがいた。いつの間にか、復活していたらしい。エピネフリンで血走った目をしている。暴徒鎮圧用の音響兵器を使うと、ついにスタック・セルの電力は尽きた。
 衣玖がどれほど逃げろといっても聞かなかった天人達がにとりの音波兵器の一声でクモの子を散らすように走り出した。にとりがボロボロになったアカントステガから高圧酸素ボトルをもぎ取って投擲する。振り返ったアメヤの足元にスタック・セルの燃料ガスが噴出した。
 衣玖はすかさず雷を落とした。
 着弾。
 爆発的燃焼。
 衝撃波。
 業炎。
 にとりはアカントステガを広げ、自分と衣玖を爆風から守った。機能停止し、ただの雨合羽に成り下がったアカントステガだったが最後まで防弾性能は残っていた。いくつもの金属片が突き刺さる。どれもストップしていた。
 破片式手榴弾並みの攻撃を受けてなお、アメヤは平然とそこに立っていた。
「衣玖、衣玖、衣玖。気をつけてよ、衣玖。出来るならば逃げよう、衣玖」
 にとりは戦う前から満身創痍でそう言った。いくら空気を吸っても息苦しさや疲労が抜けない。全身の筋肉が酸素を求めて痙攣していた。とても戦える状態ではない。
「冗談きついですよ、にとりさん。酸欠で頭イかれましたか」
「マジだって。あいつにゃマスパも効かなかったんだ」
「知りませんよ、そんなこと。それに――」
 衣玖は風を起こした。
 ひらひらと服に巻きついたリボンが舞う。それら一つ一つが衣玖の意志のままに動いた。

「――私のカミナリのが、数倍痺れる!」

 正眼に敵を捕らえる。天界の端っこで殺意を叫んだ。にとりは血気に逸った衣玖に、諦めの表情で頭を振った。
「生きて帰れると、思いなさるな客人よ」
 衣玖は風に乗って飛んだ。一瞬で十八メートルの高さに達する。衣装に巻きついたリボンが風を孕み膨らむ。タンポポの綿毛のように衣玖は空中に静止した。
 雷鳴が響く。最初は遠かったそれは一秒ごとに近づいてきた。アメヤは動かない。じっと、視線だけを上空に向けた。天上に暗雲がぎっしりと集まり水滴と微粒子が接近衝突を繰り返す。雷雲の中に電荷が溜まる。瞬く間にボルテージが上がった。
「こりゃ、私も逃げるか」
 にとりはアメヤから遠ざかるようにギシギシいう身体に鞭打って移動した。それを待っていたかもように、ついに雷光が瞬いた。
 間を置かず、轟音。
 地を伝わる衝撃が雷の着弾を知らせていた。酸化した酸素がオゾンとなり鼻につく。今は一個でも多くの酸素分子が必要なのに、と酸欠状態のにとりは雷を呪った。そしてそれは、アメヤも同じだろう。
 アメヤがいた場所には、雨霰のごとく雷が降り注いでいた。
 衣玖が本気になって仕掛けた落雷攻撃は、冗談にならない威力を誇っていた。
 数百万ボルトの大電圧。数千アンペアの大電流。一万分の一の電流でも人間は容易に死に至る。
 放たれた電力量は二〇キロワットアワー(七二メガジュール、十七万キロカロリー)。電気椅子なら四〇〇人は処刑でき(合衆国規格で。ただし合衆国の電気椅子は幻想入り済)、電気料金に直すと約三百十二円(東京電力の場合。基本料金は除く)。米軍が使用する標準的なバンカーバスター(地中貫通爆弾)の爆発エネルギーに相当する破壊力に、大量の土煙が上がり、瓦礫が散った。
 土煙が衣玖自身が起こした風によって晴れる。
 雷が直撃した場所の地面は穿たれ、岩石は砕け散っていた。絶縁破壊。
 その惨澹たる被災地に、しかしアメヤは無傷のまま立っていた。
 外れていた。逸れていた。
 双眼鏡で観察していたにとりにも、自分の目で見たものをどう形容すればいいか解らなかった。例えるならばピントがずれている、とでも言うのだろうか。アメヤに届く前に、いずれの攻撃も脇にズレているのだ。アメヤが動いたわけでもなく、雷が不規則に蛇行したわけでもない。最初っから当たらない場所に撃っていたとしか思えない外れ方だった。
「あーもーうっとおしいわね」
 にとりがぼやく。
 衣玖の判断は早かった。直接アメヤを狙うのではなく、その足場を狙った。
 再び電気エネルギーの道筋が瞬く。絶縁破壊が生じる。アメヤの足元が吹き飛ぶ。その僅かな隙を突き、衣玖は動いた。
 天界の雲霞と土煙が混ざり合い視界がゼロになる。アメヤは接近する、蛇のような一撃を感知して、これに打たれた。続いて四方八方からの打撃――滅多打ち。防ぐことも、避けることもできなかった。千手観音に殴られているような、あるいは、洗車マシンに放り込まれたような有様。
 衣玖は接近戦を得意としない。特に、先に相手に距離を詰められたら打つ手もなく敗北さえしかねない。だから衣玖は十分に下準備をしてから打撃戦に打って出ていた。
 袖である。視界の利かない場所で、衣玖は自身の最大の武器である袖を使い、巧みに己自身の位置を隠しながらアメヤをリンチにかけたのだ。しかし、一方的な乱打は一分と続かなかった。
 アメヤが思い切った行動に出た。自身の内臓を守るために構えていた両腕を、あろうことか大きく広げ、回しうけの構えを取ったのだ。衣玖は戦慄した。
「こいつ、なんなんだよ――」
 思いながらも殴り続けた衣玖の思考は急に停まる事が出来ず、まんまとアメヤに袖を取られた。いくつか、柔かな内臓にクリーンヒットしたが、アメヤはなんら動じるところなく、衣玖の袖を、衣玖の袖を、ああなんということか。自分の袖のように腕に巻きつけ、衣玖を捕まえてしまった。
「この人痴漢です、なんて言い出しそうな状況だね、これ」
「空気読めよ」
 衣玖は言うが早いか、アメヤの手首を掴み取り、減らず口めがけて電流を見舞った。直接接触した状態からの回路開放。衣玖はハッキリと、自身の腕からアメヤの身体を通り地面に吸い込まれる電流を感じ取った。そして悟った。


「あなた……いったいッ……
 
 ……どこに……いるの!?」


 アメヤに触れて、繋がって、電子の流れでその身体を透かし見た衣玖が感じ取ったのは、人一人分の"空洞"だった。目の前にいる男は、目の前にいる男は、目の前にいる男は――目の前にはいないのだ。男の表面を、男の形をなぞって、電子が走る。その中身がないのである――からっぽ。
 にいっ、とアメヤが笑う。
 その目が一瞬衣玖を離れ、アメヤの顔から笑みが引き、衣玖が反撃を覚悟したその時、強い力で衣玖は投げ捨てられた。
 地に落ちる。不意に炸裂音が耳朶を打った。あわてて敵影を確認。目を疑う光景が衣玖の目に飛び込んだ。
 血が、噴出していた。
 衣玖は力を振り絞って飛び上がった。そのまま一秒弱で高度三十七メートルに到達。眼下を見下ろした。
 アメヤが――倒れていた。
 先ほどまで衣玖が立っていた場所に、ぶちまけたように血液。高度を上げ安全圏二八〇メートルからでも見えるほどに、地面が真っ赤に染まっていた。
「なにが……起きた?」
 呼吸を整えると、衣玖自身も両拳に傷を負っていることに気づいた。皮が剥け白い組織がむき出しになっている。骨こそ見えていなかったが、血とリンパ液が垂れた。遅れて火傷をしたようなひりひりした痛みが襲う。衣玖は構わず状況の分析を続けた。
 目を凝らす。眼下をうかがう。アメヤの銀色の髪が血の海にばさっと広がり、赤と白のコントラストを作っていた。それがなんだか妙に……衣玖には美しくさえ見えた。
「っ」
 一瞬、夕日の光が反射する。ちかっとした。僅かな間のめくらまし。目は構造上、強い光が生じると細かな風景を無視してしまう。"光"しか感じなくなる。衣玖はアメヤに注視していた。動きを見逃さないよう見張っていた。しかしいかんせん、二八〇メートルの距離からでは観察対象が小さすぎた。結果、銀色の髪が光った僅かな間だけ、衣玖はアメヤを見失った。
 そしてアメヤにはそれで十分だった。
「嘘……?」
 血の海の中にいたのは……アメヤだった。しかしその手は細く、その足は小さく、その髪は短く、そしてその背には羽根が生えていた。
 アメヤは妖精だった。
 少なくとも今の光景を見ればそうとしか言いようがない。なぜ、先ほどまであのアメヤをロングコートの長躯の男だと思っていたのか、衣玖にはもう理解できなかった。
 ――今まで見ていたものが摩り替わっているのに、違和感を感じない――
 恐ろしいことに、それが目の前で起きたのだった。もはや自分の目を信じられなくなる現象だった。それどころか、それどころか、それどころかあの男は、あの妖精は、あの妖精はっ……。空洞の感触を思い出し、衣玖は混乱を極めた。
「なんなの、これは……!?」
 衣玖は高度を下げにとりのもとへ向かった。アメヤからは目を離さない。徐々に近付くにつれ、その姿形がはっきり見えてきた。湖の辺に住む、中ボスにいそうな妖精だった。
「ちょっとにとり、大変ですよ」
「おー、無事だった? いや大変だったね。危なかった危なかった」
 きゅうり(七十二本目)を頬張りながらにとりが応えた。そりゃ重いわ。妖精の姿にしか見えないアメヤは、血の海の中に身体を横たえ、宙を睨んでいた。銀色のコートの男の面影はそこにはない。それどころか、『コートを着た銀色の男』という言葉だけが頭の中に残り、にとりも衣玖もさっきまでのアメヤの姿を思い出せなかった。
「驚いた? これがカレイドスコープ現象。あのアメヤってやつは見る者によって姿を変える。さっきは私にも銀色の髪をしてロングコートを着た男に見えてたけど、今は湖の辺に住む妖精に見えちゃってる」
「あの血の海はなんなんです」
「あれは、運がよかった。良くあのタイミングで飛んだね」
 にとりは興奮気味に話した。
 にとりが見たのは以下の通りだ。
 衣玖が落雷攻撃を断念し接近戦に挑み、一分が過ぎたころ。ちょうど背後への警戒が薄れたところを狙ってアメヤはどんな手段を使ってか銃を持ち出したのだ。
「――銃?」
「そう。天子を殺した、アサルトライフル。アメヤが衣玖のドリルを掴んだ瞬間に、衣玖の背後に銃が現れた。まさしく、影から生まれるみたいに空間から銃が生えてきたんだ」
「えっ」
「えっ」
「なにそれこわい」
「けど、撃たれる寸前に衣玖が避けたせいで弾丸はアメヤに当たったみたいだね。射線を重ねるとは、雑な仕事だ。自滅してやがんの!」
「ちょっと待って」
 衣玖は話を遮った。
「私は……避けてなんか、ないわよ」
「えっ」
「えっ」
 衣玖とにとりが顔を見合わせる。
 二人の視線がアメヤを離れた。その隙にアメヤは自前の羽根で飛び立った。二人はまだ気づいていない。
「私はあれの"からっぽ"に気づいて、油断して、そして振り回されちゃっただけ……銃なんて、気づきもしなかった」
「待ってよ、それじゃあ、まるで――」

 ――アメヤが、おまえを庇ったみたいじゃないか。

 そう言おうとしたが、アメヤがいつの間にか移動していることに気づいた衣玖の行動のため、その先が発せられることはなかった。そして、にとりの中からもこの発想は大きな流れの中にうずもれてすぐに消えてしまうことになる。酸欠だったし。
「追うよ!」
 妖精の姿をしたアメヤは、にとりが来た時と同じ出口から迷いなく身を投げた。
 衣玖が続いて飛び降りる。にとりは衣玖を先に行かせて、アメヤが倒れこんだ場所を調べた。血液サンプルを入手する。空っぽのアメヤからどうしてそんなものが流れ出したのか、そも事実を知らないにとりには考えようもない。銀色の髪の毛が一本でも見つかれば先ほどまで自分が見ていたアメヤの姿を信じられるのだが、残念ながらそういった痕跡はなかった。
「あ? なんだこれ……」
 血だまりに干からびた、黒い炭のようなものが落ちていた。
 蹴飛ばすとサラサラと崩れてしまう。しかし崩れたのは外側だけで、固い芯のようなものが残った。
「桃の種か?」
 拾い上げる。桃の種だった。ここは天界。桃など珍しくない。だが、なぜこんな形で? それが気になった。桃、桃といえば……。
「ま、いいか」
 桃の種をポケットに入れて衣玖のあとを追った。
 命として盗まれた桃。
 撃たれながらも復活したアメヤ。
 この二つの関係性ににとりが気づいていれば、あるいはにとりはアメヤという存在を再考し妖怪として新たなステージに到達するひらめきを得ていたかもしれない。だがあいにく、比那名居大総領が命を盗まれた時、彼女は心停止状態だった。

 こうして、にとりは数千年後に人類がぶち当たる壁に触れる最前線にいながら、結局その機会を永遠に失うことになったのだった。
 そして異変は地上にその舞台を戻すことになる。


********************

[魔理沙とチョコレートパフェー]


 萃香の居所はようとして知れないままだった。
 博麗神社を出たあと居場所を失った萃香は気晴らし紛れに酒蔵を襲い、地獄のような一週間をそこで送った。飼い殺しにされた人間の死体と、飲み散らかされた酒樽だけが残っていた。
 酒を求めて移動しているのならば、人里に聞き込みをかければすぐに解るだろうと二人は思っていた。しかし稗田の家に協力を仰ぎ、人脈を駆使して鬼の居所を探るも先の酒蔵襲撃と大量殺人のため人々の口は重かった。鬼に不利益な行動を取ることを恐れていたのだ。また、一部には既に博麗の巫女が死亡した情報が漏れており、これもいっそう伊吹 萃香への不信感を強めていた。
「参ったわね……協力者を増やさないと無理かしら?」
 茶屋で休憩しながら、アリスがそう言った。
「いや、大丈夫だ」
「どうしてそう言えるの? また、どこかであの酒蔵と同じことをしているのかもしれないじゃない」
 年始だというのに人足が鈍いため、茶屋は空いていた。魔理沙たちがいる席の近くにも人はほとんどいない。昼下がりだというのに、これでは商売にならない。早急に異変を解決する必要があった。しかし、物騒な話をするには好都合だった。
「アリス。人里から情報が上がらないのは萃香を恐れて口を噤んでいるからじゃないよ。単純に情報がないんだ」
「だから、なんでそう思うのよ?」
「そう思うから。鬼が怖くて居所や目撃情報を黙っているというよりは、そっちの方が自然だと私は思う」
「なるほどね」
 アリスはそれで納得した。説得力に乏しく聞こえるかもしれないが、魔理沙の判断力が優れていることは先刻承知だった。不確定すぎる世界で人を導くには決断力や判断力という数字で割り切れない能力が必要になる。魔理沙には天性の資質があった。
 他にいくらでも可能性は考えられる。確率論では判断できないほど雑多な可能性が存在する。その中から正解を選び出す程度の能力。それを最も強く備えていたのは……霊夢だった。
「じゃ、私たちはなんでずっと人里に留まってるの?」
「それは単純に、確率の問題」
 ランデブー・サーチ問題の対称版を考慮するならば、萃香が無作為に動くと仮定した場合魔理沙たちもまた無作為に動き回った方が発見の確率は上昇する。
 だが幻想郷の地理を考慮すればその事情は変わる。
 人里は幻想郷の中心に位置し、どこかからどこかへ移動するならばここを通るのがもっとも速いルートになる。ここに大きな網を張る。小さな視界で動き回るより、人脈を駆使し面的で巨大な視界で待ち伏せした方がいいと魔理沙は考えたのだった。
「それにしたって、人手が多いに越したことはないと思うけど……」
「そうなんだけど、ほら。あまり多くを動員しても私達の責任で負える範疇を超えちゃうし。それに、騒ぎすぎると却って萃香が逃げるかもしれない。あと異変が起きてることを悟られるのもまずいじゃん。そうだな、それに、ええと……人間だと、あぶないだろう。鬼を探せなんて」
「もう、いいわよ。魔理沙」
「…………。ごめん」
「気にしないで。あなたの言ったことも正しい」
 ――樋田家の動員力だけでは、とても人里すべてを覆いつくすことはできない。
 だが、霧雨の名前を出せば……。
 魔理沙はそれが嫌だった。今更感情的なことを言い出すのはナンセンスだということも解っていたが、それでも嫌だったのだ。
「ちょっと、魔理沙の実家も見たいなって思っただけだから」
「あんなの、面白いところなんかいっこもないぜ」
「私はあなたに興味があるのよ。どんなところで生まれて、育ったのか……」
「アリス……」
「でも、いいの。見ないで欲しいなら、然るべき時まで待つわ。ごめんね、変なこといっちゃって」
「ごめん。私は、まだ……あそこには行きたくない」
 そしてそれが間違いだった。
 もし霧雨道具店に足を運んでいれば、そこに手がかりを見つける事が出来ただろう。てゐたち妖怪兎一行にアメヤが紛れたのがそこだったのだから。アメヤの足取りを追う上で、それは重要な情報だった。しかし魔理沙は結局、それを見逃してしまった。
 生クリームがたっぷりと乗っかったパフェーを二人で分け合っていると、今が異変の最中だということを忘れそうになる。魔理沙はいつもチョコレートを口につける。アリスがナプキンでそれを拭う。ナポリタンをダブルで頼み二人で分け合えば、魔理沙は必ずケチャップで前掛けを汚した。
 そのたびにアリスが染み抜きをやる事になるのだ。前掛けを縫って作ってやったこともあった。家で食事をするときはそれを魔理沙につけさせる。まるで子供扱いだったが両者とも自然にそうするようになっていた。魔理沙は普段白衣で実験をする事が多いため服の汚れに無頓着なのだった。
「前にこの店に来た時には、霊夢も一緒だったのよね」
 アリスがふと、そんなことを言った。
 先々週くらいの話だというのに。ずいぶん昔のことに感じられた。霊夢は既に、アリスの中では過去の人間になっていた。
「…………ああ」
 魔理沙はそれまでニコニコしていたが、急に無表情になってうつむいた。その魔理沙を、対面に座ったアリスはじっと見つめる。もそもそとウェハースを齧る。三十秒後、顔を上げた魔理沙はいつもどおり口にチョコをつけていた。
 やはり、それをアリスが拭う。なすがままの人形のようだった。
「あの……お邪魔っしたかね?」
 横を見る。小柄な少女が所在なさげに立っていた。
 慌てて魔理沙の口を拭う手を止めて引っ込める。魔理沙は構った風もなく突然現れた稗田 阿求に席を空けた。くしゃくしゃとナプキンを丸めてくず入れに捨てる。阿求は店員にホットサンドを注文してから、どさりと重たげな封筒をテーブルに置いた。
 無言で魔理沙が皿をどける。
「お二人の耳に入れておくべき情報が手に入りました」
「萃香の行方か?」
 まだチョコレートを口の端っこにつけたままの魔理沙が、飛びつく勢いで尋ねた。阿求はゆっくり応えた。

「いいえ。あなた方が追っているアメヤという男。異変の原因の行方です」

 現在の時刻は、そろそろ早い日が落ちようという頃。
 ちょうど、にとりが天界に達した時刻であった。 


********************

[阿求と求聞持]


 阿求はホットサンドを食いながらゆっくりと話し始めた。猫舌なのかやけにコーヒーをふーふー冷ます。それがまたじれったくて、魔理沙はいらいらした。
 当の阿求はそ知らぬ顔でサラダまで食べ終えてから封筒を開けA4のコピー用紙の束を広げる。写真、名簿、元素分析表、地図……。阿求は地図を一番上にして説明を始めた。
「地図は読めますね?」
「いいからはやく説明しろよっ」
 ややキレ気味に魔理沙が急かす。阿求は肩をすくめた。
「伊吹 萃香が犯行を行った酒蔵がここ。人里の東の外れです。彼女は通夜に出席した足でここに入りびたり、夜は外をうろつき回って何かを探し、昼はここに潜伏して酒と人間を食っていました」
「その証言はどこから?」
 生き延びた人間でもいたのだろうか、とアリスは訝った。そのような話は聞いていない。
「現場検証の結果解ったことです。複数の物件から私が"思い出"しました。伊吹 萃香がなにを探していたのかも、酒蔵に残されていた物件から明らかになりました」
「もったいぶるねぇ! 早く教えてくれよ。一応人命がかかってるんだぜ」
「いいんですよ。今のところは安全です。少なくとも人里は、ですけどね。言ってる意味解ります?」
「だから、レイニー止めな言い方はよせってんだよ! 萃香は! アメヤはどこにいるんだ!?」
「天界です。あなた方が探しているアメヤという男は今天界に居ます。そして伊吹 萃香はそれを知って、妖怪の山周辺に張り込んでいる。おそらく妖怪の山の年末特別警戒態勢――もう、年始特別警戒態勢ですかね、あれのせいで山に入れないんでしょう。だから天界にもいけないでいる。彼女の位置は捕捉しています。ちょうど、紅魔館と大ガマの池の間ですね。白狼天狗の警戒網に引っかからない場所でじっと機会をうかがっているようです」
 まくし立てた。
 阿求はまくし立てた。
 呆気に取られる魔理沙とアリスを差し置いてまくし立てた。
「さっき、伊吹 萃香は夜出歩いて探し物をしていたといいましたよね。探していたのはこいつですよ。米粒です。因幡 てゐの証言にありました。永遠亭に至る、迷いの竹林の最短ルート。因幡 てゐ以外は知らないはずのそのルートに米粒が点々と残されていたそうです。この米粒はどこから出たものでしょうかね? 推測ですが博麗 霊夢の米びつから出たものではないでしょうか。伊吹 萃香はそれを見つけたのですよ。最初に、どこで見つけたのかは知りません。しかし彼女は見つけた。あとは米粒を辿っていけばよかった。博麗神社に始まり、紅魔館、人里、迷いの竹林……米粒は続いていた。伊吹 萃香の能力はご存知ですね。細かいものを集めるのにあれほど適した能力もありません。彼女は、誰よりも早く、たった一人で、アメヤという男の詳細な足取りを得たのです。そしてその足取りは、最初ッから地面に残されていたんだ」
「ちょ、まっ……」
 魔理沙の額にどっと汗が浮かぶ。先ほどまでは急かしていたのに、今はどうにかして阿求の言葉を止めなければならないと本能的に思った。なぜだろう。しかし魔理沙にそれを考える余裕はない。
 アリスが代わって尋ねた。
「なぜ、それが解ったの? 確証があるようだけど、とてもじゃないけど捜査で解る範疇を超えていると思うわ」
「簡単なことです。私は知っているんですよ。求聞持の能力は私の代で新たな地平に達しました。ありとあらゆることを知っている程度の能力。それが今の私の力です。
 これまでは外部サーバーに情報を蓄え、任意にアクセスする程度の回線容量とマシンパワーしかありませんでしたが、今ではさながらインターネットのように気質界に存在するありとあらゆるサーバーにアクセスし情報を検索、入手することができます。いわゆるアカシックレコードというやつですね。単純な脳容量の増加と突発的な変異がきっかけでこの能力を得ました……求聞持の能力とは、本来こういうものだったんですよ。密教の教えを紐解けば解ることです。
 ともかく、検索ワードとなる記憶や知識を一定量得た時点で私は情報を検索し、必要な知識を思い出す事が出来ます。二十キロメートル離れた山の木陰にある水溜りに落ちているドングリの数まで、私には解るんですよ。伊吹 萃香がなにを考え、なにをしようとしており、そして今どこに居るのか。あの現場に残された物証を手がかりに記憶を掘り起こせば、私にはすぐ解ることでした」
 阿求はようやく冷めたコーヒーを一気に飲み干す。一瞬の静寂が戻る。魔理沙はしどろもどろになりながら、どうにか話についていこうとした。阿求は続けた。
「伊吹 萃香の思考ですが、正直私達人間には理解の出来ないものです。唯一納得できる理由を探そうとすれば、身内である霊夢を殺された以上は全力で殺し返す必要がある、といったところでしょうか。鬼のメンツ意識は強いですからね。
 この米粒は永遠亭から太陽の畑、再思の道と続き、妖怪の山に至ったのが三日前。妖怪の山でも射命丸 文が殺されたのでしょう? アメヤと名乗る異変の元凶が米粒をぽろぽろこぼしながら山を降りた形跡は今のところ見られません。もし降りてきたなら伊吹 萃香が気づきます。ならば考えられる可能性は、天界です。妖怪の山にはいないでしょう。いたら伊吹 萃香が押し入るはずだ……
 妖怪の山でこれ以上死人が出れば、私の記憶に残ります。天界でもまた、誰かが死んでいるはずですよ」
 そこでようやく阿求は落ち着いて、口を止めた。
 魔理沙はうつむいていた。
 アリスが情報を整理する。
「萃香もアメヤを追っていたのね……そして、彼女は私達よりも先にアメヤの移動経路に気づいた」
「そういうことですね」
「そしてアメヤは萃香に追いつかれる前に、天界へ逃れた。そこでもまた、犯行が行われていると?」
「おそらくは。天界の情報はなかなか入らないので解りませんが」
「にとりが行ってる。彼女が、アメヤを天界からいずれ追い立てるわ」
「それは心強い」
 阿求にはそういったが、アカントステガの全壊とともににとりはありとあらゆる連絡手段と異変解決能力を遺失していた。
「すると、私達が取るべき行動は……」
「そのことなんですがね。伊吹 萃香の監視は私達に任せてもらえませんか」
「え?」
「あなた方では力不足だといっているのです。繊細な任務は任せられません」
「……どうする? 魔理沙」
 稗田 阿求は求聞持の能力と同時に、幻想郷の中でも戦力に数えられる、人間からなる実働部隊を得ていた。もともとは人里の住民が自分達の代わりに妖怪に食わせようと隔離した、犯罪者や被差別部落、異民族の集合体だ。妖怪のモデルともなったこれらの非大和系民族や修験者、犯罪者の集団は、長い年月を差別と妖怪の脅威の中で過ごしながらも、持ち前の技術力と戦闘能力の高さで生き残り、いまでは樋田家の配下に加わっている。銃火器を駆使し、暗殺と隠密行動に優れた彼らならば伊吹 萃香の監視など朝飯前だろう。だが……。
「この異変は、私達が解決すべきものであって……協力を頼んでおいてなんだけど、危険なことは私達でやるのが筋だと思うの。阿求、ありがたいけど――」
「私は、魔理沙さんに聞いているんです」
 阿求がぴしゃりと言い放った。アリスは二の句を継げなかった。
 魔理沙はずっとうつむいて、話を聞いているだけだった。らしくもなく、影が濃い。
「……ずっと、そこにあったんだな」
「ええ、そうです」
 魔理沙の呟きに、阿求はハッキリした声で答えた。
「犯人の痕跡、手がかりはずっと私達の足元にあったんだ。神社で暮らしていながら、私はそれに気づけなかった……!」
「――――――」
 ようやく、アリスが気づいて絶句する。魔理沙はそのことを悔やんでいたのだ。いや、悔やむどころではない。怒っていた。そして絶望していた。
「もし、貴方がすぐにあの米粒に気づいていればここまで異変は大規模にはならなかったはずです。神社周辺からは人間も妖怪も遠ざけられましたから……あなたが、気づくべきでした」
「ちょっと、待ってよ……そんなの仕方がないじゃない!」
「人里でもね」
 割って入ったアリスに、再び阿求が冷たい声を刺した。
「そこそこ死人が出てるんですよ。例の予告状つきでね」
「……!? 聞いてないわよ!?」
「死体が見つかったのが、今日ですから。死後五日は経っているのに腐敗も劣化もほとんどない。今日見つけられることを想定していたかのような、キレイな死体でした。その死んだ男はこの年末年始に蓮命寺で餅まきのバイトをやっていました。既に死んでいるはずなのに、タイムカードには記載がちゃんと残っていたそうですよ。おそらく、例のアメヤという男がなりすましたんでしょう。さらに参拝客も数名、原因不明の死を遂げています。食中毒の調査みたいに地道な捜査でしたがそれだけに確かなことです。蓮命寺もまた、極秘裏に捜査を進めています……。
 ともかく。人里でも死者が出ている。いや、それどころか、あの男が通ったあとにはたくさんの死体が残っているんですよ。私達がまだ気づいていないだけで。あなたたちは! 自分の顔見知りが死んだことばかり気にしているんでしょうが、この異変はそんなにちっぽけなものじゃあないんだ!」
 いつしか、阿求は叫んでいた。アリスはこの時、初めて自分達の無力を悟った。
 仕方ない、じゃあ……済ませられない。
「とはいえ、あなた方だけ責任をおっつけるつもりはありません。そんなことはできません。ですが、せめて……邪魔はしないでいただきたい」
「ふっ……ざけないでよ!」
 こうなったら、アリスも退くに退けなかった。ただの人間にここまでコケにされて、黙っていては魔法使いの名折れである。
「ミスがあったことは認めるわ。そのせいで異変の解決に有効打を打てなかった事も確かよ。けれど、あなた達だったらもっと上手くやれていたっていうの? あとからならいくらでも言えるのよ。重要なのは――」
「重要なのは、結果です!」
「だったらあんたらでなんとかしてみなさいよ!? 空の一つも飛べないで! なにができるっていうの!」
「上等じゃあ! クソの役にも立ちゃしねえ魔法使いよか、ワシの鉄砲の方が頼りになるっちゅうねん!」
「言ったな稗田の!」
「言ったぞマガトロ!」
「もうよせよ」
 魔理沙の鶴の一声が、弱弱しく響いた。
「……なにやってんだかな、わたしゃ……」
 泣いていた。魔理沙、泣いていた。
 ぴたりと、店内が静まり返る。
「笑っちまうぜ。ちょっと空が飛べるからって調子に乗って今まで異変に関ってきたが、それがアダになっちまうんだからな」
 魔理沙の声は濡れて、ふやけて、しゃがれていた。
 ひくひくと横隔膜の痙攣が声を震わせる。
「私は……霊夢とは違ったんだな。空を飛ぶ巫女と一緒にいて、自分もそうなんだと思いこんでいた。けど違った。私は、ただ、浮ついてた……地に足が着いていないだけだったんだな……ははっ」
 ナプキンを何枚も取り、魔理沙は顔を拭いながら、また泣いた。
 ちーん、と鼻を噛む。そしてまたぐずぐずと泣き出す。もはや、そこら辺にいる少女となんの変わりもなかった。
「ちょっと……あんたのせいよ!? なーかした! なーかした!」
「なんでですか! アリスさんの恋人でしょ! あなたどうにかしてくださいよ!」
「ちっげうわよ!?」
「あー違うんだーそうなんだ」
「このっ!」
「なんだよ!」
「…………」
「…………」
 強気な魔理沙が崩れたことでアリスも阿求も動揺して喧嘩どころではなくなっていた。
「ともかく、謝らないと……」
「そうですね、そうしましょう」
 でも、なんといって謝ればいいのか。
 二人は顔を見合わせた。
 魔理沙は今、現実という巨大な壁にぶち当たっている。己の限界を思い知らされて、へこんでいる。
 今の彼女には慰めも叱咤も謝罪も不適切だった。ただ、彼女自身の力に任せるしかない。
「……魔理沙さん」
 阿求。
「もし、まだあのアメヤという男と"やりあう"つもりがあるのならばこの宿に待機してください」
 名刺を置きそれだけ言うと、阿求はテーブルの伝票を全部持ち、去って行った。
 一回りも年下の阿求は、魔理沙などよりもはるかに多くの修羅場をくぐり、打ちのめされてきていた。だからこそこういう時にはドライで残酷で、だからこそなによりも正しく、優しかった。

 異変は、魔理沙たちの手を離れた。
 
 いまや全幻想郷的脅威となったアメヤに、ありとあらゆる戦力が動員されようとしていた。
 開戦はこれより五時間後。
 店を出た阿求の後ろから、ぞろぞろと男達が集まっていた。
 瞬く間にその数は膨れ上がり、十八人を数えた。
 そのいずれもが武装し、妖怪を三桁は殺してきた強者だった。
 決して屈強には見えない。印象はむしろ薄い。だがその目には測り知ず綯交ぜに熟成された意志が宿っていた。
「鬼の様子は?」
 阿求が、すぐ横に着いてきたガテン系の男にだけ聞こえる、ささやき声を発した。
「変化ありません」
「武器は?」
「車両の用意は出来ました」
「人数は?」
「第三班まで動いています。四十七名、縁起のいい数です」
「できそう?」
「鬼とやるのは初めてですからね、なんとも」
「ちょっと。別に、伊吹 萃香がターゲットってワケじゃあないんだからね」
「そうでした。いずれにせよ、正体不明の相手ですから。先ずは当たってみないことには」
「解った。作戦は一任する。私も安全な距離から見てるからね」
「了解。準備を進めます」
 男らは集った時と同様に、散り散りに消えて行った。
 阿求はなんだか面白くなった。ガキくさい。バカみたいだな、と思ったのだ。

「全く本当に、馬鹿げてる。いまどき本気の殺し合いなんて」

 呟いた息が白く霧散する。
「アメヤという存在。より上位のアクセス権限がないと私の能力でも見切れない。あれは次元が一つ上の存在ね。けどまあ……」
 懐の感触を確かめる。拳銃の重み。これさえあればなんでもできる。
 阿求はまた、面白くなった。
 超時空存在。アメヤ。あれを理解すれば、阿求の知性と精神はこの宇宙の枠を跳び越すだろう。

「私は……神にさえなれるかもしれない」

 その呟きもまた、冷たい大気に拡散して消えて行った。


********************




 無敵のはずの巫女は、誰に、なぜ、如何にして殺害されたのか。




********************

[アリスとキャビネッセンス]


 魔理沙は茶屋を出た足でふらふらと魔法の森へ向かって飛んで行った。
 いつもならば後ろにアリスを乗せるが、今日は無言のままそれを拒絶していた。アリスはそれでも、魔理沙を一人にはしておけないとばかりに背後からついて行った。両者の間に会話はなかった。
 家に着くと魔理沙は、アリスを入れることなくばたんと戸を閉め、そのまま引きこもってしまった。
 二時間。
 三時間。
 凍りつく寒さの中で、アリスはただ立ち尽くし、魔理沙を待った。
 日が沈み始める。風が出る。外気温は零度を大きく下回り、アリスと上海を襲った。それでもアリスはその場を動こうとはしなかった。
 四時間後、魔理沙が現れた。ドアを静かに開けて、物置へ向かう。
 五分後、食料を抱えてまた家に戻った。アリスは立ち尽くしたまま話しかけようとはせず、また魔理沙も完全に無視していた。
 阿求は言った。
 まだ、あのアメヤという男とやりあうつもりならばこの宿屋で待てと。少なくとも人里周辺で待機していなければ、アメヤには遭遇できない。だが魔理沙は、すっかり引きこもって動こうとしなかった。アリスが息を吐く。吐息が白くならないほどに体温が下がりきっていた。
「……魔理沙、いるんでしょ。そこに」
 夕日を背にしてアリスがようやく口を開いた。
 僅かに玄関ドアの向こうに動く気配があった。
「このまま異変を投げる気? それとも、プランCでも練ってるの?」
「……………………」
 ドアはなにも言わなかった。
「じゃあ、私だけでやるわ」
 吐き捨てる。
「しょうがないわよね。相手が悪すぎた。魔理沙のマスタースパークが効かないとか、常時ラストワード状態の異変なんか相手にしてらんないわ。そうでしょ? 魔理沙。あの、アメヤ! すっごく強かったもんね。私達、にとりがいなきゃ死んでたんだから」
 ドアは依然、沈黙を保った。
「それに、死んだやつらもどうってことのないやつばっかりだった! 霊夢も霊夢よ。博麗の巫女のくせして情けないったらないわ。死んで正解ってもんよ。魔理沙にまで、こうして無視されちゃうんだから。なんのために生きてたのか解らないわ、彼女。次の巫女に期待しましょ。そう、代わりはいくらでもいる……」
 ドアが僅かに開いた。
 魔理沙が血走った目で、暗闇からアリスを睨みつけていた。
「あんたもあんたよ。魔理沙。根性なしの弱者め。こうして引きこもるくらいなら、いっそ今すぐ死んで出直せば? ここで逃げるなら、あんたが死んでも私はもう悲しまない」
 開いた時と同じ静かさで、ゆっくりと、巻き戻すようにドアが閉まった。
 蓋をするように厄の渦がおさまる。だがアリスは口を閉じようとはしなかった。
「魔理沙ぁ!」
 冷たい身体で叫んだ。なによりも温かい心で叫んだ。

「あんたの根性なし見てて思い出したわ。霊夢とそっくりよ! そのやる気のないところとか!」

 瞬間ドアが蹴飛ばされ、魔理沙が飛び出した。
「いい歳して腋出しやがってよ! ざまぁねえって――」
「それ以上口を開くんじゃねえファッキンビッチ!」
 魔理沙の右ストレートが動きの鈍いアリスにクリーンヒットした。
 胸倉を掴む。
「霊夢ディスってんじゃねぇぞコラ! てめぇー文句あんなら私に言えや!」
 鼓膜が破れんばかりの大声を出した。
 喉が枯れるほど、金切り声だった。
「霊夢ディスってんのはどっちよ」
 アリスの冷たい手が魔理沙の手を振り解いた。
「私はやるわよ。まだまだやる。霊夢は私の友達だったんだから」
「私だって――」
「やめるんでしょ!? 勝手にしなさいよ! チカラが足りないなら仕方がないわ。けど、けど、……あんたは、まだ自分の実力の半分も出しちゃいないじゃない! ダチのために身体一つ張らずに逃げ出すような腰抜けが、ダチみてえなツラしてんじゃねえぞクソがッ!」
「私にどうしろってんだよ!? これ以上、なにをしろっていうんだよ! どうしようもねえじゃねえかよ! いい加減にしてくれよ!」
「だから、やめればいいじゃんッ!?」
 そう言ってアリスは魔理沙を突き飛ばした。
 ぐっと魔理沙が言葉に詰まる。握った拳を震えさせる。
 アリスが雪の積もった地面に唾を吐き捨てた。口の中が切れて血が混じっていた。
「私に出来ることなんか、もう……ないだろ。それでも、ダメなのかよ」
「好きにすればいいわ。けど、それで、それっきりよ」

 ……それっきり。
 
 動かぬ魔理沙を見、ついにアリスはその踵を返す。
 不意に、魔理沙の右腕が疼いた。にとりにお茶をかけられたところ。
「なんだよ、なんなん……なんなんだよ、これは」
 遠ざかるアリスの背中は、初めて見る女性のものに見えた。
 圧倒的嫌悪感。
 それは右腕に始まり、全身に伝播し、両足を鉛のように重くして、魔理沙の心をとことんまで茹で上げた。
「ちくしょう……」
 降り出した雪の上にアリスの足跡が点々とついてゆく。
 寒々とした風が吹き、あたりの木々を不吉に揺らす。
「ちくしょう……」
 夜闇が辺りを包み始め、アリスの後姿が闇に霞み始める。
 汗だくの顔、血走った目。音を立てる歯の根。魔理沙の顔がぐにゃりと歪む。
「ちくしょうっ……!!!??」
 がくがくと、魔理沙の全身が震えた。
 
 また一つ、冷たい風。

 ぴたりとアリスが立ち止まる。魔理沙に向けて両腕を広げた。
 その少し前に、魔理沙は走り出していた。

「おおおおらあおあっ!!!」
 
 声は怨嗟に満ちていた。
 手は仇敵の血を求めていた。
 上半身のみが前に出る、倒れこむかのような走り方。
 突進する魔理沙を、アリスは全身で受け止めていた。
「なんでもする。やってやる」
 腕の中。
「アリス、たのむ。ちくしょうめ。私の名前を、呼んでくれ――アリス!」
「魔理沙」
 アリスの腕が魔理沙をきつく抱きしめた。
「大好き」
 まるで、犬だった。


********************




 ああ、そうだ。

 霊夢の命に価値はないとにとりは言ってたけど、ありゃ嘘だ。
 価値がないのは私の命だよ。
 そうでもないわよ? 私がいるもの。
 ありがとう。……考えてみりゃ単純な話だよ。
 モノの価値なんてのは、解るやつにしか解らない――解らないなら、無いも同じってな。香霖あたりがよく言ってそうなことだ。
 しかし、なんで米なんだろうな?
 こめぇwww
 なんだそれ。
 なんでもない。けど、理由はあると思うわよ。私たちにも解らない、いいえ、きっと、犯人にも。霊夢でさえ解っているか、どうか。そんな理由が。
 めんどくせえ……。
 あんまり深く考えること、ないんじゃない?
 私はそのままの魔理沙でも、好きよ。
 
 よく言うぜ。
 



********************


 そんな無駄話を、二人はベットの中で交わしていた。
 ピロートークである。
 ピロートーク。
 (笑)。
 アリスの冷え切った身体は湯だった魔理沙に心地よく、二人は久しぶりに時を忘れた。
 やがて空腹を感じ、一枚の毛布に二人で包まって暖炉の前に移る。数日空けていただけなのに、自分の家ではない気さえした。ここ最近は博麗神社で寝起きしていたので、ろくな食料もない。
「炭、取りに行かないと」
 毛布から白い肩を覗かせて魔理沙が気だるげに言った。パチパチと爆ぜる暖炉は既に下火。アリスが、やはり白い腕を絡ませ肩にしなだれかかる。
「上海に頼むわよ」
「そうだな」
 先ほどまで散々乳繰り合っていたというのに、改めてその指に触れられるだけで魔理沙の身体はぞくぞくと震えた。まるで羽毛で撫でられているかのようだった。
 上海は器用に動き回り、食事の用意から風呂の支度までを済ませた。両手を炭で汚した上海が、風呂が沸いたのでさっさと入って来いと急かす。二人はどちらともなく立ち上がり、理由もなく共に入浴した。それは長年連れ添った人間のあいだでまま見られる現象であり、両者は機械体操のように自然な所作で湯を浴びた。
 きのこスープと卵粥の食事を終えるとすっかり日は落ちていた。質素だったが、満ち足りたものだった。
 アリスがドライヤーで髪を乾かす。丁寧に魔理沙がそれを梳いた。
 静かな夜。久しぶりに、二人きり。
 時計の音だけが聞こえた。
 魔理沙が首筋に触れる。
「魔理沙」
 アリスが声をかける。ブラシを受け取り、今度はアリスが魔理沙の髪を梳いた。
 指先が魔理沙の髪の毛の間をすり抜ける。
 頭皮に触れ、それだけでびくんと魔理沙が震えた。それがおかしくて、アリスは魔理沙の腋に手を突っ込んだ。
「ちょっ……なにすんだぜ?」
「まだ、指先が冷たいのよ。温めてくれる?」
「んー…………」
 困ったような顔で、魔理沙はアリスの手を受け入れた。最初は服の上からだったのに、気がついたら服の内側に手が入り込んでいた。
 魔理沙の肌をアリスの指が撫ぜる。温かかった。その手が腹を滑る。成長期半ばの魔理沙の腹部には、これから伸びるための栄養が蓄えられていて柔らかかった。その肉をこれ見よがしにアリスはつまんだ。魔理沙は顔を真っ赤にしてうつむくが、すぐにきりっと顔を上げてなんでもない風を装った。
 そうなれば根競べだ。
 わき腹をつまむ。へその下に僅かに盛り上がった脂肪をむにゅっと掴む。肋骨と腹腔の間をなぞる。
「ふふっ、温かい」
「そうかい」
 耳元でアリスがささやいた。魔理沙は顔を赤くしているのを悟られまいと素っ気無く返事をしたが、バレバレだった。こういう時こそ「ファッキンビッチめ!」ってセリフを吐くべきなんじゃねえの? と俺は思った。
 アリスの手が上に行こうか、下に行こうか逡巡した。
 魔理沙の身体は再び熱を持っていた。しかし今度は、単色のシンプルな熱。
 ならばどっちに行ってもいい気がしたが、アリスはいっそ魔理沙が崩れるまで攻めてやろうと手を胸に持って行った。小ぶりのカップを下から包んでゆく。その動作をしばらく続け、隙ができたところで先端を思い切り弾いた。
「――ひゃっ!?」
 魔理沙が飛び上がる。もはや隠しようもないほど敏感になった身体には、逃れる場所はなかった。イスから立ち上がろうとしたが肩にはアリスの顎が乗っかっていた。押さえつけられる。アリスの髪の毛の匂いが漂う。それがまた魔理沙の自制心と羞恥心を麻痺させた。
 ずるずるとイスに戻される。尻が滑ってスカートの裾がめくれ上がる。その動きにあわせて、アリスの手が上半身も脱がせるように引っかかって、既に魔理沙は半裸になっていた。
「あ……アリス、少し休憩させて……!」
「ん? よく聞こえないんだけど」
 呼吸をするだけでも、身体の内側からさえ痺れるような快感がせり上がり、上手く喋れない。休ませてくれと言ったつもりだったが、舌ったらずな発音になっt めんどくせえなこれ。
なんだかんだ、えろいことしたおかげで二人は魔力を回復しましたとさ。


 その晩。抱き合って眠っていた二人は、不意な信号に起こされた。
「殺気……」
「あ、本当だ」
 同時に同じ方向を向く。。
 爆発的な妖力波が観測できた。それは二人の脳を直撃し、一瞬で思考の一部に乗り込んだ。
「魔理沙、これって」
「この感じ……萃香か」
 太眉を顔に作り魔理沙が呟く。萃香の疎密を操る能力が、妖怪の山方向に一定以上の能力を持った人妖を集結させようとレッドコードを発していた。正体不明の焦燥感に身を焦がす。わけもなく汗がでた。
「今晩くらいはゆっくりできると思ったんだけどな」
「まあ、しょうがない。やれるか、アリス」
「大丈夫よ」
 既に魔理沙は下着を穿き替えて帽子を取っていた。アリスも上海に息を吹き込んでいる。
 ふと、魔理沙の脳裏を作製中の新型爆薬のことがよぎった。
「………………」
「どうしたの、早く行きましょう」
 アリスが必要以上に急いでいた。萃香の能力の影響だ。意識的に無視することもできるが、その衝動は副交感神経を支配している。鬼の力は侮れない。素直に従った方がよかった。
 数瞬だけ魔理沙が迷う。まだテストも済んでいないのだ。今不用意に持ち出したら自分の指が吹っ飛ぶだけではすまないかもしれない。既存の、魔理沙が扱う魔法の数倍に比する威力はこの事態に打ってつけだったが……どうせならば、あれはこんな血なまぐさい殺し合いよりも、もっと誰かを純粋に驚かせたり、楽しませたり……そういう弾幕勝負に使いたかった。
「なんでもない。さ、乗って」
 二人を乗せた箒は力を蓄え、一気に加速した。風圧を魔法で遮る。一直線に、二人は妖怪の山中腹を目指して飛んだ。


********************

[阿求と戦闘開始]


「……九代目、動きましたよ」
「見せて」
 車長専用の液晶ディスプレイを覗き込む。見慣れない阿求には、なにがどうなっているのか解らなかった。黄色、黒、緑で描かれたノイズの多い画像。辛うじて山肌が見える程度の視界。望遠レンズで十倍に拡大すると、ようやく何か、風に逆らって動く物体が確認できた。
「これ萃香?」
「そうです」
 ノイズに紛れてた映像を、通信士が指差しで教えた。雪が積もっているので比較的サーマルコントラストが大きいから確認しやすい方だ。
「各分隊に連絡済んでるね? くれぐれも、萃香を狙うことはしないように。私達の敵は、萃香の敵です」
 車内の砲手、操縦士、装填手兼通信士が嘆息した。妖怪を味方と思え、なんて無理な注文だ。
 タッチペンで画面を操作する。タクティカルマップを展開。阿求は分隊員に持たせた識別装置兼発信装置で各員の動きを見つめた。山の斜面で足場が悪いにも関らず、萃香に気づかれない遠回りのルートを遅れず付いて行っていた。
「九代目、観測班からです。空になにか居るそうです……映像出します」
 再び通信士が入電を告げる。屋外で観測しているグループが、萃香の敵――つまりはこの異変の元凶――が空から舞い戻ってきた姿を捉えたらしい。再び画面を切り替える。その映像に、阿求は首を捻った。
「……なにこいつ?」
「さあ。妖怪なら九代目が詳しいんじゃないんですか」
「見えないんだってば」
「ちょっと待ってください」
 通信士が電話機をとる。
「おい、あっきゅんが映像見ても解んねーって言ってるぞ。輝度上げろ……そっちで夜景モードでもなんでもフィルタリングしろよ」
「あっきゅんって言うなよ」
「あ、すません。えー……っと、あ受信しました」
 再び阿求が画面を覗き込む。今度は多少はっきり見えた。
「こいつか……こいつが?」
 阿求が忌々しげに呟く。既に、その異変の元凶は肉眼でも輪郭が見える距離にまで近付いてきていた。
 萃香が跳躍の体勢に入った。すると、やはりこいつだ。
「こんな、妖精が異変の元凶だってーの……?」
 状況からはそう判断する以外はないようだった。
 妖精のはるか上空にも、浮遊物体。にとりと衣玖だな、と阿求は思い出した。
 萃香が飛び上がる。空を舞う。速度が上がる。角を向けていた。
「戦闘開始! 戦闘開始! 各員弾幕に注意!」
 阿求が指示を飛ばした。
 性急な、萃香の攻撃が始まった。


********************

[萃香と鬼の住む場所]


 先ほどまで口をつけていた酒樽を放り出して、リボンを角に結びつける。萃香はよろめきながら立ち上がった。
 ずっと、空を見ていた。
 冬の空は高く、美しく、透き通っていた。無数の星々が輝き、萃香の内に巣食う熱を吸い取るように冷やしていく。そんな時間が三十七時間続いた。ともすれば凍死しかねない極寒の山中。萃香は酒と怒りの炎でそれをやり過ごした。
 星空はいい気休めになった。見ているだけで、満足できた。その間だけは霊夢のことを忘れられた。
 霊夢はきっと、星を眺めている時の自分のように何も考えることなく、ただ美しい星に同化して満ち足りていることだろう。死が無であることを知る者にとっては、それは天国よりも地獄よりもずっとずっと尊い慰めだった。
 しかし萃香はまだ生きている。
 これからも生き続ける。
 ならばやらなければならない事がある。
 どんな手段を使っても、霊夢の命を奪ったアメヤという男を殺す。
 霊夢のことも、異変のことも、何もかも遠くに吹っ飛ばして……
 すべてを星空にしてやろう。いつしかそんな思いを萃香は抱いていた。

 それが遠回りな自殺願望であると指摘する者は、不幸にも居なかった。萃香はこの異変の中心に、自身の能力をフルに使って幻想郷中の猛者を投入することになる。
 まさに妖怪大進撃。
 それは霊夢を失い自棄に陥った一人の鬼が、ついに幻想郷を破滅に追いやる決定的な悪手を打つということだった。

「待ってたぞぉおオオオオオオオオおおおおお!」
 空に禍々しい気が満ちて、萃香はついに異変の元凶が現れたことを悟り、飛んだ。
 満面の笑みを浮かべて空を切る。ぐんぐん加速し、角を前に出して真っ黒な気の塊に突っ込んだ。
 鈍い感触。ずれる衝突点。
 萃香はそこで、ようやく自分の角を両手で掴み止めた相手が妖精であることに気づいた。萃香はそこに、無を感じていた。禍々しさの正体はそれだ。萃香は擬似的なブラックホールを自作できる。ブラックホールそのものは月など及びもつかないほど恐れ多く、萃香自身観測できたものではないが、重力が崩壊を起こしたという一面の現象は理解し、再現できた。それは質量。正の符号。今目の前にあるのは生でも負でもない、ゼロだった。あらゆる存在を既定するかのごとく、この宇宙の根底を成す前提。それは百数十億年も昔に起きた原始膨張以来上書きに上書きを重ねられいくら数学的に展開しても見つけることの敵わなかった原理。萃香はそこまで考えて、でも知ったことかと振り切った。文字通り頭を振る。角から手が離れる。
 壮絶な笑みを浮かべて萃香が恐怖をアルコールで洗い流した。妖精はそれを不思議そうに眺めていた。
「一応確認しとくけど、アメヤってんでしょ、あんた」
「ああ。そうだけど」
 妖精は鷹揚と応えた。萃香はなんだか笑いたくなった。
「霊夢殺したよな?」
「ああ。殺した」
「そっか。なにか、言い遺すことはある?」
「今日はよく喧嘩を吹っかけられる日だよ」
 ますます、笑いたくなった。からからと笑いたかった。それで終わりにしたかった。けどそうは行かない。

 殺す。
 絶対殺す。

 萃香は自分の心が穴あきチーズのようになっていることに気づいた。幻想郷に長く居過ぎた。心が、残酷な現実よりも嘘と不誠実と無秩序と中途半端の幻想を強く求めている。後者に堕ちて行ったらオシマイだ。だから……殺さなければならない。
「悪いけど……いや、悪くなんかないか。死んでもらうよ。っていうか殺す」
「おっかないね。一応聞いておくけど、使うスペルカードは何まい――」
 萃香は自分のことだけを話して、それ以上相手の口が動くのを待たなかった。
 突進。妖精が構える。萃香が拳を握る。
 唸り声を上げる。右ストレートを引き絞る。
 至近距離。繰り出す瞬間萃香が消えた。
 背後。霞となり正面から背後に移った萃香が殴りつける。
 加速。拳の表面加熱。空気が押され、圧縮。突破。衝撃波と共に萃香の小さな拳が妖精の脇腹に。
 ドン、と遅れて音がする。周囲の冷たい空気との差で雲ができる。脇腹にめり込むはずだった拳は無の前に空振っていた。
 渾身の一撃がかわされた。この間合いで当たらなかった。
「弾幕勝負っていうのは――」
 妖精が口を開きかける。そこに萃香の拳、やはり乱打。デタラメに放った一発がかする。空間攻撃。ダンボールを叩くような水気のない音。萃香は不審を感じていったん離れた。
 周囲を覆っていた霧が晴れる。萃香が二間の間合いを取って実体化した。
 鬼の拳は隕鉄のように硬く、その威力は山を穿ち湖を作る。降り注げば地形が変わり、人間相手であれば跡形もなくなるはずだ。だが。
「――避けられるスキマを作るのがルールなんじゃないのかい」
 妖精の薄緑色をした服には皺一つついていなかった。それを見ても萃香は眉一つ動かさなかった。
「弾幕勝負がしたいのか? ダメダメ。あんたは霊夢を殺したんだから」
「ダメなのか。なぜだい」
 どこで聞き知ったのか、妖精はそんなことを言い出した。
 二人はしばし空中で見つめあい、結局殺しあうしかないことを確認した。
「博麗の巫女を殺そうとも、スペルカードルール自体は存続するんだろう? ならばその英知に則って決着をつければいいのではないのか」
「理屈の上ではそうなるよ。けどね、霊夢は私のダチで同じ釜の飯を食ってきてるんだ。それを殺した相手をスペカで叩きのめして満足しろなんて……ねえ? 無理でしょ」
「そこを曲げて楽しむのがスペルカードルールじゃないのか? 君達が誇りにしている"精神的に進歩した"思想では」
「誰の入れ知恵か知らないけど……そんな建前を本気にする不感症野郎がいるなら、お目にかかりたいもんだよ」
 この入れ知恵というのは他ならない比那名居 天子にもたらされたものだ。妖精は――アメヤは幻想郷を歩き回り、多くの人妖に話を聞いてこの幻想郷の思想、風俗、文化を学んでいた。弾幕勝負もその一つだ。
「スペルカードルールなんて、忘れろ! だいたい、霊夢とも弾幕勝負をしたのかい!? してないだろう! 私は本気で殺しにかかるよ。あんたも本気で来な!」
 萃香が休憩を挟み、再び妖精に殺到した。接近戦の構え。
「仕方ないね」
 妖精は嘆息して迎え撃った。
 萃香は一息で間合いを詰める。妖精はというとすっとぼけた顔のまま、なにを考えているのか解らない。だが接近戦となれば無傷では済まないだろう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
 一秒間に十を数える拳が突き出される。妖精が両腕で正面をガードした。その両腕に、肩に、顔面に。上半身のすべてに萃香は狙いを定め打ち込んだ。運動量だけで周囲の空気が熱を持つような凄まじい連打。
 多聞にして萃香はこのアメヤという妖精の性質を知っていた。情報を萃めることすら彼女には可能だったからだ。
「オラァ!」
 再び拳が音速を超える。衝撃波を伴って妖精のか細い腕にぶつかった。普通ならば骨どころか肉も皮もまとめて吹き飛ぶはずなのに、あたかも分子一つを挟んで次元の違いがあるかのように相手の皮膚に届かない。数千年後の人類はこの作用を解析し時空切断スクリーンなる空間装甲の一種を作り上げる。萃香の馬鹿力だけでは破りようもなかった。

 ここまでなら紅 美鈴や永江 衣玖と同じ。萃香はそこから学び、それ以上の策を用意していた。

 再び萃香の連打が始まる。息もつかせぬせわしない萃香の拳はいつしか鎖を巻き込んで萃香の皮膚に食い込んだ。分銅が妖精と萃香の拳の間に飛び込み、砕け舞う。破片が当たり血が滲み、ついにぽたぽたと拳を振るうたびに血が飛ぶ。それでも萃香は連打をやめない。血が飛ぶ。服に付着する。そこまでの成り行きは極自然で、もとより呪術に明るくない妖精には意図を察知できなかった。
 とぐろを巻く。妖精と幻想郷の界面に、確実に付着した血液はじわじわと印を結び始め、いつしか一つの陣を成していた。
「っしゃあ!」
 三度、大きく振りかぶられた拳が音速を超えた。細腕と細腕が交錯。衝撃波をまとった拳が腕に垂直にぶつかる。
 めきっと音がしてぼりっと折れた。一瞬、ほとんど直角に妖精の腕が折れ曲がった。骨折の瞬間である。
「!」
 これには妖精も驚いた。第二撃が襲う。今度は反対側の肩口、ゴリっと音がして腕が外れた。一瞬、ほとんど腕が一本分ずれて後退した。脱臼の瞬間である。
 隙を作らずに萃香は弾幕を張った。スリーステップ。身体全体をぶつけるように全身全霊を打ち込む。
 弾丸が一点に集中する。照明弾でも打ち上げたかのような眩い光が一瞬周囲を照らし、そして消えた。
 エネルギーの塊である弾幕はそれ自体が燃焼する炸薬などとは違って、視界を遮る煙を出すことはない。だが妖精のいた辺りには黒煙が満ちていた。エネルギーが熱に変わり、周囲の大気を焦がしたのだ。
「やったか!?」
 風が吹く。煙が晴れる。予想に反して妖精の服はまだきれいなままだった。左腕が変な方向を向き、右肩もぶらぶらしているが――いや、一点。スカートの端が焦げていた。
「ボム」
「あえ?」
「ボム使ったから。スペルカード取得は断念しなくちゃいけないのかな?」
「………………」
 萃香は思わず絶句した。
 目の前の妖精は……なんということだろう。不十分な体勢からとはいえ、萃香が全力で撃った弾幕の嵐をボムで消し去っていた。――妖精が、ボムって! 萃香が血で結んだ印は、相手を博麗大結界の内側に引き寄せる呪符の紋様だった。これは別位相に浮ついていた妖精を幻想郷に固定し、物理的作用を共有する効果を生み出す。拳が妖精の身体に力積を伝えるようになったのはこのためだ。しかし、物理的作用だけではなく――弾幕的作用すら、共有するようになっていた。
 わなわなと萃香の双肩が震え始める。拳が再び握られた。
 このままじゃ、勝てない。
 今いくらかダメージを与えた。しかしそれも、残機を一個増やされたら帳消しになる。
 こんな相手に、勝てるはずがない。
 負けず嫌いな鬼はそれを認めた。
 鬼ですら……この連続殺人犯を止めることができなかった。
 幻想郷の危機である。
 しかし萃香にはまだまだ使っていない能力があった。
 そしてついに萃香は、そのなかから最後のカードを切った。 


********************

[萃香と妖怪大進撃]


 にとりと衣玖は谷からその戦闘の様子を見ていた。
 例によって妖精は殴られっぱなしで、一向に反撃らしい反撃をしない。にとりは疑問に思ったが、衣玖はどこか納得していた。一度殴りあったものにはその態度が実に恐ろしく思えるらしい。相手の手の内を一枚暴くためにこちらのカードを三つは切らなければならない。効率的にこちらの戦意を削ぐ方法を心得ている、と衣玖は分析した。
 それだけに、萃香がかつてないダメージを与えたことには二人は驚いた。だが、両者の間に流れる空気は衣玖の読むところ、芳しくない。萃香が劣勢。そして、それが濃厚になったとき……今までにない緊張感が、幻想郷中を走った。
「なに!?」
 にとりが冷えた身体を温めていた毛布から抜け出し、戦況を直に目で見た。もはやにとりはそこへは行けない。アカントステガがなければ、この気温では持たないのだ。水中に引きずり込みでもすれば話は別だが、今ある装備では戦えない。
「これは……ここに、集まってきますよ」
「は? え?」
 衣玖が素早く大気中から情報を読み取った。それが可能なほど、この幻想郷の大気には情報が満ちていた。
「にとりさん。お茶ごちそうさまでした。私も行ってきます」
 そう言って衣玖が立ち上がった。
「一体なにがはじまるんです?」
「第三次大戦だ」
「……まさか」
 伊吹 萃香が起こした異変を思い出した。恐るべきメンツが一堂に会したあの宴会。あの盛り上がりが、酒宴でなく殺し合いとして起こるとしたら?
 余波だけで妖怪の山が消えてなくなっても不思議ではない。
 危惧するにとりを差し置いて、衣玖は空に躍り出た。
 仲間はすぐに見つかった。

 西からは半霊をまとわりつかせた二刀流の剣士。
 南西からは目立つウサ耳を揺らす狂気の射手。その背後には火鳥が見えた。
 人間の姿もある。紅魔館のメイド長。屋敷を飛び出した吸血鬼の妹の方を追ってきたのだろう。白黒と七色のコンビも姿を見せた。
 東に色濃いオーラを感じる。地底の連中。姿が見えるのは核力を背負った一人だが、その強烈な存在感に隠れてもう一人潜んでいることを衣玖は察知した。
 いずれもが、妖怪の山に集っていた。

 いち早くイニシアチブを取らないとこの集団の足並みは乱れ、同士討ちに発展する。そう判断した衣玖は率先して戦場に割り込んだ。弾幕勝負をやる時にするように、皆一歩引いた位置にいる。
「なにか作戦があるんですか? このメンツには」
「ないよ。ただ、火力をありったけぶつけることを考えた」
 萃香が応えた。両者の間に、前置きなど必要なかった。衣玖はいよいよ困った、と頭を抱える。
「みんな、聞いてくれ!」
 萃香が声を張り上げた。

「そこな妖精は!
 さる博麗の巫女殺害の犯人である!
 諸君の中には!
 彼に身内を殺されたものもあろう!
 この者はさらにその殺戮を広げようとしている!
 妖怪!
 幽霊!
 人間!
 天人!
 宇宙人!
 すべてに共通の危機である!
 この上は、一片の慈悲なく……マジェ全力で、こいつ殺さないとヤバイ!」

 騒然とした。皆が武器を構えるのが解った。博麗の巫女が殺されたという事実を、ここで初めて知る者もいたのだが、彼らはその中でも殺さねばならない相手をしっかり把握していた。
 にわかに殺気づいた空気に衣玖が焦りを募らせる。萃香は続けた。
「先ほど私は! 命がけでこの妖怪とぶつかり合った! 勝てる、つもりだった! 一人じゃ、無理だった! 力を貸して欲しい! どうか、手を抜くな! 殺しにかかれ!」 
 何人かが、声を合わせて萃香に同調した。
「殺せ!」
 妖夢が刀を抜いた。「殺せ!」優曇華が銃を構えた。「殺せ!」各々のエモノを取り出す。「殺せ!」
 その中にあっても、衣玖は冷静に萃香に告げた。衣玖だけが冷静だった。
「危険です」
「あんたも、あれとやりあったんでしょ」
「え? ええ」
「なら、解ってるはずだ。手加減も遠慮もいらない。むしろそれが命取りになる」
「そうは言っても、このメンツが大暴れしたら山が一つなくなりますよ」
 ただでさえ博麗大結界が不安定なのである。この上妖怪が力を振るえば結界に深刻なダメージが残ることは避けられない。山どころではない、幻想郷が消えてなくなる。
「ですから、力ずくではなく、この戦力を盾にして再度交渉を――」
「敗北主義者め」

 萃香が小さく呟いた。
 瞬間、衣玖の胸の辺りになにか熱いものがこみ上げた。
 それを意識した時にはもう……衣玖は粉みじんになって大気中に散布されていた。
 爆発。
 永江爆発。
 周辺に集まっていた人妖にはなにが起きたか解らない。
 先ほどまで衣玖だった肉の欠片や血が霧のように周囲に漂う。
「――全員でかかれ! 殺されるぞ!」
 萃香が叫んだ。
 血の匂いがする。ひどくリアルな匂い。それが、非現実的な衣玖の末路を肯定していた。
 それは人妖問わず恐慌を呼び起こすに十分だった。
「うわぁああああああああああああああああああああっ!!!」
 叫んだのは霊烏路 空だった。
 ヒステリックな叫びが精神の均衡を狂わせる。
 いよいよもって、狂気は臨界点を超えようとしていた。
 空の右腕に装着された制御棒の先端が開き、砲身のように加熱する。恐れ一色に染まった瞳が妖精を捉えた。妖精は――妖精の姿をしたそいつは空を見た。眼が合った。それが引き金になった。
 ずん、と質量を持ったエネルギーの塊が放たれる。魔理沙のマスタースパークをはるかに上回る、大雑把な一撃。視界一面に広がる巨大な壁のように、それは妖精に正面からぶつかった。
 射線が伸びる。優曇華の放った一連の小口径弾が連なり、夜空にアーチを描いた。側面から。
 反対側からソリッドな弾丸が迫る。十六夜 咲夜のナイフが音速を超えて、小柄な妖精の主要な血管目指して風を切った。
 攻撃が交差する。三軸からの同時攻撃。空の大技が爆ぜ、ビリビリと冬の大気を震わせる大爆発と化した。行き場のなくなったエネルギーが熱と光に変わり、膨張した気体が吹き出す。
 肌を撫ぜる熱い爆風を魔理沙は受けていた。目を凝らす。魔理沙は、まだだ、と思った。閉じていた右目を開ける。夜目が効いた。
「私の出番、なさそうだな」
 少し離れたところに浮かんでいた藤原 妹紅が笑いながらそう言った。よっ、と魔理沙に気づいて、彼女は挨拶してきた。のんきなものである。最大攻撃を放っておきながら、この場のほとんどの人妖は十分に事情を把握していないのだ。
「油断すんなよ。あいつはこんなんじゃ死なない。探せ!」
 魔理沙の声に従って全員が妖精の姿を探す。妹紅は「どうせ木っ端微塵になったろう」と頭をかきながら周囲を見渡した。
 その彼女の背後で、ささやく声がした。
「今のって、弾幕勝負的にはどうなの?」
 振り向くと、妖怪兎が居た。どこから紛れ込んだのか、興味本位で優曇華のあとでもつけてきたのか。妹紅は、ともあれ応えた。
「ナシだろう。誰も、スペルカードの宣言してないし。もし私があんなことをされたら、ただじゃおかないね。一度死んだあと、相手と、相手のチーム全員に落とし前を付けさせるさ」
「なるほど。ルール違反のペナルティというわけだね」
「そういうこと。ほら、あんたも探してよ。死体の一部でも見つければ、紅魔館が賞金を出すかもよ」
 妹紅は自分でそう言って、なるほど、そういうのもあるかもしれないと思った。ならばちょっと気合を入れて探すのもいいかもしれない。
 再び宙に目を移し、はて、と妹紅は思った。こんなところに妖怪兎?
 あまりにも場違いだった。なぜ、自分はその存在に違和感を覚えなかったのだ? 他の連中もそうだ。
 そして妖怪兎を検めようと、妹紅は振り返ろうとした。
 出来なかった。
「ペナルティ。いただくよ」
 妖怪兎の腕が、背中から彼女の胸を突き破っていたからだ。
「…………おぶっ」
「妖精なものでね、スペルカードは持ち合わせていないから、宣言はしないよ」
「妹紅ェ!」
 誰かが叫んだ。ようやく気づいたらしい。それもそうだろう。妹紅だって、妖怪兎にこうやって胸をぶち抜かれるまでその異様な気配に気づけなかったのだから。
 彼女にはもう見えていないことだが、そこに居たのは妖怪兎ではなかった。湖に住む、主の……先ほどの攻撃の中心に居た、妖精だった。
 妹紅は力尽きる寸前、自分の胸から生える細腕を掴み、思い切り捻ってやった。関節を逆に。貫かれた自分自身の胴を支点に腕をへし折った。次いで炎が巻き起こる。ぼっ、とかすかな音がして灯った命の火は、瞬く間に燃え広がり一秒後にはごうごうと逆巻き音を立てる巨大な火の柱となる。妹紅自身と背後の妖精が火炎に包まれた。
 魔理沙は八卦炉を構え、妹紅を撃とうとした。燃え盛る炎の中で沸騰し濁る妹紅の瞳は、魔理沙に容赦のない追撃を要請していた。しかし彼女には撃てなかった。かつて藍を撃った時の痛みが蘇る。それが最後まで、魔理沙に仲間を撃たせなかった。薄っぺらな感傷に魔理沙が捕らわれている隙に萃香が撃った。優曇華の弾丸も届いた。再び、空が大技を放つ。
「ばかやろう! これじゃ同じだろうが!」
 我に返った魔理沙が怒鳴ったが、遅かった。巨大な爆発が起き、妹紅もろとも大気をかき混ぜた。
 再び煙が満ちる。光で視界が悪くなる。夜なのでなおさらに。
 踊り狂う煙から逃れるには地面に降りるのが一番だった。魔理沙たちはお互いから十分に距離を取って山腹に降りる。妹紅のものらしきリボンが、焦げてひらひらと舞っていた。
「魔理沙、背中をお願い」
 アリスがそう言って魔理沙とツーマンセルを組んだ。周囲を警戒。優曇華と妖夢が同じように互いの弱点をカバーし合いながら飛んでいた。フランドールは不敵にも居所を変えていない。それに咲夜が付き従っていた。萃香は忙しなく飛び回っている。
 ひとり……地に降り、動かないものが居た。空だ。先ほどまで半狂乱だった反動で、今は何もかも嫌になって自閉しているように見えた。
 魔理沙とアリスはうずくまる空に近付いた。
「アリス、こいつは空だよな」
「ええ。私にもそう見えるわ」
「うっ……えぇぇええ……うぅーもおいやあ……」
 泣きじゃくっていた。二人は顔を見合わせる。
 地獄の底で生きていながら、こんなメンタリティでよくやってこれたものだ。しかし彼女は根本的に殺し合いの存在しない、平和な死の世界で生きている。死体ならば空は見飽きている。いま目撃したよりひどい死に方をした死体もたくさんあった。しかし、生が終わる瞬間……死そのものを身近に扱ったことはなかった。そのショックとストレスに、遅ればせながら彼女は打ちのめされていた。
 狂乱の次に心を襲うのは脱力と逃避だ。たぶんもう少ししたらまた躁鬱の躁の部分が出てくるだろうが――
「ほら、空! 泣くなら家で泣け。……もう帰んな」
 魔理沙がそう言ったとき、頭上で再び爆発が起きた。
「ひっ」
 僅かに悲鳴を発し、空が体育座りでうずくまって殻にこもる。もうなにも聞きたくない。そんな態度だった。
 上空ではフランと妖精が壮絶な格闘戦を演じていた。両腕をへし折られながら、妖精はなかなか頑張っていた。ナイフが飛び交い、弾丸が肉を削る。妖精の蹴りがフランの顎に入った。フランはコマのようにくるくる回って、空のすぐそばの地面に激突した。
「おい、大丈夫かフラン?」
「……ってえーっ……!」
 すぐに、キッと頭上を見据える。手のひらを広げた。咲夜が察知して、手振りで妖夢に合図する。接近戦型の二人が距離をとる。遠巻きに妖精の移動を制限していた優曇華がフルオート射撃。一瞬妖精が動きを止める。
「砕けろ!」
 思い切り、フランが手のひらを握った。
 ギュンと魂が濃縮されたような音がする。固唾を呑む周囲の視線。ギギリとなにかが捕まった。潰す。
 すると爆ぜた。
 フランの手が。
「――――!?」
 驚愕に目を瞠り、フランが絶叫した。痛みのあまり口から泡を吹き、絶叫は止んだ。
 右腕、肘から先が肉も骨も一緒くたに飛び散っていた。
「くそっ」
 絶え間なく転変する戦闘状況の中で、魔理沙は今の現象を理解するより先に動いた。フランは痛みで気絶していた。アリスが、空に言った。
「このままじゃ彼女、死ぬわ」
「……えっ」
「あなたが止血して」
 それだけ言い残してアリスもまた魔理沙のあとを追って、殺戮の空中に戻った。
 あとに残された空は、しばらく躊躇したあと自身のマントを裂いて止血帯にしようとした。
 魔理沙が加わったことで戦況にはまた変化が起こった。星の河が押し寄せ、戦場を西――守矢神社方向へと押し流したのだ。空からは見えないほど遠くに、戦闘の場は移っていった。
 吸血鬼にとってはこの程度の負傷はなんてことのないものだ。レミリアならば意にも介さなかったろう。だがフランは自身の能力が跳ね返ってきたこと、それで腕が吹き飛んだことですっかり肝を潰し、あまつさえ痛みそのものに負けて気を失っていた。放っておけば死ぬ危険があった。
「えと……えっと……あれ、あれれ……!?」
 そのことが解っているがために、空はまたプレッシャーに飲まれていた。流れる血液。青ざめてゆくフランの顔。すべてが生々しく、空を責めた。焦る。焦る。ただでさえ慣れていない作業。そこに焦りが加わって、空はパニックに陥りかけた。
「うっ……くっ……」
 涙が溢れる。恐ろしかった。自分のせいで誰かが死ぬのがたまらなく恐ろしかった。しかも相手は自分の腕の中で息絶えようとしている。二進も三進も行かない。行かなかった。
 その時だった。
 がさりと音がして、雪を被った茂みが動いた。
「……だ……れ?」
 空が問う。相手が誰であろうと、それ自体には恐怖を感じなかった。彼女の恐怖を感じる心は腕の中で死にかけている、一人の少女にだけ向けられていた。
 現れたのは、ライフルを担いだ人間だった。無言のまま空に近付き、しゃがみこんで包帯を取り出した。手際よくフランに止血処置を施す。
「腕を高いところに上げて」
 空が言われるままに従う。人間はフランの口に指を突っ込み、泡を吹いている口腔内を確かめた。吐瀉物が詰まっている様子はなく、呼吸にも支障はない。
「病院へ。場所解るか」
 空は頷いた。
 それを確かめると、人間は来た時と同じように去って行った。ものの一分も掛からなかった。再び静寂が訪れる。
 空はよろよろと立ち上がると、フランを抱いて飛び立った。

 空から眺める限り、人間の姿はどこにも見つからなかった。


********************

[妖夢と根性勝負]


 突如として押し寄せた星の大河は敵も味方も巻き込んで戦闘の続行を不可能にした。
 魔理沙のブレイジングスター。二千万トンもの星屑が蛇行し、渦巻き、すべてを運んで行ったのだ。激流はすぐに収まった。流星群は瞬く間に燃え尽き、妖精を含む萃香、咲夜、優曇華、妖夢、そして魔理沙とアリスを守矢神社に残して消えた。甘ったるい香りだけが漂う。
「っぷはあっ」
 キラ星の中から優曇華の耳が生えていた。それを引っこ抜く。各々体勢を立て直す。妖精は上手に避けたらしい、悠然と空中で当たった星の数を数えていた。
「……七個、当たったよ。難しいね、避ける隙間はあったんだけど」
「ああそうかい。それじゃさっさと満身創痍になってくれよ」
 砂利のように敷き詰められた星屑の上で、魔理沙が頭上に吼える。
「いや。痛かっただけだから。まだ体力残ってるから」
「知らんがな、弾幕なら他を当たれよ」
「残念だな。誰も相手をしてくれない……」
 実に魔理沙は、十日ぶりに妖精と話していた。壮絶な邂逅の記憶が蘇る。
「もう遅いんだよ。おまえは既にやっちゃいけない最大の禁忌を犯してるんだから……」
「あの巫女さんか」
 そういうと、妖精は手のひらを開いた。そこにはいくつかの米粒が握られていた。
「君との賭け。そのためにとっておいた」
「そうか、じゃあ――落とさねえよう、しっかり持っとけ!」
 言うが早いか魔理沙は箒に掴まり、引っ張られるように慣性をつけて自分の身体を放り投げた。
 接近戦!
 一足で懐に飛び込み有無を言わさず袖を取る。
 右膝を突き出す。空中に静止している相手の重心、へその辺りを狙って蹴った。ヒットと同時に左腕を引く。僅かに身体が反れ、頭の位置がずれる。すかさず左手を伸ばし目潰し。
 ちっ、と魔理沙の爪にかすった妖精の皮膚が残る。目潰しは失敗、だがこれは陽動。掴んだ左腕を軸に、相手の背後に回りこむ。左腕がねじれ――背中をとる。巧妙に相手の軸を撹乱し、動きを鈍らせたからこそ取れた体勢。そのままホールドに持ち込んでフィニッシュを狙う。
 しかし、その狙いはあまりにも見え透いていた。
 不意に妖精の身体が沈み込む。いつの間にか、妖精に本来の体重が戻っていた――落下。重力方向にGがかかる。二次元上でしか格闘経験を積んでいない魔理沙にはとっては予想外の動き。焦り、
 たまらず魔理沙は空中で"すっ転んだ"。
 妖精が上位のポジションを確保しようとする。魔理沙が逃れようと浮力を増す。重力と慣性を頼って引っ張る。
 ぐるり、ぐるり。
 もみ合いの結果、両者の力が空中でつり合い、回転モーメントとなって車輪のように回り始めた。
 実に、魔理沙が飛び立ってから五秒弱の攻防。
 周囲を固めていた誰も、手の出しようのないハイスピードの掴みあい。
 バランスを先に崩したほうがツケを払わされる。魔理沙に出来ることは、ただただ強く手を握り締めるだけだった。

 それを離れた場所から見ていた咲夜が呟く。
「タイムショックってクイズ番組があってね」
「たいむしょっく?」
 応えのたのは妖夢だ。
「クイズで間違えると、罰ゲームで回されるのよ。丁度、あんなふうに。トルネードスピンと言ってね」
「そうですか。八雲さんのところの式とか、そういうの得意そうですね」
「どっちが? クイズ? 回るほう?」
「どっちも」
 暇そうにしているが、本当にやる事がないのだ。あの速度では妖夢は切り込めないし、優曇華も援護射撃が不可能。萃香は燃料補給の最中だった。そして、咲夜に至ってはこの戦闘でほとんど役に立っていない。月の民ですら歯が立たない強力な時間停止の能力が、妖精には通じなかった。妖精に近付けば近付くほど整数倍の値をとって徐々に停止した時間が通常時間に戻ってゆくのだ。
 咲夜にとってははじめての経験だったが、不思議と不安は感じなかった。むしろ咲夜は妖精を、アメヤを前にして泣きたくなるほどの郷愁を感じてすらいた。時間を操作するというあまりにも異質な能力。それが原因で孤独を感じたことは一度や二度ではない。むしろ、人生の大半を孤独に支配されていた。顔にも行動にも出しはしなかったが、咲夜は妖精とはできれば……殺し合いたくはないと思っていた。
 咲夜には知る由もないことであるが、妖精の時間停止能力は相克渦動励振原理に基づいた全くの技術、テクノロジーの産物である。現在を生きる咲夜にとっては切実に他に類を見ない能力だったが、それは実際のところ数千年後には既存技術になっているのだった。
 専門的なことはともかく、魔理沙と妖精の本格的空中レスリングに手を出せる者はいなかったんだ。

 恐るべき回転運動を、魔理沙は耐え続けていた。遠心分離機よろしくうっ血する外側の半身は焼け、もう半分は血が引け氷のように冷たくなった。
 既に、人間が耐えられる限界を超えていた。
 爪の間から血がにじむほど強く握られていた魔理沙の右手は、筋肉が硬直したように妖精の腕を離さない。微妙に楕円を描く軌道は周期的な応力を円周上に加える。この場合は、捕まえる魔理沙の手にその力が加わった。一回転ごとに、少しずつ魔理沙の爪にひび割れが入る。五〇〇回転を耐え切って、ついに右手の爪がいくつか割れ飛んだ。
「――――――」
 もはや痛みは感じない。それどころか、魔理沙には前後感覚も時間感覚もなくなっていた。深刻な意識障害。受身も取れずに、魔理沙が思いきり下に振られて落ちてゆく。受け止めるものがいなければ死んでいただろう。だが魔理沙にはアリスがついていた。
 アリスの手中に魔理沙が収まると同時に、優曇華のライフルが火を吹いた。
 立て続けに三発。ワンクリップ五発のセミオートマチックライフル。威力は今更解説するまでもない。姿勢制御を失った妖精は格好の的だった。正確に身体の中心を撃ち抜くコース……
 ちょろいもんだぜ。
 優曇華がそう思ったのも束の間、妖精の直前で弾丸が砕け散った。
 それはもう、事もなげに。ライフルが通じないことなど当然、と言わんばかりの弾かれ方だった。
「――っだよちくしょうっ!」
 毒づく暇などなかった。残りの二発を素早く連射し、ライフルを捨てる。マシンピストルに持ち替えると優曇華は脱兎のごとく駆け出す。逃げているのではない、新たな射撃ポジションに移動していた。
 守矢神社の鳥居の上に妖精が着地した。妖夢が一足で間を詰める。妖精がまた飛び立つ。妖夢は鳥居に足を乗せ、勢いをつけて妖精に肉薄した。直線的な動き。カウンターを打ち込んでくださいといわんばかり。
 そして、それこそが狙いだった。
 妖夢は死を覚悟していた。
 ただし、妖夢が死ぬ時は敵も一緒だ。愚直。ひたすらに愚直。策を弄することを知らぬ、未熟な妖夢が殺し合いで本懐を果たすためには手段を選んでいる暇はない。
 中腰に構えた切っ先が妖精に切り込む寸前、すらりと空気に押されるように上ずった。
 妖精が空中に手を伸ばす。手と刃の間、五十センチメートル弱。そこに壁でもあるかのようだった。
 妖夢は驚きに表情を変える前に両手を離した。白楼剣、楼観剣が妖精眼前の大気に突き刺さる――優曇華の弾丸を砕いた障壁。それが、そこにあることを教えていた。
 妖夢はスライディングの姿勢で妖精の脇を抜けた。射界を確保した優曇華がマシンピストルを構え、撃つ。妖夢の示唆した通り、壁は必ずしも全身を守っているわけではなかった。咲夜が投じたナイフと共にいくつかが壁にあたり、いくつかが妖精の一部を切り飛ばした。
 射撃が止んだ一瞬をつき、妖夢が腰だめに構えた咲夜のナイフで踊りかかる。狙うは腎臓。ヤクザの鉄砲玉のように密着して突き殺そうとする――が、浅はかだった。
 妖精の踵が思い切り妖夢の側頭部にめり込む。回し蹴り。吹っ飛びながら半霊を飛ばす。身体を捻って、妖夢を打った妖精が体勢を立て直す隙をつきエモノを回収。頭部への衝撃をものともせずに、妖夢が再び斬りかかる。ダメージを受けようと一瞬たりとも攻撃の手を緩めない、妖夢らしい戦い方だった。
 再び刃が、妖精が手にした壁のようなものに当たる。その感触で、ようやく妖夢はそれがなんなのかを理解した。
 古明地こいし――
 半霊の目には、妖夢の目に見えないものも見えていた。見覚えのある幼い少女の肩口に楼観剣が突き立っている。
 妖精は潜んでいたこいしをあろうことか盾に使ったのだ。それは、誰にも意識できなかったこいしの存在を妖精が正確に把握していたということを意味する。しかし……
 ばっかじゃねえの、あいつ――!
 おおかた寝首をかくつもりで潜んでいたのだろうが、捕まって敵にエモノ代わりにされるとは。迷惑を通り越して笑ってしまいそうだった。
 妖夢が流石に二の足を踏み、バックステップで距離を取る。
 それを見た妖精はどこか熟練すら感じさせる動きでこいしの足を引っつかみ、なんとブーメンランよろしくぶん投げてきた。マジかよ、と妖夢は苦笑しながらそれをかわす。遠くに飛んでいったこいしは、妖夢にはなんてことない飛び道具だったが――知覚出来ていない萃香には直撃して、二人とも墜落した。
 肩をすくめてみせる妖精。妖夢はそんな冗談めいた仕草など無視して三度剣を構えた。

 踏ん張りが効く地上戦と、慣性制御を必要とする空中戦。
 両者の間で、妖夢は覚悟を試される。
 足が大地についていれば全身をフルに使える。刀は決して腕だけで振るうものではない。全身を駆使しなければ思い通りに切り結ぶことは決してできない。空中戦ではなおさらだ。未熟なものはまともに戦うことすらできなくなる。
 地上におけるレベルの差を二乗した差が、空中戦ではつくようになる。
 一見、弱い者にはいっそう勝ち目がなくなりそうであるが、そうではない。ほんの僅かでも相手より勝っているところがあるならば、その差がはっきり現れるということでもあるからだ。短所はより弱くなり、長所はより強くなる。
 妖夢の長所は耐久力と打撃力。特に打たれ強さは紅 美鈴をも凌ぎ右に出るものはいなかった。だから彼女は長所を生かした。
 一度刀を振るたびに、妖精の反撃が的確に急所に当たる。剣速を維持するため大振りになり、生まれた隙に付け込まれる。全身を痣だらけにしながらも、妖夢は攻撃の手を一切手を緩めない。
 横薙ぎの一線。かすかに妖精の服が裂ける。避けた先めがけて楼観剣を袈裟切り。妖精は動じず、懐に踏み込む。膝蹴りが妖夢の腹部にめり込んだ。
「まだまだあっ!」
 懐に入った妖精にむけて、まるで自分ごと刺すかのように白楼剣を突き立てる。慌てた妖精が緊急退避。まさに迷いなく振られた白楼剣が勢い余って妖夢自身のわき腹を裂いた。
 妖夢は怯まずに、足元に抜けた妖精を蹴り飛ばす。重力を利用して足元に逃げることは、魔理沙の時に一度使った手だ。足に重量感。心地よい感触。
 思い切り蹴り上げる。初めて妖夢がクリーンヒットを奪った。
 だが恐るべきことに、妖夢の攻撃はこれに終わらなかった。
 蹴り上げた自分の足。くの字になった妖精。それめがけて楼観剣を振り下ろした。
 大上段からの一撃。剣速は最大。
 申し分のない楼観剣の一撃が、紙を裂くように左足ごと妖精を真っ二つに切り落とした。
 根性勝負なら誰にも負けない。
 妖夢の覚悟が証明された瞬間だった。


********************

[早苗と亜空間ブラスター]


「妖夢っ」
 落ちてきた妖夢の左足は咲夜がキャッチしていた。キレイに肉も腱も切断されている。着地した妖夢は、ばったりと倒れこんだ。
「落ち着いて、もう大丈夫だから」
 優曇華がそう言って妖夢を仰向けにした。その目を覗き込み波長を操る。痛覚神経から伝達される信号を引き伸ばし、可能な限りフラットにする。
 素早く傷口を縛り固定する。こんな時、永琳がいれば……との考えを振り払う。
 他の負傷者たちの世話もある。優曇華はあわただしく走り回った。
 魔理沙には覚醒剤。こいしには絆創膏。萃香にはアルコールで事足りた。フランと空に関しては永遠亭の兎達から知らせがあった。彼女達でも十分処置できる。
「気分が悪くなったり、変な感じがしたらすぐに言ってくださいね」
 野戦病院と化した守矢神社参道で、一通り処置を終えた優曇華がそう言った。
「ちょっと、来てちょうだい」
 アリスが手を上げる。他の面々もそれぞれ助けの手を必要としていたが、咲夜が瀟洒に世話をしていた。
「どうしたの?」
「魔理沙が、頼みがあるって」
 身体の末端部分に膨張や出血などが認められたが、魔理沙の意識は薬でハッキリしていた。体温、脈拍共に正常。あと一日程度問題なく過ごせれば、血流が妨げられて発生した悪性物質による急性中毒の心配もほぼ消える。これならば軽症の部類といえた。
「どうしましたか」
「妖精の死体なんだが、どうなった?」
「破裂するように、消えました。おそらく自然に戻ったのでしょう」
 アメヤの死に様は、まさしく妖精のそれだった。押し固められた空気が開放されるように、水が絶縁破壊した時のような音を立てて砕け散り、あとにはなにも残らない。残しても[P]くらいだろう。
「米粒が……」
「はい?」
「米粒が落ちているはずなんだ。あいつが持っていた。それが必要だ」
「……?」
 優曇華はアリスの顔を伺った。アリスは一つ頷いて魔理沙が正気であることを教えた。
「解りました。一段楽したら探しましょう。先ずはお体を休めてください」
 魔理沙はなおも食いつこうとしたが、他の面々の世話をしなければならないのは確かなのだ。無理はいえない。アリスは魔理沙のそばを離れようとはしなかった。アリスは……アメヤとの勝負に負けたのだ、ということを理解していた。
「つぎ、どなたかお加減の悪い方は――あなたは大丈夫ですか?」
 優曇華がすぐ側にいた患者に話しかける。そいつは笑って応えた。
「さっきまで腕が両方とも折れてたけどね」
「まあ! なんで早く言わなかったんですか」
 優曇華がその時考えていたのは、添え木になるものはあったかな……と、それだけだった。
「でも、もう大丈夫ですよ」
 そう言って両腕を振ってみせる。なるほど元気そうだった。
「そうですか。ではつぎ、どなたかお加減の悪い方は」
 優曇華が周囲を見渡す。
 全員の視線が集まっていた。
 そこでやっと気づいた。
 包帯の束を投げ出して腰に差していたマシンピストルを背後に向ける。優曇華が引き金を引くより早く、妖精は撃っていた。
 圧搾空気が優曇華を打ちのめし、突き飛ばした。身体の芯に響く衝撃に意識と肉体感覚が消し飛ぶ。優曇華は数メートル背後の桜の木に激突し、ぐったりと動かなくなった。
「さて、一機なくしたから……あと二機だ。ボムは三個。続ける? それとも――」
 負けを認めて引き下がるか。妖精がそういう前に萃香が瓢箪を投げつけていた。
 見切った動きで妖精がかわす。身を屈めた隙に咲夜のナイフが飛んできた。妖精はバックステップで逃げる。一歩、二歩、三歩目で跳躍し鳥居の上に立った。
 風が吹く。どこからか、妹紅の焼けたリボンが飛んできた。皆傷つき、打ちのめされ、もはや空を飛ぶものはいない。
 そんな中妖精だけが悠然と、夜の空を支配するように一同を見下ろしていた。
「……しゃらくせえ」
 こいしが直撃した時にできた大痣が痛々しい萃香が、そう言って立ち上がった。痣はちょうど顔面、右目を塞ぐように出来ていて、視界は半分潰れている。それでも萃香は再び戦意を振り絞って立ち上がった。
「だれがてめえなんかに負けるかっつううううううんだよぉおおおおおおおぁああ!!!」
 萃香が吼えた。星屑の砂利を蹴飛ばして走り、飛び、殴りかかる。
 大岩を砕く一撃は容易く軌道を逸らされた。僅かに拳が右に流され、がら空きの胴に膝が入る。うめく間もなく勢いを殺された萃香は無力化され、地に落ち、そして魔理沙がマスタースパークを放った。
「くたばれ」
 ごうとレーザーが周囲の空気を押しのける。蛍光ペンを走らせるように妖精の上を電磁波の奔流が過ぎる。閃光が眩く夜をかき消し、しかし――
「――効いて……ねえのか!」
 ないですよ。
 苦々しく魔理沙が呟く。妖精のライフゲージは動いていなかった。しかし、魔理沙が舌打ちした瞬間新たな、そして特大の爆轟が神社周辺を揺るがせた。

 ..........................  .........   ........ . . .. ....

 衝撃波はあまりに強く、ストレス続きだった魔理沙たちには音としてではなくただ余波だけが感じられた。
 突如として妖精の乗っていた鳥居が吹き飛び、妖精自身も爆炎に包まれ消えた。
 なんだ。なにが起きた。
 魔理沙がやっとそう思えたのは爆発から三十秒もたってからだ。空のメガフレア? フランのレーヴァテイン? そのいずれでもない。
 いずれにせよ、かつてない爆発力。
 だが。
「今のでだいぶカスったから……そろそろ一機、増えるかな?」
 黒煙の中から妖精が再び現れ、そう言った。
 あの爆発でも、無傷かよ……!
 その思考は誰ともなく共有された。妖夢、優曇華は意識不明。萃香は満身創痍。残された魔理沙とアリス、咲夜の戦意を奪うには十分すぎるほど、そこにいた妖精の存在は圧倒的だった。
 もはや戦う意志を残しているものはいない……

 いや、一人いた。

「さっきっからなんーか、騒がしいっすね」
 東風谷 早苗。守矢神社の風祝が、寝巻きのジャージ姿のまま激戦区の真っ只中に現れた。
「あれ、なんですこの有様? 弾幕ごっこですか?」
 おっとり刀ですらない。朝、新聞を取りに行く時ですら見せないようなやる気のなさ。魔理沙とアリスは口をパクパクするばかりだ。
「んー? あれ、ああ、そう。あの妖精が黒幕なんですか? そうですか」
 勝手に納得した早苗はつっかけのまま星屑の上を歩いた。ぱたぱたと、寒い寒い言いながら。
「うわ、これ鳥居壊れてんじゃん! 超信じらんないんだけど」
「ああ、すまない。とばっちりを食わせてしまったね」
「いやあ、いいってことですよ。弾幕勝負にはつき物ですしね……でも」
「でも?」
 早苗は初対面のアメヤにもごく普通に接し、全く気圧されることなく渡り合う。
 幻想郷の総力を集めても敵わなかった連続殺人犯を相手に、早苗はこう言い放った。
「いちおう、落とし前は付けさせてもらいますよ。弾幕ごっこで勝負です」
 妖精は、初めて笑顔を見せた。
「――いいねえ! やっと相手をしてくれる人が現れた! 嬉しいなあ」
 早苗がスペルカードを宣言する。ジャージ姿の早苗が僅かに宙に浮いた。妖精は迎え撃つ姿勢をとる。だが、それは無意味だった。

 次の瞬間には、妖精は遠く湖の方向に向けてぶっ飛ばされていたからだ。

 硬球を打ったようなあっけない音。ストレートを投げるようにぶちかまされた早苗の右拳。それだけ。ほんのそれだけだった。
「勝負アリ、っと。うー、寒い寒い」
 そう言いながら早苗が突っ掛けをパタパタ言わせて神社に帰って行った。
 ぱた、とつっかけの足音が止まる。早苗が振り向いて、魔理沙たちに言った。
「あ、魔理沙さん。皆さんも」
 幻想郷の主だった弾幕使いを集め原稿用紙四十二枚を書いても二機落とすのが精一杯だった妖精を、わずか一枚半とパンチ一発でぶちのめした風祝は、
「お約束どおり、泊まる場所なら提供しますよ? なにも外で寝なくても……」
 そう言って魔理沙たちに微笑んだ。


********************

[阿求と鉄]


 伊吹 萃香が寄せ集めた幻想郷の強者たちは、少なからず人里にも知られた顔ばかりであった。その脅威、能力、所属はもとより、実際の付き合いを通じて性根を知り合い、親交を持つものも少なくない。畏怖と尊敬。恐怖と信頼。それらが同居した人間と妖怪の絆は、確かに存在していた。
 だから彼女達が次々と殺されてゆく様を見ることは、なによりも阿求にとって辛いものだった。
 たった十分程度の間に一体何人死んだのか、魂魄 妖夢が犠牲も厭わずアメヤを叩っ切った時は、阿求の控える車両の中でも歓声が起こったものだ。
「すっげ、すげえ! 妖夢すげえ!」
 車内の四人には、それぞれ専用のディスプレイがある。阿求のものが最も高価で画質もいい。戦況を把握するという名目で持ち場を離れ画面に食いついた操縦士と装填手が手を叩きあった。
「どうやら今回も凌ぎきったようですね」
 砲手が阿求にそう言って笑った。博麗の巫女が殺害されるという前代未聞の事態であったが――阿求は私兵に事実を教えていた――異変の首謀者は倒された。程なく新たな博麗の巫女が選ばれる。それで一件落着だ。
「そうね……」
 阿求はとても、素直に喜ぶことはできなかった。あまりにも人が死にすぎていたからだ。それに、出来ればあのアメヤという男に直接会って話を聞きたかった。幻想郷の事が知りたいのならば、私のところに真っ先に来るべきだろうに……そう思っていた。
 だから、画面に映った守矢神社の鳥居、その上に誰かが降り立った時も、それが誰で、脅威が未だ去ってはいないということを、即座に認識することができなかった。
 最初にそれを知らせたのは通信士だった。
「九代目、戦闘は続行しています」
「(・3・)エェー?」
「ですから、まだ終わってません! あの妖精がまた現れました!」
 ディスプレイを見る前に、阿求は脳を走る電流の指示に従った。
「射撃用意。目標は守矢神社参道、妖精。照準確定次第任意に発砲」
「了解」
 砲手がコントロールパネルを操り倍率を切り替える。砲塔が音を立てて回る。「装填手、第二射を榴弾にシフト」照準画面に接眼し標的を選択。OSが合衆国製なので表示もほとんどアルファベットの略称だったが、砲手はそのすべてを理解していた。「第一射と共にエンジン始動」ミル表示がぐんぐん増してゆく。砲身が掩蔽壕の天井にぶつかりそうになる。「離脱して第二射撃位置につく」辛うじて稼動範囲のうちに守矢神社に至る階段が見えた。視界をずらす。紅い鳥居。その上に――いた。
 砲手の肩に阿求の手が乗っていた。戦闘中は騒音に満ち、イアマフラーをしていても耳が聞こえなくなる。そういう時に、電子的な補助がない阿求たちはこうやって意思を伝え合っていた。肩に手が置かれている間は、目標を見つけ次第攻撃することを許されていた。
 砲手はぐっと前かがみになり胸当てに身体を密着させる。標準倍率を最大に。「許可を」「撃て」まだ声でコミュニケーションが取れるので、そう聞いた。聞くまでもなかった。ハンドルのボタンを押し込む。安全装置が外される。ズドン。砲手の左側に位置する一〇五ミリ砲が発射される。車両全体が大きく傾いた。ぐらぐらと周辺の機器も揺れる。装填手が膝置きに支えていた次弾を閉鎖機に突っ込む。「ヒート!」素早い手際で装填を完了。火薬の匂いが充満する。阿求は咳き込みそうになったが、堪えた。
 車両は尻を持ち上げるような勢いでバックし、掩蔽壕を脱出していた。バキバキと小枝や枯れ木を踏み潰しながら視界の開けた場所へと向かう。姿を曝す危険があったが、それよりも素早く敵に攻撃を加える方がよいと判断した。
「観測班から連絡は! 当たったの!?」
 轟音で耳が使えないが、通信士が手をバツの字にする。続いてチョップ。画面を見た。砲弾の軌道は大きく逸れて、はるか彼方の山に――なぜか、二箇所。着弾していた。
「撃て、撃て、撃て、撃て! (shoot! shoot! shoot! shoot! shoot her by heats!)」
 阿求が叫んだ。その声は届かなかったが、砲手の肩がバシバシと叩かれており意思は伝わった。
 一発目を撃ってから僅か三十秒後。着弾観測より誤差を修正。榴弾が射られる。数十トンもある車両が反動で傾き、巨大な炎が砲身先端から迸った。二発目は直線を描き、半秒で鳥居ごと標的を粉砕した。


********************

[椛と椛が気をもみもみ]


 白狼天狗の犬走 椛は射命丸 文の死を悲しんでいたが、それよりも副業のパートナーを失った痛みを強く感じていた。しかし、いずれにせよ彼女には死を悲しんだり金の心配をする余裕はなかった。
 妖怪の山。彼女の守備範囲で伊吹 萃香をはじめとする諸々が激しくぶつかり合い、火花を散らし、そこに住む住民達の生活を脅かしやがったからである。
「異変なのは解るけど……いい迷惑ですよ」
 これが異変に連なる事態であることを、椛は例外的に知っていた。他の守備隊連中がおろおろする中、椛は程よい緊張状態を心地よく感じていた。
 空のギガフレア。妹紅のフェニックス再誕。魔理沙のブレイジングスター。派手で見栄えのいい技が夜空を彩った。椛はそれらを縁遠く眺めながら妖怪の山に被害が及ばないか、それだけに気を揉んだ。
 幸いにも守矢神社のほうに戦場は流れて行った。椛はほっと胸をなでおろす。
 静寂が戻る。しかしすぐに貴重な静寂は破られた。椛の上役が、そこに現れたからだ。
「今、どうなってんのか解るか? 千里眼使えるだろ」
「はあ。全部は解りませんが。興味がおありなら見物――偵察を出せばよろしいのでは?」
「ばっか。そんなのあぶねーだろうが。こんなことにしか役には立たねえんだから、さっさと見て聞かせろよ」
「はあ。解りました」
 椛は男勝りな口調で話す、高飛車で長身のこの上司が嫌いだった。正直言って鼻持ちならない奴である。椛よりも年下なのに国境警備隊の隊長をやっているのは、ひとえに彼女が党幹部の娘だからであり、実力を評価されてのことではない。
 教養があり、バレエや弦楽器の心得もあるそうで、整った目鼻立ちをしており男性からの人気も高い。こういうと誤解されそうであるが、彼女は椛よりもはるかに強かった。ただし、弾幕勝負……スペルカード戦でならば、であるが。
 危機管理能力も実際の防衛能力も判断力も、すべて椛に劣っていた。そのことを両者共に承知しているから、この隊長は自分で判断できない時に、こうして椛を頼ってくるのだ。そのクセ変な対抗意識を椛に対して燃やしている節もあり、椛は一方的な敵意に悩まされていた。
 ともあれ、命令は命令である。
 椛は千里眼で戦況を透視する。妖夢が片足を犠牲にして相手を掻っ捌いたらしい。なかなか根性がある。剣の腕では椛の足元にも及ばないが。
「あーだいたい決着ついたみたいっすねー」
「あぁ? はっきりモノを言えよ。日本語も怪しいのかこのワンコは」
「はあ。じゃあもう少しお待ちください」
 そう言って椛は、透視しているフリだけをした。相手をするのが面倒だったからだ。
「……………………」
「……………………」
「……………………まだ?」
「まだです」
 そろそろいいかな、と思って椛は再び千里眼を働かせた。
「――――!?」
 アメヤが復活し、優曇華が倒されていた。
「戦闘、続行らしいです」
「あぁ!? 終わったんじゃねえのかよ」
 椛は言うや否や、嫌な予感を感じて千里眼を背後に向けた。本当に恐ろしいものは自分が注目しているほうではなく、逆側から来るような気がしたのだ。
「おい、他所見すんなよ」
 隊長がそう椛に文句を垂れた。だが椛はそれを無視した。
「――――!!」
「なに、どうしたの、なんなのよ!?」
 苦虫を噛み潰したような顔で椛は山裾の森と守矢神社を見比べた。
「何者かが、新たにこの山に攻撃を加えようとしていますね」
「何者かってなによ!?」
「さあ。鉄の塊ですね。それ以外はちょっと解りません」
「人間か、人間だな、くそっ」
 その時、二人にも聞こえるほどの咆哮が夜空を覆った。
 萃香の雄叫びだった。
「――あの童鬼様が戦っておられるのか」
「ええ」
 椛はそう応えた。同時に、人間がこちらに砲を向けていることも伝えた。
「萃香さんがあの妖精の足を止めてくれれば、その隙に人間が片をつけてくれるでしょう。よかったですね。それで一件落着ですよ。このまま人間に任せて――」
「ならん」
「はあ」
「人間が攻撃を仕掛けてきたら、おまえが防げ。絶対に、童鬼様を傷つけさせてはならん」
「はあ。しかしそりゃあ既知外沙汰というものですよ」
「とにかくやるんだ! 私達が連中を追っ払うまで」
 隊長はそう言って飛び去った。人間達――阿求の戦車――を潰しに行ったのだ。
 椛は嘆息する。
 戦車砲をどうにかしろって?
 そんな無茶な。
 あの隊長の親父が妖怪の山を支配する党の幹部であることは椛も知っていた。しかしその親父が、未だに鬼を極度に恐れ崇敬する派閥に属していることまでは知らなかった。一般に鬼への恐怖心や帰依は廃れて久しい。しかしあの隊長は保守の中でも右派に当たる古参の貴族階級であり、幼い頃から鬼を崇拝するよう教育されていた。それは同時に、人間を必要以上に見下すことも含んでいる。人間などが、鬼に矛を向けるなど言語道断……そう考えているに違いない。
 だったらおまえがやれよ、と椛は思った。自分は人間をくびり殺しに行って、難しい方を私に任せるなんて。しかし仕事は仕事だった。
 超音速で飛来するプロジェクタイル。運動エネルギーもさることながら劣化ウラン製の弾芯が厄介だった。
 劣化ウランは鉄の倍以上重く、衝撃で砕け先鋭化する。砕けて尖がって、いっそう貫通力を増すのだ。砲弾自体に毒性もあり、下手に手を出したら妖怪の山全体に被害が及びかねない。よって、軌道をそらすなんて生易しい手段では対抗できず――

 ――結局、椛は音速の三倍を誇る剣速で砲弾を叩き切ることにした。

 そして椛は、一発目の徹甲弾を空中で迎撃することに成功した。


********************

[阿求と遭遇]


 砕けることなく真っ二つにされた砲弾は、それぞれ見当違いの方向へ飛んでゆき、人の住んでいない場所に落ちた。しかし、三十秒後に放たれた榴弾までは、椛にはどうしようもなかった。剣が刃こぼれしていたし、一発目で力を使いきっていたからだ。
 それでも必死に軌道を読み食らいつかんとする。寸手のところで間に合わず、椛は衝撃波に吹っ飛ばされた。
 山裾に叩きつけられる。幸い、雪とその下のススキ野のおかげで深刻なダメージはなかったもののしたたかに全身を打ち、椛は悪態をついて身体が痛みから回復するのを待つ。その間椛は空を見上げていた。ひんやりと冷たい雪が身体の熱を奪うが、それすらも心地いい。椛はずっとそこに寝転んでいたい気分になった。
 しかし、現実は働き者をゆっくりさせてはくれない。空を見ていた椛の視界を、件の妖精が高速で横切って行った。あたかも彗星のように……その飛行姿勢から、自らの意志で飛んで行っているのではないことは明らかだった。千里眼を働かせる。頭痛がした。東風谷 早苗が見えた。なるほど。
「あーっ……しんどっ」
 ぐずぐず言いながらも立ち上がり、再び宙に足を乗せる。妖精は徐々に高度を落とし自由落下の速度で――落ちた。水柱が上がる。湖に繋がる河だろう。川幅は二十メートル、深さは五メートルに及ぶ。流れは緩やかで、ちょうど紅魔館と妖怪の山、両者の力関係が均衡している地帯だった。椛は妖精の様子を確かめるべくそちらに向かう。千里眼で様子をうかがった。
 そこには戦車が一両と椛の同僚達……隊長をはじめとする妖怪の山国境警備隊がいた。
「あーもーまたトラブルかよっ」
 人間達が逃げるのを追って白狼天狗の一団もあとを追ったのだろうが、そのすぐ側に墜落するなんて。あの妖精、異変の元凶はずいぶん火に油を注ぐのが好きらしい。
 しかし、今度は椛が気を揉むことはあまりなかった。
 椛がついたときには、既に決着はついていたからだ。

 時間はやや遡る。
 白狼天狗に位置を知られた阿求たちは、他の斥候を安全に逃がすためあえて姿を隠さずに、白狼天狗をおびき寄せるように山を下った。
 結果、渡河装備が出来ないままに平地を目指して走り続けざるを得なくなり紅魔館の支配領域ぎりぎりまで来てしまった。これ以上進めばレミリア・スカーレットに目をつけられてしまう。それは避けたかった。
「九代目、追いつかれました――衝撃に備え!」
 通信士が警告を発すると同時に、ガンゴンと戦車の装甲を叩く音がした。装填手が不安げな表情を浮かべる。阿求は笑って言った。
「心配しなくても、天狗ごときに戦車の装甲は破れないさ」
 それは事実だった。白狼天狗も一部には斬鉄が出来るほどの手練がいるが、戦車の装甲は鉄よりはるかに硬く強い。その上様々な衝撃や攻撃に耐えるよう設計されている。人類が数千年以上血で血を洗う闘争を繰り広げた末に造り上げた兵器群を、妖怪などが傷つけられるはずはないのだった。
「しかし、参ったな。他の連中は退避できたよね?」
「はい、九代目。全員集合地点に向かっています」
「そっかー……うん、そうかそうか」
 阿求たちは分厚い戦車の装甲に守られてこそいたが、実は追い詰められていた。
 これ以上進めば吸血鬼に攻撃される恐れがある。天狗はともかく吸血鬼に襲われてただで済むとは思えなかった。しかし、他のルートを通って逃げるには渡河する必要がある。このあたりは既に水深が渡河不可能な深さだ。少し戻って浅いところを見つけるにしても、天狗に包囲されたままでは渡河装備を装着する作業ができない。
「さて、どうするか……」
 阿求が考え始めた。外では、国境警備隊の隊長らしい白狼天狗が武装解除して出頭しろと怒鳴りたてていた。
 その時だった。右手方向に流れる河に、突如として水柱が上がった。
 突然の事態に慌しく状況把握を始める車内で、阿求は素早く着座の上に背嚢を置き、その上に足を乗っけてハッチを開き上半身を外に出した。
「九代目!?」
「おまえもこいっ! 」
 車内からの驚きの声を無視し、阿求は自分の身長よりはるかに高い場所から飛び降りた。ふらつきながらも走り、河畔で立ち止まる。天狗はいきなり現れた少女に度肝を抜かれて対応が遅れた。すぐに阿求に向かって天狗が押し寄せる。阿求はそれにも構わず、ポケットから出したライトで水面を照らした。
「両手を上に! 両手を上! 膝をついて腹ばいになれ! ゆっくりだ!」
「………………!!」
 天狗の警告を無視して阿求がじっと河の流れに目を凝らす。ぷかり、と全く剣呑さを感じさせない様子で妖精はそこに浮かんだ。
「あなたには、あれがなんだか解りますか」
「ゆっくりしていってねっつってんだろダラズ!」
「そんな場合ですか! あの妖精ですよ、さっきまで萃香たちと戦ってたのは!」
「そ――それがどうした! いいからゆっくりしろ! レイズユアハンズ!」
「敵は私じゃなくて向こうだってば! そんなことすら解んないの!」
「知るかそんなこと! 私にとって重要なのはお前ら人間だ!」
「この分からず屋っ」
 阿求はそう言って隊長を突き飛ばした。囲む白狼天狗たちが阿求の剣幕に押され、後ずさる。隊長は阿求よりずっと身長があったし力もあったが、突き飛ばされた衝撃でふらふらと尻餅をついて倒れた。顔を真っ赤に染める。頭に血が上った。人間ごときが――!
 妖精はぷはあ、と大きく息を吸い、水面に漂った。鬼や天人を凌ぐ力を持った"謎の侵入者"がすぐそこにいる。その事実を意識した時、その場に居たものたちは全身が総毛立つのを感じた。
「怖い? それなら山に帰って引きこもるといいわ。私は怖くない――どうすればいいか、知りたい?」
 阿求はそう言って車両に戻ろうとした。阿求の言葉に浮き足立っていた白狼天狗たちが顔を見合わせる。不思議と勇気を鼓舞されていた。
 その時。唐突に白狼天狗の隊長が背後から阿求に切りかかった。
 阿求はそれをかわし、心臓に向け拳銃を二発撃った。ガッシボッカ。隊長は死んだ。
「彼女が隊長ですか? 副長は?」
 天狗たちがおろおろと互いを見やった。責任のたらいまわし。天狗の悪い部分が出ていた。すぐ向こうに敵がいるのに!
「わたしです」
 その声は頭上から聞こえた。
「……犬走 椛!」
 阿求が驚いた声を上げる。天狗側でもっとも警戒しなければならなのが彼女だ。彼女が現れたとなってはもはや戦車の中にいても安心はできない。だが幸いにもここでは戦闘に発展することはなさそうだった。
「隊長は?」
 椛が死体を見ながらいう。阿求は肩をすくめあっけらかんと応えた。
「ゆっくりした結果がこれだよ」
「解った――全員、河から離れろ。そしたら、そのまま山へ帰れ」
 白狼天狗たちは変わり続ける状況に対応できていなかった。椛が一喝する。「あいつに敵うと思っているのか! 山へ戻って、防御を固めろ!」その声で白狼天狗たちは震え上がり、そそくさと逃げ帰って行った。
「うちのもんに銃を向けるのはやめてもらえないかね」
「私だって斬りつけられましたよ」
 椛がちら、と戦車の方を見て言った。装填手が機関銃を構えていた――ずっと。最初から。阿求が天狗から離れた時点で、いつでも白狼天狗を殲滅することはできたのだ。
「それで、どうする? 懐柔する? 強攻する?」
「先ずは話をしてみるわ……私っていうエサもあるし」
 前例からいってあの妖精(アメヤというらしい)は話が通じる相手だ。阿求は河の中央にぷかぷか浮かぶ妖精に向け、車から持って来たロープを投げる。浮きがついたそれは妖精のすぐ側に落ち、妖精はそれにつかまった。
 ざぶざぶと波をかき分け、妖精が引き上げられる。ロープを引くに合わせて阿求たちは河から遠ざかって行った。五メートルほどの距離を、阿求はゆっくりと歩いて詰めていった。
「……お寒いでしょう。タオルを持って来ましたよ」
「どうもご親切に、ありがとう」
 阿求はタオルを足元に置き、その上にそっと自分の拳銃を添えた。そのまま、ゆっくり、目を逸らさずに再び距離をとる。じれったいほど慎重な接触だった。
「これは? くれるのかい」
「私どもに敵意がないという意思表示です。まあ、あなたにはそんなもの脅威でもなんでもないでしょうが」
「あ、ああ。そうか、なるほど」
「ご希望とあれば進呈いたします」
「……貰っておこう。さて、なにが望みだい」
 タオルを受け取りながらの一言に、阿求はまるで雷に撃たれたかのようにびくんと震える。
 アメヤが髪を拭く。冬の寒空の下である、寒いだろうに彼――彼、は震えることも、鳥肌を立てることもなく飄々としていた。
「あなたと、お話がしたいのです」
「いいよ」
 そう言ってばさりとタオルを払いのけると、すっかり妖精の体は乾いていた。


********************

[魔理沙と生死の境]


 守矢神社の客間は博麗神社のそれに比べ、調度品も造りも丁寧で金がかかっていた。外の寒さが嘘のように断熱され、心地よい空気が流れる。新しい畳と清潔な布団。雪明りが障子から差し込み、灰色に僅かの赤を落としたような冬夜の光が室内を満たしていた。
 その中で、魔理沙は爪の痛みに耐えながら天井を見ていた。
 横ではアリスが寝息を立てている。その隣では優曇華が氷枕を敷いて眠り、さらに横では妖夢が時折痛みにうめき声を上げながら寝ていた。古明地こいしはやたらと寝返りを打つ。萃香は瓢箪を持って出て行ったっきり戻らない。そんなわけで、彼女達は広い部屋で寄り添うようにして休んでいた。
「………………」
 魔理沙はにとりのことを思い出した。あいつは一体今どうしてるんだろう? 無事だといいが。
「………………」
 次に、空とフランのことを思い出した。咲夜が世話をしに行っているから、きっと大丈夫だろう。
「………………」
 胸から腕を生やした妹紅の姿を思い出した。吹き飛んだ衣玖のことも思い出した。射命丸の死体、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた輝夜。事もなげだった早苗。次々と魔理沙の脳裏をよぎる異変の被害者たち。
「………………」
 そして霊夢。ぐったりとして動かない、冷たい身体。まるで置物みたいだった。
 静かに眼をつぶってそれらを意識から追い出した。必死で思考を紛らわせる。にも関らずしつこくまぶたの裏に映る霊夢の亡骸。じんわりと頭目が熱くなる。鼻の奥につんとした刺激を感じる。
 涙が流れそうになる。
 息が詰まる。いやだ。いやだった。
 認めたくないと思った。
 魔理沙は身体を起こし、鼻をかんで涙を拭うと、寝息が満ちる部屋の中、転がるようにしてアリスの布団に忍び込み、首筋に噛み付くほど密着した。
 目を覚ましたアリスは静かに魔理沙を受け入れた。
 霊夢のことを考えたくないがために、魔理沙はアリスの身体を求めた。しかし、幾度密かに唇を交わそうと、アリスの体臭と感触で頭を一杯にしようと、一向に霊夢の死相は魔理沙のまぶたの裏を離れなかった。
「…………くそっ」
 寝巻きの乱れを直しながら、アリスはそう呟く魔理沙の頬に手を伸ばした。疲れている相方を優しく労う恋人の所作だった。向こうで、こいしがいびきをかき始める。優曇華はうんうんと唸っている。
 アリスは優しかった。
 とても優しかった。
 普通に考えれば優しさこそ魔理沙に必要なものだった。
 だが、魔理沙が成そうとしていることは、あらゆる理に反することだった。

「霊夢から盗んだ物を返しやがれ」
「私がおまえを捕まえたら、霊夢を返せ」

 かつて魔理沙はそう言った。今まで魔理沙を突き動かしてきたものは、異変への危機感とか、死者の復讐とか、そんなことではない。
 霊夢の再生。
 それこそが目的だったのだ。
 二度の直接対決に敗北してなお、魔理沙はあきらめきれずにいた。
 だから、死を受け入れるためならば大きな助けになるアリスの優しさも、魔理沙にとっては害悪だった。
「泣いてもいいのよ?」
 アリスの優しさから出たその一言は、魔理沙に理性的な恐怖を与えた。
 真っ青な顔で魔理沙はアリスから遠ざかった。人の死を受け入れられず、ありもしない再生の方法を追い求める愚者。それが今の魔理沙。
「くっ」
「魔理沙!?」
 恐怖に駆られた魔理沙は、思いきり自分の指先を噛んだ。
「―――――――ぃッ!」
 アリスが思わず口を塞ぐ。千切れこそしなかったものの、よりにもよって爪がなくなった指に噛み付くなど狂気の沙汰だった。そう、狂気。
 ジンジンとした痛み。えもいわれぬ苦痛。心臓が早鐘を打ち。神経が直接硫酸に浸されたように脳が混乱。指を切り離した方がマシだと思ったのを最後に、思考が真っ白になる――
 脈拍にあわせて押し寄せる痛みの大波の代わりに、霊夢のことは考えから消えた。
 そっぽを向いてうずくまる魔理沙に、アリスはそっと催眠の魔術を施し、その夜はそのまま過ぎて行った。

 
********************

[1月2日
 魔理沙と阿求]


 翌朝、魔理沙はいち早く起き出して守矢神社の周りをぶらついた。そこかしこに昨日の戦闘の痕が見られる。鳥居はバラバラになっているし、石畳には血だまりがある。妖夢の靴下が落ちていた。彼女の足は今、骨をチタン製のボルトで留め、生体接着剤で縫合し半霊と包帯で包んである。優曇華の指示の元、アリスが手術を行った。荒っぽい手並みだったが、妖夢の生命力ならば回復するだろう。
「はあ」
 吐く息は白く、周囲の雪景色に溶けてすぐに見えなくなった。
 ふと、一年前のことを思い出した。
 丁度こんな日だった。霊夢が鷽替え神事を行うと言って野鳥を集め、魔理沙にけしかけたのは。楽しい思い出のはずなのに、魔理沙の心には悲しみしか浮かび上がらなかった。
 歩を進めると山頂からの眺めが広がった。湖、紅魔館、人里も見える。遥か彼方の山には博麗神社が鎮座しているはずだったが見えなかった。しばらくそうやって冷たい空気を味わう。ふと目を横にそらすと、石造りの御柱を模した灯篭が立っていた。
「…………」
 二十七秒ほど、魔理沙はその岩肌をじっと見ていた。そしてなにを思ったかいきなり自分の手を御柱に叩きつけた。ガリッと音がして指先が削れる。皮膚と血液がゴツゴツした花崗岩に付着した。
「――――あぁっあああああああっ……! あぁ! うがぁあっ! あぁっ! ぎぃっ!」
 爪のなくなった指先を、昨夜の歯型が消えるほど強く打ち付け、押し殺した悲鳴を上げる。ぼたぼたと血が滴り、針で刺されたような痛みが全身に広がる。
 痛い。物凄く痛い。感じるとしたら痛みしかない箇所だったから、その痛みは尋常の痛みと種類からして異なっていた。
 だが魔理沙は続けて二度、三度と全力で手を叩きつける。岩って硬いなあ。痛み以外に考えていたことといえば、それくらいだった。やがて痛みで呼吸困難に陥る。同時に脳内麻薬がどぱどぱ溢れ出る。軽く絶頂に達したところで自傷行為は止んだ。そのまま冷たい石畳に座り込む。腹が冷えそうだったが、それよりも体温が高かった。
「いってえぇぇえええ……えぇぇぇええ……」
 快感が引くと、後には激しい痛みだけが残った。いくら涙を流そうとも洗い流せない激痛にしばらく身を任せる。ようやく立ち上がれるようになるころには陽はすっかり昇って、神社から朝げの香りが漂ってきていた。
 背後から、下駄を鳴らして近付く足音が一つ。
「おはようございます、魔理沙さん」
「……早苗か」
 そう応えた魔理沙の顔は嫌に艶やかだった。少し汗臭いほどに、全身を火照らせている。
「早起きなんですね」
「まあな。早苗はなんだ、境内の掃除か」
「いいえ。雪かきするほどじゃありませんし。……新聞が、来てないかなあ、って思いまして」
「ああ……」
 その新聞はもう永遠に来ないのだというとは、早苗のみならず魔理沙も承知していた。
 覗きに注意する必要もなくなる。不定期の号外を楽しむこともなくなる。そんなことを考えて、二人はしんみりした。冷たい空気が肌を刺す。早苗が震えた。
「中に入りましょうか」
 早苗がそう言って魔理沙を促し、二人が階段に背を向ける。その時、誰かの声が聞こえた。
「会いたいですか?」
「――?」
「射命丸 文に会いたいですか」
 二人が声に振り向くと、そこにはいつもどおりの射命丸 文が居た。
 不敵な笑みを浮かべ、下駄を履きこなし、丸い目を輝かせ、濡れ羽色の髪を朝日に輝かせる、射命丸 文。
「会いたいですか。私も会いたいです」
「おまえ……!?」
 魔理沙が八卦色を構える。それを早苗が制止した。
「あなた、誰です」
「わたしです」
 そう言って社命丸が大きく息をすって、吐いて見せた。呼気と共に射命丸の幻影が晴れてゆくように、そこに別の少女が――稗田 阿求が現れた。
「お騒がせしてすいませんね。魔理沙さん。あなたに話があってきたのです」
「おまえ、いまの、どうやって」
「コツを教えてもらったんですよ。本人にね。解れば単純なもんです」
 そう言って阿求は再び息を吸い込んだ。今度は瞬き一つで椛が現れた。
「さて魔理沙さん」
 椛の姿をした阿求は、さらに一呼吸を持って今度は藍に姿を変え、こう言った。
「昨夜、私はアメヤと名乗る男に遭遇し、つい三時間ほど前までお話していました。その結果いろいろと解った事があるので、あなたにも教えておこうと思いまして。お時間は、今あります?」
 鷹揚に魔理沙は頷く。隣では早苗が、たいしたもんだわ、と鼻息を荒くしていた。

「それでは単刀直入に申しましょう。
 あのアメヤという男ですがね……この連続殺人の犯人じゃ、ないですよ」

 一陣の風が吹く。
 さむ、と言って藍が身震いする。それにあわせて、阿求が元通りの姿を曝していた。
 

********************

[アメヤと彼岸]


 アメヤは阿求が教えてくれた方向に従って、出口である博麗神社へ向かっていた。
 つもりだった。
 彼はこの幻想郷にもはや用はないと判断し、阿求の薦めに従って脱出することを選んだ。そして散々探していた出口である博麗神社に向かっていたはずなのだが、どういうわけか目の前を流れる巨大な河に行き場を失っていた。
「……おかしいな」
 そう言って首を捻る。道を間違えてしまったらしい。途中、分かれ道でどちらに行くべきか迷うところがあって右に進んだのだが、そのために全く正反対の中有の道を通り三途の川に出てしまっていた。
 だがアメヤは運が良かった。
 夜勤明けの死神、小野塚 小町がすぐ側にいたからだ。
「もし」
「あん?」
「道をお尋ねしたいのですが」
「なんだい、迷子かい?」
 気風のよい死神は、交代要員がつくまでの数分を酒飲みに費やしていた。寒を凌ぐにはこれ以上に良いものはない。
「博麗神社に行きたいのだけど、どっちに行けばいいのだろうか」
「博麗神社ア? 初詣かい。それなら守矢神社のほうが近いし、巫女もちゃんといてるよ」
 その折、ふらふらと魂が一つ中有の道を下ってやってきた。
「おや、あれはなんですか?」
「なにいってんだい、あんた。魂に決まってるじゃないか」
「魂?」
「そうさ。そしてこの川は三途の川。私は死神で、渡しだよ。そう訊くあんたはなんなのさ?」
「ただの迷子ってところかな。しかし、なるほど。君達はこれを魂だといっているのか」
 アメヤがそっと手を伸ばす。魂は仄かに暖かかった。実際には冷たいのだが、冬の空気のほうが冷たいのでそう感じられた。
「変な奴だねえ。魂じゃないならなんだというんだい」
「なんてことはない、これはただの肉体の副産物だよ。生命エネルギーなんて風に言い換えてもいい。本質的には死体に残った体温と同義なものだ。魂なんてモノは、存在しない」
 そう言い切って、アメヤは魂に乗せた手のひらをぎゅっと握った。
 ふっと炎が消えるように、魂がなくなる。小町は酔いのあまり幻覚を見たのかと思った。しかしいくら探しても、そこにあったはずの魂は雲散霧消して見えなくなっていた。
「あんた、なにをした……!?」
「炎色反応と同じさ。炎はプラズマとしてスペクトルを発するからそこにあるように見えるけれど、そこにあるのは炎という物質ではなく、ただのエネルギー状態に過ぎない。だから、吹いて散らしてしまえば……炎の色はなくなり、熱は目に見えなくなる。かくしてエントロピーは増大し――」
「そうじゃないッ」
 小町の刃が僅かにアメヤの影を切った。
「あわわわわ。殺さないでください」
「殺さないよ」
「それはよかった」
 アメヤは安心したように肩をすくめた。
「…………回れ右してまっすぐ行けば、いずれ着くよ」
「ありがとう」
 アメヤがあくまで飄々とした態度を崩さないまま、そっと刃から逃れて遠ざかっていった。
「おいあんた」
「なにか」
 小町が去りゆくアメヤを呼び止めた。
「幻想郷では死ぬなよ、あんた」
「なぜ」
「うちの閻魔が迷惑する」
「ご心配には及ばないよ」
 そして今度こそアメヤは歩き去って行った。
 後には小町が残される。もう数分もすれば交代要員が現れる。引継ぎに紛れさせて、死者が一人居なくなっても、誰も気付きはしまい。地獄はそれほどまでに腐敗している。
「……解ってるんだよ、そんなことは」

 小町がそう吐き捨てて、天を仰いだのが午前八時。
 アメヤの足ならば、博麗神社につくのは今晩遅くになろうかという時刻だった。


********************

[魔理沙と名探偵]


「簡単なトリックですよ」
「いやトリックとかってレベルじゃない気がするんだが」
 阿求はフリップボードを取り出した。
「これ、誰に見えます?」
 白銀の世界、雪を被った杉。その中に、白い前掛けをした青い服の女性が立っていた。髪は銀色……。
「レティ・ホワイトロックだろう」
「では、これは誰に見えます?」
 二枚目のフリップボードを取り出す。
 それを見て魔理沙はハッとした。先ほどと同じ女性が、赤い絨毯が敷かれたとある館のエントランスに立っている。
「十六夜 咲夜」
「そうです。人間の認識力なんてこんなもんですよ」
 フリップボードを掲げて阿求どや顔。
「心がある以上、見たくないものは見ないし、見えていてもそれを別のものだと思いこんでしまうということはよくあることです。ほんの少し誰かの呼吸や居ずまいを真似するだけで、あたかもそこにその人物が居るような錯覚を覚えてしまう。身長も、風体も、種族も違うのにね。カメラに映った姿だろうと、目視だろうとそれは変わりません」
「つまり、正体不明、と……」
「そういうことになりますね」
「そういうことになりますね、じゃねえよ。ったく」
「あなただって、"人は肝心なところほど見てくれない"って思ったこと、あるでしょう?」
「そりゃあ、そうだが」
「みんな、そうなんです。人はどうやったって解り合えない」

 守矢神社。食堂。午前八時。
 魔理沙、早苗、アリス、阿求、橙、にとり。以上六名が集っていた。
 いよいよ真相と異変の終焉に近付こうとしていた。

「にとり」
「なんだい、魔理沙」
「先ずは、無事でなにより。天子のことは残念だった」
「うん……」
「消沈しているところ悪いんだけど、至急用意して欲しいものがあるんだ」
「解った。やってみるよ」

「橙」
「なんですか、魔理沙さん」
「急に呼び出してごめん。藍の調子は?」
「相変わらずですよ。要件はなんです?」
「この異変に終止符を打つために、おまえの力が必要だ。協力して欲しい」
「解りました。なんなりと」

「アリス」
「なに、魔理沙」
「いよいよ修羅場になる。一緒に来て欲しい」
「もちろん」
「ついては、私の代わりに下準備をして欲しいんだ。博麗神社に行って欲しい」
「解ったわ」

「早苗」
「はい、なんでしょう魔理沙さん」
「もし私達がこの異変の解決に失敗したら、幻想郷を頼む」
「らしくないですね。でも、いいですよ」
「結界を、幻想を、みんなを守ってやってくれ」
「上等です」

「さて……阿求」
「魔理沙さん」
 不意に、部屋が暗転する。
 魔理沙と阿求だけが暗闇の中、スポットライトに照らし出された。
「阿求。アメヤは、一連の連続殺人の犯人ではないんだよな」
「ええ。それは確かですよ」
「では、他に真犯人がいるということだな」
「ええ、そうなります」
 魔理沙が正面を――こちら側を向いて、人差し指を立てた。
「その犯人は、パチュリーの封印をスルーして宝刀を盗み出し」
 中指を続けて立てる。
「輝夜の放った弾丸をそのまま送り返し」
 薬指も立てる。
「厳戒態勢の妖怪の山に誰にも気付かれることなく侵入、脱出し」
 小指。
「外の世界の道具まで持っていて、天子を殺した」
 親指。
「これらが可能な、幻想郷の住人といえば……何人かいる。さて、一体誰が犯人なんだろう?」
「それはですね、魔理沙さん」
 阿求は魔理沙の手に自分の手を合わせて、握った。そしてやっぱりこっちを向く。
「動機と、手口と、痕跡を考えれば自ずと導き出されますよ」
「本当かよ?」
「ええ。よーく振り返ってみると、その犯人でなければ起こりえない痕跡が残っています」
「あっそう。でもぶっちゃけあいつだろ? 犯人って」
「いやまあ、そうなんですけどね。でも、推理してくださいよ」
「嫌だね」
 魔理沙は繋いだ手で阿求をくるくると回した。

「推理で真相が明らかになるもんか、私は私の方法で犯人を見つけるぜ」

 この時、時刻は午前九時。アメヤとの直接対決まで、あと十三時間。


********************




 無敵のはずの巫女は、誰に、なぜ、如何にして殺害されたのか。




********************

[萃香と死]


 萃香は酔っ払った足で人里を歩いていた。
 だらしなく服を引きずり、よたよたと雪に足を取られながら進む。一切の品格も親しみやすさもない、ただの小汚い小娘。それが今の萃香だった。
 頭痛がする。悪寒もする。だるい。鬼としてのアイデンティティが揺らいでいた。
 そんな萃香の視界に、銀色が映った。
 あの男だ。
「あっ……あっ、……ああっ」
 ろれつの回らない萃香はそれでも必死に追いすがろうとした。あいつを、あいつを殴らなくちゃいけない。霊夢の仇をとらなくちゃいけない。だから、だから……。
「あ、ま、まっ……まって、まって……」
 しかし、銀色の男は遠目に一瞥をくれただけで、興味なさげに去っていった。
 萃香がこける。泥と雪にうずもれる。立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。もぞもぞと動くばかり。ぐちゃぐちゃと顔が泥と涙で汚れてゆく。
「ま、って……待ってくれ……い……」
 仇敵にすがりつくような声を上げる。ずりずりと、まるでカタツムリのように地面を這う。その視界は雪に覆われて、霞み、やがて白に染まっていった。
 動かなくなる。
「霊夢……」
 声になっていれば、そう発音されていたであろう。しかし唇は動かず、呼吸も停止していたので、その言葉は誰にも届くことはなかった。
 ごろりと伊吹瓢が転がる。
 それを誰かが拾い上げた。
 代わりに紙切れを落として行った。
 その紙切れにはこう書かれていた。

『―― この道を通る者の、生命と等価の価値あるものを盗む ――』


********************

[橙と溶接]


 八雲 紫にはゴミ屋敷の主人よろしく収拾癖がある。それ自体は幻想郷では珍しくもない趣味だ。しかし、その"よく解らないもの"を――特に、外の――見るたびに、橙は幻想郷自体がゴミ屋敷のようなものなのではないか、としばしば考えてしまう。
「紫様。なんですかこれは」
「………………」
 紫は応えない。応える気がない。仮に藍が聞いたとしても紫は応えないだろう。それは信頼関係があるからだ。橙が聞いても応える事がないというのは、全く橙を使い潰しの道具としかみていないということだった。育てる気がないのである。
 橙が脳内に着信したメールを読む。そこには指示が書かれていた。道具の場所は知っている。橙一人でやるには大掛かりな作業だったが、助力は期待できない。
「突貫工事になるなあ」
 ぼやきながらアセチレントーチを手にして遮光面をかぶる。
「げっ……耳が入らない……」
 毛皮で覆われ、頭から突き出た対の耳がピコピコと動く。どうにか意志の力でぺたんと畳むが、それでもはみ出していた。このまま作業したら耳が焼けてしまう。なくなっちゃうかも。
 と、その橙の右手にごろりとなにかが投げ込まれた。
 頭をすっぽり覆える、耐火布のマスクだった。

「紫様、終わりましたよ。試射はされるので?」
「………………」
 例によって応えない主人をさして気にもせず、橙はアクエリアス(のパチモン)で水分補給。ここはあたり中にガラクタの積まれた、紫のクローゼットだ。そこで紫は真っ黒な喪服に着替えていた。ネックレスをかけようとしているが、手袋で指先が滑って上手くいかない。
 橙は手を差し出す。紫はネックレスのチェーンを渡す。背後にまわり、段差に乗っかりチェーンを留めた。
 ドレッサーにはもう一つ、ブローチもあった。
 橙はそれを手に取り、一瞬の早業で、ポケットの中に入れていた同じ形のブローチと入れ替えた。

 カーン! 豊満な胸にブローチが光る。
 キーン! リンネルのハンカチと一緒に、紫のポケットに橙の手が入る。
 ドーン! 橙のしたたかな顔がアップになった。

 紫は湯漬けと漬物の食事を取ったあと、いつもの傘を取り、スキマを開いて外に出た。
 橙もまたやはり、己の役割に従って、準備を整えてスキマを出る。
「もう、ここに帰ることは、ないかもね……」
 ゴミ屋敷。
 八雲 紫がゴミ屋敷の主人なら、私は、私たちは、そこに住み着く野良猫に過ぎない。
 統一感がなく、混沌以外に見いだせるものがない。落ち着かない所だ。
 しかし橙は、それでも橙は、今になってようやく、まるで母の懐のように、このスキマを家だと思うようになっていることに気づいていた。

「明日もここで、眠りたいな」


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[アリスとパチュリー]


 いったん準備を整えに家に戻った魔理沙は、実験ノートに見知らぬ記述を見つけた。
 そこには、いくつかの実験手順が省かれ、代わりに化学式とタイムスケジュールからなる粉末試料精製法が書かれていた。
 覚えのないものだった。
 だが、合成中の試料でその通りにやってみると見事に望みの色をした粉末結晶が得られ、その威力もまた満足の行くものだった。
 魔理沙は荷物をまとめて家を出た。そこにはアリスがいた。
「魔理沙、下準備が終わったから迎えに来たわ」
 魔理沙は黙って頷いた。箒を浮かせる。今日は、アリスが前に乗った。……はじめてのことだった。
 すいすいと、日が沈み始めた幻想郷の空を横切る。
 空いた道。いつもならもっとたくさん知り合いが飛んでいる空に、今日は二人きり。
 博麗神社の向こうには、相変わらず外の世界の威容が広がっている。魔理沙はそれを無感動に見つめていた。そこで、不意にアリスが機首を傾けた。
「ちょっと、寄り道して行ってもいい?」
「夜までに神社に着けば、大丈夫だぜ」
 二人が降り立ったのは紅魔館だった。
 門番はいない。館の中も、閑散としていた。二人はすいすいと図書館に向かって歩き、重い扉を開けると図書館の匂いを全身で感じた。
「なんだか、久しぶりな感じ」
「ああ……」
「これってさ。パチュリーの匂いよね」
「そうだな」
 アリスは書架へ歩み寄り、慣れた手つきで一冊抜き出した。それを広げる。半分は白紙の本だった。魔理沙が初めて見る本だった。
「これね」
 ページを手繰る。見慣れた字。二種類の字。
「私とパチュリーの、共著の本なの」
 そっと紙面を撫ぜた。埃をかぶってはいないものの、かなり古びていた。
「三十年くらい前かなあ。話が盛り上がっちゃってね。それで、二人で書きはじめたの。あのころは、お互いとんがってたなあ。何度も傷つけあいながら、それでも不思議と一緒に居たっけ」
「…………」
「パチュリーが熱力学。私が反応速度と制御。化け学的見地が足りなくてお蔵入りになってたけど、魔理沙がここに来るようになってから、二人の時に、時々この続きを書かないかって話になってたのよ?」
「…………知らなかった」
「私たちも、魔法使いとしちゃまだまだだってのにさ。魔理沙。あんたがあんまりふがいないもんだから、二人で一人前の魔法使いにしようって。部屋に篭りっきりにならないようにって私が言うと、パチュリーは人形しか友達のいないようなやつにならないように、って言って。何度かつかみ合いになったっけ」
「なにやってんだよ……」ほんとになにやってんだよ。
 魔理沙が、かすかに笑顔を見せた。
 アリスとパチュリーの間に、自分の知らない親密な関係があることを見つけた。
 それが素直に嬉しかった。そして楽しさが、直に伝わってきた。
 そしたら自然に笑みがこぼれた。
「ははっ」
「おかしいわよね」
 アリスがそう言って魔理沙の指を取った。そっと握る。鋭い痛みが走る。魔理沙が手を引っ込めようとした。だが、アリスは離さなかった。再び無表情に落ちた魔理沙の目と、アリスの目が交錯する。
「笑ったら? 魔理沙」
「……無理だよ」
 そう言ってそっぽを向く。アリスが息を吸う。
 そっと手が引かれる。振り払おうとして、アリスの目を睨みつけようとして、そして魔理沙は目を疑った。
 手と手を取っていた、アリスはそこに居なかった。
 パチュリー・ノーレッジ。七曜の魔女が――魔理沙の無二の親友がそこにいた。
「笑って。魔理沙」
 
 パチュリーはそう言って微笑んだ。

 魔理沙は泣いた。
 誰かが死んだがために涙を流したのは、これが初めてだった。


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[紫と米粒]


 魔理沙がパチュリーの寝室で目を覚ますと、午後九時の時計が鳴った。
 目覚めは良かった。寝癖をつけたまま寝室を出ると、アリスが読んでいた本から顔を上げた。魔理沙はその足でシャワールームに行き、汗を流し髪を乾かした。僅かに酸の臭い。乾かしてあった水色の下着をつける。
 身支度を整えると、アリスが食事を用意していた。無言のままそれを胃に詰める。食後のお茶を飲んでいたら、午後十時を知らせる時計の音が響いた。二人はカップを置き、装備品を確かめ紅魔館をあとにした。
 博麗神社の手前、五〇〇メートル。上空にたたずみ、魔理沙とアリスはホバリングしたまま無線機を取り出し、片方ずつ耳に付ける。感度は良好。
 やがて、衣擦れの音がしてマイクの雑音が空間的な広がりを教える。対象は外に出たらしい。
 砂利を踏む音。吹きすさぶ風。そしてついに誰かが口を開く。
 
 ――こんばんわ。アメヤさん。
 聞き覚えのある声が第一声となり、この異変の真相が語られはじめた。

 同時刻。
 博麗神社中庭。
 アメヤがいた。
 八雲 紫もいた。
 アメヤはくたびれたように足を伸ばす。一日歩き通しだった。紫は落ち着いたいでたちだったが、真っ黒な服を着ていた。まるで喪服。
「こんばんわ。アメヤさん」
「おや、こんばんわ」
 紫は博麗大結界を背に、傘を杖のように正面に立てた。
「お帰りになるそうですね」
「ああ。どうやら、ここにはもう用がない――出口はそっちでいいのかな?」
「ええ。山を下ればすぐ国道に出ますわ、一五二号線ですけどね。……ただし、」
 紫は傘をふりかざして、タクトを振るように諳んじた。
「あなたが来た時とは勝手が違いますのよ。といいますのも、博麗の巫女が死んでしまいましてね。ですからあなたが今、無理に結界を通ろうとすればこの幻想郷が丸ごと壊れてしまう危険がありますの」
「そうなのかい」
「ええ。ですから、こうして私がわざわざ出てきたのです。安全に結界を出入りできるように」
「お手数をかけるね」
「仕方のないことですわ」
 紫はこの侵略者に対し、粛々と求めに応じた。
 アメヤが歩を進める。博麗神社社務所を過ぎ紫に一歩一歩と近付く。
 すれ違おうとした時に、紫が思い出したようにアメヤを呼び止めた。
「ああ、アメヤさん」
 アメヤは手が届きそうな位置にいる紫に目線を送った。
「博麗 霊夢のことなんですけれど」
 アメヤは歩みを止め紫に向き合う。
「彼女の遺体はですね、私が預かっておりまして」
「…………」
「死後、六時間といった程度でしょうか? その時のまま、体液を保存液で置き換え、代謝を停止させ、超低温で保管しているのです」
「なんのためにそんなことを?」
「かつてのエジプト王朝では、死者の蘇りが信じられておりました。復活の時まで魂の宿る身体を残すために、当時の人々は知恵を凝らし遺体を保存したのです。それと同じことをですね、私もしたのですよ。だから……」
 紫はするりと自然な所作で、地面に膝、ついで手をつき頭を下げた。
 DOGEZAである。
「博麗 霊夢の命を、返してはいただけないでしょうか」
「命?」
「いかにも。博麗 霊夢の再生こそ、私の願いです」
 アメヤはかすかに息を吐いた。もう一度息を吸って、それを飲み込む。
 紫は頭を上げなかったが、雰囲気が変化したのは感じられた。僅かに視界の端に映っていたアメヤのブーツが、見慣れた赤いローファーに変わっていた。
「……!?」
 顔を上げて上目遣いにアメヤを見上げる。そこにいたのは闇夜に浮かぶ紅白の巫女。
 霊夢。
 博麗 霊夢。
「紫、あんたも解ってるでしょ。死んだものは蘇らない。絶対に」
 紫。僅かに動揺したが姿勢は揺るがず。
「承知してますわ。しかし、まだ、たったの六時間。六時間しか経っておりません」
 霊夢――アメヤ。僅かに顔をしかめて。
「なにが言いたいのよ?」
 紫。伏したまま。声は大きく。
「不可能ではありません。六時間ならば、奇跡の一つで取り返せます。そうです。霊夢は死んで六時間しか経っていない。まだ蘇ってもいい時間のはずです」
「そんな無茶な――」
「霊夢にはそれだけの生命力があります。医学的な不都合なら様々な例外で説明できます。それでも間に合わないことなら、気質で補います。死んだ脳細胞と心筋細胞は私がなんとかします。あとはただ一つ、僅かなりとも奇跡が起きさえすれば、霊夢は蘇ります。霊夢は生き返る事が出来るのです」
「奇跡は起きた瞬間に奇跡になる、そういうもんでしょ、紫。それを起こせってのは」
「お願いします。あなたにならばできる。魔理沙と交わした約束は、ただの虚言ではないはずです」
「いやまあできるっちゃできるけどね?」
「無論、タダでとは申しません」
 紫はスキマを開く。
 出てきたのは一振りの短刀だった。
「あなたは怪盗であると聞いております」
 蓬莱の薬。
「人の命と等価の価値ある物品を盗み去る怪盗」
 にとり製のカメラ。
「霊夢から盗んだ命をあなたは持っている」
 天界の桃。
「交換していただきたいのです」
 伊吹瓢。
「幻想郷に住まう長寿で博識、深遠で希少な強者」
 雑多な金品があとに続く。
「彼女らが己が命ほどに大事にしていたこれらの品々を献上します」
 八雲 紫が狩り集めた。
「霊夢の命を返していただきたい」
 アメヤは頬を釣り上げたまま、身じろぎもしなかった。
「返していただきたい」

 ――怪盗。
 窃盗目的ならば取引は可能。少なくとも合理的に考えれば。
 たったそれだけ。たったそれだけのために八雲 紫は。
 霊夢の命と引き換えにするためにパチュリーを殺し、永琳を殺し、文を殺し、天子を殺し、萃香を殺し、さらに多くの人間の命を奪った。
 パチュリーの封印も永琳の不死性も妖怪の山の結界も天界の地理的不利も萃香の腕力も、紫がスキマを駆使すればなんてことはなかった。トリックなどありはしない。ただ、スキマを使い境界を操っただけ。犯行声明文を残して行ったのは、僅かでも魔理沙の眼を自分から逸らせるため。
 八雲 紫。
 彼女こそが真犯人。

 アメヤはそれを悟って申し訳なさそうな顔をした。
「あんただったのね。おかげでいろんなヤツに恨み買ったわ」
「しかし、あなたでは盗めなかったものも、私にはこうして盗み出せました」
 紫は本気でそう信じていた。
 アメヤがパチュリーの図書館にて。魔法による封印を解けずに盗難を断念したところを見て、これしかないと信じきった。
「あなた、八雲 紫。これらが本当に、それぞれ命と等価の価値あるものだと思ってるの?」
「はい。いずれ劣らぬ一品です。人生をかけて作り上げた短刀。伝説に語られる月の宝。妖怪愛用のカメラ――」
「ああ。いいからいいから。説明はしなくていいから。もう解ってると思うけど、いらないわよこんなの」
「………………え?」
「いらないってば」
「えっ」
「えっ」
 なにそれこわい。
「いやあのさ……あんたが霊夢の命につけた価値は、ここにある宝物すべてをひっくるめてもまだ足りない、ってことは、解った。よく解った。けどさ、私にとってはガラクタよこんなもの」
 灰色に固まる紫を差し置いて、申し訳なさそうにアメヤが霊夢の口調で続ける。
「貴重品だそうね。けど、モノとしての価値ならばそれこそ不要ってもんよ。希少性や物量で置き換えられる価値は、他にいくらでも替えが効くんだからね。それなら足りてる」
「断言いたします。ここにある物は、各人が命を賭してでも守ろうとしたものです」
「うん、それも確かだろうさ……けど、命と等価の価値があるものって、そういうものじゃないのよ。私が盗んできたのは」
 アメヤは大変なモノを盗んでゆきました。
「なんで霊夢から米を盗んだと思う?」
「それは……霊夢にとってはそれが命だったのでしょう? あの炭水化物がなければ彼女は冬を越せなかった。だから」
「米じゃなくたって、小麦もトウモロコシもあったでしょ。お焼きといってね、米の採れない地方で食される小麦の主食があるのよ。米がなくたって、人間生きてゆけるわ」
「じゃあ、なぜ……?」
「あなたは知ってるはず」
「………………」
「十数年前。全国的な冷夏が襲ったことがあったわ。覚えてる?
 外の世界だったらタイ米の輸入で凌げたけれど、幻想郷じゃそうはいかなかった。農村部では口減らしのため、物心つく前の児童が多数妖怪に捧げられた。無名の丘が飽和状態になって、太陽の畑や妖怪の山、ついには博麗神社にまで子供を捨てに来る者もいた。
 そんな時、たまたま博麗神社を通りかかったスキマ妖怪が、寒さと飢餓で死を待つばかりだった無力な少女を見つけたの。そのスキマ妖怪はさ、その少女になにを与えたか、覚えてる?」
 紫はぽつぽつと、呼応し、思い出すように、言葉をつむぎ始めた。
「あれ……"あれ"なの? だって、私はただの気まぐれで食事を恵んでやっただけなのに」
 紫の心が、くしゃりと音を立てた。

「霊夢はさあ。博麗の巫女だから、霊夢だったのかしら?」

「…………霊夢は霊夢よ、博麗の巫女」
「確かに、人格は立場によって作られる。環境に依存して変化する。けど、霊夢はたとえ博麗の巫女じゃなくなってもずっと霊夢だったんじゃないかと私は思う。あなたはどう?」
「……霊夢はずっと霊夢のままよ」
「そう。だから私は盗んだ。霊夢を霊夢たらしめていた体験を。他の誰かと区別できるなにものかを」
「だから、米だと? 霊夢の命と等価の価値を持つものが?」
「ええ。ただの普通の一粒の、他愛もない米の粒。それだけで霊夢の命すべてと同じ価値があった。私たちからすればただの米粒。無価値に等しいただの米粒。あなたは――命の価値を、解っていなかった。そんなものに価値はないのよ……霊夢本人と、霊夢の命に価値を認める者以外にはね。だから、長くなったけど。これがあなたの持って来たものに価値がない、その理由。こんなものは、いらないわ」

 その声は本当に残念そうだった。しかし明確な拒絶の意を含んでいた。

 八雲 紫の願いは絶たれた。
 

********************

[幻想の代償]


 紫は打ちひしがれていたが、彼女には目的があった。
 霊夢の再生という願いがあった。
 そのための手段が一つ潰えたとして、彼女に打つ手が全くなくなってしまったわけではない。
 かくなる上は、実力行使を持って作戦目標を達成するしかないと彼女は判断した。
 そのための準備は出来ていた。
「それでは、どうしても、霊夢の命を返してはいただけないのですか」
「いや。そこでものは相談なんだけどさ。聞くところによると、この幻想郷では目的達成の障害を挫くために、決闘法を定めているそうじゃない。それで決着をつけない? あなたが勝ったら命を返すわ。私が勝ったら、なにをくれる?」
 人命を掛け金代わりにする態度に、紫は僅かに不快感を覚えた。
 しかし、そんなことは今まで彼女達妖怪自身がいくらでもしてきたことだ。
 より強大な力を持った相手には諾々と従う。その原則は、たとえ絶対的強者・支配者の座に長くついていたとしても、紫の身から離れることなく骨身に染みていた。
 だから、紫は再び勘違いを犯した。
「私の命を賭けましょう」
「豪気ねえ」
 一世一代の大勝負。命と命を賭けた大一番。
 勝手に、そう思いこんでしまった。
 弾幕勝負はただの遊びだ。アメヤはそのつもりで話を進めていた。
 しかし、人命が賭けられた時点で、紫はこれを命がけの真剣勝負だと解釈した。命が掛かった勝負で何度もやり直しが利こうなどと、そんな美味しい話は幻想郷にだってありはしないからだ。

 結果、アメヤは遊びのつもりで、紫は殺し合いのつもりで勝負に挑むという構図ができた。

 なぜこのような齟齬が発生したのか?
 それは明治期に外界と隔離されてしまった幻想郷の住民が、社会の変遷と共に是正されずに残してきてしまった悪癖が遠因となっていた。かつて日本人は鎖国状態から開放されると同時に、異なる常識を持つ人種との交流を余儀なくされた。当然、そこではトラブルも起きた。そこで外の世界の人間は多くを学び取り、コミュニケーション能力を発達させた。
 その代償は大きかった。薩英戦争、生麦事件、堺事件、神戸事件、ハーバー事件……。多くの血を流し、日本人は学んだ。
 自分たちのだけの常識に縛られず、相手を慮り斟酌すること。それは、過剰に相手の意を汲み、却って的外れな気遣いを示しがちだったかつての日本人の態度からは進歩したものだった。しかし、幻想郷はその進歩を嫌い、自分たちだけの常識を持ち、殻に閉じこもった。

 同じ文化を持つもの同士だけの、閉鎖したコミュニティ。
 自分たちの常識以外の知識を持ち合わせない。それ以外の判断基準を知らぬ、隔離された世界。
 その結果生じる齟齬。相互理解の不全。
 幻想の代償。
 八雲 紫はその陥穽に嵌まったのだった。
 
 平時ならば紫はもっと柔軟で在れたろう。こんな勘違いもしなかったに違いない。だが彼女には余裕がなかった。多くの同胞を手にかけた。そのストレスは、確実に紫を狂わせていた。要するに、本気になりすぎていたのである。普段から手を抜く人間が急に本気を出すと思わぬ失敗をしでかす。なにが悪かったといって……紫の平時からの生活態度が悪かったというほかない。

 スペルカード数を宣言。三。
 紫とアメヤが距離をとる。
 弾頭活性化。
「いくよ! 夢符・封魔陣――」
 アメヤがスペルカードを発動する。無数の呪符が空間に転写される。
 対し、紫は正面からスキマを開き、自身の弾幕を放った。宣言はたった一言。
「fire」
 スキマから突き出されたのは千の砲口。

 夢符が蜂の巣になり
 空間を鉛とサーメットが占め
 霊夢の姿形だけがくりぬかれ
 運動エネルギー弾がすべてを磨り潰し
 化学エネルギー弾がすべてを灰にした

 七十四式一〇五ミリ榴弾。七五式一三〇ミリロケット榴弾。七五式一五五ミリ榴弾。六四式一〇六ミリ成形炸薬弾。九三式およびM829/A1/A2/A3およびM900一二〇ミリ装弾筒付翼安定徹甲弾。M830/A1一二〇ミリ多目的対戦車榴弾。M1028対人散弾。SS109五.五六ミリNATO弾。六十六式一二.七ミリM2弾。50BMG一二.七ミリNATO弾。七.六二ミリソビエトM43弾。B32一四.五ミリ焼夷徹甲弾。
 射撃開始から五十分の一秒間に発射された弾丸の総数は千二百。
 射撃が止むまでの一三.三三秒間に発射された弾丸の総数は二万六千七百三十一。
 重量にして二〇八.八トン、値段にして二七三八一〇万円。
 比喩でもなんでもなく、地形を変える攻撃力。
 当然、神社は全壊。結界が揺らぐ。そしてアメヤは――
「      、  キチ  って                ね」
「!」
 紫の正面にいた。
 燃える神社が見える位置に居た紫は、爆音でアメヤの言葉を聞き取ることができなかった。
 ステア社の小銃をスキマから取り出し引き金に指をかける。燃える鳥居の上に、炎にも構わず立つアメヤに狙いを定める。その頭部に砲弾、ユゴニオ弾性限界を突破しプリンのようにぷるんぷるんと弾ける。千分の一秒の現象。照門、照星一致。撃てない。引き金にかけた指が凍りついたように動かなかった。霊夢。霊夢霊夢霊夢霊夢霊夢霊夢霊夢霊夢霊夢。
 紫は愕然とした。まだ、この期に及んでまだ身体が心に支配されているとは。再度、ライフルを構える。照準を合わせ、引き金に指をかけて……撃てなかった。
「……っ」
 口を固く結ぶ。目じりから涙が溢れる。紫はライフルを投げ捨てると黒い手袋に包まれた手を一つ振るう。細けぇことはいいんだよ! スキマが開く。投げつけられるように、ぼてりとアメヤの足元に転がるステンレスの塊。
 ――ウィー・ナット。W54小型戦術核弾頭。
 非核三原則の幻想入りと共にもたらされた、八雲 紫の切り札。

 夜が昼になった。


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[阿求と抗争]


 紅 美鈴と犬走 椛は彼我五キロメートルで起きた核爆発に心を奪われた。
「なん、てこった」
 どちらともなく呟く。その隙に、阿求の私兵たちは引き波のごとく逃げ出した。二人はそれに気づいていたが、放置した。
 美鈴はいつもの人民服とは異なり、身体のラインが出るライダースーツ姿だった。しかしあちこち裂けているうえにヘルメットは砕け、こめかみから血が滴っている。左の拳が砕け、なにより息が上がっていた。
 椛の負傷はより深刻だった。右大腿を弾丸が貫通し、血がべっとりと服に染み付いている。血は止まっているし後遺症もないだろうが、これではしばらく踏み込みに力が入らない。大きく攻撃力を削がれた状態。
 阿求の私兵たちとの戦闘により、負った怪我である。
 ただの人間にここまで苦しめられたのは実に百年ぶりだ、と美鈴は思った。小銃と刃を用いた複数同時攻撃による近接格闘。囲いに誘い込み、支援火器により駆逐する戦術。制圧射撃と陽動を組み合わせた先の見えない戦況。手榴弾と地雷が撒き散らす鉄の一辺、釘の一つにすら殺意がこもり、それこそが彼女達の肌を切り裂いた。
 阿求の私兵は妖怪との戦いに豊富な経験を持っている。並か上程度の妖怪ではまともな戦いすら成り立たない強さを誇っている。しかし当然、レミリア・スカーレットや風見 幽香のような桁外れの相手には敵わない。彼らはそれぞれを統合打撃戦闘機とイージス巡洋艦に喩え、制圧目標と区別して認識している。戦略兵器には戦略兵器を、だ。
 だが、紅 美鈴や犬走 椛はその評価でいえば装備と練度の充実した歩兵小隊に相当し、阿求の私兵たちでも対処が可能だと考えられていた。だから戦闘に至ったわけだが――
 椛の背後で男がうめき声を上げる。その手には自動拳銃があった。両目が潰れている。というか、胸から下がなかった。足も腹も内臓も背骨も一五三個ほどにばらけ、撒き散らされているのだ。それでも銃の狙いは、正確だった。乾いた音。スライドが後退する。椛の髪が一房落ちた。
 そして男は事切れた。
 周囲半径五〇メートルに打ち捨てられた、他の数十名と同様に。
 ……美鈴と椛は決して強い妖怪ではない。生まれは卑しく、才能に恵まれていたわけでもない。血ヘドを吐く努力。関った者達の犠牲。それでもなおどうしても追い詰められた時の、幸運……。よって培った経験。それこそが彼女らを稀にみる強者に仕立て上げた。
 それほど人間臭いのが相手では、阿求の私兵たちも銃を持った人間程度の強さしか発揮できなかった。
「妨害は排除した。先に進もう」
 美鈴が乗り捨てたオートバイを片手で立ち上げる。八〇〇馬力のエンジンはずっしりと地面に食い込んでいた。椛が後部座席にちゃっかりと座る。ドロドロした音声を立てて二人は博麗神社へ向かう道を走った。
 だが、一キロも走らないうちにまた立ち止まった。
「稗田 阿求……!」
 椛が驚きの声を上げる。進路を塞ぐように仁王立ちしている少女。人間の従者を連れている。
「お二人さん、引き返しなさい。あの男を追ってはいけない」
 阿求はよく通る声で美鈴の後ろの道を指して言った。
「よくも私たちの計画を邪魔する気だな」
 美鈴がそう言ってライトをつけたままバイクから降り、拳を構えた。ぐい。三つ編みが引っ張られた。ブチっと言って三つ編みは頭皮ごと落ちた。
「…………」
「………………」
「……………………」
 三者三様の沈黙が落ちる。
「あ、っと……ゴメン。ちょっと阿求の話を聞いて欲しくて、その……」
「いや、さっきグレイズしたナイフが、避けきれてなかったんだよ、あなたのせいじゃない……」
 美鈴はそういってなんでもない振りをしたが、涙目だった。
「えっと、いいかな? もう一方的に話しちゃうけどさ」
 こめかみにぬちゃぬちゃと三つ編みを押し付けて元に戻らないか試す二人を差し置いて、阿求はいつものように勝手にまくし立てた。
「この先にはアメヤが居ます。知ってますね? あなた達は彼の脱出を阻止し、あわよくば復讐を果たそうとしている。そうですね? ……率直に言います。やめてください。確かにあなた達は強いです。美鈴さん。一度破れたからこそ、あなたには勝機がある。椛さん。昨夜、共にアメヤと言葉を交わし、接触を持ったからこそ、あなたにも勝機はある。あなた達二人は、昨晩投入された幻想郷側の戦力を十倍掛けしてもなお及ばぬ強兵です。しかし、それでも無理です」
 椛は応えた。
「なにがいいたいか、だいたい解るよ。けどね、狭い山で育った私には、郷のことすらよく解らない。国だとか、海だとか、星だとか、太陽系だとか、銀河だとか――上位次元だとか。そんなのは知ったことじゃない、ただ、放ってはおけないと思ったんだ」
 阿求、肩をすくめて。
「じゃあ、噛み砕いて伝えましょうか? 例えば、先ほど八雲 紫はあのアメヤに対して攻撃を加えました。詳しい経緯は省きますが、核兵器まで使いました。けど、無駄でした。アメヤに傷をつけたければ、その存在にダメージを与えたいなら、あの核兵器が最低でも十の十三乗個は必要になるんです。この惑星すら、破壊の誤差にしかならないような、そんな圧倒的なチカラ。そこは量子物理学と重化学工業のみが到達できる地平だ。妖怪は、お呼びでない……!」
「ごちゃごちゃうっせーぞ、ガキ」
 美鈴が三つ編みを投げ捨てた。
 その目は鋭くつり上がり、いつもの柔和な雰囲気は完全に死んでいた。
「私らはこのまま進む。なにがどうあろうとだ。止めたきゃ口先だけじゃねーチカラを見せてみな」
「あなた達を無駄死にさせたくないから言ってんですよ。それにね、そんなチャチな問題じゃないんですよ、これ。……この幻想郷が危ない。そういう話なんです。あなた達に、結界のそばで、あのアメヤとじゃれあわれるとですね、結界がぶっ壊れちゃうんですよ、ぶっちゃけ。それどころか予想不可能な事が起きて、地球が滅びさえするかも! それはちょっと迷惑です、御免被りたい。冗談じゃなく本当に。あのアメヤには、それだけのチカラがある、余裕である、息をするように、あるんです。このまま勝手に帰らせるのが一番無難だと思うんですがね?」
 強弁した阿求だったが、その訴えは
「ははっ」
「……ふっ」
 一笑に付された。
「稗田の、あんたさあ――妖怪に、なにいってんだ? 誰かが迷惑するから、やめろ、だと?」
「そんなのは人間にいうべきことですよ。さあ、どいてください。地球がどうなろうと私たちはちょっかい出しにいきますから」
「結構。では、通せんぼしますから」
 阿求の後ろに控えていた青年がずいと前に出る。
 皮グローブにバンダナ。ジーパンにリュックサック。その手には自動拳銃、ベレッタM1951.肌にも、バンダナにも、グローブにも、そして拳銃にもドクロのマークが刻まれていた。
「懲りないね。まだ死に足りないの」
「本当だよ。滅多に食えないごちそうとはいえ、あっちで殺したぶんすら食いきれないのに」
「じゃあ、あいつは半殺しにして、いけすに放り込むってのはどう?」
「それいいね、そうしようか」
 ナイスな提案を出した美鈴を振り仰いだ椛は、ハテ、と首をかしげた。
 三つ編みのもう片方もなくなっていたからだ。
 否、なくなっていたのは三つ編みだけではない。
 頬も耳も頭皮も、後頭部の髪の毛ごと、ばっさりと……抉り取られていた。
 考えるより先に足が動く。
 男との距離は十五メートル。コンマ二秒とかからず詰められる距離。だがそこに飛び込むのは自殺行為だと、椛は直感で悟った。直線的に動いたが最後頭がなくなる。
 男、拳銃を構えている。右手でグリップを握りトリガーに指をかける。腕はまっすぐ伸び目線と狙いが一致している。左手はグリップを支え、トリガーに被せる。
 正しい、射撃姿勢。
「美鈴。こいつ、さっきのとは違うよ、レベルが違う」
「ちくしょう、人間め」
 美鈴が神経に指示を出して血を止めながら拳を握る。重心を低く。すり足で踏み出した瞬間、再び男が発砲した。
 どかん。 弾丸が銃口を出る。
 見える、拳銃弾の軌道が美鈴には見える。
 ――どかん。  音速と共に弾が飛ぶ。
 避けられる。美鈴は素早いので避けられる。
 ――――どかん。      やがて弾は音を置き去りにする。
 だが、避けた先の頭の位置は、次の拳銃弾の通り道。
 ――――――どかん。              男が銃口を僅かに逸らし、次の狙いをちらつかせ
 美鈴は動くに
 (動いたら)
 (当たる)

 動けない!?

 ライフル弾すらかわせるのに
 この拳銃弾がかわせない

 肋骨直下を貫通した弾は肺を破り血を撒いた。
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ」
 弾を避けようとして動いているのに。
 動くことで自分から弾丸に当たりに行ってしまう。
 自機狙いだとかちょん避けだとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。美鈴は、もっと恐ろしいなにかの片鱗を味わっていた。
 バンダナ男がゆっくり息を吸い、吐いた。その動作の間にも、銃口はふらふらと揺れながらも勘所を押さえていて、椛は歯噛みした。
「私の兵隊は最高ですよ。先ほどとは違うんです」
 阿求。口上を述べ始めた。その口調は自信に溢れていながらもどこか可愛らしく、女の子が自慢のGIジョーの説明をしているようかのだった。もし阿求がドヤ顔の一つでもしてくれれば、この幻想郷ではそこから美鈴たちは勝ちフラグを立てられただろうが、これは阿求の勝ちフラグだった。
「熱心に、なっちゃってさ。あなた方妖怪にとっちゃ、この異変。重大事かもしれませんがね」
 再び発砲。椛の盾が割れる。
「私ら人間からみりゃ、いつもどおりの異変に過ぎないんですよ? そう、あなた方には解らないだろうが、私たち人間はいつの異変でも毎回生と死をすり減らしてきたんだ」
 美鈴が腹を押さえ、ついに膝をつく。
「さあ、満身創痍だ。お帰んなさい、最初からやり直せ。生あることに、感謝して!」
「感謝、だと?」
 椛が鈍重な剣を捨てた。
「人間にだけは指摘されたくないことです、それは」
「!?」
 阿求が驚きの表情を作る。そして、はっと口元を隠した。
 椛の取った行動は至極単純なものだった。
 両腕で頭部を隠し、銃口の前に姿を曝す。猛者らしからぬ、無防備な行動。これにはバンダナも、僅かに照準を迷わせた。
 妖怪を殺したいのなら、人間は、最後には、心で引き金を引くしかない。
 それが仇となった。

 なぜ、美鈴は弾丸を避けられなかったのか?
 速度と弾道制御で遥かに劣る拳銃で彼女に命中させたということは、標的を見て撃っているということではなく、動きを読み撃っているということに他ならない。
 そして美鈴の動きを見切るということは、例え軍神の愛を受け加護をもってしても、到底不可能なことなのだ。
 一体どれほどの才能を持ち経験を積めば、これほどまでに練り上げられるのか……!
 椛はそれを悟ったからこそ、正攻法を諦めた。

「ぐぅ」
 バンダナがうめいた。
 引き金を引く。しかしそこに十分な殺傷力は乗らない。こんな、こんな迷いのある心では。
 椛、停まらず。バンダナ、呼吸乱れる。
 十五メートル。十メートル。五メートル。早鐘を打つ心臓の鼓動が聞こえんばかりの距離まで。
 気づけば、椛の眼が見えるほど近付いていた。
「ふうっ」
 バンダナが息を呑む。
 鯉幟。両親が妖怪に殺される一ヶ月前、自分のために揚げてくれた。
 椛の瞳は、ちょうどその、鯉幟のそれに似ていた。
 真っ白い円に黒い点が一つ。おおよそ生物の目とは思えない、奇妙かつ異様な模様。生物的な嫌悪と恐怖。極地に棲まう狼が持つ虹彩。戦慄。
 腕が開く。
 口が開く。
 牙が光る。
 椛がゆっくりと、全く抱擁でもするかのような動作で……
(「・ω・)「がおー
 齧りつかんと。
 だが、軍神はまたしてもこの男に味方した。
 牙が肩口に食い込んだ瞬間、椛は見た。そして目をつむり、耐爆姿勢に移った。

 いかづちが――

 突風。鴉天狗の起こす風とは比べ物にならない、押し潰すような風。続いて起こる吹き戻し。周囲の木々が倒れ人も妖怪も戦闘の続行が不可能になる。

 博麗神社方向。
 きのこ雲が上がっていた。
 男と阿求は、どこかに消えていた。
 敗走。


********************

[橙と恐怖の総和]


 時間はやや遡る。
 砲弾の嵐が捲き起こした風は二キロメートル離れた空にいた魔理沙とアリスを容易く吹き飛ばし、地面へと誘った。アリスは両膝で衝撃を吸収、着地。魔理沙は五点着地を試みるも、衝撃を殺しきれずごろごろと転がって木にぶつかった。
「大丈夫ー? 魔理沙ー?」
「いて、ててて……」
 落ち葉と小枝をひっつけた魔理沙が潅木を踏み分け現れた。アリスは用意していた救急箱で簡単な手当てをすると、博麗神社を見やった。そして固まった。
「……山が、足りなくない?」
 数多の砲弾と戦術核の爆発を受けて、博麗神社のあった霊山は土砂津波として周囲に押しのけられ潰されていた。不自然だ、と魔理沙はすぐに思った。あれほどの爆発があったというのに、自分たちが生きているはずはないのだ。なんらかの力が爆発を、局所的なものに押し込んだに違いない。さながらレイヤーを分けたかのように空間そのものの連続を断ち切って――魔理沙は直感でそう感じた。そう、それはさながら博麗大結界のような作用。
「派手にやるじゃねえか、紫」
 これから毎日神社を焼こうぜ?
「あれが弾幕だってンだからなんでもありよねえ」
 アリスも呆れたように頷く。既にイヤホンからは雑音しか聞こえない。放射線障害だ。
 改めて飛び立とうとして、魔理沙は自分が致命的なミスを犯したことに気づいた。
「げげっ……箒が折れてる」
 なし崩しに、両者は徒歩で博麗神社までの二キロメートルを歩くことになった。
 道中、息を急ききらせて合流するものがいた。
 今や八雲を襲名間近とする妖獣、橙である。
「ああ。やっぱりいた。空にいないもんだから探しましたよ」
「橙じゃん。どうしたの? これから修羅場だよ?」
「それなんですけどね、ああ、あ。時間がないみたいです」
「えー?」
 橙が振り仰ぐ冬の星空。視力の良い魔理沙はすぐその錯誤に気づく。例によってアリスにはよく見えなかったが――
 星の輝きが一部分、薄いクリーム色……宇宙そのものの色に染まっている。
 スキマ。それもリボンで区切られた生易しい、制御のされたスキマではなく、空間転変をも恐れず莫大なエネルギーをつぎ込まれて作られた特異点である。幻想郷、否、大気のある地球上でそんなものを作るなど、臨界状態の核融合炉に穴を穿つような暴挙だった。
「おいおい、なんかヤバくねーか!?」
 橙を背後に庇いながら魔理沙が悲鳴を上げる。何か恐ろしいものが、先の核爆発よりもヤバイ"なにか"が来ることは感じられた。
「いったいなにがはじまるんです?」
 アリスがすっとぼけた声で尋ねる。
「十二時間前、紫は私に外の世界の超々高圧送電線の断面を寄越して作業を命じました。まさか、本当に使うことになるだろうとは思いませんでしたが……」
「だーかーらー、なーにーがー!?」
「電気加速投射砲。五十口径40.6センチレールキャノンです」
「なにそれおいしいの」
「さあ。食らったことのあるやつはいませんからね」
 不意に、スパーク。夜空にできたスキマから火花が散った。
「来ますよ、私の後ろに隠れてっ」
「どこにどう隠れろってんだよ!?」
 くるりと橙が魔理沙を回し、己の背後に。
 猫の背は頼りないほど狭く、その後ろに隠れたところでなにからも遮蔽はされない。くねくねと動く尻尾を握り締めて魔理沙は防御魔法を展開し、アリスをきつく抱き寄せる。次の一秒には、すべての色が塗り変わった。

 一瞬だけ見えた砲撃は、落雷のようであった。

 天から伸びた光は神社があったはずの場所に鋭く刺さり、直線上にいたアメヤに降り注ぐ。マッハ八.一まで加速された砲弾の運動エネルギーは人類の想像すら追い越し、次いで砲弾自体が対消滅を起こすとこの爆発力と衝撃は容易く直下の旧地獄を崩壊させた。
 博麗大結界が最後の役目を終え、熱と光を吸収することにより徐々に通常空間に相転移する。反対、幻想郷の側では橙を中心に新たな結界が生じ、それと同時にこれまた相転移し消えていく。

 藍が、私のマスパを受けたとき、こんな感じだったのかな。

 光の中で魔理沙は掴んでいた尻尾がやけにフサフサしている事に気づく。
 柔軟材を使ったかのような毛並みの感触。それは自分が掴むものも含め、全部で九本あると思い当たるまで、時間はかからなかった。
 致死の熱線と衝撃波、破壊の嵐が過ぎ去るまでの十数秒間。
 後姿の橙は魔理沙を追い抜く身長で、ありとあらゆる災禍と恐怖を、魔理沙の、人間の、――幻想郷の代わりに受け止めていた。


********************

[魔理沙とポカリ]


 橙の結界は数十秒で解けた。同時に橙の姿もまた、いつもの少女のそれに戻った。
 爆発は完全に防げたわけではなく、数万分の一が防ぎきれずに漏洩した。それにも木々がなぎ倒されるほどの力があり、幻想郷中が異常事態に恐れ戦くことになった。
 しかし、本当の危機はそんなチャチなところにはない。

 博麗大結界の、崩壊……。

 魔理沙は橙をその場に横たえてアリスと共に神社への道のりを急いだ。
 空を飛ぼうと幾度か試みたが、魔理沙はもとよりアリスでさえうんともすんともいかなかった。上海も浮力を失い、今はアリスの腕の内にいる。二人とも口には出さなかったが、アリスは青ざめていた。魔理沙はいい、まだ少女といっていい年齢だから。しかしアリスはすでに百年以上生きている。
 アリスのペースが落ちてきていることに魔理沙は気づき速度を落とす。そのままゆるゆると立ち止まった。息を整える。葉の落ちた木に寄りかかるアリスは俯き加減で、その表情を見せようとしない。
「アリス?」 
 二人とも呼吸で激しく肩を上下させている。魔理沙がその頬に手を伸ばす。その所作に色気はなく、パートナーの体調変化を見極めんとする作業そのものだった。
「魔理沙……わたし、怖い」
 その手からするりと上海人形が落ち、そのままアリスは体育座りにずるずると落ち込んで行った。
「怖いの。今にも、私たち、消えてしまうんじゃないかって……!」
「はあ。そうっすか……」
 魔理沙は頭をボリボリと掻いた。何でいきなりこんな鬱入っちゃってんのかしら?
「私は、もう百年以上生きている……! 空を、飛べなくなったわ。幻想がなくなったいま、いつ私自身に終わりがくるか解らないの……!」
「私はまだぴちぴちの十代だけどナー」
 魔理沙は水筒のポカリをごくごくと飲み干しながら聞き流した。不安になるのも仕方がない。魔理沙自身、感じていた。一歩進むごとに違う星の土を踏むかのような感触が濃くなってゆくのだ。幻想郷の、外の世界。博麗神社方向へ向かうほど、その気配が徐々に強くなってゆく。
「おまえ、こーゆー状況でのプレッシャーには弱ぇんだもんなあ」
「しょうがないじゃない、引きこもりなんだから!」
 でも、おっかねえのは事実だろうな。さて、どう説得するかなー。魔理沙が少ない手持ちの時間で取れる術を数え始めた時。
 アリスと魔理沙が同時に顔を上げた。
 ふっと差し込む、光が――


********************

[霊夢と目覚まし時計]


 レールキャノンの砲身はたった一度で事実上使用不可となった。今日が土曜日だったため、問屋が来週じゃないと用意できないと言い、冷却用の液体窒素を十分に調達できなかったためだ。
 窮余の策として、紫は霊夢の死体を保存するために使っていた液体窒素を用いることにした。したがって霊夢の死体を納めた真空隔壁ごく近くに、レールキャノンの砲台とキャパシタはまとめて敷設され、発射時もこの状況に対し特別な処置は取られなかった。否、取ることができなかった。
 発射時の反動は周囲を揺るがせた。砲身は火花を散らし、気化して周囲に飛び散る。急ごしらえの配線は焼き切れ、セラミックのがいしが割れ砕けた。正直、紫もこれほど威力があるとは思っていなかった。 
 しかし、この惨状を知る前に紫は第二射を要求した。
 キャパシタが煙を上げる。砲身が再び赤熱し内部崩壊を起こす。安全装置は切られており、やがてショート、炎上。行き場をなくした電力が周囲に放散。

 暴走。

 金属という金属が弾き飛ばされ、誘導電流が流れる。それはサージ電流を感知して東京電力が送電を一部ラインで停止するまでの間、断続的に続いた。
 霊夢の真空容器はどうなっただろうか?
 側撃雷状に伸びたスパークと度重なる衝撃によって、台座を止めていたボトルが緩み、霊夢の棺はぐらぐらと揺れだした。なぜか揺れは収まらず、やがてゴトンと音を立て真空容器が転がりだす。
 ごろごろ、ごろごろ。ごつん。
 たまたま剥き出しになった配線に、またまた霊夢の棺が壊れて、たまたまそこまで転がってゆき、たまたま残っていた電力が、たまたまショートして流れて、たまたま霊夢自身へも、襲いかかった。
 ばちん。激しい音がして周囲に静寂が戻った。
 炎上するキャパシタ。あふれ出す液体窒素。溶ける砲身。有毒ガスと瓦礫、高熱と低温、死と無機が閉ざされたスキマに残される。
 
 数分後。
 砲弾に保持され、活性化された弾頭の反物質は、磁気の束縛が弱まると共に揺れだし、やがてひび割れた砲弾のスキマから零れ、同じくひび割れた棺の中へと落ち込んでいった。


********************

[魔理沙と原動機]


 私死ぬかも状態で鬱に陥っていたアリスに差した光.。
 それは歌うヘッドライトであった。
 エンジンを吹かしてオートバイに跨る紅 美鈴と犬走 椛。異色過ぎる組み合わせにしばし魔理沙とアリスは言葉を失った。美鈴のライダーゴーグルがぎらりと光る。
「あれれー、魔理沙じゃん」
「美鈴じゃーん。いいマシン転がしてんねー。あ、怪我治ったの? 傷だらけだけど?」
「これはさっき負った怪我だよ」
「病み上がりに無理すんなよーっていうかなんだよその髪型超新しいんだけど」
「……髪型には……触れるな……」
「……ごめん」
「それより、こんなところでどうしたんですか?」
 ほねっこを齧りながらそう聞いたのは椛だ。ピクニックかおまえら。ナイツーかおまえら。めでてーな。
「そうそう、神社のあの爆発見た? すごいよねぇ」
「だよなーっ……っと、そうそう。うかうかしてたら乗り遅れちまう」
「乗り遅れる?」
「ああ。私らは、あそこに用があるんだ」
「へえ、奇遇だね……乗ってく?」
「マジで? いいの? さっすが雑技団、話が解る! あ。でも、ツレがなあー……」
「私なら大丈夫よ。乗せてって、美鈴」
「あれ、復活した?」
「まあね」
 ――今まで感じていた恐怖が、急にどうでもよくなった。
 アリスは服についた土を払い、大きく深呼吸してぞろバイクに腰掛けこう思った。

 なんだ、この、ふてぶてしい妖怪どもは!?

 この、妖怪め。
 たかだか境界がなくなったくらいでくたばるとは到底思えなかった。
 こいつらが無事なのに、自分が消えるとか、そんなおかしな話はない……。アリスは元気を取戻すというよりも、ばかばかしくってどうでもよくなった。
 アリスがサイドカーへ。美鈴は器用にスペースを空けてハンドルを握る。魔理沙と椛が後部席を分け合って、一行は出発した。


********************

[紫と実在]


 物量、火力、結界、式神。
 核弾頭。反物質。
 すべての資産と能力を費やした。
 人類が今まで運用してきたありとあらゆる火。人類がこれから手にする、今は幻想の火。
 その中に身をくべて、なお立ちはだかるのはアメヤ。


 ―― もとより。
 藍という。
 八雲 藍という、所有するどの兵器より強力な相棒をなくした紫では、力不足もいいところだったのである。


 耐久スペル完遂。

 周囲は無人島のように静まり返っていた。
 僅かにアメヤが宙に浮く。
 反撃。スペルカードが切られる。

「回霊っ、夢想封印・侘っ!」

 白い大玉が円弧を描き紫に迫る。紫は一切動かない。二列目の大玉までは動かないままでも通り過ぎた。しかし、両翼のごとく広がる大量の札が、停滞の後ゆっくりと紫の座標へと引き寄せられた。
 それでも紫は動かない。
 百五十一枚に及ぶ被弾を受けて、紫のライフゲージが一本消える。

「宝具っ、陰陽鬼神玉っ!」

 気質が運動量を持ち実体へ作用する。アメヤの右手から放たれた青白く光る巨大な陰陽玉は紫に向かって転がりだした。紫は一切動かない。地面に焼けた圧痕、ずりずりと紫に向かって等速直線運動。
 それでも紫は動かない。
 十七メートル引きずられ、画面端に追いやられダウンして、紫のライフゲージが一本消える。

「夢想天生!」

 霊夢が目を閉じた。最大最凶の、スペルカード。紫は浮かぶ霊夢を見て確信した。
 一列に並んだ霊符が幾重に連なり、僅かの滞空の後、紫に襲い掛かる。顔に張り付く霊符が湿る。それは片端から燃え尽き、塵になり、そして半裸の紫が残る……。
「………………」
「なんで、避けないの?」
 霊夢がそう聞いた。紫は慮る。こう、言っているのだ――
『弾幕勝負というのは双方の技量に合わせて展開されるものであるから、私はあなたが先ほど仕掛けてきた集中砲火がスペルカード戦として許容されると考え、同程度の難易度を持った攻撃を加えましたが、避けようとしなかったところをみると、どうやらあなたが最初に設定した難易度はあなた自身が反撃されることを予期したものではなく、従ってあなたは今の砲撃を一方的な殺戮として行ったに過ぎず、これはスペルカードルールに違反するものなのではないですか? そうでないのならば、避けようとしなかった理由を説明してください』
 より正確には、
『これスペルカード戦でしょ?』
 と訊いていた。これに対し紫が反駁できるところはついぞなく。
「………………」
 相手のなすがままという、沈黙を保つ他なかった。
「……帰るわ」
 歩き去る。
 興味をなくし、アメヤは封魔陣の札を投げ捨てた。小石を一つ蹴飛ばして、結界の向こうへと。
「待って」
「待たないよん」
「行かないで」
「行っちゃうよん」
「お願い――霊夢っ!」
「霊夢じゃないよん」
 霊夢が振り返る。紫はいつの間にか、どこにでもいる少女相応の顔をしていた。
「いいえ。あなたはもう、博麗 霊夢よ」
「なんのことですか」
「欲しいものがあるなら用意する。この地球の半分をあなたにあげてもいい」
 なら液チ用意しとけよ。
「私をあなたに、あげたっていいの、すべてを。だから、だから……もう、霊夢のことは忘れたっていいからっ! あなたに、ここにいて欲しいの、どこにも行かないで欲しいんです!」
「この姿はただの仮ものよ。それでも、そう思うの?」
「あなたは霊夢のすべてを持っている、知っている。感じ、振舞い、生きていける。ならばそれはもはや、博麗 霊夢よ」
 紫はスキマを通ってアメヤのゆく手をふさいだ。
「一緒に暮らしましょう。私と、あなたで。幻想を過ごすの」

 紫は確信していた。理想を。幻想を。そこで生きることを。望まない者は、いない――

 しかし霊夢の回答は、その右手に握る大幣がいつの間にか、あるいは最初からか、白く輝く槍に変化したことで示された。
 霊夢が一歩進む。槍が一歩分、空間を削る。すぐに周囲の空間が引っ張られて修復されるが、明らかにこれまでのどの武器とも違う性質だった。幻想は既に、掻き消えたというのに。
 五分前まで博麗霊山だった今の更地は、細かい砂に覆われて、歩む者の足跡をくっきりと残した。
 一歩目は男物のブーツ。
 二歩目は少女の履くローファー。
 妖怪兎の足型。
 天狗の下駄。
 象の足跡。
 ハイヒール。
 スニーカー。
 湖の辺に住む妖精の足跡がつき、ついに槍の間合いに紫を捉えた。
「やっぱり、抵抗はしないの?」
「あなたが望まないのなら、私が生ても仕方がないわ」
 槍が紫を真一文字に切り裂く、その刹那。


********************












 「つっかまぁあああああぁぁえ、たぁあああああああああっ!!!」












********************


 ごしっ、ぐしゃりっ、ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃりっ。
 ぎゅざざざざざっ。どろどろどろどろ……。
 バイクが突っ込んで、霊夢がケツを掘られ、五メートルばかり飛んだ。紫も正面から撥ねられ、やっぱりごろごろ転がって、ぐったりと動かなくなる。
「あらら、自賠責にも入ってないのに」
 美鈴。
「入ってないの? 自動車交通局から手紙来なかった?」
 椛。
「ってか車両登録のしようがないでしょ」
 アリス。
 ぼやきながらめいめいが地に足を下ろす。

「さあて、ラスボスの時間だぜ」

 星輝く夜空の下。
 魔理沙が不敵に微笑んだ。


********************

[魔理沙とごね得]

 
「ラスボスか、いい響きね」
 交通事故死した霊夢は脊髄から捻られてそれはそれはひどい死に様だったのだが、立ち上がって腰をぎゅるぎゅると回すと元に戻った。
「じゃあ魔理沙、いざ尋常に、スペルカード勝負よ!」
 霊夢が宣言し再び札を握る。
「私は三枚ね。残機は今のを合わせて三」
 魔理沙はすっとぼけた声で、肩を一つ竦めてからちっちっち、と舌を鳴らした。
「おいおい、そりゃあないだろう?」
「え?」
「だって、今しがた紫との勝負でおまえいくつ残機なくしたよ?」
 霊夢がかーっと頭に血を上らせて反論した。
「なにそれ! だって紫との勝負は紫との勝負じゃない」
「その通り! だけど、よく聞けよ? 紫はな、実は5ボスだったんだ」
『(゚Д゚)ハァ?』
 その場に居た魔理沙以外の全員。
「まあ、私見てなかったから、一機でいいよ。これでおまえの残機は三から二だ」
「そ、そんなのっ」
「次にッ!」
 霊夢があたふたと口を開く前に、魔理沙はまくし立てた。
「萃香、解るだろ? 4ボスの。あいつとの戦闘で、おまえ一回くらい殴られたよな? 腕折れてたし。そうそう、私も、ブレイジングスター使ったっけ」
「それが、なによ!?」
「認めるんだな? じゃあ、残機二個なくしているな、これで、二から〇」
「そっ……」
「ありゃりゃ、残念。ゲームオーバー、おまえの負けだな、私の勝ch――」
「待った! 待った待った! コンティニューよ、コンティニューするわ!」
「よおし来た、これで残機三個になったな」
「じゃあ、改めて勝負よ魔理沙」
「あーっ! 忘れてた! おまえ、天界で3ボスの衣玖に殴られただろ? にとりが言ってた」
「そりゃ、確かに、そうだけど、」
「これでおまえの残機は、三から二」
「ねえ、ちょっと。あなた、ブレイジングスター出した時に言ったじゃない、確か――」
「ああ。弾幕なら他を当たれと言ったな。あれは嘘だ」
「うわぁー」
「そのあと、妖夢に斬られたよね? これに関しては言い逃れできまい」
「うっ……しょうがないわね」
「これで、二から一。そのあと、おまえは鳥居と一緒に吹き飛んだはずだが」
「グレイズよ、グレイズ! あれはグレイズしたの、当たったのは鳥居だもの」
「散弾にも当たり判定はあると思うけどな……まあいいだろう。でも、早苗に殴り飛ばされたのは?」
「あれは、その……」
「よし、これで一から〇」
「うーーーーーーん。まあ、いいわよ。これ以上減りはしないだろうし。コンティニューするわ」
「そうそう、コンティニューといえば、おまえ藍の身体で一度敗走してるよね? 1ボスのにとりに追い詰められて。あれって、どう説明つける気? 敵前逃亡だよね? コンティニュー扱いなら、まだ許可しなくもない行いだけど……?」
「えっ!? でも、だって、みんな割と逃げてるじゃん」
「そりゃ、ステージボスだもの。中ボスと面ボスを兼ねて複数登場くらいするさ」
「そんなあ……」
「これで、コンティニュー三回。残りなし! 残機三のみだな。ところで」
「まだなんかあんの!?」
「いや、私じゃなくてな? 2ボスの美鈴が言いたい事があるって」
「なによっ」
「あ、どーもどーも。その節はどーも。あのですね、紅魔館でのことなんですが……」
「う、ひょっとして」
「ええ。私、確か一回くらい、あなたを殴りましたよね?」
「残機、三から二へ!」
「はいはーい、書記のアリス・マーガトロイドが記録してますよー」
「うええええええええ」
「まあまあ、落ち着けよ。あと一個だけだから」
「一個あるの!?」
「うん。だって、ほら」
「……あっ」
「ね? あのバイク。ごめんねー、うちの2ボスが、バイクで君を轢いちゃって」
「これで、私の残機、一個だけ? 一個だけになっちゃったの? え、本当に?」
「異議あり! えっと、霊夢側の弁護人の椛です。霊夢は美鈴を一度は倒しています! なら、1upを取っているはずです」
「それもそうだね。良かったな霊夢。おまえの残機、二個になったぞ」
「それでも二個じゃない」
「よぉし! 私は残機三、ボム四でスタートだ、勝負だぜ、霊夢!」
「ふんっ、上等じゃないのっ!」
「あ、その前に握手を。フェアプレイで行こうぜ!」
「どの口でほざくのよ……ほら」
「握ったな?」
「え?」
「敵機にも、当たり判定あるんだぜ」
 ピチューン。
 霊夢。
 残機一。ボム三。フルコンティニュー。
 魔理沙。
 残機三。ボム三。コンティニュー権限なし。

 初弾は射られた。


********************

[椛と、"つまり、どういうことなんですか?"]


「つまり、どういうことなんですか?」
 椛の当然の疑問に答える前に、アリスは地面に突っ伏したままの紫を指差して、こう言った。
「あそこにいる、スキマ妖怪を拘束してちょうだい。彼女が"真犯人"よ」
「はあ、まあ、拘束する必要もないと思いますが、一応」
 椛は腰に下げた縄で紫を縛り上げた。フェムトファイバーなどという洒落たものではかったが、逃走の心配はないように思われた。もともと、妖怪の山……というか幻想郷に手錠というものは存在しない。世界中どこに行っても文明と共に発明される手錠だが、この国で作られ始めたのは明治以降だ。
「――って、真犯人!?」
「上海、紫を守れ!」
 と、言ってはみたものの、上海はアリスの腕の中でぴくりとも動かなかった。やや赤面しながらアリスが自身で紫を庇う。どういうことなんだ、と美鈴と椛は混乱の中で牙を見せた。
「ええ、そうよ。パチュリーを殺し、文を殺したのは、ここにいる八雲 紫。そうでしょう?」
 みると、紫は既に意識を取戻していた。体中で骨がいくつか折れているらしく、顔には脂汗が浮かんでる。しかし表情からは苦痛を悟らせない。経験から来る耐性がそうさせていた。
「申し開きの前に――アリス。人道的な扱いを所望するわ」
「言われなくてもそうするわ。折れてるのはどこ?」
 紫は黙っていた。アリスが紫の額に浮かんだ脂汗を拭いた。ぼそぼそと呟くように紫が身体の状態を告げた。アリスは耳を澄ませ、
「うん、解った。美鈴、手当てしてやって」
「なんで、私が!」
「しないの?」
「やりゃいいんでしょ、やりゃあ!」
 美鈴は乱暴に包帯をひったくると、丁寧に処置を施した。添え木を当て、軟膏を塗り、傷を消毒して、楽な姿勢をとらせ、水を飲ませてやった。終わると仕事完了とばかりにまた距離を取って殺気を飛ばした。
「紫、お礼を言わないとダメよ」
「……ありがとう」
「..................」
 美鈴は苦々しい顔でごにょごにょと唇で唇を噛むような音を出した。どういたしまして、と。基本的にはどいつもこいつも、人のできた善人なのだ……。
「ここまで来た以上認めるけれど……なぜ、私を犯人だと?」
「簡単よ。あなたのブローチ、盗聴器になってるんだもの」
「!?」
「呪術式じゃなく、完全に電子式のね。気付かないのも無理ないわ。そんなわけで、お米の話とか、動機とか、あなたが殺したって告白は、全部聞かせてもらったのよ」
 はだけた紫の胸から服ごとブローチをもぎ取ると、その場でアリスは盗聴器を握りつぶした。
「悪かったわね。けど、これも捜査よ。そして私達がなぜ、あなたに疑いを持ったかというと」
 アリスは椛に向かってなにかを投げた。
「それ、どんな匂いがする?」
 空薬莢。
「ライフル弾ですね、刻印と火薬の匂いからして二十年以上前に製造されたNATO弾。使用された銃はステイアAUGかな? 匂いは……桃の匂いがする。それと、高貴な血の匂い、処女の血ね。それからにとりさんの匂い。そして――あなたの匂いもする」
 そういって、椛は薬莢をアリスに投げ返した。あなた、とは。紫のことだ。椛の瞳はただ紫だけを穿っていたから。
「その薬莢。天子の殺害現場で見つかったのよ。そしてなぜか、天子の右手側に落ちていた。この意味が解る? そう、犯人は、天子を撃ったのは、左利きってことよ」
 アリスはそこまで言って、全員の視線を誘導する。アリスの視線につられて霊夢の方をみると、右手でボムを放っているところが見えた。
「そんなわけで、あなたが犯人なことは証拠・裏づけ・自白共に揃ってるってワケ」
「なら、いっそ話は早いというものね」
 紫は呼吸を整え、恐るべきスキマ妖怪の威厳を放ちながら、
「いいこと? アリス・マーガトロイド。今すぐあの白黒の魔法使いを制止なさい。霊夢を殺させてはならない、絶対に」
 と、そう言った。対しアリスはいつもどおり。
「話が早い? 全然解らないわね。あいつは霊夢じゃない、アメヤよ。外の名前で、ペイパーカット……ただの殺し屋だわ。そんなのを、どうして守ろうとするのかしら。霊夢のことならば、あなたの出した条件を、魔理沙が引き継いでいる。魔理沙に任せれば、万事上手く行くわ」
「そったなこだ、問題でねだ」
「したっけ、どぅ意ぃ味だい」
 つい、と紫が空を見上げる。放射性降下物がひらりとその顔に舞い降りた。
「………………」
「私はともかく、後ろの二人は、このままじゃ納得しないわよ」
 椛、美鈴。
 二人は今でも、あの霊夢を殺すことを躊躇っていない。ただ、弾幕勝負が先に始まってしまったので、手を出さないだけだ。そして、ああ。なんということだろう。美鈴と椛ならば、きっと殺してしまうだろう。それを止められるのは紫だけなのだ。
「貴方達に、謝らなくてはいけない事がある……」
 紫。
「ごめんなさい、アリス。ごめんなさい、美鈴。ごめんなさい、椛。
 私はもう、どうでもいい。
 幻想郷のことも、あなた達のことも、どうでもいい。
 殺してしまった者たちのことも、どうでもいい。
 ただただ、私は、あの霊夢さえいればいい、そう思ってる」
「なん……だと……?」
「本来の霊夢じゃないとか、異変の元凶だとか、関係ない。私がずっと求めてきたものが、アレなの。私がまだ、人の名を持っていた頃から、ずっと……それがあの霊夢なのよ。幻想郷は、今でこそ言うけれど、アレの代替物でしかなかった。勝手に作って、勝手に壊して、勝手に誘って、勝手に見捨てて……ごめんなさい」
「あなたがそこまでして、求めるものは、なんなの? 幻想郷はなんのためにあったっていうの?」
 母親と言ってもよい人物が、自分たちを見捨てようとしている。
 アリスは慌てることも動揺することもなかった。
 美鈴と椛は、つまり、どういうことなんだよ、と、いまだ状況を把握できていなかった。
「忘れたわ」
「忘れたァ!?」
「昔のことだもの。あるいは、未来か。私の、大事な……友達だったのか、恋人だったのか、家族だったのか、なんだったのか――覚えていない。だけど、あの霊夢ならば。私たちからは全知全能にさえみえる、あの霊夢なら……私のこの、欠落を、埋められる」
「思い通りになるかどうか、解らないじゃないの。幻想郷を捨てるほどの価値が、あるっていうの?」
「そのことを議論する気はない。だから、こうして、謝っている――ごめんなさい」
 
 八雲 紫が幻想郷を投げ出す。
 それが意味することは一つ。
 絶望だった。
 しかし――

「聞くけど、魔理沙がこの勝負で勝ったら、紫はどうするの?」
「………………」
「応えないところをみると、まだこの幻想郷に未練はあるようね。そう、そうでなくちゃあ、そもそも幻想郷などできやしなかった。そうとも、あんたはそういう女よ。だから――賭けをしない?」
「賭け? ここは幻想郷じゃないのよ。日本国の法で、賭博は罰せられるわ」
「知ったことか。それよりも聞け。よろしくて? 勝負の内容はこうよ。
 あそこで弾幕勝負をやってる、二人……どっちが勝つか、予想しましょう。もっとも、私は魔理沙に賭けるけど。
 そして、そしてもし。貴方が勝ったら、どこへなり、消えるがいいわ。
 そして、そしてそう。私が勝ったら、貴方には、再び、八雲 紫になってもらう。未来だか過去だかに、貴方が名乗っていた名ではなく、ね」

 一方的に宣言する。
 アリス・マーガトロイド。
 彼女はなにを隠そう、魔理沙の女である。
 有無を言わせぬ比類なき胆力。それくらいは、当然のように誇っているのだった。


********************

[魔理沙と二重結界]


 外野でトトカルチョの相談をしている間に、魔理沙は二機失っていた。
 それもそのはずである。なぜならば。
「マスタースパーク! マスタースパーク! ますたぁあああっすぱぁああっくっ!」
「出てないわよ!」
「ですよねー!」
 チリチリと魔理沙のスカートが千切れてゆく。整列した呪符の間を縫い諸手を上げ、倒れ込むようにすり抜ける。その頭上を札が掠め、またグレイズでポイントが溜まる。
 魔理沙は、地を這っていた。
 白黒の服は土埃に汚れ、頬には擦り傷ができ、ぺっぺと砂を吐く様。
「ちっくしょう、ボムさえありゃあ……!」
 目の周りを拭いながら、汗だくの魔理沙がぼやく。
 彼女は今、幻想を失い、一切の魔法を外に打ち出せずにいた。空を飛ぶことすらできない。経験と、目の前の情報だけで避けきっている。にも関らず、霊夢はバカスカと弾幕を打ちやがる――今まで撃てなかった分、なのだろうな、と魔理沙は次の一手に構え重心を低くした。
 通常弾幕。
 霊夢の通常弾幕は戦闘陣――古代から近代まで連綿と練り上げられてきた戦術の基本陣形に忠実だ。ベトナム戦争以降廃れてしまい、幻想入りした、横陣と縦陣を組み合わせた形。最初に自身を中心として札を並べ横陣を築き、弾をばら撒いて敵が浮き足立ったところを突撃力のある縦陣で蹂躙する。よしんば縦陣を遠くに追いやったとしても、行動が大きく制限されるので、徐々に押し寄せる横陣の圧迫に耐え切れない……。
 ナポレオンの槍。この穂先が、霊夢と魔理沙の直線上に出現した。
「霊夢はいつもふらふらしている。あいつが次に陣取る場所を考えて動かないと無駄だ」
 魔理沙は槍を左手に受け流し、靴底に物を言わせ横に飛んだ。一瞬、ふらふらと漂う霊夢が目の前に来る。横陣の防護を受けていない、無防備な姿。しかし魔理沙には霊夢にぶつける弾がない。八卦炉はただの卓上ライターになっていた。
「一枚目、夢符『二重結界』!」
 一切の攻撃が出来ないまま、魔理沙は残機1で霊夢の一個目のスペルカードを受ける。
 二重結界……これも、通常弾幕と思想は同じだ。無数に往来する縦陣と、横陣。
 通常弾幕でさえ、2機を失うという体たらく、だというのに。
「やっときたか……っ」
 汗まみれの顔面に笑みを浮かべ、魔理沙は息も絶え絶えに霊夢を睨みつけた。
 帽子をとる。手を突っ込む。取り出したのは、透明なポリ袋に入った鈍色のシリンダーだ。よくみると銅線が伸びており、むき出しの基盤がビニールテープで巻きつけてある。ポリ袋の上から基盤脇のスライドスイッチをカチリとONに移すと基盤のLEDが緑から赤に変わった。
 袋を投げる。霊夢は動かない。二重結界とは、そういうスペルカードなのだ。だが魔理沙は、
「霊夢っ! ボム行くぜ!」
 投擲。
「 逃 げ な い と 死ぬ ! 」
 敵機で見る霊夢の当たり判定は自機での比ではない。二重結界の間はそれがよく見えた。
 さらに魔理沙、二つ目の袋を投げる。
 その袋が、結界の間に張り巡らされた磁場にぶつかり、ROMに干渉して、にとりが二時間で組んだプログラムを狂わせ、偶然。袋はその場で、爆発した。
「――――!?」
 不完全な起爆。全体の10%も爆発していない。しかし、立ち上った白煙は人里からも見えるほど大きく、爆圧は霊夢も魔理沙も、札も玉もきれいさっぱり片付けた。さながら、文字通り、ボムのように。
 一拍遅れて、最初のジップロックも爆発した。
 その巨大な火柱を背に霊夢は立ち上がる。魔理沙は爆弾を手に対峙。シリンダーに見えたのは塩ビ管だ。ポリ袋は、爆薬の放つ強烈な臭いを封じ込め、同時に携帯・投擲を可能とするため。
「どうした? 二重結界はもう終わりか?」
「立ち止まりながら撃つスペカじゃ、そいつの餌食になっちゃうでしょ」
「そうだ。こいつが、去年話して聞かせた、私の新作スペルだよ。未完成だがな」
 霊夢は背後をうかがう。
 魔理沙のようなヤツを埋葬するには、ぴったりな大きさの穴が開いていた。爆発の威力の凄まじさ。こんなもの、遊びで使うレベルじゃない……。
「相性が悪いわね、二重結界じゃあ」
「そういうこった!」
 霊夢が一枚目を破り捨てる。スペルカード・ファウルト。同時に魔理沙も、帽子を投げ捨てた……これ以上、ボムによる攻撃を行わないという、意思表示。
 手に持っていた爆弾も投げ捨てる。放物線を描き、ゆっくりと霊夢のほうへ。霊夢は例によってふらふらと、ゆっくりと動き、しかし爆弾が落ちるよりも先に殺傷範囲外へ悠々と逃れていた。


********************

[魔理沙と封魔陣]


「二枚目、夢符『封魔陣』!」
 宣言すると同時に、魔理沙のボムが周囲に土と砂を巻き上げた。
 定型化された札の列がまっすぐに伸び、三つ又に別れ交差し、重なり檻を作る。
「ちょ、ちょまちょちょだあんだーっ!」
「はははははっ!」
 ――霊夢の尻から、笑い声がする。
 封魔陣という檻を作るのは赤い札である。この札の間隔は意外と広い。両腕を広げて通り抜ける事すら容易なほどだ。だが札自体が次から次へと連なって動くので、通り抜けるのは事実上不可能。ハイウェイを走る車の車間距離がいくら広かろうと、横断は危険であることと同じだ。
 ところで、魔理沙の攻撃手段はなにが残されているだろうか?
 ボムを使い切り八卦炉は用を成さず単体魔理沙で箒もない。
 だから魔理沙は最初から、札が出揃う前から、札の通らぬ場所に、ついでに自分の攻撃が届く位置にまで近付く以外、とるべき策はなかったのである。
 そして、もはや幻想をなくした魔理沙に残された攻撃の手段は――弓のごとく引き絞られた、右腕。
「常識ってもんが、ないのーっ!?」
 魔理沙のいる位置は――禁域だ。弾幕勝負には安置があると同時に、絶対に避けられない場所も存在する。
 円を作る赤いハロー、その内側がそうだ。この中に居たら、絶対に避けられない。
 絶対に。

 いいや?
 
 本当にそうか?

 霊夢は初めてその身を震わせた。
 この角度、この位置、この距離、このタイミング、この加速、この拳で殴られれば、妖精だろうと妖怪だろうと人間だろうと悪魔だろうと神だろうと戦車だろうと関係なく、ぶっ飛んじまう、そんな右ストレートが炸裂。
 霊夢の周辺を禁域にするのは、札ではない。一拍遅れて迫出す、白色小球に他ならない。ならば。
「撃たれる前に撃つ。基本だぜ」
 飛び込んだ運動量をすべて霊夢に叩きつけ、魔理沙は静止。
 ぱぁん、と霊夢の二枚目が打ち破られた音がした。


********************

[魔理沙と夢想封印]


 しばし、魔理沙の激しい呼吸だけが響いていた。
 魔理沙が拳を握り返す。
 霊夢は十二メートル先に転がっている。
「なんか、今更って感じで悪いんだけど、大丈夫か、霊夢?」
「……効いた」
「うん、そうみたい、だな」

 十二メートルも、吹っ飛んでいる!!!

 今まで散々爆弾だの魔法だの呪符だのが展開されてきたから感覚が麻痺していたけど、魔理沙は今――博麗大結界がなくなった今――ただの人間の少女のはずなのに。
 十二メートルも、人を殴り飛ばしている。これはおかしい。
「おかしか、ないわよ」
「え?」
「魔理沙、あんた……第三開放能力者だったのよ」
「ハハッ、ワロス」
「外の世界にも普通に存在する、魔法使いみたいなものよ。幻想郷などなくっても、貴方は、最初から……魔法使いだった。そういうこと」
「え? あ、ああ、そう。そうそうそれならいい」
「けれど、これでようやく確信が持てた」
「は?」
「遊びは、これくらいにするわ。貴方も、最初の約束を果たしてくれたみたいだしね」
 霊夢の持っていた白く輝く槍が、いつの間にか、あるいは最初からか、大幣に変わっていた。
「……!」
 空気が変わった。ざわざわと魔理沙の肌が毛羽立つ。
「決着をつけましょう。いよいよ、目的を果たすときが来た」
「上等。私は最初っからそのつもりだったんだ」

 霊夢が宙に足を乗せる。

 魔理沙は地に足を着ける。
 
「私がゴールだ、魔理沙ァ! 神霊ッ『みゅそ』
「みゅそ?」
「ゴメン噛んじゃった。もう一回……ん゛。神霊! 『夢想封印――
「みゅそ……」
「『瞬』ッ!」

 霊夢の姿が掻き消え、代わりに呪符の壁が現れる。
 残像としか捉えられない霊夢の無作為の軌道。その足跡に落とされた、たった一枚の呪符は、あたかも新品の筆に墨汁が染みてゆくようにして空間に広がっていった。
 夢想封印・瞬の敷設呪符ユニットは、本来パラボラアンテナのような形をしている。それが三秒ほどの間をおいて、その時点での敵機位置へと向かい殺到するのだ。さながら、凸レンズを通った光が焦点に向かうように。しかし今は、円柱を三分の一にカットした形状に広がり、地にそびえている。バームクーヘンのように。
 九六年の米映画にTHE ROCKというアクション巨編があるのだが、この劇中にアルカトラズ刑務所内のシャワールームで海兵隊と傭兵が撃ち合うシーンがある。二次元上に再構成された夢想封印・瞬の設置弾は、ちょうどそのシャワールームの壁の形にそっくりだった。ちなみにこの映画の海兵隊は高所という地の利を取られ、一方的な弾幕を受けて全滅する。
 果たして魔理沙は、呼吸を整えながら、たん、たん、たん……と軽快なリズムでステップを刻んでいた。霊夢が、背後上空を高速で通り抜ける。目の前にある壁と、背後の壁……。囲まれながらも、魔理沙は自身の背中を一顧だにしなかった。
 白い呪符が赤に変わる。魔理沙、スプリント。
 脇をしめ、頭を低く。視界は広く、呼吸は乱れず。バスケットボールやハンドボールのゴール際を思わせる、鋭角な動き。
「シッ」
 魔理沙が最右翼の壁に突っ込む。ガリガリガリッと音がして、左の袖が焼け尽きた。だが、中りとは判定されず――壁の背後へと。
「ふっはっ、ふっはっ」
 たん、たん、たたん。再び、赤信号が灯る、ちょうどそのタイミングで疾駆する。夢想封印、瞬――これに、魔理沙は瞬発力で挑んでいるのだった。数多と連なる壁。霊夢が呪符を落とす間隔の僅かなズレに付け込み、壁と壁の間を抜けた。金髪にべたべたと呪符がくっついた。
「ふっはっ、ふっはっ」
 足踏みをする魔理沙の左手側を、再び霊夢が通り過ぎた。すれ違いざま、直線状に放たれた赤い大玉が魔理沙に襲いかかる。
 霊夢は自身の呪符の壁など何の問題もなく、上空をすり抜ける――
 魔理沙は横目に霊夢を捉えた時から、急制動をかけ制止していた。大玉はそれゆえに収束したまま、野放図な障害物となる。スライディングをかわされたディフェンダーのように。
「いまのはよかったぞー、魔理沙ぁー!」
 美鈴が送ってきた声援に、呼吸を乱さないよう右手を上げて応えながら、魔理沙は再び狩りをする猫のように呪符の壁を大きく周ってかわしてゆく。

 一段、二段、三段、四段……。魔理沙の避け方は決してスマートではなかった。動き自体に無駄は一切ないが、それは同時に遊びがないということでもあり、僅かの操作ミスや呼吸の乱れ、そしてなにより、スタミナ切れによって一切の支えをなくする、気合避けである。霊夢の設置弾が二重、三重までならばまだ避けられた。だが、霊夢の姿はいまや十重二十重に横断し、その設置弾は既に走って避けられるというレベルを超えつつあり、事実、前後左右を札に取り囲まれたまま、赤い大玉を迎えてしまった。

「ふッは、ふッは、ふッは、ふッは、ふッは」
 たん、たん、たん、たん、たん……。周囲がすべて赤一色に染まる。
 右1、よし、右2、よし、右3、よし、赤玉、よし、右4アウト、右5、よし、背後、左1から4アウト、5、よし、6、よし、……。
 殺到。
 焦点をずらす。すべての弾が魔理沙を目指す。胸の先まで、呪符が迫り、魔理沙は、魔理沙は、魔理沙は慎重かつ大胆な足つきで、そっと、実に的確に、卒業証書を受け取る時のように一歩、二歩と身体を捻りながら、正確に、僅か二ミリの空隙を保ちながら、前面から迫る呪符の列に身を滑り込ませ、全く社交ダンスでも踊るように、ぴったりとくっついたまま、左様、男性のリードに合わせて踊るように――弾幕に埋もれた。
 誰もが息を呑んだ。
 魔理沙の位置が解らない。被弾音も聞こえない。聞こえるのは、激しいグレイズ音。
 ガリ、ガリ、ガリガリガリ、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ。
「一体なにがどうなってんの?」
 椛があくびをかみ殺しながら胡坐をかく。紫も、アリスも応えない。
「たぶん……弾幕と一緒に動いているんだ」
「そんな低速移動、できるわけが」
 一瞬、グレイズ音が途切れる。アリスが口に手のひらを当てた。だが、被弾音はやはり聞こえず、再び激しいグレイズ音が続く。紫はその音に、一定のリズムを見出していた。数学的な解析の結果。
「今、転調した……前方から迫る札から、後方から迫る札に乗り換えた……私の計算では、あと七秒で、魔理沙はそこに出てくるはず」
 永遠のような七秒のあと、アリスが見守る中、ゆっくりと、大き目の画像をブラウザで表示する時のように、僅かずつ、だが確実に魔理沙は抜け出し、満身創痍ギリギリであったが、一発の被弾もなく、

「――――――――――プハァッ!!!」

 耐え切った。
 目を見開いて、胸を大きく膨らませ、口いっぱい酸素を吸い込む。
 その周囲を、また霊夢の呪符が覆う。容赦なく、手加減なく、本気で。
「ハアーッハアーッハアーッハアーッハアーッハアーーッ」
 肺の動きも許さぬほどのタイトな気合避けは、魔理沙が維持していたペースを完全に崩し、筋肉を乳酸で満たし、体内酸素濃度を下げ、運動機能を低下させた。
「踏ん張れぇー! あと少しでいいから、立ち続けろぉー!」
「ここで倒れたら、すべてが無駄だぞ! 飲み込めェッ!」
 外野が送る声援。今すぐにでも倒れこみたかった。横たわる地面と吸い込む酸素は、きっときっとなによりも気持ちよく、魔理沙の身体を満たすことだろう。
 だが、魔理沙の強張った全身は、それでもなお、一本芯が入ったように、倒れることはなかった。
 そして、大きく息を吸い込むと、声を張り上げる。
「外野ァ!」
 もはや、気合避けでは無理。
「なんか寄越せェ! 投げる物をゥ!」
 再び、信号が赤に変わる。魔理沙は見切り避け――より大雑把な、捨て鉢の嘘避け――に切り替えた。
 夢想封印・瞬の設置弾ラインは無論のこと、直線である。ならばその傾きの、負の側へと逃れれば良い。基本思想は身体に染み付いている。あとは急ぎすぎて、逃げ道に先回りされないようにすることに留意すればいい。
 外野から投げ込まれたのはぶっちゃけガラクタばっかりだった。というかゴミだった。
「もっと質量あるもん寄越せバァカ!」
「文句あるなら唾でも吐いとけ!」
 霊夢が再び、魔理沙の背後を悠然と、超然と、札を置き去りにしながら飛び過ぎんとする。だが、今度ばかりは魔理沙にも弾があった。
 いかにも。
 放ち、中れば、それはもはや弾丸である。
 紫の傘をスナップを利かせて投棄。ぐるぐる回ってそれは、霊夢の脇を掠めた。続いて中身の入ったペットボトルを人差し指と中指で挟み、腕を撓らせサイドスロー。避けようとして霊夢がさらにスピードを上げる。それにより、設置弾の間隔に隙が生じた。
「ゲットォ!」
 悠々と抜けられる空隙を縫い、魔理沙が逃れる。美しいほうが勝ちだというなら、かなり微妙なところだった。

「―― twenty seconds!」

 椛。その声は明らかに、霊夢にも届いたと見えた。
 魔理沙が弾幕の隙を縫い、赤玉をやり過ごし、間隙を見つけ、飛び込む。霊夢がその背後を過ぎる。再び隙間を見つけようとし、魔理沙は罠を察知した。
 弾密度が、不自然に偏っている――
 先ほどよりも霊夢の位置が遠くなった。距離をとることで赤玉の拡散率を上げ、最終的に呪符で止めを刺す気だと魔理沙は判断。ちりちりと髪の毛が焼ける。いずれにせよ、弾幕の激しさは最高潮に達しようとしていた。
「――おおっ!?」
 魔理沙の背後で、霊夢の赤球が弾けた。今しがたの判断とは逆。緩急のついた攻撃。慌てて魔理沙は距離をとる。身体は疲れ切り、目もチカチカするが、勝利は目前に、目前に見えていた。
 迫る弾幕。遠くから、弧の焦点目指して押し寄せる設置弾のために、呪符の密度は一時的にルナティックになっていた。

「―― ten seconds!」

 静かな水面に水滴を垂らしたら、そこを中心に波紋が同心円状に広がる。それと全く逆の、弾幕。徐々に逃げ道がなくなる。魔理沙は必死に足を動かし続けた。
 ここもだめ。
 ここもだめ。
 ここも、あそこも。
 ガリガリガリガリガリガリガリ。
 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
 僅かの隙を見つけて出た先は袋小路。霊夢の術中。その中でも魔理沙はあがく。僅かな軌道の揺らぎにすら身を押し込み、引き返し、拾い、誘導し、取り出し、固めて、スイッチをONに入れ、抜ける。まるで弾を押しのけているようにすら見えた。究極系の気合避けとすらいえた。

 あと、なんびょうだ
 どれくらい、よければいい
 
 ぎらぎら、ぎらぎら。魔理沙の目は病的な光に満ちている。 
 中れば焼ける赤球を、まるで吊り広告かなにかのように避ける。中ったらどうなるか、痛みなどはもはや勘酌の外だ。
「正確、正確、なによりも、あなたは正確」
 どこかで霊夢が呟く声。魔理沙は口元をゆがめた。実際のところ、魔理沙は霊夢にも劣らぬふらついた足取りで、だが指摘どおり、何者よりも正確な動きで弾幕と踊っていた。残機もボムもなくした今、使える資源は正確さとタイミング、それしかないのだから当然だが、それでも、なお、魔理沙のプレイは常人のそれを超えている――

「一体、なにが、あなたを突き動かしているの」

 霊夢は知りたがっていた。弾幕を緩める気配はない。魔理沙は観察されていた。
 この、人間の、強さの秘密はなんなのか――

「本能よりも強靭。知性よりも柔軟。いったい、君の強さは、いったい、いったい、なんなんだ――」

 魔理沙はぶっきらぼうに答えた。酸素の余裕もなかったし。

「意志じゃねえの」

 完全に囲まれた。
 逃げ場はもはやなかった。
 白い呪符が魔理沙をがちがちに固めている。
 その中で、当たり判定だけが、心細く明滅していた。
「―― five seconds!」
 耐久限まで五秒。呪符が動き出すまで、あと三秒。
 魔理沙は霊夢を見上げて言った。
「fuck you」
 ぼとりと魔理沙の足元に転がるものがあった。
 そいつは透明なポリ袋に入っていて、塩ビ管があって、銅線があって、基盤あって、そして、スイッチはちょっと前に押されていて――
 どかん、と音がして、魔理沙の合成したプラスチック爆弾が炸裂して、爆風は真上に昇って、魔理沙はそれを直接ではなく、ちょうど、正確に、恐るべき、神懸った、いいや、意志の力で呼び込んだとしか説明できないほどの、精密さで受けて、なんだかんだで、ともかく。

 魔理沙は飛んだ。

 身体がバラバラになるはずの衝撃を、第三開放能力者の頑強さで耐えた魔理沙は、上空の敵機・霊夢に肉薄。
やっぱ、空飛ぶ方が、いいわ。
 二人が爆炎に飲まれる。
 美鈴、椛、紫、アリス。
 誰の目にも、勝敗は不明だった。


********************


 心地よい落下感のあと、細かい砂を巻き上げて、魔理沙は地に戻った。
 砂煙。
 魔理沙はゴミが入らないよう目を瞑る。
 状況がまったく把握できない。
 五里霧中。
 しかし、魔理沙の心はやり遂げたという達成感、浮遊感、落下感、爆発の衝撃、その火焔の匂い……いろいろな結果に、満足を得ていた。勝負に勝ったか、負けたか。それを超えた価値が、なにか、自分の中に生まれたような、そんな気がした。
 疲労が蘇る。身体の感覚が戻る。
 たゆたい、誰も、なにもできない、安らかな時間が過ぎ、現実の慌しさが戻ってくる。

 横には霊夢がいるはずだ。同じように墜落して。
 霊夢、霊夢……。魔理沙は靄がかかったような思考が、土煙と一緒に晴れてゆくのを覚える。
「そういや、あいつは、霊夢じゃなくて……アメヤなんだよな」
 ぴりりとした緊張感が走って、魔理沙はその事実を思い出し、そして――気づいたときには、帽子の中に手を突っ込んでいた。
 帽子の、中。


********************


「……!」
 アリス、椛、美鈴、紫。
 土煙が晴れてゆく中、四人が目にしたのは、銃を向け合う霊夢と魔理沙の姿だった。
 霊夢は腰を地面に、左肘を膝につけ、右手を伸ばし銃を構える。顎を引き、照準も安定している、膝射ちの姿勢。
 魔理沙は仰向けからようやく起き上がり、どうにか片腕を伸ばし銃を構えているといったような、不安定な姿勢。
 両者とも傷だらけで、あちこちから血がにじみ、服は砂まみれで、疲れ切っていた。
 「なにやってんだ、おまえら」外野が叫んだ。二人には聞こえなかった。
「れ、霊夢……、やめようぜ、こんなの……」
「ああ。私も同意見だ、これは本意ではない」
 魔理沙は悲しげな声をしていた。それもそうだ。せっかく、最高の気合避けができて、気持ちよく弾幕勝負を終えられたのに。最後の最後で殺し合いに戻ってしまうなんて、悲しすぎると思った。
「いち、にの、さん、で、銃を降ろさないか」
「あ、ああ。解ったぜ」
「いち、にの、さん!」
「………………」
「………………」
 両者の銃口は、未だ互いを向いている。
 魔理沙の銃は――コルト・ガバメント。弾数は七プラス一。以前藍が持って来た物。収集癖・盗癖のある魔理沙はこれを鹵獲していた。
 霊夢の銃は――S&W M10.弾数は四。阿求が護身用に持ち歩いていた拳銃。既に二発が使われていた。
「どうした、銃を降ろさないのかい」
「そっちこそ。おまえが降ろしたら、私も降ろす」
「それじゃあ、話にならない」
「くう」
 魔理沙、うめく。銃が重い。腕が震え、筋肉が強張り、痛みが増す。
 そんな彼女に、霊夢は、かすかな笑みを浮かべて、言った。
「人間というのは、こういう生き物だって思わないかい」
「あー?」
 霊夢の額から血が一筋垂れ、伝い、落ちる。対する魔理沙は実のところ、両の目が、見えていなかった。
 両の目が、見えていなかった。
 見えていなかった。目が。
 魔理沙。
 彼女はただ、気配を察知し、本能の警告に従い、殆ど反射で、銃を構えたに過ぎない――。ハッタリをかましてみたら、霊夢も銃を構えていたという、ただそれだけのことで、殺意などは、最初ッからなかった。しかし、それでも、銃を、降ろす事ができない。

 銃を、降ろせない!!!

 いくら身体に命じても、心がどこかで決定的に不信、恐怖、攻撃に支配されている――強靭な、本能。
「殺さないで」
 誰かの声が聞こえた。初めて聞く、泣き叫ぶ声だった。紫の声だと気づくまで少しかかった。
「彼女は、八雲 紫は、君とは目的が違っている。私でいい、と言っていた。霊夢でなくても、私でいい、と。君はどう思う? なんなら、私は霊夢と同じ存在になれるけど……」
「検討するまでもない。拒否だ」
 引き金に僅かに力が掛かった。
「確かに霊夢と同じ存在になれるだろう、おまえなら。そして本物の霊夢にしても、常に変わり続けてゆくから、その中で、おまえって存在も、霊夢って存在も、きっとそのうち解らなくなる……どうでもよくなる。確かにな、その通りだ。私の知らないところで、おまえが霊夢になってたら、きっと、そのまま受け入れてたろうな。だけど、ダメだ。私は、今の私が感じていることを、最大限に尊重したい。今を過ぎれば、未来には、どうでもいいことになるだろうけど、今の私には、今しかないんだから」
「では、どうするかね? 本能に従って、人類は滅びの道を歩むのかな? 互いに足を引っ張りあい、泥沼の戦争を繰り返す、醜い生き物として」
「余計なお世話だ。おまえ、おまえは――霊夢じゃないんだからなッ!」

 引き金が動く。
 コルト・ガバメントの撃鉄が起きる。
 引き金が最後まで引かれる。
 撃鉄が落ちる。
 撃針は雷管を叩き、無煙火薬が燃焼。
 数千倍に膨れ上がったガス圧は薬莢ごとボルトを後方に押し退ける。
 スライドが下がる。
 撃鉄が起きる。
 薬莢が排出される。

 肉の千切れる音がして、魔理沙の黒衣が血に染まった。


********************


「……!」
 アリス、椛、美鈴、紫。
 硝煙が晴れてゆく中、四人が目にしたのは、銃を向け合う霊夢と魔理沙の姿だった。
 霊夢は腰を地面につけ、左肘を膝につけ、右手を伸ばし銃を構える。顎を引き、照準も安定している、膝射ちの姿勢。
 魔理沙は、血を流して、仰向けに倒れていった。
 両者の銃とも加熱し、硝煙を立ち上らせている。だが、魔理沙の銃は――
「にとりに頼んで、抜いてもらったんだ」
「あっ……ああっ?」
「私の、勝ちだな」
 霊夢が今までに見せたことのない、動揺しきった、やっちまった、というような、しかし冷徹さも失っていない、曰く名状し難い、左右非対称の表情を作る。
「どうだアメヤ、これが人間だよ」
 世界と己を知悉し、どうにもならない事態に備え覚悟と安全装置を用意する――柔軟な、知性。
 最後の酸素と生命力を使って、それだけ伝えた魔理沙は、ぐったりと横たわったまま動かなくなる。
「わっ、わわわ……」
 霊夢が銃を投げ捨て、あたふたと倒れこんだ魔理沙を抱きかかえる。
「           」
 何事か、叫んでいたが、もはや魔理沙はそれを聞けるほど、血が巡っていない。
 心臓が撃ち抜かれていたのだ。バケツを五、六杯ひっくり返したような血が、霊夢を濡らした。
 霊夢の膝の上で、腕の中で、魔理沙は、次第に意識がなくなってゆくのを感じていた。
 冷えてゆく身体。
 瞳孔が開き、瞼が閉じ、そして彼女は死んだ。

 魔理沙を抱えた霊夢の、泣き叫ぶ声が、空にどこまでも、木魂していた。


********************


 無敵のはずの巫女は、誰に、なぜ、如何にして殺害されたのか。


********************

[西暦七五二三年 1月3日
 魔理沙と夜を視るもの]


 落下感。真っ暗闇のなかを魔理沙はまっ逆さまに落ちていた。
 死して世界を離れたことで、いくつか解った事がある。
 霊夢は、なぜ死んだのか?
 簡単なことだ。殺されたのだ。

 では、一体、誰に殺されたんだ?
 敵だ。

 では、一体、どうやって殺されたんだ?
 強重力子の絨毯爆撃を受け武装腕が五基使用不能に陥り、押し寄せる敵の軍勢に抗し切れず、亜空間ブラスターでコアが破壊されたからだ。

 では、一体、なぜ殺されたんだ?
 敵の第二千三百六十二襲撃があったからだ――そして。

 それは、まだ、終わっていない――!


********************


 がくん、と浮遊感が途切れ、魔理沙は機体を無理くりに立て直した。
 敵弾反応を感知、バランサーを解除。マニュアルに切り替え、機体耐久限を越えた急制動と急加速を繰り返し、ほぼ鋭角に魔理沙は機体を切り返す。
 そのまま、落ちて行ったほうとは逆へ魔理沙は突撃していった。そしてその方向とはつまり、敵弾反応の真正面で――
『警告、警告。航路上に空間断裂、質量機雷多数。ルートの再計算が必要です』
 ナビゲーションメッセージを無視して突っ込む。
 がくがくと機体が揺れる。テイルや装甲の一部が質量機雷によって削られる衝撃が響いている。徐々に揺れの間隔は狭くなり、ついには全体がガタガタと震えだす。ここは地雷原の最高密度域。
 魔理沙は思い切って、機体を二周りほど小さく格納した。展開していた武装腕や装甲を仕舞いこみ、最小限の体積で再度加速する。通常ならば反撥装甲を前面に出して地ならしをしながら進むところを、なんと魔理沙は機体を細かく操作することで切り抜けているのだ。
 やがて揺れが収まる。十四、五天文単位に渡ってばら撒かれていた機雷を避けきった。
 再度、魔理沙が武装腕を広げる。その進行方向には、光る二つのヒトガタがあった。
 敵、だ。
 絶対真空の宇宙空間で場違いに輝き、武器らしき槍を構える敵機は、コントロールを失い戦闘領域ギリギリまで弾き飛ばされた魔理沙に止めを刺しに来ていた。先ほどまでやられるがままだった魔理沙の急な回復と、恐るべき接近機動にこの二体は僅かに対応を遅らせる。
 一拍遅れて放たれた亜空間ブラスターの乱射は容易に魔理沙に見切られていた。まるで、そよ風のなかを煙が立ち昇るように、紙一重で衝撃に身を乗せながら、サーファーのように、魔理沙は七千万キロまで距離を詰める。
 伸ばした武装腕の一つを振るい、手近に固まった敵弾……渦動エネルギーを力場パルサーで弾き返す。兆弾は魔理沙と進路を共にし、敵機の一つへと向かって行った。敵機は予想外の反撃にやや大きく回避行動。しかしその回避は、魔理沙の進路と、微妙に角度をつけられた兆弾によって誘導されており――射線を重ねられ、十分な弾幕を張れなくなる。
 その隙に魔理沙が二百キロメートルまで密着。ぶん、と八本ある武装腕の一つが震え、亜空間スライサーがすれ違いざまに敵機を両方とも掻っ捌いた。
「手応えあり……」
 脅威を取り去った魔理沙は再び武装腕を格納して高速航行変形し、遠ざかる母船とそこで行われている戦闘へと早駆ける。
 魔理沙の認識域は半径七千七百七十七億七千七百七十七万七千七百七十七キロメートルに及ぶ。これを円で示すと、魔理沙は母船の対極に位置していた。いったん母船とはぐれたが最後、時空切断航行の時間軸からずれ、永遠に帰還できず宇宙を彷徨うことになってしまう。
 そしてそれ以前に、母船は敵の大軍勢の追撃を受け陥落寸前だった。
 敵の数は十三。このような大軍と遭遇した例は、人類史上にも五つとはない。
 しかし、敵の数は十一に減っていた。
 魔理沙が単独で、二体を仕留めたからである。これは同じく、人類史上にも五つと例の無い大戦果だった。いつもならば、魔理沙を含む十機でようやく距離を稼ぎ、逃げ遂せるのが精一杯なのだ。
 だが同時に、魔理沙の側も十機いたのが、九機に減っている。
 ちら、と魔理沙が認識域の端にそいつを捉えた。
 バラバラに砕かれ、破片を撒き散らしながら戦闘領域外へと落ちてゆく味方の機体。


 ナイトウォッチ一号機"スターリエナクター・シャイアンメイデン"


 それは、紛れもなく、魔理沙の親友である、霊夢がコアを務めていた機体だった。

「居留地の巫女は、誰に、なぜ、いかにして殺されたのか――」
 ぽつり、と魔理沙が呟く。光速の五千倍で母船との距離を詰める魔理沙の声は、宇宙の絶対真空の中に無益に没した。
 母船を追撃する八体の敵を、味方の五機が盾になって凌いでいる。
 残りの味方三機は、同数の敵を相手取り、どうにか母船から狙いを逸らさせることに精一杯だ。
 だが魔理沙が復活し、単独で二体同時撃破という信じがたい戦果を上げたことで、戦局は一気に人類側に傾いた。
『無事か、無事だな、ニーズレーゲン』
「おかげさんでな」
『早速で悪いが、敵をどうにか引き剥がしてくれ』
 敵の集中砲火を、五機のシールドを巧みに重ねることでどうにか受け流していた寮機"トロマティゼ"、"クレペイラ"らが"ニーズレーゲン"に救援の信を送る。だがその必要はなかった。既に、母船を襲っていた敵の本陣八体のうち四体が、魔理沙の側へ進路を変えていたからだ。
「"アルタット"、"ケンドーコバヤシ"はそのまま敵を引きつけてくれ、私があの四体と、いま"ホマンキュラス"に食いついてるヤツを、まとめて連れていく――」
 ついに砲撃の有効範囲に侵入した魔理沙を、四体編成の敵が攻める。魔理沙は速度に緩急をつけ、砲弾の焦点を逸らしながら、弧を描き敵の攻撃面を横切ってゆき――当然、敵は逃すまいと魔理沙を追う。
「ハーイ、虚空牙ご一行ご案ん内ぃ!」
 機体を大きくロールさせ螺旋を描きながら、降って来るような、あるいは足元から突き上げてくるかのような硝煙弾雨をかわし続ける。"ホマンキュラス"を追っていた敵機も、進路と相対速度から、魔理沙の方が狙いやすい位置に来たため、この追撃に加わった――五対一。
 がぱっ、と開放音がコクピットに響き"ニーズレーゲン"は武装腕を一転、全面展開した。機体に八基備わっている武装腕はそれぞれが三十七種の攻撃オプションを持つ。そのすべてが、一様に、魔理沙に追いすがる敵機へ向けられる。
 敵機はこれに反応し緊急回避しようとするが、無駄だと悟り、同じように砲を向けた。魔理沙は最初から、旋回性能の差から一箇所に固まらざるを得なくなった一瞬の隙を突いていたのだ。
 砲口と砲口が向き合う。互いに覚悟は決めている。両者共に、コンマ数ナノセカンドのうちに吐き出せるだけの渦動エネルギー弾を放った。魔理沙の弾丸は、相互に干渉しながらも三体を撃墜。二体に致命的な隙を作った。
『もらうぞ、ニーズレーゲン』
 その声が聞こえた時には"ホマンキュラス"が隙だらけの敵に亜空間ブラスターを撃ち込んでいた。
 再び大戦果を上げた魔理沙であったが、武装腕の一つが使用不能に陥り、時空切断スクリーンのほぼすべてを使い切る大ダメージを受けていた。
 残り六機の敵は状況が悪いと判断したのか退避行動を取り始めた。"アルタット"、"ケンドーコバヤシ"が母船の守護に向かう。
 大勢は決し、ナイトウォッチ編隊九機の勝利――実に、四千年以上戦い続けて、初めて堂々と宣言できる勝利――かと思われた、その時である。
 ちりっ、と魔理沙の感覚器にノイズが走り、認識域内に存在していた味方のアイコンがひとつ減った。
「――――!?」
 通信途絶、すなわち、コアの破壊に至ったのは、母船防衛に当たっていた"スキゾイド"だった。
「なにがあった!」
『敵、敵が――背後から来たッ!』
 "クレペイラ"が絶叫を上げる。背後から――それは、守護する母船の方から、ということだ。
 予想外の事態に硬直する母船守備隊の中から、"ティアマット"が戦列を抜け、母船に向かって陣取りシールドを正面に集中する。次の瞬間には、もやっとボールを頭からかぶる伊藤四郎よろしく"ティアマット"が渦動エネルギー弾を全身に受け破壊された。身を挺して、味方らを守ったのだ。
「母船が、乗っ取られて――!?」
 VL型シンパサイザーが新たに、有効感応域に六機の敵を捉えた。
 それは母船と同期していた。


********************


『本丸を落とされた、か……!』
 誰かが苦々しく呟いた。
『おい、向こうにもっと居るぞ……二十、三十……。……はははっ、百四十一、だってさ!?』
 敵の大軍が、側面から迫ってくる。
『ちくしょう、ちくしょうっ! やられちまった、ティアマットがやられちまった!』
 その中で、魔理沙だけが冷静だった。
「いち、にい、……七機か。うん、やれるな」
『なにか策があるのか?』
 この戦闘でコアが交代し、戦闘能力が飛躍的に上昇した"ニーズレーゲン"にただならぬなにかを感じたのであろう"シゾフレニア"が問いかける。
「ああ。当面、襲ってくる敵の大軍に対しては、な。
 ありったけのヌル爆雷を敵の進路上に撒くのぜ。それでいくらか、時間が稼げるのぜ」
『バカな、このだだっ広い絶対真空空域で地雷を踏む確率なんて、ほとんど期待できないぞ』
「それは解らないぜ? 確かにカプセル船に向かうだけなら、彼我の距離は未だに広すぎる。だから向こうさんも、いくらでもルートを変えられる。だけど、他のエサ、あるいは障害物があったとしたら――?」
『まさか、俺たちで?』
「そういうことだぜ」
『それよりも、母船はどうする? 五億人近い人間が保管された、我々の"へそのお"だぞ。これを解放しないことには、なにをしたって意味がない。いや、そもそも、母船のシールドが虚空牙の汚染に、あとどれだけの時間耐えられることか』
「それは、私が行く――私に、任せてくれないか」
『解っていると思うが、宇宙空間で三次元的な罠を張るとしたら、最低でも六つの点が、すなわち六機必要になる。我々はもう七機しか残っていない。一人で、できるのか?』
『……………………』
 数ナノセカンドの、沈黙。この間にも、母船は虚空我に侵されつつある。
『俺は、ニーズレーゲンの提案に乗るぞ』
 最初に答えたのは"ケンドーコバヤシ"だった。
『ああ。それしかないな』
『敵本隊は、母船を解放し逃げ切るまで、俺たちで抑える』
『そうだ、やられた連中の仇だ。やってやる』
 めいめいが速度を上げ、遠ざかってゆく。
『ニーズレーゲン、頼んだぞ』
『俺たちの世界を、守ってくれ』
 彼方に、星と同化した仲間たち。
 彼ら、彼女らもまた魔理沙と同様に、母船の中で夢を見ていた。絶対真空の中で戦い続けるためには、その"安らぎ"が必要だった。
 本来ならば、そこで見る夢は、世界は、心を支えるための道具に過ぎなかったかもしれない。
 しかし今の魔理沙には解った。
 どんな人間にも、各々に、重要な、命を差し出すに足る、世界があるのだと。土足での侵入を許すくらいなら、死すら厭わない、そんな世界が。
 それを任されたのだ。それに、その世界は、魔理沙にとっては――
「――霊夢が守ろうとした、世界。私たちの世界だ」

 ナイトウォッチ二号機、"ニーズレーゲン"こと霧雨 魔理沙は、再び高速航行変形して、孤独な防衛戦へと向かって行った。


********************

[魔理沙と世界]


 反撥装甲の残量は戦闘開始時の二割。
 武装腕――アームド・アームは八基中一基が大破。二基が中破。
 エグゼ粒子弾、強重力子メギド、ヌル爆雷、残量なし。
 時空切断スクリーンは僅かに機体の一二〇パーセントぶんしかない。
 魔理沙の駆る"ニーズレーゲン"は兵装だけ見れば、その戦闘力を通常時の五分の一まで低下させていた。
 だが魔理沙は、
「できる、できる……私なら、やれる」
 と、確信に満ちていた。
 徐々に敵のシルエットが明らかになってゆく。

 敵――人類は、この脅威に対し殆ど情報を持っていない。宇宙に進出したときには既にそこにいたということ。人類に攻撃を仕掛けてくるということしか、解っていない。
 宇宙には本来なんにもない。ただのがらんどうだ。人類が必死こいて突き進む、その先に、必ず虚空とともにこの敵はあった――それゆえ、虚空牙と魔理沙たちは呼んでいる。

 母船に近付くと警告メッセージが表示された。VL型シンパサイザーに機能衝突。DM型シンパサイザーが魔理沙のストレスを感知して、無理やりに夢の世界へ引き戻そうとした。母船の制御範囲内ではDM型の方が優先順位は上になる。
 いいや、違う――
 夢で見ていた、幻想郷。
 そこを戦場として魔理沙にみせることの方が、恋人を人質として意識させる方がいっそ力を引き出せるはずだと、母船の多層次元集積演算機、すなわち"ジャイロサイブレータ"は判断したらしい。母船はまだ生きている証拠だ。
 絶対真空の空域が、夜空に変わってゆく。
 星が瞬き、雲がかかり、山脈の起伏が現れ、月が世界を照らす。
 魔理沙は苦笑しながらVL型シンパサイザーを再起動した。

 ……眼下に……幻想郷の……自然が広がっている。
 濃い緑は人の入らぬ原生林。
 赤茶く煤けるは妖怪の山。
 紅い館、光る湖。
 さらに近付くと、自然がその詳細を顕して、風見の花畑、青々とした竹林が確認できた。
 魔理沙はその景色を視覚でなくイメージとして捉える。
 VL型シンパサイザーが脳に直接投射する空間情報。モノクロでしか把握できない一個一個のオブジェクトが持つ色情報を、魔理沙は補完しながら地に向かい落ちていた。
 その先に、つい七三〇ナノ秒前まで見たことも聞いたこともなかった、しかし今は厳然として立ちはだかる"敵"が見える。数は合わせて六。
 だが魔理沙が見ているのはさらにその先だ。そこには――

「アリス、アリスだ、よし、よぉし――」

 俄然やる気を出したような声。魔理沙がアームド・アームを展開する。
 否、魔理沙が、ではない。
 魔理沙が駆るナイトウォッチ二号機こと、恒星間空域用超光速機動戦闘機"ニーズレーゲン"が、である。

「六対一ね、ははっ。負ける気がしねえや」


 そう嘯く彼女は、今――


 光よりも速く、星よりも高く、恒星系を破壊する火力を持って、幻想郷の空を飛んでいた。
 そして、この嘯きに答えるものがいた。
『魔理沙、君は一人じゃあ、ないよ』
「――?」
 虚空牙の一体、光る巨人のシルエットが妙な動きを示した。

『六対一じゃない、――五対二だ』

 六体。距離を取って魔理沙を待ち構えていた敵機のうち一体が、なにを思ったのか武器らしい、腕と一体化した槍を――自分の仲間、横に居た巨人に突き立てたのだ。

『!!?』

 戦線に一斉に緊張と動揺が走る。だが魔理沙はひるまず一体欠けて出現した対空網の穴に機体をねじ込み、至近距離から亜空間ブラスターを一発。とっさに振り下ろされた虚空牙の槍を反撥装甲で受け止めた。
『これで、三対二だ』
 光の巨人に刺さった槍が引き抜かれる。貫かれた側は粒子となって、キラキラと舞った。
 ぴたり、と。
 自然に、魔理沙と光の巨人が背中を合わせた。
「おまえ、アメヤだな」
『解ったかな、流石に』
「そりゃ解るさ。そんなに、"銀色"じゃあ、な」
『ははっ。君にはこの姿が銀色に見えるのか』
 戦力が半減した敵機は体勢を立て直し、魔理沙たちに殺到した。
「いくぞ!」
『ああ』
 五機。敵味方入り乱れての、ドックファイトが幕を開けた。
 

********************


 "ニーズレーゲン"、相対距離二億キロメートルから亜空間ブラスターの弾幕を張る。"ペイパーカット"、この弾幕に隠れて敵機に接近。
 閃光。
 槍と槍が火花を散らす。魔理沙がその脇を抜け、二体に突撃。
 交錯。
 反撥装甲が破れ去った。さらに"ニーズレーゲン"のアームド・アームが敵機の槍に穿たれる。
 崩壊。
 弾倉の渦動エネルギーカートリッジが破壊され、爆発。
 魔理沙はこの爆発を、中破したアームド・アームで防御。衝撃を殺しきることはできなかったが、機体は守った。
 半ば自爆する形で、敵機を一つ撃破。
 この頭上より、もう一体が魔理沙に襲いかかる。シンパサイザーの機能で敵機位置を把握していた魔理沙は、残るアーム六基のうち二基で受け止めた。紙一重、槍がコアに届く寸前で、アームを切り裂き、止まる。
 しかし、敵機も槍一本で戦っているわけではない。
 二本の腕と、二本の脚を備えている。虚空牙がその両足を巧みに跳ね上げ、残る片側四基のアームド・アームを蹴り飛ばす。
「くっ」
 がら空きになった"ニーズレーゲン"の機体。対し虚空牙にはまだ腕一本がフリー。
 突き出された拳、光る拳骨が"ニーズレーゲン"のキャノピーを殴りつける。まるで、鼻先でライオンが咆哮を上げたかのような爆音と衝撃が魔理沙を襲う。
「うあっ――」
 ふらつく。二撃目が来る。魔理沙は機体をしならせ、あろうことか――
「――ぁぅるぅあぁっ!」
 頭突きをかました。
 最も強靭に出来ているコアで、虚空牙の拳を逆に粉砕したのだ。
 キャノピーが脱落。幾重もの時空切断スクリーンで守護された魔理沙の生身が、外界に現れる。
 光が差した。それは光の影だった。
「……ラーニングは、私の専売特許だろぉー!?」
 虚空牙、砕かれた腕の代わりに頭を振りかぶっていた。
 装甲に守られていない時空切断スクリーンに直撃を受けたが最後、時間連結が解除され機体は内部崩壊を起こし……それ以前に、潰されて死んでしまう。

 絶体絶命。

 だが魔理沙は、このピンチにぞくぞくと身体を震わせ、大興奮し、壮絶な笑みを浮かべ、秘所を駄々濡れにしていた。
「光速とおめえのドタマと、どっちが強ぇか勝負しようぜぇッ!」
 右手を伸ばす。
 対峙。
 全長一〇〇メートルを越す巨人の巨大な頭と、少女の細腕によるチカラ比べ。
 僅かに、巨人の表情が変化したように見えた。
「私の幻想を舐めるなよ」
 魔理沙の手が不意にありえない輝きを発つ。

「マスタースパークは恋の符よ。身も焦がれるが、心が裂けるぜ」

 光速。
 虚空牙の頭は、突如として画面半分を埋め尽くした極太のレーザーによって焦げ、散り散りにされ――朽ちていた。
 ごぉおおん……と音が響く。
 爆煙と光の粒子の中、半身を削られた"ニーズレーゲン"が浮かぶ。
 ナイトウォッチに新たな腕。それは四基のアームド・アームに対をなす、少女の細腕で……機体のグロテスクは、いっそう磨きをかけられていた。


********************


 魔理沙の背後でも、既に決着はついていた。どのような力の差があったかは定かではないが、アメヤことペイパーカットの戦闘は一方的だった。
"なぜ任務を果たさぬ"
 魔理沙がアメヤの戦場に接近すると、感覚器に訴える声が響いた。
『果たしているさ』
"なんだと……?"
 それはアメヤと敵の巨人の間で交わされる会話のようであった。
『人類に味方し、君たちが性急にサンプルを取り潰そうとするのを防ぐこと……それが今、私の任務においてすべきことだと判断した』
"気でも狂ったか。あるいは、人類に汚染されたのか――?"
 魔理沙は距離を置きながら、その声を聞いた。
「なあ、おまえら。なに話してるのぜ? ちょっと混ぜろよ、私も」
『我々はずっと以前から、君ら人間を調べていた。私の任務にしても、そうだ』
 アメヤが答える。意外にも、これを負傷し動けなくなった敵の巨人が補う。
"そいつは、はるか昔に君らの故郷に降り立った我々の一部だ。それが、君たちがこの世界を再構成する時に紛れ込み、潜伏し、そしてまた、世界が再構成されて動き出した――調査続行のために。そういう存在だ"
「なんと。私たちはずうっと、天敵を内に潜めて旅してたってわけか――そりゃ、襲撃もあとを絶たないわけだぜ」
『それとこれとは別だよ、魔理沙』
"さて、なぜ、おまえは人類に味方するんだ、という疑問に戻ろうか? 同胞よ。おまえは、人類への調査で、新たに解ったことをなにか一つでも、持ち合わせているのか"
『そういう意味では、なにもない』
"ならば手法を変えねばなるまい。それが此度の総攻撃の作戦背景だ。その上で、あのカプセル船の数億という人間を手元に置き、経過を見る"
「おいおい、冗談じゃないんだぜ? 私らには行くところがあるんだ、そんな作戦なんぞに付き合ってられるか!」
『そう、その通りだ。彼女たちを行かせてやろう』
"だから、なぜだよ? いい加減そこンとこハッキリしてくんねーかな"
『結論からいうとだね。答えはずっと昔、五千年前に既に出てるんだよ』
「どういうことなの……」
"どういうことなの……"
 期せずして天敵同士が異口同音。
『そりゃあ、確かに人類は理解不能だ。今はその結論しか出せない。解らない、という結論しか。しかしそれは、人類が我々にはないものを備えているからだと、私は思う』
"その、人類に有り、我々に無いもの、とは――?"
『心だよ! 感情だよ! この世界の人々は、守りあっている。美しいものに、泣くことさえあるんだ――!』
「ええー……?」
 唯一、人類の魔理沙が呆れたような、引いたような声を上げたが、この宇宙人どもは構わず。
"少なくとも、解らないことの、解らない原因は、解ったというわけか"
「解り難いなあ!?」
『解っていただけたかな』
"ああ。やはり、人類に関しては、保留するしかないということか"
「え、解ってくれたの? ……え?」
 こうして、数千年に渡りコミュニケーションも取れず、ただ争うしかなかった天敵同士が――
"脱出に手を貸そう"
 ――束の間の握手を交わすに至ったのだった。


********************


 宇宙空間での戦闘はナノセカンド単位で行われる。しかしコアが感じる実時間は通常時間に等しい。
 これは時空切断航法と呼ばれる技術の結果であり、機体外周部――つまり宇宙の虚空に触れているところほど時間の流れが速く、内側のコアほど時間の流れが通常に、整数倍の値をとりながら戻ってゆくという現象から来ている。
 当然、母船もまた同じ技術によって超光速で飛んでおり、その内部、つまり魔理沙たちが夢を見ていた世界の時間は通常時間に等しい。
 よって、本来ならば八十九ナノセカンドという人間の知覚では認識できない塵の間で終わった今しがたの攻防が、アリスたちにはよく見えていた――

 アリスがぽかんと口をあける。その他も同様だった。
 どんな経験を積み、どれほどの知識を集めようと、凡そそれがなんなのかを答えることはできはしないだろう。
 それはナイトウォッチ。恒星間空域用超光速機動戦闘機。
 外見は房を、実をすべてもがれたぶどうの、芯というべきかヘタというべきか、いずれにせよ食わずに残された枝の部分が、蛇行し、絡まり、刺々しく暴力を握り締めたようなものだった。
 そして、その比喩はあながち間違いでもない――ナイトウォッチは、相克渦動励振原理が確立され、宇宙へと飛翔してゆく人類の、輝かしい黎明期に作られたものだ。それは同時に人類が純生物的適応からすら地球を飛び出さざるを得なく成るほどに膨れ上がり、資源という資源が開発され尽くされる寸前の時代でもあった。
 知恵の果実を口にして数万年。人類はそこまで行った。酸っぱいだろうと言って諦めていた、どんなぶどうの実すらもぎ取り、齧りつくすほどに。地球上の幻想が、煙と消えるほどに。
 いまこそアリスは思い出していた。
 地球上で勃発した生命の神秘と工業の神秘の争いは、工業の一方的な勝利に終わったのだ、と。だからこそ、幻想郷ができたのだと……。
「魔理沙が、戦っている」
 巨人と化物が絡み合い、殴り合い、殺しあう。
 どう見てもバケモノとしか形容できないナイトウォッチと、人間の形をした巨人。しかしアリスはどちらが魔理沙なのか、見抜いていた。
 やがて決着がつき、なぜか巨人は化物と握手をして、そして――
「魔理沙が、行ってしまう」
 静かに涙を流した。
 制止しようとも無駄であることは解っていた。
 だが、ナイトウォッチは僅かに滞空し、アリスの方を振り返った。
「魔理沙」
 呼びかける。その声は誰にも届かなかったが――心は届いた。
「ああ、アリス。心配かけたなあ」
 魔理沙の声が聞こえた。
「行ってしまうの、魔理沙。私を置いて」
 ずきん、と胸が痛んだ。それは心臓を打ち抜かれた魔理沙の肉体の痛みがアリスにも共有された証であった。
「ごめんだぜ、アリス。帰りは、いつになるか解んねえ」
「そっか……解ったわ」
 ぼろぼろと涙をこぼしながら、アリスの口調は平静なまま。
 目の前では、魔理沙の死体と霊夢の身体がいつの間にか、あるいは最初からそこに無かったかのように、消えていた。
 魔理沙は、霊夢は、あそこにいるのだから。ここにいないのは当然だ。
「じゃあ、ちょっと出てくるから」
「うん。いってらっしゃい」
 魔理沙の胸から血が漏れている。
 アリスの目からは涙が溢れている。
 血と涙に彩られた別離ではあったが、不思議と悲壮感はない。
 あるのはただ、心地よい孤独感。

 魔理沙とアリス。不退転の二人は、このようにして別れたのだった。

 ぽつり、と。アリスの頭上に降るものがある。
 それはナイトウォッチの軌跡が落ちてきたもので、誰もが最初、星が降ってきたのか、と思うほどに、輝いていた。
「……全く懲りないんだから――早苗に怒られるでしょこれ」
 空一面から、白い白い粒子が、きらきらと、幻想郷に――お米だ。
「さよなら霊夢」
 萃香の願いは、期せずして、果たされていた。


********************


 DM型シンパサイザーで精神を共有し作られた世界。
 共に生き、有り続けた二人なればこそ心が通い、声が聞こえているのだと横でアメヤが教えてくれた。
『ところで、君たち女の子同士だろう? 今更だけど、恋人なのかい』
「悪いか? こちとら魔女だぜ。不道徳でナンボってもんだ」
 三人は空を超え、宇宙に出、現実の母船、その甲板上で落ち合った。
 魔理沙が母船による修理・補給を受けるあいだ、アメヤは滔々と魔理沙に自分の調査結果を話して聞かせた。
『人類の持つ心というものは、同等に複雑な神経中枢を持つ哺乳類、ひいては人類が自ら生み出した機械群にもまま見られる、ひとつの"機能"に他ならない。この機能が必然から生まれたのだとしたら一体なにを目的にしているのか、考えたことはあるかな。社会性を持つためだろうか。コミュニケーションをとるためだろうか。それにしては、人間の心は不安定すぎる。簡単に、身体を自滅に追いやっているようにも見える――私は、数多くの世界を見てきた。そのどこに行っても人類は心ゆえに合い争い、食い合っていた。君を除いて、ね。そう、君の存在が私にひらめきを与えた。答えといってもいい。心というのは、おそらくは、まったく"自然"なものなんじゃあないだろうか。そう考えるとまったく辻褄が合うんだ。ロケットを飛ばすように計算通りには行かない、無限大にほど近い神経パルスの組み合わせの結果生じる行動原理。これに従って行動する人間というのは、心を持たない我々からは理解不能なのも当然だ。きっと、同じように心を持つ人間同士でも、解り合うことはできないんだろうね。さてこの心だけど、自然であるということはつまりどういうことだか、解るかな。そう、不条理である、ということさ――そして同時に、超合理的でもある。自然というのはそういうものだ。まるで未来を予知したかのように、ありえないほど"合理的"な選択を度々成し遂げる。生命の神秘というヤツだ。そして、君たちが心ゆえに争うという"不条理"あるいは"残酷"は、きっと、まだ、君たちが心を得てから、数万年しか経っていないからなのではないだろうか? 十万年後か百万年後には心という"機能"は……進化し世界に対し熟れているか、あるいは淘汰され消えているかどちらかだろうと思う。

 いずれにせよ――人類は、心という機能を選択したのさ。生存を求めてね』
 魔理沙は意外にも、このクソ長い話を真面目に聞いていたらしく、
「生存、ねえ。この絶対真空がどこまでも続く宇宙じゃ、虚しいだけの言葉だぜ」
 そう言って肩をすくめた。
"そうでも、ないぞ?"
「え?」
 新たに仲間に加わった虚空牙が、母船に槍を付きたてた。
「ちょっ……なにするんだぜ!?」
"今、多層次元集積演算機――ジャイロサイブレータ――に記録されていた、我々の痕跡を完全に消去した。君たちは自由だ。もはや我々の手は及ばない。彼……ペイパーカットの居場所も、もうない。ああ、すまない嘘だ。ボートの中級階層、航行管制装置"アストロコンパス"の傍系システムに座標データを残しておいたぞ。複数の星の位置から、向かうべき先は解るはずだ。もっとも、そこに向かうかどうかは君達の自由だがな。ジャイロサイブレータは先ず間違いなく罠と判断し、データどころか階層ごとパージして我々の汚染を消去しようとするだろう。だが、それは機械の判断だ。機械にはこんなトラブル、いやイベントだろうか? それへのシューティングはないだろうしな。道を決めるのは、君たち人間だ――。その先になにがあるのか? そこにはな、一つの恒星と二つの衛星と四つの大陸と八つの海と十六度の平均摂氏気温と三十二度の華氏気温で水が凍る程度の飽和水蒸気圧と六十四種の岩石と百二十八の元素と二百五十六……は、別にないけど、五百十二キロメートルの厚さを持つ大気を備えた、そんな星がある。地上に再び降りれば我々ももう襲い掛かることはなくなるはずだ。そして君たちは新たな資源を得て――再生することができる。そう、そこでならば、君の世界で死んだ者達の情報を再生できる。左様、死んだものは死んだのだ。これは覆らない。だがジャイロサイブレータには遺伝子情報も神経構成も経験情報も記録されている。必要なのはたんぱく質だけだ。
 
 だからそこへ向かい――君の友達を、生き返らせてやるといい"
「それって、それじゃ、私たちは、ついに――」
 魔理沙が戦慄に打ち震えながら、どうにか言葉を見つけ出した。
 
「ついに――"希望"を、手に入れたというのか」

 その言葉はまったく儚いものとして……長いこと、人類が忘れていたものだった。
『しかし、そうなると誰かがここに残ってジャイロサイブレータに干渉し続けなければいけないね? そうでもなきゃ、とても母船は言う事を聞いてくれないし』
「え? え、え?」
"そうだな、そしてそれは人類に任せるべきだな"
「え? ちょっと。なに話してるの」
『魔理沙――君はここに残れ』
「はあ!?」
"こちらに向かってくる我々の軍勢は、君の仲間と、我々で足止めする"
「待て、待つんだ! それじゃあ、ダメだ!」
『魔理沙、落ち着いて。我々は決して、楽な方を任せたつもりはないよ。なにせ君はこれから、夢の世界に逃げることもできずに、この圧倒的な虚空のなかを一人ぼっちで船を進めるという、孤独に耐えなくちゃならないんだからね』
「そっ――そうじゃない。私が言いたいのは、それじゃ無理だ、ってことなんだ」
 アメヤが言う、その孤独を想像し、魔理沙は少し冷静になる事ができた。
「無理だ。お前ら二人が行ったところで、十分な時間は稼げない。私の才能が必要だ」
"いや、私の計算だと――"
「だから、違うんだって! 確かに今あそこにいる数だけなら、お前ら二人でもいいだろうけど、増援が来るはずだ。いや、来る。絶対に来る――それも、とんでもない数が」
『………………』
"………………"
「本当だ。確信がある。私の心がそう告げているんだ」
『だとしたら、困ったな』
"ああ、あとは、危険だが賭けに出るしか――"

「あーもうまったく仕方がねえヤツラねえ」

 不意に。
 何者かの声が響いた。
 驚愕する一同を尻目に、母船の装甲が内側から、ちょうど人一人分だけへこみ、突き上げられ、そして……少女が。
 真っ白い髪と、赤い眼をした、博麗 霊夢が――
「あんまりどうしようもねえから、地獄から舞い戻ってきちまったわよ、まったく」
 絶対真空などものともせずに、生身で甲板を歩んでいた。


********************


「一つ確認したいんだが、これは現実だよな」
『そのはずなんだが、……あれー?』
"いったいなにがどうなってんの?"
 三者三様に疑問符を虚空に発していたが、霊夢は構わず。
「ほら、なにやってんの。行くわよ? これが現実だろうと、仮想世界だろうと、やらなきゃならないことに変わりはないはずよ」
 と、実に淡白だった。
 アメヤともう一人の虚空牙が、思い出したように立ち上がり、そして母船から離れてゆく。
「スターリエナクター・シャイアンメイデン!」
 霊夢が呼びかける。すると、どういうことか――スキマが開き、そこから全長二六〇メートルを越す、霊夢のナイトウォッチが現れた。
 コクピットに搭乗するのではなく、お札を構え、霊夢はシャイアンメイデンのアームド・アームの一つに乗った。
「いろいろ聞きたいことはあるが、時間がない、ンだろうな……」
「ええ。でも、すべてはあなたのおかげよ」
 魔理沙、眼を瞬かせる。
「異変を解決したじゃない。だから二人の味方も得られたし、その間に私はこうして博麗細胞の力で蘇ることができた――最も、今度こそ助からないでしょうけどね」
 肉体が外に出てしまっては、霊夢の遺伝子情報をサルベージすることもできなくなる。
 もう、会うこともなくなってしまう――
「そんなに悲しい顔しないでよ、魔理沙。ここから先、あなたが行く道には笑顔が必要よ――笑って?」
「( ゚∀゚)アヒャ」
「そう、それでいい……本当はあんまりよくないけど!」
「笑えったって無理に決まってんだろそんなのォ!」
 魔理沙の涙はシールドのなかをぷかぷかと浮いていた。
「本当にもう、どこまでもしょうがないわねえ――ほら」
 スキマが開いて、魔理沙のコクピット内に、涙とは別のもが漂う。
 それは米粒。
「これ、どこから――まさか、だってこれは仮想空間のものじゃあ――」
 驚く魔理沙を尻目に、ぐんぐんと霊夢は戦場へ向かい、小さくなってゆく。
「アリスと仲良くするのよ? お別れね、魔理沙」

 シンパサイザーの共感範囲外に出る。
 こうして、魔理沙と霊夢は別れ――かくして、紙切異変もまた、幕引きとなったのだった。


********************

[西暦八〇〇〇年(七九世紀) 8月7日
 アリスと世界]


 霊夢が死んだあと、幻想郷の結界を維持管理する巫女は東風谷 早苗の任となった。
 八雲 紫はアリスとの賭けに順じ、かつてと同じように働いている。
 何人もの人妖が死に、博麗神社が消えてなくなったが、それでも幻想郷はこうして続いている。
「はあ……暑」
 魔理沙の研究室から汗だくで出てきたアリスは、そのままバケツに汲んであった消火用の水を頭からかぶった。
 服が水浸しになったが、どうせ洗濯するので関係ない。冷を求めてのことだったが、夏の暑い大気でぬるくなった水はいっそう暑苦しくさせる効果しかなかった。
「おーい、アリスー」
「あ、にとり」
 にとりが見るからに暑苦しそうなカッパ姿で現れた。パワーアップした新型の外域活動ユニット"デンドレルペトン"である。冷やしたきゅうりの入ったカゴを持ち、その他、実験に使う原料を背負っている。
「休憩しましょ」
 木陰を指差し、アリスがにとりを誘った。

 アリスは今、魔理沙の研究を引き継ぎ、新たなスペルカードの開発を行っていた。
 真夏の幻想郷の空には、抜けるような青が広がり、白い入道雲が、高さを教えるように浮んでいる。
「なんにも、変わらないわね」
「……うん」
 けたたましいセミの声が熱気に溶ける。
 たまに吹き抜けるそよ風が汗ばんだ肌を優しく撫ぜる。
 あの冬から、ずいぶん時が過ぎてしまったことを実感した。
 なにも変わらない、ということは――変わったことに気づけぬほど、時が過ぎてしまったということだった。
「魔理沙は――みんなは、まだ帰ってこないのかなあ」
 にとりが何度目になるか解らない願望を呟く。
 あの日、シンパサイザーによる精神共鳴で事態を知った者はアリスだけではなかった。
 魔理沙が去ってすぐあの巨人が再び現れ、眠っていた橙の前に現れて展望を告げたのだ。
 なぜ橙だったのか、それは解らない。だが幻想郷の人々は、この異変の犠牲者はいずれ帰ってくるという話を受け入れ、信じ、今まで待ち続けている。
「でも、本当に帰ってくるのかしら?」
 アリスが遠い目で雲を眺めながら、不安を口にする。
「紫も、結局は犯人じゃあなかったわけだし」
 それは、にとりも薄々は思っていたことだった。
 
 八雲 紫は、結局のところ、犯人などではなかった。
 
 紙切れと共に死んだものたち――彼らの死因は、突き詰めれば、自殺だったのである。
 
 紫が行ったのは、ただの説得だけだ。
『霊夢が、このような紙切れと共に殺されました』
 そう言われたパチュリーは、自分も研究にひと段落が付き、死ぬにはいい頃あいだと判断した。餞別として魔理沙に化学便覧と――グリモワールへの落書きを残して。
『犯人は解っております。しかし、どのような手を尽くしても、敵う相手ではありません』
 そう言われた永琳は、実のところ事態を甘く見ていた。自分ならば死んでも生き返るだろう、と……。そして紫が本気になれば守りきれるわけでもなしと、蓬莱の薬を差し出した。
『かくなる上は、取引を持ちかけるより他はないと、私は思います』
 そう言われた文は博麗大結界を守る意味で、死に同意した。ただ、最後に――椛に金になるネタを握らせたかったので、センセーショナルに、不可能犯罪の状況を作り――明らかに"殺された"と解る死に方を選んだ。
『皆様の、命と等価の価値ある品を集め、霊夢の命と交換するのです』
 そう言われた天子は、彼女自身霊夢を好いていたので、死もやむなしと覚悟した。ただ、彼女を殺すには魔法でも毒でも足りなかったため、物理的な方法を取らざるを得なかった。
『どうかお願いします。私の命だけでは、足りそうにないのです』
 そう言われた萃香も死を選んだ。だが、その前にどうしても、自分の気を済ませたかった。そうして、やれるだけやって、悔いの残らない完敗を喫した。
『霊夢を、幻想郷を――助けてください』
 皆、悲しげな眼で紫に心臓を預け、代謝され死体から検出されない量の毒を注射され、そして苦痛自体を無効化する術をそれぞれ自分自身にかけて、そうして――死んだのである。

「だから……さ。犠牲者は、生き返るかもしれないけど、自殺者はどうなるんだろうな、って」
「大丈夫だよ、きっと」
 にとりは、妙に自信に満ちた声で断言した。
「ここは、霊夢と魔理沙が守ろうとした世界だもん。きっとすべて、うまくいくよ」
「……そうね」

 日差しは依然として強いが、昨日ほどではない。
 セミの声もうるさいが、もう抜け殻は見なくなった。
 そしていま齧るきゅうりは昨日よりも冷たく、美味しい。
 
 この秋は、あの米粒からできた米を食べられるだろうか?
 無常な月日と共に、アリスと幻想郷の夏は、どこまでも過ぎていった――

 ――魔理沙を待ちながら。


********************























 ある夏の夜。
 アリスが夕涼みに博麗神社跡地に出かけた。
 草が生い茂るなか、空を見ていると、流れ星が一つ。

 米粒がアリスの頬に当たった。
はじめまして。
作中矛盾点とかあったら、お手数でなければ教えてくれると嬉しいです。内容が内容なので、批判批評も一応覚悟はしてます。

上遠野浩平作品から相当量の設定を引っ張って来ています。また、この話の内容も出来具合もアレなので伏せておきますが、多くの二次創作者さんの作品にもモチーフを得ています。

あとなんか話の都合上マリアリになりましたが自分はルナサ姉さんが好きです。

お米食べろ。
保冷剤
nekonohime19@yahoo.co.jp
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コメント



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4.100名前が無い程度の能力削除
ぐっじょぶ!
随所に含まれたネタといい、最後まで飽きることなく読むことができました。
5.80可南削除
良い作品だと思います。演出や設定は好きです。個人的には。
面白かったです、お疲れ様でした。ありがとうございました。
6.100名前が無い程度の能力削除
読み応えのある大作でした。
面白かったです。
7.90名前が無い程度の能力削除
長いけど、面白かった。次回作の投稿を期待します。
12.100名前が無い程度の能力削除
警戒してましたが以外や以外面白かったです。
17.80名前が無い程度の能力削除
パロ元を読んでいないためオチの部分がわかりにくい部分はありましたが、
ボリューム十分でとても楽しめました。
ボリュームが多すぎて数時間動けませんでしたが…。
20.無評価名前が無い程度の能力削除
久しぶりに酷い物を見たというのが正直な感想です。
これだけ長々と書きながら最後までまるで成長が見られないのは、ある種才能かもしれません。
21.80名前が無い程度の能力削除
初めましてでよく挑戦したなw
パロ元は分からんのだが設定だとかキャラの会話だとかが想像してたよりずっと面白かったよ
次はパロ抜きのアンタの作品を読んでみたいぜ

ちなみに減点分は長すぎてので分割してうpしてほしかった点と、次回作に期待する分かな
まぐれあたりじゃなきゃ次はもっと伸びるよ
22.100パレット削除
 よくも私の時間を盗んでくれたな……!
 それも現時点では申し訳ないことにやや流し読みなので、この先読み返し等々でさらなる時間を持っていくことも確定されていて本当に許しがたい。ぜったいゆるさぬえ。

 面白すぎてひたすら笑うしかないです。創想話の東方二次創作で泣きそうになったのはかなり久しぶりです。何が素晴らしいかって、そう、この作品は、これ以上無いほどに「東方の二次創作」をやっていた。もはや清々しさすら覚えるほどです。クロスオーバーとか些細なこと……とか言ってしまうと逆に問題なのかもしれませんが、私がそう感じたということで勘弁してください。上遠野浩平作品、中でも主にナイトウォッチシリーズでしょうか、このあたりはかなり昔に一読しただけなので正直さっぱり覚えていないのでして、必然的にそっちよりも東方分が目に入る……。
 なので特に最後らへんとか、まったく戸惑いがなかったといえば嘘になりますが、魔理沙と霊夢がどんなことをしていたのか、この作品での幻想のあり方、そして彼女たちが抱く幻想……まあ、たぶん、なんとなくですが、感じ取れたような気がしています。それもきっと、この作品の根っこのところが、東方への愛と敬意と信頼によってガッチガチに固められていたからなんて思ったりして。

 ところどころに入るメタネタとかb(* ´∀`)dとか( ゚∀゚)アヒャとかはたぶん賛否両論なのだと思います。むしろどっちかというと否の方が多いんじゃないかというのが正直なところですが、私は好きでした。(性格的な意味で)粗暴な感じのキャラメイクも含めて、どこかしらとぼけた雰囲気みたいなのを全体に漂わせることに成功していたと思うからです。
 たしかに人死に、妖怪死にが出ている作品ですが、だからといって常に常に張り詰めた空気でいるだろうかというと疑問を感じますし、こういったギャグが入っているからといって、各キャラクターが誰かの死を笑ったりどうでもよく思ったりしているのかというと、そんなわけではまったくない。むしろこの手の「茶化し」によって、誰かがいなくなった舞台の上でそれでも頑張って踊り続ける様が強調されるようでした。まあ個人的にこの手のメタネタは好きなので、いろいろと補正かけて見ているかもしれませんが……。
 またこれらのネタ成分ですが、各所に見られる「原作形式」へのこだわりの一環でもあるのかなと感じました。シリアスい背景設定でも、ゲーム中はなぜだかほわほわした空気が漂う東方原作。ゲームとしての原作へのリスペクトがいろんなところに見られるこの作品だからこそ([魔理沙とごね得]のところが好きすぎて辛いです……そして登場人物紹介もスマートすぎる)、あの空気へも挑戦しているように思えました。前述したキャラメイクも含めてですね。
 原作のようになぞるというよりは、この作品の、あるいは作者さんのキャラメイクに合わせた形で作られた、どこかとぼけた空気。堪能させていただきました。すごく心地よく、小気味良かったです。

 あと、まあ、欲を言えば、個人的にとてもとても霊夢が大好きなので、あなたが描く霊夢というキャラクターをもっともっと見たかったなあ(単純に文章量的な意味で。霊夢というキャラクターを描くことに関しては、この作品でも十分、文量的には短くても、すごく美しい切れ味で為されていたように思います)という気持ちが無いでもないのですが、それに関しては次作を勝手に期待させていただきますが、個人的なアレなのであんまり気にしないで!
 ぶっちゃけ三万点くらいぶち込んでも足りないのですが、それをやると荒らしになってしまうので、あまりに少ないですが百点で失礼。はじめましてということで、クロスオーバーだったり長かったりいきなりキャラ死亡だったりb(* ´∀`)dだったりで点数的にはあまり伸びないかもしれませんが、どうか気にせず頑張ってください。霊夢の有無は特に関係なく、次の作品を楽しみにしています。ありがとう、最高でした! お米食べるよ!
24.80えのぐ削除
宇宙設定なのに東方を感じる不思議!
宇宙過ぎて読んでて頭がパンクしましたが、氏の文章力と東方への理解みたいなものは感じましたw
次回作期待してますー。
25.100名前が無い程度の能力削除
名前の割に熱くさせるね。
26.無評価名前が無い程度の能力削除
クロスオーバーって書いてあるのに読んで当たり前だけど
理解できず面白さがわからなかった。ので無評価で。

>結果、魔理沙とにとりは伊吹 萃香探索へ、にとりは単独で天界へ向かうことになった。
魔理沙とアリスの間違いかと

>めんどくせえなこれ。
なんというタグホイホイ
マリアリの俺涙目

次作に期待します
次もクロスオーバーなら自分が知ってるネタであることを祈ります
元ネタ知ってたらすごい面白かったのかなこれうぎぎ。
27.100名前が無い程度の能力削除
2000000000万
33.100名前が無い程度の能力削除
設定やら考えやら、何もかもが好きです
確かにこれはクロスものであり、また東方の二次創作だと思いました。
私はクロス元を読んだことがないのですが、それでも楽しめました。
面白かったです。
35.100名前が無い程度の能力削除
分からない。私には全く分からない。クロス先も、この作品での魔理沙や霊夢の設定も。読み込みが足りないのかもしれない。色々(本当に色々)ぶっ飛びすぎてて心配になったりもした。
でもただひとつ確実に言えることは「面白かった」。手放しでこの作品の全てを大絶賛できる。
冒頭の時点で感じた「これはとんでもない」という予感と、この冒頭までの舞い戻り方の凄まじさ、そして作品全体の壮大さ。

完璧であります。全てが私の感性にマッチしていました。おそらく、東方SSの中でいつまでも私の記憶に残る作品の一つになる。
絶対に万人受けはしなさそうな書き方(AA等)なんだけど、私はむしろそれが作品の魅力を上げているとさえ思う。もう全てが魅力的で、完成されすぎていて。


良いもの読めたよ、ありがとう。
36.100かたる削除
とんでもない作品です。夢中で読みました。
書こうと思っていたことのほとんどはコメント欄でパレットさんが先に書かれてしまいました。400kbにも及ぶ力作ながら隙がありません。しかも、強い愛と熱意を感じました。いや、すばらしい、脱帽です。
惜しむらくは恥ずかしながら私がクロス元を未読の為に、この作品におけるいくつかのすばらしい部分が、はたして作者様の筆によるものなのかはたまた上遠野浩平氏の影響によるものなのか判断が付きにくい点です。今度クロス元も読んでみようと思います。

あなたの作品がもっと読みたいです。本当にありがとうございました。
37.100i0-0i削除
とても面白かったです。
いくつかの細部で気になるところはあったものの、
それらを吹き飛ばして余りあるような面白さで、
あれなんでこんな時間まで起きてんのレベルです。

今後も頑張って下さい。
38.100名前が無い程度の能力削除
くそう上遠野浩平作品っていったら「ブギーポップ」の「エンブリオ」のあたりしか読んでない自分が悔しい…さっぱり分からん。
ただ「圧倒された」この一言しか出てこない。
ナイトウォッチシリーズ読み込んでからもっかい読みたいなぁ。

次回作期待です。頑張って下さい。
39.100名前が無い程度の能力削除
パロディ元も知らないし、400kbも一気に読んだから疲れたけど、読み終わった後に残ったのは満足でした。
40.100名前が無い程度の能力削除
よくわからん所も多かったが面白かった。
大作映画を一本見終わった気分。
41.70名前が無い程度の能力削除
前半のミステリ部分は面白かったです。先の気になる展開。息を付くヒマもなく読みました。
ただ、結部に向けた飛躍が説明不足に感じ、それまでのくだらない(くだらないというのは好きの裏返しです)パロディを交えた部分のように、言うなれば魔理沙の背中を優しく流してあげる感じには、するっっっっっと読めませんでした。
よく解らないままに視点を飛ばされ視線を飛ばしたので、どちらかというと、言うなれば魔理沙の未だ男を知らない秘所に突っ込む感じにぎゅりりっとしてました。
ミステリ部分で終わっていれば僕は100点を突っ込んでいたのになあ。
だからといってだからこそ、それがこのSSのカルト的人気に繋がるのでしょう。
難しいんでしょうね。その辺。
とりあえず、お疲れさまでした。次回作を楽しみに待とうと思います。
そろそろ八ヶ月。同じ分量の作者さんの新作が見られるのではないかと、心待ちにしております。
42.70euclid削除
実弾がいきなり出てきたりして「ぅーん……」ってなることも多かったですが、
そんな事どうでもいいから次へ!早く次へ!続きは?これからどうなるの?ってぐいぐい読み引っ張られていくほど面白い作品でした。

ハリウッドの超大作アクションを見たような気分です。
43.100紙木削除
面白かったです。見事に時間泥棒されました。
ふと立ちのぼる場の空気と文章との齟齬/乖離も、マジであるが故にネタとして振る舞うが、その心は、「意志」は、マジである――そんな幻想郷的風景を見るようでした。

ありがとうございました。
44.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。随所に読者を楽しませる要素があって、すごいと思いました。
47.100名前が無い程度の能力削除
毎回こういう超大長編作品を見て思うんですが、
一体、どれ程の時間がこれに費やされたのだろうか。
そそわに書いても、びた一文になるわけでも無いのに、
一体何が作者様を突き動かしているのか、
悲しいかな、読み専である僕には解りません。


ただ一つだけ言わせてください。僕はこの作品を尊敬します。
48.100名前が無い程度の能力削除
出勤中や昼休みに読みつづけて、三日かかった
こういうご馳走山盛りみたいな作品は大好物です
妖夢の戦いぶりのかっこよさに誰も言及してないのはなぜだ
49.50名前が無い程度の能力削除
好きな人は熱狂的に好きな作品だと聞いて一読。上遠野浩平作品は全て未読。
矛盾指摘待ってますと言うけれど、これ上遠野浩平作品全部読まないと無理でしょうに、そんなの。無理ゲーです。
最初から最後まで俺が知ってる東方の世界観とは違ってるよバカ! ツッコミどころしかねぇよ! 蓮命寺ってどこの寺だよ!

俺の定義する「いい二次創作」は何か ――それは「原作のファンを増やす」ことです。一次あっての二次創作です。
そしてこのSSの読んで買いたくなったのは、上遠野浩平氏の『殺竜事件』でした。あと『ソウルドロップ』シリーズでした。(東方キャラ相手に始終優位だったのは上遠野浩平側だったし、解決されてない謎は全部こっち側の設定だろうから)(しかし表紙のイラストが受けつけないわ……)
そして最後まで……『東方projectの作品をもう一度プレイしてみたくなる』……ことはありませんでした。
それから最後のアレが唐突で。別のSTGネタなのかと思いました。光の巨人というとレイディアントシルバーガンのラスボスがまっさきに浮かんだから。
……調べてみたら、なんだ。これさえも上遠野浩平の作品からひっぱってきていたのですね。
ここで、ああこのSSは、上遠野浩平作品が舞台で、その上で東方キャラが踊ってたんだなぁ、という印象を受けました。
そのような世界観だと思うと、東方のルールがまかり通った「6ボス戦」だけが、読んでいて気持ちが良かったことが納得できました。
保冷剤氏の上遠野浩平への愛は伝わりました。しかしこれが東方だとは……受けつけられません。
上のコメントでは真逆のことを書いてる人もいるから真に受ける必要もないだろうけど、とにかく俺はそう感じました。
中盤までアメヤをアヤメと読んでいたのは内緒です。
55.100名前が無い程度の能力削除
お米食べます。

農地法を潰して、農協も潰して、村から株式会社、人からコンピュータへと労働力を変えて、そうして輸出しまくれるようになるまで。