Coolier - 新生・東方創想話

Unholy Warcry

2010/08/05 22:28:45
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人里の中心部に位置する竜神像から続く目抜き通り。その両脇に並ぶ商店の数々。そこは単純に商店通りと呼ばれ、常に人でごった返す人里で最も賑わいを見せる場所である。
正午過ぎ、爛々と輝く太陽の元、照りつける日差しに負けない売り子の威勢のよい声を耳に、雲居一輪は歩いていた。

「買出しは、これで全部かな」

命蓮寺に住む者は皆妖怪であるが、人と同じ食事を取る。そのため、ナズーリン、雲居一輪、そして村紗水蜜の三人のうち誰かが定期的に人里へと買出しに出かける。
聖白蓮は私も行きますと言うが、立場のある者にそのような雑用じみたことさせる姿を衆目に晒すのは好ましくない。
寅丸星も、私にだって買出しくらいできると主張する。そういう話ではない。
よって三人のうち誰かが行くことが暗黙の内に決められ、今日のそれは一輪であった。
買い物籠に目一杯詰め込まれた食材の数々。傍目にも女性が抱えるには辛いであろうと分かるほどだが、妖怪である一輪にはこの程度何ということもない。
しかし、これでもかと自己主張する夏の日差しにいい加減うんざりする。雲山が日傘代わり勤めてくれてはいるが、それも焼け石に水であった。
さっさと帰ろうと踵を返したとき、ちょうど彼女に声をかける者が現れた。

「おお、尼御前様。これはよいところに」

振り返ると、そこには一輪もよく知る男がいた。中背でよく日に焼けた、農業を生業とする男だ。

「ああ、あなたか。如何されましたか?」
「いえね、これから命蓮寺へこいつをお納めに行こうとしていたところでさぁ」

そう言って男は肩から紐につるされた大振りの笹包みを差し出した。
これは?と一輪が聞くと、

「へい、岩魚の焼き干しになりやす。今年はまた、たいそう取れたので、命蓮寺の皆さんにもと思いまして」

受け取れば、見た目通りにズシリと重みが伝わってくる。一尾二尾ではすまないだろう。
一輪はそういえばと、この男は釣りが趣味の大層な食道楽で『食べ盛りの太公望』として人里で有名なことを思い出した。

「これはこれは、ご丁寧に。皆も喜びます」

礼を言うと、男はどうぞ毘沙門天様の加護をと両手を合わして去っていく。
彼は命蓮寺が開かれたとき、毘沙門天―代理ではあるが―がいると知ってすぐさまやってきた。以来、足しげく参拝に訪れる。聞くところによると、趣味仕事にと時間が取れないときでも命蓮寺の方角へ態々遥拝しているという。
白蓮はそれを素直に喜んでいたが、

「拝む理由が賭け事って知ったら、姐さんなんて言うだろう…」

彼は有名な勝負師でもあった。



まあいいかと帰路に着く。思わぬ収穫ができた。皆に見せたらきっと喜ぶだろう、そう思うと自然頬が緩んでくる。
ナズーリンなどは冷静を装うが、きっと尾っぽはそれを隠しきれまい。あの見た目に反した大食らいは、特に岩魚が好物だ。

以前、鬼気迫る表情で岩魚を食べるナズーリンに、もしかして嫌いなのと聞いたことがある。
いや好物だと返す彼女の瞳からは感情が欠落していた。
岩魚は悪食だ。かつて多くの川鼠がこの悪魔に食われた。だから、私は同胞の無念ごとこいつを――食らう。
次第涙を流し始める。そして岩魚が骨と皮になるまで、彼女の箸はひと時も止まることはなかった。

「また面白いものが見られるかもね」

そう思うと、自然頬がニヤけてくる。



――――――



「あ………」
「え………」

もう少し行けば人里の外に出るという帰路の途上、一輪のあまり会いたくない人物番付不動の一位である東風谷早苗と出くわしてしまった。



命蓮寺と守矢神社。共に狭い幻想郷で信仰を集める、言わば商売敵である。
異変の際には事を構えたが、それはすでに関係ない。
矛を交え、その結果の如何によらず異変が巫女により終息すれば水に流す。今までもそうであった様に、白蓮たちはその事について気にしてはいない。
むしろ、そんなことを根に持っていては幻想郷ではやっていけない。
その上、聖輦船が地上に降り立った時に洩矢諏訪子が一役買ったこともあり、表面上、特にお互い悪感情を抱いていない。
しかしこの二人。
白蓮に帰依し、彼女を一心に慕う一輪。守矢の巫女として、二柱を信奉する早苗。

「……こんにちは。ええと、豆腐屋早苗さん?」
「東風谷です。雲居………絶倫さん」

「一輪よ!」



あまり仲がよろしくない。


―――――


初手から手痛い反撃を受けてしまった一輪は内心悔しさを噛み締める。片頬を吊り上げ嗤う早苗―一輪にはそう見える―にははらわたが煮えくり返るが、ここで激昂してしまっては相手の思うつぼ。一輪は素数を数え平静を取り戻す。
それにしても大したものだ、先手必勝とばかりに舌鋒鋭く口撃したというのに、受け流し、鮮やかに反撃に転じるとは、更に腕を上げている。頭の冷えた一輪は、早苗の実力を大幅に上方修正した。



実はこの東風谷早苗、煽り耐性も現人神の名に恥じぬものを持っている。幼い頃、珍しい苗字であったために、それを男子に散々からかわれた経験があるのだ。

とーふやさん。とーふやさん。お豆腐一丁くださいな!
てめぇ、とーふや!俺の親父は豆腐の角に頭ぶつけて死んだんだぞ!貴様は敵だぁ!

もはや早苗の記憶の中にある彼らの声に、彼女の心は小波すら起こさない。幻想郷にいる早苗は、きっと外の世界では忘れられた存在となった。故に、あれだけからかっていた少年たちも早苗という少女がいたことを思い出すこともなく、今では青年となり、恋にスポーツにと青春を謳歌していることだろう。死ねばいいのに。



「失礼しました。キモイ一輪さん」
「さらに酷くなってるじゃない!?」

まさか二段構えで攻勢に打って出てくるとは、流石の一輪も防御が間に合わない。

「雲居の雁」
「誰よそれ!?」
「雲居逆鱗」
「それはあんたが今触れてるものよ!」
「凄い脱輪」
「しまいにゃ法輪で轢殺すわよ!」
「ああもう。なら、山田花子(地味)でいいですよね」
「私の名前とぜんぜん関係なくなっちゃったわよ!?」

早苗は一輪が怯んだところを畳み掛けるようして言葉のジャブを繰り出し、戦いの主導権を握る。一輪は受身も取れず、ただ打ちのめされるだけだ。
きっとお茶の間では私の醜態が家族の団欒に一匙のスパイスとして提供されているだろう。そう思い、歯噛みする。

「名前なんてどうだっていいじゃないですか。……どうせすぐ忘れますし」
「最低限の礼儀って奴よ!」
「あれあれ、最初に名前間違えたの、誰でしたっけ?」
「こっ、このアマァ―――!」

再び頭に血が上っていくのが分かる。
しかし、このまま何も出来ず無様に一敗地にまみれるかと思われた瞬間、

「雲山っ!?」

密かに、彼女以上に彼女のために怒っていた雲山は、プシューと音を立てて薄れていく。
とたんに、頭が冷えていく感覚を覚えた。
冷静さを再び取り戻した一輪は気付く。これは気化熱だと。
一心同体の相棒が、不甲斐ない自分のために態勢を立て直すべくその身を犠牲したのだ。
雲山の、既に輪郭すらおぼろげな髭ヅラは、はっきりとは分からない。ただ一輪には、それが確かに笑顔だったように思えた。
ありがとう、雲山と一筋の涙を流し、彼の献身に報いるべく、もういない雲山の分軽くなってしまった背中に気合を込め、強大な敵へと立ち向かう。

「ふ、ふんっ。人の名前も満足に覚えられないなんて、その若さでボケちゃったの?可哀想」
「いえわざとです。雲居一輪さん」
「てっめぇ!!!」

しかし犬死だった。



―――――



どんな言葉も暖簾に腕押し柳に風。一輪のここぞとばかりに繰り出す口撃はいずれも早苗の臓腑を抉ることはなく。しかもそのたびに早苗の流水のような受け流しから反撃貰う始末。
視界は霞み、頭も朦朧としている。雲山は逝った。私は何故、彼女と戦わねばならないのか。
一輪は失われようとしている意識の中で、あの日の事を思い浮かべる。



異変が終わり、無事命蓮寺は建立した。参拝に訪れる者は人間妖怪を問わず緩やかに増え続けている。
人里に赴けば、妖怪が歩いていても住人は取り乱すこともなく挨拶し、雑談をする姿さえ見受けられた。夜の帳が落ちて、白蓮たちの知る世界では本来人々が闇に怯える時間。しかし人里の居酒屋では人と妖怪が酒を飲み比べている。
命蓮寺の皆は涙した。我々が求めていたものが此処にはあると。
人里という、狭い幻想郷の中でさらに狭い一部におけるものであっても、それは確かに、白蓮が夢想し、一輪たちが信じた光景であった。
そんな幸福の最中、宴会への招待が届いた。異変後にも行われたそれを、さらに規模を大きくしたものらしい。なんでも、過去に異変を起こした者たちが命蓮寺を知り、親睦を深めようと企画されたものだそうだ。それに皆は喜び、当日を心待ちにした。



その日、宴会は博麗神社の境内で行われた。一目で分かるだけでも吸血鬼、亡霊、鬼、ウサミミ、など多種多様な妖怪が集まっていきてる宴会は大いに盛り上がった。
博麗の巫女はうんざりした表情であったが、誰かが傍にいると相手をし、酒が切れた騒ぐ妖怪たちには新しい酒瓶を投げつける。実に面倒見が良い。

「改めまして、東風谷早苗と申します」
「ご丁寧にどうも。雲居一輪です」

異変で戦った相手とは、初めはごく普通の挨拶から始まり、

「現人神?その若さで凄いわねぇ、そりゃ負けるわけだわ」
「いえいえ、あなたこそ。それに、私には神様がついてましたので」

お互いの健闘を称え、

「神奈子さまと諏訪子さまです。常々、神は災厄から人々を守り導く存在だとおっしゃられて…」
「姐さん。聖白蓮は人や妖怪、全てのものが平等であって欲しいってね…」

互いの慕う者について話し、

「でも妖怪にも言い分はあるわよ…」
「だって、神奈子さまがそう仰ってたもん…」

次第に、意見の食い違いに改めて気付かされ、

「巫女って割には、なんか俗っぽいわよねぇ。あなた」
「私も。尼僧侶って、もっと貞淑ってイメージ持ってました。え、尼さんじゃない?」

ついには相手の些細なことが気に食わなくなり、

「へ、へぇ。人里で信者がたくさん…」
「ま、お山に住んで見下ろしてるだけじゃねぇ」

言いがかりともいえる言葉で相手を傷つけ、

『屋上へ行こうぜ。久しぶりに…キレちまったよ』

決定的な破綻を迎える。

以来、顔を合わせるたびにいがみ合う関係となった。



「……人の入れないお山に住んで、それで信仰集めねぇ。おめでたいわ」

あの日の光景から唐突に、一粒だけポツリと零れ落ちる言葉。一輪は意図せずに発したそれだが、早苗はその予想外の一言に動揺した。

「あ、あなたには関係ないじゃないですか!」

そりゃ、私だって少しは問題があるんじゃないかとは思ってますよ。やっぱり分社だけじゃ効果が…。など今までの優勢をあっさりと捨て去り一人うろたえる早苗。
一輪はゆっくりと浮上する意識の中で、それを眺めやる。

「はっ、分社ねぇ。神様のご威光が足りないって言いたい訳?」

おめでたい。おめでたい。嗤う一輪を前にして、早苗に先ほどまでの余裕はない。

「な、何を…」
「分からない?分からないわよねぇ。なんせ自分の事なんですもの」
「……どういうことですか」

今や微笑すら浮かべる一輪とは対照的に、早苗は表情を硬くする。

「つまりね。あんたみたいな性格の悪い巫女がいては、到底信仰なんか集まりっこないってことよ!」
「つ――!な、なら!あなたみたいな陰険サドがいるお寺だって、そのうちポシャっといっちゃいますよ!」
「言ったなぁ!」
「言わいでかぁ!」

ついには防御を一切考慮しない、理性を放棄して感情に任せた野蛮な罵りあいに変わっていく。
里の外れとはいえ人目はある。その頃には、騒ぎを聞きつけた里の住人たちが次第に集まってきて、いつしか一つの輪が二人を取り囲んでいた。
尼さん頑張れ。早苗ちゃん負けるな。幻想郷に住まう者の多分に漏れず、里人は皆お祭り騒ぎが好きで、観客となった彼らは進んで二人の熱に飲まれ、歓声を挙げ贔屓の相手に声援を送る。
頭脳派で知られるナズーリンでもいれば、ここでは世間体が悪い。喧嘩がしたいなら河原にでも行って好きなだけ殴り合え!などと割って入り優しく諭してくれただろうが、ここにはいない。今の頭が沸騰した二人は、ただただ売り言葉に買い言葉の大放出だ。当然、観客に気付く余裕などあるわけもなく、醜態を晒し続けるのみであった。



―――――



時を同じくして、藤原妹紅と上白沢慧音は人里を並んで歩いていた。
やれ子供が宿題を忘れてくる、授業中に居眠りするだの、寺子屋ではこんなことがあったあんなことがあったと積極的話しかけてくる慧音に、妹紅はその度相槌を打って続きを促す。彼女の話を聞くのは、妹紅の楽しみの一つだ。
一通り話を終えて、食事はちゃんと三食取っていますか、あまり喧嘩ばかりではいけませんよと、今度は妹紅の生活習慣について心配し出す。なんとも甲斐甲斐しい。
そういえばお腹空いたわねぇと強引に話題をそらす妹紅に、慧音がならば私が作りましょうと応じ、そのまま揃って商店通りに向かっている途中、それに気付いたのはまず妹紅であった。
商店通りに続く道、にぎやかな声が聞こえてくるほどに近づいたところで、岐路から里の外へ向かう道の遠方。そこに何やら人だかりがあった。

「何かしら、あれ」
「妹紅、どうかしましたか?」

あらぬ方を向いて足を止める妹紅。問いかけてくる慧音に、視線の先の人だかりへと指を指すことで答える。
妹紅は目が良い。彼女が視界の脇に入れるだけで気付いたその光景を、慧音は目を凝らしてようやく理解する。

「あれは…何か事件だろうか。すみません妹紅、少し様子を見てきます」

言うや否や駆け出す慧音。どうせ喧嘩か何かでしょうと気軽に構える妹紅とは対照的だ。
人里の守護者を自認する慧音は、何か問題があるとすぐに駆けつける。いつだって生真面目な彼女に苦笑し、妹紅もそのあとを追った。



―――――



「やっぱりねぇ。にしても、何。あの二人還俗してお笑い芸人にでもなるつもりかしら?」
「なっ、なっ、なあぁぁ!?」

果たして、人だかりにたどり着いた二人であったが、その中央にいる一輪と早苗の姿は流石に予想外であった。
衆目の中、馬鹿、阿呆、地味、と語彙も乏しく罵りあう二人に、なんとも子供じみた喧嘩だわと呆れる妹紅。
どちらも人里へよく現れる神職に携わる者で、慧音は彼女らを多少知っているし、話もする。早苗はたおやかで、巫女としても勤勉で実直、博麗の巫女にも見習って欲しいと常々思っているくらいだし、一輪についても、宝船の騒動があった後、妖怪が寺を構えたと聞いて訪れてみれば、皆温厚で人当たりもよく、何ら問題を起こすことはないだろうと安心していた。
だのにこの光景。慧音は開いた口が塞がらない。

「お前たち、こんなところでいったい何をしているんだ!?」

自失から立ち直った慧音は人垣を掻き分け、この惨状を止めようと前に出る。
周囲の観客は、うひゃぁ、慧音先生だ!散れ!どうなっても知らんぞぉ!と一目散に逃げていったが、未だに周囲の状況がつかめていない彼女たちには、しかし慧音の言葉は届かない。
こら!話を聞け!と怒鳴るも、二人の罵りあいに掻き消される。終いには、いや、お願いですから、少しお話ししませんかとえらく低姿勢になる始末。
推移を見守る妹紅であったが、ここでようやく慧音の努力を無駄にしないために動き始める。

「藤原妹紅、48の対輝夜必殺拳が一つ。インプレカブルシアリング」

言っても分からぬ馬鹿ばかり。ならばこうするのが一番よと、妹紅の全身の筋肉を巧みに使ったしなやかで鞭のようなガゼルパンチが等しく二人の意識を刈り取った。
こうして、一輪と早苗の人里を舞台とした真昼の決闘は物理的に終焉を迎えた。



―――――



一連の騒動の後、流石にこのまま野晒しにしておくわけにはいかないと、気絶した二人を引きずって場を後にする。買出しに来たはずなのだが、とんだ荷物ができたものだ。
そしてたどり着いたのは、結構な広さを持つ慧音の自宅兼寺子屋。
もともとは廃屋となった一般的な民家を利用した集会場であったため、一つの大部屋と最低限の水周りが設備されているのみだったが、慧音が寺子屋を創めるにあたって里人の協力を得て居住空間を増築し、直接廊下で結ばれた隣り合う二棟の建物が完成したという訳だ。
今回は寺子屋の教室へ彼女たちを運ぶ。すぐ目を覚ますだろうと妹紅は気楽に腰を下ろす。慧音は逡巡したが、それに倣う形でそのまま座り込んだ。半人半獣である慧音だが、満月の夜でない限り身体能力は人間とそう変わらない。
無駄な肉体労働で明日は筋肉痛だろう、そう思い深くため息をついた。



しかし、一輪と早苗はいくら待っても目を覚まさない。
空腹から腹の虫が際限なく催促を繰り返し、苛立ちが募ってきた妹紅は、手っ取り早く容赦のない一撃で気付けをする。
ゴホッ、ブエッホと、目を覚ましたはいいが、やたら苦しそうな彼女らの姿に慧音は引き気味だ。
不老不死である妹紅にとって、人生の楽しみといえるものは万金に勝る。そんな彼女の些細な幸せである慧音との一時を邪魔され、さらに食事の時間まで取り上げられたとあっては、少しばかりご機嫌斜めなのは仕方がない。



「落ち着いたか?では、何故天下の往来であんなことをしていたのか、話してもらおうか」

一輪と早苗はようやく平静を取り戻し、仁王立ちする慧音の前で行儀良く正座をさせられている。いつの間にか寺子屋に連れ込まれていて、しかも何故だか埃っぽく砂まみれで落ち着かない。


勝手知ったる慧音の家。妹紅は慧音たちを置いて、勝手場まで入り込み一人湯を沸かす。ついでに納戸にあったきんとんを拝借した。慧音はいつも、そこにお菓子を隠している。
お茶とお茶菓子を手に戻ってくると、彼女らを尻目にもう関係ないやと言わんばかりに端に座り黙って茶をすする。



「ふむ。出会いがしらに挑発された。もとより不仲であったためにそこから売り言葉に買い言葉と、早苗はそう言うのだな」

神妙に頷く早苗。説明しろと言われ、先んじて口を開こうとした一輪の機先を制し話し始める早苗を、てめぇと睨み付けたが、ここで声を荒げても埒が明かない。
しかし黙って聞いていると、確かに言葉に嘘はなかったが、明らかに一輪の行動のみが印象付けられた説明だったように感じる。

「さっ、裁判長!確かに発端は私ですが、事を大きくしたのは彼女です!彼女の説明はあまりにも恣意的だ!」
「慧音先生だ。無論、貴方の話もちゃんと聞く」

これでは敗訴確定だと声を高く抗議する一輪を手で制し、ここは罪の所在を明らかにするための場ではないと宥めるように言う。

「二人とも種族や思想は違えど神職者だ。里にも信者がいる。だから貴方たちは、程度はともかく里に影響力を持つ者なのだ。だのにあれは良くない。故にここで自らの振る舞いを省みてもらい、自制を促したい。私はそう考えている。言うなれば、私は裁くためではなく、人里の守護者として見守るためにここにいるのだ」

慧音は穏やかに告げる。一輪は彼女の真直ぐな主張に何故だか感銘を受け、彼女の顔はまるで菩薩のようだと思った。
どん底で手を差し伸べられると無条件で信じてしまう。一輪は詐欺の被害者によくいるタイプだった。
慧音似菩薩早苗は如夜叉。
そして一輪の心に新たな諺が誕生した瞬間であった。
彼女であれば全てを任せられると、自分が早苗に何を言ったか、早苗が自分に何を言ったか、一切の装飾を省き、一輪は懇切丁寧に説明する。


妹紅はきんとんをおいしそうに頬張っている。



慧音は事の顛末を理解するうちに、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容に眩暈を覚えた。

「なんともはや…まさかその様な切欠で。呆れるしかないな」

微に入り細を穿つ説明。改めて聞かされると、早苗も自分の言動に思慮が至り頬を染め俯いてしまった。
かく言う一輪も、自覚が芽生えたのか声は先細り、次第に苦虫を口一杯に詰め込んだような表情をする。


妹紅はきんとんの甘味とお茶の渋みを交互に堪能する。




「まぁ、なんだ。なんと言って諫めようかと思ったが、二人を見ていると、それも必要ないかな?あははっ、はは………はぁ」

聞き終わった頃には、正座する二人に先ごろまでの威勢はなく、むしろ死にそうな表情をしている。
流石の慧音にも、これ以上何か言ってしまえば彼女たちは自刃してしまうのではないか思えたほどだ。

「ほら、あれだ。神職者ってのは硬そうな雰囲気だし、見ていた者たちはむしろ親近感を抱いたかもしれないぞ!」

信者が一気に増えるかもなと場を盛り上るために必死に笑う慧音。
あの場にいた大勢の里人を今更ながら思い出した二人は、スペルカードは自分自身に向けても発動出来ただろうか思案する。


妹紅は、あんた空気読みなさいよときんとんを取り落とした。



「では二人とも、もう大丈夫だな。……本当に大丈夫だよな?うん。今日のことは風呂にでも入ってさっさと忘れてしまえ。な?」

慧音は自分の醜態に自身であきれ返り、毒を食らわば皿までとばかりに更に道化に徹した。
おかげでどうにか持ち直した二人に安堵のため息をつく。
表情は晴れやかとは言い難いが、最悪の事態は避けられたことに心底ほっとした。
そのまま二人を立たせて入り口まで連れて行く。正直、またボロを出さないうちにお引取り願いたいと切に願う慧音であった。

「慧音さん、この度はご迷惑をおかけしました」
「慧音先生、お世話になりました。以後先生のお言葉を胸に、一層励みたいと思います」

深々と礼をする。

「あー、うん。ついでだ、もう一言。無理に仲良くしろとはいわない。節を曲げる必要もない。だがこの幻想郷では共存共栄が理だ。まず相手を理解し、許容することが肝要だぞ」

もう少しよく知り合えば、案外何でいがみ合っていたか分からなくなるかもしれない。無理解故の争いというものは、歴史上往々にして起ってきた事だ。慧音はそう締めくくり送り出す。

「相手を…」
「知る…ですか」

一輪と早苗は互いに顔を見合わせる。

「2Pカラー。…ブホッ」
「青頭巾ちゃん。…プッ」

……言わなきゃよかった。慧音は心底後悔した。入り口で再び言い争いを始めた二人に慧音は天を仰ぐ。すでに日は傾き、カラスが鳴いている。天狗のブン屋がいたような気がしたが、気のせいだろう。そうであってくれなければ明日の新聞が恐ろしい。
そういえば昼食を食べ損ねたと今更空腹を自覚する。夕食の準備もまだしていない。食材に買い置きがないから、今日は外食しかないだろう。妹紅に手料理を振舞いたかった。期待していただろうに。ああそうだ、詫び代わりに隠しておいたきんとんを一緒に食べるのもいいかもしれない。
慧音の頭の中を様々な考えが過ぎる。正しくは現実逃避と言う。

「現人神といっても、所詮はガキじゃない。偉そうにしてんじゃないわよ!」
「へぇぇ、そのガキにこてんぱんにされたのはどこのどなたでしたっけね!」

なんかもう、いいや。疲れた。疲労を訴える体に反して慧音の思考は次第に晴れやかになっていく。解脱の境地とは、このような感覚なのだろうか。
慧音は、それこそ菩薩のような笑みを浮かべながら言い争いを続ける二人に一つ頷く。



その日、青き彗星が彼女たちの頭上に落下した。


妹紅は最後のきんとんを名残惜しそうに眺めていたが、やがて意を決し口に放り込んだ。



―――――



一輪が痛む頭をさすり帰宅すると、白蓮から呼び出しを受けた。
今、命蓮寺の本堂に住人の皆が集まり、再び正座させられた一輪を囲むように座っている。
一輪の正面には白蓮。彼女にしては珍しく柳眉を吊り上げ、怒っていますという表情を作っている。
右隣には星が座り、白蓮のあまり見たことのない雰囲気に怯えている。
反対には村紗。彼女は逆に面白そうに一輪を眺めている。喧嘩売ってんのか。
ナズーリンはというと、なんと彼女は帰りが遅いと態々迎えに来てくれたらしい。そこで里人が保管していた一輪の持ち物を受け取り、事のあらましを聞き呆れて帰ってきたそうだ。今、彼女は一輪のことなど一切眼中になく、ひたすら岩魚を凝視していた。
蒸発した雲山は、空へ昇り冷やされて再び形を取り戻し、今はまた一輪の傍で漂う。


話はナズーリンから聞きましたと白蓮。

「まったく、呆れてものが言えません。――誠に薄く、軽挙妄動である!」

白蓮の怒声に、星がごめんなさいと土下座した。あんたじゃないわよと、一輪はそれを他人事のように眺めやる。
彼女は今、慧音の頭突きで大きなこぶをこしらえたため、頭巾を取り尼削ぎの髪を露にし、頭に氷袋を載せていた。妖怪である自分にさえこの威力。彼女の頭蓋はいったいどうなっているのだろうと真剣に考えてしまう。

「貴方の守矢の巫女にすら教えを説こうする志は立派です。ですが相手も神に仕える者、当然譲れぬものがありましょう。断じて行えば鬼人もこれを避くと、そう考えましたか?であれば正しく傲岸不遜。それは幻想郷のあり方にとり、角を矯めて牛を殺すに等しい。猛省なさい」

ナズーリンはいったいどの様に説明したのか、白蓮は勘違いしている。
ごめんなさい。争いの原因はそんな高尚なものではなく、もっとくだらない何かです。
一輪はそう思ったが、口にするのは憚られた。私はそこまでプライド捨ててない。

「確かに、山の神とは志すところを異にしております。しかし、両虎共に闘えば勢い倶に生きずとの言葉にあるように、我々が争えば犠牲は大きく、また幻想郷の荒廃は必至。ではそのどこに衆生済度があるというのか。貴方はもう一度よく考えるべきです」

違いますか?と白蓮が問う。
違いません。違いませんが、最初から全部間違ってます。一輪はすでに泣きそうだ。
白蓮はそれを反省と取った。頭もよく責任感の強い彼女だ、きっと自分の行いを恥じているのだと。
そう考え、表情を柔らかくし、いつもの穏やかな声色で語りかける。

「足るを知るものは富む。それでよいのではありませんか?私は満足していますよ。貴方たちが傍にいてくれる、人も妖怪も全て受け入れてくれるこの幻想郷に」

貴方も、もう少し肩の力を抜いて気楽に生きてみては?白蓮はそう言って微笑む。
聖…、と星は何やら感動したらしくむせび泣いている。村紗も何故か誇らしげだ。ナズーリンは話しを聞け。
なんというか、どこまでも慈悲深いあなたの愛が痛いです。正直なところ、一輪は置いてけぼりを食らった感が否めなかった。



説教も終わり、さあ食事にしましょうかと白蓮が言うと、ナズーリンは岩魚を抱え一目散に勝手場に向かう。
一輪は疲れたので休むと言い、気遣わしげな白蓮に大丈夫ですと自室へと退いた。



――――――



重たい足を引きずり、ようやく自室までたどり着くと、そのまま雲山を抱き枕にして布団に横になる。
今日は最低の一日だった。早苗と出くわさなければ今頃美味しい夕飯に舌鼓を打っていただろうに。そう思うと尚更だ。
白蓮にも叱られ、彼女を慕う身としてはむしろそちらが堪える。
早苗のことなんてほっといてさっさと帰ってしまえばよかったのだ。いや、所詮は身から出た錆。今更文句を付けてもせん無い事。
まどろむ頭でポツリポツリと考える。


なんとなく、早苗を思い浮かべる。寺子屋を後にした帰路の途上、彼女は散々べそをかいていた。
優等生である早苗にとって、あれだけ雷を落とされるというのは初めての経験らしい。
頭突きも初めてと言っていた。普通そうだろう。
普段角を突き合わせている時とは違い、歳相応とも思えるその姿になんとも庇護欲をかき立てられ、思わずあの手この手で慰めてしまった。山の神も大概過保護だと聞くが、なるほどよく分かる。
その時の彼女の意外に可愛らしい一面に、案外慧音の言う通りなのかもしれないとも思う。
そこでふと、別れ際の彼女の台詞を思い出す。

こ、これで勝ったと思わないでくださいね。次は、えぐっ、負けませんから。

「うん。それ、やっぱ無理」

一輪は穏やかな笑みを浮かべ、深く静かに眠りについた。
ランニング中「いちに、いちに」と心の中で掛け声をかけていると、
いつのまにかそれが「一輪、一輪」となっていました。
あの日、私は確かに一輪さんと一緒でした。
ランナーズハイって素敵ですね。また走ってきます。



二作目です。前回の投稿では過分な評価を頂き、なんとお礼申し上げてよいのやら。

今回、オチの付け方が一番難しいと思った執筆でした。マーガレット・ミッチェルは『風と共に去りぬ』を終章から書き始めたそうですが、爪の垢を譲っていただきたいものです。

今作も、楽しんでいただければ幸いです。


※追記
ご意見ご感想ありがとうございます。
ご指摘にあるように、会話を煮詰めること、とても重要だと思います。
いずれ何作か書き上げることで文章の練習をして、改めて大幅な改稿をしたいと考えております。
そのときはまた、ご一読よろしくお願いします。

※再び追記
慧音先生は今回小説版に準じたキャラになりました。
ついでに背も小さいです。単に好みです。
きっと授業中、黒板には背伸びして書いていると思います。

早苗は汎用性の高いキャラで、誰とでも絡めるかなと思いましたので。
一輪も好きなので、神職者組として増えて欲しいものです。
真面目な早苗と、真面目だけどどこか蓮っ葉な一輪。単に好みです。

雲山は私心の一切無い、漢の中の漢です。
常に一輪のために存在して、抱き枕だって当たり前なのです。

説教中、妹紅もいるのに何もしていないのはどうかと思い、挟み込みました。
何故こうなったのか、不思議ですね。

※ご報告
誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
名前の間違いだけはいけませんね。
ビッグ・サミー
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おや、この慧音先生は小説版儚月抄の口調ですね、珍しい。
雲山かっこいい!
2.80名前が無い程度の能力削除
誤字?報告 東風屋早苗→東風谷早苗
最後の早苗が可愛いくてつらい。
3.70名前が無い程度の能力削除
一輪と早苗の絡みは珍しいですね。面白かったです。
ところでさらっと書き流してるけど、「雲山を抱き枕にして~」って……。
ええい雲山俺と変われ!

それと超個人的な意見なんで聞き流して全然おっけーねなんですが、
一輪と早苗の口喧嘩のセリフは、もうちょっと考え煮詰めて凝ったものにしたら尚良かったかもしれないと思いました。
次回作も期待してます。
6.100名前が無い程度の能力削除
ちょこちょこ入れてる妹紅の描写がツボでしたw
1作目同様楽しませて頂きました、次の作品も期待しております。
8.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
30.80名前が無い程度の能力削除
自分も名前が(変というほどでもないですが)あまりないものなので
からかわれた早苗さんの気持ちが死ぬほど分かりますハイ。
テンポもよく面白いお話でした。
35.80名前が無い程度の能力削除
どうやって慰めたのか詳しく
36.90名前が無い程度の能力削除
一輪と早苗がなんだかトムとジェリーみたいだ