Coolier - 新生・東方創想話

麦酒

2010/07/31 16:47:05
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 霧の湖の辺に建つ悪魔が住む館、紅魔館。
 窓が少ない紅魔館でも茹だるような暑い夏の日、テラスで昼間から、従者の十六夜咲夜が淹れた紅茶を飲んでいる吸血鬼、レミリア・スカーレットは、唐突に咲夜に告げた。

「ビールが飲みたいわ」
「は……ビール、ですか?」
「そうよ、ビールよ」

 そういって、レミリアがカップを置いた時には、咲夜の手には良く冷えた瓶ビールとジョッキがあった。日本ではビールを飲むときはジョッキと相場が決まっている。
 だが、レミリアはその瓶ビールを一瞥すると、違う違うといった風に手を振った。

「言葉が足りなかったわね。私が飲みたいのはラガービールじゃないわ。ヴァイツェンビールが飲みたいのよ」
「ヴァイツェンビール……ですか? 多分そのビールはお屋敷には無いと思います」
「うちにないなら人里に行ってきて探せばいいでしょう? 私が許すから、今から行ってきなさい」
「承知しました、行ってまいります」

 咲夜が恭しく礼をすると、その姿が一瞬にして消える。咲夜お得意の時間操作で人里に向かったのだろう。
 咲夜が行ったのを確認すると、レミリアはカップを口に運び、咲夜がヴァイツェンビールを持ってくるのを待ち侘びる。羽もワクワクを隠せないのかパタパタと揺れていた。
 何故、レミリアは急にヴァイツェンビールが飲みたいと言ったのか。
 その理由は、最近暑いということで何度も開かれる宴会の時に、普段は口にしない、一般的にビールと呼ばれるラガービールを飲む機会があったからだ。
 久々に飲んだラガービールの味は悪くはなかったが、その時に、ふと幼い頃に口にしたことがあるヴァイツェンビールの味を思い出した。
 彼女は見た目は幼くても、齢500歳を超える吸血鬼であり、ヴァイツェンビールが貴族のビールと呼ばれていた時代も経験している。
 人間に限らず、あることが一度気になりだしたら、気になって仕方がないというもの。ふとヴァイツェンビールの味が気になり出し、その上この暑さ。暑気払いにもなるだろうと、レミリアは咲夜にヴァイツェンビールが飲みたいと言ったのだった。
 そんな調子で、久しぶりに懐かしい味が飲めるのをワクワクしながら待っていると、戻ってきた咲夜が音もなく姿を現す。
 炎天下の中出歩いたのに汗一つかいてないが、恐らく時間を止めて服を着替えてきたのだろう。
 そして、彼女は手に何も持ってはいなかった。

「申し訳ありませんお嬢様、人里の酒屋にヴァイツェンビールはありませんでした」
「な、なんですって?」
「念のため香霖堂も見てきましたが、残念ながら……」

どうやら咲夜は、ヴァイツェンビールを手に入れることができなかったようだ。
 完全で瀟洒な従者と称される咲夜だけに期待も大きく、それが裏切られただけにショックも大きい。だが、申し訳なさそうに言う咲夜を責めることも出来ずに、レミリアはテーブルに肘をついて頭を抱える。

「うー……ヴァイツェンビールが飲みたい。どうしても飲みたい。でもどうすれば……そうだわ!」





「――というわけで、ヴァイツェンビールの作り方を教えてほしいのよ、パチェ」

 売ってなければ自分で作ればいいじゃない、レミリアはそんな結論に至ったのだ。
 紅魔館内のしょっちゅう白黒魔法使いの被害に遭う図書館。その主であり、レミリアの親友でもあるパチュリー・ノーレッジは、読書を邪魔されたせいか不機嫌な顔をしていた。
 ちなみに、彼女の周りは水魔法の御陰で随分と過ごしやすい気温になっている。

「……そもそもビールは大麦麦芽を発酵させて作るの。麦芽を焙煎して湯に入れて、麦芽の糖分が溶け出した麦汁を漉しとって、ホップを加えて煮沸する。それを発酵させたものがビールよ。レミィが言うヴァイツェンビールは、大麦麦芽の他に小麦麦芽を混ぜて作られるの。だから、大麦麦芽、小麦麦芽、ホップやその他の原料を用意して製法通りに作ればできると思うわ」
「なるほど、流石パチェね! 咲夜、すぐに人里に行って――」
「でもレミィ、日本の麦芽じゃ、ヴァイツェンビールを作るのには適さないんじゃないかしら。出来ないって事はないだろうけど」
「――うー……じゃあどうすれば良いのかしら」

 どうせ自分で作るのなら、徹底的にやりたい。だが、幻想郷にヴァイツェンビールが無いのなら、当然それに適した麦芽もあるはずがない。
 図書館のテーブルに突っ伏してうなるレミリアに天啓を与えたのは、紅茶を持ってきた、パチュリーの使い魔であり、司書の小悪魔だった。
 小悪魔の淹れる紅茶は、咲夜の淹れる紅茶とはまた一味違った味わいがある。本人は「咲夜さんには敵いませんよ」と言っているが。

「幻想郷にないんなら、胡散臭い妖怪の賢者さんに頼んで取り寄せてもらったらいいんじゃないですか?」
「それよ!」

 紅茶をテーブルに置きながら言った小悪魔の言葉に、レミリアが机を叩きながら勢いよく立ち上がる。それに加えて椅子を倒したことにより、パチュリーの不機嫌さが加速した。
 だが、興奮状態のレミリアはそんなパチュリーの様子に気づくはずもなく、側に控えていた咲夜に命令する。

「咲夜、すぐにあの胡散臭い奴をを探すわよ! 日傘を用意しなさい! まずは博麗神社に――」
「呼ばれた気がしたので出てきてみました」
「うわぁっ!」

 何の前触れも無く何もない空間から現れたのは、妖怪の賢者こと、胡散臭さに定評のある少女妖怪、八雲紫であった。
 完全に油断していたレミリアは思わずビクッと身体を震わせ、羽をぴーんと伸ばして驚く。小悪魔も同様に驚いていた。
 スキマから出てきた紫は相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべたまま、しゃがみガードの体勢に移行していたレミリアを見つめる。やがて、紫の視線に気づいたレミリアはすぐにガード体勢を解いて、カリスマ溢れる佇まいをした。もはや誰が見ても手遅れであったが。

「や、やあ八雲紫。ちょうど用があったんだ」
「ええ、ヴァイツェンビールを作りたいから、原料を取り寄せてくれ、でしょう?」
「な、なんだ。わかってるんじゃない。だったら早速お願いするわ」

 ほっとした様子でレミリアが言うと、紫はどこからともなく扇子を取り出し、胡散臭い笑みを隠すようにそれを広げる。
 レミリアが期待するように羽をパタパタさせていると、紫はその様子を見てクスッと笑う。

「あらあら、吸血鬼のお嬢さんはギフアンドテイクという言葉を知らないのかしら?」

 紫が馬鹿にするように言うと、レミリアはまた期待が裏切られたことによって、カリスマ溢れる佇まいを崩しかけるが、すぐに持ち直す。
 その様子が面白いのか、紫は扇子の下の笑みを一層濃くする。

「うー……し、知ってるわよそれぐらい。つまり、原料を取り寄せてくれる代わりに、何か見返りが欲しいんでしょ?」
「そういうこと」
「わ、わかったわ。何が欲しいのよ」
「そうね……それじゃあ、あなたのワインラックから、何本かワインを頂戴してもよろしいかしら?」
「あれ? な、なんだ。それぐらいなら……」
「ふふ、言いましたよ」


 思ったより簡単な望みに安心したのか、レミリアは安堵の笑みを浮かべる。そんな彼女をよそに、紫は閉じた扇子を振ってスキマを開く。
 そして、開いたスキマから出てきた数本のワインを見て、レミリアの笑みが固まった。
 レミリアのその反応の予想していたかのように、紫は胡散臭い笑みを更に胡散臭くし、満足したように別のスキマを開いて大麦や小麦などの原料を取り出す。

「あ、あ……それも、それも、もうすぐ飲み頃のヴィンテージ……」

 ただのヴィンテージ物のワインなら、咲夜の能力でいくらでも作ることが出来る。
 それなのにレミリアがここまで動揺しているのは、紫の選んだヴィンテージが、全て「天然」のヴィンテージだからだ。
 レミリアが何か言いたそうにしているのを見て、紫は再び扇子を開いて口元を隠しながら言う。

「あなたの従者が作った紛い物じゃなくて、長い歴史の流れを乗り越えてきたヴィンテージだからこそ、意味があるのですよ。それはあなた自身も良く分かってるのではなくて?」
「う、うー……この、ドロボー!」
「私はどこぞの白黒ではなくってよ。ふふ、いい取引でしたね。それでは失礼致します」

 言い返すことができず、悔しそうに羽を垂らすレミリアに胡散臭い笑みを送り、仰々しく礼をしてから紫はヴィンテージワインと共にスキマの中へと消えていった。
 紫がいなくなった後、レミリアは人目もはばからず両手両膝をついて項垂れ、悔しそうにうーうー唸る。

「ま、あの八雲紫がただで頼み事を引き受けてくれるわけないと思ってたけどね」
「うー……こうなったら、意地でもおいしいヴァイツェンビールを作るわよ!」

 パチュリーのざまぁみろといった感じの言葉を受け、こうなったら後に退くこともできなくなったレミリアは、半ばやけくそ気味に叫んでから、小悪魔の淹れた紅茶を一気に飲み干す。
 そして、派手にむせた。





 その日の夜、主に咲夜の働きによって、無事ヴァイツェンビールは完成した。
 恒例のシエスタをしていた美鈴が叩き起こされ、ヴァイツェンビールを詰めるための大樽を作らされたりもしたのだが、その辺りは割愛。
 なんだかんだ言って、原料の量は紫も奮発してくれたのか、美鈴に作らせた大樽一杯のヴァイツェンビールが出来たと咲夜は言う。そして今、その大樽の中から瓶に詰めたヴァイツェンビールが、レミリアの前に置かれている。
 テラスから見える空には満月が浮かんでいて、月見酒をするには絶好の夜だ。

「……それで、ヴァイツェンビールが完成したのはいいのだけれど、なんであなた達がいるのかしら?」
「紫の奴が、レミリアが珍しいビールを作ってるって言ってたからな。せっかくだから飲ませてもらいにきたぜ」
「いつもお茶を飲ませてあげてるんだから、たまにはご馳走しなさいよ」
「うー……ま、まあいいわ。あなた達にもヴァイツェンビールをご馳走してあげるわ。感謝しなさいよ」

 だが、何故か紫経由で情報を仕入れた霊夢と魔理沙が混ざっていて、ビールが注がれるのを今か今かと待っている。
 レミリアがなんとも言えない微妙な表情をしているのをよそに、咲夜は人数分のグラスを用意して、ヴァイツェンビールを瓶から注ぐ。ヴァイツェンビールは白ビールとも呼ばれ、ラガーと比べて比較的色が薄く、ホップの苦みが少ないことが特徴だ。
 ヴァイツェンビールが注がれ、グラスがレミリアの前に置かれると、待ってましたと言わんばかりにレミリアは羽をパタパタと激しく動かしながら、目の前に置かれたグラスに口をつけた。
 その味は少し酸っぱさがあるものの、苦味が少なくフルーティーな味わいだ。レミリアが幼い頃に飲んだ味と全く同じではなかったが、ご満悦の様子だ。羽も無意識のうちに、さっきより忙しく動いている。

「普通のビールとは違うんだな。なんか色が薄いぜ」
「私は普通のビールの方が好きね、なんだか複雑な味だわ」

 霊夢と魔理沙もヴァイツェンビールを飲んでいたが、あまり気に入らなかったのか、これはこれで……、と言った感じの表情だ。
 しかし、ご機嫌状態のレミリアにそんな些事はどうでもよく、笑顔で咲夜に言う。

「上出来よ咲夜。さ、あなたも飲みなさい」
「お褒めに預かり光栄ですお嬢様。では、私もご相伴させてもらいますね」

 レミリアのその笑顔に内心悶絶しそうになりながらも、表面上なんとか平静を保った咲夜は、四人がけのテーブルに座って、自分の分のヴァイツェンビールを飲む。どうやら咲夜もその味が気に入ったようで、その表情を綻ばせる。
 レミリアは咲夜のその嬉しそうな表情を肴に、久々に飲むヴァイツェンビールの味を楽しむことにした。



 ちなみにこの後、酒の匂いを嗅ぎつけた萃香からヴァイツェンビールを守るために、レミリアが弾幕ごっこを繰り広げることになるのだが、それはまた別の話。
どうも、初投稿になりますンジンです。

未熟者ですが、レミリアがビールを飲む姿が急に浮かんできたので投稿しました。
未成年なのにこんな話書いちゃっていいんでしょうか。
当然飲酒経験はないので、ビール関連の記述は全てウィキペディア先生頼りになってます。不備があったらどうしようかとガクブルしてます。

んでは、感想、ご意見等お待ちしてます。
ンジン
http://plaza.rakuten.co.jp/nzinblog/
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コメント



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5.80名前が無い程度の能力削除
材料取り寄せて貰うくらいなら完成したビールと交換すれば良いじゃないか
と思ったけどそこまで考えいかないくらい飲みたかったんだろうなぁw
もう一山あるとなお良かったのでこの点数で。
10.90名前が無い程度の能力削除
なぜヴァイツェンビール自体を紫に取り寄せてもらわないのかwww
話の構成自体はいいと思ったんですが、心理描写が少なく淡々と話が進んでいった印象が残ってしまいました。
17.70名前が無い程度の能力削除
あー…またミュンヘンの某店で飲みたいなぁ…
日本のいわゆるラガー系とは違って向こうのヴァイスビールは4リットルぐらい飲んでも平気ですから(当社比)
プレッツェル(菓子パン)やソーセージ、塩もみ大根などを肴にわいわい飲んで唄って踊るのがドイツ…と言うかバイエルン流です
一人でちびちび飲んでるとおめーはプロイン(プロイセン人)かー!ってからかわれます
以上、大酒飲みより未成年へワンポイントアドバイスでした