Coolier - 新生・東方創想話

チルノと水羊羹

2010/07/21 16:05:44
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 宙に浮かぶ核融合の炎は、のんきなこの世界を今日もジリジリと熱している。
 幻想郷のはずれ、霊験からっぽな博麗神社。
「なにそれ美味しそうっ、いっこちょうだい!」
「なによ……」
 氷の妖精は、縁側でうっとりと甘味に浸る紅白の巫女へ快活な様子で話しかける。
「あげないわよ、これは私の水羊羹なんだから」
「水羊羹? それは羊羹なの、水が入った羊羹?」
「いや、みずみずしい羊羹。……あげないわよ?」
「くれないの?」
「くれてやらない」
「ケチ」
「うるさいわね、退治するわよ」
「ふん、相手があの魔法使いだったら喜んで半分あげるくせに。わかってるんだからねあたい」
「あんたねえ……まあいいわ。一個だけよ? ほら、こっち来なさい」
「わーいっ!」

 ***

「ふわぁ……なにこれっ、美味しいっ! 美味しいよ霊夢っ!」
 神社の縁側に腰をかけ、チルノはプラスチックのカップ片手に目を輝かせる。
 カップの中の甘味。みずみずしく滑らかで、あんこだというのにしつこさはまったく感じられない。それは羊羹の果実と呼んでも差支えのないほどの上等な水羊羹だった。
「ん……うん、本当に美味しいわこれ。紫もいいモノ持ってくるわね。外の世界の店から持ってきたらしいわ」
 同じくカップを手に、霊夢はチルノの傍らで水羊羹を味わう。
「あ〜、あんた涼しいわね〜。ちょっとうちの冷房にならない? なんなら祀ってもいいわよ、冷やし神として」
「ならないよ、こんな悲しい神社の神様なんて」
「やはり退治されたいようね」
「ねえ、霊夢。もう一個ちょうだい!」
「けなされてなお甘味恵んでやるような聖人じゃないわよ私は。……まあ、涼しいからもう少しいてもいいけど?」
「タダ働きをするようなバカじゃないよあたいは。ねえ、もう一個だけちょうだい?」
 身を乗り出し笑顔を突き出しチルノは霊夢におねだりをする。それはまるで接吻を求めるような仕草であり、無論意図的ではないが巫女をわずかにたじろがせてしまう。
 妖精は基本的に無防備であった。
「……いやよ。私だって、外の世界のお菓子なんてめったに食べられないんだから。紫に頼んでみたら?」
「ゆかり? ……ええっと、それって、胡散臭さが傘さして歩いてるようなやつだっけ?」
「そうよ。知ってるの?」
「ん〜、前に弾幕ごっこしたような気がするけど……紫は水羊羹たくさん持ってるの?」
「持ってるっていうか、あいつは外の世界に自由にいけるから、いくらでも持ってこれるんじゃない?」
「へ〜。便利ね」
「ほんとにね。私もある程度は境界いじれるけど、さすがにこの大結界を自由にというわけにはねえ」
「ふ〜ん。……――あっ! そうだっ!」
 唐突に立ち上がるチルノ。陽の光にきらめく氷の翼をばたつかせ、彼女は意気揚々と拳を掲げる。
「そうだっ、じゃあ紫をあたいの子分にすればいいのよ! そうすれば水羊羹も食べ放題だわっ!」
「…………」
「ねえ霊夢っ、紫は今どこにいるのっ?」
「さあ……ん〜、あっちかな?」
「あっちね? よーし待ってろ紫〜」
 思いつきの勢いのまま行動するのは妖精の常。チルノは空のカップをその場に投げ捨てそのまま飛翔、霊夢がテキトーに示した方向へ飛び去ってしまう。
「あ〜……ご愁傷さま。貴重な冷気だったけど」
 チルノの身をごくわずかに案じつつ、霊夢は熱い茶をすする。

 ***

「というわけで、負けたら子分だから。いいわねっ」
「あらあら……クスクス」
 紅魔館近くの大きな湖。チルノのいつものテリトリー。水上にて、妖精と妖怪が対峙していた。
「いいのかしら? その条件なら、私が勝てば貴方は私の奴隷よ?」
「勝てばいいのよ! ええ〜いっ!」
 青い髪をした氷の妖精。彼女が両手を掲げれば、そこには冷気の塊が生まれる。
 彼女は氷の妖精。無から氷を想像するのは造作も無いことだった。冷気は氷となり、氷は刃となり。刃は弾幕となり、
「っけええええ〜!」
 日傘をさした妖怪へ襲いかかる。
 チルノが生成した刃はひどく鋭かった。ただ水を個体にしただけの物体だが、それは修行を積んだ里の職人が鍛えた一級品の包丁のように鋭利で、触れれば間違いなく肉は削がれ骨は傷つき、
「ウフフ……」
 触れなければなにも傷つくことはない。
 日傘の妖怪、八雲紫の前には、スキマがあった。「ここ」と「そこ」を結ぶ空間の裂け目。氷の弾幕は飲み込まれ、一つ足りとも彼女を傷つけない。
「っ! なにこれ、気持ち悪いっ!」
「そんな直線的な攻撃では、一機も落とせませんわ。――お手本を見せてあげましょう」
 柔和に微笑む八雲紫。彼女のそれを見た多くの者は生温い寒気を覚えるという。
 強者は常に笑顔、これは幻想郷でも外の世界でも鉄則である。
「ふんっ、だったらもっとたくさん氷を――、え?」
 さらに氷の弾を生成するチルノ、その身の周囲には、無数のスキマが展開されていた。
「さあ、どれだけ避けられるかしら?」
 スキマは、入り口であり出口である。裂け目の向こうに見えるのは、得体の知れない混沌。
 得体の知れない弾幕が、無数、混沌から生まれい出る。
「全部避けられたら、私の負けねえ」
 胡散臭いスキマの妖怪は、日傘を大きく振り上げた。
「〜〜〜っ!」
鈍く光るクナイ、淡く輝く光弾、妖しく舞う蝶弾、触れるものを容赦なく貫くレーザー……
「うあっ……」
 四方から放たれる弾幕に、チルノは身動き一つ取れず打ちのめされる。
 弾幕ごっこは殺傷を目的としていない。だが、それは確かに攻撃。妖力による保護がなければ、妖精の体など容易く打ち砕かれていただろう。
 直撃を受けたチルノは、飛行すら難しくなったのかふらりと湖に落下しそうになる、が、
「あらあら、自機狙いは全部当たってしまったわねえ。一応、回避可能にはしておいたはずよ?」
 紫の嘲るような声に気合を取り戻しその場に留まる。
「こっのぉ〜……」
 傷付いた手で、それでも彼女は新たな氷を創りだす。だがその刃に先ほどのような精度はなく「くらえええぇ〜っ!」勢いにもどこか力がない。
「あらら〜、一瞬で弱ってしまったわね。かわいそうに」
 スキマを開くまでもなく、紫はすべての氷弾を回避してしまった。ゆらりふわりと、風に舞う木の葉のように。
「そんな……」
「ふふ……それがあなたの全力? 弱いわねえ」
「……なんだって?」
「弱いのよ。まあ妖精ですもの。いくらあなたが特殊な存在といえど、妖精という枠の中に収まっているようでは――」
 ジュッ
「……私を倒すことなど出来ません」
 白く輝く光の弾は、チルノの頬をかすめ、その皮を薄く焦がす。
「なにをっ……!」
「ですから、本気で、全力で掛かってきては? 一つの弾幕に全力を込めるのですよ。……先程の攻撃、子供のキャッチボールのようでしたわ」
「〜〜〜っ! ……いいわよ、全力でやってあげるわよ。後悔しても知らないよ!」
 チルノの周囲が、彼女から放出される冷気で白む。それは霧で出来た大天使の翼のよう。チルノの力が、完全開放へと向かう。
「この前つくってみた新技、これでやっつけてやるわっ!」
 翼に抱かれるように。白い霧の中に、巨大な氷の塊が現れる。右と左にひとつずつ、透き通る純粋な氷。
 ピキッ ピシ ピシィッ
 ひび割れるような、砕けるような音。強固な氷が、まるで柔軟なスライムのように蠢き形をなしていく……
「あら、器用ね」
「当然よ、あたいは氷の妖精なのよ、氷なら自由自在よ!」
 チルノが、三人いた。
 いや、実際は一人と二体。氷で形作られたのは、氷の妖精の姿をした氷。氷像であり、その手には同じく氷で形作られた大剣が握られていた。
「本当に器用ねえ。うちの猫もあなたぐらい器用だったらいいのに」
「猫? 知らないよ! いくよ、これがあたいの全力、くらえ〜〜〜っ!」
 戦を告げる戦神の息吹のように、白い冷気が吹き荒れる。
 ズビュォォオオオ! 空を裂く音は氷像の剣。射出されるように飛び出した氷像剣士は日傘の妖怪へ一直線に猛進し、
 その大剣を――
「もろいわね」
 砕かれる。その体ごと。
 続けざまに突進して来ていた次の氷像も、畳んだ日傘のスイングで絹ごし豆腐のようにもろく砕け散る。
 チルノの力の三分の二は、傘のたった二振りで消え失せてしまった。
「えっ? うそっ」
 止まらない。最後の一撃を決めようと氷像たちと同様に飛び出し既に紫へ向かって飛翔しているチルノは止まることが出来ない。ブレーキなど間に合わない。
「妖精など所詮この程度」
 氷の大剣を握りしめたチルノは、傘を構えた妖怪の元へ一直線に向かい――

 ***

「むうぅ〜〜〜……」
 紅の屋敷の異彩が、しかし良く景色に馴染む、大きな湖の岸。
「つまんないなあ〜〜」
 草の上。氷の妖精は、だらしなく無防備に寝転がっていた。本当に無防備に。
「あ〜あ……」
 チルノは、ふてくされていた。いつもの弾けるような快活さはどこへやら、陰気な冷気を駄々漏れにして周囲の草を困らせている。
 原因は当然、八雲紫に敗北したことだった。
 常のチルノならば、一回勝負に負けた程度でへこたれることなどありえない。彼女は、その力に反して熱く燃えるような心を持っている。負けたのならばまた戦えばいいだけのこと――普段の勝負ならばそう思えたはずだ。
 紫には、チルノのすべてを打ち砕かれてしまったのだ。まだ開発仕立ての新技といえど、まったく通用しないとは思わなかった。勝てるような気もしていなかったが、大ダメージを与えることくらいは出来ると信じていた。
 チルノは自信をなくし、落ち込んでいた。本人は、その感情の正体を正しく把握してはいなかったが。なにか気持ちの悪い感情が、彼女の体を包んでいる。
「あ〜あ、もう水羊羹は食べれないのかな〜。美味しかったのにな〜……。……いいやもう、寝ちゃえ」
 難しいことは考えたくなかった。気持ち悪さから逃れるため、彼女はそっと目を閉じる。

「――あたっ!」
 ほんの数分だった。チルノは本当に眠りに落ち、よだれをその半開きの口からとろりと流しすぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。
 そんな彼女の小さな額に、大きな何かが落ちてきた。
「いったああ……なんなのよ!」
 ガバリと上体を起こし、透き通る氷の羽を意味もなくばたつかせ。チルノは、何かを掴み上げそのまま放り投げようとし、
「ん? これって……」
 気づく。そのなにかは、箱だった。縦と横には大きいが、高さはあまりない白い箱。その箱に印刷されているものは――
「っ! これって、もしかして!」
 水羊羹。チルノが求め、戦い、そして手に入れることの叶わなかった甘味。箱を開けた今、それがチルノの目の前にある。
「わあっ、みずよーかん! なんで? ねえなんでなのよっ、うわあ〜い!」
 小さな氷の妖精は、何故かバッと立ち上がりその場で小躍りを見せる。眠る前までの鬱々しさはかなたへ、真っ直ぐな瞳は青い光を活き活きと放つ。
「水羊羹! みずようか〜ん!」
 バッっと勢い良くしゃがみ込み、覗くのは草の上に置かれた紙の箱。霊夢と一緒に食べた水羊羹が、そこにはたくさん詰まっている。
「わあ〜、いっぱいある! どれから食べよう……味が違うの? へ〜、面白いわね!」
 氷の翼を意味もなくピクピクさせてチルノは羊羹たちを品定め。チルノ自身の冷気で水羊羹はすぐに冷えてしまう、チルノがいればいつでも食べ頃だ。
「そうだっ、霊夢にも少しだけ見せてあげよ! うんっそれがいいわ!」
 それはいったいどこから持ってきたのか、そう巫女に問われることは明らかであったがチルノは気づかないし気にならない。少し考えればそれがどこから来たのか彼女にも理解できるはずだが、目の前の喜びにチルノの心はすべて奪われてしまった。
 チルノは氷の妖精。無邪気に透き通る心は純粋に輝き、あたりに清涼を撒き散らす。夏というこの季節、チルノの周囲はとても居心地がいい。
 箱をしっかりと閉め、彼女は草の寝床から飛び立つ。向かう先は博麗神社、巫女に歓迎されるか退治されるかは――歓迎はないだろうが、結果は誰にも分からない。

 ――まだ冷気の残る草の上。チルノが去ったその場所に、一人の少女が降り立つ。
「ふふ。可愛いいものね、妖精は。うちの狐とは大違いねえ」
 日傘をさした少女は、扇子をゆるゆると振りながらクスクスと笑う。誰に聞かせるわけでもない独り言は、吹き抜けたぬるい風にさらわれる。
「藍が待ってるわね、早く帰りましょう」
 彼女が腕に提げているのは、白い紙袋。紙袋の中に見えるのは、白い紙箱。
 扇子でピッと裂くように。少女は空間にスキマを作り出し、その中へ飛び込む。スキマはすぐに消えて無くなり、湖畔に人の姿は見られなくなる。

 妖精や妖怪が当たり前のように行き交う幻想郷。
 宙に浮かぶ核融合の炎は、のんきなこの世界を今日もジリジリと熱している。
 この日の博麗神社は、いつもよりちょっと過ごしやすかったようだ。 
特に意味のない話。初投稿です。とりあえず水羊羹大好き。
てやり
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コメント



0.1820簡易評価
8.80名前が無い程度の能力削除
この季節にぴったりのSSですねえ。
よい具合に涼みました。
13.70名前が無い程度の能力削除
さっき水羊羹食ってきました
やおいだったのがちょっと気になったかな
24.90名前が無い程度の能力削除
チルノはかわいい。
そして水羊羹は美味い。
25.80名前が無い程度の能力削除
ごめんなさい水羊羹苦手で
26.60名前が無い程度の能力削除
<<一人の少女が降り立つ

少・・・女?
29.80名前が無い程度の能力削除
粋なゆかりんですねー
33.90名前が無い程度の能力削除
やべえチルノかわいい
45.100名前が無い程度の能力削除
ここのゆかりんは嫌いだ… って思ってたら!w
なんか、近所の意地悪ながら、実は気の良いお姉さん?w
46.100名前が無い程度の能力削除
いいじゃない
50.90名前が無い程度の能力削除
チルノが可愛い。氷塊「グレートクラッシャー」なら誰でもボコボコに出来るぜ