Coolier - 新生・東方創想話

V.S.O.P. - July 20, 2010 Go!!

2010/07/21 10:21:34
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 それなりに長い時間ライブ行脚をやってきた為か、私達は天気が晴れであり続けることなんてあり得ないことを知っている。



 いつもワガママな行動で常に周囲の者を困らせる吸血鬼のお嬢様は、その裏では狂気に魅入られた妹の処置を如何にすべきかと独りで悩んでいることを知っている。

 先日、人里の団子屋にてひとりで店の団子を食べ尽くして人々を大いに笑わせた剛毅な亡霊嬢は、元は川魚一匹の命を奪うことにすら罪悪感を覚えていた程に心の脆い人間だったことを知っている。

 下戸の者に酒を一気飲みさせてはいつも巫女にお札を投げつけられている小っこい鬼が、地下の仲間を捨ててまで地上に出て、そして失われた絆を復活させようと戦い続けたことを知っている。

 日中にはところ構わず牛車で突っ込んでいくマイペースな月の姫が、夜には自らの罪に従者を付き合わせたことに対する呵責を覚えて一人で月を眺めていることを知っている。

 頼んでもないのにやって来て自らの判断だけで好き放題に他者を裁こうとしてくる説教好きの閻魔が、影では溶けた銅を飲むなんていうとんでもない苦行で自らを罰し続けていることを知っている。

 毎日毎日宴会に顔を出しては浴びるように酒を飲んでいくおっさんのような風神が、その実自らの故郷から離れることに強く心を砕いて、そうしてこの郷にやって来たことを知っている。

 自分勝手に地震を起こしやがる近年最も厄介なトラブルメイカーたる天人は、心では自分を認めてくれる誰かを探し求めていることを知っている。

 ところ構わず爆発オチを乱発しまくる脳がスッカラカンなパワーバカの烏が、本当は自分の主や仲間達を地底に追い込めた地上の者達に報復をしようと決意していたことを知っている。





 だからどうした、って話だ。





 もちろん、その個々の話には思うところもある。

 酒の席にて彼女達もしくは彼女達の仲間からそういった話を聞いたときは本当に驚いたし、もちろん心を締めつけられたこともある。
 妖忌さんから幽々子さんの昔話を教えてもらった時は迂闊にも私は大泣きをしてしまったものだ。

 けれどそれは個々の者のレベルでの話で、俯瞰的に見るとそれは特別なことでもなんでもない。



“普段バカなことをやってるヤツが、実は人には言えない悩みや過去を持っている”



 そんなのは本当によくあることで、この世界じゃ当たり前に過ぎること。

 ただそれだけのこと。

 わざわざ言うまでもないことでしょ。

 晴ればかりが続くことなんてある筈もない。雨の日だって、もちろんある。

 良いとか悪いとかじゃなくて、それは単なる事実なんだ。



 さっき例に挙げた連中はやっぱり、単騎で郷の現状を左右し得るだけの力を持っているだけあってそれなりにハードな、……語弊を恐れずに言えば、ドラマチックな悩みや過去を抱えている。
 でもまぁ、そんな風にドラマ性があったとしても、結局それらは単なる雨でしかない。
 仕事が無くてブラブラしてる残念な船長が実は、自らの存在意義について悩んでいる。
 ありがちな悩みと思われがちなそれだって、雨だ。
 完璧なライブを目指す騒霊が雨にコンプレックスを持っている。
 ともすれば笑い話にされてしまうようなそれだって、雨だ。



 もちろん不幸自慢をしたいヤツなんて誰もいないだろうし、お涙頂戴を狙ってるヤツだってひとりとしていないだろう。
 皆、そういうのを抱えながらも好き放題生きている。
 雨の日にもやりたい放題に暴れるヤツだって大勢いる。

 それは単なる事実でしかなくて、
 やっぱりそれは、とても当たり前のことなんだ。



 でもまぁ、そんな風な好き放題をできないヤツだって勿論いる。

 雨の日がずっと続いちゃって、そのせいで後ろ向きな考えをしちゃうヤツは当然いるよ。
 本当はそういうヤツには、真剣に相談に乗ってあげたり、ちゃんとしたカウンセリングを受けさせるのが正しい判断なんだろうね。

 でも、私達は騒霊だからさ。

 やっぱり音を鳴らすことしかできないんだよ。

 音楽が、私達の一番の本気なんだよ。



 ムラサ。いや、村紗水蜜。

 アンタの心にかかる雨雲を私達が払えるなんて思わない。

 けど、雨が降ったって好き放題やれるように、エネルギーを注入してあげることならできる。

 来る日も来る日も好き放題に音を鳴らしてきた私達だから。

 今日も今日とて好き放題に音を鳴らす私達だから。

 それくらいのことは、絶対にやるよ。



 雨が降ろうが、嵐が来ようが、絶対だ。



 絶対にやってみせるよ。



















「リリカ、考え事?」



 十七時二十分。ステージ裏にて。
 色々と考え込んでいた私にメルラン姉さんが声をかける。

「何を考えていたのー?」

 執拗にこちらの顔を見てくるメルラン姉さん。

 マズイ。
 この顔は、私が恥ずかしいことを考えていたことを見抜いている顔だ。

「私、リリカの考えてたことが知りたいなぁー。あら? どうして顔を赤くしてるのかしらー?」

 このドS姉め……!
「私達は心にかかる雨雲を払うことはできなくても、元気を出させてあげることならできる」だなんて恥ずかしいセリフを誰が言えるってのよ。

「リリカのポエムが聞ーきたーいなー?」

 くっそぉ……!
 なんでそこまで私の考えを読めるのよ。この姉、さとり妖怪じゃないの?
 っていうか、別にいいじゃんよ。
 心の中でくらいカッコいいセリフでカッコいい決意をするくらい、普通許されるでしょ。
 それをこの姉は、なんでこうも茶化すかなぁ。まったく。
 あぁもう、なんかすっげー変な汗が出てきた。
 ついさっきまでカッコいいモノローグをキメていたのになぁ。

「……メルラン、おふざけはそろそろやめなさい」
「あら姉さん、お帰りなさい」

 と、そこにルナサ姉さんがフワリと飛んできた。
 開演前の挨拶回りから帰ってきたのである。
 もちろん、今はちゃんとステージ衣装を着ている。スク水は家の洗濯カゴの中にブチ込み済み。明日の洗濯当番はメルラン姉さんだっただろうか。代わってもらおう。

「ところで姉さん、随分と早い挨拶回りからのご帰還ね。今日はお客さん、あまりいなかったのかしら?」
「いや、逆。あまりに挨拶すべき人妖が多過ぎて、開演までに挨拶をしきれないと思ったから簡易の全体挨拶だけを済ませて戻ってきたの」
「あら、そういうことなの」

 言って、ルナサ姉さんはフゥと息を吐く。
 真面目なルナサ姉さんが個々への挨拶を省略するだなんて、今日は余程お客さんの入りが良いようだ。
 これは、いやが上にも気勢が上がるというものである。

「……魔理沙のヤツ、招待席にはいなかったけれど、ステージの上空にはいたよ。フラフラと浮いてた」
「あらら? せっかく今日は『恋色マスタースパーク』を演るって教えてあげたのに、どうしてそんな所にいるのかしら?」
「……客席に霧雨店のご当主がいらっしゃってた。だから、じゃないかな」
「ふぅん、そういうこと。おもしろいことになりそうじゃない」
「……取材席には、ちゃんと文も来ていたよ」
「あぁ、それは良かった。今日のオープニングアクトの主役がいないと、開演時の盛り上がりが半減しちゃうものねぇ」

 私達が演奏する楽曲は、この郷に住む者をモチーフとした楽曲が多い。
 そのモチーフとなった者がライブに居合わせてくれればステージは猶の事盛り上がるというもの。
 目立ちたがりの者なら私達の演奏に合わせてパフォーマンスをしてくれていたりもする。
 それが、私達のライブの面白みの一つでもあるのだ。
 今日披露する曲目にもそういったものはたくさんある。
 さて、どれだけ派手なライブとなることやら。

「そういえば、取材席にこれまで見たことのない子がいたわ」
「へぇ? なんてお名前の方かしら」
「確か……、姫海棠…………、ほたて。だったかな」
「美味しそうな名前ねぇ」

 姫海棠ほたて、か。名前から察するに十中八九海の幸の妖怪だろう。
 これまで海からやって来た妖怪をモチーフとした楽曲はほとんど演奏したことがない。彼女の持ち曲はどれほど磯の香りがするのだろうか。耳にするのが今から楽しみだ。

「……それ以外にも、来てほしい連中は軒並み来ていた。今日のライブは、もしかしたらここ最近で一番の盛り上がりになるかもしれない」
「へぇ。姉さんがそこまで言うなんて珍しいじゃない?」
「……それだけ、舞台が整えられていたということよ」

 そう言ってルナサ姉さんはギュッと拳を握った。
 珍しい。
 どんな時だって冷静沈着に完璧なステージを目指すルナサ姉さんがこんな風に目に見えて熱くなることは、これまでのライブでもほとんどなかった。
 ……それだけ失敗する可能性が大きい、ということか。

「……? リリカ、さっきから一言も喋らないけれど、どうかした?」

 ルナサ姉さんが、ふと心配そうに私の眼を見てきた。
 そういえば、さっきから私は姉ふたりのやりとりを聞いてるばかりだな。
 特に意識してのことでもないし、どうかしたわけでもないんだけれど。

「……ムラサのことを考えてるの? もちろんそれも大切だけれど、今日のお客は彼女以外にも大勢来ている。全てのお客さんに楽しんでもらえるよう、集中しなさい」

 なんだか分からない内に説教をされてしまった。
 別にそこまでムラサのことばかり考えていたわけでもないんだけどなぁ。
 でも確かに、ちょっと変に気負い過ぎていたかもしれない。
 ルナサ姉さんの言うことももっともだ。

「うん、分かった。観に来てくれたお客全員が楽しめるような演奏をする。その考えは、絶対に忘れないよ」
「良い子ね」

 そう言ってルナサ姉さんは私の頭を撫でた。って、やめてってば! 恥ずかしいでしょ!
 そんな勢いでガッとその腕をはねのける。

「……リリカに嫌われた」
「心配しなくてもいいわ、姉さん。リリカは反抗期なだけ。私達は黙って見守ってあげましょう?」

 この姉たちは本当にもう……!

「……そういえばリリカ。ムラサもちゃんと招待席に座っていたよ。命蓮寺の主要な面子を全員連れて来ていたわ」
「んぅ、まぁ、席に余りがあるって言って誘ったからね。そうなるでしょ」
「……聖白蓮も、来てくれていた」
「え?」

 あれ、マジで?
 修行で堂に籠りっきりという話だったけれど、どうにか都合が合ったということだろうか。
 しかしこれは僥倖だ。
 聖白蓮が来てくれているのならもし雨が降っても――

「……彼女の方から“雨除けの結界を張りましょうか?”と言ってくれたのだけれど、丁重にお断りをしておいたよ。結界を張る時は、客席だけを覆うように頼んでおいた」

 ……ま、そうだよね。
 真面目なルナサ姉さんがここまで来て逃げの選択をする筈がない。
 今さら、雨除けがどうこうなんていう女々しい考えをするのはよそう。

「……さて。ふたり共、ちょっと聞いて」

 その時、ルナサ姉さんが静かに言葉を発した。

「今回のライブはおそらく、私達の長い音楽活動の歴史の中でも初めての雨が降る中でのライブになる。そしてそれは、私の身勝手な都合によるもの。そのことに対して謝っておくわ。本当に、ごめん」

 そう言ってルナサ姉さんはそっと頭を下げた。

「別に謝ることはないよ、ルナサ姉さん。雨の中でライブができるようになるのは正直、私の望みでもあったしね」
「そうよ、姉さん。気にすることはないわ。このライブの開催は私達プリズムリバー楽団の総意なんだから。ほーら、頭を上げて」
「……ありがとう」

 まったく。本当に、真面目な騒霊なんだから。
 この期に及んで私達が不満な気持ちを持っているはずがないことなんて、ルナサ姉さんだって分かっていることだろうに。

「ただやはり、雨の中でのライブは私達がこれまで経験したことのないことには違いない。音色、ピッチ、リズム、何もかもがいつも以上に安定しない筈よ。不測の事態が起こる可能性は非常に大きい。ふたり共、そのことは覚悟しておくように」

 言って、こちらに真剣な眼を向けるルナサ姉さん。
 それに対し私はコクリと頷き、メルラン姉さんはニコリと笑顔を浮かべ、

「不測の事態が起こる可能性は非常に大きい、だなんてワクワクするわねー」

 なんてことを言い出した。
 まったく、この姉は本当に……。

「メルラン姉さん、ちょっと危機感無さ過ぎ。もっとしっかり構えておかないと本番で大ポカしちゃうよ?」
「えー? なんで今回に限って大仰に構えないといけないのよー。いつも通りのテンションでいいじゃない?」
「あのねぇ。ルナサ姉さんの話、ちゃんと聞いてた? 不測の事態が起こる可能性が大きいライブなんだよ?」
「もちろん聞いてたわよ。だからワクワクするんじゃない」

 なんだよこの姉。自由すぎて日本語が全く通じないとか、どんだけだよ。
 話を聞いてたのか聞いてなかったのかすら判別不能じゃん。
 結局は何を言いたいんだか。





「不測の事態が起こるかもしれないってことは、とんでもなく良い演奏ができるかもしれない、ということじゃない」





 そう言って、メルラン姉さんは太陽みたく明るく笑った。

 な、なんつーポジティブな……。

「ねぇリリカ? 私達はどんな時だって最高に真剣に、そして最高に楽しんで音楽を鳴らし続けてきたわ。そうよね?」
「え、あぁ、うん。もちろんそうだけど」
「なら、今日に限って特別に構える必要なんて無いじゃない」
「だ、だから! 今日はいつもと違って雨が降るから――!」
「そうね。確かに、今日と同じ状況のライブはこれまでなかったわね。じゃあ聞くけど、私達はこれまでおんなじ状況のライブをやったことなんてあったかしら?」
「…………ぁ」

 ――十年前の水無月の雨の日の紅魔館ホールでのライブ。
 ――昨年の文月の晴れ渡った太陽の丘でのライブ。
 ――去年の月の綺麗な長月の永遠亭特設ステージでのライブ。
 それ以外にも、もっともっとたくさん、本当にたくさんのライブを私達はこれまで行ってきた。

 けれど確かに、まったく状況が同じライブなんて一度たりとも無かった。

 年代、季節、時刻、場所、天気、その時の郷の情勢、私達の気分、お客さんの顔ぶれ……。
 そんなのはもちろん、ライブを行う毎にバラバラだ。

「うふふ、分かってくれたようね」

 そう言って、メルラン姉さんはニコリとこちらを見る。

「私達はこれまでずっと、異なる状況下で思うがままに音を鳴らしてきた。毎日毎日、その時できる最高の演奏を行ってきた。そうやって、これまで生きてきた」

 その表情には陰りなんて一欠片も存在していなくて、

「ならば、今日だってそうするだけでしょう?」

 本当に、太陽の様だった。

 その光を浴びて、ルナサ姉さんも隣でクスクスと笑っている。
 ルナサ姉さんの笑顔は優しくて、大人びていて、まるで本物の月の様だった。

「……フフっ。メルランの言う通りね。私達はこれまでだっていつも100パーセントの力でライブを行ってきた。雨が降るといっても、結局はいつも通りの姿勢でライブに臨むだけ、ということね。……なるほど、なるほど」

 言って、またルナサ姉さんはクスクスと笑った。

 あぁ、なるほど。



 そっか。



 そうじゃん。



 晴れの日があれば雨の日があるのは当然で、



 晴れの日でも雨の日でも、私達が好き放題に音を鳴らすことに変わりはないんじゃん。



 なんだ。



 すっごく当たり前のことじゃん。



「ふふふー! どうやらリリカはこの姉の偉大さが理解できたようね!」

 非常に悔しいけど、メルラン姉さんの言った通りだ。
 今日だけ特別に力を込めたライブを行うだなんて、ナンセンス。
 っていうか、言うなれば私達はいつも特別に力を込めたライブを行ってきたわけで。
 結局は、いつも通りってなわけだ。





 そして、いつも通り全力で演奏して、

 その結果、すっごく良いライブになったら、

 きっと、それこそが、“奇跡”と呼ばれるんだろう。





「……リリカ。色々と思うところはあるかもしれないけど、もう時間よ」

 そう言ってルナサ姉さんは懐から懐中時計を取り出す。
 そこに示された時刻は十七時三十分。
 あぁ、もう開演時間だ。
 気付けば、ステージを挟んだ向こう側から一定のリズムを刻んだ手拍子が大音量で鳴り響くのが聞こえる。
 皆、私達の登場を今か今かと待ち望んでいるのだ。

「……さぁ、そろそろ、行こうか」

 言って、ルナサ姉さんはトンっと私の右肩を軽くノックして、そして私の前に歩み出る。

「もう! リリカったら、小難しい事を考えてばかりじゃツマラナイわよ!」

 言って、メルラン姉さんはバッシーン! と私の左肩を叩いて、そして私の前に歩み出る。

 その言葉が、衝撃が、後ろ姿が、
 私の魂を強く、打ち震えさせた。

「――よぉおおおおおおっッし!!」

 不意に湧きあがった衝動を、私はそのまま叫び声へと変換する。
 上げた大声は、私の中のモヤモヤを吹き飛ばしてくれたかのように気持ち良く響き渡った。

 私は少し、考え過ぎていた。
 無駄なモノローグが多過ぎた。
 当たり前のことを、何度当たり前だと言って繰り返したんだ、私は。
 どれだけ不要な思考をしたんだ、私は。
 音楽を好きなように鳴らす。
 いつも通りやりたい放題演奏をする。
 それだけだ。
 もう二度と言うこともない。

 あとはそれを、ただやるだけだ。

 気合一発、
 パァン! と自らの頬を両手で打ち鳴らす。



「さあ、今日も、いつも通り、特別な一日にしましょうか!!」



 そして、大声で叫ぶ、私。

 そんな私を、ルナサ姉さんとメルラン姉さんは楽しそうに笑って見ていた。

 そんなふたりを見て、私も存分に笑う。

 そうして、私達三姉妹の笑顔が、視線が、交差をして、





 刹那、





 私達は爆発的な霊力を放出。





 そして、





 一足飛びでステージの上空へと飛び上がる。





 眼下に広がった客席の内の誰かが私達を指差して声を上げようとしたその時、





 ――ダンッ!! と、





 私達は、勢い強くステージに着地した。





 瞬間、シンと静まりかえる会場。





 そんな、不意に生じた閑静な空気の中で、ルナサ姉さんは何台もの弦楽器を、メルラン姉さんは何管もの吹奏楽器を、そして私は何個もの鍵盤楽器と打楽器を、一瞬で召喚し、展開する。





 そして最後に、ヴァイオリンが、トランペットが、キーボードが、私達の手元に召喚された時、







 爆発の如き歓声と拍手が観客から湧き起こった!







「みーんなー!! こーんちーにはー!!!」

 ステージのド真ん中に立ったメルラン姉さんが特大のボリュームでの挨拶を放つ。
 そして当たり前のように返される「こーんにーちはー!!!!」という絶叫。
 眼前に望むは、およそ千には及ぼうかという人妖の姿。
 その誰もが既にハイテンション状態だ。
 空を覆う灰色の雲を蒸発させようという意思が感じられる程の膨大な熱気が渦巻く会場は既に凄まじいまでの盛り上がりを呈していた。

「今日は久しぶりの人里でのライブ。私達もこの日を楽しみにしていました。今日は、皆で存分に盛り上がりましょう!」

 客席から向かってステージ左側に立つルナサ姉さんも、この時ばかりはと声を張り上げる。
 その姿を見て、勢いをより一層強くする観客達。
 耳を傾ければ、「ルナサさーん! 結婚してくださーい!!」だの「メルラーン! 付き合ってくれー!!」だの「ふざけんな! メルランは皆の太陽なんだよ!!」だの「テメーなんぞにルナ姉を渡すかぁ!!」だの、なんだか色々とブッ飛んだ声が聞こえた。
 ってちょっと待てやコラ。

「ちょっとちょっと! 私に対するエールは無いわけ!?」

 客席から見てステージ右側に位置取る私がそう叫んだ瞬間、観客達は「あっははははははー!」と暢気な笑い声を上げた。って、え、ちょ、なんで!? 私っていつから弄られ役になったの!?
 見れば、招待席にはムラサが座っていた。
 そして顔を伏せて必死で笑い声を堪えていた。
 この野郎……! コッチはアンタのことで色々と思い悩んだっつーのに……!

「ちょっとちょっと、リリカを虐めるのは許さないわよー! リリカを虐めていいのは、この世界で私だけなんだからー!」

 そんなメルラン姉さんの一言に、会場は笑い声をより一層大きくする。
 ……まぁ、別に、いっか。
 ここまで会場のテンションが高いだなんて、パフォーマーとしては嬉しいことなわけだし。
 本番前にルナサ姉さんが「今日のライブはもしかしたらここ最近で一番の盛り上がりになるかも」と言っていたのも納得。
 最高に楽しいライブになるんなら、例え観客が狂っていようと万々歳である。



 ――さて。



「さてさてそれじゃあ、そろそろ本日の一曲目に行っちゃいましょうか! 皆! 準備は良いかしら!」

 大声で客席に問いかけたメルラン姉さんに対して、返されたのは大きな拍手と歓声。
 そう。
 もう準備なんて、とっくにできてるんだ。

「それじゃあいくわよー!」

 その一言と共に、メルラン姉さんはトランペットを持ち上げ、ルナサ姉さんはヴァイオリンを宙に浮かせてエレキベースを手に持つ。
 そして私は、鍵盤の上に指を置く。







 ――さぁ、いよいよだ。





「一曲目!!」





 第百二十五季、文月の二十。

 天気は曇り。場合によっては強い雨。

 気分は、最高!





 そんな今日だからこそ鳴らせる音を。





 そんな今日でしか成し得ない、たった一度きりの、とびっきりのライブを!





「――――『風神少女』ッ!!」





 さぁ! 始めよう!!







 ――そして鳴り響く音はトランペットの高音、エレキベースの低音、クラッシュシンバルの一撃!

 アップダウンの激しい三連符を高らかに吹き鳴らしたメルラン姉さんがイントロを吹き終え、ルナサ姉さんと私が裏打ちを刻みだしたその瞬間、

 観客の声援が、爆発した。

 刹那、メルラン姉さんが響かせた音は天を貫くようなダブルハイC。
 基準音よりも2オクターブ先の高みに位置する高音だ。

 会場のテンションを表したかのようなそのトランペットの咆哮に、誰もが感情値の針を振り切らせた。



『風神少女』。

 超高難易度のイントロを有するこの楽曲は、ライブのファーストインパクトとしてうってつけであった。



 BPM160という高速のスカロックなリズムに合わせて、オーディエンスは腕を振り頭を振りそして体すらも振る。Aメロ、Bメロと楽曲が進行していく中で、大声は未だ鳴り止む様相を見せない。ボルテージは最高のまま。普段よりも荒々しさを強めたトランペットの音が会場狭しと暴れ、そして駆け抜けていく。その音のなんて気持ちの良いことか。私のドラミングも自然と力が籠るというもの。そして会場が沸き立ち続けるのも仕方の無いことだろう。こんなの、盛り上がらない方が嘘だ。盛り上がらない筈がない。心からそう思い、そして笑う。
 そうして、私はフィルインを鳴らし、楽曲はサビへと突入。
 瞬間、歓声は更にボリュームを増す。
 笑顔のままでトランペットを吹きまくるメルラン姉さん。顔色一つ変えずに弦を弾き続けるルナサ姉さん。その全く落ちることのないペースに会場は冒頭の盛り上がりを落ち着かすどころか更に上昇させている。飛び上がったり飛翔したりする人妖も既に多数いる。見れば、招待席に座っていた筈の稗田阿求が屈強な男たちに胴上げをされていた。そんな彼女の顔も眩いばかりの笑顔。とびっきりのハイテンションスペースはもうとっくに出来上がっているのだ。一曲目からこの盛り上がりはヤバい。マジで、ヤバい。
 これは、躁の音の出力が強過ぎるか?
 ……まぁ、いっか。
 気合を入れたライブのオープニングアクトならばここまでの盛り上がりがあってもバチは当たらない筈だ。
 なんてことを考えながら、アンサンブルはサビを終えてCメロに突入。



 瞬間、取材席から一陣の風が舞い上がった。



 その風の正体は、勿論会場の誰もが知っている彼女、

「さぁ、それでは存分に撮影させてもらいましょうか!」

 射命丸文。
 オープニングアクトの主役である彼女は、言い放った勢いをそのままに天に立ち、そして大見得を切ってカメラを掲げた。
 その姿こそ、まさに“風神少女”。
 郷に住む誰もが知る、この幻想郷最強の新聞記者にして里に最も近い天狗が彼女である。
 そして当然、今演奏している楽曲はそんな彼女を表したもの。
 巻き起こる強い風に、会場からは彼女に対して大きな声援が沸き起こる。

 客席での盛り上がりに呼応し私達の演奏は再びサビのパートへと突入。

 それと同時に、――風は爆ぜた。

 ステージにて演奏する私達への配慮など一切無い烈風が大気を薙ぎ払う。
 そして、そんな風を吹かせながらカシャカシャと写真を撮る文。
 ゴウ、と激しい音を出すは天狗の起こす風。
 会場は竜巻に見舞われたように風が渦巻いていた。
 って、おいコラ! この風、いくらなんでも強過ぎだろ!

「ちょっと文! もう少し速度を押さえて飛んでよ!」
「あやや! リリカさんはこの程度で根を上げるのですか? 天下のプリズムリバー楽団も、堕ちたものですねぇ!」
「なっ!? 寝言は寝て言え!」

 周囲で写真を撮り続ける文の顔には笑顔。
 そんな文に文句を飛ばす私の顔にも、笑顔。

 ウザくて疾くて洒脱していてノリが良くて、それでいてどこか可愛らしいところのあるこの射命丸文という新聞記者。
『風神少女』は、そんなコイツの為に作られた曲なんだ。
 溌剌と取材モードで絡んできやがるこの姿こそ、この楽曲に最も相応しいパフォーマンスなんだ。

 けど、
 だからといって、挑発されてそのまま笑って済ませられる程、私は枯れてはいないんだよね!

「嘗めんなぁ!」

 ことさらに勢いを上げていく風の中にあって、私達は転調をしたサビを再度鳴らす。

「良いですね! もっともっと、おもしろい記事になるように盛り上げちゃってください!」

 その更に高まった音が響く世界の中で、文は更にスピードを上げ、シャッターを連射する。
 なんて底知らずなヤツだ。
 風は轟々と鳴り響き、ともすれば私達の音を打ち消しているのではないかと思う程の強風を発生させ続ける。
 ゴウゴウと、ビュウビュウと、奔り、鳴き、荒ぶは風。それを放つ文のニヤニヤした顔ときたら!
 あぁもう、ホントに五月蠅い! ライブで演奏者の出す音を妨害する取材者なんて存在していいのかよ!
 かくなる上は!

「この雑音を、私のソロでかき消してやる!」

 そして指を鍵盤へと叩きつける!
 楽曲はサビを経過しアドリブパートへと移行。
 魅せるのは、私のピアノソロだ!

「ほほう?」

 文がこちらを見て驚いたような顔をする。
 良く分かってやがる。
 私が魅せているアドリブは普段のアルペジオを多用した可愛らしいものとは違う、完全なパワープレイ。右手にて常に三本以上の指で鍵盤の音を叩き鳴らすこの演奏は重厚な音の壁を高速で撃ち出し続けるミサイルランチャーのようなもの。
 文がハイテンションで飛び回るからこそ臆することなく放てる、私の全力の独奏だ。
 どれだけ風が吹き荒ぼうと、私の音が客席に届かないなんてことがある筈がない!
 その証拠に、更に大きくなった歓声が風の向こうから聞こえてくるじゃないか!

「やりますねぇ! ……っと?」

 周囲を飛び回っていた文が、ピタリとその飛翔をやめる。
 そして見つめるのは、……コイツがさっきまで座っていた取材席?
 鍵盤を叩きつつも、そちらの方向を見れば、

「そこまでよ!」

 ゴウと、ひとりの少女が飛翔し、文へと人差し指を向けていた。

「あら、はたて。何の用?」
「決まってるわ。この楽団はあんたには勿体無い程にステキな被写体だわ。だから、あんたに代わって私が取材してあげるのよ」
「はぁ? 何をトンチンカンなことを言ってるの。今の曲目は“風神少女”。パフォーマンスをできるのはこの射命丸文だけなのよ」

 はたて……。もしかして、彼女がルナサ姉さんが言っていた姫海棠さんだろうか。なんだよ、全然海の幸じゃないじゃん。
 それはさておき、なんだか非常に不穏な空気だ。
 楽曲に合わせて誰かがパフォーマンスをしてくれるのは嬉しいことだが、ただのケンカや狂乱の沙汰はご法度である。
 これは、どうなる?

「文、あんたは私の言ったことをもう忘れたのかしら!」
「なに?」

 そんなふたりのやり取りが会場に響き渡っている内に、私はアドリブを三ループ目へと突入。叩きつけるような演奏ではなく、意識して音の一粒一粒を際立たせて緊張感の高い音楽を成す。
 そんな張り詰めた空気の中、

「私はあんたのスポイラーになると! あんたを食ってやると、私は言った!」

 姫海棠はたては吠えた。

「風神少女? 里に最も近い天狗? その通り名の上で胡坐をかくというのならば、私はあんたからソレを奪わせてもらう!」

 叫び終えたその瞬間、瞬時に私達の頭上に回り、パシャッとカメラを撮る姫海棠はたて。
 その勇ましい姿に、客席からは「おぉ!」という歓声が上がる。

「……まったく、これだから新参者は空気が読めない」

 諦めたように頭を振ったのは文である。

「あら、そう? 今は“偉そうな顔をしていたベテラン気取りが期待のルーキーに敗れる空気”なんじゃないのかしら、文?」
「ほらやっぱり。空気が読めていない」
「ふぅん?」

 ふたりの間に吹く風が、徐々に鋭いものとなっていく。
 風の刃が少しずつ形成されていくかのような空気。
 その中にあって、ふたりは1ミリも目を逸らそうとしない。

「今は“調子に乗った素人が往年のプロにボコボコにされる空気”よ、はたて!」
「ふふん! 上等!」

 そして、ふたりは高き天へと急上昇していった。

 観客の声援の中には「射命丸ー! いけー!」やら「ツインテール! がんばれー!」といった声も聞こえる
 空を見れば、そこでは暴風が吹き荒れ、バシャア! バシャア!という撮影音とは信じられない程の圧力を有したシャッター音が聞こえてきた。

 ライブの取材に来ていた天狗が突如撮影をほっぽり投げて私闘に興じる。
 ライブを見に来た客が、そんなバトルを全力で応援する。

 なんとまぁクレイジーな空間なことか。
 けれど、

「このしっちゃかめっちゃかな騒がしさが、私達のライブの醍醐味なんだよね!」

 叫び、そして私は演奏をアドリブからサビのテーマへと急転回させる。
 ルナサ姉さんとメルラン姉さんがこちらを見て、ニコリと笑う。

 そして再び高らかに演奏される風神少女のサビ。

 遥かに響くトランペットの音。
 ゴリゴリと紡がれるベースのフレーズ。
 主旋律に合わせて奔るピアノのサウンド。
 それが時に激しく、時にテンポを落とし、時に転調して、ふたりの風の戦いを鮮やかに彩り続ける。
 スピーディーでありながら緩急もあるその闘争は美しく、カッコいい。
 人々が天を仰いで見惚れるのも仕方の無い勝負だ。
 そんなふたりに敬意を表し、とびっきりの演奏を、とびっきりの音楽を、私達は存分に奏でる。
 その時、メルラン姉さんがルナサ姉さんの方を向いてニヤリと笑い、ルナサ姉さんがそれを見て笑顔で頷いた。そしてこちらを見て目配せをするふたり。なにをするつもりだろうか。
 そして、

 ――唐突に管楽器と弦楽器の音が止まった。

 今ステージで鳴り続けているのは私のピアノとドラムのサウンドのみ。

 ……そういうことか、この姉達め!

 私はドラムを叩くのをやめる。
 そして、ピアノの弾奏だけに集中する。

 その孤高の音に、天を仰いでいた観客達の目が再びステージへと向けられた。

「ふたりの勝負から観客の興味を引き戻せ」と、
「文の風に打ち勝った先程の演奏をもう一度やってみろ」と、
 この姉ふたりは、私にそう言ったんだ。

 なら、その期待を凌駕してやる!

 先程魅せた独奏は和音を全押ししたとびっきりのパワープレイ。
 今魅せるのは、16分音符と32分音符を限界まで跳ねまわらせたとびっきりのスピードプレイだ!

 目まぐるしく展開される高速のピアノの響きに、オーディエンス達は息を呑み、そして圧倒される。
 空を見てるヤツなんて一人だっていない。
 姉ふたりを見れば、そこには満足を浮かべた表情がふたつ。
 どんなもんだい、ってね。

 そしてドラムの音を再び鳴らし、少しずつメインメロディーへと演奏を戻していく。
 それを聴いてルナサ姉さんはベースの音を再び入れる。
 メルラン姉さんも、私の弾くメロディーに合わせてトランペットの音を重ねる。
 そうして、メインのメロディーを繰り返し、



 そして、



 超高難易度のイントロを再び鳴らして、



 ジャンッ! と、



『風神少女』の演奏を一気に締めた。



 残響が鳴る会場にて、
 一拍遅れで、大歓声が爆発した。

「ありがとー、ありがとー!」

 大盛り上がりを見せる客席に対してメルラン姉さんが手を振る。
 そんなメルラン姉さんの横に、取材者であった筈のふたりがフワリと着地した。

「あらおふたりさん、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれてありがとう!」

 ニッコニコの笑顔を見せるメルラン姉さんに対し、バトルを終えたふたりの顔はどうにも冴えない。

「はたてのせいで全然写真が撮れなかった……」
「文のせいで全然写真が撮れなかった……」

 自業自得だと思うけどなぁ。特に自分からケンカを売った姫海棠さんは。
 まぁ、ふたりがこんな感じだからこそ今のこの凄い盛り上がりがあるわけなんだけど。

 会場を見れば、そこには戦いを終えたばかりのような人妖の顔がたくさん見えた。
 なんだか、湯気が立ち上る様子すら伺える気がする。
 一曲目からとんでもない熱気だな、これは。
 招待席では阿求が紅潮した顔をそのままに乱れた着物をそそくさと直していた。
 その隣では、ぐったりと倒れて目を回している藤原さんを慧音が扇子であおいでいる。

 ……むぅ。

「それじゃー、次の曲も盛り上がっていくわよー!」
「メルラン姉さん、ちょっと待った」

 私はテンションマックスのメルラン姉さんを呼びとめた。

「ん? リリカ、どうしたの?」
「曲順を変えよう、メルラン姉さん。このまま事前の予定通りにアップテンポな曲を続けたら、倒れる人だって出てきちゃうかもしれない」
「えー!?」

 不満顔を臆することなく呈するメルラン姉さん。
 メルラン姉さんからしたら現状に何も問題はないように思えるんだろうけれど、今日のライブには人間のお客さんが多く来ているんだ。
 人間相手には少し、躁のノリが強過ぎる。
 一曲だけなら良いが、これが二曲続けてとなると危険なことが起こる可能性があるやもしれない。
 その時の客層に応じて演奏曲目を考える。
 そんな判断だって、パフォーマーにとって大事なことだろう。

「……メルラン、私はリリカに賛成するよ」
「ルナサ姉さんも!?」
「……メルランだって、目の前でお客さんがバタバタ倒れていくのを見るのは良い気分じゃないでしょう?」
「うーん。確かにそれはハッピーじゃないわねぇ」
「……まずは一曲、落ちついた音調の曲を挟んで、その後にまたアップテンポな曲を弾こう。それでいいんじゃないかしら?」
「しょうがないわねぇ。分かったわよー」

 流石はルナサ姉さんだ。勢いのついたメルラン姉さんをこんなに手早く落ち着かせるなんて、なかなかできるもんじゃない。
 客席を見れば、「ふぅ、正直助かったぜ」なんて顔をした者の姿がチラホラ見受けられる。
 やはりここは一曲、ブレイクタイムを設けるという判断で正解であっただろう。

「……さて、リリカ。何を演奏しようか」

 今日の為に練習してきた、落ち着いた曲。
 それでいて、先程の盛り上がりを台無しにしないだけのインパクトもある曲。
 そんな都合の良い曲が、今の私達には一曲だけあったりする。

「ちょっと早いけど、もう新曲を披露しちゃうってのはどうかな?」

 提案する私に、ルナサ姉さんは「ふむ」と指を顎にあて、メルラン姉さんは「それはいいわね!」と同調をしてくれた。
 オーディエンスは私の新曲発言にザワザワと声を上げる。
 一度は落ち着きかけた会場が、湧き起こる期待の念によって再び熱気を取り戻そうとしていた。

「……そうだね。そうしようか」

 コクリと頷くルナサ姉さん。
 その発言を聞いて、客席からはワッと拍手が起こる。

「よし! それじゃ決定! 皆、なんだかグダグダしちゃってごめんなさいね!」

 メルラン姉さんが観客に向かって大声を上げた。

「次の曲は、本郷初演奏よー! 皆で酔いしれちゃって!」

 一層大きくなる拍手の音。
 高い期待の表れだ。

「それじゃあ、いくわよ!」

 ルナサ姉さんがヴァイオリンを掲げ、私がキーボードに指を置く。

 瞬間、拍手の音が自然と鳴り止んだ。
 そして訪れたシンと静まる空間の中で、
 誰かが、ゴクリと唾を呑んだ音が聞こえた。





「――――『妖怪モダンコロニー』!」





 流れる音はピアノと弦楽器。
 美しさと怪しさを併せ持ったイントロを8小節だけスロウなテンポで弾いた私は、一瞬だけ間を空け、そしてテンポを上げて再び同じイントロフレーズを流し弾く。

「おぉぉ」という、観客達の熱い驚きの声が聞こえた。

 この曲の最大の特徴はこの独特なイントロのフレーズと、それに合わせたドラム、ベースのリズムパターンである。
 前奏で一気に聴衆の心を惹き込むこの楽曲は、その意味では先の『風神少女』と同じと言える。
 しかし、先程の暴力的とすら言える熱量を有した『風神少女』とは違い、言うなればこの『妖怪モダンコロニー』は非常にクールな楽曲だ。オシャレとすら言っていい。
 垢抜けていながらも、どこか影のある独特な雰囲気。
 そんな流れをそのままに演奏は主題部分へと入る。
 『風神少女』の時の様な大歓声こそ起きはしないが、観客達は皆一様に体を揺らしている。

 そんなオーディエンスの様子を見て満足の笑みを浮かべたメルラン姉さんが、パッ、とソプラノサックスを召喚。
 そして、私の弾く主旋律にハーモニーを重ね出した。
 会場に響くその音調はあくまで静かなもの。普段はハッピートリガーの如く管楽器を吹き鳴らすメルラン姉さんも、今はメインメロディーを私に託して自らは落ち着いたハモリの役目に徹している。
 そして、メロディーパターンは後半部へ移行。
 ルナサ姉さんが鳴らすマンドリンの音も加わり、アンサンブルは最高の緊張感を紡ぎ出した。

 楽曲の展開という意味では、この『妖怪モダンコロニー』は、非常にシンプルな曲だ。
 イントロパートが16小節。メインテーマの前半部が16小節。メインテーマの後半部が24小節。いずれのパートも、短いメロディーをただ繰り返すだけである。
 ともすれば、バックグラウンドミュージックとしか認識されない様な、このシンプルな楽曲。
 しかし、そのような曲をこのライブの場において主役の位置まで持ち上げるのが私達プリズムリバー楽団の技だ。

 後半部を弾き終え、再び16小節のイントロパートを演奏。
 メルラン姉さんがソプラノサックスから唇を離し、会場に響く音は再びピアノと弦楽器、そしてドラムだけとなった。

 変わらず流れ続ける落ち着いたリズムに、観客達は横ノリで体を揺らし続けている。

 そんな16小節が流れる中で、

 パッと、メルラン姉さんが再度ソプラノサックスを掲げ、そしてリードに唇をつけた。

 そして、16小節目の音が鳴り終えたその瞬間、

 ――ソプラノサックスの音が、会場に軽やかに舞った。

 定位置から一歩前に進み出て即興演奏をプレイするメルラン姉さんの姿に会場からは拍手が起きる。
 同メロディーの繰り返しによって生まれたクールな空気感を引き継いで派手過ぎない演奏をするも、紡がれるその旋律はどこまでも難解にして奔放。シンプルさなど欠片も存在しないその独奏はただただ“カッコいい”の一言に尽きた。
 決まったフレーズの繰り返しによって構成されたメインメロディーの正反対に位置するフリーダムな演奏を、曲の雰囲気を崩すことなく披露する。
 それがプリズムリバー楽団のライブの面白みの一つなのだ。
 フラジオを軽く放ち、メルラン姉さんは2ループ目のアドリブへと突入する。

 メルラン姉さんも成長したなぁ、と不意に思った。

 メルラン姉さんの以前のプレイスタイルは、とびっきりの“俺様プレイ”。演奏会場のテンションを強引にマックスまで引き上げるようなスーパープレイを自分の気の済むまで吹き続けるのが常のことであった。
 もちろんその有無を言わさぬ程のパワーを有した演奏スタイルはメルラン姉さんの、そして私達プリズムリバー楽団の武器でもあったが、しかし落ち着いた演奏を心掛けないといけない時にはそのスタイルが仇となることもあった。
 そして、そのことを分かっていてもスタイルを省みないのがメルラン姉さんだったのだ。

 そんなメルラン姉さんが、今は曲の雰囲気を尊重したアドリブを行っている。
 その姿に、なんとなく時の流れを感じた。

 けど、それも当然か。

 私達が音楽活動を初めてから、おおよその時間で百年が経過した。
 それだけの時間があれば、変わるものもあるだろう。

 客席を見ると、そこにはメルラン姉さんの自在な独奏によって躍り続けているオーディエンス達がたくさん見える。
 その構成は、人間が四割、人間以外が六割といったところ。

 人里近くでのイベントに妖怪や神々が遊びに来る。
 そして、人間と肩を並べて音楽に酔いしれる。

 そんなことは、百年前ではなかなか見られなかった光景だろう。

 しかし今では、人間の生活の傍で妖怪達も自由に生きている。
 人間が経営するカフェーに妖怪がお茶をしに来ることなんて当たり前のこと。
 また、妖怪開く宴会に人間が混ざることも、当たり前のことだ。



『妖怪モダンコロニー』



 この曲は、そんな幻想郷の今を表現しているのだろう。
 昔からの妖怪がひょっこりと現れて、そして暮らす、この郷。
 その現状を、あくまでスマートに表したものなのだと言える。

 そんな大仰なテーマをあくまでサラリと描いたこの曲は、非常に幻想郷的と言っても良い。

 モダンとはつまり現代のこと。
 現代の妖怪の住処。この幻想郷。
 それは、とても素晴らしい場所だ。

 人間も、人間以外も、一様に笑顔で音楽を楽しんでいる今の会場を見れば、そんなことは誰だって分かることである。



 そして、メルラン姉さんがクオリティの高い独奏を終わらせた。

 私は再びピアノサウンドでイントロフレーズを流し弾く。
 演奏は、奔放なメルラン姉さんの独奏からシンプルなメロディーを繰り返す合奏へと舞い戻る。
 16小節、16小節、24小節。繰り返される旋律。リフレインの空気。
 あくまでモダンな音調。
 それは、この人と妖怪が共存する幻想郷の洒脱な平和が永劫に続くことを表しているかのよう。
 楽曲はイントロパートを終え、メインテーマパートへと移行。
 繰り返されるリズムは、だがしかし、もう終わろうとしている。
 残るフレーズは32小節。
 この楽曲はもうエンディングに入っている。
 残るフレーズは28小節。
 だがしかし、体を揺らすのを放棄した人妖なんてひとりもいない。
 残るフレーズは24小節。メインメロディーの後半。
 観客達の表情には、笑顔。

 皆、分かっているんだ。
 この『妖怪モダンコロニー』は、あくまでライブの二曲目の楽曲であるということを。

 この楽曲の演奏が終わっても、楽しい時間はまだまだ続くことを。

 だから私も笑っていられるんだ。

 そして、残るフレーズは、4小節。
 最後の最後で固定されたリズムを上がり調子に弾いて、

 ジャン! と、

『妖怪モダンコロニー』の音は鳴り終えた。

 そして響き渡る拍手。
 オーディエンスの誰もが満足してくれたようだ。
 それでいて『風神少女』の時の様な狂った熱気は消えている。
 我ながら、ナイスな曲順変更の判断を下したものである。

「新曲、『妖怪モダンコロニー』でしたー! 皆、どうもありがとー!」

 そんな中にあってメルラン姉さんのテンションは相も変わらず高い。
 さっきまでクールなアドリブを披露していたというのに、切り替わりの早いことだ。

「さてさて、一曲大人しめの楽曲を演奏したことだし、次は派手な曲を演るわよー!」

 そう叫ぶメルラン姉さんに、オーディエンスが歓声を以って返事をする。
 どうやらお客さん達はしっかりと体力を回復してくれたようだ。
 良かった。
 これならば、遠慮なく次の曲をブチかませるだろう。

「ところで皆さー」

 一曲目で火が点き、二曲目でジリジリと焚き続けたオーディエンスの熱気が、



「霧雨魔理沙のことは、好きかしらー?」



 メルラン姉さんの一言で、一瞬にして冷え固まった。

 全員が全員熱気を失った、というわけではない。
 驚いた顔をしているのは全て人里に住む人間達。

 里の内において霧雨魔理沙の名を出すことをタブーとしていた者達であった。

 普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
 その通り名で郷では知らぬ者がいないとされている彼女は、元々は人里の大手万屋、霧雨店の店主の娘であった。
 だがしかし、魔の道に魅入られた彼女は万屋の娘という人生から飛び出し、そうして現在のやりたい放題の生活に辿り着いたのだ。
 家出をした当初こそ人々に後ろ指を指された彼女だが、今では比較的彼女に好意的に接してくれる里人も多い。その結果彼女の方も、家出をしてからは寄り付こうとすることがなかった人里に最近ではちょくちょく顔を出すようになったと聞く。
 霧雨魔理沙の存在は、最早タブーではなくなっていた。

 だがしかし、霧雨店の当主である魔理沙の父を前にしてとなると、状況は別。

 娘が魔の道に夢中となって家出をして、そして今でも好き勝手に生きている。
 その事実は、里の有力者たる彼にとっては汚点と言えるもの。
 人々はそう考え、彼のいる場では決して霧雨魔理沙の名を出そうとしなかったのだ。
 それは魔理沙の父、そして魔理沙本人に対して人々が思いやりの心を持っているからこその行動であった。

「私は、実はあんまり魔理沙のことは好きじゃないのよねー」

 そのような人々の思いを完全に無視して、メルラン姉さんは言葉を発し続ける。

「ちょっと前、トランペットを吹かせてくれ! なんてアイツが言ってくるものだから、練習用の一台を貸したのよ。それで、三日くらい経って、上達の度合いを見にアイツの家に行ったんだけどね? そしたらなんと、貸したトランペットを床に放り投げっぱなしにしてたのよー!」

 明るいトークに妖怪達は暢気に笑う。
 一方人間達は笑うに笑えない顔で、皆一様に冷たい汗を流している。
 客席では、魔理沙の父が目を瞑ったまま座っているんだ。当然だろう。
 そんな彼を前にして、誰が笑い声を上げられようか。

「それで、貸した楽器はもっと丁寧に扱いなさいよ! って言ったら、飽きたから別にどうだっていいんだよ、とか言い出しちゃって、もう私カンカンになっちゃってー。それで、速攻で弾幕ごっこに突入したの!」

 人妖の温度差は歴然。
「魔理沙のヤツは相変わらず最低だなー」なんて言い出す妖怪もいた。
 例えばそれは伊吹萃香。
 相変わらずの酔っ払いの空気の読めなさに、人間達は目に見えて動揺をする。
 霧雨店のご当主はその中にあって微動だにせず、ただただ目を瞑って座っているだけ。
 観客席はなんとも混沌とした空気に包まれていた。

「ただ、アイツの魔法は強力でね。私の自慢の弾幕も、アイツの魔砲の前には形無しだったわ。私、そこらにいる魔女なんかよりもよっぽど強い魔法を撃てるんだけど、アイツの魔法に撃ち勝つのは本当に厳しいわー」

 そんな状況の中にあって変わらずMCを務め続けるメルラン姉さんの声色が、



「それって、本当に凄いことなのよ?」



 突然、優しいものになった。

 迷子に道を教えてあげるような、そんな優しい色の声。
 困り顔をしていた人間達が意表を突かれたように顔を上げた。

「魔道に身を置いてたった十年程しか経っていない人間が、数多の妖怪や魔女に勝ってきたこの私の魔法を正面から軽々と打ち破る。余程のセンスがあるか、もしくは途方も無い努力をしなければ成し得ないことだわ」

 霧雨店のご当主の目が、そっと開かれた。

「悔しいけれど、でも」

 その様子を確かめたメルラン姉さんは、スゥと息を吸って、

「私は、そんなアイツがカッコいいと、本心から思ってしまうわ!」

 大声で、自らの本音を会場中に響き渡らせた。

 その声に、
 パラパラと、小粒な拍手の音が鳴り、
 その音が少しずつ人々の間に伝播していって、
 次第に拍手の音はその質量を高めていき、
 そうしてついには、
 嵐の様な大音量の拍手の音が、会場を暖かく満たした。

 そして、霧雨店のご当主はこちらを見て、スッと頭を下げた。
 その丁寧な所作に、私は思わず申し訳ない気持ちとなってしまう。

「私達はべつに、一家庭の問題にどうこう言おうとしているわけではないの。ただ、人里の皆の本音が知りたいだけなのよ」

 いまだ拍手が鳴り続ける中で、メルラン姉さんは満足そうな顔で言葉を紡ぐ。

「再度問うわ! 皆、霧雨魔理沙のことは好きかしら!」

 そして生じた大絶叫の数々。
「好きだ!」と叫ぶ人間がいる傍ら、「大っ嫌いだ!」と咆哮する妖怪もいる。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、アイツはカッコいいとは思う」という声もあれば、「嫌いだけど、正直アイツの生き方は羨ましい!」という声も聞こえる。

 観客席にいる銘銘から放たれ続ける一人の少女への想い。
 それらが纏まりよく一つの意見に収まってくれることなんてないけれど。
 しかし、その一つ一つのなんと熱気の込められたことだろうか。
 先程まで混沌によって凝り固まっていたとは思えないほどに流動するオーディエンスの感情。

 魔理沙の持つ魅力の一つは、良くも悪くも、他人の心を簡単に揺さぶるだけの“バカげた真っ直ぐさ”である。
 なのに、里に住む人々はアイツとアイツの実家との関係を考慮して、その揺さぶられた心を決して表に表すことをしようとしない。
 それは、霧雨魔理沙という人間に対しての失礼にあたる。
 そんな現状を打破するために、魔理沙の曲を派手に演奏してほしい。



 そんな言葉と共に人里近くでのライブを依頼してきたのは、霧雨店のご当主であった。



 彼と魔理沙との間にどのような確執があったのかは私達は知らない。
 だが、「魔理沙の曲を派手に演奏してほしい」と言って頼んできた彼の目は間違い無く親のソレだった。
 彼の心中は未だ以って伺い知れない。招待チケットを渡そうとした時は「当日は仕事があって観に行けない」などと言っていた癖に、今はちゃっかりと一般席に座っているのだ。
 心の中に、どのような迷いがあったのだろうか。
 現在、オーディエンスが魔理沙への想いを好き勝手に叫んでいる中での彼の表情は喜悦と困惑を足して二で割ったような、そんなよく分からないもの。
 普段は苛烈な彼のその心は、果たして今はどのような想いを携えているのか。



 その疑問は、現在ステージ上空にて浮遊している魔理沙にも当てはめられる。



 彼女が上空にいることなど知らずに本心を吐露し続ける観客達。
 その中に佇む、自分の父親。
 彼女はどんな顔でその情景を見ているだろうか。
 ……存外女の子らしいところのあるヤツだから、もしかしたら目を赤く腫らしながら見ているかもしれない。

「それじゃ、次の曲にいくわよ!」

 叫び声がやまない会場で、メルラン姉さんがいよいよ宣告した。
 その声を受けて、より一層盛り上がりを強める観衆。
 次の曲を演奏するにふさわしい超高温の熱気が会場狭しと膨張し続けていた。
 冷や水を浴びせられたような静まりと、その静寂を一気に蒸発させた熱量。
 そんな混沌を経過した会場で、

 メルラン姉さんは言い放った。





「――――『恋色マスタースパーク』ッ!!」





 そして高く響くはトランペットの音。
 そのヒロイックな鳴動の影で、私はBPM168のドラミングと、そして殺人的難易度のキーボードの伴奏をスタートさせる。
 瞬間、重なるのはルナサ姉さんの奏でるエレキベースの重低音とキレの良いエレキギターの音。
 メルラン姉さんの吹く主旋律は、ともすれば大衆ウケを狙ったのではないかと揶揄される程にポップ。しかしそれをルナサ姉さんと私のバッキングがハードにコーティングして、薄っぺらさなど皆無のオリエンタルロックへと昇華させる。

 そんなイントロを一瞬で駆け抜けて私のキーボードがAメロを奏で出したその時になってようやく客席から歓声が生じた。

 誰もが理解できるシンプルなメインメロディーを放ちながら、その裏では難解なバッキングが行われ、だがしかしそんな細かいことを聴く者に気にさせずに流れ星の如きスピードで駆け抜けていく。
『恋色マスタースパーク』とはそのような曲だ。
 まったくもって、誰かさん以外には似合わない楽曲である。

 そんなことを考えている内に楽曲はBメロへと突入。
 私が若干の寂寥感のあるフレーズを弾く影で、ルナサ姉さんがディストーションギターを刻む。
 あまりに目まぐるしく展開される楽曲に、観客達は慌ただしく歓声を上げる。
 そうしてアンサンブルは熱気を上げに上げ、

 そして即座に楽曲はサビへ。

 再び高く響くメルラン姉さんのトランペット。
 速い。
 本当にこの楽曲はスピードがある。いや、あり過ぎる。
 リズムに乗って腕を振っていた人間の中には、既に限界を迎えて腕振りを諦めた者もいた。
 それも当然だろう。この楽曲のBPMは168。楽曲の速度だけで言えば、あの『風神少女』以上のものなのだ。律義にリズムに乗って腕を振るとしたら、演奏開始から50秒の現時点で100回以上は腕を振っていることになる。人間には厳しいだろう。
 命を燃やして駆けているかのようなこの曲。
 霧雨魔理沙を表した、この楽曲。

「メルラン姉さん!」

 そんな強烈なエネルギーを有したこの楽曲を、魔理沙のお父さんは「派手に演奏してほしい」と言ってきたんだ。

「いっけぇえええ!」

 私が叫ぶと同時にサビのラストフレーズが鳴り終え、ハイFの音を響かせていたメルラン姉さんが、瞬時にダブルハイFの高音を咆哮させた。

 そして始まるメルラン姉さんの超ド級に派手な独奏。

 その音を受けたオーディエンスは、瞬時に大歓声を上げた。

 ダブルハイの音を縦横無尽に吹き鳴らすメルラン姉さんの顔には満面の笑顔。
 その勢いに乗って、メルラン姉さんはトリプルハイという最高級の騒音すらをも解き放つ。
 あまりにハイで、あまりにラウドで、あまりにハッピーなこの演奏こそがメルラン姉さんの本領のプレイ。派手に演奏することに関してメルラン姉さんの右に出る者などこの郷には絶対にいないだろう。
 そんなメルラン姉さんの全力全開のトランペット・ソロに聴衆は地鳴りがする程に盛り上がり続けている。
 そのような会場の中で、魔理沙のお父さんは目を瞑りながらもどこか満足したような表情をしていた。
 彼の考えは未だに分からない。このド派手な現状が彼の望んだとおりのモノなのかどうなのか。私達に知る由は無い。
 今は只、彼の依頼通りに魔理沙の曲を派手に演奏するのみ。
 ただの音楽好きの騒霊である私達にできることは、それだけだ。

「メルラン!」

 その想いはルナサ姉さんも同じだろう。
 2ループ目のソロを終わらせようとしているメルラン姉さんに、ルナサ姉さんが声をかける。
 そして、メルラン姉さんがニッコリと笑ってダブルハイFの音を響かせて、

 ――瞬間、ディストーションギターが吠えた。

 メタリックな独奏をかき鳴らしているのはもちろん、ルナサ姉さんだ。
 涼しい顔でテンションの効いた高速フレーズを展開し続けるルナサ姉さんに会場は更に狂乱する。
 その一方で、ビックリしたような顔をしている者も見受けられる。
 大方、「ルナサ姉さん=大人しい女の子」なんて考えを持っていたんだろう。
 その考えはあまりに甘過ぎると言わざるを得ない。
 ルナサ姉さんは私達騒霊三姉妹の長姉。本気を出した時は、メルラン姉さんを超える程に五月蠅い音を放つのだ。「壮麗なレクイエムを奏でた次の瞬間に慟哭のシンフォニックメタルを弾き鳴らすだけの胆力が無ければ鬱の音は大成できない」という言葉を歯ギターの練習の合間にポツリと言ったその姿こそが、ルナサ姉さんの本質なのである。
 会場に響くギターの強烈な歪みは脳天を突き刺す程に五月蠅い。
『恋色マスタースパーク』のバトルミュージックとしての個性を前面に押し出した独奏は、観客達を上限の無い興奮へと強引に押し上げる。
 沸き立つ絶叫。
 それを正面からブチ破るような重金属の響き。
「魔理沙の曲を派手に演奏してほしい」という魔理沙のお父さんの依頼に完璧以上の騒がしさで以って応じる。
 それは騒霊三姉妹の、そしてプリズムリバー楽団のリーダーとして申し分の1ミクロンも存在しない、最高の姿であった。

「戻るわよ!」

 ルナサ姉さんは叫び、ギターを掲げた。

 そして再び、トランペットによってイントロが奏でられる。
 合わせて私の左手も高速の伴奏を紡いだ。
 さぁ、あとはもう一度ヒロイックなメロディーを奏でて、それでこの命を燃やすような疾走も終了だ。
 メルラン姉さんがイントロを吹き終え、私が再びAメロの旋律を弾き始める。
 その時、観客の誰かが「あっ」と声を上げた。



 刹那、会場に星が降り注いだ。



 まるで雪にようにゆっくりと、お菓子のように軽い星が、

 キラキラと輝きながら天から降って来た。



 楽曲はBメロに突入。
 寂寥感を含む旋律が流れる。

 不意に誰かが拍手をした。

 その音を皮切りに、
 会場が割れんばかりの拍手が鳴り響いた。



 天まで余裕で届く程の大音量の拍手が鳴り響いた。



「うふふー! 萌えキャラ乙!」

 天に向かって拳を突き上げて、星の発生源に対してメルラン姉さんが叫んだ。
 ……そのセリフはどうかと思うんだけど。
 そんな事を考えながらBメロを弾き終え、
 そしてメルラン姉さんがマウスピースに唇をつけて、サビのメロディを力一杯に吹き放つ。
 その響きに合わせて踊るように星が降り注ぎ、流れていく。
 灰色の雲の下に唐突に生まれた星空。
 人々はそんな空に向かって腕を振り上げた。

 流石だよ、魔理沙。

 本当にあんたの魔法は綺麗で、思わず叫びたくなっちゃうくらい真っ直ぐだ。
 転調して殊更に高い音でサビを奏でるメルラン姉さんはとんでもないボリュームの音を放っている筈なのに、観客達は皆ステージじゃなくて空を見ている。
 最高にハイな演奏をしている私達を完全に喰っちゃってるその傍若無人さ。
 なんていうか、それが悔しいとか煩わしいとかじゃなくて、すっごく気持ち良い、なんて思えるんだ。
 星が降る中で私はキーボードで軽くサビのメロディーを奔らせる。
 軽やかに星屑が吹く様に奔らせる。
 そんな私をメルラン姉さんとルナサ姉さんはフッと見て、
 そして最後に一発、
 上がり調子のメロディーを同時に鳴らして、『恋色マスタースパーク』の疾走を締めた。



 そして巻き起こる大歓声。

 少しずつ密度が薄くなっていく星達。

 ルナサ姉さんのギターに仕掛けた音障による残響がいまだ鳴り続ける会場に、



「休ませないわよ! 続いて次の曲――!」



 メルラン姉さんの元気過ぎる声が響き渡った。

 残響が、ハウリングが鳴り続け、その音が次第にボリュームを増していく。
 途切れることのない歓声。時折吹かれる口笛。
 メルラン姉さんはトランペットを宙に浮かべて両手を大きく開いた。
 その姿を見て次の曲が何なのかを悟った観客達は嬉々とした顔でメルラン姉さんと同じように両手を広げ、そして高く掲げる。
 ハウリングする音は最早残響などとは呼べぬほどに大きな音量で鳴り続けるも、その波形は定まっておらず非常に不安定。
 妙に心に響くその音は本当に不可思議で、

 まるで霊の様な、夢の様な浮遊感を有していた。





「――――『少女綺想曲 ~ Dream Battle』!!」





 メルラン姉さんの手が、観客達の手が、そして、私が召喚したスプラッシュシンバルが、



 一斉に、パァン! という音を世界に鳴らした!



 それを合図に楽曲を奏で始める私達。
 テンポはヴィヴァーチェ。BPMは約160。
 のっけから繰り出されるサビのメロディーはキャッチ―ながらも裏で鳴る伴奏の運指は狂気の沙汰と言っても良い程に難解。

 それを私達はあくまでも楽しく弾く。

 少女的な可愛らしさと弾幕を連想させるような激しさという背反にも似た関係性の二つを止揚して出来上がったのが、この『少女綺想曲 ~ Dream Battle』。
 それが楽園の守護者、博麗霊夢のテーマ曲なのだ。

 アップテンポでノリの良いメロディーに聴衆達は体を揺らし口笛を吹き、皆一様に盛り上がる。
 その中でタメを作るように私の弾くピアノの音だけがスロウテンポに響いて、僅かなブレイクの後、
 テンポを再びヴィヴァーチェに回帰させて揚々とAメロを演奏する。
 メインメロディーを担当するのは私のピアノだ。
 この部分はまだ楽。むしろルナサ姉さんの弾くベースの方が辛いだろう。

 しかし、この楽曲はハッキリ言ってピアノ奏者にとっては地獄に等しい程の難易度を有している。

 ――瞬間、メインメロディーの担当をメルラン姉さんの横笛へと譲り渡し、私は遂に苛烈な伴奏に着手する。
 BPM160の中でまったく休みの無い16分音符の疾走はオクターブを上に下にと縦横無尽に駆け巡り、人間には演奏不可能な軌跡を描きだす。
 乱舞するピアノの音は弾幕の如く激しく、そして美しい。
 普段なら自分の愛用楽器は自らの身体で以って弾く私達だが、流石にこの常軌を逸した楽曲においては手に頼ることなく鍵盤を叩かなければならない。右手と左手と、そして霊力を駆使して、私は鍵盤をどうにかこうにか流し弾く。
 Bメロに入るもパッセージに終わりは見えない。
 ……なんて、どうにかこうにかモノローグを続けてるけど、正直そろそろそんな余裕も無くなってきた。
 本当に鬼畜めいた連符だ。ドラムを鳴らしながら演るとなると実にキツイ。
 そうしてあっさりとサビのフレーズに戻るも16分音符は休むことを知らず並び続ける。
 メルラン姉さんが悠々としたメインメロディーを吹く間も決して途切れないピアノの連符。
 博麗霊夢。
 本当に、御し難く相手にしたくないヤツだ。
 しかし、人里で演奏する上で外せない存在でもあった。
 霊夢はこの郷の守護者で人々の盾として生きている人間だ。本人の性格が暢気過ぎるものだからイマイチ人々に信頼されてない感もあるが、アイツはアイツで結構ちゃんと仕事をしていたりする。アイツを好く妖怪が多数いる傍ら、アイツを嫌っている妖怪だっていっぱいいるんだ。この郷における妖怪への抑止力として、アイツの存在はもっと人々に評価されなければいけない。ルナサ姉さんは、そんなことを言っていた。
 ってやば、音間違えた。
 やはりこの曲は考え事をしながら弾くには厳しい。
 しかし、どうにか1ループを無事に終わらせることができた。一ミスなら全然御の字だ。
 そして響くはメルラン姉さんのトランペットの独奏の音。
 観客がそのパフォーマンスを見て沸き立ち、私はホッと胸を撫で下ろす。もちろん心の中で。
 そうして、伴奏の運指を簡易なものとする。
 あくまでもポップに弾むメルラン姉さんのソロの音に観客達は体の揺れ幅を大きくしている。彼らにとってはこのソロパートが盛り上がり所といったところか。『恋色マスタースパーク』という熱量の大きい楽曲の次であるのに誰も彼もが疲れを見せずに笑顔でノッてくれている現状はとてもありがたい。
 そんなことを考えながら、私はこっそりと指を休める。
 メルラン姉さんのアドリブ演奏の時間。この楽曲においてそれは私の休憩時間と同義だ。

「『恋色マスタースパーク』の次に『少女綺想曲 ~ Dream Battle』を持ってきたということは……、プリスムリバー楽団はマリレイ派!?」
「ねーよ。普通に考えてレイマリだろ。受け攻めにもっと気をつけろこのダラズ!」

 なんか突然、すっげー不毛な声が聞こえた。
 見れば客席の最前列。テンションをマックスにしていた男たちがなにやら言い争っている。

「笑止! 霊夢は受け! 魔理沙は攻め! この構図は譲れないね!」
「アホか! 普通に考えて受けは魔理沙だろ! 鬼畜巫女こそ我等の憧れなんだよ!」

 魔理沙のお父さんがいらっしゃるこの場でいきなり魔理沙のカップリング話をするなよ……。
 あれか。ハイになり過ぎて理性とか良識がぶっ飛んでしまったのか。救いようがないなホントに。どないせいっちゅーねん。

 ――刹那、ルナサ姉さんがキレの良いスラップを男たちに向けて鳴らした。

「争いなんてくだらない。私達の演奏を聴きなさい」

 そしてクールに言い放たれる一言。
 それを受けた男たちは水をかけられた炎のように意気を消失させ、そして互いがいがみ合うこと無く再び体を揺らし出した。
 流石はルナサ姉さんだ。
 狂った心意気のムサい男たちを抑え込むなんて当たり前。そして、テンションが落ちきらない程度に鬱の音を放出するというコントロール能力も抜群だ。



『少女綺想曲 ~ Dream Battle』。
 これは“少女が競う曲”という意味合いもある曲であり、れっきとしたバトルミュージックである。ゆえに、テンションがハイになり過ぎて思わず闘争本能を剥き出しにしてしまう輩が生じることも自然であると言えるだろう。
 しかし、バトルミュージックであると共に“少女綺想曲”という文字が指し示すのは、これが少女らしい可愛らしさのある曲ということだ。
 この楽曲はあくまで“少女の戦いの為の曲”でなくてはならない。
 カップリング論争を繰り出すムサい野郎共のバトルなんてノーサンキューなのだ。



 本当ならば、
 この曲に合わせて霊夢が誰かと弾幕戦を繰り広げてくれるのが一番望ましい。
 丁度上空には魔理沙もいることだし、派手に弾幕戦を展開し、そうして優美な姿を見せてほしい。

 なんて思って霊夢にも招待状を渡してあったんだけど、
 やっぱりアイツはこのライブには来ていないようだ。

 まぁ、それがアイツらしいと言えばアイツらしい。
 私達のライブを盛り上げようと弾幕を出してパフォーマンスを繰り広げる博麗霊夢、なんてかなり違和感がある。
 まったく、そんなんだから人々からの信仰を得られないんだろうに。分かってるんだろうか、あの巫女は。……分かってないんだろうなぁ。ていうか、分かってても動くのを面倒くさがりそうだなぁ。
 そんなバカの為にわざわざこの高難易度の曲を演奏してあげるだなんて、私達は随分なお人よしだ。ぶっちゃけ、私アイツ嫌いなのにさ。
 でも、まぁ、
 いつか、私達の曲に乗って弾幕ごっこに興じるアイツを見てみたいなぁ、なんて、思ったりはするかな。



 そして、2ループにわたって奏でられたメルラン姉さんのアドリブが終わり、楽曲は再びメインメロディーへと移行する。
 トランペットによるサビの吹奏。
 合わせて流し弾くピアノのサウンド。
 客席からは拍手が巻き起こった。
 ここで少し音色を調節。純粋なピアノの音からキーボードと呼ぶのに相応しい電子音の強い音へと変更する。博麗霊夢を表現するには多少なりとも幻想の風味を加えなければいけない、というのが私の解釈なのだ。
 そして、いまだ拍手が残る会場にてアンサンブルはAメロへと進む。
 メインメロディーを奏でるのは私。伴奏を奏でるのも私。……やはり、キツイ。間断の無いオブリガードが私の左手の握力を容赦なく奪っていく。指がもつれる。





 それがどうした。





 私はムラサに言った。最高のライブを見せてあげる、と確かに言った。
 今日の私のモチベーションは最高に高いんだ。
 この程度で音を上げる筈がない!

 そしてメインメロディーの演奏をメルラン姉さんのトランペットへとパスし、私は伴奏の疾駆に最大級の集中力を注ぐ。
 白鍵と黒鍵の一つ一つを睨み、88の鍵盤の全てを視野に入れる。楽譜は脳内に描く必要も無い。自分が体に覚え込ませたフレーズをただただ弾くだけ。それでいて、タッチには細心の注意を払い、機械的な演奏にはならないように出来る限りの感情を込める。もちろんドラミングにも力を注ぐ。エイトビート。適度なフィルイン。されど当然留まることなどない左手。弾かれる鍵盤達。歪みなど少しも無い霊力による楽器のコントロール。自分が楽器の一部になったかのような感触。楽器が自分の一部になったかのような感触。トランス。最高のフィードバック。もっと速く。もっと正確に。もっと鮮やかに。加速していく想い。紡がれていく伴奏。助奏。疾走。サビのパートに入る。響くトランペット。唸るベース。全ての音を感じる。そしてその音に相応しい響きが当然の様に私の手により紡がれる。派手過ぎず、されど存在感のある、最適な音を。最適な演奏を。そうして構築される最高の音楽を! 最高のライブを! そうして響くラストフレーズ! 楽曲の締め! 最後の音!!







 残響。







 見れば、眼前にて観客達が拍手と歓声を送ってくれていた。





「――リカ。リリカ! 大丈夫?」



 ハッと気が付けば、ステージ中央に立つメルラン姉さんがこちらに声を掛けてくれていた。横を見ればルナサ姉さんも心配そうにこちらを見ている。

「あ、だ、大丈夫! 全然大丈夫だから!」

 慌てて答えるとメルラン姉さんは「それならいいんだけどー」と言って視線をオーディエンスの方に向けた。空気の読める姉で助かった。一方、ルナサ姉さんはいまだ心配そうな顔をこちらに向けている。大丈夫だよ、と私は笑顔を作りルナサ姉さんに手を二回降ると、姉さんはため息を一つ吐いて視線を私から手元の楽譜に移した。

 顔にかいた汗を袖でぬぐう。
 両手が震えることに気付き、軽く指をマッサージする。



 今の感覚は、ヤバかった。



『少女綺想曲 ~ Dream Battle』という難曲をあんなに完璧に、いや、完璧以上に演奏することができたのは初めてだ。
 なぜあんなことができたのか、自分でも理解が追い付かない。
 自分と音楽が一つになる感覚。音楽以外のものが認識できなくなる感覚。
 モチベーションの高さゆえの現象だろうか。
 うーん。
 ちっとも分からない。



「それじゃ、次の曲に行くわよー」



 そんなメルラン姉さんの声に意識を現実へと回帰させる。いつの間にかMCも終わっていたようだ。
 色々と考えておきたいことではあるけど、とりあえずそれは後回し。今はライブ中なんだから、とにかくそれに集中しなければ。
 パンッと、頬を両手で叩く。

「激しい曲が続いちゃったことだし、次は落ち着いた曲を吹くわ。聴いて下さい――」

 よし。落ち着いていこう。





「――――『少女が見た日本の原風景』」





 シンセサイザーの音色をより柔らかなキーボードサウンドへと設定する。

 そして奏でるイントロ。CB♭CE♭CB♭CFの繰り返し。静かに鳴るヴァイオリンの響き。抑え目に爪弾かれるクラシックギターの音。
 描き出す風景は少しずつ見えてくる自然。
 そして、三連符。
 目の前に浩然と広がる日本の原風景。
 オーディエンスからの拍手の音がクレッシェンドで鳴り響き、「わぁ……」という感嘆の声も聞こえた。

 そして吹かれるトランペットのメインメロディーの音色。
 そのAメロのフレーズに人々は静かに酔いしれる。
 そんな会場で、私はメルラン姉さんの影に隠れてCB♭CE♭CB♭CFというリフを紡ぎ続ける。

 決してテンポが遅い曲ではない。メルラン姉さんの奏でる主旋律も、落ち着いた鳴動というわけではなく、それなりに高い音程によって構成されているものであるのは確かだ。
 だがしかし、この『少女が見た日本の原風景』という曲にはなぜか聴く者の心を洗う様な落ち着いた音色が存在している。
 客席にいる人妖の顔から汗が引いていっている様子が私の位置からでも分かる。
 この楽曲はある種、ヒーリングミュージックのような力を有しているのだ。

 Bメロに入る。

 私はキーボードのリフを止め、ドラムの鳴りを少しだけ派手にする。
 それと同時に、ルナサ姉さんもギターを少しだけ激しく弾いて音数を増やし、静かな雰囲気の中から盛り上がりを作り上げていって、私はフィルインを鳴らし、――駆け上がる様にサビへと突入。

 高いオクターブを維持したトランペットの律動が曇天の空に響き渡る。

 スウィング感の強いこのリズムが想起させるのは風だと私は思う。
 目の前を優雅なリズムで駆け抜けていく、自由な風。
 草木を揺らし、雲を流し、山を撫でる。そんな風が吹く景色が目を閉じれば確かに見える。
 主旋律の短いメロディーをトランペットが繰り返し、私のキーボードが短い副旋律を静かに繰り返す。
 簡単な曲だ。激しいリズムがあるわけではない。広い音域があるわけでもない。単調と言っても良い程の繰り返しで構成されるサビのパート。難しいことをしているのは、裏で目立たず鳴っているギターくらいか。しかし、それだってルナサ姉さんの技巧を持ってすれば朝飯前のこと。この曲は演奏者である私達が箸休めをする意味でもヒーリングミュージックであると言える。それ程に、容易い曲だ。
 けれど、この曲は本当に胸に染入る、とても良い曲なんだ。

 サビを吹き終えたメルラン姉さんが独奏を開始する。

 それは、難しいことのない、少しジャジーなニュアンスがあることだけが特徴と言えるだけの、なんてことないトランペットのソロ。
 メルラン姉さんらしさのないソロ、と言っても良いだろう。
 しかし、これが私達プリズムリバー楽団の『少女が見た日本の原風景』という曲に対する解釈なのだ。

 派手なこと、カッコつけたことをせず、あるがままの景色を思い浮かべて演奏する。

 私達がこの曲を演奏する際の心構えはこのようなものである。

 芸術ってやつをちょっとかじったことのあるヤツというのは得てして技巧に走りがちになる。ミュージックの世界しかり、デザインの世界しかり、だ。
 だが時として、テクニックにまみれた作品よりも、難しいことを一切していない元の形そのままのものが人の心を掴むことがある。
 それは例えば、デザイン性なんて考えが一切為されずに形作られた原風景。
 もちろんそれはモッサリしていてカッコ良さなんてちっとも無いものだろう。
 けれど、それはただただ自然であるがゆえに、人の心を洗う力を持っている。

 博麗大結界の外ではそのような風景が日に日に減少していっているらしい。
 生活様式が異なるため、それが良いことなのか悪いことなのかは私にはイマイチ判断ができない。

 ただ、多分私達は、目の前にある手付かずの自然の存在に感謝した方が良い、とは思う。
 当たり前にあるこの景色は、もしかしたら本当は当たり前のものではないのかもしれないのだから。

 技巧に走らずに聴衆達を感動させる。
 あるがままの音を皆の心に届ける。

 それが、私達の原風景への答えなんだ。

 シンプルさゆえの感動を、ただただ鳴らす。
 その想いはきっと聴衆にも伝わっていることだろう。
 さっきまでの異常な盛り上がりを排し、今は皆、目を瞑って曲を聴き入ってくれている。
 この派手さの無い旋律になにかを感じ取ってくれているだろう、なんて希望的観測をして、私はひとり笑う。



 それにしても、メルラン姉さんは立派になったなぁ。

 いつもだったらもう少しは派手な演奏をするんだけど、今日は完璧にシンプルに徹したアドリブをとっている。
 先の『妖怪モダンコロニー』の際もそうだったが、本当に空気を読むプレイをするようになったものだ。

 ……もしかしたら、メルラン姉さんも、今日は特別に調子が良いのかもしれない。

「不測の事態が起こるかもしれないってことは、とんでもなく良い演奏ができるかもしれない、ということじゃない」というあの言葉は、もしかしたらメルラン姉さんなりの気合の入れ方だったのかもしれない。
 メルラン姉さんも、全力で演奏をして、そして最高のライブにしたいと思っている。
 この暴走することのない玄人じみた演奏はその意気の表れなのかもしれない。

 もしそうなのだとしたら、今日は本当に、最高のライブになるに違いない。

 なんて考えて、私はまたひとり笑った。



 あぁ。ライブって、本当に、すごく楽しい。



 そう考えている内にメルラン姉さんのソロが終わり、再びAパートへと楽曲は輪転する。
 伸びやかなトランペットの音。繰り返されるキーボードの音。
 それらがシンプルながらも長閑な景色を浮かび上がらせる。
 染み入る様なアップテンポのリズムが響くステージに涼やかな風が吹く。
 風は彼方へ走り、遠くにある草木を揺らし、そうして空へと還っていく。
 曇天により夕日こそ見えないけれど、この空気は夕方特有のものだと思う。
 暑さを排した爽やかな気温を凪ぐ風。だが時折、サラリと髪を揺らす。
 悪くないロケーションだろう。

 Bメロに移行し、キーボードの音を伴奏のみにする。
 サビに向かって少しずつ昇り詰めていくワクワクとした感じを大切にして、鍵盤を、そしてドラムを叩く。そんなプレイを徐々に盛り上げていき――

 ――二拍の無音。

 そうして作ったタメから紡がれるのは私のキーボードの音によるサビのメロディー。

 唐突に消えた盛り上がり。
 唐突に表現される寂寥感。

 キーボードによるメインメロディーとクラシックギターによるバックサウンドのみによるアンサンブルだからこそ生み出せる切ない音。

 それを会場いっぱいに響かせる。

 そっと参入するドラムの音。
 そうして静かに、再び盛り上がりを作っていき、

 トランペットの豊かな音がそれに重なる。

 低音を駆使した落ち着いた旋律を12小節だけ吹き、そうして最後に向けて音を上げていき12小節の4拍目で勢い良く顔毎ごとトランペットを振り上げて、

 私達は一斉に、メインメロディーを鳴らし、フィナーレを響かせた。



 そして起こる暖かい拍手の波。
 観客の顔に見える明るい笑みの表情に、この楽曲の演奏の成功を感じ取った。



「どうもありがとー」

 柔らかな物腰でメルラン姉さんが客席に向かって手を振った。
 その時、





 ルナサ姉さんがヴァイオリンの弦をつまみ、そして天を仰いだ。





 見れば、空には重い灰色の雲が山の向こうまで広がっている。
 その暗雲は確かな質量を感じる程に、得も言われぬ存在感を放っていた。
 来るか。
 想定していた時刻よりも早い。ムラサの予測よりも雲の流れが速かったのだろうか。
 ルナサ姉さんが弦を締め直し、そして白蓮に顔を向けて軽く目線を送る。
 それを受けて招待席に座る白蓮は丁寧に会釈をし、その隣にいたムラサはグッと握った拳をルナサ姉さんに突きつけていた。



 雨の中でのライブ。



 ここからが、正念場だ。



「さてさて次の曲なんだけれど、これは阿求からのリクエスト曲なの」

 重みが増していく空に気を向けることなくメルラン姉さんは明るい声で進行をしている。
 そう。その姿勢で問題無い。
 いつもならばルナサ姉さんが空を仰いだ時点で会場移動の準備に取り掛かるところだけど、今日はこのままでいいんだ。
 今日はこのまま突っ走るしかないんだ。

「本当は私達リクエストなんて受け付けてないんだけれど、阿求の頼みを断ると幻想郷縁起に何を書かれるか分からないから渋々請け負うしかなかったのよねー」

 そんな暢気なメルラン姉さんの言葉に阿求はニッコリと笑って懐から竹ものさしを取り出し、ステージに向かって投げつけた。
 ギリギリでグレイズするメルラン姉さん。
 そんな光景に、会場の人妖からのんびりとした笑い声が起こる。
 どうやら誰も暗雲の立ち込む空に注意を払ってはいないようだ。
 それでいい。
 変に気を遣われてテンションを下げられても困る。
 今はただこの勢いに乗っていたい。
 私は心からそう思っているわけで。

「そういうわけで、次の曲!」

 叫び、メルラン姉さんはウインドシンセサイザーを召喚する。
 その向こうでルナサ姉さんがエレキベースを手に持つ。
 そして私はキーボードに指を置く。



 さぁ、行こうか。





「――――『ジャパニーズサーガ』!!」





 電子的な風味をたっぷり効かせた四つ打ちのイントロ。
 私の右手が軽やかに鍵盤を叩き始め、メルラン姉さんがそっとウインドシンセサイザーの音を乗せてくる。ノリの良い音が会場に広がっていき、
 そこから一気に展開する壮大なサビのフレーズ。
 まるで世界を救う使命を帯びた勇者が冒険の旅に出るような、そんな高揚感のあるカッコいい旋律を、私達はあえて迫力あるオーケストラ編成ではなくチップチューンめいた響きの電子楽器で演奏する。
 観客席からは、そう来たか、という想いを込められた拍手がパチパチと送られた。
 その中で阿求は満足したように笑っている。



『ジャパニーズサーガ』。

 この楽曲は、元は阿求が昔から好んでいる幺樂団というアーティストが奏でたもの。
 幺樂団の特徴は、懐かしさと未来っぽさの両方を兼ね備えた響きのする、FM音源なるものを用いた音調である。



 サビを吹き終えたメルラン姉さんがシンセサイザーを駆使してキレの良い音で繋ぎのフレーズを吹き、それに合わせて私は右手でリフを奏でる。シンプルながらもメロディアスな流れが会場の熱を再び温めていく。
 そうしてパートを移行する。
 あたかも歌謡曲と間違えるかのようなクサいメロディーラインをメルラン姉さんは電子音で丁寧になぞる。

 正直、大抵の者はこの曲が電子楽器で演奏されることに首を傾げるだろう。
 ジャパニーズサーガという啖呵を切ったような大仰なタイトルを持つこの楽曲は、だがしかしその名に恥じぬ程にカッコ良く、そして雄大なメロディーを有している。
 それこそ、オーケストラで奏でれば万人が感涙する程に迫力のある曲だ。
 それをあえて生音の真逆の位置にある音色で合奏する私達。
 それは幺樂団へのリスペクトであると共に、FM音源への敬意の表れでもある。

 再びサビのフレーズに入り、メルラン姉さんが勇ましくもポップなメロディーを堂々と吹く。
 トランペットよりも柔らかさを多く含んだウインドシンセサイザーの音が壮大な旋律の中にある種の可愛らしさを存在させる。また、私のキーボードの軽やかな電子音による伴奏も可愛らしさを生み出すのに一役買っているだろう。
 カワイイ音でカッコいいメロディーを奏でる。
 それがこの曲のおもしろいところだ。
 そうしてサビの最後にメルラン姉さんと私はこの楽曲のメインメロディーをこれでもかという程に熱く、八回繰り返し、そうして盛り上がりを最高としたところでメルラン姉さんが派手に電子音を咆哮させた。
 そうして、熱さと可愛らしさを保ったままソロ・パートへと移行するメルラン姉さん。
 オーディエンスからは断続的な口笛が奏でられ続けていた。



 先に述べたように、この曲は世界を救う使命を帯びた勇者が冒険の旅に出るような、そんなイメージを有する楽曲である。
 ぶっちゃけて言ってしまえばアクション・ゲームやらロール・プレイング・ゲームやらのBGMに使われるような楽曲ということだ。
 外の世界ではかつて、そのような物語にこうしたFM音源によるチップチューンが彩りを添え、そうしてBGMの側から音楽文化を発展させたと聞いている。
 もちろんそんなことはこの幻想郷においては一部のマニアもしくは知識のある者が知っているくらいのこと。私達のライブによく来てくれている人妖だってチップチューンが何であるか分かっているヤツは少ないだろう。というか、正直に言えば私も詳しいところは分からない。

 けれど、この音色が魅力的であることは確かだ。

 外の世界でかつて隆盛し、今でも未来的な印象を持つこの音色。

 なんとも幻想的で素晴らしいじゃないか。

“Fantastic Modulation”という言葉を冠しているのは伊達ではない。



 そして、この音色が好きな阿求は流石だな、と思う。



 九代目である御阿礼の子。稗田阿求。
 彼女は見た物を忘れないという、いわゆる求聞持の能力を持ち、千年以上の昔からこの郷の知識を集め続けた存在である。
 それでいて、頭が固いというわけではなく、むしろ過去の出来事からより良きを学んで積極的に新しい時代の到来を受け入れようとしている。
 その姿勢はまさに温故知新。
 そんな彼女だからこそ、この派手さを排した、ともすれば安っぽいとも言われそうな電子音を“未来の音”と言い表して高く評価したのだろう。
 彼女は、私がこの郷で幻想の音について語り合うことのできる只一人の





 ポツリと、水滴がキーボードに落ちた。





 顔を上げ、曇天を仰ぐ。
 瞬間、私の頬に一滴の水が跳ねた。



 そうして、メルラン姉さんのウインドシンセサイザーが鳴り響く会場に、ポツリ、ポツリ、ポツリと静かな滴が落ちてきた。







 雨。







 息を一つ吐き、ルナサ姉さんに視線を送る。
 そこに見えたのは、的確なベースプレイを鳴らし続けるルナサ姉さんが私に向かって笑みを作ってくれている、凛とした姿。

 心配は無用。

 そんなメッセージが、ルナサ姉さんの表情に確かに存在していた。
 その力強さのある姿勢を見て私は不安がる気持ちを払拭し、そして音楽に意識を向ける。
 キーボードの音にもドラムの響きにも異常はなし。ルナサ姉さんのエレキベースにもメルラン姉さんのウインドシンセサイザーにも音色の変化は見られない。
 ポツリ、ポツリと降ってくるこの雨は特筆すべきこともないただの小雨だ。
 この程度で私達の音楽が崩れる筈がない。

 変化があったとすれば、それは客席の様子か。
 私達の音楽を聴きに来てくれている彼らの多くはルナサ姉さんが雨天での演奏を避けていることを知っている。
 先程までポップなリズムに躍らせていた心を今は不安がらせ、湧き起こっていた歓声の代わりにザワザワとした声がそこかしこで生じていた。



「姉さん!」



 突然メルラン姉さんが演奏を止めて声を上げた。その瞬間、



 ルナサ姉さんがベース・ソロを奏で始めた。



 な、なんつー無茶苦茶な……。
 この楽曲は明らかにベースがソロをとるような渋い曲じゃないだろうに。
 ポップさと雄大さが特徴のこの曲にベースによるアドリブはあまりに困難な筈だ。

 なんて私の考えをよそに、ルナサ姉さんはタンッとステージを蹴ってフワリと宙に浮かび、そしてボリュームを引き上げてベースの弦を強く爪弾いた。

 そして流れ出す低音のグルーブ。

 コードに則したその独奏は決して派手ではなく、むしろベースラインに毛が生えた程度の簡易なもの。
 だがしかし、ギュンギュンと響き続ける音量を大きくしたエレキベースの音はそれだけで大迫力を有しており、オーディエンスの心臓を瞬く間に揺らした。
 腹に響く様な低音は得も言われぬ程にダンサブルで、不安を宿しかけていた観客達の心を即座に熱くさせる。

 ……なんだこれ。

 信じらんないくらい、カッコいい。

 不思議だ。テクニカルなことなんてちっともやっておらず、ただボリュームを大きくしてコードのアルペジオをなぞらえているだけなのに、凄くノれる。……いや、むしろこれは、シンプルな演奏だからこそリズムに乗りやすいのだろうか? それとも、音量を大きくしたことによってのビートの強調が効果的に働いているのか?
 ダメだ。私には全然理解ができない。
 分かっていることは二つだけ。
 ついさっきまでコンピューター・ゲームのBGMめいた雰囲気を有していた楽曲が、今はそのポップ感を保持しながらもグル―ビーなダンスミュージックに変化してしまっているということ。
 そして、聴衆がそのリズムに心を躍らせているということ。

 降り出した雨の中、ベース・ソロを想定されていなかった曲の内での、この演奏。
 あらゆる逆境に晒された状況下でのこの勇姿。
 観客達も、見守っていた私も、ソロ・パートを渡したメルラン姉さんですらも笑うしかなかった。



 ルナサ・プリズムリバー。
 場の雰囲気を一瞬で好転させるそのセンスは、天才なんて言葉でも補いきれたものじゃない。



「せっかくのライブなのに、雨とは残念ですね」

 ベースを弾きながらルナサ姉さんが客席に向かって声を発した。

「けれど、雨が気にならなくなる程に盛り上がれば、何も問題は無いでしょう」

 ベースが大音量で唸る中にあって、なぜかその声は、会場に凛と響き渡った。
 そして湧き上がる大歓声と割れんばかりの拍手。
 それを前にルナサ姉さんは目を瞑ってフッと笑い、そうして重低音を響かせる。

「カリスマ、かぁ」

 メルラン姉さんが笑いながらポツリと呟いた。
 その言葉に私も同感だ。

 天才なんて言葉ではあまりに不足。
 ルナサ姉さんは、カリスマの化身と評されるのが正しいと思う。
 それは、雨の降る中で膨大な熱気を放出し続けている目の前のオーディエンスを見ればあまりに明らかなことだ。

「戻るわよ」

 言って、ステージに着地するルナサ姉さん。
 エレキベースの音を弱くしていき、滑らかにアドリブからライン演奏へと旋律を移行させる。
 そうして、メロディーは当たり前のようにイントロへと回帰し、メルラン姉さんのウインドシンセサイザーの音が流れるように放たれた。
 再び奏でられる勇壮でありながら可愛らしい響き。チップチューンの雰囲気。
 さっきまでゴリゴリのダンスミュージックが奏でられていたというのに、違和感なんてちっともない。あまりに自然過ぎるパートの受け渡し。
 本当にルナサ姉さんの音楽センスは異常だ、と私は心の中でひとり戦慄した。

 そう思っている内にパートがすんなりと変わる。
 テンポ良く繋ぎのメロディーを経過していく私達。
 柔らかめのスタッカートを奏でるメルラン姉さんの電子音を受け、テンションの高い聴衆はノリノリといった感じで腕を振る。見れば、阿求が屈強な男たちの波に向かってモッシュダイブをかましていた。なんだよ、あのエネルギッシュなアクションは。アイツは三十歳までも生きれない薄命の人間だって聞いてたけど、そんなの絶対嘘だろ。
 そんな狂喜乱舞の傍らでパートは更に進行し、若干落ち着いたメロディーをメルラン姉さんが吹くも、観客から発せられる熱気はちっとも抑えられることはなく、盛り上がりを当たり前のように継続させていく。
 ……これは、むしろ雨が降ってくれて良かったんじゃないかな? なんて思い、私は熱気に包まれた会場でひとりクスリと笑い、そして8ビートを軽やかに響かせ、そうして、フィルインを勢いよく鳴らして、

 楽曲は再びサビへ突入。
 カッコよさ満点のメロディーがメルラン姉さんのウインドシンセサイザーから吹き放たれ、会場の熱気を更に激しいものとする。
 チップチューンチックな曲、というマニアックなジャンルの楽曲に対してここまでの盛況が生じるのは、やはり雨に負けずグル―ビーな演奏をしてくれているルナサ姉さんのおかげだろう。
 目を向ければステージ奥ではルナサ姉さんがいつもと変わらぬ様子で丁寧にベースラインを走らせている。
 ……いらない心配をして演奏まで曇らせてはいけないよね。
 覚悟を決め、目線をキーボードに向けて、そして勢いをつけて鍵盤を弾く。
 ラストフレーズ。
 ウインドシンセサイザー、エレキベース、キーボードの三つの楽器が拍子を合わせ、メインメロディーをキメキメに繰り返す。乱舞するスネアドラムの音がエンディングを派手に飾り、メルラン姉さんが一オクターブ高い音でメロディーを咆哮させて、

 そして全員一斉に最後の一音を大きく鳴らした。



 雨雲を揺らすような大歓声と拍手が起きた。



「どーも、どーもー。阿求、色々とアブナイ格好になっちゃってるわよ?」

 ようやく地面に足をつけた阿求が露わになっている肌をいそいそと隠しつつ懐から取り出したキャットフードをメルラン姉さんに投げつけた。
 しかしそのキャットフードは横から飛び込んできた火焔猫にキャッチされてステージに届くことはなかった。
 カオスだなぁ。

「さて、先程のルナサ姉さんの言葉を聞いていた方はもうお分かりの通り、今回のライブは雨天でもこの会場で続行するわよ!」

 大きく宣言されたメルラン姉さんの言葉に客席からは返事として拍手の喝采が送られた。
 それを受けて、メルラン姉さんは満足げな顔で「うん」と一つ頷く。
 ルナサ姉さんが白蓮に向かって頭を下げた。
 その視線の先、招待席に佇んでいた白蓮も静かに頭を下げ、そして両の手を音も無く丁寧に合わせる。
 そして、白蓮が静かに念ずるや否や、客席上空に透明で清廉な障壁が張られ、客席に落ちる雨は皆無となった。

「って言っても、流石にお客さんを雨ざらしにするわけにはいかないんで、客席にはバリアを張るわ。なので、風邪などの心配は無用よー」

 メルラン姉さんの説明を聞いた聴衆達の間にザワザワとした波紋の声が広がった。
 確かに客席には雨が落ちないような処置をされた。
 けれど、彼らが見るステージにはいまだ雨が降り続けているのだ。
 その状況の不可解さに彼らが眉をひそめるのも当然のことだろう。

「……私は昔から雨を苦手としていました」

 ざわつく観客達に向けてルナサ姉さんが静かに喋りだした。

「……しかし、いつまでもそんな弱々しい態度ではいけない。そう思って、私は今日雨天でのライブに挑むのです」

 ざわつきを霧消させていき、そしてシンと静まりかえる会場。
 この場にいる誰もがルナサ姉さんの言葉に耳を傾けている証拠だ。

「……只今バリアを張って頂いている白蓮さんには、私達の立つステージにはわざと雨が降るように調節してもらっています。ですので、皆さんのご心配はいりません」

 ルナサ姉さんが言葉を紡ぐ傍ら、雨はその勢いを少しずつ増していく。
 先程まではポツリポツリと落ちるだけだった水滴が、今は小粒ながらも断続的に舞い降り続けている。小雨と霧雨の中間、といったところだろうか。
 そんな雨の中でルナサ姉さんは頬に張り付いた髪を手で払い、凛と言う。

「私の、いえ、私達の雨中でのファーストライブ。是非とも、皆さんに見届けて頂きたいと思います」

 そして、そっと頭を下げた。
 そんなルナサ姉さんに向けて、激励の拍手がワッと鳴らされる。
 雨中でのライブ。
 不安要素の多いであろうソレに異を唱える者は誰ひとりとしていなかった。

「……ありがとうございます」

 頭を上げたルナサ姉さんはそう言って、そしてもう一度、深く頭を下げた。
 依然として鳴り止まない拍手。
 その温かさに、ルナサ姉さんは少し泣きそうな顔をしていたのを私は見逃さなかった。
 なんて、かく言う私も少し泣きそうになってたり。
 応援してくれるファンがいてくれるということは、本当にありがたいことだ。と、改めて思った。
 私達は、幸せ者だ。

「さてっと。良い雰囲気に収まったことだし、そろそろ次の曲にいきましょうか」

 メルラン姉さんが笑顔で告げる。
 その声を聞いて更に沸く拍手の音。
 こんなステキな人妖の為に私達が出来ることはただ一つ。良い音楽を贈ることだけだ。
 さぁ、緩んだ頬を引き締めろ。

 集中しろ。





「――――『懐かしき東方の血 ~ Old World』」





 バスドラムを打つ。
 そして弾かれる鍵盤。それに重なるベース。
 小雨がシトシトと降る中で、どこか懐かしさのある楽曲を私達は奏で始めた。
 イントロの主旋律は私の弾くキーボードだ。踊る様な軽やかさを持ってリズムを成し、そこにドラムのエイトビートも加えてノリを良くさせる。

 そうしてAメロに移行し、メルラン姉さんの横笛の音が楚々と鳴り出す。

 引き続きのエイトビートに乗って流れる横笛の音はなんとも落ち着いたものだ。下手をすれば私の叩くドラムの音に負けているかもしれない。それ程に音量を絞られた音が、ステージ前方より美しく放たれる。
 その静かな横笛の響きは歌謡曲チックなこの楽曲によく合っている。リズムはノリの良いエイトビートであるが、観客達は狂乱するよりも曲に聴き入っているといった表情だ。もちろん、体を揺らしてくれている者は多いが。
 ルナサ姉さんのベースもいつもと変わらずにしっかりとリズムをキープしてくれている。
 粗なんて少しも無い、とても良いアンサンブルだ。
 その心地の良い音調に、私はほんの少しだけ目を瞑る。シンバルを四回叩く。

 Bメロへ入る。
 切なさの込められたメロディーが横笛より発せられる。
 その静かな音の波の中で私は丁寧にシンバルを鳴らす。
 明るい旋律を消失させ、寂寥感をたっぷり会場に振りまいて情念を心の中で丁寧に溜め込んでいき、少しずつドラムの音を入れ、そうしてルナサ姉さんがヴァイオリンの音を奏でた瞬間に一気にフィルインを入れて、

 そして紡がれるサビの旋律。

 溜め込まれた情念を一気に解放するように、私は魂を込めて鍵盤を叩く。
 メインメロディーを奏でるのはキーボード。
 メルラン姉さんの横笛もルナサ姉さんのヴァイオリンも、今は伴奏に回ってくれている。
 ドラムのリズムパターンをより激しくし、そして心に激情を宿らせて私は指をキーボード上にて踊らせる。
 そう、激情。大切なのは激情だ。
 この曲は切なさを心に込めて、そしてそれを思いっきり吐き出すような、そんなイメージを有する楽曲。
 私の解釈で言えば、「涙を流す様な曲」なのである。
 過去を想い、言葉にできない切なさを胸中に溜め込んで、そして慟哭をする曲。私は勝手にそう考えている。けれど、あながち間違っていないようにも思えるんだ。
 会場を見れば、僅かではあるけれど、それでも確かに涙をこらえているような顔をした妖怪達の姿が見える。
 顔ぶれから見るに、彼らに当てはまる共通点は“古くから生きる妖怪”であること。
 人間や、比較的新参である私達なんかには分からない感情を彼らはこの曲を聴いて浮かべているのだろう。
『懐かしき東方の血 ~ Old World』。
 それはこういう曲なのだ。
 古くからの歴史を知るものにとっては、なぜだか涙が込み上げてくるような、そんな曲なのだ。

 そうしてサビの演奏を終わらせ、パートは再びイントロへと戻る。
 指に込める力を若干緩めて、軽やかに紡がれるキーボードの旋律。ステップを踏みたくなるようなメロディーをサラリと奏で、

 そして私は即興演奏を弾き始める。

 高音を多用しながらも決して派手にならないように加減をしたキーボード・ソロが滑らかに会場を包んでいく。
 センシティブな音の一粒一粒を聴衆の心に降らせ、そうして懐古の情をゆっくりと浮上させる。
 さっきまでは古くから生きる妖怪だけがしんみりとした顔をしていたが、今では人妖問わず、そして、新参も古参も関係無く心に染み入らせて聴いている。ように感じるのは私の気のせいであってほしくないところだ。
 聴き手がどれだけ生きてきたか、なんて関係なく、等しく聴衆のミームに響く様な演奏を行っているんだと信じたい。
 この旋律に心を震わせるのに新参も古参も関係無いだろう、なんて私は思う。
 だって、この郷に来て百年程しか経っていない私でも、この曲を聴いてるとちょっと泣きそうになるわけだしね。
 古くからこの郷を知っているものならばこの楽曲を聴いて殊更に思うことはあるだろう。それは否定しない。けれど、この曲を聴いて流す涙は、それが新参だろうと古参だろうと等しく大切にすべきだろうと思うんだ。
 なんてことを考えながら、私は力を込めて鍵盤を叩く。



 雨が降っていて良かったな。
 と、不意に私は思った。



 この涙を流す様な楽曲に、シトシトと降る雨はとてもよく合っていると思う。
 水気のおかげで鍵盤を滑って叩き辛いし、ドラムの響きが大分おかしなことになってきてる気もするけど、でもそれらを差し引いてもなかなかに悪くないステージだ。
『風神少女』で文が風を起こしてくれたり、『恋色マスタースパーク』で魔理沙が星を流してくれたように、この『懐かしき東方の血 ~ Old World』では静かに降る雨こそが最適な舞台効果となっているのではないかと思える。
 シトシトと、サラサラと降る雨。
 私の好きな幻想の音がたくさん詰まった、そんな素敵な雨。
 こんな気持ちの良い気分を味わえるのなら、もっと早くに雨天でのライブに挑戦していれば良かった。
 きっとルナサ姉さんだってそう思ってくれているんじゃないだろうか。

 そして、私は派手にキーボードを鳴らし、独奏にピリオドを打つ。

 スムーズに繋げるパートはイントロ。
 独奏から合奏へと、霧雨の如く静かに舞い戻る。
 客席では私のソロへの拍手が大きく鳴り響いていた。
 あぁ、まったくもって、良い気分だ。

 拍手がちょうど鳴り終わったところでパートはAメロへと入り、そしてメルラン姉さんの横笛の音が流れ出す。

 瞬間、ベースの音が外れた。







 え?







 ――取り急いで私は左手で派手にコードの音を鳴らす。
 そしてルナサ姉さんの姿を横目で見る。

 ルナサ姉さんは、申し訳なさそうな顔で少しだけこちらを見た。

 そうして、すぐに何事も無かったかのような顔を作ってベースを弾き続けた。

 今はもう音が外れていることなんてない。いつも通りの正確なベースラインだ。
 高鳴る心臓の動悸を抑えながら私は伴奏のボリュームをいつも通りのものに戻す。
 そんな私の動揺を無視して楽曲は止まることなく流れ続け、そしてBメロへと移行した。
 客席を見る。誰も彼も気持ち良くメロディーに乗ってくれている。良かった。ルナサ姉さんのミスに気付いた者はほとんどいないようだ。聖白蓮や寅丸星などといった実力者達はルナサ姉さんが一瞬だけ見せた謝罪の表情に気付いていたようではあるが。

 そうして楽曲はサビに入る。

 焦る心は、今は無視だ。
 今はただこの楽曲を情念いっぱいに奏でるだけ。
 そう思い、私は一心に鍵盤を叩き続ける。
 ルナサ姉さんのベースもヴァイオリンも今は少しも音にズレは無い。気にしていてはいけない。
 雨中での、雰囲気たっぷりの、最高のパフォーマンスを。
 今はこの雨の恩恵にただただ感謝して、最高の演奏を!
 半ば自分に言い聞かせるようにそんなことを心の中で叫び、フレーズを思いっきり弾く。

 そうしてサビのパートの演奏を終え、楽曲は再びイントロへと戻り、軽やかに指を軽やかに鍵盤上で踊らせ、

 そのまま少しずつ音を小さくしていき、

 演奏はフェードアウトしていった。



 楽曲の演奏終了に一拍遅れて気付いた観客達がパチパチと大きな拍手をしてくれる。
 それに笑顔で手を振り横目でルナサ姉さんに視線を向けると、
 ルナサ姉さんとメルラン姉さんがほんの一瞬だけ目を合わせるのが見えた。

「リリカ、ボケっとしてないで。次の曲にいくわよ」

 メルラン姉さんから声をかけられる。
 ……大丈夫、なのか?
 さっきのルナサ姉さんのミスは決して無視できない筈のものだ。なのに、このまま予定通りに進行してしまって良いんだろうか。

「続けていくわよ! 次の曲!」

 そんな私の考えを置き去りにしてメルラン姉さんが客席に向かって大声を放つ。
 殊更に大きくなる拍手の音は高い期待の表れ。
 逃げ場はないことは分かっているけど、しかしこの状況はマズイと、

「リリカ」

 ルナサ姉さんが私の名前を呼んだ。
 そして、それ以上は何も言わずに、ただ一回コクンと首を縦に振っただけだった。

 ……信じるしかない、ってことか。





「――――『プレインエイジア』!」





 ワァっと起こる大きな歓声。
 それを眼前にして私は大きく息を吐いた。



 そして鋭く息を吸い、鍵盤を叩く。



 ピアノによる華麗なイントロ。
 それがこの楽曲の持ち味の一つだ。

 そこに弦楽器がクワイアの如き神秘性を以って鳴り響き、深遠な雰囲気を作り出す。
 瞬間、私が奏でていたメインメロディーにトランペットの音が加わり、会場は一気にヒートアップ。緊張感のあるアンサンブルが高く雨中に響いた。
 迷っている余裕なんて無い。
 この『プレインエイジア』という楽曲はピアニストにとっては『少女綺想曲 ~ Dream Battle』と並ぶほど高難易度な譜面をしている。
“発狂ピアノ”とも呼ばれるようなそのフレーズは、集中力を欠いた状態で弾き切るなど不可能なもの。

 メルラン姉さんがトランペットの高い音を吹き鳴らし、そして私達はイントロを奏で終え、ステージ上に鳴る音は弦楽器とドラムだけとなる。
 繋ぎの8小節。
 その間に私はもう一度息を吐き、そして新鮮な空気を取り込んで、



 覚悟を決める。



 ――そして疾走。

 三オクターブにわたる範囲の鍵盤を16分音符で以って縦横無尽に駆け巡る右手は“発狂”と呼ばれるのも相応しいスピードを有し私に一瞬の集中の途切れすらも許させない。時折存在する32分音符の装飾音が運指をより一層困難なものとさせるも、それは勢いでねじ伏せる。それでいて左手による伴奏は丁寧に、そして確実に。速度を保ったままの完璧なプレイを奏で続ける私には、

 何故だろうか、不思議な余裕があった。

 楽器以外のものも、今は何故だか視界に捉えることができる。
 放たれ続ける私の高速フレーズに歓声を上げるオーディエンス。
 そこに向かって手を振りながらも、横目でルナサ姉さんの様子を心配するメルラン姉さん。
 目を瞑って弦楽器の演奏に集中しきっているルナサ姉さん。
 その表情の一つ一つまでもがあまりにもよく見えた。
 生命の危機に直面した時、周囲のものの動きがゆっくり見えることがある。ということを聞いたことがあるんだけど、それってこういう感じなのかなぁ。となんとなく思った。
 けれど私の手が止まることなんてなくて、ミス一つ無い演奏をカッコ良く奏で続けている。

 なんだろう、この感覚は。

 決して手を抜いているわけでもない。私の両の手は、おそらく過去最高に綻びのない『プレインエイジア』を弾き続けている。
 なのに、どうしてこんなに色んなことを考えられるんだ?
 先程、『少女綺想曲 ~ Dream Battle』を弾いた時も訳が分からない程のトランス状態になったけど、これはそれとも違う。
 音楽と自分が一体になった、というよりも、会場と自分が一体になった感じ、とでも言えばいいのだろうか。自分が自分でなくなった感覚、という点では共通しているけれど。
 これまでも私は俯瞰的な見方を心掛けていた。ドラムというバックサウンドを鳴らす係であり、また、アンサンブルにおける幻想度の調節も自分の仕事であったから、それはずっと当たり前のことだった。
 けど、ここまで視野が広くなったことは初めてだ。
 調子が良いとか、そういう次元の話じゃない。
 これは、――異常だ。
 そう。異常というのが一番しっくりくる表現だ。
 発狂と呼ばれるフレーズを弾きながら、こんなに考え事をしている。してしまえる。
 こんな状況は異常と言うしかないだろう。

 そして少しのミスをすることもなくフレーズを弾き終え、私は再びサビの旋律を奏でる。

 大歓声が寄せられる中で、あまりにも当然のように動く私の両手がなんだか不思議だ。
 これだけ変な感覚に陥っていても、決して集中していないというわけでもない。
 言うなれば、全てに対して集中している、と言ったところだろうか。
 メルラン姉さんのトランペットの音が重なり、厚みを増したメロディーは更に会場を熱くさせる。
 良いアンサンブルだ。私の調子が異常なまでに良いこともあって、これまでに無い程に勢いがある。
 雨天というバッドコンディションの下にあって、私達は過去最高の『プレインエイジア』を奏でている。
 ……本当に、これはいったいどういうことなんだろうか。

 そして楽曲はルナサ姉さんのヴァイオリン・ソロへと移行する。

 美麗なる高音を奏でるルナサ姉さんに客席からはため息が漏れると共に大きな拍手が放たれた。
 今日はまだルナサ姉さんがヴァイオリンで独奏をすることが一度としてなかったのだ。この反応も当然と言えよう。長いライブのクライマックスにてようやく登場したルナサ姉さんの本領の演奏に対するオーディエンスの期待は計れない程に大きい。
 そんな人妖の期待に答えてルナサ姉さんはテクニカルに弓を走らせ、素早いフレーズを魅せた。
 それを受けて観客達は歓声を上げる。
 そうしてルナサ姉さんは途切れることなくヴァイオリンを奏で続けるが、今の私には分かる。



 ルナサ姉さんは今、苦心しながら演奏を行っている。



 おそらく聴衆は気付いていないだろう。
 けれど、よく聴けば分かる。
 テクニカルな速弾きは勢いだけのものであってこの曲に合ったものというわけではない。ただ単に、ルナサ姉さんの手癖のままに弓と指を動かしただけだ。
 そしてそんな速弾き以外の箇所はコードの音を丁寧になぞっただけの、なんてことのない旋律を奏でているだけである。良く言えば基本に忠実な落ち着いた演奏。悪く言えば、気合を入れたライブのクライマックスには似合わない、面白みのない演奏だ。
 表情は冷静を装ってはいるけれど、私にはその内心に焦りの感情があるのが確かに見える。

 やはり雨の中での演奏は厳しいか。

 十分に考えられた事態だ。いやむしろ、演奏を続けていられるだけ事態は悪くはない。
 しかし、このまま独奏を続けさせるのが宜しいわけでもない。

「ルナサ姉さん」

 小声で私が声を掛けると、ルナサ姉さんは苦々しい顔でこちらを見て頷いた。
 ……ルナサ姉さんの悔しい気持ちは分かる。
 けど、これはライブ。プリズムリバー楽団のライブだ。
 そんなこの場で半端な演奏を晒すわけにはいかない。
 その時にできる最高の演奏を常に追い求める。
 それが私達の矜持なのだ。

 そして私の右手が独奏を始める。

 ルナサ姉さんのヴァイオリンの音は最早消えていた。
 ソロの受け渡しの自然さは流石ルナサ姉さんといったところ。
 いつの間にか終わっていたルナサ姉さんの独奏に対して、観客達は今になってようやく気付き、そして拍手を鳴らした。
 そんな会場で、私はただただキーボードを奏で続ける。
 響くフレーズは時にカッコ良く時に優雅に緩急をつけて、そして全体を通して神秘的な音調を表現し続ける。
 あまり考えたくはないけど、……今この場に限ってはルナサ姉さんよりも私の方が余程レベルが高い演奏を行っている。
 雨を苦手としているルナサ姉さん。
 一方私は、心のどこかでこの雨を楽しんでいる。
 この鍵盤の響きに、天から降る雨はどこか似合っているような気がしているんだ。

 そういえば、この楽曲は上白沢慧音の持ち曲なのだが、彼女は今どうしているのだろうか。

 招待席を見る。
 そこには、これといって特別な事をするでもなく、静かに演奏を聴き入っている慧音の姿があった。
 瞬間、目が合う。
 すると彼女は遠慮をしたような笑顔を浮かべた。
 なるほど。私達の邪魔をしたくない、という心積もりか。
 以前このように人里近くでライブをした時は彼女も結構ノリノリでパフォーマンスをしてくれたのだけれど、今日は自制心を働かせているようである。
 おそらく、雨が降っているから、だろう。
 雨の中で頑張って演奏をしている者の傍で弾幕を放つ、というのは良識人である彼女がやりそうにないことだ。当然の流れなのかもしれない。
 私としては大歓迎なんだけれど、……まぁ、それは今の私がおかしいだけだろう。

 そしてサラリと私は独奏を終え、再びイントロのフレーズを奏でる。
 踊るような旋律を肩の力を抜いて弾きこなす。
 驚く程に指が軽い。かといって楽曲の雰囲気は軽いわけではなく、十分に荘厳だ。もちろんそれは頑張って弦楽器を弾いてくれているルナサ姉さんの力があってこそのものだが。
 メルラン姉さんのトランペットがアンサンブルに参入したその時、雨脚が一層強くなるのを感じた。
 霧雨の如き静かさは消え、ステージを打つ雨の威力は次第に大きなものとなっていく。……ルナサ姉さんではなくとも、こんな雨の中で楽器を奏でるのは嫌がるのが普通だろう。
 しかし私は、どうにもこの雨に対してネガティブな感情は生じない。メルラン姉さんの熱いトランペットの音に合っていて非常に良い、とすら考えてしまう。
 メルラン姉さんのポジティブシンキングがうつってしまったんだろうか。

 そうこう考えている内にイントロパートの演奏は過ぎ去り、弦楽器とドラムだけの繋ぎの旋律が神秘性を携えて会場に鳴り渡る。
 嵐の前の静けさのイメージが粛々と広がっていく。
 そんな8小節にかけて行われたタメが、雨の中でたっぷりと観客達の期待を大きなものとさせていって、

 そして放たれる高速のピアノサウンド。

 一秒間に十以上の鍵盤を叩く右手がとめどなく踊り続ける。それはさながら雲より降りしきる雨と同様のリズムか。休むことなく会場を打ちつける音と水の雨。自然に背くことのない完璧な律動が奏でられ続ける。
 客席からは感嘆のため息の音が聞こえた。
 やはり傍目からも今の私が絶好調であることは分かるのだろう。とっても良い気分だ。
 不調のルナサ姉さんを補って余りあるだけの演奏をしている、という自負が今の私には確かにある。自意識過剰というわけでもない筈だ。
 最高のライブ。
 それを自分が牽引しているというのは、やはり気分が良いもの。
 鍵盤を弾く指が更に速く、更に繊細に動く。

 そしてサビのフレーズ。

 スピードを失った分、鍵盤を叩く指に込める力を更に微細にコントロールし、音の響きを極限まで研磨する。
 音の一粒一粒に膨大な歴史を込めるような、そんなイメージ。
 私の全神経を集中させたピアノサウンドに会場にいる誰もが心を打ち震わせていた。
 そこにそっとメルラン姉さんがトランペットの音を重ねることでアンサンブルは更に荘厳な響きを得る。
 瞬間、ドラムの音が消える。
 鳴るのは、トランペットとキーボードによる旋律と、ヴァイオリンによるバックサウンドのみ。
 召喚した数々の楽器を脇に置いて、私達は自らが手にする楽器の演奏だけに集中する。
 その様は神々しいと表現してもいいのではないだろうか。なんて私は思って。
 そしてそっとドラムの音を戻し、そしてメルラン姉さんはトランペットから口を離す。
 ルナサ姉さんによるクワイアめいた伴奏が響く中で私はひとりキーボードでサビの旋律を奏でる。
 盛り上がりのあった合奏から唐突にキーボードの音だけが鳴る繊細なパートへと移る。と思わせておいて、
 メルラン姉さんが一気にトランペットの音を咆哮させ、楽曲は一気に派手なサビのパートへと舞い戻る。
 激しく刻まれるドラムの音に合わせて私とメルラン姉さんはこの楽曲中で最も派手な音を出す。クライマックス。ルナサ姉さんも、自らが奏でる弦楽器のボリュームを大きくする。
 その時メルラン姉さんがオクターブを上げてメインフレーズを吹き出した。
 響く音は更に高く、そして激しく。
 神秘性のある『プレインエイジア』のクライマックスは讃美歌の如く鳴動を強く、大きくしていき、観客の大歓声を誘発させた。
 そして最後にメルラン姉さんの超高音が雲を突き刺すように鋭く響き、壮麗なアンサンブルにピリオドを打った。



 トランペットの超高音が耳にいまだ響く中、会場には溢れんばかりの拍手が生じた。



「はい、『プレインエイジア』でした。……慧音、以前のようにステージに上がって踊ってくれてもよかったのにねぇ」

 そんなことを言い出したメルラン姉さんに対して慧音は「踊ったことは無いだろう」と律義にツッコミを入れた。そして、歓声の中に笑い声が混ざった。
 降りしきる雨の勢いは強く、初夏の大気は急激に冷え込んできている。
 しかし、この会場に限っては自然に反して熱い空気が存在し続けていた。
 そしてそれは私にとってとても気持ちの良い空気だった。

「……リリカ、大丈夫?」

 ふと気付くと、いつのまにか私のすぐ横にルナサ姉さんが立っており、そして私の顔を心配そうに見ていた。
 ……どちらかというと、心配されるのはルナサ姉さんの筈なんだけれど。
 なんてことを考えているとルナサ姉さんが私のおでこに掌をあてた。――ってちょっとストップストップ!

「こ、こんな大観衆の前で何するのよ!」

 私は急いでルナサ姉さんの手を振り払う。あぁもう、恥ずかしいったらありゃしない。顔が熱くなるのが自分で分かるわ。
 けれどルナサ姉さんはそんな私と対照的に、とてもクールな、いや、少し不安めいた顔で私を見つめた。

「……リリカ、すごい熱」
「え?」

 あ、あれ? マジで?
 両の手で頬を挟んでみる。……確かに熱いことは熱いんだけど、これは今誰かさんが乙女心を解せずに唐突にタッチしてきたからだし、そもそもライブの時に体が火照るのは私にとってはいつものことなわけで。
 特に気にする必要なんて無い筈のことだ。

「心配し過ぎだよ、ルナサ姉さん」
「そうかな」
「そうだよ。むしろ私は絶好調。心配されるのはルナサ姉さんのコンディションの方だわ」
「私は、大丈夫」

 ルナサ姉さんはあくまで私を心配してくる。
 さっきの演奏を聴いた限り、ルナサ姉さんは今とても苦しい状態にあることは火を見るよりも明らかだ。それでも自分より私に意識を向けるのは、雨に立ち向かう覚悟がしっかりと定まっているからか。

「私だって大丈夫だからさ」

 言って、私は右手を軽く挙げる。
 本当はルナサ姉さんに声援の一つでもかけてあげるつもりだったんだけど、ルナサ姉さんは今更そんなものを必要としていないだろうことはその輝き続ける金の瞳を見れば子供にだって分かるだろう。
 プリズムリバーの長姉たるルナサ姉さんの炎は、この程度の雨で消えてしまうわけがないのだ。

「……ラスト一曲、落ち着いていこう」

 私が挙げた右手に、ルナサ姉さんは自身の右手を軽く合わせた。
 パン、と小さな音が水滴を弾きながら鳴る。
 そしてルナサ姉さんは自分の立ち位置に戻っていった。

「皆、本日は私達のライブに来てくれて本当にありがとう! このライブを企画してくれた人里の方々、運営の人達、パフォーマンスをしてくれたクレイジーなヤツら、そしてそんなライブにノッてくれた皆に、この場で感謝をするわ!」

 ステージ前方ではメルラン姉さんが締めのMCを行っていた。
 オーディエンスからはライブの終わりに残念がる気持ちと満足する気持ちを混ぜ合わせてブーストさせたような声と拍手が放たれ続けている。

 ラスト一曲、か。

 スケジュール上では確かにそうだが……、実は私達はアンコール用の曲も用意してあったりする。締めの一曲を演奏し終えても観客からアンコールを希望されることが常のことだからだ。
 けれど今の天気は雨。それも、かなり勢いのある雨だ。
 ルナサ姉さんはもとより、正直私ですらも目を開けるのが厳しい程に雨は強く降っている。
 こんな状況下であるのだから、観客が私達に遠慮をしてアンコールを言い出さないことは十分に考えられるだろう。
 個人的にはアンコールの楽曲は是非とも演りたかったんだけれど、……仕方がないか。

「それじゃあ最後の曲にいくわよー!」

 アンコールが無いとすれば、これが正真正銘の最後の曲だ。
 雨の中でのライブの、最後の曲。
 この曲は『プレインエイジア』とは違い、雨が似合う曲だとは思わない。はっきり言ってコンディションはかなりよろしくない。

 ――腕が鳴る、というものだ。

 この逆境をねじ伏せるだけの気合は、今の私達には確かにある。
 絶好調の私はもちろん、ルナサ姉さんだって炎をメラメラと燃やしているし、太陽のような笑顔を浮かべているメルラン姉さんから発せられるエネルギーは言うまでもなく強大だ。
 雨なんかに屈するプリズムリバー楽団ではないんだ。

 さぁ、行こう!
 最高のエンディングを存分に奏でてみせよう!





「――――『東方萃夢想』!!」





 麗しく流れるのは数多の弦楽器の音。
 強く雨の降る中で、ルナサ姉さんは召喚した弦楽器の数々を厳かに鳴らし、そして自身が手に持つヴァイオリンも、ゆっくりと奏でる。
 壮大なアンサンブルを予感させる清澄なイントロがスロウなテンポで会場を満たしていく。
 客席から聞こえる感嘆の溜息は大きく、そして熱い。
 ゆるやかな旋律が会場の温度をじっくりと上げていって、私はクレッシェンドでシンバルを鳴らしていき、そうして、

 銅鑼を重く、そして深く鳴らした。

 清澄な響きを一変させた銅鑼の音を皮切りに数多の弦楽器も大音量で旋律を響かせ、そこにメルラン姉さんの操る幾つもの吹奏楽器の重厚な音が加わる。
 荘厳でいて親しみのある大きな祭りのようなメロディーを迫力たっぷりに響かせる一大アンサンブルに聴衆達は感嘆の念を爆発させた。
 そう、祭り。まさに祭りだ。
 ライブという祭り。そのクライマックスに奏でるこの曲もまた、祭りを想起させるものであるのは当然のことだろう。

 ルナサ姉さんがエレキベースを強く走らせ、そうして自らの手でヴァイオリンを弾き始めた。
 私がノリ良く叩くドラムのビートに合わせて奏でられるヴァイオリンは美しさと、そして少しの悲しさを帯びている。
 それは祭りの終わりの心象を帯びているからだろうか。
 それとも、
 降りしきる雨が美しく、そして悲しいものだからだろうか。
 眉根を寄せて力を振り絞るようにヴァイオリンを弾くルナサ姉さんは言葉にし難い程に辛そうだった。
 悲しみを心に降らせながら演奏を行うその姿に私は祈ることしかできない。
 雨に、悲しみに、ルナサ姉さんが負けませんように。と、祈ることしかできない。
 この曲は悲しみを振り払ってこそのもの。
 世に蔓延る悲しみを受け、そしてその上で笑おうとする気概が必要とされるもの。
 それこそが祭りなのだ。
 瞬間、ヴァイオリンの音がブレる。
 だがしかしそれは本当に一瞬のことで、ルナサ姉さんはすぐに態勢を立て直す。
 その姿は雨の中で煌々と燃え続ける炎のようで。
 自然と、私は涙が込み上げてくるのを感じた。
 そうして、ルナサ姉さんは自らのパートを弾き切り、旋律を私へパスする。
 ルナサ姉さんが全力で奏でたメロディーを大事に受け止め、私は慎重に、確かめるようにキーボードを鳴らす。
 楽曲はイントロの盛り上がりからルナサ姉さんの悲しみと拮抗するような旋律を抜け、今はとても静かな響きを有している。
 ドラムの音は消え、弦楽器が静かにリズムを形成してくれていて、その中で、雨の降る天空のような、どこか神秘性のある静けさを私は鍵盤でもって表現する。
 そんな、ほんの僅かの休息の時を作り、
 メルラン姉さんがホルンを用いて主旋律を丁寧に響かせる。
 会場に高らかに響くホルンの音は豊かな心地を想起させつつも、クライマックスの緊張感を会場の誰にも持たせる様なものであった。その高らかな吹奏楽器の音と対比して軽い調子で紡がれる鼓の音も作用し、オーディエンスのエンディングへの期待を少しずつ、本当に少しずつだが、大きくしていく。
 ドンと、銅鑼を鳴らす。
 そして緊張感はさらに高まっていき、雨の降る中で、アンサンブルは次第に音量を大きなものとしていき、雨に抗うように気分を上へ上へと高揚させていって。私は熱い息を一つ漏らす。ゆっくりとしたクレッシェンドの終わり。最後の小節。そこで私は目立たぬ様に鐘の音を鳴らして、シンバルを叩いて、瞬間、ついに、

 メルラン姉さんのトランペットが咆哮を上げた。

 張りの強いトランペットの音によるメインメロディーがあらゆる者の心を打ち震えさせる。
 副旋律を担っているのは横笛。
 雨中にてメルラン姉さんはトランペットと横笛の響きを巧みに組み合わせ、そして甚だしくエモーショナルなフレーズを奏で続ける。
 静かに維持されるリズム。控えめに鳴らされるベース。
 ステージ上で大音量を放っているのはメルラン姉さんだけだった。
 まるで雨雲を突き刺すように。
 まるで自分が世界の中心に立っているかのように。
 メルラン姉さんは目を閉じ、天に向かって、ただ一心に楽器を吹く。
 奏でられる和のフレーズは、決して速いものでも派手なものでもない。落ち着いたものと表現しても良い様な、そんな音調だ。しかし、その音を聴く誰もが圧倒され、ただただメルラン姉さんの姿を見ることしかできなかった。
 おそらく、誰もが今、雨が降っている事なんて忘れているに違いない。
 その身に放たれる音以外に心を傾けることなんて、きっと誰も不可能な筈だから。
 一息で聴衆の心を共鳴させるだけの演奏。そのなんと堂々たることか。
 思いがけず、力が沸くのを感じた。
 落ち着いた、だがしかし熱いフレーズを心中に取り込み、エネルギーと化して身体中に行き渡らせ、そしてドラムに意識を向ける。
 そして奏でる8ビート。
 落ち着いた音調の最後。
 パートの移行。
 リズミカルで、踊りたくなるようなメロディーが現れ出し、
 それに伴って熱量を増していく会場の中で、メルラン姉さんが横笛を手に持ち唇に添えて、

『砕月』の旋律が会場に大きく響いた。

 客席から大きな歓声が生まれた。
 先程まで会場に存在していた緊張感は爆ぜ、胸中に溜め込んでいた熱量を誰もが放出させる。
 メルラン姉さんによって紡がれるダンサブルなメロディーラインに酔いしれ、聴衆は腕を振り上げ、身体を揺らし、そして、踊る。
 私によって軽快に叩かれるドラムの音が合奏のノリを底上げし、会場はあたかもダンスホールになってしまったかのよう。
 ……いや。そんな小洒落たものじゃないよね。
 活気に満ちた会場。楽しげに笑う人妖。誰も彼もがカッコつけることを忘れたかのように、バカみたいに踊る、そんなこの空間。
 後夜祭の盆踊り。言うなればそんなところだろうか。
 そんな観客を見て大きく笑ったメルラン姉さんは楽器をトランペットに持ち替え、そしてまた『砕月』の楽しげなメロディーを元気いっぱいに放つ。
 より激しくなる客席の熱気の渦。
 それを受けて私は自らの頬が緩むのを止めることができなかった。
 音楽とは音を楽しむもの。ありきたりな言葉だ。そんなこと、私は百年前から知っている。
 けれど今、改めてその言葉を実感している。
 自らの精一杯のエネルギーを放ち、それが音として聴く者の心を揺り動かす。なんて楽しいことなんだろう。
 雨は殊更に勢いを増している。あまりに厳しいコンディションでのライブだ。不安に思うのが普通である。特に、ルナサ姉さんの心中を鑑みればそれは確実だ。
 けれど、今の私はどうしても、そんな不安な心を持てなくて。
 ただただ、音を奏でるのが楽しくて。
 そしてそれは、

 ルナサ姉さんも同じだろうと、確信している。

「姉さん!」

 マウスピースから口を離し、メルラン姉さんが大声で叫んだ。
 その0.2秒後、



 激しいヴァイオリンの音が天に舞った。



 高音の、高速の旋律が、打ちつける雨を振り払って、音調豊かに放たれる。放たれ続ける。
 一瞬ポカンとしたオーディエンスは、だがしかし奏でられる激しいフレーズにすぐに意識を覚醒させられ、そしてワッと大きな歓声を上げた。
 声援に包まれたルナサ姉さんはとにかくヴァイオリンを弾いて弾いて、そして弾く。雨に抗い、自らの心に檄を飛ばし、奏で奏で、そして奏でる。その激しさは雨天をねじ伏せ、その目には炎を宿し、されど、口元に笑みを受けて。
 心を責め立てる雨の中でルナサ姉さんは一切のミスをすることなく短いながらもハイレベルな即興演奏を――完遂させた。

 そしてまたフレーズはメルラン姉さんに戻る。
 刹那、若干の乱れを見せるベース。しかしそのミスはすぐに立て直され、安定したベースラインが奏でられる。その中で吹き続けられるトランペットの遥かな音色。会場の盛り上がりが衰えることはなかった。
 ルナサ姉さんに目を向ける。
 荒く息をするルナサ姉さんは辛そうでありながら、どこか満足したように笑っていた。
 さっきの演奏は間違いなく最高のものだった。
 壁を越えた。そんな瞬間だった。
 笑わないなんて絶対に無理だろう。
 あぁ。最高のエンディングだ。なんてハッピーな結末だ。
 誰もがこのアンサンブルを楽しんでいる。この会場にいる誰もが。ステージに立つ私達。客席にいる人妖。それを一つに繋ぐのは音楽。そして想いが、夢すらも、萃まって、ライブは最高のハッピーを生み出し、そしてフィナーレへ。

 唐突に消える吹奏楽器と弦楽器。
 鳴るのは私が弾くキーボードだけ。
 そんなステージで。
 私は万感の想いを込めて、ゆっくりと、スロウに、一音一音を大切にして鍵盤を鳴らす。
 突然生じたブレイクタイムに観客が意表を突かれて声を出すのを止めたその時、

 私が銅鑼を鳴らすのと同時にルナサ姉さんとメルラン姉さんは楽器を力いっぱいに奏でた。
 そうして、私も全力でドラムを叩き、雨の音も聞こえない程の大音量で合奏し、会場に歓声が溢れかえり、ステージが揺れ、私も、ルナサ姉さんも、メルラン姉さんも、皆も、誰も彼も笑って、クライマックスにクレッシェンドが強く、うるさく鳴り響き、熱気が最高潮に達して、そして一斉に、



 ジャンッ!!

 と。



 ライブの最後の曲は最後の音を鳴らし、

 終演とした。



「本日の演奏はこれで終了!! 皆、今日は来てくれて本当にありがとぉ!!」

 大雨の中でメルラン姉さんが絶叫する。
 しかしその大声も、会場を包む声援と拍手の大津波に飲み込まれ、お客の耳に届くことはなかった。
 それを見てニッと笑ったメルラン姉さんは客席に手を振り、そしてクルリとこちらに振り返り、

「行こっか」

 とだけ言った。

「……うん」

 ルナサ姉さんが、確かめる様な静かな声で答えた。



 あぁ。
 終わった。
 終わったんだ。
 パチパチと顔に落ちてくる雨が気持ち良い。けれど、そんなものでは抑えようがない程に顔が、そして身体が熱い。興奮と達成感がちっとも消えない。
 最高のライブだった。
 私達にできることの全てを込め、雨の中での演奏という無茶を押し通し、そしてその上で皆をガンガンに楽しませることができた、そんな、とびっきりに最高の時間だった。とびっきりにとびっきりを重ねた最高の更に最高の――、そんな、音楽だった。
 あまりに楽し過ぎて放心することもできない。
 心がまだまだグラグラと震え、メラメラと炎を上げ、ギラギラと光を放っている。
 そんな幻想の音の鼓動が無視なんてできようのない程にハッキリと――、

「……リリカ。さぁ、帰るわよ」

 前を向けばそこにはルナサ姉さんが心配そうな顔で私を見つめていた。
 大きなライブを終えたことによる朗らかな顔を今は曇らせて私の顔を覗いてくる。

「分かってるよ、ルナサ姉さん」

 笑顔を作る。

 もっと、ずっと、このステージ立っていたい。だなんて。そんな心の声を私は胸の内に閉じ込める。

 今は、初めての雨中のライブの成功を喜ぼう。
 ルナサ姉さんに祝福をしよう。
 そういう段なのだ。
 ステージに立っていたいというこの想いは、次のライブを最高のものにする為に大事にとっておこう。
 それで、良いんだ。

 ザァザァと雨が更に勢いを増す中、私達はフワリと浮き、そして拍手に送られてステージ裏へと退場していった。
 ほんのちょっとだけ遠くなった声援に耳を傾けつつ、フゥ、と熱い息を吐き出す。

「……終わったわね」

 ルナサ姉さんが感慨深い調子で、ポツリと言った。
 はにかみながら、小さく笑う。可愛らしい笑顔だ。

「姉さん! やったわね!! とってもカッコ良かったわ!!」

 そんなルナサ姉さんにメルラン姉さんは笑顔で勢いよく抱きついた。強大なエネルギーを受けてルナサ姉さんは軽くよろめくも、しっかりと自分よりも身体の大きな妹を抱きとめた。そして恥ずかしそうに顔を逸らす。

「ちょ……、や、やめなさいメルラン。リリカが見てるじゃない」
「いいじゃない! 見せつけてあげましょう! っていうかリリカもコッチに来なさいよ!」

 なんてじゃれつきあう姉ふたり。まったく、幸せそうな笑顔だこと。
 でも私だって今は絶対に笑顔なんか作っちゃってるわけで。
 まだ演奏したい曲があった、だなんて思いはあれど、それを凌駕する程のハッピーが胸中で輝きまくってるのは確実で。
 今日のライブは失敗の箇所と大成功の箇所を考慮して採点すると辛く見積もっても100点で。
 でも、これを120点にすることもできたのになぁ、なんて考えが確かにあって。
 もっともっと演奏をしたいなぁだなんて思いはやっぱり強くて。
 嬉しい気持ちの中にある物足りなさはもうハッキリと形が見えていて。
 なんだか苦しくて、
 私は、

「……リリカ」

 私は、なにを考えているんだろう。
 最高のライブだったじゃないか。全力を尽くした、至高の演奏をしたじゃないか。
 なのに、
 まだ音を奏でいだなんて、
 まだ、あの場所にたっていたいだなんて、
 どうしてそんなことを思ってしまってるんだ、私は。

 この感情をどうすればいいんだ、私は。





「アンコール、行こうか」





 豪雨の中で、凛と、鈴が鳴ったような声が聞こえた。
 前を向けばそこにいたのはもちろんルナサ姉さんで。
 おでこに張り付いた髪を横に分けながら、優しく微笑んでいて。

「メルラン。アンコール行くわよ。用意は良い?」
「うっふふー。もっちろんよ!」

 弦の調節をしながらルナサ姉さんはテキパキと準備を進めていく。
 その時、天空にて稲光が奔り、そして一拍遅れて雷鳴が大きく轟いた。
 それを合図に、ようやく私は考える機能を脳に取り戻させる。聞こえるのは雨の音と雷の音だけ。アンコールの呼び声なんて、ちっとも聞こえていない。

「ちょ、ちょっとルナサ姉さん! 誰も呼んでいないってのにのうのうとステージに出ていくなんて、正気!?」
「うん。正気。ほら、リリカも覚悟を決めて」
「やめようよ! なんでそんなことするのよ!」
「え? リリカがアンコール曲を演りたそうだったからに決まっているじゃない」
「なっ!?」

 再び雷鳴が響いた。私はあたかも感電したかのように、ビクリと身体を硬直させる。
 確かに、私は物足りなさを感じていた。いや、もっと正直に言えば、「アンコールの楽曲を演奏したい!」と明確に望んでいた。まだまだステージに立っていたいと強く思ってしまっていた。
 けれどそんなのは私のワガママでしかない。
 客席からアンコールを望む声は聞こえず、そしてふたりの姉も私の心中を察してこそ舞台に出て行こうとしているが、本当はそんなことをするような者ではないことは確実で。ライブは既に大成功を収めていて。雨脚が酷くなり続けている今の状況での演奏はきっと酷いものになってしまうのは目に見えていて、これ以上はきっと蛇足になって、ルナサ姉さんの頑張りに泥を塗りつけることになってしまうことになるかもで、それはきっと、演奏家としても妹としても許されざる行いで、



「私達は鳴らしたい時に鳴らし、歌いたい時に歌う。それだけでしょ?」



 メルラン姉さんが、楽しそうに言った。

 それは何時間か前に私が言った、私の本心。

 そして、きっと、それは本懐でもある。

 心が戦慄き、世界の音が遠くなる。

 雨の音が聞こえなくなる。

 聞こえるのは胸の内から咆哮される声だけ。

「演奏したい」という、たった一つの叫び声だけ。

 葛藤なんてする必要のない程の熱意が身体中をグルグルと回る。



 私の存在意義。

 生きる意味。

 音楽。



 なんて、難しいことはちっとも考えられなくて。



 ただ、ただ、胸の内の衝動が大きくなっていくだけ。

 ただただ、ライブを、音楽を、



「……演奏、したい」



 それだけ。



「んじゃ、行きましょっか」

 ニッコリと笑ってメルラン姉さんは私の腕を引っ張る。雨雲の隙間から見える太陽のようだった。
 意識が「演奏したい」という意思の確立と共に明確になっていき、世界の音が耳の内へと戻ってくる。ザアザアと降る雨。ゴロゴロと轟く雷。幻想の音もしばしば。メルラン姉さんの笑顔はキラキラと。ルナサ姉さんの笑顔はサラサラと。太陽の光の音と月の光の音。胸の、心臓の音がドキドキと鳴る。それが私の音。何もかもがてんでバラバラの音を鳴らす世界。けれど、なぜかそんな世界が私の心をウキウキとさせてくれる。私を包む全てがワクワクとさせてくれる。

 その瞬間、

 ステージの向こう、客席からザワザワと熱気の籠った音が聞こえてきて、そして



「――コール! ――ンコール! アンコール!!」



 ――掛け声が鳴り響き始めた。

 いぶかしがるように目を細めつつ苦笑するルナサ姉さんの横でメルラン姉さんは「うえー?」と困ったように感嘆の声を漏らした。

「なによー……。誰もアンコールを望んでいないところに飛び出していくのがおもしろかったのに、空気の読めないオーディエンスねぇー」

 まったくもってとんでもないことを言い出す姉である。
 ポリポリと頬を掻いてそっぽを向くメルラン姉さん。
 でも、本当は嬉しがってるのは見え見えで、

「……メルラン。照れ隠しだというのがバレバレよ」
「えぇ!?」

 ルナサ姉さんに堂々と指摘される始末。こういう意表を突かれた時のメルラン姉さんの態度は、結構カワイイのだ。
 さて。

「で、ルナサ姉さん? 実際問題アンコールにいけそうなの?」

 ルナサ姉さんの目を見、質問する。
 現実問題、雨の勢いは非常に強い。控えめに言ってザァザァ降りである。
 ルナサ姉さんが楽器を弾くには、あまりにも厳しいコンディションであることは確実だ。

「……心配はいらない。十分いけるわ」
「うそ。本当はもうとっくに限界なんでしょう?」
「……そうね。いつものような演奏をできるかと聞かれれば、答えは確かにノーよ。けれど、アンコールに答えられない程にガタがきているわけじゃない。それに」
「それに?」

 ルナサ姉さんは豪雨の中で静かに笑った。

「私だって、アンコールの曲を弾きたい」

 明らかに体力と精神力を消耗させたその顔は、けれどなぜだか眩しくて、私は反論をする気が微塵も起きなかった。
 フッと、思わず笑う。
 ドォン! と何処かに落ちた雷の音を無視して、

「それなら、仕方ないよね」

 なんて、私は軽く答えた。
 アンコールの声は依然強く鳴り響いている。期待の声。聴衆の望み。うん。熱いね。
 私達は誰からともなく、手を出し、そして、重ねた。
 雨に打たれる三つの手のなんと熱気に満ちたことか。
 三者が三様の笑みを浮かべて、手に力を込め、

「行こう!」
「行くわよ!」
「行っちゃおう!」

 そして霊力を爆発させた。





 降りしきる雨粒をブチ破りながら天空へと突撃し、

 そして勢いよく舞台へと着地。





 アンコールのステージ。
 一斉に湧き起こる拍手の音。熱狂を音としたような叫び声。
 そんなオーディエンスに目を向け、

「――えっ?」

 私は驚きの声を上げた。



 目の前に存在する数多の観客の全員が、ずぶ濡れになっていた。



「貴方達、遅いわよ! アンコールをかけられたらさっさと出てきなさいよ!」

 なんて叫び声を上げたのはムラサ。
 けれど、私達はいまいち状況が把握できていなくて、MC担当のメルラン姉さんだって言葉を紡げずにいる。
 アンコールの呼びかけをしている間に、いったい何が起こったんだ?

「……白蓮。これは?」

 真っ先に落ち着きを取り戻したルナサ姉さんが先程まで結界を張り続けていた聖白蓮に問う。
 豪雨に髪を濡らすも柔和な笑顔を絶やさぬ僧侶はそっと目を開いた。

「皆さまからのご要望により防雨の結界は取り払わさせて頂きました」
「……いったい、なぜ?」
「それはまぁ、別段深い事情があるわけでもないんだけれど」
「ぇ、ムラサ?」

 スルリと白蓮の前に立ったムラサが言の葉を紡いだ。
 その顔には自慢げな表情。……なぜだか分からないけど、なんか癪だ。

「私達としては貴方達のアンコールを聴きたい。けど、雨がこんなに酷いからアンコールを希望するのも忍びない。でも聴きたい。とまぁ、そんな状況だったわけで」
「うん」
「結果、アンコールをかけることになったんだけど、……貴方達だけこの豪雨の下に立たせるのも申し訳ないじゃない? だからいっそ、演奏してもらう側の私達も同じ立場に立つべきだってことで意見が纏まって、後はご覧の通りね」
「ちょ、ちょっとムラサ!」

 私は慌てて声を上げる。「後はご覧の通りね」じゃないだろ。なんだこの酷い状況。お客さん達全員が今はもう私達三姉妹とおなじくらいビショビショじゃないか。こんなの、はいそうですかと見過ごせるものか。

「なによ、リリカ」
「私達は別にこんなことは望んでないわよ! そもそも、雨に濡れて演奏するってのもコッチのワガママなだけなんだし!」
「グダグダと五月蠅いわね、もう」
「う、五月蠅いって――!」
「あのねぇリリカ?」

 ムラサは翡翠の様な深緑の瞳に光を宿し、キッとこちらを見た。
 それでも、どこか自慢げな、楽しんでいる様な雰囲気は纏ったままで。両手を腰にあてる。
 そして大きく息を吸い、



「私達は貴方達と一緒に雨を浴びたいのよ!」



 なんて言って、
 そしてニンマリと笑った。
 ……バカだ。本物のバカだ。無茶苦茶過ぎる。
 けれど、そんなムラサの言葉を皮切りに観客からは同意の声や応援の声が次から次へと飛ばされてきて、会場はそれはもう大熱狂状態で、それはきっと雨の勢いなんかを凌駕しているもので。
 誰にも、止められないもので。
 そして再び客席の奥の方から湧き起こるアンコールの叫び声。
 それは次第に客席全土に広まっていき、遂には会場が強大なアンコールを求める声に包まれる。
 いつの間にか私は笑っていた。
 それを見て、ムラサもまた自信有り気に笑う。……あのドヤ顔、ムカつくなぁ。まったく。まったく。もう。
 天より雨、地からは熱。そんな会場で、私はただ、笑った。
 なんだかおかしくて、楽しくて、幸せな気分で、
 もうどうしようもなかった。

「――皆ってば、本当に狂ってるわねぇ!!」

 ステージ前部にてメルラン姉さんが勢いよく叫ぶ。満面の笑みを浮かべて、大咆哮をする。
 その大声を浴びてオーディエンスは更に歓声とアンコールの声を大きくした。
 ホントもう、こいつら、どれだけ体力があるんだか。
 マジでクレイジーだよ。まったく。

「まぁでも、私達の方がもっともっと狂ってるわけなんだけれどー!!」

 メルラン姉さん、テンションがハイになり過ぎて自分でも言ってる意味が分かってないんじゃないだろうか。
 けれどそんな無粋なツッコミをする輩なんている筈もなく、会場は更なる歓声に包まれるだけだった。メルラン姉さんのテンションに劣らず、観客達のテンションも相当におかしいことは明白だ。ドラムをブッ叩けば轟音が鳴り響くことのように当たり前だ。だから私はドラムを激しく叩いた。俄然勢いを強くするオーディエンス。全く以って狂ってやがる。
 瞬間、ルナサ姉さんがギュンギュンに歪みをかけたギターを掻き鳴らした。
 その音に殊更に歓声が沸く。それを見てルナサ姉さんが作ったのはニッコリとしたとても綺麗な笑顔。
 どうやらルナサ姉さんも完全にスイッチが入っているらしい。

「リリカ! アンコールの曲のMCはあなたがやりなさい!」

 唐突過ぎるシャウトがメルラン姉さんの口から放たれた。
 いきなり投げ渡されたトークの主導権。そのスローイングを見て聴衆達はやっぱり盛り上がる。ムラサなんか無意味に「ひゅーひゅー!」とはやし立ててきやがった。本当にクレイジーなヤツらめ。

 けれど、
 言っちゃあアレだけど、
 胸の内に燃え立つ炎の温度が一番狂ってるのって、
 観客の誰でもなくルナサ姉さんでもなくメルラン姉さんでもなくて――

「しょうがないわね! 喋ればいいんでしょ! 喋れば!」

 ――私なんだよね。

「とりあえず、アンコールありがと! ってか、皆本当に狂っちゃってるよね。おかしいよね」

 笑い声が上がる。アホ面を晒す人妖が勢いをつけて「イエーイ!!」なんて叫ぶ。雨水をゴクゴク飲んでる者なんかもいたりする。ひっでぇ状況だ。
 気を遣うのもアホらしくなるってものでしょう。

「って言っても、皆が叫ばなくてもアンコールを弾きに出てくるつもりだったんだけどね! どうしても弾きたい曲があったからさ!」

「おぉー!」と、オーディエンスがどよめく。そしてようやくアンコールという叫び声は収束していった。それでも叫び声はまだまだ鳴り響いてるわけなんだけれど。

「濡れたいから結界を消した? あっそ! 好きにすればいいわ! 私達の傍若無人っぷりには、決して届かないでしょうからね!!」

 そう。
 結局はそういうこと。
 エゴイストだらけの世の中で、どれだけ自分の好きなことをやれるか。どれだけ突っ走ることができるか。
 どれだけ、活きることができるか。
 気兼ねし、空気を読むことが美徳とされるこの社会の中で、どれだけ好き放題に生きることができるか。
 その為の衝動を、

「私達は、演りたい曲を、演る!!」

 ――どこまでブッ放すことができるか!

「それじゃあ! 正真正銘最後の曲! ラストヴォヤージュ! 行くわよ!」

 鳴り止まぬ叫び声をそのままに、私は大声を張り上げた。そんな声は熱狂の渦の中に飲み込まれていき、そして炎に水素ガスをブチ込んだかのように、辺り一帯は爆発した。
 ルナサ姉さんを見て、そしてメルラン姉さんを見る。
 ふたりはコクリと頷いた。
 そして私は右腕を挙げ人差し指を天に伸ばし、

 ムラサに向けて、不敵な笑顔を一つ放った。





 さぁ、





 演ろうか!!










「――――『キャプテン・ムラサ』ッ!!」










「うえぇ!?」というムラサの叫び声と「うおお!!」という聴衆の歓声が発生するのは全くの同時だった。

 そして、そんな声を切り裂くように、



 トランペットの高音は放たれた。



 その音に連なるは歪みの効いたギターと張りのあるドラムの硬い音。
 豪雨を振り払う様な激しい律動のBPMは160だ。スピードと勢いに溢れた出航の一曲である。それを、雨天に向けて派手に放つ。それは降りかかる幾万幾億の水にも負けないという意思の表明であり、また、単純にアンコールを楽しみたいという私達の本能の表れでもあった。
 強いアタックのイントロ。それに駆け抜けるようなキーボードとエレキベースの音を追加し、私達はいよいよ大海原へと進み出でる。迎える波はオーディエンスの歓声と、そして膨大な量の雨。上等。片っぱしからブッ飛ばしてくれよう。一擲してシンバルを鳴らす。すると歓声は更に大きくなった。その中で、ムラサはいまだに驚き続けていた。

 その顔が見たかったんだよね。

 そして勢い良くパートを移行。
 メルラン姉さんがトランペットを下ろす。

 主旋律を奏でるのは私のキーボード。バッキングにはルナサ姉さんのエレキギター。ノリ良く美麗なメロディーを走らせつつ、どこか闘志を感じさせるアンサンブルを私達は展開する。
 ドラムが刻むのはハイテンポな16ビート。
 流れるように美しいメロディーとロックテイストなハードサウンドを共有するバトルミュージック。
 それが、『キャプテン・ムラサ』。
 村紗水蜜を表す楽曲。

 この曲から受けるイメージは「出航の勢い」だ。
 悩みや重みを抱え、前途が不明だとしても、それでも出発する。そんな勇気と言ってもいいものがこの曲には詰め込まれている。

 私がどうしても演奏したかった曲が、これなのだ。



 不安。存在理由の消失。自我の揺れ。そんなもので消えてしまう霊体の私達。
 だからこそ、根拠も無しに出航するだけの勇気が、悩みなんかも吹き飛ばすだけの勢いが必要とされる。
 それを存分に含んでいるのがこの曲、『キャプテン・ムラサ』である。



 ムラサ。聴こえてる?



 これがあんたの曲なんだ。



 聴こえてるよね。



 メインメロディーを奏でるキーボードにヴァイオリンの音が重なる。
 一層強くなる緊張感。
 エレキギターを宙に浮かせたルナサ姉さんは今はヴァイオリンを手にしていて、
 そして、鋭く息を吐く。
 刹那、チラリとこちらを見る目。
 私は一つ頷き、旋律を奏で、奏でて、――そして音を沈静させ、

 ルナサ姉さんにフレーズをパスした。

 先程私が流した旋律を今はルナサ姉さんがヴァイオリンによって一層麗しく奏でる。
 アップテンポで、それでいて美しさのあるメロディー。それを目一杯表現しきる弦楽器の音色には、心なしかのブレがあった。
 しかしそれ以上に、今は勢いがある。
 不安がることなんて無いんだ。
 そう、念じる。
 そして私はドラムの音を静め、ステージ上にて鳴るヴァイオリンの音を強調させた。
 16ビートが矮小となった会場は、先程まであった激しさから一転、落ち着きを目一杯に含んだ音調に包まれた。ヴァイオリンの旋律。その遥かな響き。荒れ模様の海にて、突如雲間から太陽が見えた時の様な、そんな静寂が、強い緊張の中で奏でられる。
 しかしやはり、その響きは不安定ではあった。
 静かな音調であっても現実には勢い良く雨が降っているのだ。
 静聴を促す演奏をできないのも仕方無いか。
 ドラムの音を復帰させる。
 静寂から再び激動へ。勇ましきヴォヤージュへの高鳴りを、徐々に大きくしていく。
 しっとりとした聴かせる演奏というのは、やはりこのコンディションでは無理だ。
 けれども、ノリの良い、激しい演奏ならば。
 この豪雨の如き、勢いのある演奏ならば。

 そこにメルラン姉さんのトランペットの音が重なった。

 勢いに特化した、衝動的なアンサンブルが会場を揺らす。
 厚みの増した音調が強く鳴り響く雨天にて、熱狂は更に温度を上げた。
 そうして、熱量の上昇が加速し、ギアを上げ、トップスピードに乗ったところで、メルラン姉さんがルナサ姉さんの目をニッコリとした笑顔で見て、

「姉さん! よろしくぅ!」

 叫んだ。
 そして勢い良くトランペットを口から離す。
 ルナサ姉さんは一瞬だけ驚いた顔をした。それもその筈、この曲はメルラン姉さんが独奏をする手はずであったのだから。それがまさか、自分に回ってくるだなんて思ってもいなかっただろう。しかし、

 ルナサ姉さんはすぐさまヴァイオリンの独奏を開始した。

 既に声がかれた者もいるだろうオーディエンスが、そこでまた大声を上げる。
 激しく振るわれる弓から奏でられる旋律はアクティブでカッコ良く、聴く者が盛り上がるのも当然であろう。
 ブレ、そして時折外れる音。それらを置き去りにしながら奏で続けられるヴァイオリン。
 残念ながら、完成度の高い演奏とはとても言えない。
 美麗さとクールさを根底に置いたルナサ姉さんの平生のプレイからは考えられない程に衝動的な独奏である。バックにて弾かれているギターとベースの音も荒々しい。荒々し過ぎる。まるで動物の様だ。外聞を捨て置いてひたすらに疾走を続けるストリングスは全く以ってルナサ姉さんらしくなく、……ハッキリ言ってしまえば、プロらしくない演奏である。



 けれど、私はその姿が、カッコいいと思ってしまっている。



 ダメージを負いながらも紡がれる旋律はそれでも勢いが衰えることはない。
 雨が浴びせられる顔に輝く双眸は覇気を失っていない。
 外層がボロボロになってしまっても、その内にある魂は廃れていない。
 衝動は――決して消えていない。



 ルナサ姉さんの独奏は、そんな意志の具現したもののように見えて。



 シンバルを打ち鳴らす。
 私は一層派手なドラミングを展開し、楽曲の勢いを更に勇猛なものとさせる。

 豪雨が降るという現状をねじ伏せるだけの熱さを。
100ミリの降雨を110デシベルの騒音を以って凌駕するという力を。
 
 存分に込めて。

 目の前に立ちはだかっていた壁を飛び越え、それを背景にする。

 そんな気概を存分に込めて、

 ルナサ姉さんは独奏を1ループ弾き切って、



「――まだ!!」



 そして叫んだ。

 ルナサ姉さんの覇気を目の当たりにした観客は思わず息を呑む。
 放出され続けていた熱気が須臾の間に溜め込まれるような錯覚。

 そうして僅かにできた緊張を合図に、ルナサ姉さんの疾奏は最高潮に達した。

 水しぶきを飛ばしながら踊るは弓。そして美しき絶叫を上げるは弦。振りかざされる腕は疾く放たれる気は強く奏でられる音は鋭くも世界中に音を響かせる程に拡散的でそして騒がしい。獅子が月天に向かって咆哮するかの如き独奏は、降る雨に膝を屈してしまう弱き者が克己することでようやく得ることのできる強さを以ってしてどこまでもどこまでもどこまでも大きな音で鳴り響いた。ヴァイオリンという高貴さのイメージされる楽器からここまで荒々しい音が出るのか、と今更ながらに驚嘆する。これまでもルナサ姉さんが騒々しい音を出す場面はあった。ライブにおいてもそんな場面は百年前から幾度もあった。しかしここまでの猛りを表面化させたことなどはこれまで一度たりとも無かった。これまでのルナサ姉さんの演奏は、例えるならば“舞い”だ。アーティスティックな美しさを目指したそのパフォーマンスは時に優しく円舞を想起させ、時に激しく剣舞を想起させる。だがしかし、これは、ダンスホールなんて全く似つかわしくない、戦の如き振る舞い。激しさの次元が違う。剣舞などではない。剣を用いた、明確な闘争だ。他者からの視線を思慮の外へと追いやった、美麗さの欠片をも捨てた、明らかな戦闘行為なのだ。舞うのではなく、振るう。剣を薙ぎ、突き、降り下ろす。そして勝つ。雨に身を打たせ、吐く息を冷却させ、そして、次なる剣戟へ。止まることの無い剣の疾走はただただ激しく、そして振るわれ、振るわれ、振るわれ、振るわれ、振るわれ、振るわれ、そしてまた異なる剣戟を。戦場を駆け抜ける戦士は決して休むことなく剣を振るい続け、そして奮い続ける魂は休むことなく慟哭を上げ続けていた。

 ヴァイオリニストと戦士はイコールかと言えばそれは断じて否であり、ライブステージと戦場はイコールかと言えばそれもまた否である。

 音楽家とは積み上げた技術と魂を聴衆に向けて、研磨し、調節し、適した形に成してから音楽として表現する者でなければならないというのが私の持論。

 大声で叫ぶだけならば誰だってできる。

 それは、豊かな声量で歌唱することとは全く以って異なる。





 しかし、今のルナサ姉さんの姿は。





 全力で戦うその姿を見て感銘を受けないなんてことがあるだろうか。

 他人の目を無視したその独奏は、だがしかし、ルナサ姉さんという自己の輝きを極限までに表している。

 その証拠に、会場の誰もがルナサ姉さんの姿から目を離せていない。

 衝動を全開とするその姿はそれだけで価値があるということ。

 それだけで意味があるということ。

 それだけで素晴らしいということ。

 論理性も何も無い、ただの感情論なんだけれど、私はそうとしか思えなくて。

 それほどまでにルナサ姉さんの演奏がカッコ良く見えて。





 そしてルナサ姉さんの闘争は終焉へと向かっていく。
 楽章の終わり。ループの区切り。音楽に存在する明確なピリオドへとルナサ姉さんは遂に至ろうとしていた。
 全力疾走の果てに見据えた終着点。煌々と燃え続ける瞳の炎。その衰えることの決してない光を私は、



 正面から受ける。



 高鳴る心臓を抑える気はない。

 バトンを落とす筈もない。

 スピードを落とすわけがない。

 この空気。豪快に降る雨。盛る熱狂。戦場と化したステージ。衝動を出しきることで現れた、勢い。
 意志。
 加速する魂。
 それを込められた光がルナサ姉さんの胸の内にあることを見て、感じ、
 そしてそれが自分の胸の内にもあることを肯定する。



 きっとこんなライブは二度とできない。
 そんな、確信。
 というよりも、それは絶対的な事実と言える。

 初めて雨に屈しなかった今だから。
 初めて雨を肯定した今だから。

 そんな今だからこそ在る、勢い。

 それはきっとどんな宝石よりも貴重で、そして美しいものだろう。



 ソレを心に充填し、そして前を向いて、全力で音楽を演奏する。

 そして、会場にいる皆で最高に楽しむ。



 そんな今日というライブを。










 今という、たった一度きりの特別な演奏を。










「リリカ!」

 ルナサ姉さんの叫び声が響いた。
 呼ばれたのは私の名前で、その目に映るのは私の姿。

「うん!」

 大声で私は叫び返す。
 覚悟なんて、もうとっくにできているのだから。
 そしてルナサ姉さんは弓を走らせ音を響かせヴァイオリンを際立たせ独奏を加速させ加速させ加速させ加速させ――





 ――そして私にパスをした。





 さぁ、ラストヴォヤージュだ。





 私は力一杯に右手を鍵盤に叩きつけて、

「ムラサ!」

 左手でスペルカードをムラサに向けて掲げて、



「戦ろうか!」



 叫んだ。

 驚いた顔をするムラサに攻撃力を完全に排除した光弾を三発放つ。
 慌てて柄杓を回し、それを弾くムラサ。
 その隙に私は上空10メートルの位置へとキーボードと共に飛翔し、右手で難解なフレーズを流し弾きつつスペルカードをヒラヒラと揺らす。聖白蓮がクスクスと笑うのが見えた。一方ムラサは顔を紅潮させながら叫び声を上げている。

「ちょっとリリカ! 何やってるの!」
「やりたいことをやってるだけだよ!」
「あ、貴方ねぇ!」
「っていうか、この状況で闘志が湧かないなんて嘘でしょ! ムラサ、アンタはそんなにも腑抜けなわけ?」
「ハァ!?」
「アンタの曲を演奏して、それで更に私はアンタを誘ってやってんのよ! それを全部ぶっちぎっちゃう程、アンタは残念な幽霊なわけ!?」
「誰が残念よ! 誰が!」
「私はアンタと戦りたいって言ってるのよ! アンタの心は、なんて言ってるのよ!」
「あぁもう意味分かんない!」
「意味なんて分からなくて結構! もう一度聞くわ! アンタの心はなんて言っているの!」

 ザワリザワリと会場がざわめく。豪雨の中で密度が増していく期待の念。それはグツグツと煮えたぎった鍋に似ているかもしれない。
 最後にド派手なパフォーマンスを一発。それは誰もが望んでいる事だった。私だけじゃなく、ルナサ姉さんもメルラン姉さんも望んでいる事はその笑顔からも明らかだし観客達も望んでいる事はその笑顔から明らかだった。
 ただひとりだけ笑っていないのが村紗水蜜。
 けれど、そんな彼女がその実客席にいる誰よりも心を震わせていることは私の目にはバレバレで。

「ムラサ! 空気読め! 皆、アンタを待ってるんだよ!」

 だから私は叫ぶ。
 右手だけで演奏をしながら。左手でスペルカードを掲げながら。

「アンタの衝動を、皆が待ち侘びているんだよ!」

 ムラサは周囲にいる命蓮寺の仲間達を見た。その誰も彼もが、色は違えど笑っていた。そして、声を掛けることはしなかった。これは、ムラサの問題だから。ムラサだけが扱える事態だから。ムラサの戦いだから。

 ムラサはそんな彼女達の笑顔を見て、胸に手を置き、
 そっと、静かに、心を締めた。

「……等だよ」

 そして雨に打ち消されるような小さな声で、ポツリと。

「え、なんか言った?」

 わざとらしく私は聞き返す。
 そして、



「上等だって言ったのよ!!」



 ムラサの咆哮が響き渡った。

「わお。良いシャウトができるんじゃん?」
「そういう嘗めた口を利いていられるのも、これまでよ!」

 そしてグンと空へと飛ぶ。
 これまで見下ろしていたその顔が、今は少し見上げる位置にある。
 ドラムの音を派手に鳴らす。
 眼下からは姉さんたちの演奏とオーディエンスからの歓声が更に大きく放たれていた。

「どう、ムラサ。ウダウダ悩むよりも、ガッと勢いで飛び出した方が楽しいでしょう?」
「悪いけれど、今のアタシはアンタの精神論を聞くだけの心の余裕は無いのよね」
「おー。一人称が私からアタシに変わってるー。二人称が貴方からアンタに変わってるー」
「黙れ」

 そしてムラサはゆるりとした動きで右手を差し出し、
 一枚のスペルカードを輝かせた。

「行くわよ!」
「カモン!」

 その刹那、私はカードを宙に投げ、そして左手も演奏に参入させた。
 高鳴るトランペット。激しく刻まれるギター。高速で打たれ続けるドラム。熱さを極限まで込めた歓声。間断なく降り続ける雨。そこに、私のキーボードは更に音を厚くして。
 そしてアンサンブルをいっそう騒々しくさせ――

「浸水!「船底のヴィーナス」!!」
「鍵霊!「ベーゼンドルファー神奏」!!」

 ――弾幕は遂に展開された。

 もちろん眼下には一般人も多くいる。弾に殺傷力を込めないことは私もムラサも織り込み済み。一発一発は枕投げ程度の威力だ。
 ただ、攻撃力に回す分の霊力を浮かせた結果、弾の数は尋常ではなく多くなっている。

「リリカ! アタシが、真の降水というものを教えてあげるわ!」

 眼前を覆う、ムラサの柄杓から放たれた光輝く水弾の群れ。それが雨に混ざって幾重にも押し寄せてくる。
 いや、群れなんてものではない。これは、津波だ。三次元に放たれた膨大な津波だ。
 隙間なんてほとんど無く、仮に避けることができたとしてもその先には更なる水弾が待ち受ける。
 被弾すれば負け、というルールのスペルカード戦において、この弾幕は非常にハイレベルなものだろう。
 平生の私なら自らの弾幕で弾を相殺させつつもギリギリで避けられず敗北する、といった結果となるだろうか。
 平生の私なら。

「降水なんて、私達のライブを彩る舞台背景でしかないのよ、ムラサ!」

 キーボードにロードしたベーゼンドルファーの高い響きを私は十本の指をフルに走らせて甚だしく放ち、幾百という音の粒を展開させて、そして音速の如きスピードで以って迫り来る水弾の全てを撃ち崩した。
 勢いを前面に押し出しつつも美麗なメロディーが形作る弾幕は雨中をスルリと抜けて進み、そしてムラサの元まで肉迫する。
 霊力を放ち、右後方の空間へと体を捌くムラサ。
 そこに追い打ちをかけるように、両の手で16分音符の嵐を発生させる。
 だがしかし音が弾幕を形成した瞬間ムラサの柄杓より水を打ち掛けられ、弾幕の九割は弾け飛んでしまった。

「やるじゃん、ムラサ!」
「嘗めた口を!」

 メルラン姉さんが派手にオブリガードを吹き鳴らす。それに合わせ、私も音数を増やして演奏を豪奢とし、バトルミュージックのプレッシャーを強いものとさせる。
 16分音符の連鎖に時折32分音符のトリルを挟み、しかし伴奏として一音一音を強めたパッセージを響かせる。
 強く。速く。美しく。
 そうして放たれた弾幕は、凄まじい高密度を持ち、それでいて麗しく、

「く、ぁああ!」

 ムラサを追い込むには十分過ぎるものだった。
 しかし、

「この程度で!」

 音の粒がムラサを捉えようとした瞬間、スルリと体を右斜め前方に滑らせて、そしてそのままジグザグと弾幕の中を進んでいき、遂には全速の演奏から生じた弾幕を回避しきった。
 上手く対処したものだ。
 刹那、柄杓の中に霊力が集中し、水が溜まって光を放ち、
 そうして私に向かって突進してきて――

「――ヤバっ!?」

 十本の指を鍵盤に叩きつけながら私は上空へと飛び跳ね、
 一秒前まで私が演奏していた位置をムラサが駆け抜ける。
 交差する視線は一瞬。

「喰らえ!」
「っとぉ!」

 そして水が柄杓からブチ撒けられるのと音がキーボードから放出されるのはまったくの同時であった。
 ぶつかり合う水弾と音弾。
 相殺しきれず水弾の幾つかが私へと向かってくる。それを回避し、そして鍵盤を弾く。勇ましいアドリブ。響く音は鳴り止まない。

「よく避けたわね。今のはどこぞの幻想郷最速をも被弾させた攻撃パターンなんだけれど」
「生憎、今日の私は無敵なんでね」
「ふん、調子が良いのは自分だけだとは思わないことね!」

 そして再度こちらへと猛進してくるムラサ。
 すれ違う一瞬に振るわれる光り輝く水をムーンサルトの要領で再び回避する。そして鍵盤を叩く。しかし生まれた音の粒はムラサに見事に避けられた。続けざまに左手を走らせ、右手で三連符をトリッキーに鳴らすも、それすらも回避される。そこで意表を突いて高音を多用した緊張感の強い独奏を放つも、それは掠らせることもできなかった。

 ……バリエーションに富んだ音のラッシュも今のムラサには通じない、か。

 自然と、口元が笑みを形作る。





 霊体という、スピリチュアルなものによって構成されている私達は、その時の精神状態によって持つ力が大きく異なる。

「存在理由が見つからない」だなんて後ろ向きの考えをしていれば、その内に本当に力が弱まっていって、そして消滅してしまうような、そんな存在。

 ならば、その逆は?

 力が強まっているとはどういうことか。

 前向きな精神を有しているとは、どういうことか。





 答えは目の前にある。





「ねぇムラサ!」

 私は叫ぶ。

「あぁ? なによ!」

 ムラサが叫び返す。

「楽しいねー!」

 勢いだけで口を動かす私から発せられたのはそんな言葉で。

「あー?」

 素っ頓狂な声を上げたムラサは、ブンブンと柄杓で大量の水を撒きながらも、その顔には苦笑を浮かべていて、
 そして、クスクスと笑って、

「まぁ、その問いには一応“イエス”と答えておいてあげるわよ!」

 なんて叫んで、そして勢い強く柄杓を振るった。

「捻くれた返事ですこと!」

 叫び、そして私は鍵盤を叩く。
 左手はコードに従った音を奏でながらも右手は自由に。躍動する弾幕戦を表現する為の自由なインプロビゼーションを大音量にして超速で響かせる。
 その独奏から生まれた弾幕と、幾度にも撒かれた水弾がぶつかり合い、そして雨の中に溶け込んでいく。
 その向こうでムラサが笑顔で舌打ちするのが見えた。





 あぁ、楽しい。





 水の粒と音の粒がシンクロして世界に降っていく。





 それが本当に、楽しい。





 雨の帳の向こうでムラサが柄杓を振ろうとしているのがやけにゆっくりと見えた。
 雨の一粒一粒が降下していく様子がやけにゆっくりと見えた。
 聴衆の腕を振るう動きがやけにゆっくりと見えた。





 そして私は奏でる。





 左手が抑える鍵盤はあくまで和音。奇をてらったことなどせず、コードに順応した音を鳴らす。それに対比させるように右手は難解なフレーズを走らせ、音を暴れさせ、けれどもあくまで雑多なものとはさせず、“キャプテン・ムラサ”に相応しい闘志を明瞭としたメロディーを奏でる。音数は多いけれど、決して発狂する程の旋律ではない。『少女綺想曲 ~ Dream Battle』や『プレインエイジア』なんかに比べれば緩やかなものとすら言える。しかし、そこにあるのは緩やかさではなく美しさ。威風堂々とした、出航を照らす光の様な、そんな美麗な雰囲気。それを、暴れんばかりの激しさで走る右手で以って表現する。
 勢いと美しさの両立。
 同時に発生させることが困難な二つの属性を、私は一音も外すことなく、完璧に奏で上げる。
 十本の指が踊り白鍵と黒鍵が弾かれ、そして音を成す。
 生じた音は当たり前のように弾幕を成す。
 そして、生まれた弾幕は、

 その完璧な演奏の成した弾幕は――












 ムラサ。

 アンタがグダグダとした悩みをふっ切ってくれて何よりだよ。

 心から私達のライブを楽しんでくれたようで、本当に嬉しいよ。

 ただ、まぁ、アレだ。










 今日のライブを一番楽しんでるのって、私なんだよね。












 ――弾幕は、高位魔法陣の如き三次元幾何学的模様の芸術を形成した。



 数多の弾が整合性を崩さずに、美しく、それでいて勢いよく展開されていき、



 迫る危機に気付いたムラサは手早く柄杓を振るうも水弾が相殺することができた弾幕はほんの一部だけで、



 水の一切は音の海に飲み込まれて、



 そして、





 避けることができず、ムラサは音を正面から浴びた。





 勢いだけで始まった弾幕ごっこの決着に、オーディエンスは降りしきる豪雨もいとわずに私達を仰いで、そして盛大な拍手をしてくれた。
 地面から放たれる強大な熱気を受けながらムラサは困ったように笑って頬をポリポリと掻く。
 それを見て、
 そしてムラサに背を向け、

 私はステージに向かって一直線に飛んだ。

 一秒と経過せず、本来のポジションに戻り、キーボードを設置する。
 ルナサ姉さんもメルラン姉さんもそれぞれの色で笑ってくれている。
 もちろん私だって笑っている。



 独奏は終わり、合奏へと。



 再び響く主旋律。奏者は私。
 即興演奏から譜面の演奏に戻ったことを察した聴衆達は、そこで再び拍手を鳴らした。
 それを受け、私は一層勇ましくメインメロディーを弾く。
 ベーゼンドルファーを読み込んだキーボードから鳴る音は響きが良く、会場を綺麗な音が満たす。しかし、やはりそのフレーズは激しい。バトルミュージックなのだから。高貴な音を以ってして、聴く者に与える印象は勇ましき航行。勢いと美しさの両立。それを私は笑いながら奏で上げる。今の自分にできないことなんて何も無いと、本心から思えた。
 バックで刻まれるギターの低音とキーボードの高音によるコントラストを、思うがままに響かせて。
 そこにヴァイオリンの音も入ってきて。
 アンコールはいよいよ佳境へ。
 ミスの一つも無く神鍵を弾き続ける私は、視線をルナサ姉さんへとやると、当然のように自信を含んだ頷きを返された。自然と笑みが零れた。

 そしてルナサ姉さんにパートを渡す。

 ベーゼンドルファーの響きに比べるとそのヴァイオリンの激奏ぶりは一層明らかだった。大海原を切り拓いていくような鋭さを持った弦の高い音。それはやはり剣戟に近いように思えて仕方がない。ただただ、勢いが強く、それ以外の音楽要素を気にさせない。ギターとベースの音が更に荒れ狂う。聴く者は圧倒されるしかなかった。それ程までに圧巻の演奏だった。

 前半と同じように、私はドラムの音を落ち着かせ、ヴァイオリンの音を強調させる。

 ほぼヴァイオリンの独奏状態となった会場。

 そこに響く音の、なんと慟哭に満ちたことか。

 喜びも苦しみも炎も水も一緒くたに投げ込まれたような複雑な音がその場にいる全ての者の心を振るわせる。

 今日という一日の全ての感情を詰め込んだ音。

 今のルナサ姉さんの全てを込めた音。

 誰もがその音に聴き惚れていた。

 私は静かにドラムの音を戻す。
 同様に、ルナサ姉さんは静かにギターの音を戻す。
 ルナサ姉さんの最後の独奏は幕を閉じ、
 そして、後に残るは私達三姉妹だからこそのアンサンブル。
 合図も何も無しに、私達は互いに視線を通わせた。
 そしてやっぱり、笑った。
 ドラムが刻むのは16ビート。その中でルナサ姉さんは自由にヴァイオリンを奏で、そして荒々しくギターを弾く。私が鍵盤で以って奏でる副旋律もそれにつられて激しい響きになった。そうしてステージ上の音はとことん派手なものとなっていき、そこにトランペットの音が参入する。主旋律を奏でるヴァイオリンをカバーするようにハーモニーを響かせるトランペットの音もやっぱり激しい。騒霊たる私達はもう自重する気なんて微塵も無かった。
 際限無く派手になってしまったステージ。それを前にしたオーディエンスも際限無く盛り上がって、大声を上げるばかりで。

 そしてパートは移行し、

 メルラン姉さんのトランペットの音が世界の全てを震わせた。

 高い響きの管楽器による主旋律が鳴り渡り、それに負けじと私は鍵盤を叩き、ルナサ姉さんは弦を引っ掻く。
『キャプテン・ムラサ』という楽曲のメインフレーズを、豪雨にシンクロさせるが如き豪快さで、私達は奏でる。
 豪雨を放つ雲を吹き飛ばすように演奏する。
 そんなステージ。
 誰もが笑っていた。
 皆が派手に笑っていた。
 雨も笑っているんじゃないかと思って、私は更に笑った。
 よくよく見なくてもムラサのヤツも笑っていた。
 その笑顔を見て私は更に音を大きくした。
 ルナサ姉さんもメルラン姉さんも音を大きくした。
 そしてメインフレーズを鳴らし、
 鳴らし、
 そして、







 最後に全員で大きな音を鳴らした。







 終演。







 残響と雨の降る音だけの世界。







 でもそれはほんの一瞬のことで。










 世界は、瞬く間に大歓声に包まれた。










 何に意識を向けるわけでもなく、それを見る。







 広がる世界。







 展開される音。







 世界を満たす、音。










 残響がして。





 大歓声が響き。





 雨の音が鳴って。










 そして、





 皆の、私の、










 心の躍る音が聴こえた。










 ザワリ、ザワリ。と、





 熱と、満足と、高揚を内包した、心の動く音が、










 そんな、幻想の音が、










 確かに聴こえていた。















 世界が音で満ちる。















 自然の音で。非自然音で。大気の音で。幻想の音で。皆の音で。私の音で。





 世界が、満ちる。















 その一分の隙も無く音の存在する世界で。














 私は唐突に理解した。















 なぜ、私は幻想の音を聴くのが好きなのか。



 その理由。















 それは、この境地に至りたかったから、だ。















 全てが音に満ちた、そんな、最高に騒がしい世界に至りたかったから。















 それが、理由で、答えで、















 そして、















 ゴールなんだと、















 理解した。















 理解してしまった。















 この、最高に騒がしい、最高に幸せな一瞬と出会う為に私は生きてきたんだ、と。















 この世界に辿り着くことができたのならもう満足だ、と。















 もう成仏してしまっても良い、と。















 存在する理由が無くなってしまった、と。















 心から、納得してしまった。















 それほどまでに満たされていた。















 それはつまり、騒霊たる私が消えてしまうことに他ならない。















 音楽を追い求めることで存在することのできていた私の、あまりに明確なピリオドだ。















 存在する意義を全うしてしまった霊が、この世に残っていられる道理なんて無い。















 走って、走って、走って、走って、走って、走って――、そうして辿り着いたゴールがここなんだ。















 もう走ることなんてしなくても――















 ――いや、

 消えてしまう前に、私は、



 私には










「――リリカ!!」



 ルナサ姉さんの呼び声を受けて意識を現実へと向ける。
 私が放心していた時間はどれ程だったのだろうか。身体はまだ熱い。きっと、一分も経っていないと思う。豪雨は相変わらずだし観客の歓声だって相変わらずだ。残響は流石に消えているが。

「……リリカ。大丈夫なの? 今日のリリカ、少し、変よ?」

 心配した声を掛けてくれるルナサ姉さんに向かって私は、大丈夫だよ、と一言。そして明るい笑顔を作る。
 こうすれば、素直で騙されやすいルナサ姉さんのこと、強くは言ってこない筈だ。

「……それなら、いいんだけれど」

 ほらね。
 訝しがるようにこっちを見る目。それに対して、私は殊更に笑顔を作る。これ以上深く追求してくることはないだろう。
 まぁ、追求されたところで、もうどうしようもないんだけれど。
 けれど、そのせいでこの居心地の良い熱気が冷えてしまうのは勘弁だ。





 私にはまだ、やり残したことがある。





 演り残した曲がある。










 消えてしまう前に絶対に演奏したい曲が、一つだけ、ある。










 ルナサ姉さんの前を、私はスタスタと通り過ぎ、
 そうして、ステージの前へと歩を進め、
 メルラン姉さんの横をも通り過ぎて、そしてステージの最前部に立って、

「『キャプテン・ムラサ』を演奏する前に、私はそれが正真正銘最後の曲だと言ったわね」

 言葉を紡ぐ。

「ごめん。あれ、嘘」

 会場に広がったのは朗らかな動揺。
 どよめきが生じるも、そこには失望や落胆といったツマラナイ感情は見当たらない。
 目視できるのは、熱。
 今日、散々放出し続けられたオーディエンスの熱が、しかし今の彼らからは未だ感じられて。
 私はフッと笑った。

「もう一曲、演っちゃっていいかな!」

 私の放った声に、聴衆は歓声を以って答えてくれた。
 そして再び生じたアンコールの大合唱。
 湧き起こるクレイジーな熱量。
 素敵なバカ達だ。体力も精神力も、流石にもう吹っ切れている筈だろうに。笑いが止まらない。

 このバカ達がいてくれたからこそ、私はここまで来ることができたんだろうな。

 クルリと振り返り、アンコールの波動に背を向けて、顔を上げる。
 そこにあったのは笑顔。
 ルナサ姉さんもメルラン姉さんも私を咎めることなどせず、にこやかに笑っていた。

「いいでしょ?」

 私の問いかけに、ふたりともが頷く。

「もちろん! っていうか、今日の記念すべき日に演奏しない筈がないしね!」

 隣にいたメルラン姉さんが私の帽子を剥ぎ取り、そして髪をクシャクシャに撫でながら言った。テンション爆超の、勢いまかせの言葉だ。けれど純然たる本心から出たであろうその言葉に、私は心地の良さを感じた。

「……今日はかなり凄い出来だったけれど、やはり粗があったライブだと言われても仕方無い演奏だった。ならば、最後くらいは、完璧な演奏をしないといけないと、私は思う」

 長いセリフを言ったルナサ姉さんは、そして静謐に笑い、だがしかし眼に黄金の炎を揺らめかせていた。やはりルナサ姉さんは、今日のライブが満点だったとは思っていないのだろう。演り足りないと思っているのだろう。発せられるオーラが、ただただ熱い。

 キーボードの位置まで歩いて戻り、振り向く。

 決して消えることのないアンコールの波。聴衆はさながら嵐の大海原の如く躍動していた。誰もが、最後の一曲を求め、叫んでいる。
 今から演奏する曲は何か。
 そんなこと、もう皆分かっているんだ。





 私達が一番演奏し慣れている曲。





 雨が降ろうが、結界が張られようが、関係無しに弾きこなすことのできる曲。





 私達の、最高で、最好の曲。










 そして、









 私の、私達の















 最後の曲だ。















「それじゃあ、いくよ――!!」





 私の掛け声を合図に、アンコールの声は途端に鳴り止み、

 そして、皆が、大きく息を吸って、



 その曲の名前を叫んだ。


















「――――――『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』ッ!!!」


















 そして私は鍵盤上にて指を踊らせる。

 ゆっくりと流れ出すキーボードの音が雨に溶け込んでいき、そして聴衆の心にも浸透していく。
 万感の想いを込めて奏でるイントロ。
 最後の演奏の始まり。
 悲しくないと言えば嘘になる。事実、指に込めている力はいつも以上に大きい。

 アップテンポなドラムを鳴らし始める。

 そう。悲しくないなんてことはない。
 けど、
 私はそれ以上に、
 この最後の演奏を楽しみたいと、心の奥底から思っているんだ。
 その気持ちが悲哀の念を完全に超越してしまっているんだ。

 イントロに、ヴァイオリンとベースの音が参入する。

 響く音は途端に厚みを増した。
 メインフレーズの演奏はルナサ姉さんに任せ、私は伴奏とドラミングに集中する。
 奏でられる弦楽器の音にはブレも粗も少しだって存在していない。
 いつも通りの完璧さを誇る響きに、今は絶妙な熱量を加味し、思わずため息を吐きたくなるような演奏を見せるルナサ姉さん。豪雨による減退は見られない。真に非の打ちどころの無い弾奏だ。不安を感じる隙だって全く見当たらない。
 最後の演奏を楽しみたいという気持ちを陰らせる要素が、少しも無い。
 障害なんて何も無い。
 目の前に広がっているのは伸びやかな世界で、
 私達はそこに向かって、ただ音を放つだけ。
 その他のことに思考を割く必要なんてこれっぽっちも無いんだ。

 4拍のブレイク、

「いくわよ――!!」

 刹那、メルラン姉さんの咆哮が放たれて、



 そしてトランペットの音が世界をブチ抜いた。



 サビのメロディーがとびっきりにハイな管楽器の音によって紡がれる。
 それと同時に勢いをブーストさせたヴァイオリン。放たれる4連符。合わせてオーディエンスが手拍子を四つ鳴らす。
 一体となった会場にて響き続ける合奏のテンションは最高でそれを受ける観客のテンションも最高だ。
 ほんの少しだけ切なさを感じさせるイントロから一足飛びに至るハイテンションのサビ。
 その大跳躍に、盛り上がらない者なんていない。
 嗄れた喉を奮い立たせて叫ぶオーディエンスの声が、豪雨の音を彼方へと追いやる。

 けど、――まだだ。
 まだ、足りない。
 この狂った会場にいる皆なら、もっともっと騒がしい音を出せる筈なんだ。



「皆、もっと、もっと! 盛り上がれぇええええええええ!!」



 叫び、私はシンバルを叩いてドラミングを激しくする。
 その0.01秒後、トランペットの音は雷の如く強大になり、ヴァイオリンの音は竜巻の如く暴れ出した。
 そしてその1秒後に、観客の皆は更なる歓声を上げた。
 主旋律を吹くメルラン姉さんと副旋律を弾くルナサ姉さんが、互いの目を見て、凄みのある笑みを作り、各々の音を一層クレイジーなものにさせる。ぶつかり合う互いの音。それはまるで音を用いての姉妹喧嘩のよう。どちらがより騒がしくなれるかの競い合いとしか見えない。合奏の調和なんてまるで考えていないだろうその演奏が、しかし会場の温度を更に上げていく。

 各自のベストの騒音を奏で、ぶつけ合うことで生まれる調和。
 姦しさを限界まで表現することで生まれる高位置のバランス。

 それらを最大の特徴とするこの曲。

『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』。

 それが騒霊たる私達プリズムリバーの最高の楽曲なんだ。

 だから、もっと、もっと、
 もっともっと騒がしさが欲しい。
 もっともっと、クレイジーな騒音が欲しい。
 もっともっと、狂った世界が欲しい。

 もっと、もっと――



「――神弦「ストラディヴァリウス」ッ!」
「冥管!「ゴーストクリフォード」!!!」



 瞬間、宣言されたスペルカードは二つ。

 そしてサビは終わり、
 パートは独奏へと移行して、

 ルナサ姉さんとメルラン姉さんの両名が全くの同時に空へと浮上し、独奏を放ち始めた。

 そして展開される弾幕。
 ルナサ姉さんが空中で高速のターンをしながら弓を素早く奔らせて百余りの音弾を発射するもそれは仁王立ちをしたメルラン姉さんによる大音量の吹奏から派生した強力な音波によって吹き飛ばされた。

 歓声が聴衆から上がり、騒々しさの限界値が更に一段階上昇した。
 雨中にて弾幕が輝きながら方々に飛んでいくも、ヴァイオリンとトランペットの独奏には一分の隙も存在せず、エモーショナルかつ完璧な音が放たれている。
 先程私が繰り広げたスペルカード戦の音調を丁度二倍にしたかのような音。それが、天にて奏でられ続けている。
 打ち合せも何もしていない筈なのにふたりの演奏には不協和音など一切発生せず、むしろ互いが互いの音をカバーし合う様な演奏をしていた。



 競い合いながらも互いの演奏を昇華しあう天才と楽聖。
 そのスペクタクルを目の前にして、会場は盛り上がらない筈がなかった。
 繰り広げられる芸術的なバトルに観客は血を湧かせ肉を躍らせる。
 その様子はもう、暴動だ。
 理性を粉々にブチ壊して感情のみで自己を支えて叫ぶ獣の群れ。



「いいねぇ。祭りの締めってのは、やっぱりこう、パァっといかないとね!」



 ――歓声が湧き続ける中で、幼くも覇気を存分に込められた叫び声が聞こえた。



「ってなわけで、私もいっちょ暴れちゃうよ?」



 声の主は伊吹萃香。
 誰よりも宴を愛する鬼が、観客の中からフワリと浮かびあがり、そして右腕をグルグルと回していた。
 その勇姿を見た人妖が拍手なり口笛を間断無く送り続ける。
 清々しいまでのクレイジーさだ。

「さぁ、誰か私の相手をしてくれる者はいないか!」

 スペルカードを頭上に掲げて大声を出す鬼に声援は一際強くなる。
 そして我先にと手を挙げる妖怪達。
 彼らが伊吹萃香の力を知らない筈がない。しかしそれでも名乗り出るというのは、やはりこの会場の狂った環境による作用が大きいのだろう。誰もがエネルギーを放ちたくて仕方ないのだ。

「……ったくもう」

 そこに熱を込められた溜息が一つ。
 招待席にて発せられたそれに目を向けると、炎が立ち上がっていた。

「おい伊吹ぃ! 無茶なことを言い出すのはやめろよな! この場でアンタと互角に遊べるのは、私か天狗連中くらいだろ?」

 そう言って炎の翼を纏って宙に浮いたのは藤原さんだった。
 それを見て、途端に笑い出す小鬼。

「くく、あっはははは! いいね! 妹紅! アンタと遊べるなんて、最高じゃないのさ!」
「まったくだ! 良い時代になったもんだねぇ!」

 私の位置からは藤原さんの顔は見えないんだけれど、でもなぜか、藤原さんは笑っているような気がした。
 遊べることを、心から喜んでいるような気がしたんだ。

「いくよ!」
「かかってきな!」

 そうしてふたりは爆炎を纏いながら天空へと駆け昇っていった。

「こ、これはとんでもない場面に居合わせてしまいました! 萃香さんと妹紅さんの決闘だなんて!」

 そんな二人を見てテンションをマックスにしているのは取材席に座っていた文だ。

「こうしてはいられません! こんな大ニュースをファインダーに収めなければ、記者失格というものです!」
「確かに、そうね」

 そこに聞こえたもう一つの声。
 ギギギ、と、錆びた機械のような動きで声のした方に文が顔を向けると、
 そこには、とっても良い笑顔の姫海棠さんがいた。

「は、はたて? まさかとは思うけど、この一大スクープを前にして邪魔をしてくれちゃったりなんて、しないわよね?」
「あはは、しっかりしてよね、文」

 そう言って取材席から宙にフワリと浮く姫海棠さん。
 周囲に少しずつ風が集約されていき、二つ縛りにされた長い髪がヒラヒラと舞う。
 そうして一際強い風が吹いたその瞬間、

「私は、あんたのスポイラーなのよ! 邪魔をするのなんて、当たり前じゃない!」

 堂々と言い放った。

「――――っ! はたてぇ! あんた、本当にウザいわね!」
「そう? そこはまだまだ文には敵わないポイントだと思うけれど」
「黙りなさい! あぁもう時間が惜しい! 十秒で吹き飛ばしてくれる!」
「ハッ! やれるものならやってみなさい!!」

 そしてふたりの天狗はソニックブームを残して瞬時に天空へと飛んでいった。
 視線を空へと向ける。
 と、そこでようやく気付いた。
 天から降り注ぐ煌びやかな星の魔法と鮮やかに展開される七色の魔法。
 直情型の魔女と頭脳派の魔女の決戦。
 ……アリスのヤツ、いつの間に来ていたのやら。
 冷徹なように見えて、その実優しい心根を持つ彼女のことだ。水着の世話をしたルナサ姉さんを心配して来たか、それとも父との確執を持つ魔理沙を心配して来たのか。……両方かもしれない。
 ただ、魔理沙とアリスの性質は水と油ほどに異なる。一緒にいれば反発しあうのは当然のことだ。
 それが、こんなクレイジーな場なら尚更だろう。
 あのふたりが戦わないことの方がありえない。
 まぁどうせ魔理沙のヤツが勢いで喧嘩を吹っ掛けただけだろうけれど。



 そんな連中に感化されたのか、他の客の多くも好き放題に暴れている。
 弾幕で遊ぶ者。それを野次る者。ただただ喚く者。人妖それぞれ、素晴らしく狂しくなっている。
 もう誰も雨なんて気に掛けていなかった。
 上空で演奏をし続けているルナサ姉さんもメルラン姉さんも絶好調の真っ只中。
 少し前まで雨の対処に苦心していたことなんて記憶の片隅からも消えてしまいそうな、そんな盛り上がりだ。

 雨が降っていようが、私達はやりたい放題に暴れることができる。

 最高の結論じゃないか。

 雨雲め、ざまーみろ。

 そうして私が雨天に向けてクラッシュシンバルの音を放とうとしたその時、



「――開海!「モーゼの奇跡」ッ!!」



 雲海が割れた。



「どうやらフィナーレには間に合ったようですね!」



 頭上から聞こえるハイテンションな声。
 まったく、今は雨の中でライブを完遂させる空気だったというのに、好き放題にやってくれる。けれどその常識に囚われないぶっ飛んだ行為に、会場は殊更に沸いたわけで。
 美味しいところを持って行きやがるじゃん。ねぇ、

「早苗!」

 私の呼びかけに、夕の空を背にした現人神は満面の笑みで手を振った。
 雨が消えた天に在るのは茜と藍を混ぜ合わせた空と、その中にあってやけに輝く上弦の月。
 そして、豪雨に打たれて混沌とし続けていた会場は一瞬で夕日と月光が交差して煌めく美麗な空間へと様変わりした。

「やっぱりフィナーレはキラキラしていないと、ですよ! リリカさんっ!」

 大盛り上がりしたライブの最たる終盤に現れて、それでも全く後れを取らないその姿勢は流石であった。
 そうして星の形状をした弾幕をばら撒き出す現人神。
 会場の彩りは更に激しくなった。





 目にも耳にも五月蠅いこの大騒動。





 それが本当に気持ち良い。





 最高の気分だ。





 フィナーレに相応しいと、心から思える。





 各所で生じている喧騒。
 体力の限界を超えて騒がれる宴。

 その中でようやく終演を迎えたのはルナサ姉さんとメルラン姉さんであった。

 だがしかし、どちらが勝ったようでも負けたようでもない。互角の戦いゆえの時間切れ、といったところだろう。
 ふたりは笑顔で、スルリと空からステージに着地する。

「リリカ!!」

 メルラン姉さんが明るく叫んだ。

「最後は、貴方に任せるわ」

 ルナサ姉さんが凛と言葉を紡いだ。

「……ありがとう」

 私は深く礼をした。



 ……ちょっと。

 ねぇ、私。

 なに泣きそうになってるのよ。

 これが最後のソロになるというのに。
 だから、笑わなければいけないというのに。

 騒いで、楽しんで、暴れて。

 そうじゃないと、いけないのに。

 なのに、どうして視界が滲む!

 どうして、ここで、急に、涙が出るんだ!



「――――ッ!!」



 私は声を嗄らしながら翔んだ。

 至った場所はステージ最前部、上空10メートル。

 見渡す会場は際限無く熱く、騒々しい。誰もが躍動している。

 なのに、

 その中で、

 私だけが、

 動けない。

 身体が重い。指が、動かせない。思考が纏まらない。

 こんなのって、ない。

 さっきまであんなに調子が良かったじゃん。

 それが、もう、こんなにガタがきてるの?

 もう消えるしかないっていうの?

 そんなの、酷過ぎる。

 ねぇ神様。いるんだったら聞いてよ。まだ、あともうちょっと、私は生きていたいんだ。

 音楽を奏でていたいんだ。

 皆と、騒いでいたいんだよ。

 存在理由が無くなったからすぐ消えるだなんて、殺生にも程があるでしょう。

 確かに私は不安定で、生きてる方が不思議な存在だよ。そんなのとっくの昔から知ってるよ。

 でもだからってこれはないよ。

 ねぇ、神様――





「リリカ! 呆けてるんじゃないの! 頑張りなさい!!」





 声が聞こえた。

 意識を現実に戻せば、
 そこにいたのはムラサで、



「ちょっと、聞こえてないの!? が! ん! ば! れぇえええええええ!!」

 なんだかものっすごくブサイクな顔で私に声援を送ってくれていた。

「そうですよ、リリカさん! 私が来た途端に失速するだなんて許しませんからね! 鞭を打ってでも頑張って下さい!!」

 ムラサの大声を確認して、追随するように自らも声を張る早苗。
 そんな両者の熱は、当たり前のように狂ったオーディエンスに伝導していって。

「そうだ、リリカ! なにやってんだ! 頑張りやがれ!」
「宴が終わるにはまだ早いだろ、三女よぉ!!」
「こっちはもうとっくに点いちまってるんだ! もっと熱くさせてくれよ!」
「頑張れぇええええ! リリカぁあああああああああ!!」
「この流れなら言える! リリカは俺の妹!」
「はぁ!? ふざけんな! リリカちゃんは俺の妹だっつーの!!」
「お前達そこに並べ。頭突きしてやる。それはそうと、頑張れよ、リリカ!」
「おいこらリリカぁ! そんなんだからお前は姉達に比べてアレなんだよ!」
「頑張れぇええええええええええええ!! と、雲山も言っています!」
「リリカさぁああああああああああああああん!!! 頑張って下さぁあああああああああああいッッ!!!」
「ちょ、聖っ。貴方の本気のシャウトは色々と危ないですからやめてください! それはそうと、リリカさーん! 頑張ってくださーい!」
「リぃいいリぃいいカぁあああああああああああ!!! 頑張れぇええええええええええええええええええええええっっ!!!」
「お、おぉ。彼が音に聞くリリカファンクラブの会長か。白蓮殿に匹敵する声量を放つとは、凄いな」
「霧雨様も叫んでみられてはいかがですか? 気持ち良いですよ? リリカさん、ぶっ放しちゃって下さい!!」
「むぅ、阿礼乙女がそこまで言うのであれば……。し、しっかり! リリカ・プリズムリバー!」

 誰も彼もが大声を上げてくれた。

 いったい誰が何を言っているのか、全然分からない程に騒音まみれの会場だけれど、でも、皆が私の演奏を待っていてくれていることはしっかりと伝わって。

 気付けば、身体は熱で溢れ、

 指は自由に動くようになっていた。

 まったく。なんなんだよ、どいつもこいつも、ひとを応援するキャラじゃないだろうに。なのに、随分と声を張ってくれちゃって。

 これじゃあ、力が入らないわけないじゃん。

 ねぇ神様、やっぱさっきのは無しで。

 あなたの手を煩わせることはありません。

 だって、私の目に前には、私に力をくれるオーディエンスがこんなにもいるんだから。

 さて、

 そんなわけで、

 そろそろ、



「最後の演奏と、いこうか!」



 私が声を出すや否や、声援や野次を飛ばしまくっていた聴衆は皆、一様に歓声を上げた。



「みんなぁ――」



 そして私は両腕を高く掲げて、



「――――騒げッ!!!」



 勢い良く鍵盤に叩きつけた。



 そして会場は、最後の喧騒に包まれた。

 左手で伴奏を行うと同時に右手を縦横無尽に疾走させる。爽快感と迫力の両方を兼ね合わせたキーボードの鳴動に、聴く者は誰もが心を躍らせ、そして再びその身を翻す。白鍵と黒鍵によるアップテンポなメロディーに合わせて会場上空に展開される幾千幾万の弾幕の光。それは、花火もかくやという程の美しさを以って夕の空を駆け抜けていく。沸き上がる歓声。拍手や口笛。弾のぶつかり合う際のエネルギーの相殺音。視認できるかの如く密度の高い覇気。それらが、会場のそこいらで躍っている。高揚する気分を止めるつもりの者など誰ひとりとしていない。右手の舞踏を更に激しくする。解き放たれていく16分音符に後押しをされて、絶賛爆発中の会場のボルテージは更にエネルギーを強大とさせた。そして加速していく喧騒。32分音符をしたたかに打ち鳴らす。高速で突撃する火の鳥が強大化した鬼の拳に打ち落とされ、その様子を疾風の如き速さで飛び回る文がファインダーに収めていく。巻き起こった火炎と衝撃波が客席に襲いかかろうとした瞬間、宝塔からの光がそれらを打ち消し、それでも撃ち漏らした攻撃を聖白蓮が巻き物を伸ばして打ち払う。天には現人神が成した星の形の弾幕が幾重にも光り輝き、その更に上空をマスタースパークが奔って七色の弾幕を一瞬で飲み込む。ムラサはといえばなぜか鵺にドロップキックを放っており、それを見ていた鼠は、やれやれ、といった様子で首を振り、そして尻尾をピョコピョコと踊らせていた。その横で霧雨のご当主が阿求をジャイアントスイングをしており慧音に頭突かれる五秒前。限界点を超え、それゆえに徐々に収束していくバトル及びパニック。その他の騒いで暴れて弾幕を張っていたヤツらも少しずつケリが着いていっているようだった。

 クライマックス。

 一度に叩く鍵盤の量を増やし荘厳な響きを強める。雷のような破壊力で、嵐のような律動で、私はキーボードを奏でる。スピードを落とさず、けれど音の力を強く、心を揺らすように熱く、魂を燃やすように厳かに! 自分のこれまで得てきた全てを込めて、私は音を放つ!

 気付けば、ルナサ姉さんとメルラン姉さんが私の左右にて浮遊していた。

 流石。完璧なタイミングだ。

 強く派手にコントロールした音調と盛り上がりを落とさないレベルのビートを維持した律動。ただ技巧に走るだけではなく、この会場の空気に合った音楽を、精一杯の意気で奏でる。
 会場に、観客に、世界に共鳴するような音楽。私が辿り着いた答え。
 それを一瞬たりとも油断せずに、
 奏でて、
 奏でて、

 奏でて、

 奏でて!



 ――奏で切って!



「――ラストォッ!」



 そして瞬時に合奏へと戻る!

 三姉妹の音を全て交響させての『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』のサビ。
 一拍のズレも無く参入するルナサ姉さんとメルラン姉さんの勢いは当然の如く激しく、私の力一杯の独奏に劣ることなんてちっとも無く、激流の勢いをそのままに楽曲はアンサンブルへと回帰した。
 私達の独奏中に暴れていたヤツらも、今はもう弾幕なんて放っておらず、大地に立ちながら、または宙に浮きながら、皆が皆好きなように踊って、そして歓声を上げてくれている。
 爆発によって生まれた炎はそのままに。
 最高のメロディーが最高のテンションで奏でられ続ける。
 世界が騒々しさで満ちる。

 これが、本当に最後の、私達三姉妹の合奏だ。

 私が参加できる最後のアンサンブルだ。

 これを最後に、プリズムリバー三姉妹のライブは永遠になくなってしまうんだ。



 ――だからどうした、って話だ。



 そんなことはどうだっていい。

 今はこの最高のライブを全力で楽しむだけ。

 それ以外のことなんて考えなくても良いに決まってる。

 皆で騒げれば、それで良いんだ。



 そしてルナサ姉さんとメルラン姉さんは最後の乱痴気を放つ。
 競い合うように暴れ狂うヴァイオリンとトランペット。それを飲みこまんとする大歓声。
 極大の騒音。
 そこに私が、とどめを刺すようにキーボードの音を乗せる。
 合わせてドラムを激しく乱舞させる。
 世界が音に包まれる。
 静寂なんてどこにも見当たらない程に音に満ちた世界が広がる。
 私達の奏でる大合奏。聴衆から放たれる大声援。ここにいる全ての者の胸の鼓動。夕日の差す世界に輝く幻想の音達。
 それらの全てが共鳴して、音が溢れる。

 そんな世界で、誰も彼もがバカみたいに笑っている。

 もちろん私だって笑ってる。

 最高に楽しいんだから、笑うしかないじゃん。

 会場に合騒が溢れる。
 あらゆる騒音が放たれ、合わさり、広がっていく。
 トランペットが、ヴァイオリンが、そしてキーボードが音を鳴らす。
 最後の合奏を全力で響かせる。
 疑うまでもなく過去に例を見ない程の出来だった。
 本当にとんでもなく良い演奏だった。
 奇跡っていう言葉がぴったりだった。



 良い、騒霊ライフだった。



 そして、ルナサ姉さんとメルラン姉さんが高い音を最後に一発響かせ、

 サビの演奏を終了とし、

 アウトロへ。

 トランペットもヴァイオリンもベースもドラムの音すらも消えた世界で、

 私のキーボードだけが音を鳴らす。

 一音一音を確かめるように、ゆっくりと奏でる。

 聴衆の歓声が途端に静まる。

 その中で私はゆっくりと、鍵盤に指を落とす。

 夕日は西の山の向こうに消え、空の茜色はもうすぐに藍色に飲み込まれようとしていて、

 その中で、月が眩しいほどまでに輝き、

 光が降り注ぐ中で、

 私は静かにキーボードに指を沿わせ、

 音をそっと消失させていって、

 そして最後に、

 ポロン、と軽く鳴らして、

 演奏を終わりとした。










 オーディエンスから世界が割れんばかりの拍手と大歓声が放たれた。










 その音を正面に受けながら私達は宙からステージ上へとゆっくりと下降していき、

 ルナサ姉さんとメルラン姉さんが軽やかに着地して、

 私はひとり、ステージに倒れ伏した。



「……リリカ?」



 私の様子に気付いたルナサ姉さんが呟いて、



「リリカッ!!!」



 そして、叫び声を上げてこちらに駆け寄ってくる。



「リリカ!? リリカッ!!」



 それを見たメルラン姉さんも、必死な声を上げながら飛んで来た。

 異変に気付いた観客達が途端にザワつきだす。

 あぁ、でも、ダメだ。身体が動かないから、連中がどんな顔をしてるのか、全然分からないや。

 まぁ、別にいいんだけど。

 さっきまで存分に楽しそうな顔を見せてくれていたからね。

 うん。

 最後に見た情景としては、最高中の最高でしょ。



「――リリカッ!!!」



 ルナサ姉さんが身体を起こしてくれて、メルラン姉さんが呼びかけをしてくれる。

 けどもう私からは触覚は消え失せてるし、――あぁ、目も見えなくなってきた。



「――ッ!! ――ッ!?」



 ダメだ。耳ももう使えないや。

 遂に、消えちゃうんだ。

 でも、私は幸せだったじゃん?

 レイラからこの世に生を受けて、

 好きに生きて、好きに演奏して、そして最高の演奏ができて。

 ルナサ姉さんとメルラン姉さんがいてくれて。

 ……。

 うん。

 私は、本当に幸せだ。



「ルナ……姉さ……メル……姉……ん」



 まだ口が、動く。

 あぁ、私は、本当に、



「大……好き……」



 幸せだった。


















































 ♪♪♪♪



「――――ぅぇ?」





 目を開ければそこには天井があった。

 年季の入った木造の部屋。
 カーテン越しに差す朝の光。
 長年慣れ親しんできた家具の匂い。
 いつも通りのベッドの柔らかさ。

「……え?」

 身体を起こす。
 おでこに張り付いていた濡れタオルがペチャリと落ちた。

「え、……あれ?」

 頭が無性に重いのを強引に無視して周囲を見回せば、
 そこは、というか、ここは、
 どう見たって、私の部屋なわけ、で……?

「入るわよリリカ――ってうわぁ!? リリカが起きた! ね、姉さーん!! リリカ起きたわよー!!」

 ノックも無しに部屋に入ってきたメルラン姉さんがいきなり叫びだした。

 な、なんなの?

 これは一体全体どういうこと?
 私はさっきまでライブを演っていて、それが大成功して、そして長年の望みが成就して、……消えた、筈だよね?
 それがなんで私、普通に自室にいるわけ?

「メルラン、そんな大きな声を出さないの。……おはよう、リリカ。具合はどう?」

 落ち着いた所作でルナサ姉さんは部屋へと入ってきて、そして心配そうな目で私を見ながら問うてきた。
 具合はどう? と言われても……、そんなこと、私もなにがなんだか分からないんだけど……。
 具合もなにも私は確かに消えてしまっていた筈で、そもそも霊体が無くなってしまっている筈で、その、だから、えーと?

「る、ルナサ姉さん?」

 あ、喋れる。

「なに?」
「えと……、この状況、なに? 私はどうしちゃったの?」
「あぁ、うん。分かった。説明する。だからとりあえず、横になっていなさい」

 そう言ってルナサ姉さんは私の身体をそっとベッドに倒し、落ちていたタオルを洗面器に張られていた水につけてキュウっと絞り、そして私のおでこに乗せてくれた。ちべたい。

「……ライブの最後に『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』を演奏したのは、覚えてる?」
「うん。それは覚えてるよ」

 良かった。「あの最高の出来のライブは夢の中での出来事でした」なんていうお寒い状況ではないらしい。

「それで、演奏終了後にリリカは倒れたの。風邪で」
「あぁ、それも覚えて――、え? 風邪?」

 いやいやルナサ姉さん、それは違うって。
 私が倒れた理由は騒霊としての存在理由の消失及び願望の成就によるものだ。
 決して風邪なんていう軽いものが原因なわけではない。

「……そう。風邪ね。酷い高熱だったわ。けれど、倒れた貴方を文が特急で永遠亭に運んでくれて、そして八意先生も素早く処置をしてくれたらしくてね。会場の撤収を終えて私達が永遠亭に着いた時にはもう、貴方の体調は大分回復していたわ。後は寝ていれば回復するでしょうって先生も言っていた」

 いや、だから、風邪じゃなくて、

「そうして貴方は今までずっと眠っていた、というわけ。さっき熱を計ったら37度6分だったから、まだまだ安静にしてないといけないわよ?」

 いやだから、風邪じゃなくて――!



「私って、消えたんじゃないの!?」



 勢い良く上半身を起こして私は言う。
 そうして見据えたふたりの姉の顔には見事なクエスチョンマークが、浮かんでいて……。
 ちょ、ちょっと。なによふたりともその顔は。
 私、なにか変な事言ってる?

「……リリカ、何を言ってるの?」

 冷静な目で問うてきたルナサ姉さん。
 私を騙すわけでも茶化すわけでもなく、ひとえに私の容体を理解しようとすることに集中している、といった様子だ。

「その、だから……、私はライブ中に音に満たされた世界に遂に到達して、で、それは私の存在する目的であったわけだし実際私も満足しちゃったから、私は消えちゃう筈でしょ?」

 ……。
 ねぇ、ちょっと。
 なによその残念な生き物を見る様な目は。

「……どうしようメルラン。もう一度八意先生に診てもらうべきかな」
「そうねぇ、ただのパニック症状なら良いんだけど、念には念を――」
「いや、違うから! 脳がおかしくなってるわけじゃないから!」

 このふたり、マジだ。マジで私の言っていることが理解できていない。そしてマジで私の頭を心配していやがる。
 ちくしょう。なんだってんだ。
 ふたりだって分かっていない筈がないだろうに。
 騒霊である私達は、きっかけ一つで簡単に揺らいでしまう存在であるということを。
 他人から見れば些細である精神的なきっかけでも、存在が消え失せてしまう事態に繋がってしまうことを。

「……ちょ、ちょっとリリカ、なんで泣いてるの? 本当に大丈夫?」

 うっさいなもう。泣いてなんてないし。
 なに本気で戸惑ってんのよ。
 一緒にあのステージに立ってたんだから分かるでしょう?
 あのライブは騒霊冥利に尽きた筈でしょう?
 なのに、なんでふたりともいつも通りで、私の方がおかしい感じになってるの?
 なんで私の言うことを分かってくれないのよう。
 あぁもう、なんかすっごい鼻水出てくるんだけど。

「分かったから、ほら、リリカ、泣かないで?」

 だから泣いてなんていないって言ってるでしょう!

「私は、たぶんだけど、リリカの気持ちは分かるわ。私もそういうテンションになったことがあったもの」
「……、ぅえ?」

 そう言ってメルラン姉さんは目を瞑り、しみじみと喋り出した。

「なんて言うか、良い出来のライブをやると“ここまで良い演奏ができたのならもう思い残すことは無い! 消えちゃっても良い!”って、心から思えちゃうのよね。私も昔、盛り上がったライブができた時はそんなことを本気で考えたわねぇ」

 ほんのりと頬を朱に染めている。照れているのだろうか。

「実際、あの高揚感は凄かったなぁ。騒霊たる私を昇天させるには十分なインパクトだった。うん。今でも、そう思える」

 そう言って、軽く笑った。
 横ではルナサ姉さんが、何かに納得をしたように静かな表情で頷いている。
 そして口を開く。

「……なるほど。その気持ちは分かるよ。自分の世界観がガラッと変わってしまう瞬間は私も経験したことがある」
「ふぅん? 姉さんはそういう時期が無いタイプだと思ってたけれど」
「そんなことは、ない。私だってまがりなりにもアーティストなのだからそういう時もある」
「あらら、意外ねぇ」
「……だから、私もリリカの気持ちは分かるつもり」

 ルナサ姉さんもメルラン姉さんも私と同じ経験をした?
 なのに、ふたりはもちろん消えてなんていない。
 それはつまり、
 私の考えが行き過ぎていた、ということ?
 あの感覚は只の誇大妄想だったっていうの?
 ……そんなの嘘だ。
 私はあの時、本当に消えようとしていた。この世に居残り続けた霊体が遂に霧散する時が来たのを確信した。それまで自分が追い求めていたものを手にした感触があった。絶対的に満たされていた。音楽を続けてきた私の終着点は、確かにあの場所だった。私はゴールテープを切った筈なんだ。消えてしまう筈だったんだ!
 その感覚が全て只の勘違いに過ぎなかったなんて、絶対に、嘘だ。



「……はっきり言うわ、リリカ。貴方が得たその感覚は只の勘違いよ。私達騒霊は確かに不安定な存在だけれど、目的の成就だけで消えるようなことはない」



 ルナサ姉さんの声が残響した。
 目の奥が熱くなり、視界がぼやける。頭が重い。世界を視認できない。何が起きたのかも分からない。
 その中で心だけが氷柱に貫かれたように冷えていた。
 呼吸が上手くできなかった。





「……けれどリリカ。その勘違いは、とても大切なものよ」





 え?

 凛とした声に、私は目を擦って、そして顔を傾ける。
 滲んだ世界の中に優しい笑顔が見えた。

「……全力の果てに見えた世界。そこから得た、自分の存在を揺るがす程の衝撃。本気で霊体の消失を自覚した程のそれ。他者から見れば、それは只の笑い話になってしまうかもしれない。けれどそれは貴方にとってはとても大切な経験。これからも生きていく上で宝物と言っても良い程の、大切な経験。それを得ることができたことは誇って良いと私は思う」

 真理を説く様に、ルナサ姉さんは粛々と、されど饒舌に喋る。

「でも、リリカ、覚えておいて。それでは私達は消えないの。それは、これから生きていく上で大切なものなの」

 ベッドに腰掛け、そして私の手を握る。
 涼やかな体温が伝播して、私の中の熱が少しずつ収束していった。
 思いがけず目から雫が零れた。

「……昨日のライブは確かに貴方に大きな衝撃をもたらしたのだけれど、でもそれでも、あれは只のライブでしかない。雨中での初めてのライブという状況ではあったけれど、でも、それだけなの。私達がこれまでも、そしてこれからも行っていく数多のライブの内の一つ。決してラストライブなんかじゃない。貴方は、消えない」

 そして、私の目を真っ直ぐ見ながらルナサ姉さんは、

「貴方はこれからもずっと、私達と一緒に音を奏でるのよ」

 言った。

 部屋の中に静寂が満ちる。
 ルナサ姉さんはそれきり黙り、メルラン姉さんも口を開こうとしない。時折、窓の向こうから小鳥のさえずりが聞こえるだけのその空間は、不思議と居心地が悪くはなかった。ぼやけた視界に輪郭が戻っていく。そうして、世界が元の形に戻っていく。カーテンを通して差す光を見て今が朝であることを思い出した。一度、息を吸った。仄かに感じる夏の雨上がりの空気。もしかしたら昨晩はずっと雨が降っていたのかもしれない。けれど今日はきっと良い天気になるだろう。太陽の光が強い。文月の二十一。天気は晴れ。私は、生きている。



 生きている。



 まだ、音を奏でることができる。



 また、音を奏でることができる。



「ふふ、ようやく雨が上がったようねぇ」

 そう言ってメルラン姉さんはカーテンを開けた。
 直射日光が差しこみ、部屋は一気に明るくなった。
 外では、水滴が日光を反射してキラキラと輝いている。
 心地の良い幻想の音。
 自然と心が朗らかになった。

 正直に言えば、未だに困惑はしている。
 私はあのステージの上で消える筈だった。その確信は今でも胸の中に十分な質量を有して存在している。
 今ここで私が生きている理由が本気で分からない。

「リリカ、今日はとりあえずゆっくり休んでなさい。ムラサや白蓮は心底から貴方の身を案じていた。早く元気になって彼女達を安心させてあげましょう」
「っていうか昨日の連中の内の大勢が今日お見舞いに来るってことを言ってたわ。今の内に寝ておかないと、まともに休める時間が無くなっちゃうわよー」
「……まったく、困った連中だこと」
「本当にねぇ」

 けれど、私の目は確かに笑い合うふたりの姉の姿を映している。
 ふたりの声を確かに聞いている。
 私は確かに、ここにいる。

 軽く意識を集中させると、いつもの通りにキーボードを召喚することができた。

 ベッドの上に浮かぶそれに指を落とすと、ポロン、と音が鳴る。
 私はまた音楽を奏でることができる。
 その事実は、どうしたって、嬉しい。

「……どうしたの、リリカ?」

 柔らかな声で問いかけてきたルナサ姉さん。
 対して私は左手で軽く鍵盤を踊らせてメロディーを奏でる。
 跳ねるように紡がれていく音達が部屋を満たしていき、その中でメルラン姉さんがクスクスと笑っていた。
 うん。やっぱり楽しいや。

「ねぇ、ルナサ姉さん、メルラン姉さん」

 指を止め、
 ふたりの目を見て、
 私は言う。

「なんか一曲、演ろうよ」

 待ってました、と言わんばかりにニッコリと笑ったメルラン姉さん。一方、ルナサ姉さんは頭を抑えて呆れた表情をしている。

「……リリカ。貴方は、風邪を引いているのよ」
「知ってるよ?」
「なら、無茶はよしなさい」
「何言ってるのよルナサ姉さん。私が音を鳴らさないというのは魚が水中を泳がないのと同義。風邪なんかよりもよっぽど苦しいわ」
「……まったく」
「姉さんったらもう、そんな固いこと言わなくてもいいじゃないの。ねぇ、リリカ?」

 トランペットを片手に持ったメルラン姉さんがこちらにウィンクをする。

「本当よ。ルナサ姉さん、私達は騒霊なのよ? だったら――」

 メルラン姉さんの顔を見て頷き、そのままルナサ姉さんの顔に視線を向けて、
 そして、目一杯の笑顔で



「――鳴らしたい時に鳴らし、歌いたい時に歌う。それだけでしょう」



 私は言った。
 言う前にもう、ルナサ姉さんは諦めた顔をしていた。
 それはそうだろう。この程度のことをルナサ姉さんが分かっていない筈がない。
 そして、笑う。

「……仕方ないわね。一曲だけよ?」

 そう言ってルナサ姉さんはヴァイオリンを召喚する。

「曲の希望はなにかあるの?」
「んじゃあ、『紅楼 ~ Eastern Dream…』でどう?」
「いいじゃなーい。あ、ソロ回しは私からでよろしく!」
「リリカ、テンポは120でいきましょう」
「りょーかい。メルラン姉さん、走らないでよー?」
「分かってるわよもうっ」

 全員が楽器を掲げて、笑う。
 そう。これが私達、騒霊三姉妹、プリズムリバー楽団なんだ。
 そして、三つの視線が一瞬で交差し、

 まったく同時のタイミングで奏でられ始められる『紅楼 ~ Eastern Dream…』。

 静かな夏の朝に、ミディアムテンポの音楽が鳴り響いた。



 私達は不安定な存在だ。
 小さな情動一つで霧散してしまうような、そんなちっぽけな存在だ。
 けれどまだ生きている。
 今も音を奏でている。
 それはなぜか。
 残念ながらその理由は分からない。
 けれど、昨日のような魂を揺さぶる演奏を、
 そうして至る音に満たされた世界を、
 何度も何度も、何度だって繰り返していけば、その答えに辿り着けるのではないか、と。
 根拠も何にも無いけれど、私は心からそう思った。
 特別な演奏をこれから先もずっと続けていって、
 そしてその先に辿り着いた場所でこそ、
 自分がどのような存在なのかを理解できる。
 そんな気がしたんだ。

 まぁ、この想いも他人から見れば勘違いだと思われるかもしれないけれどさ。

 窓の外に目を向ける。
 草木に輝く水滴はまるで宝石のようで、世界を煌びやかに彩っていた。
 その輝きの強さは夏の太陽があってこそだろう。
 雨雲の過ぎ去った今日はきっと暑い一日になる筈だ。
 小鳥の元気な歌声が聞こえた。
 見上げればそこには抜けるような青い空。
 そして、

 一筋の虹が在った。

 光が雨というプリズムを通過することによって生じる芸術。
 たったの何分間かで消え失せてしまうであろう不安定な存在。
 そんな虹が、あまりに綺麗で、綺麗過ぎて、



 私は思いっきり笑った。



「――リリカっ」

 ルナサ姉さんが声を上げる。
『紅楼 ~ Eastern Dream…』の独奏はいよいよ私の番。
 昨日のライブを経験して力を得た、新生リリカ・プリズムリバーの初めてのソロだ。

「うんっ!」

 笑顔のまま、大袈裟なまでに力を込めて頷く。
 そして、込めた力を両の手へと伝播し、十本の指に意識を巡らせて、

「――いっくよー!!」

 私は疾走を開始した。


 
 ご読了、お疲れさまでした。

 一つのライブを書ききってみたい! というアレな衝動がある日突然生じまして、その勢いのままに書いたものが今作であります。
 ライブシーンを文字だけで表現するということはかなりハードルの高いものでした。そもそも僕には音楽の知識なんて雀の涙程しかありません。なので、言葉足らずな箇所どころか間違った書き方をしている箇所すらもあることも考えられます。
 ですので、おかしなところを見つけられた方は忌憚なく指摘をして頂ければ嬉しいです。

 それでは、ここまでお付き合いをして頂き、本当にありがとうございました


 2010年7月28日 追記

 誤字修正を行いました。ご指摘をして下さった山の賢者様、ありがとうございました。
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コメント



0.1930簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
演奏の様子に丁寧な説明がなされているにもかかわらず、曲ごとにきちんと個性が出ていて良かった。描写の内容によって文の密度を変えたりしている辺り、
まるでライブ全体が一つの曲の様だった。
早苗やアリスの登場など、普通なら唐突過ぎて萎えることもあるようなシーンにきちんと伏線が張ってあり、感心し、驚いた。

なんか自分で読み返しても妙に上から目線の感想で申し訳ないですが、これが「地」なもので……。

目頭が熱くなりました。
8.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、自分もこういうのやりたいなぁ。

キャラで見事に釣られて、読んでみたら自分好みで一気に読めてしまいました。
いいなぁ。
10.100名前が無い程度の能力削除
ダメだ、持病の「本当にすげえと思った作品には碌なコメントができない病」が。

ただ拍手。素晴らしいライブをありがとうございました。
11.100奇声を発する程度の能力削除
これはマジで凄い!!!読んでる最中何度も鳥肌が立ちまくりました!!!!
ライブの所なんか本当に参加してるような感じで気分が上がりまくりだった…
真面目な話、百点じゃ物足りないぐらいです!!

久しぶりにSSで涙が出てきた…感謝の気持ちで一杯です。
12.100名前が無い程度の能力削除
ライブの熱気が伝わる素晴らしい文章でした。
あとリリカの心情描写が絶妙。
14.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと覘くだけのつもりがいつのまにか最後まで読んでしまいました。
幻想郷に本気で行きたくなるSSでした。
15.100桜田ぴよこ削除
良いライブでした。
プリズムリバーに惜しみない拍手を
16.100名前が無い程度の能力削除
Go!編に至るまでが、ややイマイチ感があったが、ライブが始まってから、そんな感覚がどうでもよくなった
小説というもののセオリーに真っ向から反逆して300kb近くも全力疾走する姿勢に感服せざるをえない
それも、すばらしいクオリティで、とにかく無駄とも思えることに労力と才能をつぎ込みまくるこれは
まるで、マクラーレンホンダで高速道路を300キロオーバーで逆走するかのよう
とてつもなく無謀で無駄としか言えない行為なのだが、それ故にとてつもなく魅力がある
この作品を書いいたことを是非、自慢してもらいたい
17.100名前が無い程度の能力削除
ライブシーンの細やかかつ情熱的な描写に震えました!騒霊三姉妹好きな自分にとって忘れられないSSになりそうです。
途中リリカが本当に満足して消えてしまうのではないかとハラハラしましたが、そんな杞憂を吹き飛ばす三姉妹の絆に、ムラサや早苗ほか魅力的なキャラ達に、そして何より素晴らしいSSを書いて下さった貴方にこの点数を。
18.100名前が無い程度の能力削除
……いいライブだった
19.100名前が無い程度の能力削除
原曲を流しつつ読ませていただきました。
私が東方にハマった原点はまさにこの素晴らしき楽曲達だったのだなあ。
力強いという言葉では表せないほどの強烈なインパクトでした。今日は気持ちが高ぶって眠れそうにありませんw

各曲のソロアドリブ演奏も是非聴いてみたい!!
20.100名前が無い程度の能力削除
会場の熱気が凄く伝わってきて、まるで実際に観客として参加しているかのように感じられました。
読んでいて非常に楽しい気分になれる作品でした。ありがとうございました。
21.100名前が無い程度の能力削除
リリカは俺の妹だ!
25.100名前が無い程度の能力削除
読んでてこんなにハイになるSSは初めてかもしれない。
すごく楽しかったです!
27.100名前を忘れた程度の能力削除
これほど、原曲をBGMに一気読みするのが似合うSSはないかもしれない。
この瞬間、確かに自分はライブ会場にいた。

「ルナサさーん! 結婚してくださーい!!」

・・・あれ、元からいたじゃないか
28.100名前が無い程度の能力削除
凄い!時間を忘れて一気に読ませて頂きました。
ライブの様子がありありと浮かんできて、終始盛り上がってました。
アドリブシーンのメロディを想像しながら読むのも楽しかったです、本当にありがとう!
30.100コチドリ削除
笑い、感動、愛と友情、圧倒的なドライブ感と尋常じゃない熱量、そして音楽!
作品の放つ雰囲気が、最愛の映画『ブルース・ブラザーズ』に凄く近くて涙が出そうになりました。

ショウ・マスト・ゴー・オン
休んでる暇なんかないんだぜ、三姉妹!!
32.100可南削除
【音楽だけが世界語であって、翻訳される必要がない。そこでは魂が魂に話しかける】

とてもとても良い作品でした。ありがとうございました。
34.100名前が無い程度の能力削除
文句なしの100点というかもう言葉になりません…
ただただすばらしいの一言!
36.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい!!
これは100点入れざるを得ませんね!
ルナ姉好きの自分にとってはさらにツボでした。
37.100紳士的ロリコン削除
ありがとうございました。
38.100名前が無い程度の能力削除
カッコよくもあり、素晴らしくもあり、そしてなによりもテンションが引き上げさせられる作品でした。
気分が昂りすぎて、泣きそうになりながらも笑顔がこぼれる、というそんな状態に。
読み終わった今でも、胸の動悸が収まりません。

なんだかもう、色々とぶちのめされました。
40.100名前が無い程度の能力削除
はっきり言ってプリズムリバーや音楽が好きな人じゃないと読むのが大変かもしれません。
しかし、そこを突き抜けてライブ全てを書き上げた作者さんは素晴らしいです。
ネットの海を渡って抱きしめたいくらいです。いや、抱きしめさせてください。

音楽弾幕ぶっ飛びパフォーマンスなんでもありと、まさに幻想郷のライブでした。
自分の書いていたものがあくまで現実の音楽に基づいたものだったと痛感させられました。
41.100山の賢者削除
熱かった、圧倒されました。スクロールしてると途中ところどころに出てくる、何行にも渡って演奏が描写されているところは特に。
T-SQUAREやCASIOPEAのライブを見ているようで動悸不順になるかと思いましたよ。
 
誤字報告
>>具聞持の能力
「求聞持」が正しいかと。
42.100名前が無い程度の能力削除
熱いライヴでしたっ!
43.100名前が無い程度の能力削除
原曲流しながら読ませていただきました
曲の進行と文章の進行がぴったり合ったところは鳥肌ものでした。
今まで何となく聞いていた曲のベース音や副奏の一つ一つに気付かされた、このライブは最高でした!
46.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったの一言です

読む速度と曲の速度が完全に一致したときの昂揚感と言ったらもう
雲ブチ割る早苗さんまじかっこいいです

プリズムリバー万歳っ!
49.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいライブでした
52.100名前が無い程度の能力削除
Go!!に至るまでも楽しめましたが、やはりライブが圧巻でした。
一曲一曲だれること無く読ませて頂き、長さが感じられずに一気に進みました。
ありがとうございました。
55.無評価名前が無い程度の能力削除
演奏者の一人になったような気分で読ませていただきました。
原曲を流しつつ、表現を楽しみつつ。やっぱり音楽は楽しい!
最高のライブをありがとうございました!
56.100名前が無い程度の能力削除
楽しかったので
61.100名前が無い程度の能力削除
すげえ!
Readyから一気に読んでしまった。
曲目通りに原曲流しながら読んでましたが、本当に彼女たちの熱い演奏を聴いている気分になりました。
みんなのテンションも目に浮かぶよう。素晴らしいライブでした。
68.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
72.100名前が無い程度の能力削除
名作って隠れてるもんなんだね