Coolier - 新生・東方創想話

左胸から右手にかけて

2010/07/20 22:46:28
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ああ、暇だなあ。

そんな意味のないことを考えながら右へ左へと首を回す。

少しくらい気が紛れるかと思ったが、ただ目が回って気分が悪くなっただけだった。



「ねえ」

回った目を戻そうと、何を意識する訳でもなく適当に視線を泳がせていると、呼び掛けられた。

声の方に顔を向ける。

左右へ流れる視線を抑えるのはなかなかに大変だ。

私は、どうしたの、と目で答える。

すると、向こうも視線を合わせてくるのだった。

これが以心伝心と言うやつだろうか。

少し嬉しくなる私。

けれど、それはどうやらぬか喜びだったようで……

「ねえ」

再び呼ばれる。

そう、上手くはいかないものだなあ。

そんなことを思いながら返事を返す。

「何?」

「うーん……家に招待してくれたのは凄いありがたいよ。でもね、本当に何にもないんだね」

彼女に言われて改めて自室の家具に目を向ける。

私は家に居ることの殆どないので、部屋にも必要最低限のものしかない。

本もなければ、玩具もない。

我ながら、生活感のなさに驚く程だ。


とまあ、こんな有り様だと事前に伝えていたのだが、彼女は私の言葉を謙遜と捉えていたようだ。

私がそんな器用な真似をするはずがないのに。

自分でも、それはそれでどうかとは思うが……


「やっぱりお茶だとかお菓子だとかは、期待しない方がいいのかな?」


流石に、それくらいは任せておけ、と言いたい。

言いたいだけで口には出せないこの悲しさ。

いつもいる家人が出払っているというだけで、ここまで悲惨なことになるとは思わなかった。

台所に行けばそれなりに用意できるだろうとは思うが……


「そうだね。期待しないでもらえるとありがたいよ」

「……因みにだけど、期待したらどうなるの?」

「んと、家の台所が凄絶な有り様になるだろうね」


そうなるのは私の本位ではない。

ただでさえ迷惑ばかり掛けているのだから、これ以上は流石に気が引ける。

という訳で、念のために


あんたが、期待できないのさ!


と凄んでおいた。

すると、彼女は飛びっきりの笑顔になる。

そして何故か、無言で頭を叩いてきた。

割と痛かった。

そして、その笑顔のまま

ぐちゃぐちゃになった台所、是非見せて欲しいわー!

などと言っていた。





――私はベッドに寝転がりながら鼻歌を奏でる。

音もぐちゃぐちゃで、旋律も音階もあったものではない。

それでも、頭の中で壇上に上がった自分を想像すると、なんだか心が浮き立つ感じがする。

自分を自分の指で指揮を取りながら、当て所なく右へ左へと転がる。

そんな私を、彼女は近くの椅子に座ってテーブルに突っ伏しながら眺めているのだった。



「ねえ」

腕を枕にしながら彼女が呼び掛けてくる。

でも、歌が丁度盛り上がるところだったので、私は彼女の言葉を受け流すことにした。

右へ転がりすぎたのか、端っこに到達してしまった。

壁にぶつけた頭を撫でる。

少し痛みが和らいだ気がしたが、きっと気のせいなのだろう。

彼女はそんな私を見て、友達甲斐のないやつだなあ、と苦笑いしていた。

流石の私も悪い気がしたので、次はちゃんと返事をしようと思った。



私の鼻歌が終わるのを見計らって彼女は、ねえ、と声を掛けてきた。

私は待ってましたとばかりに元気良く、はい、と返事をしてやる。

さっきのお詫びに、挙手まで付けてあげた。

これで文句はないだろう。

「物凄く暇なんだけど」

一々、言われるまでもない。

私も暇だと思っている。

けれども、それをどうしたらいいのか、全く分からないのだ。

「おしゃべりでもする?」

「もう、なんでもいいよ」

苦し紛れに言った言葉に乗ってこられる。

これは困った。

自分で言っておいてなんだが、おしゃべりなんて身構えてするものじゃない。

何を話したものか……

頭を捻ったり絞ったりしてみるが、どうにも思い浮かばない。

机を人差し指で叩きだす彼女。

こんこん、という音が耳につく。

実にやめて欲しい。

なんか、こう、急かされているような気分になるから。

額を人差し指で叩きながら思考を巡らせる。

こういう時は、やはり無難な話題から膨らませるのが良さそうだ。

「とりあえず、スリーサイズに身長、体重に、趣味特技を詳しく聞かせてよ」

「……そうだね。スリーサイズは上から、それ自己、紹介、じゃない」

彼女はこれ見よがしに溜息を放り出す。

人が一生懸命に考えたと言うのに、全くもう……

なんだか悔しがったので、不貞寝でもしてやろうか。

ベッドに倒れ込んで目を閉じる。

まあ当たり前だが、本気で居眠るつもりはないので、薄目を開けておくとしよう。

視界の端に捉えた彼女は腕を枕にしながらこっちを、じっと見つめていた。




――時計の針の進む音が聞こえる。

一体、どれくらいの時が過ぎただろうか?

薄目を開けていようと思ったのだが、そんな中途半端な状態を長い間続けていられる訳もない。

気付いたら完全に閉じていた、なんてことが幾度もあった。

もしかしたら、私が気付いてないだけで、本当に寝てしまったのかも知れない。


気を取り直して、目を薄っすらと開ける。

すると丁度、彼女が足音を隠しながら近付いてくるのが見えた。

私が寝たふりをしてから結構な時間が経っているので、彼女は本当に眠っていると思っているのだろうか。


それにしても凄い顔だ。

彼女は薄目でも十分に分かる程に笑みを浮かべている。

それだけ言えば、何も問題はないように思えるかも知れない。

だが、生憎と彼女の顔は、にこにこ、と言うより、にやにやだった。

推測だが、悪戯でもするつもりなのだろう。

彼女がベッドの脇にまで来る。

どうしようと僅かに逡巡する。


もうしばらく様子を見ようか?

いや、何かされない内に私から仕掛けることしよう。



一気に跳ね起きて彼女の腕を掴む。

そして、そのままベッドへと共に倒れ込んだ。

「……起きてたんだ」

「流石の私でも、人を置いて寝たりはしないって」

若干の嘘は混じっているが、確証はないから無罪だろう。

二人してベッドの上に横たわる。

ただ、それだけ。

暇が潰れる訳でもない。

けれどもだ。

何もすることがなければ、何もしなければいい。

少なくとも私は、暇だ暇だとぼやきながら過ごすことに満足しているのだから。


――ぐるりと一回転する。


服に皺ができるが、既に撚れてしまっていたので、それ程気にはならなかった。

静かな雰囲気。

祭りのように騒がしいのも好きだが、今みたいに穏やかなのも同じくらいに好きだ。



ただ、一つだけどうにも突っ掛かるものがある。

こうやって微睡んでいると、心に浮かんでくる言葉だ。


いつ言われたのかも分からない。

誰に言われたのかも分からない。


いや、きっとわざと忘れてしまったのだろう。

何の確証もないが、そう思えてならなかった。


その言葉は私の深いところに居座っていて、いつでも、意識をしなければ気付かない程度に僅かに心を苛んでいるのだ。


「ねえ」

私は呼び掛ける。

誰かに……彼女に抜いてもらいたかったのかも知れない、この棘を。

「んー、何?」

真剣な私と対照的に眠たそうな声を出す彼女。


和やかな空気を気まずいものに変えてしまうかも知れない。

それは、私としては不本意だ。

だが、私の口は動くのを止めなかった。

きっと私の心の奥。

そう、無意識の内に望んでいたからだろう。



音を紡ぐ。



――私って逃げたと思う?




「どういうこと?」

何からという肝心の対象が抜けた私の言葉。

彼女が首を捻るのも無理はない。

けれど、補足する気にはどうしてもなれなかった。

口を動かす代わりに、彼女の右手を探り当てて、私の左胸へと導いた。

ああ、と短い音が耳に入ってくる。



そして訪れる僅かな沈黙。

気まずさに空気が染め上げられる。

彼女は押し黙ったまま、何の言葉も発そうとする素振りも見せない。

やっぱり止めておけばよかったか。

心の隅から後悔の尾が姿を見せ始める。

居た堪れなくなった私は、彼女のいる方とは反対の方向へと顔を逸らす。

それから、何かを掴みたくて左手で握りこぶしを作るのだった。



布の擦れる音がする。

それと同時に、耳元で彼女が音を発した。

「目って不思議だよね」

「うん?」

彼女の言葉に誘われるように首を彼女の方に傾げて答える。

すると向こうは、薄い笑みを作って、小さく頷いて言葉を続けた。

「開けていると、綺麗なものがたくさん見れる」



「そうだね」

彼女の言葉を頭の中で吟味するように反芻しながら返事をする。

その言葉に合わせるように、横の彼女が自らの手で目を覆う。


「けど、こうして目を閉じるとね、香りに音に肌触り、いろいろなものが、とても色付くよ」

私も模倣して手を瞼代わりにしてみる。


手の平の生温かい感触が伝わって来る。

自分でも、予想以上に体温が高くて驚いた。

そして、横から感じる気配が先程までの距離よりも近く感じられた。



横で再び動く音が聞こえる。

見た訳ではないのだが、きっと手を退かしたのだろう。



手を退けて横を向いて確かめると、思った通りだった。

視界が暗く閉ざされていても、案外と分かるものなのだなあ、と感心した。



ベッドから、彼女の腕が天井を目指して伸ばされている。

その様を横から見た風に想像してみると、なんだか面白くて一人で笑みを浮かべてしまう。


天井を目指した彼女の右手は、やがて塔が崩れ落ちるように滑らかに横に倒れて行く。

そして、柔らかな手のひらが、私の胸の目の上に置かれた。

果して、この手に私の心臓の鼓動は伝わるのだろうか?



私の心音ではなく、彼女の声が空気を振るせる。

「目を開けていては感じられないものが沢山、目を閉じたあなたには見えるんじゃない?」

他でもない私に向けられた言葉。

私だけに語られた言葉。

それは、静かなこの部屋にやけに大きく響いた。



彼女は尚も言葉を切らずに紡ぐ。

「素敵な生き方だと思うよ。少なくとも私には」


その一言は、私と彼女の間の空気だけを揺らす。

ただ、真っ直ぐに私の元へと伝えられる。



それは、今まで私が聞いたどんな言葉よりも優しく鼓膜を震わせた。


彼女が少しだけ上半身を起こして、覗き込んでくる。

その時、私はどんな顔をしていたのだろう?

喜怒哀楽を体現していたのだろうか。

それとも無の表情なのだろうか。


私の顔を見た彼女は、慌てたように再びベッドに横になる。

そして、間髪入れずに口を開いた。

「と言うか、目を閉じるのが逃げることって……それってただの僻みでしょ」

目を閉じるとこもできない不器用な奴らのね。

彼女は自信満々の声色で続ける。


まるで真理であるとでも言わんばかりの威勢の良さだ。

けれども、その言葉の端に、少しばかりの照れの感情が垣間見えてしまっていたのが残念なところだ。


それがどこか微笑ましくて、私の頬は勝手に吊り上がってしまう。

だから、私は何も口にすることができなかった。


「何を気にしてるのかは知らないけどね。嫌なものがあるなら見なければいい」

そこで一旦、言葉は区切られる。

「目を閉じることは悪いことではないと、私はそう思うよ」



寝返りを打って彼女に近付く。

暑苦しいと言われたが、押し返されることはなかった。

顔を横に向けると彼女と目が合った。

しかし、彼女が目を閉じて視線を遮ったので、一瞬の出来事だったが……

「嫌なものに無理に付き合おうとすると心が歪むよ」

ふと見た彼女の右手は握り締められていた。

彼女は何を思ってこの言葉を私に送ったのだろう。

私には想像することも憚られる特別な何かがあることだけは、確かだろう。

だから、私からも何かを届けたいと思った。

けれど、口を開こうとした私を押し止めるように彼女は言葉を続ける。


「嫌だって思うのはね、きっと魂が拒否してるんだよ」

その言葉に、私の中にあった彼女への言葉は掻き消されてしまう。

「そんなものなのかな?」

「んーと、多分だけどね」

彼女は照れ混じりに短く軽快に笑う。

そして、でも、と重ねる。

「精神なんて案外脆いものだし、優しくしてあげていいんじゃない?」

「そう、かな……」

いや、きっとそうだ。

心の奥をぎゅっ、と握り締めると、靄のように霞んでいた何かが見えた気がした。



ああ、私の生き方は間違ってはいなかったのだな。

今なら、ちょっとは胸を張れそうな気がする。



背中が蒸れてきたので、身体を横に向ける。


その拍子に投げ出した私の腕が、彼女の手にぶつかった。

勢いはなかったので痛みはなかった。

その代わりに、なんとも形容し難いくすぐったさが残った。

ごめん、と謝ってすぐに退こうとする。

けれども、それは叶わなかった。

彼女が私の手を握ったせいだ。

手のひら全体に圧力が行き渡るように握られる。

余すところなく包み込むように。

決して高いとは言えない体温が伝わってくる。

それは、とても私の手のひらに馴染むのだった。

更に手を強く握られる。

強すぎず、弱すぎない、そんな絶妙な感触だった。

その時に、私の目も握られていたのだろう。

目の奥の深いところが、きゅっ、と締まって熱くなる。

その感覚に思わず瞼を下ろしてしまうのだった。


言葉にできない何かを伝えたくて彼女の手を一度、強く握り返す。

それに答えるように一度力が弱められて、再び返ってくる。

それから彼女の腕は離れていった。

ゆっくりと。

彼女の中指が筆のように温かさの線を手のひらに書いていった。

とても名残惜しい。

確かに、そう思った。


――耳元で彼女の声が木霊する。

むずむずするような感覚も、別に不快だとは思わなかった。

「ねえ」

「何?」

少しばかりの間を置いて再び、鼓膜が振動する。

「お休みなさい」

「……お休みなさい」

言葉を反芻する。

私たち二人の顔が弛む音が聞こえた。


そして、訪れる静かな空間の中で、私は感じていた。


胸にある瞼が固くなるのを。


そう、確かに感じた。

そのもう一つ奥にある何かが、少し柔らかくなるのを。


多分、これで良いのだ。

きっと。


薄れていく意識の中で、私は彼女の言葉を捉えた。


「これからもよろしくね」

私はその返事を心の中にしまい込んだ。

そう、大切なものは、ここに置いておけば絶対に忘れないから……
前を向いて胸を張って歩く生き方はとても素晴らしいですが、横を向いてしまう人もいる。

そんな人に必要なのは、叱咤激励の言葉ではなく、共に横を向きながら歩幅を合わせて歩いてくれる人なのかも知れません。

4.(コチドリ)様
自分でもどのような物語なのかと問われれば答えに困ってしまうのですが、何かを感じていただけたようでなによりです。

10.様
誰かと誰かが仲を深めるために必要なのは、活劇ではなくて寝転がりながら適当に口を動かす時間なのかも知れませんね。
もえてドーン
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コメント



0.470簡易評価
4.90コチドリ削除
ダウナーだけど所々アッパー。
ドライだけどちょっぴりウェット。

やっぱり上手く説明できないなぁ、この感情は。
はっきり言えるのはこの物語が好きってことぐらいだ。
10.100名前が無い程度の能力削除
素敵です。
12.100名前が無い程度の能力削除
これは良い話
13.100名前が無い程度の能力削除
もう数十回は読みました
何故か評価は低いけどこいしフランモノでは最高の作品だと思います
14.100名前が無い程度の能力削除
好き
16.100名前が無い程度の能力削除
とても好きです。
ゆったりとした雰囲気の中に繊細な心の機微が表現されているようで、
点数が低いのが不思議なくらい心地良い読後感を受けました。

この作品に巡り合えて良かったです。どうもありがとう。