Coolier - 新生・東方創想話

剣舞、剣の意味は

2005/03/20 09:01:18
最終更新
サイズ
12.39KB
ページ数
1
閲覧数
640
評価数
0/20
POINT
860
Rate
8.43


 盛大に春が過ぎて、初夏へと舞台を転じた頃。
 暑さは確実に歩を進め、どこかの魔法使いには暮らしやすいかも知れない、といった程度の気温に幻想郷全体は包まれていた。
 ただ、夏度とでも言うべきその空気は、今においてその場所までは辿り着けず、そこはどこかひんやりとしたものを伝えていた。
 白玉楼。かつて盛大な春に包まれていたそこは、今は穏やかに樹々が緑を湛えているのみである。ただ、穏やかといっても一般のそれではない。
 ――死者の眠り。そう形容する方がしっくり来るだろう。
 まあ、白玉楼に限ってはその前提をぶち壊すほど騒がしかったりするのだが、彼らの開く宴会の合間に限っては、普通に死者が集う場所としての要素を取り戻している。
 普段から宴会で騒ぎまくっている人は気づかないだろうが、静寂に包まれている時のみ感じられるもの、つまりは死者に黙祷するような小さい葉擦れの音、ここまでも届く柔らかな日の光、そして死者を快適に眠らせる涼しさは、まるで胸を締め付けるような感傷を呼び起こすのだ。
 それは、郷愁とも感動ともつかない、不思議な感覚。
 白玉楼、西行寺の屋敷に至る道を守る魂魄妖夢は、それを好ましく思っていた。
 ……宴会騒ぎも(後片付けに目をつぶれば)嫌いではないが、やはり自分はこっちの方が向いているな。
 ざっ、と無造作に庭木の枝を右手に持った刀で落としながら、そんなことを考える。
 いや、無造作のように見えて、正確な一閃。明確に狙った枝を落としている。
 二百由旬に及ぶ庭の手入れ。それは、彼女の修練も兼ねているのだ。
 意識、無意識を問わず、正しく動く。それは、武芸者にとっては一つの理想、無念無想の境地である。
 ただ、残念ながら妖夢に必要なのは明鏡止水、曇りなき鏡の如く、揺らがぬ水の如き境地であるので、無念無想といっても随分と乱れやすく、やや危なっかしい。
 そういった欠点を省みて、妖夢は自身を未熟である、と結論付けていた。
「……うん、これでおしまい。後は……ん?」
 ぴくり。思わず体ごと違和感を感じた方向へ向ける。その予感は正しく、そして一度逢ったものと同じだった。
 来客、またの名を襲撃。その相手も、見当がついていた。
 アレだ。春を集めていた時、ここまで乗り込んできた人間の一人。
「…………まったく、人の仕事を増やして」
 苛立たしげに呟いて、転瞬、その姿は未だに残る桜の花びらを散らして消えた。
 二百由旬を真っ直ぐに駆けるその速度は、彼女の心にも似ていた。




 夏だというのに肌寒い。日の光があるならまだいいものの、それが鬱蒼と繁る木のせいで陰っているから目も当てられない。
 ……まったく、夏だというのに辛気臭い場所だこと。まあ、死ぬほど暑いよりいいかも知れないけど。
 石段を文字通り飛んで駆け上っている紅魔館のメイド、十六夜咲夜は、そう思っていた。
 冥界、白玉楼。たしかに、そこは生きて肉体のあるものが近づいてはいけないのかも知れない。しかし、わざわざ来てやっているのだから多少は気にしてくれてもいいものだ。
 特に、今回のような場合には。
 多分、神社の巫女や紅魔館にいる主人やその食客、果ては魔法の森に住んでいる魔法使いどもも、そろそろ異変に気づいて動いているはずだ。
 別に連中が何をしようとも勝手だが、主人の手を煩わせるわけには行かない。
 だから、一番心当たりのある場所まで真っ先に来た。そう、前科がある連中がいる場所へ。
 ……まあ、私達の方にもあったりするのだけど。
 とりあえず、霧の件は地上三十メートルほどの高さに棚上げしておくとして、今は元凶と思しきあの幽霊の元へ、と決意を新たにした。
 それと同じくして、
「……あら。また、ね」
 石段を登りきって足をついた。傍らにはやや少なめに葉をつけた古木。
 眼の前には――半人の剣士。
 不敵な笑みを浮かべ、臨戦態勢に入る。
 右手にナイフを、胸に銀時計を。
 心に自らの世界を思い描き、世界を支配する準備は整った。
 それは、あの桜の中、剣を交えた時の再現だった。




「何の用。生きた人間が冥界に来て。自殺志望には見えないけど」
 気息を整えつつ、妖夢は眼の前の仇敵=十六夜咲夜に問うた。
 すでに互いは臨戦。一つの狂いでもあらば容赦無く開戦する次第。
「あら、死人が顕界に来ていいのなら、その逆もまた然りじゃないかしら?」
「幽霊は上位互換。人間よりは融通が効くからそっちにも行けるのよ」
 即答。その間にも少しずつ戦いは始まっている。
 互いに、互いの隙をつけるように少しずつ動いているのだ。
「そう……じゃあ一つ。ここ最近の宴会騒ぎについて、何か疑問に思った?」
「思わない。せいぜい妖気がたまっているだけでしょう」
 再び即答。妖夢は鞘に収めている一刀――楼観剣を握り、咲夜はナイフを持ち替えた。投擲から近接へ。
「なんだ、心当たりあるじゃない」
「……なんのこと?」
 怪訝に聞き返した。どうにも話が見えてこない。
 ……この妖気、かの幽々子様がいうには害の無いということだ。少なくとも、この手の話に関しては幽々子様は嘘をつかない。まあ、普段が普段だから説得力はないけれども。
「あら、貴方たちでしょう。この妖気」
 ……呆れた。華々しいほどの勘違い。
「冥界の空気を吸って頭だけ幽体離脱しかけているようね。即帰って療養を勧めるわ」
「元から死んでる奴にいわれたくない。……ああ、あんたは半分だけか。半人前だけに」
「余計なお世話だいぬにく。……いっておくが、桜の件の前科については効力はないぞ。そっちも似たようなことをしたことがあるって聞いてるから」
 む、と痛いところを突かれたように咲夜がうめいた。確かにあの主人は日の光をさえぎるためだけに幻想郷中に霧を大発生させたのだから、似たような騒ぎを起こしても仕方ないかも知れない。が、
「そっちこそ無罪を主張しても効力はないわよ。あといぬにく言うな庭師」
「いやまあ、確かに幽々子様は気まぐれで危険極まりないことするけど。あと庭師言うな剣術指南役兼庭師だ」
「八割は同じよ」
「……庭師が八割でないことを、その身で確かめるか」
 どっちにしろ話は平行線。なら、後は力で以って。
「そうね。とりあえず痛めつけて口を割らせますか」
「剣が、すべてを教えてくれる。貴方の嘘も、これから分かるわ」
 空気が変わる。意識が冴える。
「あら、貴方、私を斬れなかったんじゃないの?」
「男子三日会わざれば刮目して見よ。……油断すると、死ぬわよ」
「……貴方は女の子でしょ」
「……まあ、そうなんだけど」
 それを最後に口を閉ざす。
 この刹那、時の一点を境界に、言葉は沈黙と同義になった。
 すなわち、問答無用。




 無拍子。前置きも前触れも無く、二人は激突した。




 雷光のような一閃。先手は妖夢が奪い、咲夜が受けた。
 膂力が鋼に伝播されて生み出された必殺の一撃は、左手、逆手に握った銀刀で受け止められた。火花が散る。軽く目に影が残った。
 弾かれた勢いを殺さず、一足で距離を放し、崩れた体勢を立て直す。
 二の太刀を考えない、一撃必殺の太刀筋。それに押されたか、咲夜も受け切ったものの慌てて距離を放した。ナイフは……やや深い傷を刻んでいた。
「……弾幕勝負じゃないのね」
「貴方相手に撃ち合ったら負けるって分かってるから」
 言いながら、再び踏み込んで一閃。それを飛んで避けると、咲夜はナイフを展開した。その数二十。手の中で扇のように収まったそれを、腕の振り、手首の返し一つで発射する。照準は一瞬。制御は完全。弾丸のように打ち出された刃は容赦無く襲い掛かった。
 しかし、妖夢の二の太刀でそれらは全て弾き飛ばされた。下段から跳ね上げるような斬撃。囮のナイフを完全に無視し、本命のみを叩き落としたのだ。
「……早いわね」
 応えず、妖夢はさらに一歩を踏み、刃を返して横薙ぎの一撃を走らせる。
「けど甘い。やるんだったらそれこそ、ぶった切る気でこないと」
「!?」
 囁かれる言葉を耳元で感じると同時に、前進していた身体を無理矢理横へ弾き飛ばした。
 ざらりと言う音。それが服を裂かれたのだと理解する前に、体が先に刃を振るっていた。
 ぎいんという音。まるで金属が砕けるような響き。
「……私はいつだって全力だぞ。嘗めるな。刃一つ、教授料としては安いだろう」
「そうね、ちょっと認識を変更。……気にいってたのになぁ、コレ」
 一回転して立ち上がる頃にやっと、ほとんど柄だけになった銀刀を摘み上げるようにぶら下げて眉音を下げている咲夜が見えた。受けることは出来たが、保たなかったらしい。
「仕方ない、もう少しテンポを上げましょうか。またコレクション折られたら嫌だし」
「力は、使わないのか?」
「いくら時を戻そうとも、刻まれた記憶までは戻せないわ。そして、やがて記憶どおりにモノも進んでいく。レールの上を進んで戻って止まることは出来ても、別のレールに進むことはできない。運命は変えられないのよ。お嬢様でもない限りは。
 ――それに、取り繕っても折れたことに変わりはないのよ。ごまかすだなんて、瀟洒な従者として恥ずかしいわ」
 溜息とともにナイフをしまう。そして、一枚のカードを取り出した。まるでトランプのようで、しかし描かれている図柄は全くの別もの。それを右手の指にはさみ、口付けするように寄せて、構える。
「……そうか。その心構え、感服した。従者の鑑ね」
「ありがと。それじゃあ、私もそろそろ切り札を一つ切らせて貰おうかしら」
 妖夢の言葉に微笑み、音もなくカードを上に投げる。
 それは空中で光に転化し、咲夜の足元へ陣を形成した。結界。
 妖夢が、迎え撃つべく剣を正眼に構える。
「――命を賭けなさい。或いはこの身に届くかも知れなくてよ」
 幻符「殺人ドール」。咲夜は声に出さず真名を紐解いた。
 舞うように後ろへ飛んだ瞬間、波紋のように光が広がる。
 無数のナイフだ。それが、光を連ねて輪のように広がっているのだ。
 そして、波紋はやがて水面の端で跳ね返り、再び打ち寄せる。
 光が殺到した。
「はっ――!!」
 発生から到達までは一瞬。その二手に割り込み、妖夢は逆手に白楼剣を抜くと一閃した。
 飛び散り、地に落ちて光を失う刃。しかし、息をつくことを許さず、次の銀弾が迫る。
「――喰らえっ!!」
 だが、白楼剣が迷いを断つ霊剣であるように、その担い手である妖夢もまた迷いはなかった。状況に即断し、最適の一手を打った。
 白楼剣を持ち替え、咲夜へと投げつけたのだ。
「なっ!?」
 ナイフが飛び散る流水なら、白楼剣は洪水そのものだ。回転しながら一瞬にして何重にも展開された光を蹴散らし、迷いを断つように一筋の道を切り開いた。
 そして、咲夜もまた驚かされていた。剣士であれば死ぬ間際までその武器であり魂である剣を放すことはないはずだ、という先入観を打ち破られたのもあるが、何よりもあの実直にして正道たる剣士、妖夢がこんな左道の挙に出るとは思いもよらなかったのだ。
 それこそが珠に生じた綻び、完全を瓦解させる空白。
「く!!」
 逡巡は一瞬。慌ててナイフをその手に呼び、飛来する短刀を上空へと弾き飛ばした。
 だが、今度は全く逆の立場で、息をつくことは許されなかった。
 妖夢だ。
「は、あああああああああああああああ!!」
 裂帛の気合とともに光の瀑布、そこに生まれた一筋の空白を跳ぶ。
 飛び交うナイフが服を裂き、皮を削る。だが、怯むことも退くこともない。肩に乗せた楼観剣が鋭い輝きを放っている。命を載せるその光が一条、真っ直ぐに咲夜を捉えている。
 その速度は、瞬き一つにして二百由旬を踏破していた。
「――――――――」
 かわすことはかなわない。その速度は、避けようとした瞬間に咲夜を断ち切るだろう。
 だから、その速度を超越する。
 一瞬にして自己の内部に意識を埋没させる。
 ――刃が迫る。
 最奥、意識と無意識を隔てる壁を通り、自らの根幹に至る。
 ――刃が起きる。
 そこに在るのは美しき、異端の形状を持った銀時計。
 ――刃が伸びる。
 その時計の、引き金のような竜頭に手を掛ける。
 ――刃が落ちる。
 引き金を、引いた。




 一歩を踏み込み、渾身の一撃を放った。しかし、手ごたえは風切りと剣の重みだけで、あとは何もなかった。
 ……時を止めたか!!
 咲夜の異能。それが威力を振るったのだと悟り、残心に従って体勢を整え、周囲を見る。
「……ちょっと遅かったか」
 いた。後方、十歩の間合い。
 そこに、袈裟に服を斬られている咲夜がいた。血はなく、まさに皮一枚、布一枚の差で妖夢の一撃を凌いだのだ。
「……そういえば、人間って危機的状況や極度の集中状態に陥ると、通常よりもはるかに早く判断や行動ができるのよね。そう、それはまるですべてが止まって見えるように」
 言葉を連ねながら、打ち破られた、光に還りかけているスペルカードを軽く投げ上げる。
 それは、飛沫のように虹色の光を散らして、空気に溶けた。
「……つまり、発動までに集中する時間、質によって、時を止められる長さが変わると」
「そう。さっきは緊急回避だったから……一秒だけかしらね」
 いかにも苦しいような言い回しだが、その実ありありと余裕が見えている。妖夢は、その差にかすかに歯噛みする。
 ……やはり、強い。
 先ほど投げた白楼剣が、妖夢のそばに突き立った。
 それを見ながら、次の手を考える。考えざるを得ない。
 向こうが奇策の覇者である限り、あくまでも正道である自分に勝ち目は薄い。ならばと、自分なりに考え抜いた奇手が、剣を投げてその隙に間合いを詰めるというものであったが、それは時間停止を向こうが行わないという前提のものだ。止められる前に斬りつけられれば良かったのだが、向こうはごく一瞬の集中のみで一秒もの時を止められる。ついで言えば、奇策、邪剣の類は一度見られてしまえば二度と通用しないものだ。咲夜の場合、種が無いから見切ることが叶わないだけで、妖夢にはそれが出来ない。
「まあ、それでも驚かされたわ。確かに三日会わざれば、ってところね」
 感心したような口調。そこから、目が細まり、鋭い視線へと転ずる。
「だから、私も小細工なしでいくわ」
 小間落とし。一瞬で両手に刃渡り長いナイフが一本ずつと、スペルカードが一枚。
「奇策の王が、奇策を捨てるか」
 意外な提案。妖夢が本当にそれで良いのか、勝負になるのかと、暗に問う。
「当然。奇策は遊び。だから、次は遊びなしよ」
 その言葉を聞いて、妖夢は身を引き締めた。ああ、間違いなく勝負になる。いや、油断すれば膝をつくのは己だ、と悟る。
 だから――
「なら、互いに悔いなく終われるよう、私も奥義でお相手しよう」
 妖夢が応える。その手には、紛れもなくスペルカード。だが、それが生み出すのは弾幕ではない。――加速だ。
 そして、互いに悟る。この宣言が、最後となると。
 咲夜がナイフでカードを貫く。カードは鮮やかな火の粉へ転じ、咲夜自身を包む。
 妖夢が、カードを投げ、白楼剣を引き抜いた。カードは光より速く風に転じ、妖夢を支える。
 魂すら刻み墜とす紅閃。
 時空間すら超える光閃。
 両者は神速に至り、




 そして激突した。




東方らしいバトルシーンを書いてみよう。
そしたら異様にボリューム上昇につき前後編に。やっぱり難しい。世界爺です。
ある意味自分の素が全開になってるような感じも。なんか咲夜さんが語ってるし。
一応主軸は冥界組と紅魔組、その主従の在り方と幽々子にとっての妖夢の位置づけ、かも。
個人的にスピード感と一撃の重みを重視した、弾幕戦闘とはまた違った表現の仕方をしてみました。要するに萃夢想より。しかしスピード感がいまいち出せてないような気も。やはり東方の戦闘は難しい。
世界爺
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.860簡易評価
1.無評価七死削除
ああん! そこで止めるなんて反則だわよのさ!!

それにしても・・・、やっぱり妖夢と咲夜のバトルは何度見ても握りこぶしが堅くなりますわ。 絶対に負けない威圧感を与えてくれる咲夜さんと、半人前があぶなっかしく、それ故になぜか応援したくなる妖夢。 良いライバルですわ~。

頑張れ半人前! いや私が冥界贔屓だからそう思えるだけなんですけどねw