Coolier - 新生・東方創想話

人の心、心の闇、闇の光

2010/07/17 04:41:41
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 遠い昔。

 古明地姉妹がまだ地上で暮らしていた頃。
 こいしが、まだ覚りの瞳を閉じていなかった頃。



 さとりは妹にいつも言い聞かせていた。

 他人と関わってはいけない。
 他人を信じてはいけない。
 他人と仲良くなってはいけない。



 全てはこの能力のせい。
 人間から疎まれ、妖怪から疎まれ、世界から疎まれる「サトリ」の能力のせい。

 全てはこいしの為。
 傷つきやすくて、淋しがり屋な、何よりも愛しい妹を守る為。


 さとりはこいしに一つの事実を隠した。
 心を読む事ができる者は、怖れられ、嫌われるという事実。

 さとりはこいしに一つの約束を課した。
 生涯、友達を作らないという約束。



 もし約束を守っていれば、心を閉ざす事もなかったのに。
 もし何も得なければ、何も失わなかったのに。

 こいしは、右手に幸福を得た代償として、左手に不幸を得た。





 こいしが外出を許されたのは、必ず人気のない条件。
 雨の朝。雷の夕。風の夜。

 可愛らしい傘を差し、お気に入りのレインコートを羽織って、誰もいない雨の道を歩く。
 雷鳴の響き渡る轟天の下、小鳥の囀る様な歌声で、誰にも聞こえない歌を歌う。
 暗くて深い森の中、強い風に踊る木々に誘われて、誰の目にも映らないダンスを踊る。


 いつも独り。
 楽しいはずがない。


 さとりはこいしと、決して一緒に外へは行かなかった。
 敢えてこいしに淋しい思いをさせる為に。

 さとりはこいしを、誰とも会わせたくなかった。
 その為には外出させないのが一番だが、外へ出るなと縛るだけでは、いつか好奇心に負けてしまう。
 だからさとりは、家の外はつまらない場所だ、という印象をこいしに与えたかった。

 さとりはこいしが、どうすれば傷つかないで済むかばかりを考えていた。
 こいしの未熟な覚りの瞳では読み切れない心の奥で。



 しかし、さとりの計算通りに家の外で孤独を感じたこいしの感情は、さとりの計算とは違う方へ向かっていた。

 外は独りで淋しい。



 ・・・だから友達が欲しい。





 さとりは自らの覚りの瞳で、こいしがそんな危険な感情を持っている事に気付いた。

 もっと人のいない場所へ行かなければ。
 友達を欲しがる以前に、誰もいないような場所へ移らなければ。

 こいしが傷つく前に。


 そんな時、さとりの耳にある情報が入った。
 地底都市が地獄から切り離されたという。
 だがその地底都市から全ての怨霊を新地獄へ移動させる事はできず、多くの怨霊をそこに残して行っている。
 それを管理する者が必要だとの事だった。

 さとりはこの話に飛びついた。

 旧地獄ならば好きこのんで住み着く者はいるまい。
 いたとしても癖のある妖怪や怨霊ばかり。サトリの能力なんて霞んでしまう程の嫌われ者ばかりだろう。

 その場所でこいしと二人、誰に気兼ねするでもなく生きていこう。


 しかし怨霊の管理は誰にでも任せられる訳ではない大役のようで、希望者は灼熱地獄跡に建てられた地霊殿に住まい、一月の間その働きを監視・評価されるらしい。

 さとりは迷った末、この実地試験にはこいしを連れていかず、一人で臨む道を選んだ。

 一月もの間こいしを地上で一人にするのは不安が残るが、どんな恐ろしい亡者が残っているか分からない地獄跡にこいしを連れていくのも不安だった。
 実地試験の期間中に、自分の力で地獄跡をこいしにも住めるような場所に変えよう。

 さとりはこいしを残し、地獄跡に旅立った。



 それから一週間程は何事もなく過ぎていった。





 宵闇の妖怪ルーミアは、その晩も特に目的意識なく、ふよふよと飛んでいた。
 だがその晩は、夜の空中散歩としゃれ込むには少し天候が不安定だったようだ。
 折からの強風に煽られたルーミアはバランスを崩して森の中に墜落、巨木に後頭部をしたたか打って気を失った。





 そんな天気の良くない夜は、こいしが外に出られる滅多に無い機会。
 新しい帽子をかぶって森へ出かけた。


 こいしは嵐の森で、木々のざわめきに合わせてダンスを踊る。

 軽やかなステップは何者も魅了せず、しなやかな手の流れは誰の喝采も受けない。
 それはいつもの事なのに、それだけでこいしの気持ちは沈んでいく。

 しまいにはトン、と大地を蹴ったその瞬間に、一際強い風がこいしの帽子を奪って行った。
 地底へ旅立つ前にさとりが買って来てくれた、新しい帽子。
 黒い布地にかかった黄色いリボンが気に入っていた。

 帽子と一緒に、心の一部までどこかへ飛んでいってしまった様な感覚。

「もういや!」

 こいしはその場にへたり込んだ。

 本人すらそれと気付いていなかったが、さとりのいない生活は確実にこいしの精神を圧迫していた。





 気持ちよく気絶していたルーミアの顔に何かがぶつかった。
 ルーミアは目をこすりながらぶつかった物を手に取る。

 帽子だ。この強い風に飛ばされたのだろう。しばらく眺める。
 新しい。デザインが可愛い。
 帽子の持ち主は、これを失ってさぞ落ち込んでいることだろう。


 ルーミアは軽い目的意識を持って、風上へと向かってふよふよ飛び始めた。


 こんな嵐の夜に外を出歩く者は多くない。
 しばらく飛んだだけですぐに気配を感じて、ルーミアは容易に一人の少女を発見した。

 両手で顔を覆って泣いている。
 顔は見えないが、綺麗な柄の服。明るい髪の色。
 この帽子が似合いそうだと思った。





 こいしは悲しくて泣いていた。
 何が悲しいのか自分でも分からない。
 覚りの瞳は、他人の心は見ても、自分の心は見てくれない。


 不意に頭に違和感を憶えた。
 顔を覆っていた両手で頭を触ってみる。
 お姉ちゃんにもらった帽子だ。帰ってきたんだ。


 目の前には見知らぬ妖怪。
 こいしの姿をじっと見つめている。

「うん、やっぱり似合ってる。この帽子はあなたのね」

 妖怪は笑った。



 こいしが初めて見る、赤の他人。
 やっぱりちょっと怖くて、取りあえず心を読んでみた。

(わぁ・・・可愛い娘だなぁ・・・)

 会っていきなり可愛いだなんてそんな・・・。
 つい、にやけてしまうこいし。

「どうしたの?顔が真っ赤だよ?」
「あ、別になんでもない!」

 指摘されてこいしの顔は更に赤くなった。


「ふーん・・・私、ルーミアって言うの。あなたは?こんな風の強い夜に何をしてたの?」

 ルーミアは随分さっぱりとした性格みたいだ。
 一つの話題にこだわらない。

「私は古明地こいし。天気の悪い時にしか外へ出してもらえなくて、今日はここでダンスを踊っていたの」
「天気が悪い時だけ?変なの。それよりダンスを踊れるの?見たい見たい!」

 木にもたれて座ったルーミアは、既に観客気分で拍手をしだした。



 こいしはいつものように木々の声をバックコーラスに、ダンスを踊った。
 いつもと違うのはルーミアが目を輝かせながら見ている事。
 それだけで、こいしは初めてダンスを踊っている様な気分になった。
 ちょっぴり恥ずかしくて、ちょっぴり嬉しい。
 どんどん明るくなっていくルーミアの表情が、こいしの気持ちまで舞い上がらせた。

 ルーミアも立ち上がってこいしと一緒に踊り出す。
 こいしにとって初めての、二人で踊るダンス。
 ルーミアのダンスは下手だったが、一人で踊るダンスの二倍、それ以上楽しい。
 家の外で笑ったのも初めてだった。


 踊り疲れた二人は、一本の木にもたれて並んで座る。

「こいしすごいね!あんなに上手なダンス、初めて見た!」

 覚りの瞳で見ても、全く同じ事を言ってる。
 すごく素直な娘。
 笑顔がとっても明るい。



 ・・・この娘と、友達になりたい・・・。



 いつもさとりに言われていた。
 友達を作らないでと。
 私も作らないからと。
 私だけのこいしでいてと。


 さとりが旅立ってからまだ一週間。
 たったの一週間で、こいしの心は淋しさに押し潰されそうだった。
 そしてさとりが帰ってくるまでの残り三週間も、ずっとこいしは独りでいなければならない。
 そんなこいしに神様が与えてくれたのが、ルーミアとの出会い。

 それでもたった一人の理解者であるさとりとの約束を、そう簡単に破るわけには・・・


「ねぇ、私と友達になろうよ」


 そんなこいしの迷いなど知らずにそう言ったルーミアの、屈託ない笑顔。
 宵闇の妖怪がこいしに見せた笑顔は、これ以上ないくらいに明るかった。



 今日何回、こいしは初めての体験をしただろう。
 初めて他人に会った。
 初めて二人でダンスを踊った。
 初めて家の外で笑った。

 そして、初めてさとりとの約束を破った。





 それからというもの、こいしはルーミアに会う為に、毎晩のように外出した。

 考え込みがちなこいしと、何も考えないルーミア。
 静かな夜に二人で空を見上げながら交わす終わりの無いおしゃべりは、そこに幾千も見えている星の様に、こいしの心に染み込んだ孤独の闇を照らしてゆく。




  話には聞いたことあったけど、星空ってこんなに綺麗なのね

何それ。こいしって星空を見た事なかったの?

  うん。天気のいい時は外に出るなって、お姉ちゃんが・・・

前もそれ言ってたけど、何で?

  う~ん・・・分かんない

分かんないのに守ってる訳?純真だねぇ

  ・・・ルーミア、私のことバカにしてる?

ん、気のせいじゃない?ほれ、くだらない事気にしてないで流れ星探すよ




あー、幸せだなぁ

  ん?何か良い事でもあったの?

う~ん、良い事はないけど嫌な事がないから幸せ。悩みがないっていいよねー

  ・・・ルーミア、一つ聞いていい?

いいよ。何?

  ルーミアって今まで悩んだ事あるの?

なっ、失礼な!!

  あるの?

・・・あ、あるよっ

  ないんだ

むきーっ




  ねぇ、空が落ちてきたらどうしよう

落ちてこないから大丈夫。終了~

  終了しない!もし落ちてきたらって言ってるの!

絶対に落ちてこないってば

  何でそんな事が言いきれるのよ

だって落ちてきたら空じゃないじゃん

  ・・・どういう事?

落ちないから空なんだよ。もし落ちたらそれは空じゃなくて、今まで空に浮かんでいた何か。空は空だよ

  何か・・・納得してしまった・・・

分かった?はい終了~

  でも待ってよ。その今まで空に浮かんでいた何かが落ちてきたらどうしよう

落ちてこないから大丈夫。終了~

  んもう!!




  お月様ってさ、何で落ちてこないんだろうね

また落ちるネタですか

  いいから!何でだろう?

私に物事を考えさせないで~

  ルーミアもたまにはちょっと考える練習をしてみようよ

んー、落ちたら大変だからじゃない?

  ・・・考える気ないでしょ。だってあんな大きくて重そうな物がずっと空に浮いてるんだよ?すごいと思わない?

じゃあ・・・えっと、あれじゃない?本当はさ、こうしている間もお月様は落ちて来てるの

  ほう、新しいわね。それで?

でも地上も同じ速度で落ちてるから、いつまで経っても追いつかないのよ

  地上が落ちてるって、どこへ?

そりゃ下へだよ

  はは・・・そうだよね・・・




あ、そうだ。こいし、ちょっと自分の手の平を見てみ

  何よ、手相でも見るの?

それは左手じゃん。右手をよ~く見て

  ・・・見た

ひらがなで「て」って書いてあるでしょ

  はぁ?そんなの書いてある訳・・・あ・・・

ね、あるでしょ!?すごくない?これ!!

  あー・・・確かに書いてあるけど・・・

けど・・・何よ

  ルーミアって、ほんっとにバカだよね

うそぉ~。こいしは感性が鈍いんだよ~

  感性のせいにするんだ・・・




  もしお星様が落ちてきたらさ・・・

さあ出ました、こいしちゃんの「空から落ちてくる」話

  む~。まずは最後まで話を聞く事を憶えようね

何でそんなに何かを落としたがる訳?

  て言うか、私ってそんなに落ちる話なんてしてる?

え~、意識ないの?・・・まあいいや。それで?星が落ちてきたら?

  お星様が落ちてきたら、一緒に採りに行こうね

・・・うん!




  明日、お姉ちゃんが帰って来るんだ

そうなんだ。良かったじゃん

  でもお姉ちゃんがルーミアの事を知ったら、何て言うか心配で・・・

お姉さんはこいしの事を独り占めしたかっただけなんでしょ?

  多分・・・「私だけのこいしでいて」って・・・

じゃあ、私がお姉さんとも友達になればいいんだよ!

  ・・・そうかな・・・

そうだよ!大丈夫!

  うん・・・そうだね。ありがとう、ルーミア・・・




 その晩はそのままルーミアと別れた。

 明日、お姉ちゃんが帰って来る。
 そしたら真っ先に、ルーミアの事を話そう。
 ルーミアが良い娘だって分かれば、お姉ちゃんと三人で、きっと仲良くやっていけるはず・・・。

 期待と不安を胸に、こいしは眠りについた。





 次の日の晩、さとりが帰って来た。
 雨は降っていないが、雷が鳴っていた。

「お帰りなさい!お姉ちゃんあのね、聞いてほしい事があるの!」


 しかしさとりは、駆け寄ってきたこいしの頬を思いっきり叩いた。

「言わなくても分かるわ」

 何が起きたのかすぐには分からず床に倒れ込んだこいしに、さとりは言い浴びせた。

「約束したのに。友達を作らないって言ったのに。私も作らなかったのに」
「お姉ちゃん聞いて!お姉ちゃんにもルーミアと仲良く・・・」

「違う!!!」


 こいしの釈明を一喝で遮る。

「私はこいしを独り占めしたいからあんな約束したんじゃないのよ・・・私達は・・・私達はね・・・」



 今まで胸の奥底に隠していた真実。
 一生、こいしには気付かせまいと思っていた真実。

 口に出してしまってから慌てても、もう取り戻せない。




 さとりとの約束を破ったこいしに対して、さとりはさとり自身に課した約束を破った。




 こいしは信じられないという顔でさとりを見上げていた。

「こいし、あのね・・・」
「私・・・ルーミアに会って来る!!」

 こいしは扉を開けて走り出した。

「こいし待って!会っちゃ駄目!別れも告げずに今から私と地霊殿へ行くのよ!!」

 もうこいしは走り去ってしまっている。
 こいしの見えなくなった扉の外に向かって、さとりは呟くしかなかった。

「確かめるまでもないじゃない・・・傷つくだけなのに・・・」


 どうして言ってしまったのだろう。
 今まで隠してきたのに。
 こいしを傷つけるだけなのに。


 サトリは必ず嫌われるなんて・・・。





 こいしはルーミアの下へ走った。

 そんなはずない・・・ルーミアが私の事を嫌うはずがない・・・ルーミア、信じていいよね?



 しかし、こいしの言葉を聞いたルーミアの表情は困惑に凍りついた。



「どうして・・・今まで隠してたの?」
「隠していた訳じゃないの!大した事だと思ってなかったから!何かしら能力を持ってる人なんて少なくないから!心を読む能力だって、それと同じ様なものだと思って・・・」
「違うよ」

 ルーミアは暗い目でこいしを見つめた。
 こいしは覚りの瞳を使うのが怖くて、ルーミアが自分の言葉で話してくれるまで待った。

「心を読むのは、他の能力とは違う。いっぱいおしゃべりしたのに。たくさん言葉を交わしたのに。こいしは私が何て言うか、聞く前から知ってたんだ」
「違う!私は覚りの瞳をそんな風に使わない!!」
「そんな風にって?じゃあどんな風に使ったの?」

「・・・それは・・・」
「例えば初めて会った時。私はドキドキしながらこいしに話しかけたのに、こいしは最初から私の気持ちを知ってたんだね」

 こいしは答えなかった。
 確かに初めて会った時、覚りの瞳を使った。


「私は心を読まれて困る事なんてないけど・・・でも・・・」

 ルーミアはこいしに背を向けて飛び始めた。

「ごめん、頭が混乱してる。・・・少し一人にして」

 闇に消えていくルーミアを見届けると、こいしは膝を落とした。





  本当なんだ

  サトリはみんなに嫌われるんだ

  友達なんてできないんだ

  ルーミアまで私の事を嫌いになっちゃった


  この能力が悪いんだ

  この瞳が悪いんだ

  そうだ、こんな瞳なんて閉じてしまえばいい

  覚りの瞳さえ閉じれば、ルーミアは私の所へ帰って来てくれる


  心を読む能力なんて必要ない

  欲しいのは友達

  ルーミアが友達でいてくれればそれでいい




  いらないよ

  お前なんて




  閉ざされてしまえ





  ・・・・・・・・・







どうしてあんなに驚いちゃったんだろう


普段から思った事はそのまましゃべってる

変な背伸びしたり、嘘をついたりしてない

隠し事もないし、心を読まれても恥ずかしくも何ともない


なのに、あんな事言って・・・傷つけちゃったかな



まずはこいしに会って謝ろう


それから、どうして私があんなに驚いたのか、心を覗いてもらおう

心の中を全部見せよう


こいしは、大切な親友だもん

心を親友に分かってもらえるなんて、そんなに嬉しい事ないじゃない



うん

こいしに会いに行こう





 さとりの待つ家に、こいしが帰って来た。

 帰って来たこいしの姿は、さとりを驚かせた。


 夜でも決して閉じることのない覚りの瞳が閉じている。
 開いている二つの眼も、何も映っていないかの様に濁っている。
 心の声も聞こえない。

 自分の妹だが、生きているとは思えない・・・人形が歩いているみたいだ。



    こいし・・・覚りの瞳と一緒に、心まで閉ざしてしまったのね・・・

    ・・・なんて不器用な、愛しい妹・・・

    サトリである事よりも、誰かの友である事を選ぶなんて・・・





 自分からは動こうとしないこいしの腕を引いて、さとりは地底への入り口を目指した。
 こいしが気に入っていた帽子を、こいしの頭に深くかぶせて。

 ほんの少し地上を捨てるのが遅すぎたけれど、これからは地霊殿でこいしと二人、生きていこう。
 こいしの凍てついた心は、私が溶かしていこう。
 時間はいくらでもあるのだから。


 そして、地底への入り口に着いた。

 行こう。私達を嫌う地上を捨てて。



 その時だった。



「こいし、待って!!」

 後から追いかけてきた妖怪。
 すぐに分かった。この妖怪がルーミアだと。
 こいしに心を閉ざさせた妖怪。





 ぎりぎりで二人に追いついたルーミアの目に飛び込んだのは、変わり果てたこいしの姿だった。


 輝きを失った両の瞳。
 瞳だけではない。
 気配が不安定で、存在が危うく感じた。
 何かを考えているのだろうか。
 それとも何も感じていないのだろうか。

 全く分からない。
 自分の意志では指一本動かさない。



「あなたがルーミアね。私はこの子の姉です。あなたの事はこいしから聞いたわ。・・・こうなってしまう前にね」

「こいしは・・・どうなってしまったんですか?」


「見て」

 さとりが空を指さした。もう雷は止んでいるが、新月の夜空に雲が厚くかかっている。月も、星も、何もない。

「星一つない本当の暗闇。今この子の心はこの空の様に真っ暗に閉ざされているの。・・・あなたが閉ざした」

 ルーミアは心の様な夜空を見上げたまま、何も言えなくなった。

 やっぱり自分が傷つけてしまったんだ。
 夜空を見てあんなに語り合ったこいしが、夜空になってしまうなんて。

 ただ涙だけが流れ落ちてくる。


「去りなさい。あなたの存在はこいしを傷つける。これから私達は毒気のない場所で暮らします。もうここへは帰らないわ」

 さとりがこいしの腕を引いて歩き出した。




 このままこいしは行ってしまうの?
 このままこいしは帰って来ないの?
 このままこいしは心を闇に閉ざして生き続けるの?

 そんなのダメ!!!




「こいし、見て!」


 いきなりルーミアが両腕を広げた。手の平も広げて、指の先まで真っ直ぐに伸ばして。



「あなたの心が暗闇に覆われたって言うなら!たった一つの星もないって言うなら!私があなたの星になる!」


 こいしはルーミアを見ているが、作られたばかりの人形の様に表情一つ動かさない。
 逆にさとりは声を荒らげて反論する。

「あなたが言わないで!腕を広げただけで何が星よ!あなたは闇!あなたが・・・」
「この姿を憶えていて!!心にずっと星を残していて!!そしていつか、その光を頼りに私の所へ帰って来て!!その時まで、私はこの腕を下ろさない!あなたの星であり続けるから!!」


 更に反論しようとしたさとりは、意識してもいないのに自らの覚りの瞳から涙が零れ落ちている事に気付いた。
 読もうともしていないルーミアの強い気持ちが、勝手に覚りの瞳へ流れ込んで来ていた。


 悔やむ気持ち。謝る気持ち。哀れむ気持ち。信じる気持ち。慈しむ気持ち。愛する気持ち。

 一点の曇りもない。
 あるのはただ、こいしと友達でいたいという気持ち。




 もう、負けを認めざるを得ないかも知れない。

 本当は分かっている。妹がこうなってしまったのは、自分のせいだと。


    こいし・・・あなたにもこの想いを見せてあげたかったわ。ほんの少し、眠るのを待っていれば・・・


 そのまま何も言わずに、こいしを連れて地底へ降りていった。





 それ以来、ルーミアは一時も休むことなく、腕を広げ続けている。
 心に残した星の光を頼りに、こいしが瞳を開いてくれる日がいつか来ると信じて。





 こいしは、右手に幸福を得た代償として、左手に不幸を得た。

 左手を覆う大きな不幸に包まれて、それでもこいしは右手に握った小さな幸福を決して離さないだろう。





 遠くない未来。

 長い時を経てルーミアが伸ばし続けた腕を初めてたたんだ時、その腕は深い眠りから覚めた親友を強く抱き締めていた。



  了
 という訳で、アデリーペンギンの過去シリアスものの中でも随一の妄想成分量を誇る作品でした。
 それでも公式設定と矛盾する点はないはずです。多分。

 ルーミアが手を広げている理由を書きたくて、こんなものが生まれました。
 考えるのが苦手な彼女なりに、こいしの為にできる事を一生懸命考えた結果があの姿だった、という解釈です。
 なので本来、一応主人公はルーミアです。古明地姉妹なんて飾りです。
 それなのにこいしの方が主人公になってしまったのは、格の違いか・・・。
アデリーペンギン
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コメント



0.720簡易評価
12.70名前が無い程度の能力削除
重苦しい雰囲気の中に熱い思いが秘められていて良かったです。
ただ、ルーミアがこいしに反感を抱くシーンに違和感が。
覚りであったと告白されても「へー」で済ませてしまいそうで。
大切な場面の説得力がもっとほしいなと思いました。
17.80コチドリ削除
さとり様を過保護だと責めるのは容易い。

でもやっぱりキッツイよなぁ、心を読むのも読まれるのも。
断言しよう。俺が覚りでも間違いなく引き篭もる。
愛する妹は残念ながら存在しないので、同じ能力を持つ肉親にもそれを強いるかどうかはわからんが。

ルーミアが体現しているのは十字星なのか、或いは己に課した十字架なのか。
取り敢えず、暢気にフヨって〝そーなのかー〟だけの妖怪じゃないことは理解した。ホンマええ子や!

ラストの一行。
敢えて未来を読者の想像に委ねる書き方でも良かったかな? という気持ちと、
地の文ではなく、二人の会話文だけで表現したらどうだっただろう? という気持ちとが半々かな。
いや、これはこれで十分素敵な結び方なんですけどね。
18.100名前が無い程度の能力削除
これは…誰も責められないな。みんながみんなだれかを思っていたんだから…