Coolier - 新生・東方創想話

扉の向こう側

2010/07/12 00:32:45
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 たとえ暑い季節になろうとも、紅魔館の奥の図書館にいれば、何の問題もない。
 紅魔館内はレミィの夜の気配に満ちていて涼しいし、図書館は私がより快適な温度と湿度に設定しているから、真夏日といえども初秋の晩のような涼しさだ。
 一日、図書館にこもる身としては、周りの環境を整えるのは至極当然のことだし、私には人には無い力――魔法と呼ばれる力――があるから、日陰とか何とか言われようとも、出し惜しみせず魔法を使う。それには、本の保存状態を良くする、という効果もあることだし。
 ただ一点、問題があって、それは一日図書館に引きこもっていると、今が昼なのか、夜なのか――図書館には窓がない――分からなくなり、時間感覚というものがなくなる、というものだ。
 魔法使いの特性として、夜眠らなくても平気だし、食事もしなくて大丈夫だから、ますます時間感覚に疎くなる。それはそれで困らないけれど、図書館を訪れる人間や妖怪が季節ごとの諸々の行為――例えば、夜桜を見に行ったとか、渓流沿いで紅葉がりをしたとか、一般的に“風流”と呼ばれるもの――を情景を思い出しながら楽しげに語るのを聞いていると、一日とか季節とかの時間感覚に疎いのは損なのかもしれない、と思えてくる。私の周りには案外風流人が多いようだ。
 このままではいけない、と思い、時間というものを意識してみると、面白い発見があった。
 まず、毎日咲夜がお菓子を運んで来る時間が、十五時半きっかりだということ――今まで時間を気にする必要性なんてなかったから書斎机に時計なんて置いてなかったけれど、こまめに時間を確認するために小悪魔に置き時計を調達してもらった。それはどこで探してきたのか砂時計に時計の文字盤が取り付けられた不思議な形状のもので、レミィを始め、見た者は皆何とはなしにひっくり返していく。そのたびに元に戻さないと文字盤が逆さになるので、まったく厄介だ――。
 夏、小暑を過ぎた、七月十日――机に卓上カレンダーも置いた――今日も、咲夜は十五時半きっかりに、お菓子と紅茶を磨き上げられた銀のトレイに乗せてやってきた。まるで、狙い澄ましてでもいるみたいに。咲夜は、私と違って時間の流れに敏感だ。それは咲夜が時を操る特別な力を持つためだけではなく、ある程度寿命が定められた人間という種であるからだと私は考えている。
 運ばれてきた紅茶を一口飲み、皿に敷かれた紙ナプキンに品良く盛られたクッキーを口に運んだ。
 ふんわりとした甘みとバターの香ばしさを感じながら噛み砕くと、しゃきしゃきと、細い繊維を噛みしめるような食感があった。それは、ふんだんにココナッツが入った、私が気に入っている――好物というよりは“気に入っている”と言ったほうが正しい――クッキーだった。
 ココナッツの濃厚な味はともかく、私はこの食感が何とも言えず好きだった。いつ頃から、このココナッツクッキーが運ばれてくるようになったのかは覚えていないけれど、運ばれて来た日は真っ先に口に運んだ。いつも少しだけ多めに盛られたクッキーを、いつも少しだけ残す私だけれど――元々、食べる必要はないものだから、食べるという行為を楽しめたらそれで満足する――咲夜は私が何のクッキーを好んで食べるのか、いつしか見抜いたようだった。それ以降、ココナッツクッキーは必ず盛られるようになり、運ばれてくるクッキーの大半を占めるようになった。勿論、ココナッツ一色になることはない。そこが咲夜がメイド長たる理由だろう。安易な考えに走らず、少し小憎らしいくらい気配りに長けている。
 しゃきしゃきとしたクッキーの食感を楽しみながら、再び手元の本に視線を向けると、ドアの開く音が聞こえた。おもむろに顔を上げて確認すると、頬を上気させた美鈴だった。

「お邪魔します。あぁ、また一段と涼しいですね」
「相変わらず外は暑いの? でも、これからますます暑くなるみたいよ。暦の上では」
「蒸し暑くて、小まめに水分を取らないと干からびてしまいそうです。パチュリー様も一度外に出てみれば宜しいのに」
「その必要はないわ。私、カレンダーを買ったから。さ、そこに座りなさい。冷たい飲み物でも淹れてあげるから」

 書斎机の手前に設えた応接スペースにあるソファに美鈴を座らせて――美鈴はすみません、と断った後、カレンダーって、何だか違うような……と呟いている――子悪魔を呼んだ。蜂蜜がたっぷり入ったアイスティーを出すよう命じる。まぁ、カレンダーもだけど、日々、訪れる美鈴の様子を気にしてみると、ありありと季節感というものが伝わってくることに気付いた。これが二つ目の発見。
 今日は、どんな客が来たの? と水を向けると、行儀良く腰かけていた美鈴が待っていました、とばかりに私のほうへ向き直った。

「小さな女の子が、母親とお兄さんと一緒に遊びに来ました。その時これをもらいました」

 美鈴はベストのポケットを探ると、コトリと音を立ててテーブルに置いた。それは、赤と青と緑、そして透明なビー玉だった。照明の光を受けて、きらきらと輝いている。

「彼女が言うに、これは魔法の石なんだそうですよ」
「魔法? 見たところ何の変哲もないビー玉だと思うんだけど」

 目を細めて眺めつつ言うと、美鈴は、パチュリー様、夢がないですよ、と可笑しそうに笑った。

「遊びです。ごっこ遊び」
「……なるほど。魔法使いごっこってわけ」
「その遊びに付き合ったら、分けてくれたんですよ、ビー玉。赤は炎、青は水、緑は風、透明なのは光の力が閉じ込められているんです」
「ふぅん……」

 その感性は嫌いじゃない。かと言って魔理沙みたいな妖怪じみた娘になられても困るけど……。

「パチュリー様に一つ差し上げます。どれが良いですか?」
「そうね……透明なやつが、一番具合が良いわ」
「どういうことですか?」

 透明なビー玉を差し出しながら美鈴は不思議そうに首を傾げた。私は含みのある笑みを浮かべて、

「これに、少しだけ月の力を入れてね、その子にあげるのよ」
「えぇ、良いんですか? そんなことして」
「私の力を私がどう使おうと勝手でしょう? 別に、その子に危害を加えるわけじゃないし。と言うことで、完成したら渡すから、その子にあげてちょうだいね」
「はぁ……それは構いませんが、ご自分で渡されたほうが、その子も喜ぶんじゃないかと」
「駄目よ。その子にとって本物の“魔法使い”は、物語の内側にいる存在なんだから」

 憧れて、夢想する対象が、そう易々と姿を現してはいけない。
 そう言うと美鈴は、得心したような顔になり、そうですね、と頷いた。
 他に何か面白いことはなかったの? と尋ねると、美鈴は白髪のおじいちゃんからドロップスの詰まった缶をもらったこと、まるで道場破りのように勢い込んでやって来た少年と手合わせをしたが、少年のそのひた向きな感じが清々しくて気持ち良かったこと、庭を掃除していたら可愛い野良猫がやってきて、つい餌を与えてしまったこと……などを話した。
 その話に耳を傾け、相槌を打ちながら、外に出るとこんなにも沢山の物事と出会えるのか……と感慨深い思いに捕らわれた。それは他者と話している時しばしば感じることだ。本を読むことで得られる発見と、どちらがより魅力的なことなんだろう、と思ったところで、それは意味のない問いかけだ、と考えを振り払った。
 一通り美鈴の話が終わり、小悪魔に出されたアイスティーが残り少なくなった頃、じゃあ今日は良い日だったのね、と私は結論付けた。すると美鈴は黙り込む。黙り込んでアイスティーを一口飲んだ後で、まぁ、良いことだけではなかったですけど……と決まり悪そうに言った。
 何? 嫌なことでもあったの? といつもの通りに尋ねると、美鈴は拗ねた子供のような顔で、ビー玉をくれた女の子の母親から妖怪だからと警戒されたこと、おじいちゃんからもらったドロップスを一粒取り出した瞬間に妖精たちに奪われたこと、少年の蹴りが脛に入ってとても痛かったこと、餌を与えた野良猫を触ろうとしたら軽く引っかかれたこと……などを時にぽつりぽつりと、時に捲し立てるように話した。それは災難だったわね……と言葉で労いながらも、どこか微笑ましい気持ちになってしまう。
 この図書館の古びた扉の向こう側で繰り広げられていることが、まるで本の中の、物語の内側の出来事のように感じる。でもそれは現実に起こっていることで、だからこそ私は興味を引かれて、こんなにも満足しているんだろう。触れようと思えば、触れられるもの。
 ひとしきり話し終わり、満足した表情になった美鈴は、また来ます、と清々しい笑顔で言って、軽い足取りで図書館を出ていった。去り際、時計をコトリとひっくり返される。ひっくり返され、音もなく白い砂を零す時計は、ちょうど文字盤がきちんと読める向きになった。それをまじまじと見つめた後、ぐるりと視線を巡らすと、本棚の影から咲夜がすっと姿を現した。
 取り澄ました表情をしていたので、立ち聞きとは瀟洒な行いではないわねぇ、と呆れた声で言うと、くすくす笑いながら、好きな娘が他人と何を話すのか気になるのは、ごく自然なことですわ、と悪びれる風もなく返された。それに、知っていて教えないのだから、パチュリー様も人が悪いですよ、と切り返される。それに言葉通り人の悪い笑みを浮かべることで応えながら、あぁ、まったく小憎らしい、と内心苦笑した。

「……そういえば、話を聞いていて思ったのですが、美鈴も言うんですね、愚痴」

 やや思案顔になって、咲夜は本棚の側面に寄りかかって言った。くるくると銀のトレイを弄ぶ。

「愚痴なんて誰だって言うでしょう」
「いえ、私の前では言ったことはありませんよ」
「そうなの? それは、咲夜が愚痴を言わないからじゃないの?」
「言う必要がないので」
「は? それは、どういうこと?」

 まさか、言う必要がないほど完璧で瀟洒だから、とか言うんじゃないでしょうね、と思いながら聞き返すと、咲夜は事も無げに、言うほどのことでもないんですよね、と言った。

「……そりゃ、貴女は完璧だから、愚痴を零すようなこともないのかもしれないけどね、普通は少なからずあるものよ」
「いえ、違います。嫌なことくらい私にもありますよ。でも、それをずっと引きずっていても仕方ないじゃないですか。自分が悪い時は反省しますけど、あまりそういうことは気にしないようにしているんです。そのほうが苛々しなくて済みますから」
「そう。……まぁ、貴女の場合はそうやって切り替えることで済ませるのかもしれないけど、美鈴の場合は誰かに話すことで苛々を発散するのよ」
「そのようですね。……問題は、愚痴を言う相手が私ではないということですよ」
「だから、それは貴女が弱みを見せないからでしょうが」
「パチュリー様は、美鈴に弱みを見せているんですか?」
「さぁ……私はそういうのはあまり意識していないから」

 言いながら、会話の意味のなさに、飽き飽きしてしまう。

「咲夜、貴女、美鈴が貴女にどうして愚痴を言わないのか、本当はもう分かっているんでしょう? 無意味な質問をするのはやめなさい。時間の無駄だわ」
「あら、少しくらい意趣返しに付き合って下さっても良いじゃありませんか」

 涼しげな表情から一変、にこにこと気味が悪いくらい爽やかな笑みを向けられて、うんざりした。
 ……まさか美鈴は、この笑顔にだまされたんじゃないでしょうね。まったく厄介だ。
 どうして私の周りにいる人間は厄介なのが多いんだろう。
 まぁ、だからこそ、妖怪の近くに来られるのかもしれないけれど……。

「意趣返しをされるようなことをした覚えはないわ。まったく強欲なのね。愚痴すら欲しいの?」
「えぇ。私は欲深な人間ですからね」
「貴女に人間を語って欲しくはないわね」

 心底、呆れた声を出すと、咲夜は苦笑してわざとらしく首を竦めた。

「そう言わないで下さい。こう見えても少しは傷ついているんですから。あぁ、私今、愚痴を言っているのかもしれませんよ、パチュリー様」
「あら、それは珍しい。とりあえず美鈴に、嫌なことでもあったら何でも話してね、とでも言っておけば? というアドバイスを与えるわ」
「お気遣いありがとうございます」

 まったく空々しい。けれども別に嫌ではない。厄介な相手との会話もそれはそれで楽しい。
 思いと言葉が直結した美鈴との会話とは、また違った楽しみがある。厄介だけど……。
 では、今度こそお暇させて頂きます、と一礼して、咲夜は書斎机の上の砂時計をひっくり返した。
 まったく、せっかく元に戻ったのにまたやるか、という視線でねめつけると面白そうに笑われた。
 一分の隙もなく遠ざかっていく背中に、彼女の愚痴は魔女が呑みこんでしまったから、もう戻ってこないかもしれないわよ、とまじないの言葉を囁いてみると、……では、明日からパチュリー様の分だったココナッツクッキーは、お腹をすかせた妖精か、白黒の魔法使いにでもくれてやることにします、さらりと返された。
 まったく厄介だ、と私は天を仰いで、クッキーを口に運んだ。
 癖になるしゃきしゃきした食感を楽しみながら、ここにいてもまだ当分の間、楽しめそうだと思った。
 この古びた扉の内側も、向こう側も、現実であることに変わりはないのだから……。
 
 
最近、暑すぎるので……。涼しい図書館は極楽です。

咲夜さんと美鈴以外の視点のものを載せるのは初めてになります。

パチュリー視点だとさくめーが客観的に書けて楽しかったです!

魔法使いって何かすごく好きなんですよね。

子供の頃、ごっこ遊びしたり、魔法陣とか描いてたなぁ……。
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
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コメント



0.2080簡易評価
19.100名前が無い程度の能力削除
パチュリーが美鈴のお母さんみたいでなんだか和みました。
22.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
25.100名前が無い程度の能力削除
パチュリーも咲夜さんも、どことなく胡散臭くていい。
そして相変わらずのさくめー、ごちそうさまでした!
44.100名前が無い程度の能力削除
どの作品でも一貫してカッコイイ咲夜さんの貴重な愚痴シーン!