Coolier - 新生・東方創想話

こんな私の一日幻想郷

2010/07/09 19:59:31
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太陽が空に現れ、一日の始まりを知らせていた。
初夏、夏の始まり。太陽が最も輝く季節の始まりである。
きらきらと輝く太陽は一部の種族を除いて活力と希望を与えてくれる。
今日も一日、平穏なときが過ごせますように……


八意永琳は布団からもぞもぞと起き上がり、背を伸ばした。
ゆっくりと首を回した後、肩を上下に動かした。
起床
時刻は午前七時辺りと彼女にしては珍しく遅い目覚めであった。
本来、彼女は永遠亭の切り盛りをしているので、必然的に朝は早く目覚める方である。
今日一日の予定を立て、その後朝食の準備に取り掛かる。
大所帯なので朝から作る食事の量はかなりのものであった。それを毎日続ける彼女の姿は『永遠亭のお母さん』であった。
しかし今日はいつもの日課がなくなった。なのでいつもより遅く起きたのであった。


廊下に面した障子に目をやると、ゆっくりと影が永琳のいる部屋に近づいてきた。
ゆっくりとしたノックが二回鳴らされると永琳は、

「おはよう。起きているわ」
静かな声で相手に返事した。


「おはようございます、師匠。朝食の用意が出来ました」
障子越しからは永琳の弟子に当たる鈴仙が朝食の用意を告げに来ていた。
ゆっくりと立ち上がった永琳は障子を開け、鈴仙と一緒に居間に向かった。











居間に入るとそこには百単位の兎が各自の食事場に並んでいた。
わいわいと話している兎達には朝のまどろみが感じられず活き活きとしていた。
ゆっくりと部屋の端を歩く永琳と鈴仙は上座の方へ向かっていた。そこには永遠亭の主、蓬莱山輝夜と地上の兎、因幡てゐが隣同士に座っていた。
おはようございますと軽く会釈して永琳は中央に座る輝夜の隣の席に着いた。そして鈴仙も永琳の隣に座る。
騒いでいた兎達も全員が揃ったことに気付き徐々に静かになっていく。


「合掌」
永琳が言葉と同時に手を合わせると、皆もそれに合わせた。

「頂きます」
「「「「「頂きます!」」」」」
ご膳に向かって軽くお辞儀をしてから、一斉にはしをつつき始めた。
この光景は永遠亭の習慣である。食事の際、皆が集まってから食べ始める。しかしその前に永琳が合掌の合図を始める。
輝夜が食事は皆で楽しもうと言うのがきっかけでこれが永遠亭に根付いたのであった。最初のうちはなかなかに馴染まなかったが、意外にもてゐが中心となって兎達に浸透させていったのであった。今では当たり前になっている。

次に、大事なのは、食事中は会話をすること。人によっては行儀が悪いように思えるが、楽しまなければ損なことをここの住人は知っているので、兎達は言われるまでもなくわいわいと話す。たわいもない話や、昨日あったことを話す内容が部屋中に響く。
永遠亭の居間からは笑い声と楽しそうな声が絶えなかった。


上座に座る四人にも例外ではなかった。

「えーりん、今日はどうするつもりなの?」
「そうですね、これと言って予定はないのですが」
「師匠、せっかくの休日なんですから偶には外に出てみてはどうですか?」
今朝、永琳が起きた時間が遅かったのはこれが理由であった。
昨晩、永琳は廊下でゆっくりと月見酒に心を和ませていたところ、傍に近づいてきた輝夜がこう言ったのであった。

「ねぇ、えーりん。貴方、最近まともに休んでいないでしょう?イナバが私に相談しにきたわ」
永琳には寝耳に水であった。まさか輝夜からそのような話しが出るとは思わなかったので、返事が出なかった。
その言葉をきっかけに、永琳は輝夜の計らいで無理矢理休日を取らされたのであった。


そういうわけで本日、フリーの永琳は今日の予定を決めあぐねいていたのであった。
うーんと首をひねるもさっぱり思いつかない。仕事のことになると、直ぐに思いつくのだが彼女はこういうのには慣れていなかった。

「じゃあ、人里をぶらついたらどうですか?」
てゐがにぱっと笑いながら永琳に提案をしてきた。なるほど、それも良いかもと納得した彼女は、

「では、今日は人里の方にでも足を運んでみようと思います」
「それは良いわね」
輝夜も嬉しそうに喜んでいた。自分のことではないのに喜んでくれている彼女の顔を見て永琳もつられて微笑んだ。

「あ、そうだ。うどんげ、今日人里に持っていく薬なんだけど、ついでに私がやっておくわ」
「だ、ダメですよ、師匠。今日の師匠は休日なんだから仕事をしてはだめです」
鈴仙は慌てて永琳の提案を断った。

「私が責任もって届けますから任せてください」
胸を張った鈴仙に輝夜は、

「あらあら、任せろとは大きく出たわね。本当に貴方に務まるのかしら?」
ニヤニヤと笑った。そのことに言葉を詰まらせた鈴仙は俯き、慌てながら手を遊ばせていた。
本気で困っている鈴仙に満足した輝夜は「冗談よ」といってたくわんを口に放り込んだ。
ほおを若干膨らませた鈴仙はむくれながらごはんにはしを付けていた。
相変わらず遊ばれる鈴仙が可笑しくて永淋はくすくすと微笑んでいた。
















朝食を終え、着替えもそこそこに永琳は永遠亭を出た。出るときには輝夜をはじめ、たくさんの兎達に手を振られた。おかげで手が疲れた。けれども見送ってくれる人がいることに心地が良かった。
さて、と一息をついた彼女はゆっくりと高度を上げながら竹林の外へと出て行った。上から見下ろした竹林は緑の絨毯であった。隙間なく葉が覆い茂る様は『竹森』といっても過言ではなかった。
ゆっくりと周囲を旋回しながら彼女は人里を探した。

(見えた)
確認できた人里の方に頭を向けて鳥のように軽やかに飛んでいった。



しばらくして、人里付近に来てからゆっくりと降下を始めた。飛ぶ人間が珍しいというわけではないが、人里を往来するのに飛んでいては迷惑だと思い、歩くのがルールとなっている。それは妖怪も例外ではなかった。

(果たして死なない人間は珍しい人間かそれともやはり妖怪になるのかしら)
一人自虐的な考えを浮かべた永琳はこれではいけないと頭を振り、考えを取っ払った。
せっかく輝夜から頂いた貴重な日を無駄にしないよう心に決めた永琳は気合を入れ直し、休暇を全うしようと試みた。
つい気合の入れすぎで右手と右足が同時に動いたのはご愛嬌である。





ぶらぶらとあてもなく歩く永琳は色々なお店に目移りをしていた。
永遠亭では病院として機能もしたが時々、彼女は出歩けない人のためにも出張して往診するときもあった。そのために頻繁ではないもののそれなりにここには足を運んでいる。
しかし、目的が往診だけであったのでどのような里になっているのか彼女にはわかっていなかった。
なのでついつい建物が変わるたびに目移りをしていた。

「へ~こういうお店もあったのね」
永琳が見やった先には玩具屋が建っていた。独楽やメンコ、ヨーヨーなんかが店先に並んでいた。
お店の前まで来ると彼女は独楽を一つ手に取った。
しげしげと眺めていると、店のおくから店主が顔を出してきた。

「おや、永琳さん。いらっしゃい」
「ああ、こんにちは」
その店主の顔には見覚えがあった。確か毒虫に噛まれたということで永遠亭に来た事があるのを思い出した。

「綺麗な独楽ですね」
独楽の円にはハスの花が描かれていた。淡いピンクの花は優しさを表しているようであった。

「どうです、一回まわしてみては」
「あら、良いの?」
店主に促された永琳は紐をぐるぐると独楽に巻きつけていった。独楽を持った手首を軽く振り、そして紐だけを掴んで独楽を手放した。

すると綺麗に地面の上をくるくると回っているではないか。上手くまわせたことに永琳の顔には笑顔が浮かんでいる。
往来の人が珍しい人が玩具屋にいることに気付き何人も足を止めていた。そして地面で回る独楽の演舞を見ていた。

一分以上回った独楽はゆっくりと回転をやめて地面に寝転がった。周りからは感嘆の声が出ていた。

「いや~素晴らしいね。こんなに長く回されるとは大したものだよ」
「いえ、この独楽が素晴らしかったからですよ」
永琳は照れながら独楽を拾い上げ、紐と一緒に店主に手渡した。

「それ、頂けるかしら」
「毎度あり!」
店主は受け取った独楽と紐を持って奥に戻っていった。どうやら独楽の先に付いた砂埃をとっているらしい。
戻ってきた店主にお金を渡した。
くるくると回った独楽には永琳のさっきの自虐の考えを吹き飛ばす力があったのかもしれない。
人里に着いたときとは違い、永琳は嬉しそうに店を後にした。










日が高く上りじわりと汗が額から現れる。
持っていたタオルで汗をふき取り、永琳は空を見上げた。
そこにはかつて自分が住んでいた場所とは正反対のような性質をもつ太陽が彼女を見下ろしていた。
太陽は暖かさと明るさを、故郷は静かさと涼しさを……
太陽を見すぎたせいで目が痛くなり俯いた。
そこには黒い自分がいた。

ああ、彼女はいったい何を考えているのだろう。

おかしなことを考える自分が可笑しくてつい笑ってしまった。
そして今までのように足を運び始めた。
次に永琳が立ち寄ったのは茶屋であった。お昼には丁度良いと思い、赤い絨毯が敷かれたイスに座った。

「いらっしゃいませ」
店の中からしわがれた声が聞こえた。後ろを振り向くと老齢の女性がお茶を載せたお盆を持っていた。

「こんにちは。良いお天気ですね」
「ええ、ほんとに。だけど今日はちょっと強すぎるね~。お店の中に入ってはどうですか?」
女性は永琳に店の中に入ることを勧めた。しかし彼女はその誘いを断った。

「いえ、結構です。少し太陽に当たっていたいので…」
「そうですか」
そう言って女性は永琳の隣にお茶を置いた。
永琳はしばらく注文を考えた後、

「お団子を四本、みたらしでね。あと善哉が一つ。おまんじゅうも……そうね六つ頂戴」
永琳は女性に頼んだ。見かけによらず永琳は良く食べる方である。
特に甘いものには目がなくついつい食べ過ぎてしまうのが永遠亭住民の困った種であった。
しかしどれだけ食べても彼女のスタイルは変わらなかった。
見られていないところで努力をしているのか、それとも蓬莱の薬が間接的に働いているのかそこは謎である。

女性は永琳の注文を受け、お店の中に戻っていった。
戻る途中、女性が自分の手で肩を叩いているのを彼女は何とはなしに見ていた。


しばらくして永琳の注文した皿をお盆に載せた先ほどの女性が現れた。
一つ一つ注文した皿を彼女のそばに置いていく。そして永琳はごゆっくりと言って女性がお店に戻っていくのを見送った。

「では、頂きます」
ここでも合掌は忘れない。もっとも『合掌』とは言わなかったが。
おまんじゅうを一口くわえると中からこしあんが口いっぱいに溢れた。
永琳のひと時の幸せが始まった。
ふるふると震える体はその感動を表していた。
そこへもう一つおまんじゅうをくわえようと手を伸ばしたところに見慣れた人物が立っていた。

「おや、永琳殿」
「あら、慧音。こんにちは」
そこにはこの人里を守護している上白沢慧音が永琳の方に向かってきた。
彼女とはプライベートでもよく会うほど気が合う人物なのである。

「今日は、往診の日かい?」
「いえ、輝夜たちに無理矢理休みを取らされたの」
ほう、と慧音は驚いていた。輝夜が休みを与えるとは想像がつかなかったのだろう。
永琳は慧音を手招きして隣に来るように促した。
慧音がイスに腰掛けると店から先ほどの女性が現れた。

「ありがとう。では善哉を一つもらえないかな」
はい、と言ってまた戻っていった。

「それにしても相変らずだな、貴方は」
「そうね、私も何でこんなに食べるのかよく分からないわ」
「まるで亡霊嬢のようだ」
「い~え、それは違うわ。彼女はグルメ、食べ物なら何でも食べるの。私は甘味専門よ」
失礼な言葉に永琳は顔を赤くした。慧音は笑いながら自分の善哉を待っていた。
皿にあったおまんじゅうを永琳が食べ終えた頃に慧音の善哉がやってきた。
それを置いて戻ろうとした女性に、

「ねぇ、ちょっと宜しいかしら」
そう言って永琳は引き止めた。振り返った女性は何だろうと首をかしげた。

「お婆ちゃん、肩が結構痛むのですか?」
「ええ、ええ。もうかれこれ一週間は痛いのですよ」
指摘された女性はまた自分の手で肩を叩いた。

「そう、それは大変ね。そうだわ、私が肩をもんであげるから、そこに座っては?」
永琳はイスに座るように促した。けれど、

「いえ、ご心配なく。お客さんに肩をもんでもらってはご迷惑ですから…」
「まぁまぁそう言わず」
女性は迷惑だろうと渋っていた。すると慧音が横から口を挟んできた。

「お婆さん。その肩では仕事も辛いと思います。一度その女性に任せてもばちは当たらないと思いますよ」
女性は慧音に説得されて、渋々座った。永琳はありがとうと慧音に伝え、肩揉みを始めた。


よっぽど気持ちが良いのだろう、時々「ああ、よいねぇ」と口から洩らしていた。
ぐっぐっと永琳は一生懸命肩を揉んでいた。外ということもあって彼女の額からは汗が吹き出ていた。

「ふぅ~。これでお終い、と。どうですかお婆ちゃん?」
「ええ、ええ、だいぶ楽になりました。本当に私の肩かなと思うくらいに軽いですよ」
「それは良かったですね。もしまた痛むようでしたら私の弟子に湿布薬を持たせるのでいつでもご相談してください」
女性はありがとう、ありがとうと何度も言ってお店に戻っていった。
何度もお辞儀をされ永琳は照れながら団子を口に運んだ。

「いや、大した者だな」
「まあね、これくらいはやらないと医者としては名を名乗れないわ」
永琳にとって医者とは診察や処方箋だけでなくあんまも含むものらしい。何でも出来る彼女に改めて慧音は感心をした。
その後、永琳と慧音は気の行くまま話しに花を咲かせた。















次に立ち寄ったのは時計屋であった。
特に用事はなかったのだが、あらかた回ったのでここも見ておこうと赴いたのであった。

「いらっしゃい」
迎えたのは着物を着た女性であった。
彼女からは気品が漂いまるで一国の姫のような雰囲気を纏っていた。

「ちょっと見させてもらっても良いかしら」
「ええ。どうぞ」
やんわりとした声は心を軽くさせてくれる。永琳はこの女性が一目で好きになった。
コチコチと刻む針の音が部屋中に響く。けれどそれが不思議であった。部屋の中にはお店にもかかわらず柱時計が四つしかない。部屋もそれほど狭くないのに音だけを聞いているともっと多いように思えた。

「不思議な部屋ですね」
「あら、珍しいですね?」
(珍しい?)
何が珍しいのか永琳には分からなかった。

「普通、こういう店では商品を先に褒めるのではなくて」
「あっ」
間の抜けた永琳の声が部屋に響いた。
くすくすと笑う女性に彼女は恥ずかしくなって顔を赤くした。
(まるで姫のようね)
そこにいる女性は輝夜とは別人である。けれど雰囲気や仕種なんかはまるで輝夜そのものであった。

「ふふふ………まぁ、貴方がそう思うのも当然かもしれませんね」
「と言うと?」
「共鳴をご存知でしょうか?」
永琳はその言葉に疑問が解決した。
この部屋は特殊な構造をしており、音波が天井や壁を震わせて複数に音が響くようになっているのである。そのため四つしかない時計の音が十にも二十にも聞こえるのである。

「なるほどね。だからいくつ物音が聞こえるのね」
「聡いお方ですね」
女性は嬉しそうに微笑んでいる。

「それにしても何故時計が四つしかないのですか?お店ならもっとあっても良いと思うのだけど」
「それは、ここにある時計たちは三ヶ月に一個しか作られないからです」
「誰がお作りで?」
「私ですよ」
これには永琳は驚いた。てっきり別に職人がいるのだろうと思っていたが、まさか姫のような人が作るとは想像をしていなかった。

「ここにある時計はそれぞれストーリーを持っています」
女性は永琳が聴いているのか確認もせず、話し始めた。

「私から見て左手にあるのが『春の時計』。モチーフは春告精。意味は『貴方に幸せのある一年を』。正面の時計は『夏の時計』。モチーフは向日葵の令嬢。意味は『躍動と向上と優しさ』」
一つ目の時計は全体に白いデザインだが縁には桜の花びらが描かれている。針の色も桜色であった。二つ目は褐色と黄色が縞模様となっていた。針の色は緑であった。なるほど向日葵を連想させられる色使いだと納得した。

「入り口近くにある右手の時計は『秋の時計』。モチーフは秋の二神。意味は『頑張った貴方へのご褒美』。そして私の後ろに掛けられているのが『冬の時計』。モチーフは冬の女帝。意味は『次の季節へ駆け上がる前に苦しみを』。以上です」
三つ目は柱の縁には褐色が使われているが中心に向かうにつれて赤くなっている。そして針がある円の中に紅葉が三枚描かれていた。四つ目は意外であった。冬なので白が特徴かと思いきや下半分は黒色であった。どうやらここが苦しさを表しているらしい。上半分は白で針は青かった。

全て同じ形の時計であった。大きさは永琳の身長の半分くらい80センチメートル程度か。
直方体に近い形である。ただ色使いだけが全て異なっていた。けれど、

「私は専門ではないけど、これくらいならもっと早いペースで作れるのではなくて?」
色を変えるだけならもっとあってもいいだろうと思った。しかし女性は首をふった。

「いえ、一つの季節に一つを作ることに意味があるのです。同じ季節は決して巡ってこない。1年を掛けてまた春が来てもそれは新しい春。昔の季節を思い出としてしまうために私はこのようにして作っています」
凛とした声と表情に永琳は思わず見とれてしまった。永遠を生きる彼女には一つの季節に思いを掛けるこの女性が眩しく見えた。まるで太陽であった。
なるほどこの女性にとってはこの時計が写真の代わりになるのだろう。この時計を見てあのときに何をしていたかを思い出させるための媒介がこれなのだと永琳は納得した。

「そういうことね。ごめんなさいね、素人が口を出してしまって」
「いえ、そのような疑問を持つのは当然だと思います。これは私の我侭ですから」
女性は照れくさそうに笑っていた。
なんだ姫のように思えたが、良い意味での町娘そのものではないかと永琳は気づかされた。
純粋で純朴、それらを笑顔で表していたように見えた。

「そうだ、せっかくのお近づきのしるしにこれは如何でしょうか」
そう言って女性が取り出したのは小さな置時計であった。掌サイズでかわいらしいと永琳は思った。デザインは奇抜であった。時計を正面から見て左上は白色、右上は黄色、右下は赤色、左下は黒色と統一性がなかった。

「これは……?」
「私が初めて作った時計、名を『永遠の時計』。モチーフは春夏秋冬。意味は『過去と未来を現在に』」
なるほど、この色使いは季節を表しているのだとわかった。しかし、

「この時計、針がないのだけど」
時計には針がなかった。3,6,9,12と数字は打たれているが肝心の針がなくては時間が分からない。

「ええ、そういう時計なんです。今日の夜にでもその時計を月明かりに照らしてみてください。そうすれば意味は分かりますよ」
「?」
ちっとも要領が得ない回答が返ってきたので、それ以上追求しなかった。月に照らせば分かるといっていたのでそれを見てからでも良いかと納得した。























人里から永遠亭に行くにはこの竹林を通らなくてはならない。竹林の上からでは永遠亭は見えないので徒歩で行くしかない。普段から慣れていれば、行けるのだが知らない人はここを頼りにするのが通例である。

トン、トン

ノックを二回すると、中から声が聞こえた。しばらくして、

「はいはい、どちらさんだ………い…」
「こんばんは、永遠亭まで連れて行って下さらないかしら?」
この家の主、藤原妹紅が驚いた顔で佇んでいた。驚くのも無理はない、永遠亭の住人である永琳がいたのだからだ。

「どういう冗談だい、あんた。これはまたあの馬鹿の命令かい」
妹紅は強い口調で永琳に説明を促せた。すると永琳は今日のあらましを彼女に説明した。

「なるほどね。あんたは休暇の身だから私に護衛をして欲しいと」
「そういうことになるわ。どう?引き受けてくれるかしら?」
「ま、良いよ。今日は月も綺麗だからね。付き合ってあげる。但し、今日は慧音と月見酒の約束をしているんだ。あの馬鹿と顔をあわせると面倒だから、途中までだけどいいかい?」
「ええ、それで十分だわ」
そう言って永琳は妹紅の後ろについて行った。最後まで自分の休暇を満喫しようと永琳は最初からこうしてもらうことを予定に組み込んでいたのであった。
ふと上を見上げてみると満月が昇り始めているのが見えた。
ああ、今日は満月だ。






「んじゃ、ここまでだな」
「ええ、感謝するわ、妹紅」
「まあ、良いって。こんなにいいもの貰ったしね」
そう言って妹紅は右手に掴んでいた袋を永琳に見せた。
そこには大福が四つほど入っていた。実は、時計屋から帰る道中、昼食を食べた茶屋で輝夜達へのお土産として大福を三十個購入していたのである。その中からお詫びとして、妹紅に渡したのであった。

妹紅が手を上げて別れの合図をすると、竹林の中に消えていった。
すると見計らったように鈴仙が現れた。

「お帰りなさい、師匠。どうでした、久しぶりの休日は?」
「ただいま、うどんげ。とても楽しかったわ。これお土産ね」
「わ~、大福だ!!!直ぐに姫様のもとに持って行きますね」
嬉しそうに大福の入った袋を持っていった鈴仙は家の中に入っていった。
どこかで転ばないかと心配そうに永琳は苦笑しながら見つめていた。






こういう一日も悪くないな。




毎日が家事や仕事の繰り返しだったこと思うと、今日は上手にストレスが発散できたのではと思った。これからは時々こういう日を挟もうと考えた。その折、永遠亭から悲鳴の声が上がった。何事かと中に入ると、

「大変だ、姫が大福を喉に詰まらせちゃった!」
「欲張って一気に三つも放り込むだからウサ」

ぷっ
永琳は可笑しくなり玄関の柱に寄りかかって笑い声を上げた。
ああ、これが私の幻想郷の暮らしなんだと実感した。

笑い続ける永琳の元に泣きそうな顔をした我が弟子が近づいてくるのが分かった。
師匠、大変ですぅ~、と泣きつく鈴仙であったが、それでも永琳は笑わずにはいられなかった。






























時刻は十二時手前。
夜の闇がより深くなり、日が変わろうとする時刻であった。
永琳は一人で自分の部屋の前の廊下で月見酒を楽しんでいた。
コップに注いだお酒には月が写っている。それに情緒を感じながらお酒を喉に流し込んだ。
かれこれ一時間は飲んでいるので相当酔いがまわっていた。
そんな永琳の両隣には二つの相棒がいる。今日買った『ハスの独楽』と『永遠の時計』が並んでおり、一緒に月見を楽しんでいるようであった。


月が天高く上りその相貌がありありと見えた。
月は太陽の光を反射し、月はそれを持って『月の光』として大地を照らす。
もちろん永遠亭も例外ではない。
ふと永琳は永遠の時計に目をやった。

「あら?」
すると右上にあった黄色がより輝きを増しているようであった。
まるで太陽の光を反射している月のように。
永琳は酔っているからそう見えるのだろう、きっと見間違いだと思い、もう一杯お酒を飲んだ。
季節は初夏。
とは言えかなり暑い。そんな日はお酒を飲みながら月を見るのも乙なのでは。
つまみは大福でも……

ほのぼのが書きたくてこうなりました。
アクアリウム
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コメント



0.1160簡易評価
9.90名前が無い程度の能力削除
時計の件がよく分かりませんでしたが全体的なテンポ良くほのぼの読めました。
15.60名前が無い程度の能力削除
>「合掌」
そこは「てをあわせてください」だろ小学校の給食的に考えて……

そんなことはさておき、永琳の休日話はあまり見たことが無かったかも?
意外と無邪気に休日を満喫する永琳が良かったです。
18.80名前が無い程度の能力削除
時計がわからん
21.90名前が無い程度の能力削除
素敵だ
22.無評価アクアリウム削除
返信と言うか補足
時計の件についてご指摘がありましたのでここでひとつ。
永琳は永遠の生を享受し、かつ毎日変化のない日々をすごしています。
なので少しでも変化を感じてもらおうと思い、時計屋を話しに盛り込みました。
9氏並びに18氏、説明がうまく伝えられず申し訳ありません。
23.100名前が無い程度の能力削除
永琳はこういうしっとりした雰囲気が似合うと思います。
マッドサイエンティストまがいの変な永琳がはびこる中いい作品。
29.90名前が無い程度の能力削除
こういう落ち着いた永琳は大好物です。
時計について読み取れなかったのが残念ですが、いいお話でした!