Coolier - 新生・東方創想話

巫女の乙女事情

2010/07/04 23:29:06
最終更新
サイズ
20.34KB
ページ数
1
閲覧数
1762
評価数
7/71
POINT
3730
Rate
10.43

分類タグ






「霊夢さん!」
「へ?」
「……失礼、いたします」
 早苗はそう声をかけるとともに霊夢の巫女装束へと手を伸ばし、上着のお腹のあたりをついついっと引き上げて、霊夢の真っ白なお腹に手を伸ばした。
 そして摘んだ。
 ぷにっ――というのは早苗の望んでいた効果音であるが、霊夢の滑らかな贅のない腹部には、そんな効果音は鳴り響かなかった。
「ちょ、ま、なにしてんのあんた!」
「れ、れれれれ霊夢さん!」
「え、え?」
 霊夢は怖くて一歩退いた。早苗の目は据わっているというか、何か極まった決意の揺らめきのようなものが窺えた。吹っ切れた人間は多かれ少なかれ怖い。少なからず人間は常識に囚われていた方が健全である。
「な、何よ?」
 早苗は深呼吸を一つ、両手を股に揃えて姿勢を正したかと思うと、両足で地面を踏み切って宙に浮いた。
「弟子入りさせてください!」
 霊夢はすっかり目を丸くしたまま、目の前で深々と土下座をする早苗を見ていた。頭のてっぺんに旋毛があるのね、へー、などと思っているうちに、早苗は一瞬だけ霊夢を見上げ、霊夢のその微妙な表情を見るや否や再び深々と頭を下げた。下げすぎて腰が浮き、腕に力が入り、そのまま倒立でもしそうな勢いだ。
「……早苗。とりあえず、立って」
「はい!」
「よろしい。そのまま回れ右」
「はい!」

 帰れ。

 霊夢はそう呟いて自分も回れ右をした。即座に早苗は反転し、霊夢の腰に全身で飛びつく。
「ほ……細い」
 生唾を飲み込んで、感嘆とともに早苗は呟いた。
「ろくなもの食べてなくて悪かったわね!」
「だ、誰もそんなことは、あいたっ!」
 無理矢理ひっぺがそうとした霊夢だったが、すぐにその手を緩めて脱力する。
「何でもないなら、逃げやしないから引っつかないで離れなさいよ……」
 真夏日に近い今日の気温で、どう転んでも人肌恋しくなどなりはしない。氷精には引っつかれたい気もするが、口が騒がしいのでやはりことごとく却下だ。ともかく早く縁側に戻り、冷えた桶の水の中へと足を突っ込みたかった。
「話を、聞いていただけますか?」
「聞く聞く、存分に聞くわよ」
 昼頃に不意に早苗は博麗神社にやってきたかと思えば、霊夢には一切話しかけることもなく、けれど視線だけは霊夢にしっかりと張り付けて、無言のままに縁側に腰掛ける霊夢を見つめ続けていた。
 そして霊夢が境内に水を撒きに行き、ようやく話しかけてきたと思ったらこれである。
「というか、最初から普通に話しかけなさいよ」
「そうは言われましても」
「それで?」
「霊夢さんに、弟子入りを」
「それは何でなのよ? あんたの神社にはしっかり神様もいるし、そもそも術とかそういうのは私は教えられないわよ」
「いえ、そういうのは間に合っているんです」
 ご心配なく、と余裕たっぷりの早苗にピクリとこめかみに筋を立てて、霊夢はしきり直すように腕を組む。
「それじゃあ、どういうことなのよ?」
「これを」
「……天狗の新聞?」
 ごそりごそりと早苗が取り出したものは、どこぞの天狗が発行する文々。新聞、その紙片の一枚のようだった。
「これがどうかしたの?」
「……読まれていないんですか?」
「いや、読んでるけど? 一応」
 むしろ、最近の記事に関して言えば早苗の方が言うことはあるのではないか――と、霊夢が視線を走らせた先に、一つのやたらに目の引く記事があった。角を丸くした菱形の中に、少々不気味さのある目玉を入れた図形で縁取られている。
 要するに、八雲紫のすきまだった。
 こんな記事あっただろうか、と霊夢は首を傾げる。




 ◇  スキマの瞳から 第四回 ~華奢~  ◇

 博麗の巫女、博麗霊夢の姿を追いかける本連載も第四回を数え、少しずつ巫女に秘められたるその神秘に近づけているのではないかと思う。今回は博麗霊夢そのもの、その身体の魅惑について筆を執りたい。
 霊夢は華奢である。しかし過剰に細いのではなく、その肢体は活動的であり、夏の日を浴びる彼女の肌はひどく眩しい。見つめすぎては失明するのでは――そんな恐れすら抱かせる。
 読者諸賢は夏になり、衣替えをして薄着になったことだろう。夏になる度、二の腕や、お腹や、脹ら脛、その他諸々の箇所を気にする人――特に女性は、多いのではないだろうか。そして無茶な減量に挑戦してしまうのも……些か仕方がないと言わざるを得ないところ。恥ずかしながら筆者も、身体には常々気配りをしている。
 そこで、である。
 そんな貴方は、是非、実際に博麗神社を訪れてみるとよいだろう。筆者は幾度か霊夢の体に触れる機会を得ているが、巫女の体は四季を通して常に美しく、華奢で、健康的だ。余計な肉があるわけではないが、弾力を失ったわけでもない瑞々しいあの肌。一度は自らの瞳でとらえるべきだろう。目標を得る、というのは日々の生活を豊かにするものである。
 参拝を兼ねて彼女の元を訪ねれば、もしかしたら秘訣を教えてくれるかもしれない。巫女式ダイエット(元々の意味を忘れられてしまった外の言葉で、減量、という意味に相当する)の、その秘訣を。
 蛇足ということになるかもしれないが、唯一の弱点ともいってよい彼女の胸に豊かさをもたらす方法を持ち込めば、おそらく彼女は泣いて喜ぶのであろうと思われるが、筆者としては現在くらいの彼女の控えめな胸の方が――



 
 そこまで読んだ末に、霊夢はぐっしゃぐしゃに新聞を丸め、明らかに適量を超えた弾幕を用いて粉々にしてしまった。
「あんの、スキマ……!」
 なるほど、近頃は少し妙だなとは思っていたのだ。この暑さで参拝客などさらに下降を辿ってもおかしくはないというのに、むしろ途絶えることなく参拝客は増えていた。おかげでまあ気分はよかった。思えばやってくる人々は女性がほとんどであった気もするし、「普段はなにを食べているのですか?」などと聞いてくる人もいた。
 博麗の巫女様だかなんだかしらないが、そんなふうに少し距離をとる人もいることもあって、神社で村人に話しかけられるなどあまりなかったことだ。そもそも、参拝に来る人が少ないというのもあるが。
 食事などを聞いてどういうつもりなのかよくわからなかったが――これで納得がいった。三食具なしの素麺で済ませていたのを、見栄を張って「普通に食べているだけよ」などと誤魔化していたことが思い出された。穴があったらあいつを埋めたい。
「そういうことで、霊夢さん。私に、巫女式ダイエットを教えてはくれませんか?」
「んなもん知るか! 食べなきゃ痩せるわよ! 三食素麺で過ごせ! こんちくしょう!」
「そんなわけがないでしょう!」
 今すぐにでも神社を飛び出してあの年増妖怪の首根っこを捕まえてやろうと考えていた霊夢は、早苗の気迫が満ち満ちた叫びに身を竦めた。
「び、びっくりするじゃない」
「いいですか霊夢さん!」がっしりと霊夢の肩を掴む。「先ほど触れて確信しました。霊夢さんの体は素敵です。ミラクルです。ワンダフォーです。巫女として張り合わねばならない立場の私ですが……確かに、後れを取っています。認めます。外の世界にいたことを考えれば、知識や方法でも私の方がずっと優位であるはずなのに!」
「あ、ありがとう?」
 肩を掴まれ、至近距離で褒め称える言葉を連呼されては、流石の霊夢も反応に困ってしまう。少しばかりくすぐったそうに、人差し指で頬を掻く。
「まずはお話、聞かせていただけますよね?」
 早苗の突き抜けるような視線に、霊夢は頷くしかなかった。



   ○



 縁側へと移動した二人は、大きめの桶に水をたっぷりと注いで、揃って同じように足を突っ込み、涼みながら話をした。会話、というよりは、早苗による外の世界の女子競争の苛烈さ語りに近かった。
「面倒なのねえ、外は」
「霊夢さんが神社で隠居生活みたいなことをしているから知らないだけだと思いますよ。村の女の子はきっとみんな似たようなことを腹に抱えています。……はあ。幻想郷でも、こんなことを考えるなんて」
「私は常識に囚われない、みたいなこと言ってたじゃない、あんた。気にしなければいいのよ」
「あのですね、霊夢さん。常識に囚われずとも……女の子は体重には囚われなければいけないのですよ……」
「簡単に痩せる道具とか、そういうのは発明されなかったの?」
 単純に浮かんだ疑問を口走った霊夢に向けて、早苗は茫然自失にも近い虚無じみた瞳で見つめた。
「……奇跡はですね、起こらないから奇跡って言うんです」
「あんたがそれを言っちゃ駄目なんじゃないの」
「奇跡で乙女の贅肉が無くなるのならば苦労はしません!」
 嗚咽すら漏らしそうな早苗に、若干霊夢は面倒くさくなりつつあった。
「そんなに贅肉あるの?」
「……ちょっとだけ、ですよ」
 早苗は自分の上着の裾を摘み、霊夢に視線を向けるよう促した。
 ほんの数秒裾がめくり上げられ、早苗の腹部が僅かながらに露わになる。
「あー……袴のところにちょっとだけ乗ってたわね、お腹のに」
「皆まで言わないでください!」
「気にするほどでもないと思うんだけど」
 実際何人の人間が見たところで、太っている、とは言わないだろう。むしろ褒める人すらいそうなように霊夢は思う。それに腹立たしいことに、霊夢よりも遙かに早苗の体つきはよいはずである。所謂、女性的な神秘を両胸にしっかりと持っている。大きすぎず、小さすぎない。むしろ霊夢が憧れてもおかしくないほどだ。
 もっとも、当人にはそんなことは関係ないようだった。
「気にするんですよ……」
 ほとほと意気消沈といった様子の早苗を見つめて、霊夢は思わず笑ってしまった。くすりという小さな笑いだったが、次第に堪えきれなくなり、とうとう声を上げて笑い始めた。
 頬を膨らませる早苗をつつき、小振りな唇から息を吐かせる。その顔が面白くて、うははははとさらにはしたなく霊夢は笑う。
「あんたとこんなに話したの、もしかして初めてかしらね」
「突然なにを言うんですか。まあ、私は山にいるのでそう機会はありませんでしたけれど。用もないのに訪れるのも変ですし」
「別に変ではないでしょ。魔理沙とか見ればわかるじゃない。あいつがここに来るときに、用事なんて欠片もないわよ」
「それは、お二人が仲がいいからですよ」
「仲とか関係なく、うちに来る奴に理由なんてまずないけどね」
 あるにはあるが、それは概ね全員一致で「宴会」の二文字のときだけだ。あとは暇に飽かすかどうかといったところだろう。
「外じゃ、用事がなければ人に会わないの?」
「そういうわけではないですが……。メールとか携帯があれば、約束もしやすいんでしょうけれど」
「メール?」
「あ、えっと、そうですね。相手に一秒で届く手紙みたいなものです」
 そりゃすごいわね、と興味があるのかないのか霊夢は驚いたような声を出した。天狗の出番はぐっと減るわねそりゃ、と空を見上げる。入道雲が山の稜線を越えて、日が暮れれば夕立を連れてきそうだった。
「そんな便利なものがあったのに、用事だとか約束だとか、そういうことが問題になるわけ?」
「まあ、逆におかげさまで、というところでしょうか。メールだけで会わずに済んでしまうことも多かったですから」
「なんだか物足りないわね」
「今度、持ってきましょうか?」
「へ? 持ってこれるものなの?」
「えーと」携帯を、と言いたいところだったけれど、「メールを持ってきますよ」と言った方が通りはいいだろう。
「外に置いてこなかったのね」
「まあ、そうですね。もう忘れられる頃合いの機種でしたから」
「キシュ?」
「ああ、いえ。気にしないでください」
「……あんたと話してると、知らない言葉が多くて不思議だわ」
「私も、この世界はとても不思議ですよ」
 高校もなければテレビもなく、携帯もない。その代わりとばかりに妖怪や妖精に魔法使いやらその他諸々がわらわらと。
 ここに集う忘れられた彼らに対して、早苗は彼らを忘れる方の立場にほんの少し前まで立っていたのだ。不思議がそのまま形になって、早苗の目の前を歩き回っているのにも等しい。
 でもその景色は早苗が楽しみにしていたことでもあって、だから外の世界への未練など、何もなかった。
「外の世界でも、巫女をやってたのよね?」
「ええ、まあ」
「それだけ?」
「いえ、あとは高校……村の寺子屋のすごくなったみたいなものですけれど、そこに通ったり。そこで友達と適当に話したりして」帰ってきてテレビを見て、携帯をいじって、たまに出かけて、それぐらいのものだろうか。
 そんなもの、だったのだろうか。
「なんだかわからないけど」
 霊夢はぽすりと早苗の頭に手を置いた。
「そんな顔、私の前ですると死ぬ寸前まで酔い潰すわよ」
「変な顔してますか、私」
「つついたら破れそうね」
 それは確かに変な顔だ。くしゃくしゃの顔をしているのだろう、きっと。
「未練とかがあるわけではないんです。飛んだりはできませんでしたけれど普通に生活はできましたし、別にあちらが嫌いというわけでもないんです」
 ただ、あちら、という言葉はどうしてか、胸が詰まる思いがする。
 ここは幻想郷だ。忘れられたものが流れ着く場所であり、早苗も外から来た以上は、その手続きは踏んでいる。ここに――誰かの忘却の彼方に――自分はいるのだと、あちらという言葉は否応もなく、そんなことを思わせる。
 こちらに来ると決めた日から、身辺も日に日に少しずつ整理して、そこまで多くいたわけでもない友人たちの記憶に残る自分は全て、自分自身の手で(神奈子の力も借りながらではあるが)、最後の日には消しとばしてきた。忘れさせてきた。それこそ、頭のどこかにまとわりつく贅肉を、落とすように。
 あちらで使った最後の力は、そんな使い道だった。
「神奈子様と諏訪子様と、一緒にいられることの方が大事でしたから」
「……まあ、そう言えるなら、いいんじゃない?」
 全くもって言葉通りに、霊夢は「いいんじゃない」と思っているようだった。面倒くさくなってそう言ったというわけではないことは、その口調からよくわかる。少々、早苗は面食らってしまった。
「あ、何。やっぱり未練あるの?」
 眉間に小さな皺を寄せて見つめてくる霊夢を見て、今度は早苗が笑ってしまった。くすりくすりと笑みを繰り返す。笑えるならそれでいいわよ、と言わんばかりに、霊夢も軽く笑って縁側の外の景色へと視線を向けた。
 本当に不思議な場所だ、と早苗は胸の内で呟いた。
「あ、そういえば」
「はい?」
「さっき名前が出たから思い出したんだけど」
 そう言って霊夢は桶から足を引き抜き、母屋の中へと入って行く。早苗がしばらくぼんやりしていると、霊夢は手の中にどうやら新聞らしいものを丸めて持ってきたようだった。
「ほい」と早苗の元へと投げつけられる。
 何か今更見落としたものがあるだろうか、と早苗は首を傾げる。娯楽、といってすぐに弾幕ごっこが出てくるくらいの幻想郷の事情では、捏造ゴシップまみれとはいえ早苗は割としっかり新聞を読んでいた。
 早苗が視線を走らせた先で、ふと一つの記事に視線が止まる。角のある柱と、麦わら帽子に目玉をつけたような奇妙な絵が、記事の周りをぐるりと囲んでいる。
 要するに、八坂神奈子の御柱と、洩矢諏訪子の頭に乗っているアレだった。
 こんな記事あっただろうか、と早苗は首を傾げる。




 ◇  御柱から見た風景 第四回 ~豊満~  ◇

 やはり、ふくよかな巫女はより素晴らしい。ぽかぽかと暖かく、ふくふくと柔らかく、見ているだけで心休まる。華奢、などという言葉に、読者諸賢はどうか惑わされないで頂きたい。
 つまり、守矢神社の巫女、東風谷早苗は素晴らしいのである。
 ぶくぶくではなく、ふくふくとしているのだ。山に住む豊穣の神も、彼女の体には惚れ惚れとしていることだろう。
 さて、書き出しが遅れたが、東風谷早苗の姿を追いかける本連載も第四回を数え――



 
 読み初めてから数秒、早苗はぐっしゃぐしゃに新聞を丸め、明らかに適量を超えた弾幕を用いて粉々にしてしまった。どこかで見た光景だった。
「これはいったい……!」
「あんたのとこの神様じゃないの?」
「ですよね!」
「いや、知らなかったの?」
「霊夢さんだって、自分の記事知らなかったじゃないですか」
 全くもってその通りである。
「……これは、謀られたかしら」
 とりあえず、と霊夢は手を叩く。「天狗はあとでシメるとして、お互い、することは決まってるみたいね」
 おそらく勘はやたらに優れている射命丸のことだ。すでに雲隠れしていてもおかしくはない。おまけに逃げ足は幻想郷でも指折りだから、霊夢と早苗では追いかけるのにも一苦労だ。
「そんじゃ、またいつでも来なさいな」
「はい。また、今度」
 二人は微笑を浮かべて、それぞれ空に飛び立とうとした――ところで、霊夢は早苗を呼び止める。
「なんでしょう?」
「痩せたいなら」
 意地悪な瞳を霊夢は向けた。「飛ばないで走った方がいいんじゃないの?」
 まるで想像していなかった言葉に早苗は数秒驚いてから、口いっぱいにきれのよい笑みを浮かべた。
「霊夢さん、外の世界の有名な名言を教えてあげましょう」
「何かしら」
「――飛べない巫女は、ただの巫女だ」
 嘘でしょそれ、と霊夢は笑った。



   ○



 ゆーかりちゃん、あーそぼ。

 と、爽やかすぎる霊夢の声が八雲家の玄関から投げかけられ、返事を待つことなく霊夢は中へと踏み込む。止めに入ってきた気がしないでもない式の二人を軽くひねり潰し、紫の寝室であろう部屋に殴り込む。
「いたわね、年増妖怪」
「……霊夢、二文字ほど間違えていないかしら? 霊夢でなければすでに首が飛んでいてもおかしくない暴言よ?」
 まあいいわ、と紫は首を横に振る。「私の話を聞いてくれるかしら」と、なよなよとした動きで紫はその場に崩れ落ちる。
「あなたが来た理由はわかっているわ。あの新聞のことでしょう? でもね、霊夢。あれは私にだって考えがなかったわけではないのよ。決して面白半分にやらかしたわけではないの。……あなたはこんなに素敵だというのに、村人たちでそれを知る者はあまりにも少ないでしょう。私はね、それを変えたかったのよ。何事にも中立であれ――そんな博麗の巫女とはいえ、あなたは人間だもの。もうほんの少し、霊夢と、村人が、歩み寄る機会があってもいいと思ったわ。だからね、こうして記事を書かせてもらったのよ。あなたの魅力を少しでも伝えられるように。私みたいな妖怪が直接口で言っても逆に胡散臭いだけでしょう。だからこうして正体を伏せて、ただの一記者として、文字にして伝えてみたのよ」
 お節介だったかしら、と(圧倒的に作り込んだ)少女じみた潤んだ瞳を向けてくる紫に対して、霊夢は腕を組み、眉一つ動かさず見下ろしていた。
「霊夢……?」
 ここ、感動するはずのところなんだけれどな、あれれ? と紫は首を傾げる。
「何言ったか知らないけれど」
 そう言いながら、霊夢は両耳に手を当てて、耳を覆うように展開させていた結界を解いた。霊夢の耳には今までの言葉は何ひとつ入っていない。
「あとでしーっかり聞いて上げるから。今は、痛い目を見て歳を知りなさい?」
「知るのは恥でしょう!?」
 その日、八雲家は半壊した。



   ○



 早苗もまた仁王立ちするようにして、二人の神を見下ろしていた。巫女が、その使えるべき神と、さらには祖先にあたる神を正座させているのだ。奇妙なことこの上ない。
「つまり、神奈子様と諏訪子様は、私が寂しいのではないかと、私がもっと村人たちと馴染めればいいと、そういった善意だけに基づいてこんなことをやった。そういうことですか」
「早苗、いつも山にいるでしょう?」
 確かに、早苗がいつも相手にしているのは天狗や河童、山に住む神々たちだ。
「早苗もわかってると思うけどさ、神奈子は心配性すぎるのよね」
「あんただって、子孫離れまるでできていないじゃない」
「子孫可愛がって何が悪いか!」
「巫女可愛がって何が悪いのよ!」
「喧嘩なさらないでくださいよ……」と早苗はため息をつく。
 けろけろけろと、風が入るようにと開かれた縁側から、風に乗って蛙の鳴き声が聞こえてくる。山の空気は澄んでいて、博麗神社よりも風がひんやりとしている気がした。
「もしかして、私がこっちに来たことを悔いているのかもしれない、なんて思ってはいないですよね?」
 ぎくりといったように二人を小さく表情を変える。神奈子は眉を、諏訪子は口元を。これは二人の癖だった。二人に親しんだ早苗でなければ、まずわかりはしない小さな仕草だった。
「私は、一度だって後悔なんてしていませんよ」
「本当に?」
「本当です」早苗は大きく頷いた。
「こちらに来て楽しそうな神奈子様と諏訪子様を見ることができて、私は本当に幸せですから」
 あちらの世界で嫌なことがあったとすれば、それは二人の元に信仰が集まらないことだけだった。身を削るように生活し、今のように、気楽に顕現することもままならない。弱々しい二人は嫌だったし、信仰が集まらないことは、二人はこの世界にいらないのだと、そんなことを突きつけられているようにも思えた。
 現人神である早苗は、たとえ信仰が完全になくなり、神徳が消え失せようとも、ただの人間として生きていくことはできた。ただそこには、二人の姿は間違いなくなかっただろう。今のような景色は、忘れられるまでもなく消え去ってしまっていたに違いない。
 神奈子が幻想郷に行く計画を早苗に伝えたときのことを、早苗は色濃く覚えている。ついていく、と即答した早苗に神奈子は吃驚していた。二人は早苗を置いていくこともできた。そちらの方が楽だったかもわからない。
 自分にその計画を伝えてくれたことがどれだけ嬉しかったかを、早苗は二人に伝えたことはない。そしてこれから先も、伝えることはないかもしれない。
「お二人は、楽しげにされている方が似合います」
 山の妖怪や神々と、笑顔でがつがつと酒を飲み比べる二人の側に立つことができてよかったと、早苗は思う。
「……早苗、神奈子が泣きそうなんだけど」
「諏訪子も泣きそうでしょうが」
「泣きそうなのは認めるんだ」
「神様が意地をはってどうするのよ」
 それもそうだと揃ってぐずぐずし始めた二人に向けて、早苗は思わず苦笑いしてしまう。
「私だってもう、子供じゃないんですから」
「あ、早苗、それは却下」
 異口同音に声にして、二人は早苗を見つめる。
「やっと普通に一緒にいられる場所に来たんだから、もっと子供みたいに甘えていいわ」
「子どもじゃない、とか、子孫にそんなこと言われると切ないから、あと百年は我慢して」
「……わかりました」
 笑顔以外に、今するべき表情は早苗には思いつかなかった。



   ○



 霊夢と早苗が射命丸文を引っ捕らえ、その口を割らせたところによると、あの新聞には三種類の物が存在し、一つは八雲紫の記事が載っている物、もう一つは八坂神奈子と洩矢諏訪子の記事が載っている物、そして最後に二つの記事どちらも載っている物。
 霊夢の所には早苗の記事だけが載っている物が、早苗の所には霊夢の記事だけが載っている物が届けられていたらしい。
 嘘は本当の中に隠してこその嘘であり、他の記事全ては本物ですよ、いやー人気がすごく出て困っちゃいましたよ、と言ったのが、射命丸文のその日の最後の言葉で、射命丸はその翼の羽毛をぶちぶちと毟られた。



   ○



「こら、魔理沙。早苗にあんまり飲ませると私があんたのこと潰すわよ」
「霊夢さん! 私だってまだ飲めますよ!」
「半分も飲まないでベロベロじゃないの……。いいから、これでも飲んでなさい」
 霊夢がぐっとつきだしたのは、果汁で十分に割られたものだった。「これもちゃんとお酒だから、ほれ」
「……そこまで言うのなら」
 東風谷早苗いっきまーす、と早苗は立ち上がり、博麗神社に集まった連中を存分に煽りたてて一気に飲み始める。「飲めない巫女はただの巫女なのです!」などと盛り上げることだけはやたらに上手い。酒代は全て天狗と八雲家が持つことになっているからいくら飲んでもらってもかまわないのだが。
 しかしそんな飲み方をしろと誰が言ったかと、霊夢は頭を抱えた。
「なあ霊夢」
「何よ?」
「お前と早苗、そんなに仲よかったか?」
「まあ、巫女同士、ね。それに話してみると、かなりまともで話しやすいのよ」
「まとも、ねえ?」
「巫女の友情です!」
 それだけ言って、早苗は飲み干せていない杯を再び傾ける。その少し向こうでは守矢神社の神様二人が、同じような色を瞳に浮かべて、早苗のことを見ている。
「……友情とはこれまたむずかゆいぜ」
「なに魔理沙、羨ましい?」
「馬鹿野郎。んなわけがあるか」
 ふうん、と霊夢は呟いて、両腕を真っ直ぐに目の前へのばす。不思議そうな表情をした魔理沙の目の前に陰が落ちる。前後不覚になった早苗が、ぽすりと、その腕の中へと飛び込んでくる。



 忘れられない思い出は、全部、こっちに持ってきた。


 読了、ありがとうございました。
 お馬鹿な話を書きたいな、と思っていました。


 感想ありがとうございます。れすれす。


>14さん
 紅の豚オモチロイ。
>17さん
 僕のはどうしても湿っぽくなる事が多いので、それでもお馬鹿に読みやすく、というのが今回の考えでした。こちらこそ、ありがとうございますです。
>21さん
 勝ってしまいました。携帯は、こちらに持ってきたのでした。
>32さん
 ふとましいのとは違います! つついて撫でさすりたくなる感じだと思いま(ry
 上手いこと軽さと重さを同居できていたらなあ、と思います。
>33さん
 さなれいむ的に、僕が想像できたのは今はここまででした。いい距離感になっていれば嬉しいです。
>37さん
 忘れられたものの集まる幻想郷で、これ以上、忘れることはできませんから。素敵と言ってもらえてありがたいです。
えび
casuca@live.jp
http://casuca.yaekumo.com/indexmenu.html
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3100簡易評価
14.100名前が無い程度の能力削除
どうみても金曜ロードショーの影響ww
17.90名前が無い程度の能力削除
確かにお馬鹿な話とも言えるのかもしれませんが、
私はそこがとても読みやすく、動きもあり飽きず面白かったです。
ありがとうございました。
21.100名前が無い程度の能力削除
>忘れられない思い出は、全部、こっちに持ってきた。
やられた。負けた。言うことなしです、はい
32.80名前が無い程度の能力削除
ふくふくというほど早苗さんはふとましくない!現代っ子らしく栄養が過剰なのだ!と思いたい。
守矢一家のほのぼの具合と紫&霊夢の殺伐具合がいい対比です。
33.90名前が無い程度の能力削除
友情いいね。
これくらいの関係がちょうどいいと思います。
37.90名前が無い程度の能力削除
で、また忘れられない思い出が積み重なっていくのですね。
少し親交を深めた巫女二人。素敵なお話でした
57.80名前が無い程度の能力削除
霊夢と早苗が徐々に仲良くなる話は好物です