Coolier - 新生・東方創想話

仲良く喧嘩しな

2010/06/25 01:13:34
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「あーあ、ムラサまだ気づかないのかなあ」

 相変わらずの梅雨空が広がっている、ある日のこと。
 私は自分の部屋で寝転がりながら、先程蒔いた悪戯の種が芽生えるのを待っていた。


 こう雨が毎日降り続くと、里に人間をからかいにも行けない。いや、雨が降っていると失敗するというわけではないけど、やっぱり傘を差しながらでは締りがないし、濡れてしまうのは御免被りたい。仕方がないから命蓮寺にいるしかないのだが、特にやることもなくただこうして寺に篭っているのも退屈だ。
 ただ寝転がっているのが我慢できなくなった私は、ムラサにちょっとした悪戯を仕掛けてみることにしたのだ。

 地底で初めて会って以来、彼女は私の貴重な悪友だ。あいつとは喧嘩もするし、お互いを理解し合えているわけでもない。とても親友といえる奴じゃないけど、それでも私はちょっかいを出すならムラサが一番と決めていた。
 彼女はいつも、私の悪戯に正面からぶつかってくれるのだ。多くの人々は大抵二、三度悪戯を仕掛けると段々面白い反応を示してくれなくなるのだが、彼女だけはその度にいいリアクションをくれる。どうしてかは知らないが、毎回私の悪戯に気づくと真っ赤になって私の部屋に乗り込んできてくれるのだ。あれだけいい反応をしてくれれば、からかい甲斐があるってもんさ。

 ともかく、ムラサならきっとこの退屈な日常をぶち壊してくれる。そう考えた私は、彼女のいない時を見計らって部屋に忍び込んだ。
  

 

 真っ先に私の目に飛び込んできたのは、彼女の帽子だった。
それを見た瞬間、これしかないと私は思った。彼女はこの帽子を大事にしていたから、なくなればきっと慌てた姿を見せてくれるだろう。
 私の部屋にずかずかと乗り込んでくるムラサの姿を想像しながら、私は適当な他の帽子を見繕うとそれに種をつけ、ムラサの帽子と摩り替える。彼女の帽子を手にとって、見つからないように自分の部屋に戻った。



 それから十分ほど経っただろうか。すぐにでも飛んでくるかと思っていたが、意外にもムラサはすぐにやってこなかった。
 もしかすると、帽子が摩り替えられていることに気づいていないのかもしれない。彼女がやってきてくれなければ興醒めにも程がある。そう考えて、私は確認してみようと身を起こそうとする。

 その瞬間、いきなり部屋の襖が勢いよく開けられた。襖を開けた主は怒りを顕にしながら私の部屋にずかずかと乗り込んでくる。

「ぬえ、どうせあんたの仕業だと思うんだけど一応聞くわ。あなた、私の帽子知らない?」
「えっ? 知らないけど、何かあったの?」
「あっそ、そうやって白を切るわけね。まあいいわ、話しましょう。何故だか知らないけど、ほんの少し部屋を離れている間に私の帽子が変てこなベレー帽に変わってたのよ。見てよこれ、私は漫画家かっての」
「あはは、ムラサ先生の次回作にご期待くださいってね!」
「まったく、いい迷惑だわ。しかも最近の漫画家はベレー帽被ってるイメージないしね。それはともかく、これやったのあんたでしょ? 早く白状して帽子を返しなさい」
「なんでそう私を疑うかねえ、誰がやったかなんて分からないだろうに」
「私だってあてずっぽうであんたが犯人だと思ってるわけじゃないわ。あの帽子をいつも気にして見ていた私が摩り替えられたのに暫く気づかなかったってことは、このベレー帽が私にとっては水兵帽に見えていたわけでしょ? そんな事が出来るのなんてぬえくらいでしょうが」
「ほう、ムラサにしちゃ素晴らしい推理だね」

 私は笑い出したいのを必死に堪え、知らん振りをしてムラサから視線を外した。どうやら、彼女は思った以上にいい反応をしているらしい。横目で覗き込むようにして見てみると、彼女は腕組みをし、額には珍しく青筋が走っている。それがあまりにもおかしくて、私はつい我慢できずに吹き出してしまった。

「あっはは、もうだめ、ギブギブ!!」
「はあ……やっぱりあんただったのね。さあ、早く返しなさいよ」
「どうしても返してほしい?」
「どうしてもよ。それは大事な物なんだから、さあ返せ」
「ムラサがあんまり返してほしそうにすると、なんだか返す気がなくなっちゃうな~」

 ムラサが本気で苛立っているのは分かっていたが、私は敢えて彼女を更に焦らすことにした。彼女はこうやって怒っているほうが活き活きしているし、私自身退屈を紛らわすことが出来そうだったからだ。

 その時の私は、自分のせいでムラサがどれだけ嫌な想いをしているのかなど考えもしなかった。そのせいでお互いが嫌な気持になることもまた、知るはずもない。
 彼女の気持も考えず、ただ自分のために私は彼女の帽子を返さずにいた。


 
「……最低ね、あんた」

 ヘラヘラ笑う私の顔を睨むように見つめていたムラサが、突然そう言った。思いもしない言葉に動揺した私は、彼女の心中を推し量ろうと少し慌てて彼女に答える。

「や、やだなあムラサ、そんなにむきにならないでよ。いつものお遊びなんだからさ。はいこれ、大事にしてた帽子だよん」

 私がふざけた口調でそう言うと、ムラサはそれを奪い取るようにして受け取った。その様子に少しむっとしながらも、私は彼女におどけた調子を崩さずに言う。

 彼女を怒らせようと躍起になっていた私には、彼女の様子を確認する余裕も無かった。


「あれ、怒っちゃった? ムラサも子供だよね、このくらいで怒るなんてさ」
「分かってないわね。私は、帽子を返さなかったあんたにイラついてるんじゃないの。人の大切な物に悪戯して困らせようとしたあんたの根性が気に入らないのよ」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん! 私だって、退屈じゃなかったらこんな事しないよ!」
「じゃあ退屈なら人の嫌がる事をしてもいいの? いい加減にしなさいよ、この馬鹿!」
「ば、馬鹿じゃないもん! 何も分かってないくせに、バカムラサ!!」
「ちょっと、ぬえ!? ……もう、何であの子は、いつもいつも……」


 売り言葉に買い言葉とは、このような状況を言うのだろう。いつの間にかムラサと口論になってしまった私は、気づいた時既に命蓮寺を飛び出していた。

 正直、自分でもどうしてあの場から逃げ出してしまったのかがよく分からなかった。ただ、これだけは確かだ。

 ムラサに言われた「最低だ」という言葉は、まるで棘のように私の心に突き刺さり、そう簡単には抜けてくれそうになかった。


   *   *   *


 小雨が舞い落ちる、命蓮寺近くの森。傘も持たずに飛び出してきてしまった私は、ひとまず雨宿り出来る場所を探していた。命蓮寺に帰る気がないわけではないが、今ムラサのいる場所に戻ることは考えたくなかった。

 雨の森は普段見られない幻想的な雰囲気に包まれていて、そこを歩いているという事実が現実味を帯びていないように感じられる。雨粒に濡れて艶めく草木の中を往くのは何年振りだろう。久々に見る森の美しさに感動しつつも、このまま濡れているわけにもいかないので辺りを見回しながら進んでいくと、すぐ近くに小さな洞穴を見つけた。雨宿りに使うには十分かと考えた私は、そこにすぐさま駆け込んだ。

 洞穴の中は実に静かだった。どうやら、先客や住人はいないようだ。それに少し安心した私は、近くにあった手頃な岩に腰掛ける。

 誰もいない洞穴に一人いると、不思議と物事を落ち着いて考えることが出来るようだ。先程までは思い出すのさえ拒んでいたあの出来事も、気分の落ち着いた今ならゆっくり考えられそうだ。
 彼女のためにも、そして自分のためにも、あの出来事を整理しないといけない。そう考えて、私は瞳を閉じた。



 今冷静になって考えてみれば、悪いのは全て私だ。彼女の大事な物と知っていてそれに悪戯したのも、それを返そうとしなかったのも十分に最低といわれて然るべき行為だと思う。挙句の果てに逆切れして逃げ出すなんて、私に全面的に責任があるといって過言ではないだろう。
 けれど、あの時の私にとってはそういった事でさえも重要ではなかった。あの時の私は、ムラサと共にふざけていられる事が楽しくて仕方なかったのだ。

 私の悪戯に毎度のように付き合ってくれるのは、ムラサだけだ。彼女だけが私と一緒にふざけて馬鹿やって、喧嘩してくれる。
 あの時の私は、そんな彼女をどうやって怒らせて喧嘩の場に引きずり込むかという事に全神経を集中していた。勿論、喧嘩といっても本気で相手の心や体を痛めつけるようなものではない。まるで子供の喧嘩のような、じゃれ合うようなやり取りを彼女とするのが私は大好きだったのだ。だからこそ、私はある程度彼女を怒らせる必要があった。そのためにわざと彼女の大事な物に悪戯をし、それを返すのを渋ったのだ。
 そのせいでムラサが傷つくなど、私は考えもしなかった。私の身勝手な振る舞いで、私は彼女を傷つけてしまった。

 私は頭を抱え、唇を噛み締めた。頬を伝う温かい雫は、既に乾きつつある私の服にぽたぽたと流れ落ちていく。


 謝りたい。
 真っ先に浮かんだ感情は、悲しみではなく後悔だった。
 加害者の自分がこれだけ辛いのだから、被害者のムラサはどんなに辛い思いをしたのだろう。せめて彼女の痛みだけは、出来ることなら癒してあげたい。友達に苦しい思いをさせたままにはいられない。
 そう考えて、私は涙を拭うと立ち上がり、入り口の方を向いた。
 きっと寺でへそを曲げているであろう悪友の姿を想像しながら、私は軽やかな足取りで洞穴の外へと向かう。

 その瞬間、入り口のすぐ近くで聞き覚えのある声がした。


「ぬえー! ぬえー、いたら返事をしてー! もう怒ってないから、出てきてよー!!」


 あまりの突然の出来事に、私は気が動転して何故か自分自身に正体不明の種をつけていた。まさかムラサが私を探しに来てくれるだなんて思いもしなかったから、つい焦ってしまったのだ。
 しかし、落ち着いてから考えると咄嗟にしては我ながらいい判断だったと思う。その時の私は泣いてしまったから目も腫れていたし、多分いきなりでは彼女にうまく自分の思いを伝えられなかっただろう。正体不明の私を見て彼女がどんな反応を示すのかはわからないが、うまく私を「封獣ぬえではない何か」と認識してくれれば儲けものだ。

 ともあれ、種をつけた私は気分を落ち着けた後外で私を探してくれているムラサに声をかけてみることにした。彼女を驚かせないように気を遣いながら、そっと声をかける。


「あの……」
「ん? あなた……誰?」

 どうやら正体不明大作戦はうまくいったようだ。きっと、ムラサはそう簡単に私を見つけられないと思っていたのだろう。だから、こんな所にいる奴はぬえじゃないという認識が生じて、その結果私の正体はうまく隠されたわけだ。経緯はどうあれ、これで余計な事を考えずに彼女と話が出来る。
 私のそんな思惑には当然気づくこともなく、ムラサは謎の少女に声をかける。

「ええと……ああ、もしかしてあなた、生まれたばかりの妖精か何かかしら? 生まれたばかりだと自分の名前を知らないことも多いって聞いたから」
「うん、そうだよ」
「じゃあよろしくね、妖精さん。私は村紗水蜜よ」
「よろしく、ムラサ」
「ええ。ねえ、突然の質問で悪いんだけど、あなたぬえっていう子を知らない? 黒い服を着て変な羽が生えてる奴なんだけど」
「うーん……ごめん、知らない」
「そう……」

 私が知らないと答えると、ムラサはそう言ったきり黙ってしまった。その横顔はとても寂しそうだったが、せっかくうまく彼女と話せる機会を失うわけにもいかない。もしここで種を取って正体を明かせばムラサは安心するかもしれないが、今度は私がうまく彼女に謝れそうにない。かといってこのまま彼女を放っておくわけにもいかないので、私は彼女を励ますため話を聞いてみることにした。

「あ、あの……ぬえって、どんな奴なの?」
「……」
「ねえムラサ」
「えっ? ああ、ごめんなさい。ぬえねえ……なんていうか、一言でいったらどうしようもない奴ね。人の気持は考えずに自分のしたい事ばっかりしてるし、人を傷つけても謝れないし」
「そ、そうなんだ……」

 ムラサの言葉がショックではなかったといえば嘘になる。確かに私は一言でいえばそういう奴かもしれないが、何も見ず知らずの他人にそう説明しなくてもいいじゃないか。
 私はつい黙り込み、ムラサを元気付けるという目的を見失ってしまった。

「……でも、なんだか放っておけないのよねえ」
「……えっ?」

 ムラサの言葉で私は我に返った。その言葉があまりにも意外だったので、つい私は一瞬遅れて彼女に聞き返す。
 慌てて彼女を見ると、彼女は優しげな微笑を浮かべていた。

「私がいないと、あの馬鹿は本当に好き放題やっちゃうのよ。なんていうか、ああいうのには抑えてあげる役目が必要でね。別にぬえとは深い関係でもないんだけど、不思議と構ってあげたくなっちゃうんだ」
「へ、へえ。でも、嫌な奴なんでしょ?」
「うん、まあそうなんだけど……なんていうのかな、あの子を構ってると飽きないっていうか、嫌な事もすぐ忘れちゃうっていうか……なんか、変だよね」

 そう言ってムラサは困ったように私に笑いかける。それを見た瞬間、私は妙な感覚に襲われた。

 誰かに怒られている時の落ち込んだ気持とも、誰かに迷惑をかけてしまった時の申し訳ない気持とも違う、不思議な感覚。うれしいのだけれども、同時に悲しいような、寂しいような思いもまた私の心の中に存在している。
 相反する感情に心まですっかり飲み込まれた私は、ただ茫然と空を仰いだ。


 なんで、そうやって笑うの? 私、ムラサに嫌なことしたんだよ? なんで、許してくれるの? そうやって笑ってくれるのはうれしいけど、でも……
 ねえムラサ、なんで……


 いつの間にか、私は泣いていた。
 ムラサの笑顔に心を救われつつ、その笑顔に戸惑いを隠せずにいた。


 もしかしたら、今すぐにでも種を外して封獣ぬえとしてムラサに謝るべきなのかもしれない。
 けれど、やはり私は怖かった。今彼女に面と向かって謝る自信がなかったのだ。
 きっと、ムラサはもう怒ってはいない。私にはそれが何故か分からなかった。普通自分の大切な物に悪戯をされたら誰だって怒るものじゃないか。勿論、どの程度怒るかは人それぞれだろうが、怒りというものは一度爆発すると中々鎮まらないものではないのか。

 なんで、ムラサはこんな私を許してくれたのだろうか。

 それに、ムラサが私を許してくれても、問題が全て解決したわけではない。仮に、彼女が私の全てを許してくれたとしよう。その場合、私がいるだけで彼女に少なからず負担をかけてしまうことになる。そんな状態でいる二人が、果たして仲間、或いは友達なのだろうか。

 もしも私のせいで彼女に嫌な思いをさせ続けてしまうなら、私はムラサと一緒にいないほうがいいのではないか。

 そんな二つの大きな疑問に頭を悩ませているうちに、私の意識は少しずつ遠のいていく。
 自分ではどうする事もできない疑問とその不安に押しつぶされそうになりながら、私はただ茫然としていた。


 





「ねえ、大丈夫?」


 ムラサの言葉が私を現実に引き戻す。彼女はいつの間にか私の傍に近寄っており、様子のおかしい私を優しく抱きしめていてくれた。
 それが恥ずかしかったのもあって、私はつい慌てた口調でそれに答える。

「う、うん、平気」
「そう、ならいいんだけど。なんだか悲しそうだったから」

 そう言うとムラサは私の頭を優しく撫でると立ち上がり、寺とは逆の方を向きながら私に言った。

「さてと、私はもう行くね。ぬえを探さなきゃ、きっとあの馬鹿も今頃寂しがってるでしょうから」

 そう言って彼女はまた微笑を見せる。
 その笑顔で、私は覚悟を決めた。

 今聞かないと、多分一生謝れない。彼女の気持を知らないと、私はちゃんとムラサに謝れない。
 だから、今ちゃんと彼女に聞こう。ちゃんと彼女の思いを聞いて、その後ちゃんと謝ろう。
 心の中の漠然とした不安が消えるわけではないが、彼女に話を聞かなければ始まらない。今私が出来るのは、私とムラサの関係から目を背けないことだ。

 そう心に強く誓って、私はムラサに訊ねる。

「あの……一つ聞いてもいい?」
「うん、どうぞ」
「なんでムラサはわた……ぬ、ぬえを許してあげたの? 話を聞いた感じだと、今日も何か嫌な事されたんでしょ? でも、さっきムラサはぬえの事をもう怒ってないって言ってた。ねえ、なんでそんな奴を許してくれたの?」


 私の言葉を聞いたムラサは怪訝な顔をした。その様子から気づかれたと感じた私は言い訳をしようと咄嗟に口を開いたが、その瞬間彼女の言葉が私の口を塞ぐ。


「……友達、だからかなあ」
「友達……?」
「ああ、友達っていっても親友じゃないわよ? そうね、言うなれば悪友って感じかな。ぬえが子供みたいな悪戯してくるから私が怒って、あいつが構ってほしそうにして寄ってくるから一緒にふざけてやって。世間一般の信頼みたいな分かり易い絆なんてないけど、不思議と一緒にいて嫌じゃないんだ」
「で、でも、悪い事したのに、いいの?」
「もう気にしてないからいいのよ。あいつの度を越えた悪戯なんて日常茶飯事だし、ちゃんと叱ればいいんだもの。
 さて、私はちゃんと言ったわよ。次はあなたの番なんじゃない、ぬえ?」


 そう言うとムラサは私を見てにこりと微笑んだ。
 なんだか、とても不思議な気分だ。今まで彼女と向き合うのが怖かっただなんて嘘みたいに、心が晴れ渡っている。心の不安も影を潜めてくれているし、今ならちゃんと謝れそうだ。

 そんな事を考えながら微笑むと、私は正体不明の種を外す。
 正体不明の仮面とともに自らを守っていた甘えも投げ捨てて、私はムラサを見つめて口を開いた。

「へへ、ばれちゃってたみたいだね」
「はじめは気づかなかったんだけど、なんだか挙動がおかしいからもしかして、と思ってね。決め手はさっきの質問だったけど」
「ああ、やっぱりか。次はもっと上手くやらなきゃ」
「ほほう、それじゃあ楽しみにしてるわね。ところでぬえ、あなた何か私に言わなきゃいけない事があるんじゃない?」

 そう言って浮かべる微笑を見ても、不思議と私は迷わなかった。ムラサにきちんと謝らないといけない、その一心で私は彼女を見つめ返す。

「うん。あの……ムラサ、ごめんなさい。私、ムラサに嫌な思いさせちゃったよね。あの時、私はあれがムラサの大事な物って分かってて悪戯した。よく考えればそれがどれだけムラサにとって嫌なことか分かるのに、私は自分が楽しむ事しか考えてなかった。本当にごめんなさい」
「いいのよ、ちゃんと謝れれば。私はもう怒ってないから」

 ムラサはそう笑顔で私に言う。
 もしも私が世間一般で言う素直な女の子であったのならば、彼女の笑顔を喜んで受け入れたことだろう。彼女は私を許してくれた、そんな彼女のためにもこれからは少し悪戯も控えようかしら。そんな事を考えて、うまく仲直りできたのかもしれない。

 けれども、私は自分が思っている以上に捻くれていたようだ。彼女の笑顔を見た瞬間、私はこう感じてしまった。

 ああ、またムラサに無理させちゃったんだ。
 それだけで迷惑をかけちゃうなら、私なんか一緒にいないほうがいいのかなあ。


 確かに、許容という行為は行為者にとって十分負担となり得る。本来気に入らない事柄を我慢しなければならないのだから、嫌な思いであることは確かだ。
 けれど、普通ならこの場面でそういった事はあまり考えないはずだ。なぜなら、そんな事をしなくても事態は解決間近なのだから。
 しかしながら、この時私はまたムラサに嫌な思いをさせたと感じてしまったのだ。普段は人の迷惑なんぞお構いなしなのにこういう場面に限って余計な事を考えてしまうのは自分の事ながら腹が立つ。

 ともあれ、私は必要以上にムラサに対して罪悪感を抱いてしまっていた。どうにかそれを払拭しようと、私は収まりかけた気持を彼女に吐き捨てていく。


「……あのね、私分かってたんだ。あの帽子は聖から貰った大切な物だって、私は知ってた。ムラサが海の呪縛から解き放たれたあの日、聖輦船の船長になったあの日、ムラサが聖から貰ったのがあの帽子なんだよね。だから、ムラサが日頃どれだけあの帽子を大事にしてたのかも私は知ってた。知ってたからこそ、私はそれを狙ったの。悪戯されたものが大事であるほど怒りも増すでしょ? ちゃんとムラサが怒ってくれないと、追いかけてきてくれないと思ったから」
「もういいよ」

 ムラサは私の言葉を険しい表情で聞いていたが、私が言葉を切った瞬間そう口にした。私の気持を察して、彼女もまた苦しんでくれていたのかもしれない。けれど、いや、だからこそ私は彼女を無視するように言葉を続ける。

「だけど、そのせいでムラサに嫌な思いをいっぱいさせちゃって、それなのに私を許してくれて……ねえムラサ、私、やっぱりこのまま命蓮寺に帰らないほうがいいのかな? 私がいたら今までみたいに皆に迷惑かけるし、ムラサにだって嫌な思いたくさんさせちゃうだろうし……私、やっぱり嫌われ者だから」
「もういいってば」
「ムラサはそうやって許してくれるけどさ、それってその都度ムラサに嫌な思いをさせちゃうって事でしょ? そうまでして一緒にいたって、きっと意味ないと思うんだ。私、ムラサのこと大事な友達だと思ってるから、だからこそ一緒にいちゃいけないと思うの。迷惑ばっかりかける私なんていたって意味ないもんね。だからムラサ、私はやっぱり命蓮寺には帰らないよ。だって私は、皆に」
「もういいって言ってるでしょうが!!」



 不意にムラサは私を抱きしめた。あまりに急な出来事に驚いて、私は言葉を遮られてしまう。

「えっ、あ、あの……」
「もう怒ってないって言ってるでしょう。余計な事気にしてる暇があるなら今日の事を反省しなさいよ」
「ムラサ……でも、私」
「ぬえ、あんた何か勘違いをしてるみたいね。私はあんたと出会って数百年間、あんたのことを迷惑だなんて思ったことはないよ。そりゃあ感情的になることは常々あるけど、それもぬえと一緒じゃないと味わえないものだし嫌いじゃないから」
「だけど、私はムラサに」
「嫌な思いをさせたって? ええ、したわ、しましたよ。迷惑じゃないにせよ、これは正真正銘あんたのせいね。だったら、その償いが出来るのはあんただけなんじゃないの? ……私と一緒にいて、ふざけた毎日を楽しもうよ。後でどうにか出来る範囲なら悪戯したっていい。あんたが楽しそうに生きててくれれば、私もなんだか不思議と楽しくなってくるの。だから、ぬえは今まで通り命蓮寺で好き勝手やってればいいのよ。きっと、それがあんたに出来る事なんじゃないかな」

 ムラサはそう言うと、私の頭をポンと優しく撫でた。いつもはからかわれているみたいでそうされるのは嫌いなのだが、何故かこの時は彼女のおかげで心が満たされるような気がした。
 彼女は、私の全てを許してくれた。その上で、一緒にいようと言ってくれたのだ。そんなふうに言ってもらえたら、どんなに暗い気持だって吹き飛んでしまう。いつだって私を見ていてくれる彼女のために、何かしようという気にもなる。

 私は笑顔を浮かべ、ムラサに言った。

「……その償い、いつ終わるか分かんないよ? 多分私、そう簡単に悪戯やめられないし」
「なら、毎回私が付き合ってやるわよ。勿論お仕置きは欠かさないけどね」
「はは、そりゃ困るな。……ムラサ、」
「何よ?」
「ありがと」
「……ばーか」
「ば、馬鹿じゃないもん」
「はあ? あんたが馬鹿じゃなかったらこんな面倒なことになってないんじゃないの?」
「そ、そりゃそうだけども……」
「ほら言った通りじゃない、馬鹿ぬえめ」
「むぅ、馬鹿って言うなよこのバカムラサ!」
「さてさて、馬鹿な子は放っておいてさっさと命蓮寺に帰りますかっと」
「くっそー、こうなったら正体不明・バルセロナアタックをかましてやるっ!」
「へえ、そっちがその気なら山田さんでも呼ぼうかしらね」
「やめて! アクシデントコアこわいマジやめて!」

 そんな阿呆な会話をうだうだと続けながら、私達は命蓮寺に向けて歩き出した。
 歩きながらムラサの横顔を眺めると、彼女はうれしそうに笑っていた。暫く見ていると、私に気づいたようで私に向かって微笑みかけてくる。なんだか恥ずかしくなって私が視線を前に向けると、横目で見える彼女はうれしそうに歯を見せて笑い始めた。それを見て、私は思わず安堵の溜息を漏らしてしまう。


 なんだか、今日は本当に変な一日だったと思う。
 私のせいで喧嘩して、私が飛び出して、ムラサが追いかけてきてくれて、うまく仲直りした。それだけといえばそれだけなんだけど、私は今日初めてムラサと本当の意味で友達になれたような気がする。

 友達には、様々な種類がある。本当にお互いのことをなんでも理解し合っている関係もあれば、上辺だけの付き合いで本当はそれぞれが違う思惑を抱いている場合だってある。その関係性の呼び名も、親友や友、友人など様々だ。

 数ある呼び方の中で、私は敢えてムラサを私の悪友と呼びたい。
親友と言うほど理解し合えているわけでもなく、かといって普通の友人よりも強い絆を感じている。
 私が好き勝手やって作った空間に、彼女が入ってきてはじめて意味を持つ。仲がものすごくいいわけではないけれど、二人の関係は薄っぺらいものでもない。ムラサはあまり世間一般でいう悪さをもうしなくなったけど、偶に私に付き合って馬鹿なことをやってくれる。
 そんな二人を、悪友と呼ばずして何と呼ぼうか。



「私達ってさ、ただの友達かな?」

 私が黙ってしまったため暫く無言で歩いていたが、不意にムラサがそう口にした。少し驚きながらも私は彼女の質問に答える。

「ええと……まあ、友達ってレベルよりは強い関係なんじゃない? でも、なんでまた急にそんなことを?」
「いや、さっき偽妖精さんにあんたを友達って言ったじゃない? どうもそれが今になって気になってね」
「あっはは……じゃあ、ムラサだったら何て呼ぶ?」

 ムラサは少し考えていたが、やがて微笑みながら口を開いた。

「……やっぱり、悪友かな。まあ偽ぬえにも言ったけど、やっぱりあんたはどうしようもなく馬鹿な悪友」
「だから、馬鹿は余計でしょ!」
「はいはい、悪うござんしたよ」
「あっ、またそうやって誤魔化そうとする! だいたいムラサは私を馬鹿にしすぎなんだよね! いつもいつも私を子供みたいに扱ってさー」
「だって、子供でしょあんた」
「違う! 絶対違う!」
「ぬえ、今日の晩御飯はハンバーグだそうよ」
「マジ!? ねえムラサ、はなまるは?はなまるは付くんでしょうね!?」
「やっぱ子供じゃない」
「あ……ず、ずるいよ!」
「ごめんごめん」
「まったく、バカムラサめ」

 そう言いながら、私は笑っていた。

 どんな話題で話が始まっても、口を開けば結局こうなっちゃうんだよね。まあ、こういうふうにムラサと話してるのは好きだからいいんだけども。
 あーあ、偶にはもっと違う話もしたいんだけどな。それこそ、親友同士でするような話とかもしてみたいんだけど。でもまあ、ムラサとこうしてるのが一番楽しいし、いいか。

 そんな事を考えながら、私はふと空を見上げた。
 話に集中していたためか、いつの間にか止んでいた雨にも全く気がつかずにいた。空を埋め尽くしていた黒い雲の姿は既になく、空には夜の闇を照らす月とそれを隠すように広がる薄い雲が僅かにあるだけだ。どうやら、明日は雨も一旦落ち着くらしい。

 ちょっと前までは明日の天気が気になって仕方なかったけど、今はもうどうでもいいや。今までは雨だと外に出られないから退屈だったけど、これからはそれを理由にムラサと遊べるわけだし。もし明日雨が降ったら、今度は悪戯しないで普通に遊びにいってみようかな。もし晴れてたら……早速悪友の本領発揮といこうか。

 そんな事を考えながら、私は大事な悪友とともに命蓮寺へと歩いていく。

 空に浮かぶ月はその姿をすっかり晒し、辺りを淡い光で包んでいた。
 
 
 
翌日の朝。

「ぬえええええええ!!!!! 私の柄杓コレクションの穴全部塞いだのあんたでしょ!!」
「いやほら、ムラサには穴がないってことだよ。もちろん欠点の意味で」
「へえ。でも残念ね、私の性格は穴だらけなのよ。だから勝手にコレクションに手を出した奴がどんな目に遭っても仕方ないわね?」
「あのームラサさん? なんで錨を振り上げてるんですか?」
「うおりゃああああああ!!!!」
「ぬえぇええええええん!!!!」




この二人はいつまでもトムとジェリーみたいであってほしいなと思います。いつも直接被害を被るのはぬえだけど。
でれすけ
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コメント



0.1140簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
こういう交友関係はとても好きです。
5.100名前が無い程度の能力削除
何時までも仲良く
26.100名前が無い程度の能力削除
わた、ぬえちゃんはカワイイデスヨ。
本当に良い仲の二人で、読んでてとても楽しかったです。
28.100名前が無い程度の能力削除
何かさりげなく山田っていってるww
百合っぽいけど百合じゃないところがけっこう楽しめました