Coolier - 新生・東方創想話

七人の紅い咎人 -envy-

2010/06/23 23:23:54
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 パチュリー・ノーレッジは困っていた。
 この図書館は広すぎる。どこにどの本があるのか、すぐに分からなくなってしまう。

 この屋敷には働き者のメイドがいる。だけどそれは、この館の主でパチュリーの友人であるレミリア・スカーレットのメイドだ。それをあまり自分の為に使うのも偲びない。
 そういう事でパチュリーは、自分だけの小間使いが欲しくなった訳である。そんなに難しい事は望まない。ただ、本の整理をしてくれたり掃除をしてくれたり、出来ればお茶くらい淹れてくれる小間使いが欲しくなったのだ。

「さて、それじゃあ作ろうかしら」

 パチュリーは文献を紐解いて、使い魔の召喚方法を探した。そういえば魔法使いだというのに、自分は使い魔の一つも持っていなかった。これは由々しき事態である。

 文献によると、6つの材料に1つの媒介があれば使い魔を召喚出来るらしい。彼女は動くのも面倒だったので、紅魔館のメイドである十六夜咲夜に材料の調達を頼んだ。――先程は、このメイドを使うことを渋っていたが、それとこれとは別の話なのである。

 パチュリーは床に大きな紙を敷いて、召喚の儀式の為、魔法陣を描いた。床に直接描くとレミリアに怒られるのは経験済みだ。もう雑巾を片手に這い蹲るのは、ごめん被りたい。

 大きな六芒星を中心とした魔法陣は蝋燭に照らされながら、怪しく紫色に光っている。ここに後は6つの材料を置けば完成だ。
 十六夜咲夜は大したもので、数日後にはパチュリーに頼まれた珍妙な材料たちを調達してきてくれた。つくづく、友人は良いメイドを持っていると感心する。

「ツチノコの肝臓、ケルベロスの舌、リヴァイアサンの鱗、ケルベロスの舌2枚目、白蛇の心臓、ケルベロスの舌3枚目」

 パチュリーは集めてもらった材料を確認しながら、六芒星の各頂点へとそれを置いていった。さて、後はこの六芒星の中央に媒介となるものを置くだけである。
 しかし、この肝心の媒介を何にするか。それをパチュリーは考えていなかった。

「ふーむ、どうしようかしら。ここが一番重要なのよね」

 呟いて、ふとパチュリーが振り返ると、机の上に一匹の蝙蝠がいた。蝙蝠は元気に羽ばたく様子もなく、力なく机の上で伏している。

「あら、そういえばコイツの事を忘れていたわ」

 この蝙蝠は数日前、この図書館に迷い込んできた子供の蝙蝠である。レミリアの使い魔かと思って彼女に尋ねてみたが、どうも違うという事で、パチュリーはペット代わりに図書館の中で放し飼いにしていた。しかし、どうも環境が合わなかったらしく、蝙蝠は虫の息になってしまったのだ。

「こいつも、きっと力が欲しくて紅魔館に迷い込んできたに違いないわ。どうせ死ぬなら、その望みを叶えてあげましょう」

 パチュリーは小さな蝙蝠をむんずと掴むと、魔法陣の中央に放り投げた。蝙蝠は逃げることもせずに、小さくつぶらな瞳でパチュリーを見上げていた。

「さてさて、それじゃあ早速始めるわよ」

 パチュリーは蝙蝠に向かって言った。それを理解しているのか分からないが、蝙蝠は羽を器用に畳んで魔法陣の中に座り込む。
 パチュリーは机の中から一本のナイフを取り出すと、それを自分の指へと押し当てた。すると、薄く切れた皮膚の隙間から真っ赤な血が流れ出た。
 それをナイフの先で掬い上げると、魔法陣の上へと垂らした。魔法陣の一部に落ちた血は、水の上に垂らされたように、魔法陣全体へと薄く広がっていく。それと同時に魔方陣の全体が、光を増して躍動しはじめた。

「我欲する。我が手足となる従順なる下僕を。我欲する。無よりいずる呪われた契約を」

 パチュリーは凡そ、そんな意味の呪文を唱えた。すると魔法陣はいよいよ光に包まれて、蝙蝠も光に取り囲まれて見えなくなった。

 この世界には幾つかの層がある。その一番上にあるのが、この今存在している世界の“顕在の層”であるが、その下には“精神の層”があったりする。その精神の層には、魔法や化物たちが広大に廣がる海のように、漂い拡がっているのだ。そこから、パチュリーは召喚の儀式によって型取りをし、この世界の層へと掬い上げて“使い魔”という形に召喚する。
 使い魔にしてみれば、召喚されてこの顕在の層に呼び出されなければ、自分自身が存在する事も出来ず、精神の層で海の一部として漂い続けるしかないのだ。つまり、使い魔たちは召喚される事によって初めて、自分というものを手に入れられる。

 魔法陣は6つの材料を光の中に飲み込むと、やがて中心に置かれた蝙蝠に向かって、その精神の海を注ぎ込んだ。この媒介である蝙蝠が、いうなれば海へとはめ込む型となるのだ。

「さあ、出よ。我が使い魔よ」

 パチュリーの言葉に応えるように、淡い光は収束していって、やがて魔法陣の上に人影が造られていく。彼女の目にも、それは確認できた。
 そこに現れたのは、血のように赤い髪の毛をもち、更にその髪の毛の間から蝙蝠の翼を生やした、ひどく不恰好な悪魔であった。いや、その体躯からしても“小悪魔”といった方が適切である。

「あ、ご主人様……。召喚してくださって、ありがとうございます」

 その小悪魔はパチュリーを見るなり頭を下げた。その動きもどこか辿々しくて、パチュリーは本当にこの使い魔が役に立つのか不安になってきた。
 だが、とりあえずは彼女に名前と仕事を与えてみようとパチュリーは考える。「折角の初使い魔だ、大いに役に立ってもらおう」と魔法使いは目論んでいた。

「さて、小悪魔よ。お前の名前はプルミエール。いや、ちょっと長いからプルミィでいいわ」
「はい、ありがとうございます。ご主人様」
「さてプルミィよ。早速だが、この図書館は見ての通り広い。本を何処にしまったかすぐに忘れてしまう。だからお前には本の管理を頼みたいのだ」
「了解しました、ご主人様。精一杯頑張ります」

 小悪魔のプルミィは頭をもう一回下げると、明るく笑って返事をした。パチュリーは魔物たる“小悪魔”がこんな調子で良いのだろうかと思いながら、これでようやく自分にも小間使いが出来たと喜んだ。




    ◇    ◇    ◇




 パチュリー・ノーレッジは困っていた。
 せっかく召喚した小悪魔であるが、これが全くの役立たずであるからだ。

 彼女は腕力が弱かった。――分厚い本を持って山のように高い本棚の間を行き来するのは大変らしく、すぐに疲れ果ててしまう。
 彼女は要領が悪かった。――パチュリー以上に本の置き場所を忘れてしまって、結局はパチュリーが教えなければならない事もしばしばだった。
 彼女は真面目でもなかった。――せめて、それでも一生懸命にやってくれればパチュリーは辛抱できたが、ふと目をやると彼女は魔道書を読みふけって仕事をさぼったりしている。

「駄目だ、こりゃ」

 パチュリーは悩んだ。いくら言い聞かせても元の性能が悪ければ改善の余地はない。こうなったら、もっと良い小悪魔を新しく召喚した方が早いと思ったのだ。
 さっそくパチュリーは咲夜に頼んで、また新しく材料を揃えてもらうことにした。きっと媒介が悪かったに違いない、今度はちゃんとしたものを用意しようとパチュリーは反省した。

「ご主人様、何をしていらっしゃるのですか」

 プルミィはこんな時だけ無駄に勘が良い。パチュリーが見つからないようにと魔法陣を用意している所に、彼女は現れた。いっその事『お前はもう用済みだ』となじってやろうかと思ったが、流石に生みの親であるパチュリーは、そこまで無情な事が言えない。

 確かプルミィには、パチュリーが予備の為に自分の魔力を保存している“タリスマン”の整理を言い付けていたはずだが、この調子ではどうせ途中で放り出して、こちらの様子を伺いにきたのだろう。
 あきれ果てて、注意する気にもならない。

「なに、貴方に妹を作ってやろうと思ってね。貴方一人じゃ、この図書館の管理も大変でしょう?」
「まあ、ご主人様! とても嬉しいです。妹が出来るなんて……まるで人間みたいですね」

 小悪魔のプルミィは、満面の笑みでパチュリーに笑いかける。パチュリーはこの笑顔だけが、プルミィの唯一の取り柄だと思うことにしている。そうとでも思わなければ、とてもやっていけない。

「さて、どんな奴が生まれるのか。楽しみね」

 十六夜咲夜は流石であった。今度は数時間で例の材料を集めてきてくれたのだから。パチュリーも今回は媒介にする物を予め用意したので、準備はもう万全である。

 魔法陣は再び明るい光を放って、そこに置かれた材料を飲み込んでいった。そして魔法陣の中心に置かれた熊の爪に向かって、光が集まる。
 そこにはプルミィよりも一回り大きな、如何にも力強そうな小悪魔が現れた。その小悪魔は両手に、まるで熊のような太く鋭い爪を有していた。

「初めまして、ご主人様。召喚して下さってありがとうございます」
「よろしく、小悪魔よ。貴方の名前はドゥジェ、2番目の小悪魔よ」
「わぁ、よろしくねドゥジェ! 私はプルミィ、貴方のお姉さんよ」
「ええ、よろしくお願いします。ご主人様、姉さん」

 ドゥジェはさっそく仕事を欲しがったので、パチュリーは本の整理の仕事を与えてみた。
 彼女は媒介の示す力の通りに、その腕力には自信があった。ドゥジェは重い本を何冊も一気に抱え悠々と図書館の中を飛び回ると、あっという間に本を整頓してくれた。

「うわー、すごいなあ、ドゥジェは……私よりもずっと力持ちだわ」

 プルミィは妹の活躍に目を輝かせて魅入った。それを見てパチュリーは大きなため息をついた。
 パチュリーにしてみれば、妹の仕事ぶりに感心する前に、プルミィにもまともに仕事をして欲しいのだ。

 だが、この成功に気を良くしたパチュリーはすぐにまた、新たな使い魔を召喚する事にした。お茶を運んできてくれた十六夜咲夜に、また材料を調達してくるようにお願いする。
 そのメイドは呆れたように鼻から息を吐くと、ポットから紅茶をカップに注ぎつつ、こう言った。

「もう面倒だから、必要な数を言って下さい。一気に揃えてきますから」

 パチュリーは「ごもっとも」と頷いて、少し思案した。どうせ、この先も色んな特徴を持った小悪魔が必要になってくるに違いない。

「それじゃあ、あと4回分をお願い出来るかしら?」
「ええ、畏まりました」

 十六夜咲夜は再び材料を集めに飛び立った。そのうちにお使いが出来るような小悪魔を作り出せれば、咲夜を借りなくても大丈夫であろうとパチュリーは考える。

 流石は紅魔館のメイド長。十六夜咲夜は次の日には、4組の材料をパチュリーの前に差し出した。

「いつも悪いわね、でもこれで暫くは用が足りるわ」
「ところでパチュリー様、この材料で何を作っているのですか?」

 咲夜も流石にここまで働かされると、自分が何の材料を集めているのか気になったのだ。パチュリーは、別に減るものでもないので教えてやった。

「これで私の使い魔を召喚するのよ。雑用をしてくれる奴が欲しくなってね」
「ははぁ、それはあすこで本を読んでいる小悪魔の事ですか?」

 咲夜が指差した先には、本棚の上に腰掛けてグリモワールを読み耽るプルミィの姿があった。パチュリーはまた大きなため息をついた。

「あれは失敗作よ。見てなさい、丁度今から、私に相応しい使い魔を召喚してみせるわ」

 パチュリーは予め用意していた魔法陣に、咲夜の調達してくれた材料を並べた。今回はトパーズを一個、魔法陣の中心に置いてみた。

「へぇ、こうして召喚するのですか。結構大掛かりですね」
「一つの生命体を呼び出すのよ。それはおおごとだもの」

 何時ものように光が6つの材料を飲み込んで、やがて光は宝石に収束した。そして現れた小悪魔は、どことなくパチュリーに似た雰囲気を持つ風貌だった。
 今度の小悪魔は、額にトパーズのような黄色い水晶体が埋め込まれている。

「この度は召喚して頂き、誠にありがとうございます。よろしくお願い致します」
「ええ、よろしく小悪魔よ。貴方の名前はトロワ、3番目の小悪魔よ」
「はい、このトロワ。必ずやご主人様のお役に立って見せましょう」

 トロワもさっそく仕事を欲しがったので、パチュリーはドゥジェの補佐として本の整理を手伝わせた。
 彼女は媒介の示す力の通りに、その知力に秀でていた。トロワはドゥジェが適当に収めていた本を種類別に分けたり、また本に管理番号を割り振ってすぐに取り出しやすいようにした。トロワの管理で図書館は随分と検索性が上がった。

「はぁ、トロワはすごいなあ。私よりも、とても頭が良いわ」

 プルミィは新しい妹の活躍を見て感心していた。それを見てパチュリーは頭を抱えた。
 パチュリーにしてみれば、プルミィにこういった雑務をして欲しかったのだが。




    ◇    ◇    ◇




 パチュリー・ノーレッジは満足していた。
 召喚した小悪魔たちによって、この図書館は滞りなく運営されている。自分の知識を深めるのに、余計な気を使わなくて良くなったのだ。自分はただ、本を読んでいれば良い。それはパチュリーにとって理想郷であった。

 力持ちのドゥジェは、本を運ぶのに適しているし、明るく冗談好きで場を和ませてくれる。
 頭の良いトロワは、図書館の司書に向いているし、きちんと皆をまとめるリーダー役だった。
 魔力持ちのキャトリは、パチュリーの魔法の研究の補佐役として役立ったし、無口だが信頼厚かった。
 素早しっこいサンキェは、図書館中の掃除を一手に引き受けたし、お使い役としても重宝した。
 美しいシーズィは、咲夜から紅茶の淹れ方を教わったし、何より皆から愛された。

 この5人の小悪魔により、パチュリーの図書館生活は随分と快適になった。十六夜咲夜も、わざわざ地下まで降りていかなければならない用事が減って、ご満悦だ。

 ただ1人、プルミィだけは違った。
 彼女は妹たちの活躍を尻目に、相変わらず図書館の本をずっと読み耽っていた。妹たちも最初は姉であるプルミィに構ったりしていたが、次第に仕事もろくにしないプルミィの事を疎ましく思って、あまり関わらないようになっていった。
 パチュリーにしても、次第にプルミィの事は頭から消えてなくなり、たまに見かけては大きなため息をついて、見てみぬ振りをするだけだった。

「ドゥジェ、これをお願い」
「はいよ、ご主人様」

 ドゥジェはパチュリーから指示され、10冊以上の本を一度に抱え上げると、本棚へ戻しに飛び立った。

「トロワ。『ソロモンの鍵』はどこにやったかしら?」
「ドゥジェに取らせてきましょう。――ドゥジェ、D-2315の『ソロモンの鍵』をパチュリー様までお願い」

 トロワは音声を遠くに飛ばす魔法で、ドゥジェに指示を出した。この音声飛ばしの魔法は、魔力持ちのキャトリが開発した魔法であり、小悪魔たちの仕事を大いに助けている。

「パチュリー様、お紅茶を淹れましょうか?」
「ええ、シーズィ。頼むわ」

 絹のように美しい金の髪を揺らしながら、末妹のシーズィがティーセットを持ってきた。

「あっ」

 ところがシーズィは蹴っつまずいて、紅茶の入ったティーポットを落としてしまう。一同はハッとする。ティーポットの中にたっぷりとある熱々のお茶が、パチュリーが本を広げている机の上に投げ出されてしまいそうになる。

「おおっと、危ない」

 しかし、どこから来たのか。風のように現れたサンキェが、間一髪でそのポットを空中で受け止めた。

「あちち、気をつけなきゃダメじゃないか、シーズィ!」

 サンキェはポットをシーズィに返してやった。シーズィは瞳を潤ませ、慌てて頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。お姉さま」

 そのシーズィの可愛らしい姿に、小悪魔たちとパチュリーは思わず笑った。シーズィには、そうやって人に好かれる才能が備わっていた。

「はっはっは、またシーズィが何かやらかしたのかい?」

 『ソロモンの鍵』を片手に戻ってきたドゥジェも、その様子に笑いながら輪に加わる。図書館の仲間たちは、今日も明るく笑っていた。

 そう、ただ一人プルミィを除いて。

「基本的な魔術構成における属性の存在は非相反的に顕在するものでありこの理論における精神の層からの干渉は顕在の層への特異点的な作用をもたらす、か」

 プルミィは一人グリモワールを読みながら、独り言をつぶやいていた。彼女は今や、ただの一つも仕事を与えられていなかった。後から生まれてきた妹たちの方が、自分よりも仕事が出来るので、パチュリーもプルミィに与える仕事が無くなったのだ。そうして、最初の小悪魔は完全に放置されている。
 彼女もその事情は、自分でも良く分かっていた。かといって勝手に仕事をする訳にもいかないので、彼女はこの図書館に星の数ほどある本を読み耽る事で、時間を浪費していったのである。

 ちなみに、彼女たち小悪魔は食事を必要としない。存在する為に必要な魔力は、主であるパチュリーから供給されてくるからだ。
 しかしプルミィ以外の妹たちは、主であるパチュリーに迷惑をかけまいと、それぞれの方法により自分たちで魔力を生み出し、パチュリーの負担を軽減しようとしていた。もともと、パチュリーからすれば小悪魔の6匹くらいを養うのは大した負担ではないが、彼女たちのそんな健気な精神が主としては嬉しかった。
 だがプルミィだけは違った。彼女は自分で魔力を養おうとは一切していなかった。むしろ、たまに本で読んだ魔術を試したりして、パチュリーから魔力を持っていったりする事もしばしばだった。

「はぁ……」

 パチュリーはこの時も、プルミィの事を思い出して憂鬱に溜息を吐いた。それを見た小悪魔たちは心配そうに主を見た。

「パチュリー様? お疲れなんですか?」

 姉たちは、パチュリーがこのような溜息をつく時は、決まってプルミィの事だと分かっていたので、あえて訊かなかった。しかし末妹のシーズィは素直であるが故に、主にこのような質問をしたのだ。

「ん? ああ、ちょっと使い魔の事でね……」

 パチュリーは言葉を濁した。それを聞いたシーズィは、すぐに涙目になって主へと申し訳なさそうに項垂れた。

「きっと、私の事ですね。私が紅茶を淹れるくらいしか能のない小悪魔だから……」

 その様子に一同は微笑ましく思って笑顔になったり、また心配して慰めたりする。

「シーズィ、アンタの事じゃないさ。ご主人様の言ったのは、きっと姉上の事だろう」
「そうよ、シーズィ。貴方には紅茶を淹れるという、大事な仕事があるじゃない。何の仕事もない小悪魔が、世の中には居るのよ?」

 ドゥジェとサンキェの言葉に、シーズィは思わず吹き出した。

「私よりも仕事のない小悪魔なんて、本当にいるのかしら。お姉さま」
「ああ、そうか。シーズィが生まれた時には、すっかり見なくなっていたからなあ。よく、本棚の上にいる小悪魔を見ないかい? あれが我々のお姉様さ」

 サンキェはシーズィの頭を撫でながら言った。そこでトロワが「言い過ぎだ」と咳払いをする。サンキェもハッとしてパチュリーの顔を見た。
 だが、パチュリーも特に気にした様子はなく、むしろこんな冗談を言い放ったのである。

「もう、あの子への魔力供給だけ、止めちゃおうかしら」

 図書館には5匹の使い魔と、1人の魔法使いの笑い声が響いた。




    ◇    ◇    ◇




 パチュリー・ノーレッジは困っていた。
 どうも、使い魔の内の一匹が行方不明なのだ。それも、皆に愛されていた6番目の小悪魔・シーズィが消えてしまった。
 姉たちもとても心配しているようで、みんなで図書館中を探したりしたが、結局は見つからなかった。いくら広いと言っても、図書館の中で突然に行方不明になるというのは、かなり考えにくい事であった。
 最初の3日間くらいは、図書館の外にでも出かけて迷子になっているのでは、と思っていたパチュリーも、小悪魔たちの懇願を聞いて重い腰を上げた。しかし、そんな事は紅魔館のメイド長に聞けば一発で分かる事である。

「ねぇ、咲夜。うちの小悪魔が一匹、上に行かなかったかしら? 金髪で一番、可愛い奴」
「さぁ? 私は一週間は紅魔館を出ていませんが、図書館から出てきた者はいませんでしたわ」

 咲夜が言うのだからまず、間違いはあるまい。そうなれば、この図書館のどこかでシーズィは迷子になっているのだ。

「やれやれ、どこまでも迷惑を掛ける子ですこと」

 パチュリーはどこか嬉しそうに言いながら、図書館の中を探索し始めた。
 と言っても、探すのは自分の使い魔である。魔力を供給しているのだから、シーズィがどこにいるのかはすぐに分かるはずなのだ。
 ただし、小悪魔が自分で魔力を補給している場合に限っては、パチュリーにも分かりづらくなる。パチュリーから魔力が供給されるのは、小悪魔から要求された場合のみだからだ。そして姉達の話によると、どうやらシーズィは最近になって、魔力精製を頑張って自給していたようで、パチュリーにもシーズィがどこにいるのかは分かりづらくなっていたのだ。
 それでも感覚として、どちらの方向にシーズィがいるのかは大体を把握出来る。パチュリーは、その方向に向けて歩みを進めた。大きな本棚の間を一人歩くパチュリーは、やがて確信的にシーズィの魔力を感じる。

「ふふ、本の隙間にでも挟まって、泣いてるんじゃないでしょうね」

 パチュリーは魔力を感じる本棚の間へと顔を覗かせた。しかし、そこにはシーズィの姿はなかった。

「おかしいわね、確かにここから魔力が漂ってきたのだけれど」

 パチュリーは静かに、その魔力の根源へと向かう。確かにそこには誰もいなかった。しかし、やがてパチュリーは床に落ちている一つのゴミに気がつく。
 おかしい。サンキェの掃除は塵の一つも残さないというのに……どうもサンキェが掃除をサボったらしい。――そう思いながら、そのゴミに近づいたパチュリーは、その目で確認した。

 そこに落ちていたのは、小さく真っ白な、シーズィの小指であった。




    ◇    ◇    ◇




 テーブルの上に置かれた小指を前にして、4匹の小悪魔は声を出して泣いていた。
 可愛らしい妹の突然の死に、小悪魔たちは感情を抑えきれずに泣きじゃくっていた。

 パチュリーはそれを尻目に、一人図書館を出て地上へとやってきた。そして、紅魔館の主であり友人のレミリア・スカーレットの部屋を訪ねたのだ。
 そしてパチュリー・ノーレッジは事のあらましを全て語った。――レミリアはそれを興味深げに聞き入る。

「なるほど、それじゃあ下手人は限られてるわね」

 幼い吸血鬼は、メイドの淹れたブラッドブレンドの紅茶を愉しみながら笑った。友人の持ってきた小悪魔殺しの話に、彼女は大層興味を持ったようだ。

「そういう事。図書館には私と小悪魔たちしかいない。その中で殺されたとなると、犯人は残りの小悪魔の中にいるって事ね」
「私が聞いた限りじゃ、その一番最初の小悪魔が怪しいね。他の小悪魔には、まるで動機がないじゃない」

 レミリアはこういった謎めいた事件が大好きだった。彼女はよく探偵ごっこをして、色んな事件に首をつっこむ。今回も例外ではない。

「それはないわ。恐らくシーズィは魔法によって殺された。だけども、プルミィにそんな魔法は使える訳がない」
「本ばっか読んでたんだろ? パチェと同じじゃないか。魔法くらい使えるさ」

 パチュリーは皮肉にムッとしながらも、友人の意見に一部は賛同した。

「そうね、もしかしたら魔法は使えるかも知れない。だけれど、魔法を使う為の魔力は私から供給されるしかないわ。その点でプルミィは、存在維持の魔力すら、ずっと私からの魔力供給に頼り切っていた」
「なんだ、それじゃあ話は簡単じゃないか。犯人が魔法を使った時に、パチェには魔力が使われた事が分かるんだろ? じゃあ、既に犯人は分かっているんじゃないか」

 レミリアはつまらなそうに言った。このパチュリーが犯人を既に知っていて、自分に犯人当ての挑戦状を突きつけているのかと思ったのだ。犯人探しは好きであるが、それ以上に試されるのが嫌いなレミリアであった。
 しかし、パチュリーは首を横に振る。彼女も犯人が分かっているのなら、わざわざ地上に出てきたりはしない。

「いいえ、私はこの数日で魔力を著しく使われた記憶がないの。つまり、犯人は自分で魔力を供給出来る者よ」
「すると……。一番怪しいのは、魔力を持っているキャトリじゃないか? そいつが犯人だ」
「ええ、でも。あの子は私の研究を手伝ってくれるから、四六時中、私と一緒にいたのよ。とてもシーズィを殺せるとは思えない」

 レミリアは紅茶を飲み干すと、髪の毛を指でいじくりながら暫く考えた。そして出した答えをパチュリーに進言する。

「私だったら、とりあえずキャトリを拘束しておくな。後はプルミィとやらを常に監視しておく事」
「……そうね、まずは何も分からない以上は、更なる犠牲を出さない事だけに気を付けないと」




    ◇    ◇    ◇




 地下の図書館へと戻ってきたパチュリーは、小悪魔たちに言いつけた。

「念のため、これからは一人で無闇に移動しない事。常に私の周りで仕事をするように! それとキャトリ、私は貴方を疑ってはいないが、魔力を持っているのは貴方だけだという事は紛れも無い事実。ここで拘束させてもらうわ」
「分かりました、我が主」

 キャトリは短く了解すると、両手を前に出してパチュリーの前に出てきた。その様子を見て、ドゥジェたちもキャトリが犯人だとは微塵も思わなかった。
 彼女たちにしても、やはり怪しいのは本棚の上でグリモワールを読みふけっている不出来な姉であった。だが不出来だからこそ、彼女にシーズィを殺すような魔法が使えるのかという疑問もあるのだ。

「プルミィ」

 パチュリーは、暫く振りに彼女の名を呼んだ。プルミィは、読んでいた分厚い魔術書を閉じると、本棚の上からパチュリーの元に降り立った。

「なんですか、ご主人様」

 相変わらず、プルミィは笑顔で言った。パチュリーは、この無知なる笑みを持つ者が、果たしてシーズィを殺したのかと分からなくなった。

「お前も一応は、私の側にいる事。これは図書館全体の事件なのだから」
「はい、ありがとうございます。ご主人様」

 プルミィは勢い良く頭を下げて、パチュリーに礼をした。ドゥジェはそれを疑わしげな目で見つめていた。
 ドゥジェは非常に憤っていた。彼女は一番に末妹の事を可愛がっていた小悪魔かも知れない。もし下手人が判明したのならば、主の指示を待たずして自らの手で縊り殺してやろうと考えていた。
 そんなドゥジェが、一番に犯人だと疑っているのがプルミィであった。2番目の彼女は古くからプルミィと知り合いの小悪魔であったが、あくせくと働く妹や自分を尻目に一日中、本を読みふけっているプルミィの事を疎ましく思っていた。その感情がプルミィを犯人だと思わせていた。

「さて、キャトリ。暫くの辛抱だから我慢しなさい」
「はい、分かっております」

 パチュリーはキャトリに向かって拘束の呪文を掛けた。使い魔に対する主からの拘束は、この世の何よりも強いものとなる。これでキャトリは自分から動く事は全く出来なくなった。
 キャトリは取り敢えず、一番に皆の目につくパチュリーのテーブルの脇に置いておく事になった。

 一段落着いたところで、トロワがパチュリーに向かって質問をした。

「パチュリー様、外部からの侵入者による犯行という可能性は?」

 トロワの疑問はもっともであった。内部の犯行と断定しての行動ばかりをしているが、もしも図書館に不届きものが侵入してシーズィを殺したのならば、この対策は全くの無意味である。

 パチュリーは頷いてトロワの疑問に答える。

「まず、この紅魔館の地下図書館まで、誰にも気づかれずに侵入出来る者がいるとは考えにくい。だけど可能性はゼロじゃないわ、だから私たちで定期的に図書館の中を捜索しましょう。大丈夫、私の側にいれば誰も傷つくことはないわ」

 主の言葉に5匹の使い魔たちは黙って頷いた。
 実際の所を云えば、使い魔たちはそれぞれがお互いに疑心暗鬼になっていた。だが、主であるパチュリー・ノーレッジに対しては皆が絶対的な信頼を置いている。姿の見えない相手に対して、パチュリーの存在だけが、確かに自分たちの支えとなっているのである。




    ◇    ◇    ◇




「それじゃあ、見廻りに行ってくるけれど、すぐに戻ってくるから大人しくしているのよ」

 主の言葉にキャトリは、一寸も動かぬ身体の中で、唯一動かせる瞳で頷いた。
 拘束されたままのキャトリを置いて、パチュリーたちは図書館の中を捜索する事にした。もしかしたら、図書館の中に侵入者が潜んでいるかもしれないからだ。

 パチュリーを先頭にした4匹の小悪魔は、図書館の中を静かに歩く。プルミィ、ドゥジェ、トロワ、サンキェは無言のままで主に付き従った。それは、お互いを牽制し合っているような殺伐とした空間。

 やがて、一行はある地点に辿り着く。そこはパチュリーがシーズィの小指を見つけた、あの場所だった。

「ああ、ここでシーズィが……おぉ」

 ドゥジェは再び溢れようとする涙を堪えて、その床に目を落とした。そこは1匹の小悪魔が粉微塵に殺された場所とは思えないほど、綺麗なままであった。
 パチュリーは何もないその空間に手を伸ばして、空を掴むように手を動かした。

「ふむ、これは空間圧縮ね」
「……そんな高位な魔法を?」

 パチュリーの推測にトロワは異論を挟む。
 空間圧縮とは、文字通り一定の空間を『無』にして圧縮する相当に高等な魔法である。属性魔法に傾倒している事もあるが、このパチュリーすら空間圧縮魔法は扱ったことがない。
 この空間圧縮によって、シーズィは一瞬の内にその身を消滅させられたのだろう。その小指だけを残して。

「そういえば、サンキェ。貴方は掃除をしていた時に、シーズィの指を見つけられなかったの?」

 パチュリーに言われたサンキェは、申し訳なさそうに頭から生えた隼の翼を掻いた。

「いえ、それがあの日の午前に全館を掃除したはずなんですが……。シーズィ自体も、あの指も、見つからなかったんです」

 パチュリーは再び頭を悩ませた。こうなってくると話は破綻してくる。

 3日前に行方不明になったシーズィは、3日目に小指だけが見つかった。そして3日目の午前には全館をサンキェが掃除して見まわったはずで、午後にはパチュリーが小指を見つけている。

「行方不明になって、どこかに閉じ込められた後に、サンキェの掃除が終わるのを見計らって、殺されたという事……? それとも、既にシーズィは殺しておいて、私に小指だけを見つけさせる為に床に落としていった……? 不可解ね」

 パチュリーは再び、レミリアにも相談してみる必要があると思い始めた。これは、もはや図書館の中だけで処理するべき問題ではないと感じ始めたのだ。

「さて、それじゃあキャトリの所に戻りましょうか……」

 言って踵を返したパチュリーは、その瞬間に背筋にぞくりと悪寒が走った。
 そして、彼女は顔面蒼白になって唇を震わせた。
 4匹の小悪魔たちも、その反応に気づいて動揺する。

「どうしたんですか、ご主人?」

 ドゥジェの問いかけに、パチュリーはなんとか正気を取り戻して、大きな声を上げる。

「たった今、何故かキャトリの拘束が解かれたわ。急いで行きましょう!」

 パチュリーの言葉に、小悪魔たちも驚きと焦りに顔色を変えた。あの拘束が解かれるのは、外からのみ。それもパチュリー自身か、それ以上の力を持ってでしか拘束は解かれないはずである。

 パチュリーと4匹の使い魔は図書館の中を飛び回って、キャトリの拘束されていたテーブルまで帰ってきた。

 しかし、そこにキャトリの姿はなかった。ただテーブルの上に置かれた蝋燭が、パチュリーたちの起こした風によって揺れているだけ。

「キャトリ……? どこに行ったの?」

 パチュリーは4番目の小悪魔の名前を呼びながら、周りを見渡した。しかし、もちろん返事は無かった。

「もしや……。キャトリが犯人だったのではないか?」
「な、なんだって?」

 トロワの仮説にドゥジェは素っ頓狂な声を上げて答える。トロワは額のトパーズ色の水晶体に指を当てながら、自分の仮説を話し始める。

「だって、ご主人様の拘束を破るなんて並大抵の使い魔じゃ出来ないわ。もしかしたらキャトリは、私たちが思っている以上の魔力を隠し持っていたのかもしれない。そうすれば空間圧縮なんて魔法を使えるのも説明出来る。きっと、私たちが目を離した隙に、拘束を打ち壊して逃げ出したのよ」
「おいおい、それはいくらなんでも乱暴な推測じゃないか?」
「それだったら、キャトリはどこにいったのかしら? ドゥジェお姉さま」

 トロワの説に、ドゥジェは納得がいかないようであったが、反論も出来なかった。確かに拘束を解いて消え失せたキャトリは疑われても仕方がない。
 だが、パチュリーは冷静に一人、テーブルの下にかがみ込んで何かを拾い上げていた。

「ご主人様、何か……?」
「トロワ。残念だけど、貴方の推理は間違っているわ。だって、キャトリは死んでしまったんですもの」

 パチュリーの手には山羊角の欠片が握られていた。それはキャトリの媒介に使われ、また彼女の頭に生えていたものの一部であった。
 それを見た小悪魔たちは一様に目を見開いて驚き、トロワなどは悲鳴を上げた。

「まさか、そんな……」
「綺麗さっぱり。拘束ごと殺された。私の掛けた拘束ごとなんて……。十中八九、これも空間圧縮魔法による仕業ね」

 パチュリーはその角の破片をテーブルの上、既に置かれていたシーズィの小指の横に、大事そうに置いた。これで2匹の小悪魔が犠牲になった。

「……分かったわ。シーズィよ、きっとシーズィの仕業よ!」

 トロワは何時もの冷静さを失って、やや狂乱気味に叫んだ。それを見てドゥジェは「落ち着けよ」と宥めたが、トロワは収まらなかった。

「だって、私たちもご主人様も、皆で一緒に見廻りに出かけていたのよ? キャトリを殺せたのは、姿の見えないシーズィしかいないわ!」
「落ち着けって! シーズィは死んでるじゃないか」
「違うわ、だってシーズィは小指しか見つからなかったんだもの。そうやって自分を死んだように見せかけて、そうして影から私たちを狙ってるんだわ」
「なんでシーズィが、私たちを狙わなきゃならないんだよ!?」

 ドゥジェの再三の静止にも関わらず、叫び声を上げるトロワに対して、パチュリーは冷静に彼女を諭した。

「いいえ、アリバイなどは無意味よ」

 その言葉に、トロワはピタリと叫ぶのを止め、主へと聞き返した。

「なんですって、ご主人様?」
「その時、そこにいたかどうかなんて関係ないわ。これを見なさい。……キャトリのいた床に、僅かに魔力の跡が残っている。つまりこれは、ここに魔法陣が敷かれていたという証拠。ここには時限式、またはその他の合図に反応する魔法陣が設置されていたのよ。だから、私たちの中にもキャトリを殺した犯人はいるかもしれないって訳。誰でもキャトリは殺せたのよ」

 だが、その事実はパチュリーにとっても戦慄を禁じえないものであった。
 まさか、この自分に気付かれないように、魔方陣を隠蔽して設置するとは。端的に言えば下手人は、自分よりも格上の魔法使いという事になってしまうのだから。

 パチュリーの言葉を聞いて、トロワは完全に正体を失った。
 その日からトロワは、パチュリーたちの前にも姿を現さず、図書館のどこかで見えない敵に怯える日々を過ごすようになった。




    ◇    ◇    ◇




「ふーん、じゃあ推定犠牲者は2人になったのか。犠牲者は増える一方だね、パチュリー君」
「どういう立場からの物言いよ、レミィ。一応は貴方の家の中で起きている事なのよ?」

 パチュリーは取り敢えず、レミリアに事の進展を聞かせにやってきた。だがどうも、レミリアはやはり傍観者然としていて頼りない。

「こうなると、犠牲者と思われていた小悪魔が実は生きていて、そいつが犯人でしたってパターンもあり得るわねえ」
「人事だと思って好き勝手言わないでよ。私は真剣に、此れ以上の犠牲を食い止めようとしているのよ」

 魔法使いは紅茶を口に含みながら抗議する。そういえば、シーズィが消えてから紅茶も暫く飲んでいなかったと気付く。

「もう、私だったら面倒臭いから、全員処分しちまうけどね」
「……そこよ。私はそこが疑問なの。この事件の犯人は何が目的なのかってね。このまま小悪魔を殺していったら、最後には自分だけが生き残って犯人だってバレてしまう。犯人は一体、どこまで仲間殺しを進めるつもりなのか……」
「ふむ、確かに。どんどん犯人は絞られてくる……。もしかしたらば、犯人は小悪魔を皆殺しにするつもりなんじゃないかね? 『そして誰もいなくなった』知ってる?」
「ええ、知ってるわ。だけど、そうだとしたら犯人は、この私すらも殺そうというのかしら? 主である、この私さえも」
「あるいわ、ね。もしその時には、飼い犬に噛み殺される事になんてならないようにね。私もパチェが死んだら、悲しいわ」

 冗談めいたレミリアの言い方に、パチュリーは思わず紅茶をむせ込んだ。まかり間違っても、召喚した小悪魔に自分が殺される事はないだろう。――そう思いつつも、一抹の不安は抱えているパチュリーであった。

「それで、当面はどうするの?」
「まずはトロワが心配だわ。彼女が犯人っていう線もない事はないけど、一番狙われやすいのは一人でいる彼女だしね」
「そうかい、まぁいよいよとなったら、私も助けてやるよ」
「そう? でも、お手を煩わせないように頑張ってみるわ」

 そういって、今回のお茶会はお開きとなった。部屋から出て行ったパチュリーの後ろ姿を見るレミリアは、鋭い目付きでそれを見送った。

「あいつ、死相が出てるな」




    ◇    ◇    ◇




 もはや図書館の中には、小悪魔たちの起こす笑い声は無かった。
 パチュリーの提案した集団行動も、トロワが狂乱してどこかへ行ってしまった事で守られなくなり、既に各々が好き勝手に自衛する事が暗黙の了解となってしまった。

 中でもドゥジェは、妹たちを殺された事に一番憤りを感じている。彼女は毎日、図書館中を飛び回って、どこかに犯人が潜んでいないか見回っていた。
 もちろんドゥジェは、小悪魔の姉妹の中に犯人がいるのではないかとも考えている。――特に、あの愚鈍な姉ではないかと。
 しかし、トロワの半狂乱状態を見てしまったドゥジェは次第に、誰も彼もが怪しく見えてきて、気が滅入ってしまったのだ。終いには、主であるパチュリー・ノーレッジが使い魔である自分たちを殺しているのではないかという、下らない邪推に至ったりもしている。
 そんな中で、ドゥジェは本心から、犯人は侵入者であって欲しいと願うのだ。いや、もっと良いのは死んだと思っていた妹たちが、実は身体の一部を失っただけで生きているという筋書きなのであるが。

 ドゥジェは周囲に警戒の目線を送りながら、図書館を進んで行く。主が言うに、空間圧縮魔法とは、罠のような形式で設置されているかも知れないとの事だ。いくら自分の腕力が強くても、一瞬で消滅させられる魔法で不意打ちされたらどうしようもない。

 そろそろ、今日の見廻りを終えようかと思ったドゥジェの目に、何か不吉なものが映った。
 暗くてよく分からないものの、図書館の隅になにやら大きな物体が落ちている。――掃除ならさっき、サンキェがしていたはずだが

 ドゥジェは意を決して、その床に転がる物体へと駆け寄った。
 そして、それは、ドゥジェの予想していた通り。血にまみれたトロワの姿であった。

「ト、トロワ! トロワ! 無事か!」
「あ、あうう」

 てっきり死んでいるものと思って近づいたドゥジェは驚いた。トロワは瀕死であるに違いないが、確かに生きていて声を出したのだ。
 犯人はここに来て、致命的な失敗を犯した。生きたままのトロワに、ドゥジェが会ってしまったのだから。

「トロワ、誰にやられた!?」
「あ、あ、あぁ」

 トロワは何か言葉が出ないように、口を開いたり閉じたりしている。しかし、最後に聞こえた言葉はドゥジェの耳にはっきりと聞こえた。

「キャ、キャトリが……キャトリが……」

 それだけ言うと、トロワは絶命した。肉体から離れた魂は、再び精神の層へと還っていく。
 ドゥジェは歯を食いしばりながら妹の手を握り、しかし、やがて立ち上がると、その死体をパチュリーの元へと運んで行った。

――テーブルの周りには全員が揃った。
 パチュリーにプルミィ、ドゥジェ、サンキェ。重苦しい空気が流れる中、ドゥジェが口を開いた。

「私はトロワの最後を看取った。そして彼女が最後に伝えてくれた言葉も、しっかりと覚えている」
「トロワは、最後になんと?」
「キャトリが、キャトリが……と」

 一同は静まり返った。2番目に犠牲になったと思われていた魔力を持つ者、キャトリ。それが犯人であったという事か。
 ドゥジェは力強く拳でテーブルを叩くと、涙を流した。

「ちくしょう、トロワの推理は当たってたんだ! きっとキャトリの奴は、今もどこかから、私たちを空間ごと潰そうと舌なめずりしているに違いない!」

 パチュリーは爪を噛んで、己の失態を悔やんだ。サンキェは自らの身体を抱くようにして恐怖に震えた。しかし、ただ一人プルミィだけは違った。
 彼女は毅然として態度で、一歩前に出ると、ドゥジェに向かって言い放った。

「嘘ね」

 その言葉にパチュリーとサンキェはおろか、ドゥジェも意表を突かれ、口を開いたまま呆け、プルミィの方を見やった。

「ドゥジェ、貴方の話は嘘ね。トロワの身体を見てみなさい。彼女だけは空間圧縮魔法でなく、全身を強い力で殴打されて物理的に殺されているわ。貧弱なキャトリに、こんな真似は出来ない」
「そ、そんな事言われたって……。私は有りの侭、起きたことを、お前らとご主人様に話しただけだ……」
「見苦しいわ、我が妹よ。貴方はキャトリに全ての罪を被せ、自分だけ逃れようとしている……。確かにキャトリは、空間圧縮魔法を使って仲間を殺したに違いないわ。だけど、それに貴方も加担していたのでしょう? そして最後には、キャトリに全ての罪を被せて、自分だけは逃れようとしているのよ」

 ドゥジェは呆然とプルミィを見ていた。――これが、あの愚鈍な姉なのか? あの、いつでもヘラヘラと笑っていた、無能極まりない、自分が軽蔑していた姉なのか?
 今のプルミィは完全なる自信に満ち溢れ、パチュリーさえもその空気に飲まれているほど。
 ドゥジェは、全くもって身に覚えのない話であるのに、やがて心が折れそうになってきた。――自分は犯人ではないのに、まるで、そうであるかのように胸が締め付けられる。

「違う、そんな事、知らないわよ」
「キャトリはどうしたの? きっと殺してしまったのね。仲違いの末に殺してしまったのでしょうけど、それをトロワに見られてしまった貴方は、彼女をその場で殴り殺した。そして、キャトリに全ての罪を被せる事を画策した」

 プルミィの言っていることは、全て間違いである。ドゥジェ本人が、それを一番良く知っている。自分は誰一人として殺してなどいないのだから。
 だが、その場の空気はまるで、プルミィの言っている話が、真実そのものであるかのようになっていた。

「待って、何を言ってるの姉さん……私は!」
「罪を認めて、そして罰を受けなさい」

 プルミィのその言葉で、図書館内の空気は一つになった。
 ドゥジェは周りを見渡した。サンキェなどは最早、恐怖と憎悪の入り交じった瞳で自分を見つめているし、パチュリーにしても半信半疑の目を自分に向けている。

「う……」

 その視線に耐えられなくなったドゥジェは、ついに背を向けて逃げ出した。見に覚えのない罪と、仲間たちからの謂れ無き猜疑の目から。

「あ、ご主人様! 逃げましたよ」

 サンキェはドゥジェの後ろ姿を指差したが、パチュリーは首を横に振った。

「行かせなさい。プルミィの言ったことが事実とは限らない。事実でないならば、自分で戻ってくるでしょう。ドゥジェは、それが出来る強い子よ」

 パチュリーはしかし、半分はドゥジェの事を疑いつつも言った。彼女もまた、完全にプルミィの演説に呑まれていたのだ。
 プルミィは、ひとつ溜息をつくと、乱れた赤い髪を手櫛で直しながら一息ついた。

「ご主人様、サンキェ。これで漸く、図書館にも平和が戻りましたよ」

 事実、その日を境にドゥジェは、パチュリーたちの前から消えた。また、犠牲者が出る事もなくなったのだ。




    ◇    ◇    ◇




「はぁ? それで終わっちゃったの?」

 レミリア・スカーレットは、大変ご不満な様子でそう言った。数カ月ぶりに進捗状況を聞こうとお茶に誘えば、事件はあっけなく幕切れしていたと聞けば無理もない。

「それで、パチェは結局、誰が犯人だったと思ってるのよ?」
「……やはり、ドゥジェとキャトリだったのかしら。空間圧縮魔法を使える可能性があるのは、やっぱりキャトリだけだし……。それにトロワの死に方を見れば、確かに腕力のあるドゥジェ以外には出来ない殺し方だわ。でも、結局のところ動機は分からないままね」
「パチェ。『そして誰もいなくなった』って知ってる?」
「知ってるわよ。それ、前にも聞かなかったかしら?」

 レミリアは呆れた様子で目の前の魔法使いへと、軽い軽蔑の眼差しを向ける。

「はぁ、本ばっかり読んでる頭でっかちには、柔軟な発想が出来ないのねえ」
「脳みそがない貴方に、言われたくはないわよ」

 軽い応酬をした後に、パチュリー・ノーレッジは吸血鬼の部屋を後にした。
 最後に吸血鬼はこう忠告した。

「殺す手段がいくらあっても、殺す理由がない奴は殺さない」

 パチュリーはその言葉を耳に入れながらも、軽く受け流して地下の図書館へと戻っていった。




    ◇    ◇    ◇




 凄惨な使い魔の連続殺害事件より、既に半年ほどが経っていた。
 そのほとんどの使い魔を失ったパチュリーは、また忙しくなってしまうと憂鬱に思っていたが、実際にはそうならなかった。

 掃除は相変わらずサンキェが受け持っていたが、その他の本の整理や管理、パチュリーへのお茶などは全て、プルミィが受け持つようになっていたのだ。
 召喚したての頃は、何をやっても駄目だったプルミィは、あの事件以来、むしろ妹たちよりも完璧に、全ての仕事をこなして見せた。
 その様子にはパチュリーも大変驚き、また満足していた。4匹の小悪魔を失ったものの、プルミィのお陰で図書館での暮らしは快適なままであった。

「プルミィ、“アレ”取ってきて」
「はい、ここにあります。ご主人様」

「プルミィ、お茶を……」
「淹れたてがありますわ、ご主人様」

「プルミィ、この魔法って……」
「それならば、こちらの方が寧ろ安定するのでは……」

「プルミィ、あんたは本当に使える子ね」
「そんな……。光栄です、ご主人様」

 そんな調子で、パチュリーとプルミィの図書館での生活は実に順調に進んでいた。それは可愛い使い魔たちを原因不明のままに失ったパチュリーの傷を、少しは癒してくれたかもしれない。

「お姉さま、それではお掃除をしてきます」
「ええ、いってらっしゃい」

 サンキェもすっかりと、その完璧な長姉を慕うようになっていた。彼女もそうする事で他の姉妹たちを失った苦しみから、少しでも解放されようとしていたのかもしれない。

 大図書館を掃除するのには、まだサンキェも少し恐怖を感じていた。いつ、どこからかドゥジェが飛び出してきて自分を殺そうとするかもしれない。もしくは魔法陣から放たれた魔法によって、その身を消し飛ばされるかもしれない。
 事件の傷跡はそういった形で心に深く残ったものの、この半年は一切あのような事件も起きずに、次第にサンキェも落ち着きを取り戻していた。

 彼女は風の様な早さで駆け回りながら、図書館の床を掃除していく。それは、自分が生まれ持った才能であり、誰にも負けない特技であった。
 完璧なる長姉でさえも、この自分のスピードだけは習得出来ていないようであった。

 ところが、今日の彼女は少し疲れていた。サンキェは本棚の端でターンをする時に、身体のバランスを失って本棚に体当たりしてしまったのだ。
 大きな本棚から幾つかの本が落ちる。サンキェは、床へと盛大に尻餅をついた。

「あ、いったた~」

 サンキェはぶつけた頭をさすりながら立ち上がる。そして、落ちてしまった分厚い本を拾い上げた。
 幸いにして、びっしりと本が並んでいる棚であった為、どこから落ちてきたのかは、本の列に穴が空いていて一目瞭然だった。

「いけない、いけない。大事な本を……。お姉さまに怒られちゃう」

 サンキェは本を抱えて、宙を舞った。そして本を戻そうと棚に近づいて。

 穴の向こうと――

――目が合った

「ギャアアアアアアアァァ」

 獣のような叫び声は、パチュリーの耳にもすぐ届いた。しかし、彼女が何事かと振り返る前に、既にサンキェは凄まじい早さでパチュリーの元へ飛んできていた。

「サンキェ! どうしたの!?」

 パチュリーも流石に今の絶叫を聞いて、彼女の身に起きた事の重大さを予感していた。サンキェはあまりの事に言葉を失いながらも、やがて少し落ち着いて、右手に持った一冊の本をパチュリーに差し出した。

「これが、どうしたの?」
「最後、最後のページ……!」

 サンキェはやっとの事で言葉を紡ぐと、主に対してそれだけを伝えた。
 パチュリーは慎重に、その分厚い本を捲り始めた。分厚い故に、最後のページを開くのに若干の時間を要した。その間にサンキェは息を整えて、主に事の詳細を伝え始めた。

「棚からその本が落ちてきたんです。だから棚に戻そうとして、そしたら棚の向こうに……! きっと、ずっと閉じ込められていたんです……。ずっと助けを求めて、あの本棚の中に……。そこに、ドゥジェ姉さんがいたんです!」

 パチュリーの手が止まった。分厚い本の最後のページには、最後の力を振り絞って、四肢を空間圧縮によって奪われたドゥジェが、その牙で刻んだのであろう文字があった。

――1st

 それだけの3文字だった。1st、一番最初の、Premiere、プルミエール

 パチュリーがはたと気付けば、サンキェの足元に淡い光を放つ魔法陣が浮かび上がっていた。

「あっ」

 そう言葉にした瞬間、魔法陣は一瞬だけ強烈な光を放った。
 そして、サンキェの身体が空間の中心に吸い込まれていくように歪んだ。ぐにゃりと曲がった空間は、一瞬で何事もなかったかのように姿を戻し、しかし、そこにサンキェの肉体は残さなかった。

 床にサンキェの頭から生えていた隼の羽が落ちる。

「プルミィ」

 サンキェの残滓の後ろから、静かに近づいてくる1匹の小悪魔に対して、召喚者たる魔法使いは声を掛ける。

「迂闊だった。無闇に空間圧縮魔法を使うと、ご主人様に察知される恐れがあった。……だからトドメを刺さずに閉じ込めておいたのだけれど……。やっぱり、さっさと殺すべきだったわね、ドゥジェは」

 プルミィは両手に1個ずつのタリスマンを持ちながら、パチュリーに向かって歩いてくる。その内の一つは役目を終えて、プルミィの手の中で燃え上がった。

 そこで、ようやくパチュリーは思い出した。
 プルミィを召喚したての頃、彼女に自分の魔力を込めたタリスマンの管理を一任していた事を。今にして思えば、あの保存していたタリスマンは、どこに行ったのか? 答えは目の前にあった。

「プルミィ、貴方が……まさか、貴方が妹たちを殺したというの?」
「ええ、如何にも」

 パチュリーは震える手で自らの頬を押さえた。その顔は蝋のように真っ白に、血の気を失っていた。パチュリーの受けたショックは計り知れない。

「それで、私も殺すというの?」
「私が犯人と分かった以上、ご主人様は私を殺すでしょう? でも、私は死にたくない。つまり、決闘です」

 プルミィの手に光るタリスマンを見て、パチュリーはあの時の事を思い出した。
 そう、自分からの魔力供給を受けなくても強力な魔法を使えたのは、キャトリ以外には、唯一タリスマンを持つプルミィだけだったのだ。彼女は隠し持ったタリスマンを用いて、妹たちを殺す魔法を詠唱していたのである。

 だが、魔力はタリスマンで供給出来たとしても、高位魔法を使う為の魔法の知識自体は一体どこで手にいれたのか?
 召喚したてのプルミィに対してならば、パチュリーはそう疑問に思っていただろうが、今のプルミィを見ればそのような問いは愚問だ。
 この小悪魔は、全てにおいて完璧である。力も知能も魔法も早さも、そして今や美しく成長したプルミィは、まるでサッキュバスのような妖艶で淫靡な魅力を持つに至っていた。
 パチュリーの気づかぬ内に“最初の小悪魔”は、完璧になっていた。では、いつから小悪魔は完璧になっていたのか? もしかしたら、皆が愚鈍だと貶していた時には、既に彼女は完璧になっていたのかもしれない。

 パチュリーは焦る。自分は属性魔法の使い手である。いきなり空間圧縮魔法を撃たれたら、躱す以外に防ぐ方法はない。――自分に果たして、プルミィの魔法を躱す事が出来るのであろうか。

「さぁ、行きますよ。ご主人様」

 プルミィが言ってタリスマンを構えた瞬間。パチュリーは、ある事を思い出した。そういえば、あのタリスマンには魔力が暴発しないように安全装置をつけておいたはずだ。自分の“鍵”さえあれば、あのタリスマンは機能を停止するはずである。
 タリスマンからの魔力供給を絶って、そして自分からの魔力供給を絶てば、プルミィは何も出来ない。むしろ、そのまま存在の維持すら出来なくなって消えるはずだ。

「止マレ!」

 パチュリーは“鍵”となる呪文を叫び、間一髪でタリスマンを機能停止させた。掌にある十字架のタリスマンが、その力を失った事に気付くと、プルミィはそれを投げ捨てて“自らの魔力”で呪文を唱え始めた。

「な、なんで……!?」

 パチュリーは焦りながらも、咄嗟に火炎の魔法をプルミィに投げつける。しかし、それを余裕で躱しながら詠唱を続けるプルミィ。その悪魔の眼前に、空間圧縮の魔法陣が展開されたのを見て、パチュリーは理解した。

――そう、布石だったのである。タリスマンを隠し持っていた事も、そして、ずっとパチュリーから魔力供給を受けていた事も。全ては自分で十分な魔力を生み出せる事を隠すための布石だったのである。
 このプルミィは随分と前からもう、パチュリーの想像の及ばない速度で成長を遂げて、魔力の自給が出来るようになっていたのだ。にも関わらず、それを使わずにパチュリーからの魔力供給に頼って、自らを木偶であると見せかけていたのである。

 魔法陣を展開されたパチュリーに勝ち目はない。後は空間圧縮が、その身を消し飛ばすのを待つばかりである。――まさか自分が、召喚した小悪魔に殺されるとは、夢にも思っていなかった。

 後はプルミィが魔法を放つと意識するだけで、この勝負は決着する。しかし、小悪魔はここで主に向かって、話を始めた。

「ご主人様。何故――私がここまで成長出来たか、分かりますか?」
「……分からない」

 パチュリーは首を横に振るしか無い。プルミィの指先一つで、もう自分は死ぬのだと理解すれば、あまり多くの言葉は紡げなかった。

「それはね、ご主人様。“嫉妬”ですよ。それが私をここまで立派な小悪魔にしてくれました。優秀な妹たちが次々と生み出され、自分の居場所すら見つけられないこの世界で、私の心の中には嫉妬という怪物が住み着き始めました。それは全て、ご主人様に必要とされたいという願いを叶える為に、私の才覚の全てを使って成長を促したのです」
「それで、何故……何故、妹たちを殺したの……?」

 パチュリーは死ぬ前に、それだけをはっきりさせておきたかった。それすらも分からないままで死ぬのは、流石に癪であった。

「言ったでしょう? ご主人様。それも嫉妬ですよ。人知れず成長して、ついには妹たちの誰よりも優れた小悪魔になっても、この図書館には私の居場所は無かったのです。だから妬ましかったのです。私の居るはずだった場所で楽しそうに暮らす妹たちが。だから私は、居場所を取り戻そうとしたのです」
「馬鹿な。私に、成長した姿を見せてくれさえいれば……。貴方も仲間になれたはずなのに」

 パチュリーのその言葉に、プルミィは激昂した。まかり間違えば、もう魔法を解き放ってもおかしくないほどに激昂した。

「馬鹿な事を言うな! それは居場所があった者の吐ける台詞……。居場所が無いものには、居場所を追い求める勇気すら与えられない……。それが、分からないのですか」

 小悪魔は鋭い牙を剥き出しにして、パチュリーに向かって語りだした。――その殺害の一部始終を

「まずは、シーズィでした。彼女は皆から愛されていた、大した能力もないのに外見だけで皆が彼女をチヤホヤした。だから私は、あの子が一人で歩いている時に、本棚の上から声を掛けたんです。上を向いた彼女は足元から喰われました。続いてはキャトリ、彼女は魔力持ちで私の罪を被ってくれる重要な役目でしたが、拘束されて狙いづらくなったので、チャンスはこの他にないと思い、殺す事にしました。皆で見回りに行く時に、こっそりと私は魔法陣を設置しました。彼女もその魔法陣の意味は知っていたでしょうから、拘束されたまま動けずに魔法が発動するのを待つのは、さぞや怖かったでしょうね。トロワはドゥジェに罪をかぶせて終わりにする為に、可哀想でしたが殴り殺しました。彼女は頭ばかり利口で全くといって良いほど弱すぎましたね。罪を被せる私の演説に、ご主人様たちが騙されるのを見て私は内心、ドゥジェに同情していました。しかし、逃げていった先で彼女は空間魔法で閉じ込められてしまいました。念のために手足をもいでから本棚の中に入れておいたのですが、結果的にはこれが私の唯一の失敗でしたね。サンキェも唯一生き残らせてあげたのですが、運のない子。本棚の中を覗かなければ、ずっとずっと私やご主人様と楽しく暮らせたというのに」

 小悪魔の口から流れ出てくるのは、まるで呪言のようであった。嫉妬に囚われて正しく悪魔となった使い魔の姿がそこにはあった。

「でも、私はご主人様に必要とされたかったのです。だからご主人様を殺したくはないのです。どうですか? 私をこのまま使い魔としておいてくださるのであれば、ご主人様の命は助けてあげます」

 小悪魔は主に対して脅迫した。それは、嫉妬に狂った小悪魔に残された最後の理性だったかも知れない。

 しかしパチュリーはここに来て、足元まで伸びた長い髪を、小悪魔の発する魔力の風に靡かせながら、涼しい顔をしていた。
 それは一つ間違えた返事をすれば、すぐさまに命を失う者がする表情とは到底思えない。

「お断りよ。貴方が犯した罪は、生みの親である私が裁く」

 パチュリーには秘策も奥の手もなく、実際に勝機は皆無であった。だからパチュリーは、この状況を打開しようとして言ったのではない。
 そして、もちろん負け惜しみや体面の為に言ったわけでもない。
 ただ、彼女は心から、不貞なる使い魔を裁かねばならぬと思ったのだ。

 その答えを聞いた小悪魔は、いよいよその魔法を解き放とうとした。妹たちの命を奪ってきた強力無比なる魔法を。

「私の城で、好き勝手やってくれたみたいだね」

 衝撃が小悪魔の身体を襲った。それは、まるで警戒しなかった頭上から降り注いだ裁きの一撃であった。
 吸血鬼は自らの居住地で、小悪魔如きに好き勝手に殺生をされたのが頭にきたし、何より友人の命を奪おうとしてる者に対しては当然の行為である。

 その身を紅い槍に突き抜かれた小悪魔は、身動きの取れないままに自らの死を感じ取った。
 吸血鬼はダンスを踊るように、くるくると身体を回しながらパチュリーの前に降りてきた。そして、串刺しの小悪魔を献上するように手差ししてお辞儀をする。

「さぁ、パチュリー。ここまでは友人としての行為よ。後は、貴方が決着をつけるのね」

 小悪魔は魔法陣の展開を止めて、もはや戦意を喪失していた。いや、もしかしたら彼女には最初からパチュリーまで無に還す気は、無かったのかもしれない。今となっては、小悪魔の心中は分からないのだが。

 パチュリーは震える手で、自らの眼前に魔力を集中させ始める。自らが生み出した使い魔たちは、いつの間にか最後の1匹になってしまった。そして、それを自らの手で殺さなければならない事に、パチュリーは恐怖を感じていた。
 自らが掬い上げた命は、何の為にこの世界に顕れたのだろうか。――その意味を考えれば、パチュリーはその刃を振り下ろすことが出来なくなる。

 だから

 パチュリー・ノーレッジは無心に魔力を解き放った。6つの属性魔法は1番目の小悪魔の身体を破壊し尽くした。
 彼女は悲鳴も苦悶も断末魔の一切も放たずに、ただ黙って魔力の業火に焼かれていった。




    ◇    ◇    ◇




 十六夜咲夜は呆れていた。主の友人であり、紅魔館の居候パチュリー・ノーレッジが、またもや使い魔を召喚しようとしているのだ。
 レミリアも、散々な目にあい終いには死にかけた友人を気遣って、咲夜を自由に使っていいよ、と言ったのだが(咲夜にしてみれば、随分と勝手な話ではあったが)、パチュリーは新たに自分の使い魔を欲してコリもせず魔法陣を床に敷いていた。

 ただし、今回は少し違った。咲夜に対してパチュリーは材料の調達を頼まなかったのだ。曰く「材料なら、もう準備してるから」だそうだ。
 では何故、咲夜がここに居るのかといえば、それは主からの命令に他ならない。――召喚された使い魔が、また厄介者であったならば、咲夜がそれを始末しろとの事である。
 咲夜にして見れば全くもって迷惑な話であったが、主の命とあれば従う他ない。しぶしぶではあるが、こうしてパチュリーの召喚の儀式の準備を、全く興味の無い瞳で眺めている。

 パチュリーは六芒星を中心とした魔法陣を描き終えると、その六芒星の端に一つ一つの材料を置いていく。
 その材料は、咲夜があまり目にしたことのないモノであった。

「パチュリー様、その肉片は何ですか?」

 咲夜はパチュリーが魔法陣の上に置いた、一つの肉片を指差して尋ねた。それはまるで人間の小指に見える、腐りかけの肉片。

「ああ、小指よ」
「はあ、そうですか」

 パチュリーからの答えは、概ね咲夜の予想の範疇であった。
 続いてパチュリーは次々と、用意していた材料を置いていく。

 太い獣の爪、黄色い石の欠片、山羊角の欠片、猛禽の羽、そして蝙蝠の羽

「これまた、変わった組み合わせですわね。どんな化物を召喚するつもりなのですか?」
「それは化物でしょうよ。私が作る命なんだから」

 パチュリーは咲夜の言葉を半ば無視して、最後に六芒星の中心に媒介となる物質を置いた。
 それを見た咲夜は唖然としてパチュリーの顔をのぞき込んだ。この魔法使いは、ついに長生きし過ぎて物忘れが激しくなったのかと思ったのだ。

「パチュリー様、恐れながら申し上げますと、その材料は既に使っていらっしゃいますわ」

 咲夜の指摘の通り、パチュリーが中心に置いた蝙蝠の羽は、既に材料として六芒星の端に置かれたものと対になっている物である。
 一般的に云えば、材料と媒介物は別の物を用意するのがベターである。それは人間の血が濃すぎるのも考えものである事と、同義である。

「これは、これで、いいのよ」

 パチュリーはまたもや咲夜を半ば無視して、呪文の詠唱に入った。メイドは仕方無しに、黙ってその様子を眺めていた。

 魔法陣は光に溢れる。あの時と同じように、6つの材料は光の中に吸い込まれていき、やがて光は中心に置かれた媒介へと収束されていく。
 そして、また新たな命が、顕在の層に掬い取られてきた。

 光が収まると、そこには1匹の小悪魔が全裸のままに佇んでいた。髪は血のように紅い――そこは咲夜も気に入った。そして頭部からは蝙蝠の羽を生やしていた。
 彼女はしばらく状況を掴めずに、きょろきょろと周りを見渡している。

 やがて、自分が召喚されたという事を理解したその小悪魔は、パチュリーに向かって頭を下げる。

「召喚して頂き、ありがとうございます。ご主人様」
「ああ、よろしく。小悪魔よ」

 パチュリーはそういうと、取り敢えず用意していた服を小悪魔に差し出して、それを着るように命じた。小悪魔の体格なんかは、みんな大体似たようなものであるから予め用意出来るのである。
 しかし、服を着ながらも小悪魔は、パチュリーに一つの疑問を持ちながら、言い出そうか迷ってその瞳を向けていた。それに気付いたパチュリーは、小悪魔に問うた。

「何よ? 言いたい事があるなら、自由にどうぞ」

 そう言われて、小悪魔はオドオドとしながらパチュリーに切り出した。

「あ、あのご主人様。私に名前は下さらないんですか?」

 そうだ。顕在の層に掬い上げてもらったからには、小悪魔にとって自分に名前をつけてもらうのが、大事な通過儀礼である。そうする事によって、彼女はこの世界でより一つの存在として、確固たる力を得る事が出来る。

「名前なんて、いらないわよ」

 その主の言葉に、小悪魔は耳を疑った。そして服に袖を通しかけていた動きを止めて、主へと目を見開き、無言の訴えを起こす。
 しかし、返ってきた言葉はとどめであった。

「貴方に名前なんていらないわ。貴方は小悪魔、それ以上でもそれ以下でもないのだから」

 なんという事だ、この主は自分に名前すら与えてくれない。「こんな調子では」と小悪魔は、この先の労働環境について、酷く不安感を覚えた。
 これはとんでもない主に掬い上げられてしまったものだと、彼女は自分の不運を嘆くのであった。
わが血は嫉妬のために湧きたり。われもし、人の幸福をみたらんには、汝はわれの憎しみの色に覆わるるをみたりしなるべし。


――Dante,“La Divina Commedia-Purgatorio”より
yunta
konparo@gmail.com
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コメント



0.630簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
パチュリーにとってただ一人の小悪魔とするためにあえて名前をつけなかったのですかね。
今まで見たことのない設定だったので新鮮でした。
8.100削除
その名にはすべての「小悪魔」たちがいるのですね
これも発想が斬新で面白かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
あなたのせいで小悪魔にハマってしまいそうなんだがどうしてくれる
11.100山の賢者削除
名無しの理由はこれだったのか。
しかし、パチェこあでパチュリーは小悪魔に愛の言葉を囁くのになんと名を呼ぶのか。
それがすこし気になった。
14.無評価yunta削除
皆さん、ご意見ご感想をありがとうございます。一部抜粋してお返事をさせていただきます。

>>4.さん

 大妖精と小悪魔は殆ど設定が無いですからね、好き勝手にさせて頂きました。
 名前を付けなかった理由については、読んでいただいた方のご想像にお任せで。

>>10.さん

 私も書いていたら今まであまり興味がなかった小悪魔に愛着が沸いてきました。仲間ですね。
15.80名前が無い程度の能力削除
私的に途中まで自分好みの作品だと思っていたが
プルミィの動機でもにょった
悪魔なんですし自分全肯定でも良い気がしました
ただ作品群全体で見た場合はこれで良いのかもしれませぬ。
19.70即奏削除
面白かったです。
24.100パレット削除
 面白かったです!
25.100名前が無い程度の能力削除
良かった