Coolier - 新生・東方創想話

七人の紅い咎人 -lust-

2010/06/23 23:23:12
最終更新
サイズ
83.35KB
ページ数
1
閲覧数
1545
評価数
9/27
POINT
1490
Rate
10.82

分類タグ


 魔都に降り立った私は、深い朝霧に包まれたその光景に、故郷の倫敦を重ねた。
 それが明治十七年、上海の景色だった。


――日本のある研究グループが上海で発見した古い手記より




1.上海共同租界1884


 銀の髪に白い肌。この文化人種入り乱れる上海においても、その美貌はどうしても人目を集める。
 だが彼女は人目を集める訳にはいかなかった。故に、彼女はその華やかな表舞台にこそ相応しい美しさを、今は男物の外套で抑えこむように隠し切っている。

「ジル、待たせたな」

 租界の片隅、貧民街にある古い安宿。その入り口の前で女に声を掛けたのは、まだ若くもどこか武骨さを感じさせる金髪の男。
 呼ばれた女、ジルは外套の懐から金細工の施された懐中時計を取り出すと、針の指し示す時間を一瞥した。そして、時計を懐にしまうと金髪の男へと青い瞳を向けた。

「久しぶり、ジャック。2秒の遅刻ね」

 ジャックはくっくと笑うと「相変わらず時間には狂った程、正確だな」と言って、安宿の中へと入っていった。ジャックの言葉にジルは怒るでもなく、不満があるでもなく、表情を変えずにただ返す。

「時間には、正確すぎる事が私たちには求められている。貴方はそこが足りていない」

 言いつつジルも続いて宿へと入る。宿は古い木造建築。狭苦しい受付に、黴臭そうなソファのある談話室、それの他には唯一真新しいコート掛けがあるだけであった。彼女は外套を脱ぐと、すぐ脇にあるコート掛けへとそれを引っ掛ける。一方でジャックは宿の受付を済ませていた。
 ジャックは“201”と刻印された木のプレートがついた鍵を、指でつまんでジルに見せつけるように振った。そして、彼は口笛を吹きながら軽い足取りでそのまま二階への階段を上っていく。

 ジルは宿の談話室へと目をやった。そこに誰もいない事の確認、そして家具や窓などの配置などを頭に入れ、ジャックに続いて階段を上っていった。

 宿の階段はこれまた年季の入った木製であり、人が通る度にけたたましく軋む事で宿泊客をいらつかせるのが常であった。
 しかし、ジルが階段を上って行く際には、階段は何事もないように、物音一つさえ立てない。それは先に上っていったジャックにしてもそうであった。

 宿の受付にいた、歳は十五やそこらの少年は、この二人の宿泊客が二階へ行くのを呆けた面で見送った。
 外套を脱ぎ捨てた銀髪の女は、黒の紳士服を完璧に着こなしていた。そこには確かに女性らしい曲線と豊かさが浮かび上がっていた。
 しかし、短く整えた美しい銀髪と、それによく似合うナイフのような鋭い瞳は、女性には似つかわしくなく、また危うさを湛えていた。
 その中性的でアンバランスな魅力に、少年は一目見ただけで虜になってしまった。男という性を持つものならば、彼女を見てその美しさに囚われぬ者などいないだろう。いや、あるいは女性にしても同じかも知れない。
 宿屋の少年は、この吹き溜まりの様な租界の貧民街に生きて、唯一の人生の輝きを見つけたかもしれなかった。

 201号室には二人の英国人が会話もなく佇んでいた。――ジルとジャック。その男女は、本名を持ち合わせてはいない。女王陛下から授かった仮初めの名に、全ての矜持を持って生きる者だからである。
 とりわけ、その中でも彼女らは特異な存在であった。組織の中に存在するだけで味方にすら害を成す“異物”として扱われる彼女らは、味方から『蠍』と仇名されている。
 彼女らは敵対勢力に単身で送り込まれて、存分にその毒をまき散らした後、また闇の中に己の存在を消す事だけを求められている。有り体な言い方をすれば暗殺者である。

「いきなり、上海まで送り込まれて大変だったわ。私が船旅が嫌いなのを、いつになったら分かってくれるのかしら」

 ジルは部屋に入ると、部屋の構造や置物に注意を払ってから、ジャックへと愚痴を零す。彼女らはいつ何時、自分の命が狙われても良いように、周辺の環境を確認する事が習性となっている。
 一方のジャックは、懐から取り出した拳銃のメンテナンスに集中をしていた。彼は鏡面のように不思議と輝く弾丸を弄ぶ手を止めると、ジルの不満に答える。

「知ってるさ、十年以上の付き合いだ。でも俺だって、ヴァカンスの途中で上から呼び出されたんだ。おあいこさ」

 ジルとジャックは、長年の付き合いがある。

 基本的に『蠍』の構成員は一人で任務を全うする。だが、この二人だけは例外である。
 彼女にとって彼は父であり兄であり恩人である。自分を救って育ててくれた、この世で唯一信頼出来る人間なのであった。

「それじゃあ、とりあえずは何をすれば良いのか。教えて欲しいわね」
「オーケイ」

 ジャックは懐から一枚の紙を取り出すとジルに手渡した。そこには彼女らが何の為に上海へと送り込まれて来たのか、その全容が記されている。

「紅茶館、襲撃ねぇ」

 ジルは文面に書かれた文字を憂鬱に読み上げる。全ての文面を読み終わるのを待たずして、彼女はその紙を炎の燃え盛る暖炉へと投げ入れた。紙は一瞬の炎上を見せて、その存在をこの世から消した。

「そういう事だ。この租界の一画にある通称・紅茶館。そこで明日に行われるパーティに、我々も参加するという事だ」

 紅茶館。それは茶の貿易で財を築いた商人が建てた豪奢な洋館の事で、今は工部局の所有物として接収され、高官や上流階級の人々の交流の場になり定期的に茶会が開かれている。
 それを聞いてジルは涼しげに笑い、ジャックへと幼さの残るその美貌を向けた。

「表向きは、そういう事になっているんでしょうけど。私たちが只のお茶会にお邪魔する訳はないわよね」
「そういう事だ。詰まるところ彼らはお茶の他にも“嗜んでいる”んでね」

 この上海は、世界でも稀にみる特異な街である。諸外国からの強制的な介入を受けて、その街にはありとあらゆる文化が入り乱れて“魔都”と呼ばれるに相応しい街並みを形成している。
 その原因ともなったのが『阿片』である。それは未だに街を汚染し続けており、その汚染は拡大しているのだ。しかし、近年では阿片の排除の動きが国際的にも見られ、彼女らの祖国もその動きに同調している。

「阿片の排除を公にする前に、患部は自ら切り落とすって事?」
「そうだな。阿片を統制した後、身内が未だに裏で取引していました、というのでは我々の“気品”が損なわれる可能性がある」
「なるほど、汚点は明るみに出る前に消すのが一番ね。気高いわ」

 ジャックは任務の説明を終えると、ひとつ大きな溜息をついた。彼は銀色に輝く弾丸を銃へと装填し、その愛用のリボルバーを懐へとしまい込む。一方で話が一段落つくと、ジルはベッドへと腰を降ろした。彼女へ向かってジャックは口を開く。

「しかし、ジル。指令書に書かれている事を、全部俺に説明させるのは止めてくれないか。ちゃんと自分で読んでから処分してくれよ」

 ジャックは燃え盛る暖炉を指差しながら苦言を呈した。確かに、今ジャックが説明した事は全てジルが暖炉に投げ入れた指令書に書かれていた事であった。
 だが、ジルはそれを聞いても涼しい顔でこう返す。

「だって、貴方に説明してもらうのが一番に分かりやすいんですもの」

 ジルは悪びれる様子もなく薄く微笑を浮かべると、金色の懐中時計を取り出して針の位置を確かめた。
 時は十八時二十七分。紅茶館の襲撃までは二十三時間三十三分である。




    ◇    ◇    ◇




2.倫敦郊外1873


 少女は倫敦の片隅で朽ちていた。

 それは正しく乞食としてしか生きる道がない状況である。服もぼろぼろとなり、人形のように美しい銀の髪も白い肌も、今や薄汚れて見る影もない。
 だが、彼女は乞食として生きるのを良しとしなかった。それは、五つにも歳の届かない少女が持っているとは思えない、生命の危機を凌駕する矜持によるものだった。

 そんな中で彼女は只一つ、金細工の懐中時計を命よりも大事であるかのように懐に抱え、裏路地で蹲っていた。そう、その日もそうして蹲っていた。

 膝を抱えた彼女の瞳に、この裏路地には似つかわしくない黒皮の靴が映った。そして、つま先は自分へと向けて止まっている。

「施しならいりませんわ」

 彼女は顔を上げると同時にそう言い放った。これまでにも何人かの紳士が、自分に対して施しをしようと近寄ってきた事があった。
 だが彼女にとって、そんなものは要らなかった。むしろ邪魔である。
 自分は一人で生きていく。そうでなければ死ぬのも一向に構わぬ。――それが彼女の引き継いだ“血”の矜持だった。

「施しじゃないさ。お前を働かそうとしに来たんだ。いや、無理にでも働いてもらうよ」

 薄汚れた路地裏に似あわぬ、妙に明るい調子の声。少女は言い知れぬ違和感を覚えた。
 見上げた彼女の目に映ったのは、高級な服装に似あわず武骨な男。歳の程は十五やそこらか、痩せてはいるもののよく鍛えられた身体をしている。とても貴族のボンボンには見えない。

 少女は怒った。彼の言いようでは、まるで自分の事を攫おうとしているように感じたからである。
 怯える事もせずに、少女は彼に刺すような視線を送って言い返した。

「何の権利があって、そんな事を言うのかしら。私は奴隷にはならないわ」
「奴隷じゃないさ。君に対する“貸し”なら作っておいた……。勝手にだがね」

 少女は気付く。男の背後に、何人かの乞食が血を流して倒れていることに。そして、その乞食らの手には鉄の棒やナイフなどの凶器が握られている。

 彼女は気付いていなかったのだが、この乞食らは誰かを狙って強盗を働こうと画策し、そして金髪の男に静かに始末されたのである。では、彼らは誰に向かって強盗を働こうと思ったのか。

 男は少女が懐に隠している懐中時計を指差して言った。

「うすうすと、噂にはなっていたようだ。乞食の餓鬼が高価な時計を持っている、とね。それは狙われるさ」
「……乞食ではありませんわ」

 少女はすっくと立ち上がると、骨と皮だけになったような身体でなんとか立位を保ち、鋭い眼光を自分の倍以上の背丈の男に向けた。
 彼女は時計が狙われた事も、それから男に助けられた事も、それらよりも何より自分が乞食と呼ばれる事に我慢がならなかった。
 それを聞いた男は、一歩少女から身を引いて深々と頭を下げた。

「失礼。ハンターの末裔よ。永年に渡って我が王室の為に尽力してきた貴方の家に起きた悲劇には、女王陛下も大変心を痛めておられる。――だから俺が責任を持って、お前を育てさせてもらう」

 いきなり現れた男に、自分の命運を委ねる事など少女には容認出来ない事である。だが、男に受けた恩を今の自分には返す事が出来ないという弱みが、幼い心に苦渋の選択を迫った。
 結局のところ、彼女はその高潔な精神により男に命運を委ねざるを得ない。

「……お断り、したいところですわ。ただ、時計を守って頂いた礼を欠くような真似は出来ません。そのご好意、甘んじて受けますわ」
「了解した。安心しろ、悪いようにはしない」


――それより数年の生活は『蠍』となるべく、苛烈な訓練の日々が待っていた。だが彼女にとっては、路上でただ生命を維持していく生活よりも、生命を脅かしながらも成長していく日々の方が遥かに有意義で生きた心地がした。
 そして血筋の影響なのか、彼女は『蠍』の任務に適性があった。ただ、殺す対象が化物から人間になっただけ。それは彼女にとっては容易い事であったのだ。
 数年の訓練を終えた彼女は、女王陛下より名を拝領する。その時より彼女は『蠍』のジルとして生きていく事になったのだ。




    ◇    ◇    ◇




3.上海共同租界1884


 201号室の間取りは簡単だ。真ん中に丸いテーブル、そして座り心地の悪そうな椅子。左奥にベッドが2つ並んでおり、右手前には箪笥。ドアの正面の壁には窓が一つ。
 その真ん中のテーブルに、ジルが座っている。彼女は小さなテーブルの上で何やら作業をしていた。
 彼女は愛用の銃を手馴れた手つきで調整していた。白く長い指は機械仕掛けのように正確に高速で動き、複雑な構造の拳銃を分解し再構築していった。

「おっと、今回は使わないよ」

 ジルの手をジャックの大きく厚い手がそっと押さえた。ジルは手を止めると、ジャックの顔を振り返り見上げる。

「今回は銃の使用なし。という事?」

 彼女は残念そうに銀の銃身を撫ぜると、それらを元の姿に戻して自分の鞄の中にそっと置いた。
 彼女にはこの銃に思い入れがあった。銃器はあまり使わない彼女も、任務には必ずこの銃を連れて行く事にしていたのだ。
 それを知っているジャックは、諭すように説明を始めた。

「紅茶館への出入りには、厳しいボディチェックが行われる。銃の持ち込みも不可能だ」
「あら、まさか堂々と正面からパーティに参加する気なの? 忍び込めばボディチェックなんてないですわ」

 確かに彼女たちは、身分を偽って紛れ込んで任務を遂行する事もある。だが基本的には誰にも気づかれずに忍び込んで、目的を達成して消え去るのが『蠍』のやり方であった。今回の手法は久しぶりに前者のものだという事だ。

「そのまさかだよ。ジルには紅茶館の常連であり好色でいらっしゃるポーター殿が呼んだ“情婦”に身分を偽って紅茶館へ入ってもらう。ほら、本国からのお墨付きの招待状もある」

 ジャックが取り出した手紙は、本国から送られてきた紅茶館への招待状。――もちろん、偽造されたものである――ジャックはそれをジルへと差し出した。
 差し出された手紙を受け取ったジルは、不満そうに手紙へと冷たい目線を落とすと、渋々といった様子でそれを懐へとしまった。

「あまり気が乗らないわね。『誰にも気づかれる事なく』が私のポリシーなのに。それで、貴方はどうするの?」
「俺はばっちり装備を整えて侵入させてもらうよ。だが紅茶館の警備は厳重だ、正面からは突破出来ない。そこでジルには内側からそれを破ってもらいたい」

 ジャックは机の上に紅茶館の見取り図を広げると、それを指でなぞりながら説明を始めた。

「いいか、玄関から堂々とパーティに参加したら、早々にこれを抜け出して裏門の警備を消して欲しい。そうしたら後は俺が裏門からホールまで突入していって大掃除さ」
「なんだか、退屈な仕事になりそうねぇ……。……!」

――――コツ

 話していた二人は、急に口を閉じて無言になると、地図を懐に隠し鋭い目付きで互いに目配せをした。
 二人は無警戒に計画の事を喋っているわけではない。彼女らにしてみれば、この宿には自分たちしか泊まっていない事は確認済みであるし、第三者が近くに寄ってくれば直ぐにその存在を察知する事も出来る。
 つまり今、二人は何者かが二階へ上がろうと、階段へ足を掛けた事を察知したのだ。
 案の定、一瞬の間を置いてから、階段が激しく軋む音を立て、何者かが階段を上がってくる。

 ジルはテーブルの上に置いていた抜き身のナイフを右手に取ると、素早く部屋の扉へと身を寄せた。
 曲者が扉を開けた瞬間に、彼女の右手から放たれた銀の刃はそいつを沈黙させるだろう。

――コン、コン

 何の遠慮もなく階段を上がる音、そしてこのノック。最早、やって来たのが刺客という可能性は限りなく低くなっていたが、二人は油断する事はなかった。

「どちら?」
「あ、ジェフリー・ターナーさん宛てに、お荷物が届いているのですが…」

 声の主は宿の受付にいた少年のものだった。ジルはジャックへと目配せをする。ジャックは窓際まで下がるとジルに向かってゆっくりと頷いた。
 ジャックはドアに対して左肩を向けて半身に構え、右手を自分の身体で隠すようにした。もちろん、その右手には銀の砲身が構えられている。こうしておけば、ドアが開かれると同時に銃撃をされても、左の腕で心臓は守られ、右手の拳銃による反撃も出来る。
 そしてジャックの頷きを見たジルは、そっとドアノブを回す。ドアは静かに開かれる。

 扉の向こうでは、少年が配達伝票を片手に、緊張した面持ちで立っていた。この年端もいかぬ少年が刺客ではないと限らない事は、ジルはよく知っている。自分も、子供であると相手を油断させて何人もの命を奪ってきた身である。
 ジルは未だにナイフを手の中に隠し持ち、笑顔を作ってから少年に顔を向けた。

「そう、ありがとう。私たちの荷物ね。今、取りに行くわ」
「え、ええ。でも結構重い荷物なので、良かったら僕も手伝いましょうか?」

 少年はジルに対してなんとか振り絞るように声を上げた。ジャックはその様子を見てフッと息を漏らし警戒心を解いた。だが一方のジルはまだ警戒心を取り払わずに、少年に仮面の笑顔を向けている。
 見かねたジャックが、窓際から少年に向けて声を掛ける。

「いや、大丈夫だ。お気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。ただ大事な物だから、自分たちで扱いたいんだ」
「あ……。そ、そうですか。失礼しました」

 少年は頭を下げるとジルに伝票を渡した。それを受け取った彼女は、ようやくナイフを袖の中に隠し入れ、一時的に構えを解く。
 ジャックも少年の死角をついて拳銃を懐へ入れると、部屋を出ようとドアへと歩みを進めた。

「あ、あの……」

 そんな二人に対して、少年はおずおずと声を掛けた。二人はぴたりと動きを止めて少年に視線を集める。

「ん? 何か用かな?」
「つ、つかぬことをお聞きしますが……。お二人は、ご夫婦なのですか?」

 ジャックは心の中で「微笑ましいな」と思いながらも、任務の前にしては珍しく心から笑顔になり、ジルに目配せした。
 自分たちは宿帳に偽名で『ジェフリー・ターナー』と『ジェシカ・ターナー』と記されているはずだ。だから少年はそれを見て、二人を夫婦なのかと思ったのだろう。
 ジャックの目配せで、ジルもようやくそれに気が付いた。

「いいえ、この人は兄です。上海に父がいるので二人で会いにきたのですわ」
「ああ、兄弟にしては似てないって言われるからな、勘違いされてもおかしくはない。はっはっは」

 その答えを聞いた少年は、安堵しつつも自分の心のうちを『ジェシカ・ターナー』に読まれてしまうのではないかとビクビクしていた。
 だがとりあえず、彼は頭を下げて廊下へと戻るしかない。

「そ、そうでしたか。すみません」
「なに、気にする事はない。坊主、これをとっておけ」

 ジャックは少年にチップを渡すと階段を降りていった。ジルは少年に軽く頭を下げると、ジャックの後を追って階段を降りた。
 少年はその後姿を呆けた面で見た後、手の中にある硬貨をきつく握りしめた。

 ジャックは階段を降りながら、あの少年が如何に難敵を初恋の相手にしてしまったかと憐れんだ。
 十年も付き合っているから、分かりきっている。ジルが一人の男を愛するような女では決してないと。それをさせない生き方を教え込んできたのは、他ならぬ自分なのだから。




    ◇    ◇    ◇




「それで、この荷物は一体何なのよ」

 ジルは部屋に持ち込んできた大きな包みを見下ろしながら彼に問う。
 彼らは『蠍』の手の者が装った配達員から荷物を受け取った。彼らは『山羊』と呼ばれ、『蠍』の補佐部隊として物資の調達運搬などを担当している。

「こいつは、今回の任務にとって大事な品物さ。ちゃんと君に合わせて作ってあるから安心しろ」

 そう言うとジャックは包みを丁寧に剥がしていった。そして、やがて現れた中身を見てジルは仰天した。

 そこに現れたのは見事な拵えの純白のドレスであった。それはまるで結婚式に花嫁が着るようなもののように見える。
 だがそのドレスには、婚礼儀式用のものとは決定的に違う箇所があった。

「……仕込みね」

 ジルはジャックが拡げて見せたドレスのスカートにそっと手を触れて呟いた。
 ジャックも少し驚いて、残念そうに苦笑いした。

「ふーむ、流石に君には分かるか……。俺もデザインに協力して、最高の仕込みに仕上げてきたつもりなんだがな」

 そのドレスの裾には、刃物が仕込めるポケット状の仕掛けが十個ついていた。そこに愛用のナイフを隠し持てば、一見しては凶器を所持している様には見えないだろう。
 ジルはこのドレスを着て、紅茶館の内部に得物を持って侵入するという手はずなのだ。

「まあ、この仕掛けを見抜けるような手練が茶会にいるとは思えませんわ。……それで、このドレスは誰が着るのかしら」

 ジャックは思わず喜劇のようによろめいてしまった。彼女のこういった勘の鈍さで、よくも『蠍』として今まで生きてこられたと、ジャックは信じられなくなる時がある。彼女の発言が、冗談や皮肉ではないと彼は分かっていた。彼女は本当に、このドレスが誰の為に作られたものなのか察する事が出来なかったのだ。

「あのなぁ、君に決まってるじゃないか。それを着てパーティに正面から乗り込むんだよ」
「これを? 私が……?」

 彼女には自分がドレスを着るという発想が、全くなかった。いや、彼女の出自からすれば本来ドレスという者は彼女が着て然るべきものである。だが、彼女はその機会を得る前に、その全てを失ってしまったのだ。
 それを思い、ジャックは自然とジルの身体にドレスを合わせるように近づいていた。そうだ、彼女の本来着るべき色は赤ではない――白だ。

「……似あうさ。誰も君を『蠍』だとは思わない。それを着ている間くらいは、本来の君の生き方に戻れるかもしれない」

 ジルは不思議そうな表情で、ジャックが近寄せたドレスを自らの手に取ると、それを自分の身体に合わせた。
 箪笥の横に置いてある姿見に映った自分は、全身が雪のように白い――この世の者とは思えない幻想的な美しさを放っている。

「確かに、これならば怪しまれる事はありませんわ。……でも、血が目立つのは問題ねぇ」

 そんな彼女の言葉に、ジャックは静かに笑って相槌を打つしかなかった。
 早速、ドレスに愛用のナイフを仕込み始めた彼女を見て、ジャックも静かに決行の時を待つ事にした。




    ◇    ◇    ◇




4.倫敦郊外1878


「ようするに、スパイというわけね」
「それも、殺し専門のな」

 二十歳やそこらのジャックであったが、見た目からかそれよりも上によく見られる。そんな彼が十ほどの幼い少女とカフェテラスでお茶を飲む姿は、はたから見れば異様でもある。
 だが、このカフェテラスは美しい川沿いにある絶好のポイントであるにも関わらず、彼らの他には客の姿も見えずにとても盛況とは言えなかった。だがそのおかげで、二人が人目を気にする必要もない。

 ジャックはコーヒーを口に含むと、熱い液体を喉にぐいと流しこんでカップをソーサーに置く。そして、少女へと口を開いた。

「おめでとう、これで君は今日から『蠍』の一員だ。これからはこのカフェのように『蠍』構成員専用の施設にも好きに出入り出来るぞ」
「……捨駒の癖に、福利厚生はしっかりしてるのね」
「捨駒だから、こそだ」

 少女は紅茶に口をつけると、長いシルバーブロンドを軽く揺らしながら鼻腔に茶の香りを吸い込んだ。彼女は紅茶が好きであった。
 今日は女王陛下から正式に『蠍』の構成員として認められた日。だが闇に生き、表向きは存在しないとされている彼女らは陛下に直接会うこともない。一生涯、勲章ももらえるはずもない。『蠍』の誇りは仮初めの名前だけなのである。

「それにしても、まあ。十ほどで『蠍』の訓練を死ぬことなく終えるとはな。『蠍』の長い歴史でも初めての事だったそうだ。俺も保護者として鼻が高いよ」
「……殺しの技術など、何の自慢にもなりませんわ」

 彼女には侮蔑も嫌味もない、ただ爽やかな声でそう返した。それを聞いてジャックも苦笑いをするよりない。全くもって、正論だからである。

「しかし、ジルよ。お前は何故にナイフを好む? 今は銃弾でも俺の得物の様に『銀装加工弾』が開発されて、化物相手にも有効な武器となっている。だが、お前は銃を好まずに刃物の取り扱いにばかり腐心する。何故だ?」

 ジャックの問いに、ジルは傍らを流れる川を静かに横目で眺めながら、また静かに答える。

「一つに、ナイフは静か。喉元を切り裂けば断末魔も響かせない。二つに、ナイフは自由。自分の指先一つで動きを制御しきれる。三つに、ナイフは相手の死の感触に直接触れる事が出来る。そして血の臭いも色も、刃はその身に残してくれる」

 その返答にジャックは唖然とし、幼いながらも美しい少女の横顔を暫し呆然と見る。その何拍かの間、二人の周りには川のせせらぎだけが流れて時が止まった。

「……普通は逆なもんだがな。いくら殺し慣れていても、そのうちに死の感触に耐えられなくなって銃だけに依存したがる。それが殺し屋の性だと思っていたが……」

 その言葉に、ジルはか細い首を横に振って否定した。その青い瞳は此の世の全てを見透かしている、ジャックは時折そう思う時があった。

「だめよ、ジャック。殺すからこそ、その人の死は自分で感じなければ。銃での殺しは無機質すぎる、引き金を引いた後に無責任すぎるわ。それではいずれ、放たれた弾丸が己の心臓を捉える事にもなりえる」
「……やれやれ、十の子どもがそんな事まで考えるかね」
「考えさせるように育てたのは、半分は貴方よ」
「もう半分は?」
「私の血」

 二人はもう一口だけ互いに茶を啜ると、申し合わせたように席を立った。

「さて、それじゃあ行くか」
「……そうね、そろそろ行くわ」

 ジルは艶めかしく光る刃を懐へとしまい込んだ。ジャックも胸の中の愛銃へとそっと手をやると、その存在を確認する。仕事の前にする武器の確認は、ジャックの儀式であり癖であった。それはジルにも引き継がれているようだ。

「さて、初めてという事で俺も同行するが……、下手人はお前、殺すのは『蠍』のジルだ」
「分かってるわ。毒は持っているだけでは意味がない、使い方を知らなければね」

 この日はジルが初めて人を殺す日である。




    ◇    ◇    ◇




5.上海共同租界1884


 目が覚めた。ジルは覚醒と同時に身を起こしてベッドから床へと立ち上がる。
 部屋の中央ではジャックが椅子に腰掛け、机の上にタロットカードを拡げていた。

「おはよう、ジャック」
「お、もう朝か。じゃあ、次は俺が寝かせてもらう」

 そういうとジャックは椅子から立ち上がち、ゆっくりとベッドへ向かった。ジルが入れ替わるように机へ向かった時、彼女は机の上に拡がるカードたちに気が付いた。

「またやってたの? ジャック……。それで、今日の運勢は?」
「最高。もうばっちりさ」
「最高の結果が出るまで、やり直すのが貴方の占いだものね」

 ジルは呆れるように言って、タロットカードをさっと一束にまとめた。ジャックの趣味はタロットカードで、彼女も拾われた時より「手先が器用になるからカードを趣味にしろ」といわれ、現在はトランプカードを趣味にしている。ジャックと違ってトランプにした理由は彼女曰く、「武器にする時に枚数が多い方が良い」との事だった。

 ジャックの仮眠が終われば、後は計画の実行まで時が過ぎるのを待つのみである。ベッドに横になったジャックから彼女に向けて言葉が飛んできた。

「ジル、今回の仕事。君が最初にやった任務と似ていると思わないか?」

 椅子に腰掛けたジルは、机に並べられていた朝食を口にしながらジャックの問いに聞き返す。

「私が最初にやった任務? ……どこが似ているの?」
「あの時も、君がターゲットを油断させて一突きにした後、慌てたふためいてる護衛を俺が掃除して終わりだったじゃないか」
「……似ている、かしら? 今回はあれ程簡単な仕事ではないと思うのだけれど」
「まあ、今回の方が危ないって事は俺も分かってるさ。でも、なんだか感慨深くてな」

 ジャックはふぅと大きくため息を着くと、ベッドに大の字になったままで部屋の中央に座るジルへとある“告白”をする。それは唐突だった。

「なあ、ジル。俺は……この任務が終わったら、永遠にヴァカンスを楽しもうと思うんだ。どうだ、ジルも一緒に行かないか?」

――ダン!

 ジャックが言い終わるや否や、足を床に打ち付ける音が響く。次の瞬間には、ベッド上のジャックにジルが覆いかぶさるようになっていた。その右手には銀の刃があり、それは切っ先をジャックの喉元に突きつけている。

「それは……『蠍』を抜けるという事かしら?」

 もちろんの事、『蠍』を抜ける事は絶対的に許されない。抜けるとすれば、一生涯を国に命を付けねらわれて過ごすという事になる。

「ふふ……怖い怖い。じゃあ……答えはNoか?」
「当たり前よ。『蠍』を抜ける事は許されない、もしそうであれば私が責任を持って殺させてもらうわ」

 ジルは鋭い目付きで、兄であり、父である人を睨めつけた。例えどんなに尊い人だとしても、『蠍』を抜ける者は『蠍』が始末する。それが彼女らに課せられた仕事なのだから。

 それにしても、ジャックは驚いていた。初めてである。――このジルが目に涙を浮かべているのを見るのは……

 乞食同然の生活に心を折らず、涙も見せずに生き抜いていた彼女が、『蠍』の苛烈な訓練にも涙ひとつ見せずに耐え生きぬいた彼女。何よりもその高潔で揺れぬ精神も、彼女が感情を表にだす性格ではないという事も、ジャックは良く知っていた。そんな彼女が今、自分を殺そうとして瞳に涙を湛えているのだ。

 その涙が重力に任せて落ちる直前に、ジャックは折れた。彼はニヤッと笑うと、いつものおどけた表情を見せる。

「冗談だよ、ジル。俺が『蠍』を抜ける訳がないだろう? 一度、『蠍』になったものは死ぬまで『蠍』であるしかない。俺がそう、君に教えたんだから」
「……!」

 ジルは飛び退くようにベッドから床へと移動すると、ジャックに背を向けた。そして、静かに右手で顔を拭うと椅子の背をベッドに向けて着席した。

「冗談でも、許されぬ発言ですわ。ジャック、貴方と言えども次にそのような言葉があった場合、許す事は出来ません」
「悪かったよ、任務の前なのにジルが緊張してる様に見えたから、リラックスしてもらおうと思ってね。どうだい、驚いたろう?」
「驚くわよ。貴方は私の恩人であり、最も信頼する人なのだから……。それに緊張はしていませんわ、いつもと何も変わらない」

 思わず心の内を漏らしたジルの言葉に、ジャックは少し満足げに笑みを作ると、今度こそ身体を横にして仮眠に入ろうとした。
 最後に一言、口中で呟いて。

「そういう事じゃ、ないんだよな」




    ◇    ◇    ◇




6.英国某所1880


 ジルはナイフを片手に、地面へ膝をつき、息を整えていた。周りには生ける屍が十体ほど自分を取り囲んでおり、まさに窮地であった。

――油断した。

 彼女は口中で改めて一言呟いて、きつく瞼を閉じる。

 何度目かの『蠍』の任務。初めての単独任務。
 ターゲットは気が狂って魔術の研究に没頭していると噂の伯爵であった。ただの気狂い爵位持ちを、国の体面を保つ為に秘密裏に暗殺する。在り来りな、それだけの任務のはず。

 屋敷、というには余りに荒廃した伯爵の住処には、確かに人間の私兵は一人も居なかった。館は昔にどこかの領主が住んでいたのだろう広大なものだが、今は見る陰もなく朽ち果てている。
 ジルは錠もない正面の扉から易々と屋敷に侵入すると、館の一番奥にある寝室に忍びこむ。そして寝息を立てていた伯爵の喉元に、深々と銀のナイフを突き刺した。

 任務完了、後は撤退のみ。「なんと下らない任務か」ジルがそう思って踵を返した瞬間、館の全体に不気味なうめき声が響き渡った。
 それはまるで、地獄の底から亡者たちが、光を求めて響かせるかのような嘆願の声。

 それと同時に、部屋の片隅にあった蓄音機からメッセージが流れ始める。

『おめでとう、暗殺者くん。私を殺せてさぞや鼻高々だろう。私も生憎と病気でベッドから出ることも出来ない。研究の成果を世間へお披露目する事も出来ない……。そこで君にプレゼントだ! 私が死ぬのと同時に、この屋敷全体から私の研究成果が動き出すように仕掛けをしておいた。最後の土産に、是非とも味わってくれ、私の最後の――』

 蓄音機から流れる音声は、ジルの手によって止められた。壊れた蓄音機が床に落ちるのと同時に、部屋の扉が打ち破られる。

 それは、見事な死体であった。防腐処理がなされていたのか、それとも最近に出来た死体なのか、その死体たちは生気に溢れているのだ。まるで生きているかのように膂力を発揮し、扉を軽々と破壊した屍たちは、蝋のように青白い肌を震わせながらジルへと襲いかかった。

 彼女は吸血鬼退治の家系である。もちろん化物たちの存在については肯定していたし、それらに対する備えも意識している。それは、愛用のナイフを銀製にしているのが証拠だ。
 だが、実際にこのように“化物”を見たのは初めての事である。その「在らざる者」の実在に、彼女は面食らってしまった。

 その動揺が、彼女の動きに鈍りを与える。
 先頭の屍の頭蓋にナイフを突き立てたジルは、その後ろからよろめきながら歩いてきた屍が、手に持った錆びついた剣で仲間ごと斬りかかってくる事に対応出来なかった。

 先に仕留めた死体が盾となって致命傷を免れたものの、ジルは左肩の肉を深く抉られた。彼女は生まれて初めて肉を裂かれる激痛を味わう。

「くぅ! この!」

 反射的に放った銀のナイフが、屍たちの頭部に突き刺さる。彼らは、ジルの投擲を避ける程の反応速度は持っていないようだ。

 部屋になだれ込んできた三体の屍を片付けたものの、館にはまだ十数体の屍が、次々と湧いてきている。そしてジルを逃がさんと蠢いているに違いない。今にして思えばこの屋敷、窓が無いわけである。出口までたどり着かなければ、脱出は不可能という寸法だ。

 彼女はナイフで屍を撃退しながら、逃げるように館の出口を探した。幸いにしてやはり、銀のナイフは化物どもには覿面に効果があった。
 だがしかし、ついにはナイフも残り一本となり、彼女は館中央にある大広間の壁際へと追い込まれた。
 大広間は老朽化した天井が崩落して、美しい月を頭上に映し出している。だが、屍にゆっくりと取り囲まれた彼女は、その月を見る余裕などなかった。天井までの高さは10m余り、今の彼女では跳べて3mが良い所。

「ここまで……ならば……」

 死に様を敵に晒すならば、せめて己の手で命を絶て。
 彼女は『蠍』の掟の通りに最後のナイフの標的を、自分へと定めた。そして、それを実行せんとした時――

――パン

 乾いた音が夜空に舞った。一体の屍がびくりと身体を揺らした。一拍を置いて、その頭部が爆発四散する。

「なにっ!?」

 ジルは咄嗟にその音の発生源へと目を向ける。その音が銃声だと気付いたのは、顔を天井へと向けた後だった。

――パン、パン、パン

 続いて小気味良いリズムで銃声が刻まれる。そして、その数と同じだけ屍の頭を破裂していく。
 月光の下、青い瞳に映ったのは、ここにいるはずの無い男であった。

「ジャック!」
「受け取れ!」

 崩れた天井から身体を覗かせたジャックは引き金を引きながら、懐からもう一丁の拳銃を取り出し、それを彼女へと放り投げた。
 受け取った銃は、ジルの手に不思議なくらいフィットする、銀色の体をしていた。

「お前の銃だ、使え」
「ジャック、何故ここに……」
「話は後だ、先に片付けろ!」

 受け取った銃をその小さな手で構えたジルは、ゆっくりと撃鉄を起こすと、屍の頭へと狙いを定める。
 白目を向き、魂の臭いだけを頼りに自分へとにじり寄る屍たちに対して、それでも彼女は引き金を引くのに躊躇いがあった。

「相手は人間じゃない、もう既に死を通過した者だ。遠慮はいらない、ただ始末しろ」

 ジャックの言葉に意を決したように、ジルは拳銃の引き金を引いた。撃ち出された銀装加工の銃弾は、屍の頭部に食らいつくと、彼らをこの世に繋ぎ止めていた邪を振り払う。

 この世の理に戻された死体は、代償としてその身を爆ぜる。そうして、ジルは屍たちをこの世の物に戻していったのだ。

 一分程のち、全てが片付いて銃を下ろしたジルは、手に残る硝煙の香りと発砲の衝撃による痺れの余韻を味わっていた。それを見届けたジャックが、壊れた天井から広間へと飛び降りてジルに駆け寄ってくる。
 それを見るやいなや、ジルは喰い付くように質問を浴びせた。

「何故、こんな処に? 確か貴方は、地中海にヴァカンスに行くって張り切っていたじゃない」
「いやはや、やはりだ。俺には姫君を置いてヴァカンスを楽しむ事は出来ない。お前だって自分の妹が生きるか死ぬかって時に、のんびり休暇はとっていられないだろう?」

 ジャックは銃身が熱を失った事を確認してから、愛銃を懐へとしまい込んだ。ジルは銃を握りしめたまま、じっとジャックの顔を見ていた。

「……『蠍』の構成員とは思えない発言ね。私たちには情など必要ないはずよ」

 「子どもが言う台詞かね」と頭を掻きながらぽつりと漏らしたジャックは、しかし、しゃがみ込んでジルと同じ目線の高さになると、彼女に躊躇いがちに語りかけた。

「俺がお前を育てたのは『蠍』の、ひいては女王陛下の命令だ。だがな、お前を想う気持ちは俺の本心だ。お前には俺と同じものを感じる……他人とは思えないんだよ」

 ジャックの言葉に、ジルは素直に照れた。初めて人から直接的に自分を想っていると言われたのだ。子供心にもそれは、真摯さが伝わる言葉であった。
 彼女は年齢とはかけ離れた冷静さと気高さを持ってはいるが、人の純粋な気持ちを素直に受け入れる心の清らかさも同時に持ち合わせていた。

「……あ、ありがとう。でも、私とジャックの同じものって……?」

 青白い月明かりの元、ジャックは照れたように鼻を擦ると、十も下の少女に対して恐るおそる話を始めた。
 彼自身も、他人に心の中を明かすことは『蠍』として生きる限り無い事と思っていた。だが、今の彼は少女に対して自分の心を差し出しているのだ。だが、もしかしたらば、彼女はその心をナイフで一刺しにするかもしれない。そんな恐ろしさが彼にはあった。故に彼は恐れながら言葉を紡ぐのだ。

「俺も『蠍』に拾われる前は両親を亡くして路上で生きていた孤児だったんだ。まあ、お前みたいに立派な家でもない、ただのパン屋だったんだが……」
「そう、だったの」
「……はは。まあ、これだけの事なんだけどよ。お前からしたら俺の境遇なんか興味ないだろうけど。要するに俺にとってお前は家族みたいなもん、妹みたいに思ってるって事さ。それだけ分かってくれれば、いい」
「『蠍』らしからぬ男。前から思っていたけど、見た目に似あわず洒落た台詞を吐く男ね、ジャック」

 ジャックは「見た目に似合わない台詞はお互い様だろ」とジルの頭にそっと手を乗せると笑い飛ばした。
 幼い彼女は口にした皮肉な台詞とは裏腹に、差し出された心を串刺しにはしなかった。――むしろ、そっと優しく両手で受け取ってくれた。ジャックはそう思って胸を撫で下ろすのであった。

 だが一方で、ジルも救われたのである。
 死体の散乱する廃墟の中で、彼女は確かに救われた。それは彼女の心の中に、何か暖かくて確かな物を置いていった。
 その日より、彼女はジャックから受け取った銃を肌身離さずに任務へ臨むようになった。

 それが二人の絆を絶対的にした日の出来事。




    ◇    ◇    ◇




7.上海共同租界1884


 紅茶館に火が灯る。日も完全に落ちた十八時きっかり。紅茶館の中では、この租界に巣食う上流階級者たちがパーティを楽しんでいる。
 一方で門番たちは、自分の国を食い荒らす連中が楽しんでいる中、寒さに震えながら紅茶館へやって来る客のチェックをしていた。
 そこに一人の女がやってくる。馬車から降りてきたその姿を見た門番たちは、思わずハッと息を飲んだ。

「美しい」

 門番は、思わず声に出す。だが、それも仕方あるまい。純白のドレスに身を包んだジルの姿。それは上海租界に落ちた一つの真珠か。それほどの美しさを持っていた。

 彼女の隣には、ディナージャケットを着こなすジャックの姿もあった。今の彼からは武骨な見たくれのひょうきん者といった臭いは消え失せ、従順なる令嬢の従者へと完全に擬態していた。

「こちらポーター様より招待を頂きました、ギネヴィア・ロスチェルト様です」

 ジャックは“招待状”を門番に渡す。彼らは招待状を流し読みすると、彼女のボディチェックもせずに門を通した。確かに彼女のドレスはタイトに身体のラインを出したもので、まさか武器を隠せるようには一見して見えない。だが、こうした怠慢の隙間をついて、『蠍』はその毒針を固い殻の中、柔らかい皮膚へと突き刺すのだ。

 館へと静かに入っていったジルを見送ると、ジャックは馬車へと戻る。そして馬車の御者へ合図を送った。この御者も『山羊』の構成員であった。単独行動が基本の彼らでも、今回の任務は『山羊』の力も大いに借りる必要となるのだ。ジャックはジルを信じて、裏門へと向かった。

 紅茶館の玄関を通ったジルの目の前には、大きな廊下が広がっていた。紅茶館は入り口から赤いカーペットに彩られた廊下に始まり、その先にパーティホール。そして、ホールを挟んで反対側に同じような広い廊下がある。その廊下が裏門へと通じている訳である。

 紅茶館の中は中世欧州風の美しい造りで、絵画や調度品も一級品に見える。だが、そのほとんどが贋作である事をジルは見抜いた。
 彼女は口中で「偽りの王宮か」と吐き捨てる。“本物”である彼女には、この“偽物”たちが我慢ならなかったのであろう。だが彼女は心中とは真逆に、華のある笑顔を周りに振りまきながらホールへと向かった。

 ホールへ入ると、そこには三十名程の正装した人間が宴に興じていた。ホールをそのまま突き抜ければ裏口へと続く廊下である。ホールは吹き抜けになっており、そこから見上げればホールを取り囲むようにして輪の形をした廊下があるのが確認出来た。その廊下に沿って存在する部屋の一つひとつが阿片窟と化しているのだ。これらの情報は既に『山羊』より『蠍』へと伝えられている。

 彼女は早速、任務遂行の為に裏口へと向かおうとした。だが、周りの男どもが彼女の美貌を放っておく訳がない。
 彼女がホールに入るなり、何人かの男が挨拶に寄ってきた。彼女は笑顔を崩さずに『ギネヴィア・ロスチェルト』として完璧な受け答えで時間を潰すしかない。

 彼らと話している間、ジルは吐き気を抑えるのに必死であった。この男らは貴族ではない。金を手にした事で貴族にでもなったつもりの者たちだ――
 つまるところ、彼女は偽物が嫌いなのである。

「ええ、それでは、また後ほど……」

 ようやく最後の一人を振り切ったジルは、早足にホールを出て裏口へと続く廊下に躍り出た。その廊下には壁際に並ぶ様にして、何人かの現地人が、拳銃を片手に立っていた。彼らは正装もせず、至って普段着のままに拳銃を無造作に握っている。
 廊下は30mほどあり、その幾人もの見張りの向こうに“裏庭”へと続く出口が見える。だが、彼らも黙ってここを通してくれる訳は無い。
 この警備の厳重さは恐らく、こちら側の廊下が阿片窟部屋へと続く階段を有しているからだろう。彼らはジルに一瞥をくれると、にたりと下卑な笑いを浮かべながら声を掛けてきた。

「お嬢様、一服やるのですかい?」

 中国人の見張りはキセルを吸うような仕草をしてみせた。ジルは何も知らぬ乙女のような華奢な動きで、首を左右に振って答える。

「いいえ、化粧を直しに行こうと思いまして。こちらではありませんの?」
「ああ、それならば反対の廊下でさぁ。どうぞ急いで」

 ジルはこの男らを見て、紅茶館のパーティに租界の裏組織である“幇”が絡んでいると察した。彼らは紅茶館の面々に金銭的援助を受ける代わりに、見張りや私兵などの人的な武力提供を行っているのだろう。本来は幇を取り締まるべき彼らがその実、彼らと結託していた事は、既に予想していた事とはいえジルを失望させた。

 とりあえずは、トイレを探している演技をしたジルは、見張りの男たちに教えられた通りにホールへ戻らなければならない。だが、そうやって悠長に構えている時間はジルには無かったし、待つ気もなかった。

 ホールへと戻ろうと扉に手を掛けた彼女は「始末されて、当然か」とひとりごちる。そして、ジルが扉を開いてホールへと身を入れた瞬間に


 世界は彼女の物になった。


 見張りたちは、ジルがホールへと戻っていったのを確認した。そして彼らは各々の配置に戻ってまた、暇だ暇だと中国語で仲間同士愚痴り始めた。
 だが、彼女はホールにはいない。今、彼女がいるのは見張りが思いも寄らぬ場所。自分たちの警備をかいくぐった先にある裏口の外であった。

 冷たい空気が露出した肌を撫でる中、裏庭の芝生に両足をついた彼女は、両膝に手をあてて頭を下げていた。

「……っ! はっ、はぁ……」

 彼女は右手に金の懐中時計を握り締め、額から汗を垂らしつつ、荒くなった呼吸を整えようとしていた。
 やがて時計の針が十ほどの時を刻むと、彼女は先程までの不調ぶりが嘘のように消えて、元の冷静な様子に戻った。

「十秒……。久しぶりに使うと、やはり苦しいわね」

 彼女は天を仰いで大きく息を吐くと、懐中時計をドレスの中に戻した。

 そう、彼女は“時”を止めたのだ。
 彼女がホールに出た瞬間、この世界で動けるのは彼女だけとなった。時間を止めて、見張りの目の前を堂々と駆け抜け、裏口の扉に身を通して扉を閉じる。そこまでで十秒。時が動き始めた時には、見張りたちは彼女が目の前を通っていった事すら認識は出来ないのだ。

 しかし、ただで時間が止められる訳ではなかった。
 彼女は時が止まった時間の分だけ、身体の自由が奪われる。心臓の動悸が激しくなり全身を悪寒が襲い、視界はブラックアウト寸前にまでなる。そのような何らかの異常が身体に起きて、とても活動出来る状態ではなくなるのであった。
 この異常な特技について、彼女は、物心ついた時に自然と出来るようになっていた。それをジャックへと報告し、彼から「能力を少しずつ自分の物と出来るように」と練習を言い渡されたのだ。十年程の練習の成果もあり、ジルは現在、任務でも実用可能な程度に時間を操れる事が出来るようになっている。

 リスクである反動すら、練習の成果で少しずつ短くなっている。だが今は練習の最中。時間を止め過ぎて敵の眼前で行動不能になるわけにはいかない。だから、彼女は常に時間を気にして、母の形見である懐中時計を肌身離さず持っているのであった。時間を正確に測り、己の能力に殺されぬようにと。

「さて、やるか」

 彼女は誰に言うでもなく呟くと、ドレスのスカートをたくし上げ、そこに仕込んでいたナイフを二本取り出す。

 裏口から紅茶館を出た彼女の眼前50m先には、そびえ立つ高い塀と鉄製の裏門がある。
 裏門には左右に一人ずつ、小銃を持った見張りが立っているようだ。更に見張り台らしい鉄のやぐらが門の右脇に立っており、そこにもやはり小銃を持った見張りが構えている。

 幸いにして、三人ともが塀の外を見ており、館から歩いてくるジルに気付く者はいない。所詮は派遣されたやくざ者に過ぎず、真面目に見張りをする者はいないのだ。
 無論のこと、ジルは足音というものを立てる事などない。その上、下にいる二人が雑談をしている事もあって、彼らが不穏の接近に気付かないのは当然であった。

 まず門の右手に立つ男の背後を取るように、右へと大きく迂回する。この時に左手に立つ男の視界に入らないように、事を素早く行うのが肝要である。

――シェ

 ジルの右手から放たれた高速の銀弾は、空気を切り裂きながらまっすぐに左に立つ男の喉を貫いた。

「がっ、くぇ」

 悲鳴を上げようにも、ナイフによって気道が塞がれた男は、銃を構えようとしながらそれが叶わず、潰れた蛙のような断末魔を零して地面に倒れた。

「ん! どうした?」

 地面に倒れた仲間へ向かって声を掛けた右の男は、背後から一足飛びで襲いかかるジルに気付けるはずもない。
 彼は喉元をもう一本のナイフで横に裂かれて倒れた。ジルは血で濡れたナイフの刃を男の服でひと拭きすると、やぐらの上へと向けて地面を蹴った。

「どうかしたのか?」

 やぐらの上に立つ男が、下にいる仲間の声に反応して振り向いた時。彼の目の前には、白い何かが浮かび上がっていた。
 まさか、梯子も使わずに5mはあるやぐらの上まで、垂直に飛び跳ねる人間がいるとは想像もできない。彼は空中に浮き上がっている女を瞳に映しながら、その事実を飲み込むことが出来ず、銃を向ける素振りすら出来なかった。

「なっ」

 男が何とか声を発すると同時に、放たれたナイフは喉を突き破る。一つの銃声も断末魔も出させない。ジルの仕事は完璧に終了した。

 そのまま地面へと落下したジルは、猫のように静かに着地をすると、何事もなかったかのように裏門の錠を外した。そして塀の外へとナイフを一本投げ捨てる。
 カチャンという音は、紅茶館の内部までは聞こえないであろう、小さな音であった。
 しばらく待っていると、やがて門の外から幾人かの走る足音が聞こえてくる。彼女は門の扉に口を近づけると“彼ら”に向かって呟いた。

「靴は」
「裏返せ」

 ジルの問いに返るジャックの声。そこで門は開かれた。待ち構えていたジャックと十名程の『山羊』の構成員が敷地へと進行してくる。
 『山羊』の構成員は全員が黒い防護服に顔を覆うマスクで身体を覆い、一人ずつが小銃を装備していた。さながら、どこかの軍隊のようにも見える。だが彼らはあくまでも補佐部隊。戦闘は『蠍』の本分だと彼らも弁えていた。

「良くやった、ジル。それでは行こうか」
「表門の封鎖は?」
「別働の『山羊』がやってくれている、さぁ感づかれる前に行くぞ」

 二人は裏口へと向かって駆けた。それに『山羊』たちが一斉に付き従い動く。
 今宵、紅茶館は血に染まるのだ。




    ◇    ◇    ◇




 裏口へと続く見張りたちの元に、一人の紳士がやってきた。紳士はキョロキョロと周りを見渡しなが、見張り達に話し掛ける。

「なぁ、お前たち。こちらへ銀の髪をした麗しい令嬢がやってこなかったかい?」
「ああ、確かに見やした。ずっと前に便所を探して迷い込んできましたが、すぐにホールへと戻りましたよ」
「……? そうか、いやホールの方に見当たらんでな」
「なんだ、旦那。旦那もあの女を誘おうってんですか。まあ当然だわな」

 見張りの軽口に紳士が不快感を示した瞬間。裏口の扉が勢い良く開かれた。

「なん……」

 見張りたちがそちらを振り向いた時、彼らの目には一人の男が映っていた。金髪の男が「軽機関銃」を小脇に構えている姿が。

――ダダダダダダ

「うわあ、馬鹿な!」

――ダダダダダダ

「逃げ……」

――ダダダダダダ

「あ……」

――ダダ

 軽機関銃から生み出された暴力的な弾丸の嵐は、男たちに一切の抵抗を許さずにその命を奪った。

 ジャックは全ての弾を吐き出し、銃身を焦げ付かせた機関銃を床に投げ捨てる。廊下には全身を蜂の巣にされた見張りたちと一人の紳士の死体が残るのみ。ホールへと続く扉にも無残に穴が開き、その向こうからはこの異常な銃声に気付いた者たちの絶叫や悲鳴が聞こえてきた。

「ヒュー、技術部に試作品を貸しもらったんだが大したもんだ。試作品ってのは大概、使い物にならないと相場が決まっているもんだが」

 ジャックは懐から拳銃を取り出すと、生ける者の居ない廊下を歩き始めた。『山羊』の者たちがそれを追い越してホールに突入していく。彼らも丸腰の人間を処理する程度の武力行使ならば、十分に請け負うことが出来るからだ。

「さて、ジルは上手くやってるかな?」

 二階へと登る階段を一瞥しながらも、ジャックは一人で地下へと通ずる階段へと向かった。ホールからの阿鼻叫喚を背景音楽にして。




    ◇    ◇    ◇




「うわぁ~! ……霧が見えるぞ~、ハハ……」
「おい、幻覚見てキメてる場合じゃねぇぞ! さっきの銃声が聞こえなかったのか!? ……チッ、こいつは駄目だっ!」

 紅茶館二階の各部屋では、阿片窟が開かれていた。各部屋の“仕切り”は幇から派遣された男が行っている。そんな中の一人である彼は、外に鳴り響いた銃声に驚き客たちを逃そうとしたが、客らは完全に阿片に取り憑かれており正気ではなかった。よって男は彼らを見捨てて部屋を飛び出すよりなかったのだ。

「!? なんじゃあ、こりゃ……」

 部屋から飛び出した男は、目の前に広がる光景に驚きの声を上げた。そこは紅茶館二階の廊下であり、吹き抜けからはパーティホールが見える場所のはずであった。だが今は、廊下も吹き抜けも何もかも、深い霧に包まれて目の前が見えない状態になっている。

「なんでぇ? なんで建物の中で霧なんか……」

 男は仕方なく、手探りで廊下を歩こうとした。とりあえずは、何か尋常ではない事が紅茶館に起こっている。脱出して仲間を呼ばねばならない。そのように考えて。

「ぎゃああああああ」

 男は鳴り響いた悲鳴に身を竦ませた。その絶叫は、どうも先程まで自分がいた部屋の隣。――つまり、自分が進もうとしている先から聞こえているようであった。

――コツ、コツ

 霧の中を何者かがこちらヘと向かってくる。その足音はカーペットの敷かれた廊下の中でも、不思議と響いてよく聞こえる。

「お、おい! 誰だ!? 誰か言わないと撃つぞ!」

 男は腰の拳銃へと手を伸ばした。この異常な空間の中でも、正気を失わずに彼は良く対処をした方である。だが、足音は構わずに彼に近づく。

――コツ、コツ

「うわあああ、ちくしょお! 撃つぞ!」

 絶叫した男は銃を構え、撃鉄に指を掛ける。それと同時に、霧の中から煌めきが自分へと飛んできた。――それが彼の最期である。



 ジルは、男の喉からナイフを引き抜く。そして、ついた血糊を男の服でひと拭きした。節約の為に投げたナイフを出来るだけ回収していたが、既に十名以上を屠った彼女の手持ちのナイフは、残り三本まで減っていた。

「ジャックから拳銃を受け取っておくのだったわ」

 彼女は今さらながら後悔の言葉を口にする。そして、霧の中を歩いて次の阿片窟へ足を運んだ。

 この霧は『山羊』の別働隊が館に持ち込んだ装置により発生したものである。この霧に紛れての暗殺術は、霧が濃い倫敦に本部を置く『蠍』にとっては常套手段であった。こうして科学的な力により『蠍』の戦いを支援するのが『山羊』の役割。この作戦においてもそれは何一つ変わらない。

 とりあえず、阿片窟にいた者を皆殺しにしたジルは、一滴の返り血も浴びていない、純白のドレスのままジャックの担当している一階へと戻っていった。




    ◇    ◇    ◇




 地下へと続く階段を降りながら、彼は静かに呼吸を整えていた。
 この紅茶館の地下には、上流階級者たちが密輸して隠し持っている阿片の他、幇の軍事力として保管されている爆薬が大量に貯蔵されている。
 その爆薬によって紅茶館を消滅させる事で、今回の一件は不正所持した爆薬の爆発事故という事で片付けるのが『蠍』の描いたシナリオであったのだ。

 長かった階段が終わり、地下の廊下へと飛び出たジャックは、そこに一人の見張りも居ない事に安堵した。地下までは霧も届かないようで、彼のお得意の戦法も使えない。拳銃での純粋な撃ち合いになれば、運悪く破れて死ぬ事はいくらでも考えられる。

 ジャックは慎重に、固く閉ざされた倉庫への扉に向かう。廊下は1階のものよりも短く、脇に部屋も柱も窪みもない。ただ行き止まりに古びた鉄製の扉があるだけだ。この中にある爆薬を設置して紅茶館を消滅させれば『蠍』の任務は終了である。
 が、彼は扉の錠前に括りつけられた小さな鈴を目に留めて、底知れぬ悪寒を背筋に感じた。――そして悪寒はすぐに形となって証明される。

「待ちなさい」

 不意を突かれたジャックは振り返りざま、声の主に発砲した。「しまった」と引き金を引いた後に思ったジャックであったが、数秒後に事態を把握した時には、発砲が如何に無意味であったかを知る。

「その扉は開かせない。もし、開くというなら私を倒してからにする事ね」

 声の主はどこからか現れ、いつの間にかジャックの背後をとっていた。そして、撃たれた銃弾を“躱して”いたに違いなかった。
 確かにジャックの狙いは声の発生源の右下、人間でいうところの“心臓”を狙ったはずなのだ。だが、目の前の彼女は以前として健在であり、その背後の壁に弾痕だけが残っている。

「お、お前……! 何者だ……?」

 さしものジャックも、弾丸を躱される経験は初めてである。百戦錬磨の彼でも、その動揺を隠しきれなかった。見たくれからは中国人であろう女は、真っ直ぐに扉を指さし、ジャックの問いに答えた。

「私は美鈴。その扉の守護者だ」

 腰まで伸びた燃える様な紅い髪に、現地人らしい拳法着。一見すれば人間の女であるとしか言いようがない。だが、ジャックは察知してしまった。この女が人間を淘汰する力を持つ存在であると。

「メイリン……? そうか、お前……。化物か……」

 察したジャックは、横に飛んだ。そして同時に、残った5発の弾を拳銃から吐き出した。美鈴は目にも留まらぬ早さで拳を振るうと、その弾丸を全てたたき落とす。床に転がったジャックは素早く立ち上がると、懐から銀装加工弾を取り出して銃に込める。

 何かを考える暇はない。今はただ、生き残る為に最善の戦い方を、思いついたと同時に実践しているだけである。喉は水分の一つもなく張り付き、全身は恐れで震える。だが、それらを全て押さえ込んで、一撃の死を与えるのが『蠍』たる所以だ。

「遅い!」

 が、その装填の隙を逃すはずもなく、美鈴は床を蹴ってジャックへと蹴りを放った。リボルバーへの装填は2発しか済んでいない。やはり悠長な事はしていられない。
 ジャックはリボルバーを瞬時に発射可能な状態まで持っていくと、更に横へと跳んで美鈴の蹴りから逃がれようとする。

「うぐっ!?」

 躱したと思っていた。いや、確かに美鈴の蹴りの“肉体”そのものは避けたはずだ。だが彼女の蹴りは衝撃波でも発生させているとでも言うのか、触れなかったはずの右肩に裂傷を負わせた。

「ぐ、そ……くたばれっ! 化物ッ」

 ジャックは2発の銀製弾丸を美鈴に向けて発射した。銀の弾であれば、先程のように拳でたたき落とされる事もない。身体に触れた瞬間に、化物の身体は銀で焼けつくような傷を負うだろう。

「しっ!」

 だが美鈴は構わず、ジャックへと突進をかけながら拳を振るった。「しくじったな、化物」ジャックはほくそ笑む。銃弾を弾き飛ばした時が、お前の終わりだ。――

 信じられぬ光景が映った。
 なんと美鈴はまたもや拳で、銀の弾丸さえも叩き落としているではないか。

 そう、美鈴の拳は衝撃波を呼ぶほどの速さを誇っている。だから銀の弾丸も、美鈴の拳に直接落とされたのでなく、発生した衝撃によって軌道を狂わされたのだ。それを証明するように、1つの弾丸が叩き落とされずに美鈴の右肩に喰らいついた。
 美鈴もそれは承知と踏み込むと、亜音速の右足でジャックを蹴り飛ばす。

 フットボールの球のように。蹴られて吹き飛んだジャックは、天井にしたたかに背中を打ちつけ、床へと落ちた。

「があああぁぁ、が……」

 身を起こそうとするも、彼の口からは大量の血が吐き出され、もはや身体が言う事を聞かなかった。美鈴は腕を交差させ、勝ち名乗りを上げるように礼をする。

「見事でした。人間が、私に傷を負わせるとは」

 美鈴はまるで、戦った相手に礼をする武闘家のように、ジャックの健闘を讃えた。とても化物のする事とは思えない。
 それを見たジャックは、一通り吐血をすると、ようやく聞けるようになった口を開く。

「が……ま、参ったな。弾をたたき落とすわ、蹴りは躱しても届くわ、銀の弾も弾くわ……。俺じゃ勝てる気がしない」

 美鈴は右肩の流血を止める為に服を引きちぎって、自分できつく縛った。それから、ジャックを労るように膝をついて手を差し伸ばしてくる。

「私はこの扉を守れさえすれば良い。貴方も諦めて帰りなさい」
「……帰れたら苦労しないさ。爆薬は頂いていかないと、俺も命がないんでね!」

 言い終わると同時に、ジャックは渾身の手刀を美鈴の喉元に放った。それは彼女に悠々と受け止められる。

「仕方ありませんね。……では命を奪うしかない」

 美鈴は残念そうに目を伏せながら、固く拳を握った。その拳を受ければ、人間の肉体などは一溜まりもなく破壊されるだろう。

「さらば、強い人間よ」

 ジャックの生命を奪う為に、美鈴の拳は振り下ろされた。

 と同時に、美鈴の拳に目掛けて一つの閃光が走る。

「くっ!」

 とっさに反応した美鈴はその閃光を腕で防いだ。が、閃光は美鈴の腕に突き刺さると同時、彼女の肉体を焼く。この痛みは人間よりも強靭な肉体を持つ美鈴でも、とても耐え難いものである。

「あぐぅぅ、銀か……!」

 美鈴はナイフの柄を握ると、それを引きぬいて床に突き立てる。これで、彼女の右腕は今の所ほとんど使い物にならなくなった。といっても銀の弾と銀のナイフ、二発の破邪を受けても肉体を保っていられる事自体が、既に人間からすれば恐ろしい事なのではあるが。

「ジャック!」

 ナイフを放ったのは、もちろんジルであった。彼女の目には自分の大切な人が化物に殺されかけている光景しか入っていない。そして咄嗟に投げたナイフは、結果としてジャックを救った。
 ジャックへと駆け寄りたい気持ちはあったが、しかしそれをするほどジルもヤワではない。まずは、目の前の化物を倒さねば自分たちの命は無いと理解している。

「次は貴方ですか、子どもを相手に戦うのもやり辛い面はありますが……」

 美鈴は言いながら、ジルに向かって再び構えを取った。あくまでもこの化物は肉弾戦によって戦うのが信条のようだ。
 右腕をだらりと垂らしながらも、その構えからは、いつでもジルの命を奪えるようなプレッシャーが放たれていた。

「私はやる気に満ち溢れていますわよ?」

 ジルは残り2本となったナイフを手で弄びながら、満面の笑みで言った。




    ◇    ◇    ◇




 男は息も絶え絶えに、地下へと向かう階段を腹ばいになりながら降りていた。

 突然の襲撃、そして銃弾。彼は足を数発の凶弾に射抜かれて地に伏した。それから、激痛に襲われながらも、生き残る為に必死で死んだふりをしていたのだ。声を出せば、間違いなく頭を拳銃で撃ち抜かれ、止めを刺されていただろう。
 そしてようやく襲撃者たちが去った後、彼はこの先に自分が生き残るにはどうしたらいいか考えた。そこでふと、幇の兄貴分が以前に話していた“噂”を思い出した。

『この館の地下には倉庫があるんだけどよ。そこには見張りがいねえのよ。何故かって? 行ってみると分かる。門の錠前に古ぼけた小さい鈴が括りつけてあるからよ。親分が言うに、それは曰く付きの鈴で、それを付けときゃあ門が破られそうになった時に、鈴の化身が現れて門を守ってくれるんだとよ』

 話を聞いた時には下らないと笑った話であったが、今の彼にとっては鈴の化身にすがるより他、生き残る道はかった。――自分は幇の構成員だ。門の持ち主側なのだから、自分を守ってくれるのが道理だろう。
 彼は朦朧とする意識の中で必死に地下を目指した。

 やっと地下まで降りてきた彼は、目の前の光景を疑った。「阿片の吸いすぎか?」とも思ったが、それは紛れもない真実。それは、人間同士のものとは思えない、幻想的な戦いであった。



「はっ!」

 気合一閃、美鈴の放った拳は既のところで躱される。「おかしい」彼女は妖怪である自分が、全力を込めて放っている拳、それが僅かな誤差で躱されている事が解せなかった。

「あっく……!?」

 美鈴の顔が苦痛に歪む。
 そして、こうなのだ。避けられたと同時に、自分の身体にナイフが一本突き刺さっている。それを引き抜くと同時に、少女もまた身を起こして自分に相対している。この繰り返しでは、いずれ自分が消耗してしまう。だが、解決策が見当たらない。

「……貴方、人間よね」
「貴方は化物でしょ?」

 美鈴に言い返したジルは冷笑を浮かべて、どこから取り出したのか、また“最後の一本”を懐から取り出した。

(おかしい、ナイフは“さっき”確かに最後の一本だったはず。そして、それが私の身体に突き立てられ……私はそれを引き抜いて彼処に捨てた……)

 だが、恐らくは。次に攻撃した瞬間には、彼処に捨てたはずのナイフが少女の手に収まっているのだろう。自分が気付かぬうちに、回避と攻撃と武器の回収を行われているという事である。
 なんとかこの謎を見破ろうと目を細める美鈴に対して、ジルは余裕の表情でナイフを弄びながら、美鈴の後ろに倒れているジャックへと話しかけた。

「ジャック、もうしばらくの辛抱よ。すぐに仕留めるわ」
「……ああ、なるべく早く頼むよ……」

 肋骨が折れたのか、脂汗を顔貌に滲ませながらジャックが答える。彼はとてもではないが、美鈴の隙をついて銃に弾を込め、ましてや狙撃を出来る状態ではなかった。今のジャックには、ジルに全てを任せるよりないのだ。

 早く火薬庫へたどり着きたい『蠍』とは違い、時間的制約がない美鈴としても、この得体の知れない少女の戦法には自然と焦りを感じていた。

(埒が明かない……。一か八かで“ひっかけて”みるか……!)

 美鈴は意を決して、ジルへと飛びかかった。そして、一瞬にして互いの肉体が、互いの射程距離に入った瞬間。

「はぁ!」

 掛け声と共に、美鈴は拳を引っ込めて床を蹴ると、全力で後ろへと身を引いた。
 先程までならば掛け声と共に攻撃をするところを、今回は後ろに飛び退いたのだ。これで少女が引っかかれば結果に何かしらの異変が起きるはず。美鈴はそれに期待したのである。

 だが、飛び退くと同時に美鈴の脇腹に熱い痛みが走る。やはり、今回もいつの間にかナイフが身体に突き立てられた。美鈴は口中で舌打ちをする。

「……はっ!?」

 だが今回は、先程までとは違う部分があった。それはジルの様子である。
 美鈴が目をやった先にいるジルは、床に落ちたナイフを拾おうと手を伸ばしていた。それも先程までとは立っていた場所も大きく違う。
 先程までの攻防では、いつの間にかナイフを回収していた少女が、今回はその瞬間を目撃されている。

(少女は一瞬にして回避運動をして、同時に私にナイフを突き立て、あそこに瞬間的に移動した。――いや、それよりは“私が気づかぬうちに少女が動いていた”という事か)

 美鈴は真相に近づきつつ、そして彼女の戦法に対する対抗策を発見した。慌てて手を伸ばしナイフを拾い上げるジルを尻目に、美鈴は今まで痛みに耐えかねて、引き抜くと同時に床に投げ捨てていたナイフを、壁へと投げ付けた。
 ナイフは美鈴の膂力によって凄まじい速さで壁に激突すると、その刃を深々と壁にめり込ませる。到底ジルの腕力では、瞬時に引っこ抜くことは出来ない。

「……!」
「さぁ、これで“本当に”貴方のナイフは残り1本ね」

 ジルは焦った。ついにこの化物に、自分の時を止める力とその戦法を看破されてしまったかと思う。
 攻撃の瞬間に一瞬だけ時間を止める。そしてナイフを敵へ放り投げると同時に、床に落ちたナイフを拾い上げて時を動かす。そうすれば相手は突然の痛みに気を取られ、自分が反動で動けない僅かな隙を消す事が出来る。
 これを繰り返していけば、或いはこの恐るべき破壊力を持った化物でも倒せるのではないか。そのようにジルは考えていた。だが相手も阿呆ではなかったのだ。戦いの中でこちらの異能を嗅ぎ分けて、取り敢えずの対抗策を講じてきた。

(いや、これはまだ私の能力について、完全に分かった上での策ではない。とりあえずは得物を処分しておく事によって、こちらの出方を伺う段階だろう)

 ジルはそう思案すると、表情を崩さずにナイフを美鈴へと向けた。次に能力を使えば、この化物は全てを理解するかも知れぬ。なれば、こちらの有利に能力を使えるのはこの攻防が最後。ここで決めるしかない。

「最後の1本、これで貴方を滅ぼしてあげるわ」
「……はったりね、目に力がない。先程までの貴方は自信に満ちていた、だが今は策を弄している」

 美鈴の図星な指摘にも表向きは一切、表情は変えずに、ジルはナイフを美鈴に投げつけた。
 彼女はそのナイフに触れる危険を犯さずに、身体を捩ってナイフを躱す。目線が一瞬だけ、ジルから離れる。

「!?」

 その瞬間、美鈴の視界からジルの姿が消えた。美鈴がナイフを避けて視線を外した一瞬の内に、障害物も何もないこの廊下から姿を消すなど、通常は不可能。

(――瞬間移動、ではない。やはり私の意識外で動ける……。まさか、時間? 時間を止められるというのか?)

 美鈴はついに答えに辿りつく。だが肝心のジルの姿を探し、周りを見渡した。前方、1階へ繋がる階段には先程から一人の瀕死の幇が倒れている。続いて自分の横には瀕死のジャック、そして後ろに……

「門を!?」

 そう、ジルは倉庫の扉の前に腰を降ろしていた。美鈴にしてみれば盲点、美鈴が守るべき門に、ジルは行き着いていたのだ。
 しかし、彼女は息も絶え絶えで、全身が痙攣し目も虚ろ。とても戦える状態ではない。それを見て、美鈴もようやく理解できた。

(そうか、時間が止められるのに遠回りな戦い方をしていたのは……止めた後の反動! これがあるから僅かずつしか時間を止めなかったのか……)

 美鈴がついに全ての真相に辿りついた時、それは同時に門番に勝利の確信をさせた。
 何故ならジルが門へと向かった理由、それは一つであるからだ。ナイフを潰されて追い詰められ、一か八かで倉庫まで行くしか、ジルには残された手がなかったということ。だが、結果は反動で行動不能。つまり、ジルには、もう何の手も残されてはいない。
 確かに、門へと突破され尚且つジルが行動可能であったならば、美鈴の負けであった。彼女は門を突破されるか、門についている鈴を外される事で敗北する。
 しかし、今回は完全に美鈴の勝利である。ジルの座る門の前までは、蹴りを放つのに一秒もいらない。

「覚悟、はぁぁ!」

 気合と共にジルへと飛びかからんとする美鈴。
 だが、そんな彼女の耳に一つの音が聞こえた。

――がちり

 これは、撃鉄の音。そう、リボルバーの発射前に響き渡る音。

――がん

 美鈴の頭に重い衝撃が直撃した。彼女は視界がぶれて、攻撃どころではなくなる。ジルへ向かう足は止まり、その場に釘付けになってしまう。

「うぐ、まさか……」

 振り返った美鈴は、自分に向けて2発目の銀装加工弾を放つ、蠍の姿を見た。

――どん

 胸の中央に衝撃、全身が揺れる。最初に頭に喰らった銃弾の影響で、今の美鈴には弾丸を防御する事が出来ない。

――どん、どん、どん

 更に3発の銃弾を打ち込まれたところで、ついに美鈴は床に背を着けた。ジャックは大きなため息と共に、銃を床に落とした。

 この一連の流れ、始まりはこうだ。ジャックが気付けば、いつの間にか床に落としていたはずの銃が手に収まっており、銀装加工弾もしっかりと5発全部が装填されていた。これはつまり、ジルが時を止めている間に、ジャックが美鈴を撃てるようにと準備をしたということ。それはジルからの“援護して欲しい”という無言のメッセージでもある。
 そう悟った彼は、反動で動けないジルに向かって飛びかからんとする美鈴を見や否や、その銃弾を放ったという訳である。

「や、やられた……!? だが……まだ……」

 美鈴はふらつきながらも身を起こす。その目には未だ、闘志の炎が灯っていた。

「おいおい、まだ戦えるのかよ……。これ以上はもう、無理だぜ」

 ジャックはお手上げといった風に天を仰ぐ。そう、自分はお手上げだと。

「大丈夫、これで終わりですわ」

 ジャックの言葉に応えたのは、門の前に座っていたジルであった。彼女は門に手をかけ、美鈴に向けて勝利を宣言する。

「貴方が門を守ろうとしていた理由が分かったわ、この鈴が貴方なんでしょう? そして、この門を守る事が貴方の存在理由……」

 ジルは古ぼけた小さな鈴を、扉の錠前から外して美鈴に投げつけた。美鈴はそれを受け取ると、床に膝をつく。己の負けを悟った彼女は、立つことが出来なかったのだ。

「ジャックの銃に弾を込めて渡しておいたのは、ただの時間稼ぎ。私が門にたどり着いて、反動から立ち直るまでのね」
「……私の、負けね」

 美鈴は鈴を静かに一度振った。チリンとなった音色が悲しげに廊下に響き渡る。

「また、守れなかったか……」

 美鈴はそういうと、まるで幽霊のように姿を薄れさせていく。その顔には深い悲しみが刻まれていた。

「……化物、事情は知らないけど、この扉は開けさせてもらうわよ」

 ジルはそういうと、思い切って倉庫の扉を開いた。倉庫の中から生暖かい風が廊下へと吹き込んでくる。その頃には、もう美鈴の姿は無くなっていた。
 彼女が残していった古ぼけた小さな鈴、それをジルは拾い上げて懐にしまった。何か、あの化物は今までに刃を交えた有象無象とは違う。そんな風に感じ、ジルは彼女に敬意を表したのかもしれない。

「ジル……良くやった。さぁ、火薬を持ち出して『山羊』の連中に渡すんだ」
「了解したわ」

 ジルは応えると、暗い倉庫の中へと歩みを進めていった。今さらながら、ジャックの帰りが遅い事を気にかけて『山羊』の構成員が階段を降りてくる音が廊下に響く。これにて彼女たちの任務は無事に終了である。




    ◇    ◇    ◇




 男は朦朧とする意識の中でもハッキリと見た。目にも留まらぬ早さで拳を繰り出す女。そして、それを瞬間移動で躱していく女。

「はは、もうダメだ」

 あんなものを見せられては生き残る事など出来ない。あんな奴らを相手に、俺は拳銃一つで何をしろっていうんだ。
 そう思いながらも、彼は生き残る道を一つ見つけた。

「そうだ、あいつらは満身創痍だったじゃないか」

 隙をついて後ろから一発ドカンと撃ちこめば、瞬間移動もさせる暇なく奴らを殺せるはずだ。
 そう思った彼は最後の力を振り絞り、蛇の様に身体をうねらせながら廊下を進んだ。




    ◇    ◇    ◇




「さて、これが火薬かしら。それで、こっちが……阿片の倉庫ね」

 薄暗く広い倉庫の中で、一人の少女が物色をしている。その純白のドレスに身を包んだ姿は、阿片や火薬の詰まった倉庫には酷く不釣合いであった。
 倉庫の一角にある火薬の入った箱を見つけると、ジルはそれを担いで持っていこうとする。だが、今の彼女にはその火薬の箱は重すぎた。

「……駄目ね、これは『山羊』に此処まで来てもらって、ここで着火してもらった方が……」




    ◇    ◇    ◇




 ジャックは静かに、自分の心臓の鼓動と、鼻から漏れる吐息の音を聞いていた。彼も身体に重大なダメージを負って意識が朦朧としている。だからだろう、廊下を蛇のように進んでくる一人の男に、気付くのが遅れたのは。

「あ? なんだ」

 床に這いつくばった男を見て、ジャックは最初、何かの冗談かと思った。だが、その男が銃を構えたのを見て顔色を変えた。

「ジーール!!」

 振り向きざまに叫んだ名の女は、ちょうど倉庫の扉から出てきた所だった。

――ドン

 銃が発射されるのと同時、全ての世界が時を止めた。

 ジルは空中で止まった銃弾の矛先を見つめた。時間を止めるのが遅かった。男の狙いが正確であったならば、時を止めたとしても、その銃弾はジルの身体を貫いていただろう。
 だが、男は朦朧とした意識の中で、這い蹲りながら銃弾を放ったのであった。狙いが正確なはずがない。その弾はジルの脇を通って、倉庫の中。そう、火薬の箱へ見事に命中していたのである。

「なんて、なんて事……」

 時を動かした瞬間に、箱を貫いた弾は中の火薬に種火をもたらすだろう。そうすれば、この地下にある火薬の全てが猛威を奮う。そして紅茶館は此の世から姿を消すであろう。中に残った者たちを道連れに。

「ジャック……!」

 ジルは止まった世界の中で、ジャックに駆け寄った。ジルが影響を与えるものは、止まった時の中でも動く事が出来る。ジルは自分の倍近い体格のジャックを担ぐと、そのまま廊下を歩き始めた。

「ぐぅ……」

 だがジルも死闘を終えたばかりである。ただでさえジャックを担ぐという無理に、身体は悲鳴を上げる。彼女は歯を食いしばってジャックの身体を担ぎ上げ、ゆっくりと歩き始めた。ジャックの足は廊下に引きづられているものの、ジルは構わずに歩みを進める。

 ジルは身体に鞭を入れて、地下から一階へと続く階段に辿り着いた。この時点で、既に時を止めてから一分は経過している。これ程までに長く時を止めた事は、生まれて初めての事であった。

 爆発は確実に起こる。なれば爆発が起こる前に、その威力の及ばぬ所まで逃げるしかない。彼女は自分の全てを投げ打つ気持ちでジャックを助けようとしていた。

――二度と時を止められなくなっても良い。いや、この命すらもなくなっても良い。だからこの敬愛する父を、兄を、仲間を、ジャックを助けて欲しい。

 ジルはそう叫んだ。

 既に時間停止は3分を超えていた。足を引き摺るようにして無人のホールを横切る彼女とって、床に転がる射殺死体の一つひとつが、尋常ではない程の障害物となっていた。まるで死体が、自分たちを殺した彼女らに罰を与えようとしているようにさえ、今のジルには感じられるのであった。

 ホールには『山羊』の構成員が、ジルたちの連絡を待って何人も残っている。だが、今の彼女は一人の人間が救えるかどうかの瀬戸際である。彼女は見て見ぬふりをして、仲間たちを見殺しにしていった。

 ホールの出口は開けっ放しになっていた。これがジルにとってはどれ程の幸運であったか。これがもし閉じていたとするならば、ここで二人揃って爆発に巻き込まれてもおかしくはない。

 最後の廊下へと出た彼女の身体に、ついに異変が起き始めた。胸の動悸が激しくなってきた。今までは時間停止を解除してからくる反動が、この時間停止中に起き始めた。

「……まだ! まだよ、後30m! せめて館の外に出なければ……ジャックが!」

 力を振り絞る彼女であったが、無情にも時の蛇口は緩み始めた。止まっていた“時”が、やがて緩慢に歩み始める。今、地下では業火の火種がゆっくりと生まれ始めた頃であろう。

『時間の止め方…? そうね、水道の蛇口や配管のバルブがあるでしょう。あれをギュッと締める感覚よ。そうすると流れていた時がピタリと止まるの』

 彼女は今、脳裏で反芻していた。出会って間もない頃のジャックに、自分の能力の使い方について説明した時の言葉を。
 その蛇口が今や、ゆるりゆるりと解放されようとしている。
 彼女は有らん限りの力で蛇口を閉める。だが、溜まりに溜まった“時”の流れは、それを無理矢理にこじ開けようとしてくるのだ。

「駄目、駄目よ。もう一度、締め直すのよ」

 彼女は全身の血液が熱く燃えたぎり、自分の身体が限界を迎えている事を悟っている。もはや心臓の鼓動が彼女の耳を満たし、視界は赤く染まった。鼻腔は血の香りが支配し、肌は感覚が失われる。


――ぶちり


 切れた。ジルはそう思った。今まで必死に抑えてきた蛇口が、狂ったように逆方向へ回りだす。そして時は溢れ出した。




    ◇    ◇    ◇




 人は美しいものに惹かれるのさ。それは男性も女性もそうだ、つまる所は美しさは強さなのだ。
 人は強さに惹かれる。優しさ、気高さ、賢さ、挙げたらキリがないだろう?

 だが、その中でも万人が一目で見て分かるのが美しさだ。その強さは万人の共感を得られれば得られる程、その力を増す。
 ましてやだ。美しさを見せつけられた後に、内面の強さを魅せられたらどうだい?

 ましてやだ。幼いときから自分が育ててきた、家族のような存在がだ。
 ましてやだ。時間と共に美しく強く成長していく様を、近くでずっと見守り続けたらだ。
 ましてやだ。自分の事を慕って、共に戦い生き延びて信頼を寄せてくれたらだ。
 ましてやだ。

 ましてやだ。その心には他の男どもを寄せ付けない、銀の加工がなされている。
 ましてやだ。俺も例外じゃないさ。彼女の銀の心は何者も通さない。それは俺も例外じゃないさ。

 つまりだ、彼女は俺の腕の中で眠る事はないのさ。生きている限り。




    ◇    ◇    ◇




 熱い!

 そう思って飛び起きたジルは、まず周りの光景に首を捻った。赤、赤、赤。炎に取り囲まれている。どうりで熱いわけだ。
 じりじりと焼ける肌の他にも、自分は何故かすこぶる体調が悪い。頭は痛いし胸も締め付けられる、おまけに息苦しいし目や鼻から出血している。
 そこで思い出す、この状況が何故生まれたのかを。

「お目覚めかい、ジル」
「ジャック!! 無事だったのね」

 声の主はジャックであった。彼はジルから少し離れた所で、呆然と立っている。立ち尽くしている。
 ジルは笑みを浮かべ、炎の中に佇む兄へと駆け寄ろうとした。だが、しかし身体は言う事を聞かずに、足が縺れて地面に倒れた。
 そんなジルを見下ろしながら、ジャックはゆっくりと口を開く。

「まずは礼を言おう。恐らくは、あの流れ弾で大爆発が起こる瞬間。ジルは時を止めて、俺をここまで運び込んでくれたんだろう?」
「え、ええ。でも気にしないで、仲間を助けるのは……当然の事よ……」

 ジルは身を起こしながら、ジャックを見上げて答えた。その歯切れが悪いのは、ホールに残してきた仲間たちを想っての事だろう。

 がらっ。

 音を立てて燃え盛る木材が崩れた。ここは最後の廊下の一画。奇跡的に爆炎から逃れられた二人は、しかしこの炎の中に閉じ込められたようだ。
 上を見上げても空が見えないと言うことは、天井も燃え盛りながらもまだ耐えているらしい。
 その熱気の中で、ジャックは落ち着いた様子で一人呟いた。

「況や、俺たちは死ぬだろう」
「ええ、私の力が、及ばなかったわ。……ごめんなさい」

 二人は悟った。この炎の檻から生きて帰れる可能性は万に一つも無いと。そう、彼らはここで焼け死ぬのだ。
 この上海・紅茶館が『蠍』きっての腕利き二人の墓場となるだろう。

 しばしの無言の後。ジャックは無表情のままに、ジルへと顔を向けて言った。

「だが、安心しろジル。君は、俺が殺す」

 そういうと、ジャックは残った右腕で器用にリボルバーに弾を一つ込めた。ああ、そうだ。彼の左腕は爆炎に攫われていた。

 ジルは彼の言葉と行動を見聞きすると、首を捻った。そして少しの間を置いて、彼が今から自分を撃とうとしている事を理解した。
 行動は理解できても、行動の意味は理解できない。彼女は当然の如くに抗議した。

「どういう事……? 私はジャックに殺されるつもりはないわ。どうせ死ぬなら、最後まで潔く足掻きましょう」
「ジル、お前の事を愛しているからこそ、俺は君を自分の手で殺したいのさ」

 ジルは困惑した。どうしよう、最も信頼を寄せていたこの男の言っている意味が、今はまるで分からない。
 いつも私に一番に分かりやすく話をしてくれる、この男が何を言っているのか、今はまるで分からない。

「私もジャックを愛しているわ、でも私は貴方を殺そうとは思わない」
「……くっく、はっはっは」

 ジャックは、いつものように陽気に笑った。そして、銃口をジルの頭へと向けると撃鉄を起こした。これで、引き金を引けば、ジルは死ぬ。
 笑い声だけは、いつもと同じだが、その目はとてもあのジャックのものとは思えない程に、虚ろで濁っていた。

「……ジャック?」

 ジルはようやく、このジャックが正体を失っている事に気付いたのだ。

「ジル、君の言う“愛している”。それは俺のものとは違うのさ。君は俺のことを、自分を拾い育てた恩人としての感謝、または父としての憧憬、兄としての信頼を寄せているのだろう。ありがとう、とても嬉しいよ。だが俺には、そんなものは要らなかった」
「そんな、ジャック。どうしたの? 貴方、おかしいわ」

 がらっ。

 また一つの柱が焼け落ちて倒れた。彼らにも大量の火の粉が降り注ぐ。ジルの髪の毛も炎を映して今や真っ赤に染まっている。

「おかしくないさ。十年かけて分かりきっていた。君は俺を愛してはくれない。いや、君は誰も愛さない。ならば、この手の中で永遠にするしかない」
「ジャック! 正気に戻って! 最後まで人間として誇りを持って天に昇るのよ、それが私たちの人間としての義務よ」
「ふふ、十五やそこらの女の子に死ぬ間際まで説教されるなんて、俺も大概だよなあ。でもな、君をこの腕の中で抱いて俺も死ぬ。それが俺の最後の誇りなのさ」

 今やそこには、武骨だが明るくいつも自分を守ってくれたジャックの姿はなかった。双眸には尋常ならざる光を秘めて、釣り上がった口の端からは呪言のような言葉だけが漏れる。

「昨日の宿での話、覚えているか? あの時に君がついて来るといえば、俺は本当に『蠍』を抜けるつもりだった。そして君と共に、命の危険がない普通の暮らしを遠い国で過ごそうと思っていた。だが君の答えはNoだった」
「馬鹿な、ジャック。私たちは自分で辞めたいと思っても辞める事は出来ない。それが今まで私たちが殺してきた人たちへの唯一の弔いじゃない。そんなのは、ただの甘えよ。見損なったわ」
「……手厳しいな。でも俺の気持ちは本当なんだ、これだけは受け取って欲しい」

 何故、こうなったのか。何が彼を変えたのか。おお、アスモデウスよ。――ジルは嘆いた。

 駄目だ、ジャックはもう自分を撃つ気である。そのように確信したジルは、とりあえず自分がナイフを持っていない事を確認した。
 ナイフがなければ、後は時間を止めての銃弾回避しかない。が――

(“蛇口”が……ない!?)

 心の中で、時間を止める蛇口に軽く手を差し伸べた。だが、なんと、今まで“そこ”に在り続けた蛇口がなかった。
 もしや、爆発からジャックを逃がすための長時間停止による反動で、時の蛇口までもが彼女から失われたのだろうか。

「さようなら、ジル。いつまでも、この世にいざよう事もないさ、あの世でまた会おう」

 ジルは、依るべきものを失った。
 自分を支え続けてくれた男と、自分を守り続けた力。その両方を失ってしまった。
 だが絶体絶命の場面でも、ジルは相手に媚びたり怯えたりはしない。あくまでも前を鋭く見つめ、矜持を持って相対した。

「ジャック、さようなら。私の好きだったジャック」

 ジルは右手からそれを投げつけた。それと同時にジャックの愛銃が火を吹いた。


――バキッ、キン……


 二つの金属音が連続して炎の中に響き渡る。

 “奇跡”というのは、得てして尋常ならざる事態に起こるものである。


 順を追って説明すれば。
 ジルに残されたのはドレスの中にあった母の形見、金の懐中時計。そして彼女の手から放たれた時計は、空中でジャックの撃った弾丸と衝突した。そして弾丸は軌道を変えて地面へと向かう。そして地面には何故か金属の板が存在した。そして、その板に当たった弾は威力を失いながらもジャックの喉元へと吸い込まれた。
 そして、ジャックは喉から血を吹き出しながら倒れた。これが奇跡である。

「ジャック……ああ、ジャック」

 ジルは、その幼い手を、父であり兄であった人に差し伸べた。だがジャックは、それを最後の力を振り絞って振り払う。
 銀は古来より邪を払うと云われている。人間の情欲もまた邪なのであろうか。確かに彼の瞳は、これから炎に焼かれる少女の不憫を想っていた。

「ジィ……ル……オ……が……ま……」

 彼は最後に一筋の涙を流して息絶えた。何かを伝えたかったのだろうが、それは喉に受けた銃弾によって言葉にならずにジルへは届かなかった。

 ジルは跪き、父であり兄である人の髪を優しく撫でる。彼女もまた一筋の涙を流した。

 金の細工も跡形が無く、秒針も文字盤も吹き飛んだ懐中時計だったもの。それを拾い上げた彼女は、懐へと大事そうにしまい込んだ。

 激しい炎は地獄の業火か。今にも天井が焼け落ちて、自分を押しつぶしてしまいそうだ。

 このまま炎に焼かれて死ぬのも運命かもしれない。――多くの命を奪ってきた咎人としての。

――そう思い始めたジルの脳裏に突如として、ジャックとの決闘における“ある”疑問点が浮かび上がってきた。

 確か銃弾が跳ねた時、2回の金属音がした。1回目は懐中時計、では2回目は? 何故に廊下の真ん中で2回目の金属音がするのか?
 ジルは死の間際、その質問を消化しなければ気が済まなくなった。
 
 そして調べれば、確かに床には鉄板があった。では、この鉄板とは一体なんなのか? それを考えた時には、ジルの指が鉄板の表面をなぞり始めていた。




    ◇    ◇    ◇




8.倫敦郊外1881


 懐中時計が壊れた。ネジを巻いても、いくら巻いても針が動かないのだ。もしかしたら一昨日の任務の際、壊れたのかもしれない。
 ジルは落胆しながらも、その時計を直す為に、次の日の朝早くから町へと出かけていった。

「おじさん、この時計を治して頂けます?」

 町の時計屋に頼んでみた。幸いにしてジルは、給金を預かるジャックから少しずつ小遣いを渡されている。そして、それをちゃんと貯めていた。だからお金ならある。
 時計屋のおじさんは「大丈夫、簡単な修理だよ」といって時計を受け取った。



「馬鹿野郎!」

 ジャックの平手がジルの頬を打った。味方に殴られたのは生まれて初めて。それも今は、この世で唯一、信頼できる人間にだ。
 ジルの身体はよろけて彼女の部屋にある机にぶつかった。彼女の部屋には何もない。ベッドと机だけの質素な部屋。
 その部屋にジャックの怒号が響き渡った。

「『蠍』が持ち物を容易く手放すんじゃない! いつ何処から素性が漏れるかも分からないんだぞ!」

 彼女程の歳であったら、平手打ちをされれば泣きじゃくるのが普通だろう。それも家族同然の男になのだから。心に深く傷を負ってもおかしくはない。
 だが、彼女は涙を滲ませる事もなく、その大きな瞳でジャックを睨み返した。

 ジルは納得がいかなかったのだ。「それじゃあ時計が壊れたらどうすればいいの?」

「そんなもんは自分で直せ! 大切なものは自分で管理出来るようになっておくんだな」

 そういうとジャックは、彼女に時計屋から時計を返してもらうようにいった。
 渋々、彼女は時計屋にいって壊れた形見の懐中時計を返してもらった。「まだ直していないよ? お金ならいらないから大丈夫」おじさんは心配そうに言った。

「いいえ、やっぱり自分で治してあげる事にしましたの」



 といっても、彼女は時計の直し方など分からない。いざ分解まではこぎつけたものの、中は小さな歯車が沢山組み合わさった、まるで迷宮だった。
 下手に動かしたらいよいよ、完全に壊れてしまうかもしれない。そう思ったジルは、懐中時計に触れる事すら恐ろしくなってしまった。

 彼女は暫くの間、肌身離さず持っていた懐中時計を自分の部屋の机の上に放置した。それは心に穴がぽっかりと開いたような損失だ。

 彼女なりに時計の勉強を始めた。ジャックからもらった拳銃についても、その複雑な分解や組み立てをマスターしたのだ。きっと時計だって似たようなものに違いない。
 だけど大きな違いは。拳銃についてはジャックが教えてくれたけれど、時計についてはジャックから教えてもらえない。

 ジャックは時計の仕組みなんて知らないだろうし、ましてや今は任務に関する事以外は口をきかない。完全な喧嘩絶縁状態なのだ。

「馬鹿……」

 彼女は珍しく暴言を吐いた。それは固い枕の中に消えていく、誰に聞こえるともない暴言。



 ひと月もした頃になると、彼女は机の上に広げられた、分解された時計には目もくれないようになっていた。あれほど大事にしていたものだから、壊されてしまった姿を見るのは耐え難かったのだ。

 このアパートメントには廊下を挟んで二つの部屋があり、大きい方はジャックの部屋で小さい方はジルの部屋。だけども、最近は二人共ドアを開いた時に偶然顔を合わせないように、互いの気配を察知しながら日常生活を送っていた。

 そしてその日も、ジルはジャックに会わない様にこっそりと部屋に帰ると、机の上からは故意に視線を外してベッドへと身を投げた。そして、ぐっすりと眠りに入ったのだ。

「カチコチ……カチコチ……」

 眠ってすぐに、なにやら声が聞こえた。声というよりは、まるで秒針が時を刻む音に聞こえる。

「何?」

 ジルは目を覚ましてベッドから身を起こす。すると、自分の部屋の机で椅子に座った何者かが時計を触っているではないか。

「誰だっ! 触るな!」

 彼女は叫んで飛びかかろうとした。だが、彼女の身体は眠ったままであった。そう彼女は今、視界だけが幽霊のように身体から浮かび上がっているのだ。
 しかも視界はなんだか霞がかかって、侵入者の姿も影のようにしか見えない。このままでは時計がどうにかされてしまう。

「やめてぇ!」

 叫んだ声は、現実の部屋に響いた。

 ジルは寝汗でぐっしょりになった身体に寒さを感じながらも、ベッドから這い出る。そして急いで机の上に視線を移した。

 そこには、金細工の見事な懐中時計があった。それは母の形見の懐中時計。

――カチコチ……カチコチ……

 御丁寧にネジまで巻いて、秒針は正確に時を刻んでいた。



 その日の昼下がり、『蠍』のカフェでお茶を飲んでいたジルの元にジャックがやってきた。
 彼女の紅茶のカップの隣には、金細工の懐中時計が置かれており、太陽に照らされた文字盤の上を針が忙しなく走っていた。

「お、その時計。直したんだ。良かったな」

 ジャックは無遠慮にジルの向かいの席に座った。ジルもそれを咎める事なく、カップを口に運ぶと、ジャックの目をじっと見つめた。

「な、なんだ?」
「……ええ、おかげさまで治ってたわ」

 ウェイトレスがコーヒーをテーブルの上に運んできた。彼は言葉を発する事から逃げるように、そのコーヒーを口へと運ぶ。

 ジルの視線はカップを持つジャックの手に注がれた。なるほど、彼の手には細かな切り傷が散見している。
 カップを置いてため息をついたジャックに、ジルは涼しげな笑みを見せた。

「でも、私が治したわけじゃないわ。だって、私は時計の治し方なんて知らないもの」
「へぇー、じゃあ小人さんが直してくれたんだな。なかなかファンタジーですこと」
「ええ、そうね。小人さんが治してくれたのね。ところで、ジャック? 貴方は時計の治し方を知ってる?」
「うーん、まあ簡単な修理くらいならな。昔から細かい機械仕掛けは好きだから」
「ふーん、昔からねえ。じゃあ、ジャック。私にも時計の治し方を教えてちょうだい。私も自分で時計を治せるようになりたい」
「まあいいけど。まず道具を調達する事だな。ナイフで直そうとすると痛い目にあうから」

 昼下がり、とても天気の良い川のほとりでの出来事であった。




    ◇    ◇    ◇




9.上海19XX


 大発見じゃ! 長年に渡って上海租界の歴史を調べて来たが……。さしたる発見も出来ずに、大学からは煙たがられる一方……。だが、そんなワシを天は見放してはおらなんだ!
 何を喜んでるんですか教授って……。君ら学生も後学の為に立ちあっておくが良い! これが世紀の大発見。その瞬間じゃ!

 ぐぬぬ……なんじゃあ? 溶接されておるのか? そういえばここは昔、大火事があったらしいからのう。おい、そこのバイトの子! これ開けるのに人手を集めとくれ!



 あー、どれどれ。やーっと開いたかい。さて、どんなお宝が眠っておるのかのう……! 金銀財宝、歴史学的発見、なんでもこいじゃ!

 ん? 本? どれ、見せてみい。ほう、これは英語で書かれておるのう。恐らくは租界にいたイギリス人の手記、日記といったところかな。どれ、軽く翻訳してみるかのう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


1.生存について

 私はこの地下室に逃げ込み生き延びる事が出来た。だが、いざ出ようにも、この地下室の出入口が炎によって封印されてしまったようで開かない。しばらくの間はこの地下室で過ごすしかないようだ。だが、この文章を書く為に暗闇を照らしているランプの燃料、そして保存食なども直に尽きるだろう。何らかの策を講じなければならない。


2.時間について

 私は常に時間を気にして生きてきた。だから、恐らくは私の体内時計もまだ正確であろう。ちなみに此れを書いているのは恐らく五日目の十四時十三分二十五秒付近。そして思った事。私は一生涯を此処で過ごさなければならないのか? という不安。暫くの間はこの紅茶館跡地は立ち入り禁止となって、租界全体の禁忌事項として扱われるだろう。そうなれば、誰かが偶然に地下室を見つけて扉を開いてくれる事も望めない。そして蠍にも私は死んだものとして扱われているだろうから、本国も捜索はしてくれない。そう考えると恐ろしくなってきた。だが、希望もある。時間の蛇口が少しずつ見えるようになってきたのだ。どうやら、時間の経過により反動は回復しつつあるらしい。


3.食料について

 もうすぐランプの燃料が切れる。そうなれば私は完全な闇の中を一人で過ごさなければならない。とても不安だ。だが、何よりも生き延びる事が肝心だろう。私は時間停止を再び出来るようになっていた。しかもあの時の長時間停止によって、私の中で制限されていた何かが外れたのか、かなりの長時間を自由に止める事が出来て、反動もほとんどなくなっていた。これを練習すれば自在に時が操れるようになるかもしれない。手始めとして、私は自分の肉体時間を停止させる事にした。こうする事によって、私は食料や水が無くても生きていける。もちろん、それほどまでに深く時を止めると思考も出来なくなるが、そこは調整しながら生き永らえようと思う。


4.魔法について

 この地下室を作った主人は西洋魔術などに興味があったらしい。私は暇を持て余して、この魔法に関する膨大な書籍を読み始めた。見よう見まねで最も初歩的と書かれていた火起こしの魔法を使ってみる。私には、魔法の才もあったのか。呪文を呟くと小さな火種が私の手の中で踊っていた。これでランプが切れても明かりを得られる。私は本当に嬉しくなった。錬金術についてもかなりの蔵書があるので、こちらにも手を伸ばそうと思う。もしかしたら、食料の精製なども出来るかもしれない。だけれども。ああ、紅茶が飲みたい。明るい太陽の光の下で。


5.言語学について

 私がこの地下室に閉じ込められてから既に3年は経過していると思う。肉体の時間を止めたままだから、私は当時の姿のままであると思われる。それにしても地下室の扉は異常に頑丈だ。火の呪文で焼き切ろうとしても受け付けない。よくよく調べれば、この扉。一度入ったら外からしか開けられないように、呪文による制約が施してある。これを解くには、この呪文をかけた人物の鍵が必要だ。これを解析するのに百年はかかるだろう。私はとりあえず、外に出ることは暫く諦めた。その代わりに魔法の他にも勉学に勤しむことにする。特に好きなのが言語を学ぶことだ。英語以外にも3ヶ国語くらいは教え込まれた私でも、まだまだ知らない国の言葉は沢山ある。中でも気に入ったのは、日本語だ。日本という国は上海の近くにあるそうだが、地図がないのでよく分からない。ただこの言語には底知れぬ奥深さを感じた。ちなみに、魔法の方は高等呪文に手を出し始めたところだ。記憶操作呪文、幻覚呪文、催眠呪文などの対人魔法も取得した。どうせ使わないのだが。


6.記憶について

 いよいよ、私は永遠にここで生きられる準備が出来てしまった。蔵書も既に読み尽くして、魔法も極めてしまった。私は生きているのが辛い。私は何故こんなにも生きるのが辛いか考える。それは、外の世界を知っているからだ。太陽の光を、そよ風の優しさを、紅茶の香りを。知ってしまっているからだ。だから私は生きていくのに必要な知識を残して全ての過去を捨てようと思う。幸いにして忘却の呪文という複雑な呪文がある。詠唱に時間がかかるのだが、対象は自分なのだから相手は逃げない、安心だ。ただ唯一、自分の名前くらいは覚えておこう。そう思いたいのだ。だがあの名前は控えたい。嫌でも記憶がよみがえる。かといって母上につけてもらった名前も、とうに忘れてしまった。こうなったら自分でつけるしかない。そう思ったときに、何故か私の唇がこう動いた。『私はこの世をいざよい続ける』誰に向けた言葉だったか? 早速忘却の呪文が効いてきて分からない。どうやら遅効性の呪文らしい。では最後に名前だけを書き記し、そして私は過去を捨てよう。おやすみなさい。


―― Izayoi


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんじゃこりゃあ!!! どこかの気狂いが書いた日記か? こんなもんはいらーん!

 はぁ…はぁ… ん? おお! なんだこの膨大な古書は! これはものすごい価値があるに違いないぞ! うわははは! やったー!

 さぁ、諸君。めでたくワシの研究成果が形となった所で、日本に帰ろうではないか!

 ん? なんだね林くん。え、倉石くんが消えた? はっはっはっ、何を馬鹿な事を言っとるのかね。学生の数は合っとるじゃないか、ちゃんと11人おる!
 はーぁ、めでたしめでたしじゃ! さー、日本に向けてしゅっぱーつ!
バラが刺の中に咲くように、恋は怒りの中に咲いて燃える。


――Ernst Arndt,“Zorn und Liebe”より
yunta
[email protected]
http://
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.650簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
ジャックかっこいいな
6.90名前が無い程度の能力削除
分量が気にならない読みやすさ
続きも読んで参ります。
8.100削除
うわっ多いなこれ・・・っておもいましたが読んでからは早いものでした
いつのまにか引き込まれてました
続きもよんできます
9.80即奏削除
おもしろかったです!
自分の中の東方像からえらく離れていた設定も、ワクワクするような描写を読み進めていく内に自然と心に浸透していきました。
連作なのやもしれませんが、この作品一本だけでも十分に楽しく読めました。
16.100名前が無い程度の能力削除
こんばんは、初めてコメントさせて頂きます。
正直なところ、シリーズを合計すると凄い文量だったので読むのをちょっとためらってしまったのですが、
一度読み始めてしまうとすらすらと読めてしまう事に驚きつつも、それぞれのお話を楽しませて頂きました。
それぞれの作品の感想はそれぞれの作品に書かせてもらうとして、まずはこの作品の感想を書かせてもらいますね。

実を言うと、はじめはlust(色欲)というサブタイトルとオリキャラ登場という事で一瞬だけ尻込みしてしまったのですが、
読み始めて数行でそんな事も気にならないくらいにすらすらと先に進めたのはその読みやすさとストーリーの魅力のお陰だと思います。

まずオリキャラが出てきて、(名前のつけられる前だから当然なのですが)咲夜さんの名前も違い、
舞台設定も全く東方世界とは関係なく、オリジナル小説と言っても通るような感じもあるのですが、
それでも冒頭からして「ジル」がちゃんと咲夜さんだと分かるのがまた凄いですね。

この話では咲夜さんの美しさが丁寧に書かれていて、読んでいて思わずこちらも映像を見てみたいと思ってしまうくらいでした。
lustというのは、咲夜さん自身がそうであるのではなくて咲夜さんの周囲が咲夜さんに対して色欲を抱いてしまうと言う事なのですね。
恋心が不純物だというわけではないと思いますが(恋心と色欲の違いはさておき)、お互いがお互いを想っていたのは確かなのに、二人の結末が悲しかったです。
そこに追い打ちをかけるような時計のエピソードには思わず涙腺が緩んでしまいました。シリーズの作品を全部読んだ後にこの部分を読むと、また違う印象があって更に切なくなります。
「蠍」という組織名もちゃんと「lust」にかかっていたというのには後で調べてみて少し驚きましたが。

美しさは罪だと言うわけではないですが、咲夜さんがそういった事を一切気にかけていないのに、周囲はそういったものを抱いてしまうのもまた業の一つかもしれません。
容姿についての描写だけでなく、咲夜さんの持つ矜持や内面の気高い鋭さがまたそれを引き立てたように思います。
シリーズ内で後に人間ではない、と言われていましたがこの時点でも既に若干人間離れしているように感じました。
強さに関しては、決して人間離れた強さでは無く本当に「時を止める事の出来る人間」という域を出ていないのにもかかわらず、です。

ただ、あまりにもストーリーがこの作品自体で綺麗にまとまってしまっているため、逆にこの後幻想郷に行ってのんびりと過ごす咲夜さんが想像できなくなってしまいました。
ですが、後の作品内でメイドとして紅魔館で働いている咲夜さんを見ると、このような過去があったにも関わらず、ちゃんと咲夜さんしているから不思議なものです。
この過去を捨てるまでの咲夜さんも、過去を捨てて生まれ変わった後の咲夜さんもどちらも違和感が無いというか。
同じ一人の人間なのに色々と違っていて、それでも根底はやっぱり同じ人間で、と上手く表現できないですが、どちらの彼女も素敵でした。
それと一つ、このシリーズの、幻想入りした後の咲夜さんが求聞史紀で描かれていた咲夜さん像に
とても近いキャラクターだというように感じられたのですが、それがまた個人的にたまらないポイントでした。

自分自身に忘却の魔法をかけた所で「ジル」の物語は終わっているように思いますが、
最後に彼女が自分の事を忘れてしまった事で、全てに忘れ去られたことから幻想郷に辿りついたという事でいいんでしょうか。
「いざよい」という名字についても、その発想は思いつきませんでした。そういう意味でも、咲夜さんの時は止まり続けていたのですね。
ラストの見知らぬ教授の話にも謎が残りますが、ここにもまた、(東方キャラとは関係ないかもしれませんが)何か別の物語が広がりそうでどぎまぎしてしまいました。

それでは一旦、ここで失礼します。
勝手ながら、シリーズの他の作品の方にもゆっくりコメントさせてもらおうと思っています。素敵な作品をありがとうございました。
18.90名前が無い程度の能力削除
これは面白い。
途中「この時代に機関銃なんてあったの?」と思いましたが、調べてみると1884年はちょうど機関銃が発明された年なんですね。
まさに弾幕元年とは。
いやはや、博識に恐れ入ります。
20.無評価yunta削除
ご意見ご感想ありがとうございます。一部抜粋して返事をさせて頂きます。

>>16.さん

 うおお、こんなにがっつり感想を頂けるとは!ちょっと感動しちゃいました。

 この話は過去の話という事で、幻想郷に来る前なのでせっかくだから世界観は思いっきり別のものにしました。
 聞くところによると「ジル」は「ジャック」と同じで日本で言うところの「名無しの権兵衛」の女性名らしいです。そういうわけで咲夜と言えば切り裂きジャックが絡んでくるのでこういうネーミングにしました。

 私の個人的な意見としては、東方の世界に情欲のような生臭い感情は似合わない気がするので、前日譚とはいえキャラクターにそういった感情を持たせるのは難しかったですね。そういうわけでジルにはそういった感情のないキャラクターでいてもらいました、そしてそれが私の中の咲夜像にも当てはまりました。ジャックはオリジナルキャラクターなので、とても人間臭くなってもらいました。

 「蠍」という名前は、あまりにもやりすぎかなと思いましたが、どうせ七つの大罪をモチーフにするならやり切ってしまおうという事で付けた名前です。「山羊」も色欲を現す動物らしいですね。

 人間離れしている、という点に関してですが……。この話の中でもちらと触れたのですが、ジルは「本物」の貴族だったんですよね。それを矜持にして生きていたと。でもこの1884年の時点では既に彼女の求めていた高貴さというものはいわゆる幻想入りしてしまって、この世のどこにも彼女が求めているものはなかったという事なんです。それが後に同じものを持つレミリアと出会う事によりうんぬん(greedの話)という話なのですが、そういうわけで彼女はこの世からは浮いている存在なので、それが人間離れしているように感じられるのかもしれません。

 咲夜というキャラクターを二次創作で出すには、結構難しい面がありますよね。求聞史紀でもよく分からないって言われているので、自分なりのキャラクターにして動かしてみました。そこに共感して頂けたなら感無量ですね。

 私が最後に忘却の魔法でジルの物語を終わらせたのは、過去の話を書いても結局のところは幻想郷にたどり着いて、原作で描かれているような平和に弾幕を撃ち合っている世界に行き着くので、そこに話を繋げる為ですね。このまま過去を持ったままに幻想郷に行ってもああならないだろうと。
 何故彼女が幻想郷にたどり着いたのかという事に関しては、そういった解釈をして頂いてよろしいと思います。私としては自発的に行ったというよりさ迷った果てにたどり着いたというイメージでした。

 自分の時を止めた事に関してはこの話の舞台が明治だったので、現在の咲夜が「実は咲夜さんは数百歳だけど時を操って若作りしてたんだよ」って事にはしたくなかったという事。もうひとつは、咲夜がレミリアに仕えるにあたって「運命を操作されて」下僕になったのでは寂しすぎるな、と思ったのでそれならば咲夜自身が忠誠を誓うに値するレミリアに対する恩義を感じる出来事がなければならないと考え、それならば止まっていた時間を……うんぬん(greedの話)という事にしました。

 いや、まさか教授に触れてくださるとは(笑)彼も本望でしょう。

 いやはや、お恥ずかしながら自分の書いた話について長々と語ってしまいました。これも>>16.さんの熱いコメントのおかげですね。どうもありがとうございます!


>>18.さん

 そうなんですよね、明治十七年は色々とカオスな年のようです。
 この年号を曲名に入れた神主は流石だなと思いました。
 やっぱり東方なので弾幕も入れた方が良いかなと、まあかなりちょっとだけですが。
22.100名前が無い程度の能力削除
時代の雰囲気が良かったです。
26.100パレット削除
 面白かったです!
27.100名前が無い程度の能力削除
凄いとしか言えない。
すっごく面白かったです。