Coolier - 新生・東方創想話

今昔八雲紫物語

2010/06/23 01:00:30
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序章 ~ 夢現







 ――夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?

   せっかく買ったGPS付きのケータイも、ここでは役に立たないわね。

   あーあ、満天の星空に月。あなたの眼なら、ここがどこだか判るのでしょうね。

   …蓮子が羨ましいわ。

   天然の筍も見つけたし、そろそろ…

   ああ、せっかくだからここで起きたことをメモしておこうかな。

   紙とペンは……あったあった。



   ……こんなもんかな。さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。



 彼女が再び歩き始めたとき。後ろから不気味な笑い声が聞こえた。

 本能に身を委ね、彼女は全力で走った。だが竹林は永遠に続いているようにしか見えない。

 全く変わらない単調な景色。だが、そんな景色が途絶えているのが見えた。


////////////////////////////////


「それでね…」
 メリーの話が途絶えた一瞬の隙に、蓮子は口を挟む。
「ねぇ、他人の夢の話ほど、話されて迷惑な物はないわよ?」
 蓮子は苦笑いしながら私を見たが、夢の話は止まらなさそうだ。
 まぁ、蓮子はそう言ったが、彼女は聞かざるを得ない、様な状況にあった。
 メリーは続ける――


////////////////////////////////


 ――私は足を止めた。

   何というか…禍々しく幻想的、とでも言うのかしら。

   少なくとも、現実的ではない紅い光が見えたわ。

   その光のほうを見ると、赤い眼の大きな鼠が……いや兎かな?

   人間と同じような眼の付き方……



 ――その時、大鼠は聞いた事のある不気味な声を発したわ。

   でもね、大鼠はもう私を追いかけてはいなかったの。

   大鼠は紅い光に怯えているようにも見えた。

   で、私はその紅い光の方に顔を向けたのよ。

   すると見えたの。全身が火に包まれている女の子を!

   いや… 火に包まれているというよりも、

   女の子が火を出していて……まるで不死鳥を連想させる姿だったわ。

   その女の子が手を挙げただけで、大鼠は逃げていったのよ。

   女の子も立ち去っていったわ。

   私は隠れて、その様子を見ていたわ。


////////////////////////////////


「ん? なんで隠れていたの?メリー」

 秘封倶楽部のたった二人のメンバーのもう片方。蓮子は疲れた様な表情で尋ねる。
 そう言えば、蓮子は私の事を本名で呼ばないわ。この国の人は、マエリベリー・ハーンと発音しにくいらしい。
 いや、今更本名で呼ばれても、ピンとこないのかもしれないけど。

「――あれは人間じゃあ、ないから」

 火を出す女の子なんて、人間であるはずが無い。
 少なくとも、この世界の常識では。


 二人は、京都のあるカフェで話していた。最近は暑い日が続いていて、
 アイスティーやアイスコーヒーが飛ぶように売れている。

 私、メリーは、注文したアイスティーがぬるくなってしまったのに気づき、あわてて飲み干す。

「あぁ、すっきりしたわ。最後まで聞いてくれてありがとね。蓮子」

 秘封倶楽部のもう一人。蓮子は不思議な顔で私を見ていたけど、
 私は気にせずカフェを後にした。


 私には境界を見ることが出来る眼がある。あらゆる境界を。
 この世界と別の世界との境界を見つけて、その境界を越え、色々な世界を見るのが秘封倶楽部の主な活動。

 因みに、蓮子はそんな私の眼を気持ち悪いと言うが、私からすれば、月や星を見ただけで、
 現在位置や時刻を知ることが出来る蓮子の眼のほうが、よっぽど不気味だわ。


 さて、家に帰ってレポートを書き上げないと。




////////////////////////////////




 蓮子はまだカフェにいた。とりあえず、紅茶のおかわりを頼んでおいて、
 一人で悩んでいた。


 ――メリーが私に"夢"の話をした。話だけなら、ただの"夢"として終わるのだが、
   そうはならなかった。

   メリーはいきなり、吸血鬼が居たという紅いお屋敷でもらったというクッキーや、
   竹林にあったという天然の筍を見せてきたのだ。

   夢の世界の物体が、現実世界に移動するなんて、ありえない。
   科学的に考えて、いや、常識で考えて明らかに可笑しい。

   だが、現実にメリーは『夢の世界で手に入れたもの』を私の目の前に掲げた。

   ということは、メリーが"夢"だと言っているのは"現実"だ。そうとしか考えられない。

   他にも、メリーが嘘を吐いている可能性もあるが、天然の筍について説明が出来ない。

   今、この時代では天然の筍など採れないはず。だって、合成の筍しか無いもの。

   私は確信した。メリーは気が付かないうちに、境界の向こうに飛んでいる。
   確か、メリーは境界を"見る"能力だったけど、"操る"能力に変わったのかしら?

   …このままだと、メリーが"夢"だと思い込んでいる別の"現実"世界で妖怪に殺されるかもしれないし、
   別の世界で、"現実"であることに気付くと、今いるこの世界を"夢"だと思って戻ってこないかもしれない。

   私は、そこで考えるのをやめた。


   ……別の世界への入り口がありそうな所を探しておいてと、メリーが言ったから
   昨日は寝ないで調べていたのに、昼前に私を呼び出すなんてね。夢の話のために。
   ――正確には、夢の話なんかではない、とても重要な事だけど。
   

「あぁ、疲れた。もう帰って寝ようかな。」

 蓮子は、そう呟いて、家へと向かって歩き出した。


////////////////////////////////


 次の日、蓮子はメリーを呼び出した。

 蓮子は、メリーの言う"夢"が"現実"であることに気付かせる事を決意した。

 蓮子はメリーに言う。

「――さぁ眼を覚ますのよ。
   夢は現実に変わるもの。
   夢の世界を現実に変えるのよ!」

 蓮子はこうすることで全てが良くなると思っていた。

 だが――
      

////////////////////////////////



















第1章 ~ 境界




 メリーは朝起きると、不思議な感覚に襲われていた。
 今日は何かが起こる。様な気がした。
 2、3分ぼーっとしていると、携帯が鳴った。

「はいはい、今出ますよー」

 独り言を呟いてから、通話ボタンを押す。

「もしもし、メリー? 蓮子だけど」
「もしもし、蓮子、今何時?」
「……もう11時23分47…48秒よ。もしかしてまだ寝てた?」
「まぁね。それで、何の用かしら?」
「また"入り口"らしき所を見つけたの。夜の10時に迎えに行くわ」

 メリーは、勿論蓮子と一緒に、別の世界を見たかった。
 だが…… 彼女の本能がそれを止めようとする。

「ねぇ蓮子。今日じゃなくて、明日に出来ないの?」
「明日は……無理そうね」
「そう……わかった。10時ね」

 それだけ言うと、蓮子の反応を待たずに電話を切った。



 ――――もしかしたら、この時、既に全てを見ていたのかもしれない。

 現在と未来の境界を越えて――――



////////////////////////////////



 夜10時、メリーの部屋にあるからくり時計の仕掛けが動き始めると同時に、蓮子は登場した。
「メリー、準備できた? もう行くよ。 列車に遅れちゃう」
 メリーはなんとなく、その時計を眺めてから、蓮子について行った。


 秘封倶楽部は列車に乗り込む。

 ――果たして何処へ運ばれていくのだろう。




 列車は田舎と呼ぶのに相応しい、田舎の駅に到着した。
 最後の乗客である蓮子とメリーが降りても、列車はまだ1時間以上走る。



 人の気配が感じられない森の中。
 今日は満月。月の光が秘封倶楽部の二人を照らす。
 まるで狂わせるかのように。



 ――メリーには見えていた。無数の境界が。



 蓮子は立ち止まって、メリーの方を向いた。

「メリー、ここら辺だと思うのだけれど。境界ある?」



 ――メリーには見えていた。不思議な境界が。



――メリーには見えていた。危険な境界が。



「境界あった……――



 メリーが言い終わらないうちに、二人は境界の向こうに引きずり込まれた。



 秘封倶楽部の日常に、終止符が打たれた.



////////////////////////////////




「――蓮子?」
「――メリー?」

 二人は、幻想的な森の中にいた。
 よく解らないが、何かの境界を越えたのだろう。
 森は生い茂った木に上空を覆われ、月の光が届かない。
 じめじめしていて、茸も多く生えている。

「蓮子、ここはどこ?」
「えっと――いや判らないわ。月も、星も見えない。場所も、時間も判らない」

「ねぇ、メリー。これからどうする?」

「………」

「メリー、何か嫌な予感がするのよ。帰るための境界は?」

「………」

「メリー?」


 メリーは、もう訳がわからなくなっていた。


 ――――境界が、見えない?
              無い?
                 存在しない?


「大丈夫? とりあえずこれ飲めば?」

 蓮子は、メリーにペットボトルの紅茶を渡して、
 辺りをうろうろしていた。

「ねぇメリー。境界らしきもの、無いの?」

 メリーは、紅茶を一口飲むと、ゆったりとした、落ち着いていて、震えている声で蓮子に告げる。

「――境界は、見えないわ」
「見えない?」

 蓮子は驚いた。
 まさか、メリーに境界が見えないなんて…

 いや、本当に境界は無いのだろうか?

「弱ったわねぇ」

 蓮子も、メリーも、どうすればいいのか判らなかった。

 

 ただ、その場で黙り込んでいるだけ。


 どれ位の時が過ぎただろう。


 見えるのは、暗い森。
 
 聞こえるのは、風が枝葉を揺らす音。


 二人が動きを止めた時――


 ――運命が、訪れた。



 ――静かに、訪れた。

 ――妖怪が、現れた。


「メリー、逃げるわよ!」

 逸早く反応したのは蓮子の方だった。
 尻尾の沢山ある狐らしき妖怪は、二人の前方、数十メートル先にいた。
 だが、離れているにもかかわらず、その妖怪は途轍もない殺気を辺りに散らしている。

 二人は、驚くほどに冷静に、その状況を捉えていた。

 秘封倶楽部が全力疾走し、僅かに風が起こる。
 最後の微かな灯火さえも掻き消す様に。

「蓮子、前!」

 だが、この時妖怪は、瞬く間に蓮子の目の前に移動していた。

「メリー!速く逃げて!」

 メリーは驚いて足を止め、蓮子の方に顔を向ける。

 二人の目線が交わった時、蓮子はメリーと真逆の、とても穏やかな表情だった。

 蓮子は考えた。
 ――もう終わりだろう。

 メリーは考えた。
 ――終わらせるわけにはいかない。


「蓮子!!」

 メリーは叫んだ。妖怪が今にも蓮子に襲い掛かろうとした、まさにその時。



 ――――メリーは、境界を操った。



////////////////////////////////

 


 秘封倶楽部は、崩壊した。




 大きな一本の柱を失って。



////////////////////////////////





















第2章 ~ 人妖




 次の瞬間、蓮子は消えていた。

 殺されてはいない。だって、死体が無いもの。

 ならば何処へ?


 勿論、私はそれを知っている。

 それは――

 ――境界の向こう側。


「――私は、今、何を?」


 微かな呟きは、森に吸い込まれていった。

先程まで見えなかった月が、暗い森に狂気の光を突き刺す。

 妖怪が、私の方に照準を合わせる。


 ――この時から、私は壊れたのかもしれない。

 私は意識しないまま、自分で作り上げた境界の向こうへ踏み入った。



 人妖の境界の。



 メリーはもう人間では無かった。


 ――この日、世界から人間という存在が1つ消え、


 ――妖怪という存在が1つ生まれた。



////////////////////////////////



 この地に踏み入ってから、どれ位経っただろうか。
 私はそんなどうでもいい事をふと考える。
 ……あなたなら、時間が分かるでしょうけど。


 ――蓮子に襲い掛かった妖怪は、もう戦える状態では無かった。

 私は、紫の服を返り血で紅く染め上げ、立っていた。ずっと…



////////////////////////////////



 …あれから何日経っただろうか。


 私はずっと考えていた。

 蓮子がいなくなった"あの"日、私は自分を棄て、八雲紫と名乗る様になった。

 ――もう、自分が嫌になった。
   いっその事、死んでしまおうか。
   その方がきっと楽だろう。
   だが、私が消えても、蓮子がどうなるかわからない。
   ……消えなくても、わからないが。
   いや、私はメリーじゃない。もうマエリベリー・ハーンではない。
   でも…… 蓮子だけは……


   ……蓮子は何処へ行ってしまったのだろう?


   無事に元の世界に戻れているといいけど……
   他にも、こんな妖怪が出る世界はあるだろうし、
   例え、元の世界だとしても、戦争は絶えないし、人が居ない山奥だと、
   そのまま餓えて死んでしまうかもしれない。


 ――私は、蓮子を殺したの?


 ――この先、どうすればいいの?


 ――蓮子、貴方に会いたいよ……




////////////////////////////////




 あれから何年経っただろうか。

 紫や他の妖怪、少しの人間が住んでいる地域に、ある危機が訪れた。
 人間が増えすぎた所為で、妖怪の天下であるはずのこの場所が、
 段々と人間の天下に移りつつあった。
そこで、紫を始めとする一部の妖怪が、ある提案をした。
 それが博麗大結界。実質、この結界によって、幻想郷という存在を保っていられるのだ。
 それに、これがあれば、外の世界で忘れられた妖怪を幻想郷に萃める事が出来る為、
 幻想郷での妖怪の地位向上にも繋がる。

 紫は、考えたのだ。投げやりに。自虐的に。

 ――いっその事、外の世界とここを分ければいい。

   そうすれば、もう蓮子との関係なんて――



////////////////////////////////
























第3章 ~ 軌跡




 あれから、千年、いや、もうちょっとかな。
 とにかく、かなりの月日が経った。

「藍、今日も境界の監視、よろしく頼むわよ」

 私、八雲紫は、式の藍にそう伝え、幻想郷を後にした。
 昔は、境界を見ることしか出来なかった私も、今では操ることが出来るようになった。

 藍が家を出たのを確認してから、私は境界線を引いた。

 …阿求は、私が昼間に外の世界へ行っている。とか予想しているみたいだが、間違ってはいない。

 何故なら――



 ――私が蓮子を探しに外の世界を飛び回っているから。


 でも、蓮子は見つからない。他の世界と一言で言っても、沢山ありすぎてどれだか分からない。
 世界は幾つでもある。何も、人が生きる世界に限られている訳ではないのだ。
 例えば、絵本の世界にも入っていけるから。
 それに、時間が違えば、当然結果は変わる。蓮子は人間だから、寿命は多くても100年くらいだろう。
 だが、この世界は既に何億年もの時を経ている。他の世界は、もっと多くの時を経ている所もある。
 千年間、毎日探したとしても、見つけられる可能性は極めて低いだろう。
 見つからない内に、地球が月を飲み込んでしまうかも知れない。

 勿論、過去に遡る事も考えた。 

 だが、何故か秘封倶楽部が存在した頃には戻れない。
 この幻想の地に来たときと同じく、境界が存在しないのだ。
 その上、そこに境界を作ることも出来なくては、どうしようもない。
 何故境界が作れないのかは全く見当がつかない。
 周りは私の事を賢者とか呼ぶが、そんなことは無い。

 大切な人も、守れないのだから。



////////////////////////////////




 夜。私は幻想郷と外の世界の境界に位置する家に帰った。

 ――今日も蓮子は見つからない。何でこんなにこの世は空間と物体で溢れているのか。

 脳内での独り言を言い終えると、藍が夕飯を運んでくるのが見えた。

「紫様、食事の準備が整いました。」

 本当にこの子は良く働いてくれる。と、私はふと思う。
 だが、それは私の目には過去の事を引きずり過ぎている様にも見えた。
 実際は、藍は私と蓮子に襲い掛かろうとしたものの、そこで蓮子を異世界に飛ばしたのは私だから、
 結局藍は、蓮子に直接何かした訳ではない。
 だから許す。という事にはならないが、そろそろ藍の事も考えてやらないといけない。

 それでも、昔よりは良くなった。
 昔は、ずっと私の顔色を伺って、常に神経をフルに使い雑用をこなしていた。
 あの時の藍は、最強クラスの妖獣とはいえ、流石に疲れが全面に出ていた。
 まぁ、当時の私はそんな藍の事を気にかけてもいなかったが。

「時の流れは、全てを変えてしまうのね」

 思わず出てしまった言葉は、藍には届いていないようだった。

 私は、心の中が黒く染まっていた事に気付き、慌ててそれを振り払おうとする。

「紫様、今年は冬がやたらと長いですが、何かご存知ですか?」

 藍が不思議そうな顔で尋ねてくる。

「冬、ねぇ。そのうち春が来るから、放って置けばいいのよ」
「…そうですか」

 このように答えたのは、勿論確信を持っていたからだ。
 幻想郷では、異変を起こした奴を、博麗の巫女が懲らしめるからだ。
 この前の紅霧異変の時がそうだった。
 確か、吸血鬼が犯人だったかな。最近は神社によく行っているらしいが。

 そう言えば、幽々子が何か計画してたわね。
 西行妖の封印がどうとかって聞いた記憶が残っている。

 幽々子とは何百年とかの付き合いだけど、いまいち良く分からない人…じゃなくて亡霊。
 西行妖が封印してるのは、幽々子自身だという事を彼女は知らないようだ。

 ――そのうち、会いに行ってみるか。



////////////////////////////////




 長い長い冬が終わり、幻想郷に春が訪れた頃、私は白玉楼を訪れていた。

「…で、境界の修復をしろ、と」
「そうそう。お願いするわ、紫」

 冥界、白玉楼のお嬢様、西行寺幽々子とお茶を飲みながら私は話していた。
 冬が続いた異変の元凶はやはり幽々子だったようだ。

「わかったわ。境界の修復はしておく。それで、計画は成功したの?」

 答えは聞くまでもないが、意地悪に聞いてみる。
 幽々子は笑顔で答える。

「ぜんぜん駄目よ。巫女やら魔女やらメイドやらが乗り込んできてね」
「それはそれはご愁傷様。巫女はそんな強かったの?」
「いえいえ、私の能力があれば一撃よ。でも、貴方の考えたルールで争うと、あの巫女に敵う妖怪はいないと思うわ」
「ふーん。スペルカードルールは好評みたいね」

 私は笑って言った。

 スペルカードルール。それは力の無い人間と、力のあり過ぎる妖怪を繋ぐ架け橋。
 これによって、妖怪もある程度好き勝手出来る様になったし、
 巫女も、そういう妖怪たちを懲らしめやすくなった。

 ……それは表向きの理由で、本当は、もう誰も妖怪の犠牲にならない様にするのが目的。
 異変を起こしやすくなった妖怪は、これのお陰で無闇に人間を襲わなくなったらしい。
 どうやら、効果はあった様だ。
 これから、あの時のような悲劇が起こらないことを、私は強く願っている。

「それじゃあ、私はもう帰るわね」
「あ、ちょっと待って。一応忠告、油断大敵。よ」

 幽々子はそれだけ言うと、お屋敷の奥へ消えていった。




////////////////////////////////




 ――博麗霊夢、ね。幽々子を破るなんて、結構やるのね。

 …ちょっと覗いてみようかしら。


 私は境界を引いて、神社に移動した。

 博麗神社は噂以上に寂しい所だった。
 参拝客はゼロ。賽銭箱には桜の花びら。
 私は苦笑いして霊夢の部屋に侵入する。

「こんにちわー。博麗の巫女はいるかしら?」

 返事は無かった。
 どうやら、霊夢は留守らしい。
 私は、暇だったので、棚の上にあった本を見てみる。

 ――家系図のようね。
   博麗霊夢…×××…××××……

   …宇佐見蓮子……


   え?

   今、何て書いてあった?

 私は、もう一度眼を凝らしてそのページを見つめた。
 そこには、確かに在ったのだ。蓮子の名が、蓮子が生きた軌跡が。

「――蓮子、あなたは幸せだった?」

 空に向かってそう呟いた。

 そうか。私は、蓮子を殺してはいなかったのだ。
 それを知った途端、私の中で何かが消えた。

 もう一度、空を見た。

「――蓮子」

 その目には、涙が溢れていた。



////////////////////////////////

























第4章 ~ 転機



「藍、今日も仕事よろしくね」

 いつもの日常が私の前に在る。
 私はその日も境界を弄り、蓮子を捜しに行く。

 蓮子は、幻想郷にいたのだ。
 私が彼女を何処かへ飛ばしたあの日。

 彼女の行き先は幻想郷の人里だった様だ。


 ――これなら話は早い。
   今までは数え切れない世界を渡り歩いてきたが、
   たった一つの世界に限定されたのだから。

   あとは、場所と時間さえ合えば、もう一度、蓮子と逢える。

   だが、話しかけると、過去を変えるのと同じことだから、未来を変えることにもなる。
   場合によっては、蓮子を今度こそ本当に消す結果に終わるかもしれない。
   世の中、いつ何が起こるか分かった物じゃないから。

   それでも、見るだけでもいい。蓮子が幸せだったのかどうか、蓮子のその人生を見届ける。
   そのことは、私にとってとても意味のある事だった。


 夕方。

 今日も蓮子は見つからない。
 あの日と同じくらいの時期の、人里等々を捜してみたが……

 どうも境界を弄る時の手応えが無い。
 過去には行けないのだろうか?
 何故?どうして?

 答えなど見つからないのに、その疑問を何度も反芻した。
 意味も無く――

 …仕方なく、今日も帰路に着くことにした。 



「ただいま…… あら、何かあったの?その怪我は?」
 家に帰ると、藍がボロボロな姿で立っていた。

「あの…ちょっと、博麗の巫女達がやって来たのですが…」
「負けたのね」
「…ええ、まぁ」

 最強クラスの妖獣もあの巫女には勝てなかったのだ。だが、私はほっとした。
 そして虚ろな目をして、解りきっている筈の事を口にする。

「そう。博麗の巫女が来たのね」
「はい…」

「藍。ちょっと来なさい」

 私がそう言うと、藍はふらふらとこちらに歩み寄ってきた。
 その次の瞬間、私は手に持っていた傘を藍の頭に向けて振り下ろした。

「全くもう。貴方は一体何をしていたのか。反省してもらう必要があるわね」

 藍が悲鳴に近い声を上げても構わず、その頭を叩き続ける。
 その単調な動作と同時に、私は考える。

 ――この子は幾らなんでも無闇に人間を殺したりはしないだろう。
   でも、スペルカードルールがあるからといって、相手が百パーセント死なないという訳ではない。
   不慮の事故が起きる可能性も僅かだか存在する。
   もしも、あの巫女、もとい霊夢が死ぬようなことがあれば、私は蓮子に会わせる顔がなくなる。

   …そういえば、この子。蓮子と霊夢の関係を知らなかったわね。

   まさか、自分に勝った霊夢の先祖が、蓮子であるなんて思わないだろう。
   だが、そう思わなくてもいい。それを教えると、また藍との関係が拗れるかもしれない――

 そこで私の思考が止まった。単調な打撃音に別の音が混ざったからだ。


 ――この後、新聞記者だという鴉天狗にとやかく言われたのはまた別の話――


 そして、夜。

 白玉楼の長い長い階段に、あの巫女が来ていた。
 よく見ると、その顔にはどこか蓮子の面影が残っている。子孫だから、当たり前と言えばそうなのだが。

 ――彼女は私と戦おうとして、わざわざ来たのだ。戦いは嫌いだが、折角だから試してみよう。

 私は彼女の独り言を聞き、ちょうど良さそうなタイミングで境界を弄った。

 勿論。私が彼女に勝つなんて事は、永遠に無いだろう。

 そして、美しき幻想の戦いを始める――




////////////////////////////////




 後日、私は再び白玉楼を訪れた。

「あ、紫様、こんにちわ」
 庭師、もとい魂魄妖夢がこちらに来た。

「幽々子は?いないの?」
「ええ、閻魔様の所に行っているようです」

 閻魔…か。
 正直、相手にしたくない。

「お茶でも淹れますか?」
「いや、いいわ。勝手にゆっくりしていくから…」

 私は幽々子の部屋に向かう。
 とは言っても、この屋敷は広いので、彼女の部屋、なんてものがいくつ在るのかなんて、わかったもんじゃない。

 廊下を歩いていると、一枚の紙が落ちていた。
 私はそれを拾い上げ、読んでみた。

 それは、転生する幽霊のリストだった。

 「――蓮子」
 呟きは虚空に消えていった。

 私はまた、泣いていた。


 ――庭にいる沢山の幽霊。
   私はその中に、幽かな懐かしさを見つけて、白玉楼を後にした。




////////////////////////////////


























終章 ~ 秘封



 ――20年。
   白玉楼であの紙を見てから20年が経った。

   妖怪の基準とするならば、とても短い時間。だが、この20年間、
   私は毎日、昼になると人里を観察していた。
   そして、人間にとっての20年は、長く、大きな変化をもたらす。ということを私は再認識した。

   …メリーとして生きたのも、これ位の長さだったかな。

   と、考える。

   幻想郷は、何も変わっていなかった。
   ただ人間が生まれたり、成長したり、働いたり、
   老後を楽しんだり、死んでいったりしただけ。


 今日も私は、人里を眺めていた。
 とても楽しくて、嬉しくて…
 …理由?
 そんなもの、必要ないだろう。

 少なくとも、私と彼女の間では。



 私は、山からの風に背中を押されて、人里へ降り立った。

 歩いている途中、ふと昔、誰かに教えてもらったことを思い出す。

 "人間は、転生の前と後で、姿形は異なる。記憶も受け継ぐことは出来ない"

 全く、残酷な話だ。
 と、私は思う。


 人里に着いた。

 そういえば、阿求らの幻想郷縁起に、私への対応策として、"紳士的に接すること"
 と、あったが、皆、私と接しようとすることも無く私を避ける。まぁ、好都合といえば好都合だけど。
 …数秒で人という人が私の視界から消えた。

 だが、一人の人間が紫を、じっと見つめていた。

 お互い、懐かしいものを見る目で、しばらく立ち止まっていた。

 私は、その人間の横を素通りしようとした。

 こんなにも胸が苦しくなるのは、初めてだった。

 "人間は、転生の前と後で、姿形は異なる。記憶も受け継ぐことは出来ない"

 その言葉を脳内で必死に繰り返す。

 私の感情が爆発しそうになったとき、

 その人間は私に話しかけてきた。


「…メリー」


 私は驚いた。自分の耳を疑った。

 空耳だろう。そう自分に言い聞かせた。

 黙って、振り返らずに、歩き続けようとした。

 だけど、足が動かない。どうしても、前に進めない。

「メリー。あなたメリーでしょ?まったく。私を無視するなんて酷いのね。」

 私は思わず振り返った。今までの記憶が全て鮮明に駆け巡り――

 ――空高く、消えた。




 その眼には、何度目かの涙があふれていた。



「――蓮子」

 震える体を押さえつけて、精一杯、だけども擦れた声で、彼女を呼ぶ。

 私も、彼女も、ただただ泣いている。

 私は声を振り絞って、続ける。





「蓮子……ごめんなさい………もう…あなたとは………」







////////////////////////////////





















――もう、絶対にあなたとは離れない。それが当然でしょう?





  私たちは秘封倶楽部のメンバー。





  早速、活動再開! 別の世界に飛び込むわよ!蓮子!!!





まず、読んでくださってありがとうございます。

まだまだ未熟者ですが、頑張って書いてみました。
チキンなので投稿するだけでドキドキですがね。

それでは失礼します。

■追記
 この作品は以前私(当時とは名前が違います)が投稿した作品の改良版です。
 誤解を招く表現であったことをお詫びします。
天ぷらうどん
[email protected]
簡易評価

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コメント



0.1050簡易評価
6.無評価名前が無い程度の能力削除
昔読んだSSとタイトル、展開、台詞にいたるまでそっくりでした。
あまり疑いたくはありませんが、ここまで似ているとどうしてもそういう目で見てしまいます。
とてもではないですが評価は出来ません。
8.無評価天ぷらうどん削除
コメントありがとうございます。

まず、誤解を招く表現をしてしまった事を、お詫びします。

この作品は以前私がショートバージョンとして投稿したものを、コメントを受けてきちんとSSにしたものです。
当時とは名前が異なることと、注意書きをしなかった私のミスがこの事態を招いてしまいました。

申し訳ありませんでした。また、御指摘ありがとうございました。

今後も努力していきたいと思います。