Coolier - 新生・東方創想話

東方千一夜~The Endless Night 第一章「永遠に紅い幼き月・後編2」

2010/06/17 01:42:57
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 陽もほとんど西に傾き、その森は逢魔が刻を迎えようとしていた
 しかし、この森には物の怪や妖しの姿はない。つい数日前にここを通った遠い異国から来た妖怪に、この森に棲む魔物や怪物はほとんど倒されてしまったからだ

 そんな事情を知ってか知らずか、その森を一人の少女が歩いていた

 女給のようなヒラヒラとしたスカートに、白く長い脚が伸び、美しい銀髪に白いヘッドドレスを戴くこの少女は、悪魔の棲む館を目指していた
 なぜこんな格好なのかはよく分からないが、吸血鬼を退治しにいくのにはこの格好が一番しっくりするような気がした

 暗く鬱蒼とした深い森には、いかにも似つかわしくない姿であるが、その姿は凛として歩みもぶれてはいない
 少女は、そのスカートの下に、リングガーターに装着された銀製のナイフを装備している

 彼女が持っている武器は、ただそれだけである。確かに、銀製のナイフは魔物に対して有効であるが、相手は吸血鬼である
 その身体能力は、ドーバー海峡をひとっ飛びで飛び越え、モンブラン峰を一撃で砕き、全世界を圧倒する英国海軍の最新鋭戦艦『ロイヤル・サブリン』級戦艦ですら轟沈させ得る力を有しているという

 その悪魔に対して、少女の装備はナイフだけである。無論、人質と偽って悪魔の館へ入るのだから、大袈裟な装備を持っていけないのは明白である
 しかし、その武装はあまりに貧弱である。しかも、彼女は防具の類は一切つけていない

 スピードで勝る吸血鬼に対し、鎧など着て重量が増加すれば、ますますスピードの差が開いてしまうと考えたからであるが、その姿はあまりに無防備だった

 だが、彼女は不思議と恐怖も不安も感じてはいなかった。彼女は、自分で選んだ装備が一番自然な装備だと考えていた
 記憶を失ってはいるが、肉体はその記憶を失ってはいないのだろう。彼女は、この姿で幾多もの吸血鬼を葬ってきたのだ

 やがて、完全に日が沈んだ頃、彼女は森を抜け、悪魔の館があるという断崖絶壁にまで辿り着いた
 人間には、絶望的という他にない高い断崖であるが、彼女はヒラリと舞い上がるように跳び上がった

 翼が生えている訳でもないのに、断崖を蹴飛ばし、スイスイと崖を駆け上っていく
 その姿は、まるでジパングのニンジャのようでもあった

 激しい風が彼女を吹き飛ばそうとするが、その風を全くものともせず、彼女は断崖を登り切ってしまった

 雲が晴れ、空には満天の星空。西岸海洋性気候の影響で曇天や小雨の多いこの地域で、ここまで晴れた夜空が見れることは珍しい
 遠くに目を向ければ、テムズ川とその岸辺に建つロンドン塔、ウェストミンスター宮殿とビッグベン、最近完成したばかりのタワーブリッジなどが見える
 バッキンガム宮殿に、ヴィクトリア女王の獅子の紋章の入った王室旗が翻っている。大英帝国の最大の隆盛を築いた女王も、これから起こる戦いなど知る由もあるまい

 そして、空には紅い紅い満月が輝いていた。しかし、少女にとってはそれらはどうでもいいものであった。その断崖の頂にある湖とそこに浮かぶ悪魔の棲む館…

『紅魔館』…と、その館は呼ばれている

 一目すれば、廃墟と思えるほどに荒廃した館は、不気味なほどに静まり返っている。館全体から凶悪で禍々しい妖気が溢れている
 肝試しをするには、あまりに危険すぎる館である

 湖には、橋も架かっていなければ、渡し舟も見当たらない。キリストでもあるまいし、歩いて湖を渡れとでもいうのか…
 しかし、少女は直感的に湖の周囲の地面を靴で掘り返す。館の門を正面に見据える位置に、悪魔の顔のレリーフが埋め込まれていた
 少女は、その悪魔の口の奥にあるボタンを押す。たちまちに湖の水が割れ、門までの道ができた。よくある魔術的な仕掛けである

 少女はその道を渡り、館の門まで近づく。改めてみると、その館の荒廃振りがよく分かった

 赤いレンガ造りの壁は蔦に覆われ、醜い黴が異臭を放つ。ここ数百年は手入れがされていないのであろう
 それは、まさに悪魔が棲むに相応しい汚らしさと醜さを湛えている

 木製の大きな門に触れる。腐食しかけた閂を力任せに押すと、いともあっさり門は開いてしまった
 見るものを威圧するような見た目の割りに、あまりに無防備である。それは、いつ襲われてもやられないという悪魔の自信でもあった

 彼女は門をくぐり、館の内部に侵入する。庭は荒れ放題にあれ、壊れた噴水と原型を留めていない石膏像、雑草が人の背丈にまで伸びていた

 正面の玄関には、もはや鍵すらついてはいなかった
 玄関の扉を開けると、数匹の蝙蝠が飛び出してきた。そして、強烈な腐臭に顔を歪める

 あちこちに、人間らしき生き物の成れの果てと思しき残骸が散らばっている
 この館に棲む悪魔を倒しに来た先達の無念の姿である。悪魔に食い散らかされたのか、その遺骸はバラバラであった

 人間の理解を超えた造型の彫像、壁にかかっている絵画は、おそらくクロムウェルがチャールズ一世を処刑した時を描写したものだろう
 ヴィクトリア女王も愛用する、ロイヤルドルトン社製のティーセットは乱雑にぶちまけられ、バーバリーのコートは埃を被ったまま脱ぎ散らかされている

 一部には掃除をした跡らしきものも見えるが、恐らくイヤになって途中で諦めたのであろう、中途半端な所で埃が途切れている

 そして、館の中にはあの凶悪な妖気が満ちている
 これが、悪魔の棲む館というものなのか…

「止まるアル」

 不意に声を掛けられ、少女は歩みを止める
 玄関を入ってすぐの廊下に、人影が浮かんでいる

「回れ右をして、館から出て行くアル」

 怪しげな発音の英語で、その人影が喋っている
 足元から腰までスリットの入った見慣れぬ服装、腰まで届く赤く長い髪、頭には星マークに中国漢字が描かれた帽子をかぶっている
 人間と変わらぬ姿をしているが、その身体からは妖気が染み出している

「私は紅魔館の門番、紅美鈴アル。今日は大切な儀式のある日アル。ここは誰も通さないアルよ」

 満月の月明かりの下、美鈴は少女の前に立ちはだかった
 今日は、この紅魔館を幻想郷に移転させる時空間移動魔法の決行日だった
 門の外にいては、移転の際に取り残されてしまう。だから、今日は館の中で警備をしていたのである

「私は、ソフィー村から生贄として…」

「嘘は良くないアル。この断崖絶壁を、ただの人間が越えられる訳がないアル
 貴方が何者なのかは知らないアルが、帰らないなら命の保証はできないアル」

 あくまで生贄だと言い張ろうとする少女を、美鈴はバッサリと切り捨てた
 生贄として奉げられる少女は、普通は薬を飲まされ眠らされるか、アキレス腱を切られて動けなくするかして、あの断崖の下に捨てられるのだ

 余所者だった彼女は、そのことを知らないまま、あの断崖を越えてしまった
 故に、美鈴に嘘が通じなかったのだ

 少女が、諦めたかのように肩を落す

「ふぅ…、そう…。じゃあ、何を言っても無駄ね…」

 そう言った瞬間!、彼女の手元が光った

「―――!?」

 美鈴の右手が、素早く反応して光の正体を捉える
 彼女は、あの一瞬で五本のナイフを美鈴に目掛け投げていた

 しかし、完全に虚を突かれた形でありながら、美鈴はそのナイフを片手で全て受け止めてしまった

「私にナイフは通じないアル」

 受け止めたナイフを石畳の床に落す
 並みの妖怪なら、何が起きたのかも分からないまま絶命していたであろう

 あの一瞬で五本ものナイフを投げ付けた彼女も凄いが、それを全て片手で受け止めた美鈴も凄い

 少女はナイフを抜き、美鈴に向けた

「はぁー!」

 構えるや否や、少女は美鈴に向かって斬りかかった
 一瞬で間合いを詰め、ナイフを鋭く振り下ろす

 美鈴は左腕を差し出し、上段をガードする

「―――!?」

 ナイフが美鈴の左腕に当たった瞬間、ナイフの刃が欠け、折れてしまった

「ナイフは通じないと、言ったはずアル!」

 少女は唖然とする。美鈴は、カウンターに右の掌底を女性の腹部に入れる
 彼女は派手にぶっ飛ぶが、ダメージによるものではない。自分で後ろに跳び、衝撃を吸収したのだ

「分かったアルか?。貴方の攻撃は私には通じないアル」

 美鈴が構えを解く。その左腕には、微かに痣が残っている程度であり、全く斬られていない
 少女の唯一の武器であるナイフが、全く通用していないのだ

「硬気功…」

 彼女が、小さな声で呟いた

「ほう、よく知ってるアルな」

 美鈴が答える
 硬気功は、気を肉体の一箇所に集中させることで、鋼鉄のような強度を生む中国武術の技である

 中国武術の達人であり、気を使う能力を持つ美鈴にとっては、ナイフを弾くくらいは朝飯前である
 ましてや、銀が魔物に有効という思想は西洋のものであり、東洋の妖怪である美鈴には銀のナイフは致命傷にならない

「今なら見逃してあげるアル。大人しく館から出て行くアル」

 唯一の武器である銀のナイフが通じない以上、人間である彼女に勝ち目はない

 彼女は、折れて柄だけになったナイフを床に捨てた

「あまり余計な時間を食ってるヒマはないのだけど…」

 帰るのかと思いきや、彼女は腰を落とし、両手を前に突き出し構えを取った

 まさか、人間の身でありながら、格闘妖怪である美鈴に肉弾戦を挑もうというのか…!?

「いいわ、遊んであげる。自分の身の程というものを教えてあげるわ」

 少女が挑発した瞬間、美鈴が仕掛けた

「はぁ!」

 強烈な間合いへの踏み込みと共に、右の上段正拳を少女の顔面目掛けて放つ

 が、彼女は構えていた左腕で、美鈴の正拳の力を流した。空手で言う回し受けの形
 美鈴の拳を簡単に流すと同時に、カウンターの右膝蹴りがガラ空きの美鈴の腹部を襲う

「がっ!」

 しかし、美鈴の反応も早い。素早く左腕のガードを下げ、少女の膝蹴りをブロックする

「ぬうん!!」

 膝蹴りをブロックした次の瞬間には、美鈴の両腕が少女の襟首を掴まえた
 そのまま体重を後ろへかけ、捨て身技の巴投げを放つ
 しかも、競技用のモーションの大きな投げではなく、小さく速く受身を取らせない…
 そして、投げ技は投げるのではなく『落す』という基本が守られた鋭い投げである

 石畳に向かって、少女の頭が勢い良く落ちる

「ぐう!」

 彼女は受身も取れず、頭から石畳に叩きつけられた

「―――!?」

 美鈴が立ち上がる
 少女は床に転がったまま。しかし、美鈴は追撃を仕掛けない
 美鈴の視線が、自分の右の人差指に注がれる

 美鈴の人差指が、ありえない方向に曲がっていた

「いい投げだったわ…」

 床から立ち上がりながら、少女が言った
 石畳の床に頭を叩きつけられながら、ほとんどダメージを負っていない

「見せ掛けだけの大きなモーションの投げ技ではなく、小さく鋭いダメージを狙った投げ…
 あれだけ速いと、受身を取るのも大変…
 だけどね、指の一本くらいならどうにでもなるのよ」

 美鈴が巴投げを放った瞬間。彼女は受身を取ることも、投げから脱出することもせず、ただ美鈴の右の人差指を折って見せた
 こんな投げの受け方は、美鈴の知っているどんな武術にもない

「どれほどの修行をした所で、しょせんは貴方のやってきたのは礼で始まり礼で終わる武術の世界
 そんな投げでは、人は殺せないわよ…」

 うっすらと笑みを浮かべながら、少女は美鈴に近づく

「く…」

 美鈴は折られた指を強引に内側に曲げ、拳の形を作った

「あら、まだやる気なの?。少しは実力の差が分かったかと思ったけど…
 それなら、人を殺すための投げ技というものを見せてあげるわ」

 少女が、美鈴の間合いに踏み込んだ

「くぅ!」

 美鈴が、折られた右の拳で少女に殴りかかる
 だが、その拳はあっさり止められ、手首の関節を掴まれる
 そのまま、少女は美鈴の右腕を引き込みながら、肩で美鈴の肘を逆関節に極める

 逆関節を極められている以上、美鈴は投げられなければ腕を折られてしまう
 そのまま背負い投げのような形で投げに入る。柔道では関節を極めてからの投げは禁止されているから、柔道の投げではない
 腕を極められ、受身も取れないまま、美鈴の頭が石畳に落とされる

「ちぃ!!」

 美鈴の左腕が、一瞬早く床に届いた。頭から叩きつけられるのを、間一髪で避けた

「―――!?」

 しかし、息をつく間もなく、美鈴は驚愕する
 頭から叩きつけられるのを防いだ瞬間、彼女は落ちていく美鈴の頭部に向かって強烈な蹴りを放っていた!

「がぁ!?」

 ほんの微かな一瞬だった
 美鈴は咄嗟に、自由になった右腕とかばい手の左腕でその蹴りをブロックした
 もしも、一瞬でもブロックが遅れていたら、完全に終わっていただろう

 投げてからの追撃で蹴りを入れるのでなく、投げて頭が落ちていく瞬間に蹴りを放ったのだ
 どれほど強力な妖怪でも、完全に無防備に真っ逆さまに落ちている頭に蹴りを叩き込まれれば、死は免れない
 このような技は、あらゆる武術を極めた美鈴でも知らない

「あら、よく私の『雷』をブロックできたわね。でも、これで分かったでしょう?
 無益な殺生はしたくない。吸血鬼以外の命を奪おうとは思わないわ。退いて頂戴」

 少女の言葉は、静かで一切の殺気も怒気も感じられない
 本当に美鈴を気遣って声を掛けているようだ

 人間でありながら、この強さは一体なんなのだ

「まだ、私は戦えるアル。私は紅魔館の門番…、碌に戦いもせずに逃げ出したら、紅魔館の誇りに瑕をつけるアル」

 まだ足元はふらつくが、美鈴は立ち上がった
 妖怪とはいえ、真っ逆さまに落ちた頭部への蹴りは、ブロックしたとはいえ重い
 脳の芯が痺れるような感覚が、指先まで伝わる
 拳を握りなおし、呼吸を落ち着ける

 武器を使わない、純粋な武術で美鈴は人間に負けたことはない
 秦の猛将白起も、楚の項羽も、後漢の呂布も、日本では塚原ト伝や立花宗茂とも戦った
 みんな、武器を持ってようやく美鈴と互角に戦える程度だった

 人間と妖怪を比べれば、身体能力も寿命も圧倒的に妖怪の方が優れている
 純粋な武術では、人間が妖怪に勝てる訳は無いのだ

 だからこそ、この少女の強さは異様である
 人間でありながら、美鈴を圧倒している

「そ、それに…、貴方はとても強いアル。人間でここまで強い人は初めてアル
 妖怪より身体能力の劣る人間が、どうやったらここまで強くなれるのか…。あなたとなら、思いっきり私の力をぶつけられるアル。私、なんだかワクワクしてきたアル」

 ダメージは深い上、相手は未知の闘法を使う
 美鈴の頬を、一筋の血が流れる。しかし、それでいながら、美鈴の心に沸き立つような闘志が溢れる

 武術を極めた者として、この少女の力への畏怖は、歓喜と快感へと変換される
 それは、格闘妖怪としての血が流れる美鈴の本能がそうさせていた
 
 そして、美鈴は笑った







~紅魔館・地下大図書館~






 幾多もの魔方陣が怪しい光を放ち、レミリアとパチュリーを包んでいる
 パチュリーが蚊の羽音のような小さな声で、ボソボソと呟く
 パチュリーが奉げる両手の中に、また新しい魔法陣が生まれ、館の外に飛び出していった

「ふぅ~、これで時空間転移の魔法の公式はお終い。一〇八を超える公式から成り立つ魔方陣なんて初めてだわ」

 パチュリーが言った
 てゐの語った幻想郷の話を元に、幻想郷へ転移するための公式を作り出したが、それは一〇八を超えた
 これほど複雑で大掛かりな魔術は、ここ数世紀来、誰も試したことがないだろう

「あとは、タイムパラドックスを解消する魔術を施せば、準備は完了する
 この館を、新しい世界へ移すための魔法が発動できる」

 パチュリーは、空中に指先を滑らせる
 パチュリーの指の軌跡が光りを放ち、空中に一つの紋章が浮かんだ

 盾の半分に司教の鍵、半分に皇帝の鷲。仏蘭西語で『Geneve』の綴り

『ジュネーブシール』

 1886年11月6日のスイス・ジュネーブ市議会で『ジュネーブ天文台の時計作動検査に関する法律』が可決された事に始まる、最高級品質の時計に与えられる紋章である

 パチュリーは、この紋章こそ、タイムパラドックスを防ぐ魔法に相応しい紋章だと決めた
 そして、この紋章にパチュリーの魔術の術式を組み込んだ公式を合わせ、タイムパラドックスを防ぐ魔法を創り出した

「これで、準備は完了なの?」

 レミリアが聞いた。自分の背丈より大きな翼を拡げ、書架に腰掛けている

「一応ね、上手くいくかは分からないけど」

 パチュリーが答える。てゐの話を参考に幻想郷への時空間転移の公式を造りだしたが、準備期間の短さからぶっつけ本番で決行する事になった
 これほど複雑で高度な術式を、試験試行もせずに決行するのだから、まさに一世一代の大博打である

「大丈夫ウサ。あんたは絶対に成功させるウサ」

 てゐが言った。てゐが成功すると断言する理由は、パチュリー達が幻想郷にいたという事実だけである
 輝夜と妹紅と別れ、ついに決行の日を迎えたが、ついに二人から連絡はなかった
 このまま、咲夜が見つからないまま魔術が決行されれば、てゐは自分達の歴史とは違った世界に飛ばされてしまう
 あせる心を抑えつつ、てゐはパチュリーの魔術を見守ることしかできなかった

(姫様、妹紅、何してるウサ。もうすぐ、魔術が始まっちゃうウサよ…)

 てゐの心配をよそに、パチュリーもレミリアも時空間移動の魔法の打ち合わせをしている

「妹様はどうしてるの?」

 パチュリーが聞いた。この場には、レミリアとパチュリー、そして、てゐしかいない

「自分の部屋で眠っているわ。こんな時に、あの子の力が暴走したら大変だもの。今日は満月だし」

 レミリアが答えた。フランは、地下の自分の部屋で眠っているらしい

「そう、気をつけてね。満月の夜は、あの子も情緒不安定になりやすいから」

 パチュリーが言った
 フランの『ありとあらゆるものを破壊する能力』は、文字通り、全ての物を破壊する力である
 あまりに強力すぎるため、幼いフランはまだその力を自分でコントロールすることができない

 夜の種族は、月の力の影響を強く受ける。満月の夜には、フランの吸血鬼としての本能が目覚めやすい
 吸血鬼の破壊本能と、それを抑えようとする理性とが鬩ぎ合い、フランの精神を不安定にする

「魔力には、お互いの力を相殺させる性質がある。その力が強大なほど、その魔法を妨害する効果が強くなるということ
 あの子がその力を暴走させたら、あの子が発する魔力に妨害され、とても魔法を成功させることはできないからね」

 魔力は、使うものによって固有の波長を持っており、その波長によって魔法の性質が変化する
 異なる波長同士の魔力は、お互いを打ち消しあう性質があり、相手の魔力が自分より強いの場合は、魔法が無効化されることもある

 ちなみに、パチュリーは生まれつき七つの波長の魔力を体内に宿しており、本来は打ち消しあうはずの魔力を組み合わせることで、様々な性質の魔法を造り出すことができる。レアな魔法体質の持ち主である

 もしも、この魔法を発動した時、フランの力が暴走してしまったら、その強力な魔力に妨害され、魔法は失敗するだろう
 そのため、レミリアは悪魔の子守唄を唄って、フランを寝かしつけていた



 ドシン!、バタン!、ダーン!



 地下室が揺れ、激しい物音が館内に響いた
 同時に、美鈴の気が激しく乱れている

「どうやら、侵入者のようね。大方、村の人間が凝りもせずハンターを差し向けて来たんでしょう」

 レミリアが言った。美鈴と少女の戦いが、この地下の図書館にまで響いてきたのだ

「ゴホッ、ゴホッ!、あの子ったら、館内でこんなに暴れたら、術式を発動できないじゃない」

 舞い上がる埃に咳き込みながら、パチュリーが言った
 美鈴が放つ闘いの気も、いわば魔力の一種である。その妨害効果から、パチュリーの魔法を妨害してしまう

「フフフ、いいじゃない。まだ夜明けまではたっぷり時間があるのだし。もしも、美鈴を倒せるのだとしたら、それは相当な腕のハンターだわ
 この世界での最後で、面白い遊びになるわね」

 レミリアが言った。美鈴とてゐがこの紅魔館を訪れた時、レミリアは美鈴と戦っている
 それだけに、美鈴の腕はよく知っている。美鈴を倒せるハンターなど、そうそうこの世にいるはずもない

「あんたは気楽ウサね。美鈴が心配ウサ、様子を見てくるウサ」

 そういうと、てゐは図書館を抜け出し、玄関ホールへと向かった

「日本の妖怪は心配性ねえ、どんなハンターが来たとしても、私に勝てるわけはないのに」

 レミリアが余裕たっぷりに言った。吸血鬼の身体能力に加え、『運命を操る力』を持つレミリアは確かに強力である

「また、そんなことを言って。万が一ということもあるわ。それに、戦いが長引けば、時空間転移の魔法にも影響を…」

 パチュリーが、咳き込みながら言った
 確かに、レミリアに勝てる者など、この世に一人いるかいないかだろう
 だが、人間の執念深さというものは甘く見てはならない

 下手に暴れられて、魔法の公式の一つでも壊されたら、時空間移転の魔法に致命的なダメージを与えかねない

「大丈夫よ、パチェ…。あのウサギも言ってたでしょう。あなたはこの魔法を必ず成功させる…
 それに、たとえ失敗したとしても、この世界の汚れた空気とさえ別れられるなら、あなたを生き永らえさせる事もできるかもしれない
 大丈夫よ、貴方達と一緒なら、たとえ魔法が失敗して、まったく違う世界に行ってしまったとしてもね」

 レミリアが振り返り、答えた
 レミリアは信じている。パチュリーが必ず、この魔法を成功させることを
 そして、みんなと一緒にいれば、どんな困難でも乗り越えることができるということを





~紅魔館・玄関ホール~





 美鈴が踏み込み、右の正拳を放つ

「が…!?」

 しかし、少女は左の肘でその拳をブロックする
 美鈴の折れた指は、少女の肘に迎えられ、美鈴の拳に激痛が走る

 …と、同時に、少女は右手で美鈴の右の手首を抑え、美鈴の懐に踏み込み、右手で美鈴の手首を封じたまま、右肘の回し打ちを放つ

「がぁ!?」


 少女の肘が、美鈴の喉を強烈に打った。美鈴の口から、赤い血が迸る
 さらに、右足で美鈴の軸足を大外刈り。美鈴を後方へ押し倒す。右肘は美鈴の喉に当たったまま
 少女は右肘に体重をかける。このまま押しつぶし、同時に首の骨を砕くつもりだ

「ちぃ!?」

「―――!?」

 …が、床に叩きつけられる寸前で、美鈴は左足を振り上げ、少女の後頭部目掛けて蹴りを放つ
 同時に、美鈴は首を捻り、少女の右肘から脱出。首骨を砕かれるのを免れた

「く…」

 思わぬ反撃を受けたものの、体勢はまだ少女に有利だった
 美鈴の上半身を抑えたまま、左手を美鈴の肘の裏に伸ばし、逆アームロックの形に極める

 完全に上乗りされた状態では、蹴りも届かない。上体を抑えられ、空いているのは左手だけ
 このままでは、折られてしまう。この状態でパンチを放っても威力は半減するだけで、とても外せない

 美鈴は、少女の脇腹に左でを当てた、そして、親指でその脇腹をまさぐる

「―――!?」

 美鈴は、少女の肋骨と肋骨の間を探り当て、そこに親指を捻じ込んだ
 肋間神経を直接刺激され、少女の上半身が痺れ、ロックが緩む。その瞬間に、美鈴は右腕を引き抜き、身体を切り返す

「ぬぅ…」

 身体の上下を入れ換えた二人、上になった美鈴が少女を捕まえにいく
 体格で言えば、美鈴の方が彼女より一回り大きい。捕まえれば、美鈴が有利である

「―!?、何!」

 しかし、上になったはずの美鈴は、身体を自由に捌けなかった
 少女の両脚が、美鈴の下半身を挟み込み、両足首がガッチリとクラッチしている

 この態勢は、ブラジリアン柔術で言う所の『ガードポジション』

 前田光世(コン・デ・コマ)がブラジルに渡るより先に、このポジションを完成させるとは…

 この態勢では、上になっているのは美鈴だが、美鈴は自由に身体を動かせない
 この状態では、美鈴は有効な攻撃手段は全て封じられるのだ

「くそ!」

 美鈴が、右の拳を放つ。しかし、その拳は美鈴に届かない
 美鈴の下半身を挟み込んでいる彼女の足が、美鈴の上体を浮かせ、打撃技は通じない

 美鈴の左手が、少女の脚を外そうとするが、その動きは少女に読まれ、簡単に外されてしまう

「このぉ~!!」

 美鈴は無理やり身体を起こし、のしかかるような形で少女にかぶさろうとする
 その瞬間、美鈴の下半身を挟み込んでいた少女の脚が外れ、同時にその脚が、今度は美鈴の首に掛かる
 前のめりになっていた美鈴は、その力を利用され、自分から少女の術中にはまった

 両手が美鈴の右腕を掴み、両足で美鈴の首を挟み込み、強烈に締め上げる

 三角締めが完璧に極まった

「このまま、締め落としてあげるわ」

 ギリギリと音をあげ、少女の脚が美鈴の頚動脈を締め付ける。頚動脈を圧迫されると、脳への酸素の供給が止められ、ものの数秒で落ちてしまう
 妖怪であるとはいえ、このままでは美鈴も締め落とされてしまう

 だが、完全に極まってしまった三角締めは外せない
 手よりも脚の方が力は強いため、締めている脚を外すこともできない
 この態勢では、蹴りも使えない。美鈴の意識が朦朧としてくる
 このまま、締め落とされてしまうのか…

「ぬ、ぬぅぅん!」

 だが、美鈴は落ちなかった。最後の力を振り絞り、下半身に力を込める
 美鈴の全身に、万力の力が加わった

「な…、馬鹿な!」

 なんと、美鈴は三角締めで締められた状態のまま、少女を持ち上げ、立ち上がった!

 美鈴の視線が、廊下の壁に飾られた金の燭台に移る

「おおおお!!」

 空中に持ち上げられながら、まだ美鈴を締め続ける少女を、美鈴は金の燭台にむかって叩き付けた

「く…!」

 叩きつけられる寸前で、少女は美鈴を放し、後方へ飛んだ
 美鈴は自分の右腕を燭台に叩きつけ、うめき声を挙げる

「はぁ…、はぁ…」

「大したものだわ、吸血鬼から門番を任されるだけのことはある」

 美鈴は息を切らしているが、少女はまだ涼しい顔をしていた
 確かにいい勝負をしているように見えるが、実際には美鈴は相手の攻撃を返すだけで精一杯だった

 なにより、美鈴の得意な打突技は簡単に捌かれ通用しない
 組技の上手さでは、相手は何倍も上である

「吸血鬼以外の命を取るつもりはないけれど、貴方が相手なら命を気遣って戦うことはできない
 貴方では私に勝てない。もう分かっているでしょう。私に勝ちたいなら、もっと腕を磨きなさい
 あの吸血鬼を倒した後で、いくらでも相手になってあげるわ」

 少女が言った。このまま戦えば、少女は美鈴を殺してしまわなければならない
 吸血鬼以外の者の命を奪うつもりはない…。それは、少女の純真たる思いだった

 これほどの闘いを繰り広げながら、少女は美鈴の命に気遣いながら戦っていたのだ
 力の差は歴然である

「そうは…いかないアル…。お嬢様は、遠い異国から来た、身許も知れない私を受け入れてくれたアル
 ここで私が逃げ出したら、私を雇ってくれたお嬢様が笑い者になるアル
 私の命がある限り、この門は通さないアル!」

 再び、美鈴は構えをとった
 まだ雇われて数日しか経っていないというのに、美鈴はレミリアにその命を奉げていた
 美鈴にとっては、生まれて初めてできた家族だから…

「そう…、じゃあ、死んでも恨まないでね!」

 少女も、再び構えた

「死ぬのは貴方アル、狼牙風風拳!」

 美鈴は咆哮を挙げ、少女に向かって突進した

 美鈴の正拳、しかし、傷ついた美鈴の拳は、少女にあっさりとかわされる
 さらに手刀の三連撃、右の肘、左の膝と撃ち続けるが、少女は軽くその技を流し、受けられる

「ちぃぃぃ!」

 フィニッシュの右後ろ回し蹴り!。しかし、少女は軽いバックステップでかわす
 …と、同時に美鈴とは反対方向へ回転。カウンターの左後ろ回し蹴りが、美鈴の腹部を捉えた
 重く、深く入った蹴りに、美鈴は空中へ吹き飛ばされる

「―――!?」

 美鈴を吹き飛ばした少女が、どういう訳か空中で美鈴を待ち受けていた
 美鈴が吹き飛ぶより速く、この距離を飛んだというのか!

「はぁ!!」

 少女の肘が、吹き飛ばされ無防備になった美鈴の背中を貫いた
 猛烈な勢いで、美鈴は床に叩きつけられる

「め、美鈴…」

 様子を見に来たてゐが、その光景に驚愕する
 この頑強な紅魔館の壁も、床も、ボロボロになり、穴が空いている

 そして、床に横たわる美鈴は、ピクリとも動かなくなった…

 まさか…、本当に死んでしまったのか…?

「まだいたのね…、この子には不憫だけど、これはこの子自身が望んだことよ…」

 てゐの気配に気付いた少女が、てゐを振り返る

「あ、ああああ…!、あ、あんたは…!」

 その少女の顔を見たてゐが驚愕する
 場違いとも言えるメイド服、銀髪にヘッドドレス、この少女は…





(鈴仙の声が聞こえるアル…。でも、全身が動かないアル…)





 遠のく意識の中で、美鈴はてゐの声を聞いていた
 しかし、もう全身に力が入らない
 指一本、自分の意思で動かすことができなかった



(このまま、死ぬアルか…。やっぱり世界は広いアルなぁ…。もっと修行して…戦いたかったアル…)



 美鈴は眼を閉じる。自分の受けたダメージが、完全な致命傷であることが分かった
 しかし、美鈴の手が地面を掴んだ。自分の意思とは関係なく、美鈴の肉体は立ち上がろうとしている



(私の身体は、まだ諦めていないアルか…、でも、もう無理アル…。もう戦う力が残ってないアル…)



 美鈴が受けたダメージは、常人ならすでに死んでいるレベルのダメージだ
 立ち上がったとしても、もうまともに戦えるはずもない

 だが、美鈴の意思と関係なく、美鈴の身体が動いている
 ダメージを受け、ボロボロになった身体が、必死に立ち上がろうとしている



(私の身体は、まだ戦いたがっているアル。私の意志と関係なく、まだ戦えると言ってるアル)



 美鈴の身体が、少しずつ、少しずつ起き上がる
 あれほどのダメージを受けていながら、どうして動けるのか!?


(か、身体が…、熱い…。なにアル…!?、この身体の奥底から湧き上がるような力は…。これは…)



「どうしたのかしら?、あなたは私を知っているのかしら?
 でも、私はあなたを知らない。まあ、私は記憶を失っているけどね」

 少女の顔を見、驚愕に震えるてゐに、少女が近づく

「あ、あああ、あんた…」

 てゐは、とても声にならない声で呟く
 なんといっているのか、まったく聞き取れない

「あなたも、私の前に立ち塞がるのかしら?。でも、あの門番ですら、私にダメージを与えられなかった
 ただのウサギである貴方に、私の相手が務まるかしら?」

 少女が言った。美鈴でも相手にならなかったこの少女に、てゐ如きが敵うわけがない
 だが、てゐが震えているのは、そんなことじゃない

「どうしたの?、答えなければ、分からないわ」

 少女が、てゐの顔を覘き込める位置まで近づく
 てゐの瞳に、少女が映る…。そして…

「―――!?。馬鹿な!」

 てゐの瞳に映った人影を見て、少女は慌てて振り返った
 そこには、ボロボロになりながらも立ち上がった、紅美鈴の姿があった

「馬鹿な、もう立ち上がれるわけがないのに…。いったい何が…」

 少女が、美鈴の方へ向き直る
 美鈴は背を向けたまま、少女の肘を食らった背中は、衣服が破け肌が露になっている

「ふ…、立ち上がったとはいえ、あれほどのダメージを食らった以上、もう戦えるわけがない
 すぐに終わらせてあげるわ」

 少女がナイフを抜いた
 もはや、硬気功で防ぐこともできまい

 だが、そのとき、小さな風が吹き、壁に空いた穴から数枚の木の葉が入り込んだ
 その木の葉が、美鈴の身体に触れる…

「な!、馬鹿な!」

 木の葉が美鈴の身体に触れた瞬間!、木の葉は激しく燃え出した
 木の葉が触れただけで燃え上がるなど、あれほど傷ついた美鈴の力で起こる訳が無い
 しかし、同時に、燃え上がるような妖気が美鈴を包んだ。そして、美鈴の露になった背中に極彩色に彩られた龍の姿が浮かんだ

「こ、これは…、刺青(タトゥー)?。いや、違う。まさか…、美鈴の背中に龍が浮かんだ時。それは、美鈴の全身に妖気が満ちた時なのか!」

 美鈴の全身から、恐ろしいほどの妖気が放たれてる
 これこそが、『気を使う力』の真の力なのか

「貴方には感謝しなければなりません。貴方のお陰で、私は真の力に目覚めることができた…」

 美鈴が振り返る
 まるで、全身が炎に包まれているかの如く、熱い!

「こ、これが美鈴の真の力?。口調まで変わってるウサ!」

 なんと、少女に叩きのめされながら、戦うことを諦めなかった不屈の闘志が、肉体の限界を超え、美鈴の真の力を目覚めさせた
 格闘妖怪としての真の力。これこそが、美鈴の本当の姿なのだ

「私の名は、格闘妖怪の紅美鈴!、見せてあげましょう!、私の本領を!」

 美鈴は、一気に間合いを詰めた

(速い!)

 美鈴のスピードは、尋常でないほどにアップしている
 まさかりのような回し蹴りが、少女を襲う

「ぐう!」

 そのスピードは、少女にもかわしようがないほどだった
 少女はブロックするが、ブロックの上からでも半身が痺れる

「おお!」

 今度は上段正拳。大振りな攻撃でありながら、そのスピードが異様に速い
 これでは、受け流すこともかわすこともできない

「ぬう!」

 少女は両手を上げ、必死でブロックする
 少女の身体が、数メートルは吹っ飛ぶ
 衝撃を逃がすために飛んだのではなく、本当に吹き飛ばされた

「調子に乗るんじゃないわよ!」

 今度は、少女から仕掛けた
 素早く間合いを詰め、右のローキック
 美鈴の反応も早く、左足を上げてカットする

「―――!?」

 しかし、少女の蹴りは上段回し蹴りに変化した
 美鈴の無防備な頭部に、少女の蹴りがクリーンヒットする

「おお!」

「なっ!」

 しかし、顔面にモロに蹴りが入ったにも関わらず、美鈴はすぐに拳を返してきた
 少女は顔面を蹴った足で美鈴の肩口を蹴り、反動で後方へ跳び退る

 美鈴も素早く追撃する。少女が飛んだ方向には壁がある
 美鈴のスピードが異常に速い。少女は壁を背負ったまま、美鈴を迎え撃つ

「おお!」

 美鈴の正拳。少女は首を微かに捻ってかわす。美鈴の拳が壁にめり込む
 少女の両手が、美鈴の髪を掴んだ。そして、そのまま間髪いれずに顔面に膝蹴りを入れる

「ぐう!!」

 美鈴の額がぱっくりと割れ、赤い鮮血が噴出す
 髪を掴んでの顔面への膝蹴りでは、反撃のしようがない

 さらにもう一発、少女は膝蹴りを入れる
 まるで飛沫を上げるように、美鈴の額から血が噴出した

 しかし、美鈴は怯まなかった。髪の毛を少女に掴まれたまま、少女の両脇にもろ手を差し込み、クラッチする

「うおおお!」

 そのまま少女をぶっこ抜き、フロントスープレックスで少女を顔面から石畳に叩き付けた!

「くは…!」

 少女の顔面にも、傷口が割れ流血した
 両者は立ち上がり、血で染まった顔を見合わせる

(なんという激しい戦いぶり…。まるで、龍神が美鈴に乗り移ったかのよう…)

 二人の息遣いが荒くなってる
 これほどの力が美鈴の中に眠っていたとは…

 ここ、イギリスのランカシャー地方のランカシャーレスリングがプロレスの起源と言われているが、まるで往年のカール・ゴッチとルー・テーズの闘いを思わせる激しい戦いである

「あ、あれが美鈴の本当の力…」

 てゐは恐ろしくなった
 目の前で行われているのは、プロレスの試合でもなんでもない、ルールなしのなんでもありの試合である

 しかも、美鈴が戦っている相手は…

「はぁ!」

 再び、美鈴が仕掛けた
 美鈴の豪腕が唸りを上げて少女を襲う

「―――!?」

 なんと、美鈴の目の前から一瞬にして少女が消えてしまった

「はっ!?」

 後方に気配を感じた美鈴が視線を後方に向けると、そこには如何なる手段で移動したのか、少女が美鈴の背後に回っていた
 少女が背後から、美鈴へ上段回し蹴りを放つ。が、美鈴はそれを右手でブロックする
 …と、同時に、左のバック&ブローで少女の顔面を狙う

 しかし、それは少女の読み通りだった
 少女は、バック&ブローをブロックで受け、その手首を取る
 …と、同時に、美鈴がブロックしていた右足が美鈴の首に絡まり、もう一方の足が美鈴の軸足を払う

 サンボでいう、首狩り腕十字固め

 まだソビエト連邦も存在しないというのに、どうしてサンボの技が使えるのか
 このまま美鈴が倒れてしまえば、完全に技が決まってしまう

「ぬう!」

 なんと、バランスを崩されながら、美鈴は踏みとどまった
 少女に極められている左腕が、ギリギリと音を立て骨が軋む音が響く

「うおおおお!」

 しかし、美鈴はそれも構わず、少女を振り上げた
 いくら少女の体重が軽いとはいえ、人一人を片腕で持ち上げるとは!!

「おおおお!」

 そして、二m近い高さから、少女を床に叩き付けた

「ぐう…」

 少女は全身を強か打ちつける
 美鈴が追撃をかけようとするが、美鈴の向う脛を蹴飛ばし、転がりながら脱出する

「強い…、彼女の真の力がこれほどとは…」

 少女が美鈴を見据える
 全身を強か打ち、呼吸も乱れる。吸血鬼以外の妖怪にこれほどダメージを受けたことは無い

 しかし、その美鈴も足元がふらついて来ている

「はぁ…はぁ…。参ったな、このままじゃあ身体が持たない…」

 美鈴の全身を、激痛が駆け巡っている
 急激に力が目覚めた反動で、強大に膨れ上がった妖気に身体の方が耐え切れない
 その上、少女から受けているダメージが激しすぎた

「もう、これ以上闘いを続けられない。一気に決める!
 はぁ~~~!!」

 そういうと、美鈴は自分の妖気を両手に集め始めた

「あ、あの技は…」

 てゐが呟く
 あの構えには見覚えがある。二人で初めて紅魔館に来た時に見た…

 美鈴の妖気が、両手に集まる





「気功拳!」





 美鈴の両手から、妖気の塊が少女目掛けて放たれた

 この技は、紅魔館の採用試験で小悪魔が使った技!
 それを、この短期間で習得していたとは!

「く!」

 少女は素早く飛び上がり、妖気の塊をかわす
 次の瞬間には、その塊が激しい爆発を起こす

「見えた!」

 少女が飛び上がった瞬間を、美鈴は見逃さなかった
 空中では自由な身動きが取れない上、下半身の踏ん張りも効かずに技を受け止めることができない

 美鈴の全身に、嵐のような妖気が渦巻く
 少女に勝つには、ここしかない!。燃え上がるような妖気が美鈴の全身を包む
 美鈴は、全身の妖気を最大限に高め、爆発させた



「受けてみよ!、紅美鈴最大の奥義!




『廬山昇龍覇』―――!!」



「―――!?」


 まるで龍神が嵐を起こし、天に昇っていくかのように、美鈴は全ての妖気を拳に集中させ、天に駆け上った
 空中では、その速さにはまるでついていけない。荒れ狂う龍神そのままに、美鈴の拳が少女を貫いた
 激しい妖気が、少女の肉体を撃つ!。美鈴の最大の奥義が炸裂した!




「うあああ!!」




 少女の身体は空中高く放り出された
 まるでストップモーションでもかかっているかのように、少女の身体が落下する
 一気に全身の妖気を放出した美鈴も、着地した瞬間に身体が傾き、意識を失いかけた

「や、やったウサ!、勝ったウサ!」

 てゐがもろ手を挙げて喜ぶ。てゐの眼から見ても、少女のダメージは深い
 だが、美鈴のダメージも深い。すぐには立ち上がれない
 よろめきながら、必死で立ち上がろうとしている
 慌てる必要はない、もう少女は立てないはずだ
 しかし、そう考えると、美鈴の身体から力が抜けてよろめいてしまう

「…!?」

 そのとき、美鈴は背後で人間の動く気配を感じた
 信じられないような気持ちで、美鈴はゆっくりと振り返る

 なんと、美鈴最大の奥義を受けていながら、少女は立ち上がった
 美鈴の全妖気を高めて放った奥義をくらい、それでもなお少女が立った

「あなた、やるわね。私にこれほどダメージを与えるなんて…」

「ぐ…」

 美鈴も立ち上がるが、それだけで精一杯だ
 先ほどの奥義に、全ての力を使い果たしてしまった

「もう少し、遊んであげたいのだけど、私には時間がないわ。だから、奥の手を使わせてもらう
 名誉に思いなさい、私に最後の手段を使わせるのだから…」

 そういうと、少女は胸元から銀製の懐中時計を取り出した
 世界三大高級時計メーカーの筆頭的存在、パテック・フィリップ社製の銀時計である
 愛用者は、ヴィクトリア女王やヴィルヘルム一世、リヒャルト・ワーグナー、ヨシフ・スターリン、ピョートル・チャイコフスキー、ウォルト・ディズニー
 日本でも大正天皇から昭和天皇、今上天皇も愛用する最高級の時計である

「い、いけないウサ!、美鈴!、その時計は…」

 てゐは、その時計の意味するものを咄嗟に理解して美鈴に伝えようとした
 だが、それよりも速く、少女はその時計の力を解放した



『幻世・ザ・ワールド』



 彼女が能力を発動した瞬間、周囲に恐ろしいほどの静寂が訪れた
 単に静かなのではなく、何一つとして物音がしないのである
 まるで、世界が音そのものを無くしてしまったかのようだ

 無くなったものは、音だけではない。眼に見えるもの全ての動きが止まった
 木も花も、虫も鳥も、夜空に輝く星々さえも動かなくなってしまった
 この世界の時間は止まってしまった

「安心しなさい、吸血鬼以外の命を取ろうとは思わない
 また修行してきなさい、いつでも相手になるわ」

 この時間が止まった空間の中で、動けるのは少女だけだった
 少女は美鈴に近づき、頚椎に手刀を放った

 無防備に急所を撃たれ、美鈴はそのまま卒倒した
 …と、同時に、時間が正常に戻った

「あ、あああ…」

 てゐの眼に映ったのは、意識を失い気絶した美鈴の姿だった

「さて、あなたはどうするの…?」

 少女がてゐを見る

「ひ、ひぃぃ!」

 てゐはその場に尻餅をついて後ずさる
 とても、てゐの敵う相手ではない

「そう、お利巧ね。私は吸血鬼以外の命は奪わない。そうやって、隅で震えていることね」

 そういうと、少女は廊下ロビーを抜け、館の奥に進んだ

「ま、間違いないウサ…。アイツは…、あの女は…」






~紅魔館・大広間~






 美鈴にやられた身体が痛むが、それでも少女は歩き続けた
 村人の為でもなければ、自分の為でもない
 ただ、そうしなければならないという使命感が自分を突き動かしていた

 美鈴には気の毒に思う。最初からこの力を使っていれば、美鈴をあそこまで傷つけることもなかった

 どうして、自分にこんな力があるのか、彼女には分からない
 記憶を失っており、自分の過去が一切分からないのだ

 どうやら、本当に自分はヴァンパイアハンターだったらしい
 だからといって、時間を止めるというあり得ない力を持っている説明にはならない

 いったい、どうして自分は記憶を失ってしまったのだろうか?
 なにしろ、自分の名前はおろか、生年月日も生まれた国も、一切合財記憶にないのだ

 記憶喪失というものについては聞いた事があるが、普通は一部の記憶を失うだけで、全ての記憶を失っているのは稀である
 自分が吸血鬼ハンターだったなら、吸血鬼退治にくれば、自分の記憶も蘇るかもしれない
 そう思ってはいたものの、記憶が戻る気配はさっぱりなかった

「く…」

 美鈴から受けた傷が、火傷と裂傷を伴う激しい痛みを発する
 吸血鬼は、あの美鈴以上の力を持っているのだろう。だとすれば、このダメージは大きなハンデだ
 もはや、彼女は村人に義理立てする必要もないのだ、ここで逃げてしまっても誰も文句は言えないはずである
 だが、それでも彼女は立ち上がった。吸血鬼ハンターとしての本能がそうさせるのかもしれない

 二対の悪魔の像が守る大広間の扉を、彼女は開いた…


「ククク…、よく来たわね、人間。あの美鈴を倒せるものがいるとは思えなかったわ」

 月が雲に隠れてしまっている。部屋の中に明かりは無く、吸血鬼の声だけが広間に響いた
 まるで無邪気な子供のような声だった

「ふん、気をつけて喋ったほうがいいわよ。それが貴方のこの世で最後に喋った言葉になるのだから」

 少女も返した

 二人の距離が詰まり、月を隠していた雲が遠ざかる
 月明かりの下に、二人の顔が映し出される

「あ、あなたは…!」

 少女の顔を見た瞬間、レミリアが反応した

「く!、お前は…。うぅぅ…」

 そして、レミリアの顔を見た少女も、激しい頭痛に襲われる
 まるで脳髄の奥から、何かが解き放たれようとしているようだった
 二人は、出会うのがこれが初めてではなかった





「何故、あなたは私を狙う…!」

「あなたが、吸血鬼だから…」

「やめてちょうだい、あたなたとは戦いたくない!」

「…これは、命令なの。恨むんなら、自分の運命を恨みなさい」





 そうだ…、この女は…





「吸血鬼とはいえ、子供を殺すのは目覚めが悪いわね…」

「せめて、苦しまないように、楽に殺してあげるわ…」

「イ、イヤァァァァァァァァァ!!!」




 そうだ、この吸血鬼は…




「私からお母様を奪った女!」

「私から名前を奪った吸血鬼!」



 一度別れたはずの運命の糸が、再び絡み始めた
 今から数年前、この少女はレミリアの両親を殺した。
 そして、吸血鬼の真の力を暴走させたレミリアによって吹き飛ばされ、名前を奪われたのだ

 悪魔に名前を奪われるということは、魂を奪われたのにも等しいことだ
 過去の記憶も、自分にまつわる全てのことを奪われてしまうのだ
 彼女は、生きながらにして地獄に堕ちた様なものだった

「ふ、ふふふふ、ようやく、ようやく思い出せた。自分自身のことを…
 貴方に名前を奪われてから、私は記憶も失い、畜生道に堕ちていた
 ここで、貴方に出会えるとは、神のお導きかしらね」

 少女は銀のナイフを構えた
 悪魔に奪われた名前を取り戻す方法は、悪魔が自らの意思で返すか、その悪魔を殺すしかない

「それは、こちらの台詞よ。お母様の仇を討つチャンスが、最後の最後で現れるとは…
 運命は、いま変わったのよ」

 レミリアの紅い爪が鋭く伸びる
 勿論、レミリアが奪った名前を返すことなどあり得ない

 紅い月の下で、二人の殺意が交差した

「この世界で見る満月は、これが最後。永遠に紅く、美しく死になさい!」

「殺してあげるわ!、そして、私の名前を返してもらう!」

 二人の刃が、紅い満月の下に交差した
 少女のナイフと、レミリアの爪がぶつかり合う

「ふん!」

 レミリアが、もう一方の腕を振り上げる
 少女はレミリアの腹を蹴り、間合いから引き剥がす

 …と、同時に、追撃のナイフを投げ付ける

「はぁ!」

 ナイフが突き刺さろうとした瞬間、レミリアの身体が数百、数千の蝙蝠に変化する
 少女に向かい、数千の蝙蝠が牙を剥く

「ちぃ!」

 ナイフを振り回し、一、二匹の蝙蝠を斬り倒すが、焼け石に水
 両手で顔面をガードする、蝙蝠の牙が、少女の肌を食い破っていく

「おのれ!」

 少女は前方に転がりながら、蝙蝠の塊から抜け出す
 しかし、蝙蝠はすぐにそれを察知し、少女を追尾する

「小賢しい!」

 少女は固い金属製の扉にナイフを突き立て、一気に引き下ろした
 金属同士が擦れ、不快な高音を発生させる

 その瞬間、数千の蝙蝠が一斉に悲鳴を挙げた!

 視覚が退化し、反響定位によって周囲の状況を知る蝙蝠は、音の波長を狂わされると飛べなくなる
 音の波長を狂わされた蝙蝠は、狂ったようにムチャクチャに飛びまわる
 行き場を失った蝙蝠が一斉に一箇所に集まり、元のレミリアに戻った
 レミリアが耳を抑えている。少女の発した高い金属音がレミリアの聴覚を狂わせている

「小賢しいのはどちらのほうかしらね
 どうやら、肉弾戦の方が好みのようね!」

 そういうや、レミリアは吸血鬼の速さで突っ込んだ
 ドーバー海峡を一瞬で飛び越える吸血鬼の速さである

 しかし、少女の反応も速かった
 素早く銀時計を取り出した少女は、すぐに時間を止めた

「…!?。もうこんな所にまで!」

 時間を止めるが、レミリアの爪はすでに自分の喉元寸前にまで進んでいる
 おまけに、レミリアの強大にして凶悪な魔力の妨害効果により、時間を止めていられる時間が極端に短い!

「く…、これ以上時間を止められない。時間を止めたままの反撃は無理だ!」

 少女が攻撃を避けるべく飛び上がった瞬間、再び時間が動き出した
 その瞬間、少女がいた位置は、見るも無残に抉り取られてしまった

 壁も床も、原型を留めないほどに破壊されていく

「ヤツがいない!。どこへ消えた!」

 少女をロストしたレミリアが、少女の姿を捜す

「ここよ!」

 レミリアの上空から、少女が飛び出した
 時間を止めてレミリアの攻撃を避けた際、天井近くまで飛び上がり、シャンデリアに身を隠したのだ

 いくら吸血鬼といっても、自分の上空は死角となる
 少女はクラッチした両手で、レミリアを思いっきり床に叩き付けた

「ぐわ!」

 上空からの不意打ちで地面に叩きつけられたレミリアに、少女はさらに追撃のナイフを放つ
 レミリアは上体を振った。心臓が串刺しになるのは避けたが、ナイフはレミリアの左肩に刺さった

「あ、あああ!!!」

 悪魔であるレミリアにとって、銀のナイフは効く
 ナイフの刺さった傷口が、煙を上げながら焼けていく
 銀には、悪魔の穢れた肉体を浄化する力がある
 悪魔は銀に触れただけで、高温で焼かれるような苦しみを味わう
 レミリア自身では、ナイフを抜くことが出来ない

「ふん!」

 さらに、空中から降りてきた少女は、レミリアに刺さったナイフを脚で踏みつける

「うぁぁあああああ!!」

 レミリアの悲鳴が、紅魔館に響く
 肩に刺さったナイフから、レミリアの身体が焼き爛れていく

「このまま、焼き爛れて死ぬがいいわ!」

 少女は、さらにナイフをレミリアの身体に押し込んでいく
 レミリアの目が、少女を見据える

「はぁ!」

「―――!?」

 その瞬間、レミリアは口から妖気の塊を吐いた
 妖気の塊が、少女の肩を貫く。少女はそのまま妖気の塊に吹っ飛ばされた

「く…、くぅ…」

 立ち上がったレミリアが、肩に刺さったナイフに手を掛ける
 見る見るうちに、レミリアの手が焼き爛れて行くが、レミリアはそのままナイフを引き抜いた

 焼き爛れた掌から、肉の焼ける異臭が漂う
 少女も、妖気の塊に貫かれた肩を抑えながら立ち上がった


「誇り高い私の肉体に傷をつけるとは、その罪は命で償って貰うわよ!」

「往生際が悪い悪魔ね、いま死ねば楽に死ねたのに」

 再び、両者が激しくぶつかり合った
 紅魔館中が震え、館全体に響いている

「ヒ、ヒィィィ。こいつら無茶苦茶な強さウサ。とても手が出せるレベルじゃないウサ」

 廊下のロビーから、美鈴を介抱したてゐが大広間に戻っていた
 しかし、二人の闘いを見て、腰を抜かしてしまった

「に、逃げるウサ。こんなのに巻き込まれてはたまらんウサ」

 てゐは四つん這いのまま、二人に背を向ける
 紅魔館の天井から、瓦礫やらなんやらが降って来る

「ひゃん!」

 てゐの目の前に、巨大な石の塊が落ちてきた
 こんなのに押し潰されては、てゐなど一溜まりもない

「ヒィィ、姫様、妹紅、早く来て欲しいウサ。怖いウサ~!」





~紅魔館・最深部の地下室~




 紅魔館で、もっとも深い地下室にも、戦いの余波は伝わっていた
 レミリアの妹、フランドールはこの部屋で眠らされている

 まだ自分の力をコントロールできないフランは、術式の最中に力が暴走しないように、今日はこの部屋で眠らされていたのだ
 新しく姉に貰ったぬいぐるみを抱きながら、フランはまだ眠っている

 姉が命を懸けた死闘を繰り広げていることなど露知らず、無邪気な子供のような顔で呑気に眠っていた

「お姉様…、プリンが食べたい…。あとカステラとアップルパイ…」

 可愛い寝言を呟きながら、フランは眠っている
 だが、上の二人の戦いは激しさを増していく
 その音は、やがてフランの意識を現実に連れ戻していった

「う…ん…。何の音…?、眠れな~い…」

 眠たい眼を擦りながら、フランは眼を覚ました
 ありとあらゆる物が破壊された部屋の中に、姉と少女が戦う音が木魂している
 
「う~ん、今日はずっと寝てなさいって言ってたのに、これじゃあ眠れないよ」

 フランはベッドから起き上がり、靴を履いた
 辺りを見渡すが、部屋の様子に変化はない

 ただ、館全体に伝わるような、激しい爆音と震動が部屋にも伝わってくるのだ

「なによ~、もっと静かにしてよう」

 フランはぬいぐるみを引きずりながら、部屋の扉に手を掛ける
 いつもは厳重な封印が施されている扉だが、今日は大事な魔法を決行する日
 術式の邪魔になる余計な魔法は、すべて解除されている

 フランはそのまま、部屋を出て、階段を登った…





~同時刻・イングランド上空~





「くそぉ~!!。急げ!」

 輝夜と妹紅は、全速力で紅魔館へ向かって飛んでいた
 咲夜の姿を捜していた二人だが、ついに見つけることができなかった

 しかし、二人は捜す必要はなかったのだ

 二人はロンドン中を探し回り、オックスフォードやケンブリッジまで捜しに行った
 だが、それは無駄な徒労だった

 二人はいま、全速力で紅魔館を目指している
 二人が目指していた人物は、まさにその紅魔館にいるのだから

 しかし、一向に紅魔館は見えてこない
 距離から考えても、まだ十五分はかかるだろう



(妹紅、輝夜、まだか!、二人の戦いは、予想以上に激しいぞ
 このままでは、二人が着く前に、どちらかが死んでしまう!)



 二人の脳に、再び慧音の声が聞こえた



「分かってるよ!、こっちだって全速力で飛んでいるんだ!」

 苛立ちながら、妹紅が答える

「どうして、こんなことになってしまったのかしら…?」

 輝夜が言った

 輝夜が永夜異変を起こした時も、あの二人は永遠亭に乗り込んできた
 人間と妖怪、決して同じ時間を生きられぬ二人が、互いに信頼し、力を合わせて戦うのを見て、輝夜は酷く羨ましくなってしまった

 その二人が、今はお互いの命を狙って戦っているのだ

「やはり、私達がこの時代に来てしまったせいなのかしら?」

 輝夜の言葉に、妹紅も慧音も答えない

 あの白い光に飛ばされて、輝夜も妹紅もてゐも、見知らぬ時代に来てしまった
 三人が歴史に干渉してしまったが故に、歴史の流れが変わってしまったのか…



(とにかく急げ!、もう時間がない!)



 慧音が二人を急かす。このままでは、どちらかが死んでしまう
 そうなってしまっては、最早歴史の修正は不可能である

「慧音!、てゐはどこ?。てゐと話をさせて!」

 輝夜が言った。慧音と輝夜は念話で話している
 慧音ならば、空間を超えて、てゐと話をさせることができるはずだ



(てゐと?。どうするつもりだ?)



「いいから!、事情を説明してる暇はないわ!」



(わ、わかった)



 輝夜は強引に慧音を納得させた
 慧音は、輝夜とてゐの間にホットラインを引いた





~紅魔館・大広間~





 レミリアの拳が、少女の顔面を捉えた
 美鈴に切り裂かれた傷口が再び開き、鮮血が迸る

「く…」

 額から流れる血が、眼に入り込む
 少女の目の前が赤く染まる。紅い視界の中では、紅い悪魔の姿はぼんやりとした影にしかならない

「はぁ!」

「―――!?」

 レミリアのパンチが、少女の腹部を抉った
 ただでさえ、驚異的なスピードを誇るレミリアが、はっきりと視覚で捉えられない以上、少女はサンドバック同然である

「く、くそ…!。今頃になって美鈴にやられた傷口が…!」

 レミリアの接近する気配だけを頼りに、少女は攻撃をかわす
 だが、このまま永久にかわし続けることはできない。レミリアのスピードが、ここにきてさらに上がった
 吸血鬼と人間。二つの種族の差が、ここで明確な差として表れる

 人間である少女は、肉体の疲労も蓄積するし、怪我をすればダメージも受ける
 吸血鬼であるレミリアは、人間の数倍の体力を持ち、怪我をしても回復も速い

 闘いが長引けば、少女にとって不利なのだ

「ふふふ、ようやく分かったかしら!。たかが人間如きが、吸血鬼に敵うわけがないのよ!」

 再び、レミリアの拳が少女の顔面を捉える

「―――!?、残像か!」

 レミリアの拳が当たったと思った瞬間、まるで影をすり抜けるように、レミリアの拳は空を切った

「こっちよ!」

 少女は残像を残したまま、レミリアの背後に回っていた
 白銀のナイフが、レミリアに向かって振り下ろされる

「―――!?、なに!」

 今度は少女が驚愕する。少女のナイフはレミリアの身体をすり抜け空を切る
 少女が切ったのは、レミリアの残像だった

「その程度の技、簡単にコピーできるわ!」

 なんと、レミリアは、少女の残像拳をいとも簡単に盗んでしまった
 レミリアの爪が、少女を襲う




『幻世・ザ・ワールド』




 その瞬間、少女は時を止めた
 レミリアを相手に、止められる時間をほとんどない

 少女はレミリアの背後に回る。その瞬間、時間が動き出す

「何―――!?」

 完全に捉えたと思ったレミリア。だが、目の前に少女はいない

「後ろだ!」

 レミリアは、少女が仕掛けるよりも速く、少女の殺気に反応した
 少女の右手から繰り出されるナイフを、レミリアは左手で抑え、レミリアが繰り出した右の拳を、少女の左手が抑えた
 そして、双方の足は互いの蹴りに牽制した形

 千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)の形になってしまった

「く、くくく…」

「む、むぅぅ…」

 両者の力が押し合う。両者ともこの状態から動くことはできないが、微かでも力を抜けば、一遍に均衡が崩れピンチとなる
 このままでは、永遠に決着がつかない

「ひぃぃぃ、まるで二人の闘気が嵐のように渦巻いてるウサ。このままじゃあ、巻き込まれてしまうウサ」

 二人の闘気が渦となり、紅魔館全体が軋んでいる
 これほど頑強な紅魔館が、まるで悲鳴を挙げているようだ

 脆くなった所から、次々にレンガや石が剥離して落ちて来る
 このままでは、館全体が崩壊してしまう

 てゐは這いずりながら逃げ出そうとするが、あちこちから落下してくる石や瓦礫に阻まれ、脱出にまごついている



(てゐ、てゐ!、聞こえる!)



 そのとき、てゐの脳に聞き覚えのある声が聞こえた

「姫様!、どこにいるウサ!、はやく助けて欲しいウサ!」

 それは、慧音にホットラインを繋いで貰った輝夜の声だった



(分かっているわ。でも、わたし達が到着するまで、どんなに急いでも十五分はかかる
 だから、てゐ!。あなたがあの二人の闘いを止めるの!)



「ヒィィ!。む、無茶ウサ!。あんなとんでもない戦いに割り込めないウサ!」

 輝夜の言葉に、てゐが驚愕しつつ拒否した
 然もありなん。てゐ如きの妖怪ウサギがあの二人の戦いに割り込もうというなら、一瞬で消し炭にされてしまう



(よく聞きなさい、もうあの二人を止められるのは貴方しかいないの。このままでは、わたし達が到着する前に、どちらかが死んでしまう
 そうしたら、貴方はもう二度と元の時代に戻れない。二人を戦って止める必要はない。わたし達が着くまで、時間を引き延ばすの)



 輝夜が、慌てふためくてゐに檄を飛ばす
 無論、輝夜も、てゐに二人を止められるとは思っていない
 自分達が辿り着くまでの時間稼ぎが必要なのだ

「無理ウサ。私にはできないウサ。死にたくないウサ」

 てゐは泣きながら、輝夜の無情の指示に抗議する
 こんな状況で二人の間に割って入るなど、どう考えても自殺行為でしかない



(お馬鹿!、あの二人を止められるのは、あなたしかいないのよ。あなたは何のためにこの時代に来たと思ってるの!)



 輝夜が、てゐを叱咤する

「こんな時代になんか来たくなかったウサ。もうこんな思いはまっぴらウサ。もう帰りたいウサ」

 てゐが泣きじゃくる
 てゐだって、この時代に来たくて来たのではない
 怪しい白い光に飛ばされて、この時代に飛ばされてしまったのだ



(…てゐ。それは違うわ。私も最初はそう思っていた…。理由もなくこの時代に飛ばされたのだと
 でも、それは多分違う。私は永夜異変の時もあの二人と戦った
 妖怪と人間…、決して交わることのない種族でありながら、彼女達はお互いを信じていたわ
 私は、それがすごく羨ましかった。だから、永遠亭に永遠の魔法をかけるのをやめてしまった
 だけどね、この時代に来て、あの連中の姿を見て分かった
 あの呑気でお気楽で、いつも馬鹿騒ぎばかりしている紅魔館の連中にも、それぞれに過去があり、瑕があるの
 それを彼女達は抱えながら、幻想郷で暮らしていた
 それは、わたし達が永遠亭で月の使者を恐れながら暮らしていたのと、大して代わりが無かった
 家族という仮面を被り、自分の過去を隠しながら生きてきたのよ)



 輝夜の言葉に、てゐの涙が止まる
 レミリア達のことは、てゐの方がよく知っているのだ

 パチュリーは、自分の両親を魔女狩りで殺された
 美鈴は、生まれた時から捨てられていた
 フランは、生まれた時から地下に閉じ込められていた

 そして、レミリアは両親を殺され、人類への復讐に手を染めた
 そのために、地下に閉じ込めていたフランを開放した
 パチュリーは、そのレミリアの姿を見て、恐ろしくなった

 みんな、自分の心に瑕を抱えながら、暮らしてきたのだ
 家族と云う仮面を被って



(昔の私は、永琳に甘える事しかできなかったわ。自分の犯した罪を恐れて、それを全て永琳のせいにしてきた
 でも、私は彼女達に救われたの。あの永夜異変で
 永琳も、イナバも、そして、あなたも、私にとって大切な家族なのだと分かった
 今の貴方なら、分かるはず。家族を失う事の悲しみを
 貴方だって、永琳やイナバと会いたいと思っているはず
 だから、てゐ。あの二人を止めるの
 あの二人を止めて、元の通りに家族になってもらうのよ
 その為に、私たちはこの時代に来たのだから)

 輝夜が言い切った。根拠や理由など必要なかった
 今やらなければ、彼女達は家族になれないまま、幻想郷にやってくることすら出来なくなるかもしれないのだ

 てゐも、輝夜も、妹紅も、その為に、紅魔館の連中に家族になってもらう為に、この時代にやってきたのだ



(…だから、てゐ。勇気を出して。そして、自分を信じて
 あなたには…

『人を幸福にする力』

 …があるのだから)



 そういうと、輝夜は一方的に通信を打ち切った

 てゐは立ち上がる
 二人は、未だに千日戦争の形のままである
 しかし、二人の放つ闘気の渦は、まるで台風の中心であるかのように渦巻き、館を震えさせる

 てゐに二人を止めることなどできるのか?
 てゐは、何かを言おうとするが、口がカラカラに渇いて声が出ない

 手も、足も、ガタガタに震えている
 視線も定まらないまま、呆然と立ち尽くしている

 脳裏に、紅魔館の連中の顔が浮かんでいく

 パチュリーの顔、美鈴の顔、フランドールの顔、レミリアの顔…
 みんな、過去に瑕を負い、それを背負って生きた来たのだ
 てゐなど、彼女達が背負ってきた過去の一つにだって耐え切れないかもしれない

 それほどに辛い過去を持ちながら、どうして彼女達は暮らしてくれたのだろうか…

 それは、『家族』だから…

 自分達の過去を知っていても、瑕があることも知っていても、それでも一緒に暮らせる『家族』だから
 もしも、彼女達の一人でも欠けていたなら、彼女達はこうして暮らしてはいられなかっただろう

 そして、彼女達は知らなくとも、その『家族』を一人失おうとしている
 そんなのは、イヤだ…

 でも…

「やっぱり、ダメウサ。怖いウサ。死にたくないウサ」

 てゐは、再び地面にへたり込む
 輝夜がどれほど勇気付けても、生来の臆病は直らない
 てゐは健康に気を使って長生きしただけのウサギである
 とても、あんな戦いに踏み込める力なんてないのだ

「ふふふ、人間は不便ね。もう限界かしら?」

 そして、二人の戦いは今まさに均衡が破られようとしていた
 人間である少女には、やはりこの状態は不利だった
 妖怪と人間とでは、ダメージの回復力も違うのだ
 しかも、レミリアの力に対抗するため、少女は全力を出し切っている
 エネルギーの消耗も、人間の方が早い

「もう終わりね!」

 レミリアがそう言った瞬間!、レミリアが床に沈みこむと同時に逆立ち蹴りで少女を蹴り上げた
 少女は、強烈な勢いで空中投げ飛ばされる

「く…!」

 少女は、空中で体制を立て直し、レミリアに向き直る
 しかし、レミリアの姿が見えない

「これが最後よ」

「―――!?」

 なんと、レミリアはすでに少女の背後に飛び上がっていた
 蹴り上げられた少女が最高点に達するよりも速く、レミリアはさらに上空へ飛び上がっていたのだ

 レミリアの肘が、少女の背中を貫いた
 空中に蹴り上げられた倍の速さで、少女は地面に叩きつけられた




『夜符・クイーン・オブ・ミッドナイト』



 レミリアの掌に、妖気の塊が出来る
 しかも、一つだけではない。数十、数百にもなろうかという妖気の塊である

 その威力は、美鈴や小悪魔の作り出した妖力球とは比べ物にならない
 とてつもないエネルギーの塊である

「はぁあああ!!」

 レミリアが、生み出した妖気の塊を一気に射出する
 数十、数百の妖気の塊が、少女に襲い掛かる

「うわぁぁぁ!!」

 その威力たるや、人間の作り出す爆弾など比べ物にならないほどだ
 強烈な爆発で、少女が吹き飛ぶ
 まだかろうじて生きているが、もはや身体も自由に動かせない

「ふふふ、勝負あったわね」

 レミリアが地面に降り、少女に近づく

「く…!」

 近づくレミリアに、少女は最後の力でナイフを投げ付ける
 しかし、レミリアが手を広げると、そのナイフは空中で静止した

「くくく…、だいぶ力も弱まっているようね。そんな力では、私は貫けない」

 眼に見えない妖気の壁のようなものが、少女のナイフを阻む
 少女の残された力では、その壁を貫くことはできない

「返すわよ」

 レミリアが、止めていたナイフに力を込める
 その瞬間、ナイフは少女に向かって跳ね返った

「うぐ…!」

 跳ね返されたナイフが、少女の身体に刺さる
 吸血鬼を倒すためのナイフに、逆に刺されるとは…

 もはや、少女は動くこともできない

「これが最後よ、楽しかったわ」

 レミリアの右手の爪が伸びる。止めを刺す気だ
 もはや、少女には対抗する力も残っていない

「最後にいい事を教えてあげるわ。悪魔に名前を奪われたものは、死んでも天国へも地獄へも行くことができない
 その魂は成仏することはできず。一生、現世をさまようことになるのよ」

 レミリアが言った
 悪魔に名前を奪われると、魂さえも悪魔のものとなり、その魂は永遠に悪魔に弄ばれるのだ

「さあ、最後にお祈りでもする?。無意味だけどね
 この世から去ねて、永遠に醒めぬ悪夢の世界の住人となれ!」

 レミリアが、その爪を振り上げた

 てゐは、まだ震えていた。歯の根がガチガチと震えて噛みあわない
 立とうとしても、足の震えも止まらない。喉が熱く、カラカラに渇く

 怖い 死にたくない

 どう勇気を振り絞ろうとしても、身体が言うことを聞かない
 全身が恐怖に震えていた

 怖い… 死にたくない…

 てゐが思うことは、それだけだった
 ただそれだけのことが、てゐの全身を震えさせた

 今動かないと、少女が死んでしまう
 あの少女が死んでしまえば、歴史の流れは元に戻せない
 そうなれば、自分も元の時代には戻れない

 それが分かっていても、それよりもリアルな『死』という現実の前に、てゐの身体は成す術もなく震えていた

 てゐの脳裏には、相変わらず紅魔館の連中の顔が浮かぶ
 このままてゐが動かなければ、彼女達は二度と元の家族には戻れない
 それは分かっている。だが、それでも…

「怖い、怖いウサ…」

 てゐの眼から、涙が溢れている
 レミリアの爪は、今にも少女の喉を掻っ捌きそうである

 涙に曇ったてゐの眼にも、それが分かった

 もはや、てゐに出来ることは、部屋の隅でガタガタ震えることだけだ
 それは、あの少女が言ったことだった

 だが、それは違う。てゐには、てゐにしかできないことがある
 レミリアの爪が、月明かりに輝き、そして、少女の首に振り下ろされた

 その刹那―――!?





「や、やめるウサ―――!?」






 てゐは知らぬ間に立ち上がり、そして大きな声で叫んだ
 その声は、二人の間の緊張を吹き飛ばし、レミリアの動きを止めた

 脚はガタガタ震え、歯の根は合わぬまま
 それでも、てゐは立ち上がった

「なんのつもりかしら?、この戦いは私とこの人間の勝負よ。邪魔をするなら、殺すわよ」

 レミリアがてゐを睨んだ
 まさに殺人鬼のような眼である。この場合は殺兎鬼か…

 レミリアに睨まれただけで、てゐはちびりそうになる

「やめるウサ、やめるウサ。こんなことをしても何にもならないウサ
 あんた達は、みんな家族を失ってるウサ。家族を失う悲しさを知ってるくせに、なんでこんな事が出来るウサ!」

 レミリアの眼に怯えながら、てゐは続けた
 しかし、レミリアにはその意味が伝わらない

「何を言っているのかしら、私とこの人間とが家族だとでもいうのかしら?。どうしたら、人間よ吸血鬼とが家族になれるのよ」

 レミリアの言い分は尤もである
 しかし、彼女達はてゐにとっては、紛れもなく家族なのだ

「うるさいウサ、そんなの関係ないウサ!。人間でも妖怪でも、宇宙人でも、死んでも死ななくても、みんな家族になれるウサ!
 そんなことが分からないなら、吸血鬼は大馬鹿者のおたんこなすウサ!」

 てゐが喚くように喋り続ける

「く…、この…!」

 レミリアがてゐに向かって近づいた
 レミリアの拳が、てゐを吹き飛ばす。吸血鬼の力は、ウサギの何倍も強い
 てゐは、床を何度も転がるが、それでもフラフラになりながら立ち上がった

「あんたの力なら…、私なんて一撃で殺せるはずウサ。それを殺せないのは、あんたが迷ってる証拠ウサ
 あんた達は家族になるウサ。幻想郷で一緒に暮らすウサ!」

 涙を垂れ流しながら、叫ぶようにてゐが訴えた
 てゐの言葉を聴いた瞬間、レミリアの視界がグラついたように感じる
 涙で濡れたてゐの顔が、自分の記憶の奥深くに封印していた顔と重なる

「く…」

 レミリアが頭を抑える
 まるで脳みそを直接ハンマーで叩かれたかのような痛みが、レミリアを苦しめる
 てゐの言葉に反応するように、レミリアの脳裏に封印してきた記憶が蘇る

(なぜ…、なぜ、あの時のことを思い出すの…?)

 レミリアにとってもは、最も苦しい思い出である
 てゐの言葉に連動するかのように、その記憶が体感を伴ってリピートする
 それは、レミリアの両親が殺された夜のことだった

 少女に殺されたレミリアの母親は、レミリアの力が暴走するのを抑えると、今わの際にレミリアの耳元で囁いた…





「お母様!、死んじゃダメ!、私から離れないで!」

「よく聞いて、私の可愛いレミリア。私の最後の願いを…




『どうか、あの人間の娘を、恨まないであげて』



 …」

「お母様、どうして!。どうして、自分を殺した相手を…」

「レミリア…、人間は、確かにわたし達吸血鬼に比べれば力も弱い。寿命も果てしなく短い、そして、時に自分の身すら滅ぼすような愚かなこともする
 だけどね、人間は、自分以外の者の為に、涙を流したり、手を差し伸べたりできる。それは、わたし達吸血鬼でさえ持っていない力よ
 私は、それを学ぼうとしたけど、あの娘には通じなかったみたい…。でも、私はあの娘を恨んではいないわ…
 あの娘は、私に大事なことを教えてくれたのよ…。だから、レミリア…、あの娘を…許し…あげ…」

「―――!?、お母様!、お母様ァァ!!」






 レミリアの母は、人間を理解しようとしていた
 しかし、それを利用され、人間に殺された。だが、彼女はそれを恨んではなかったのだ
 レミリアには、それがずっと理解できなかった

 なぜ、母親は最期にあんな言葉を残したのか…



「お姉様…、どうしたの…?」

 不意に、大広間に幼い甘えた声が響いた
 そこにいたのは、眠たい眼を擦り、ぬいぐるみを引きずってきたフランだった

 フランは、大広間を見渡した。戦争でも起こったのか、家の中はあちこち壊れている
 天井もほとんどが崩れ、空には紅い月が煌々と輝いている

「あれぇ…?、あなたはどうしてここにいるの?」

 フランは、大広間に倒れている少女に気付いた。それが、あの日出会った人間の少女だと気付くのに、時間はかからなかった
 どうして、人間の少女がここにいるのか、当然、フランは分からない

 フランは、吸血鬼ハンターと云う者の存在すら知らないのだ

「く…!」

 フランの姿を見た瞬間、少女は最後の力を振り絞ってフランを捕まえた
 フランは、何が起こっているのかも分からない
 少女は、フランにナイフを向けた

「動くな!、この娘の命が惜しければ!」

 少女は、フランを盾に取り、レミリアを脅迫した
 フランは、どうして彼女が血塗れなのか、どうして自分にナイフを向けるのか、ちっとも分からなかった

「く…、あなた…!」

 レミリアが二人に近づこうとした。しかし、その脚が止まる
 それは、ナイフを自分の妹に向けている彼女の姿が、とても寂しそうに見えたからだ

「これは…、なに…?」

 そして、彼女を通して、レミリアの意識の中にショートムービーのような映像が流れてくる
 レミリアの運命を操る力がそうさせるのか、少女の記憶がレミリアの脳裏に浮かんでくる





「あんたは悪魔の子だよ!」

 少女の母親らしき女は、そういって幼かった少女を突き飛ばした

「やーい、やーい、悪魔の子!。さっさとこの村から出て行け!」

 少女と同年代の少年達が、石を投げ付けながら少女を追い掛け回す

「お前なんか、生まれてこなければよかったんだ!」

 少女の父親らしき男は、烈火の如く怒りながら、少女に罵詈雑言を浴びせた




 レミリアの心の中に、少女の悲しみが映る
 まだ幼く、力をコントロールできなかった時代、彼女はその力を悪魔の力と怯えられ、村の人間はおろか、両親にさえ呪詛を吐かれながら育った
 彼女は捨てられ、修道院に送られ、やがてエクソシストとしての素質を見出される

 そして、レミリアの両親を殺した後、レミリアの力で重傷を負い、名前と記憶を奪われた彼女は、彼女を匿ってくれた村人にさえ裏切られる
 彼女の人生は、ただ一心に憎しみと裏切りとを受け続けてきたのだ




 彼女もまた、家族を欲しがっていたのだ。一緒の家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て…、一緒に笑って…、一緒に泣ける…
 そんな家族を、ずっと欲しがっていた。だから、吸血鬼を眼の敵にしてきたのだ
 吸血鬼を退治し続ければ、いつか、自分を信じてくれる家族が現れると信じて

 そんな彼女の心が、レミリアの心に流れ込んでくる
 レミリアの眼に、涙が溢れていた

 決して、もう誰の前でも泣かないと決めていたレミリアが…


「どうした!、私は本気だぞ!」

 まだ、少女は恫喝する。フランはきょとんとした眼で姉と少女を見ている
 レミリアは、爪を仕舞い。二人に近づく

「く、来るな!。この娘を刺すぞ!」

 少女はナイフを振りかざし、恫喝を続ける。彼女の姿は、レミリアの姿でもあった

「あなたに…、フランを刺せるのかしら…」

 レミリアが静かな声で言った

「く…、ふざけるな!」

 少女がナイフを振り上げる。フランは不思議そうな眼で少女を見つめる
 こんなに無邪気で純粋な瞳で見られるのは、初めてだった

「ねえ、あなた、どうしたの?。怪我をしてるの?。すぐに手当てしないと大変だよ!」

 フランは、状況が一切分かっていなかった
 自分が殺されかけているにも関わらず、少女の心配をしていた

「く…」

 少女は、そのナイフを振り下ろせない
 これ以上、誰を傷つけても何にもならないのだ

「私も同じ…、もう、貴方をこれ以上、傷つけられない」

 レミリアの頬を、涙が伝う
 紅い満月の月明かりの下、レミリアは少女に手を差し伸べた

「あのウサギの言った事が正しいかなんてわからない。でも、もう私は恨んだり憎んだりすることに疲れてしまったわ
 貴方は、私よりも先に死んでしまうでしょう。何百年も経って、私はいつか貴方のことを忘れてしまうかもしれない…
 でも、たとえ生きていける時間が違っても、私は貴方と同じ時間を生きて行きたい…」

 レミリアが、天井に空いた穴から空を見上げる
 そこには、紅い満月が狂おしく輝いている

「咲夜…、貴方の名前は、『十六夜咲夜』…

 家族になりましょう…。偽者で、嘘っぱちで、欺瞞だらけの家族だけど、それでも、私は貴方と一緒にいたい…」

 そういって、レミリアは少女に…十六夜咲夜に手を伸ばした
 レミリアは、咲夜から奪っていた名前を返したのだ

 この吸血鬼が、なぜ泣いているのか…
 咲夜にはすぐに分かった。妖怪でありながら、悪魔でありながら、この吸血鬼は人間の心を知ってしまったのだ
 この吸血鬼も、自分と同じように家族を欲していたのだ

 吸血鬼姉妹に、魔女に、中国妖怪に、日本ウサギに、そして、吸血鬼ハンター…
 なんと不釣合いで、不揃いな家族なのだろう
 だが、それこそが、ずっと二人が探し求めてきていたものだったのだ

 いつの間にか、咲夜の目からも、涙が溢れていた

 まるで導かれるように、咲夜はナイフを捨てた

「お、お嬢様…」

 咲夜の手が、レミリアの伸ばした手に近づく
 二人の距離が縮まっていく。そして、二人の指先が触れ合った…

 その時だった―――!?






 ズキューン―――!!





 一発の銃声が、紅魔館の広間に鳴り響いた
 二人の手は握られることなく、咲夜はそのまま地面に倒れ込んだ

 背中には、銃弾を受けた銃創から血が溢れていた

「ふん、怪しい怪しいと思ってきたが、やっぱり化け物の仲間だったんだな!」

 その場にいた全員が、広間の入り口を振り返る
 そこには、銃や農具で武装したソフィー村の村人の姿があった







~紅魔館・上空~





「見えてきたぜ!」

 輝夜と妹紅の二人は、ようやく紅魔館の上空にまで辿り着いた
 二人の視界に、紅い館が見える。しかし、随分と激しい戦いがあったのか、先日来た時よりも、さらにボロくなっている

「おい!、ありゃあなんだ!」

 妹紅が指差した方向は、紅魔館を囲む断崖のある方向であった
 その断崖の近くに、巨大な丸い布地をロープで籠のようなものを括り付けた物体が飛んでいる

「あれは、気球?。あんなものが、なぜここに!」

 輝夜が言った。18世紀に仏蘭西で発明された気球は、欧州では大ブームとなり、1785年にはドーバー海峡の横断に成功している
 しかし、なんでそんなものが、こんな所にあるのか?

「ちくしょう!、いやな予感がしやがる!。急ぐぞ!」

 そういうや、二人は紅魔館へ飛び込んだ








~紅魔館・大広間~







「ふん、裏切り者めが、いい気味じゃ」

 村人の群を掻き分けて、村の長老は咲夜に一瞥をくれるなり言い放った
 先に裏切ったのは自分のくせに、まったく悪びれる素振りもない

「お、お前達!」

 レミリアが村人に向かいあう

「恐れるな!、ヤツはさっきまでの闘いで消耗しているはずだ!
 これだけの人数でかかれば、きっと倒せるわい」

「おおー!!」

 長老の言葉に、村人の士気が上がる
 村人達は、咲夜に気付かれぬように後をつけていた

 森に棲む怪物たちは、あらかた美鈴が倒していたし、湖の湖底も咲夜は開けっ放しにしておいた
 そして、あの断崖絶壁は気球を使って上った

 そして、レミリアと咲夜の闘いが始まるや、機会を伺う為にずっと息を潜めていたのだ

 村人達は、聖水や十字架を振りかざしながらレミリアを挑発する
 いつもなら、こんな連中はレミリアの一撃で吹き飛ぶのだろうが、咲夜との激闘を終えたばかりである
 これだけの人数を相手にするのは、いかにレミリアでも厳しいか

 しかし、空に輝く月は、禍々しいまでの紅い光を発していた

「どうして…、どうして倒れたの…。こんな…」

 フランが咲夜に駆け寄り、咲夜にすがりつく
 しかし、咲夜はピクリとも動かない

 普段は情緒不安定なフランの心が、恐ろしいほどに静かだった
 それは、まさに嵐が来る直前の海のようだった

「フラン!」

「うぁあああああん!!!、イヤだぁぁぁぁあああ!!!」

 レミリアが声を掛けたが、それは遅かった
 静かだったフランの心が、まるで暴風雨のように荒れ狂っていく

「あ、あああああ!!、あああああ!!!!」

 レミリアの母親が言うとおり、人間は自分の身を滅ぼすような愚かなことをしてしまう
 咲夜が撃たれたショックで、フランの精神の箍が外れてしまった

 フランの『ありとあらゆるものを破壊する力』が暴走してしまった!

「ぐうう!、うおおおお!!!」

 フランの妖気が、見る見る膨れている
 その妖気は、悲しみと憎しみに満たされている

 フランの瞳は瞳孔が開き、虹彩が月の光を受けて紅く光る
 そして、その膨れ上がった妖気に比例するかのように、その身体が見る見る巨大化していく

 都合の悪いことに、今日は満月だった
 夜の種族の力が、最も強くなる夜である

「やめなさい、フラン!、気持ちを落ち着けるの!」

 紅魔館の天井を突き抜けるほどに巨大化したフランに、レミリアが呼びかける
 だが、レミリアの制止などまるで効果がなかった

 その巨大な右手で、フランはレミリアを吹き飛ばした
 壁に猛烈な勢いで叩きつけられたレミリアは、そのまま意識を失った

「う、うわぁぁ~、ば、化け物だぁ!」

「に、逃げろ~!」

 村人達が、我先にと逃げ出すが、もう遅かった
 フランの拳が、紅魔館の屋根を破壊する

「ぎゃあ!」

「ぐえ!」

 まるで土砂崩れのように、屋根の残骸と瓦礫が村人達に降り注ぐ
 村人達は、次々に瓦礫の下敷きになり死んでいく

「ぐおおおお!!」

「ひぃぃ!」

 運良く瓦礫の下敷きを免れた村人も、フランに踏み潰される
 まるで、人がゴミのようだ…

「た、助けてくれ…」

 瓦礫の下敷きになった村人が、長老の足に取りすがり助けを求める

「ええい!、離せ!、この!」

 長老は、持っていた杖で取りすがる村人を打ち据える
 だが、フランはそれを見逃さなかった

 フランの口から、強烈な妖気が発射された
 村人のほとんどが、その妖気で蒸発してしまった

 まるで核融合並みの威力である

「ヒ、ヒィィ!、助けてウサ!、こんなトコで死にたくないウサ!」

 てゐが隅っこで震えている
 なんで、今日はこんなに震えることが多いのか

 巨大な瓦礫が降ってくる

 もうダメだ…、てゐが眼を瞑った、その時だった




 ガシャーン!!




「てゐ!」

「姫様!」

 …と、ステンドグラスを突き破り、輝夜と妹紅がようやく到着した
 ヒーローは遅れてあらわれる。それが蓬莱流

「く…!、なんだあの化け物は!」

「あの羽、まさかフラン!」

 紅魔館に辿り着いた二人の目の前には、変わり果てたフランドールの姿があった
 フランは二人を見つけるや、口に妖気を溜めた
 輝夜は、素早くそれを見抜くと、自分の両手をフランに向けた

「止まれ!」

 輝夜は能力を発動した。『永遠と須臾を操る力』が解放され、フランの動きを止めた
 しかし、フランの魔力は膨大であった
 すさまじい妨害魔力が、輝夜の力を侵食していく
 フランの妨害魔力が、輝夜の力を反転させ、強引に術を解こうとする
 輝夜は必死で全身の霊力を込め、フランの動きを封じる

「く…、なんて力なの…。完全に自我を亡くしてしまっている見たいね…
 あんまり長い時間、フランの動きは止められない…」

 輝夜は、掌から全霊力を放出し、フランの動きを止める
 だが、こんなにフルパワーの状態は長く持たない
 このままでは、ものの数分でフランは解き放たれてしまう

「どうするんだ、あんなの動きを止めてても倒せねえぞ!」

 妹紅が言った。フランの力は、二人の力を軽く凌駕している
 動きを止めたからといって、簡単に倒せる相手ではない

「妹紅、パチュリーを探して!。パチュリーなら、フランを止める方法を知ってるはずだわ!」

 輝夜が言った。レミリアが意識を失っている以上、吸血鬼のことを知っているのはパチュリーだけだ
 フランを止める方法は、もはやパチュリーに頼るほかにない

「わかった!、待ってろ」

 そういうと、妹紅は両の拳を握り、全身に万力の力を込める

「ぬぅぅ!!、うおぉぉぉぉ!!」

 妹紅が全身の霊力を高める。炎が妹紅の全身を包み、やがてそれが翼を形状していく
 妹紅の背中に、炎の翼が生えた

「行くぜ!」

 妹紅は、全速力で紅魔館の大図書館へ向かった
ちょっと長くなりましたね

いよいよ次で第一章が終わります

1ヶ月で終わると思ったけど、三ヶ月もかかるとは…

さあ、力が暴走して巨大化してしまったフランちゃん
これには作者もびびった!、知~らない 知~らないっとぉ

東方二次創作です
東方以外の作品のオマージュがあります

文章構成は気にしない

キャラ崩壊あり
オリジナル設定あり

http://twitter.com/nagadai

このリンクから終編が見れます
ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1280397116&log=121
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コメント



0.820簡易評価
18.無評価名前が無い程度の能力削除
男口調の妹紅や語尾にウザのつくてゐやエセ中国人の美鈴はさすがに違和感バリバリですが
あくまで二次創作ですので深くはツッコミません。ただ多くの人は抵抗があると思った方がいいかと。
内容についてもなんとも不適当な単語がちょくちょく出てきて
おそらくシリアスを書いているつもりなのにギャグにしか見えないというのが正直な感想です。

>文章構成は気にしない
いやそれはダメでしょうに。
文章構成に不安があるならそれを読者に委ねないで作者であるアナタが直さなきゃでしょう。
26.無評価山の賢者削除
相も変わらずで。
28.無評価名前が無い程度の能力削除
文章構成云々は>18さんの言うとおりです。
気にしないって、自己完結すぎるでしょう。気になります。
37.無評価名前が無い程度の能力削除
口調と文章構成を直せば面白くなるのでは?
39.無評価名前が無い程度の能力削除
自分のHPに載せてろよ。
49.無評価名前が無い程度の能力削除
「気にしない」って…
あなたがそれ言っちゃったら終わりじゃない?
向上心も無いように思える。
54.無評価名前が無い程度の能力削除
え?なにまだ投稿する気なの?
いやいや、ちまちま投稿しなくていいから、さっさと完結させて此処から消えてくれ。

この作者には何を言っても無駄だよ。
指摘したことは前回までに他の人たちに散々言われているのに全く改善する気配ないから。
逆に「いやなら見るな」と開き直ったからね。
55.無評価名前が無い程度の能力削除
こいつはひどい・・とても見れたものじゃないぜ。
まるで言うなれば小学生の作文みたいだ・・しかもちっとも進歩してないって・・いったい?
せめて起承転結とキャラの言葉ぐらい揃えてくれよ・・
57.無評価名前が無い程度の能力削除
なんと言うか…
自分の文章見返して恥ずかしくならないんですか?
自分がもしこんな文章ネット上に曝してしまったら、羞恥で軽く死ねます。
60.90ずわいがに削除
>狼牙風風拳
ダメだ、ここで吹いたwwせっかく真面目に読んでたのに;ww
そして何故でしょう。レミさんが覚醒した時は結構感動したのに、美鈴の覚醒は笑えるw
>廬山昇龍覇
ておいいいいぃぃぃいいいいいィィ!?(ツッコミ限界

美鈴戦はネタに走る部分も多かったのに、レミリア戦のシリアスっぷりときたら…
って、咲夜が撃たれるまで村のやつらのこと忘れてたし!お前らふざけんなし!フランどうやって止めんねんな…