Coolier - 新生・東方創想話

無意識の底、漂泊

2010/06/09 10:56:39
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飛び回る。
ふらふらと、ゆらゆらと。
跳び廻る。
くるくると、きらきらと。
目に映る、すべての世界。
きらきらと、ゆらゆらと。

世界はキレイ。
セカイはきれい。
きれいな世界。
好き、好き、大好き。
恋、してる。

世界はキタナイ。
セカイは汚い。
きたない世界。
嫌い、嫌い、大嫌い。
でも、恋してる。

…………

地の底、旧地獄跡地。
地上からの風穴を抜けた奥の、そのまた奥。
人間が訪れることのない地底の、さらに奥。
地底の住人すらも忌避するような、奥底の底。
そこには一軒の洋館が、まるですべてを塗りつぶすような闇に逆らう誘蛾灯のように、ぼんやりとした光を放っている。
陽光差し込まぬ、常に宵闇の静けさをたたえる地底の底にあって、そこだけがうっすらと仄明るい。
「さとり様~、朝の調整が終わりました」
しかし蛾の寄らぬ誘蛾灯にも、当然住人はいる。
「そう、それでは朝食にしましょうか」
「分かりました、それじゃあみんなに号令をかけて集めてきます」
小柄な少女。
一戸の洋館の主というにはどことなく幼すぎる少女が、しかしここ、地霊殿の主である。
与えられた名は古明地さとり。サードアイ、第三の瞳と呼ばれる、いやこの館と同様に忌避される少女。
「お燐、まずはお空を呼んでらっしゃい。ここから一番遠いし、そろそろ罐の番に飽きて、待ちくたびれているころだわ」
「はい、了解しました~」
にゃ~ん
さとりの言葉に応えた少女はまばたきする間にその姿を変え、人間ではなくなった。
否、言い方をあらためれば、彼女は最初から人間ではない。
少女は火車。
墓を暴き、死体を攫い、そして死霊を繰る妖猫。死者に鞭打つ地獄の墓荒らしである。
本来の姿は猫であり、人間の姿をとっているときは、あるいは自らの姿を偽っているともいえるだろう。
少女の名は火焔猫燐。それは他ならない、さとりによって与えられた名である。
「…、そうね、朝食は、お燐の好きな焼き魚がいいかしら」
さとりのその言葉に、部屋を走り去りかけた黒猫が、ぴたり、とその動きを止めた。
『にゃ! さとり様、また心読みましたね!!』
いかに妖猫であるとしても、それがやはり猫であるという事実に変わりはなく、何かを語ろうとして口を開いても必然にゃあにゃあという鳴き声が響くのみである。
つまり、妖猫本来の猫の姿へと戻ることによって彼女はその言葉を失っているのだ。だがしかし、それは彼女にとってそれほどの不便を感じさせるものではない。
それは三つ目の少女、さとりの力に起因するところである。
「読もうとしているのではありません。聞こえてしまうのだから、仕方がないでしょう?」
『でもでも…、ぁ~…、んにゃ~、ま、いっかぁ』
さとりが他者の心を読み取るのは、いわば常なることであり、故にそれが猫特有の移り気な性質をもつ彼女の注意を長く引き付けることはなかった。
そんなことよりも、お燐の心を的確にとらえているのは今日の朝食のメニューの内訳であり、身体的欲求に忠実というか、それは実に動物的で素直な発想だといえるだろう。
「さぁ、元気にいってらっしゃい」
『は~い、あたいの分の朝ご飯、食べちゃダメですからね~』
「そんなことはしないわ。かわいいペットをいじめるようなことは、絶対にね」
さとりの第三の瞳には、他者の意識を読み取る力が宿っている。
それはいうならば、五感の次、六つ目の感覚神経とでもいうべきものだろうか。
胸元のぎょろりとした三つ目の瞳が読み取った他者の心理風景は、その体に巻きつくように伸ばされた神経管を通して脳へと伝達され、そしてまるで五感で捉えたかのようにそれぞれの感覚へとフィードバックされる。
相手の思ったことは言葉のようにさとりの耳に届き、考えた風景はさとりの眼に映し出され、思い出した香りはさとりの鼻が嗅ぐ。
それが心を読む妖怪「覚り」の、偉大なる地霊殿の主が持つ固有の能力なのである。
しかし、その力ゆえに、彼女の周りには人間の姿はない。
人間は、彼女の力を恐れ、忌み嫌った。
少女の力を知ったものは、心を読まれることを恐れて近づくことすら拒んだのだ。
誰しも、あえて心を読まれたいとは思わない。
「家族なんですから、当然じゃない」
孤独で聡明な少女は、自らを地底の底へと封じ込めた。
覚りの力は誰も幸せにしない。他者を、そして自らをいたずらに傷つけるのみ、と彼女は考えたのだ。
旧地獄の管理人の役は、それにうってつけと飛びついた。
そこならば一人でいることができる。誰一人として傷つけることなく、そして誰からも傷つけられることもない。
「さて、先に行っていましょうか……」
元気よく、楽しそうにてってってと四足で部屋を後にするお燐を見送ってから、さとりは立ち上がる。
旧地獄の管理人を引き受けたときに地獄の獄卒たちを使って建てさせたこともあって、地霊殿はそれなり以上に立派で広い。
それゆえに余っている空き部屋も多く、その管理を含めて広大な旧地獄の管理人の役を全うするというのは、一人の身ではそもそもからして物理的に不可能だったともいえる。
それではなぜ、覚りと同様に真実を映しだす力を持つ地獄は、彼女にその役を任せたのか。
さとりの力は、他者の心を読み取ること。それならば、先ほどのように猫などの動物の心を読み取ることは可能だ、ということに、地獄は注目したのだ。
つまり、旧地獄に関して、地獄の抱えている懸案事項はその管理人不在だけではなかったということだ。管理する者にいない旧地獄には、強い力を持つ火車や地獄烏をはじめとする妖化した動物たちが我が物顔ではびこっていたのだ。
必然、旧地獄の管理を行なうということは、それらの妖怪を従えることに他ならず、しかし逆に、それらを従えることさえできればその管理自体は容易なのである。
そしてそれは、地獄の期待した通り、さとりにとってはそれほど困難を要する仕事ではなく、現に今、旧地獄の管理をぬかりなくこなしていることからも、それは明白なことだった。
「お燐の分に、魚を一尾だけ焼いておかないといけないわね」
旧地獄管理におけるさとりの仕事の最たるものは、種々の管理を振り分けられている動物たちの体調管理であり、つまり彼らに食事を用意することなのである。
しかしさとりは、そのおさんどんのような仕事を、嫌な顔もせずにこなしているのだった。
それは、その仕事をこなすことが彼女が地霊殿にいることができる条件だということもあるが、しかし決してそれだけではないのである。

…………

さとりが地底の底に自らを押し込めたのは、実際のところ、必ずしも自らの能力に起因することのみがすべてではない。それは、単純な割合でいえば半分にも満たないといっていいだろう。
それならば、彼女が決断することに、いや、決断することを迫られることになった本当の理由とは何なのか。
「いただきます……」
『わ~い、いっただっきま~す!』
『ほんとに魚だよ~、うれしいね~!』
『さとり様、大好き!』
『うにゅ、温泉卵おいし』
一心不乱に目の前の食事の相手をしているたくさんの動物たちの中心に、紅茶のカップを片手に小さく一口ずつトーストをかじるさとりの姿があった。
食事に没頭しているから当然かもしれないが、無駄な口をたたくものは一人、いや、一匹としていない。
しかしさとりにとってみれば、食事に対する歓喜とさとりへの感謝の思いが奔流のように吹き荒れるその場は、他に比するものがないほどににぎやかだった。
さとりの前で動物たちのように感情を爆発させる人間はいない。
それは感情の強度が高いほどさとりの第三の瞳はそれを明白な心情情報として取得するからであり、心をあからさまに明らかにされるからだ。
ここまでの、まるで爆音のような感情の嵐に、最初はまともに向き合うこともできなかったが、いつのころからかそれもあまり辛くなくなっていた。
なによりもそれが彼女に対する悪意でないという点が、さとりにとっては非常にその理由の一つなのだろう。
しかし今、彼女の心の中の多くの部分を占めているのは、いつもならばうれしいにぎやかで楽しげな動物たちの声ではなかった。
「あの娘、今日もいない……」
彼女が腰掛けるのは小さな、二人用の丸机。
二人用の足の高い丸机には、当然椅子も二脚そろっている。
しかしそこには、まるでぽっかりと穴が開いたように座るべき主の姿はない。
「こいし…、どこで何をしているのかしら……」
ほんの小さな声で、呟くように紡がれたその言葉は、紅茶からほのかに立ち上る湯気に混じるようにして消えた。
こいし。古明地こいし。
少女の名は、古明地こいしという。
地霊殿の主、古明地さとりの妹であり、また同様に覚りの力を持つ妖である。
いや、精確には、「持っていた」か。
『さとり様?』
『どうしたの?』
『さとり様、悲しい?』
さとりのわずかなため息に気付いたのか、あるいは内に秘めた感情を気配から察知したのか、多くの動物たちが食事をいったん止め、少女へと心配そうな視線を向ける。
動物というのは本能的な気配の察知がうまいというが、それは確かなようで、人間なら見逃してしまうようなかすかな感情の発露も見逃してはくれないのだ。
それともあるいは、その異常なまでに研ぎ澄まされた本能というのは、通常の生を捨てる妖化の恩恵なのかもしれないが。
「なんでもないわ。そんなことよりもみんな、手早く食事を済ませてしまいなさいな」
本来ならば目の前にいるはずの、しかし今はどこにもその姿が見当たらない妹への憂慮はひた隠して、気遣うように不安そうな鳴き声を漏らす動物たちに、穏やかな口調で話しかける。
「この後の仕事に差し支えるわ」
旧地獄の管理者としての、動物たちの飼い主としての自分は、こんなにも強くあることができるのに、ここに居すらしない妹はこれほどまでに容易に心をかき乱す。
『は~い』
『わかったの』
『ごはん、おいしいな』
わずかに乱れかけた心は、紅茶の温かさとトーストの香ばしさがごまかしてくれる。
ゆらゆらと湯気を立てるカップを小さく傾けて、それから思い出す。地霊殿へと訪れる以前に、妹が好きだったことを。
机のまんなかにおかれたシュガーポットから一すくい、砂糖を琥珀の紅茶へととかしこむ。
いつも二すくい、こいしはさらさらと砂糖の粉雪を紅茶に降らせるのが好きだった。
『砂糖が紅茶に溶けていくのって、ステキ』
屈託のない笑みが今でも目の前にあるような、そんな錯覚を覚える。
『きらきらゆらゆらして、まるで世界を見てるみたいだもの』
無邪気な声音が、聞こえてきそうな気すらした。
きらきら、ゆらゆら。
ゆっくりとティースプーンから注がれた砂糖は、豊かな香りを放つダージリンへと溶けて消えていく。
ついさっきまでは確かにあったはずのその粒も、もうすでに見て取ることはできない。それはまるで、彼女にとってのこいし自身のようでもあった。
「…、甘いわ……」
スプーンで一度混ぜるだけで、琥珀にたゆたう溶けかけの砂糖の残滓はかき消える。一口含めば、やさしい甘さがふわりと一面に広がった。
しかし果たしてそれがこいしの言うような「世界」であるか、さとりにはどうしても分からなかった。

…………

古明地こいしは、覚りである。

そもそも化け猫のように化けた妖怪ではない覚りは、生じた瞬間から覚りであり、また消える瞬間まで変わらず覚りである。どのような生物にも、妖とは絶対的にその存在の様式が異なる人間にもさえも通じる世界の絶対、普遍的法則は、当然のように覚りにも適応される。
ゆえに、どのような手段を用いたとしても「自分ではない別のものになる」ということは、ある例外を除いてほぼすべての生物にとって、本質的に不可能なことなのだ。

しかし古明地こいしは、すでに覚りではない。

天狗のような巨大なシステムも、吸血鬼のような血統を持たない、人間の伝承が先だって生じた妖怪としては珍しい存在である覚りにとって、その存在規定者は絶対的他者である人間と、そして自分だけしか存在しない。
文屋の少女は、組織の部品の一つとして在る。
紅の館の主は、自らの継ぐ高貴な血を誇った。
しかし覚りには、それがない。
だから、やめられる。
覚りであるということを、放棄することができる。
自分で、自分を否定した。
それはおそらく、緩やかな自殺だろう。
自分で自分を、「覚りである自分」を殺害した。

ゆえに古明地こいしは、もはや何ものでもない。

少女は覚りとしての証明を、その能力の根源である第三の瞳を閉ざし、そして「自分」であることをやめた。
ちくりちくりと、二度と開かぬよう。
一針ごとに走る痛みを、自らとの決別の一歩にして。
そうして少女こいしは、生きながらこの世界より消滅した。
そのあとに残ったのは、少女の亡霊だけ。
ふわふわと、ふらふらと、無意識にたゆたう浮遊霊だけ。

…………

少女は飛ぶ。
風に任せる蝶のように、ふわふわと飛ぶ。
「♪~~」
口ずさむのは、聞き覚えのないメロディー。
「♪~~」
紡がれるのは、聞き覚えのないリリック。
ふらふらと、空に浮かぶ雲のように。
少女は、風に流されるようにゆらゆらと飛ぶ。
明るい空。吹き抜ける風。
地上は、地底にはない空気に満ちていた。
「楽しそうね、お嬢ちゃん?」
そして不意にかけられた声に、少女はその動きを止めた。
それは、少女にとってはとても不思議なことで、当然無視することもできたが、その不可思議さに興味を抱いたのか。
「だぁれ? あたしに声なんてかけるのは?」
少女は、そのきらきらと輝く瞳を声のする方へ向ける。
意識を、その声の主へと向ける。
「どうも、あなたにとっては初めまして、かしら。私はあなたのことを知っているのだけれど、きっとあなたは私ことを知らないでしょうから」
「そうね、知らないわ。あなたはどうしてあたしを知ってるのかしら? 会ったことがないのに知っているなんて、おかしいもの。お姉ちゃんが昔、そう言ってた」
少女の目の前に立っているのは、いつの間にかその場に現れた妙齢の女だった。
腰まで達するかという金髪の上には珍しい型の帽子を乗せ、その服装はフレアスカートのワンピースにチャイナドレスを合わせたような、不思議と調和がとれているが、奇妙な格好だった。
「それでは自己紹介からにしましょう。私は八雲、八雲紫。この幻想郷の管理人などしております、しがないスキマ妖怪です」
そういって深々と、慇懃無礼という言葉をあえて体現するような、まるで人を食ったような動きで、女は名乗りを上げた。
「古明地、こいしです。今は何もしないをしています。この間まで覚りだったけど、それもやめて、今はなんでもありません」
ぴょこんと、まるで跳ねるように、少女は元気よく初対面の女に向かって名乗り、そして挨拶をする。
「はい、元気でよろしいですわね。知っていますわ。あなたのお名前も、何もしていないのも、それから…、今は『何でもなくなっている』ということも」
くすくすと愉快そうに、左手の扇子で口元を覆いながら、
「私は、何でも知っていますから」
女は大仰にうそぶいた。
「すごいわ、何でも知っているなんて」
「教えてほしいのなら、どのようなことでも教えて差し上げましょう。私にできないことなど、ふふ、何もありませんから」
まるでそれは奇術師か、あるいは詐欺師のような口ぶりだった。
「そうね…、えっと、えっと……」
「楽しいお話がお望み? それとも悲しいお話? 幻想郷の外のお話の方がお好みかしら?」
「どうしましょう、聞きたいことが多すぎて、一つになんて決められない」
「いくつでも、いくらでも、お望みならばあなたが飽きるまでお話しして差し上げますわ。さぁ、私はなにをお話ししましょう」
「本当? それなら、一つ目は楽しいお話がいいわ。あなたの知っている、一番楽しいお話を聞かせてほしいの」
そんな少女の瞳は、紙芝居の始まりを待つ子どものそれで。
しかし女の瞳は、紙芝居をめくるもののそれではなかった。
穏やかな微笑みの裏にはどことなく暗さが秘められ、少女の無邪気とは対照的だった。
「一番楽しいお話?それならば、そうね、こういうお話はお気に召すかしら?」
女は語り始める。扇子で口元を覆ったまま、彼女の知る限り一番「楽しい」お話を、滔々と
「あるところに、かわいい妖怪の女の子がおりました。彼女にはしっかりものの姉がいて、小さな村に暮らしていました」
妖怪の少女は人間から、その能力ゆえに忌み嫌われた。
姉妹は力を合わせて自分たちを迫害する人間たちに抵抗したが、抵抗すればするほどにその迫害は強くなっていった。
もともと、少女たちは何をしたというわけではない。
妖怪だったという、それもほんの少し他のものよりも強い力を持った妖怪だったというだけ。
その生まれゆえの差別は、少女たちの心を深く傷つけた。
「ひどいわ、人間って。あたしたちもそうだったの、あたしとお姉ちゃんも、人間からいじめられていたんだから。妖怪だからっていうだけでいじめるなんて、信じられないわ」
「そうですね、人間というのはいつだって身勝手なもの。でもその身勝手があってこそ私たち妖怪は存在しているの、そのことご存じかしら? お嬢ちゃん?」
「へぇ、そんなこと、初めて聞いたわ。でも、人間なんていなくたってあたしたちは生きているでしょうに、どうしてそんな変なことをいうのかしら?」
「嘘も出鱈目もありません。それは全部本当のこと」
「たとえそうだとしても、信じられないわ。ねぇ、そんな難しい話はいいからお話の続きをしてほしいの。楽しい話なんだから、このあと女の子は幸せになるのでしょう?」
「どうかしら、額面通りの幸せを手に入れることが本当の幸せとは限らない。使い古されたハッピーエンドが最高の終わりだと決めつけるのは難しいことだわ」
「それは、どういうこと?」
「あら、ごめんなさい、お嬢ちゃんには少し難しかったかしら。さぁ、それじゃあお話の続きをしましょうか。お嬢ちゃんにはまだ、こちらからの方が分かりやすいだろうからね」
「こちらから?」
「そんなこと言ったかしら? ぼぅっとしていると、続きが始まってしまいますよ」
女の語るお話はまだ続く。
実は妖怪の姉妹には、その性質において決定的な違いがあった。
姉は妖怪というものの持つ宿命をよく理解していたが、妹は決して同様ではなかったのだ。
妹は、人間と友だちになりたかった。
しかしだからこそ、迫害によって受ける心の傷は姉よりもずっと大きかった。
それでも、どうしても人間が好きな少女は何とかして迫害をやめてほしい一心に人間とかかわり続け、しかしそれゆえにその心には深い傷を負い続けた。
「なんだかこのお話、あまり楽しくないわ」
「あら、そうかしら。なかなか興味深いと思いますけど」
「つまらないわ。だって、楽しいお話のはずなのに、ぜんぜん女の子が幸せじゃないんだもの」
「あら、それは残念ですね。ですが、せっかく聞き始めたのだから、最後まで聞いていってくださいな。もしかしたら、最後まで聞けばその愉快さが分かってもらえるかもしれませんわ。お代など、いただいたりはしませんから、ぜひにどうぞ」
「…、分かったわ。仲良くしたいなら人のお話は最後まで聞きなさいって、お姉ちゃんも言ってたから。あなた、面白そうな人だもの、お友だちになりたいわ」
「あら、光栄ですわ。それにしても、つまらない話を聞くのは退屈でしょう。さぁさ、こちらをどうぞ、お嬢ちゃん。甘いものは、お好きかしら?」
女の左手には、つい先ほどまで何も持たれてはいなかった。
しかし今、確かに直方体の缶が存在している。
無造作に振ると、がらがらと中からぶつかるような音がする。
「わぁ、なぁに、それ! すごいすごい、さっきまではなかったのに、いつの間に出したのかしら?」
「ふふ、これはドロップスというんです。とっても甘くて、とっても美味しいですわよ」
「ステキステキ、ステキだわ! あなた、とっても素敵なことができるのね!あたし、お話なんかよりも、そっちの方が見たいわ! そうした方が、ずっとあなたのことが好きになれそうだもの!」
「えぇ、きっと見せて差し上げることになると思いますわ。あとで存分に、ね。そんなことよりもどうぞ、遠慮しないで一粒でも二粒でも」
「甘いものは大好きよ。だって、口に入れるだけで幸せになれるんだもの。お姉ちゃんはあまり好きじゃないみたいだけど、そんなのもったいないわ」
「ふふ、それなら一人占めしてしまいなさいな。お嬢ちゃんは誰かにそれを咎めたりされることはないのでしょう? そんな力を、持っているのだから、ね?」
「あなた、本当に何でも知っているのね。私の力のことなんて、誰も知らないと思っていたのに、驚いたわ」
「言ったでしょう、私は何でも知っているんです。あなたの知っているあなたも、あなたの知らないあなたも、あなたが知ろうとしないあなたのことも」
「? ねぇ、知ろうとしないって、どういうこと?」
「あら、そんなこと言いましたかしら? さぁさぁ、そんなことよりもお話を進めましょう。楽しい楽しいお話は、もうすぐ終わりなのですから」
人間たちに迫害を受け続け、誰より深く傷つき続けた少女だったが、何事にも限界は訪れるものである。
少女の精神は、それまでの信じられないほどの努力と忍耐からすれば、いっそあっけなさすら覚えるくらい簡単に破たんした。
少女は深い深い、あまりに深くて底も見えないような湖へと身を投じてしまったのだ。
そして水底へと消えた少女の肉体が再び見つかることはなく、代わりにそれから、少女とそっくりの姿をした亡霊が村に現れるようになった。
亡霊は生前の少女とは比べ物にならないほどに妖怪的であり、人間にその存在によって強い恐怖を与えることとなった。
「そのせいもあって、村に一人取り残された姉への風当たりはさらに強くなり、姉は人の寄りつかない山奥の奥へと住まいを移すことを余儀なくされてしまいましたとさ。おしまい」
「え? それでおしまい、なの?」
「えぇ、おしまいですわ」
「なんだかすごく半端なのね。何にもまとまっていないわ」
「それはしかたありません。だってそのお話、まだまとまっていないんですもの」
「まだまとまっていない? それってどういう……」
「さて、いったいどういうことでしょうかね。私からは何とも言えませんけど。消化不良で聞きたいことがあるのならば、何でも聞いてくださいね。言いましたでしょう、私が知らないことなんて、一つもないんですから」
こいしは、小さく息をのんだ。
女の顔から、さっきまでのやさしげな表情が消えてなくなっていたからだ。
「あらあら、もしかして、お嬢ちゃん、何が分からないか分からないほど、難しいお話だったかしら?」
「…、そのお話、なんていう名前?」
「お話に名前はありませんわ。だって、つける必要がありませんもの。これは妖怪の女の子のお話、その妖怪の女の子の名前で他の物語と区別されるだけで十分でしょう?」
「それじゃあ、その女の子の名前は?」
おずおずと、何か嫌な気配を察しながら、しかしこいしはそれを訊ねずにはいられなかった。
「その子は、なんていう子なの?」
好奇心は、無意識の彼女を突き動かす最大の行動理念だから。
それを、行使せずにはいられない。
「ふふ、知りたいのかしら? 知りたくはないと考えながらも知りたいと思ってしまう。無意識的な欲求充足は、愚かしい。好奇心は猫をも殺すといいますけど、それは好奇心の恐ろしさではなく、それに呑まれた猫の愚かさを嘲った言葉ですのに」
くすくすと、女は笑う。
その微笑に、そのうちに宿る心は、いったい何ものか。
「こいし、古明地こいし。お嬢ちゃん、あなたよ。私の知っている一番面白い、一番滑稽な、一番愉快なお話は、あなた」
そう言って女が浮かべた表情は、こいしが今までに見たことのないもので、そしてそこに現れた感情は、今までに投げかけられたことのないものだった。
「あなたは滑稽なピエロでしかないのよ。かわいいかわいい妖怪少女、古明地こいしちゃん」
女は、何があっても笑みを絶やしはしない。
ただ、それがきわめて悪質なものへと変化しただけである。

…………

古明地こいしは「覚り」という自己の本質を放棄し、第三の瞳を閉ざすことによって自分という存在へと別れを告げた。
古明地こいしという存在は、そのとき明確に終わりを向かえた。
しかしそれは、同時に一つの大きな始まりでもあった。

覚りの能力を端的に言えば、それは他者の情報を読み取り、自らの内へとフィードバックすることだといっていいだろう。
それは、他者の意識を媒介に、そこから遡って感情、思考、記憶等々、種々の情報を第三の瞳をモニターとして映し出す能力であり、その性質を大枠で把握するならば、自らの意識へと干渉する能力なのである。
意識へと干渉するということは、はたしてどういうことができるだろうか。
その干渉が受信のみである一般的な覚り――姉である古明地さとりもそれにあたるが――ならば、当然だがその能力以上の大きな問題はない。
しかしこいしの能力は、それよりも一歩、頭一つ、いや、次元が一つ異なるものだった。
彼女の能力は、あるいは彼女自身も気づいていなかったことではあるのだが、自らの意識を他者へと発信することが可能、つまり、他者の意識へと干渉することができたのである。
だが、姉であるさとりの能力が受信のみだったこともあり、自分の能力がそれと同様であると思い込むのも無理からぬことで、ある意味ではそれに気付かなかったのも当然だったのかもしれない。
意識の発信をすることが可能ということは、どういう意味で危険なのだろうか、考えてみたい。
自らの意思を発信するということは、それはただ自分の考えていることを相手に直接、言葉等の媒介物を用いずに伝えることができる、というだけの能力ではない。
その使い方次第では、相手を洗脳する、相手の脳を破壊する等、危険なことですら容易に行なうことができるのだ。
それだけの能力を有しているということは、本質的に人間へと恐怖を与える存在である妖怪にとっては、これ以上なく都合のいい状況といえるだろう。
そのような危険な能力が妹に宿っているということに、同様に覚りの能力を持つさとりが気づいていないわけはなく、しかし人間との融和を望んでいる妹のためを思ってその事実を自らの心の内に押し込めた、と考えても決して矛盾はない。
能力というのはその性質として、身体能力のような自動発生的なものは別にするとして、自覚することによってその使用が可能になるというものである。
つまり、有している能力に気づかない限りは誰しも無能力なのであり、何ものをも突き通す鉾であっても、その使い方を知らなければ物干しの竿くらいにしか使いようがないのだ。
しかしさとりの決断は、そのように概ねはよかったので好判断であっただろうが、しかし最善ではなかった。
能力の存在を知らないこいしは、さとりの思惑通りに、それを使って村人を傷つけたり、暴走させて村を崩壊させたりすることはなかった。だが、しかし知らないが故に、それを制御する術をも知りえなかったのだ。
いや、制御する術を持たないことは、何事もなく、平穏に日々をただ過ごしていく限りにおいては何の問題もなかった。
何事もなく、過ごしている限りは。
しかし、不意の出来事によって、それは崩れさる。
こいしが、第三の瞳を閉ざしたのだ。
それだけ強力な能力を有していたこいしがその第三の瞳を閉ざしたことによって、一段上の覚りの能力が決定的な変調をきたした。
本来ならば意識を操る覚りの力が、まるで突然変異するかのようにして、すっかりと裏返ったとでもいえばいいのだろうか、少女は無意識を操る能力を手に入れる。
いや、手に入れてしまった。無意識を意識的に操作するという、決定的な論理的矛盾を孕む歪んだ能力を。
自らの本来の能力を失い、それが異常に変調し、さらには自分が「覚り」ではなくなったという事実も加わって、彼女の能力に対する意識には変革がもたらされた。
自分は、相手の意識を読み取る能力を読み取る第三の瞳を閉ざして覚りではなくなった。それならば、今はどのような力を持っているのだろうか。あるいはもう何の能力も持たない、何でもない存在になったのか。
知りたい、と思った。興味を持ってしまったのだ、自らの能力に。
それは、彼女にとってはただの思いつきの、純粋な好奇心でしかなかったかもしれない。
しかし好奇心は猫をも殺すといい、実際、今度の場合は少女を殺すこととなったのである。
こいしは自らの有する能力の本来的な領域を知ってしまった。
自らの持った能力の本質を、理解してしまう。
そして暴走。
それはこいしにとって最初で最後の、不意に訪れた極大の能力暴走。
まるで急に部屋の明かりが消されたような、抗うことすらできない能力の大爆発に、少女の意識は一気に消し飛ばされた。
「無意識を操る程度の能力」の暴発によって肥大化した自己内無意識の領域が、その意識領域を完全に呑みこんだのだ。
こうして少女は、無意識の深淵な底にその意識を沈ませ、ふらふらと漂う亡霊となったのである。

こいしを飲み込んだ「無意識を操る程度の能力」は、いまだなお暴走状態を保ち続けている。いや、暴走した悪い状態のままではあるが安定しており、ある意味では今のところ小康状態にあるといってもいいだろう。
しかし、こいしに残された意識はもはや非常に希薄であり、常に無意識のままの欲求充足衝動に任せて移動している彼女が、意識的に他者とかかわり合いになり、ましてや会話を交わすことなど、もはや奇跡といっても過剰ではない。
だがそれは、その相手である八雲紫の「境界を操る程度の能力」によるところがかなり大きく、それ故にこの邂逅自体が八雲紫によって仕組まれたものだったということすらもできるのである。
それでは、この対面に隠された八雲紫の意図はどこにあるのか。
いや、それは彼女のみが知ることであり、他者が推し量ることなどできはしないのであろう。

…………

「言っておきますけど、私とあなた、相性は最悪ですわよ?」
余裕綽々に、顔を半分以上扇子で隠して、八雲紫は宣言した。
「知らないわ、相性なんて。そんなこと言って、あなたにだって意識はあるでしょう? 無意識は意識と表裏一体、意識あるものに無意識は必ずある。無意識を操るあたしと相性のいい相手なんて、いるわけないんだから。絶対に、あなたを、倒すわ」
自信満々に、丸帽子を深くかぶりなおし、古明地こいしは。宣誓した。
「あら、奇遇ですわね。私も昔、同じ事を考えていましたの。私と戦って相手になる敵なんていない、まともな戦いにすらなりはしないって。でも、やっぱり相性の悪い相手って、どこかしらにはいるものなんですのよ。それに初めて出会ったとき、流石の私も心底マズいと思ったものですわ」
「あなた、おもしろくないわね。自分では勝てないと思って、時間稼ぎをしているだけなんでしょう」
「時間稼ぎ? あなたが痛い思いをするまでの時間稼ぎでしたら、確かにしていますわね」
「…、もういいわ。あなたなんて嫌いよ。嫌い嫌い、大嫌い」
「それは残念。私は、幻想郷にあるすべてを愛していますわ。もちろんこいしちゃん、あなたも、ね?」
「何を言われたって、許してあげないんだから。謝ったって、もう遅いからね」
こいしは、女と対峙していた。
これだけ明白な感情を覚えたのはいつ以来だろうか。
感じるのは怒り、八雲紫から受けた侮辱に対する明確な怒り。
「さぁ、先手は嬢って差し上げますわ」
「余裕見せちゃって、すぐに蒼くなるのはそっちなんだから!」
彼女が最後に感情をあらわにしたときを思い起こす場合、はたしてどれだけの期間を遡らなくてはならないだろうか。
無意識の漂流を続けている間、こいしにあったのは好奇心だけであった。そこに確固とした感情はなく、ただ興味の向くまま気の向くままに、意思も持たずにさまよっていた。
感情とは本質的に意識に深くかかわるものであり、無意識にのまれたこいしにそれが宿ることはありえなかった。彼女の怒りも喜びも感動も、すべては上辺だけのものでしかなく、そこには宿るべき意識は存在しない。
しかしそのことに少女は気がつかない。
気がつくことができないほどに、久しく現れなかった感情に振り回されていたのかもしれない。
「あらゆる境界を操る力が、どれほど恐ろしいものか。戦ってみればあなたにも分かっていただけるでしょう」
「そんなの怖くないわ。そんな力を使う前に、深い無意識の海に溺れさせてあげるんだから!!」
古明地こいしの「無意識を操る程度の能力」は戦闘行為において無類の強さを発揮する。
まず第一に、自らの無意識領域を拡大することによって、自分すらも予想しない戦闘を行なうことができるという点。
第二に、他者の無意識領域へと干渉し、その裏側に潜り込むことによって、そもそも自らの存在を感知されることなく戦うことができるという点。
攻撃行動の構成における理論性は、たとえ見えない敵であっても、その姿を白日の下に晒す。
しかしその理論が、彼女の戦闘には当てはまらない。
ゆえに、戦闘において彼女は完全な無なのである。
古明地こいしのその能力により、相手は見えない敵の、予想もできない攻撃にさらされることになるわけである。
だがしかし、彼女自身、能力を用いた戦闘は初めてであるが、その能力の強力さにはどことなく感づいており、それだからこそのこの発言なのだろう。
彼女の能力の方法論を用いた戦闘ならば、能力使用の応用力と修練度は全く関係ない。普段しているままに能力を垂れ流し、無意識にぼんやりと攻撃を繰り返しているだけで、戦いは一方的に進み、そして終わるだろうことは分かり切っていたから。
あるいはもう、相手の無意識領域を強引に拡大してしまうことによって、一瞬にして廃人にしてしまうことだってできる。
それは、戦闘というよりもむしろ、ただの一方的な暴力なのだ。
彼女の能力では戦闘行為は発生しない。ただそこに暴力行為があるだけなのである。
「えいっ――!!」
ふらりと、こいしは動く。
自らの無意識領域を拡大。意識と無意識の間のバランスを調整。戦闘に介在する意識を極限まで減少。
真正面から特に考えもなくふわりと、無意識の行動によって八雲紫と相対する。
そして、ぼんやりと拳を振りかぶった。
それは相手には認識することすらできない打撃であり、こいしにとってみれば当たることが当たり前の拳だった。
よけられることは考えていなかった。
いや、そもそも考えるという必要性が、ないのである。
拳は、吸い込まれるように女の横腹へと。
こいしは少女のなりをしているが、その本質はやはり人外であり、ただの拳であってもそれが与えるダメージは人間の規格からすれば度を越している。
人間相手であれば一撃で吹き飛ばし、昏倒させる程度の攻撃が、ほんの無造作に振り回されている。いかに女が妖怪といえど、まともに食らえば当然無傷では済まない。
「あら……」
ぱしりと、しかしその拳は女の左手の扇子によって叩かれた。
「えっ……?」
不意に振りかかったあまりに予想外の事態に、こいしの口からは情けない驚きの声が零れ落ちた。
まるで呆けたような、およそ戦いのさなかにはふさわしくない声音をもらす。
「これから喧嘩しようという人が、それではいけませんわね」
まるであやすような口調。
思い切り突き出した拳を軽くあしらわれ、その結果バランスを崩したこいしをやさしく抱きとめて、女は囁いた。
「私との喧嘩は、お遊戯では済みませんわよ?」
その言葉は、こいしにとって怒りを増幅させるだけの、バカにするためだけの言葉だったのだろう。
私はあなたを相手にしていない。
こいしにその意図を伝えることには、女は申し分もないほどの成功を収めていた。
「バカに…、しないで!!」
突き飛ばすように八雲紫の腕の中から逃れ、そしてわざわざぐるりと大きく回りこんだ死角から、今度は女の腰骨を目掛けて足刀蹴りを放つ。
最短距離で攻撃を行なわない。
実践的な戦闘の理論からすれば、それはバカバカしいにもほどがある戦い方だろう。
しかしだからこそ、相手はこいしの姿を見失う。
今度はさっきよりも深く無意識の淵へと潜り込んだ。女には、こいしの存在をなんとなく感じ取ることすら、もはや不可能に違いない。
「こいしちゃん、そこにいたのね。知っていたけれど」
女は振り返ることすらしない。いや、できない。
防御に手をかざすこともしない、いや、できない。
しかしそれでも、こいしに声をかける。何でもないことのように、気楽な声音で。
何がそこにいたのね、だ。何が知っていた、だ。そんなのただのこけおどし、嘘も嘘、大嘘だ。
こんな状態になったこいしを見つけ出せる存在はありえない。
見えも感じもできない相手を見つけ出すなんて、まったくめちゃくちゃじゃないか。
「えっ…、なに、これ……?」
しかしその攻撃が女に届くことはなかった。
八雲紫は動かない。
動けないのでなく、動かない。
悠然と、左手の扇子で優雅に揺らしながら。
それでも攻撃は届かない。
何に阻まれたのかを理解するのに、少なからず時間を要する。
「なんで…、これ、足…、えっ……?」
少女の足は、呑まれていた。
何に呑まれたか、分からない。
中空にぽっかりと開いた、何ものでもない空間。
まるで世界に切り込みをいれたかのような、わけのわからない口がそこにはあった。
そこからはぎょろぎょろと蠢く無数の瞳がこちらを覗き込み、そしてその不気味さと相反するようなかわいらしいリボンがその両端に飾られていた。
それが、こいしと八雲紫を結んだ直線状に、一つ。
こいしの足は、その中へと突きこまれていた。
無意識の中、わずかに残された思考が完全に停止する。
それが何なのか。なぜ急に現れたのか。口のようにみえるが、それがどこにつながっているのか。そして、そんな得体のしれないものの中にある自分の足に、問題はないのか。
考えなくてはならないことは山積みだったが、しかし思考は停止した。
根本的な戦闘経験の少なさが、この理解不能の状態での思考の停止を招いたのだ。
思考停止は、戦闘中において致命的である。
その数瞬の空白状態で、敵は容易にこちらの命を奪い取る。
それは、生じさせてはならない必殺の瞬間だった。
「ぁ……――!!」
少しして思考が再開して、少女は最初に自らの足を奪われることを覚悟した。
「残念、届かなかったわね。さぁ、もう一度、こいしちゃん、今度は私になにを見せてくれるのかしら?」
しかし何も起こりはしない。
攻撃もされなければ、足を、命を、奪われることもない。
こいしは急いで、正体不明の穴から足を抜き取り、そして女から大きく距離をとる。
追撃は、先ほどと同じように、ない。
八雲紫は、余裕の表情である。
戦いが始まって、まだ一歩も動いていない。
なぜうまくいかない。こいしは、出来るだけ表情には出さないように努めたが、内心焦っていた。
最強の能力を、相手に触れられることすら、いや、気づかれることすらないはずの力を持ちながら、どうしてなるようにならないのか。
無意識を操作している以上、相手にはこちらの姿は映らない。こちらの行動も、読まれない。
それならばなぜ、こちらの攻撃が止められる。
相手の能力は、あらゆる境界を操る力。それがどのような能力なのかは、知らない。分からない。
不意に一つ気づく。
この女は自分に声をかけてきた。ということは、自分のことが見えている、気づいている、認識されている。
攻撃をしようともせずにとこちらを眺めているあの女は、自分の存在に気づいている。状況把握としては一番最初の点だったかもしれないが、そこにこいしはようやく感づいた。
彼女にとっての思考というものが、本質的に始まったのは、ここが始めだったかもしれない。
「どうしたのかしら? もしかして、もうおしまい?」
くすくすと、女は笑う。
それが自分を誘うものだと、こいしもうっすらとは気づいている。しかしそれでも、向かうしかない。
少女にも矜持はある。
「こいしちゃん、こいしちゃん」
はたはたと、扇子が揺れる。
あくまでも優雅に、あくまでも悠然と。
「私は、ここにいますわ。あなたは、どこにいますの?」
不意に、女がささやくように問いかけた。
「八雲紫は、ここにいる。古明地こいしは、どちらに?」
その言葉が宿す意図は、どこにあるか。
少女は応える。その問いにわずかな不気味さを感じながら。
「あたしは…、ここにいるわ!」
「それなら、いいでしょう。そこにいるのがあなたならば、そこにいるのがあなただと言うことができるのならば」
くすくすと、女は再び笑う。
「何ものでもなくなったあなた自身を、もう一度自分であると、言う気になったのならば」
「あなたは、何を言っているの?」
「何でも、ありませんわ。ただの独り言、あなたにとっては詮のない、ただの独り言ですから」
八雲紫はもまだ動かない。攻撃を加えようという意思すらも、いまだに感じ取ることはできない。
この戦闘は、八雲紫にとってなんなのか。この戦いにおける八雲紫の、古明地こいしにとっての怒りの感情のような、突き動かされるような動機はどこに存在するのか。
「さぁ、続きと参りましょう。今度はどうなさるのかしら? スペルカード宣言でもなさる?」
「そんなもの! 必要ないわ! 本当に大切なものはこの手で守れってお姉ちゃんが言ってた! あなたには、スペルカードなんて使わない!!」
それが虚勢だと、悲しいくらいに、自分でも分かってしまう。
声を張り上げるほどに自らの弱さを露呈していく。拳を握りしめるほどに自らのもろさをさらけ出していく。
この人には勝てない。もう、本能的にそう悟ってしまった。
覚りを捨てた彼女だから、覚らずに悟った。知ってしまったのではなく、分かってしまったのだ。
その絶対的力量差、絶対的能力差。何をとっても勝てそうにない。
それでは…、それでも少女が女に立ち向かうのはなぜか。
「あたしはお姉ちゃんの妹だから! あたしをバカにしたあなたを許すことはできない!」
吼える。吠える。
少女はただ誇りを守るために、自分という存在を守るために、絶対強者へと牙をむくのだ。
一度は捨てた自分を、守らなくてはならないと。
一度捨てたからこそ、二度目を無意識に拒んだ。
それは少女の操らざる無意識、能力の外、無意識的無意識。
少女の支配下にある意識的無意識の外側の、深い深いところからわき上がる、強い強い意思。
「それならば、かかっていらっしゃいな。そうする理由が、あなたにはあるでしょう?」
「言われなくても…、さっきからずっと、そのつもりよ!」
少女が振り回す拳に、やはり意識は宿らない。
間違いなくそれは能力によるのだが、しかしそれは意識的に行使され、すでに最初のような完全に無意識的な、術者の手を離れてしまっている能力暴走状態からは脱しているようだった。
「この…、この、この! 何なのよ、何なのよ! 急に出てきて、変なことばっかり、いじわるなことばっかり!!」
無様だろう。哀れだろう。この様を、姉が見たら何と言おう。
相手にされないでもなく、互角にやりあうわけでもなく、ただあしらわれているのだ。それがどうしようもなく分かってしまうほどの力の差が、そこにはあるのだ。
「嫌いよ! 嫌い嫌い! あなたは嫌い! みんなみんな嫌い! あたしはただみんなと仲良くしたいだけなのに! みんなと、お友だちになりたいだけなのに!!」
「だから、嫌われる自分が嫌だった? みんなを嫌いになってしまう自分が嫌だった? だから、瞳を閉ざしたの? 自分を、殺してしまったの?」
「そうよ…、みんな大嫌いで、でも自分が一番嫌いで! みんなを嫌いになりそうな自分が、一番嫌いだったから! みんなが大好きだから! この世界が何よりも大好きで、この世界に何より恋しているから! だから自分なんて捨ててしまったの!」
それは、嫌われ者が抱えた哲学。
世界から嫌われた、誰より世界を愛する少女の行動理念。
「自分が嫌いな自分を、どうして誰かが好きになってくれると思うのかしら。あなたの行為は内実を伴わない空っぽの恋よ。恋に恋するお嬢ちゃんの、独善的なおままごとだわ」
「うるさい! うるさいうるさい!! あなたにあたしの何が分かるの! あなたがあたしの、何を知っているのよ!!」
「私は何でも知っている。あなたのことで知らないことなんてない。先ほどそうお伝えしましたわ、お嬢ちゃん?」
「…! ふざけないで…、そんな知った風な口、聞きたくない!!」
少女は能力の使用を止めた。いや、能力の質を変えた。
自らに施した能力を解き、そのすべてを女に叩きつける。
八雲紫の無意識領域に干渉し、その意識を完全に塗りつぶそうと、生きる屍に変えてしまおうと、能力の限りをふるった。
「あなたなんて…、あたしよりも嫌いよ!!」
少女の叫びが空にこだまする。
切り裂くように、あるいは突き刺すように。
爆発する苛立ちと感情を、その声に乗せて。

…………

再び地霊殿へ視点を戻す。
ペットたちの昼食づくりが終わり、午後の散歩までわずかに開いている時間を、さとりはゆっくりと読書に費やしていた。
大きなリビングに一人きり、目の前の丸いテーブルには柔らかい湯気をたてるティーカップが一つ。中身の入っていない空っぽのカップが一つ。
今となっては座るもののない向かいの席に、陶製のかわいらしい空っぽのカップが置かれている。
動物たちはみな各々に割り振られた仕事へと出向いており、屋敷の中は静かなものだった。
しかしそんな安らかな時を、どすん、と何かが落ちるような大きな音が遮った。
音は、リビングの扉を出た先から聞こえただろうか。
「何かしら、このあたりには今、誰もいないはずだけど……」
もし誰かがサボってこんなところをうろついているのならば、管理者として叱ってやる義務がある。さとりは手の中の本に栞をはさみ、ゆっくりと立ち上がる。
「誰かしら、そんなところで……、――!!」
扉を開き、そしてさとりは驚愕に言葉を失った。
そこに、まるで眠りこむように倒れ伏していたのは、
「こ、いし……」
古明地こいし、その人である。
あの日。旧地獄の管理人を引き受け、地底の底への移住を決めたあの日。
この子を守るため、これ以上辛い思いをさせないため、他者から最も離れた闇の底へと潜ることを決めた、あの日。
さとりの目の前から、忽然と姿を消したこいしが。
最愛の妹である、古明地こいしが、そこに横たわっていた。
安らかに、長らくその姿を見せていなかったなんて思わせないほど図々しく、かわいらしい寝息をたてていた。
「こいし…、なの……?」
事情は、うっすらとは察していた。
こいしの能力のこと、第三の瞳を閉ざしたこと、その性格等々、諸々の情報を組み合わせることで、何が起こっているのかを漠然と把握することくらいは、簡単にできた。
もしも、あの子の強すぎる能力が裏返っていたとしたら。
もしも、あの子の強すぎる能力が暴走しているとしたら。
もしも、もしも、もしも……。
考えれば考えるほど、泥沼にはまっていくのが分かる。
何が起こっているか分かっても何もできないもどかしさが、何度さとりを壊そうとしたか。
「こいし…、こいし……。眼を開けて、こいし……」
もう二度と会うことはできない。そう思っていた。
無意識の裏に溺れた少女を助け出す術を、ただの覚りでしかない姉には思いつくことができなかった。
だから、待つことだけ。いつ妹が帰ってきてもいいように、待つことだけはいつもしていた。
帰りつく先である地霊殿に、こいしの部屋をつくった。
お茶の時間には、妹がいつ帰ってきてもいいように必ず二つのティーカップを用意した。
朝食も昼食も夕食も、必ず妹の分を用意した。
テーブルにはいつも、さとりが使うことはないシュガーポットを用意しておいた。
いつもいつも、いつもいつも。それが無駄な労力だということは分かっていたが、それでもせずにはいられなかった。
さとりがこいしに、姉が妹に、してやれることなど、それしかなかったのだから。
「んぅ…、ここ…、どこぉ?」
こいしは瞼を開いた。
くりくりとした両の眼を、うっすらと開いた。
その瞳の中に、自分が映っているのが分かる。
「おねえ、ちゃん……?」
もう二度と見ることができないと思っていた、その瞳が。
もう二度と聞くことができないと思っていた、その声が。
もう二度と抱きしめられないと思っていた、その身体が。
今、目の前にあるという、その奇跡。
さとりには、帰ってきた妹に言ってやりたいことがたくさんあった。でも、それは一つも出てこなかった。
まるで心の中に渦巻いた言葉の塊が、のどに詰まってしまったように。ただの一言もまともな言葉を発することはできなかった。
「どうしたの、お姉ちゃん…、泣いてるの? 痛いの? 悲しいの? それとも…、さみしいの?」
「違う、違うのよ、こいし……。悲しくなんて、さみしくなんてないわ。あなたが、帰ってきてくれたのだから……」
なんとか絞り出した自分の声が、涙声になっているのが分かる。
「うれしくて…、うれしすぎて、心が溢れてしまうのよ……」
ひざまずいて床に寝転がる妹の頭を抱きしめて、ぽろぽろと涙をこぼし、さとりは何とか言葉を紡ぐ。
「おかえりなさい、こいし……。あなたが帰ってくるのを、ずっと待っていたわ」
「えと…、えへへ、ただいま、お姉ちゃん」
くすぐったそうに、こいしはほほ笑んだ。
八雲紫との戦いのことなど、何も覚えていないとでも言うように屈託もなく笑う。戦闘の次元が一つ違うものとの、戦いと呼ぶことすらもできない闘争に身を投じた後だとは思えない笑顔で。
「こいし、今はゆっくり休みなさい。あなたがいなくなってから、何があったかは私には分からないけれど、長いこと家を空けて、疲れたでしょうから、ね?」
床に倒れたままのこいしを抱き起こし、さとりはその手を引いて一つの部屋へと妹を導く。
それはいまだ一度も使われていない、こいしの部屋である。
「あのね、お姉ちゃん、あたし、何にもおぼえていないの。どこかいろいろなところに遊びに行った楽しい思い出があるような気がするのに、何にも思い出せない」
「何も?」
「今日も、昨日も、一昨日も、その前もずっと、何かをしたのだろうけれど、何も思い出せないのよ」
「…、それならば、これからつくればいいのよ、こいし」
さとりは、少し考えてからそう言った。
「楽しい思い出があったのなら、またつくればいい。忘れてしまった思い出に負けないくらい素敵な思い出を」
しかしさとりは、また思い出をつくりに行けばいい、とは言えなかった。今度出掛けて、それでまた帰って来なくなってしまったらどうしよう、と心のどこかで恐れていたのかもしれない。
「今日からこの部屋が、いえ、この館があなたの家。あなたのいるべき場所はここなのよ。ここにはたくさん動物が住んでいるし、私もいる。さみしいことなんてないわ」
「うん、お姉ちゃん」
さとりには、昔から今までこいししかいない。
そのこいしを、すでに一度失っているのだ。
だからこそ、失うということに必要以上に臆病になっていた。
「こいしは、猫が好きだったわね。お燐というとても賢い子がいるから、これから世話をしてみなさい。人懐っこい子ですぐ仲良くなれるだろうし、きっと役立つでしょうから」
「うん、お姉ちゃん」
こいしはぼんやりとする意識で、自分が今まで何をやっていたのかについて考えていた。
しかし、けっきょく詳しいことはなにも思い出せず、なんとなく漠然と楽しかったという記憶だけがある。
でも何か、忘れていることがある気がする。忘れてはいけないものを忘れているような気がする。
思い出すことはできない、が。
だから、少女は考えるのをやめた。
お姉ちゃんの言うことは、いつも正しい。自分の間違いは常に姉によって正されてきた。
それならば、今度も姉の言葉に従おう。
思い出せないことは、それはつまり、何もないのだ。
そんなあるかもわからない不確実なものよりも、今は目の前のさとりの方が大切だった。
さとりがここにいなさいと言うのならば、自分はここにいるべきなのだ。
こいしは、いらないことを考えようとする意識に、無意識の膜で覆いをかけた。
お姉ちゃんの、言う通りにしよう。
「お姉ちゃん……」
さとりはこいしの理性。欲求に走るこいしに助言をするのがその役目。しかしその助言は、やはりこいしに取捨選択され、完全にコントロールすることができていないのもまた事実。
しかし少なくとも今、こいしはさとりの言葉を受け入れている。
さとりの言葉の優先順位が、こいしの中で一番高くなっている。
「お姉ちゃん、大好きだよ!」
「えぇ、私もよ、こいし……」
衝動的な無意識的欲求が、いつその意識を塗りつぶすか分からないが、少なくとも今だけは、彼女自身、平穏だった。
こいしの心が平穏ならば、さとりの心も平穏で。
さとりの心が平穏ならば、地霊殿も平穏なのである。
地底の底は、あまりに唐突なこいしの帰還によって、様々な解決していない問題をその裏に抱えてはいるが、ともあれ一時の休息についたのである。

しかし胸元の第三の瞳は、いまだに痛々しく瞼を縫い合わされ、その活動が再開する気配は、こいしが閉ざした心を解き放つ様子は、ない。

…………

「帰ったわよ、藍、橙」
マヨヒガ。迷いこめば二度と帰ることはできないという秘境。
八雲紫は、そこに住まいを構え、二体の式とともに生活している。
「お帰りなさいませ、紫様。お疲れ様でした」
その呼び声に応えるように、粛々とした仕草で恭しく、式の一体である九尾、八雲藍が姿を現す。
最強の妖怪の一体である九尾を式として従えているという事実が、そのまま八雲紫の力の顕治となっていることは明らかである。
「あら、藍。橙はいないのかしら?」
「はい、さきほど里の方へ。友だちのところに遊びに行くとか」
「そう、子どもは元気が一番ですものね」
「すぐにお茶の用意をいたします」
「そんなことはいいから、それよりも、話相手になりなさいな。お茶は、霊夢のところからでも失敬しますわ」
「はっ、了解いたしました」
日差しが降り注ぐ縁側に、女は九尾と並んで座る。
午前中は外での仕事が多かったのだろう、横に座る金色の毛並みからは温かな太陽の香りが漂ってくる。
「本日のお仕事は、あれも結界の調整と言っていいのでしょうか」
「そうですわね、大枠で捉えれば、あれも幻想郷のバランスを維持するために必要な仕事ですわよ。あの娘の能力は、使い方を知らないまま放っておくには危険すぎるものですから」
「『無意識を操る程度の能力』、ですね。たしか覚りの力が裏返ったとか」
「あの姉妹が地底の底に居を移したときは心配もないと思いましたが、まさか暴走するなんて。さとりちゃんの過保護のせいで能力制御の方法が身についていないのでしたら、困ったものですわ」
「恐ろしいのは、彼女の能力そのもの、ですか?」
「恐ろしいのは暴走よ、藍。能力が勝手に暴発して、勝手に幻想郷を無意識の境目に落とされたりしたら困るのよ。そんなことをされたら、あとのフォローがいろいろと面倒ですもの」
「ですが、能力を持たせたままでいては、たいして状況は変わらないのではないでしょうか? やはり封印するですとか、能力を使えないようにするですとか……」
「あら、物騒なこと。そんなことをする必要はないわ。能力が暴走することと自ら能力を行使することには、天と地ほどの差がありますもの。自ら行使するときは、そこには必ず意識が介在するのですから、それはつまり自分がしたいから幻想郷のバランスを崩そうとしているということですわ」
「あぁ、なるほど」
「もしそうだとしたら、幻想郷の管理人として今回とは違う対処が必要だったでしょうね。でも逆に今回は、暴走を解いてあげて、能力の制御の仕方を実地で強引に覚えさせるだけだったからこそ、あの娘を傷つける必要もなかったのですけれど」
「あぁ、そういえば、結局紫さまから手を出すことはなかったようですからね」
「だって当然でしょう。私はみんなみんな、大好きなんですもの。大好きなものを傷つけるなんて、そんなこと私にはできませんわ」
「そうですね、紫様はお優しいですから」
「広大無辺のやさしさで、私は嫌われ役だって汚れ役だって、慣れたもので頼まれなくたって引き受けますわ。どうしてか、分かるかしら、藍?」
「はい、紫さまは、お優しいですから」
「えぇ、えぇ、お優しい私は幻想郷が、このきれいで愉快な箱庭が、大好きなんですもの。ここをあるがままに守るための努力なら、それは面倒のうちには入りませんわ。…、ふぁ…、眠いわ、藍。私は、疲れたから少し眠ります。こんな暖かな日差しの中で、ゆっくりと昼寝をしないなんて、それはもう罪悪ですもの」
女はその身をゆっくりと倒し、自らが最も信頼する式の肩にその頭をもたれかからせた。
「藍は、私の知っている枕の中で、一番すばらしいですわ」
「お褒めに預かり、光栄です」
「おやすみなさい、藍」
「ゆるりとお休みなさいませ、紫さま」
八雲紫にとって、地霊殿にまつわる問題は、一段落した。
今後どのような問題が生じ、そしてそれに自分が介入しなくてはならないかは分からないが、しかしそれでもいちおうの終焉をみたように思えた。
だが、問題は完結していない。
彼女の能力では未来を見通すことはできず、それゆえにこの先に起こる出来事をあらかじめ知っておくことはできないが、しかしこの先に何か問題が起こるであろうことは、どことなく感覚的に分かってしまった。
それが異変と呼ぶことができるものかは分からないが、もし霊夢が動くレベルの問題が地底で発生したときのために、地上からでも連絡を取り合える通信機でもつくっておこうかしら、と八雲紫は気まぐれに考えた。
自ら出向いて異変の解決をするよりも、やはり幻想郷の住人が頑張って問題に立ち向かっている姿を眺めている方が、自分の性に合っていると、霊夢とともに永遠亭に乗り込んだ永夜異変を通して彼女はつくづく思ったのだ。

これが、永夜異変が終わって少し経った、初秋の頃である。

NEXT TO 東方風神録&東方地霊殿
どうも、初投稿です

本作品の原作準拠時系列の位置づけとしては、東方地霊殿の前日譚の前日譚くらいにあたります
古明地こいしのおかれた状況やその能力解釈等々、自由度高めに自己流解釈していますので、違和感はあるかもしれません

これからも気が向き次第書いて投稿していくので、もし気に入ったら今後の作品もよろしくごひいきにお願いします
駄文乱筆、平にご容赦のほどを
makoto2304
song.of.crazy@hotmail.co.jp
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コメント



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10.80名前が無い程度の能力削除
まずは一歩前進、なんですね。
たかが一歩。されど一歩。
問題解決までの道は長く険しいですが、
きっと乗り越えられると思ってます。
そして、紫さん優しいですね。
さすがは賢者。
12.90名前が無い程度の能力削除
よいお話でした。
13.100名前が無い程度の能力削除
紫様は優しいですね
それにしてもこいしちゃんの叫びには胸が痛みました
二人とも、世界と皆が好きであることは同じなのにね
14.100名前が無い程度の能力削除
これはいい紫様

ところで橙は紫達と同棲はしてないはずです

こまけえこたぁ(ry
17.90名前が無い程度の能力削除
実際こいしの無意識って難しいっすよね
SSとかではどのキャラよりも固定されなさそうだと思ってます
捉えやすくするために敢えて固定されるとも感じますけども