Coolier - 新生・東方創想話

八雲の名を持つ者

2010/06/06 13:18:42
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私はただの道具であり、それ以外の何ものでもない。
これは、紫様が私に言ったものである。

紫様は、私の大切な主であり、紫様がいなければ今の私もいなかった。
尊敬しているし、超えられない存在だとも思っている。
昔は様々な力を用いて人を騙してきた私だが、紫様をだますことはできない。
それは、見透かされてしまうという意味もあれば、嘘自体つく事が許されないという意味もある。


それはそうと、紫様は幼い頃から私にこう言うのだ。

「私から学べなんて、そんな偉そうな事は言えない。だから、私の術を見て盗みなさい」

決して自分が才能のある者だと認めず、自分の持つ僅かな才能を盗みなさいと、紫様は言う。
私は、それを盗むべく何度も何度も勉強しては挑戦し、そして失敗を重ねた。
失敗をするたびに紫様には怒られた。
そんなこともできないのか、私の式神として恥ずかしい、など。
例えそれが初めてやる事だろうとも、決して優しい言葉などかけてくれないのだった。
また、出来たとしても、私を憎たらしいとしか思えないような発言もする。

例えば、紫様が展開した結界を解く術をやってみせた時のことだった。
紫様は私に対して、それくらいでいい気にならない事ね、と言うのだ。
その表情は鬱陶しい奴を見るような、そんなものだった。
今でもその表情は忘れられない。

慣れというのは恐ろしいもので、すっかりそういうものにも慣れてしまった。
慣れたといっても、言われるのは心の中では辛い。
だけど、幼い頃よりは慣れた、ということだ。

幼い頃は、優しい言葉を、誉めてくれる言葉を求めて頑張った。
ずっと紫様の隣についていって、その技を盗む為に努力した。
わからない事は聞くも、最低限の事しか言わない。
なので、その最低限の内容をヒントに、様々な事柄を勉強し、術に取り入れた。

そして、上手くいったものは紫様にそれを見せた。

「どうですか、紫様!」
「まぁ、出来て当然ね。さ、結界の修復に行くわよ」
「あ、は、はい」

それの繰り返し。
成功しても誉めない紫様は、今も変わらないが、とても怖かった。
そして、失敗したときに怒られる恐怖もあった。

何度の失敗し、その度に怒られるのに堪えられなかった私は、いっそのこと逃げてしまおうかと、死んでしまおうかと何度も思った。
幾夜も枕を濡らし、声を押し殺して、悔しくって悔しくって泣いた。
もう堪えられないと思った。
だけど、紫様は愚かな私を救ってくださり、式神としてくださった。
それを思うと、逃げる事も、死ぬ事もできなかった。



とある日、式神の橙が私に言った。

「あの、ちょっと質問してもいいですか?」
「なんだい、橙」
「藍様は、紫様の事が嫌いじゃないんですか?」
「どうして?」

橙は私に、なんとも言えない、もやもやとした表情で言った。

「だって、藍様は私に何か出来たら、よく出来たねって言ってくれるけど、紫様は藍様の事を決して誉めないじゃないですか」
「まぁ、そうだけどね」
「それに、同じ八雲って名字がつくんだから、ちゃんとした家族じゃないですか。なのに、何で紫様は藍様の事を道具扱いなんですか」
「橙、ちょっと……」

橙の表情が、段々暗く、そしてすこしばかり怒りに満ちた表情へと変わっていくのが分かった。

「私は、そんな紫様が嫌いです」
「橙!」

パシンッ

乾いた音が、廊下に響いた。
私は、あろう事か私を心配してくれた橙の頬を叩いてしまった。
橙は、何が起きたのか分からないといった表情を浮かべている。

「確かに、紫様は私の事を決して誉めたりはしない。だけど橙、それは違う。誉めないから嫌いになるなんてそんなのあってはならないんだ」
「藍様は紫様に飼いならされてるだけです!」
「違う、そんなんじゃないんだ。橙が私を思いやって言ってくれるその気持ちはわかるし、ありがたいと思う。けど、紫様は私の事を思って言ってくれてるんだ。教育の仕方はそれぞれなんだよ」
「でも、あまりにも扱いが酷すぎます」
「橙は、私の誉める教育に慣れすぎた。だけど、私は紫様の厳しい教育に慣れたんだ。私は、誉めてばかりもらえる橙が羨ましい。橙は誉められるのが当たり前だと思っている。だけど、違うんだ。私が変に優しすぎるから、教育の仕方を知らないから誉めるだけ。叱れない私は、教育者になるべきじゃないんだ」

私の言葉をしっかりと橙は聞いている。
だけど、納得いかないといった表情だった。
そして、私に

「もう、いいです」

そう言い残して、去っていった。


そして、今日のこと。
昔と変わらず、紫様は私に対して厳しい。
だけど、私の為に言ってくださっているのだと思えば、辛くは無い……はずだ。

橙も、前に言い争った事はすっかり忘れ、親しげに私に接してくれる。
とても嬉しい事だと思った。
しかし、私はあの日の橙の言った事を忘れたりはしなかった。

私の名前は八雲藍、主の八雲紫様と同じ名を持つ者。
それは同じ血族である証拠でもある。
そう、紫様は私に八雲の名を下さったのだ。
だけど、そんな私を道具扱いするのは酷いと、橙は言った。

それは紛れも無く事実であり、避けられない現実。
橙の言う事を、私は素直に受け入れた。
そしてそれは、一つの私の行動へと繋がった。

紫様に、直接私の事を聞いてみることだった。

幼い頃から私の事を誉めてはくれない。
正直のところ、私だって橙みたいにたくさん誉められて育ちたかった。
だけど、決して誉めてくれない紫様は、どういった心持で私を教育してくださったのか。
それだけが聞きたかった。

紫様のいる書斎の前に立つ。
妙な静けさと共に、ただならぬ雰囲気が戸越しに伝わってくる。
張り詰めた空気を破るように、私はそっと声をかけた。

「紫様、失礼してもよろしいでしょうか」
「いいわ、入りなさい」
「失礼致します」

そっと戸を開くと、椅子に座って読書をしている紫様の姿があった。
私は静かに畳の上に正座をする。

「何かしら?」

私に視線を合わせる事無く、本の方に目を向けたまま私に尋ねた。

「紫様、一つだけ質問がありますがよろしいでしょうか?」
「言ってみなさい」

ありがとうございますと小さく返し、礼をする。
そして、私は紫様へ正直な質問をぶつけた。

「紫様は、私が幼い頃から厳しく私を教育してくださいました。厳しい教育のおかげで、今の私があると思っています。ですが、その中で一つだけ思うところがあります」
「何かしら」
「何故、いかなる事をしても誉めたり、優しい言葉をかけたりということがなかったのでしょうか。情けない質問だとは百も承知です。ですが、今となって、どうしても気になったのです」

紫様は依然として、読書をしたままで私のほうに視線を合わせようとしない。
しかし、口だけは私に対して動き始めた。

「本当に情けない質問ね。全くもって情けない」
「申し訳ありません」
「いつかは察してくれるかもしれないと私が期待したのは間違いだったのかしらね」
「期待……ですか?」

紫様は、いつか私がその厳しい教育に対して何か察するのではないかと期待していたようだった。
私は短い間で考えた。
短い間で、いろんな考えが頭の中を満たしていった。
しかし、何かを察するということの、『何か』の部分に当たる場所の考えとして、一番の候補としてあがったのは、厳しい教育で私の心身ともに強くしてくれるということだった。
それが『何か』に当たるのならば、私の考えは間違っていなかったことになる。

そして紫様は、口をまた開いた。

「そう、期待。私があなたを誉めたりしなかった理由がそんなに知りたいかしら?」
「はい、是非とも知りたいです」

すると紫様は、はぁとため息をつき、私の方を初めて向いた。
吸いこまれそうな瞳は、私の瞳を見据えている。
そして、答えを口にした。

「私が才能のある者を誉めたところで何になると言うのかしら。誉めたところで、天狗になって、努力する事を忘れるかもしれない。でも、才能の無い者は、いいところを伸ばす為に誉めてあげる。それが私にとっての教育であり、あなたに厳しくした理由。理解したかしら、藍」

私にとってその言葉は、生まれて初めての誉め言葉であり、最高の讃辞であった。
これ以上にない喜びを、私はうまれて初めて実感した。

「だからこそ、あなたは八雲という名がついている。私が認めた証として、あなたにその名を与えた。この解答で満足したかしら?」
「はい、ありがとうございます、紫様」

私は深く、深く頭を下げた。
目から流れる涙を隠すように、ずっとずっと頭を下げ続けた。

私は紫様に才能を認められていた。
だから、ずっと厳しく私の事を言い続けてきたのだ。

納得のいく解答に、私はただただ

「ありがとうございます」

感謝の意を示すほか無かった。


私は八雲藍。
八雲の名を授かりし者。
我が主、八雲紫様から授かりし名。

その名を私は、心の底から誇りに思った。
はいどうも、へたれ向日葵です。
このSSは、とある先生の言葉から生まれました。
先生が大学の教授から言われた言葉でした。
「私は、才能のある奴を誉めたりはしない」と。
その言葉から、紫と藍の話を書こうと決断しました。
少しおかしい部分もあるかと思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。

最後まで読んでくださった方々には、最大級の感謝を……。
へたれ向日葵
[email protected]
http://hetarehimawari.blog14.fc2.com/
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コメント



0.1260簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナーとしかいいようがないイイハナシデシター
13.80コチドリ削除
このお話の紫様と藍に関して言えば、徹頭徹尾厳しい師弟関係を貫いて欲しかったので、
最後のくだりについては、紫様が厳しくする理由を話す相手を橙にして、藍は影から偶然
それを聞いて、人知れず涙する、みたいな展開が良かったですね。個人的には。

後書きで触れられている教授に倣ってみました。
14.90ぺ・四潤削除
紫様に直接聞こうとするには相当の心構えが必要だったはず。
橙の出来事から数日経ってから突然聞きに行くのが何か不自然な気がしました。何か切っ掛けとなるような出来事でもあれば自然だったのですが。
でも、そもそもあんまりこういうことは聞かれたからと言って直接本人に話すようなことではないと思います。
コチドリさんも言っておられるような展開の方が物語的にはよかった気がします。
そのほうが橙の心の成長にも繋がってもっと話に膨らみが出たのかと。
16.80削除
コチドリさまの展開もありでしたけど私はこの展開で満足
なんて健気な従者なんだ
22.無評価へたれ向日葵削除
>8 様
評価ありがとうございます。
いい話に出来上がったようで、うれしい限りです。

>コチドリ 様
評価ありがとうございます。
その展開も考えていたのですが、やはりそちらのほうが良かったですか。
うむぅ、判断ミスですね。

>ぺ・四潤 様
評価ありがとうございます。
なんというか、やってしまったなぁという感じでいっぱいです。

>豚 様
評価ありがとうございます。
健気で主思いの従者が書けていたら幸いです。
28.80ずわいがに削除
>才能の無い者は、いいところを伸ばす為に誉めてあげる
刺さる!刺さるから止めて!今目下部活で先輩らに褒められまくって調子乗ってる俺に猛烈に刺さったからぁーッ!;;(マジデ

しかし本当に素晴らしい名言ですね。内容も上手くまとめられてました。
ただ個人的にはもう少しボリュームが欲しかったので点数はちょいと抑えましたごめんなさい;
とにかく印象的な作品でした。紫と藍のこのスッパリとした関係は良いですねぇ。
29.無評価へたれ向日葵削除
>ずわいがに 様
評価ありがとうございます。
素晴らしい言葉ですよね、聞いた時に感動しましたわ。
ボリュームがないのはほんと私の欠点ですね、なんとかしなければ。
嬉しいお言葉ですわ。