Coolier - 新生・東方創想話

私の最愛の人

2010/06/04 23:14:22
最終更新
サイズ
24.71KB
ページ数
1
閲覧数
517
評価数
0/20
POINT
850
Rate
8.33

分類タグ

  壱……一月一日


 「五……四……参………」
 「にぃ~……」
 「……いち」


 「「「明けましておめでとうございますー」」」
 新年には独特の雰囲気があると思う。いつもの零時丁度のまったりとした雰囲気ではなく、何者にも邪魔 されることの無い神聖な時が流れている感じがする。今からまた新たな一年が始まるのだと思うと今年はど んなことを頑張ろうかな、なんて思ってしまう。
 こっちの世界に引っ越してきてからというもの、神事を行うことが極端に少なくなったと思う。継続は力 なりとも言いますし、今年は神社の巫女らしく、信仰を効率良く集めるようになる事を目標にしちゃおうかな。
 そういえば……もうすぐあの日……よね。お父さんとお母さん元気にしてるといいな。
 思えば、私が守矢の家系に生まれて、神事を取り仕切るようになったのが確か、中学校を上がったくらいだったはず。
 昔は父も母も元気だった。でも、私が高校を卒業する頃になると、よく体調を崩すようになっていた。そして、いつしか両親は布団から出ることが出来ないくらい弱っていった。早く元気になって欲しくて、私は懸命に料理を作った。それしか私にできることはなかったから。それでも両親の体調は良くならず、お布団で寝ている両親の輪郭が日に日に細くなっていくのを見つめているだけしか私には出来なかった。町のお医者様が仰るには、父と母が快復することは難しいでしょう……とのことだった。
 高齢で私を産んだ為かどうかはわからないけれど、父と母は神社での仕事や家事に加えて、私の養育までしなければいけなくなった。それがどれほどの苦労なのかは私にはまだわからないけれども、恐らく相当な思いをしていたのは今の両親の状態から容易に想像がついた。それでも父と母は、日頃の疲れなんか感じさ せないような笑顔で私に接してくれて、家族で過ごす時間を楽しんでいた。私はいつも忙しそうに動き回る 両親を見ていたので、幼い頃から料理や神社の仕事を覚えて父や母の手伝いがしたいと思い、日々努力した。その甲斐あってか、中学校に入る頃には、簡単な料理や自分の弁当くらいなら自分で作れるようになったし、神社の仕事に関しても簡単なものから順に父から任せてもらえるようになっていた。父や母からよくできたねと褒められると本当に嬉しかったし、もっともっと頑張ろうとさえ思えた。
 学校は学校で楽しかったけれども、それ以上に父や母からよく頑張ったねと褒めてもらえることの方が何倍も嬉しかった。だから学校での友達は多いと言えるほど作れていなかった。だからだろうか……。あの日、自分には何もないと思い知らされた日が来るとは思ってもみなかった。
 高校に通学するかどうかは、両親のその日の朝の体調を見てから決めると行動し始めて数ヶ月が経ったある日のことだった。以前、私が学校にいる間に両親が倒れたことがあってからというもの、私は両親の体調 を欠かさずにチェックするようになった。その日の朝もいつも通りほぼ決まった時間に、お粥などの消化に良い朝食を持って両親のいる寝室へ続くふすまを開けた。父と母はすでに起きていたので、私は簡単な挨拶を済まして顔色や声の調子などを観察した。
 「今日は二人とも元気そうだから学校いってくるね、お父さん、お母さん」
 両親は満面の笑みで頷き返すだけではあったけれども、私にはそれだけで十分だった。学校でも授業に身 が入ったし、数少ない友達とのおしゃべりも何だかいつも以上に楽しかった。
 父と母がいてくれれば、それだけで幸せだった。

 でも、運命はたったひとつの幸せを私から奪っていった。

 あれは新学期が始まってすぐの事だった。私が学校から帰ってきて両親の体調を見に寝室へ行ってみたら 、あぐらをかいて座っている女性が一人とその横に麦わら帽子のようなものを被った女の子が一人。それぞれが両親の目の前に座っていた。
 「……ど、どなたですか?」
 もし、この客人が父と母の知り合いならまだしも、招かれざる客人だとしたらと思うと怖くて声が震えた 。すると、私の問い掛けに答えるように二人の女性は音も立てずにこちら側へと向き直った。
 「お父さんとお母さんの知り合いの方……ですか?」
 「久しいな、守矢の娘よ」
 「わたしたちが……見えるの?」
 あぐらをかいて座っている女性のほうはまるで、私を昔から知っている様な言い方だった。それよりも気になったのは女の子の言った言葉。
 「もしかして……幽……霊?」
 私はこれでも守矢神社の娘だ。客人と思われる二人の体の向こう側にはうっすらと父と母が透けて見えていた。霊的な存在など子供の頃からいくらでも見たり感じたりしてきた。しかし年月を重ねる事によって子供の頃見えたものが見えなくなることもよくある話だ。
 「ふむ……私らの事を覚えてはおらんのか」
 「きみが幼稚園位の頃境内の裏手で一緒に遊んでたんだけどなー。もう、忘れちゃったのかな?」
 「諏訪子……人の記憶などすぐうつろうもの。覚えていなくても仕方なかろう」
 この人達はいったい何を言っているの? 幼稚園? 一緒に遊んだ? 諏訪子?
 私は幼稚園の頃の記憶の糸を必死になって手繰り寄せる。確かにあの頃は仕事をしている父の邪魔をしてはいけないと境内の裏手で誰かとこっそり遊んでいたような記憶はある。だがそれが今ひとつ目の前の女の子と一致しない。
 「じゃあ、これは覚えてる? 夕暮時の境内の裏手でスーパーボール無くさなかった? あれどこでみつかったっけ?」
 「スーパーボール……境内の裏手…………え……ぁ……まさか」
 そう……私は確かに幼稚園の頃に、境内の裏手で一人の同い年くらいの女の子と遊んでいた。夕暮れ時までその女の子とスーパーボールを使って遊んでいたのだけども、偶然にも石畳の角にぶつかったそれは、あらぬ方向へと飛んでいき、無くしてしまったと思っていた。私が父から買ってもらったおもちゃを失くした のは初めてだったので、失くした事が父にばれたら怒られると思って、その場でわんわんと泣いてしまった 。でもその時、私と一緒に遊んでいた女の子が確か、私にこう言ってくれた。
 「神社で……一番大きい木から……神社に背を向けて……」
 えと……、何歩だったっけ? 私が思案顔をしていると、目の前にいる女の子が優しく正解を答えてくれた。
 「十歩……だね。思い出してくれたかな?」
 「あなた達はいったい……」
 目の前にいる麦わら帽子を被った女の子は多分……いや、間違いなくあの時の女の子だ。となると私は霊的な存在と遊んでいたということ?
 「諏訪子名乗ってなかったのか? 名前の持つ重要さは神であるおまえが一番わかっているだろうに」
 「そういえばあの時はこっちに留まれる時間いっぱいまで遊んじゃって、名乗る暇がなくなっちゃったん だよねぇ」
 「え……神ってまさか……嘘……ですよね」
 このときは本当に嘘だと思った。あの時の女の子が実は神様だったなんて。
 「失礼、自己紹介が遅れたな守矢の娘よ。我は八坂の神、八坂神奈子だ」
 「そして、あの時一緒に遊んだ私が洩矢の神、洩矢諏訪子だよ。お久しぶり」
 「え……ぇ……本当に……神様……?」
 私の目の前にいる霊的な存在が、まさかこの神社の神様だなんていったい誰が想像できたんだろうか。
 「まぁ、なんだその事については追々話そう。それよりもだ、守矢の娘に重要な話がある」
 「は……はい!」
 神様である証拠はどこにも無いが、あえて言うならば、八坂の神と名乗った女性のほうからは何か……威厳というものを感じ取れる雰囲気をその身に纏っていた。私は相手が神様だと信じた途端に学生鞄を畳に置き、居住まいを正して聞く姿勢を素早く作る。私は今まで神様に対して何て横柄な態度を取ってしまったのだろうと心から後悔していた。
 「そこまで畏まらなくても良い。楽にしてくれ」
 「神様を前にその様な態度を取るわけにも参りません」
 「そうか……では、そのままで聞いて欲しい」
 その後、八坂様が口にした言葉は到底受け入れられるものではありませんでした。 
 「いくら神様でもそんな冗談――」
 「馬鹿者っ! 冗談でこんな事を言うとでも思ったか!」
 確かに、いくら神様でもそんな冗談が許されるはずが無い。両親が息を引き取った? そんな馬鹿な事。 だけど、もしそれが本当なのだとしたら?
 「私たちはこやつらの最後を見届けに来たのだ。ただ、それだけのこと」
 「は、はは……何を言っているんですか。お父さんもお母さんも寝ているだけですって……ねぇ?」
 今朝は元気だったのにそんな事あるはずが無い。私はそれを証明するために立ち上がり、よろよろとおぼ つかない足取りで両親の目の前まで歩いた。心がぐちゃぐちゃになりそうだった。本当は確かめたくなかった。でも、確かめてそれで……神様が言っていることを否定したかった。

 でも……本当は……心のどこかで諦めていたのかもしれなかった。

 父の肩に手を置いた時、父の体は温かくて、今すぐにでも起きてくれそうな気配さえ感じた。……でも、 父は中々起きてはくれなかった。母も同様に起きてはくれなかった。私が何度も何度も目を覚まそうと無言 で両親をゆすっていると、八坂様がそっと一通の封筒を私に差出してくれました。その封筒には『早苗へ』と達筆な文字が書いてあって、父の字だとすぐにわかりました。その封筒を見たとき、心のどこかで諦めて しまったのかもしれない。次第に無気力になり、機械的な動作で封筒の中にある便箋を取り出して一行、二行と目を通していった私の瞳からポロポロと涙があふれてきました。
 「あ……れ? おかしい……な。なんで泣いてるんだろ……私」
 「……さなえ」
 「諏訪……子……さま。お父さんと、お母さんが起きてくれないんですよ。あ、あは……もう、困った親ですよね、神様がおいでくださっているのに呑気に寝ているんですもの」
 「もう、いいんだよ……さなえ」
 「ほ、ほら……お父さんとお母さんに料理作って――」
 起きたときにお腹がすいていたら可哀想だから今のうちにお料理しないと……。そう思い立ち上がろうとした私を優しく抱いてくれたのは小さな神様でした。
 「さなえ……これからは私たちがずっと一緒にいるから……ね?」
 「………………」
 「私と、神奈子と……さなえ。三人で仲良く暮らそう?」
 「……う……ぅ」
 「びっくりしたよね? つらいよね? 私たちもさなえのお父さんたちがいなくなって寂しいよ」
 「…………」
 「これからは一人じゃないよ? 私たちがいる。いつだって一緒にいる。私たちは家族も同然なんだから 」
 「……ふぐっ……ひっぐ……ぅ」
 その後のことはよく覚えていなかった。諏訪子様の胸の中でずっと何かを叫んでいたと思う。でも、そんな私を優しく抱きしめていてくれた諏訪子様の温もりだけは今も覚えている。

   隙間……守矢の二柱

 「諏訪子……あの娘はどうした?」
 「泣き疲れて眠っちゃったみたい」
 「そうか……」
 「これから……どうするの?」
 「神職に就くものがいなくなれば信仰が無くなり、我らはこの世に降りてくることができなくなる」
 「それは……そうだけど」
 「諏訪子もこの神社の現状は知っているであろう」
 「…………うん」
 「あやつらはよくやってくれた。ただ……結果がついてこなかっただけだ」
 「…………うん」
 「これは、賭けになるが……あの娘に我らが託せる力を全て託そうと思うのだ」
 「でも、そんな事をすればわたしたちは……」
 「どの道……、あの娘に信仰を増やしてもらわないと私達は消える。ならばあの娘に奇跡の力を宿して信仰を集める方が良いのではないか?」 
 「そんな事をすればあの娘に待っているものは……」
 「わかっている。その先に何が待っているかなんて承知の上だ」
 「じゃあなんで!」
 「時代が……変わってしまった。昔のような人が日常的に神を信仰する時代はもう……来ないのかもしれないな」
 「う……それは」
 「だからこそ、私達は力を貯めてあそこへ行かなければならない。閉ざされた世界へと」
 「まさか……あそこへ行くの?」
 「あそこなら人妖問わず信仰を集める事ができるはず」
 「……幻想郷。本当に信仰が集まるのかな」
 「あの娘を利用するようでいい気はしないが、ここに留まっていても現状を打破することは出来ないだろう」
 「このまま荒御魂となっていくのを待つのか……さなえを利用して幻想郷に行くか……」
 「……おっと、娘がこっちへ来るようだ。諏訪子、そんなわけで後は頼んだよ」
 「え? ちょっと! 神奈子!」


   弐……少女の見る現の世界

 私が起きたとき、そこに神様二人はいなかった。おそらく外にでも出ているのだろう。それとも、もう帰ったのだろうか?
 「諏訪子様? 八坂様?」
 半分夢の中にいる状態で二人の神様を探すべく、よろよろと立ち上がる。おぼつかない足取りでふすまを 開き、寝室を後にするその前に、重要な事に気づき寝室の中へと視線を戻す。そして両親の方へ向き直って 最後の言葉を告げた。
 「今までありがとう……。そしておやすみなさい……」
 私は十数年間一緒に過ごしてきた最愛の両親に心の中でもう一度お別れの言葉をつぶやいて、そっとふすまを閉めた。
 しばらく神社をうろうろしていると諏訪子様に出会った。夕日を感慨深げに眺める諏訪子様はなんだか思 いつめているようにも思えた。
 「諏訪子様……先程は取り乱してしまって申し訳ございませんでした」
 「ん? さなえか。もう……いいの?」
 「はい、ひとしきり泣いて……寝ちゃったらすっきりしました」
 私はそう言ってニコッと笑って見せる。大丈夫かと言われて大丈夫じゃないですなんて言えるわけがない。でも、八坂様はどうしたのだろうか?
 「そんなにキョロキョロ見回しても神奈子はもういないよ」
 「諏訪子様もお帰りにならないのですか?」
 「さなえに用があって……ね」
 「はぁ……」
 そんなに改まって言うものなのだろうか? そんな諏訪子様の言葉を不思議に思ったが、その時の私には事の重大さがわかっていなかった。
 「早苗にね……信仰を集めてもらいたいの」
 「それは……もちろん今まで通りに神事なども取り仕切りますけど?」
 「でもね……今のままじゃ信仰なんて集まりはしないんだ」
 それは、私も薄々感じていた。お父さんがあれだけ頑張っても参拝客が増える兆しは無かった。だから今までとは違うやり方を考えなければ信仰は前より増えないと思った。でも……どうやって?
 「だからね? 早苗に力をあげる」
 「え……力……ですか?」
 「そう、正確にはさなえの中に眠っている力を目覚めさせるの」
 「私の中にそんな力が……?」
 「だからね? その力を使って信仰を集めて欲しいの」
 「それって一体……どんな力何ですか?」
 「風雨に関する秘術を操る力なの」
 もしかして、風を吹かしたり、雨を降らしたりする力なのかな? でもまさかそんな力が私の中にあるな んてお父さんにも聞いたことがなかったし……。
 「そんな力が私の中にあるんですか?」
 「うん、厳密に言えば早苗の家系は代々その血を受け継いでいるの。ただ、昔にくらべて力が弱まってきているからよっぽど血を濃く受け継いでいないとその力に気づかないまま、生を終えるの……お父さんみたいにね」
 「……そう、ですか」
 「これは一種の賭け。早苗がこの力を使って何をするのかは早苗の自由だよ。好きなことに使えばいいよ。でも……できれば信仰を集める為に使って欲しいな」
 「諏訪子様達は監視しないのですか?」
 「この力を使っちゃうと私たちは信仰がある程度集まるまでしばらく出て来れなくなるんだ」
 ということは本当に好き勝手できちゃうんだ……。でもなんでそんな力を呼び覚ましてくれるのかしら? この神社はそこまでしないといけないような現状なの? 私が思案顔でうつむいていると、諏訪子様が安 心させるかのようにニッコリと笑って信頼しているからと言ってくれた。その言葉がきっかけとなって私は力を引き出してもらうことにした。諏訪子様達を助けたいのはもちろんだったけど、なによりお父さんが頑 張ってくれたこの神社をずっと残したかったから。
 「……わかりました。諏訪子様のご意志、確かに引き継がせていただきます」
 「ありがとう、期待しているからね! さなえ」
 そういって諏訪子様の小さな手が私のみぞおちあたりに触れる。すると、だんだんと胸が暖かくなってきて、何とも言えないもやもや感に包まれた。目を閉じてしばらくすると諏訪子様の手がすっと私から離れた 。そっと目を開けて諏訪子様を見ると、もう周囲の景色と同化しそうなくらい体が薄くなっていた。
 「さな…………後……頼…………だ……よ」
 私に力を託すと諏訪子様は周囲の景色へ溶けるように消えていった。残念ながらどうやって力を使えばい いのかまでは教えてくれなかったけど、これからは私一人でも頑張るって決めたんだから頑張らなくちゃ。お父さん、お母さん、見ててね。

   参……選択

 それからの私は学校に神社の事に家事にといっぱい頑張った。力の使い方もある程度わかってきたし、そ れによって町の人達の役に立つこともしばしばあった。町の農家さんが今年は雨が少ないねと話していると、じゃあ神様にお願いしてみますねといった感じで雨乞いの儀式なんかもした。梅雨の時期に雨があんまり 降らないと作物がちゃんと育たないから、時折雨を降らせたり、風が強すぎる日には風を少し弱めたりして 町の人が快適に暮らせるように努力した。やがて、神社への参拝客も増えていき、信仰も前よりは格段に集 まった。守矢の神様たちと再開できるくらい信仰は集まっていた。でも……。
 ある日守矢神社にひとつの不穏な噂が流れた。それは瞬く間に町中へと広がった。曰く、守矢の巫女は人 ではない。曰く、守矢の巫女に逆らえば祟りが起きる。そんな噂を払拭するために私は町のみんなに話しかけようとした。……でも、話しかける度、目があう度に住民のみんなは恐れおののき、家に閉じこもってしまった。話も聞いてもらえず、もうどうしていいのかわからずにがくりと肩を落として神社へと帰った。
 「早苗よ、この地を去らないか?」
 家に帰ってきた私を待っていたのは神奈子様の衝撃的な言葉だった。
 「この地を去るって……どういうことですか?」
 「言った通りのこと。もうこれ以上信仰は集まらないだろう」
 「さなえ……わたし達はね、考えたんだ。人から信仰を集めるだけじゃ足りないんじゃないかって」
 「もしかして……人以外からも信仰を?」
 「そう、私達は妖怪からも信仰を得ようと思っている」
 いきなり神奈子様が妖怪からも信仰を得ると言ったのに対して私は真意を計りかねていた。この世の中に 妖怪などと呼ばれる生物が存在しているのだろうか?
 「妖怪なんてこの世には……」
 「早苗、何もこの世だけが全てではないのよ」
 「え? でもこの世以外なんて……」
 そんな漫画みたいな話あるわけがない。それとも何か、妖怪をこの世以外から連れてくるとでも言い出すのだろうか? そんな私の考えを読んだのか神奈子様は饒舌に語りだした。
 「いい? この世以外にも生命というのはたくさん存在しているわ。天界、冥界、現世。そして……閉ざされた世界。幻想郷と言う名のもう一つのこの世」
 「……幻想……郷?」
 「そう、幻想郷。そこでは人と妖が共に生きる世界。この世よりかは小さい世界だけれども、そこにはこの世に住む人間たちより多くの信仰が集まると私は思っている。このまま町の人間たちに畏怖されている状態では信仰は集めにくい。だから私達は幻想郷に移動し、再出発を図ろうと思う」
 「人と妖が住む世界……。本当にそんな世界が? でも、閉ざされた世界にいったいどうやって移動を? 」
 「もちろん、そこは神の力でこの神社とついでに湖ごと移動させるよ」
 目から鱗がおちるというのはこのことでは無いだろうか? いつの間にそんな場所を見つけていたのか… …やはりこれも神の力で見つけたのだろうか。
 「神奈子様が仰るのであれば信仰は集まるのでしょう。では、いつ頃移動するのでしょうか?」
 「早苗……、解っていないようだからひとつ言って置く。幻想郷に移動すればお前がこの世にいたという記憶は皆から忘れ去られる事になる。もし何らかの方法で帰ってきたとしても、その時お前の目の前にいる 友人は最早お前のことを覚えてはおらんぞ」
 「……なっ! そんな事って!」
 衝撃の事実を前に私は言葉を失ってしまった。だって……多くはないとはいえ、友達が私のことを忘れてしまうなんて……それじゃあ私は何のために生きてきたの? 両親を失い、友達を失ったら私はどうすれば いいの? 私が生きてきた証が何一つ無くなるなんて嫌だ! 胸の中でもやもやがどんどん大きくなっていくのがわかる。神様についていくか……友達との繋がりを取るか……。
 「……少し……考えさせてください」
 「良かろう。三日だけ待つ、三日後のこの時刻までに答えを出すのだ。良いな?」
 「…………はい」
 私はか細い声で肯定の言葉をつぶやくしかなかった。
 「さなえ、私はさなえが何をすべきなのか知っているから。どうか……迷わないで」
 「諏訪子……いくぞ。では早苗、三日後のこの時刻にまた会おう」
 そういって神様たちは溶けるように消えていった。私がすべきこと? そんなのいったい何があるという の? 向こうに行っても友達なんて出来る保証はない。でもこっちに残れば友達は私のことを覚えていてくれる。でも……本当に今のままでいいのかな? 私はどうしていいかもわからずにその日はずっとその事を考えていてよく寝付けなかった。
 翌日も学校へ行って授業を受けている最中も例のことが気になって仕方なかった。そのせいで授業は耳に入ってこなかったし、友達とのおしゃべりもなんだか今ひとつ楽しくなかった。そんな日が二日も続いて、いよいよ三日目がやってきても私は何一つ答えを出せていなかった。
 「どうしよう……わからない。どっちを選べばいいの……」
 学校の休み時間にぶつぶつとつぶやいていたのが聞こえてしまったのだろう。友人の一人が優しく私に話しかけてきてくれた。
 「どうしたの早苗? 何か悩み事?」
 「ぇ……あ……うん、ちょっと……ね? あはは」
 「結構深刻な話?」
 「……うん。手放したくないものが二つあって、そのどちらかを手放さないといけないって言われちゃったらどうする?」
 「うーん……あたしは……」
 やっぱり簡単には答えられるものじゃないよね……。そりゃそうよね。
 「あたしは、本当に自分が守りたいものを選んじゃうかな」
 「それが例え友達を捨てることになったとしても?」
 「そうだね。たしかに友達は捨てたくないよ。でもね、例え友達を捨てたとしてもそうしないといけないような状況に陥ったのなら、その友達だっていつかきっとわかってくれるよ。最初は誤解を招くかもしれないけどね」
 私は友達のあっけらかんとしたその答えに絶句するしか無かった。まぁ私が捨てられたら泣いちゃうかもしれないけどなんて笑いながら言っているが、そんなのはたして許してもらえるのだろうか? もし許して くれなかったらどうしよう。それこそ何もかもを失ってしまうのではないだろうか? でも、なにか見えた気がした。私の心のもやもやが少しすっきりしたように思う。
 学校からの帰り道、私は神社へと続く石段の途中で諏訪子様とばったり出会った。約束の時間までにはま だあるはずだ。私は諏訪子様が何をしに来たのかわからなかったのでとりあえず釘をさすことにした。
 「約束の時間にはまだ早いようですが?」
 「そうだね……だから、昔話をしよう」
 「昔話……ですか?」
 「ここ……座って」
 ポンポンと自信の隣に座るように言われたので私はその通りにした。昔話ってどういうことだろう。
 「神様が二人いる理由、知りたがってたでしょ? あれね、私が戦争で神奈子に負けたからなの。今では 私は神奈子の労働役なんだよね……よよよ」
 と言って大袈裟に泣き崩れるポーズをとった諏訪子様。まったく悲しんでいないのはなんでなんだろう。
 「後で文献を調べたら出てきました。ここは八坂様の神社ですよね」
 「うん、表向きはね。でも実際には私の神社なんだよ」
 大昔に、ここは洩矢の地であった。それが八坂様の侵略戦争に負けてしまってこの地を奪われてしまったらしい。でも国民はミシャグジ様の祟りを恐れて八坂様を信仰しようとはしなかった。考えぬいた八坂様は新たな神様を立てて、実務を諏訪子様に任せた。だから新しい神なんてのは実は最初から存在していなかったという話を聞いた。
 「でもなんでそんな事を?」
 「今のさなえと似ているかな? あそこで戦死するのも潔しだったけど、自分の命と王国の安全を秤にか けたの。もしわたしが死んだ後、神奈子が王国の民を苦しめるようなことがあってはならないと思ったの。だからわたしは負けを悟った時にお願いをした。どうか民を苦しめないで欲しいとね。そしたら神奈子は私がどのように民と接するかその目でしかと見届けるがいいって言ったの。あとはずっと裏方として皆の前にでれないまま民の暮らしをひっそりと見守ってきた。私は民と会えなくなることと引き換えに民の暮らしを見 守ってきたよ」
 「民と会えなくなることと引き換えに……ですか」
 「さっ……昔話はここでおしまい! 後はさなえがどうするかだよ。じゃあ例の時間にあの場所で待ってるね。……あっ! 今さなえと会ったことは神奈子には内緒にしててね」
 それだけ一気にまくし立てて、諏訪子様は消えていった。そうか……諏訪子様は自分がいなくなってでも 民の生活を見守りたかったんだ。私はどうなんだろう……。まだ、答えが出せないまま私は約束の時刻を迎 えることとなった。



   終幕……少女の見る日本の原風景

 「さて……早苗、結論は出たのか?」
 神奈子様の一言が優柔不断な私の心に重くのしかかる。こんな時になっても未だに結論がでなかった。
 「まだ……結論は出ていません」
 今が最終……どんな答えを出したところで私は後悔するのかもしれない。ならいっそのこと……神様に委 ねるのはどうだろうか?
 (待て待て、落ち着け私。私は何と何をそもそも天秤にかけていたんだっけ? そうだ、神様と友達だ。 じゃあなんで神様を天秤に乗せた? それは神社を失いたくないから。じゃあなんで神社を失いたくないの? それは…………あ……そうか)
 私は今まで何をやっていたんだろう。恥ずかしくて死にたくなってくる。そもそも答えが出せないんじゃ なくて、答えを忘れていただけだったのではないか。
 「……ふぅ、どうやらその顔は結論が出たようだね」
 神奈子様のその声に、今度は迷いなく大きな声で肯定の言葉を返した。
 「では改めて問おう。東風谷早苗よ……幻想郷に行くか、ここに残るか……どちらを選ぶ」

 「幻想郷へ……行きます!」

 そう私は笑顔で答えた。
 「そなたの大切な友人とはもう会えぬかもしれぬぞ? それでもよいのか?」
 「ええ……構いません」
 「ではなぜ幻想郷へ行くことを選んだ」
 「この神社が両親の遺してくれた形見だからです。私はこの神社で産まれ、育ち、この神社で生を終えた いです」
 「もしかたら向こうで神社が消滅することになるかもしれないがそれでも良いのか?」
 「その時はお二人がなんとかしてくれます……よね? 両親からの遺言、ちゃんと守ってみせますよ。そ れに神様との生活も悪くないかなって思うんです」
 私はあっけらかんと答えてみせた。そうだ、両親の遺言には守矢神社をよろしく頼むと書いてあった。な んで今まで忘れていたのだろうか。。私のばかばかばか。でも……大丈夫、神様が二人もいればきっと日常 に困ることなんて無いだろう。だって、こんなに楽しくて優しい神様なんだから。
 「……くくく」
 「さ、さなえ……くくく」
 私が意を決して答えたのにも関わらず神様二人はなんだか笑いを堪えているようだった。何がそんなにお かしいのだろうか?
 「あーはっはっはっは! まさかそこまで信用されているとは思わなかったよ」
 「神奈子聞いた? 神様との生活も……悪くない……ですって……あはははは」
 「守矢の娘も言うねぇ! その言葉に偽りはないね?」
 「え……あ……は……はいっ!」
 「じゃあ幻想郷にいっちょ移動させるよ。諏訪子準備はいいかい?」
 「いつでもいいよっ!」
 「早苗、絶対に楽しい幻想郷生活にしてあげるよ」
 そう言って神様が今まで貯めた信仰を、力に変えてこの守矢神社と湖はそっくりそのまま幻想郷の山の上にワープした。
 「さぁ、いっちょここのルールに則って、幻想郷中に挨拶をしようじゃないか!」
 そしていつのまにか妖怪の山に棲むみなさんと仲良くなっていき、神奈子様の仰った通り、外の世界よりも信仰は集まった。それに、なんだか神奈子様も諏訪子様も楽しそう。それにしてもあんなにお酒飲めちゃうなんてすごいなぁ。



   楽屋裏……未来へと続く現在

 「さぁ、早苗! 今年も麓の巫女に負けないような舞を頼むよ! 新年一発目なんだからしっかりしなよ 」
 「さなえならちゃんとやってくれるって! ほら、そろそろ山の妖怪たちが集まりだす時だよ。さなえ、ふぁいとー」
 「もう、そもそもこれはお二人の為に舞うんですからね? お二人とも少しは神様らしく威厳を持って接して欲しいものです」
 まぁそんな事言ってもこのフランクな神様と可愛すぎて威厳の欠片もみあたらない神様じゃ無理な話ですよね。
 「あー! 今わたしの悪口いったでしょ、さなえー」
 「え……ぁ……いやー、そんな事はないですよー?」
 「じゃあなんで語尾が疑問形なのさ」
 「あ、そろそろ時間なんで着替えてきますね」
 そう言って私はそそくさと神事用の衣装に着替えるべく、自室へと向かった。
 「あっ! こらぁー逃げるなー!」
 背中に諏訪子様の可愛い怒声を聞きながら。

 (お父さん、お母さん。元気ですか? 私は幻想郷という場所で元気にやっています。神様は二人ともな んだかだらしないけど、そんな神様が大好きです)

 (天国でもふたり仲良くね。私はここで精一杯生きていきます。だから……この神社と私を見守っていて ください)
久しぶりの投稿です。サークルStoneRainのPONZAと申します。
今回は早苗さんの過去について捏造してみました。作中いろいろと真実と違うところがあるかと思いますが、(神社関連などは軽く調べた程度ですので)これもフィクションということで脳内補完していただければと思います。本当はちゃんと調べてから出した方がいいのでしょうけど……。実は二日後くらいに迫ったコミコミで友人に配るため数日の突貫工事で仕上げました。とか絶対言えない……。言い訳イクナイですね。ともあれ読んでいただきありがとうございました!
PONZA
http://ponza884.web.fc2.com/top.html
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.850簡易評価
0. コメントなし